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はてなキーワード: あの世とは

2018-04-17

anond:20171209190158

団塊の世代については、あの世代が若い頃に流行っていた学生運動では、社会を変えることが出来なかった絶望世代だと個人的には思っている。

団塊の世代と比べると、氷河期世代の方が恵まれている気がするよ。

氷河期世代悲劇は、日本の仕組みそのものを変えることが可能からね。

氷河期世代子供を作ることが出来ないから、日本人口減少を加速させて、日本の土台そのもの破壊することが可能。不幸な世代であるように見えても、日本未来の主導権を握っているのは、実は氷河期世代だったりする。

若者の車離れ、酒離れ、住宅離れ、音楽離れ、恋愛離れなどの「○○離れシリーズ」も氷河期世代発祥

その気になれば、日本基幹産業全てを破壊することも可能

課題先進国日本においては、やっぱり氷河期世代こそが主役なんだと思う。

anond:20180416234820

あの世代ってノーパンしゃぶしゃぶ世代でしょ。何を今更って感じ。

前川含め、あの世代の官僚カスが多いのはまえからわかってた。

2018-04-09

世紀末インターネッツスーパーハカーを夢見たまま隕石で死にたかった

自分時間は今でもあそこで止まっているんだと強く感じる。

あれほどスーパーハカーを夢見ていたのにIT系ブラックさに恐れをなし、気づけばIT系でもない場所Sierまがいの何かを演じている。

この人生は何がしたかったのかと毎日自分に問いかけている。

家に帰ればこの歳になってもゲームアニメ時間を潰す。

人付き合いを嫌いすぎてオンラインゲームを遊ぶことはなく、SNSリプライを飛ばされたらブロックする。

バイブルは「Serial experiments lain」と「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」。

どっちも美化されすぎて一秒だって二度と触れたくない、セピア色のメッキを1ミクロン剥がしたくない。

思い出の中にひたすら生きる。

今を生きていても感覚は今も思い出の中。

ポプテピピックを見ながらぱにぽにだっしゅ!を思い出す。

ガールズアンドパンツァーを見ながら陸上防衛隊まおちゃんを思い出す。

魂は今でも世紀末前後彷徨っている。

モラトリアムジュブナイルも落第したままいつまで経っても心が中二病を抜け出さない。

小学校の段階で既に人間らしく生きることから落ちこぼれていたのだろうか。

字の汚さが幼稚園児並みなのは小学生になる頃には努力の仕方を見失ったからだろう。

自分は真面目に生きてきたと思いこんでいた。

違ったのだ。

自分の真面目さは少なくとも幼稚園で既に失われていた。

あったのは恐怖だけ。

親が怖くてイジメっ子が怖くてテレビ世論や将来の不吉さも怖くてとにかく人間不寛容さが怖かった。

それでも世界がいつか滅びるか、それとも自分他人に頼らず生きていけるようになれると信じられたなら耐えられた。

今はもう、現実を見たくない。

これだけ戦争前夜になっても世界は滅びない。

今更自分が有能な人間になれる気もしない。

あの世紀末で俺はもう死ぬべきだった。

世界が滅びると信じて死ぬべきだった。

自分がいつか羽化すると信じて死ぬべきだった。

生きるべきではなかった。

もう少しすれば何かが大きく変わって奇跡が起きると先延ばしにしすぎた。

そして、目先の欲に流されすぎた。

いつか奇跡が起きるまでの暇つぶし今日まで生きてきたんだ。

それが失敗だった。

2018-04-02

前のジャンルは嫌いなキャラを描かないとやっていけないし嘘つきばかりの異常で最低な世界だったから今のジャンルに移ってから毎日が楽しくて仕方ない。

あのジャンルはどんどん衰退しているみたいだし嫌いな人達はまだあの世界にしがみついているみたいだしいっそまとめて滅んでくれないかな。

2018-03-26

anond:20180326025146

改めて返答感謝純粋に話ができて楽しいですw

あるとすれば人の数だけ死後の世界はある。

こんな教義宗教はないけど。

コレ実は、矛盾しない余地もあると思います

生物学者のユクスキュルが提唱した『環世界』という概念をご存知でしょうか?

同じ空間認識していても、その認識者の認識機能差異によって、脳や心に創り上げられる世界千差万別で、

同じ空間認識し・生きながらにして、全く異なる世界認識し・生きているという考え方です。

まり言ってしまえばこの現世だって、人の数だけ異なる世界があるのです。

まして恐らく、あの世では現世の五感とは異なる認識機能によって観測するのだろうから、現世以上に環世界差異が大きい可能性も大。

加えて、教祖あの世観測した世界教義に記す能力と、教祖あの世世界複数あることを観測する能力はまた別ですから

例えば「あの世には野球部があったぞー!」という教義真実でも、その教義に従っていれば将来その野球部に入部できるのは真実だとしても、

あの世には野球部以外にサッカー部もあるという事実認識できたか…というのはまた別の話で、だからと言って野球部教義は嘘にはならない。

私は科学教の信徒(ともいえる)なので、ここは「ない」と断言しちゃう

この認識ならば一切口を挟む余地はないです。

実際以上に科学で判明している事を過大評価した科学事実云々ではなく、科学技術信仰のような人の信仰自体自由ですので。

この世に影響を与えてないものが、人の魂(コア)を動かす、ってところ。

これも矛盾しない余地はあると思います

先の環世界的な話でもあるのだけれど、例えば、人の認識機能3次元な訳ですが、超弦理論などでは実際には10次元だそうです。

そして、蟻の認識機能はこのうち2次元だけとも評されるように、人間認識機能もこのうち3次元だけで、

(嘘か真か、盲目数学である者ポントリャーギンは「5次元図形を視覚的に思い浮かべることができた」なんて話もありますし)

実はあの世というのはこの世の4次元目以降にすぐそこに存在し、別に魂が動かされるとかそんな大層な話ではなく、

脳による認識機能が失われて初めて認識できる環世界あの世があると考えれば、何も矛盾しないのではないのでしょうか。

それこそ、その認識機能が特異的に鋭敏な人がいたら、その人が教祖としてそうやって微かに観測できた世界教義に残した…

なんて仮定すれば、先の複数ある死後の世界を一つと錯覚した件も含めて、諸々矛盾しないことになると思います

…因みに言うまでもないとは思いますが、私も個人的宗教観などは貴方に近いです。が、ここはあくま論理的思考実験としての話ですのでw

要は「死後の世界宗教教義簡単否定できる程の認識能力材料を私達は持ち合わせているのか」って話です。

では、その時喋った私は一体誰なんでしょうか?

面白いですね。凄く興味深いですね。

ただ、麻酔は確か飛行機の飛行原理と同じく、科学的にはその原理が解明されていない事柄ですから、断定的なことはやっぱり不明でしょうね。

単純に済ますのであれば記憶を失った酔っぱらいと同じ状態なのかもしれません。

もしあえて漱石枕流っぽくロマンを追求するならば、擬似的に脳(の電気信号)を失ったことにより、

先の4次元目以降の世界観測干渉できていた…かもしれないこともあるかもしれないw

anond:20180325093327

>加えて、死後の世界大学サークルみたいに、その魂の在り方に合わせて多様な天国地獄集合体みたいなものがある

あるとすればそんなイメージになりそう。

あるとすれば人の数だけ死後の世界はある。

こんな教義宗教はないけど。

そうなるとほぼ全ての宗教適当な事しかいってないとなってしまい、

特に教祖あの世にいるなら戻ってきて、真実あの世を語らなければならない。

一方通行なら無理だけど・・無理だったんだろうな。

>でも、断言はできない。科学的には「わからない」が正解で、「ない」と断言するのは「ある」と断言する信仰と同レベルだとも思う。

私は科学教の信徒(ともいえる)なので、ここは「ない」と断言しちゃう

でも根底にある、信じてる?のは太陽信仰太陽は偉大。こっちだと「わからない」。

>例えば、天体望遠鏡観測できる遥か彼方のアンドロメダ銀河とかは、地球からはとても関与・影響はできないけれど、

時間が経てばいずれ銀河系とぶつかるコースを取っているので、影響はあるともいえる

それは科学的に、ということで。

科学が扱えるのは今のところ観測可能範囲宇宙の大きさとされてる範囲)で、

そこから先は観測予測すらできなくて、

たまたま観測範囲宇宙が平らっぽいといっても見えないその先はでこぼこになってたり、重力法則が乱れている可能性もある。だからそこでは地球科学は役に立たない。

謎の領域は残る。

>この世に関与や影響がないことに何の問題が?

この世に影響を与えてないものが、人の魂(コア)を動かす、ってところ。

それはいないと同義だと見なせるのでは?

脳の中のホムンクルスは居るのかいないのか、と同じ論法で語ってみた。

>関与できない世界のことが何故教義として残っているのかっていう矛盾

それはもとから矛盾してて、何故かと言うと直感で語る哲学みたいなものから

人が死ぬ不条理さにどうにか折り合いを付けるために、神という概念を生み出して、

それに神秘性を足したものにすぎない。だから基本は想像した教義での天国

洪水は神の怒りだとか、火山は大地の怒りだとか、伝染病悪魔所作だとか。

から死ぬ恐怖を天国ごまかす?ようになった、とおもってる。

もし、夢を見てる時はその魂のリンク作用するとかだったら、もっと別の何かが

あっていいはずだけど、今のところそれはない。寝るのは死に近い行動みたいだけど。

>それに、死後のこの世のことなんて後世の生者に任せれば別にそれで良いのでは?

それでいいとおもう。

生きているものが成すべし。

望むなら、真理への方向性くらいは示しておきたいな。

人それぞれの頭にあるもの宇宙だとしたら、子を為すというのは、

新しい宇宙誕生にも等しい、とおもう。

それが神秘の一つ。それに託したい。


さてもしこれを見てくれていたら、一つ質問したい私事がある。

私は頭蓋骨に穴を開けられる手術を受けたことがある。

当然、全身麻酔をかけたうえでだから、オペの最中は、痛みどころか意識もない。

麻酔がなぜ効くかは不明だけど、シナプス伝達を阻害・隆起しないようにしてるとか。

ところがそのオペの最中に私は突然起き上がり、周りの医師と会話をしたという。

これは病院の記録にも残っている立派な事実なのだが、私にはその記憶がない。

だって麻酔意識を断っているのだから

では、その時喋った私は一体誰なんでしょうか?

2018-03-25

anond:20180325013455

なるほど!お付き合い頂き感謝

なぜ違うかというと、どっちかは地獄に落ちるべきと思って戦ってるから、同じとこに行くのはおかしい。

これは確かにその通りだね。

ただし、あくまで「天国的なもの」と「地獄的なもの」の矛盾であって、「あの世」そのもの矛盾ではないかな。

加えて、死後の世界大学サークルみたいに、その魂の在り方に合わせて多様な天国地獄集合体みたいなものがある

…と考えれば、一概に矛盾してるとも言えないかな。

野球の方が面白いだろ!」と「サッカーの方が面白いだろ!」という人達が激突しても、

その後それぞれ野球部とサッカー部に入れば万事解決的な。

やっぱり脳が消えたら消えたままになるとおもう。

そうだね。ぶっちゃけ個人的にもその可能性の方が高いとは思う。

でも、断言はできない。科学的には「わからない」が正解で、「ない」と断言するのは「ある」と断言する信仰と同レベルだとも思う。

この世に影響を及ぼさなものが、どうしてこの世に関与できるんだろう?ここで矛盾する。

ここはもうちょっと解説をお願いしたい。

例えば、天体望遠鏡観測できる遥か彼方のアンドロメダ銀河とかは、地球からはとても関与・影響はできないけれど、

人間認識メカニズムや現状の科学が確かならば、確かに存在はすると考えられている訳だよね?

この世に関与や影響がないことに何の問題が?関与できない世界のことが何故教義として残っているのかっていう矛盾

それに、死後のこの世のことなんて後世の生者に任せれば別にそれで良いのでは?

「金を残すは下、名を残すは中、人を残すは上」なんて言うし、それこそ後世に託すのが人生の目的考える人だっている。

anond:20180325001944

ふむ、私の主張としては「結局あの世実在しようがしまいが、心の作り上げる世界には関係ないのだw」なんだけれど、

それはいったん置いておくとして、もう少し詳しく解説をお願いしたい。

・「極楽浄土があるとすると矛盾する」とは具体的にどういうこと?

単に極楽浄土という定義自体矛盾?それとも所謂「死後の世界」という概念全般が抱える矛盾

・「他の人は幻になってるのはやっぱりヘン」とはどういうこと?

「心は脳に依存している」というのは全くその通りで、例えば人の視覚物体のものを映し出している訳ではなく、

観測しているのはあくまでも光の波長で、脳がそれを元に勝手に着色作業などを行って架空世界を作り出し認識させている訳で、

実際の世界が、その色が、私達の心に映し出された通りのものである保証など何処にも無い訳で、

それこそこの世界ゲームの中の世界でない保証など、映画マトリックス』みたいに幻の夢を見させられていない保証など無い訳だけれど、

それを踏まえて「他の人が幻になる」のってそんなにヘンなこと?現世も似たようなものでは?

・「脳が消えればそれもなくなるから無くなる」は確かに一理あると思います

が、逆に脳があるからこそ遮られるものがある可能性は?

例えば、視力を失った人はそれを補うように聴覚などが鋭敏になるもの

同様に、脳という五感認識機能を失ったからこそ、大量の電気信号による情報の波に圧し潰されていた第六感的なもの顕在化する可能性は?

ブラックホール量子力学世界などでは私達サイズ世界での物理法則通用しないと言われているけれど、

そんな風に死後の世界では私達の認識メカニズム法則通用せず、全く別の法則によって成り立っている可能性は?

2018-03-21

ミステリー作品容疑者って、記憶力良すぎじゃない?

あいつらって大体、特定の日の特定時間帯の出来事を容易に思い出すことができるよね。

俺があの世界に生きていて殺人事件に遭遇したら、アリバイがあっても思い出せないかもしれん。

2018-03-19

Netflixアナイアレイション観た。あ、ハガレンのオニイチャン・・・だと思ったらあまり怖くなくなった。うん、あの世界でだいぶん耐性はついた。

その直前でハラワタがうなぎパイになってたのに、不思議

2018-03-14

anond:20180314143055

実際に祖父世代の酷い夫たちの数々を見てきたから。

今は仲良さげな老夫婦でも、「夫は若い頃は云々」話になると

現代の女だったら離婚モノだよな…ってな話が出てきたりして。

それでも我慢してきたあの世代の女性は本当に大変だったと思う。

ノロケとして「私が病気の時に浮気しないでいてくれたのよ」とか言われても、

それ、人として当たり前の事だよね…それだけで「だから私の夫は特別な良い人!」認識なのか…としか思えないんだけど

祖母世代にとってはそうなんだろう。

男にはそういう話をしないんだろうね。

さよならの朝に飾られた約束花の名前を僕たちはまだ知らない

エリアルのこと

エリアル母親マキアネタオナニーしちゃって強烈な罪悪感に襲われたことがあると思うんだよね絶対

それこそアスカで抜いちゃったシンジなんか比べ物にならないレベルで激しく後悔したと思う。

でもマキアエリアルいつまでも子どもだと思ってるからエリアル悶々としてることに気づかないで一緒のベッドで寝たがるし、もしかすると一緒に風呂にも入ろうとしたかもしれない(あの世界のお風呂事情はよくわかんないけど)

エリアルの抱いている思いは限りなく恋愛感情に近いものなのに、自分が幼い頃に織ったヒビオルを大切にしているマキアを見ると、この人は絶対自分恋愛対象としては見てくれないのだということを嫌でも思い知らされる。かと言って他の誰かとくっつくのかと思えばそんなこともなくて、徹頭徹尾自分母親であろうとする。もう自分のほうが背格好も上だし、見た目だって年上にしか見えないというのに……。

こう考えるとどうあってもエリアルマキアから離れざるをえない。あんな生殺し地獄のような女といつまでも一緒にいたら、そのうち何かのはずみで衝動的に一線を越えて、一生悔いるハメになるかもしれないし。

レイリアのこと

レイリアが娘のことを「忘れる」「ヒビオルには織らない」と言っていたのに対してマキアエリアルのことを「覚えている」「私のヒビオルの一部」と言ってたのは対象的だった。さよならの朝とはマキアエリアルの別れの場面だけではなくて、レイリアと娘の別れの場面も指しているのではないか。ならば、そこに飾られる約束の花とは「あなたのことを覚えている/忘れる」という約束ことなのかもしれない。知らんけど。

物語中盤以降のレイリアは、あの花でいうとイレーヌさんみたいな雰囲気キャラだけど(ここさけの順の母親とも近いかも? クーデリアの母親はどうだろうか?)、あの辺のキャラって舞台装置以上の役割が与えられていないというか、脚本家がそこを描こうとしていないというか、ぶっちゃけ興味が無いんじゃないかという気がちょっとだけする。

レイリアにとって「飛べること」は自らの意思で置かれた環境から抜け出せること、新しくやり直せることを指しているんじゃないかな。レイリアの最後の大ジャンプ自殺でもあり、あの城での出来事を全てなかったことにすることでもあったのかもしれない。元気な娘の姿を見たことで、レイリアにとってあの城で思い残すことは何一つなくなって、昔のレイリアに戻る踏ん切りがついたということなのかも。

はいえ結局レイリアのことはよくわかんない。

(これは一応 anond:20180307093757 へ向けたトラバ

その他

髪を染めてた頃のマキアはなんとか人間であろうと努力していたように見えるけど、金髪に戻ってしまってからは、もう自らが人間社会にとってのアウトサイダーであることを当然のこととして受け入れているようなフシがあったっけね。ラストでも、あの家族の曾祖母としてではなく、あくまでもかつてエリアルの育ての親だったものとしてあの家を訪問しているように見受けられたし。そういえば、最後に贈られたタンポポにはどんな含意があったんだろ。

イオルフの村、石灰質っぽい山に囲まれ盆地っぽい場所なので、あの山は武甲山でヒビオルは秩父銘仙なのでは。

岡田麿里にとっての花(もしくは華)って一体全体なんなんだ

2018-03-09

そりゃ若者は金使わないよって思った

一応官僚なんだけど、26歳で主任になったときじーちゃんに「おお主任か!おめでとう!年収1,000万くらいか?」と全く悪気なく言われて絶望した。半分もないよ…

あの世マジで金銭感覚が違う

2018-03-06

Twitterでよく見る漫画家

彼(彼女?)の絵を見るたびに、彼が去年の夏頃描いた漫画を思い出す。

少女父親花火をした後、「ゼンイ」でゴミを拾い、翌日見て見るとほとんど元の状況に戻っている。少女は父に「私たちのゼンイは無駄だったの?」と涙ながらに問い、父はそれに答えられない。

といったようなね。

まあ善意があっさりと踏みにじられるという展開は非常によくある寓話ですわ。

この漫画を初めて読んだ時から反感をものすごく覚えるんだよな。

この作者が一体どのような目論見でこの漫画を描いたのかは知らんので漫画内の父娘に対しての話になるんだけれども

そもそもボランティアゴミ拾いは何かのイベント後とかで突発的に大量のゴミが発生した場合を除き、定期的に行われる。

そうでなければ当然再びゴミが溜まる。

じゃあそのたびにボランティアの人たちの労力は無駄になっているのか?

当然違う。ゴミ拾いが行われた後は間違いなくその場は綺麗になっているし、拾った何袋分かのゴミはその場に舞い戻ってきたりしない。

間違いなく"拾った分"はゴミが無くなっている。

この父娘はまずそこを見誤ったのだろう。「今この一瞬この場を綺麗にすればその状況は永続するだろう」というぼんやりした期待を持っていたのだろう。

自分としては別にこの点はそこまで問題ではない。

甘い期待を持つの人間として生まれた以上罪ではないだろう。

ただ、「ゴミを拾った」という行為自体無駄だと考えるのは間違いだ。

それは言ってみれば池の向こうに届かせたいと思って投げた最初の石が沈んでしまたか無駄だと断じるようなものである

最初の石の投げ方を分析した結果向こう岸に届くかもしれない。

石を投げ続ければ池が埋まって向こうに転がるかもしれない。

「向こう岸に届ける」という目的を見つめ続けるならば、最初の一投は無駄になったりはしない。

勿論諦めてもいい。

「池の向こうに届かせなくてもいいや」と考えたって、やはり最初に投げたことは変わらない。

この父娘はそもそも目的を設定し損なったのかもしれない。

「ゼンイだからただゴミを拾う」ではきっとあの世界のゴミ永遠にまり続けるのだろう。

立て札を立てたり、定期的にゴミ拾いをしたり、人を集めたり。

とにかく「あの場を永続的に美しく保つ」という希望目的に据え、計画的努力するという行為に考えが至らなかったのだ。

それもまたよくあることだと思う。最善の希望目的に据えなければ最善の希望は実現できないのは当然だが、それは最善ゆえに困難が多いだろう。

ここで諦めたっていいのだ。それでもこの父娘が拾った幾らかのゴミは無かったことにはならないのだから

ところが彼らはどうやら自分たちのした事を無駄にしたいらしい。無かったこととして認めたいらしい。

自分たち行為をどう捉えるかは勝手だが、

彼らと同量のゴミを、同じように拾い、同じようにその場に再びゴミを投棄された人にも彼らは哀れみの視線を向けそうなところが非常にムカつくのである

ここまでだいぶ長くなった気がしたが、まだもう一つの主題が残っているのである

「ゼンイ」の話だ。

この話の中でたしか父は「ゼンイ」だからという理由ゴミを拾っていたのではないだろうか。

素晴らしいことである。実際その「ゼンイ」によって幾らかその場所不法投棄という犯罪行為が拭われたわけだしね。

しかし、前述の通り、この父娘は自分たち行為無為だと認識した。「ゼンイ」は無駄だったと判断したのである

ふざけた話だ。そもそも「ゼンイ」が無駄にならないという希望を、顔も見えない相手になすりつけるのはお門違いでは?

「ゼンイ」とかい何となく偉そうな行為何となくして、何となく裏切られた気がして、何となく失望しているのだ。

まあ娘は仕方ないかもしれないな、子供だし。この作者の描く人物はあまり年齢による区別がないかあやふやだが、多分小学校中学年とかだろう。

が、父親、テメーはダメだ。

「ゼンイ」が無駄になってしまったのかと泣いてる娘に対して何だその態度は。お前の頭も小学生女児か。

せめて昨日の行為は消えたりしないことは分かるだろ。慰めることもできないのか。親として子どもの心を守ることもできないのに他人に対して「ゼンイ」振りまいてる場合か。いやそれはまあ人によるだろうけどさ!!

そもそも「ゼンイ」が必ずしも良いことみてえな言い方自体が俺は非論理的だと思うんだけどさ。

人に感謝してもらおうとしてする「ゼンイ」は感謝求めない「ゼンイ」と比べて劣っていやしない。

しかし、「ゼンイ」に限らず、目に見えないもの認識され、更には感謝されるのは非常に難しい。

から人目にさらされなかった娘の「ゼンイ」がもし父にだけ見えているなら、父が娘にしてあげられることはあるはずだ。

それもしね〜で(以下繰り返し)

まあ、漫画の中の話に何マジになってんのと思う人もいるだろう。気持ちわかるよ。

でも、ある表現の中の仮想的な話に批判をすることは無意味ではないと思うんだ。

実際この漫画すごい拡散されただろう?いろんな人が関心を持ったのは間違いない。俺は俺の関心の持ち方をこんな形で表現したんだよ

この作者のイラストだの何だのがTwitterで流れてくるたびにこれを思い出してイライラしてたからその整理ってのもある。この人が作ったイラストとか動画で好きなのあるし、それ見るたびにフラストレーション溜めてちゃ世話ないしね。

このクソみたいな文章で何が言いたかたかというと、

自分が本当にしたいことは何なのか確認しながら行動をしたほうがぼんやりした失敗や失望をせずに済むということと

「ゼンイ」を目的に据えるということは他者目的決定権を委ねる原因になること

あとは娘が泣いてる時に言葉が詰まるパパはダサいということだ。

おやすみ

2018-03-05

anond:20180305174020

リバ派もいるけどね

あの世界は色々だから、そう単純に決めつけるものでもない

2018-03-03

anond:20180303131202

コナン最終回より先にウナギ絶滅したら、好物の設定も変更になるんだろうか。

そしたらあの世界、一年もたってないうちに大量の人間が死んでウナギも死んでポケベルも廃れてえらい矛盾だらけになるよな。

2018-03-02

anond:20180228184917

いや、実をいうと、それほど必要なくなるんだよね。

だって団塊Jr女性(45歳から50歳くらいか)が妊娠適齢期を越えてしまってる。だから保育園は徐々に不要になるんだよ。

20年くらい前、女性結婚相手年収で500万から600万を期待してた。もっと、という話もあった。

今の若い女性からしたら「そんなバカか」だろうけど、いや本当に。

ちなみにバブルは弾けてたし、雇用機会均等法以降の話だ。昔は凄い結婚ハードルが高かったんだよ。あの世代の女性はヒドい人が多い。

それより下の世代になると、ずっと現実的になる。

2018-03-01

アンパンマンはやさしい世界はいうけども

しかバイキンマンアンパンマン

からは逃れられている

けれど、毎度最後に食らうアンパンチの威力も相当なもの

とんでもなく痛いにちがいないし

アンパンマンにしても顔が水に濡れて崩壊していく状態感覚想像を絶するものだろう

二人とも平気なフリをしているけれど

終わりなき闘争いつまでも繰り返されるあの世界に対してふと脳裏に一抹の詫びしさと諦念がさしこ刹那もあるだろう

2018-02-22

anond:20180221195103

逆にいうけど、あなたあなたナウシカに肩入れしすぎている。

しろ神の視点からこそ読者として客観的評価するべきだ。

読者なんて結局のところ神の視点以外の視点なんて持てない。

それは感想評価に対する批判になってない。

墓所側の言い分はどうなんだ。

人類の行きつく先として巨神兵王蟲を作るほどの高度な科学技術を手に入れたが

ヴ王ナウシカの好む人間としての闇が強すぎた結果、滅びの道に進んでしまったのが旧人類ではないか

滅びに進むにつれて旧人類はナウシカたちが想像するよりもずっと大きな絶望と失敗を繰り返した。

ナウシカのいうような「血反吐を吐いてまで」という経験旧人類側はもう既に十分すぎるほど経験している。

今を生きる、今だけしか生きてこなかったナウシカからこそ、

墓所側の歩いてきた歴史を信じられないし、同情もできなかった。

反吐を吐いて進んだ道の答えが新人類であり、現生人類たちが例え環境適応し生き残ったとしても、

最後には旧人類の歩んだ道をなぞるだけだ。

まったく徒労でしかない。

人間性の闇を捨てる計画を立て、自分たち破壊した環境を取り戻すために尽力した行動と選択は、全部旧人類の流れた血によってつくられている。

神の視点に立たずともナウシカには墓所側の行動と動機推し測るだけの情報は十分すぎるほど得ている。

ナウシカエゴが贔屓されたのは、それは自分たちに向いていたからだ。

ナウシカ庇護を受けているからこそ心酔するのだ。

ナウシカ自己犠牲や時には反知性的犠牲行動を、「良い」と思ってやっている。

からこそ危険まりない。

やりたいから、やっているだけであり、その行動の結果がどうなるか推し測る能力にたけているわけではない。

トルメキアの兵士を怒りに任せて殺した場面でも仲間をより危険さらすだけだ。

しかナウシカはやった、やりたいから。

彼女ヒトラーと同じことをしている。

 

墓所側が攻撃してきたか交渉決裂。

墓所側が攻撃するのは当たり前のことだ。

旧人類の悲願は人間性の闇を捨てることだ。

現生人類死滅させたいのも当たり前だ。

それが残っていては計画が水の泡になる。

交渉する余地など最初からない。

旧人類は徹頭徹尾新人類を次の星の覇者にしたいのであって、現生人類はずっと捨て駒としてしか見てない。

からこそ武力で負かして交渉テーブルに無理やり着かせる必要がある。

あの時点で武力衝突するのは当たり前のことだし、それで和平が成立しないというのも早計すぎる。

交渉の主導権は武力で勝っている側にしかない。

交渉戦争が終わってからしかできない、墓所現生人類戦争はあの時点では何も終わっていない。

しろ墓所からしてみれば現生人類約束を守ってくれるなんて信じられるわけがないんだから

真実を話せば殺される、なら戦うまでだろう。

実際その予想は当たっていてナウシカという現生人類に殺されたわけだ。

 

王蟲は変わったけど、新人類が変わるわけがない。

それもまた思い込みにすぎない。

旧人類の計画では新人類現生人類死滅した浄化された世界ではじめて活動を再開する生き物であって、

現生人類共生しながら生きる環境など想定していない。

それが一体新人類にどういった影響を与えるかはそれこそ神ですら分からないことだ。

完全に未知の領域であり、王蟲のようによりよい変化が起きる可能性もあるし、

現生人類に対しても変化をもたらす可能性がある。

そういった可能性のある未来を確かにナウシカはあの場で殺したのだ。

ナウシカ道化との問答で自然に生きて自然死ぬべきだといっていたが、

それはナウシカが産まれるよりずっと前から存在し何百年も経過した後の結果である

王蟲の心という、それこそ旧人類の計画で産まれた上澄みだけを掬い取って悟ったつもりになっているだけだ。

新人類に正しい審判を下せるのは旧人類でも現生人類でも新人類でも王蟲でもナウシカでもない。

はるかかなたの未来に生きる人類たちだ。

ナウシカエゴ自己犠牲狂信者範疇を超えている。

人々はナウシカを見て心動かされるかもしれないし、ナウシカのおかげで助かった人間もいる、

墓所までたどり着いたのも事実

だがそれは、そこまでは正しかっただけであり、この先もナウシカという暴力カリスマが正しくあり続ける保証などない。

ナウシカ聖人性の反証として最後新人類虐殺があったわけだ。

どれだけ偉業を成し遂げたとしても虐殺虐殺

人間性の闇に疲れて果てた旧人類側からしてみれば成し遂げられそうだった計画台無しにして、

生みの親どころか抵抗すらできない子どもを殺す悪魔しかない。

あの世で彼らは環境変化を生き延びた現生人類が再び科学技術を再興し、二度目の火の七日間に進むまでじっと見てるだろう。

ナウシカ行為正当性を産むことができるとしたら

現生人類が生き残ることではなく、火の七日間を再度起こさないと確信に値するものを示すしかない。

しかし作中の現生人類がそれを示すことはないまま作品は終わってしまった。

誰もが森の賢者のようにはなれない、それを実現しようとしたのが墓所の願いだった。

ナウシカを読んだからこそ、愚かな人類と決別しようとした旧人類の思考理解できるし、

現生人類側で誰もそれに歩み寄ろうとしなかったのは単にお互い戦争だったからだ。

ナウシカは決着がついたのに戦争をやめなかった。

現生人類のみんながナウシカに心酔してたわけではないように、

人間凶悪さを誰もが喜んで従っているわけではない。

ご冥福をお祈りします」って何?

どういう意味?調べたら「死後の世界での幸福を祈りますだって

天国とか地獄とか信じてるのかな。

あの世で〇〇さんと仲良くやってると思う」みたいなコメントもあるけど、本気で信じてるのかな?

こういう人って自分が死んだらあの世で楽しく暮らせるもんだと思ってるの?

2018-02-21

anond:20180221012214

あなた視点は読者として外の世界から見ているからこそ言える「神の視点」なんだよ。

『墓と和解せよ』というけど、裁定者となった巨神兵が話合いのために責任者を出せと言ったのに墓は問答無用攻撃してきた。交渉拒否したのは墓側だよ。

勝手に一人で現生人類を愚かだと決めつけて』というが、ナウシカは色々なところで何度も説得したよ。でも民衆は聞かなかったの。

『それがエゴ以外の何だというんだ』については先にも書いたけどその通り「エゴ」だよ。これは本にも描かれてる。

"虚無" から『お前はもう何人も殺してるくせに何カマトトぶってんだ』なんて言われてるし。

『どれだけ苦しくても人の命を奪ってでも生きたいと願わない人間もいる』

そういう人間がいた方がいい。しかし、あの世界のナウシカにそれは不可能だった。風の谷を守るためにトルメキアの捕虜になり戦場へ赴かなければいけなかった。

少年兵だと分かっていながら切り殺さなければいけなかった。そこで自分が死んではいけなかったからだ。ナウシカは風の谷を守るために人を殺してでも生き残る必要があった。

ナウシカエゴ戦場赤ちゃんを拾っても足手まといなだけだ。戦場一騎で駆け抜けたり、兵士瘴気を吸って吐いた血を口で取り除くなんて自殺行為だ。トリウマ一匹に泣くなんて無駄だ。

しかし、これらのエゴ兵士や民を惹き付けた。あのクロトワですらな。

村の長なのに一人で腐海の深部をうろついて凶暴な王蟲を愛でている。この無謀な行動が、"汚れているのは土である" に繋がり、"粘菌暴走の原因に気づくことができた" 理由であり、

"王蟲の信頼を得ている”ので "大海嘯の最前線に入ることができ" "王蟲は怒っているのではなく腐海となって土地の傷を癒そうとしている" "腐海は土を浄化するためにある" "これらが大海嘯の原因である" "どうも地球腐海まみれになって滅ぼうとしているのではなく、ギリギリバランスで生き残ろうとしている" というすべての流れに繋がっていくんだよ。それでも一回諦めちゃったけどな。

これがあなたにできただろうか?ナウシカは無敵のマンガ主人公からなんて話は聞かないよ。私なら頭悪いか腐海に入って5秒で死んでる。あなたはおそらくどこかの時点で自らの命を絶っただろう。「最後決断」まで辿り着けない、のはまだしもナウシカを助ける脇役にもなれないだろう。

『どれだけ苦しくても人の命を奪ってでも生きたいと願わない人間もいる』

というあなたと同じことをする人物がこの物語の中に存在する。綺麗で争わない新人類だ。あなたは私から見るとどこか「大人しくて清らかな人類の側」に立っているようにみえる。あなた物語の中の今を生きている人類に寄り添っていない。

そして、あなた新人類王蟲を同列に扱い「新人類にも希望を」と言っているが、私はこの二つは同列に扱えないと考えている。

まず、旧人類は「汚染適応した人類を元に戻す技術もここに記されている」と現人類を諭しているが、おそらくこれは嘘だ。または条件付きだろう。ロボトミー手術よろしく、頭を書き換え清廉潔白な体になれ、と。これを現人類が受け入れるわけがないし、旧人類もそれは承知なので、危険な現人類を生かしておきはしない。役目が終わったら死ぬようにプログラムした。

そして、墓もエラーが出ないように旧人類がきちんとプログラムしている。夏至冬至に1行アウトプットするだけだ。同様に墓が管理する卵にもエラーはない。恋愛があれば争いが生まれるので、単性生殖すら避け、墓が製造した卵からのみ増えることになるだろう。

ではなぜ王蟲にはエラーが出たのか。それは ”王蟲自然界に放たれたから”に他ならないと思う。"外敵"に襲われ、自然の驚異にさらされるなか命を長らえ、交わり子を産み世代を重ねることで突然変異生まれる。

敵のいない、すべてを中央コンピュータ支配された新人類は、何世代進化のないまま一種類のウイルス対応できず全滅するだろう。"血を吐きつつもそれを乗り越えて飛ぶ"力はない。だからといって殺しても良いとは言えないけどさ……。

墓所能力に上限がかけられてて自我を目覚めさせるレベルにはないと思う。最後なんやかんや喚いてるがあれは旧人類の伝言自我巨神兵が担ってるし)


『その場にもしヴ王がいたらやはり選択は違っていただろう』『居たような気がする』

そう、その場にヴ王はいたよ。しかし、ヴ王がいても選択は変わらない。

ヴ王ナウシカの「私達のように凶暴でなく、おだやかで、かしこ人間になるはずの卵です」という言葉に「そんなもの人間はいえん」と返している。

ヴ王人間の闇の部分がわりと好きなんだよ。王に対してボロカスな口をきく「道化」を蹴っ飛ばしながらも割と仲良くやってるしね。清廉潔白な人なんか面白くないと踏んでる。お人よしかどうかの話ではない。

「とんでもないことになると分かってても欲しがるタイプ」というのは正しい見方で、まったくもって危ない人物ではあるけどな。

最後に毒気が抜けたのは「お綺麗な」墓の光を浴びたのでまさに「毒気が抜けた」んだろう。この辺は漫画から「そんな超常現象」とか言わずにね。ナウシカカリスマ性も一因だろうね。

ここまでで挙げたように、たぶん今あなたは手元に本が無いから?内容を曖昧しか理解できていない気がする。

という私もコミックをある所に持ち出したら、その場に定着しちゃって置いてきたから今は持ってない。勘違いしてる部分が沢山あるはず。ちゃんと買って読み直そうっと。

2018-02-18

やりたいことやったもん勝ち

金銭的に破綻しないレベルでやりたいことをやれば、絶対人生楽しい

金が

時間

周りの目が

大人になってからそんなつまらないことばかり考え、本当に自分のやりたいことから目を背けてばかりいるよりも

そんな事なんていっそのこと考えずに、今やりたいこと

ただそれだけをやっていればいいんだ

どうせ人は死ぬ

いくら金を稼いでも墓場には持っていけない

死後の世界があるのなら、過去の栄誉もあの世に持っていけるかもしれないが、あの世があるのかも分からない

だったらいっそのことやりたいことやって悔いのない人生を過ごそうじゃないか

やりたいことやったもん勝ちだ

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