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2018-08-10

anond:20180810223023

九大は韓国人をはじめ留学生が多くてダイバーシティ

九州男児率はそこまででも。

優秀な九州男児東京大阪に出るからね。

逆に九州女子大事にされて九州外には進学させてもらえない。

九大糸島キャンパスは、キャンパス内にバスが通るほど田舎土地が広い。研究設備も充実。海外研究者が泊まり込める宿舎もある。

一人暮らし率高い。原付いるかも。

天神まで出るのに30分以上かかるから勉強に没頭できる環境

就職は大抵東京に出て行く。

2018-08-07

個人宅の表札みたいな某大学正門

なんか大学の正門にしてはこぢんまりしすぎている

キャンパスライフを楽しむ雰囲気はなさそう

2018-08-06

ヤクザ大学

1978年日大文理学部入学日大闘争終結から9年たった当時でも、学生運動の名残りが色濃く残っていた。成田空港どうのこうの、日米安保どうのこうのといった立て看がキャンパスのあちこちに乱立し、学生の不穏な動きを警戒してか入構の際には学生証の提示を求められた。登校して学生証を見せなきゃならないのは、日大防大だけだというようなことが、学生の間で自虐的にかたられていた。その年の冬休みの前だったのか後だったのか記憶がはっきりしないが、ヘルメットかぶりゲバ棒の代わりに竹竿を持った一団が何か叫びながらキャンパスを駆け抜けた。学内はあっという間にお祭り状態。数百人の学生が集まり、あちこちアジ演説が始まった。その後大学ロックアウト。漸く学内に入れるようになると、見るからマル暴風の男たちが歩き回っている。大学が雇ったスト潰しか?そればかりか、袖に国s館大学刺繍が入った特攻服を着た若者が彼らに付き従っている。何故本校の在学生でさえ学生証が必要なのに他大学学生が我が物顔でキャンパス内を跋扈しているのか。流石にノンポリの僕もこれには怒りを覚えた。

その年の後期試験は中止になりレポート提出だけになった。十数年後懐かしさで母校を訪ねると、なんら身分証などの提示を求められることもなく自由キャンパスに入ることができた。少しは日大も変わったのかと思いきや、今回の一連の流れを見ると相変わらずのヤクザ体質。これでは在校生は勿論の事OB日大出身と胸を張ることはできない。

2018-07-17

anond:20180716140631

単に事務窓口がわかれてるからじゃないの?キャンパス違うだろうから

それか、ニッコマだと理系のほうがレベル高い場合が多いのでそこを主張したかったのか。

2018-07-06

anond:20180706222423

泣きたいだけ泣いていいよ、

彼女ならどんなタイプでもいいとかじゃなさそうだからなぁ。

食パンでも口にくわえてキャンパスを走り回ってたら、

年に一回くらいは増田さんにどんとぶつかってくれる女性がいるんじゃないかな😊

それが運命女性(ひと)なんだよきっと。

明日天の川に祈るといいかも(雨……。)

2018-07-05

恋愛は少なくともメンヘラとは両立できなかった話

 本文をうっかり読んでしまうのは時間無駄なのでいくらか前置きで警告をしておく。

 これは一人のクソ女の自分語りだ。

 多分恋愛をしている人にもメンヘラをやっている人にも響かないと思うので、ノンフィクション小説好きな人とかが読んで哀れむなり蔑むなりネタにするなりしてくれたらいいと思う。

 文章にすると落ち着くたちなので、一回字に起こして整理したかっただけだ。

 特に意見アドバイスを期待してはいないけれど、私が想像も出来なかったような現実を打開する魔法があるなら教えて欲しい。

 そうじゃないなら今はほうれん草を沢山使うレシピくらいしか知りたいことはない。

 石を投げたりして気持ち良くなるなら好きにこの文章の私を罵ってくれて良い。もし肯定したいとか共感したとか優しい言葉を掛けたいとか思ったら、それは上手く受け取れないので胸に仕舞うか何かしておいて欲しい。言って満足するなら言って満足して欲しい。

 それから、ぼかしたりフェイクを入れてはいるけれど一応念のため。私の彼氏さん。あなたがこれをもし読んでいたら、私にいい加減愛想を尽かして下さい。メールもしなくていいし、顔も合わせなくていいです。ここにはあまり書いてないけどあなたはすてきな人なので、きっと可愛くて気立てが良くて知的趣味の合う恋人や奥さんがそのうち出来ると思います。私抜きで幸せになって下さい。でも今までありがとう

 さて、数えてないけど多分これ五千字くらいある本文。

 私には彼氏がいる。中学生の頃男女混ざった仲良しグループに居た同士だったが、彼は当時テンプレ中二病クソ女であった私に親切だった。私はいわゆる愛情に飢えたメンヘラであり、被虐待児でもあったので親切な彼を好きになった。

 親に無理矢理突っ込まれ進学塾、殴られたくないから沢山勉強して、私が目指した志望高校は彼と同じ学校だった。志望理由は、当時不良やヤンキーが苦手だったのでそれでもやって行けそうな校風であることと、私のやりたい部活の成績が良かったこと。通える範囲で目指せる偏差値勝手に割り出されたその高校を志望していると自分に言い聞かせるために、彼と一緒に高校に通えるかもしれないことを考えていた。彼は頭が良かった。彼の頭が良いところにも好感を持っていた。

 結果として高校受験は失敗だった。兄弟が多い我が家は長子の私の滑り止めを用意出来なかった。模試きれいな紙に印刷された合格する確率が70%まで落ち込んだ。挑戦は許されず漫画のように家庭の都合で通いやすくそれなりの偏差値の親が決めた高校受験して合格した。

 妥協のご褒美に私は携帯電話を買い与えられた。猿のように熱中した。友達とひっきりなしにメールをするのが楽しかった。そんな携帯中毒に付き合ってくれたのが彼だった。

 彼は愚痴をうんうん聴いてくれた。肌寒い日にはコートをかけてくれて、雨の日は傘を差して家まで送ってくれた。

 彼は誰にでもそうする人間だ。

 そういう人間を私は好きだと思った。

 高校一年の夏、好意を伝えた。彼はいわゆる恋愛恋愛した面倒は嫌だけど、と前置きした上で私と付き合う返事をくれた。友達にも家族にも内緒だった。私はおおっぴらに恋愛満喫して盛大に恋心に振り回される友人たちのようになりたかったが、その夢は絶たれたと言ってもいい。

 彼は時折、家族が留守にしている放課後休日、私を自宅に呼んだ。彼の家は急な坂の向こうにあり、私は暑い日も寒い日も自転車こいで彼の呼び出しに応じた。二人でカーペットの床に並んで座って、他愛もない話をするのはとても楽しかった。彼はキスがしたいと言ったので応じた。こんなもんか、と思った。彼は私の胸や下半身に触れたがった。胸は触らせたが、下半身他人に触られるのは嫌だったので精一杯かわいこぶって断っていた。

 彼が満足そうで良かった。私にかわいいとか偉いとか頭が良いとか言ってくれるのは彼だけだったからだ。

 たまにデートなるものもした。彼は共通の友人にばれたら面倒だから地元ではないところで待ち合わせて、博物館などに行った。博物館が好きなので楽しかったが、多分一人でいても楽しかったとは思う。彼は理系なので解説をしてくれて、知らないことを知れたのは楽しかった。

 いわゆる中学生ぐらいのいじましいお付き合いは高校三年生になるまで続いた。

部活大会模試で顔を合わせたら、こっそり示し合わせて抜け出して会って話したりしていた。

 関係が、と言うよりも私が変わったのは高校三年生の秋頃だっただろうか。

 私は学校へ行けなくなったというより、身体が動かなくなった。

 鬱を発症していたと知るのは年明けに通院をはじめてからだ。高校卒業も危うくなった。彼のメール無視し続けた。友人たちのラインブロックした。手首を切った。酔い止めを何箱も一気に飲んだりした。苦しかった。とにかく早く死にたかったが、癇癪を起こすと椅子を投げてくる母親から兄弟を守らなければならなかったので死ねなかった。

 音信不通を続け、両親の説得も不登校支援センター保健室も諦め、私は精神科に通院することになった。

 高校三年生の一月、私はセンター試験どころか学校へも行かず精神科に通った。薬が効き始めるまでが地獄のように長かった。向精神薬睡眠薬がなんとか効力を発揮する雰囲気を醸しはじめた頃には、卒業はほぼ絶望的だった。

 私は主治医から診断書をぶん取り、校長などのお偉方と交渉を重ね、補講を組んでもらうことでなんとか、卒業から数日はずれが生じるものの年度内に卒業出来ることになった。周りの大人は私の想像はるかに超えて優しかった。同情し、時には私の身の上話に涙ぐんでくれた。そんなことで悩んでいたなんて知らなかった、と口々に言った。進学校だったので不登校前例が無かったのが幸いした。先生方は私一人のために会議室卒業式をやってくれた。

 さて、話を恋愛に戻そう。私はなんとか卒業証書をぶん取り、彼は第一志望の難関大学合格していた。サイゼリアで久し振りに会って彼は「元気そうで良かった」と言った。

 私は全くもって元気では無かった。

 恋愛どころじゃない、何度も死にかけた。

 人に説明する元気もあまり無かったので、かなり端折って私はことの顛末説明した。ずたずたの腕を見せて「メンヘラと付き合うとろくなことがないって言うから、別れるなら今だと思うよ」と彼に提案した。彼は「それは別れる理由にはならない」と言った。

 そういうことでお付き合いは継続されることになった。

 彼は大学入学した。私はそれを祝福した。彼が受験勉強を頑張っていたのを知っていた。とても尊敬している。

 私はといえば、自分を殺そうとする自分に耐え、病状を必死家族説明し、ひたすら精神科に通った。

 彼は以前と変わらず家族が留守の合間に私を家に呼んだ。私は行かなかった。外に出る元気も無かったし、当日朝「今日家誰もいないよ」と言われても動き出す頃には翌日の昼間だ。

 彼はサークルが忙しかった。理系から男ばかりで可愛い子いないよ、と言っていた。

 私達はあまり会わなくなった。

 彼は学業を、私は治療を、お互い頑張っていた。

 彼は私が死んだら悲しむだろう。優しくて弱い人だから自殺だけはしてはいけないと自分に言い聞かせた。

 色々なことがあった。

 死なないために意識を失うことが必要だった。私は酒浸りになり、睡眠薬はどんどん強いものに変わった。早朝起きて、Amazonで買ったウォッカを水で割り、それで頓服を服用して眠り、昼過ぎに起き出して母に罵倒されながら(これは10年来の日課だ)食事をとり、薬を飲んでまた眠った。眠れない夜は頓服を酒で服用した。そうすれば眠れる。眠っている間は死にたくならないので楽だった。

 私某居酒屋で酒を飲みすぎて意識を失い救急車に乗った。倒れたはずみに骨折もしていたのでそれを治療するため更に入院した。入院中は母に罵倒されず三食昼寝付きだったので手術の痛みを差し引いてもお釣りが来るくらい快適だった。

 退院してからはまた酒を飲んで眠るだけの生活をした。

 そんな状況を医者は許さず、私は精神科閉鎖病棟入院することになった。彼は見舞いに来たがったが、私は断った。誰にも会いたく無かった。自分自身と二人きりになりたかった。何もかもに疲れ果てていた。

 入院生活幸福だった。

 看護師さんは優しい。変な人が沢山いるけどそれぞれが自分のことで精一杯だから誰も干渉してこない。

 母の罵倒が無いなら、現実逃避するためのスマートフォンは要らなかったので無くても困らなかった。

 少しの本、ポータブルCDプレイヤーと何枚かのCD。それだけで完結した生活は確実に私の心を癒した。

 これが人生の正解だと思った。誰も、何も要らない、天国だと思った。

 あらかじめ定めていた期間が過ぎ、私は退院した。

 閉鎖病棟入院したことがあるレッテル付きの私は母から罵倒が少しは薄まったと感じた。もう死にたくならないために一人で十分だった。

 そして同い年の彼が大学二年生になると同時に、私は大学一年生になった。

 母が勝手に推薦入学に出願して受験料も払い込んでいた。仕方がないので面接に行ったら大学に受かった。入学した。

 彼はおめでとうと言ってくれた。

 新調したスーツきれいなキャンパス、好きな学問、新しい友達

 私はまともな人間に戻れるかもしれないと期待した。

 アルバイトもはじめた。友達徹夜で飲み明かしたりした。

 しかし、ゴールデンウィークが明けた頃には既に私はくたびれていた。夏休みが明けて、大学へも行かなくなった。アルバイトはクビになった。

 主治医からストップがかかり、休学する事になった。

 私はただ家で時間を潰し、母の(以前よりはマシな)罵倒に耐え、薬を飲み生活していた。もう死のうと思っていた。

 大学で新たな人間関係を築いた彼は、私の死を受け入れるキャパがあると思った。

 そういえば私は彼とセックスしていなかった。

 呼ばれても家に行かない、共通の友人たちと遊ぶ以外では会わない、そんな恋人であったから、私はなんだか彼に申し訳が無かった。

 セックスすることでそれを清算できると思った。

 セックスする前に私は酒を飲んだ。

 薬の副作用で性欲は無く、彼とキスしても気持ち悪いと思ったからだ。

 彼が取ったホテルで私は彼と昼間からセックスした。

 こんなもんか、と思った。

 彼は別にセックスたからといってこれまでより優しくなる訳でも冷たくなる訳でも無かった。

 その日私からやや強引に誘い、夕食を食べながら話をした。私は彼と話がしたかたからだ。彼と話すのは楽しかった。

 それが数ヶ月前のこと。

 それ以降、私は彼と一度も顔を合わせていない。

 なんだかひどく億劫で、気の許せる女友達しか話したくない。

 精神科に通い続けて、自傷行為をやめられた。アルコール中毒も治った。睡眠規則的になった。

 兄弟が進学と同時に一人暮らしを始めた。もう自分の身を自分で守ってくれる。

私の生きる価値は無くなった。

 ある夜母が癇癪を起こして私に出て行けと怒鳴り、私を家から蹴り出そうとした。

 終電が無かったので私はははに頭を下げて「一泊止めてください、明日出て行きます」と言ってその場をおさめた。

 翌朝、私は最小限の荷物だけを持って逃げるように家を出て、何度か遊びに行っては掃除をしてやったりしていた兄弟一人暮らしをしている家に転がり込んだ。

 それから紆余曲折あり、結局兄弟仕送りで私は生活している。兄弟大学に行き、私は自分兄弟の二人分の家事をしている。おそらく幸せなのだろう。私が欲しかった暮らしは手に入ったのだろう。

 もう死んじゃおっかな。くたびれた。もう何も要らない。

 今死んだら同居している兄弟がショックを受けるだろうから、死んでないだけ。

 彼と連絡を取っていない。

 これが自然消滅と言うのならそうなのかもしれない。

 私は多分もう駄目だ。大学は妹宅から距離的に通えないので中退する。アルバイトでせめて食い扶持を稼ぐのが目標だが、達成出来るのはいつになるやら。

 こういう駄目な人間恋愛などしても彼に何の得も無いだろう。

 だから自然消滅であってもさよならを言っておきたい。

 もう恋愛感情がどういうものなのか思い出せないのだ。

 自分異性愛者ではないのかもしれないとも思ったが、同性も好きにならないのでたんに今恋愛をしたくないだけだと思う・

 彼は人間としてすてきだから好きだけれど、セックスはしたいと思わない。それじゃあ社会的地位の高い彼にぶら下がりたいだけの厄介メンヘラだ。しかセックスさせてくれないときた。そんなクズになってまで恋愛かいフィールドに立っていたくない。情けないし申し訳ない。

 友達に戻って彼と飲みに行きたい。手を繋がないで一緒に博物館に行きたい。一緒に食事がしたい。でも今は会いたくない。

 さよならを言うために約束を取り付けようと思って、彼が通う大学夏休みの期間を調べている。

 でも何だか会うのも連絡するのも嫌になってきた。

 こうやってぐずぐずしたまま、付き合い始めてこの夏で四年。嫌だ。

 生活が忙しくて、朝起きて夜寝るのが精一杯で、恋愛なんかやってる場合じゃない。

 そろそろ死んじゃおうと思っている。

 メンヘラはよく人生を虚無虚無言うけど例に漏れず私もやはり虚無を感じている。

 恋愛には向いてなかった。

 多分健康でいることが出来なくなった段階で恋愛なんかやめにしておけばよかったのに、彼の優しさでそれは人工的に延命措置を受け続けている。

 罪悪感はそれだけで健康を害するから排除しなければ、と、病気治療する上で判断出来る。だからさっさと別れようってメールを打てば良いのだ。

 参ったなあ。

 

2018-06-30

目標のために努力してたら一人ぼっちになってた

弱音を吐ける友人がいないので、拙い文章申し訳ないがここに書く。


大学生ながら、俺には夢があってな、そのためにそれなりの時間を費やしている。

しかもその夢ってのは、普通生活をしてたら、絶対に会えないだろう人と会って、

話したり、あわよくば友達になったりすることで、同じステージに早くいかないとって思って、

必死勉強している。


まぁ要するにその人は割と有名人で、いまの俺なんかがお近づきになれる人ではないんだわ。

から必死勉強して、同じくらい有名になって仲良くなりたい、もしくは同じ立場で話したいって思ってる。

これを人に話すと馬鹿にされるが、俺は本気でそうなりたいって思ってる。


そんなこんなで勉強していると、友達と過ごす時間家族と過ごす時間、娯楽の時間など、

あらゆる時間を削って勉強することになる。そんなことを大体3-4年ぐらい続けてると、もうほんと

色々なものを失うよね。


仲良かった友達ともどんどん疎遠になっていくし、彼女なんて出来ないし。

頼れる人なんて誰もいないし、唯一の娯楽は勉強後にYoutube見ることだからな。

キラキラキャンパスライフなんてのは、もう歩めないんだなぁって痛感してるよ。


結局、何が言いたいのかというと、辛いんだわ。

毎日泣きながら大学から帰ってるわ。

夢を追うことがこんなに辛いなんて思わなかったわ。

「夢は必ず叶うから~♪」とかい歌詞があるけど、いつ叶うのか教えてほしいわ。


大学では男女がキャッキャウフフやってるし、それが本当にうらやましい。

俺も夢なんて放り投げてそっちに行きたいと毎度思ってるよ。


はーーーーー。

まぁこんなこと言ってても仕方ないってのは分かってるんだよ。

やらないと叶わないんだし。


得るものがあれば失うものがあるっていうのを身をもって体感してるよ。

安易に「自分の道を進め!Boys be ambitious!」なんて勧めるもんじゃいね

こんなに辛いんだもの


はーーーー。

まぁでも、叶うのかなんて分からないけど、淡々とやっていくしかないんだろうなぁ。

最終的にそれが叶わなくとも、後悔はしないだろうしさ。


なんか書いてたらすっきりしてきたな。

よしウジウジするのはもうやめだ。


辛くても寂しくても歯を食いしばってやっていこう。

叶うとも限らないけど、叶わないとも限らないんだ。


明日も頑張ろうな。

2018-06-24

やりなおしたいなぁ、大学生

大学生活やりなおしたいな〜って思います

 はい友達できずにサークルにも入らずについに3年生になっちゃいました。なんでだろうね。どこで間違えたんだろうな 

 高校まで友達作りは苦労しなかったし、むしろ多かったほうだと思うけど、大学はどうしていいかからなくって、スルスル~っと3年生ですよ。もう1年経たずに就活ですぜ。「なんで3年まで友達できなかったの?」って僕が知りたいですね〜

 ゼミには入ってるけど、友達じゃなくてビジネスパートナーみたいなものだし、ゼミ時間が終われば来週までさようなら個人的なことを話すことはないです

 いやいいのよ。大学学問のための場だからね。それやりたくて入ったわけだし。ちゃん勉強はできてる

 でもふと思うんですよね。「あゝ俺何やってんだろうなぁ」って

 勉強はそれなりにしてますよ。単位ちゃんと取ってます。でも素晴らしい出会いは?居場所は?無い。卒業の時に残ってるのは少しばかりの知識単位だけ

 勉強だけやってもさ、大学友達作れなかったやつが社会に出て何かできる?「コミュニケーション能力が〜」って散々言われてるのに?無理っすよ

 別にキラキラキャンパスライフなんてはなから求めてなかったけど、やっぱ居場所くらいは欲しかったな。別にハメ外したり飲んで騒いだりしなくてもいいから、落ち着けるところが欲しかったな。あとは新しい世界もっと広げたかったな。もっと面白くてワクワクできるものを見たかったし、そういう人とも会いたかった

 仲良かった高校友達はみんな新しい場所へどんどん出ていくけど、私だけずっと、放課後みんなで楽しく過ごした教室に独りだけ取り残されている。そしてそこでずっと青春の日々の余韻に浸ってるの。ずっとずっと

 でもまあ、もう終わったことだしね。嫌でも明日勝手に来ちゃう

2018-06-11

ちぃすぅたろかー

少子高齢化に伴い若い血はますます不足するのだろうからちょっと仕組み的な部分でなんとかしないといけないレベルなのではないか

具体的には政令指定都市キャンパスがある大学には当番制で献血依頼をするとかだな

2018-06-08

anond:20180608181012

単身赴任とか転勤族とか途中でキャンパス移動する学生とかならともかく

自分趣味で1~2年で引っ越したがる人はあまりいないと思う

2018-05-30

大学生活がつらい

今日大学をサボってしまった

クォーター制なので1学期につき1コマで3回しか休めない

リーチがかかってしまった

かなしい

寝ても覚めても課題と予習に頭を占有され悪夢ばかり見る

やってもやっても課題が終わらない夢、キャンパスに居たでかい蟻に襲われる夢

つらい

大学まで片道2時間かかるのもつらい

今日はサボったけど副専攻履修者のためのTOEFLを受けに大学に行ってきます

履修を減らしたいけど必修の13コマ放棄できない

つらい

もうすぐテスト期間

引越しが重なってとっても忙しいけど、頑張ります

通年の必修失格だけは回避したい

2018-05-26

大学学生だけど

日テレビや新聞SNS話題に上る某大学に通っている

事件以降、大学名とニュースくらいしか知らない人たちには会うたびに「大丈夫?」「元気出して」「気の毒だね」と凹んでもいないのに励まされ同情され、

S「同じ大学学生なんだから声をあげるべき。愛校心はないのか」「学生ちゃんと動かないと!」と呟かれる

学科学部キャンパス使用する棟が異なり、殆ど関わりがない学科や附属の小中高が100を超えているマンモス大学ゆえ、学科ごとに空気感が全く違う

他の大学と同等に嫌な教授理不尽はあるとは思うけど、上層部のクソみたいな思想被害者になっている学生部員たちくらいではないかと思う

から、こうもしつこくあれこれ言われるのが本当に鬱陶しいし言ってくる人が気持ち悪い

早く解決できるといいし周りが黙ってくれるといいなあ

2018-05-24

話題の二流大学のおはなし

「敵を潰せ」と大将言葉で言った。兵隊が潰したら「言葉真意は全く違う」大将がしらを切った。

大日本帝国軍昭和の半ばで亡くなっているのに。平成の終わりなのに。

この大学教育面でもお悩みがあるようで。教職員が誰かに話している内容。

三茶に(サテライトキャンパスができた。

経営はわれわれに相談なく突然始めた。

・そこの英会話の授業がなんと業務委託で丸投げになった。(委託先WG)

・その授業は教育法では違法だし、業務委託なのでわれわれは関与できない。文科省大学癒着している。

経営陣?の退陣を求める。明日記者会見

そんな話を茶店でしている。話の仕方を知らない教員大学の程度がアメフト経営)と教員労働組合から見えてくる。全く危機管理ができていないね

本当に話をしたかったら会議室でやりなよ。

ゆっくり喫茶をしたいのにイラついているおれ。

2018-05-13

専門学校HALモード学園CMはたいていセットで放送される。

僕は毎年見比べながらその都度疑問を感じていた。

映像分野が絡んでるHALよりファッション関係モード学園のほうが、CMが格好良くないか?」と。

考えればなんとなくわかりそうな気はする。

HALCM制作首席在校生を関わらせて

「ほら君も頑張ればこのレベルに行けるよ」と、若人から等身大の憧れを引き出してHALに誘いこもうとしている。

一方モード学園はとにかくお洒落でキメキメで攻めた映像を使い、独特な美意識と孤高のプライドを併せ持った未来コシノジュンコを取り込もうとしている。

さしずめそんなところだろう。

多分世間HALモード学園CM差異をこんな風に納得して受け入れている。

僕がいちいちそれに引っかかってしまうのは、僕が美術大学映像分野を専攻していたからに違いない。

手に職をという気分にはなれず、根拠もなく自分大学生にならなければと思い、モード学園CMの様なスタイリッシュさに憧れた、そんな糞田舎高校生には不釣合いな憧れと孤高のプライドを併せ持ったしょうもない餓鬼だった。

僕は18歳から19歳に変わる年の春に入学し、そこにしがみつき、3年生になる直前に退学した。

まるでしけしけの花火のようなキャンパスライフだった。

以来人を避けるように引きこもったり警備の仕事をしたり。

本当にしょうもない餓鬼だ。

2018-05-09

anond:20180503233322

俺も最近似たような印象を受ける。

はてなという自由キャンパスオープンした10年前は、最終弁当、ふろむだ、弾小飼、他たくさんの知的レベル高い教授らの授業が多く、その質の高い授業はいろんな物の見方で学ぶことが多かったのだが、彼らも役目を終え、今は玉虫色を許さな人達主語大きいくせに中身の薄い記事に振り回されながらも、正義執行のために罵詈雑言暴力自由に振るう学生運動キャンパスとなってる。

10年前はWeb2.0とか言われ、ネットサービスが拡大していく時期でもあったので、みんないろんな夢を語ってた。はてな世界へ挑戦しようとしてたしね。この10GoogleからNetflixまで一通り決着がついたところでそんな夢を語る人も減った。日本から現実味が薄れはてぶでは掘り出されなくなったと言うべきか。(まあ元々そういうのに感化されず、人気教授達も嫌いだった人達には何も変わってないのだろうけど。)

はてぶのホットエントリー判定の閾値カテゴリも、どこかで一般層ウケしようと狂ってしまったのじゃないかと疑う。AIディープラーニングだと言われてる時代に、中身のない炎上記事や、ただ罵詈雑言ネタしかならない記事フィルタリングできないのだろうか。平穏にすごしてるみんなは何かニュースレコメンドアプリでも使ってるのか?

ネットバカ暇人のもの」ということが再度証明された。忙しい教授達がこんな連中にまともに付き合う時間は無い。いや、かわんごや、やまもといちろうなど、なんであんなにネットに使う時間があるんだというタフな社長達は残ってる。それとも社長から自由時間使えるのか?

タフでも暇人ということか? 俺はそんなタフじゃないので付き合えない。

キャンパスがこんな状況ならやはりフィルタリングするか、キャンパス卒業の時期なんだろうか。

元増田の問いかけに感謝する。

俺もネットとの向き合い方、時間の使い方を考え直したい。

とりあえず

1.めんどくさいがなんの理屈もない暴言だけのブコメを次々ブロックしていく

2.きれいなホットエントリーだけ見る。https://hotentry-sa.appspot.com/

3.はてな見るのやめて、ニュースレコメンドアプリで気に入った気に入らないの判定を積み重ねていく。

4.そもそもニュースなんか見ない。自然に知人から耳に入ってくるものだけにする。

あたりだろうか。他に何か手はあるかな?

2018-04-27

性差のないカタツムリになりたい

SNSでやりとりのあった男性。年はひとまわりほど上。私の文章面白いと言ってくれた。議論もした。対等な立場として扱ってもらえたことが嬉しかった。

しかし、先日送られてきたダイレクトメッセージの内容にぞっとした。結局、彼は私が自分よりひとまわりほど若い女だということにしか興味がなかったのだ。なぜこのような当たり前のことに気が付かなかったのか。私は本当にバカだった。

からチビ愚鈍でとんまだった。いつもバカにされていた。見返したい一心勉強した。7㎏減量した。化粧を覚えた。私の身長でも似合う服を探した。靴擦れしてもヒールを履いた(今はもう靴擦れは起こさなくなった)。

周囲の私に対する態度は目に見えて変わった。私は「かわいい」とか「きれい」とか言われる人にはなれないにしても、「ふつう」にはなれるのだと知った。

私は現在大学に通っているが、そのキャンパスときたら在籍する学生の男女比がほぼ8対2。そういう環境においては、男子学生にとって女子学生は「かわいい子なら目の保養、それ以外はみんな見世物である

女の子がいると緊張する」などという人がときどきいる。女の子?私が?きっと何かの間違いだ。私はこれまでの人生でそのように扱われたことはない。また、私になんの恨みがあるのか、知り会って間もない人から女の子は楽で良いよね」などと言われこともある。さすがに気分が悪い。なぜって私は今でも自分のfemininityとやらにまったく自信がないし、自分を「女の子」として売ってなどいないからだ。彼氏がほしいだとか結婚したいだとか子どもを産みたいだとか、そういうことも考えていない。

察しの良い方ならすでにお気付きであろうが、私は二次障害双極性障害を伴う軽度自閉症である勘違いされては困る。私は周囲の人間に対して病気アピールしたり、弱さを盾に自分要求を通したりすることはしていないからだ。感覚過敏の問題を抱えているため、教員には障害のことを伝えているが、まわりの学生(友達と呼べるような仲の人はいない)には言っていない。

私には自分に似た個体を作るなんてことはとうてい考えられない。誤解のないよう付け加えておくが、障害があるからまれてきてはいけないとは思っていない。ただ、私のように人生につまずいてしま人間を、私の手で産み出してしまうことにたえられそうもない。

話が逸れた。私が女扱いにうんざりするもうひとつ理由、それはおそらくミソジニー感情内面化されてしまったせいだ。インターネット世界でそのような書き込みを見ない場所ほとんどないだろう。私はそれらに反論する能力も、そのつもりもない。典型的な「身勝手な」女像、私だって彼ら(そして彼女ら)にとっては例外ではないだろう。

卑しい女である私には人間主体性なるものはない。あくまで選ばれる側。肉牛のようにランク付けられる側、いいや、これは不適切だ。私は肉牛ほど高い価値など持ってはいない。

弟は大学へは進学しなかったが、私よりずっと出来の良い人間だったといえる。学業スポーツも(私は幼少期、非常に活発で外遊びが好きだったが、絶望的に運動ができなかった)。専門学校を出て、小規模ではあるが優良企業への就職を果たした。一方私は精神を病んで大学を休学、復学はしたもの卒業はいつになることやら。だから父は昔から教えてくれていたのだ。女の子美人でなくても、賢くなくても、愛嬌さえあればいいのだと。近頃のニュースはなんとtraumaticなことか。「おっぱい触っていい?」と聞かれたことは何回あったっけ?これは形式上「おねがい」ではあるが、実際は「触るけど黙ってろ」という意味だった。こたつで足をからまれた。痛いからやめてと言ったら服を脱がすと脅された。

であることがいやになる。しかし私はmasculineな特性をなにひとつ備えていない。背は日本人女性の平均よりも低い。知能も劣っているだろう。

私は性差のない世界に生まれたかった。

2018-04-18

anond:20180418202442

なるほど。考えたことなかったけど、意外に合理性がある

他の学生キャンパスライフを綺麗な思い出にするとか、配慮対象はいろいろあるしな

2018-04-14

1年生がイキってた

自分大学は1.2年と3.4年でキャンパスが分かれているんだが、今日1.2年のキャンパスに行ったら(たぶん)新1年生がイキっててこわかった。

自分あんな感じだったのかな。

2018-04-07

anond:20180405203105

私のアホ大学まで東大になるのはうれしいが、結局「どこキャンよ?」ってなるんだよなぁ

いろんなランキングカリフォルニア大もキャンパスごとにカウントされてなかったっけ

それに都内国立大はともかく、他県の両立しないはずの地名がセットで入るのは混同を招くだけじゃないか

山口東京理科大学みたいなのは勘弁

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