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はてなキーワード: 食品とは

2024-11-19

anond:20241119182351

麺類総称としての「そば

日本蕎麦店の「五目そば

中華そば焼きそばなどのように、原義から離れて麺類を「そば」と通称することもある。これらは中華麺を「中華そば」「支那そば」と呼ぶことに由来するものであり、蕎麦粉を用いていないにもかかわらず「そば」の名が定着している食品もある。食品衛生法では、焼きそばラーメンなどに「蕎麦」という漢字表記を与えてはいけないとされており、こうした用法場合は「蕎麦」の字は用いず、ひらがな表記するのが通例である

2024-11-18

anond:20241118095931

すごいね日本、そんなところで世界一なんだ!エンゲル係数V9って、まるで甲子園常連校みたいで誇らしいね!でも他のG7、なかなか追いついてくれないのは残念だね…。もしかして、他の国は国民が余裕あって、食費以外にお金使えるってことかな?いやいや、きっと日本特別食事にこだわりがあるだけだよね!だって高級な食品やら贅沢な加工品が大好きな国民性だもんね!

それとも…あれ?もしかして庶民必死にやりくりしてるから上がってるとか?いやいや、そんなわけないよね!みんなが裕福で美味しいもの食べてるからV9なんだよね!うん、やっぱり誇らしい!

2024-11-17

anond:20241117071457

ケーキフラット食品として見た場合、二口くらいで胸焼けするし満腹感はないし甘いものは食欲もそそらないから誰も積極的に食べたいと思わんもんな

何かそこに付加価値がないと選択肢ない食べ物

2024-11-16

anond:20241115201537

お金に着目していると勘違いやすいが、実物経済で考えるなら、労働力の遊休でも起きていない限り生産はその時点時点で技術的に頭打ちで、するとその生産物を誰かが多く消費できるようになるには誰かの消費を減らさないとならないことが分かりやすい。減税したら全ての消費者が購買を増やせるわけではない。その中で高所得者ほど減税額が大きい減税なんてものをやったら、低所得者は消費が減ってしまうんだよ。おそらく今だと食品サービス価格が上がるという形でな。

今のように人手不足が起きているのではない、労働力の遊休が起きている時期であれば減税によって雇用が増えて生産も増え、みんなの消費が増える事態もあり得るが、いつでもなんでも減税したら得ってことじゃないんだわ。

anond:20241115200210

リカデントどこに売ってんねん

どこのスーパードラッグストアに行ってもリカデントが無い。あの噛み応えと味の持続力は他のガムじゃ替えが効かないのに。

少し前まではたまにツルハドラッグで目撃したんだけど、ここ最近はCloretsとXYLITOL外来植物みたいに繁茂してきてガムコーナーの席が奪われている。あん外人のtinpoみてぇなフニャフニャのガムなんか食えるか。

耐えかねてAmazonで買ったんだけど、Amazonで買うと3個セットとかになってちょっと多い上に、3個全部味が統一されていて嫌だ。しかAmazon食品買うの少し怖くねーか。封切られてなかったか大丈夫だと信じて毎日食べてますよ。

しかし今机の上に置いてあるリカデントボトルの底には残り3粒しかないので今日明日には何としても手に入れなきゃいけない。

回った店舗

ライフ

サミット

オオゼキ

OK

ココカラファイン

マツモトキヨシ

ツルハドラッグ

サンドラッグ

マジでどこにあんねん

2024-11-15

anond:20241115144502

いやいや、マジでそんな単純な話じゃねーだろ。エンジン切ればいいって、現場のこと全然わかってねーな。

まず、冷凍車とかだとエンジン切ったら冷凍機が止まっちまうんだよ。食品腐らせて責任取れんのか?

それに、荷物の積み下ろしにはパワーゲートとかリフターとか使うこともあるだろ。これらはエンジンから電力もらってんだぞ。エンジン切ったらどうやって動かすんだよ。

さらに、夏場なんかエアコン切ったら車内が地獄みたいな暑さになるんだぞ。熱中症で倒れても知らねーぞ。

それに、エンジンの頻繁な始動停止はバッテリーにも負担かかるし、エンジン自体寿命も縮めるんだよ。そんなの知らねーのか?

要するに、お前みたいな現場知らずが適当なこと言うなってこった。

anond:20241115144250

EVトラックメリットってCO2削減とか燃料費削減とかばっかり言われてるけど、作業環境改善って意外と見落とされがちだよね。

排ガス吸わなくていいってのは、ドライバー健康にも直結する重要ポイントだと思う。特に閉鎖空間での作業が多い物流業界にとっては、マジで画期的メリットだわ。

さらに言えば、排ガスがないってことは、食品とか医薬品みたいな繊細な荷物を運ぶ時にも安心だよね。荷台に排ガスが入り込む心配がないから、品質管理的にも一歩先を行ってる感じ。

あと、静音性の高さを活かせば、夜間配送とかも近隣住民迷惑にならずにできるかもしれない。24時間稼働できるようになれば、物流業界生産性爆上がりじゃね?

EVトラックメリット、まだまだ隠れた宝石がありそうだわ。業界の人たちはもっとアピールしていくべきだと思う。

43万円 住民税の壁 住民税無税の砦(2020年から

48万円 所得税の壁 所得控除の砦(2020年改定

103万円 配偶者控除の壁 共働夫婦の砦

106万円 社会保険の壁 従業員50人を超える企業厚生年金保険等未加入の砦

130万円の壁 50人未満企業社会保険等未加入の砦

180万円の壁 60歳以上で社会保険扶養になる砦

ぶっ壊すべきは富裕層が使っている壁だ 

例えば年間300万円や500万円の民間保険料所得控除の砦だ

ただ、熾烈な戦いになるかもしれない

火災保険社に住所が特定し、生命保険社の手のストーカーが現れた例がある

近所の保険営業員の勤務先と住所、家族構成は掴んでおけ

子供同級生母親として近づいてくるはず

合鍵泥棒にも狙われる恐れがある

彼らは人の家鍵、車鍵や、印鑑を偽造して使用する

警察が扱えるような侵入証拠はまず残さな

 

妻子がいる者、車通勤の者には特に不安があるだろう

鍵屋全面的には信用できない

外出時はドアノブに防護板を取り付けて鍵穴を隠して行け

鍵付きの棚や金庫を使え

数字が変えられる暗号式の鍵は有用かも知れん

食品を出しっぱなしで外出しないこと

車はドラレコ、デジタコを使え

道路工事のあとは水質と空気汚染に気をつけろ

下水から汚染ガスが入る場合がある

排水口は普段からフタや水嚢などで塞いでおくべきだ

できれば本住所は使わず郵便転送サービスを利用することだ

郵便物の汚染が疑わしいときは、ドア外やベランダ封筒を取り除き、捨てるまで3重ビニールに詰めて保管すべき

病院では忘れっぽいからなどと言い訳してカルテ請求不可を確かめておくこと

未だに拒絶する病院もあるから

不動産屋、弁護士裁判所サービスは信用するな

心して生活するように

 

2024-11-12

うんこを取りまとめる力

食品は俺の大腸に多大な影響力を持つため、うんこがきれいにまとまるのはいいが、威力デカすぎてケツの穴が切れるのが問題だ。闇の力を制御できない感がある。

最近迷惑メール、すげーわ

ヤマト運輸 配送状況のお知らせ

自分メールアドレス】 様

ヤマト運輸をご利用いただきありがとうございます

配送先住所に誤りがあったため、荷物配達できませんでした。

お届け予定:X月X日(火) 時間希望なし

※天候・交通事情等により、お届けが遅れる可能性がございます

送り状番号:【ヤマト荷物追跡番号】

サービス名:宅急便(置き配指定可能

品名:承り品(雑貨日用品食品等)

再配達を予約するには、以下のQRコードを長押しするか保存してください

QR

ご注意

・このメールへの返信は承れません。

・本メールの内容にお心あたりが無い方は、こちから「よくあるご質問」をご確認お願いします。

交通事情等により予定通りにお届けできない場合があります

・一部離島などの地域においては予定通りにお届けできない場合があります

ヤマト運輸を装った迷惑メール・通知にご注意ください

ヤマト運輸を装った不審メールや通知が発生しています

記載されたURL添付ファイルを開いたり、メールに返信したりされないようご注意ください。

また、ヤマト運輸SMSで通知を配信していません。

----------

ってのがこないだ来てさ。

配色や体裁普段ヤマトメールにかなり近い上に「不審メールにご注意ください」って警告まで丁寧に書かれてるもんだからつい信じちゃって、でもなんとなくQRコードは触らずに送り状番号の部分だけコピーして、別窓で開いた本物のヤマトの追跡サービスに突っ込んでみたんだよ。そしたらほんとに存在する荷物なの。

で、8月9月に1回ずつ差し戻しになってて11月再配達したけど差し戻し……みたいな、見た感じ配達所でずっと止まってるようなやつでさ。

あーこれもしかして前の住所に間違って送っちゃったやつか? と思って問い合わせサービス電話したら、送り状番号を伝えた時点でオペレーターさんが「申し訳ございません、こちらは迷惑メールでして……」って答えてくれて、そこで初めて偽物だったのが分かったんだよ。

いやー騙された。最近迷惑メールってほんとよくできてる。ただ本物っぽく見せるだけじゃなく、こっちの行動までちゃんと先回りしてくるんだもんな。

こないだ増田でも丁度そんな話を見かけたけど、この世には1日中こういうメールの中身や動線を考え続けてるプロがいて、いつの間にか仕事の合間にぼんやりメール覗いてるおれらみたいな奴が引っかかってもおかしくないぐらいまで精度が上がってきてるんだよな。

QR触らなくてよかったー。ほんと気をつけような。

2024-11-11

anond:20241111000149

案外あらゆる食品に「何も知らさずに混ぜるようになった」という可能性を否定してはいけない

ある日「実は調味料添加物の○○は、虫を素材にしたものです!美味しかったでしょ?」と明かされるかもしれないんだ

頭にアルミホイルを巻きながらその日に備えよう

2024-11-10

坂本龍一さんが焼肉弁当を好きな理由

坂本龍一さんが焼肉弁当特に好むという明確な理由は、公の場で語られていないため、断定することは難しいです。しかし、いくつかの可能性を推測することができます

考えられる理由

手軽さ:

多忙スケジュールの中で、短時間で手軽に食べられるという点が魅力的かもしれません。

普遍的な味:

日本人にとって馴染み深い味であり、飽きずに食べられるという点も考えられます

思い出の味:

学生時代や若かり頃の思い出の味と結びついている可能性もあります

エネルギー源:

肉にはエネルギー源となるタンパク質豊富に含まれており、活動的生活を送る坂本さんにとって、パフォーマンス維持に役立つ食品かもしれません。

補足

食へのこだわり:

坂本さんは食に対してこだわりを持っていることが知られています。例えば、ベジタリアンになった時期があったり、オーガニック食品を好んだりするなど、食生活を通して健康環境問題に関心を持っていることがうかがえます

多様な食生活:

これらのことから焼肉弁当だけでなく、様々な種類の食品を楽しんでいると考えられます焼肉弁当は、その中でも特に手軽に食べられる、一つの選択肢として選ばれているのかもしれません。

結論

なぜ坂本龍一さんが焼肉弁当を好むのか、その理由は一つに特定することは困難です。しかし、手軽さ、普遍的な味、思い出の味、エネルギー源といった様々な要素が考えられます坂本さんの食に対するこだわりや多様な食生活考慮すると、焼肉弁当は、その時々で様々な理由から選ばれているのかもしれません。

anond:20241110135003

最初から食品自給率が鬼低い国で何いってるんですか?米以外の自給率ゴミでしょ。それでもうまくいってるんだから問題ないわ

砂糖の過剰摂取は人々の健康に悪影響を及ぼすといわれていますが、実際に人々が幼少期に摂取した砂糖の量を測定し、その後の健康状態を知ることは困難です。そこでアメリカカナダ研究チームは、第二次世界大戦から1953年まで砂糖配給制だったイギリスの人々を対象研究を行いました。

イギリスでは第二次世界大戦中の経済的困難により、政府が食料の配給制を導入せざるを得ませんでした。肉や砂糖といった一部の食品戦後もしばらく配給制が続けられ、砂糖の配給量は成人でも1日40g未満に抑えられ、2歳未満の子どもは0gでした。もちろん、親は自分が配給を受けた砂糖の一部を子どもに分け与えていた可能性が高いですが、自由砂糖が手に入る時期と比べると子ども砂糖摂取量は大幅に少なかったと考えられます

配給制が終わると、イギリスにおける砂糖消費量は一気に増加し、1日平均で約80gに達しました。この劇的な環境変化により、研究チームが「砂糖配給制であり幼少期にあまり砂糖摂取できなかった人々」と、「幼少期から砂糖比較自由摂取できた人々」を比較することが可能になったとのこと。

研究チームはイギリスの大規模バイオバンクであるUKバイオバンクから砂糖配給制廃止される前後にまたがる1951~1956年に生まれた6万183人のデータ抽出し、胎児から幼少期にかけた配給制の有無と成人後の健康状態関係を調べました。

分析の結果、妊娠から生後2年間の約1000日間にわたって砂糖配給制だった子どもたちは、成人になってから2型糖尿病発症するリスクが平均35%低く、高血圧発症リスクも約20%低いことがわかりました。

赤ちゃん母親の胎内にいる時点で配給制が解除され、生後は砂糖自由に手に入る状況だった場合でも、成人後の慢性疾患の発症リスクは低下しました。また、たとえ成人後に2型糖尿病や高血圧になったとしても、胎児から幼児期にかけて砂糖摂取制限されていた人々は2型糖尿病発症時期が約4年、高血圧発症時期が約2年遅くなる傾向がありました。

2024-11-08

心がけ的なもの

人間物理的な肉体から離れられない

電脳世界ダイブとか言ったって飯を食わないと死ぬ身体を動かさないと死ぬ

 

なので:どれだけデジタルで稼ごうがどこかの段階で物質に交換しないと意味がない。現実世界食品や衣類など物質を入手する手段がないと死ぬし、肉体健康維持のための住環境社会環境がないと死ぬ農場工場がないと死ぬし、そこで働く労働者がいなくても死ぬ戦後闇市までいかずとも資産現物化の手段確保は考えておく必要がある

 

暴力絶対的現実

どれだけ論理的発言を言おうと殴られて人は死ぬし、殴られ続ける痛みの中で発言し続けることもできないし思考もできない

 

なので:体の大きさは絶対的アドバンテージであり殴る蹴るの筋肉量が価値社会の構築に暴力コントロール必須、できなければ死ぬ暴力行使抜け道を作った時点で暴力行使する奴以外は死ぬので全員が暴力行使する以外の道はない。暴力場所も時も選ばないので暴力行使可能性が示唆された時点で他のコミュニケーション手段はない。ぶつかりおじさんや強盗がはびこる現状では武装はやむをえない

 

数は力

一人より二人がいいさ。人間の頭数は多ければ多いほどいい。実際に多人数を方向定めて動員するための仕組みを機能させればなおいい。実験は回数。再現性ないとは実験回数がないつまり数が足りないことの意。狙い撃ちより数が大事データは圧倒的に数。粗データ語学史料読解を通してフォーマット揃えて数を確保するの大事。全て「戦いは数だよ」。ドズルは常に正しい

 

なので:人口多い方がいい。ロシアウクライナ戦争を経てそれを認識できないやつは無能さらに実際に動員できる人口が多い方がいい。教育がないと実稼働要因を増やせない現実無視する今だけ効率厨資本家無能。動員する仕組みを機能させられない管理職は屑。せっかく作った労働者自発的動員を最大限促す仕組みである国民国家機能させられない管理者階級はいるだけ無駄多数派を見極めろ

anond:20241108075954

大阪では玉出は猫も跨ぐ(野良猫でさえ玉出食品は食べない)と言われています

2024-11-04

anond:20241102144159

2013/12/16

歴史証明アベノミクスへ「ジムロジャーズの教え」

https://president.jp/articles/-/11570

日本はいわゆるアベノミクスにより急激な円安・株高が続いていました。

多くの人がこの政策をもてはやしていますが、はっきりいって災厄以外の何ものでもありません。

傍目にはとても感じがよさそうに見えるこの政策によって、安倍首相率いる自民党のお仲間とごく一部の人々、たとえばトヨタ自動車などに関わる日本人の懐だけは一時的に潤うでしょう。

名古屋の人にとってはいいかもしれません。でも1億2000万もいる日本人の多くの生活水準は下がっていく。

何兆円ものお金を人工的に市場に送り込めば、人々は一時的に心地よく感じるものです。

しか最後には必ず苦しくなっていく。

日本資源から食品まで、多くのものを輸入に頼っています

円が安くなれば生活必需品の値段が上がる。

なぜ2%のインフレを目指すのですか?

ただし、別にデフレいいわけではありません。

インフレでもデフレでもなく、自国通貨を安定させ、健全状態現実的な成長を目指すべきなのです。

私は常に、投資成功したければ哲学歴史を学ぶべきだといってきました。

つの時代根本的な部分で世界には何も新しいことなど起こっていません。

過去成功しえなかった政策というものは、時をおいてもうまくいった試しがないのです。

大昔から経済的に行き詰まると政治家たちはお金を刷るという手段に走ってきました。

けれど歴史を紐解くと、この手の政策が長期的に、いや中期的にさえよい結果をもたらしたことはありません。

自国通貨価値を下げるということは、結局、不健全インフレ引き起こし自国民を苦しめることになるのです。

おそらく近い将来、日本は大変なことになるでしょう。

子供はいない、労働力もない、債務はどんどん膨らむ、そして通貨価値が下がり国力は落ちる。


日本の大きな問題は3つあると私は見ています

人口が減っていること、債務天井知らずに増えていること、そして、安倍晋三首相がまだいることです。

安倍首相は、株式マーケットにはよいことをしてくれています

日本株に投資している私も、メリットを得られています。今後も日本株への投資は続けると思います

でも、それが日本経済日本国民にとってよいことかというと、それは別の話です。

安倍首相が今やっていること、つまり紙幣増刷によって自国通貨価値を下げるということは、非常にお粗末だと私は思います

10年後、20年後になってみて、「あのとき日本は終わっていたんだな」と気がつくでしょう。

2024-11-02

anond:20241102202406

2013/12/16

日本はいわゆるアベノミクスにより急激な円安・株高が続いていました。

多くの人がこの政策をもてはやしていますが、はっきりいって災厄以外の何ものでもありません。

傍目にはとても感じがよさそうに見えるこの政策によって、安倍首相率いる自民党のお仲間とごく一部の人々、たとえばトヨタ自動車などに関わる日本人の懐だけは一時的に潤うでしょう。

名古屋の人にとってはいいかもしれません。でも1億2000万もいる日本人の多くの生活水準は下がっていく。

何兆円ものお金を人工的に市場に送り込めば、人々は一時的に心地よく感じるものです。

しか最後には必ず苦しくなっていく。

日本資源から食品まで、多くのものを輸入に頼っています

円が安くなれば生活必需品の値段が上がる。

なぜ2%のインフレを目指すのですか?

ただし、別にデフレいいわけではありません。

インフレでもデフレでもなく、自国通貨を安定させ、健全状態現実的な成長を目指すべきなのです。

anond:20241101183531

物価目標を達成してるかどうかは生鮮食品(あるいは食品エネルギー)を除いた物価上昇で見てるからやろなあ

物価が高くなったっていう人で食品エネルギー以外で高くなったという人見かけたことすらないし

2024-11-01

ドーナツ人間22世紀の旅

プロローグ

22世紀人間食生活は大きく変わり、合成食品が主流となった未来しかし、伝統的な食文化を守るため、特定の「食品擬人化プロジェクト」が進行していた。その結果、生成されたのが「ドーナツ人間」、愛称ドン」。彼はドーナツの見た目と性格を持ちながら、人間と同じ知性と感情を備えた存在である

あらすじ

ドンは、22世紀に生きるドーナツ擬人化第1号。彼の夢は地球上のあらゆる「伝統的な食文化」を探訪し、ドーナツ文化起源を見つけ出すことだった。しかし、彼は自分がいつか腐敗してしまうという「賞味期限」という運命を背負っている。彼の旅は、時間との戦いでもある。

登場人物

ドンドーナツ人間好奇心旺盛でポジティブだが、賞味期限を気にしている。

• マキ:未来のフードサイエンティストドン製造に関わった科学者で、ドンに親しみを抱きつつも、科学者としての冷静さを保とうとする。

シバAIガイドドンの旅をサポートするが、時折皮肉屋。

第1幕:旅の始まり

ドンは、22世紀東京で「伝統的な食文化博物館」を訪れ、古代ドーナツスイーツの展示を見て心を動かされる。そこで彼は、かつてのドーナツ職人たちが、何世紀も前からドーナツを愛し続けたことを知る。マキは、彼の夢を応援し、ドンの旅の計画を手伝うことを決める。

第2幕:味覚の旅

ドンシバは、時間場所を超えてさまざまな料理体験する旅に出発する。彼らは、イタリア伝統的なデザート南米揚げ菓子フランスクロワッサンなど、さまざまなデザート文化を探求していく。ドンは、各地で自分と似た「スイーツキャラクター」たちと出会い友情を築いていくが、次第に自分賞味期限が迫っていることを感じ始める。

第3幕:賞味期限との葛藤

旅の途中、ドン自分ゆっくり劣化していくことに気づく。彼の表面にひびが入り、少しずつ硬くなっていくのだ。それでも彼は旅を続ける決意を固めるが、賞味期限が迫るたびに自己存在意味について悩むようになる。シバは、冷静なAIとして「記録を残すことで不滅になれる」と助言するが、ドン「記録」だけではなく「体験」が大事だと反論する。

第4幕:最後目的

ついにドンは、ドーナツの「起源」を探し出すために、かつてのアメリカへ向かう。そこで彼は、現地の人々と交流し、古代ドーナツ作りを見学しながら、自分が「愛される食べ物」として生まれたことに喜びを感じる。

第5幕:自己犠牲と新たな始まり

ドン劣化限界に達し、崩れ始める体を感じながらも、最後メッセージをマキとシバに送る。彼は、自分がただの「食品」ではなく「愛された存在」として旅を終えたことを感謝する。そして、ドンの残した記録と旅の思い出が、次の世代の「擬人化食品」のプロジェクトに活かされ、新たな「スイーツキャラクター」が生まれる。

エピローグ

ドンの旅は終わったが、彼の存在と記録は後世に語り継がれる。マキとシバは、ドンを思い出しながら、彼の遺志を継いだ新たな擬人化キャラクターたちの旅が再び始まる場面で幕を閉じる。

テーマ

ドーナツ人間22世紀の旅」は、有限な命の中で自分存在価値を問い、自らの意義を見出していく物語ドンは、人間と同じように存在意味を探し、限られた時間の中で何を残すかというテーマを描いている。

anond:20241101141803

基本富裕層経済圏の中で消費するからちゃんと消費しても貧困層に金回んなくね?

これ本当にそうで、「消費が増えても、その業界労働をしていない貧困は潤わない」なのよ。

例えば貧困な奴らがご飯を目一杯食えるようになったとすると、食品系以外は潤わない

コンバーターコーンバター技術食文化に宿る人間創造

コンバーターコーンバター。この二つの言葉は、一見すると無関係対象を指しているように思われる。しかし、その響きには微妙共通点があり、現代人に与える感覚的な違いは、文化歴史の流れを通じて形成されてきた感性の奥底に根ざしていると言える。人間歴史の中で、技術食文化進化と、それらが生み出す美的な感動は切り離せない関係にあり、ここに「コンバーター」と「コーンバター」を媒介とした考察を試みることで、その深奥を垣間見ることができるのではないだろうか。

まず、「コンバーター」とは、一般的には何らかの機能属性を変換する装置技術を指す言葉である電圧を変換する電源コンバーターや、信号を変換するデジタルアナログコンバーターなど、その用途は多岐にわたり現代社会を支える根幹を成す技術ひとつとなっている。これに対して「コーンバター」とは、穀物であるトウモロコシコーンから作られるバター、あるいはそれに類する加工品のことを指す。日本においてはそれほど一般的ではないが、北米南米など、トウモロコシ主食の一部として重要視する文化圏では、伝統的な食材の一つとして親しまれている。

一見、全く異なる二つの概念であるコンバーターコーンバターしかし、その歴史的背景に目を向けてみると、人間の知恵と工夫、さらにそこからまれ美的感性が反映されていることに気づかされる。コンバーターの登場は、工業化技術革新によってもたらされた、変換や変容の技術に関する人間知識結晶である。これに対し、コーンバター農業の発展や食文化進化に密接に結びついている。技術の変換と食材の変換、いずれも人間生活を豊かにするために築いてきた歴史の一側面であり、そこには特有美的価値が含まれている。

人間は、常に物質エネルギーさら情報の変換を行うことで、生活利便性を高めてきた。コンバーターはその象徴的な存在である。例えば、電圧を変換するコンバーターがなければ、さまざまな電化製品自由使用することはできない。デジタル信号アナログに変換することで、音楽映像スムーズに楽しむことが可能になる。これらの技術は、もともと無機的で冷たい印象を与えるものであるが、実際にはその内部に「変換」というダイナミックなプロセスを含んでいる点に美しさが宿る。変換の過程は、単なる物理的な操作にとどまらず、情報エネルギーが形を変えて新たな価値を生む瞬間である。この「変換の美学」は、人間の手によって機械的装置デバイスに具現化され、現代社会の中で目に見えない存在感を発している。

一方で、コーンバターには全く異なる美的価値内包されている。コーンバターは、トウモロコシという自然から得られる素材を加工することで生み出される、食品としての変換の結果であるトウモロコシは、古代アメリカ大陸文明において神聖視された作物であり、その栽培と加工は生活の基盤を形成してきた。コーンバターもその伝統の一部であり、味や風味の中に先人たちの知恵が凝縮されている。食品としての変換過程は、技術的な効率を追求する工業的な変換とは異なり、味わいや栄養価を最大限に引き出すための工夫が重視される。ここに、人間が生きるために必要とする基本的欲求と、それを超えて美味しさや楽しさを追求する美的感覚が交差する点が見出される。

また、コンバーターコーンバターは、それぞれ人間内面的な感覚にも影響を与えている。コンバーターがもたらす利便性は、私たち生活を快適にし、さらには新たな表現可能性を広げている。情報自由に変換し、自在操作できるという感覚は、無限創造力を解き放つものであり、それ自体一種の「技術の美」であると言える。一方、コーンバターがもたらす味覚の体験は、単なる食欲の充足を超えて、郷愁安心感さらには家族共同体との結びつきといった、人間らしい感情喚起するものである。口に含むたびに、自然の恵みを感じ、その過程に込められた労働愛情を味わうことができる。このように、コーンバター食文化の一端としての「食の美」を表している。

さらに深く考察を進めると、コンバーターコーンバターの間には、「変換」という共通テーマがあることに気づく。コンバーター無機物エネルギーを変換し、コーンバターは生の素材を加工することで新たな形に変える。この変換のプロセスには、人間自然物質に働きかけ、何かを新しい価値へと変える行為が見受けられる。この行為自体に、人間が美を見出してきたのではないだろうか。機械的な変換は冷徹である一方、そこには洗練された精密さや無駄のない機能美がある。これに対して、食品の変換には、温もりや手作り感といった情緒的な美がある。いずれも異なる美意識でありながら、共に人間の手によって完成される過程である

現代テクノロジー社会において、コンバーターほとんどの人々にとって日常の一部であり、存在意識することなく利用されている。しかし、それが果たしている役割は極めて重要であり、その背後にある技術的な進化は、実に人間の叡智の賜物である。一方で、コーンバターのような伝統的な食品には、技術的な進歩とは異なる価値観が込められている。ここには「不変の美」という要素が存在し、テクノロジー進化とは対照的な、永遠に続く食文化の美が感じられる。コーンバターを口にするたびに、人々は祖先が歩んだ道を辿り、自然との共生を改めて感じることができる。

このように、コンバーターコーンバターは、それぞれ異なる形で人間生活を豊かにし、感性を刺激する存在である。どちらも変換という行為を通じて人間生活寄与し、美的価値提供している。そして、技術進化伝統継承という二つの相反する要素が、私たち感覚と美意識に新たな価値観をもたらしている。この二つの対象比較することで見えてくるのは、人間が創り出す「美」の多様性と、その根底にある普遍的な美意識である

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