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はてなキーワード: アイデアとは

2018-10-20

歯ブラシ市場っている?

医療器具として歯医者で配布すればいい。

個人にあった歯ブラシを使うことが容易になるし、定期検診の受診を促すことにもつながるから保険料の削減も期待できる。

歯医者行きたくない人はネットで闇歯ブラシを購入する。

効率的でかなり良いアイデアだと思う。

不眠症をなくすアイデア思いついたぞ!

揺れるベッドを作るんや!ゆりかごとか、電車みたいなやつをな!ガーッハッハー!

anond:20181020040904

おれは作る側の人間じゃないので想像だが、

①注目されたい、そのために人気作のアイデアパクる

②締め切りに追われて(商業誌でのパクリ事案はこちらかと思われる)

いずれにせよ目的のためにモラルは欠如しているのであろう

ほか何かある?

2018-10-19

anond:20181019001013

アイデアだけでも良いアイデアをたくさん出せるならそれを売って収入につなげられそうではある

でもどうせ箸にも棒にもかからないアイデアなんだろな

楽して稼ぎたい

アイデアだけ出すから実行の方は誰かやってくれ。

2018-10-18

anond:20181018155439

(アイタタタ・・・)ってなった俺

なんでだろ

いたたまれない気持ちになるのはわかる。

ピンふりは秀才家系に生まれ努力家で従業員同級生含む皆から一目置かれているけれど、やっぱりまだまだ小学6年生。アイデア受け売りのものが多い。

おっこからまれときに「蒸した牛肉より炙って脂を落とした牛肉のほうがカロリーが低い」「塩を水に溶いてハケスプレーで塗れば少しの塩でもまんべんなく味がつく」って得意気に説明するけれど、あの話も「360kcalのフルコース」という本から受け売り。ちなみに原作文庫本で出てきて、ピンふりがおっこに渡したこの本、実際にはないみたい(似た名前で同じことを書いてある本はあるらしい)で、映画で渡す本は「食と身体」という別の本になってる(こっちの本が実在するかは調べてない)。

客室ごとの露天風呂も、原作ときから自慢していたけれどあれは祖父アイデア

原作TVアニメでは今は亡き姉からクールに見えるけど(耳たぶさわったり指はじいたりするから)わかりやすい」と言われてるけれど、もし姉が生きてたらあんなに努力家になってなかったかもしれない。あの世界、おっこのお母さんが婿養子をむかえたり(アニメ版の設定)、その後おっこから男の子が生まれ場合その男の子が春の屋を秋好旅館傘下に吸収合併させてしまう(文庫原作版の設定)ことから類推できるように「おかみ(というか、温泉旅館代表)には直系女子しかなれない」という暗黙の了解があるみたいで、跡取り候補が死んだあとに生まれ女の子であるところの真月は本人含めて2人分の期待を受けたのは想像に難くないし、まあ一般的にはそこまでバレない程度には活躍してる。

そう、たしかに本人頑張っているのだけど、まだまだ半人前なのがバレてしまうのが、実はあの人名付きで名言を言ったときで、確かにいたたまれないとともに、そこを応援してもらいたくもある。

ちなみに原作全巻読んだわけじゃないけど、原作文庫ではそんなに偉人名言言ってないと思う。もっとオリジナル発言多い。

2018-10-17

セブンコーヒーマシンについて

anond:20160822214301

この記事コメントで相変わらず佐藤可士和馬鹿にされている。おれも以前はセブンコーヒーマシンを多少なりとも馬鹿にしていた。

しかし、コンビニコーヒーについて少し調べてみたら考えが一変した。実はこれも計算づくだったのではないかと思えてきたのだ。

いま、なんだ信者戯言かよ、と馬鹿にした人がいたでしょう。でも、いったん待っていただきたい。

よくよく考えるとあんな出来そこないみたいなデザインと、セブンカフェの大規模な成功が結びつかないのだ。

まず、俺は勘違いしていた。あれだけ叩かれたのだからセブンカフェのコーヒーシェアは言うほど高くないのだろうと。

そして、コンビニで出来たてコーヒーを出せばそりゃ売れるだろう、デザインもクソも関係ないアイデア勝ちだなと。

しかし違った。セブンカフェのシェアは6割超の独り勝ち。圧倒的な人気で売れ続けているのである

そしてアイデア勝ちなんてとんでもない。日本コンビニは、1980年代からコーヒーマシンを導入しようとして、2013年まで30年間ずっと失敗し続けてきたのだ。

2000年代にも売り上げが伸びずに、セブンだけでなくファミマローソンあきらめた事例もあるようだ。セブンの試みも5回目の挑戦らしい。2013年セブンカフェのために開発に2年もかけていたようだ。

こうなってくると事情は変わる。

今やスタバドトールなどの売り上げを抜くほどコンビニコーヒーが浸透したという記事も見た。こんな成功を納めるきっかけになった事業が偶然のわけがないし、一番肝心なマシンデザイン適当仕事で済ませるわけがない。


佐藤可士和というデザイナー簡単に触れると、シンプルデザインを手がける事の多い人だ。

Tポイントカード今治タオルデザインがわかりやすいだろう。

そしてシンプルインターフェースコーヒーマシンでボロクソに叩かれた。

シンプルというのは、要素が限られるということだ。右や左、上と下という感覚はその中でも大きな基準になる。

佐藤可士和どころか全デザイナーにとって当たり前のことだが、左右とLRという表記が逆になっていたら使い難いことくらい、気づかないわけがない(素人だって気づく)。文化大革命時の中国で「赤信号が進め」になりかけたみたいな話だ。

コーヒーマシンのようなプロダクトデザインが出来上がるまでには、長いプロセスがありテスト使用だってある。

身近な家電製品が出来上がるまでを想像してもらえれば早いが、市場調査企画デザイン機械の調整など、様々な検証がされた末に製品化される。

当然、あのコーヒーマシンが使いにくい事は、プロセスの途中で関係者全員がわかっていたはずだ。

それなのに、絶対成功させなければいけない30年越し5度目の挑戦でああいデザインにしたのは、わざととしか思えない。

普通ならば失敗を何としてでも避けるため、左右のわかりにくさなど、いの一番に潰すミスだ。

佐藤可士和が無理に推し進めたにしても、絶対セブンの偉い人からストップがかかる。だって悲願のコーヒー販売のために開発に2年もかけてるんですよ。意図がなければリスクは取らないはずだ。

ではその意図はなんだったのかというと、「使いにくいことそのもの」ではないかと思うのだ。

ここからは、乏しい想像力による推測というかほぼ妄想しかないために一気に話が飛躍するが、堪えていただきたい。


日本人には、行列に並びたがる性質がある(らしい)。飲食店での紹介には「行列」は欠かせない文句だ。

あの使いにくいマシンはそうした「行列効果バンドワゴン効果)」と、「炎上商法」そして「学習した事はやってみたくなる」という効果を狙ったのではないかと思う。

客が店内に入ると、レジ近くの目新しい機械の前でモタモタしてる人がいる。客はセブンコーヒーを売り始めたというニュースを思い出す。店内にはコーヒーのいい香りが漂い、コーヒーマシンの前に並ぶ人も増える。

しかし実際使ってみると、非常にわかりにくくて混乱する。行列も増える。なんじゃこりゃ、誰が作ったんだこんなマシンテプラが貼られてたぜ、酷いデザインだなとネット上では炎上気味に話題になる。

しかし、たかが左右の使い分けくらいは一度使えば覚える。いやむしろ、覚えるというアクション自体ユーザー体験になるし、セブンに行くたびにその事を意識する。なんなら汚く貼られたテプラ記憶に残る役割を果たす。

コーヒーは習慣性のある飲み物だし、人間はわざわざ覚えた事は実践してみたくなる生き物だ。それに実際飲んでみると、低価格とは思えない程度には美味しい。

そうやってリピートしてみて、スムーズ操作出来る自分と、コーヒーの味に満足感を覚える・・・

と、こういう画が描かれていたのではないかと思うのだ。もちろん、セブンカフェの成功トップシェアという結果があるので、いくらでも後付けで正当化できる。

しか佐藤可士和マシンデザインだけではなく、セブンイレブンのブランディング自体担当し、セブンカフェの細かいアイテムデザインも担っている。

そしてこのアイテムの内、カップデザインこそ、あまり話題にならずに見落としがちだが、他のコンビニとの差別化の要因になった強力な武器と言われているのだ。

コーヒーホットで注がれても熱くなりすぎることがなく、手のひらの中でちょうどいい温かさを得られる。

環境にも配慮し、低コストながら保温性も実現。

滑り止めがついていて扱いやすいし、手触りも抜群に良い。

RのカップでLを押し間違えても、ぎりぎり収まるサイズにも設計されている。(内容量についての詐欺説は悪質な嘘なので注意)

間違って蓋をつけたままマシンに入れてしまっても、ちゃんコーヒーが注がれるように注意を払ったデザインが蓋には施されている。

他のコンビニと比べ、これだけこだわったデザインカップに施した人が、マシンについてはただの無頓着だったとはやはり考えにくい。(マシン自体カップを斜めに設置しないようにスペースが工夫されていたりするらしい)

上記解釈が正しいかは別として、消費者の行動を踏まえた何らかの戦略があったことは違いなく、だからこそ30年も失敗し続けてきたコンビニコーヒーの導入に大成功したのだ。

繰り返すが、あの「使い難いコーヒーマシンからコンビニコーヒーの躍進が始まったのだ。そして2015年には、コンビニコーヒー総務省消費者物価指数に加えられるまでの巨大市場に至ったのである

以前の俺は違うデザインマシンならセブンコーヒーももっと売れただろうにと上から目線で思っていたが、こうした事実を知ると間違っていたのは俺のほうだった気がしてくる。

佐藤可士和の全仕事が素晴らしいとは言わないし、セブンコーヒーマシン意図も正確なところはわからない。だが、馬鹿にするだけでは見えないこともある。

コンビニ業界の悲願の達成、日常の消費をここまで変えた商品という結果はやはりすごいことだし、その一部は佐藤可士和の手によるものだ。

過剰に意味見出しすぎかもしれないが、彼を馬鹿にしている人も、そのことはほんの少しだけでも覚えていてもらいたい。

俺も馬鹿にしてたんだけど、これを調べてころっと評価が変わってしまった。


個人的妄想の類の文章だが、もし似たような事を先に書いてる人がいたら悪しからず。

2018-10-16

小説家になる方法

anond:20181015201227

なった私が言う。

 

小説家になろうカクヨム、などウェブには簡単小説家になるための入口がある。

そうしたサイトへの参加者の多くも小説家になって1発当ててみたいと思って小説を書いているだろうから競争率はかなり高いと思っていいだろう。

実際、たった一作しか書き上げずに、その一作が書籍化された時、ツイッターで知り合ったそれらサイト参加者の方々から羨ましがられたものである

ある人は「何作書いても一次選考に通るのがやっとで、ほんとに1発で当てたの?」としつこいくらいに尋ねられたこともある。

私自身は、1発当たればいいのになとは思ってはいたが、一方で最初から無理だと思ってので、ただ気ままに好きなように書きたいことを書いていただけだ。

プロレベルと言っていいほど文章も上手くて、プロットも巧み、読んでいて虜になってしまうくらい面白い作品はそれらサイト上にも無数にあり、その書籍化作品を完成させるまでは一作もまともに完成させたことすらない私などでは太刀打ちできるわけはないと思っていたから。

今でもサイトでその時完成させた小説は読めるのだが、書籍化時に大幅に改稿したものに比べると自分では無惨なほど酷いレベル小説だとしか思えない。

それがどうして書籍化されるに至ったか・・・・そんなの私自身にはわからない。

 

私の文章が如何に低レベルかは、この増田自身を読めば誰にでもわかる話だろう。

一つだけ戦略っぽいものはあった。

異世界転生ものみたいな流行ジャンルは書かないこと」

正直、自分では好きでもないし、そもそも読まないし、それ故書きたいとも思わなかったが、多分多くの人は異世界転生ものを書こうとするのではないだろうか。

でも、異世界もの競争率があまりに高すぎると思う。

それで、全然違うジャンル小説を書いたのだけど、もしかしたらそれが「なんだこれ?」と思われて目立つことになったのかも知れない。

ともかくも、戦略といってもたかがそれくらいのことだ。

 

プロットすら書かなかったし、実はあらすじもなかった。

ほんとに思いつくままに書き続けた。

こうしたら面白くなるんじゃないか? こういう人物がいたら話が広がるんじゃないか? などと適当にその場その場で思いつくアイデアをそのまま投入していった。

そんな感じで頑張って完成させたら十八万字もあった。

書籍化するには多すぎるということで、減らすのは苦労した。

 

あと、小説の書き方なんか知らないので、ちょっとだけググったりして調べたりもしたが、これはあまり参考にはならなかった。

だってプロットが大事」とか言われても、すでに大分書き進めた時点だったし、考えるのめんどくさかったし。

プロットを準備して書くスタイル自分にはあってないと思ったのもあったんだけど、書籍化に際しては編集とのやりとりをしないといけないから、やむなく書いたけどやっぱりめんどくさかった。

 

今はもう書いてない。

多分、頑張って書いていたらあと何冊分かは書けたような気はする。

単に書く気が生じないので書いていないだけである

あの時は異常なくらい書くのが楽しかったし、毎日何千字もよく書けたものだと思う。

 

以上のことから言えることは、書きたいことを好きなように書いていると、運よく書籍化されることもあるので、ダメ元で頑張ればチャンスがないわけではない、ということだろうか。私みたいに酷い文章しかなくても、プロ作家になる道は開かれていたということだけは、事実として確かだ。

2018-10-14

[][] (仮題)第3話

(執筆途中の作品であり、今後内容を変更する予定です)

高田

雙葉学園は、フランスサンモール修道会の会員が1875年に設立した築地語学校を祖とする、私立学校法人である

雙葉学園はその長い伝統において、「徳においては純真に、義務においては堅実に」という校訓のもと、幼稚園から高等学校にわたる一貫したカトリック教育を行ってきたが、雙葉女学院大学設立により、さらに4年間の大学過程をふくむ一貫教育が行われることになった。

というのも、雙葉中学校・高等学校は、東京大学をはじめとするいわゆる旧帝国大学や、慶應義塾大学などの難関私立大学合格者を多数輩出し、全国有数の進学校と呼ばれるようになっていたが、多数の生徒父兄が、単なる学力の追及ではなく、カトリック教育さらなる徹底を望んでいたこと、卒業生の多くがカトリックの信仰を保持していない現実を嘆くサンモール修道会の強い推薦により、2002年に大学過程を行う教育機関の設立が決議されたのである。その後、文部科学省の認可を受け、雙葉高等女学校設立からちょうど100年となる2009年、開校に至った。

私が雙葉高校卒業したとき、もしこの大学があったら、このエスカレーターに乗っていだろうか。キーボードを叩く手が止まり、ふと自分過去を反芻した。

中学受験成功し、晴れて雙葉の門を潜ることはできたものの、入学後は成績が低迷し、人生の目的も見出せないまま、あるいは、先生がたがおっしゃっていた、神に与えられた使命を感じることもなく、特に受験勉強もせずになんとなく大学受験をした私は、願書を出した中で最も無名な、平凡な私立大学に行くこととなった。

パッとしない4年間の大学生活の間、やはり人生に意義を見出せず、大学卒業後は、飲食店塾講師などのアルバイト転々としたのち、25歳で、あるカリスマ英語学者執筆アシスタントとして雇われることになった。

受験生向けから社会人のやり直し英語のための参考書まで、様々な英語関連書籍を多数執筆し、そのほとんどすべてがベストセラー、2005年から教育テレビでレギュラー番組放送されている、クリストファー・トンプソン、その人である

誰もが認めるカリスマ英語学者アシスタントベストセラー約束された数々の出版物編集作業。やっと使命が見つかったかに思えた。

が、それもつかの間のことだった。

最初の数ヶ月で気づいたことは、クリス・トンプソン執筆作業ほとんど全てを、彼の『アシスタント』に任せているということだった。それでも、はじめのうちは、英語学者である彼の理論専門家でない一般大衆向けに落とし込むのに、アシスタントが最大限の貢献をしているのだろうと好意的に考えていた。

働き始めて半年が経った頃、主力の『アシスタント』が結婚出産を機に退職することになり、私がその立場を引き継がなければならないとなったとき彼女から真相が告げられた。カリスマ英語学者クリス・トンプソンは、自分ではなんの理論も持っておらず、彼の博士号はディプロマミルから得られたもので、彼のアイデアと言われるものはすべて、彼女作品だったのだ。

『徳においては純真に。』私は、彼が世間を欺き続けるのを手助けすることはできなかった。

代わりの職を求めた私はその後、27歳にして都内にある無名私立高校英語教師として採用された。

須藤智くんとの出会いは、私がその学校で働き始めて3年目のことだった。

高校といえば雙葉高校しか知らなかった私は、おそらく世間では平均的であろう、学習意欲のない生徒たちを前に、教師として戸惑っていた。そんなとき入学してきた須藤くんは、『教え子』と——おこがましいが——呼びたくなるような、優秀で向上心の高い、私の初めての生徒だった。

彼はすべての科目の定期試験で満点を取り、全国模試では偏差値が80を超えていたので、瞬く間に教職員あいだで評判になった。

彼の非凡な才能は、主に自然科学理解に向けられているようであったが、彼の言語に対する洞察も、単に受験勉強ができるというレベルを超えているように思われた。

それは、彼が二年次に進級し、私の授業を受けることがなくなった新学期のことである。珍しく残業もなく、夕方6時に山手線新大久保駅で帰りの電車を待っていた私の元に、彼が歩み寄ってきた。

自然言語構成する元素を見つけました」

突然そう告げた彼は、意表を突かれてうろたえる私の返事を待つことなく、ノートを広げ、彼の発見説明し始めた。

私は彼の理論を即座に理解することができた。なぜなら、中性子陽子原子核電子といった、化学アナロジーを用いているものの、それらの用語を適宜『主要部、内項、外項、句、付加部』という言語学の用語に置き換えれば、それは現代言語学の父、ノーム・チョムスキーが1970年に発表した、エックスバー理論のものだったかである

彼はきっとエックスバー理論をどこかで読んだのだろう、そしてそれを、自分の慣れ親しんでいる化学アナロジー理解したのだろう、と私は考えた。

しかし、彼は、これは紛れもなく自分でたどり着いた理論で、とっかかりになったのは、クリス・トンプソンの『60億人の英文法』にある「日本人名詞が主でそれに冠詞がくっつくと考えがちだが、冠詞がまずあって、そこに名詞がくっつくというのがネイティブ感覚だ。」という記述だと言う。

ともかく、私は彼の話を信じた。そして、彼が自分発見を教えてくれたお返しに、私も自分の『発見』を彼に打ち明けた。こうして彼は、クリス・トンプソン秘密を知る、部外者第一号となるのであった。

秘密を共有した私たちは、ときどきメールを交換する仲になった。話題は主に、言語学。彼は初め、原子力工学の話をしたがったが、私がついていけないということに気づくと、言語学を中心に、私が理解できる話題を選んでしてくれるようになったのだ。これは私にとって、10年遅れて訪れた青春の一ページだったが、彼にとってはたぶん、相手先生から、気を使って付き合ってくれていただけだったのかもしれない。

私は一度、言語学の道に進みたくはないか、と彼に尋ねたことがある。彼がチョムスキーほどの天才かどうかはともかく、才能があることは間違いない。しかし、彼は原子力工学をやるといって譲らず、ワシントンにあるベルビュー工科大学を単願し、同校に進んだ。なぜマサチューセッツ工科大学や、スタンフォード大学を目指さなかったのだろう、あるいは、ワシントンならなぜ同州トップワシントン大学に行かなかったのだろう、願書くらい出しておけばよかったのに、と当時も思ったが、きっと彼なりの理由があったのだろう。

メールのやり取りは彼が高校卒業した後もしばらく続いたが、彼が希望通りベルビュー工科大学に進学すると、須藤智という天才を失ってただの無名私立高校に戻ったその場所で、張り合いのない授業を続ける私が、なんだか取り残されたように思えて、劣等感からメールを送るのが億劫になって、やめてしまった。

須藤くんとのメールをやめた私は、高校教師仕事もやめた。また人生に迷ってしまったと思った私は、以前のように求人情報をチェックしたり、履歴書作成したりする気もなくなって、目白アパートに引きこもった。

そんな張り合いのない生活を続けるうち、あるとき新聞広告欄に、雙葉学園が、大学新設にあたり職員を求めているという求人情報が載っているのが目に留まった。行き場を失った私は、まるで蜂が巣に戻るように、こうして古巣に戻ることになった。

はいま、雙葉女学院大学国際交流課で、4年ぶりに須藤くんへのメールを書いている。雙葉女学院日本大学として初めて、ツー・プラス・ツーのダブル・ディグリー協定海外大と結ぶことになったのだが、なんの因果か、その協定第一号が、ベルビュー工科大学だったのである。そして、私が留学カウンセリング担当した学生が、第1期生として派遣されることになったのだ。

彼女聡明女性だが、単独海外に行った経験はないと言う。現地に信頼できる知人がいれば、少しくらい世話を焼いてもらってもばちは当たらないだろう。

2018-10-13

anond:20181013150445

まじで体力測定すりゃいい。

それはいアイデアだね

あと病気のかかりにくさも測定できるならしたいね

でもそういったことをすると差別だってわめくんじゃないの?

2018-10-12

hitac 海外ドラマをよく見てればわかるけど、日本漫画アニメ小説は向こうのアイデアプロット結構パクってます。すでに半分は実行されてるようなもんだよ。


ラブライブグリーパクリくらいしか知らない

海外ドラマ アニメ パクリ

でググってもラブライブしか出てこない

その、「結構パクってる」例をラブライブ以外で教えてほしいわ

2018-10-11

anond:20181011150429

からだけど

40代独身日本を滅ぼす」って話そのものが「40代独身率と日本ヤバい度がリンクしてる」って程度の知見だろ

仮にこのアイデアが超絶有能AIによって再現性が認められたとしても

他のなにかと日本ヤバい度がリンクしているってことを否定するわけじゃない

ただアイデアは何でもOKですーとは普通に考えてならないか

データ出典や論理構造への基本的ダメ出しは当然あるだろうし

別のアイデアや別の論理で反対の立論もあるだろ。つまり抗えるだろ

2018-10-10

anond:20181010184023

銃を鈍器として利用するより銃に刃を括り付けて槍として扱ってみるのはどう? いいアイデアだと思うんだけれど。

anond:20181010165638

3Dプリンタ銃はまだファンタジーではなく現実寄りだな。

3Dプリンタコンシューマー向けになった瞬間位に発想されてた&実行されてたアイデアだし。

義手サイコガン位までいっておおっとなるくらいじゃないか。(義手ガン自体実存してそうだが)

2018-10-09

イクメンがもてはやされる時代だけど、男性育児をするのは当たり前だから育児しない男の蔑称を考えよう

なかなかいアイデアが思いつかない。

定額ケアさせ放題男

Mr.孕ませるだけ

2018-10-07

anond:20181007114718

経済学教科書的な回答としては「情報処理能力の差」だね。

各人がどれだけ能力アイデアがあって真面目に仕事をしているか、各人がどんな財・サービスを心から欲しているか、は、よほど親密な共同体メンバーでない限り外からは分からないけれど、

「金と市場」を間に挟めば、「ぎりぎり黒字にするにはこいつらにはここまで給料出せる」「金を出してでもこの財・サービスが欲しい」ぐらいの粗い精度ではあるけれど、情報が掴める。

「金出すからアイデア出してくれよ」ってのもやりやすい。

優秀な官僚機構でもそこまでの情報は取れないし情報の処理もできなかったということ。

但し、現在でも使ってる一部のマクロ経済分析手法元ネタソ連産だったりもする。一部ではそこそこ上手く行ってたんだ。

anond:20181007182249

無料は他にもあるって言うけれど、ブレイクした時点であれだけの質量そろってたのはないよ。なんだかんだいって、手を動かしたボリュームが決め手だったと思う。アイデアだけでどうにかなったわけじゃない。

2018-10-06

から診断系・占い本などを複数やったり読んだりしても、確実に一つだけ絶対に言われるブレない要素がある。

それは「芸術性があります」という部分。

何十年経ってもこの芸術性に関しては書かれている。

なんなのだ芸術性とは。別に絵は上手くないし、小説趣味でたまに短いの書いているが、素人文章丸出しでとても売れる内容とも思えない。

音楽は色々なジャンル好きだけど歌は下手だし、楽器リコーダー以外触ったことない。

DTM等でちょっとしたBGMでも作ってみたいなとは考えるが、それで食おうだなんて考えもしない。

陶芸10代で経験はあるが、これもせいぜい趣味レベル

映画落語は好きだが、作り手・語り手方面に関しては興味はない。料理は出来るが、レシピ通りに作れるだけ。

デザイン方面も何かアイデアがあるワケでもない。カメラも多少構図や露出などは気にかけるが、プロを目指すだなんてとんでもない。

何故私の結果だけこうも芸術性に関してはブレずに言われ続けるのか。自分が当てはまる結果以外をみても、それぞれ違うことが書かれているのに。

多かれ少なかれバーナム効果可能性もあるだろうし、なんなら、はてな民がこういう占い関係に関しては否定的なのは分かっている。

ただ、それでも知りたい。そこまで芸術性と言われ続けるなら自分には何が向いているのか。

占い等でそこまで言うならいっその事教えてくれないかな。

anond:20181006150715

USBカップウォーマーとか、自動車電気ケトルとか、どう考えてもアイデア倒れの商品に5点が大量についてたりして草だわ。

2018-10-05

anond:20181004224818

いいアイデアだな。

ジジババ座らしてるのは見たこと有る。

フードコートってあんまり使った事無くて良く分からなかった。

2018-10-04

アルーコール効能

平常時の脳は暴走しないように常識倫理リミットが掛けられているけど

アルコールによってその枷が外される!ココロ自由になるのだ!プルルー

中には自由になりすぎて迷子なっちゃう人もいるけれど

適量を守れば大丈夫普段は思いつけないようなアイデアが浮かんできたり

恥ずかしくて言えないようなことが人前で言えたり(しかも酒が言わせたんだよねで

済むからダメージゼロ!)ガチガチに凝り固まった精神を開放してくれるのだ!

みんなももっとアルコール摂取しよう!

キズナアイ表現の自由ハラスメント

https://news.yahoo.co.jp/byline/sendayuki/20181004-00099263/

この記事の「表現の自由」に対する考え方に、私は同意するところが多い。

だが一方で、表現理想的に捉えすぎているきらいがあるとも思う。表現現場でその「配慮」が、数多のアイデアを殺している現実を、私は見てきた。

記事でも指摘のあるとおり、重要なのはゾーニングだ。誰に向けた表現なのかというゾーニングが適切であれば、表現アイデアを殺す行き過ぎた配慮必要性は低くなるはずだ。

キズナアイの件は、時代の先頭を走る彼女によって、そのゾーニングがずれた結果起きた不幸な事故だろう。彼女には何の罪もないと私は考える。

ではどのようなゾーニングが適切かという議論はとても難しい。少なくとも私には手に負える気がしない。

ただ、そのゾーニングが行き過ぎれば「見たいものしか見ない社会」を助長し、本件でも見られたような意見の異なる他者に対する不寛容をより一層深刻にするだろうと予想はできる。

昨今、ハラスメント問題世間を騒がせている。ハラスメントは「嫌がらせ」という意味だが「同意のない強要」と解釈すると分かりやすい。

セクハラは「性的同意のない強要」で、パワハラは「権力行使した同意のない強要。あるいは権力により同意強要すること」だ。

話は逸れるが、というか逸れまくったうえでの極論だが、もしもバーチャル存在に魂が認められる社会であれば、見た目を貶めその存在否定する今回の意見は、バーチャル世界に生きる存在へのヘイトスピーチと言えるのかもしれない。

しかしそれはいつか未来可能性の話であって、もちろん今はそのようなものは認められない。ただ個人希望としては、私はそのような社会を夢見る。仮想的な魂のありようが、人権のようなもので守られたって良いと思う。

一方的嫌悪感表現し、相手存在のものを貶め否定するヘイトスピーチなど、社会通念上、認められない表現は当然ある。

しかし、社会通念上許される範囲表現である場合、ある特定倫理観をもって、ある表現同意なく抹殺されることがあるのなら、それは「モラルハラスメント」と呼ばれるだろう。「特定倫理観に基づいて、ある表現禁止同意なく強要する行為である

ただし、ここで注意しなければならないのは、ある意見の表明を先んじて「ハラスメントであるレッテルを貼り封殺することだ。

そのような言説は、ハラスメントであることを理由に、社会通念上認められる範囲意見の表明を同意なく禁止する「ハラスメントハラスメント」とでも言えるだろう。書いていて自分でもやや混乱してきたが、少なくとも私はそういう不寛容立場を支持しない。

Twitter創業者のひとり、ビズ・ストーンはかつて「オープン対話はきっと世界を良くする」と言った(※1)

ネット社会一部の人たちはある時期まで、意見の異なる集団がお互いに寛容の精神を持ち、建設的な議論を交わせる未来志向していたはずだ。

それは理想論に過ぎなかったのかもしれないが、理想は夢を諦める言い訳ではない。

私はかつてのWEB2.0信奉者だ。ネット空間善意に抱いた「過激な信頼」を完全に捨て去ることは難しい。

このエントリーが、寛容さについて考えるきっかけになり、世界が少しでも住みよい場所になればと祈り、こういう場所に久しぶりの投稿をした。

※1 乙武さんとビズ・ストーンの対談記事だったと思うが、記事は見つからなかった。動画も残っていないようだ。ただ、ビズ・ストーンがそのような信念をもってTwitter運営にあたっていたことは間違いないと思う。注記の付け方を忘れた

anond:20181004145230

すべてをJavaVMの最適化に任せなさい。JavaVMを信じなさい。一般ピープルの浅はかなアイデアの全ては偉大なJavaVMの前にはゴミです。

2018-10-03

anond:20181003185045

よく思うのが

後者物理のみというアイデア比較的よく伝わるが前者の精神から物理が生じるは

通じにくい。

実存主義が知らぬ間に思考支配しているのだろうか。

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