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はてなキーワード: 二の次とは

2019-05-13

[] #73-8「娯楽留年生」

「話は聞かせて貰いましたわ!

「じ、じょ、ジョウ? なぜここに? 話を聞いていたって、どこで、どうやって……」

フォンさんは娘の電撃来店に慌てふためく。

「え、は? 何? あんたらどういう関係?」

この場に居合わせているだけのタケモトさんやマスターは尚さら事態が飲み込めない。

独特な格好をした女性唐突な登場。

その女性と何かワケあり雰囲気ゲスト

まりにも情報が多すぎる。

「あー、えーっと、ですね……」

「お父様、ワタクシはここ最近不思議でしたの。お父様の『キュークール』に対する、病的なまでの活動。ただハマったというだけで納得するには、あまりにも異常でしたもの

センセイが順を追って説明しようとしているのに、ジョウ先輩はそれを遮って一方的に語り始めた。

自分述懐を優先させるところはフォンさんと似ていて、やっぱり親子って感じだ。

「あそこまで執着していたのは……ワタクシのためでしたのね、お父様」

そしてジョウ先輩の口から語られる真実

だが俺たちにはまるで理解できない。

どうして個人趣味が、子供のためだったという話になるんだ。

「な、なんのこっちゃ……誰か、誰か説明してくれよー!」

タケモトさんの悲痛な叫びが店内に木霊した。


…………

それから語られる、ジョウ先輩の断片的な思い出話。

それを俺なりに組み立てると、こんな感じだ。

ジョウ先輩は小さい頃、とても消極的子供だった。

自分の考えを表に出さず、行動も控えめで周りに言われたこしかやらない。

口調も普通だ。

それは親に対してもほぼ同じだった。

フォンさんは仕事で忙しく、家にほとんどいなかったため娘と会話すらマトモにできなかったんだ。

年頃の親子とは思えないほど、二人の関係には距離ができていた。

しかし、そんな状態を『キュアキュア』とかいう、当時やっていたアニメが救う。

ジョウ先輩はその映像に魅了され、時に親の忠告無視するほど熱中することもあった。

しかし、そんな困った状況をフォンさんは逆に喜んだ。

消極的だった娘に自我が芽生えたと感動したらしい。

から、その心を育むため、フォンさんは娘の趣味咎めなかった。

しろ自分自身が率先して『キュアキュア』に入れ込んだ。

娘が好きなものを好きなように愛せるよう、怖気づかせないように、その姿を見せ続けた。

親子の交流も図れて一石二鳥だ。


…………

何となくだが、ようやっと話が見えてきた。

フォンさんの『キュークール』に対する愛情表現は、その頃の“クセ”ってことか。

子供趣味を、子供のように大人が楽しむには、多少の羞恥心は気にしてられない。

一般社会における大人モラル二の次だ。

ひとまず、どっかそこらへんに置いておく必要がある。

多少やりすぎでも、娘がそれで自信を持ってくれれば、と。

だけど、フォンさんは置きっぱなしにしてしまった。

どこに置いておいたのか忘れてしまったんだ。

(#73-9へ続く)

2019-05-12

20発達障害持ちの企業選択における葛藤

私は、とても喜ばしい事に外資系ITサービス大手2社(ア○センチュア、日本I○M)などから内定をいただいた20卒のADHD持ちの大学生である

就職活動の中で、最終的には当然入社するのは1社に絞らなければならない。

そこで、新卒カードを切ってどの企業に行くか、という事に現在私は葛藤している。

最初に挙げた外資系ITサービス企業大手2社の何れかにしようという所までは絞った。

これは安易理由で絞り込みをした。新卒で入るのであれば、小さな所よりは、大きい所で様々な職種人達と携われ得る所の方が自分に+になるのでは無いか、という事からであった。

(ry内定をいただいた職種は、新しめの技術の基盤エンジニアのような事をやる職種であり、日(ryでいただいたのはシステムアプリケーションの開発の部署の配属となる可能性が高そうであった。

外資系ITサービスの2社に決め打ちした私は、就職転職情報サイトのVorkersを読み込んだり、実際に複数社員さんにお話を伺いに行き始めた。

会社HPなどからは伺えない、それぞれの会社の内情や実際の仕事内容の細部、雰囲気などを知る事が出来ていてとてもありがたい事であると感じている。

2社から何れかを選択するにおいて、先ずどこに重きを置くか、という所に悩んだ。

その中で、大前提として、働く中で私の特性としてADHDで注意欠陥や衝動性が強いということを念頭におかねばならぬと考えた。

私は、飲食店キッチンアルバイトをしていたことがあったのだが、マルチタスクが他の人たちに比べ、ずっと苦手で無能であるという現実をそこで改めて実感したことを思い出す。

その上で、いろいろ考えてみている。

I〇Mの方が教育がしっかりしているだの、ア(ryの方が社内で他部署に移動しやすいなど、そんな意見もあるが、私にとってはそんなもの二の次である

ブラックだとか首を切られやすいというのも目をつぶれる

年収若い内はどちらも大差無さそうなので、ここもあまり重要視はしていない。

新卒の分際でこんなことを言うのはおこがましいとは思うのだが、私のような人間でも働きやすい、ADHDであっても職務に集中できるような環境で働きたい。

それを念頭に、2社の社員さんとお話しさせていただき、確度を高めた上で決定したいと思っている。

これまた社会に出てもいない学生が言うのはおこがましいとは思うのだが、私のような人間が許容されるような企業が、増えてくれることを心から願っている。

2019-05-07

組合ってそんな反戦的な活動してるのか?

世間組合は、そんなに反戦平和を訴えているのか

うちの組合賃金時短、男女機会均等をメイン据えており、「反戦」なんか議題に上がったことがない

全国の組合執行が集まる会議時間は有限で、主たるテーマから逸れる時点で非難を食う

またGDPデータを基に話す時に「よくわかってないのでここは飛ばします」ていう専従がいたが、総バッシングを受けていた

別に平和二の次と思っていない、ただそれは組合仕事としては副次的もの認識している

懇親会でやる分には自由で、そういう話はよくあがるし、それでいいと思っている

この前提はどの組合でも共有されているものと思っていたが、うちは井の中の蛙だったのかもしれない

なぜ立憲は経済メインに話さないんだと歯がゆい思いをしていたが、世間組合あんな感じでそれが支持母体なのかと思ったら納得がつく

着地させたい憧れのこと


特定防止にところどころ嘘だよ

今、一線で活躍している声優さんと、昔同じ学校に通っていた。

単に高校が一緒だっただけの話だが、彼女高校ときからめちゃめちゃかわいくてしかもいい人だったので、当時私は彼女のことが好きだった。この「好き」はアイドルファン的なニュアンスだと思う。

彼女委員会仕事などで壇上に上がるのを見るとわくわくしたし、部活動でやっていた校外ライブにも行ったことがある。そのころは彼女声優さんだなんて知らなくて、ただなんだかそういう養成所みたいなどこかでなにかがあったらしいことを小耳に挟んだことはあり、すごいな〜えらいな〜、とは思っていた。

すごく勝手な話をすると、一方的に親近感を覚えていた、というのもある。

私は中学時代、いわゆるアニメ声だね〜ということで少しいじめ……というか許容範囲外のからかいというか、そんなかんじの扱いを受けていた。主に異性からだったので異性とはあんまり友達にならず、女の子は一度「気にしているのでからかわないでくれると助かる」と伝えれば少なくとも表面上みんなあんまり触れないでいてくれたので、別に全方位からそういう扱いだったわけではない。

ないのだが、普通の声のつもりで小学生時代を過ごしていた(たぶん周りも、「ぶりっこ」とかい概念がない小学一年生のころからほぼ同じ声だとわかっているので気にしないでいてくれた)のに、中学になってそこで初めて会った人達から突然「お前の声は変だ」と扱われたのが地味にショックだったようで、今でも初対面の人と喋るときに少し怯える。

そういうわけで、いわゆる「アニメ声」の人を見かけると、あっこの人も周りから揶揄されて苦労したんだろうな、ちょっとつらかったこともあったろうな……という気持ちになってしまう。今は大人なので、声が変わっている人みんながみんなからかわれて育つわけではないと理解はしているけれど。

件の彼女のことを好きになったのも、彼女の声が、こういうのもすごく癪ではあるのだがいわゆる「アニメ声」で、それでも彼女はいつ見てもニコニコしていて、てらいなく喋っているように見えたからだ。

すごいなあ、と思った。えらいなあ、とも思った。

その頃私は自分の声が、というか自分の声が周りに抱かせるであろう印象が本当にいやで、叶うなら将来筆談で生きたいとも思っていた。

から、いわゆるアニメ声でもキラキラしている彼女尊敬したし、きっといろんな嫌な反応をはねのけたり受け入れたりして生きてるんだろうな、それはきっと大変で、でも彼女は笑っているのですごくてえらいな、と、同病相憐れむじゃないけど、似たような境遇でも萎縮せず生きていることに憧れみたいな感情を抱いていた。

今はもちろん大人なので、それが私の勝手想像で、私と彼女他人だし、私は彼女のことを全くぜんぜん知らないのだとわかっている。私の事情は私の事情だし、彼女にはもっと違う事情があっただろう。

声優さんという職業に対して、ずっとすこし複雑な気持ちがあった。

一定の時期から、周りの人に「声優を目指してるの?」「目指さないの?」「やってるの?」と言われることが多くなった。親戚にだったり、職場の人にだったり、お客様だったり、お祭り焼きそばを買おうと立ち寄った屋台のおじさんにだったり、なんか道端で会った初対面の人にだったり、いろんな人に。

それは、自分の声は変でダメからかい対象なんだと思っていた私への追い打ちだったり、身内がそういう特殊仕事に就くことを期待するみたいな親戚の無責任かつ無邪気な夢物語だったり、単なる話のネタ的なお世辞だったり、なんかこんなに言われるんなら目指したほうがいいんだろうかと思えてくるような好意的な反応だったり、いろんな意味を持って私の人生のまわりをぐるぐるしていた。

声優という職業を初めて意識したのは、「友達の夢」としてだった。中学生のとき。はじめからそれは「他人の夢」だったから、興味があったとしても半端な気持ちで目指したりすると本気で目標にしている人に失礼だな、と思っていた。だからちょっとはなってみたいと思っていたのか、それともぜんぜん思っていなかったのかわからない。自分の夢になる前の段階で、手を出してはいけないもの、にカテゴライズされていたから。

そもそもアニメ声」という形容も本職の人に失礼な気がするし、アニメ声って何? アニメ女の子はみんなこんなかんじの声だろって雑にまとめて個々の演技とか努力とかそういうの無視した言い方なのでは? みたいな気持ちもある。

っていうか声優仕事って「演技」だし、演技をしている人がたまたま魅力的な声をしていることもあるだけで、実は声質自体二の次ものなのでは? とも思ったりしている。要するに、興味があるどころではなく声とか関係なしにめちゃくちゃ演技がしたいのではない限り、私には無関係だということだ。誰がなんと言おうとも。

たいそう魅力的な仕事だし、そりゃ興味さえ持ってしまえば誰でも少しは惹かれるだろうが、意識しないようにして普通に生きていればなんの関わりもない。私の「普通に生きる」には、誰かの演技をしたいという欲求はぜんぜんないからだ。

そう気付くことができたので、今はおおよそ大丈夫である。あるはずなんだけどなあ。

コピーペーストがめちゃくちゃ好きだ。2つのウインドウを行き来して、タブキーやタブとシフトダブル押しでテキストボックスを移動するのは楽しいし、ひたすらお客様の氏名や住所を入力したり電話番号の打ち間違いがないか確認したりするのも楽しい。大量の紙を五十音順だの数値順だのに並び替えたりするのも好きだし、エクセル関数勉強をしてテンション上がったりもするし、書類を三つ折りするのも好きだし、枠線にそって紙を切るのも好きだし、事務仕事が好きなのだと思う。

今の人生が輝いてないとかダサいとか、そういう気持ちもない。のんびりするの大好きだし、仕事もまあ楽しいときが多いし、どんな仕事だって仕事として成立している以上誰かの役に立てている。だろう。たぶん。

でも、夢を見ることがある。彼女と同じ空間にいて、カフェとか駅のホームとかで会話をする夢を。マイドリームイズ的な願望の話ではなく寝て見る夢の話だ。

そういうとき、起きてからたいてい落ち込む。実は彼女と同じ舞台に行きたいのか? とか、勝手に夢の中で友達みたいなことになっていて、彼女ちょっと失礼じゃないのか? とか。

友達になりたかったのかもしれない、と最近は思っている。ミーハーみたいで嫌なやつだけど。

いつか、ちゃんとただのファンになれたらいいなと思う。とりあえずコンサート? ライブ? のチケットをいまさら初めて買いました。超楽しみです。

2019-05-05

青二才の特徴

日常の何らかの問題について、尻の青い理系大学生は次のような事を言うだろう:「それはアルゴリズム問題だ」

あいつらの尻が青い理由

日常問題アルゴリズムとして考えることには問題がある。

第一に、我々の脳はコンピュータではない。例えば、「ここからX地点まで最短距離で行きたい」という問題があった場合、脳の中で重み付き有向グラフを描いてダイクストラ法を使うのだろうか。

もちろん違う。我々は「Googleマップ」を使う方を選ぶ。Googleマップにはそういうアルゴリズムが使われているかもしれないが、利用者はそんなことは意識しなくてもいい。ただ、目的地をGoogleマップ入力してルート案内を聞けばいいだけだ。

第二に、大多数の人は、意思決定時間をかける余裕がないことが多い。自分の買い物を最適化するために無差別曲線分析を行う者はいない。せいぜい、買ったものとその値段、買った日時を記録して、無駄を知ったり節約するぐらいが精一杯だろう。しかし、無駄を知ったり節約を知る行為のものは、直感的な場合が多い。「化粧品無駄だ」ということを、効用神経科学的に測定して判定する人がどこにいるというのだろうか。つまり、そんなことに時間をかけることはせず、直感を利用する。

第三に、一般的な人の数学知識限定されている。「探索と活用トレードオフ」の問題を解くためにベイズ最適化云々を考慮する一般人はいないし、多くの人は「最初の37%の探索に時間をかければいい」というような、わかりやす形式を好む。しかし、仮に数学に詳しい人たちがいたとしても、数学の全てを知っているわけではない。専門外の問題に遭遇したら、ググったりせずに自分もつ知識だけでは解決できないだろう。というか、ググっている時点で、意思決定時間がかかっている証拠だ。

ではどうするのか

日常問題解決する上で、問題を2つに分類したほうがいい。一つは、時間をじっくりかけた方がいい問題、もう一つは時間をかけずにそれなりの精度が出ればいい問題だ。

時間をかけたほうがいい問題は、リスクが高い問題意味する。起業ギャンブル、株取引、怪しい金儲けの話、転職アパート選択、何らかの契約、等。

こういうものは、まず徹底的に情報収集して「探索」して、情報活用はできるかぎり先延ばししたほうがいい。有益で正しい情報があれば、間違えなくて済む。

しかし、ここで問題としたいのは、むしろ日常生活のささいな雑多なできごとに対する問題」の方だ。こういう問題は、瞬時に意思決定しなければならないことのほうが多いので、費用便益分析するような時間はない。

こういう場合に使えるのは「ヒューリスティック」と呼ばれる意思決定ショートカットだ。

ヒューリスティックは、それなりに正しい判断ができる行動戦略等のことで、例えば「全角の"!"が含まれメール無視していい」のようなルールのことを意味する。

この種のヒューリスティックを沢山持っておけば、意思決定時間をかけずに、それなりに正しい判断がくだせるし、頭の中で決定木を書く必要もない。

良いヒューリスティック

良いヒューリスティックとはどんな性質を持っているだろうか。

第一に、そのヒューリスティックを使って起こった結果を評価することが出来る。

第二に、そのヒューリスティックを、別のヒューリスティックでいつでも置換できる。

第三に、そのヒューリスティックによる意思決定は高速である

第一の条件がなければ、ヒューリスティックの良し悪しを評価できないし、

第二の条件がなければより良いヒューリスティック採用したり悪いヒューリスティック排除することができない。

第三の条件がなければ、そもそもヒューリスティックとは呼ばない。

ヒューリスティックを探索する方法

ヒューリスティックを探索する方法はいくつかあるが、ここでは3つ挙げてみる。

1. 自分経験に基づく方法

2. 他人経験に基づく方法

3. 理論に基づく方法

自分経験に基づく方法は、「ヒューリスティックXはYという状況で機能する」という仮説を持ち、それを実生活で試すことによって得られる。そして、沢山の試行によって帰納的にヒューリスティックの良し悪しを判断できる。あるいは、仮説から検証するだけではなく、経験から仮説を生み出すこともできる。

他人経験に基づく方法は、他人検証した仮説を、自分自身に適用することを意味する。あなたの専門分野のプロが伝えた行動指針を、自分適用するような事を指す。

理論に基づく方法は、科学的に誰かが検証した結果を利用することを意味する。「勉強の際にXすれば記憶の定着力が上がる」といった実証結果を利用することができる。

何が言いたいか

計画的かつ論理的に慎重に行動するべきときと即断的にそれなりに正しく行動するべき時を区別したほうがいい。

こういうことを区別していない自己啓発本などがあったら注意すること。

そして何より、多くの自己啓発本は、「誰かのヒューリスティックが書かれているに過ぎない」ということを知ることが重要だと思う。

ヒューリスティック完璧ではないので、誰かのヒューリスティックよりも良いヒューリスティック存在する可能性は常にある。これを可謬性という。

他人の書いた自己啓発本なんかを鵜呑みにするのではなくて、常に「検証アップデート」という立場から物事を捉えたほうがよいのではないか、というのがここでの提案

やってみてダメだったものにこだわる必要はないし、成功者連中の書いた本に煩わされる必要もない。

特定の信念が「役に立つかどうか」が重要であって、最適性は二の次である

結論

脳の中で常にアルゴリズム計算できると考えるのは尻の青い証拠日常生活では、ヒューリスティックのほうが重要なケースの方が多い。

anond:20190505123011

男子児童の親よりも女子児童の親のほうが統計的に見て自分の子供に性虐待を加える可能性が高いんだから女子児童の親が世の中の(つまりマクロ的に)小児性被害者を減らしたいのであれば、まず自分抹殺すべきなのね。統計をもとにすればエロ漫画家なんかよりも「女子児童の親」のほうがよほど直接の性加害者だ。あるいは「将来の性加害者製造」という意味では小児男子を育ててる親たちすべてを抹殺すべきだよね。彼らのほうが世の中に犯罪をばらまいている。

また増田に言うように、ミクロ的に自分の家の女子児童を守りたい(つまり自分とその家族けが被害あいたくなくて、マクロ二の次)なのであれば、それはミクロ利益なんだから世間を説得する力を持たないし、他者私益(例えばエロ漫画を書きたい読みたい)を禁止する題目にはならんわけね。

結局問題は、私的利益を得たいがために公的利益の話を棍棒代わりに使う浅ましさなんだよね。「公のためにエロ創作禁止すべき」という論で他者を殴るのであれば、公のために自分が害であった場合素直に殴られて死ぬというスタンスじゃなきゃまずいでしょ?

2019-04-28

anond:20190427223747

公平に税を取るとか受益者から税を取るってのは正しい態度なんだけど一方理想論でもあって、現実システムは今のところそうなってない。なんでなってないかというと、徴収コストとか捕捉率の問題があって、クリティカルに担税してもらうのが難しいから。

消費税なんて逆進性があるし税の中ではかなり筋が悪いものだと個人的には思うのだけど、なんでこれが現在日本議論俎上に有り、世界各国でも税の柱になっているかといえば、国という領域の中で逃れようがない行為が消費行動で、補足しやすいからという一点につきる。要するに絞れるやつから絞るという話なので、公平感とか、受益者とか二の次三の次なのだ消費税=取り立てしやすい税。消費税にそれ以上の利点はない。

よく「富裕層からもっと金を搾り取れ」って気安い意見がでるけれど、これって有効度がかなり低い。捕捉率は低くて徴収コストは高い。海外資産現金以外や資産移植のことを考えれば、正確にガッツリ徴収するコストは非現実的だといえる。高所得者富裕層意味が違うことを考えればなおさらだ

高所得者課税するのは割と簡単なので、高所得者のことを金持ちと呼んで、富裕層と誤認させて庶民の溜飲を下げさせるという方策はありうる。実はこの方策副作用大きいわけだが)

そういう前提知識を置くと「ツケにしておく」というのが、どれだけ無理筋かわかると思う。逃げやす実装なわけだからね。

から現実制度でもめったに見ない。どっちかっていうと「とりあえず取り立てておいて、免除が決定されたら払い戻し」のほうがありうる(還付金という名称ですでに幾つかのシステム実装されている)。

2019-04-18

Androidアプリゲームが重い理由

AppleiPhoneGoogleAndroidは、いまや携帯端末代表するOSだ。

世の中には、iPhoneAndroid比較をする記事があり、スペックアプリカスタマイズ性などが主に比較されている。

しかし、これはあくまで使う側の視点だ。

開発者視点からみると、Androidに大きくデメリットがあることがわかる。

いくつかあるが、下記に3点にまとめた:

まず、殆どの両OS対応アプリは、iPhoneないしはMaciOSシミュレーターで初期開発され、Android移植されるケースが多い。各種ライブラリもその傾向にある。

そのため、最適化普段の使い勝手iPhoneに寄せられることになり、Android対応二の次になる。バグが残りやすいのもAndroidであることが多い。

次に、ひとえにAndroidといっても機種が多く、構成バラバラである。また、比較的最新OSが期待できるiPhoneに対し、メーカーの縛りによってOSメジャーアップデートすらままならないのがAndroidであるGPUも数社あり、それぞれで挙動が違う、まったく厄介な存在である

いずれにしても、メジャーどころは動作確認されるが、一部の端末に端末固有の問題が発生する。普通に動く端末もあれば、なぜか極端に重い端末もあり、Android挙動予測できない。

あなたが買おうとしているAndroidが、開発面からみて安定性が高いかどうか、運なのである

最後に、SDカードだ。自分データ管理できるから安心、容量が少なくてもカバーできるのが売りのSDカードだが、アクセス速度が内蔵フラッシュに比べて一桁、下手すれば2桁遅いことがあり、ゲームアプリロード時間書き込み時間に影響してくるのである

以上3点はAndroidを使う上で知っておいて欲しいことだ。Androidコスト面でのメリット、ストアの自由度などもあり、上記の点が気にならないのであれば、まったく問題ない。

ただ、Androidの安定性の低さ、付随してアプリゲームが遅く不安定なのはまぎれもない事実であり、ユーザーはそれを知って納得した上で買ってほしいと願っている。

2019-04-15

anond:20190415110011

人間自由尊重する、そのサポートをする、というのと、人間国家の所有物、個人自由抑制する、違いですかね?

日本会議宗教ですし、弱いものなので、安倍さん引退すればいったん終わりだと思ってるんですが。そもそも改憲目的ですし、思想信条で動いてますから、国力とか二の次って気がしますよね。

人口を増やすために何かしている印象はないですし、それよりも問題はその場しのぎの移民政策ですね。外国人留学生です。治安が悪くなるとすれば、こちらのほうがよほど問題だと思ってます

2019-04-13

anond:20190413013400

祝辞は、それを贈られる人にとってどうか、という観点あなた文章にはないように思います

私は、あれが東大入学生には響く文章だと読めました。よい反応も、悪い反応も含めて。そして、どちらの人にとっても先々の財産となる文章だとも。

結局、それが全てではないでしょうか。部外者から見てかっこいいか否かは、二の次三の次だと思います

2019-04-12

仕事に飽きてきた

仕事生活費のためだから楽しさは二の次ではあるが、仕事に飽きてきた。

運よく割と楽しいと思える仕事につけた。本当に運が良かった。

けれど飽きてしまった。

そりゃ毎日毎日似たようなことばかりやっているから、いつかは飽きるだろうなーと思ってたけど。

ついにこの時が来てしまたか……と少し悲しい。

飽きるところを通り過ぎると、そのうち嫌いになってしまうのかな。

向いていない仕事をやるよりは苦痛ではないだろうけど、生きる楽しみがひとつ減ってしまった。

いつかまた楽しめる時は来るのだろうか。

2019-04-08

ヒプマイの脚本つまんね~~~~~~~~

ヒプノシスマイク脚本は、その楽曲の質の高さに比べてかなり質が低い。

彼が手がけた作品は、帯にたくさんの業界人コメントをつけた大々的な売り出し方に比べても、まったく無名といっていい。そんな百瀬氏の初めてのヒット作がヒプノシスマイクなわけだが、それにしても彼の脚本評価されてヒットしたわけではない。ヒプノシスマイクがヒットしたことは、百瀬氏の脚本家としての能力の高さを証明するものではないのだ。

ファンが増え始めた時期が物語が大きく動く前(バトルシーズンCD発売前)ということからもそれが分かる。音楽を取り除き、純粋百瀬氏のシナリオライターとしての力を試されるコミカライズが連載された際、ファンからは激しい拒絶反応が起こったのも記憶に新しい。

これは『解釈違い』という言葉で表されていたが、その言葉選びはファンなりのオブラートであると考えている。『多くのファン要望に応えられていない』と言うのが正確ではないか。少なくともこのファンの拒絶は、ただのヒステリーではなく評価と捉えられるべきだ。

音楽が一番で、テキストドラマ二の次作品から仕方ない、という人もいるだろう。だが、だとして質が低いことの理由にはなれど、買い手たるファンへの言い訳にはならない。少なくとも、コミカライズCDを特典でつけるなんてことは、すべきではなかったと思う。この商法によって、音楽第一コンテンツという言葉には説得力がなくなってしまった。本来一番の売りであるはずの音楽オマケにつけるなら、それに見合うだけのクオリティを求めるのは当たり前の話だ。

さて、この問題にぶち当たったとき、私が知りたいと思ったのは「なぜ彼がシナリオ担当になれたのか?」ということだ。百瀬氏には特に有名な仕事はないし、出資元のひとつであるオトメイト仕事経験もない。それどころか女性ユーザー向け作品経験すらない。ではなぜ百瀬氏がシナリオを担うことになったか、その理由ひとつはおそらく『ツテ』だ。

百瀬氏のデビュー作「オールジョブザ・ワールド」の帯には先述のとおり多くの業界人コメントがある。その中にヒプマイの速水奨氏、斎藤馬氏名前がある。ヒプマイのキャスト内でもかなり売れっ子のお二人に帯を書いてもらえるほどの縁ならば、参加する新しいプロジェクトライターとして名前を挙げてもらえる可能性は高い。

もっともそれだけではなく、普段からラップと親しんでいるだとか、ある程度ドラマCDでもマンガ原作でも書ける脚本であるとか、様々な理由はあるだろう。だがやはり初めの一手はツテではないかと思う。(もちろんツテで仕事をもらうのが悪いとは言えない。ヒプマイであれば野津山幸宏氏も速水奨氏経由での採用だと思われるが、野津山氏は同作キャストにも言及されるほどラップに優れている)

正直ずっと「もっと他に適した脚本家を探せなかったのか? 現在のこのシナリオは、本当にきちんと監修されブラッシュアップされたものなのか?」という疑問が続いている。女性ファン界隈は良くも悪くも自浄作用が強く、ファンが苦言を呈することをよしとしない。嫌なら見るなの考えが非常に強い。そのため愚痴垢以外ではこういう話は出てこないが、早めに問題点についてはっきり表面化させた方がよいのではないかと思ってこのエントリを書いた。自浄作用に抑圧されたファンの行く先は、他の新しい作品に移ることだけだ。公式にはあまり胡座をかかずに作品の質と売り方について考えてほしい。百瀬さん、もうちょっとなんとかマシな話書いてくれよ。頼む。それか脚本家増やして。

2019-03-24

anond:20190324121827

でっすよねーw

やっぱずっとセックスしてたい異性と付き合わないと長続きしないよなぁ

いつもセックス二の次で、そのほかの惹かれるところを見て選んでいるはずなんだけど、そこがぴんと来なくて別れることが多い

2019-03-11

anond:20190311120332

……というのが建前だけど、実際には権力を手にする実力があって、それから自分利益を与えてくれさえすれば、性格だの人品だのは二の次なんだよなあ

それだと悪いみたいだけど。利害の調整とかに善も悪も無いからね。ゴミ処理場をどこに作るか?とか利益だけでなく負の分配ってのもあるし。そこでその地域にどの位サービスして、受け入れてもらうか?とか、そんなのに清廉潔白とか割とどうでもいいし。

anond:20190311114036

……というのが建前だけど、実際には権力を手にする実力があって、それから自分利益を与えてくれさえすれば、性格だの人品だのは二の次なんだよなあ

それが自分だけか自分の属する集団国益かぐらいの違いはあるけど、まあその程度

男の好みのようなものだね、口で言うのと実際重視する要素は全然違うw

anond:20190310142121

一つ言えることは、「仕事第一結婚人生二の次」というそ思考スタイルは、ぶっちゃけ昭和のお方とかブラック企業の方のメンタルと全く変わらないので、正直結婚には向いてませんね、としか言いようがない。あなたが言ってるのは、結局「仕事邪魔にならない結婚ならしたいなあ」じゃん。

どんなに仕事が忙しくても会いたいのが恋人だし、大切にしたいのが家族であり家庭でしょ。それは、それが自分という人間の拠って立つ場所であり、生きている意味からでしょ。まず「この人と結婚したい」が先。後のことは、後。じゃないと幸せにゃならんよ。

俺も「自分仕事好き人間」だから仕事にやり甲斐生き甲斐を見出すのは全然構わんと思うけど、人生における優先順位ってものがあるでしょ。そこ間違ってると社会人として何か欠けた存在だなあと思ってしまう。

 「今楽しくて充実しているからいいじゃないですか! 何が悪いんですか」

ハイハイパチンコ競馬に金と時間人生をぶっ込んでる奴も、だいたい同じこと言うからね。あるいはアル中ジャンキーも同じこと思ってるからね。

それに対する返事も同じだね。

「もう少し大局でものを見た方がいいんじゃない? 同じ充実感を得るにしても、もう少し違った金と時間人生の使い方ってあると思うよ」

まあそゆこと。

あなたは、仕事中毒してそれが与える充実感に酔って依存してしまってはいいか

あなたが生まれとき親があなたに望んだ人生がそれなのか。

あなたが「仕事」に人生をすり潰すことで誰が儲かるのか。

あなたの今の状態は、本当に「人生を生きている」って言えるのか。

2019-03-10

怒る時とかに感情的になられるのが嫌って

嫌になって反省出来ないとか逆に同じレベル以上に感情的じゃん

聞く度???ってなるんだけど

しか中高生とかならまだしも普通に仕事してる同じ年齢くらいの人が若い世代代表みたいにしてそういうの言ってて本当に凄い嫌なんだけど

もし自分に原因があって相手が怒ってる状態理性的でいるより感情的になる事が問題解決の妨げであるとか問題解決を優先すべきだって言うのなら、原因である自分こそ理性的であるべきで相手感情的になってようと関係ないし、というか相手の怒りはむしろ進んで思考材料とすべきだし、原因から筋道辿って自分に何かしら不備があったのなら自戒として改めたりそれを口にするなり何なりすればいいだけの話じゃん

そこでうるさく言われて嫌な気分になったら反省とか出来ないでしょ、ってなるのは自分こそ超感情優先で動いてるじゃんって思う

だって怒られてる内容/論理じゃなくてその声の大きさや怒られてるって事実自体が嫌なわけでしょ

理性では少なくとも何か自分が悪いって事は分かってんのに感情面でそれを否としてるって事なんだから感情的じゃん理性とは真逆じゃん

声荒げないのが理性的勘違いしてんのかなって思う

自分がやった事への責任やその代償、自分が変わらない事での自分や周囲への影響より感情面優先させて意思決定すんのは普通に感情的人間だよ

しか反省出来ない、って表現ってそういう自分の行動が原因になってこれから起き得る、今起こったのと同じような問題の影響の責任までその相手にあるってそういう言い方なんだよね

あんたがそうやってこっちの気分悪くさせて反省出来なくしたからまた同じ事起きるかもねってそういうの

相手感情相手が周囲へ配慮する、影響考えるその気持ち人質に取った一種の脅しだよね

そういうのをそこまで自己分析言語化も何もしないまま自覚ないまま口にしてる

ていうかそもそも問題解決のための理性的論理問題によって影響が及んだ側の感情対象人間であるなら引き離すべきものじゃないし、引き離したって大方何の解決にもならないって散々言われてる事だし

実際相手感情的な面を新たに問題の原因だと定義して自身への影響面で同じ事を繰り返さないようにだとか反省するために一定状態以上の気分の維持が必要なのにって主張してるわけでしょ

感情面の尊重を求めてる時点で問題解決過程感情的であるべきでない、って主張は矛盾するよね

その定義の仕方自体、元を辿れば自分が原因であるって部分を無視してて相手感情的になるのは自身が原因だとしても嫌だけど自分相手感情的になるのは別にいいっていう超自己中心的自分勝手な話だけど

たぶんそれが問題解決における近道だと思ってるから正答だと思ってて、だから矛盾自分勝手さも関係無いって思ってるんだと思うけど

結局その近道って問題の発生から解決における道筋においての近道で、間にある自身が原因になった事での影響とそれを訴える側から意見への受容って部分を勝手にすっ飛ばしてて、影響あった側が飛ばすのは分かるけど原因作った側がそれいらないよねホラ近道じゃんって言う傲慢さのやばさたるやって感じだよね

問題起こした人間が怒ってる相手に対して感情の出し方もその範囲問題解決方法もこっちで決める、こっちが機嫌損ねるような事言ったら反省なんてしないってそう言ってんだもんやっばいよ

原因に向けた怒りや悲しみの発露って言うなれば相手への訴え、手段としてのその責任への代償を求めるに至った事への倫理的説得性の補強行為なわけで、それがあったら反省できないとか言うの逆に笑っちゃう

感情的になる事が逆に説得力を欠く事になるって意見は分かるし、実際解決方法として用いる分の手段のはずの感情をぶつけるそれ自体目的なっちゃってる人もいて、そこの部分に辟易するのも理解できるんだけどでもそれはあくま論理に対する説得性に関しての部分で、その原因が引き起こし感情に関して自体とそこへの責任否定するものではないんだよね

正論だどうこう言ってる人はそこを同じ感情って部分で混同してると思う

ていうか何で混同できるんだろう違和感無いのかな

教育の場だと感情に対する責任教師相手のものからは問われない事が多いからその意識をそのまま社会出てまで当て嵌めちゃってるとかなのかな

学校なら授業料払って学ぶ権利を得ていて法的にもまだ人として未熟だとされてる以上、学校側もあるところでそれを職務としてそこで問題解決する場合に原因となった人間への対応として説得性の部分や当人理解反省が優先される方法を取って行くべきって主張はある意味正解ではあるとは思うけど

それが特異な環境である事を理解しないままそういう関係感を社会に出てまで引き摺ってるのだとしたら勘違いも甚だしいなって思う

学校でも生徒間の問題感情面の責任についてむしろ言及される傾向にあると思うけど基本的にそこで怒られる状況があるなら第三者である教師にって場合ほとんどだからそこを分けて別のもの認識してて自分問題を起こして影響を及ぼした相手当事者意識を持って感情面の責任も含ませ自分を責めるって状況自体理解できてないのかもしれない

実際どうかは知らないけど

普通に考えれば解ると思うんだよね

問題があってその原因が自分にあるならそこにはその責任と代償が伴うっていうのは当たり前だし

その原因に対する責任においての再発防止策のひとつ安易だけど自省するって事でしょ

自分がやった事で相手が怒っててその相関性常識的ならそこで引き起こされた相手感情面の問題にも少なから責任は発生するっていうのも普通の事だし

その責任の代償として露にした感情を受ける事を相手側がこちらに求める権利は当然あるし責任に対して受け入れる義務もあるって主張も理解できるじゃん

その原因作ってそういう状況にしたのは自分で、そのせいで相手に発生した権利を認めないって意味わかんないし

別にその権利行使された結果そこでうるせえわって思うのも大袈裟なんだよって思うのも自由だけど少なくとも感情を出す事を相手が代償としたんならその選択の自由を原因作った側が制限する、制限出来る権利があるって思ってるのはほんと頭おかしいなって思う

説得力を欠くって問題がもしあったとして、それは問題を追求する過程でのやり方の話で問題の影響に対する責任への代償とは別の話なわけだし

そもそも問題の原因とされる事が不服でありその説得性という面で納得が出来ないので責任も無く代償も必要ないって言うなら解るけど、反省すべき事だと自覚がある上で問題解決方法が気にいらないか責任は取らない、それは責任に対して代償を求められたからって意味わかんないんだよね

その状況で相手感情的になってる理由理解せずそれ自体非難するのって責任放棄、もしくは責任を認めない、理解してないって表明だし、それじゃ反省する気なんて起きないっていうのは同じく責任を認めない、理解してない、その上それ自体責任まで相手押し付けものって話なわけでしょ

自分が何言ってるかも解ってないのかなって思う

感情的になる事自体否定的だ自分感情なんだから原因が別にあっても自分コントロールすべきってスタンスならそれはそれで理解も出来るけど、でもそれならやっぱり相手が怒ってる事で自分が気分悪くなった責任自分で追わなきゃ矛盾するじゃん

ていうか問題解決の折に感情的な面を材料として捉えないのは逆に理性的にと言いつつ感情的主観的に忌む対象排除しているというだけで全然理性的でも何でもないんだからそういうのは中学高校生ぐらいまでにしといて欲しいって思う

そういう事言う人ってたぶん凄い主観的共感性低めだから分かんない部分があるのかもしれないけど立場変えて一度どういうもんか想像してみればいいのになって思う

クッソ嫌いな奴のやった事のせいで自分や大好きな人や大好きなキャラが怒ったり泣いたりしててその原因作った本人が何でそんな感情的になんの?声でかいし気分悪いし反省する気もなくなるわって言ってる姿思い浮かべてもその通りだなって思うのかな

映画とかでそんな場面あったら普通にヘイト集めるためのシーンだなって感じだけど

その人が言う通り反省して貰うために気分を損ねちゃいけないから怒るとか泣いて責めるなんてそういう自分達の気持ち二の次にして気を使ってあげないとって思うの?

反省できずに同じ事が起こったらそれは自分達が悪いなって?

泣いてる子に対してこの人の気分を害したお前のせいになるよって?

だったらそれは逆にもういっそ凄いねって思う

自分やらかし場合相手感情的になる選択権利勝手にどうこうする根拠には全くならないけど

結局自分が原因にも関わらず相手感情的な訴えより自分の気分を優先するっていうのはただ自分相手の事なんて、相手自分の行動でどうショックを受けたか、傷付いたかなんてどうでもいいってだけで、諭してくれないと、なんてそもそも何かやらかしたのは分かるけど何が問題理解してない、どう思ったかは言っていいけど感情的表現するのはやめてくれ、でも自分は嫌だと思って気分悪くしたら態度に表れるし反省できないよ、なぜなら感情的表現するからってそういう話でしかないと思う

やっぱりただ自己中なだけだよ

自己なのは自由だし自分人生だし自分人間関係からどうでもいいと思うならそれでいいけど

怒る声苦手だしそういう性格から悪いの分かってても怒られると良い方には行かないんだよって言うならそういう人もいるからって思うし否定しないけど(それでも責任に対する代償は負えよって思うけど)、その良い方に行かない原因が自分性格じゃなく相手人間性にあるって思うのはやばいしその歳でそこを理解できてないのもやばいなって思う

自分が言ってる事もやってる事も普通な事でむしろおかしいのは相手だって思ってる感じが

20年近く生きてて自分の事何にも解ってないじゃんって思う

解ってないのは仕方ないけど解ってない事ぐらい自覚しなよって思う

自分自分が何でそう思うか解ってないのに相手問題あるって根拠なく疑いないのってすごい人としてやばいじゃん

相手によって、立場によって変わるような自分の偏った極々感情的問題正論理性的だみたいに思い込むのはやめた方がいいと思う

ていうかそれをその年代常識みたいな顔して言うのをやめて欲しい

全然理性とは真逆の反応だし超主観的自分勝手傲慢正論でもないし矛盾しまくってて馬鹿みたいだから

ほんとに

2019-03-06

anond:20190306090151

逆セクハラとして、女→男も批判されるようになってきただけでしょ?

後、職場においてセクハラ批判するのは、お気持ちに答えるからというのは二の次で。セクハラ蔓延して、業務に支障が出るのが困るから

から職場と、職場外ではセクハラも、なすべき対応も全く異なる。

2019-03-03

anond:20190228154954

美大卒です。

現代アート界には「今までのアート文脈(流れ)を踏まえ、新しい作品を作らなければならない」という暗黙ルールがあって、

作品作家はかなりロジカル批評されています

会田誠作品

幼女の体へのオタクめいたフェチズム

四肢切断というギリギリ要素すら「アート作品」として鑑賞者に見せる

日本の伝統技法先の大戦皮肉的に描く(日本画技法ナショナリズムへの皮肉として使われる)

こういった点が目新しかった。

作品が綺麗かどうか」「鑑賞者が美しいと感じられるか」はクオリティ問題になってくるので、評価基準としては二の次

(美大卒業制作レベルだと上記のようなコンセプトよりもこっちを評価する)

ただ会田誠の絵も、デッサン狂いまくりだったらここまで評価されてなかったと思うので、まあこっちもそれなりに重要

そんな訳で、会田誠作品は鑑賞者が不快に思おうと何だろうと、まごうことなアート作品

現代アート世界では。

ちなみに現代アート界では「作品きっかけで炎上」という要素も評価要素。社会に影響を与えたということになるから。どこの団体がどういう理由で怒ったか批評家が考察してこねくり回し、作品価値を高めていく。

ほんと狭くてクソな世界だと思う。

(途中送信してしまったので、表示おかしくなってたらすみません。)

2019-03-02

anond:20190301181411

はてなだと変に斜めにみた意見ばかりになるだろうから、一応マジレスしておこう。
大人になってからただ「馬車馬のように働く」なんて事は起きないか大丈夫(?)。
と言うか、馬車馬のように働くだけじゃ、もう日本では喰っていけない時代になっている。
まだ学生で、まだ社会に出て無くて、これから出て行こうとする人ならば、会社に入ると上司からの指示に従って、ただ動いていれば良いというような気がするかも知れないけど、そんな風には生きていけない。

今、馬車馬のように働く仕事はみんな機械がやる時代になっている。製造業メイカーはかなり前から層だったが、知的労働についてもAIの登場でそう言う時代が来ている。
そう考えると、働くと言うことは馬車馬のように、指示されたことを、ただひたすらに、そして死ぬまで効率を追求されて動く、と言う事にはならない。
「○○まで行って」って言うアバウトな支持でも、その馬車馬を自分でつついて、効率よく動かす事を考えながらやる仕事必要とされている。

それって馬車馬のように働くより辛くない?って思われるかも知れないけど、馬車馬とは違うことは、達成感を味わえること。達成感とは要するに承認欲求などにも通じる人間のやる気を引き出す重要な要素で、これが得られると幸福感を味わえる。こういうサイクルを繰り返す事で、メリハリが生まれて、楽しみができて、人間は生きていけるのだよ

人生の中の時間を考えると、寝ている時間を除くと圧倒的に働いている時間が多くなる。よく、働いていない時間を楽しむために働く時間犠牲にするかのようにイメージする人がいるけど、働いている時間人生の一部なのだから人生を楽しむには、働くこともある程度楽しまないとだめじゃない?
そして、そのために、馬車馬のように働く部分は機械がやってくれるようになっていて、時代は良くなっているのだよ。

もっとシンプルに言えば、働くと言うのは、そんなに言うほど、馬車馬とか言われるほど辛くないってこと。
つらい事もあるけど、結構小さいけど達成感もあって楽しんでやれる。直接的なお給料とかも層だけど、それいがいにもある。
アルバイト経験があってそう言う感覚があるのかも知れないけど、バイトよりも仕事に就いてからの方が楽しいよ。同じ感覚じゃ無い。

そうじゃなきゃ人間がずっとつづけれるわけないじゃないか
もし、就職活動が始まって悩んでるなら、あんまり怯えないこと。次に、楽しいと思える感覚を大切にすること。面白そうじゃ無いけど給料が良さそうとかそう言うのは二の次にした方がたぶんいい。

そして、最後一言
こんな思考で飼い慣らされて……って思った君に告ぐ。
その通りだ。君は俺のようにはなるなよ。

2019-02-23

友人が任期途中の寿退職前提で地域おこし協力隊やってる

地域おこし協力隊1年目の彼女

なんでも来年には結婚して、彼氏(旦那)の元に行く予定らしい。

から地域おこし協力隊任期途中で辞める。

辞めても今担当している地域との繋がりは続くからめでたしめでたしとのこと。

地域おこし協力隊人達って、自分利益二の次、何よりもその地域を豊かにしたいという気持ちでやってるもんだと思っていた。

私はそういう考えだったから、彼女地域を豊かにすることではなく、自分幸せを優先したことに「ええ……そんなんでいいの…」ともやついてしまった。

でも、色々調べていくうちに

任期満了後の就職起業がかなり厳しいものであることを知り、

地域活性化のために女としての人生犠牲にするのは違うかな…と思うようになった。

彼女人生彼女人生だし。

ただ、私が彼女派遣されてる地域の住人だとして、途中退職前提で仕事してることを知ったら悲しくなるかな…

2019-02-19

応援歌ぜんぶクビ。

「やりたいことは分かるにしても、やり方が気にくわない」というセリフは私も言われたことがあって、その時は何言ってんだこいつウゼーというのが率直な気持ちだったが、これに尽きる。

真田丸で描かれた石田三成求心力の無さも、そういうことでしょう。もう決まってしまたことなんだから、もう何年かすれば、あるいは来年の今頃にはもう、すっかりこんなことがあったなんて忘れられているかもしれない。でも、今は悲しく、つらい気持ちが大きい。

突然、東北楽天ゴールデンイーグルス応援歌刷新が告げられた。これまでの各選手応援歌も、チャンスの時に歌われる曲も、突然これまで15年歌ってきた全てが封印されることになった。

まず、新しい曲はこれだ、みんなこれで応援しましょうと言う発表があって、注釈のような形で、これまでの曲は著作権等の理由によってもう使えません、ということが小さい文字で書き添えられていた。

これまでと違って、応援歌を収録したCDが有料になったことも、球団応援歌で金儲けを始めようとしているのだ、と受け止められた。著作権云々と言う話も最初は伏せられていて、後からわかったことだ。とにかく、ハイからこれね、と新しいもの説明無く与えられた。

かに応援歌既存曲の替え歌があって、おそらく著作権ときちんと話しておらず、グレーゾーンお目こぼししてもらっていたんじゃないかと予想される。例えば、代表的チャンステーマベニーランドと言う遊園地テーマソング替え歌だ。東北ローカルCMでお馴染みの曲だった。仙台代表する歌、青葉城恋歌も使われていた。

ただ日本プロ野球12チームの中に、既存曲の替え歌応援歌はたくさんある。なぜ今回著作権でもめたのかと言うと、権利者側から訴えがあったか、あるいは、球団応援歌で金儲けを始めることによって、著作権上のグレーが許されなくなった、といったことが考えられる。

しかし、何も説明がない。

ちらりと、著作権上の問題があって、もうダメだよ、と、突然一方的に告げられたのだ。

これに多くの楽天ファンマイナス感情を示していて、私もその1人だ。

このもやもやとした気持ち最初うまく説明できなくて、新しい曲や歌詞がダサイだとか(実際ダサイんだけど)、そういう本質ではないところに最初気をとられてしまったような気がする。でも1番の問題は、球団応援される側が、あまりにも応援する人たちの応援する気持ちをないがしろにしている。それに尽きる。

何か問題があって、これまでの応援歌が使えなくなるのならば、そう説明して欲しかった。なぜ全楽曲が入れ替えなのかの説明は無い。おそらく、著作権上の問題に乗じて球団応援歌で儲けるために整理した、あるいは逆に、応援歌で儲けるためには著作権クリーンでなければならなかった、そのように予想されている。

応援歌とは、球場に来た人たちが、応援する気持ちを載せるものではなかったのか。15年と言う歴史は浅いかもしれないが、それでもなけなしの伝統で、ファン気持ちが乗せてきたものでは無いのか。

球団側は、これまでの応援歌欠点として、難しくて覚えづらい、歌いづらいということを挙げたようだ。それが本当だとしても、まず歌いづらさとして挙げられているスピーカーについては再考しなかったのだろうか。

スピーカーについて説明すると、楽天本拠地は近隣への配慮等の事情によって、鳴り物(金管楽器)が禁止されている。なので、確かに応援歌メロディーが拾いづらかった。それを補うためのか、去年、スピーカー増設されて、応援歌の曲がカラオケのように流れるようになった。しかしこれが生音に比べて、どうしてもリアルタイム空気を反映しづらく、否定する声もある。なぜ鳴り物ダメスピーカーは良いのかもよくわからない。

せめてチャンステーマだけでも従来のものを利用して、新しい選手の新しい応援歌簡単な単純な覚えやすものにする、と言う長期的な入れ替えだって選択肢になかったのか。単純な覚えやすチャンテと旧来のものとを併用すれば、自ずと優れたものが見えてきたのではないか

どうにもプロセス不明瞭で、ブラックボックスだ。そしてその向こうに見えるのは金のにおいだ。

少し前に球場の完全キャッシュレス化が発表されて、しか電子マネーEdyだけと言う、楽天の事ばっかり考えてユーザ二の次姿勢批判されもした。営利目的としてやりたいことはわかるが、どうにもイーグルス応援する気持ち人質にされたような気持ちがしたものだ。

決定が覆らないのなら、私たち楽天イーグルス応援したいと言う気持ちがある限り、

新しい応援歌を歌うしかないのだろう。その年月が積み重なればやがて、どのように切り替わったのかは、なんとなく語られない黒歴史として埋もれてゆくのだろう。

きっと、それで良いと言う経営判断がされたのだろう。筋を通せと言うファンの声は無視して良い。そんなめんどくさいことをしてもしなくても、未来は変わらない、そういう判断がされたのだろう。

それがただただ悲しい。

2019-02-16

anond:20190216173937

学校の本分は昔も今も選抜であって教育二の次しかない

少なくとも文系に関して言えば、論語を学ぼうが何を学ぼうが選抜さえできていれば大した問題はないわけだ

2019-02-15

骨髄バンク感想追記あり

30代男。

数年前に骨髄バンク経由で実際に骨髄を提供した。

移植成功し,患者さんから

回復して家に戻れた。ほんとうにありがとう

との心のこもった手紙をもらった。

それ自体は満足しているが,骨髄バンクの仕組みに不満が残っている。

結論もっとドナー大事にしてくれ


金銭面のサポートが薄すぎる

事前の健康診断リスク説明は充分すぎるほど行ってくれる。

手続き途中で気が変われば,患者さん側が移植を受け入れるための前処置(大量の抗がん剤を投与しつつ放射線を当てて白血球自体を全滅させる。当然そこでドナーから移植が中断すると死ぬ。)の前までであれば,いつでも中断できる。


しかし,金銭面が不満すぎる。

自宅から病院までの交通費は出る。

ところが,骨髄バンクのコーディネーターさんは極めて細かくこの経費を確認してくる。

「自宅の〇〇バス停から△△病院前まで640円ですね」とか。

タクシー希望ですがバスしか出せませんでして」とか。

そういうのを移動のたびに訊かれるし,こっちは用事があって別経路で行くことになっても最短経路以外では申告できない雰囲気

コーディネータは気を使って嫌な雰囲気にならないようにしてるんだが,

人命がかかってる大変なイベント10単位まで細かに精算しなきゃいけない制度というのは,どうなんだろうか。

あと,全日程を通じて合計5000円だけもらえる。支度金だって

自分は遠隔地での移植だったので電車費用は別途もらえたけど,

旅行のためのこまごまとした道具類を用意して,帰りは荷物宅急便で送ったら5000円じゃ足りなかった。

自腹だよ。

移植前に美味いもん食うとかも,当然自己負担



あ,医療保険自治体によってはドナーへの給付金があるけども,俺の保険自治体もそんな制度は無かった。

これはドナー登録の時点で周知しておくべきだ。

移植要請があってから保険加入は,たぶんできない。


休業補償が無い

おれは朝起きてダルかったら電話一本で有給取れるぐらいユルい職場

骨髄提供のためなら当然に休みがもらえる。


でもこれ,俺の職場からこそ出来るんだぞ。

普通民間企業だったら有給自体めちゃくちゃ取りにくいだろ。

自営業だったら自分が動けなけりゃ即詰むレベルだろ。

事前手続きで3回程度は病院に行って半日つぶして,

移植数日前から体調万全にして絶対風邪をひかないようにして,

注射10回ぐらいはうたれて,全身麻酔で手術して,

24時間ぐらいは点滴つないでて,翌々日には病院を追い出されて,

それから数週間は腰が痛い状態が続くんだぜ。

肉体労働の人だったら,仕事できない期間も生じるだろうよ。


それでも1円の支援もないんだぜ。例外なく。

白血球の相性って数十万人に1名のレベルですよードナー登録してくださいねーって言ってるけど,

おまえそれゼロ円でやれって言われたら,数十万の1どころか数百万分の1になるじゃんよ。

助かる人だってからないだろうよ。

ぜひ提供したいという人でも,カネという現実問題を突き付けられた時には,躊躇するだろうよ。

医者製薬会社報酬あり,ドナーは無しってどうなんだ


骨髄移植にかかわる医者製薬会社報酬を得ているよ。

そりゃ当たり前だし正当だ。

なのに,なんで肝心の骨髄を提供するドナーが無報酬で,

ともすれば足が出るような制度になってるんだ。

法外な報酬をよこせと言ってるんじゃないぞ。

交通費とか旅費程度を気にせず,手術前後に美味いもの食って,

なおかつ仕事の面でマイナスにならない程度の補償なり報酬が欲しいんだよ。

これ当たり前の感覚じゃないか

多くのドナーは人命救助という崇高な役割を果たせた満足感と,

患者さんが極めて厳しい環境にあることを想って,報酬なんか二の次だと考えているはずだ。

それはそれで素晴らしいよ。言葉にならないぐらい偉大な行為だと俺は思ってるよ。

でもさ,補償制度をしっかり構築していれば,あと数千人,数万人救えたんじゃないの?

1991年骨髄バンク設立以来,いったい何人のドナー金銭理由提供を断念した?

病院関係者が意外に冷淡だった

いろんな体験ブログを見てると,ドナーは偉いということで病院関係者からチヤホヤされることが多い模様。

でも,俺の場合はそうではなかったな。

退院するとき,「それじゃ出ますね」とナースステーションに声をかけたんだけど,

「あ,おつかれさま」の一言だけ。出てきて見送るとか,無し。

なんかもっと劇的なやつを想像してたんだけど,違ったな。

馬鹿みたいだけど,涙が出そうになるぐらい寂しかった。

手術後で腰が痛い状態で,荷物を抱えてヨチヨチと駅まで歩いたよ。

圧倒的に気の毒な患者さんたちを相手にしてる医者看護師から見たら,ドナーなんて健康のものなんだから丁重に扱う存在ではなかったんだろうな。

でも俺はまた提供する


骨髄提供は一生に2回までと骨髄バンクで決まっているとのこと。

なのであと1回は提供できる。

不満はたくさんあるが,結局,俺が我慢すればどこかの誰かが命を救われる可能性があるのだ。

から提供はする。

ただし言うことは言うぞ。

【201902172340追記

意外に反応が多くて驚きました。

ただ,これで提供を保留する方もいらっしゃるかと思うと心配です。

報酬制度は将来的に改善余地がある長期的な課題だとは思いますが,とりあえずはぜひ提供していただきたいと思っています

↓にて移植前後の細かい流れをアップしていく予定です。

https://porque2nd.hatenablog.com/

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