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2019-01-16

景気悪化は目の前だ。消費税を上げてはならん。

https://anond.hatelabo.jp/20190116184649

好景気なんてまやかしだ。

米中貿易摩擦をはじめ経済不安定要因が多すぎる。

すでに景気悪化様相も見え始めている。

街角景気が大幅悪化企業部門は2年半ぶり低水準=12月景気ウォッチャー調査 | ロイター

https://jp.reuters.com/article/japan-economy-watchers-idJPKCN1P50G8

こんなとき消費税増税なんぞしたら景気悪化は避けられない。

そのための対策かいってるポイント還元など一時しのぎにもならないし、そのためにまた税金が使われる。

軽減税率などというが別に今の税金が安くなるわけでもない。

消費が下がったら消費税上げても税収減るかもしれんのだぞ。


消費税増税は止めねばならん。我々の手で!

我が国独裁国家ではない。

このままでは選挙に負けると政治家先生に思わせれば、消費税増税は必ず止まる。

あきらめてはならない。

anond:20190116100237

正に魔女ジャッジメント様相を呈していてなあ…

こういう参加者纏めてキャンプファイヤーで焼かれればいいのに。

2019-01-15

演技力

演技力に長けた知人女性がいる。

一見自立した強い女性なのだが、本人は常々「自信がない」と口にする。

ネガティブ思考だし、自意識過剰で気にしなくてもいいことまで気にしすぎて行動できないことも少なくない。

しかし要領がいいのかずる賢いのか、自信がなければ到底なし得ないようなエピソードをところどころ挟んできて、自分は明らかに凡人とは異なる特別な女なのだという印象を確実に与えてくる。

かといって決して鼻につく自慢ということはなく、過度の謙遜をするでもなく、「相手不快感は与えないが自分のことは最大限よく見せる」絶妙ラインを的確に狙ってくる。

うまいことオイシイところだけをもっていく技術に長けており、「いかにすれば自分を可愛くいい女に見せられるか」を熟知しており、それを確実に体現できる。

本当は自信があるのに自信がないふりをしているだけで、それは①あまりに自信ありげだと嫉妬されるなど自分不利益が生じるかもしれないからそれを回避するため、②自信がないふりをしておいたほうが周りが関心をもち助けてくれる可能性があるため、という計算あってのこと。

もちろんその計算様相は極力見せない(私は他の言動も含めて総合的に判断しているだけ)。

と、ここまで批判的に書いているように見えるかもしれないが、確かに妬ましく思うところはあるがこれだけ完璧に演じきってまんまとオイシイ思いをしている彼女には尊敬の念を禁じ得ない。

ていうか自分もそうなりてーw

2019-01-13

セカンドレイプ様相NGT48山口真帆さん暴行事件

今の時点での関与者探し

関与者ではないとの告白

そして、山口真帆告白に対しての余波に対する苛立ちを爆発させる。

そういったものは全て山口真帆本人にのしかかることをまるで分かっていない奴ら。

2019-01-08

Netflix聖闘士星矢プリキュア特撮の感慨と映画多様性の長いなんか

瞬を女性キャラ化した作り手のもう男だけで戦う時代じゃないという言葉に対して海外ファンセーラームーン画像をあげたって話を見てこの前の男の子プリキュアを思い出した

去年男の子プリキュアという話題に"子供価値観に影響するのに子供向け作品多様性のなさが続いてきた""やっとプリキュアから変わる兆し""女児向けだけじゃなく男児向けもそうなっていけば"的な戦隊ライダー比較しての内容が散見されてそれは普段偏見思い込みステレオタイプもの判断することの恐さや知ることの大切さでジェンダーを語る勢界隈のみなさまのツイートでもありそこに人間一種の業を見たようで軽くだけどもそこそこの衝撃を受けた

男の子プリキュアになれるようになったそのことに対して挙げられていたのが戦隊レッドリーダーサポート役にされるピンク弱い女性を守る男性としてのライダーといった特撮ヒーロー像でまた加えて女は魔法で戦う魔法は女が使うもの的な偏った女性像を今に残す(としている)魔法少女作品への苦言のようなものありさながらおっいつの時代の話してんだ?というような様相でそれらからそのみなさまが少なくともスーパーヒーロータイムテレビの前にいないであろうことは想像に難くなくそしてその自覚あられるはずでだけどもそんな自分の持つ子供作品像が像として客観的に語れるほどの経験に即したものではないという前提でもって"今に至るまでの子作品"をよく知らないはずの世界のことを主観による感想意見としてでなくそ世界の"事実"として嘆き"偏見の影響や知るということへのきっかけの重要さ"で説くその姿の皮肉さに人間どうにもならねえことはどうにもならねえんだなあというある意味人間への絶望のようなもの垣間見たようなそんな気になったし単純に興味深くも思った

恨み節ではあるけれどそれ自体が良い悪いという話ではない)

興味深かったのはそういえばと自分の一番古い戦隊記憶でさえ既に"女性ピンク"じゃなかったことに思い至ったからでもあり確認したら最初ピンクじゃない女性戦士が生まれたのは紅一点がシリーズではなく作品毎の個性となったのと同じ1985年女性戦士ピンクがいない戦隊1988年レッドじゃないはじめてのリーダー鶴姫が1994年シンケンジャー2009年でそして"女の子っぽさ""かわいらしさ"は弱さではないと示した桃園ミキちゃん1982年だった

ちなみにタックルちゃん1975年女性ライダーが生まれ龍騎2002年で15年以上前で当時映画館行ったけどそんな前でしたかね・・・というきもちに包まれ

彼女たちの存在はか弱い女性ヒーローが守るそれは"男性が強く""女性は弱い"なんて役割だけに駆られたものじゃなく"個"として大きな力を与えられたもの責任矜持からである証明体言し続けるものでありというかむしろ大きな力に対して正しくあろうと考え悩み倒れ打ちのめされたとえその力が手から離れたとしても確かに力強く立ち上がりより強くあろうとするそんな全てのヒーロー尊いと思うんですよ私は(早口

ただ好きなだけの自分の思い出とくわしくもない浅い記憶を照らしてもその程度は思い当たるところを考えると呆けたように口開けて見ていたブルースワットシュシュトリアンも多様性という面では多くの歩みの中のひとつとして少しずつでも前に進んでいるその象徴でもあったのかなあだとか魔法少女たちにしても思い返せば今では女の子定型として語られるそれらもその時代時代にして桃園ミキちゃんのように女の子という概念を強さとしてまたお転婆なんて気にしないわというような奔放な女の子像を投影して肯定的に強くキラキラと描くことで象徴としての姿を獲得して今に至るわけで家庭環境なんかの描き方や当然価値観も時勢において変化していて今回のプリキュアも劇的な快挙というより歩みを重ねての自然な結果だったのかもなあとかそんなことを考えていたのを聖闘士星矢の話で思い出したのだった

また性別においての役割に対する自分意識の薄さは子供の頃から作品によってどちらの性別が戦う姿も守られる姿も目にしていてそれが影響しているからかもしれないなんてことも思ってもいてそれは恐らく多様性が語られる上でここ最近名前あがりがちなブラックパンサークレイジーリッチオーシャンズ8が一方の肌の色や性別バランスだけから見るとむしろひと昔前の"白人""男性のそれと変わらないというようなそれとも関係していてそれは矛盾じゃなくそれこそが多様性におけるまさにカウンターパンチであり同時に今では偏っているとされる過去作品群をもそのまま個性として肯定内包し得る可能性を持ってもいて作品内をただ多様化することを是とするだけでは過去のまた例に挙げた作品でさえふるい落としかねないことからそこに加える形で全体の中で既存価値観ありきで同じ方法論をとることで多様性の雄となった認知と許容のパイを増やすそのやり方はいくらもたくましく見えるように思えるしそこでの聖闘士星矢に対するセーラームーンセーラームーンあげだまで同じチャンネルで続いて流れる戦隊ライダーなぎさほのかふたりはプリキュアニチアサなんじゃないのかと思ったのだった

問題なのは作品の中で一定立場人間が偏って役割につくことではなく作品を越えたところでの役割においての共通する偏りで必要なのは一方の価値観を描くことの優劣や是非を問うことではなくどちらもが個性として選択、許容されるということを示すことでだからこそ今回のプリキュア男の子が、イレギュラー的であっても戦隊レッド仮面ライダー女性でも"なれる"と示されたことはそれぞれのシリーズ史において前述したような主人公がその性別であることから役割だけではなく作品シリーズとしての"個性"として存在しているというのを改めて示すものでもありそれはきっと大きなことなのかもなあというようなことをぼんやり雑煮を食べながら考えたので記念に文字にしたのであった

雑煮白味噌だった

おいしかった

おしまい

リュウソウジャーとてもたのし

2018-12-27

ちんちんちんちんってうるせえんだよクソバ

 世の中には、怒って男を選ぶ奴は少数派で、怒っても男にならないやつも多い

まりは、日本には、怒ってない女か、怒ってる女かしかいないわけで、後者

一部が男のような様相を呈する時期があるだけで、本質的日本に男はいない

怒った場合に何になるかは人それぞれだし、教授教師裁判官研究者

成る人もいる。それをちんちんとは言い難い。いずれにしても、平成は昔から

陰険醜悪めっちゃ卑猥社会だったよ。その結果、一部が発狂して一見成功してるように

みえ社会があるように見えるだけで、最初からねえんだよ。

2018-12-24

怒ってる日本人世界がどんどん禿げており悲惨

 もうほぼほぼ意味はないのではないか金も関係ないし、国家天皇死神だし

 もはや生活用品現物支給以外に何か意味あるのか。

 怒っても何もいいことなさすぎて悲惨な反面、怒ってない日本人インターネット

 遊び放題だし、もはや、怒らない日本人の勝ちの様相を呈している。

 神も仏もいない。

2018-12-20

自意識が憎い

20年余り慣れ親しんだ両親から頂戴した我が顔面自分としては決して嫌いではないし、鏡の中では今日イケてるなと思わないこともない。

しかし、ひとたび集合写真に写ってみたり、気の迷いからインカメラで顔チェックなんてしよう日には改めて自分の顔が世間的に好まれ様相ではなさそうであると否が応にも自覚してしまう。

学生時代から同性ばかりの部活グループ所属し、異性との関係積極的に構築しようともしてこなかったわたしには異性と交流する機会は無に等しい。

両親や祖父母からはたくさん可愛がってもらえたし、わたしだって自分の子供や孫には同じようにたくさんの愛情を注いであげたい。

それは最早叶わぬ夢であるかもしれなくて、この社会や次世のためにわたしができることはほそぼそと税金を納め続けることくらいしかないのだ。

このような卑屈な発想に至ってしま自意識が本当に残念で、捻くれていて、孤独感に苛まれつつも一人いることへの抵抗が年々薄れていく、そんなわたし自我は何のための機能であるのだろうか。

2018-12-07

M-1の採点どうやっても燃える問題

M-1審査員って毎年だれか燃えてるよね。

今年は立川志らくの採点がおかしいと燃えている。

あと久保田武智でかすんでるけど上沼恵美子も採点炎上常連

炎上というほど燃えなくても「M1 採点 誰々」で調べたらまあ全員の悪口が出てきますわ。

お笑い視聴者各人に自分の笑った順位があるから自分認識とずれがあると「こいつはお笑いわかってない!審査員失格!」ってなるのかな。

それって自意識過剰過ぎない?

ネットでよく見るのが「視聴者投票で優勝決めろ」みたいな意見なんだけど、これなんか最悪でしょ。

おぎやはぎの件を知らんのかってのもそうだし、知らないにしても人気投票様相を呈するのはわかるだろって。

それこそ自分の笑いと違う結果になるよ。

自分の肌感覚と違うものを叩く風潮が強すぎるっていう話なんだけど、これってM-1というよりネット全体の風潮だよね。

笑いだと自分基準ができちゃうから表面化しやすいだけ。

そんなのを相手になんとか炎上しない採点方法を考えるなんて土台無理な話で、結局毎年誰かが猛烈に叩かれ、審査員の誰かが降りるという話になり、松本審査員引き受けてくれないネタ披露し…ってなるんだろうね。

なんか…暗くない?僕は悲しいです。

2018-11-28

2年加入したNTT労働組合を脱退しました

時流に乗るべく書きます

自己紹介

ここが変だよNTT労働組合

総評

2018-11-12

キム・カッファンに思いを馳せた日

ニュース韓国反日トピックが絶えない。

いつ頃からだったであろうか、自分韓国がらみのもの嫌悪感を持つ様になったのは。

もともと政治活動をする団体が嫌いで、街宣車軍歌を流す右翼も嫌いで、路上拡声器政権批判をする共産党も嫌いで、大人数で旗を持って練り歩く日教組も嫌いで、三角大福から続く自民党派閥政治も嫌いで、政治に無関心な「ノンポリ」だと思っていたのだが。

最近ネトウヨ記事に納得してしまう程に、韓国がらみの話に嫌悪感を覚える。

ウソウソと見抜ける人でないと…」とは解っているつもりであるが、(私の情報リテラシー問題かも知れないが)韓国人のごく一部だけが反日をやってるのか、世論として見過せないパーセンテージの人が反日行為賛同してるのか、韓国政府が主導してやってるのか、よくわからない。

そんな中、Steamゲームを漁っていたら、King of Fightersがいつの間にか移植されていたのを見つけ、懐かしく昔を思い出した。

格闘ゲームが好きであったがそれ程上手くはなく、ストⅡのフレームを争うストイック駆け引きについていけなくなり、餓狼伝説Spcialに手を出した。2D格闘としては大味ながら、相手の隙をついて超必殺技を叩き込む駆け引きや、奥行きを利用して逃げたりと、ストⅡとは別の楽しさがあった。当て身投げには痺れた。キャラも、柔道ムエタイ太極拳さらには闘牛士忍者など異種格闘技戦様相で、コミカルで魅力的であった。某忍者は勝つと胸が揺れるしな。

キム・カッファンテコンドー師範の熱い男。乱舞技がかっこよく、きれいに決まれば爽快であった。普通にキャラで人気があり、こればかり使っていると非難された。鳳凰脚の出だしモーションは、「テコンドーにはああやって間合いを詰める技があるんだよ」「人間あんな動きができるか」などと仲間内でもネタになっていた。

当時の自分韓国に全く悪いイメージはなかった。ジャンプ漫画あるあるネタを散りばめた韓国映画「火山高」が大好きだった(今調べたら2001年公開だから餓狼伝説Specialやってた頃よりだいぶ後だ)。萌え絵を描いている韓国絵師がいて、日本を好きでいてくれると思ってたし、言葉は解らないながら巡回リストに入れていた。ラグナロクオンラインもやっていた。

日テレビの東京オリンピックに向けての特集で、女子中学生高校生テコンドー選手を取り上げていた。「何で日本人なのにそんな競技を選んじゃったかね」とつい思ってしまったが、当時の自分が見たら普通にかわいいな!頑張れ!」と思ったんじゃないか想像する。当時テコンドーと言えばキム・カッファンだったが、今のイメージは「テコンダー朴」になってしまった。

韓国のものネガティブイメージを持つ様になってしまったのはいつ頃からなのか。

日本嫌いの韓国人が結構な数いるのだとしたら、それはいつ頃からなのか。自分韓国に好感を持っていた頃から、実は韓国側にはそんな感情があったのか。

近年でも、日本でそこそこ売れている韓国出身のアイドルグループがある。日本に長く滞在し、日本語ぺらぺらだから、彼ら・彼女らは日本が好きなのだろうと思ってたが、実際のところどうなのだろう。商業的に「君たちの使命は日本で売れることだ!頑張ってこい!」というのは当然あるにしても、日本が嫌いなのに日本語を憶えて、日本暮らして、ではまるで大戦中のスパイではないか。そんなメンタリティアイドル活動などできるのか。

キム・カッファンと久し振りに再会して、キム・カッファンが大好きだった自分を思い出して、そんな事を思った。

2018-11-06

30過ぎたけどまだ奥様相手に性を売れるかな

2018-10-31

anond:20181030110629

民主主義衆愚化したのはインターネットの影響だと思う。

ネットの発達によって良い面もあったが、政治決定や合意形成では悪い面のほうが増えた。

インターネットを通じて個人意見を集約しやすくなったが、その結果「丁寧だが地味で時間がかかり少しづしか変わらない改革」より「乱暴だがわかりやすい即効性のある対策」が好まれるようになった。何故って?大半の庶民政治参加したらさっさと結果が見たいから。

また困ったことに社会問題の多くはグローバル化の影響で多様な様相が加わり複雑になりすぎ「単純明快な答」がわかりずらい。「地味で時間のかかる改革」を続けても社会情勢の変化のほうが早すぎて散々我慢して待っても大した結果がでないことも多々ある。

そうなるととりあえず分かりやすい悪玉を作り上げてそいつを叩いたほうが手っ取り早く人気がとれるし、即効性の結果っぽい事例はできあがる。

民衆専門家が話すような地味でわかりにくい話よりも単純明快な回答が提示されたほうに支持があつまる。

中国のような独裁国家のほうが運営が楽なのは、こういう女心と秋の空のようにコロコロ変わる民意をガン無視して長期間かけて地味な政策を実行できるからだろう。

日本人を含め先進国民衆の大半はインターネットを通じて自分たちより恵まれた人たちとばかりくらべ、いか自分たちが損をしているか、何者かに搾取されてるかしか気にしない。だが自分らがいか世界の大半の人たちより恵まれいるかなんて事実は当たり前すぎて気にもしない。貧困嫉妬と妬みが渦巻いてインターネットでは悪意のほうが集合しやすくなる。

まり我々にインターネットは早すぎたのだ。

続・2018年秋の連ドラの第1話をいろいろ見ていく

2話3話と放送されててもあくま1話感想の続き。

 

『神ノ牙-JINGA-』※第0話

<あらすじ>

怪物に憑かれた人間を倒す変身ヒーロー

感想

あ、これは1話じゃなく0話という扱いらしい。内容的に0話を称する理由がピンとこなかったが、1話から違う感じの話になるんだろうか。

敵が人間の姿で登場し悲しい境遇怪物に憑かれたことを描くなら、人間の姿のまま退治される方が悲壮感があっていい気がするけど、アクション問題? 『牙狼GARO>』シリーズの関連作品らしくてそちらはほとんど見たことがないけど、そのへんの事情もあるのだろうか?

 

主婦カツ!』

<あらすじ>

夫に勝手仕事を辞められた専業主婦が外に働きに出る。

感想

主婦になるための活動ではなく主婦就職活動で「主婦カツ」っぽいことに違和感を抱きつつ見てたら、就職活動よりもパート先の弱小スーパーvs.大手スーパーみたいな話になりだしたけど、なんだかんだで最終的には正社員になるのだろうか。

夫の独断専行を悪びれない明るさがなかなか怖い。いや仕事を辞めることは必ずしも非難できると思わないが、事前に伝えることは分業を営んできた相手に対するせめてもの礼儀だろう。

 

黄昏流星群

<あらすじ>

夫婦不倫するのかな?

感想

佐々木蔵之介が妻の中山美穂を裏切って職場本仮屋ユイカになびかずに旅先の黒木瞳に惚れる一方、中山美穂の方は娘の婚約者らしきジャニーズWESTに惹かれるっぽいって、性別と年齢に着目すると新鮮さがある。

仕事で躓いて不倫へ走る佐々木心理ありがちながら丁寧に描かれてるし、中山の方は思いの外ドロドロの予感だし、悪くないかも。

 

昭和元禄落語心中』○

<あらすじ>

前科者が落語家弟子入り。

感想

岡田将生落語家の若き日だけでなく高齢名人である現在もがっつり演じさせるという無茶振りで、もう少し老けメイクを濃くしてもと思いつつ、しかしこれがなかなかどうして堂に入った演技だった。こんなに滑舌良かったんだな。

前科者の竜星涼も達者だし、話の緊張感も保たれてて、アニメ版たからもういいかなと思っていたが見続けたくなった。

 

『僕とシッポと神楽坂

<あらすじ>

古い動物病院イッセー尾形から受け継いだ相葉雅紀

感想

イッセーと相葉微妙に似てるけどべつに祖父と孫ではないのか。あといきなり相手任せにする無責任な継がせ方は相応の理由があるのか。

正体不明神主が都合よく重要情報を教えてきたりとか、広末涼子親子に何か起きるようなタイミングの「一寸先は闇」張り紙とか、山場となる犬の拒食が簡単な話しかけで解決したりとか、女性陣が主人公性的に辱める笑いとか、なんかモヤモヤが多い初回だった。尼神インター渚の変身っぷりはい意味で驚いたが。

 

『こんな未来は聞いてない!!』

<あらすじ>

田辺桃子ともさかりえじゃなく野呂佳代になって未来からやってくるラブコメ

感想

SUNNY』見てないけどたしかともさかりえっぽい雰囲気があるかも? いや吹石一恵の方が似てる? あれ中谷美紀になった? やっぱり京野ことみ? なんか場面によっていろんな女優に似て見える不思議な顔だな田辺桃子野呂佳代にはべつに似てないが。

気楽に見れるコミカルさで、恋敵の女子もなかなか手強そうでいいんだが、タンクトップの上に羽織ってたシャツを躊躇なく女子に貸せるなんてモテる男ってのは凄いな。

 

サイレント・ヴォイス 行動心理捜査官・楯岡絵麻』※第2話

<あらすじ>

栗山千明心理学で犯人を落とす。

感想

月曜から夜更かししてオールスター感謝してたら1話を見損ねたので2話で。

古畑任三郎』的な視聴者への語りかけが入って推理クイズ様相心理学が万能過ぎるが、それはそういう条件に基づくクイズなんだと飲み込んでしまえば悪くない。

栗山は下手とは言わないが、取調室内での犯人との長い攻防を演技合戦で楽しませるにはケレン味不足か。

 

『ドロ刑 -警視庁捜査三課―』

<あらすじ>

泥棒のおじさんがやる気のない若い刑事を手助け。

感想

泥棒自分の正体に気付いてくれた嬉しさから刑事に他の泥棒をチクるっていい話なんだろうか。BL的にはいい話かもしれないが。例えば強盗に対して許せないからチクるとかならまだ……いやそんな美学を振りかざされてもそれはそれでウザいし一課の管轄になって三課のドラマという希少性が無くなっちゃうか。

刑事の方はステレオタイプを誇張したような若者なのだが、これはこれで清々しく感じる部分もなくはないので、変に成長とかされるより徹底してくれた方がいい気もする。「今の若いのってみんなあんな感じなの?」「いや結構酷い部類ですね」と一般化に釘を刺す台詞には好感(余談だが『けもなれ』の同様のステレオタイプちょっと気になってる)。

 

江戸前の旬』

<あらすじ>

寿司屋の息子。

感想

職人世界だか何なのか知らないけど、普通に「教える」ことができないのって、客にも迷惑かけるよなっていう。

主役の須賀健太が見た目も言動漫画キャラっぽさがあると思ったらやっぱり漫画原作だったが、漫画の絵が須賀健太全然似てなかったのと巻数が95巻も出てたことに驚いてしまった。そりゃ全巻プレゼントも1名様になるよな。

 

今日から俺は!!

<あらすじ>

転校を機にヤンキーデビュー

感想

ギャグとはいえヤンキー文化苦手。ギャグで通し切るわけでもなさそうだし。そして福田監督ギャグも少々苦手。賀来賢人は頑張ってるとは思うが(願わくば演技に「どや面白いやろ」感が出ませんように)。

 

ハラスメントゲーム』◎

<あらすじ>

左遷されたスーパー店長本社コンプライアンス室長に。

感想

これは良かった。話自体の出来に加えて、唐沢寿明普段の食わせ物演技の面白さとここぞという時に人間味の見せて相手を説き伏せる演技の説得力が見事。単純なハラスメントの構図を避けても単純な逆張りにしないバランス感覚が作り手にあるかはまだわからないが。

 

プリティが多すぎる』

<あらすじ>

カワイイ顔を揶揄われてきた編集者の男がカワイイ至上主義女性誌へ移動。

感想

余所から入って侮蔑→受容というお仕事ものの一つのテンプレ感。ジェンダーから解放というテーマも入りそうだが、千葉雄大ならそりゃさっさとカワイイ和解した方が得だわな。……いや、男性が30以降もカワイイ武器にできるかとか考えだすと難しい話になってしまうか。

 

駐在刑事

<あらすじ>

警視庁刑事が取り調べ中の相手自殺されて奥多摩駐在さんに。

感想

連ドラの前に5回やってるらしい単発は未見。過去事件についていきなり「まだ終わっていなかったことにこの時俺は気付いていなかった」というナレーションで始まったり自殺者の姉が出てきたりするわりに事件についての説明が不足してて壁を感じた。一方で一話完結ものとしてのエピソードは2時間に拡大したわりに凡庸

 

部活、好きじゃなきゃダメですか?』

<あらすじ>

やる気のあるサッカー部員1人とやる気のないサッカー部員2人。

感想

ゆるい。そのゆるさが心地よかったり笑えたりするわけではべつに。

 

『ぬけまいる~女三人伊勢参り

<あらすじ>

しょっぱい現状の女たちが旅に出る時代劇

感想

B級臭さはいいとして、主人公自分を騙しておばさんと嘲る若い女たちを懲らしめても、主人公たちも年嵩の女の境遇を蔑んでたのでスカっとしない。主人公たちが未熟なところから成長していく話なのかもしれないが、若き日の輝きを取り戻すことを目標にしてるのがさらにつらく……そこも含めて変わっていくのかもしれないが。せめて三人の掛け合いがもっと笑えたりすればいいのだが。

田中麗奈ってべつに嫌いなわけでもないがなぜ主演の仕事が続くのかよくわからない。

 

まとめの私的1話ベスト5

1『獣になれない私たち

2『ハラスメントゲーム

3『昭和元禄落語心中

4『僕らは奇跡でできている』

5『PRINCE OF LEGEND

2018-10-24

お座敷遊び

お座敷遊びっていうものはとっくに廃れたと思っていたけど、全然そんな事なかったんだと気付いた。

キャバクラホストクラブ流行ったように、時代に合わせてお座敷遊びも変化してるだけなんだと思う。

ガワが変わっただけで本質的には同じことが続いている。

そういうのとあまり縁のなさそうに見えるオタク界隈も、実際はお座敷遊びイズムを継承している。

最近の例を振り返ってみるとモバマスがまさにそれだったと思う。

具体的には「モバマス」と「課金」という言葉が紐づけられたときから電脳空間におけるお座敷遊びというものを強く感じるようになった。

そしてモバマスに続くようにお座敷遊び系ソーシャルゲーム流行ることで、よりいっそう電脳芸姑に入れあげるオタクという風にしか見えなくなった。

一応それ以前にもドリームクラブというものもあったけど、そっちはあんまり電脳お座敷遊びって感じじゃないなと今は思う。お座敷遊びの再現のはずなのに、課金額的にはモバマスのようなお座敷遊び感はなかった。

ともかくソーシャルゲーム流行とともに、お座敷遊び系ソーシャルゲームシステムも洗練されていったのであった。

そして現在バーチャルYouTuberにおひねりを飛ばすのが、オタク界隈では当たり前になっている。

バーチャルYouTuberには、モバマスよろしくあらゆるタイプ電脳芸姑(男含む)がいる。

キャラクターの多さで言えばモバマスをとうに凌いでいる。

ブームからわず一年足らずでこの様相というのはいくらなんでも早すぎる。

さらに言えば、わずか百年足らずでお座敷遊びはここまで来たのかと思う。

段階を踏みながら着実にお座敷遊びというもの進化している。

当代随一の電脳芸姑と化したキズナアイだが、彼女自身もまたお座敷遊びイズムからは逃れられていない。

稼いだ金を、世界矢澤にこを引くために使っているからだ。

電脳芸姑が、他の電脳芸姑のためにガチャを回す。

ナンバーワン売れっ子キャバ嬢ホスト貢ぐ構図そのもの

あるいはソシャゲ開発者が別のソシャゲ貢ぐ構図の再現

夜の世界であろうがオタク世界であろうがやっていることは同じ。

人間の根っこは変わらない。

まりバーチャルYouTuber界の頂点はキズナアイではなく矢澤にこということなのだ。

ともあれ、これからますますディアスポラは加速すると考えられる。

そして、お座敷遊びも時代に合わせてさらなる進化を遂げるだろう。

私はその変化を因幡はねると共に見続けていく。

2018-10-22

定型発達児育児ツイッタラー見るのがつらい

子育て様相子どもの数だけ存在し、どうであれ固有の苦労があるから子育て中に感じた苦労について誰でも「大変だった」と言っていい。

と頭ではわかっているけど、「ものすごくお利口な定型発達児に恵まれてよかったですね」としか言いようのない子育てエピソード毎日のように能天気ツイートしてるやつが「こんなに大変だけどママやってます!」というスタンスでいるのを見ると、やはり感情的にはムカムカくる。

2018-10-20

anond:20181020130536

女子アナ田原総一郎様相が変わるのは、男女の差じゃなくて肩書役割の差でしょ。

田原アナウンサーじゃなくてジャーナリストキャスター原稿読みじゃなくて自分番組仕切ってニュースを作る立場から相手もそれ前提で話す。

男性アナウンサーがそうそうなっていない」と書いてるが、実際には男でも肩書アナウンサーなら相槌役になるし、女でもキャスター国谷裕子とかなら相槌役にはなってなかった。

もちろんキャスターにまでなれる女性が少ないという構造的な問題はあるが、「女なら聞き役」の例として出すのは失当ではないか

千田氏の問題提起説明してみる

はじめに

 キズナアイNHKウェブサイトにおいてノーベル賞解説記事に登場しておりましたが、そのことをきっかけに、千田有紀氏などが指摘をし、さまざまな方面から千田議論に対する批判が寄せられ、さらには社会学のものに対する批判もされているところです(これらをキズナアイ論争と呼びます)。

 ですが、そのざまざまな批判を読んでいると、「これって実はコミュニケーション不足で、伝わっていないんじゃない?」と思うことが多くなりました。いろいろあって社会学を学んだ人間として、それはちょっと悲しいなという思いがあったので、千田氏の問題提起ちょっと分かりやすくお伝えできればと思います

筆者の立場

 筆者は、社会学修士号を得ています。今は大学から離れているのですが、離れてそう長くはありません。専門は千田とも重なる領域家族ジェンダー)もありますが、教育メディアでした。

本稿のスタンス

 あくまで、千田問題提起がどのようなものに基づいて行われているのかを解説するもので、その意見妥当性とかは議論しません。私個人としては、千田立場に立てば理解でき一理ある議論ではあるが、だからといって、それは多くの人の理解を得る話法ではないし、その背景事情を一切踏まえていないのは、学術的に一定ポジションにある人のする作法としては疑問を感じているというところです。また、千田学術的貢献はいろいろな批判があるようですが、私は一定程度は評価しています

 なお、アカデミック作法は基本呼び捨てですので、ここでも、基本千田として書かせていただきます

千田氏の問題提起について

 キズナアイ論争のはじまりは、千田投稿記事です。https://news.yahoo.co.jp/byline/sendayuki/20181003-00099158/]

 ちなみに、現在10月13日)、追記もなされており、社会学者にはそれなりに分かる文章にはなっているのですが、一般の人はなおのこと分かりづらいことになっています。後に公表された、『「表現の自由」はどのように守られるべきなのか? 再びキズナアイ騒動に寄せて』記事による補足を踏まえて、まず、千田議論の要点をまとめてみましょう。

 (1) キズナアイNHK解説記事において「相づち」をする役割となっている

 (2) 「相づち」をする役割は、従来から女性が担ってきた役割である

 (3) 従ってキズナアイ解説記事における役割は、従来の女性が担ってきた役割を担っていることになる

 (4) そのことは、理系と呼ばれる分野で活躍する女性などに対して、好ましい状況を生むようなものになっていないのではないか

というところに整理できるかと思います

 社会学特にジェンダーフェミニズムを学んだ人だと、この4つの間を頭の中でこうかな?と繋ぐわけですが、普通の人はフェミニズムを体系立って勉強するわけでもないと思うので、「はて?」となるわけです。更にいえば、一つ一つの要点が「え?!」という感じになるかと思います

 千田議論理解するためには、とりあえず(1)は正しいものとして引き受けておいてください。そこが正しくないとなると、そもそも議論の前提が崩れてしまい、議論そもそも成立しなくなってしまうので、ご理解ください。

千田議論理解するための知識

千田議論理解するためには、いくつかの知識必要となります。一つは、千田の専門でもあるフェミニズム、もう一つは会話分析というものです。順に簡単に紹介しておきましょう。

社会学とは

 社会学は、社会対象とした学問です。といえば、早いのですがそれではよく分かりませんよね。社会学は、社会がどのように成り立っているのか、つまり社会の秩序はどのような形で形成されているのかを探求する学問です。例えば、古典的社会学特に日本戦後社会学では「農村」が特に注目されました。農村における人々のネットワークや、家族の在り方、そういうものに関心を持っているのが社会学です。

フェミニズムってそもそも

 フェミニズムを正確に定義することは困難ですが、フェミニズムを雑にまとめると、「女性地位を向上させようとする取り組みであったりそれを支える理論」というような言い方ができると思います歴史的には大きく2つのターニングポイントがあったとされています。それが「第1波フェミニズム」と「第2波フェミニズム」です。

 第1波フェミニズムは、1900年代ごろ、19世紀から20世紀へ移りゆくタイミングに起こりました。西欧諸国で主に婦人参政権を獲得する運動が中心に展開され、1920年代にはイギリスアメリカで実現をすることとなります。(ちなみに、日本はというと戦後婦人参政権が認められるようになるのですが、新婦協会青鞜社運動は同時代運動です。)

 第2波フェミニズムは、1960年代頃、社会運動が盛んになった時期に、女性らしさへの問い直しが運動として行われます代表例ではキリスト教社会では長らくタブーとされていた中絶合法化が挙げられます。また、この時代には女性が自らの自由に性を語るということが積極的になされるようになります

 いずれにせよ、その理論根底には、女性男性と同等の状況にないという認識に立っているということがあります

 第1波フェミニズムで焦点化されたのは、法律社会制度というものでした。第2波フェミニズムはというと、法的制度平等であっても、職場ではお茶くみに甘んじてしまっているし、男性と同じように性を語ることはできないというような、日常性差別特に焦点を当てていくようになるわけです。

 現代は第2波フェミニズムの延長線上にあります。#Metoo運動を始めとして、第3波フェミニズムがやってきているというような主張も時折みるのですが、第2波フェミニズムより後のフェミニズム運動について、多くの社会学者が納得しているような分類はまだ確立していないのが現状です。

マルクス主義フェミニズム

 上野千鶴子理論などを理解する上で重要キーワードが、マルクス主義フェミニズムです。そういう立場だと、だから上野千鶴子はそういう立場なのね、と理解できます千田議論もとりあえず、マルクス主義フェミニズム解釈すると、理解がしやすくなると思いますので、こちらを説明します。

 (フェミニズムにはさまざまな立場があります。ラディカル・フェミニズムリベラルフェミニズム等です。フェミニズム一枚岩ではないと、理解しておくと良いでしょう。)

 マルクス主義フェミニズムとは、先ほど、フェミニズム女性男性と同等の状況にないという認識に立っていると説明しましたが、そのような社会状況を生み出しているのは、今日資本主義社会システムなのであるといいます。で、これを理解するためには家父長制というキーワード理解しないといけないのですが、本題より長い解説になるので、そこら辺は上野千鶴子の『家父長制と資本制』をとりあえず参照してください。

上野理論を厳密に言うと、上野は、従前のマルクス主義フェミニズム教条的であるということで、それを乗り越える必要があると、主張をしています。)

 シンプルにいってしまますと、そのシステム資本制)の成立と密接に性差別を生む家父長制制度が続くため、性差別再生産(半分マルクス主義用語ではありますが)されていくということになります

会話分析

 会話分析というのは読んで字のごとく、会話を分析するというものです。まずは、社会学会話分析がなぜ重要になってくるのかをエスノメソドロジーというワードを使って説明したいと思いますそもそも社会学社会秩序はいかにして可能かを明らかにする学問です。そこで出てくる問いの一つにこの社会生活を営む人びとがやっていることを、研究者はどのように理解できるのかという問題です。

 この問題に答えたのが、ガーフィンゲルという人です。ガーフィンゲルエスノメソドロジーという手法提唱しました。エスノメソドロジーというのは、日常生活している人々が言動をどのように理解し、成立させているのかを、日常生活している人々の視点に立って記述するという手法です。

 エスノメソドロジーは、私たちの当たり前が、いかに「うまいこと」成立しているのかを見せてくれます。例えば次のような実験は非常に有名です。

A(被験者)「おはよう! 調子はどう?」

B(実験者)「調子ってなんだい?」

A     「いや、元気かどうかってことだよ。」

B     「元気かどうかって? どういうこと?」

こんな調子で話されると、本当に調子おかしくなりそうですが、こういう実験します。ここで浮かび上がってくるのは「調子」という言葉が、体調や近況を意味しており、それをお互い分かっているという「期待」をもって、Aは会話をしているということです。このような形で、秩序が形成されており、それらは記述可能な形で示すことができるとするというのがエスノメソドロジーです。

 会話分析の多くはこのエスノメソドロジーの考え方を踏まえて行われます。つまり、先ほどの会話のスクリプトのようなものを読んで、そのなかで、AとBはどのような「期待」をそれぞれ持っており、そこにどのような秩序があるのか? ということを考えているわけです。

千田議論を振り返ろう

 冒頭で、千田議論を強引に4点にまとめました。ここまでの道具を用意すればある程度説明ができます。それぞれの項目ごとにみていきましょう。

(1) キズナアイが「相づち」をする役割となっている件について

 そもそも実在人物は「先生役」とNHKサイトでも記載がありますように、ここで想定されているのは「先生」と「生徒」というコミュニケーションです。したがって「生徒役」となるキズナアイ基本的に「相づち」をする役割に当然のことながらなるでしょう。そもそも「生徒」の方が詳しいというのなら、「先生」が「生徒」の役割を担うことになるはずですし、「先生」と「生徒」という形で双方「期待」をもっていることは分かります別にこれが、男子生徒であろうと、まあこういう会話になるだろうなという感じではありますよね。

(2) 「相づち」をする役割は、従来から女性が担ってきた役割である

 これは、先ほどのフェミニズム議論が役に立ちますお茶くみとかの補助業務に当たっていたということは、先の説明でもしましたが、今日でも、「相づち」をする役割は、女性となっていることが多いです。例えば、新春の、一体誰がみるのかよく分からない県知事が語る!みたいな番組がありますが、あのとき大抵女性アナウンサーが話を聞いたりしていないでしょうか。このとき女性アナウンサーは、多くは男性である知事に対して、その発言がしやすいようさまざまな配慮をしながら、質問を重ねていきます

 そこでは、主役はあくま知事です。アナウンサーが主役となって、知事いじめていくというような内容になっていないでしょう。これが、でも、田原総一朗との対談だったらどうでしょう。一気に様相が変わってきますよね。また、地元財界知事の対談だったらどうでしょう。そこに「相づち」はあっても、「相づち」をする役割知事の対談者は決して担っていないと思います。会話の主体になっているわけですね。地元財界の人が女性でも、この場合だと「相づち」の役割はまあしないかと。

 ここでポイントになるのは、知事一方的に語るというような形式を取る時には、女性アナウンサーがその役割を担うことになり、他方、双方共にしゃべる場合には、女性活躍機会が途端に減ってしまうというということです。これは、私たちイメージレベルでも大体共通しているのではないでしょうか。(もちろん、個別具体で違う話も多く、徹子の部屋黒柳徹子をどう評価するかは難しいところですが。)

 もちろん、これは、女性知事と同等の立場役割を担っている機会が開かれていないから、そのようにならざるを得ないという側面も当然ありますが、男性アナウンサーがそうそうなっていないということは、一つこのことを証明するものであるとも言えます

(「相づち」をする役割も高度な役割であるということは決して忘れないでください。)

(3) 従来の女性が担ってきた役割キズナアイ

 ここで、議論はもどってきて、キズナアイは「生徒」役ではありますが、「先生」の発言を引き出すという意味で「相づち」をするということで、記事トップにも出てくる主役のはずが、補助的な業務を担わされていることになります。このときキズナアイ女性と見なすと、これまで女性が置かれていた立場女性積極的に前に出られる環境制度上はなっているにもかかわらず、結局はそうはなっていないという状況と重なる部分はあるでしょう。

 再び、徹子の部屋黒柳徹子イメージすると良いかも知れません。徹子の部屋における黒柳徹子は独特の立ち位置で、徹子の部屋を見て黒柳徹子は単に「相づち」をうつ役割だけではない、ということが理解できるでしょう。なんなら、黒柳徹子の方が目立っていたりします。対談の形式が、黒柳徹子お客様を招いて話をしてもらうというホストであるためであり、従属的関係になっていないというところに、このキズナアイ対談と徹子の部屋の決定的違いがあるのだろうと思います

 そうして比べてみると、キズナアイ女性役割再生産するということになったというわけです。これは、性別役割分業を進めていくものであり、女性にとって活躍の機会が減ってしまうというのがフェミニストたちの主張と結びつけて考えることが可能なのです。

(4) 活躍する女性への影響

 この時、女性は従たる役割を担わされるわけで、その期待が持たれます。そうなると、女性は、主たる役割を担える存在なのにもかかわらず、その期待から、従たる役割を担い続けなければならない、そういった状況にはまってしまうのです。そして、そうした悪循環から脱却しなければならない、というのがフェミニズム基本的な主張です。

 このような女性観で考えられると、女性にとって好ましい立場ではないという千田の主張はそう的外れものではないということは理解できるでしょう。

千田氏の議論の失敗

 千田議論をするという状況を作り出したことでは成功していると評価できますが、その議論の中で、自らの論理妥当性を提示し納得してもらえたかというとそうではないと思います。後の対応によるところも多いのですが、それは、実は最初きっかけともなった記事の一番最後文章であると私は考えます

なお10月3日、9時の時点で、スマートフォンから見ると、キズナアイバストショットしか見えない(パソコンでは、へそなどの下半身が見える)。

 この一文が最後にあることで、キズナアイの見た目(容姿)を問題にしたいのか、と思ってしまう人も多いと思います千田氏は、後の議論でも、キズナアイ役割に焦点を当てており、容姿問題にしていないといっているのですが、冒頭の太田氏の議論あいまって、多くの人が混乱したと推察します。そもそもキズナアイってあくまAIであって性別を超越した存在なはずなのに、性別二元論に回収されちゃうのって、なんだかなと。

 さらにいえば、表現問題に回収してしまったのがかなり難しい問題にしています表現問題にすると、結局妥当表現は何かということに行き着き、その線引きは複雑になってしまい、誰も理解できなくなるため、神々の審判でも仰がなければ、なんとも言えないと思います

 まあ、この発言が全てのオチかと思います

本人が個人的に自説を語るのは「自由」の範疇だが、それを公共空間に置いたらどんな意味もつのか、少しは配慮すべきだったのでは?

https://twitter.com/chitaponta/status/1051615591004438529]

2018-10-19

anond:20181019003937

なんで人気あるかって、ルックス良くて卒なく立て板に水のように喋るからっていうのが大方の理由だろ

自身支援した連中が軒並み落ちまくってるなかで山本太郎本人は国会議員やれてるっていうのも山本太郎ルックスが良くて有名人でハキハキ喋るからっていうことだと俺は思うよ

まあ日本参院カナダ首相じゃだいぶ様相は違うけどさ

2018-10-15

[] 【9】2018秋、ベトナムホーチミン

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anond:20181015000834





予言


ホテルの日々が素晴らしいものだったとは言え、そのまま10時間まりラウンジでぼうっとするのも退屈だ。

昨日訪れたH.I.Sのホーチミン支店にまた行って、素っ気ない日本人スタッフに勧められたお土産バインミーラスクを買おう。

ホテルを出て地図確認すると、残り少ない旅のタスク、チェーを食べられる店がすぐ近くだった。

そうだ、行けるなら行っておこう。

店のあるベンタイン市場を再び訪れた。


広大で複雑なベンタイン市場で、目当ての店を見つけられず、別のお店のお姉さんにスマホを見せて尋ねると、すぐ背後を指さされた。

あ、これか

店のおばさんにメニューを手渡され、指差し注文すると、おじさんに手招きされて、プラスチックの赤いベンチを指さされた。

座ってまてという事らしい。

いい歳をして、疲れて来ると頬に掌をあてて首を傾げる癖があるのだが、おじさんはそれを観てマネして笑った。

こっちも笑う。

程なくカラフルなチェーが運ばれてきた。

その場で食べる場所はあったのだが、歩いて食べたかった。

チェーを片手に、ホテル正面の公園に戻る。

スプーンですくうと、ココナツミルクの中からグミの様に色取り取りな正体の分からないものが出てきた。

一口すると、色彩のドリーミングさに反して甘さは上品だった。

やはり、ホーチミン美食の街だ。


大した苦労もなく辿り着いたH.I.Sのラウンジ一休みしながらこの旅行記を書いていると、ベトナム人スタッフ若い日本人スタッフが近づいて、なにやらレクチャーを始めた。

「すいません」の使い所に関する話らしい。

かに日本人象徴する様でいて、いろんな場面でそれぞれ違う運用をされるよく分からないフレーズだ。

結構長い間話は続いたが、ベトナム人スタッフはしっかり腹落ちしてない様だった。


まあまあ一息つけたし、旅行記を書いていると時間も過ぎて行ったので、バインミーラスクと、追加で缶入りクッキーを買ってホテルに戻る事にした。

途中、昨日スマホしか撮れなかった中央郵便局サイゴン大教会 with マリア様カメラで撮る。

ホテルへの道すがら、ホーチミンでもう一つの近代商業ビルビンコムセンターを覗いてみる。

テナントのH & M のシャツは429,000ドン

日見サイゴンセンターシャツよりはお安いが、ホーチミンにおいてはファストファッションの値段ではない。

そう言えば、平日の昼だというのに、地べたに座った若者が辺りにはいて、一度は声をかけられた。

新卒一括採用などきっとないベトナムだ。

若者失業率は高いのかも知れなかった。


本屋を物色したのち、もう少し気になる建物もあったが、海外一人旅で軽々しく予定を変えないというのは鉄則だ。

16:00頃に戻るという約束通りホテルに向かう事にした。

失業率はともかく、異国のユースカルチャーは気になる。

ファミリーマートで運よく見つけた雑誌を買い、ホテルに戻った。


約束通りホテルに戻った後、朝に教えられた2Fのラウンジに向かう。

一瞬止められるかと思ったが、そんな事はなかった。

ただ、2Fに行ってもラウンジはない。

あるのは、スパジム、そしてプール

そう言えばスパが利用できるという様なことを言われたが、荷物をどうしようとか、湯冷めしそうとか思って、プールサイドに行くことにした。


プールサイドバーでは、お兄さんとお姉さんが笑顔で迎えてくれる。

バーカウンター前のテーブルに陣取り、マンゴー香りづけされたグリーンティを頼んだ。

フレーバーについてお兄さんが念押ししたのは、自分日本人だと分かったからかも知れない。

問題ない。

そういうのが良かったから。

プールでは5歳ほどの少女が遊んでいる。

とうとう雨には当たらなかったな。

これは勝ったのか負けたのか。


勝敗は意外な事にすぐ明らかになった。

ファミマで買ってきた雑誌を眺めていると、プールの水面に幾つもの同心円が広がる。

すぐに雨足が強くなり始めた。

What a thing!

なんて事だ!

ベトナムの事など大して知らなかった時からあった、あのビジョンそのままに、俺は今、お茶を飲みながら雨の水面を観ている!

完璧だ。

でも全然呆然とはしていない。

レインシートの下で雨に濡れてはいないのに、目が濡れてきた。

こっちの勝手な感動をよそに、雨足はますます強くなり、スコール様相を呈してきて、これは言い訳できないくらい完全な夕立だ。

夕立もきっと来るだろう」

予言はまたしても実現する事になった。

激しい雨にお兄さんはもっと奥の席を案内する。

移動しながら大声で笑った。

もう予言の書を確かめしかない。

スマホMV再生するとやはり涙が溢れて来る。

海辺の砂浜に一人寝転がる4,000年に一度の美少女は、イントロでビーチパラソルの下から立ち上がる。

場面が変わって様々な仲間が次々に現れ、共に歌い、踊る。

画面の中ではやがて曲も終盤に差し掛かり、片や画面の外では雨足が弱くなり始める。

画面に目を戻すと、アウトロで、長い黒髪予言者はまた独り、青空の下、晴れやかな表情でフレームの外に駆け出して行った。

完敗だ。


【10】2018秋、ベトナム、ホーチミン Day 4-5|ありのまま、恋と愛、バインミー へ >>

2018-10-10

なんつうかネットって「眼差し」がないよね

めちゃくちゃベタに言えば昔はさ、誰でも何か悩んでることがあるから強そうに見える人でも強がってるだけだったりとかそういう相手にたいする余白的眼差しみたいなものがあったと思うんだけどネットにはほとんどないよね。

いや現実でも形式的人間観で喋る人いるから個々人の問題なんだけどネット特にそういう形式物事をあてはめて喋る人が多いなって印象を受けるな。

そもそもさ、ブログとかで心情を吐露するでもないツイッターとかはてブの短文反射コメントでその人の人格を決めるのって無理があると思うんだよね。言語なんて所詮言語しかなくてもっとノンバーバルな態度にこそ人格は宿るしむしろそっちのほうが重要だと思うんだけど

すこし前に誰が言ったかより何を言ったか論争ってあったけど誰が何を言ったかって本当はどうでもよくて誰がどんな雰囲気で言ったかってことのほうがむしろその人を理解するのに役にたつと思う。別に言語を軽視しているわけじゃないけどさ、言葉ってけっこうミスが多いものから過誤や誤解を生みやすいと思うんだよね。特にネットのように言葉だけでコミュニケーションするとそういう現実人格乖離してその人を認識するってことがたぶんにあると思う。

その人がどういう人物なのか知るのにネットに何を書いたかって要素としてはほとんど意味がないんじゃないかなあと最近思ってきた。コミュニケーション様相が「過言語化」してきているのを感じる。もっと言語的なものにこそ人を知るのには重要ものがあると思うしその点でインターネットってたぶん人を知ることに関してはほとんど無意味・・・とまではいかないけど未熟なツールであると思うな。

2018-09-28

路地ガールズバーで働いてきた話

当然ながら、人で賑わう街には昼の顔と夜の顔がある。六本木銀座のような地ですらそれは変わらない。

私は、キャリアカウンセラーを目指しているごく一般的な女だ。レズビアンだけど。

今は学費稼ぎと、「ナイトワークという仕事経験してみたい」という気持ちナイトワークをあれこれ探してみている。現在進行形で。

その時ふと見つけたのが、地元からもほど遠くない場所ガールズバー求人

その門を叩いてみたときの、悲しさと温かさを忘れないうちに書き留めておこうと思う。

水商売についての求人はなんだってだいたい嘘だ。ショットバーですら蓋を開けてみたら「研修期間は時給950円ね」がザラだ。

その中で今回見つけたガールズバーの時給は2000円だった。

今回も、そうは言っても1500円が良いところだろうと決めてかかった。あとはドリンクバックとかそんなもんだろうと思っていた。

それでもドリンクバックで稼げばいいし金銭感覚狂いすぎてもなと思ったので今後そこで働く気満々で応募した。

ママからの返事はものすごく可愛かった。絵文字が散りばめられていた。どうやら日本の方ではないらしく日本語が微妙に間違っていたが、すごく可愛かったのだ。

私はママ絶対会ってみたいと思った。

そして、当日私はママに会いたさ半分、お金欲しさ半分で店に向かった。

普段は通りすらしない道だった。大通りから一本外れるだけでガラッと様相が変わる。

大通りパチンコ屋やゲーセン居酒屋が並んでいて歩く人々もヤンキーじみていたりするので、決して治安がいいとは言えない。

けれど、それよりもっとアンダーグラウンドなのだ

それは本当にスナックというのか?というような、ボーイがキャッチに出ているスナック熟女パブ。謎のクラブ。あと、普通に美味しそうな多国籍料理店。そんなものが立ち並ぶ。

まりにも似たようなネオンが多くて、私はキョロキョロしながら店を探す。すれ違いざまに男の人と目が合う。見られている。普段、女一人で歩く場所ではないだろう。鶯谷とはまた違う雰囲気

そしてやっと探し当てた目当てのお店。ガラス張りのドアから内装が外から見える、可愛い

ドアを開けると、カウンターに若くて綺麗なお姉さんが一人いた。

私は、「今日面接なのですが…」と告げると気さくに話してくれて、ママが他の店もやってるから面接はそっちでやるよ、連れてくね、と対応してくれた。そして親切にも連れて行ってママに紹介までしてくれた。

ようやく会えたママは、メールの文面通り優しくて可愛らしかった。やはり外国籍の方だった。

簡単なことを聞かれて答えて、「ま、とりあえず働いていくでしょ?やってみなきゃわからないもんね!」と体験入店を快諾してくれて、おまけに「後でご飯作ってそっち行くからね」とまで言ってくれた。

私は温かさに心から安堵した。

優しすぎてもしや本入店したら豹変するのか?と不安になったので、面接にずっと付き添ってくれていた女の子に帰り道で普段からあんな感じなんですか?と聞いてみた。娘のように扱ってくれるそう。毎回賄いは何がいいかと聞いてくれるらしい。

本当に温かいママのようだった。

バーまで着くと、女の子は呼び込みをしていた他店のボーイさんと話し込んで、私にふと鍵を預けてコンビニに駆けていった。

当然ながら体験入店の私はそんな大層なものを預けられて困惑した。それを見かねたボーイが立ち尽くす私に話しかけてくれた。

「行っちゃったね」

「うーん…どうしよう、鍵預けられちゃいました…私初日なんですけどね!?

「そりゃもう開けていいってことじゃない?いや、ダメって言ったら俺が怒ってあげるよ、初日女の子にそんなもん預けて開けるななんてかわいそうだろ!って」

ボーイさんは他店なのに、というかもはや客を店に呼ぶ呼ばないのライバルだろうに女の子にも私にも優しく接してくれてなんだか泣きそうになった。ボーイさんに背中を押されて私はバーの鍵を開け女の子の帰りを待っていた。私が金を持ち逃げでもしたらどうするつもりなんだよ、と思いながら待っていた。

帰ってきた女の子に聞いたら、話しかけてくれた彼は別に知り合いでもなんでもないけれど、よく顔を合わせるボーイでたまたま煙草を奢ってくれたそう。

その不思議関係も、私にとっては初めて見る世界だった。

その後は制服に着替えて普通にオープン作業をした。なんでも適当適当に置いといてー、適当に机拭いてー、そんな感じの緩さ。女の子煙草に火をつけちゃったので吸っていた。

緩さが快適だった。不潔ではないのに、カッチリもしすぎていない。本当に過ごしやすい。

後ほどもう一人女の子が来て、営業時間が始まったので私達は外に出てお店のアピールをしていた。

それも真面目ではなくて、他愛もない会話をしたり、ふざけたり、何も辛くない。

あたし達は客選ぶからね、と言って、通る人みんなに声をかけるでもなく立っている。目が合った人にどうですか、と言うだけ言ってみる、みたいな感じ。

ここはこれでいいのだなと思った。緩さがなんとも心地よかった。

だが、一人で残されるとだんだん何か物悲しくなって、自分大安売りしている気分になった。まるで安い遊郭の窓から外に声をかける遊女みたいなイメージ遊郭のある時代に生きていないかあくまイメージだけれど。

この言葉女の子たちや働いている人を貶す意図はなくて、単に自分がそう感じたというだけである。現に女の子は呼び込みなんてろくにやってない。そういうシステムから外に立っているだけで早く引っ込みたいと漏らしていた。

だけれど私は店というより雰囲気に引っ張られやすいので、この歓楽街自分が一体化して、裏道の住人になってしまうような、そんな感覚を覚えてしまった。

そこで働く女の子が安い女なのではない。単に自分マインド問題であって、当然道に立っているガールズバー女の子は全員が安っぽい女の子ではない。安売りしている子もいるにはいるだろうと思う。けれど言いたいのは働く人云々ではなくて、いかんせん治安が悪いので、私がこの地に居座ったらその治安の悪さに染まる気がするというだけの、自分の弱さの話。

ここに一線を引いて、この行為や街と自分関係ないのよと思える人、本当に自分を安売りしている人、仕方なくいる人、様々いると思うけれど、少なくとも私と一緒に立っていた女の子や他店のボーイが惨めに見えたりはしなかった。

途中で罵声を浴びせながら歩くおじさんが突然ボーイを突き飛ばして歩いていった。私は驚愕したが、ボーイは笑って服を直していた。一緒に店前に立っていた女の子も「やば!」と言うだけで笑っていた。よくあることなのだろう。

この事態を笑ってあしらえる彼や女の子が本当に強く見えた。

お客さんが来てからは楽しく働いた。お酒も貰って、酒に強いので飲んだ。さして上手くもないカラオケ披露すると、女の子拍手してくれて、お客さんは手拍子と、加えて二杯もドリンクを入れてくれた。乾杯は数え切れないほどしてくれた。少し面倒くさい話をするが、私のさして面白くない話や相槌にも反応してくれる優しいお客さんだった。

そのお客さんが帰ったあと、私もほどなくしてあがりになった。

ママにどうだったかと聞かれて、私は純粋に楽しかったですと伝えた。これは本心である。本当に楽しく過ごさせてもらった。少なくとも前に少しだけ勤めたキャバクラよりは遥かにしかった。

日当を貰ったが、厚生費マイナス以外は本当に2000円の時給だった。

弁当も食べさせてくれた。とても美味しくて笑ってしまった。

最後まで優しいママで、お店に空きが出ていたらシフト入れてあげるから連絡ちょうだいねと言って、笑顔で見送ってくれた。

帰り道、雑に散りばめられたタイルの道にハイヒールをつっかけて転びそうになるたび、ピンサロキャバクラのボーイさんが「大丈夫?」と声をかけてくれた。「気をつけてね」とも言ってくれた。自分の店に勤めている嬢でもない私に。

夜の歓楽街は泣きそうになるほど優しかった。誰も私にセクハラしたり、スカウトしたり、まして罵ったりなんてしなかった。純粋心配言葉をかけてくれた。

朝の品川駅闊歩するサラリーマンならまずかけてくれない言葉をたくさんかけてもらった。

あの裏道に行くことはもうないだろう。

私はあの街では生きられないと悟った。あの街で過ごしてしまったら、環境に左右されてしまやすい私ではすぐに街の色に染まって、身も心も安い女になってしまうと思った。彼らのように、一線を引いて自分と街を結びつけず働くことが私にはできない。

それでも、その裏道に夜の世界の温かさがあったことは一生忘れたくない。昼の世界で感じられない温もりに包まれて、思い出すたびに今でも泣きそうだ。

朝の満員電車では訳もなく肘鉄を喰らい足を蹴られ何もしていないのに舌打ちをされ、職場では若いからと見下されて飲み会では下ネタを振られ辛い思いをして帰ることが当たり前だった私には、その温情がたとえ下心であろうと何であろうと、言葉にできないほど心に響いた。

からここに書き留めたかった。

記憶からなくなる前に書き留めておきたかった。

さようなら歓楽街、愛しく優しいネオン街。

足を踏み入れなければ見えなかった景色を見せてくれて、どうもありがとう

私は絶対に忘れない。

2018-09-23

アスペルガー症候群と会話

 アスペは会話に支障があるのかという話題当事者当事者を見ている人でないと分かりにくい。アスペは「言語障害がない」と定義されているのだけれど、相手の心が分からないことによって会話に支障が生じることはある。酒鬼薔薇王国SEO合戦をしている天野さん(仮名)はアスペ可能性がある。

 けだし普通人間は「文法的な正確さ」よりも「フィーリング」で喋っている。しかしそのフィーリングなるもの普通の人と異なるアスペは、時として他人の言ったことをまるで理解していないかのような様相を呈することがある。

 しかしこれらは「知的能力」と「長期的な視野」によって補うことができる。相手の心は分からずとも「積み重ねられた事実からまれ文脈」は理解可能からだ。

2018-09-22

自分の意に沿わないというだけで

文句言ったり作品の設定にケチ付けるやつが多すぎる。

SNSなどで公式アカウントへ噛み付いていくやつとかホントなんなのか。真正のアレか?)

そりゃどこぞの作家みたいに途中で面倒になり今まで書いてた作品適当描写でめちゃくちゃにして終わらせただとか、オリジナル作品を銘打っておきながら流行りの要素を盛り込んだだけの設定チグハグだらけな作品とかなら、たとえそれが公式だろうが文句の1つや2つ言っても許されるとは思う。

しかし単に自分の好きなキャラ自分の好みの行動を取らなかっただけで公式設定が間違ってるというのは控えめに言って頭が痛すぎる。

そもそもからし作品作りにおいてこのキャラはこんな考えを持っていてこういう行動をするといったような構成は一番始めに行われるものであり、後から大幅に変わるものでもない。

(まぁそのキャラの芯となる部分以外においては、作品全体の流れの中では大して重要じゃなかったりで余り煮詰められず、長期にわたる作品だと後々矛盾点が見つかるということもあるだろうが。ギャグ漫画とかだと特に

自分の思っていたものと違う行動をとったのなら、単純に自身の考えが間違っていただけでそのキャラにそういった側面があるのだと納得するのが筋だ。

創作上のキャラとは言え、それぞれに考えを持っているのだから、意外な強さを持っていたり逆に脆い部分があったり、もしくは周りの環境で成長したり間違ったりと様々な様相を見せ変化するのは当然というもの

そこを楽しむのが作品を受け取る側の正しいあり方だろう。

もちろん楽しみ方と一言に言っても受け取り方はそれぞれの自由。意外な一面にそのキャラファンになるのもいいし、逆に嫌いになるのも許されるだろう。

ただ、自分の考えと違うから公式の設定が間違ってるなどと言い出すのは全面的にお門違い。

妄想して楽しむ分には二次創作だろうがなんだろうが自由だが、個人の頭の中の勝手妄想公式に優って良い訳がない。

そんなことが許されたら受け取り手それぞれの勝手妄想に付き合わなければならなくなり、作品破綻するのが目に見えている。

Web小説をよく読む人なら見かけたことがあるだろうが、自称読者様の我儘な注文(難癖)に一々答えて作品崩壊していく様は本当に地獄。。。)

あと、スピンオフ4コマ的な作品キャラ描写にあーだこーだ言う奴もどうかしてる。

あいうのは公式ネタを元にしたギャグであってあんなこと言わないこんなことしないなどと言うものじゃないだろうに。

(というかそういうシリアス描写は本編でやることであり、番外編に求めるものじゃないだろうと)

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