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はてなキーワード: 津波とは

2018-01-10

anond:20180110155712

津波のあった場所に昔からあった石碑みたいなもの

ここより下に住むな

でもそんなのは無視されるのが現実

無法者でも不良でもない普通の人が父祖の遺言無視する

2018-01-06

https://anond.hatelabo.jp/20180105234421

震災キーワードシャッフルして、少し変換してる点。

現代アイテム」が古くなることより、こっちのほうが10年後どうなるか。

千年ぶりに訪れる彗星。  千年ぶりの大地震津波

天体ショーである破滅的な災害。  震災であるが、スペクタルな自然現象でもある。

爆破される変電所。 水素爆発する原発

停電。  輪番停電

逃げない町の人。  「津波てんでんこ」の話でもわかるように、避難は難しい。

神社。  古い神社津波被害を受けない場所に作られていた。

学校避難。  学校避難

津波が到達したエリアとそうでないエリアで雲泥の差。  学校避難した人々が一気に安全になってる。

こんな災害の中で恋愛かよ。  こんな状況でアニメ作りかよ。

少し前にあった千年規模の災害と、一方就職活動という日常生活の悩み

 

この映画震災後の「現在」に公開されたという文脈記憶メモ

今回、初見だった人の、こっち方面での語りが少ない気がするのだが。

3.11

当時小学六年生

初めて経験する地面がうねる感覚、そこら中から鳴り響く地震速報の音。

全てが得体の知れないものだった。

そしてそこから毎日、毎時間、絶え間無くTV流れ続ける被害情報映像

瓦礫の山、押し寄せる津波、その後ろには大勢の1人の死の瞬間が確実に映っていた。

数年経ってから3.11に限らず地震関する全てに強い恐怖を覚える自分に気づいた。

地震速報の音、地面から感じるかすかな揺れ、全てに異様なほど不安を感じる、手の震えが止まらない。トラウマのものだ。

その恐怖の根底はやはり当時見たあの映像数々にあったと思う。

話は逸れるが、シン・ゴジラ映画を1人の死が大げさに描かれないからこそ感じる現実らしい恐怖があると評価している人がいた。その通りだと思った。

災害の中でも1人の死が大きく取り上げられるのは創作世界だけ、現実もっと淡々と一瞬ですべてが奪われていく。

そこに確かにあったものが一瞬出なくなる恐怖。

この恐怖感はきっと一生消えない。

しかしたらその一生は自分大勢の一人になる瞬間に終わるのかもしれない。

2018-01-05

クズ人権はあるのか問題

職場人権研修で、障害者貧困難病だ、話を聞いたり動画を見たりして気になったのは、いずれも「偏見に晒されたり不当な不利益を被る人達いかに立派な人か」という擁護?が混じっていることだった。ホームレスの中には少し前まで大きな会社にずっと勤めてたという人がいるんだとか、足の悪い○○さんだけ津波に飲まれたけど優しい人でとか。

じゃあ人間の屑だったらどうなんだと私はそっちよりだったんで思ったし、生活保護支援団体の人までそういうくちっぷりだったのは少々辟易した。中には運命歯車がほんの少しずれてしまっただけの人だっている、それはその通りだ、でも中には居るだなんて言ってたら、本当にただただ働くとかそういうの面倒くさいだけのテンプレなずるい人だっているだろう。障害ゆえに津波に飲まれた人は性格が悪くて周りから嫌われていたなら割り切りがつくのか。手を差し伸べる人を傷つけるような弱者に、差し出された支援にあぐらをかくようなヤツに、本当に我々は、じんけんとは、うんぬん、しなくちゃならないのか。話は逸れるが人権研修メニューはいろいろあって選べたりするんだけど発達障害についてが無くて、じゃあ空気読めなくてどこにも就職できない無能は、みんな、車椅子聖人君子相手にするように自然配慮だかなんだか、社会はそこまで成熟してるのか。いや、成熟する必要があるのか。ハンディキャップを活かして駆使して援助者をせせら笑うクズからは、そんな権利なんかとりあげちまうのがすじなんじゃないか

そんなことをつらつら考えていた。

そしたら今更ながら、世界人権宣言を読んだ。

これは1948年国連で採択されたもので、世界中人権の話はたどっていくとこれに基づいている。

第1条にはこう書かれている。

 すべての人間は、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳権利とについて平等である人間は、理性と良心とを授けられており、互いに同胞精神をもって行動しなければならない。

これが答えだった。国連の下にいる国の、国民は、世界中の我々は、この宣言の元にいるのだった。

性善説だ。人権なんか無いようなどうしようもないクズだなんていませんよというのがスタートだった。考えてみればあたりまえかもしれないけれど。

法律というのは第1条に主旨を置く。これからちゃごちゃ具体的な話を書いていくが思っていることはつまりこういう気持ちなんだというのが第1条だ。社会人間はそこまで到達できないし到達できる気もしないが少なくとも建前はここに書いてあったのだ。

ひとつすっきりした。

2017-12-23

anond:20171223041619

犠牲者3万人/日本人口1.27億人だから津波対策必要以上に考えることが無駄コスト

311ほとんど報道されない今の体制が正しい

津波から6年

そういえば津波対策その後大丈夫なんだろうか

全国的

100年に1度はあると考えれば、長い目線計画していかないといけないと思うが

難しそうだな

東北は流石に大丈夫だろうが

2017-12-22

AEDってアレだ。津波とき大川小だ。

AEDマニュアルに従ってポチッとヤッても正確な位置じゃなかったとか医者でもないのに後から石印を問われるんだろ

この範囲内で動けば絶対法律上罪にならない絶対安全法則政府公開されるまで友人以上以外の事故であのメカに触る勇気は持てない

2017-12-21

オッス、オラ童貞

いやほら、昨今の騒動童貞童貞童貞って文字が並んでるとさ、問題当事者たちよりも彼らの方が傷ついているんじゃないかって。そう思うと、何か書かなきゃって思ったんだ。

からこれ以降このワードは使わない。タイトル含め4回も書いちゃって悪かったな。

おれもそうだからわかるんだけどさ、なんていうか、すごくつらい。

所詮行為をしたことがないだけなんだよ。なんだけど、なんだけど、あのーなんていうかさ、そういうパートナーがいるって、どこかそれが当たり前なんだっていう印象あるじゃない。

それがおれにはいない。そう、いないんだよ。

飲み会の席で「彼女いないの?」「いたことはあるの?」「もしかして童貞?」何度も嘘をついた。その場しのぎの受け答えなんていつだってしてきたけど、この嘘だけはついた場所、回数さえ覚えている。

咄嗟になんとか切り抜けたと安堵した直後、たかだかひとつ行為経験がないだけで恥ずかしがる自分の弱さとか、普段は明るく豪快に振る舞う自分とのギャップとか、聞いてきた相手はどう思ってるんだろうとか、両親はどう思うんだろうとか、自分は何かおかしいんじゃないかとか、自慰にふける自分の姿をなぜか第三者視点で見てて気持ち悪いなって思ったりとか、モニターにふと映った自分の醜い顔とか、おかあさんごめん、せっかく学校まで出してくれたのに人並み程度に彼女もできなかったよとか、じゃあ風俗に行ってやるって思って財布見ても金がなかったりとか、こんなことを聞いてくれる人もいないこととか、そういうものが全部津波のように押し寄せてくる。

ちょっとだけ自分語りしてもいいかな。おれ、昔からウルトラマンとかヒーローものが大好きだったの。命をかけてもみんなを守る、そういうのがかっこよくって、おれもあこがれのヒーローたちに恥ずかしくないように生きようと思ったんだ。だから、いつだってみんなの役に立とう、みんなを笑顔にしよう、そう思って生きてきた。そうしていれば、いつかそれを見ていてくれる人がきっといるんだって信じていた。振り返って思うと、いいように使われてきたこともあった。でもそれでも、それはおれの決めたこなのだから、すごくつらかったけど、すごくどうでもよかった。いつかきっと、これさえあればよかった。

ある日、ある女性出会った。「みんなのために動けるってすごいね」って言われた。ああ、こういう瞬間のために生きてきたんじゃないかなって、そう思った。やっぱりつらくていやだったんだけど、生きてきて良かった。すごく仲良くなった。うれしかった。たのしかった。たのしかった。ふと疎遠になったと思ったら、おれの親友とつきあっていた。別にいいじゃない、そういう仲になりたかったわけじゃない、もちろん嘘だ。性行為なんてしたいわけじゃなかった、嘘だ、彼女と考え得るすべてのことを共有したかった。大好きな二人が一緒になったんだ、おれもうれしい、うれしい、うれしいはずなんだよ。おかしいんだよ、なんでなんだろうね。

その後とある病気発症してしまった。一生直らないし、常に苦痛が伴うし、遺伝するらしい。休日デートとか、結婚して子供を作るとか、もう考えられなくなった。

おれは、たとえどんな結末を迎えようと、おれの選択を何より誇りに思う。誰も思ってくれないから、おれが思う。おれは誇り高い。おれは最高だ。上に書いたエピソードを、「彼女の作り方」「モテテク指南」みたいなものに合わせて考えると、いろいろ失敗はあったはずだ。でも、おれの選択だ。おれが選びとった結果だ。誰にも偉そうに評価されてたまるものか。

でも、それとは別に最初に書いた苦しみはいだって感じている。これって社会が作っている「空気」というやつなのかな。そういうものの苦しみは、自分いか自分を誇っていても感じる。何度も書くけど、つらい。でもそういうつらさを、感じなくてすむような社会を作っていこうって、そういう連中がいるらしい。なんかさ、そういうの、嫌いじゃないんだよね。

前にエマ・ワトソンスピーチ批判されたことがあった。要は「俺たちの見方ヅラしてるけど、お前いかにも男性的な男とつきあってておれにはやらせてくれないじゃないか」みたいな話だ。正直、わかる。だってつらいんだもん。自分自分を傷つけるようなことを何度も頭の中で繰り返して、もう何も考えられなくなってるんだから。でも彼女は「私はあなたの仲間で、一緒につらい社会をなくしていこう」って言ってるらしい。言ってること自体は悪くないと思うんだ。

から、おれはあなたの仲間だ。あなたっていうのは、エマ・ワトソンとか、もっと言うと、はあちゅうとか、田端信太郎とか、これを読んでいる人の仲間だ。こういう問題こそ、えらそうな連中にだけ任せておいてはいけない。#metooだ。でもその一方で、おれはおれだ。誰よりも誇り高く、誰よりもおれが信じる人間だ。自分のことを、たった漢字文字表現されることには、何が何でも抵抗しようという者だ。同様にあなたがそのように評価されることも断固として受け入れる気はないのだ。

おれは誰か?おれは、おれだ。何人たりともおれを言葉で縛ることはできない。でも約束しよう、おれはおれやおまえの仲間だ。いいたいことはそれぐらい

2017-12-15

anond:20171215165159

真剣神様を信じてる人も尊重され評価は低くてもちゃんと居場所があるのがアメリカ

神様預言者も居ないからだったら自由かと言えばそんなことはなく個人崇拝強制され拒否すると死ねと言われるのが日本

資本主義経済合理性で動いてるかと言えば一貫して無くて震災津波被災者には激甘なのが日本

同じモノコイの立場でもホムレスだけ出身身分避難所差別されるのが日本

anond:20171215170011

かわいそうランキングによるとホムレス津波被災者より捨て猫のほうが上の扱いですね。

anond:20171215164551

ホムレスの話のときは助けても利益がないと経済合理性で語るのに

被災者自衛隊の話のときは急に人道主義者になる連中が多すぎる

津波に流されたら死ねばいいと経済合理性で一貫しろ

2017-12-13

anond:20171213190934

原発だけでなく、住民に対する津波対策必要だという意見は全く間違っていない

伊方原発

2011年以前に「M9.0の巨大地震により高さ15mの津波福島原発を襲う可能性がある」という判決が出ていたら

「そんな地震が起きたら原発どころじゃなく大惨事だわwww」とか言ってそうなのが…

2017-12-12

なにが「本当のことを知りたい」だ

子供が死んだのを誰かに責任追及したいのをナニ正義の味方みたいに言ってるんだ

教師が悪意があって変な命令を出したわけじゃないのに結果が失敗だったからと何年もネチネチ糾弾したら

次の津波ときに誰も責任を取りたくない目立ちたくない保身から過剰で余計な動きをして逆に危険になる可能性すらある

防災や救助の専門家でも何でもないけど救助専門組織と違って立場が弱い学校けが狙われるように裁判で叩かれると

あんたらの主張と逆にマニュアルや訓練で責任回避する方向に進むだけ

2017-12-10

anond:20171210150655

311で津波で人が流されてるときに言えよ

困窮してる人間につばを吐いても安全そうな状況だけ可哀想を笑うなよ

津波で全部流されて廃墟になってるところでメガホンしろ

2017-12-06

https://anond.hatelabo.jp/20171206133115

国益という意味では世界4位のスパコン国立海洋研究開発機構地震津波防災研究海洋資源の探索)に納入したんだから既に十分過ぎるほど国益還元果たしてて、

用途外使用だけで返還請求ではなく逮捕したとしたら本当に頭わるわるなNEDO特捜になるぞ。

2017-12-03

車社会洗脳される高校生

社会が混乱し、成人化の展望を見出すことができない新社会人大学生は、成人への通過儀礼にこぎつけた高校生を見て、「ずるい者が生き残る」との絶望感を深めている。反対に、何とか人生軌道に乗せつつある高校生たちは、いまなお洗脳社会を拒む人たちを「甘えている」と非難し、ときには平然と「障碍者」呼ばわりする。それぞれが個別に困難な事情を抱えていることを、互いに考慮し合うことはない。こんな環境高校生の心が荒廃していくのは、決して難しいことではない。

仕事出張先で、出張先に近い高校とそれとは別の高校生との間の、バイクを巡るトラブル取材たことがある。前者は「公共交通の混雑で迷惑かけるな」と苦情を言う。後者は「どうして子ども扱いされているか理由がわかっていない」と応酬する。「免許必要としていなければ持ってすらいない」「代わりなどいくらでもある。知恵がないだけだ」と、泥沼の罵り合いになっていた。

高校生二輪車に乗らないものは、公共交通の持続化という側面もあるのだが、大半の高校生は、そこまで忖度できる心境ではなくなっている。高校生が変わり者だったり持病を抱えていると、たとえ本人に礼儀正しさがあっても、大人のほうが嫌悪する。乗らない高校生自身が半分大人扱いされる社会暮らしているのだから、それはよくわかっているはずなのに、容赦のない言葉を投げつける。2010年代以降にしきりに言われた「18才選挙権高校生大学生大人の仲間入り」などという言葉は、いまさら空々しくて、誰も口にしない。

こんなにも彼らの心が荒廃してしまった理由は、わざわざ指摘するまでもない。昨日まで子供世界に生きていた人たちが、一瞬に大人社会に引きずり出されたネオリベ不条理。それを被った人々の間には「格差ならざる格差」が生まれ是正どころか日に日に広がっている。高校生以外は、忘れることだけは「熱心」だ。大人があけた満員電車のスペースは高校生のためではなく、「自分は何て優しいんだろう」と自己陶酔するために退いたのではないかとさえ思う。仕事の合間に取材を続けていると「まだ気に入らないのか」とよく言われる。「お前は中高年か」とも、何度尋ねられたことだろう。高校生支援も同情もしない、残酷社会がそこにある。

これらを目のあたりにして、大人を信じられない、頼れない、との絶望感を高校生が抱いた、オートバイを操る高校生復権は、その果ての人心の荒廃の象徴であること以外に、理由などあり得ない。東日本大震災は、原発事故津波などによる多大なる爪痕を残したのだけではなく、大人という国民属性信頼性といったものを(最初からそんなものがあったのかとも思うが)、根底から揺るがした。それは、チェルノブイリ原発事故の後、適切な対策をとれずに自ら威信を失墜させ、なす術なく滅んでいったソ連の末期の姿と、よく似ている。

大学生高校生の心がこれだけ荒廃して、一般人が無縁でいられるはずはない。大人の間の格差は、それぞれの子供たちの格差となって、学校社会という場で露骨に現れる。震災後の日本では、免許の有無や車やバイク好き嫌いきっかけで、喧嘩になることが増えたという。洗脳社会によるストレスや、格差を生んだ大人社会眼差しの反映だ。私も以前、二輪車乗りの高校生のいる高校の近くの街で、荒んだ目をした自転車乗りたちに突然絡まれ無視していたら追いかけられたことがある。以来、そのような高校周辺は、夜のコンビニの前などでたむろしている自転車乗りたちのそばへは、決して不用意には近づかない。

2017-11-07

熊本地震被災者車中泊をした理由

帰りたくても帰れない、そんな状況で家に最も近い代替物となるのは、自動車

もちろん、自分たちだけの気のおけない空間がほしいという理由もあったかもしれない。

だが、震災という突然の脅迫に直面した彼らが心の安定を求めて選んだのが、マイカーだった。

そう考えれば、東日本大震災で家も家族も車も失った人々に想いを馳せずにはいられない。

彼らは、心と身体を支えるあらゆるものを失った。帰れば親が待っている家出娘とはわけが違う。

自分安心できる場所も心が安らぐ相手もこの世には存在しなくなったのだから

愛するものとの突然の別れは、津波よりも容赦なく彼らの心を破壊していったのではないだろうか?

2017-10-28

anond:20171028130002

マジに考えると。

いざ、豪雨台風地震そして津波などの災害があったら、どうするんだろう。

自衛隊支援政府から支援義援金無しには、災害後に復興とか出来ないでしょう。

この日本列島は、自然災害が多い。加えて、石油のような輸出が出来る資源もないからなー。

そもそも食料自給率からして、あれだし。

更に、とてつもなく、身近な例だとコンビニ本部も、スマホ携帯電話会社本社は全て東京

東京からインフラ無しに、日本平和日常は維持できない。東京地方から人材農産品無しにはなりたたないし、持ちつもたれつ。)

  

2017-10-24

砕かれた鏡

(この日記は、「副業風俗レポを連載していたのだが、」https://anond.hatelabo.jp/20171023190844を「俺が編集者ならこう書き換える」という内容に無断で編集したものです。)

お久しぶり~。とにかく更新が滞りがちなこの連載。今回はちょっと趣向を変えて、生まれて初めてアジアンエステに行った日のことを書くぞ。もう六年半も前の話だ。僕のドスケベオイルマッサージ道はこの日から始まったのだ!

某月某日、夜。駅前商店街を歩いていると、妖しく点滅する立て看板が目に入った。

中国式マッサージ 60分¥6000

インターホンを鳴らすと、異様に背の低い白髪の老婆が出てきた。待合室に通され、メニューを渡された。メニュー表には複数コースが書かれていたが、婆さんは大きな目をさらに大きくして90分一万円のコースゴリ押ししてきた。僕は気圧されて、よくわからないまま一万円を払った。

部屋に案内されて、ベッドに腰かけていると、小柄な女の子が入ってきた。名前はナナちゃん。第一印象はツンとして見えるが、笑うと一気に表情がやわらぐ。かわいい! 大きな目に長いまつげ。ピンク色のぽってりした唇が印象的。髪は長めで、えり足がスッキリとまとめられている。あらわになったうなじセクシーしかし、何より目を引くのはオッパイ。かなりでかい! 上着がパンパンに膨れあがってる。そして、むき出しになった太もも。僕が太ももフェチになったのは、この日がきっかけかも。ミニスカートからのびる二本の素足。た、たまらん....。

ナナ「初めてですか?」

僕 「はい

ナナ「先にシャワー浴びますか?」

僕 「あ、はい

ナナ「じゃあ、脱いで待ってて」

ナナちゃんが部屋を出ていく。言われるままに服を脱ぐ僕。上半身裸になったところで、ナナちゃんがバスタオルを持って戻ってくる。いたずらっぽい笑みを浮かべながら、僕のズボンベルトを引っ張る。脱ぐように促しているのだ。恥ずかしながら、僕はすでにビンビン。ナナちゃんがそれを見て、キャッと笑う。腰に白いバスタオルが巻かれると、腹部がふくれあがり、その形状はまるで雪山

一緒にシャワールームへ。ナナちゃんが全身をやさしく洗ってくれる。「後ろ向いて」「はい、前」「もう一回後ろ」ころころと向きを変える僕。後ろ向きになると、ナナちゃんの手首が僕の足のつけねを通って、さわ~、と尻の穴を通過。最高だ...。タオルで体を拭いてもらい、部屋に戻る。紙パンツを渡されたが、明らかに小さい。無理して履いてみたが、思いっきハミ出てしまう。ナナちゃんがそれを見てウフフと笑う。

ナナ「うつぶせになれますか?」

僕 「あ、はい・・・

ナナ「・・・やっぱり、あおむけでいいよ。うつぶせ、痛そうだから

うつぶせだと、いきり立ったモノが圧迫されて痛いと判断されたらしい(笑)それで急遽、あおむけの態勢から始めることに。ナナちゃんが僕のひざの上にまたがると、太もも感触がじかに伝わる。う~ん、たまらん!

まずは首筋のマッサージ。ナナちゃんが前かがみになると、はだけた胸もとから谷間が見える。膝を動かすたびに、スカートの中もちらり。これってわざと!? そして、ここから先は怒濤の展開。まだ序盤なのに、ナナちゃんが僕の全身にオイルを塗り始めた! 本来うつぶせでじっくりと肩や腰をもんでから、ようやくあおむけになり、オイルが登場するのは後半なのだしかし、ナナちゃんは通常のセオリーをすっ飛ばして、大暴走。おそらく僕の興奮が伝わり、一気にスパークしたのだ! 奇跡フュージョン国籍を越えた魂の交感。ナナちゃんの指先が、僕の体の上を縦横無尽に滑走。そのなめらかな滑りは、ロシアフィギュアスケーターユリア・リプニツカヤ選手のようだ。僕はあっという間にフィニッシュ。開始からわずか30分。瞬殺だった...。

本来、こういったマッサージは焦らしてナンボ。ナナちゃんの施術はあまりトリッキー過ぎた。でも僕は大満足! 最高のアジアンエステデビューであった。

🌑

これは、ある風俗系のサイトのために書いた原稿である。そのサイトが突然閉鎖してしまい、行き場所がなくなった。自分で言うのも何だが、本当に下らない。僕は二年近く、こんな文章ばかり書いていた。この記事は、新しい店を取材する時間が無かったので、苦しまぎれに昔話を書いたのだった。結果的にこの原稿は陽の目をみなかったわけだが、書きながら当時のことを色々と思い出した。

あの頃、実は僕はドン底の状態だった。親から継いだ会社倒産させた後だったのだ。単なる地元中小企業だったが、そこそこ歴史のある会社だった。古参幹部裏切り横領大手の参入、理由を挙げればキリがないが、結局は僕が無能だったのだ。すべてを失った。恋人も仲間も、みんな去って行った。絵に描いたような転落人生だ。酒びたりの日々。毎日、目を覚ます頃にはすでに日が暮れかけていた。時計を見るのもつらかった。起きるとすぐに冷蔵庫を開けて、安い缶酎ハイあおり、またベッドに戻る。酒が切れたらコンビニに行って、缶酎ハイカップ麺を大量に買い込む。そんな生活が何ヵ月も続いていた。

いよいよ金が尽きてきたので、警備員バイトを始めた。まわりは爺さんばかりだった。地元では警備員仕事高齢者の受け皿になっていた。爺さんたちと一緒に働いているうちに、まだ20代後半だった僕も、老後みたいな気分になっていた。

件のエステに行ったのは、そんな時期のことだった。前述の通り、僕は30分で果ててしまった。そのあとどうしたかというと、ずっと彼女とお喋りをしていた。彼女は色々な話をしてくれた。まだ来日して三年足らずで、日本語ジブリアニメ勉強していると言っていた。なぜか子供の頃の写真を持っていて、それを見せてくれた。山村風景を背にして、薄汚れたシャツを着て立っている、仏頂面の少女が写っていた。それが彼女だった。話を聞いてみると、彼女は非常に貧しい家に生まれて、家族を支えるために、日本出稼ぎに来ていたのだった。

僕も自分のことを話した。地元中小企業の二代目社長社員は26人。趣味スキーテニス、車はベンツを2台所有。どれも過去には本当のことだった。でもすべてを失っていた。僕は彼女に、会社経営の苦労や、幹部に対する不満を、現在進行形の悩みとして語った。彼女の前では社長でいたかった。悲しい見栄だ。話しているうちに、自然と涙が流れてきた。彼女がそっと抱き寄せてくれた。僕は彼女の胸に顔をうずめて泣いた。しばらくのあいだ泣き続けた。あのとき彼女はどんな気持ちだったのだろう。異国で、初対面の男が、いきなり泣きだしたのだ。理由もわからなかったはずだ。かなり戸惑ったにちがいない。

ナナちゃんと話した翌日から、僕は仕事で新しい現場に入った。美術館の警備スタッフだ。スタジオジブリレイアウト展覧会だった。そこでマズイことが起きた。彼女が客として入場してきたのだ。どうやら彼女は一人で、オレンジワンピーススニーカーを履いて、髪はポニーテールにまとめていた。相変わらずちょっとツンとしていて、喋らなければどこからみても普通若い女性だった。僕はあわてて顔を伏せた。見られてはいけない。彼女の中ではまだ僕は社長なのだ。警備服を着ているはずがないのだ。彼女は食い入るように展示物を見ていた。僕は帽子限界まで目深に被り、ばれないようにした。

午後になって、今度は外の駐車場ですれ違いそうになり、あわててトラックの背後に隠れた。警備員なのに、僕の挙動は完全に泥棒だった。彼女は僕の前を通り過ぎて、その先の角を右に曲がっていった。彼女は僕の視界から消えた。

数日後に、地面が揺れた。これまでにないぐらい、大きく揺れた。巨大な津波が来て、あらゆるもの破壊した。そう遠くない場所で、原子力発電所が爆発した。日常が奪われ、何日も、何週間も、不安状態が続いた。

僕はやることもなく、ふと思い立って再びあの店に行ってみた。当然のように閉まっていた。インターホンを鳴らすと、ゆっくりドアが開いた。中からあの大きな目の老婆が顔を出して、「やってませんよ」と言った。

僕 「いつごろ再開しますか?」

老婆「もうやらないよ。おしまい

僕 「・・・

老婆「みんな中国に帰ったよ」

僕 「ナナちゃんは?」

老婆「ナナも帰った。モモも帰った。サクラもユキもみんな帰った。日本は危ないから」

当たり前だが、ナナちゃんとはそれっきりだ。僕はほどなく上京して、小さな広告プロダクション就職した。その後、仕事で知り合った風俗関係者に請われ、メンズエステ体験レポを書くようになった。

最初のうちは、アジアンエステ取材する度に彼女のことを思い出したものだが、最近はすっかり忘れてしまっていた。女性の胸に顔をうずめて泣くなんて、あの夜が最初最後だと思う。

地震で粉々に砕かれた鏡の上に今は別々の人生が映し出されている。ナナちゃん、元気だろうか。

2017-10-23

副業風俗レポを連載していたのだが、

諸般の事情サイトが閉鎖されてしまった。原稿が一本無駄になってしまったので、はてな匿名ダイアリーに放流する。

🌑

お久しぶり~。とにかく更新が滞りがちなこの連載。今回はちょっと趣向を変えて、生まれて初めてアジアンエステに行った日のことを書くぞ。もう六年半も前の話だ。僕のドスケベオイルマッサージ道はこの日から始まったのだ!

某月某日、夜。駅前商店街を歩いていると、妖しく点滅する立て看板が目に入った。

中国式マッサージ 60分¥6000

インターホンを鳴らすと、異様に背の低い老婆が出てきた。待合室に通され、メニューを渡される。メニュー表には複数コースが書かれていたが、婆さんは90分一万円のコースゴリ押ししてきた。僕は気圧されて、よくわからないまま一万円を払った。

部屋に案内されて、ベッドに腰かけていると、小柄な女の子が入ってきた。名前はナナちゃん。第一印象はツンとして見えるが、笑うと一気に表情がやわらぐ。かわいい! 大きな目に長いまつげ。ピンク色のぽってりした唇が印象的。髪は長くて、えり足がスッキリとまとめられている。あらわになったうなじセクシーしかし、何より目を引くのはオッパイ。かなりでかい! 上着がパンパンに膨れあがってる。そして、むき出しになった太もも。僕が太ももフェチになったのは、この日がきっかけかも。ミニスカートからのびる二本の素足。た、たまらん....。

ナナ「初めてですか?」

僕 「はい

ナナ「先にシャワー浴びますか?」

僕 「あ、はい

ナナ「じゃあ、脱いで待ってて」

ナナちゃんが部屋を出ていく。言われるままに服を脱ぐ僕。上半身裸になったところで、ナナちゃんがバスタオルを持って戻ってくる。いたずらっぽい笑みを浮かべながら、僕のズボンベルトを引っ張る。脱ぐように促しているのだ。恥ずかしながら、僕はすでにビンビン。ナナちゃんがそれを見て、キャッと笑う。腰に白いバスタオルが巻かれると、腹部がふくれあがり、その形状はまるで雪山

一緒にシャワールームへ。ナナちゃんが全身をやさしく洗ってくれる。「後ろ向いて」「はい、前」「もう一回後ろ」ころころと向きを変える僕。後ろ向きになると、ナナちゃんの手首が僕の足のつけねを通って、さわ~、と尻の穴を通過。最高だ...。タオルで体を拭いてもらい、部屋に戻る。紙パンツを渡されたが、明らかに小さい。無理して履いてみたが、思いっきハミ出てしまう。ナナちゃんがそれを見てウフフと笑う。

ナナ「うつぶせになれますか?」

僕 「あ、はい...」

ナナ「あおむけでいいよ。うつぶせ、痛そうだから

うつぶせだと、いきり立ったモノが圧迫されて痛いと判断されたらしい(笑)それで急遽、あおむけの態勢から始めることに。ナナちゃんが僕のひざの上にまたがると、太もも感触がじかに伝わる。う~ん、たまらん!

まずは首筋のマッサージ。ナナちゃんが前かがみになると、はだけた胸もとから谷間が見える。膝を動かすたびに、スカートの中もちらり。これってわざと!? そして、ここから先は怒濤の展開。まだ序盤なのに、ナナちゃんが僕の全身にオイルを塗り始めた! 本来うつぶせでじっくりと肩や腰をもんでから、ようやくあおむけになり、オイルが登場するのは後半なのだしかし、ナナちゃんは通常のセオリーをすっ飛ばして、大暴走。おそらく僕の興奮が伝わり、一気にスパークしたのだ! 奇跡フュージョン国籍を越えた魂の交感。ナナちゃんの指先が、僕の体の上を縦横無尽に滑走。そのなめらかな滑りは、ロシアフィギュアスケーターユリア・リプニツカヤ選手のようだ。僕はあっという間にフィニッシュ。開始からわずか30分。瞬殺だった...。

本来、こういったマッサージは焦らしてナンボ。ナナちゃんの施術はあまりトリッキー過ぎた。でも僕は大満足! 最高のアジアンエステデビューであった。

🌑

自分で言うのも何だが、本当に下らない。僕は某風俗サイトで二年近くこんな文章ばかり書いていた。先の記事は、新しい店を取材する時間が無かったので、苦しまぎれに昔話を書いたのだった。結果的にこの原稿は陽の目をみなかったわけだが、書きながら当時のことを色々と思い出した。あの頃、実は僕はドン底の状態だった。親から継いだ会社倒産させた後だったのだ。単なる地元中小企業だったが、そこそこ歴史のある会社だった。古参幹部裏切り横領大手の参入、理由を挙げればキリがないが、結局は僕が無能だったのだ。すべてを失った。恋人も仲間も、みんな去って行った。絵に描いたような転落人生だ。酒びたりの日々。毎日、目を覚ます頃にはすでに日が暮れかけていた。時計を見るのもつらかった。起きるとすぐに冷蔵庫を開けて、安い缶酎ハイあおり、またベッドに戻る。酒が切れたらコンビニに行って、缶酎ハイカップ麺を大量に買い込む。そんな生活が何ヵ月も続いていた。

いよいよ金が尽きてきたので、警備員バイトを始めた。まわりは爺さんばかりだった。地元では警備員仕事高齢者の受け皿になっていた。爺さんたちと一緒に働いているうちに、まだ20代後半だった僕も、老後みたいな気分になっていた。

件のエステに行ったのは、そんな時期のことだった。前述の通り、僕は30分で果ててしまった。そのあとどうしたかというと、ずっと彼女とお喋りをしていた。彼女は色々な話をしてくれた。まだ来日して三年足らずで、日本語ジブリアニメ勉強していると言っていた。なぜか子供の頃の写真を持っていて、それを見せてくれた。山村風景を背にして、薄汚れたシャツを着て立っている、仏頂面の少女が写っていた。それが彼女だった。話を聞いてみると、彼女は非常に貧しい家に生まれて、家族を支えるために、日本出稼ぎに来ていたのだった。

僕も自分のことを話した。地元中小企業の二代目社長社員は26人。趣味スキーテニス、車はベンツを2台所有。どれも過去には本当のことだった。でもすべてを失っていた。僕は彼女に、会社経営の苦労や、幹部に対する不満を、現在進行形の悩みとして語った。彼女の前では社長でいたかった。悲しい見栄だ。話しているうちに、自然と涙が流れてきた。彼女がそっと抱き寄せてくれた。僕は彼女の胸に顔をうずめて泣いた。しばらくのあいだ泣き続けた。あのとき彼女はどんな気持ちだったのだろう。異国で、初対面の男が、いきなり泣きだしたのだ。理由もわからなかったはずだ。かなり戸惑ったにちがいない。

この話には後日談がある。翌日から僕は仕事で新しい現場に入った。美術館の警備スタッフだ。スタジオジブリレイアウト展覧会だった。そこでマズイことが起きた。彼女が客として入場してきたのだ。どうやら彼女は一人だった。僕はあわてて顔を伏せた。見られてはいけない。彼女の中ではまだ僕は社長なのだ。警備服を着ているはずがないのだ。彼女は食い入るように展示物を見ていた。僕は帽子限界まで目深に被り、ばれないようにした。午後になると、今度は外の駐車場ですれ違いそうになり、あわててトラックの背後に隠れた。警備員なのに、僕の挙動は完全に泥棒だった。

数日後に、地面が揺れた。これまでにないぐらい、大きく揺れた。巨大な津波が来て、あらゆるもの破壊した。そう遠くない場所で、原子力発電所が爆発した。日常が奪われ、何日も、何週間も、不安状態が続いた。再び店に行ってみると、当然のように閉まっていた。インターホンを鳴らすと、ゆっくりドアが開いた。中から背の低い老婆が現れて「やってませんよ」と言った。

僕 「いつごろ再開しますか?」

老婆「もうやらないよ。おしまい

僕 「・・・

老婆「みんな中国に帰ったよ」

僕 「ナナちゃんは?」

老婆「ナナも帰った。モモも帰った。サクラもユキもみんな帰った。日本は危ないから」

当たり前だが、ナナちゃんとはそれっきりだ。僕はほどなく上京して、小さな広告プロダクション就職した。その後、仕事で知り合った風俗関係者に請われ、メンズエステ体験レポを書くようになった。最初のうちは、アジアンエステ取材する度に彼女のことを思い出したものだが、最近はすっかり忘れてしまっていた。女性の胸に顔をうずめて泣くなんて、あの夜が最初最後だと思う。ナナちゃん、元気だろうか。

2017-10-12

急に3.11記憶が蘇った

記憶を蘇らせるきっかけは、RADWIMPSの「狭心症」という曲だ。

この眼が二つだけでよかったなぁ

世界の悲しみがすべて見えてしまったら

僕は到底生きていけはしいないか

当時、僕は静岡に住んでいた。その時間部活練習中で、人生でほぼ経験たことのない長い揺れを感じ、部員みんなで身を守る体制になっていた。震度こそ震度4だったが、異常なことがよく分かった。

練習の合間にガラケーを開く度、「M7.9」「大津波警報」「既に津波は到達している」「原発電源損失」という文面が流れてくる。

その後の余震静岡も頻繁に揺れていたこともあり、部活は中止になり、家で様子を見ることになった。

テレビを傍らに、まだ登録して一年足らずのTwitterに張り付いていた。まだ会ったことのない東京友達の安否を確認していた。

人生で全く経験たことのない非常事態に終始緊張をしていた。いまこの瞬間に多くの人が死んでいっているという事実が信じられなかった。

そのような状況で、急に聴きたくなったのがRADWIMPSの「狭心症」だった。震災のおよそ一ヶ月前に公開され、なんて暗い曲なんだと思って聴いていた。

世界から見れば今のあなた

どれだけ かくかくしかじかと言われましても

下には下がいるって喜びゃいいの?

僕は僕の悲しみも憂いちゃいかんとさ

3月11日の、深すぎる絶望のなかで、糸を垂らしてきたのがこの曲だった。

余震こそ来るけど普通に暮らせる場所にいた僕に届いた。捉えきれない絶望を、この曲がフィルターとなって受け止める役割、やるべきこと(やってはいけないこと)を示してくれた。

とは言っても、様子を見守ること、変なチェンメは流さない、ツイッターデマには気を付ける、このぐらいしか出来ることはなかった。

原子力緊急事態宣言」「名取で数百名の遺体発見

良い知らせなんてもう二度と入ってこないような世界になったと思った。

深い悲しみで数日間は動けなくなったが、月の後半には普通に近い生活を送っていた。

雨風は凌げ、計画停電もなく、食料も普通に手に入った。全然過酷な思いをしていたわけではないが、「狭心症」を聴く度に、あの日のことを鮮明に思い出す。

2017-10-05

anond:20171005053502

はいはい案の定倒錯お疲れ様ですー2006年地震時の津波による電源喪失からメルトダウンメルトアウトメルトスルー等等の議論がありながら非常電源措置等の事故対策を怠ったのは間違いなく時の政権ですー時系列順に首並べるなら???小泉安倍福田麻生鳩山菅野安倍???ですー責任者公務員の皆さんも追加しましょうかーかーかーかーチュンチュンピーピーピィーかーかーかーかーかーかー

2017-09-29

たつき監督降板吉崎観音氏が原因」説は騒動の縮小が目的なのでは

もののけ姫における首を失ったダイダラボッチのごとく、たつき監督を失ったけもフレファンが暴徒と化している。

あろうことか、その一部がプロジェクト心臓とも言うべき吉崎観音氏をも攻撃し始めている。

たつき監督降板吉崎観音氏が原因」説をとなえる記事が公開されたからだ。

それは吉崎観音氏の過去発言や行いと矛盾するものであり、信ぴょう性に欠ける怪文書である

さすがに、良心のあるファンは考え直す。

吉崎観音氏を叩くのはやめてほしい」

「やりすぎ」「冷静になれ」「落ち着け

「これ以上騒いでも各所に迷惑がかかるだけ」

しかし暴徒は止まらない。暴徒なので。

そして最終的に「もうやめよう」となるはずで、心なしか今は騒動が少し落ち着いた気がする。

あの記事が公開されたのは、これが目的だったのではないか


ここでWikipediaからもののけ姫のあらすじを引用する。

アシタカはエボシに戦いをやめて村に帰るよう伝えるが、エボシはかまわずシシ神殺しに向い、遂にその首をとる。するとシシ神の体から不気味な液体が大量に飛び散り、それに触れた者たちは死に、木は枯れてしまう。やがて液体は津波のような勢いで山を埋め尽くし、森は枯れ果てて、タタラ場も壊滅してしまうのだった。サンは森が死んだと絶望し、人間に対する憎しみを爆発させる。しかし、アシタカはまだ望みはあるとサンを説得し、二人は協力して、シシ神の首を持って逃げようとするジコ坊を押しとどめ、首をシシ神に返す。

シシ神は首を取り戻したが、朝日を浴びると同時に地に倒れて消える。その風が吹き抜けると、枯れ果てた山には僅かながら緑が戻り、アシタカの腕の呪いも消えた。アシタカは好きだが人間を許すことはできないと言うサンに、アシタカは、それでも互いの世界で共に生きようと語る。エボシもタタラ場の村人達に、新たに良い村を作りなおそうと語りかけるのだった。

たつきを戻してももう手遅れなのではないか

以上、新たな怪文書であった。

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