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2019-01-17

やたら!とか~とかを重ねる増田

こういうやつ

https://anond.hatelabo.jp/20190115003741

https://anond.hatelabo.jp/20181016023133

女オタに多い構文だと思ってんだけどああいうのはどこで醸成されてんの

というかそもそもこれを女オタ構文と呼んでいいのかもわからん

識者の見解を待っている

2019-01-16

anond:20190114205900

c_shiika 突如新星の如く現れて華麗に星を集めていくpptppc2さんみたいな人を見ると、やはり世の中には天才っているんだなって思ってる

pptppc2は新星というかぶっちゃけfeitaだと思ってるんだけど

識者の見解を伺いたい

2019-01-13

東大世界史第一問 大論述問題残酷

 歴史上、一度として、女のための問題を作ったことがない。灘や開成などのキチガイじゃないと書けないのは

定着している見解。全国の99%の大学世界史問題は、アンポンタンでも正解できるように工夫している。

暗記してれば書けるから。それに引き換え、東大世界史論述は、一定して世界史キチガイじゃないと書けないもの

女性から極めて不人気。特に2018年度の問題は、一番つまらないもので、もう世界史関係ないレベルだった。

実態上、解けている人はいないのではないか。昔から東大模試世界史論述の採点は極めて残酷で、特に日本史

残酷さは一貫しており、頭がイカレてないと答案書けないから、極めて人気がない。

慶応早稲田世界史日本史問題は、女の腐ったような知識オタク向けなのに比較すると、東大歴史問題

ほんと、男のための問題。そういう意味で、東大は、歴史上一貫してきもいし、それなのに東大が魅力がある理由はなんなのか。

試験問題としては、どうみても、慶応早稲田問題の方が刺激的だ。特に慶応英語問題は、英語オタクでないと解けないとして

極めてロマンチック日本人を刺激する。これに対し、東大入試は、一貫して古典的だ。日本人から一番敬遠される問題

にもかかわらず、東大は、採点を闇に葬ることで、必ずしも正答しない者でも、受からせてきた経緯がある。つまりは、滅茶苦茶

ということだ。東大京大慶応早稲田以外の大学入試問題は、ゴミだ。定期試験レベルで、暗記すれば入れるからアンポンタン

でも解答できる。しかし、東大京大早慶レベルになると、かなり狂わないと入れないし、特に東大高得点で入るには、灘や開成

などガチもんの危険学校出身者でないと、高得点で入るのは難しい。

昭和の悪かった点

 法律は置物で、裁判官エリート見解を中心に仕事してればよかったのに、段々クソどうでもいい法解釈論に

関心が移っていって、民事でも刑事でも行政でも、膨大なクソどうでもいい判例が積み上がった上に、昭和50年以降

平成は、事案はどうでもよくて法解釈ばっかやるようになってクソキモくて終わった

 事案解決が先で、法解釈必要な限り、やったとしても、誰もが納得する素晴らしい解釈最高裁がしてればよかったが

段々しなくなったし、臭い判例が多くなって人気が無くなった。昭和59年最高裁判決かになると、もう法廷意見が最悪で

補足意見でいいこというレベルにまで悪化してたし、このため、平成法律を習った法学部から嫌がられて、人気なくて

後継者が出なくなった

昭和20年代ごろの最高裁は、かなりいい憲法解釈とかしてたけど、平成法学部生にはそういう良い奴は知られたら困るので

教授が教えなかったし、ゴミ判例ばっか紹介してたので、東大法学部は終わった

もう今の東大法は熱気ないし、学生に良い文章書かせる気ないし、クソゲーの紹介してるだけだから、マジゴミ

「男体への恐怖」を正当化する差別主義者多すぎやばい

https://anond.hatelabo.jp/20190112150155

SRSして戸籍も変更、基本的に埋没して男性結婚しているMtFですが、一番最初の「トランス女性への根源的恐怖感はスルーされていいわけ?」(https://anond.hatelabo.jp/20190110110456)の人も、心情的にはわかります。ただ、恐怖を理由にしたら何でも言えてしまうわけで、「怖いからやめてください!」を振りかざされるのには、それこそ恐怖を感じてしまます

わたしはオペ前に公衆浴場に入るなどということは考えたこともないですし、現在でも基本的公衆浴場温泉は利用しません。使ったことはありますが、裸になってジロジロ見られれば骨格その他でわかる可能性はあるわけで、それに対して不快感を覚える人がいたら嫌だからです。これは単に「他人迷惑をかけたくない」ということもありますが、それ以上に「恐怖の対象」のように見られてしまうことに「恐怖」を感じますし、また尊厳を傷つけられるからです。

当然ながら、こちらとしては積極的に恐怖を与えるつもりはないですし、シス女性やそれ以外の方の大勢もそうでしょう。そういう「普通の人」が、他人から「うわーこわーい、逃げろー」みたいに扱われたら、酷く尊厳を損なわれるし、悲しい気持ちになるでしょう。シス女性の一部はあまりそういう状況を想像したことがないのかもしれませんが、大抵の人は「うわーこわーい」と言われたら悲しいと思います

恐怖の対象として扱われるのも嫌ですし、「仲良くしてやってやる」と上から見られるのも不快ですから、どうしても人との距離は離れめになってしまます。まあこの辺はわたし個人性格によるもので、似た立場の人でも人懐こい方はたくさんいらっしゃいます

上の「『男体への恐怖』を正当化する差別主義者多すぎやばい」の方は、ちょっと口調がキツすぎてかえって反感を買ってしまうのではないか心配しますが、筋道としては概ね同意します。一方で、心情的には「恐怖」の人の気持ちもわかるわけで、またあまりにかたくなな態度をとってかえって攻撃を煽っても嫌ですから当事者としては心情は複雑です。

と、とりとめがなくてすいません。

当然ながら、これはわたし個人経験見解であって、似た立場の人を代表するものではまったくありません。「似た人たち」を十把一絡げにすることこそが差別だと思っています。だからわたしは「LGBT」とかいう恐ろしく大雑把な言葉も嫌いです(が、とりあえず術語としてそうした言葉が便利に使えるというのはわかりますし、またこういうわかりやすい=不正確なワードを広めることで薄く広い「理解」を進められている、という利点は大いに認めますが)。

ついでに言えば「トランスジェンダー」という言葉にも少しモヤモヤしてしまます。昔は「トランスセクシュアル」という言葉などとセットや対比をもって使われていた気もするのですが、最近はその辺、随分大雑把になりましたね。もちろん、身体的特徴でもって弁別するような考え方が薄まったということな肯定的に捉えるべきかもしれませんが、SRS程度で社会的生存を許されるならお安い御用、というか、それくらいは当事者責任として頑張ろうよ!という気持ちもあり、これも複雑です(保険適応にも反対でした)。

筋道としての正しさと、社会的共感を生んで平和裏に共存するための努力というのは、分けて考えるべきなのかもしれません。

結論がなくてすいません。

2019-01-12

政権取っても本気出せなかったのが左派の実状なんだよなぁ…

あっこれあれが全力全開のポテンシャル放出だったなんて決めつけない優しい見解から

寿司丸かぶり恵方巻き)はつくられたもの

山路という海苔屋のおっさんの仕掛けらしい。詳しくはここにある。

https://core.ac.uk/download/pdf/56643945.pdf

ちょっと引用すると、

それでは実際の資料からはどうか。恵方巻は、その由来を鋭明するチラシや新聞記事では「江戸時代の末期から明治にかけて」の時期に誕生したと記述される場合が多い。これは、岩崎がまとめた由来からも分かるが、実際のところ、江戸明治期にこの行事存在したとする資料は今のところ見つかっていない。

これらの事実から推論を試みるならば、少なくとも大正期、戦前にはすでに存在し、大阪のごく限られた地域で行われていた風習であること、寿司屋がそれを利用して、古くから伝統であるという触れ込みで販売促進活動を当時から行っていた、ということはいえるだろう。

その後、太平洋戦争の激化に伴い行われなくなったこ行事は、1949年大阪府鮨商協同組合によって、「土用丑の日のウナギかば焼」に対抗する販売促進手段として復活している。そして、戦後復興が進む1950年代に入ると、戦中の配給統制によって解散余儀なくされていた海苔問屋組合が統制の解除をもって再結成され、その販売促進の手段として、節分巻きずし行事宣伝に参加するようになる。宮下牽の『海苔歴史』には、大阪海苔問屋協同組合1951年の結成と同時に「巻きずし丸かぶり」の宣伝を行い、大きな成果をおさめたという記述がある。この「大きな成果」がどれほどのものだったのかは分からないが、海苔業界復興の旗印として、巻きずし喧伝されていたようだ。

その後海苔問屋協同親告は、すし組合とも連携してこの行事の普及に努める。昭和40年代前半には、協同飛行機チャーターしてビラを撒いたりもしたようだ。しかし、この試みは経費がかかりすぎたために1度で終わっている。

海苔組合の取り組みがより積極的になるのは、岩崎聞き書きによれば1977年昭和52)になってからだという。そもそも1974年頃までは海苔国内生産需要に追いついておらず、韓国産で不足分を補う状況だった。それが、国内生産が増大によって韓国産への依存が減り、1977年にはついに国内産で需要が賄えるようになったのである。これから先、さら生産が増加すれば今度は余剰分が発生する。そこで、これ以降海苔組合は毎年大量のビラを印刷して各地に配布し、さらなる普及へと乗り出すようになった。

そしてこの海苔組合の動きと前後して1976年昭和51)に、「節分チャリティーセール」なるイベントが開始されている。このイベントのメインは、大阪ミナミ道頓堀巻きずし早食いを競うという「巻きずし丸かぶり早食い競争」。一見馬鹿らしいこの競争が、この行事関西における節分定番行事へと押し上げるきっかけとなった。

仕掛けたのは「昭和会」という、大阪商売をしている昭和生まれの海苔販売業者たちで組織された団体だ。その中心人物の一人であった宝海苔本社大阪市中央区)創業者の三男、山路昌彦氏によれば、海苔がたくさん取れるようになって何とか消費を増やそうと思って考え付いたアイデアなのだと言う。「食いだおれの街で早食い競争なんて、いかにも大阪らしくて絵になるし、黙々と巻きずしかぶりつく姿がオモロイやんか」という彼らの発想は見事に当たり、マスコミを引き込んでの一大イベントヘと成長する。海苔組合によるビラでの周知と、マスコミに取り上げられた早食い競争。この相乗効果により、節分巻きずし関西伝統文化として認知されるに到ったのである

また、山路氏は取材に釆たマスコミ丸かぶりの由来をたずねられると、「ずっと昔からやっていたものだ」と答え続けたのだという。「それこそ風習なんてこうやってできていくもんやないの」と語る彼の見解からは、大阪商人が持ち得た巧みな伝統利用の視点を伺うことが出来る。


ということで、商売人の「オモロイやんか」が伝統ということではたしか大阪伝統なのだけれど、そこまで古風なものかというとそうでもなさそうだ。花街に由来することとかその後の伝統としての受け入れられ方とか、原論文はかなり面白いので、増田ブクマカ諸氏にはぜひ読んでほしいと思う。

anond:20190111181738

2019-01-11

再審請求事件の続き(2)

また、2ちゃんねる書き込み自体が単なる遊びであって通常こういう種類の犯罪予告文言意味はないと考えられるほか、はてなダイアリーにおける国家批判随伴した上での犯罪予告文言についても、一見犯罪みえないではないが、本件具体的事情考察すると、書き込んだ者が暴力団犯罪実行行為を有するとはとうてい言えない種類の女々しい日本人であり、逮捕されることに極度に怯える種類の人間であって捕まって施設に行きたいとは毫も思っていなかったはずであり、厚労省事件犯人のように逮捕され死刑判決が出るのも覚悟の上で実行行為に及んだ40代の男とは、性格が180度異なるし、仮に書き込み当時のその心理面を推測しても何らかの者に対する漠然とした嫌悪の情があってその方面に悪意をぶつけたいという感情があったにとどまり、自らが知っている具体的人物生命身体財産に対して害悪を加える旨を告知して生々しい畏怖感を与え、その者を著しい困惑に陥れるという執拗意思があったとは認められない。現在社会内では巧妙な手口で右のような行為をする者はいくらでもいるのであるが、少なくとも本件に関しては、被告人2ちゃんねるでの誹謗中傷流行の渦巻く当時の社会事情の中で憎悪肥大し勢いのおもむくところ、ブログなどで国家に対する愚痴を連ねる中、たまたま語勢の勢いの赴くところ、本件文言を書いてみたにとどまるものであって、本人が具体の被害者ら及びその居場所、自宅等を何も知らず、凶器も準備しておらず、性格としても実行行為に出るような人間でなかったことを考慮すると、その故意の面でも記載した文言の面でも、一々処刑しなければならないような事案ではなく、通常は不平不満の一形態として不問に付されるべきものであるし、また、捜査機関被害者としても、2ちゃんねるはてなダイアリーでこのような文言を閲覧した場合に、「これは本気ですか?」「本当にするんですか?」などとコメント欄質問する道があるのであって、捜査員や被害者、またその部下らが、警察や自宅においてインターネット接続できる環境があって直接これらを閲覧した上、被告人真意であるかどうかの旨を確認する道があるのに、それらを一切した形跡がなく、文科省においては、被害者である局長の部下が一方的に本件ブログ印刷して局長に閲読させるという形式行為をしただけで、当該部下が、当該ブログコメント欄などで書き込み者に対し、その職名などを明らかにした上、真意かどうかを問いただし、場合によっては書き込みから冗談ですよ」などとの返答があって虚偽であることを確認しうる方途もあったのに、あえて文科省局長の部下ないし東大法学部事務員がそのようなことをせず、一方的ブログを「印刷して」被害者らに対し閲読させているのであって、極めて不自然という他なく、とりわけ文科省東大法学部が、インターネットに関しては、パソコンから直接閲覧しようという気が一切なく、インターネット記載事項についてはあくま印刷されたもののみしか見ないようにしている点については、結局のところ、印刷されたものであればインターネットを直接見ることにより、自己職務上の何らかな不都合な点を認識することを回避しうるも、インターネット掲示板等を直接閲覧したり、またはコメント欄書き込みをして反応を伺ったりするなど、インターネット有機的に参加することに対し、著しく執拗拒否感があって、その結果として、本件局長の部下、また東大法学部事務職員その他は、インターネットに参加して書き込み者に職名を明らかにした上で真意を問いただすなど自然行為に及ばず、一方的印刷書面を作成して被害者に閲読させるという無意味行為をしたと考えられる。このことを考えても、本件事案については、極めて不自然なところが多々あるのであって、全体として、脅迫行為として刑事機関が動いたものとしては、有機的な意義の脱落した、極めて無機質なものか、あるいは捜査形式を取った、被告人を狙い撃ちしか苛め行為の実質を有するものしか見られないのであって、他の脅迫事案の犯人比較して、被告人およびその書き込みについては、およそ刑事処分をするべきものでもないし、少なくとも善良な社会通念があれば、本件被告人逮捕しないはずであって、それにもかかわらず本件に関して、被害者とされる関係者捜査員の挙動に極めて不審な点が多々あり、別に真に畏怖を覚えたか犯人処罰してほしいと思ったというよりも、インターネット書き込みをしているまだ若い者がうらやましくまたは妬ましく、このような形で国家関係者に対して、脅迫ではないにせよ自分名前を挙げて悪口罵倒をしている者は許せなかったという程度の感情が先にあってこれを正当化するために、文科省職員東大法学部職員が、上述したような形式的で無機質な対応を行って警察に図り、警察としても、上司に図って捜査関係照会をかけたり、逮捕につき検討する前に、警察署に設置されたインターネット接続しているパソコンから、これを操作し、ブログコメント欄などを通じ、念のため、警察の職名を出した上で真意か否かを問い質すなど、誠実かつ慎重に捜査を進めた形跡がなく、被害者らの個人的憎悪共鳴し、書き込みをした08年11月下旬以降に、被告人文京区コンビニエンスストアに立ち寄ったり、牛丼店で食事をしている際に、私服捜査員が被告人につきまとっている形跡があるのであって、これを考慮すると、捜査員には、当時社会内にいた真の危険犯を処罰し、勧善懲悪を達しようとした意思は全く欠如していたとみられ、単に、この40年ほど、警察文科省東大法学部検察裁判所といった、一種雄々しいものが不遇な時代さらされ、被告人のような、女々しくて大人しい弱弱しい日本人が、多くの株式会社から愛されて優遇され、人生の春を送ってきた背景で、自分ら「強い者」はこの40年常に不遇で不幸の極みであったこから被告人のように、いわば時代勝ち組であるところの女々しくて女性的な存在であり、特に1995年から2006年あたりにかけて世間から極めて大きな支持を得、現在東京繁栄形成してきた中心的な人物に対して、捜査機関被害者としても、雄々しい者として40年以上前人生が終わりこの40年負け組として暗い人生を歩んできた性的劣等感が先にあったために、捜査機関被害者所属する組織としても、本件被告人に対し、コメント欄を通じてコミュニケーションを図る気は全くなく、いわば殺人鬼のごとくに平穏暮らしていた被告人の自宅を急襲し、40年間の性的劣等感、敗北感に対する恨みつらみを晴らすこと以外には意図はなかったと推認される。このことは、逮捕時の自宅での押収の際に、捜査員が女々しくて女性的な被告人に対して、してやったりとばかりに「そんなんじゃ世の中うまく回らないんだよ~」などと野卑な言動を行って被告人を辱めたりしていることから理解される。この点からしても、本件捜査自体がその正当性において相当に疑わしいのであって、本件を一個の刑事事件として維持する困難性が強まる。

 この点、検察官は、(1)以上の内容ないし経緯説明は、飽くまで申立人の陳述であってこれを裏付け証拠がない、ないし(2)上記陳述は趣旨不明であって社会通念上理解できない、と主張するので検討すると、(1)に関しては、陳述内容が具体的で社会内で良くあることであり、またその内容も生々しく特に裏付け物証がなくともそのような事実があったことが措信できるほか、(2)でいうところの検察官がいう社会通念なるものは、検察官の頭の中だけにある独自見解であって、現時点での社会通念に沿わないものであって、検察官の一方的主張で認められないほか、いちおう警察官にも事情聴取したところ、警察官においても、特に詳細な検討をしている実態がなく、既に存在しない社会通念を一方的に主張して被疑者社会押し付けている点が認められ、警察官の職務自体が信用できない。よって、検察官の(1)(2)の主張は採用できない。

 以上を総合考慮すれば、本件に関しては、被告人書き込み行為自体が、他の脅迫事案における犯人性質行為比較して、とうてい犯罪に問う事案ではないし、捜査したことは申立人に対する甚だしい権利侵害であって許されない他、警察検察段階での捜査内容も極めて形式的かつ悪質であって意味を成しておらず、捜査自体も信用できない。また、確定判決自体も、当時被告人であった申立人があまりものを喋られない弱弱しい人間であり、男性高齢裁判官がそのような弱い者に対して何らかの悪心があって、反省形式文言さえ吐けば情け容赦で許してやるといった程度のことしか考えていない、裁判官として既に機能能力を失った悪質な裁判官と化しており、被告人性格を知りつつ検察警察段階の調書も、およそ被告人が言ったことをまとめたものでなく、捜査員に作文させたに決まっているであろうことを知りながら、その証拠能力について一切検討せず、確定判決のような無機質で趣味のない形式的な判決を書いてエゴイスチックな事務処理をしたにすぎないこと、確定判決を見ればたちどころに看破しうるものであるから確定判決自体も信用できず、本件に関しては、刑訴法435条6号所定の、無罪にすべき新証拠がある。

 なお、平成30年(た)第2号事件を書いた裁判官も、誠実に判断したとは認められない。その他、申立人は、東京高裁即時抗告をしているが、高裁刑事11部は、即時抗告から4か月を経過してから特に内容のない棄却決定をしているところ、担当合議体が、誠実に判断したとは認められない。

 以上を考慮すると、検察官の意見には理由がなく、申立人の陳述には理由があり、本件につき、申立人を無罪にすべき新証拠発見されたと認められるから刑訴法435条6号の要件があり、再審を開始するのを相当とし、主文のとおり判決する。

再審請求事件判決の続き

全体としては「作らせれば早く出られる」という被疑者射幸心につけこんで捜査官が作成した虚偽の供述調書である可能性が高く、調書自体証拠として信用できず、証拠価値がない。

ク この点について、検察官は、警察検察での取り調べでは、書面作成はどうでもいいことであって、現在警察署、検察庁では、日本語も解さな犯行当時の申立人のようなニートのし反社会的行動抽象しつつ、取り調べで日本語能力を鍛えさせることを目途として行われているから、裁判官は、この趣旨を没却しないために、本件調書を採用すべきと主張するが、取調べの制度はそのような趣旨で設けられたものではない上に、調書に抽象されている反社会行動についても、その実質が脅迫に見えるだけの単なる国家への悪口であり、刑法222条が処罰対象としている程度のものとはとうてい言えないのであるから、そのような調書には価値がなく、裁判所採用すべきではない。

ケ 検察官は、申立人が公判期日に法廷反省の弁を述べているし、これをさせた趣旨も、申立人を法廷で辱めるところにあって、そこがポイントなのであるから裁判官は、これを没却すべきではないなどと主張するが、公判での反省は、裁判官被告人が犯した罪につき、真に反省をしているかどうかを観察し、反省が深まっているとき執行猶予を与え、単に形式的反省をしているだけで実質においては執行猶予を狙うために裁判官の前でのみうたっている虚偽の反省である場合には執行猶予を与えない、という、被告人刑務所に行くか行かないか裁判官の全人格で決めるというところにその趣旨があるのであって、検察官の言っていることは滅茶苦茶であり採用できない。そして、本件に関して言えば、当時置かれていた申立人の心境からすれば、単に刑務所に行くのは恐ろしいと考えたために、全力で反省しているかのような文言手紙に書いて裁判官の前で必死に述べただけに決まっているのであって、その狙いは刑務所行きを避けることにあり、毫も犯行を認める趣旨ではない。これに対して当時の裁判官は、申立人が刑務所行きたくないという必死意思があるし、法廷で涙涙の反省をしているから、情けを感じて執行猶予にしたにすぎず、確定判決文章も、極めて形式定型的な文章であって判決をした裁判官が本件に関し根ほり葉ほり検討しようとした姿勢は伺われず、確定判決自体も無内容なものである

コ そうすると、申立人が公判反省の弁を述べたからといって、犯行を認めたということにはならない。したがって、以上を総合すると、本件に関しては犯罪証拠がない。

サ この点について、平成30年(た)第2号再審請求事件を書いた任介辰哉裁判官は、申立人は、本件が犯罪の事案でもないし故意も認められないと主張するが、独自立場からの主張で裏付け証拠がないとか、他に適法な主張立証がないか再審理由に当たらないと判断しているが、同事件に供した申立書を形式的に見て、無罪であるとは思ったが、即時抗告特別抗告もあるし、再審何度でもできる上に、裁判官としても、本件につき詳細に審理する気がないか、仮にあっても、本件具体的事情を知りたくない、見たくないか無視をした上で、証拠が挙がってないなどと適当なことを言ってつっぱねたか、ないしは、裁判所自体にもはや明治時代の神もなければ昭和正義もないし、職務形式的に行っているから、申立書だけでは足りない、仮に善意があるとしても、もっと書いてからしろ、といった卑劣趣旨形式的判断をしたものと解されるが、裁判所は、再審申立者がどんな人であろうが、どのようなことを言おうが、いかなる文章を書こうが、裁判官

主張を聞いて無罪だと思ったら無罪にしなければいけないだけのことであって、どういう形の書面を書いたかとか、どの分量の書面を書いたか問題ではない。そもそも現在日本人再審請求者が、分量のある書面を当然に書けるという事実もないし、また、直截に判断して無罪と分かるのに一々長々とした書面を提出させるのは、時間無駄資源無駄裁判所としても、職務障害になるというべきである

シ そして、ア~コ記載の陳述をみれば、概要、本件には、生々しい脅迫故意もないし、そもそも脅迫自体を行っていないことも、裁判官において十分察知できる。したがってア~コ以上の陳述ないし証拠をいちいちそろえる必要はないし、裁判官はア~コの事情を読めば本件が無罪であることは判断できるから、これ以上、長々と文章を書く必要はない。

ス よって、ア~コ記載事情から、本件は懲役2年に値する脅迫行為などとは毫も認められないから、再審を開始すべきである

4 当裁判所判断

 そこで検討するに、3で申立人が述べる諸事情総合考慮し、一件記録を再度検討すると、結局、本件書き込みは、俗にいうところの強がり記載であり、名前として挙げられた具体的な被害者らに対し、現実具体的にその生命身体財産に対して危害を加える旨を告知し、被害者らに対して高度の恐怖感を与える意図を伴った、懲役刑に値する程度の高度に卑劣で悪質な脅迫行為とは認められず、捜査員による調書も、申立人が刑事施設を早く出たいという射幸心に付け込み、警察官、検察官が自ら作文し、署名押印をさせたものに過ぎないと推認され、法廷での反省も、犯行を認める趣旨ではなく、刑務所行きを回避するための便法であることも容易に推認されるから刑事手続きとして全くその体をなしておらず、警察検察による捜査自体が極めていかがわしいのであって、本件につき、申立人が犯罪をした証拠がないに帰し、3記載のア~コの事情から犯罪をしたと認定するには合理的な疑いの余地が発生せざるをえない。

 検察官は、2記載のとおりるる主張するが、刑事司法形式的しか仕事をしないというのは検察官の身勝手判断であって、容認できないし、仮に検察官がいうところの実質的理由についても、本件がいわゆる国家に対する批判エスカレートした最終的な結果として、名前を挙げた者らに対して脅迫をするに至ったものであるという見解も、的外れであり、申立人主張の2のア~コの事情および一件記録を再度検討すると、はてなダイアリー記載文言も、2ちゃんねる記載文言も、当時の情勢を考慮してもなお、被害者らに対し卑劣執拗な犯意を持つ脅迫行為などとはとうてい言えないし、現在時点で検討しても、文言周辺の批判文章や、2ちゃんねるでは、書き込み者を犯罪者に仕立て上げようとする多くの者の書き込みが目立つばかりで、書き込みのものからは何らの畏怖感も感じられないし、仮に被害者である女性大学教員や元最高裁判事が本件書き込みから恐怖を覚えたにしても、いずれの女性被害者高齢であって、当時20代前半であった申立人とは社会感覚も相当にずれていることを考慮すると、書き込み者がした形式的書き込み社会内に紛れてあたか書き込み内容を実行されるのではないかと誤信したり、または、2ちゃんねるで、このような文言を書き込む者を犯罪者に仕立て上げようとする者の多くの書き込みあいまって、右誤信を強めたもの推認されるのであって、仮に女性被害者らが畏怖感を覚え被害にあったにせよ、書き込み者本人は、そのつもりのない強がりを書いただけで、これが2ちゃんねらーによる仕立て上げもあいまって被害者らにとって脅迫と感じられたものであって、むしろ脅迫をしたのは他の多くの2ちゃんねらーの感があるし、書き込み自身は、懲役刑に処するに値するような、真に執拗かつ悪質でリアリティのある脅迫行為をせんと企図し、敢行したとまでは、とうてい認められない。申立人には、その性格人生経緯、被害者との関係においても、書き込み当時、生々しい脅迫をする動機がないし、仮に本件の動機を察するとすれば、悪口強がりの域を出るものではなく、いずれにせよ、刑法処罰しようとしている脅迫としては、採るに足る醜悪故意危険性を一切欠く形式文言にすぎず、これが犯罪になるとすれば誤判により多くの罪のない者が人権を奪われる事態になるばかりか、かかる形式文言を書く者のみを検挙し、社会内でより巧妙な手口で生々しい脅迫行為をしている者を見逃しているとすれば、刑事司法の怠慢と犯罪と言わねばならない。

 仮に捜査員が本件に関して、わずかでも脅迫故意を認めたとしても、本件から感じられる犯意は、まったくないか、あったにしても極めて微々たるものであって、書き込み当時の書き込みの生成の勢いとか、そういったもの推認してもなお、書き込み者は生々しい脅迫ではなく、2ちゃんねる呪詛を書き連ねていただけで、その生成的な実質において脅迫を働いたとまでは言えない(仮にも東大法学部卒業している人間であって、しか逮捕されて刑事施設に入りたいと思っていたような人間でもないから、安易逮捕されるような真の犯罪行為に出るとは思われないし、当時の引っ込み思案な申立人に警察と戦う度胸も認められないし、そもそも逮捕自体を恐れる人間だったとみられるため、捕まる可能性のある実質的脅迫行為を堂々とするとは考えられないし、これを考慮すると、本件書き込みの実質は、犯罪の域にまで達しているものではなく、本人にも捕まらない程度に意思を調節する考えはあったと思われる。逮捕を恐れている以上、逮捕される可能性あることを安易にするとは思われない)。通常であればインターネットありがちな不平不満の書き込みで、立件に値するようなものでないし、かかる微罪もしくは犯罪でもない行為を一々立件していては、社会は回らない。また、微罪と判断たにしてもこれをことさら公判まで実施して懲役2年の刑にしているのは、国家刑罰権の濫用も甚だしく、許されない。そうすると、本件については、捜査員が危険犯とみたため逮捕したというより、申立人が2ちゃんねらーなどから刺激を受けて瞬時的に怒張し本件書き込みをしたのを利用して殊更申立人をみせしめにして苛めるために捜査されたとみられ、実質的理由はないと考えられる。本件に関しては、あたかネット上の立小便のごときもので通例不問にされている程度の極めて微々たる反法行為をことさら重大犯罪に仕立て上げているところに本質があると思われる。したがって、警察検察ら、捜査員がした捜査は、全体として極めて信用性がないし、誠実に捜査取調べをしたとも評価できないし、特に2ちゃんねらー日本人故意に刺激し、怒張させて、特定形式文言を書くと犯罪者に仕立て上げていることも鑑みると、本件に関しては、陰謀的なものが看取され、なおさら本件を一々脅迫罪に問擬した確定判決は、実質がないと認められる。本来刑事司法は、社会内に存する真の危険犯であり、刑務所に入れて矯正教育実施するに値するだけの、悪の道にひた走る種類の人間逮捕し、訴追し、刑を言い渡すをもってその任とし、少なくとも本件のように、被告人の具体的事情に鑑みて自然危険犯でもないし、陰謀的なものによって犯罪者に仕立て上げられた者を処罰する趣旨運営されているものではない。したがって、仮に本件、はてなダイアリー2ちゃんねるでの書き込み形態のものが、全体として、反国家的で、国家批判し、その中で国家関係者に対する脅迫行為と見えるようなものがあったにせよ、善良な捜査員であれば、書き込み者は真正凶悪犯ではないと推知し、逮捕には至らないはずであるところ、本件捜査に関して言えば、捜査員はそのようなことを考えた形跡も伺われず、むしろ刑務所に入れる必要のないような人をあえて逮捕するという暴走行為に及んだだけと認められる。これを考えても、なおさら本件につき、刑事手続きに乗せる必要はなかったのであって、窮極するところ、2008年時点でのインターネットの情勢も踏まえ、本件書き込みは、脅迫形態をとる不平不満の域を超えるものではなく、百歩譲って、わずかでも脅迫故意があったにしても、捜査機関としては、社会によくある程度の違法性の微小な反法行為とみて、信号無視、野原での立小便同様、不問に付し、一々大げさに捜査すべきものではなかったのであって、本件は、その実態において、本来は訴追されるに至るような行為ですらなく、大仰に裁判が開かれるに値するまでもない、インターネットの不平不満にすぎない。インターネットのこのようなことを「書いただけで」、ことさら高度な違法性を伴う書き込みでもないようなことにつき、いちいち逮捕されていたら、国民は、犯罪趣旨ではないのに、犯罪形式をとっただけで逮捕されるのでは何も書けなくなるし、憲法21条で保障されている表現の自由が委縮し、重大な弊害を来すと考えられる。

 以上を考慮すると、本件に関しては、捜査機関が、殊更、刑務所に入れて矯正教育実施しなければいかんともしがたいような危険犯を見出し、厳正に処罰すべく捜査を敢行したとは認められないし、2ちゃんねらーなどインターネット書き込み者に刺激されて怒張し、瞬間的に本件のような書き込みをしたにすぎない、本来善良な市民逮捕するという暴走行為をしたと認められるのであって、書き込み自体も、申立人が3のアで主張するとおり、脅迫実体を有していないし、仮にわずかでも何らかの犯意があったにしても、本来捜査機関が大仰に動くに値するほどの重大事案ではない。この点について確定判決は、本件は折りから厚労省事務次官殺害事件が発生しており、それに連続するものであって被害者に与えた恐怖感は多大であって悪質云々と論評するも、確定判決自体が無機質な文章であってしか簡単な短文であり、全体としてナンセンスまりないもので、抽象検討をしたにとどまるものであり、一つの刑事判決として趣味もないし読むに値するようなものでない。

 以上を総合考慮すると、本件に関し、捜査機関が乗りだし、刑事手続きに乗せた上、最終的に懲役2年の刑を言い渡した上、その後執行猶予中に再犯をした場合現実刑務所収容されて強制労働をさせる結果につなげるほど、本件の被告人が重大事案を犯したなどとはとうてい言えないところであって、捜査及び判決自体も全体として刑事手続きとしては全く意味をなしていない形式的かつ悪質でナンセンスまりないものであり、およそ全体として適正な刑事手続き実施されたという価値を具有しない、支離滅裂無意味ものであり、はてなダイアリーおよび2ちゃんねるでの書き込み自体も、本人の性格書き込み当時の社会実態関係、本人がはてな日記2ちゃんねるで遊んでいただけで、凶器も準備しておらず被害者の自宅場所も知らない上で「自宅において順次殺害する」と書いたのも、単に被害者に対する嫌悪の情極まって語勢の強まるところ「自宅において」という文言が付加されたにとどまり確定判決が言うところの厚労省事務次官殺人事件犯人のように、実際に凶器を準備し被害者の自宅を調査して実行行為に及んだ性格の者とは大きく違い、被告人被害者らの自宅に行き実行行為に及べるような人物ではないのであって、その実態関係において脅迫として処罰しなければならない危険性が全くないか、仮にあったにしても極めて微小であり、また、2ちゃんねる書き込みこのエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

平成31年(た)第1号再審請求事件 東京地方裁判所

主    文

本件につき再審を開始する。

理    由

1 事案の概要

 本件は、平成20年11月に、インターネットはてなダイアリー等で「文科省局長である金森越哉等を順次自宅で殺害する」云々と書き込んだ件で、申立人が脅迫罪逮捕され、平成21年3月26日に、懲役2年、執行猶予3年の判決を言い渡されたが、本件確定判決については、申立人が述べる諸般の事情から刑訴法435条6号にいう無罪を言い渡すべき新証拠があるので、再審を開始すべきとして、再審請求をしているものである

2 検察官意見

ア 検察官意見聴取したところ、本件は、社会通念上、インターネット電子掲示板掲示された立派な脅迫文言であって、この程度の形式を有する文言記載した以上、被害者が恐怖感を感じるであろうことは犯人は容易に推測がつくものであり、被告人も、取調べで犯行を認めて、公判廷でも反省しており、有罪判決が出る外形的事実は十分に整っている。被害者被害供述をしている調書も整っており、しかも、文言形式から受ける印象は極めて過激で、被害者も、この書き込みにより、著しい恐怖感を覚えたと供述しており、懲役2年を言い渡すに値すると信じられるだけの諸般の外形的なものが揃っている。他面、申立人がいうところの事情は、司法機関には理解できないことであって、捨象すべきである。生々しい刑事司法を展開していた昭和時代であればともかくとしても、平成20年時点での我が国の完成した社会通念からすれば、これだけの形式的なものが揃っている本件に関しては、これを覆すのは困難であり、右形式的な書類等を全て覆すに足りるだけの形式的な証拠を、申立人は何ら提出していない。したがって、形式的に動いている現在刑事司法においては、形式的な書類等は鉄壁犯罪証拠であって、これを虚偽とすることは困難であり、本件再審請求は通らず、棄却さるべきものである

イ 仮に、本件書き込み形式的なもので、実態上は犯罪構成しないとしても、被告人ブログに書き込んだ文章や、2ちゃんねるでの書き込みは、実質において、極めて反国家的であって、文科省教育刑事司法が腐れていると言うなど、関係機関侮辱しているところ甚だしい。したがって、申立人は、脅迫行為を行ったわけではないが、国家に対する諸般の反抗的文章を書き、国家敵対したとして、これを刑事司法私刑に処する意味で、本件を脅迫罪として作り上げ、懲役2年に処しても、平成20年当時の実質法には違反しない。それに、本件に関しては、執行猶予があることが最初から決まっており、申立人は反省形式を整えれば刑務所にいくという致命的なことは免れえたのであるから、今回の刑事処分が、形式的な行為に対して刑罰を下すという残酷行為であるというのは当たらない。

ウ 仮に本件について実質的理由があるとすると、検察においては、本件ブログ記載書き込みは、従前より申立人がブログ2ちゃんねるに書いてきた反国家的な文章投稿による怒りが頂点に達した結果、記載に及んだものであり、その量も膨大であって、脅迫行為として採用するに足りると判断するから実質的な面を見ても、本件を脅迫行為としても何ら問題はないし、懲役2年の刑も相当である

エ 何よりも、現在刑事司法犯罪行為があったかどうかについて、外形的事実からしか判断しないという姿勢は一貫しており、申立人は、本件刑事手続きにおいて揃えられた形式的な証拠を全て覆すだけの形式的な証拠を用意できていないし、現在日本刑事司法実質的正義はないから、仮に申立人が本件再審請求で、実はこうだった、ということを陳述したとしても、裁判所検察は、実質はどうでもよく、形式しか見ないから、本件再審請求が通ることはありえない。

オ よって、本件につき無罪を言い渡す新証拠はないから、本件再審請求棄却すべきである

3 申立人の意見の要旨

申立人が、本件行為脅迫罪に当たらないとする事情は、以下のとおりである

ア そもそも刑法222条が罰するとしている脅迫行為とは、その当時の社会実態被害者心理状態加害者意図狙いなどを総合考慮して、実質的被害者生命財産が損なわれるのではないかという著しい恐怖感を与えるような行為であって、この行為が行われたと認定するためには、犯人にそのような生々しい意図があるということと、犯人がした行為が、被害者をして生命財産が損なわれるのではないかという著しい困惑感を覚えさせる必要がある。この程度に至らない行為は、単なる形式的なもの些末なものであって、いちいち刑法処罰し、まして懲役刑など選択する必要性もないのであって、また、脅迫行為は、必ずしも、日時や場所記載の上、氏名をあげて殺害するといった文言によらずとも、例えば、それ相当の具体的関係を持つ者が、すれ違いざまに何かを呟くなど危害を加える旨の言動をしてそれによって被害者が恐怖を覚えても成立するし、一般には意味が分かりにくいような文字ないし絵、暗号でも、加害者被害者住宅や部屋に、被害者危害を加えられると察知してしまうようなもの差し入れ場合にも成立するし、要するに、脅迫罪の成立は、形式文言記載したこと要件なのではなく、文言記載した場合には、その文言記載したこと加害者に真に生々しい犯意があって、しかも、その文言を閲読した被害者が真に生々しい恐怖感を覚えなければ、実生活上は意味のないものであって一々脅迫罪の成立を見ないし、外形的なものがなくても、当事者間だけで通じるような言動暗号の表示、一定空気を醸成すること等、諸般の無形的な行動があってそれが実質的個人生命財産身体安全を脅かす場合は、特に整った外形が無くても脅迫行為に当たることは言うまでもない。

イ これを本件についてみると、結論から言えば、ブログにおける書き込み自体からは、通常人感覚からして、特に何の恐怖感も感じない。関係証拠などを総合すると、「殺害する」云々の周辺には、大量の記事が書かれてあって、平成20年当時にこのようなブログ文章を書くような者が持論を展開しているようにしかみえないし、「殺害する」云々は、脅迫をする趣旨ではなく、強がっているか、もしくは、面白いからたまたま書いてみただけのようにしか見えず、金森越哉という者に対して、生々しい恐怖感を与えようという意思が感じられない。また、2ちゃんねるに書きなぐっているところの脅迫文言も、便所の落書きスレッドを盛り上げるためのジョークしか見えず、とうてい真剣脅迫行為には見えないし、スレッドを全体としてみると、むしろこのような文言を書き込んだのをいいことに、2ちゃんねらーがこのような形式文言を書いた者を脅迫犯に仕立て上げようとしているようにしかみえない。このようなことをしている2ちゃんねらーは、国家関係者とみられ、この点を見ても、刑事司法形式的に動こうとしているという悪意が執拗に感じ取られ、検察官がいうところの、形式的に脅迫の外形があるから処罰に値するという見解は、極めて悪質である

ウ そもそも平成20年11月時点で、申立人が本件文言を書いたのは、小学校時代学校いじめられていたことを思い出し、その真犯人文科省である抽象的に思念して、文科省HPアクセスして、幹部として氏名が列記されていたページを開いてその氏名をコピーアンドペーストして貼り付けただけか、金森越哉については、具体的な当人を申立人が知っていたわけではなく、たまたまHP局長名が金森氏だったので、文科省というところにいるその名前の者がボスであると思料して、ブログでその名前を出したまでのことで、申立人は金森氏が勤務する霞ヶ関に、当時一度も立ち寄ったり、用事で近づいた形跡もないこと、「自宅で順次殺害する」などと言っただけで、申立人は金森氏その他の自宅場所など知りもせず、殺害に用いる凶器なども何ら準備しておらず、結局は、ブログ文科省等を抽象的に批判するだけで、その中でたまたま気が強くなって、このような文言を書いて恰好をつけてみたにとどまるものであり、申立人は平成20年当時、ひきこもりニートであって交友関係も何もなく、パソコンで自堕落に遊んでいた若者にすぎず、金森氏等本人などとは面会すらしたこともなく、書き込みである文京区本駒込の自宅と、金森氏等が勤務する霞ヶ関までかなりの距離があること、申立人は、結局書いただけであって、これにより被害者が生々しい恐怖感情を覚えるであろうとは思いもしなかったこと、申立人はそもそも東大合格するような大人しくて真面目な人間であり、しか東大法学部の先輩である金森氏に対して、一般世間で行われているような卑劣で生々しい脅迫行為をする性格動機も具備していなかったことを考えると、本件書き込みは、人をして自己生命財産身体が害されるのではないかという生々しい恐怖感を与えるような具体的行為とは認められない。

エ この点について、検察官は、本件は、2008年11月までの過去幾多に渡るブログ2ちゃんねるでの、国家に対する不平不満、批判などがエスカレートし、その怒りが極まった結果としての書き込みであり、その本気度が高いなどといった実質的理由を主張する反面で、起訴した理由形式的なものであり、申立人が刑事処分を受けるべきは、実質的理由もあるが、申立人が調書に署名押印し、公判犯行を認め反省しているといった外形的事実鉄壁のものであって、こちらの理由により本件再審請求は通らないなどという、支離滅裂な主張をしている。

オ これについて検討するに、検察が言う形式理由については、刑法趣旨が、虚構犯罪に対して刑罰を与え場合により刑務所労役をさせるところにあるものでないことは明らかであるから、全く理由がない。また、検察が主張する実質的理由についてであるが、本件は、国家文科省に対する批判文章がかねてより蓄積し、その憎悪クライマックスに達した結果、遂に国家幹部に対して脅迫行為に及ぶに到達したものである、などというが、検察の都合のいい誤信であり、実態に合っていない。

カ 本件の一件記録にある犯罪証拠であるが、これを一瞥しても形式的なものであって何ら生々しい恐怖感を覚えるものではないし、書き込み当時の社会情勢を考えると、なお、本件のような書き込み被害者が真に恐怖を覚えたとは考えられないし、被害供述は虚偽の可能性もある。仮に恐怖を覚えたとしても、平成20年時点での社会情勢を考えて、いまどきこのような形で人を脅迫する者はいいから、書き込み者においては単に形式的にした書き込み社会の中に紛れ込んでこれを閲読した者の内面において恐怖が発生しただけであって、書き込みをした者本人の内心には、かような形式書き込みで、名前の具体の者に対して一般社会実施されているような卑劣で生々しく狡猾な意思をもってその生命身体財産に害を加えんとし、法で処罰するに値するだけの高度に悪質な故意があったとは、本件書き込み者の人生の経緯や性格書き込み当時に置かれていた社会立場被害者との関係総合考慮しても、とうてい認められない。そもそも、申立人は社会的交友がないニートであって、名前を挙げた者と現実具体的な交渉関係を持たないような人間であるばかりか、性格としても男性的なところがほとんどなく女々しい者であって逮捕されるまでには他人と喋ることもできないような引っ込み思案の性格であって、さらに交友関係は一切ないどころか、暴力団関係者とも付き合いがあるわけではなく、まして殺害に用いる凶器など購入もしていないし、当時の状況に鑑みて、名前を挙げた者の自宅を把握しているわけがないのであるから、本件書き込みを実行に移す意思など毫もなかったと考えられ、結局において本件は、社会にありがちの文言で本人が強がりを見せただけの言葉社会内に紛れ、被害者被害を受けると誤信したか、あるいは誤信もせず、ウソであると分かった上で虚偽の被害供述をした可能性が極めて高い。仮に、名前をあげられた東大大学教授女性の者や、女性最高裁判事が恐怖を覚えたと誤信したことは分からないではないが、少なくとも文科省で長年人生経験し、あるいは精神が屈強で本件文言ときに恐怖を覚えるとは思われない東大男性教授等が恐怖を覚えたとはにわかに措信し難いのである。また、一般世間では、より巧妙な手口で、人を脅迫する者が増えていることは、現在実質的社会通念であって、むしろこのような文言を書くことで脅迫する者は、絶滅しているほか、2ちゃんねる電子掲示板ではなく、便所の落書きであることは、一件記録2ちゃんねる書き込みを総覧すれば容易に看取しうるところであって、これを電子掲示板などと見るのは、抽象的観察に過ぎるものがあって是認できない。以上を総合すると、検察官が主張するような、実質的理由、すなわち、本件が、被害者に対し、生々しい恐怖感を与える、生々しい脅迫故意を伴う行為であるから、2年間の懲役に送り込むに値するほどの凶悪行為だ、などという意見は、全くの絵空事であって、無内容にも程があり刑事処分の体をなしていない。検察官は、これが失当であることをあえて知りながら、本件再審請求が通らないのは、一件記録形式的印象から受ける証拠を覆すだけの、テクニカル技術的な証拠を、申立人が何ら提出していないから、再審は通らないという卑劣な主張に力点があるので、以下これについて検討する。

キ 検察官は、警察官調書で犯行を認めて反省し、サインをしており、検面調書でも同様の供述をしてサインして、調書の外形が出来上がっている上に、公判でも、裁判官に対し、反省の弁を述べているのであるから、申立人が犯行を認めたのは間違いなく、右のように書面や反省の弁を揃えた以上は、現在刑事司法では、判断は覆らないのであって、いくら申し開きをしても無駄である、などと考えているが、平成20年警察体制は申立人のような2ちゃんねるで遊んでいた者に対しては形式的で暴力的な態度で取り調べをしており、申立人の主張は一切採用せず、警察検察官は、取調べにおいて、「犯行を認める文章捜査官に作成させること」「サインをすること」の2点をさせれば、「執行猶予は間違いない」もしくは「少なくとも何度も取調べに呼ばれることなく、早く釈放される」などといって被疑者射幸心につけこみ、捜査官が勝手に作文して作っているだけであるのが実態であって、この観点から一件記録の調書をみると、なるほどいかにも捜査官が適当作成した定型文章であって、当時、引っ込み思案で大人しく、日本語もまともにしゃべられない申立人が実際に言ったことをそのまま書いたとは思われないものであって、全く具体性がなく、こんなもの被疑者真意からそのまま供述したと見る方が、不自然である。従って、仮に署名押印のある、犯行を認めたかのような調書であったとしても、全体としては「作らせれば早く出られる

コピペ

1.事実に対して仮定を持ち出す

2.ごくまれな反例をとりあげる

3.自分に有利な将来像を予想する

4.主観で決め付ける

5.資料を示さず持論が支持されていると思わせる

6.一見関係がありそうで関係のない話を始める

7.陰謀であると力説する

8.知能障害を起こす

9.自分見解を述べずに人格批判をする

10.ありえない解決策を図る

11.レッテル貼りをする

12.決着した話を経緯を無視して蒸し返す

13.勝利宣言をする

14.細かい部分のミスを指摘し相手無知認識させる

15.新しい概念が全て正しいのだとミスリードする

16.全てか無かで途中を認めないか、あえて無視する。

17.勝手に極論化して、結論正当性に疑問を呈する。

18.自分で話をずらしておいて、「話をずらすな」と相手を批難する。

19.権威主義におちいって話を聞かなくなる。

20.コピペお茶を濁す

2019-01-09

虫の声の話

昨日、突然、嫁が「虫の声は日本人以外は雑音にしか聞こえないだって! 知ってた?」と言い出した。

全く知らない話だったのだが、嫁の話&Google検索の結果、角田忠信という先生の真面目な主張だとわかった。

そこで疑問なのだが「アリとキリギリス」って話があるよね、イソップ寓話に。

あれはキリギリスが夏中ずっと働かずにバイオリンを弾いて遊んでいたという設定なんだけど、虫の声=雑音をバイオリンに喩えるって不自然じゃないか

嫁は、この問いに関して「ろくに働きもしないような奴の弾くバイオリンなど雑音以下なんだよ」との見解を示しているのだが、なんかちがう気がする。

anond:20190109170935

こういうのは形式だけじゃなくて実態としてどうなんかってのがわりと重要なんや

例えば1000万誰かにあげるのに毎年100万ずつ10年かけてあげたら贈与税からんかっていうとそんなことなくて

最初から1000万あげるつもりやったと判断されたら1000万分の贈与税かけてきたりするんやな

ZOZOのやつも「実質懸賞ちゃう?」とか「実質法人キャンペーンちゃう?」とか「いや贈与でええんちゃう」とか

いろんな見解があるわけやな

2019-01-08

anond:20190108101505

教科書として手頃とはずいぶん失礼な話だな。

実際に取り組んでいて、過去遺物として仕舞われるどころか、今でも歴史的価値に恥じない凄さがあるから人気を保ってるのだと思うけど。

てか、そんな見解が許されるのなら、近現代楽曲はそれこそラーメンで言ったら二郎みたいなもんじゃん。

そんで下に書いたように、見方よっちゲテモノ嗜好な代物を無闇矢鱈に押し付けてくる手合が本当に多い。


まあ、プロアマでは捉え方が違うのはそうだろう。

音大受験ではほとんどの管楽器古典派の楽曲を吹かされる(例えばトランペットハイドンオーボエファゴットモーツァルトとか)ことからして、プロ古典の曲をまともに吹けないのはダメだろう。

一方でアマは遊びでやってるんだから好きなのやれっていうのは正論だが、現実に大抵のアマオケでは管楽器の近現代嗜好ばっかり優先されるじゃん。

そうしたくなかったら、管楽器の人数を極端に絞って、かつトロンボーンチューバ必要に応じてトラ呼ぶような「室内管弦楽団」にでもしないと無理なわけ。

ハッキリ言ってウザい。

全員が全員、近現代ドビュッシーシベリウスをやりたいわけじゃないのに、どういうわけかそういうのばっかり取り上げられる。

でもオケの中核である弦の人間で、近現代ばっかりやりたい奴なんて変わり者扱いだから

そういう「弦の縄張りであるはずのオケを、好き勝手蹂躙するのが管楽器という認識なんだよね。

せめて「(美味しいところがたくさんある)オケの曲を吹きたい」じゃなく「(豊かな響きを作る)弦と一緒に吹きたい」くらいの意識で来てくれれば、少しは違うんだろうけど。

2019-01-06

今更「やってTRY」を叩いてるやつら

おまえらは、まだあの番組の真髄を極めていない。

私も以前はあの番組批判的だった。しかし今は悟りに至り、精神の安寧を得ている。おまえらも早く私と同じ境地に至るべき。

以下、私のやってTRYに対する見解の変遷(以前別の記事として増田に書いたことあり)

子供のころ:

「このお姉ちゃんたちバカだなあ。僕は絶対こんな大人にはならないぞ!」

二十代から三十代前半まで:

「この番組は、老害若者バカにして嘲笑することが目的の低劣な番組!!なおかつ女性料理をするべきという古い固定観念に囚われた差別的番組!!!マスゴミうんこ!!!!!」

三十代後半以降:

若い子はみんなかわいいなあ・・・

人は誰しも、森本毅郎になる可能性を宿している。

2019-01-05

anond:20190105020924

日本同性結婚が認められていない現状が違憲であるかどうか争った裁判はまだない。

ただし、憲法24条1項に「両性の合意」「夫婦」という文言があることから憲法学者の君塚正臣は、同性結婚憲法の想定されたものではなく憲法問題と認められずに棄却されると推測している[3]。

自身同性愛であることを公表している市民活動家明智カイトは、司法関係者の間に「憲法改正しなければ、同性婚は法的に成立しない」という意見があると述べている[4]。一般社団法人平和政策研究所によると、憲法は「結婚が男女間で行われることを前提」とし「同性婚を認めていない」とする解釈が「現在憲法学界の主流派解釈であるという[5]。過去には青森県憲法24条の規定理由同性婚の届出が却下されたこともあった[6][7]。法学者植野妙実子は憲法24条を根拠同性婚違憲論を唱え[8]、憲法学者の八木秀次憲法規定は「同性婚排除している」と主張し[9]、弁護士藤本尚道も「明確に『両性の合意のみ』と規定されていますから、『同性婚』は想定されていないというのが素直な憲法解釈でしょう」と述べている[10]。法学者辻村みよ子憲法24条の規定が「『超現代家族』への展開にブレーキをかけうる」として同性婚合法化障壁になっているとの見解を示している[11]。

一方で、憲法学者の木村草太は、憲法24条1項は「異性婚」が両性の合意のみに基づいて成立することを示しているにすぎず、同性婚禁止した条文ではないと説明している[12]。弁護士の濵門俊也は、憲法24条で規定されている「婚姻」には同性婚が含まれず、憲法同性婚について何も言及していないため、同性婚法制化は憲法上禁じられていないと考察している[13]。また、憲法第14条を根拠同性婚を認めるべきだという見解存在する[14]。セクシュアル・マイノリティ問題に取り組む弁護士行政書士司法書士・税理士社会保険労務士などで構成するLGBT支援法律家ネットワークは、2015年12月、「『憲法24条1項は同性婚否定していない』というのが憲法趣旨や制定過程を踏まえた正しい解釈です。したがって、日本同性婚制度をもうけたとしても、憲法24条1項に違反することにはなりません。日本憲法同性婚制度禁止するものではないということは、憲法学者、民法学からも有力に唱えられているところです」とする意見書を公表した[15]。

2019-01-04

anond:20190104165547

他人から承認されないか他者批判もしよう。

他人承認できるのは他人承認されてるものだけ。

他人承認されないもの他人を大好きなわけが無い

君の見解因果が逆だ。

2018-12-30

anond:20181229160059

ちょうど同年齢で運命を感じた。

そこでワタシの乳首開発記録を記す。

と言ってもワタシはまだ開発4ヶ月ぐらいなので後輩である

きっかけは健康診断時に体重測定した時。

1年間で6kg増えていた。

ポッコリお腹は当然気になったが、それより微妙脂肪が乗った胸に視線が行った。

そこで乳首開発しようと決意する。

目的乳首のみでドライ

ウェットには逃げたくない。(というか、ウェットするなら普通オナニーをすれば良い)

開発前からすでに指で摘める程度には大きくなっていた乳首コリコリすると若干気持ちいい。

これはイケるのでは…!

と思ってたがそこまで。初回は終了。

数日間暇があれば乳首をいじりつつ、夜寝る前にチクニーに勤しむと、なにやら腰の内部がじんわりし始める。

これが前立腺の性感なのか。

そう思ってたが、その日はそこで終了。

そこからネット乳首開発方法を調べ、スポバンに行きつくものの、流石に針を刺すのは怖いのでエレキバン代用する。

初めて乳首エレキバンを貼った時は思った以上にヤバかった。

心臓バクバクし続けている。

こんなことで心臓発作起こしたらシャレにならん。そう思って半日で剥がす。

そうこうしてるうちに、チクニーで胸の真ん中らへんが気持ちよくなってくる。

神経が奥まで通っていき、それが内部に伝わっていくイメージ

この頃にサイニーにも手を出す。

が、歳のせいか気持ち良い所まではなかなか行かない。

なお、催眠には比較的かかりやすい模様。

催眠のコツはノリノリでかかりに行くことだと思う。(あくま個人見解です)

チクニーとサイニーを繰り返してるウチに、身体勝手に強張って頭の方までツーンと何かが登っていく感覚になる。

もしかして、「イッた」のかと思ったものの、多少気持ちがいい程度で、ネットにある「イク」の気持ち良さには程遠い。

ストレッチ身体を伸ばした時に来る感覚に近い。

これなら普通オナニーした時の方がはるか気持ちいい。

もっとも、この「イッた」後に普通オナニーをすると、かなり気持ち良さが増すのは新たな発見だった。

そうやって普通オナニーも楽しみつつ乳首開発を続けている。

最近ではスポバンを購入して乳首に貼ってみたが、ずれた瞬間に乳首が痛かったので外した。

我慢できないレベルでは無かったが、我慢したらいけないような気がした。

まだまだ乳首開発は道半ばのようだ。

2018-12-29

韓国国民がわかってくれたならもう良いのかもしれんね。」←間違い

http://b.hatena.ne.jp/entry/www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2018/12/29/2018122980012.html

http://b.hatena.ne.jp/entry/4662389696093655521/comment/shufuo

これは本件の総括として完全に間違いです。

何故か?

この答えは韓国ちょっと詳しい人は簡単にわかますね。

韓国ウォッチャーの私以外で言えばscopedogさんなら答えられます


答えを述べます

この朝鮮日報と言うメディア現在韓国で完全に少数派の冷や飯食いからなんです。


1.前提 韓国豆知識

簡単に言って今の文大統領進歩派敵対陣営に言わせれば「従北左派」)であり、

朝鮮日報や前朴政権保守派敵対陣営に言わせれば「親日右派」)であって、

この両サイドは宿敵のような関係性です。


身近な例でいうと

はてな韓国寄り筆頭のようなイメージがあるscopedogさんが

朝鮮日報のことは(韓国メディアであるにも拘らず)結構悪し様に罵ってることがちょくちょくあります

あれはscopedogさんが韓国寄りは韓国寄りでも文政権支持の進歩派に属するからです。


そういう人達からすると保守派朝鮮日報は「敵」側なわけです。

派閥違いの対立は大変厳しく、政権交代により進歩保守のサイドチェンジが起きると

大統領は前政権に連なる人たちを徹底的に締め上げたり訴追したりします。

韓国歴代大統領がほぼ全員悲劇的末路をたどるのはこのため。)

(いまの文大統領ももちろんこの政治報復は熱心にやってます。)


2.朝鮮日報とその読者はどういう存在

もうわかったでしょうか?

昨今色々と困難が多すぎて支持に陰りもある文大統領ですが、

もとは圧倒的な支持で立った大人ヒーローです。絶頂期の支持率は80%です。

絶対悪となった朴クネ前大統領を弾劾したため)


朴大統領が倒れて文大統領が立ってからと言うもの

保守派は圧倒的に落ち目で冷や飯食いの少数派なのです。

大統領の支持が落ちてきても野党保守派の支持は全然あがってません。(どこかの国みたいですね)


まり

朝鮮日報も、その読者達も、韓国では完全にマイナーサイドなのです。

そして彼ら保守派反日ということでは進歩派に後れるものではありません。

では彼らが何故あのコメント欄で、まるで日本に与するような意見を表明してるかというと…

わかりますよね?

大統領を叩く為です。

彼らは本件で日本に理があると思ってるわけでもなく、まして日本に親しみを持ってるわけでもありません。


しかも彼等の書き込み韓国一般層・多数派からすれば丸っきりインモラル

日本に味方をしている親日売国奴の言」です。

(繰り返しになりますが、書いてる方も文大統領を叩く為にやってる)


まり

表面的に日本よりの発言をしてる韓国人は圧倒的少数派であり、

本当に日本立場や言い分を「わかってくれて」いる韓国人などいません。


あの記事やあのコメント郡を見て「韓国民がわかってくれた」とするのは勘違いもいい所、

日本に例えれば共産党とその支持者の言を「日本国民世論」と取るぐらいズレがあります


3.まとめ

まとめると、

韓国国民はわかってくれていません。

・なので、「もう良」くはありません。


もし今やめたりすると韓国世論は「やはり日本は間違っていた」「悪い日本」「弱い日本」という風に結論して記憶します。

当然、政権民間軍部も「これからもっと押そう」という方向へ流れてしまます

これは日本国益に反するだけでなく日韓両国にとってもより不安定危険未来を呼びこむ可能性が高いです。


相手善意を信じたがる人ほど当該ブコメのような見解につきたくなるものだろうけど、もう少しだけ慎重になってほしい。相手を見ない闇雲な善意ベース危険

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