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はてなキーワード: 容姿とは

2019-02-22

悪口を言い合って盛り上がりたい

大人たるもの、人の能力容姿を悪く言ってはいけない、みたいなのはわかる。

でも、どっかでそれを思い切り吐き出して発散したい自分がいる。

ネットに書いても結局当事者のことを知らなきゃ伝わらないわけじゃん。

あいつのこの仕事まじで使えん」「あい臭いんだけど」「あのブスわーきゃーうるせえ」

に対してわかるわー、とか僕も私も、みたいな感じで話がしたい。

自分に対して言ってくれてても全然構わないんだ。

声が届かなければ、100人でも1000人でも勝手居酒屋悪口言っててくれても全く問題ない。

性格悪いなって自覚はある。でも、みんなは全くそういうのないわけ?

なぜ生きづらさ問題は「キモくて金のないおっさん」で、「使えないBBA」はないのか

ルッキズムエイジズムに負けないくらい芸を磨く、加齢に逆らう、良い母になる。

これらは年を経てから自覚され、年をとるごとに厳しくなると思える。

加えて、時代の変化という淘汰圧は男にも女にもかかる。

生きづらさ問題としての、若さ容姿経済力

これはフェミニズムの主張とは少し違うし、少数派とも思えない。

その困難はスクールカーストが映し出すように、子どもが背負わされてると思われる。

簡単に言うと、経済力だけはある男と結婚する芸のない芸能人女性離婚を望む時に直面する問題

anond:20190222163139

増田にいるブスってなんで自分のことを頑なに「普通」と評するんだ?

容姿普通でも性格が壊滅的だからモテない」なんて言い草はヤリ目の男にシカトされてる時点で有り得ないんだよ

どう考えても醜い容姿してるに決まってるのよ

anond:20190221171918

俺の経験上そこまでレベルの低い男にしか相手にされない女は「醜悪容姿」の奴しかいない。

元増田自己評価高すぎるだけで実はその男達と大差ないんだぜ。

日本人女性ってなんで「日本人女性世界一モテる」って言うの?

アニ豚とかネトウヨでもない限り男から見たら「日本人女性世界一醜い」ってのが共通見解なんだが。

その一方でこの国では「日本人女性世界一モテる」なんて言説がある程度普通に受け入れられてるグロテスクさがある。

日本人女性自分達の容姿に対するコンプレックス払拭する為に作り上げた幻想なのだろうが気持ち悪すぎるよ正直。

日本人女性がよく言う「男にとっては女の8割が恋愛対象」とかいうの

完全にモテない日本人女性妄想だと思うんだけどどう思いますか?

まあ世界最悪レベル容姿の癖に「日本人女性海外モテモテ」とかいう謎の妄想垂れ流してる日本人女性だしこの程度の与太話も軽く信じ込んじゃうんでしょうね。

この妄想不細工専業主婦とかが「旦那妥協されて選ばれた女」の烙印を押されるのが嫌で言ってるんだと思います

男はみんな不細工な女相手でも我慢して付き合ってるだけですよ。

anond:20190221171918

なんでこんなにこの子を叩く流れになんのかな?

よくあるパターンだし、それで本人が悩んだって仕方ないじゃん。

要するに「モテるタイプの男にモテないが、非モテにはモテる非モテに限って言い寄ってくるのは自分が甘く見られてるせいで納得いかない」ってことでしょ?

ただ、それなら「モテる男」からアドバイスもらえる場所で聞かないとダメだわ。

こんな非モテの温床で聞いてちゃダメだ。

自分が見たケースだと、愛され慣れていない女の子に見られるパターンだと思う。

恋愛経験が少ないんじゃないかな。溺れるような恋愛をした経験や、恋愛によって満たされた経験が無い。

そういう人は、行動や言動からそういう雰囲気が出てる。恋愛経験の乏しさが見える。(あなたに欠けてるそういう雰囲気を色気と言うんじゃないかな)

から非モテから自分でもイケるかな」って甘く見られる。

その市場価値の低さと、容姿等の自己評価ギャップがあるなら解決方法は2択。

低い市場価値を受け入れるか、恋愛経験を積むか。

とはいえ自己評価が高めなのに、非モテと結ばれるのは苦痛だろうから実質的には後者1択かな。

恋愛経験を積むと言ってもそう都合よく出会いなんてないから、

ひとまず男性経験を積めば良いと思う。

遊ばれてもいいから、好きなタイプと結ばれたらいい。

モテ男なら、遊びでもちゃんと満たしてくれる。だから彼らはモテる

そうしてると「男性が求める私」というのも分かってくると思うよ。

2019-02-21

anond:20190221100811

容姿が抜群にキモいのは火を見るよりも明らかじゃないか

頭と性格に関しても「ピカチュウ 」の件とか諸々見る限りかなりレベルが低いと思う。

日本人女性世界一モテるらしい

日本人女性容姿世界一醜いと言っても過言では無いのにどうして世界一モテるんですかね。

モテるコツとかあったら是非教えて欲しいです。

僕もブサイクなんで。

ゲイだけど日本の女が死ぬキモい

容姿が抜群にキモいのは知っての通りだと思います

ただ彼女達はそれだけでなく、頭も性格もかなり悪い人が多い気がします。

男があれに欲情する意味がわからなすぎてちょっと怖いです。

2019-02-20

anond:20190220093601

男は好きとかは関係なく、ヤレる程度の容姿の女から好かれることを「モテる」って言ってるよ。

2019-02-19

anond:20190219212514

微妙レベルの顔で済んでいるのに、ずいぶん自尊心が低いラジね。

何か容姿以外で辛いことがあるラジか?

anond:20190218224443

容姿経済力生活力において「自分の水準を超えることはない」相手を選びがちはないかと思いこれを「下方婚」と称した。

anond:20190219185339

件の結婚相談所ブログにそんな話題があったような

と思ってぐぐったら見つけた

https://ameblo.jp/kekkon-monogatari/entry-12419662291.html

これによると容姿平凡な男が10歳下の女との見合いを受けて貰える年収1000万、

イケメンなら600万、

デブハゲチビ不細工なら1700万、になるな

2019-02-17

ドイツ来て驚いたこ

ドイツのことではないんだが、知り合ったイギリス人アメリカ人

話してると人種話題普通に出てくる

ドイツ人はルールにめちゃ厳しいとか

イギリス人皮肉多いとか

黒人は考えることをしないとか

酔ったときに「俺は白人の女が嫌いだ!」ってアメリカ人言ってたの割とびっくりした

日本にいるとそんな話題ほぼないからな

ただ、人種差別の話って別にあるあるだなと思う

日本には人種差別はないけど、学歴主義とか部落差別とか

自分たちの思う「普通」と違うものを悪く言うこと普通にしてるし

どの国でも差別問題は出てくることだし

それが人種なのか学歴なのかそれとも別のなにかなのか

お題が違うだけだという

万国共通なのは顔とか身長とか容姿に対する話題くらいか

人種差別は嫌だなと思う一方で、他の色んな種類の差別理屈は変わらないと思った

てか人類以外の動物いじめとかするしな

地球あるある

私が勇気を出してヤリチンセックスした話

物心ついた頃から精神疾患名前がつくもののいくつかに乗っ取られ、それを必死でひた隠しにし、自分を騙し、なんとか生き延びてきた。

病気はすべて私の妄想が産んだ被害者意識で、なんらかのメリットがあるから治らないのだと頭で分かっていても、今でも発作的に昔のトラウマが蘇り、みるみるうちに身体支配されてしまう。

自分に嘘がある状態はとても不安定で、

自分理解できていないから、当然まわりのだれにも理解してもらえなかった。

自分を受け入れられないから、

他人に受け入れられるわけがないと思い込んでおり、

傷つくことが怖すぎるから

人との関わりが怖すぎて社会の中で生きられなかった。

誰も信じられないのに、承認欲求が暴れていた。

私は自分が嫌いだった。

そして他人も皆嫌いだった。

きっかけがあり、ヤリチンと知り合った。

またとないチャンスだと思い、勇気を出して自分から抱きついてセックスした。

まれてはじめて自分意思セックスした。

少しだけ、自分が好きになれた。

ヤリチンとは関係が続いた。

セックスだけでなく、長い時間をかけて、たくさんの話をした。

ヤリチンは日の当たる場所にいる人だった。

容姿端麗で、才能も資質も人とは違う、目を惹くものを持っていた。

光に虫が集まるように、彼のまわりにはいつも人が集まっていた。

女に囲まれるのは当たり前で、経験人数なんてとっくに数えることをやめていて、

彼女は5、6人いる状態が通常運転だったと。

しつこく聞いたら、ちゃんと答えてくれた。

ヤリチンは、まさに私が喉から手が出るほど欲しい「承認」を受け続けてきた人だった。

青春時代がすっぽり抜け落ち、恋愛コミュニケーションも失敗し続けた私は、ダイレクトコンプレックスを刺激され、嫉妬心がグラグラ煮えた。

これは彼の女性関係に対してではなく、彼自身に向けられた羨ましさだ。

「みんな君のことが好きだよ」と友達に言われていた、というエピソードを聞いた時、私は、劣等感からくる彼への憎しみで頭がおかしくなりそうになった。

こんな人生があったのか!と。出来れば知りたくなかったと思った。(今でもたまに思う。)

ただ驚いたのは、私たちは似ているところがあったということだ。

ヤリチン孤独そうに見えた。

一際目立ったり好かれたりすることで、

たくさんのひとの、勝手理想や期待を押し付けられてきたんだろうと思う。

それは等身大自分無視されていたということだ。

たくさんの人が彼に恋愛感情を抱いていたとしても、彼自身を守り安心感をくれるものではなかったのではないだろうか。

そして彼も、誰も幸せにしてこなかったのだろうと思った。

ヤリチンは心を閉ざしていた。

自分気持ちは伝わらないし、そんなことはどうでもいいと思って生きてきたようだった。

自分でない自分でいる状態を強いられ、求めるものと求められるものが食い違い続けるの状態は、とても不安定で、心が満たされないことだと思う。

それを不特定多数とのセックスで埋められるなら、私からたらこの上なく羨ましいのだけれど、本当は欲しいものが手に入らない飢餓感が続くだけだし、彼自身女性たちの気持ちを無碍にしたことを悔いており、幸せなことではないのだな、と自分を納得させるように考えた。

彼もまた、自分が嫌いだったのだろう。

私のように、他人を嫌う気持ちがあるのかはわからないけれど、人を信じることに恐怖心があるようには感じた。

真逆人生を歩んできた私たちは、少しお互いのことが理解できたように思えた。

正確には、私は傷つくことを恐れすぎて、時間が経つほどに自分劣等感を通してでしか彼を見られなくなり、彼の意図感情無視した。

彼はそのことを悲しんでいたのだろうけど、それも口に出さず、私に気を遣い、心を閉ざしたままだった。

私が弱さを振りかざしたせいで、自分だってつらい、という気持ち我慢させてしまたことには後悔がある。

ただ、ほんの少しの理解が生まれたことは、

私にとって、たしか自分がいる、という証だった。

すごく感謝したし、大げさに言うと、彼に対しては生まれてきてくれてありがとう、という気持ちが生まれ自然にそれを自分に対しても与えることができた。

損得勘定や条件のない関係性の中で、お互いが強く関心を持ち、認め受け入れられるという安心感は、

私が欲しいものだったし、今まで感じていた寂しさの正体を明確にした。

私は多分、体感として、承認を得た。

一緒にいるときは、お互いに影響を受けまくった。

私のようなタイプは人と自分感覚と同一視しがちで、他人思考侵食されていく自覚はあったが、

意外にも、信念を貫いているように見える彼もまた、受け取りやすい体質だった。

皆、不安で揺らいでいるのだな、と思った。

愛があるとかないとかどうでもいい。

相手ヤリチンなんだから、私なんてただ流れては消えていく、女の一人で構わないと、今では思う。

私には私の人生があり、これは私にとっての大切な出来事だ。

自分存在に気が付かせてくれた。

人として、女として生きていてもいいと、自分を認めることができた。

勇気を出して、自分から抱きついてセックスしたことのご褒美だ。

人生はうまくできていなくて、おもしろい。

物理的に離れることになり、会わなくなってようやく、自分いかセックスに溺れていたかに気づいた。

それが、承認されている感覚助長させ、必要とされている実感を何割増しにもさせていたということも、それにしがみついていたということも。

最近身体の繋がりがなくなったことへの不安感が、ようやく抜けた。

同時に、自分と彼との間に境界線を引くことができるようになり、自分比較せず彼の人生俯瞰的に考えられるようになり、気持ちがとても楽だ。

非モテ自己陶酔してる妄想話と言えばそうかもしんないけどw

実際相手がどう思っていたかなんて図りようがない。

私は私に必要体験をしただけで、

得られたものは私だけのものなのだから、それでいい。

なぜ人間寿命があるのか

寿命長くなると絶滅するんじゃね?

って最近日本見てると思う

 

せめて60歳くらいまで容姿保って子供産めればわからんけど

anond:20190216211253

容姿勝負してる人間が歳をとるとどうなるか、芸能界を見てよく考えよ。

2019-02-16

anond:20190216211253

あくまで一つの選択肢、一つの考え方としてだけど

https://www.youtube.com/watch?v=7zZwjRmMWcY

この動画の中で、Activ8の大坂武史氏やキズナアイが言っていることや考え方が、

容姿が原因で生きづらさを抱えてる人への力になるかもしれない

百合ジャンル歴史現在 前

 本稿では、BL/やおいと比べ論じられることの少なかった「GL/百合ジャンル確立歴史と、その現状について考察する。

 はじめに、「百合」というマンガアニメにおけるジャンルを示す言葉概要説明する。「百合」とは主に、女性同士の恋愛と、それに満たない関係性も含めて描いた作品ジャンルを指す。川崎によれば、定説として語源ゲイ雑誌薔薇族」に由来する。男性同性愛を指す「薔薇族」と対になるよう、女性同性愛者を「百合族」と呼称した「百合族の部屋」というコーナーが1976年から不定期連載されるようになったのが始まりであるとされる(川崎2014:44)。当時はレズビアンを指す用語だったが、徐々にサブカルチャーに輸入され女性同性愛を扱った作品群を呼称する言葉に変化していった。

 まず、日本での「百合」のマンガジャンルとしての成立について述べる。そもそも大正ごろの日本においてマンガとしての形態以外で女性同性愛テーマにした創作物としては、性描写過激男性向けポルノか、少女向けの小説に二分されていた。特に女学生同士の姉妹関係エス」をテーマにした少女小説金字塔として、「花物語」(1925)などが代表される。しかし、大正時代少女文化として流行した「エス」の概念現代の「百合概念とは違い、上田は「自覚的女性を愛することを選択したというよりは、良妻賢母になるための安全なる予行演習という側面もあった」と述べている。(上田 2014:192)

マンガが発展し、女性同士の関係性を主題とした最も初期の連載作品1970年代ごろから山岸涼子「白い部屋のふたり」(1971)、池田理代子おにいさまへ…」(1974)、「ベルサイユのばら」(1972-73)のオスカルロザリーなどにみられはじめる。これらは、「24年組」に代表される少年愛テーマとしたマンガと同時発生的に少女マンガ誌に掲載されたものだ。藤本は、このころの百合マンガの大きな特徴として

 ①対照的な二人の容姿(中性的・くっきりとした美人可憐少女イメージ)

 ②演劇モチーフ(宝塚歌劇の影響)

 ③悲劇的なストーリー(少年愛を扱う作品対照的同性愛による葛藤描写)

を挙げている(藤本 2014:101)。これらの特徴は、1970年代女性の抱えていた抑圧感を反映していたものなのではないかと考えられる。女性作家による「少年愛」が現実の抑圧から解放として、性的未分化存在(少女)の何物にも縛られない感情の動きを描写したものなら、このころの「少女愛」はそれと対照的に、抑圧からの逃避としての悲劇的な結末が設定されることが多かったのではないだろうか。表現手法舞台設定は耽美幻想的でありながらも、当時の日本での女性のおかれる立場に忠実な閉塞感が描写されたものだと考えられる。また、この時代百合マンガ少年愛ほどの大きなムーブメントには発展せず、作品数も多くはなかったため、自然消滅的に衰退していった。

 しかし、1990年代同人誌文化の発達に伴い、百合ジャンルも急速にその勢いを復活させる。

まず、「美少女戦士セーラームーン」(1992-97)によって、女児向けマンガにおける戦う美少女という概念ジェンダー論的な観点においての大きな転換点となる。異性愛的な要素が物語の中心に関与していたにもかかわらず、同人イベントではセーラー戦士同士のカップリングを描いた作品が爆発的なブームとなった。その理由として考えられるのは、消費される客体としてではなく主体としての戦う美少女像が確立されたことではないだろうか。これにより、百合的な描写70年代における悲劇的な結末に向かう物語ではなく、少女が二人で主体的に幸せを獲得していく過程が重視されるようになっていったと推測できる。

そして、物語の中の関係から百合文脈を汲み取っていた時代から、前提として百合のもの主題においた作品も増加していく。代表的なものとして、「少女革命ウテナ」(1996-98)がある。この作品は、古典的少女マンガシンデレラストーリーを基盤に「王子様」と「お姫様」を少女同士に置き換えてなぞりつつ、70年代百合作品に見られた演劇的なモチーフや学園モノ、男装美少女といった設定を取り入れ、また絵柄としても耽美で繊細なものであったが、これらは意図して行われたパロディ化された演出だった。ストーリーの結末も、最終的には二人が離れ離れになる点は悲劇的にも取れるが、その後ヒロインたちの再会が示唆されている。アライによると、「王子様」と「お姫様」が結ばれてハッピーエンド、という構造少女同士で反復するだけではなく、最終的にヒロインたちは「王子様」と「お姫様構造破壊し、自身覚醒させ歩き出すことで、社会的女性規範を打ち砕くことができるのだ。(アライ 2015:57)それこそが「世界革命する力」であり、この結末によって投げかけられたのは、異性愛規範や家父長制へのアンチテーゼと、黒人女性解放運動日本女性ウーマンリブ運動などの背景を踏まえた社会的メッセージだった。

これらの2作品によって、社会的な動きと呼応した百合マンガの潮流が形作られはじめる。「セーラームーン」も「ウテナ」も少女マンガ誌に掲載されており、本来ターゲット層は10代の少女対象にしていたと考えられるが、ここでのプラトニック少女たちの絆がオタク層にも受け入れられ、恋愛的な文脈解釈した成年層による二次創作が爆発的に流行する。これと同時に一次創作オリジナル同人誌においても、「百合」という概念が定着しはじめ、少女同士の恋愛主題にした作品がみられるようになる。

 そして2000年代に入ると、マンガジャンルとしての百合を専門に掲載した「百合姉妹」(2003-2005)が発刊される。その後、「コミック百合姫」(2005-)に統合され、現在刊行中。専門誌の発刊は大きなジャンルの発達の手掛かりとなり、この雑誌に連載されていた作品アニメ化や二次創作流行によって、「百合」というジャンルがはっきりと定義されはじめ、広く認知されるようになっていく。しかし、その定義に関して「男性が主要人物として登場し、恋愛関係に介入する」「性的関係が生じた場合百合ではなくポルノ」などといったさまざまな議論が巻き起こったのもこの時期である

また同時期に、「神無月の巫女」(2004-05)や「舞-HIME-」(2004-05)などの少年誌で連載される百合作品が登場する。これらの作品は、少女マンガ作品よりも直接的な同性間の恋愛としての描写性的表現が強く押し出されていた。ここから現代男性向けと女性向けの要素を同時に内包した現代百合マンガ形態確立しはじめたといえる。2007年には、前述した「コミック百合姫」の姉妹紙として一迅社からコミック百合姫S」と「コミック百合姫Wildrose」が発刊。「S」は本誌よりソフトで繊細な関係性の百合を扱い、なもりゆるゆり」(2008-)が代表するような「日常系百合」の流れを作った。一方「Wildrose」は、それまで成人向けポルノとしての過度な性描写忌避されがちだった(厳密な定義での「百合」ではないとされる議論があった)当時の風潮の中、直接的な性描写掲載した作品を扱う専門誌として独立した挑戦的な試みだった。

 ここで、2008年に行われた「コミック百合姫」の読者アンケートを参照してみる。2008年7月号時点の『コミック百合姫』読者の男女比は男性27%、女性73%であるのに対し、『コミック百合姫S』の方は男性62%、女性38%となっている。つまり現在統合された「コミック百合姫」の購買層は、この男女比を単純に平均すると男女差はほぼ半々で、やや女性読者のほうが多いということになる。ここでは百合マンガの購読層を性別と消費の形態に4つに分類して考察した。

①「傍観」型女性

 女性購読層において基本的には、社会的比率を前提にすると異性愛女性のほうが多いと考えられる。彼女たちは少女同士の関係性に、「現実における異性愛ジェンダーロールによる苦痛から隔絶された「非現実的な同性間による越境快楽」を心の拠り所として愛好するのではないだろうか。なおこれについては、やおいBL ジャンルを愛好する女性においてもほぼ同じ理論適用できる層が存在すると思われる。

②「投影」型女性

 百合というジャンル性質上、他の恋愛形態をメインとしたジャンルよりもレズビアンバイセクシャルを自認する女性が購読層に多い傾向にあることは考慮するべきである彼女たちは、異性愛女性が「少女マンガにおけるロマンティクラブ」を夢見るのと同じように、自身性的指向に一致した自己投影先として「百合マンガにおけるロマンティクラブ」を享受していると考えられる。

③「傍観」型男性

 百合自分投影先の存在しないストーリーを消費するものとして受け取っている購買層。①「傍観」型女性とほぼ同じ論拠が適用できると考えられる。

④「投影」型男性

 百合マンガ登場人物自己投影する男性は、ジェンダーロールから解放と、女性との恋愛の疑似体験を同時に達成できる。この購読層の性的指向に関しては、社会的比率として異性愛男性が多いと思われるが、異性愛コンテンツNL)ではなく百合GL)を愛好する彼らに関しては、③「傍観」型男性よりさらに複雑な感情ルーツを持っていると考えられる。また、TS願望を持つ男性MtFとは区別する)や、同性愛男性共感を持って少女同士の関係性を愛好する例も、この枠にひとまず収めることとする。

⑤「乱入」型男性

 特に男性向けの性的描写の含まれ百合マンガ等においては、その世界の中に没入し登場人物の中に「混ざりたい」という観点で消費する層も存在する。これは上記の4つの例と異なり、少女同士の関係性ではなく「(男を知らない、穢れのない存在として描写される)レズビアンである少女を自らの男性性によって屈服させたい」というマウンティングによる性的欲望や、男性主人公やその代わりとなる女性キャラクター存在しない「ハーレムもの」といった受け止め方に由来するものと思われる。ただし、これらの男性百合ジャンルファンから忌避される傾向にあり、特に近年の百合主題とした作品においては減少している。

これらのファンがそれぞれ百合というジャンル定義について議論を重ね、各需要を満たすような創作物制作していったことにより、百合ジャンルが発展していった時期だった。

次に、2010年代百合文化を振り返る。このころに代表的な作品として挙げられるのはテレビアニメ魔法少女まどか☆マギカ」(2011)だろう。この作品は、「セーラームーン」にルーツもつ戦闘美少女系譜を受け継ぎながら、現代調に前提として百合意識して構成された作品ひとつで、魔法少女同士のカップリングを扱う二次創作が爆発的に流行した。

 また、少女マンガ誌において百合を扱った作品が満を持して再び登場する。70年代以降、異性間のラブストーリー(NL)に偏っていた少女誌において約30年ぶりに百合が復活した形で、「野ばらの森の乙女たち」(2011)や「ブルーフレンド」(2010―2011)が連載された。これらの作品は、少女漫画特有の筆致でありながらも明確な少女同士の恋愛関係としての描写があり、また両作品とも70年代のような悲劇的なラストを迎えることはない。少女向けの要素として、学園設定や疑似姉妹などの設定は残されているものの、これらは批判的なパロディというよりも前時代少女誌における百合作品に対する敬意からくるオマージュ解釈するほうがふさわしいだろう。これは近年において少年誌よりもジェンダーロールの強固だった少女誌界隈に百合ジャンルブームの波及がみられた、極めて注目すべき例である

<続きと参考文献リストこちら>

https://anond.hatelabo.jp/20190216025236

2019-02-15

一等陸尉馬鹿手打ち事件について

自衛隊内にはほかの軍隊と同様、きっちりとしたハラスメント対応部門存在する。

有事の際に上官が誤射で死亡するのを防ぐためである

ならなぜ、あの一等陸尉は「処分覚悟」でああいうことをやったか

それは、軍隊的なものにとって「お上」による処罰不名誉からである

しかし、それは加害者だけではなく、「お上」にすがらないといけなかった無能被害者にとってもである

皆さんもよく聞いたでしょう、旧軍において、公的処罰の代わりにぶん殴り、それを温情とする上官たちのことを。

加害者だけでなく、被害者にとっても温情、のつもりだったのである

あの事件は、普通であれば「お上」にすがって女性が救済される話だった。

そこに一等陸尉が介入しぶん殴ることにより、容姿馬鹿にした3馬鹿被害を「お上」に救われる側へと落としたのである

ヤンキー論理みたい、って思われるだろう。まったくその通り。

からこそ、ホモソーシャル批判したいんならあの3馬鹿よりも一等陸尉のほうを批判しなきゃいけないのです。

ファザコンの話

 三行でまとめると、

  私はファザコン

  ワンオペ育児

  ハンバーグが食べたくなる呪い

 

 ここから本文。

 

 一番近い街までバス電車で二時間弱。小さな田舎町で私は育った。両親が結婚して八年目にやっと授かった一粒種。それが私。親戚の集まりに顔を出せば、私がどれほど両親に喜ばれて生まれてきたか、酒を飲んだおじちゃんおさんどんをするおばちゃんが教えてくれた。

 父のことも母のことも大好きで、反抗期も無かったと思う。年の割に身長も高くてすらっとしていて外国の人みたいに鼻が高いと父のことを思っていて、ファザコン気味だったかもしれない。

 母は私が高校二年の時に他界した。父は憔悴しきっていたが、ひと月もしたら「私を立派に嫁に出す」と母の遺影に誓ったのだと、仕事子育てに精を出し始めた。今までしたことのなかった料理もしてくれた。私も手伝ったけど、意外に器用な父はあっという間に料理上手になっていった。

 その後、私は大学に通ってそこそこ良い会社に入ることが出来て、三十の時に結婚退職一年後に出産

 今は実家から時間弱の一番近い街で、夫と三つの息子と暮らしている。

 

 ファザコンだと言ったが、夫は少しだけ父に似ている。けれど、それは容姿だけの話で、中身は全く違った。

 夫は、いか結婚生活が窮屈かということを会社愚痴っているらしい。同じ部署新人女の子に鼻の下を伸ばし、後輩に向かって「結婚早まったかなあ」と真顔で言うのだという。夫と私は同じ職場出会ったので、同僚伝いに私に伝わるって思わないのかなあ。そういう浅はかさも父とは違うと思う。

 子どもが生まれたら父のようになるのかもという気持ちも少しあった。期待値は60パーセントぐらい。けれど、まぁもちろんそんなことはなかった。すぐには変わらないけど次第に父になるものじゃない?そう思ったけれど、三年経っても変わる兆しはない。朝は遅いが出かける直前まで寝ている。夜遅く帰ってきて夜食を食べて風呂に入ってゲームを少しして寝てしまう。休日ゲームか、趣味バイクの集まりに出かけてしまう。

 増田では家事に協力的な男性をよく見るのになあ。おかしいなあ。

 

 昨日、私たちが住む街で行われる講演会聴くためにと父が田舎から出てきた。講演会後にはうちに一泊して帰ることになっていたので、講演会を聴き終えた父を駅に迎えに行った。

 “父と夫は同じように体格が良い”……ずっとそう思っていたのだけれど、およそ一年ぶりに見た父は、駅の人混みの中でずっとずっと小柄に見えた。私と息子を見つけて笑う顔は昔のままだったけれど。

 夫くんは俺が泊まることを嫌がってないか、嫌ならホテルに泊まるぞ、と確認されたけど、「今日も帰ってくるのは日付が替わった頃だし、明日休みだけど友達と遊ぶって言ってたから」と答えると何か言いたげにしつつも父は黙りこくった。

 マンションに帰って、夜ご飯に作ったハンバーグを父と息子と私の三人で食べた。楽しかったなあ。息子は、久しぶりにじいじに会えて喜んで興奮して、夜はなかなか寝付かなくて参ったww

 

 さっきね、父をバス停に送ってきたんだ。外面だけは良い夫も一緒にさ、息子を挟んで親子三人手を繋いで。父はボストンバッグを持って私の傍を歩いてた。夫は父を見送ったら友達と遊びに行くつもりだったけど、父のご機嫌取りをしているようで、父が言うことに「へぇ、そうなんですか~!知らなかったです!」と大げさに相槌を打ってた。

 バス停が見えてきたところで、父がぽつりと呟いた。

「○○(私)はハンバーグが好きなんだ。××(息子)も好物なんだね」

 夫はそれまでと同じようなテンションで「そうなんですか~!」と相槌を打った。ばかだ。

 それを聞いた瞬間に、父とバチッと目が合った。何か言いたげな気がしたのは気のせいじゃなかったと思う。

「君が羨ましいよ。一人で食べるご飯は味気なくてね」

 父は夫にそう言って、バスに乗った。

 

 息子がお昼寝をしている今これを殴り書きしながら、なんだか涙が出てる。

 父は今日実家で、母も私もいない実家の一軒家で、慎ましやかな夕食を一人で取るのだろう。

 父が一人でご飯を食べていて、私は息子と二人でご飯を食べる。

 結婚制度ってなんだろうなあ。

 私を大事にしてくれた父を、私も大事にしたいのだけれど。

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