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2018-01-23

ちょっと「してやられた」という話。

これの続き。https://anond.hatelabo.jp/20180119190450

でもってこれは駄文感想と、返信が来るまでのつなぎ。


けんちん・F氏から反応がありまして。

twitterにて「丁寧な分析とご意見野村某よりもよっぽど誠実だと感動しています。(中略)真面目に書いて揶揄は避けるつもりです。」

というお言葉を頂いたわけです。

色々感じる所はあったけれど、一番最初に思ったのは「してやられたな」というところ。


僕は文中には氏に対し一定リスペクトはある的な事を書いたものの、まあ基本的には僕が一方的揶揄してる形で記事を書いたわけで。

なんで?っていう問いに関しては

1.読む人が興味を持って「うんうんわかる」と言いたくなる文体で書きたかった

2.どう丁寧に書いてもけんちん・F氏の心にはどうせ響かないのではという勝手思い込み

3.「どうせなら面白く書きたい」という欲

以上の3点が理由です。


からぶっちゃけこう来ると思ってなかった。

よって、きちんと読んでいただいた事の感謝と、揶揄する形で書いてしまった事への謝罪をここに記載いたします。

でも、1・3を優先するあまり今後も同じスタンスでやると思いますありがとう。ごめんなさい。


「冷静に対処する」っていうのは、書き手クレバーに見える一つの非常に効果的な手法なわけで。

から、「やーいやーい」って書いてる所、「うん、そうだね」って冷静に返されちゃうと、振り上げた拳が降ろせないといいますか、

「あー、やべー。こっちが嫌なやつに見えちゃうやつだ」っていう感じなんですね。


なので、「うわ、まじかそう来たか」っていう驚き2割と

「あ、きちんと文章読んで(そして多分受け止めて)くれるんだ」という喜び4割と

「やべーな、この後のスタンスが取りづらいな」っていう後悔が4割。僕の心情はそんなとこです。


自分別に主語を大きくした「演劇の作り手と観客の代理戦争」みたいなのには一切興味がないしやりたくないか

紳士的な形でこられたら紳士的な対応を取るしかない。何故ならこれは個人個人のやり取りだから、と思うわけで。

まり、「演劇人が悪く言われてるから攻撃的に言っていいんじゃオラァ」ってなると、それこそブーメランだと思うわけです。

僕は、個人であって誰かの代弁者ではない。思いあがらずに自制していきたいと常々、思っております


でも、そうなると一個、疑問が沸いてくるんだけど、

野村氏の(割と)冷静な記事に対して異様なまでにカッとなったような批判をしてる(ように見えた)んですが

これはやっぱり立ち位置の違いと言うか「市原氏に近い存在のヤツが市原氏を叩く記事書かずに『これからどうしていくか』

みたいな俯瞰位置発言してんじゃねえよ!お前どうせ知ってただろうよ!?あん!?」っていうバイアスありきで書いちゃったからなんかな。

今回の自分の推論でいけば完全に悪手になるわけで、そこだけがちょい疑問。


以上、駄文感想


あと、名前どうしようかなと思って、確か何らかの意味合いで(忘れた)「けーえふ」って適当に名乗っちゃったけど

「けんちん・F氏」とがっつりカブっちゃったのは超後悔してる。

なんで気づかなかったんだろう。バカ以外の何者でもないです。見るたび胸がチクッとします。

ブックマークするまでもない"記事"の感想を書いてみる

togetterで見付けた、ブックマークするまでもないが面白かったまとめの感想を、増田って見ようかと思った。
ゴミ捨て場代わりだと思って付き合ってくれ。

先ずは、昨日の東京を襲った大寒波に伴う降雪関連のまとめから
東京ってどうしてこんなに雪に弱いの…?原因は道路の広さにあった - Togetter
東京が雪に弱い理由道路にあった」という話。
東京は人が多く集まっている都合上土地の値段が高い→土地の値段が高いため広い道路を作れない→広い道路を作れない為雪が降ると除雪できない
という事らしい。
車社会の普及と東京への人口の集中が、東京を雪に弱い都市にしたと言えるかもしれない。

利用客が増えて儲かるはずなのに…タクシー運転手が雪の日は営業しない理由 - Togetter

[雪の日は利用客が増えて儲かります?]
[雪の日は営業しません。貰い事故とかあったら元も子もないですから]

この部分のやり取りに「当たり前だろう」の一言しか感想が出て来なかった。

大雪のニュースでJKにインタビュー→普通の事を言っているのになぜかエロく聞こえてしまう人達 - Togetter
画像は即保存した、何かに使えそうなので。

15年前にはなかなか封鎖できなかったレインボーブリッジ、記録的な2018年の降雪であっさりと閉鎖へ→「レインボーブリッジ封鎖出来たのか」と驚きの声も - Togetter
あの映画が「レインボーブリッジ封鎖出来ません」と言っているのはあくまで、封鎖するために手続きを行わなければならない関係機関が多すぎて、即座に封鎖する事が出来ないという意味だ。
今回の大雪の様な2~3日前から非常事態が想定できる状況であれば関係機関は事前に封鎖するための段取り調整を行っている。
1988年から東京で始まり2015年からオリンピックが終わるまで当面休止となった「東京湾大華火祭」という花火大会がある。
この花火大会花火打ち上げられる時間になるとレインボーブリッジが封鎖される。
この花火大会2015年まで台風で休止になった等を除けばほぼ毎年開催されていた。
まりレインボーブリッジは実はほぼ毎年、1回は封鎖されているんだよ!!!

雪関連のまとめここまで。
ここからはそれ以外のまとめ。

「恋人との連絡頻度」を描いたマンガの共感力が高い件について あなたは彼氏派?彼女派? - Togetter
私、男だけど、この男性女性っぽいと思うの。
この女性が男っぽいとも言えるけれど。

USJのVIPエクスペリエンスを体験してきた! - Togetter
これはブックマークに入れようか少し悩んだが入れない事にしたまとめ。
ユニバーサルスタジオジャパンUSJ)の、VIPパスポートを持っているとどうなるかという話。
VIPパスポートは一日しか使えなくて、一人分で6万円するらしいが値段に見合ったサービスと思うかどうか、この増田を読んだ人に聞いてみたい。
私は値段相応だと思う。

今回はこのぐらいで。駄文増田で失礼しました。

修士論文がつらい

修論締切直前の深夜にこんな駄文を書いているのは現実逃避以外の何物でもない.

私が3年間の研究室生活の中で自分自身や周囲の人間を観察していて気づいたことは,「指導教員の言うことを素直に聞く」人間は安定して成果を出しているということだ.

私は物事批判的に捉える傾向があり,他人の言説に対してまず疑ってかかるきらいがある.そしてさらにたちの悪いことに,私は自分のしていることに一度でも疑問を感じてしまうと,その疑問が解決するまで手が止まってしまう悪い癖を持っている.かつてこの性格が原因で4回生とき卒業研究を失敗した経験がある.

学部4回生研究では,指導教員が適切なレベル問題とそれに対するアプローチ提示して,学生はそれを黙々と実践し結果を得る中で,手習いのごとく研究方法論を身につけていくものだと思っている.

当然私にも指導教員から卒業論文テーマが与えられた.しかし私は論文サーベイ研究を進めていく中で,「そもそも問題設定に誤謬があるのではないか?」という疑問を持ってしまったのである.(当時の私が抱いた疑問はどうやら見当ハズレというわけでもなかったらしく,後になって隣接する他分野で私の疑問に答えるようなアプローチ研究されていることを知った)

私は指導教員自分の気づいた問題点について相談したのだが,私のコミュニケーションが拙いことや,指導教員自身がそのテーマに関して専門外であることもあり,その時は指導教員からどうしても納得が得られるアドバイスが得られなかった.そして私が「この研究には価値があるのか?他に良い問題設定はないのだろうか?」と悩んでいる間に,周囲の同期は順調に研究成果のようなものを出しはじめ,私は彼らへの劣等感から研究室に行くのが辛くなって家に引きこもるようになった.最終的には何とか卒論を提出し卒業はできたものの,私の卒業研究は見事に失敗してしまった.

この時の経験反省し,修士2回生とき((修士1回生の間は国外逃亡してた))に取り組んだ新たなテーマでは,私は指導教員の言うことに疑問を抱くことを極力やめて唯々諾々と言われるままの作業をすることにした.すると結果3ヶ月余りで成果のようなものを錬成することに成功し,(レベルは高くないが)国際会議論文投稿することができた.

何のアウトプットも出せないことに比べると「国際会議論文投稿した」というのは紛れもない進捗である指導教員の指示を素直に首肯できず,かといって自分で新たなテーマを打ち立てるほどのサーベイ力も発想力もない私のような人間は,やはり教員の指示に従って黙々と研究を進めるのが正解なのだ.私の失敗は文字通り「下手の考え休むに似たり」だったのだ.

でもその時に出した成果はまさに重箱の隅を突くような,問題設定や手法としての新規性が皆無に等しい研究だった.レベルが低い国際会議から通ったものの,僕が査読者なら間違いなく落としていただろう.この研究でもやはり私は指導教員に与えられた研究テーマ(というよりも問題設定)にずっと納得していなかった.それには私なりの合理的理由があったのだが,今振り返ってもその理由は間違っていなかったと思う.この時,指導教員にきちんと反論し,自分の頭で考え抜いて研究に取り組んでいれば,もっと満足のいく成果が出せたのだろうか?

少なくとも自分研究者に向いていないのは明らかである就職という選択肢を選んで正解であった.

私は自分アウトプット人格を切り離して考えられない人間なので,修論原稿を1字書き進めるたびに自分修士研究の不出来さ,ひいては自分という人間の不出来さを再確認させられ,物凄いストレスを感じてしま・・・

2018-01-19

けんちん・F氏の文章面白い その2

続きです。

問題点3:自論に対して黙秘反論する人に対し「擁護するから黙秘反論している」とレッテル張りを行い間違いを認めない>

ある意味一番の問題点だと思う。(感想

反論、又は黙っているって言う事は同じ穴の狢だからだ!演劇界は腐ってる!ふじこふじこ」みたいなのが多いように見えます。(感想


例:ケ

文章①より引用

ついでに福岡演劇人の反応や如何、と久しぶりに彼らのTwitterを覗いてみたけれど、事件に触れているのはほんのわずか。自分たち業界事件としては、

日馬富士暴行事件並の大事だって言うのに、何なの、この他人事ってな態度は。 仲間意識で触れないようにしているのか、脛に何らかの傷を持ってるのか、

逆にパワハラセクハラ福岡演劇界蔓延してるんじゃないかと勘繰りたくなってくる。

<以上引用

推論のすり替えに、「知ってるヤツが黙ってる=福岡演劇界蔓延してる」の主語の拡大と、さらに「黙ってる=同じ穴の狢だ」というレッテル張りをしている。こちら、けんちん欲張りセットとなっております


例:コ

文章④より引用

として、FPAPの高崎大志の件をTwitterで取り上げた。これは被害者の近くにいた人物が、被害者本人の了承を取った上で告発したもので、公的に判明した稀有な例だ。だからこそ事例として引用したのであるが、

被害者の知人から名前を出すな」というクレームを頂いた。 本人の弁を聞いたわけではないのだが、どうも被害者は、過去名前出しをしたことを後悔しているらしいのである

(憶測しかモノを言えないのは、非難してきた人物が、詳しい事情を教えてほしい旨を伝えたのに、無視されたかである)。

こちらとしては、パワハラの明確な実例として挙げたかったのだが、これも結局は「被害者泣き寝入りしたがっている例」として扱わざるを得ないことになってしまった。

これでは福岡演劇界には、セクハラパワハラもない、と錯覚されてしま事態になりかねない。 そういう「平和演劇界」にしたい人間が、この界隈にはごまんといるのだろう。

彼らは躍起になってこちらを攻撃してくる。加害者がまるで被害者のように振る舞って、周りの同情を買おうとする。卑劣手段を取って、恥じるところがない。

<以上引用

FPAPの件を被害者の知人から名前を出すな」と頂いた

名前出ししている事を公開しているらしい

これでは「被害者泣き寝入りしたがっている例」になってしま

そういう「平和演劇界」にしたい人間ごまんといる

彼らは躍起になってこちらを攻撃してくる。加害者がまるで被害者のように振る舞って、周りの同情を買おうとする。卑劣手段を取って、恥じるところがない。

凄くない?コレ。もはやセカンドレイプだよね。「知り合いの名前を出すな」っていうしごくまっとうな指摘が(しか理由の想定までできているのに)

パワハラの明確な実例としてあげるな」っていう「攻撃」に彼の中で脳内変換されてさらに「卑劣」とまで言ってのけてる。

ちなみにこの後「ここで手を緩めるわけにはいかない。」って続きます。アンタ一体誰と戦ってるんだ?


その2に続きます

例:サ

文章⑤より引用

 むしろ、私を詐話師のように仕立て上げようとする野村行為の方が卑劣まりないものであって、ああ、やっぱりこいつも市原と同じ穴の貉だったのだなと感じざるを得ない。

<以上引用

これはちょっと説明が面倒になるのですが、順を追って見ていきましょう。

1:野村氏が2017年12月28日noteにて(https://note.mu/nomuramss/n/ncf6decc718eb

"翌日、市原くんから被害者の方への謝罪と、私に対して詫びるメッセージが届きました。どう返したらいいか正直わかりませんでしたが、とにかく被害者の方のことを思うと、私自身、

許せるものではない。一方でSNS上は罵声の大騒ぎになっている。「友人として、これからの誠意ある行動を期待する」という言い方で「死ぬな」という念を送るしかありませんでした。"

記述。(きちんと読めば「死んで被害者の人から逃げるようなことをするな」という意味合いときちんと読み取れます。私はそう受け取りました。)


2:けんちん氏が2017年12月31日mixiにて

"野村氏は、市原電話で「死ぬな」と言ったとか書いているが、はっきり言って芝居がかっていてかえって白ける。電話でどのような会話をしたのかを「公的な報告」として記すのなら、

本来は今後の対応をどうしていくかについて書くべきで、こんなプライベートな心情吐露を垂れ流してはいけない。まるで、泣きを誘って、市原の方が被害者的な立場に見えるように、

話を粉飾しているようにすら見える。 "さらに"野村氏もまた、人間として最低な部類に属するのである。 "と批判

ちなみに、この際、野村氏のブログのURLを貼り付けています

(この時点で、事実が誤認(作り話)されています野村氏は『市原に「死ぬな」と電話で言った』とは一切書いておりません。)


3:野村氏が2018年1月4日

"どこにも、電話で話した、とは書いていない。この時点で「死ぬな」という言葉さえ伝えていません。しかるべき捜査機関に調べてもらっても同じ結論になります

完全に、けんちん・F氏の作り話です。・・「話を粉飾」してるのはどっちだよ!"と反論

そりゃそうだ。書いてませんもの


4:けんちんくんが2018年1月9日

"確かに、「電話で」とは書いていない。「死ぬな」も「念を送」っただけで、そういう言葉を伝えているわけではない。 けれども私は、野村ブログリンクを貼った上で、

上記記述を書いているのである。粉飾する意志があるのなら、そんなことはするはずがない。常識的に考えれば、野村が「メッセージが届きました」と書いているのを

電話で会話したのだろう」と捉えたのだと分かるはずである。おそらく実際はメールか何かだったのだろうと推測するが、はっきり言って、そんな連絡の手段なんか、どうでもいいのね。

そして、「死ぬな」という直接の言葉を伝えていないという点も、私が問題としているのは、そういう心情を市原に対して持っていることをわざわざ文章化していることが

被害者の心情を全く理解していないではないかということなのであって、これまた「作り話」という批判は全く当たらない。 "

反論さらに、これ以下の文章野村氏を延々と罵倒侮辱する内容に。


いやけんちん君、間違いを認めようよ。

野村氏は「友人として、これからの誠意ある行動を期待する」って言葉で「死ぬな」って念を送るしかしなかったわけ。

それを「電話で「死ぬな」と言ったとか書いている」って書いたのは作り話でしょ?音声データとか証拠があるなら別だけど、あんの?

さらに、間違いを認めず「常識的に考えれば、野村が「メッセージが届きました」と書いているのを「電話で会話したのだろう」と捉えたのだと分かるはずである。」

と、見苦しい言い訳。わかんねーよ!(笑)どこをどう読んだらそう見えんだよ。


例えばね、君のその後の発言を汲み取って『市原氏に対して誠実な対応を望むにしても、「死ぬな」という被害者に見えかねない表現はいささか問題があるかと存じます

実際の被害者の心情を慮った表現をした方が良いかと存じます』って批判ならわかる。

だけど"「作り話」という批判は全く当たらない。"ってのは違うぜ。だって実際に「野村氏が電話で「死ぬな」って言った」っていう作り話してんだもんアンタ。


"野村ブログリンクを貼った上で、上記記述を書いているのである。粉飾する意志があるのなら、そんなことはするはずがない。"とか

"元日記のリンクは貼っているのだから不正確で誹謗中傷だとまで言われるものではないことは誰の目にも明らかだ。 "って書いてるけど

意思があろうがなかろうが、リンク貼ってようが貼ってまいが作り話はしたんだからさ、「記事を読み間違えましたごめんなさい」って部分はきちんと認めようぜ。


でもって、この野村氏の理論的な反論に対して色々あった結果(皆さんの目で見てください)"野村への「最低の人間」という評価も、これだけの条件が揃えば、

的外れとも言いすぎとも言えないと、確信をもって言い切れる。"と、こう結論付けている。

謝ったら死ぬ病気の方でしょうか。

唯一、けんちん君の肩を持つなら野村氏がこの後カッとなったのか「けんちん・F氏がウソを認め、ウソをついてもいいと主張。 」

と書いたのはマズいと思いますよ。そりゃ野村さん、あなた感想です。けんちん氏がいう通り事実じゃない。


大体以上です。


<終わりに>

再度の通達ですが、私は市原氏を知りません。人としては最低だと思います。それだけです。彼が演劇に携わって欲しくない、とは思いますがその権利は私にはありません。

九州・全国の演劇界は腐ってない」とは言い切れないけれど、「腐っている」とも思っていません。いい人も悪い人もいるのは演劇界に限った話ではありませんし、

一般社会よりはちょっと問題が起こりやす環境ではあると思います

私がけんちん氏をこのように批判するのは「破綻した理論レッテル張りを垂れ流し個人批判する」その語り口が気に食わないだけです。

市原氏、野村氏、泊氏、高崎氏、その他、全ての個人に対して擁護批判を行うためにこの記事を書いておりません。

そして、かなり批判的に書いてしまいましたが以前のあなたの論評が好きでした。本当に。願わくば、元のキレのいい文章に戻ってもらいますように。



と、ラブレターじみて終わったものの、どうしても書きたい事もあるので書いてしまます、ごめん。

これは個人の感想であり言いがかりなので、誹謗中傷じゃねえかって言われたら反論できません。

先に謝っておきます、ごめんなさい。


1.彼の文章って「●●と思われても仕方がない」「●●も同然じゃないか」っていう、自分意見世論であるかのような言い回し頻発するよね。

朝日新聞記事みたい。「政府」を「演劇界」に変えるとわかるよ!

(以下朝日新聞コピペ

政府は何もやっていない」→自分たち好みの行動を取っていないという意味

議論が尽くされていない」→自分たち好みの結論が出ていないという意味

国民合意が得られていない」→自分たち意見採用されていないという意味

「内外に様々な波紋を呼んでいる」→自分たちとその仲間が騒いでいるという意味

「皆さんにはもっと真剣に考えてほしい」→アンケート自分達に不利な結果が出てしまいましたという意味

「心無い中傷」→自分たち反論できない批判という意味

「本当の解決策を求める」→何も具体策はないがとにかく政府等のやり方はダメだという意味

異論が噴出している」→自分たちが反対しているという意味

「各方面から批判を招きそうだ」→批判を開始してください

「~なのは間違いありません」→証拠が何も見つかりませんでした

両国対話を通じて~」→中韓に都合の悪い行動はやめて中韓の言うことを聞け

「問われているのは~」→次に中韓市民団体に騒いで欲しいのはここだ

表現の自由報道の自由」→捏造記事)の自由偏向報道)の自由

人権尊重」→(中韓に有利になるように)人権尊重しろ

右翼」→自分たちにとって都合の悪いことを言う人


2.一々例えに映画とか小説を使うあたりが「ザ・映画オタク(通ではない)」って感じで気持ち悪い。

吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』の冒頭で提示された問題はそれである。とか

たとえ市原が消えても、第二、第三の市原が現れる。市原ゴジラだ。ただ倒せばいいというものではない。とか。

こんな駄文のダシに使われちゃ名作も浮かばれんわ。


3.聞いてもいない自分語りナルシシズム自意識過剰気持ち悪い

から「俺も昔あんたにセクハラされたって、#MeToo に書いてもいい♪」って言われたが、それこそ貴様ハニートラップじゃないか。とか

コメントの「もしもあなたのところに直接あいつらがコンタクト取ってくるようなことがあったら教えて。今度こそ、命に代えてでも守るから。」とか

「今回の件に絡んで被害者本人から説明を受けて、例えではなく、本当に嗚咽し、悔し泣きをした身だ」とかね。単純に気持ち悪い。


4.これ率直な疑問なんだけど、なんでそこまで九州演劇界を憎んでいるの?

単純に、九州演劇界はここがダメ、っていう根拠を、他の地域演劇界比較した形で

団体名と具体的事例で事実と推論を分けた形で読んでみたいです。ほんとに。

他の地域演劇界のいいところを教えて欲しいもんです。


現場からは以上です。  

ハシヅメユウヤ氏について思うこと

ハシヅメユウヤ、という方の名前最近SNSで頻繁に見かける。シェアされている内容は彼の作風に対する是非が主だ。

私も気になったので個人的に色々と調べてみた。その上で思ったことを記録に残す。

ハシヅメユウヤ氏の作風特性上、著作権法がよく議論に持ち上がるがそれに関しては私より10000000000万倍詳しい方が既に散々解説していると思うのでここではあえて触れず、別の視点から彼の活動を論じていこうと思う。

また、ネタ元側が何かアクションを起こさない限りは外野いくらしのごの言っても正答が出ないことは百も承知だ。

以下、全て私の主観です。


●みんな激オコ

ツイッターを見ると、何らかの創作活動をしている人は割と高確率でハシヅメユウヤ氏を批判している。激オコである私自身も細々と作家活動をしている身であるが、彼の作品を見て「これは確かに一部の作家にとってはオコ案件だな」と思った。

●なんでオコなの?

暗黙の了解」というものがこの世には存在する。「わざわざ言わなくても、それはNGってもんでしょ」というものである

単刀直入、ハシヅメユウヤ氏の作品は「モラル問題でみんなが暗黙の了解としてやらずにおいたことをシレッとやってのけてしかもそれが案外大衆に歓迎されてマネタイズ成功した」っていう事案なのだ。そのあたりがすごく他の作家の反感を買っているんじゃなかろうか。

まりハシヅメユウヤ氏を批判してる作家たちの本音を総括すると「他人の絵柄をパクって上手いことやりやがって、チクショーー!テメーー!恥知らずーーっ!!こんなのアートじゃねぇーー!」ってことなのだ。(※私の主観です)

モラル重要視する作家たちと受け手のズレ

ここでいうモラルは、作家の信念や作品への思い入れと密接にリンクしていることがままある。

そのためか、時として作家たちは「作り手に確固たるモラルがあるか否かを」非常に重要視する。

昨年話題になった「ブラックボックス展」も運営側モラルの点においてかなりバッシングをされた。

しかしながら、結果としてブラックボックス展には長蛇の列が生まれていたし、足を運んだ人々によるSNSでの拡散も目を見張るものがあった。

そう、モラルある作品か否かということは、作品大衆に受け入れられブームになるかということとあまり比例しないのである

作家の信念や誠実さなどは可視化しづらく、受け手となる大衆過半数にとってはどうでも良いことである場合ほとんどなのだ

先述した通り、モラルを重んじる一定数の人の中には「暗黙の了解」が存在しており、それらを共有している一部の人のみが「モラル存在」に着目して作品評価しているに過ぎない。

ブラックボックス展の会場内で起きた痴漢に関しては厳重に罰されるべきだと思いますが、偶発的に起きた事件についてまで述べると少し論点がずれるのでここでは割愛しました。


作品への矜持必要性とハシヅメユウヤ氏のインタビュー内容

私自身、作品に対する矜持に関しては「有っても無くてもいい」と思っている。

極端な話だが「矜持が無ければ良い作品は生まれない」というのはただの幻想であって、大した矜持が無くてもカッコいいものを作れちゃう人は割とこの世に存在しているからだ。(要するにずば抜けたセンスがある人)

ただ、「矜持が有るフリ」、これはいけない。

矜持が有るなら有る、無いなら無いと一貫性を持たなければそれはそのまま作家活動のほころびになると私は思っている。

ここでハシヅメユウヤ氏のインタビューを読んでみてほしい。

https://tabi-labo.com/285835/me_exhibitionw

「で、矜持有るの?無いの?」となんだか首を捻ってしまうフンワリした内容だ。

私はこれを「矜持の有るフリ」だと解釈した。

しかしながら、先述の通り作家自身モラルには無頓着な層にとって、このインタビュー内容すらも何の疑問もなくすんなりと「へ~、藤子先生が好きなんだ」程度で流されてしまうだろう。

村上隆氏が新聞取材を受けた時の話がしたい。

委細に相違はあるかもしれないが、彼は自身作品について確かこう言い放っていた。「途中の工程アシスタントがやって、最後自分サインを入れるだけで高値がつく。」と。

私はそれを読みこんなことを言い切ってしまえる潔さに感心してしまった。「これはこれでアリだな、カッコいい。」とまで思ったものだ。

村上氏作品マネタイズ化に積極的作家であり、しばしばその点を批判される場合もあるが自身矜持の有無について何ら嘘っぱちは語っていないのだ。


●「恥知らず」も才能のうち

実話を元にした映画ビッグ・アイズ」でも非常に分かり易く描写されていたが、「作品を生む才能」と「作品を売る才能」は全く別個のものだ。

「とにかく作品を売る」という点のみに着目すれば、恥もモラルも捨てて大衆に受けることをやってのけるというのは才能の一つだろう。それが善か悪かはもうぶっちゃけ法によって裁かれるか裁かれないかくらいでしか客観的判断は出来ない。(ちなみに「ビッグ・アイズ」ではバッチリ法で裁かれました)

冒頭で「ネタ元側が何かアクションを起こさない限りは外野いくらしのごの言っても正答が出ない」と言ったのはそのためです。


最後

色々と駄文を書き連ねてしまったが、私個人の感想としては以上である

あとこれは非常に何とな~~~~~くの直感だが、ハシヅメユウヤ氏の作品を購入している人は、ネタ元側が同じようなものを作って売ったとしてもそれは買わないんじゃないかな、多分。

anond:20180118145602

え?なに?俺?ってなった。細々違うし、性別も違うようだし、そもそも俺が書いてないから俺じゃないんだけど。

増田の話とてもわかります。俺もそうだから。そういう感覚結婚して、もうすぐ5年。今でも続いている。子どもが2人いる。

はてブとか言及とか見てると、俺が他人に話して言われたことのオンパレードだった。

「それが恋」

「そんなんで結婚して大丈夫?」

「奥さんかわいそう」

「恋を超えた結婚みたいなマウンティング?」

この増田もそんな調子のようだ。

この増田とは違うかもしれないけど、この機会に自分場合説明してみる。自分でも整理したいと思っていたから。

恋愛がわからない、と増田も書いてるけど、より正確にいえば「感じられない」に近い。世間で言われる恋愛感情に付随する反応が自分に起こらない。映画はじめ創作物が振りまくロマンティクラブイデオロギー丸出しのものから世代を越えて様々な人にきいた恋人配偶者との馴れ初めに至るまで共通して見聞きする、ドキドキする、会いたい、声が聞きたい、思いを伝えたい、とかそういうのがない。というか生まれてこのかた感じた記憶がない。で、正直にいえば感じてみたいは思う。でもわからない。

なので、先ほどあげた反応群には以下のような回答になる。

「それが恋」

知識として知ってるのと違うんだけど、本当にこれが愛なの?

「そんなんで結婚して大丈夫?」

→愛があっても必ずしも大丈夫ではない。

「奥さんかわいそう」

→向こうが良ければ良いのでは?(この辺のことを話した上で結婚している)

「恋を超えた結婚みたいなマウンティング?」

お疲れ様です!

ということになる。基本的自分から話すことはない(馴れ初めというのは本当に聞きたいと思ってるかどうかはともかく、聞かれるものである)。

結婚して一時期は、長く暮らすパートナーとして好ましいという感情は多分、恋なのかもしれない、恋愛というもの典型的感情から外れているだけで。と思った。でも、やっぱりいまは違うと思っている。

子どもができた。変な意味ではなく、ドキドキする、会いたい、声が聞きたい、思いを伝えたい、そういう感覚子どもには芽生えた。たぶんこれ愛(情)なんだと思う。産まれから、ずっと続いている。

増田の話を読んで、気がついたことがある。増田がそうかは知らないけど、俺は人一倍自分時間」を愛しているのではないかということ。結婚しなくても楽しく暮らしていける自信があるし、1人で過ごす時間がとても大事。1人の時間が欲しいといつも思っている。

妻と子どもの差はそこだ。

妻は大人だ。2人のうちはそれぞれが一個体大人として話して生活を調整すればよかった。家事だって抜きたいときは好きに抜ける。でも子どもは違う。自由奔放、目は離せないし、保育園の送り迎え、料理洗濯、寝かしつけ、ときには病気になって仕事を休んだり、遅刻したり。子どもが生まれて、たくさんのものを失ってしまった。(ちなみにいえば子どもも欲しいと思ったことはまったくなかった。どちらかといえば欲しくなかった。妻が欲しいと言わなかったらつくらなかったと思う。)

子ども自分人生を、時間を削り取っている。しかし、共有してもいる。子供時間は、俺の愛する俺の時間でもある。自分の半身に否応なくなってしまった。たぶん、そこなんだと思う。世間一般の愛とは、やっぱり何か違うけど、俺にとってはそこが大きい気がする。考えたくもないけど、自分より先に子ども死ぬことがあれば、「自分の費やした時間」=人生がごそっと持ってかれることになる。それが辛い(なんか冷たく読めそうだけど、たぶんに感情的感覚です。上手くかけない)。

じゃあ妻はどうなのかといえば、やっぱりパートナーとして一緒にやってけたらいいなと思えている。でも子どもに対する感情とは別物だ。ともに過ごす相手として、誰よりも望ましいと思える。でもたぶんこの気持ちは男相手でも持ちうるものであると思う(俺はここまできていうのもなんだけどヘテロである)。もちろん彼女が死んでも悲しい。でも、たぶん子どもに対するものとは種類が違う。

けっきょく自分でもまだよくわからないや。

推敲なしでスマホで書いたからめちゃくちゃだし、なんかまとまらなかったけど、増田はたぶん自分不思議感情をどこかに吐き出したかったんじゃないかと思っている。俺がいま思わず駄文を書いてしまったように。

増田さん、あなたのような人、世の中にはいますよ。安心してください。とりあえず、うちの家族円満にやれてます(妻は我慢してるかもしれないけれど)。あなたきっと大丈夫。お幸せに。

2018-01-18

絵描き駄文

絵が下手でも楽しそうにしている人がうらやましい。

自分の絵が下手だと分かっているし、性格もひねくれているので楽しめない。

時折版権イラストをアップすれば、少しではあるが多くの人に見てもらえる。

でもそれはそのキャラの絵という事実だけで、決して上手いからでも可愛いからでもない。

人とのコミュニケーションも下手なので、会話にも入っていけず

楽しそうにしている人たちを見ると眩しさで心がつぶれそうになる。

最初の一文は絵が下手な人を馬鹿にしているわけで無く、自分の絵をコミュニケーションにうまく使っていて

とても楽しそうで何も出来ない自分にはうらやましくて仕方がない。という話である

もし同じような気持ちを感じている人が居たら、私のようにドロドロな思考に陥る前に

少しでも自己肯定と自信をつけて欲しい。

誰でも同じような悩みを持っているのかと思うとますます自分はちっぽけなのかもしれない。

溶けて無くなりたい。

かつて私たちは地下に暮らしていた

特に何を主張するでもない駄文です。1級暇人の方はどうぞお読みください。



昔々ある人間たちが、誰の目にもとまらないような陽の射さない地下で他人との交流を細々と持っていた。顔も見えず声も聞けないそのコミュニティには、陽の当たるところへは出せないような声が星の数ほど集まって、カオス文化が生まれた。

それは大抵の場合根暗で、ウジウジドロドロして、「何だこんなもの」と地上の人々に馬鹿にされていた。が、確かに光るものがあったこともまた事実で、そんな一期一会フラフラした心地よい集まりを求めて多くの人間が暗がりへとやってきた。

おとぎ話ではない。他者との交流ネットワーク一般に拡がり始めた頃の話である

インターネット私たち生活に深く入り込んできてからの年月はまだ浅い。日本へ今の形の原型となるネットワークが入ってきたのもたった30年ほど前。それ以前からあった今は亡きパソコン通信も、全盛期は2、30年前あたりだ。ましてや冒頭のような光景掲示板などで繰り広げられていたのだって、(今の現役ネット世代若者が考えるとけっこう昔に思えるが)20年やそこらではないか

パソコン通信というクローズドネットワークからインターネットというオープンネットワーク時代が移る中、個人サイトやら電子掲示板やらがぽつぽつと栄え始めた。顔も見えない声も聞こえない文章だけのコミュニティは、この時地上の現実からひとつ階層を落とした地下世界を構築したのだろうと思う。決して表には出せない愚痴嘲笑も争いも裏事情も何もかもを内包したカオス空間だ。

まもなくインターネット上にはその場の思いつきや便所の落書きレベルからなぜ本気を出したと言わんばかりの美文やイラスト企画まで、さまざまなもの漂流し始めた。地下世界スラム街のような様相を呈し、いわゆるオタクを中心に物好きな人間たちを取り込んでブクブクと膨れ上がっていったわけである

その頃の地上世界では「ネットなんて」「掲示板なんて」「オタクなんて」みたいな認識が当たり前だった。相手の顔も見えない世界なのに、現実を見もしないで貴重な時間をムダにして、と。基本的に地下世界の住人も生身は地上に置いているから、そんな後ろめたさを背中に抱えて、それでもただのらくらと面白いものを求める。

漂う気配には地上世界で吐き出せない陰があり、カキコによる争いは絶えずどこかで起こって燃え上がり、でもたまにいいものを見つけて嬉しくなるような、全くもってグチャグチャの空気が流れていた。

当時の地下世界において人々の理性や社会性は普段より3~8割減っていたと見ていいだろう。感情の赴くままに場を荒らしてはゲラゲラ笑い、煽られては顔真っ赤にして怒る、老若男女が子どものように感情を表せる場だったと言える。そこに地上世界倫理を持ち込むのはお門違いなのであった。

嘲笑・叩きはお構いなし。グロ画像やら有名人やら見知らぬ一般人写真までもがジャンジャン流れ、肖像権何それ美味しいの状態である淫夢の語録やクソコラなども、そのあたりの流れによって大きくなったものニコ動などに共有されて爆発したようなものだろう。そういうアングラ文化電子掲示板界隈からニコ動mixiTwitterといった拡散力の強いサイトへ流れこみ、2000年代に大きく盛り上がった。

さて、今は2010年代もそろそろ終盤である。この日記タイトルで、かつて私たちは地下に暮らしていた、と書いたのは、今やインターネットは地下世界ではなくなったのだと個人的に思ったからだ。

インターネットで出されたコンテンツが瞬時に世界中へ回る時代。昔だってそうだったが、今では拡散スピードが違う。LINEFacebookInstagram若者たちコミュニティを作る。「微レ存」が女子高生にまで浸透したりして、一般人といわゆるオタクとの境界線も昔に比べると曖昧になりつつある。

もはや掲示板にもTwitterにもニコ動にも、陽の当たらない場所はほぼない。全てが地上世界に引き上げられ、インターネットはれっきとしたひとつ社会として君臨するものになったのだ。

れっきとした社会として認められるということは、当然利用する人々の意識・行動にも倫理や理性、ルールが付きまとう。今もかつての地下のノリは受け継がれ、クソコラ炎上煽りも健在だが、「そういうのはどうかと思う」というような理性的意見によって自主的規制されることも増えた。

からと言ってそれが悪いと言うつもりは全くない。むしろ当然の結果である人間が一つ所に固まれば、そこに独自ルール生まれる。ルール文化となって拡がり、人が大きく増えればひとつ社会になる。そうなれば法や倫理が、社会における不都合を放っておくはずはないというものだ。

ただ少し寂しいとは思うが。

冒頭で言ったように、私はこれに関してどうこう主張したい訳ではない。ある日何となくネット窮屈だな」と感じ、地下世界文化の流れを思い、ちょろっと考えをまとめてみようか、となっただけの戯れ言である批判意見も大いに結構だし、むしろここまで読んでいただけていたらそれだけで驚きだ。よっぽど暇なのか。

これからインターネットひとつ社会として、ちょっとの闇を内包しつつ地上世界に在り続けるだろう。さらに月日が流れて、今の世の中では想像もつかないような新しいネットワークが出てきたら、また物好きな誰かがそれを使って地下に新しい世界開拓するかもしれない。

また新しいカオスが生まれて膨らんでいく過程を、できればこの目で直に見届けてみたいものだ、と考えているところである

2018-01-16

ストーブ不要時代

はじめまして。私は、エアコン。温風や冷風を出して生計を立てている。

さして有名でもないメーカーだ。名前を言っても「どこ?」って返されることだろう。設置されてるだけでラッキーだ。

だが、備わったモノをつらつら上げると、知ってる人は格段に跳ね上がるとは思う。

もし私のメーカーがわかったような気がしても、そっとしておいてほしい。きっと、別メーカーだ。

なぜなら、おそらく今から書くことに気づいているのは、私だけではないはずだからだ。

見ず知らずの同業者を、流れ弾で殺すのは、気が引ける。

さて、今から書くのは、おおよそプロ空調設備とは思えない駄文・乱文だ。読者のことなんて考えやしない。

だけど、こんなことを書こうと思ったのは「ストーブは薪が辛い」というのを見てしまたからだ。

自分はそれをみて思った。「いいじゃあないかストーブなら石油があるから」……素直な感想だ。

(該当の文章は、プロアマで云々みたいな話だが……まあ、ここでは単なる第一印象から大目に見てくれ)

なんでそんなことを思ったのか。自分でも最初からなかった。

ストーブだって、潰しの利かない辛い辛い器具だ。なんでそんなことを思ったのだろう?

……考えていくと、我々エアコンという空調器具が、チートすぎるだからだと気づいた。

結論から言おう。現代日本は、薪ストーブ必要とされない時代だ。

ストーブでは、ガスや電気石油ウケる

雪国では、暖房代名詞安心して暖をとれる「寒冷地用大型ストーブ」のようなストーブウケる

都会では、手軽に使える電気ストーブウケる

極めつけは、エコ製品としてペレットストーブだ。

https://anond.hatelabo.jp/20180116071707

駄文を書くのが好きだ。

この匿名ダイアリーを始めて気づいたんだけど、私は駄文を書くのが大好きだ。あと、他の人の投稿を見ると意外とコメントしたくなるものが多くて、自分で思っているより自分の興味の範囲は広いんだな~と思う。

が、そんなに文章うまいわけではないと思う。わりとだらだらと長文を書きがちなので、好き放題書くと長すぎてスルーされる。内容的にもあっちゃこっちゃに話が飛んだり、微妙に話がずれていったりするので、SNSとかではかなり印象を悪くしていると思う。

Twitterは140文字という厳然とした文字数制限があるけど、それをぎりぎりいっぱいまで書くと充分うざい。始めたばかりのときはいろんな人とやり取りしていたのに、気が付けば完全な独り言ツールと化している。そうは言ってもリアルな知人とフォローしあっているので、書く内容に気をつける必要はあるんだけど、ときどきそのことを忘れる。

昨日もおとといもこういう駄文を書いていて夜更かししてしまった。SNSでいろんな人の投稿を眺めて過ごしたり、ネット上でいろいろな商品を探したりして時間無駄にすることはよくあるが、それ以上にどうでもいいことに時間を使った気がする。どうせ書くなら人さまに読むに値すると思ってもらえる文章が書きたい。

ストーリー不要時代

はじめまして。私は、シナリオライター生計を立てている。

さして有名でもないライターだ。名前を言っても「誰?」って返されることだろう。生きてるだけでラッキーだ。

だが、関わったモノをつらつら上げると、知ってる人は格段に跳ね上がるとは思う。

 

もし私の名前がわかったような気がしても、そっとしておいてほしい。きっと、別人だ。

なぜなら、おそらく今から書くことに気づいているのは、私だけではないはずだからだ。

見ず知らずの同業者を、流れ弾で殺すのは、気が引ける。

 

さて、今から書くのは、おおよそプロライターとは思えない駄文・乱文だ。読者のことなんて考えやしない。

だけど、こんなことを書こうと思ったのは「漫画家編集が辛い」というのを見てしまたからだ。

自分はそれをみて思った。「いいじゃあないか漫画家なら夢があるから」……素直な感想だ。

(該当の文章は、プロアマで云々みたいな話だが……まあ、ここでは単なる第一印象から大目に見てくれ)

 

なんでそんなことを思ったのか。自分でも最初からなかった。

漫画家だって、潰しの利かない辛い辛い職業だ。なんでそんなことを思ったのだろう?

……考えていくと、我々シナリオライターという職業自体が、もう風前の灯だからだと気づいた。

 

結論から言おう。現代日本は、ストーリー必要とされない時代だ。

 

漫画では、「○○さんは××」という一発ネタ的な漫画グルメなどエッセイ的な漫画ウケる

アニメでは、現代象徴する安心して見下せてネタになる「ポプ○ピピック」のようなアニメウケる

ゲームでは、広く浅くキャラを大量に用意してエロくするソシャゲウケる

極めつけは、音声作品バーチャルyoutuberだ。

 

……古き良き読書がどうこうってレベルではない。ストーリー自体がもう必要とされていないのだ。

もちろん、各々好きな作品はあるだろう。自分だってそうだ。

けど、時代の大きな流れを、冷静に分析したとき、もはや求められるのは話の種になるような一発芸的なものだ。

あるいは風俗店パチンコ店経営か。

 

人に薦める場面で考えてみてほしい。

 

ひでぇものを「おいおいこれみてみろよwwwww」ってのと、

素晴らしいものを「すごいぞ……みてみな」っての、どっちが気軽かを。

 

ひでぇものなら、安心してみんなで見下せる。反応も予想がつく。

だけど、素晴らしいものは、みんな素晴らしいと思ってくれるとは限らない。

薦める側は、まるで宗教勧誘しているようなバツの悪さすらある。

 

結果、現代において、ビジネスとして優秀なのはどっちだ?

異世界ス○ホとオ○ガとポプ○ピピックか?

読めばおもしろいけど、薦めるのに勇気がいる作品か?

 

素晴らしいものを作ろうと思うとハイリスクだ。

金と時間と人をあつめなきゃならんし、リソースを注ぎ込んだところでコケるかもしれない。

誰が責任とるんだ? 日本企業なんて金出すの、すごく渋るのに。

ネット時代は、一極集中やす時代だ。正攻法でいくなら、一位を目指さなければならない。

中国なら10万ドルポンとくれるけど。(マジで

 

なんでこんな話をしようと思ったのか。もうひとつある。

ストーリー企画をもちこんでも近頃は、シナリオライターは隠されるのだ。

バーチャル某や、声優主体キャラクター主体……別にゴーストライターじゃないのにゴーストライターの気分だ。

しかも、ギャラは別に高くない。最近特にこのタイプ案件が増えてきた。

 

から、次につながらない。ステップアップできやしない。個人事業主にとって、これは恐怖だ。

どんなにがんばっても、どんなにウケても、目先の金で自分存在が消されていくのだ。

名前がでるのは、アダルトばかり。アダルトは慣例とビジネスと割り切ってるからか、安くても義務は通してくれる。

 

でも、エロなんていつまでも続けられるものじゃない。それと悪いが、ハッキリいって、別にしかない。

四六時中、エロテキストなんて書いてたら、気が狂う。もう一文字だって書きたくないと何度思ったかからない。

でも、金がないと生きていけない。だから安直に金になる成人向け案件は、離れられぬ悪友だ。

ついでにいえば、パターンの組み合わせなので、いずれAIに取って代わられる仕事だろう。

 

でも一般向けは、どれだけウケようとも名前なんて出やしない傾向は強くなるし、報酬は安定して低い。

「君らがガチャしてる金を直接くれよ。特別に君だけに長編シナリオいくらでも書くから」と何度思ったかからない。

「それ、実は自分企画したんだよ」と、何度叫びたくなったかからない。

 

なろう系があるじゃないかというが……あれは、編集者ですら、おもしろいなんて思っちゃいない。

読むの辛いなんていいながらも、売れるから出版する。ラノベが売れないと嘯きながら、売れるから出版する。

数字残酷で、金は絶対だ。「いい作品から売りましょう!」なんて幸せ出版が、もはや、どれだけあるのか?

おもしろいのに……」と読者に惜しまれながらも、売れないから打ち切られる作品が、最近特に多い気がする。

なろう系は厳密にはストーリーテリングじゃない。

あれは、「異世界でこんなことがありました~」って言う日記みたいなものだ。日記が大好きなのはいかにも日本人らしいが。

 

売れるものはできるし、やってる。でも楽しくない。

 

自分が書いたストリーを読んでくれた人、プレイしてくれた人に、おもしろいと言ってもらえる。

何回経験しても、狂いそうになるほど嬉しい。今の自分に残された、たった一つの希望だ。

でも、同時に、絶望でもある。質がよかろうと、残念ながらお金にはなりにくい。

ストーリーテリングは死にゆ文化だ。肌で感じる。自分は、別に純文学志向でもないのに。

 

とりとめのない文章失礼した。でも、吐き出さずには、いられなかった。

名前付きで出せば、仕事は全部なくなる上、下手したら訴えられかねない。

炎上だってするだろう。失業だ。結局、自分チキンで、金と契約に縛られて生きている。

 

だが、

 

「ああ、神話時代から続いた、ストーリーテリング時代は、もう終わったんだな」

 

という叫びだけは、どこかへ届けたかった。

 

戦って負けるならまだいい。

だが、戦場自体がなくなってしまったのだ。

戦場がなくなった兵士はどうすればいい?

 

ただ、それが辛い。

 

 

追記

飲み屋愚痴のような乱文が、想像以上にバズってしまったので義務として書いておきます。お恥ずかしい限りですが、一度、手を離れたものですので、矜持して消さずに残しておきます。追記は、わかりやすいように箇条書きで書きます

 

・よかったこ

自分でも、気づけなかった知見や気づきを得られました。こんな攻撃的な文章でも優しい人はいたのは、捨てたもんじゃないなとも思いました。お金にはなり難いかもしれないですけど、まだ観客を信じてがんばっていきたいと思います自分の関わったモノ・あがいたモノを論拠に殴られたのは、自分のやってきたことは無駄ではなかったと、救われた気がして泣きました。ありがとうございます

 

タイトルに偽りがあること

はい。より適切なタイトルを上げる方は、複数いました。ヤケになったのと、まだ希望を持ちたくて、出版業界でよくやられる例のアレをやってしまいました。すいません。結果、皮肉なことになってしまいました。

 

人格否定系の意見に対して

バズったら来るのは予想してたのですが、やっぱりバイアスかけてみる人は多いなと。売れる仕掛けを打って、実際に売れても、実績にも金にもならないから嘆いていてしまったんです。また、ラーメン発見伝芹沢さんが牛脂ぶちまけた結果と同じタイプ失望もあったのです。別に後付ではなく、文中にちゃんと書いてあります

 

謝罪しておくこと

なろう系と一括りにしたことは、素直に謝罪します。これを書いてしまったのは、会う編集者が口を揃えて、おもしろいと思って売ってないという現実が悲しかったのです。きっと私が出会っていない中に、いい人や作品はあるのでしょう。あと、ポプテピは、別にディスってないです。「時代を正しく分析したお手本のアニメはこうなるよな。じゃあこの先って……」と想像して、感心しつつも悲観的になっただけです。

 

・今回おもしろかったこ

匿名仕事しか、良くも悪くも自分には爆発力が足りない。良い子より悪い子。よくできた諺があるものだ。

「お前が無能必要とされていないだけ」ってタイプ意見の人に取引先がいたこと。なるほど君はそういう人間ですか。

シナリオライター」を自称するならユーザー感情・行動まで操る筋書き、物語を描いてみろってだけの話じゃん。

操ったぞ。これでいいか

書いた私より深い洞察をしていた方もいらっしゃったし、読者より作家の方が読解力ないのかもしれない。お高く止まらないように、しっかり自戒しておこう。最低限の礼儀として、トレースのような卑怯行為だけはしない矜持は忘れないようにしよう。

 

最後

色々と嫌なことが続いてナーバスになり乱文を書いてしまいましたが、気づきや励ましのおかげで、もう少しがんばれそうです。次に仕掛けるべきこともみえてきました。ありがとうございます

 

……あぁ、やっぱり自分は、この業界から離れられそうにない。

2018-01-14

anond:20180114184750

冬なんて早く終わればいいのに。こたつの中で私は、今シーズン最大の寒波を迎え撃っていた。

からにゃーにゃ―と声がする。地域猫のトラだ。私はときどき気まぐれのように、餌をあげている。

トラは我が家アイドルなのだが、父が猫嫌いということもあってほとんど外で過ごしている。

春が待ち遠しいのはトラも同じだろう。

「入っておいでトラ。今日はお父さんもいないから」

ガラス戸を開けると、待ってましたとばかりにトラが入ってきた。

私はトラの濡れた体をぼろになったタオルで拭いてやる。

「ん?なんだこれ」

トラの首輪に見慣れぬ紙切れが結んであるのを見つける。まるでおみくじのように首輪に結ばれたそれを、私はそっと外して広げる。

『いつもピケを可愛がってくれて、ありがとうございます。私は○○区に住む……』

そこから先は文字がかすんでいて、読み取ることが出来ない。文字は少し丸っこいものの綺麗で、これを書いた人そのものを表しているようなそんな気がする。

私は印刷用のA4用紙を引っ張りだしてくると、返事を書くことにした。

『いつもトラを可愛がってくれて、ありがとうございます。私は○○区に住む……』

一所懸命に書いた手紙だけど、きっとまた雪でにじんで読むことはできないだろう。

それでもいいのだ。私は手紙の読める春が楽しみになってきた。

(我ながら駄文だ……もっと書く練習をしたほうがよさそうですね……)

2018-01-13

anond:20180113165043

などといって英会話教室営業妨害をしつつ意識高い系駄文を書き散らして

実際に英語はまったくしゃべれないような老害にならないように気を付けましょう

2018-01-08

anond:20180108114901

こうやって感動できる俺ってすごいでしょみたいな駄文一生懸命ひねり出してイキらずにいられないの本当に哀れ

2018-01-07

anond:20180107095509

ホッテントリ読んでないの?

何週遅れの感想だよって思ったわ

この増田みたいになーーーんにも調べないでネット駄文を書き散らす奴がいるから、ネットカオスになるんだよなぁ

同じ話を何度も繰り返す事になる

2018-01-05

anond:20180105003945

てっきり思考能力ゼロの再投稿ガイジがいつもの癖で二重に投稿して片方だけ消し忘れたのかと思ったわ。

あと再投稿という事実を指摘するのは揚げ足取り攻撃なの?くそ面白くもない駄文を何度も消しては書くを繰り返してる、安倍botのお仲間みたいな再投稿ガイジの方がよっぽど迷惑だと思うけどな。

[再投稿は甘え]と言われたくないなら再投稿無しでも伸びるように文章力を鍛えては?

こんなところでしか見てもらえない、承認欲求だけは一人前の半端者には無理かな。

2018-01-04

ぶっちゃけオール古文漢文にしてくれていいよ

あれは読解に文法理解単語の暗記が必要だが、ある程度数こなして一定パターンを把握すれば、

そこから逸脱する文章というのはあまり出てこない

それに比べると現代文玉石混淆というか、そもそも内容に全然共感できない文章も多々あって、

こんな駄文自分人生が決められるのかと思うとなんともバカバカしくなった

現代文能力は他の教科で論述やらせて把握すればそれでいいと思う

2018-01-03

嫌父

久々に実家帰省したら、父親の部屋の棚にでかくて分厚い嫌韓本が飾られてた。

本棚じゃなくて、家族写真や絵皿のある飾り棚に堂々と。

さらには家族普段使ってるダイニングテーブル図書館で貸し出した嫌韓本父親スマホと共に置いてあった。

正直、普通に引いた。

今思うとたしか兆候はあった。

父は昔からキムチが大っ嫌いで冷蔵庫に入ってるとくせーくせーと露骨嫌悪感を示してた。

帰省して久々に家族揃って外食ってときも、たまたま近場にあった韓国料理屋にはいろうとしたら回れ右して逃げ出したし。(大人気なさ過ぎて母親も弟も呆れかえってた。結局ラーメン屋に変更した。中国はいいんだ)

料理が嫌いなだけだと思ってたから、まさか嫌韓本にまで手を出してるとは思わなかった。

亡くなった父方の祖母生前はがっつり新興宗教にはまって高額な壷やネックレス買わされてたかまさか遺伝、、、?ってちょっと違うか。

いや、人それぞれ色んな思想をお持ちだと思うのでなるべく否定したくはないです。

正直8、9年前の嫌韓ブーム?の時はまとめ記事とか少し鵜呑みにしてたことはあったし。学生の頃ね。

まぁ、いいんだけど、、、、、、

せめて人の目に触れる場所にそういう本を置いてほしくない。

父親の部屋っていっても元々祖父母のリビング二世帯で住んでた)だったから、今でも親戚が家に集うときはその部屋を利用することになってる。

え、私が東京にいる間も何度か集ってたよね。その時も嫌韓本でかでかと飾ってたの、、つかそれ以前に家族普段利用するダイニングテーブルに平気で置いとくとかありえないんですけど。

私が神経質すぎるのか、一度通ったことある身だから過剰反応しちゃってるのか、、延々もやもやしてしまう。

解決策としては父親に「こういう本は片付けておいて」ってそれとなく諭せばいいんだけど、この話題に触れるのって同時に父の闇にも触れるようで、めちゃくちゃ怖い。というか、もう父とはなるべく関わりたくない。これ以上嫌いになりたくない。

父親とは小学校の高学年から社会人になるまでの長い間、反抗的な態度を取っていた。嫌いだったとこ挙げてくと、

ひどく無神経でありがた迷惑

私や弟の育児も都合が悪いと母に投げ出して逃げる

口が悪くいつもへらへらしながら人の悪口ばかり(運転中は荒くなって周りの車の愚痴吐きまくる。)

いつもその場しのぎの会話で内容もすぐ忘れる、興味が無いのか子ども誕生日すら覚えられない

子どもも呆れる程大人げない行動をとる

一応定年までサラリーマン万年係長)してたし、露骨暴力浮気癖とかギャンブルとかそういうのはないけど、どこかうだつがあがらなくてクズ思考回路尊敬できなくて同じ空間にいるのが苦痛で仕方なかった。(芸能人でいうと愛嬌も才能もない突き抜けてない蛭子さんって感じ。蛭子さんは好きだよ。)

そして何よりも、その人の血筋をがっつり受け継いでいることに対して嫌悪感がはんぱなかった。

自分にも当てはまってるんだろうなーと。父親も、そして自分も大嫌いだった。

、、これがただの反抗期と呼べるものなのはからないんだけど、多感な時期で反抗期を迎えた子どもはこんな感情抱くものなのかな。ちょっと異常な気はしてるんだけど。

そんな反抗期らしき時期も、上京して離れて暮らして、ようやく落ち着いてきた。

もういい加減大人になった。多面的な部分も受け入れて嫌な部分はそっと見なかった事にする許容も生まれてきた。

最近はなるべく避けたりせず、最低限の会話は心掛けてる。

そんなフェーズで見つけてしまった嫌韓本

ちょっとさすがにきついか増田で吐き出して記憶にふたをすることにしました。

とりとめのない駄文でごめんなさい。文章におこすと気持ちが冷静になれていいですね。

いつか父も、自分のことも好きになれたら良いな。

2017-12-29

仕事納め

増田上司です。

今日仕事納めで午前で終わりです。

部下がPCの電源をつけたまま、食事に出ていってしまったので、

代わりに投稿しました。

本年は色々と駄文にお付き合いいただきありがとうございました。

新年も相変わらず部下のストレス発散におつきあいをよろしくお願いいたします。

(追伸)部下のanond通いのことは知っていましたがストレス解消のためと黙認しています

2017-12-28

はあちゅう童貞

騒動が下火になっているなかで、こんな駄文投稿するのを、どうか許してほしい。完全に「魔が差した」としか言いようがない。これが俺が提案できうるベストソリューションなのだ

一連の騒動を経て、はあちゅう氏は結局「童貞いじり」の件に関しても謝罪を取り下げた。それに対して皆それぞれに思うところはあるだろう、不満を持つ人も多いだろう、言いたいことがあることがあるならば言えばいい。どうせはあちゅう氏には届かないし、聞く耳ももたない。人を変えるのは容易ではないし、いまさらはあちゅう氏が謝罪したり何かをするというのも求められてはいないはずだ。

そこで、だ。


提唱したいのは「はあちゅう童貞である」ということである




何を行っているのか分からいかもしれない。はあちゅう氏が"童貞”を愛してやまないならば、もうはあちゅう氏が"童貞”という言葉概念になればいいという提唱である聖母マリアだって処女懐胎したんだ。別にはあちゅう童貞であっても不都合はない。大好きな童貞になれるのだ、はあちゅう氏にとってこれ以上名誉なことはないだろう。

そして、「童貞」という言葉意味を付け加えよう。

批判をされても、議論をするつもりがなく、ズレた回答をして相手イライラさせて炎上させる。そういう存在を「童貞」と定義すればいい。

そう、イケダハヤト氏も田端信太郎氏も広瀬隆雄氏もみんな"童貞”だ。




え? 勝手意味を付け加えるな? そんなもん知ったこっちゃねぇヨ。言葉は変化していくモンだろう。壁ドンだって元々ネットで使ってた意味よりも、女子高生に人気のワードなっちまった童貞って言葉に一つ意味が増えたところで何の不都合もねぇだろ?

え? 元々の意味だった童貞可哀想そう? そんなもん知ったこっちゃねぇヨ。セックス経験があろうがなかろうが、人が人であることには変わりねぇよ。そんなもんでマウンティングしてくるヤツらなど端から気にすんな。そもそも、貞って言葉は「心が正しく安定して迷わない。正しい」って意味だ。

え? こんな駄文書き散らすな? しょうがねえだろう、俺も童貞だ。

2017-12-24

オタクは見下してたはずが、結局チ〇ポには勝てなかったよ的敗北を喫したものまとめ

ケータイ小説レベル駄文文化ラノベ

パチンコギャンブル文化ソシャゲ

三次アイドル文化アイドル声優

・ワンカップ底辺おじさん文化ストロングゼロ

ユーチューバー文化キズナアイ

 

次はインスタが来そうやな

2017-12-22

クズが生きるということ

クズが生きるということは難しい。

なぜならこの社会では「努力は誰でも出来る」ということになっているからだ。そんなの当たり前だと思ったあなた、ぼくは本当にあなたが羨ましい。この世にはどうあがいても努力が出来ないという人種存在するのだ。

自分語りになってしまうがぼくは現在高校3年生、所謂受験生であるしかし、この時期になっても全く受験勉強をせずにいる。勉強しなくてはいけないことは当然頭では分かっている。だが身体が動かないのだ。

あなたはそれはぼくの甘えだというかもしれない。みんなそれを乗り越えてきたんだと言うかもしれない。だが、ぼくもあなたウサイン・ボルトほど速く走れないし望月教授のようにABC予想証明することも出来ない。どうして努力けが人類共通に備わった能力だとみなされるのか。ぼくはそれが不思議でならない。努力を「しない」のではなく「出来ない」のだ。

もちろん誰かに救済してもらおうだとか努力しなくてもいいようにしろとかそういった意図でこの記事を書いたわけではない。ただ、努力出来ることを前提とした言説が溢れ、努力「出来ない」という悩みを持つことさえも許されていないかのような風潮を目にするたび深い絶望に襲われる。この言い様のない苦しみを共有出来る人がいるかもしれないという一縷の望みにかけて駄文を書きなぐった次第である

クズが生きるということは難しい。

たぶん人生どん底

だいたい精神状態は悪い。

たまに良いときもある。

今はちょっと良い。

からこうして駄文かいてみた。

これまでどうせ無理だと諦めていたことを頑張ってみることにする。

追記

マジで気分がいい。数年ぶり。

別にドラッグとかやっている訳じゃないけど笑

おかし占いでは今日は不調なはずだ()

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