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はてなキーワード: 愛情とは

2018-07-16

anond:20180714203618

妹にたいする愛情を芽生えさせたらそれはやっぱりロリコンでしょう

ロリコンはだめでしょう

2018-07-14

anond:20180713205524

チャップマン「子共ほど素晴らしいもの世界中にない。みんなだってそう言ってる。子共は未来で、子ども若さで、可能性で純粋さで、純潔で、無垢愛情だ。子共を好きにならないなんて無理だ。社会が子共を好きになってほしがってる。今さら、好きになるななんて言うな」

2018-07-13

万人はリスペクトするべきだしリスペクトなき批判非難罵倒である

政治学者さんの例のコミュ力どうこうって話あったけど、そういうことなんかな。

だったら他人キモいかいもんじゃないし、政治家政治運動社会運動には愛情リスペクトが足りないみたい、❤️アンド😃が足りないみたいになるのかねえ

モヒカンは孤高になるのか

2018-07-12

anond:20180712185921

>なんで男はレズ萌えるのにゲイには萌えないのか

男が連想するレズは、可愛い若い女の子同士の愛情なのに対し、男が連想するゲイガチムチ男同士になってしまうから

anond:20180712185921

江戸時代までは上流階級の男は積極的少年愛が好きだったのに、男女逆転してるのが謎だよね。

男色大鑑とか見るに町人文化にも少年愛侵食してた感じもあるし。

少年は女より美しく香りもよく尊い、男同士の愛情は男女のそれより高潔尊いと言う価値観男尊女卑バッチリ噛み合ってた。

昔は大人に声をかけられた少年性交に応じなければ家に大勢で押しかけられて輪姦されても親も文句を言えない文化だったとかで、近代化後もそういった少年強姦を行っていた白袴隊という海兵学校青年達による少年強姦事件が頻発して同性愛イメージが落ちたとか見た。

ゲイ告白されたら気持ち悪いだろJK

https://anond.hatelabo.jp/20180712180636

https://anond.hatelabo.jp/20180712154650

正直なところ、この言葉には賛同違和感が半分づつある

「うんうん、そうだね。例えばだけど、好みではない女性から好意を示された時に『気持ち悪い』なんて言って断るような男は端的に言って“いい男”ではないですね。

それと同じで、性的対象でない相手のことを聞かれてもいないのにわざわざ『気持ち悪い』と表現してしまう男は端的に言って“いい男”ではないね

内容については正しい。だが、この男性は、恐らくはゲイから告白されたり迫られた経験はないだろうなと思う。

ポリコレ棒を握った奴は、一度ゲイ告白でもされてみろよ、きっと俺の言うことが分かるからさ。

俺は正直に言いたい 

ゲイノーマルへの告白は本当に、迷惑から止めて欲しい、と

知人の一人として接してきただけの事を勝手恋愛感情を募らせる燃料にされるのも不快

相手異性愛者だということを理解していて、告白してくるのは心底キモい

強引に行けばどうにかなるというものでは絶対にないのは分かってるはずだ

これは高嶺の花にむかって玉砕する男女の賭けとは本質的に違う

異性愛なのだから同性愛者を受け入れることなんて、何が起こってもないんだよ

1億もらったってないものはないんだわ

その押し付けには嫌悪感しか抱かない

相手への愛情どころか敬意すらもない、性欲の押し付けしかないだろうが、その行為




小児性愛者の男を、気持ち悪いと表現することを君らは忌避するか?

40代無職で金のないおっさん気持ち悪いと表現することを怒るか?

2次元を愛するヲタク気持ち悪いと呼ぶことが理解できないと言ったことがあるか?

それと同じだよ。

全てのホモ野郎キモいんじゃない

異性愛者に寄ってくるホモ野郎は、気持ち悪いよ。

ポリコレ棒を握った奴は、ホモ野郎告白でもされてみろよ、きっと俺の言うことが分かる。

anond:20180712034658

おまえがIT企業勤務の自称エンジニア自動車のほうのエンジニア勘違いするバカだってことはわかった。

そんなバカ世間に親のような愛情でもって勘違い防止を望んでることもわかった。

結論バカは救えない

2018-07-11

親に会いたくない

自分の家は片親で、そのせいもあってか親にはとても愛されていた。

その愛情表現は、時に怒鳴ることや暴力で表され、

またある時は子供である自分が離れるのが嫌だからなのか、親自身が「出ていけ」と言ってくる。

まるで好き避けのようなことをされて生きてきた。

褒めるのがとても下手で褒められた記憶ほとんどないし、物質的な愛情の表し方しか知らないような人だった。

常に自分選択するように指示してきていて、それ自体は自立心を育てるのに良いのかもしれないけれど

その1つ1つの選択に対してチクチクと後から責めてくる。

理由が「寂しさ」や「恐怖」や「愛情」でも、それが理解できたとしても辛かった。

  

から私は早々に家を出た。家には1匹の愛犬を残して。

残して出たことについて、何年も経った今でもたくさん親からは責める内容のメールが来る。

私に連絡しておいて、「自分にはもう愛犬しかいない」という内容のメールは何度貰ったかからない。

自身は本当は金銭支援も物的支援も、何なら帰省すらしてほしいのに真逆言動ばかりをとる。

実際の本心はわからない。でも、「しなかった」ら、また後からチクチクと言われるのはわかっている。

  

つい最近、愛犬が倒れた。

私も長い長い間、愛犬には支えられ続けてきた。

実家を出てから精神科で処方された薬が自分の支えだったが、実家に居る時にあの環境に耐えられたのは間違いなく犬がいたからだと思う。

から、犬のことは心配だ。離れている期間が長くて、実感が湧かないところはあるけれど。

なのに私は親には何もさせて貰えない。ひたすら「お前は何もできない」と精神攻撃を親から受け続けることしか許してもらえないのだ。

ポジティブに考えれば、確かに私は低所得者だし、そういう面で心配もされているのだとは思う。

しかければ家には入れてくれるかもしれない。だけれど、親には会いたくない。私は犬に会いたい。

  

薬を飲んでから私は涙を流す事が難しくなった。

きっと悲惨な状況を見て「泣けない」私が現れたら、親からは嫌に思われるだろう。

また出ていけと脅されるのも嫌だし、親の前では「駄目な自分」になる(なってしまう)必要があるのも辛い。

どうしたらいいのだろう。

犬のことは大事にしたかったのに。やはり親の言う通り、家を出たのが間違いだったのだろうか。

2018-07-10

anond:20180710162410

大切かどうかは関係ないでしょ。司法の話だよ。

被害者遺族の被害者への愛情を計測して量刑判断に加味するとでも。

2018-07-09

心と身体が追いついていない

久々に遠距離中の彼氏と会ってやっとセックスできると思っていたのにめちゃくちゃ痛くて何回か拒否してしまった。

彼も傷ついたし私も傷ついた。

時々、たまに男の人の全てが嫌になる時がある。

臭いとか、なんかもう全部。

大好きなはずなのに気持ち悪くて仕方がなくなる。

しばらくするとまた治るんだけど、その期間とたまに彼と会える時間が重なってしまって辛かった。

理由はわかる。

幼少期に性的虐待を受けたからだと思う。

たまにほんとにダメになる。

なんていうか、今回それが原因で、結果的に別れてしまう事になったんだけど、ほんとにペドフェリア死んで欲しいし、もう誰ともセックスすら出来ない気がしてる。

でもたまに嫌になってしまう事があるなんて言っても理解してもらえないんだろうな。

普段の私は彼とのセックスが大好きだし、いくらでもしたいし。拒絶即ちもうセクシャリティを感じなくなったとか、愛情がなくなったとか、そういう風な捉え方しかできないんだろうなあ。とか思うと説明も嫌でなんかうやむやに適当なこと並べて誤魔化して別れてしまった。

それでよかったのかなとも思ったけどやっぱり後悔し始めている。

はーやだなあ。

なんかもう、一生付きまとわれるのかな、あのペドフェリア野郎の影に。やだなあ。

日本が好きなだけ」の人って

なんで日本を成長させたくないの

モンペ愛情なの

anond:20180709014555

問題は違うけど、結構共感できることもあった。

愛情に関すること、見た目に関する恐怖はわかるかも。もちろん同じかはわからない。

キトーに書かせてもらうと、性同一性障害希死念慮キャリア結婚 etc 抱えてる様に見えるけど、全て抱えるのは一時的には重すぎる様に見える。

僕の田舎雪国)では、雪が降ったら雪下ろししないと家が潰れるのだが、君も雪下ろし(って言っても何が雪に当たるかはわからんのだけど)するのもありだろう。

まぁしなくてもいい。

王道は休憩をとることで間違いないとは思う。完璧な休憩は存在しないが、考える余地は生まれるかもしれない。

精神科の薬は、考える余地を生む為に使えるとは思う。乱用リスクに関しては、君の判断尊重されるだろう。

無責任言葉だが、書いてみた。

2018-07-08

妻のファッション意識が変わってほしい。

子供が生まれから、ほぼ関心がゼロになってしまった

あえて数値化すると、子連れママさんの中では偏差値45ぐらい。

引くほどではないが、よく見ると、それの組み合わせはどうなの?それ、気づいてる?みたいな感じ。

異性としてみると、魅力を感じなくなりつつある。

もちろん妻(母)としての共同生活には感謝はしてるし、家族としての愛情もある。しかし、正直なところ残念でならない。

それが家族になることだ、とか

結婚生活は片目をつぶれ、とか

妻が子育て生活に忙しいんだ、

という言い分は分かる。

パートナーには魅力的であってほしい。

これは男女ともに同じハズだ。

一緒に服屋に行ってくれないかな。

看過できない」じゃねぇよwwwwww明らかにそれは「嫉妬」だよwwwwww

anond:20180707173430

ゲスパーな俺は「親から子へ、世代を超えて替え歌リバイバルする」事の内容とかよりも、増田の姪っ子に対する歪んだ感情に興味を持ったね。

あのさ、お前は明らかに卑劣()な手段で姪っ子の心を掴んだ同級生のガキ」に大人げなく「嫉妬」してんのよ。お前は姪っ子ちゃんが好きすぎるの。

姪っ子好きは間違いなくそ母親、つまり姉に対する歪んだ愛情から来ているの。実姉の娘なんでしょ?その姪。間違いないね

「何が看過できなかったんだ」という疑問の反応が結構あったので解説してみました。

2018-07-06

異性としてそこそこ好き程度の人と結婚するのって普通なんだな

びっくりした。

結婚って命かけられるくらい好きで好きでたまらない人とするのが普通だと思ってたから。

 

でも実際は、年収職業とかのスペックが最重要で、異性としての愛情がほんの少しでも抱ければ

「まあこのへんで手打っとくか」って感じでゴールインするのが大半。

これは本当に驚いた。

一生同じ屋根の下で過ごすというのに。セックスしまくるというのに。

anond:20180706210947

とか言って、離婚しないところに深い愛情を感じる。

実はADHD,発達障害はそんなにいないんじゃ

自分は少し人が怖く社会を生きるのが苦手でずっとこのような先天的な症状を抱えていると感じていたが違うと気づいた。

愛着障害という症状があり、これは後天的病気だ。

生後から1年半くらいの期間の間親から愛情不足(具体的には子供欲求に対する即レス力の不足)になると発症率は高まり、症状が出るらしい。

具体的な症状は、情緒不安定さや人間関係の構築などで不得意さが表れる。

日本精神的な病を抱えている人が多い、多いと感じていたがそれは家庭教育学校教育社会全体による間違いは許さな空気が多くの人をその症状に近づけていったのじゃないか、そう感じた。

また、世間ではADHD,発達障害に関してはドキュメンタリーエッセイ漫画は多く出ているが、この愛着障害に関しては出ていることは少ない。

なぜなら前者と比べ後者は完全に後天的病気で、これの発症は家庭や周辺環境が原因であることが多いからだ。

愛着障害に関して例えばわが子は愛着障害なんて出せば第3者から見れば虐待ネグレクトを疑われるからこういったコンテンツは出ないんだとも感じた。

ただ、愛着障害=親の責任と短絡的には結び付けられない。結局は子供に構えれるだけのゆとりをなくした社会責任でもあると思う。

子供を持つ人や作る人は最初の1年半だけでも子供対応してほしい。この1年半が微妙だったらその後の人生子供はすべて苦しむことになる。

安倍晋三行政ブサイクから仕事の結果でマウントを取る方向に走った自殺集団

 日本人のことが本当に嫌いな最悪な集団昭和天皇のような愛情は持っていない。

anond:20180704145538

ツンデレ流行ったのと一緒で男が決断せずに済むからだよ。

高木さんが西片好意を持ってるのは明らかだが、それはからかいという形で発露されるので男は向けられた好意対応する必要がない。

自分のことが好きな女の子が欲しいが、好意を持ってそうな娘に告白する勇気などない。だからといって相手から好意ダイレクトにぶつけられれば受け入れるか拒絶するかの選択を迫られてしまう。どっちもできないオタクのために作られたのがツンデレ高木さん。

好意をツンやからかいという形で提供することで愛情を受けながらもそれに応じる必要がない。恋人にならずにイチャイチャを続けるモラトリアム理由に「好意を素直に向けない女も悪い」という言い訳が用意された最高に都合のいい状況が受けてるんだよ。

Mだからというより草食系からという方が近いだろう。

2018-07-05

恋人母性を求める自分が情けない

俺、いわゆるマザーコンプレックス

母子家庭で育った。母に迷惑をかけたくなくて、手のかからないようにしようと思いながら育った。もう3歳くらいからそう思って過ごしてた。なんでかというと、母は寂しがりで、まあメンヘラで、男を求めてた。幼い俺のことは二の次で、よく男と遊んでたね。

んで、流石にガキを家にほっとく訳にはいかないってんで、俺は母と男のデートに連れてかれてた。かといって一緒に過ごす訳ではなくて、車に放置されたり、今風にいうとキッズスペースに放置されたりして過ごしてた。まあそれはそれで楽しかったが。

ただ、圧倒的に母親に甘える機会は少なかったし、自らも望まなかった。母は男と一緒に過ごしているとき、とても良い顔をしていたから。俺の子守をしているときよりも。

男と手を繋いで歩く母を後ろで見ていた。男とキスする姿も見ていた。腰に手を回されたり、膝枕をしてあげたりしている様子も見ていた。大好きな母が幸せならよいと思っていたので、自分のことは何も考えられなかった。

ただ、自分がある程度物事理解できる年齢になると、こういう感情が湧き始める。

「俺は愛されなかった」。

周りの子供たちが大好きな母親の話をするときの様子と、俺のそれは全く違った。話が噛み合わなかった。よその子は、彼ら/彼女らの親から愛されていることがよくわかった。

そこからしばしば劣等感に苛まれるようになった。

誰か、誰でもいい、愛してくれ。寂しい。僕のことをかまってよ…。

気づいた時には、恋人がいながら他の異性と性的な繋がりを持ったり、倒錯した趣味に走りがちになってた。性的なことに安心感が結びついた。理由はわからない。そして不思議なことにセックスしても何も満たされない。愛情がこわい。欲しくて欲しくてたまらなかったものをいざ向けられると、わけがからなくなる。これは何だ?わからない。助けてほしい。涙が止まらなくなって誰でもいいから抱きしめて欲しくなる。お母さんごめん、俺やっぱりいない方がよかったな。

今いる恋人にも申し訳ない気分でいっぱいなんだ。本当に本当に俺なんかを好きにならせて申し訳ない。抱きしめられると「嬉しい」を上回る「ごめんなさい」で頭がおかしくなる。愛されたかったけど愛されたくない。自分好きな人ゴミを愛させたくないだろ。俺もお母さんが欲しかったんだ。普通の。マザーコンプレックスじゃなくて普通コンプレックスだったのかもしれないな。

情けねえ

恋愛は少なくともメンヘラとは両立できなかった話

 本文をうっかり読んでしまうのは時間無駄なのでいくらか前置きで警告をしておく。

 これは一人のクソ女の自分語りだ。

 多分恋愛をしている人にもメンヘラをやっている人にも響かないと思うので、ノンフィクション小説好きな人とかが読んで哀れむなり蔑むなりネタにするなりしてくれたらいいと思う。

 文章にすると落ち着くたちなので、一回字に起こして整理したかっただけだ。

 特に意見アドバイスを期待してはいないけれど、私が想像も出来なかったような現実を打開する魔法があるなら教えて欲しい。

 そうじゃないなら今はほうれん草を沢山使うレシピくらいしか知りたいことはない。

 石を投げたりして気持ち良くなるなら好きにこの文章の私を罵ってくれて良い。もし肯定したいとか共感したとか優しい言葉を掛けたいとか思ったら、それは上手く受け取れないので胸に仕舞うか何かしておいて欲しい。言って満足するなら言って満足して欲しい。

 それから、ぼかしたりフェイクを入れてはいるけれど一応念のため。私の彼氏さん。あなたがこれをもし読んでいたら、私にいい加減愛想を尽かして下さい。メールもしなくていいし、顔も合わせなくていいです。ここにはあまり書いてないけどあなたはすてきな人なので、きっと可愛くて気立てが良くて知的趣味の合う恋人や奥さんがそのうち出来ると思います。私抜きで幸せになって下さい。でも今までありがとう

 さて、数えてないけど多分これ五千字くらいある本文。

 私には彼氏がいる。中学生の頃男女混ざった仲良しグループに居た同士だったが、彼は当時テンプレ中二病クソ女であった私に親切だった。私はいわゆる愛情に飢えたメンヘラであり、被虐待児でもあったので親切な彼を好きになった。

 親に無理矢理突っ込まれ進学塾、殴られたくないから沢山勉強して、私が目指した志望高校は彼と同じ学校だった。志望理由は、当時不良やヤンキーが苦手だったのでそれでもやって行けそうな校風であることと、私のやりたい部活の成績が良かったこと。通える範囲で目指せる偏差値勝手に割り出されたその高校を志望していると自分に言い聞かせるために、彼と一緒に高校に通えるかもしれないことを考えていた。彼は頭が良かった。彼の頭が良いところにも好感を持っていた。

 結果として高校受験は失敗だった。兄弟が多い我が家は長子の私の滑り止めを用意出来なかった。模試きれいな紙に印刷された合格する確率が70%まで落ち込んだ。挑戦は許されず漫画のように家庭の都合で通いやすくそれなりの偏差値の親が決めた高校受験して合格した。

 妥協のご褒美に私は携帯電話を買い与えられた。猿のように熱中した。友達とひっきりなしにメールをするのが楽しかった。そんな携帯中毒に付き合ってくれたのが彼だった。

 彼は愚痴をうんうん聴いてくれた。肌寒い日にはコートをかけてくれて、雨の日は傘を差して家まで送ってくれた。

 彼は誰にでもそうする人間だ。

 そういう人間を私は好きだと思った。

 高校一年の夏、好意を伝えた。彼はいわゆる恋愛恋愛した面倒は嫌だけど、と前置きした上で私と付き合う返事をくれた。友達にも家族にも内緒だった。私はおおっぴらに恋愛満喫して盛大に恋心に振り回される友人たちのようになりたかったが、その夢は絶たれたと言ってもいい。

 彼は時折、家族が留守にしている放課後休日、私を自宅に呼んだ。彼の家は急な坂の向こうにあり、私は暑い日も寒い日も自転車こいで彼の呼び出しに応じた。二人でカーペットの床に並んで座って、他愛もない話をするのはとても楽しかった。彼はキスがしたいと言ったので応じた。こんなもんか、と思った。彼は私の胸や下半身に触れたがった。胸は触らせたが、下半身他人に触られるのは嫌だったので精一杯かわいこぶって断っていた。

 彼が満足そうで良かった。私にかわいいとか偉いとか頭が良いとか言ってくれるのは彼だけだったからだ。

 たまにデートなるものもした。彼は共通の友人にばれたら面倒だから地元ではないところで待ち合わせて、博物館などに行った。博物館が好きなので楽しかったが、多分一人でいても楽しかったとは思う。彼は理系なので解説をしてくれて、知らないことを知れたのは楽しかった。

 いわゆる中学生ぐらいのいじましいお付き合いは高校三年生になるまで続いた。

部活大会模試で顔を合わせたら、こっそり示し合わせて抜け出して会って話したりしていた。

 関係が、と言うよりも私が変わったのは高校三年生の秋頃だっただろうか。

 私は学校へ行けなくなったというより、身体が動かなくなった。

 鬱を発症していたと知るのは年明けに通院をはじめてからだ。高校卒業も危うくなった。彼のメール無視し続けた。友人たちのラインブロックした。手首を切った。酔い止めを何箱も一気に飲んだりした。苦しかった。とにかく早く死にたかったが、癇癪を起こすと椅子を投げてくる母親から兄弟を守らなければならなかったので死ねなかった。

 音信不通を続け、両親の説得も不登校支援センター保健室も諦め、私は精神科に通院することになった。

 高校三年生の一月、私はセンター試験どころか学校へも行かず精神科に通った。薬が効き始めるまでが地獄のように長かった。向精神薬睡眠薬がなんとか効力を発揮する雰囲気を醸しはじめた頃には、卒業はほぼ絶望的だった。

 私は主治医から診断書をぶん取り、校長などのお偉方と交渉を重ね、補講を組んでもらうことでなんとか、卒業から数日はずれが生じるものの年度内に卒業出来ることになった。周りの大人は私の想像はるかに超えて優しかった。同情し、時には私の身の上話に涙ぐんでくれた。そんなことで悩んでいたなんて知らなかった、と口々に言った。進学校だったので不登校前例が無かったのが幸いした。先生方は私一人のために会議室卒業式をやってくれた。

 さて、話を恋愛に戻そう。私はなんとか卒業証書をぶん取り、彼は第一志望の難関大学合格していた。サイゼリアで久し振りに会って彼は「元気そうで良かった」と言った。

 私は全くもって元気では無かった。

 恋愛どころじゃない、何度も死にかけた。

 人に説明する元気もあまり無かったので、かなり端折って私はことの顛末説明した。ずたずたの腕を見せて「メンヘラと付き合うとろくなことがないって言うから、別れるなら今だと思うよ」と彼に提案した。彼は「それは別れる理由にはならない」と言った。

 そういうことでお付き合いは継続されることになった。

 彼は大学入学した。私はそれを祝福した。彼が受験勉強を頑張っていたのを知っていた。とても尊敬している。

 私はといえば、自分を殺そうとする自分に耐え、病状を必死家族説明し、ひたすら精神科に通った。

 彼は以前と変わらず家族が留守の合間に私を家に呼んだ。私は行かなかった。外に出る元気も無かったし、当日朝「今日家誰もいないよ」と言われても動き出す頃には翌日の昼間だ。

 彼はサークルが忙しかった。理系から男ばかりで可愛い子いないよ、と言っていた。

 私達はあまり会わなくなった。

 彼は学業を、私は治療を、お互い頑張っていた。

 彼は私が死んだら悲しむだろう。優しくて弱い人だから自殺だけはしてはいけないと自分に言い聞かせた。

 色々なことがあった。

 死なないために意識を失うことが必要だった。私は酒浸りになり、睡眠薬はどんどん強いものに変わった。早朝起きて、Amazonで買ったウォッカを水で割り、それで頓服を服用して眠り、昼過ぎに起き出して母に罵倒されながら(これは10年来の日課だ)食事をとり、薬を飲んでまた眠った。眠れない夜は頓服を酒で服用した。そうすれば眠れる。眠っている間は死にたくならないので楽だった。

 私某居酒屋で酒を飲みすぎて意識を失い救急車に乗った。倒れたはずみに骨折もしていたのでそれを治療するため更に入院した。入院中は母に罵倒されず三食昼寝付きだったので手術の痛みを差し引いてもお釣りが来るくらい快適だった。

 退院してからはまた酒を飲んで眠るだけの生活をした。

 そんな状況を医者は許さず、私は精神科閉鎖病棟入院することになった。彼は見舞いに来たがったが、私は断った。誰にも会いたく無かった。自分自身と二人きりになりたかった。何もかもに疲れ果てていた。

 入院生活幸福だった。

 看護師さんは優しい。変な人が沢山いるけどそれぞれが自分のことで精一杯だから誰も干渉してこない。

 母の罵倒が無いなら、現実逃避するためのスマートフォンは要らなかったので無くても困らなかった。

 少しの本、ポータブルCDプレイヤーと何枚かのCD。それだけで完結した生活は確実に私の心を癒した。

 これが人生の正解だと思った。誰も、何も要らない、天国だと思った。

 あらかじめ定めていた期間が過ぎ、私は退院した。

 閉鎖病棟入院したことがあるレッテル付きの私は母から罵倒が少しは薄まったと感じた。もう死にたくならないために一人で十分だった。

 そして同い年の彼が大学二年生になると同時に、私は大学一年生になった。

 母が勝手に推薦入学に出願して受験料も払い込んでいた。仕方がないので面接に行ったら大学に受かった。入学した。

 彼はおめでとうと言ってくれた。

 新調したスーツきれいなキャンパス、好きな学問、新しい友達

 私はまともな人間に戻れるかもしれないと期待した。

 アルバイトもはじめた。友達徹夜で飲み明かしたりした。

 しかし、ゴールデンウィークが明けた頃には既に私はくたびれていた。夏休みが明けて、大学へも行かなくなった。アルバイトはクビになった。

 主治医からストップがかかり、休学する事になった。

 私はただ家で時間を潰し、母の(以前よりはマシな)罵倒に耐え、薬を飲み生活していた。もう死のうと思っていた。

 大学で新たな人間関係を築いた彼は、私の死を受け入れるキャパがあると思った。

 そういえば私は彼とセックスしていなかった。

 呼ばれても家に行かない、共通の友人たちと遊ぶ以外では会わない、そんな恋人であったから、私はなんだか彼に申し訳が無かった。

 セックスすることでそれを清算できると思った。

 セックスする前に私は酒を飲んだ。

 薬の副作用で性欲は無く、彼とキスしても気持ち悪いと思ったからだ。

 彼が取ったホテルで私は彼と昼間からセックスした。

 こんなもんか、と思った。

 彼は別にセックスたからといってこれまでより優しくなる訳でも冷たくなる訳でも無かった。

 その日私からやや強引に誘い、夕食を食べながら話をした。私は彼と話がしたかたからだ。彼と話すのは楽しかった。

 それが数ヶ月前のこと。

 それ以降、私は彼と一度も顔を合わせていない。

 なんだかひどく億劫で、気の許せる女友達しか話したくない。

 精神科に通い続けて、自傷行為をやめられた。アルコール中毒も治った。睡眠規則的になった。

 兄弟が進学と同時に一人暮らしを始めた。もう自分の身を自分で守ってくれる。

私の生きる価値は無くなった。

 ある夜母が癇癪を起こして私に出て行けと怒鳴り、私を家から蹴り出そうとした。

 終電が無かったので私はははに頭を下げて「一泊止めてください、明日出て行きます」と言ってその場をおさめた。

 翌朝、私は最小限の荷物だけを持って逃げるように家を出て、何度か遊びに行っては掃除をしてやったりしていた兄弟一人暮らしをしている家に転がり込んだ。

 それから紆余曲折あり、結局兄弟仕送りで私は生活している。兄弟大学に行き、私は自分兄弟の二人分の家事をしている。おそらく幸せなのだろう。私が欲しかった暮らしは手に入ったのだろう。

 もう死んじゃおっかな。くたびれた。もう何も要らない。

 今死んだら同居している兄弟がショックを受けるだろうから、死んでないだけ。

 彼と連絡を取っていない。

 これが自然消滅と言うのならそうなのかもしれない。

 私は多分もう駄目だ。大学は妹宅から距離的に通えないので中退する。アルバイトでせめて食い扶持を稼ぐのが目標だが、達成出来るのはいつになるやら。

 こういう駄目な人間恋愛などしても彼に何の得も無いだろう。

 だから自然消滅であってもさよならを言っておきたい。

 もう恋愛感情がどういうものなのか思い出せないのだ。

 自分異性愛者ではないのかもしれないとも思ったが、同性も好きにならないのでたんに今恋愛をしたくないだけだと思う・

 彼は人間としてすてきだから好きだけれど、セックスはしたいと思わない。それじゃあ社会的地位の高い彼にぶら下がりたいだけの厄介メンヘラだ。しかセックスさせてくれないときた。そんなクズになってまで恋愛かいフィールドに立っていたくない。情けないし申し訳ない。

 友達に戻って彼と飲みに行きたい。手を繋がないで一緒に博物館に行きたい。一緒に食事がしたい。でも今は会いたくない。

 さよならを言うために約束を取り付けようと思って、彼が通う大学夏休みの期間を調べている。

 でも何だか会うのも連絡するのも嫌になってきた。

 こうやってぐずぐずしたまま、付き合い始めてこの夏で四年。嫌だ。

 生活が忙しくて、朝起きて夜寝るのが精一杯で、恋愛なんかやってる場合じゃない。

 そろそろ死んじゃおうと思っている。

 メンヘラはよく人生を虚無虚無言うけど例に漏れず私もやはり虚無を感じている。

 恋愛には向いてなかった。

 多分健康でいることが出来なくなった段階で恋愛なんかやめにしておけばよかったのに、彼の優しさでそれは人工的に延命措置を受け続けている。

 罪悪感はそれだけで健康を害するから排除しなければ、と、病気治療する上で判断出来る。だからさっさと別れようってメールを打てば良いのだ。

 参ったなあ。

 

2018-07-03

持ち家でも4年〜6年で住み替えるべき

エアコン故障して急遽修理に来てもらうことになった。

待ち時間子ども0歳時のTwitterを見返した。今も毎日キツイが当時の比ではない。

結婚したカップルから子どもが2人以上生まれないと人口減少が進む。

子ども0歳、1歳の時はもう1人で限界と感じたが、3歳を過ぎてから変わった。

やはり2人、3人の子がいてこそ「家族」といえる気がする。

夫は経済面と手がかかる子が2人に増えた悲劇危惧している。

本音は一人娘が可愛すぎて愛情を2人に分けたくないようだ。

一般的年子や2つ違いが多いけれど、やはり4歳・5歳違いが育てやすいのでは?

五輪と同じスパンでちょうどいい。

給与と連動する育児休業給付金も高くなるので経済面負担も減る。

子どもが生まれ前後で持ち家を購入するケースが多い。

自分出産前に購入したが、もともと質のいい賃貸に住んでいたなら、

第1子が4歳〜5歳の時点がベストな購入タイミングだと思う。

妊娠中や出産直後の物件見学引越しは厳しすぎる。

はいえ、2〜3歳になると、モデルルームキッズスペースは助かる。

そもそも家を購入したら一生、少なくとも最大35年のローン期間は住み続けるという

常識」が時代に合わない。デジタル時代の速さに合ってない。

どうせ戸建ては、20年経過すると資産ゼロになるなら、

その時点で解体して土地だけ売却するか、駐車場駐輪場にすればいい。

家、特に木造建築は無理に直そうとせず、老朽化する前に売ればいい。

一方、マンションは適切にメンテナンスを行い、リフォームリノベーション

最新設備の部屋に生まれ変われば、立地次第でかなり高値に売れるようだ。

そもそも同じ日常の繰り返しは耐えられない。おそらく自分だけでないはずだ。

4年ごとに引っ越す、家族が増える、転職独立する……。

もっと自由に生きられれば自然内需拡大につながるはず。

問題は、転職すると給与が下がるか、労働環境悪化し、子ども教育資金負担のしかかる。

2011年7月24日、地上アナログ放送終了。テレビ新聞の大騒ぎからもうすぐ丸8年。

今でもテレビが最大のメディアなことには変わりないけれど、以前に比べ、ネットの影響力が増してきた。

もっと変化のある世の中にならないと、本当に詰んだ国になる。

高齢者はどうして変わろうとしないのか。気持ちだけ若い中年も古い規範に取られるのか。

団体信用生命保険に入れるなら、住宅ローンこそ最大の投資


国は明確に「貯蓄から投資へ」を呼びかけ、資産形成を促しているのだから住宅ローンを組んで家を買うか、

補助金活用して個人独立するか、せめて社内ベンチャーでも起こすべき。

日本に足りないもの子どもではなく、「変化」。

子ども嫌いは他のもの人生に変化を、割と好きならスパンを空けても

3人、4人と育てられる状況にしなければならない。

もっと劇的な変化、端的にいうなら承認が欲しい。

普通のひとは繰り返しの連続で満足なの?

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