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はてなキーワード: 仮名とは

2021-04-25

anond:20110425114652

電書でけっこうバナーがでてた「腐女子ゲイ世間体のために仮面夫婦になる話」のモブ視点焼き直しにしかみえない

続刊まだ―?みたいな。

なんか仮名がオタ臭いんだよなぁ 

 

まり夫妻(妻は留守)とゲイ愛人目撃者増田の話だろ、よくある不自然BL展開

普通の男は妻のことを無料で働く料理奴隷とおもってるからバーベキューするなら台所にとじこめるぞ

2021-04-20

不妊治療に300万円。心が壊れた妻は「これは何の罰?」と号泣した

https://news.yahoo.co.jp/articles/6a4bc7075ab428abc050f8f9393a74909fa2bd27

これ妻のセリフオタク創作くさいんだが…

【ぼくたちの離婚 Vol.20 咲かずして散る花 #1】

 不妊治療体外受精など高度な治療の開始初期にある女性の54%に軽度以上の抑うつの症状があり、20代では78%以上に抑うつ症状が見られる。そんな調査結果が先日報じられた(※)。

 不妊治療を行う女性たちに強いられる精神的なストレスについてはこれまでも報じられてきたが、今回が国内初の本格的な調査であることを意外に思った人も多いのではないだろうか。少子化国家的な問題としながらも、不妊治療を行う女性メンタルいかケアされてこなかったか。それが露呈したともいえるだろう。

 このようなストレスは、夫婦関係にも大きな亀裂をもたらす。文筆業をいとなむ石岡敏夫さん(仮名/48歳)は、1年ほど前、7歳下の妻・咲(さき)さん(仮名)と離婚した。理由は「不妊治療」だという。ふたり結婚したのは石岡さんが42歳、咲さんが35歳のときだった。

国立成育医療研究センター体外受精などの不妊治療を始める予定の女性や始めたばかりの女性500人を対象に行なった調査

不妊治療でむしばまれた妻の心

最初から子供をつくるつもりで結婚し、1年ほど妊活しましたが、自然妊娠せずで。検査したところ、僕の精子の数が標準より少なく、運動率も低かった。それで顕微授精に踏み切りました」

 顕微授精(けんびじゅせい)とは体外受精一種で、不妊治療の中では最も高度な医療行為であり、最もお金がかかる。女性から取り出した卵子に、男性精子を細い針で注入。卵子が分割して受精卵になったら、胚移植受精卵を女性の子宮に戻すこと)し、着床させるものだ。

 不妊治療のなかでも特に体外受精や顕微授精は、女性側の肉体的・精神負担が大きい。採卵の方法は「採卵針を腟から挿入して卵巣に刺し、卵胞液ごと吸引して卵胞の中の卵子を取り出す」というもの施術前後の投薬や注射必要だ。薬の副作用で体調が悪化することも少なくない。

 頻繁に通院しなければならないことに加え、採卵日が確定するのはその数日前なので、フルタイム仕事を持っている女性にとっては非常にハードルが高い治療法だ。咲さんも働きながらの通院だった。

「僕が率先して家事をやるなど、できるだけのケアはしたんですが、咲がこうむる施術苦痛体調不良仕事のしわ寄せは代わってやることができません。咲はイライラが激しくなり、僕によく当たるようになりました」

 採卵のチャンスは月に一度。しかし投薬による副作用仕事パフォーマンスにも支障をきたすうえ、咲さんが多忙な時期は頻繁な通院も難しく、見送らざるをえない。かといって、時間がたてばたつほど加齢により妊娠確率は下がっていく。焦りといらだちが咲さんの心をむしばんでいった。

目の前を通る子ども無視するように…

 何度も採卵と胚移植を試みるも、いっこうに子供を授かることができない石岡さん夫婦。咲さんの子宮内環境があまりよくないのが理由だった。

不妊治療をはじめて2年くらい経った頃から、僕の中では、そしておそらく咲の中でも、『もう、無理なんじゃないか?』という考えが頭をもたげるようになりました。無邪気に自然妊娠を狙っていた頃、ふたりあんなに話していた子供のことを、一切話さなくなったんです。名前は何にしようか、子供部屋を確保したらあなた書斎はなくなるね、なんて毎晩のようにワイワイキャッキャ。そんなことをしてる暇があったら、1日でも早く不妊治療に踏み切るべきでした……」

 石岡さんは後悔を口にした。

「当時は、新居近くの公園電車内で子供が走り回っていると、『元気だね~』とか『うちの子もああなるかな、目が離せないから大変だね~』なんて微笑みながら話していたものですが、不妊治療が難航するにしたがって、ふたりとも口をつぐむようになりました。目の前を子供が走り去っていっても、“まるで子供なんか通らなかったかのように”無視するようになったんです」

3年間、300万円近くを使って断念

 夫婦関係性にも変化があった。

「くだらないことで心から笑い合うことがなくなりました。以前は、僕がワイドショーコメンテーターモノマネをして彼女を笑わせたり、撮りあった互いの顔写真アプリ変顔に加工して腹がよじれるほど爆笑したりしていましたが、そういうことが一切なくなったんです。

毎年、咲の誕生日は、彼女が行ってみたい高級店を僕が予約することになっていたんですが、不妊治療2年目にどこに行きたいか聞いたら、『今年は別にいかな。それでなくてもお金かかるし』と、テレビから視線を外さずに言われて……。何も言い返せませんでした」

 やがて不妊治療スタートして3年が経過。累計費用は300万円近くにまで達していた。石岡さん46歳、咲さん39歳。“その日”はやってくる。

「何度目かの胚移植に失敗して、咲に生理が来てしまった日のことです。“撃沈”にはもう慣れっこになっていましたが、夕食の後で僕が席を立とうとすると、咲が青白い顔で『もう、やめようか? やめていい?』と言いました。僕は『そうしよう。今までよくがんばったね、ありがとう』とねぎらいましたが、彼女は放心状態。僕はそれ以上言葉をかけられず、そっとしておきました」

視界に入るものすべてが地獄

 数週間は何事もない日が続いた。しかし、ある日のこと。

寝る時間になっても咲がベッドに来ないんです。おかしいと思って洗面所に行くと、彼女が小さく嗚咽していました。『おおぅ、おおぅ……』って。蛇口から水を出しっぱなしにしながら」

 石岡さんが声をかけると、咲さんは洗面所の冷たい床にへたりこみ、苦しい胸の内をぶちまけた。

「視界に入るものすべてが地獄だと僕に言いました。日々報じられる芸能人妊娠出産ニュース。街ではしゃぎまわっている子供たち。何を見ても“何か”を思い出す、耐えられない、気が狂いそうだと……」

 石岡さんが今までに見たこともないほど咲さんは取り乱し、泣きじゃくっていた。

「こうも言いました。世の中にいるすべての人間は、ひとり残らず誰かが産み落とした。なのに自分は、この人間社会の当たり前の営みに参加できない。人類の大きなサークルに入ることができない。こんな絶望ってある!? ねえ? そう詰め寄られました」

 咲さんがその夜に爆発した理由は、後日判明する。1年ほど前に結婚した咲さんの従姉妹(当時33歳)に第一子が誕生したと、その日の日中に咲さんの母親から連絡があったのだ。母親からの「出産祝い、どうする?」が引き金になったようだった。

自分がこんなにも苦労して、莫大なお金を使ったあげく、結局子供を授かれなかったのに、5つ歳下の従姉妹はいとも簡単に授かった。そのうえニコニコして出産祝いまで包まなければならないなんて……。そりゃあ、やりきれないでしょうよ」

“いる”だけで幸せなのに…

 石岡さんによれば、咲さんはもともと、人をやっかんだり、罵倒したりするような人間ではなかった。しかし、その夜の咲さんは違ったという。

彼女は吐き捨てるように言いました。どんなに頭からっぽなモデルあがりの芸能人にも、誰とでも寝ると有名だった中学時代同級生にも、子供がいる。なのに、私にはいない。今まで下に見ていた、自分よりイタい人生だと思っていた人たちが、自分には絶対持てないものを持っている。でも私は持ってない。それが悔しいし、そういう下劣なやっかみの感情を抑えられない自分が嫌になる、と」

 まるで咲さんが憑依しているかのように、感情をこめて話す石岡さん。

「“育児が大変”みたいなブログコミックエッセイって、結局自慢でしょ? “いる”んだったら、それでもう、いいじゃない。私なんて、“いない”んだよ!? だいたい贅沢なんだよね。“いる”なら、“いる”だけで幸せじゃない。そんなちっちゃいことで文句言わないでって思う」

「妻の“生々しさ”に吐き気を催した」

 これは咲さんの言葉の反芻なのか、石岡さんの気持ちの表明なのか。

子育てブログTwitterママ垢には、“旦那育児してくれない。旦那死ね毎日地獄”って書いてあるじゃない。でも私、思っちゃうんだよ。授かることさえできれば、ワンオペでもなんでもいい。咲はそう言いながら、洗面所の壁や床をグーで何度も叩いていました」

 あんなに口汚い彼女をはじめて見ました、と石岡さんは悲しそうに言った。

「咲の裸の人間性を初めて見た気がします。いたたまれなくて、胸が張り裂けそうでした。ただ正直言えば、感情むき出しの咲に怯(ひる)んでいる僕もいて……。彼女の生々しさに、少しこう、吐き気を催したというか……」

 「吐き気」という言葉に、発した石岡さん自身が怯んでいるように見えた。

機械のように「いいね!」を押し続ける罰

 気がつけば何時間も経過し、深夜3時を過ぎていた。ふたりとも翌日は仕事だったが、とても眠れるような状況ではない。

「咲は、頭の中に溜まった澱(おり)を、ひとつ残らず吐き出そうとしていました。僕に、というよりはこの世界全体に向けて」

 咲さんの絶望の矛先はFacebookにも向けられた。咲さんは、学生時代の友人や職場の同僚が投稿する我が子の成長写真に、今まで律儀に“いいね!”を押し続けていたそうだ。

「もう無理、もう無理って、消え入りそうな声で言うんですよ。僕は、“いいね!”なんて押さなくてもいいじゃない。投稿非表示にすれば……と言いかけたんですが、鋭い声で『できるわけない!』と遮(さえぎ)られました」

 それは、なぜか。

「今までずっと“いいね!”を押してきた私が、突然押さなくなったら、友人や同僚たちはきっと変に思う。“何か”を、思う。それに耐えられないし、怖い。私はこれからもずっと、あの人たちの子供の写真を見て、機械のように“いいね!”を押し続けるしかない。そんなの無理だよう、無理だよう……って。子供みたいに泣きじゃくるんです」

 深い溜息をついて、石岡さんは言った。

「咲が言うんですよ。これは何の罰? ねえ、何の罰?って」

意識の高い夫婦だって思われるのが、死ぬほど嫌」

 ここから先の咲さんの言葉は、さらに重い。

「咲は言いました。私は“子供を作らない人生を選んだ意識の高い夫婦だって思われるのが、死ぬほど嫌。できれば名札をつけて外を歩きたい。『私たち夫婦子供がいないのは、作らないからではなく、できないからです』って。

ライフスタイルとして子供を作らないお気楽夫婦と、一緒にしてほしくない。私はね、欲しいけどできなかったんだよ。ものすごく努力して、バカみたいに時間お金もかけて、卵巣に何度も針を刺して地獄の苦しみを味わったけど、それでもできなかったんだよって。首に看板かけて、一生言い続けたいくらいなの。でも、世間はきっと、そういうふうには見てくれない。

私はこれからFacebookによくいる、子供はいないけど夫婦ふたり大人ライフ満喫してますよ、私たちささやか幸せを味わってますよ、足りてますよって、日々自己催眠みたいに投稿する人たちと、同じ“側”の人間になるんだって。これからは“そっち側”の人間として扱われるんだって。そう言って、オンオン泣きました」

 石岡さんは、いくら頭を回しても、かける言葉が出てこなかったという。

「1mmの反論反証もできない、人間完璧絶望というものに立ち会いました」

 石岡さんは言い淀み、そして絞り出すように言った。

「その時、思ってしまったんです。こんなことなら、子供なんて欲しがらなければよかったって」

 石岡さんは今から8年前、40歳ときに急に子供が欲しくなった理由を話し始めた。

(次回につづく)

2021-04-19

「ぢ」「づ」って名前に使われないよな

苗字ではない名前で使われない平仮名についてぼーっと考えていた。候補に挙がったのは「ぢ」「づ」だ。

仮名時代戦前には当たり前のように名前の読みに「ぢ」や「づ」は使われていた。「づ」で有名どころならば笠置シヅ子(本名は静子(しづこ))。「ぢ」なら漫画家松本かつぢ(本名は勝治(かつぢ))。(現代漫画家ペンネームならばぢたま某がいるが当然これは本名ではない)

わが子の命名にziやzuの音があっても、読みとして「じ」「ず」ではなくわざわざ「ぢ」「づ」を使う例は現代ではごくわずかだと思う。もしいるならどのくらいいるのだろうか。

(追記)成る程。しづき、かづき、みづき、か。ちづるなんてのもあるな。月や鶴の読みに「づ」を使う例はあるのか。女性名前に「づ」は今でも通用しそうだ。(でも男性には少ないだろうな)

2021-04-16

市役所で働いてた子をITコンサルスカウトしたら指名停止になった話をする

もう何年経つだろう。

の子を初めて見たのは、とある市町村ふるさと納税制度運営パートナーを決めるためのプロポーザル型入札の会場だった。

100㎡もないだろう狭い会場の中に私達のグループが入ると、市の職員が数名、一番遠くの壁に並んで立っていた。ふるさと納税担当部署職員だった。

その一番左端に、その子はいた。若い職員だった。爽やかなセミフォーマル姿で、装いはパリッとしている。物憂げな瞳を足元に向けて不安そうにしていた。

スライドの正面には、険しい顔つきの幹部職員が座っていた。審査員の顔を見渡し、私達は最初挨拶会社説明者の紹介)を簡単に述べた。副市長の「それでは始めてください」という合図と一緒に、『その子』もすぐ後ろにあった長椅子に他の職員とともに腰かけた。

なぜ、その子の姿が目についたかというと、清潔感だ。清潔感がとんでもなかった。若いっていいな、自分あんな25くらいの頃に戻りたい、という雑念を捨ててノートパソコンを立ち上げ、レーザーポインタを起動した……

約1週間後、弊社がめでたく第一候補者(※ほぼ内定という意味)として選ばれた。契約書に押印するため、F市役所へと、私が席を置いているオフィストップ(所長としておく)と一緒に向かった。

ふるさと納税事業担当課(地域を盛り上げる的な名前が付いていた)の窓口に行くと、まだ約束10分前だというのに、その子Sさんとする)が待機していた。あの時と同じように緊張した面持ちだった。すぐ隣には、四十代半ばくらいの男性上司がついている。

「先日はどうもありがとうございました!」

「緊張しましたよ~」

みたいな世間話ちょっとした後……契約書に印紙を貼って、割り印をして、契約者名のところに押印をして、最後に捨て印を押そうとすると、いらないですと言われ……そして、Sさん契約書を手渡した。

Sさんが不慣れな手つきで2枚の契約書に市長印鑑ゆっくりと押すと、はにかんだ笑顔で1枚を返してくれた。

「今後、私がF市の事務担当者になります。今後ともよろしくお願いします」

こちらこそ。私が弊社の窓口です。宜しくお願いします」

こんなやりとりだったかな? 男性上司の人は、「この子がメインで渉外を担当します」と説明していた。

私は、その年若い事務担当者のことが気になっていた。

Sさん大学出て何年くらいになるの?」

衝撃を受けた。想定よりずっと若い人だった。

私がSさんくらいの時は、毎日サークルの部室でごろごろして、アルバイト帰りに仲間と飲みに行って、恋人と別れてショックを受けたりしていた。

それだけに衝撃だった。異常だ、とその時は感じた。でも、それは私達から見た場合感覚であって、向こうからすれば違う。高校を出てそのまますぐに就職する。そういう人も多くいて、たまたま私達の世界大卒が多いだけで。それだけの話だった。

大学生ほどの年齢の子が、ふるさと納税という大きなお金が動く舞台で、公務員組織にとっては重大なチャレンジであろうこの機会に、一応はプロITコンサルITだけじゃないけど…)である私達と折衝する役割を担っている。

私の経験上、官公庁側のこういった花形事業担当者は、〇〇長が付くような役職の人か、30代前半くらいで、昇進が期待されている人が選ばれる。



契約期間は2年だった。

その間に、ふるさと納税制度の導入パートナーとして、システムの整備やら、返礼品の選定やら、業務フローの構築やら、その自治体が安定して制度を回せるまでの準備をしていく。

3年目に晴れて制度スタートしたら、弊社はシステム保守業者として、毎年度、特命一者タイプ随意契約によって安定的仕事を得ることができる。

肝心のSさんだけど、こちらの想定よりも頼りになる子だった。普通なら無理なお願いも聞いてくれて、それでいてこちら側の仕事、主にシステム関連の知識をぐんぐん吸収していった。

地頭がよく、それでいて物事に対して本気になることができる。そういう子だった。

(以下、ちょっと蛇足

例えば今回、「F市ふるさと納税制度導入パートナー選定業務」みたいな件名で入札が行われたのだが、弊社が勝つ確率は約85%と推定されていた。

というのも、入札実施の前年度に弊社がF市に呼ばれ、「ふるさと納税をやろうと考えているのですが~」といった具合に相談を受けた後、参考見積書と設計書をF市に提出していた。そして、入札にあたっては、その参考見積書と設計書がそのまま採用されている。

おわかりいただけたかと思うが、他社がプロポに入れないよう、提出書類に予め細工をしておくのだ。そうすることで、こちらに有利な形で契約を取りに行ける。実際、プロポに参加した企業は弊社のほかに2社しかなかった。その経済圏におけるライバル企業の数は優に10社を超えているにも拘わらず。

一般に、地方自治体担当者はIT関連に疎いことがほとんどであるため、こうしたこと通用してしまう――でも、Sさんは違った。上記に挙げた弊社が勝った理由について自分なりに考えて、私達に指摘をしたのだ。

「ほかの自治体でも参考見積書を出したら入札にかなり勝ちやすいんですよね?」と自然に切り出したうえで、他社が入札に参加できないように行った諸々のワザを見抜いた。

Sさんは、システム関連の勉強をして、プログラムの打ち込みに挑戦して、職場でも、電子機器の導入やセキュリティ責任者といった役割を買って出ていた。

一方で、おっちょこちょいなところもあって、メールに添付文書を忘れるのはしょっちゅうだ。褒められると顔を真っ赤にする。急に頭の回転が鈍くなって、とんちんかん冗談を言ったりする。

一応はコンサルなので、競合他社と同じく顧客評価ランク付けを行っている。その中でも、F市のランクは高い位置にあった。

無茶な要求をしないし、レベルの低い問題でいちいち呼びつけたりしない(自分達で解決する)し、十分な契約金額と契約期間を用意してくれた。市役所内のシステムの深いところの情報(通常、外部組織に閲覧させるべきではないもの)を見たいといった時も、システム管理課に掛け合ってくれ、数時間もかから情報を手に入れることができた。

蛇足終わり)

その2年間で、Sさんの表情が曇る時もあった。

年配の職員Sさんの隣に座っていたのだけど、折り合いが悪そうにしている時があった。その先輩がSさんに行った指摘について、私が座っている窓口まで聞こえることがたまにあったが、大抵は些末な内容だった。

文字の送り仮名(行なうじゃなくて行うとか、見積もりじゃなくて見積りなど)や、請求書の処理件名の些末だと思われる部分の指摘、イベント運営マニュアルでの各人の動き方(特にその先輩の)について具体的に文書で示すようにとか、ほかにもグチグチと同じようなことを言っていた。その人との話が終わった後に窓口に来たSさんは、大抵ムスッとしていた。表情が曇っていた。

ある訪問機会のことだった。うちの所長が私と一緒に来ていて、Sさん一人が役所玄関まで送ってくれたことがある。玄関から離れて社用車へと歩き出す直前、私はついに言ってしまった。

Sさん公務員も向いてるけど、コンサル業界も向いてるんじゃない!?」

反射的に「やばい」と思って、所長の顔を見た。

「うん。Sさんウチおいでよ! 歓迎するよ」

所長もノリノリだった。Sさんは俯いて、唇を尖らせていた。

「まだ21なんですけど」

大丈夫。また今度考えてね。〇〇さん(※私)も応援しているから」

帰りの車の中で、所長が言っていた。

「もちろん冗談だよ。あの子公務員の方が向いている。でも、うちの採用試験に来てほしいとも思う。働けるだけの実力は多分持ってる」

……それから一か月後。私の携帯電話が入った。Sさんからだった。

弊社の採用試験を受けたいらしい。

市役所仕事あんまりきじゃないんだって。今の仕事楽しいけど、前の部署戸籍仕事をしていた時は、やめたくてしょうがなかったんだって。何から何まで細かすぎるところと、自分で考えて動けないのが嫌なようだ。自分で考えて、自分で動いて、結果に対して責任を取るタイプ仕事がしたいらしい。

私一人で考えてもしょうがないので、所長に報告をして、本社スタッフ部門にも相談したところ、結論が出た。

採用試験は受けられない

理由①として年齢。大学を出ていないコンサルタントはいるが、そこまで若い人は例がない

理由②として取引先との関係。人を奪うようなことをすべきではない。彼が本当にその気であれば止めないが...

あなた達がそこまで推すなら、23才になったら採用試験を受けてもいい。ふるさと納税導入パートナー契約期間が終わるまでは必ず待つこと。

あと1年ちょっとだった。

私はこの時、Sさんにとってどんな道がいいのか? と思案していた。

普通に考えれば、地方公務員の方がいいだろう。コンサルタントの道を勧めてよかったんだろうか、あの子を不幸にしやしないかという不安に捉われたのを覚えている。自分で言い出しておいて、本当に勝手なことを考えていた。



それから約1年後。弊社が借りているオフィスの一室に、Sさんスーツ姿で現れた。

相変わらず、清潔感が抜群だった。真白のシャツがよく似合っている。

試験は何の不安もなかった。書類選考は顔パスだし、筆記試験(Webテスト)は限りなく満点に近かった。

一次面接を務めた私と所長は、Sさんに対してほぼ同じ結論を下した。内容としては、①地頭がいい。頭の回転の速さも悪くない、②温かみがあり、顧客安心に繋がる話し方である、③偉ぶったところがなく謙虚姿勢が見える、といったものだった。

本社での二次面接も無事に終えた。面接官だったディレクター日本企業でいうと本部長~役員くらい)に電話で話をうかがったところ、「概ね一次面接の印象のとおりの子だった。難点として、芯が弱いところがある。強烈なキャラクター顧客相手だと通用しないだろう」とのことだった。

「次の面接には進めますか」と聞いたところ、「三次面接を行う必要はないと判断した。他社も受けているとのことだったので、ここで内定を出す。弊社のほかは辞退するように伝えてほしい」

当時のメモによると、私はディレクターとこうしたやり取りをしていた。懐かしい思い出だ。

当時は、「Sさん採用されますように! 弊社でなくても、ほかのコンサルに入れますように」と毎週のように祈っていた。それくらい、Sさん性格のいい子だった。今でも、あの笑顔を思い出して幸せの余韻に浸ることがある。



そろそろ結末について話す。

Sさん退職時期と、ふるさと納税導入パートナー企業としての契約期間の満了はほぼ同時だった。

最後Sさん職場を訪れた時の、あの男性上司の苦渋の顔を忘れることは難しい。

やるせない表情をしていた。見た目は笑っているけど、心の中でなにかヘドロのような汚物ブンブン飛び回ってるんじゃないかって、そんな顔つきだった。

Sさんがうちに来てくれたのは嬉しいけど、本当に申し訳ないと思った。

さて。通常のパターンだと、ふるさと納税運営していくための基幹システムの整備や地元産品の手配体制業務フローの構築などを終えると、弊社はシステム保守管理地方自治体から請けることになる。

……タイトルにあるように、弊社は事実上指名停止(※)になった。システム保守管理は、F市が戸籍市民税システム保守を請け負っている会社が一任することになった。その後、弊社のスタッフがF市を訪れたことは一度としてない。

当初は、「ウチのスタッフがいないのに保守なんてできるの?」と疑問に思っていたけど杞憂だった。Sさんが気を吐いて、どんな職員業者に当たってもシステム運用管理保守が担えるように引継資料を作っていた。

今回のような事態予測したり、意識していたわけではないだろう。ただ、Sさん仕事に対してひたむきな人だったから、物事に対して本気になれる人だったから、普通地方公務員レベルはるかに超えて、みんなのために頑張ることができた。それだけだ。

事実上指名停止特定会社指名停止にしたくてもできない場合に行われる。今回の例でいうと、職員の引き抜きを理由に私達を指名停止にはできないので、指名リストに載せたまま『排除』する。弊社はもう、F市から参考見積書や設計書の提出を依頼されることはないし、プロポーザルに呼ばれることもないし、参加申込ができたとしても必ず負ける。



筆に熱を込め過ぎた。反省している。

あれから4年以上が経って、私は別の会社転職した。SさんはITとは別の分野に異動になり、忙しい毎日を送っている。はてな匿名ダイアリーを見ている可能性は0%といってもいい。それくらい忙しい環境だ。辛い日々を送っているかもしれない。いや、確実に辛いだろう。それこそ地獄のように。

今でも思い返すことがある。私があの時、Sさんを誘ったのは本当に正しかたかということだ。

私はSさん職場で悲しい顔をしていた時、なんとかしてあげたかった。そんなことはできるはずもないけど、それでも助けてあげたかった。だから無責任立場ではあったけど、うちに来てみないかって、声をかけた。

本人にとって良き選択だったのか、それがわかるのはまだずっと遠い未来のことだけど…過去でも、現在でも、未来でも、私はSさん幸せを願っている。

一緒に働けたのは短い間だったけど、楽しかったよ。また会おうね。

2021-04-13

卑俗

昔、デパ地下ショップアルバイトをしていた。まだ新設したての店舗だったため、主に大学生が在籍する店舗だった。

そこで私は佐々木さん(仮名)というひとつ年下の大学生とよく話すようになる。私が「一人暮らしから家に帰ってもご飯がない、今月はかなりピンチだ、しばらく小麦粉と水で生き延びなければならない…」なんて冗談を言うと、「何か私の家から食料を持ってきましょうか?」と間に受けたり(もちろん貰っていない)、かと思えばお互い苦手な従業員悪口をこっそりと言い合ったり。

佐々木さんとは好きなユーチューバーが同じで、その話をしたこともあった。少々下品企画も多いグループだったため、穏やかな佐々木さんが好んでいるというのは意外だった。佐々木さんは遅番の時間に帰ると、夕飯が用意されていない日もあるだとか、また帰宅する時間は既に家族が寝ているかドライヤーが使えないため髪を乾かさずに寝ているなんて話も聞いた。

佐々木さんの家はもしかしたら複雑な家庭環境なのかも知れないと思った。

彼女は少し天然で穏やかで心優しい、けれど偶には毒づいたり、お家が少し厳しかったり、そんな普通女の子だった。

話は変わる。私は地方の片田舎から上京した生粋田舎である。今でこそ進路は大学学者が半数を占めるが、高卒・中卒での就職10代での結婚妊娠なんてものはザラなどこにでもある地方の寂れた小さな町の生まれだ。

そんな田舎者の私が百貨店に配属されたことが、時にプレッシャーとなった。当たり前に提示される高ランククレジットカードルイ・ヴィトンシャネルなんてブランド品は掃いて捨てるほど目にするどころか、バーキンなんかも週に何度も見かけるような店だった。眩しいライトを見ると脳にガツンと響いて目眩がするように、百貨店は常に居心地が悪かった。

佐々木さんへそんな悩みを告げると、

「ここのお客さんとは生きる世界が違いますからね」

と返してくれた。ああ、佐々木さんも同じように居心地が悪いんだろうなあ。と思った。


佐々木さんが不在のある日、アルバイト大学生が「佐々木さんが本当に羨ましいです」と言った。唐突だったので何かと聞くと、

だって○○大学(某お嬢様大学)ですよ?部活吹奏楽部で、バイオリンをしてるんですって。お父様も会社社長をされていて、お姉様も△△(某有名銀行)で働いてるんですよ!」

私はきっと引き攣った顔をしていたと思う。






今でもふと思い返す。私が話していた佐々木さんは、存在しなかったのではないのだろうか、と。





佐々木さんのスペックには一部フェイクを混ぜてあります

2021-04-10

キラキラネーム高校生いじめられて辛い」と改名希望

キラキラネーム改名が難しくなる 戸籍への「読み仮名」明記、国が検討

デジタル原理主義者はこうして子供の命を奪う

>「ヒ」と「シ」が混同して発音される現象の仕組みを豊橋科技大が解明

これでもう戸籍に読み仮名登録を求める科学的根拠がなくなったな

2021-04-07

君はどれだけ名前を読めるか

今年の小学校入学式掲示されていた生徒の名前だ。

はいくつ正しく読めるか。

まず漢字のみで一覧、下部に読み仮名付きで記載する

===名前(漢字のみ)===

流生

蒼空

愉生

愛梨

新太

飛嵐

洸音

享平

正宝

愛衣

琉生

拳志郎

大翔

望緒

日南

悠翔

絵里香

龍空

佳乃

一斗

乙葉

壮悟

優心

俊介

挨祐

遥真

嘉伊

叶聖

恭一郎

瑠希

聖希

萌彩

海翔

清斗

綜将

美月

唯花

隼翔

次はよみがなつきで

===名前 よみがな===

流生 るい

蒼空 そら

愉生 ゆい

愛梨 あい

新太 あらた

飛嵐 あらん

洸音 ひろと

享平 きょうへい

正宝 まさたか

つばさ

愛衣菜 めいな

琉生 るお

拳志郎 けんしろ

大翔 ひろと

望緒 みお

日南 ひな

悠翔 ゆうと

絵里香 えりか

龍空 りく

佳乃 かの

一斗 いちと

乙葉 おとは

壮悟 そうご

優心 ゆうしん

俊介 しゅんすけ

挨祐 あいすけ

あんず

遥真 はるま

嘉伊 かい

叶聖 とあ

恭一郎 きょういちろう

瑠希 りゅうき

聖希 せな

萌彩 めい

海翔 かい

清斗 すみと

綜将 そうすけ

美月 みづき

唯花 ゆいか

隼翔 しゅうと

誰でも知ってる名字特殊な読み仮名がついてる者だが

メジャー名字と見せかけて読み方だけ変わってるので日常生活が地味にめんどい

例えば私の名字字面が「増田」だとしたら大体の人は疑いなくマスダと読むと思うが

自分名前の読みはゾウデン(仮)とかそういう感じなのである

いやもうマジで何でこうなったん?

祖先厨二病だったのか?

多くの人は他人の氏名欄に勅使河原とか四月一日とか小鳥遊とか

難しそうな字が書いてあれば前もって読みを調べておくと思うが(該当の氏名の方々、例に出してごめんなさい)

増田」と書いてあって読みがマスダ以外の可能性を疑う人はそうそういない。

名字名前珍名の人はだいたい経験あると思うけど、

間違ってマスダさんって呼ばれた時に「あっゾウデンです」って訂正すると

まるで読み間違えられたはずのこっちが悪者かのような空気流れる時がある。

(恥をかかしやがって!と逆ギレする人にも出会った事がある)

どこへ行っても間違われるのでそのうち面倒くさくなって訂正するのもやめる。

訂正しないのでたまに職場にくる宅配業者とか郵便局の人とか

そんな知り合い程度の人々は当たり前にマスダさんだと思って話しかけてくる。

何かの拍子に「本当はこの人ゾウデンさんだったらしい」と知るとすごい謝り倒してくれてまた変な空気流れる

というかコレ今さっき起こった。

ハァーめんどくさい。

正直私がゾウデンである必要はそんなに無い。

私と同じ名字を付けて長年生きてきた父も「役職付きの気を遣われるオッサンになるまでは本当に面倒だった」と言っている。

メリットインパクトいから名乗れば初対面で覚えてもらうのが早い程度。

私もいっそ普通のマスダさんになりたい。

幸いにも下の名前普通なのでそこは助かっている(お父さんありがとう)

ちょっと話がズレるけど

こういうの「自身普通名前から我が子にはオンリーワン名前を!」みたいな考えの人には

想像しにくい部分があると思うので一歩踏み止まってよく考えて欲しいと思う。

(※もちろん考えた上でオンリーワンの名付け決めるのは全然問題じゃないし

お子さんに珍しい名前つけた方を責めてるわけではなくて、これから名付けする方に向けてですよ)

2021-04-02

女性は可哀そうな存在だと思う

ちょうど6年前のことだ。そろそろここに書いても大丈夫だろう。

俺がいる部署の隣の隣の、さらに隣のブロック新人女子が配属されてきた。清楚な印象の子だった。25くらいかなと思った。

新年度になって新人女子が来るだけなら大したことじゃないが、その女子アユミさんとしよう)の隣には、俺が昔世話になった先輩がいた。年齢は40近い人で、頭髪の一部が白くなっている。

アユミさんも、その先輩も未婚だった。

その2人が、仕事でタッグになった。県営住宅管理運営仕事で、先輩が主で、アユミさんが副として業務にあたるとのことだった。

実際、2人はまさにタッグだった。週に2、3度は軽トラックに乗って現場に出かけ、窓口では県営住宅に住んでいる人の相談に乗り、職場の小さい買い物や改善活動も2人でやるように上から命じられる。

これは、あれだ。俺の会社ではたまにあることだ。

人事が、俺の先輩(アキオさんとしよう。アユミさんとともに原型を留めないレベル仮名にしている)に“嫁候補”をあてがったのだ。

言っておくが、アキオさんは、はてな語でいうところのKKO(※精神的な意味で)とは真逆人間だ。比べることすらおこがましい。

組織人として結果を出しているし、上司の指示に忠実だし、でも納得できなければとことん議論するし、同僚や取引相手には分け隔てなく接するし、後輩には男女問わずモテる

頭が切れるタイプじゃない。沈思黙考という言葉が似合う。

得意分野の広さがなによりも凄い。財務会計設備管理現場仕事クレーム対応、測量図面作成など、まさに何でもござれのヤバい人だ。ヤバい人、というのはもちろんいい意味で使っている。

お金がなくて月々の家賃が払えない人が窓口に来ても、何時間でも話を聞いているし、怖い人に怒鳴られても毅然とした態度を崩さない。

そういうところを俺もみんなも尊敬している。

ある時だった。仕事で嫌な事があってふてくされ、失礼な態度でだるそうに接客をしていたのを注意されたことがある。

お客さんが帰った後で、アキオ先輩は俺の肩に触れながら、「K君。そんなことしたらいけないよ。お客さんを差別したらだめだ」と諭してくれた。

それでも不貞腐れる俺だったけど、笑顔でずっと傍にいてくれたんだ。

それから段々と、アキオ先輩に敬意を払うようになっていった。

ところで。アキオ先輩は恋愛ができない。

これまで恋人いたことはないらしい。恋愛ができないというよりは、興味がないのだろうと思う。

アキオさんは、見た目はボヤっとしているかもしれないが、体型は細いし、ファッション清潔感がある。モテる要素はあるのだが、本人が恋愛に乗り気じゃない。

ほかの同僚が、飲み屋で先輩に女の子を紹介しているのを見たことがある。アキオさんは仕事ができるので、今のうちに恩を売っておこうという人は実際に多い。

すぐ後ろで、俺も立って話を聞いていた。

……アキオ先輩は、せっかく可愛い子を紹介されても知らん顔をしていた。ああ、そうですねみたいなやりとりばかりだった。

女の子の目が悲しそうだった。その時が初対面じゃなく、遠く離れた部署女の子だった。ずっとアキオ先輩と話をしたかったらしい。

話し始めて1分くらいかな? アキオ先輩が後ろを向いて、俺の二の腕あたりを掴んで合図をして、そのままスッと居酒屋廊下を歩き出した。

女の子と話しててくださいよ。あっちの席、男しかいないですよ」

「K君と話している方がいいんだ」

アキオ先輩に連れられて、男ばかりが5,6人いる座敷に戻った。

先輩は、飲み会が終わるまでその席から動くことはなかった。別の席にも呼ばれてたのに。ずっとそこにいた。

さて、そのアキオさんとアユミさんがどうなったかというと……

丸2年経っても、まったく何もなかった。あれだけ一緒にいて、同じ仕事をやってきて、それでも何も進展がなかった。

2年もの間、先輩はアユミさんに興味がなかったし(本人談)、アユミさんに彼氏はいなかった(本人談)。

でも、俺が見た感じだと、二人は仕事中に、お互いを信頼しあっているように見えたのだ。

その間に、アキオさんは40になって、アユミさんは26になって、俺は30を過ぎた……

時は経ち、3年目の始まりである4月1日をもって、アキオさんはかなり遠くにある組織へと出向していった。もちろん栄転だ。

アユミさんはこれからどうなるのだろうかと、不安になったのを覚えている。

アユミさんが不憫だと思った。

俺が勤めている組織では、できるだけ社員同士で結婚してほしいと人事部局が考えていて、いい年の男女を狙って同じ部署、同じ仕事に割り当てることがある。アキオさんみたいに評定がトップレベルの人だと、『特にいい子』(差別的な表現申し訳ない。ほかにいい言葉が浮かばなかった)が当てられる。

アユミさんは可愛らしい人だと思ったし、実際に仲間想いで、お客さん想いのいい子だった。しかし、アユミさんがいた部署というのは、いわゆるキツイところだった。入社1年目の新人が配属されることはまずないと言っていい。

肉体労働があるし、借主や不動産業からクレームがドギツイ。40メートルは離れているであろう俺の席まで罵声が轟くこともある。

でも、彼女は頑張ったのだ。身バレがこわいので具体性のある表現はしないが、ほかの女子社員よりも頑張っていた。見ていて辛くなるほどに。

そんな、尊敬できる人間なのに、男性社員の嫁候補としてキツイ部署に配属され、アキオさんとも結ばれなかった。3年目が終わる時には異動になって、また別の部署で嫁候補として過ごす可能性が俺の経験上高い。

今回、この記事を書こうと思ったきっかけは、先日こんな増田を読んだからだ。2つある。

ジェンダーギャップ指数って要は「男が責任負わされてる国」指数じゃね?

https://anond.hatelabo.jp/20210401175432

ここに書いてあることは間違っている。キンタマが付いていない男とは、こういう醜悪言論公共の場で行う人間を指すのだろう。もしくは、社会的地位があまりに低いために、世間社会に対して恨みを持つようになった人間だ。

実際の日本では、女性男性に比べて劣った地位にある。社会女性に「女の子っぽさ」を求め、会社では「上の役職にいくにはふさわしくない」と思われ、容姿が醜ければ「存在を軽んじ」られ、誠実でない男には「セックスの道具」として扱われる。

②1年間、片思いをしていたあの人を許せない

https://anond.hatelabo.jp/20210331211345

増田文学という小説ジャンルがあるくらいなので、この内容をそのまま信じることはしないが、仮にすべて事実だったとしよう。

アユミさんは、上の日記でいうところの投稿者に当たる。アユミさんはアキオさんに気があった。どうして俺が知っているのかは言わないけど、とにかくそれを知っている。でも、アキオさんは恋愛的な意味アユミさんを相手にしなかった。

恋愛において、女性不憫だと思うところがある。それは、「結果がわからないこと」だ。

基本、恋愛というのは男性から行くものであり、女性は待つものだ。女性からアタックできる人は少ない。よって、一般的女性は、意中の男性に誘われるのを待つことになる。

それだと、結果がいつまで経ってもわからないじゃないか

三か月待てばいいのか、半年待てばいいのか、1年待てばいいのか?運の悪い女性だと、3年待っても何もアタックがない(脈ナシ)かもしれない。

2021年現在アユミさんには彼氏がいるし、1年以内に結婚する可能性もあるし、仕事友達関係も順調だ。

でも、それはアユミさんが容姿がよくて中味もよかったからであって――基本的に、女性は可哀そうな存在だと俺は思う。

今でも人事は、『嫁候補』としての人事異動を行っている。

恋愛価値のある女性」が、「組織にとって利益のある男性」のための福利厚生の一環として用いられている。

今度人間に生まれるとしたら、また男がいい。女はできれば嫌だ。生き残っていける気がしない。生まれた時の容姿レベル幸せになれるか大体決まるなんて、どんな冗談だ?

努力して強くなれるのがいい。勉強でも、スポーツでも、仕事でも、恋愛でも、最初はヘタクソだったけど、目標に向かって努める力を重ねることで俺は上手くなってきた。

から、生まれつきの要素で著しく劣ることで、人生において逆転不可能状態に陥る女性というものが哀れでならない。

俺には社会を変える力はない。

けれど、少なくとも同じ部署で働く人や、将来俺の部下になる人には、男だろうと女だろうと関係なく幸せになってほしい。そういう職場組織を作っていきたい。

今の、これからの俺にできるのはそれだけだ。

ひんやり冷たくてほよほよでたゆんたゆんのおっぱいの話

成人式で、乳を揉ませてくれた同級生地元に戻ってくるらしい。

トイレで書いてたら興奮のあまり長くなりすぎた。全部読んでも大したことは書いてない、すまない。

彼女同級生の中でも結構金持ちの家の子で、長い髪をお嬢様むすび?(アイマス橘ありすみたいな髪型)にして、授業中はメガネをかけていた。学区は近かったけど俺は野球をやってた上に、彼女はたいていデカ外車に乗ったお母さんが送り迎えをしていたからあまり学校帰りに一緒になることはなかった。

彼女とはただの同級生しかなかったから、思い出が特にたくさんあるわけではない。俺が外で遊んでいる時、彼女教室で本を読んでいた。あんまり、関わりはなかったように思う。

4,5年生の時だ。宿題が終わらないで居残りさせられていたら、見かねた彼女が手伝ってくれたことがあった。それから漢字の書き取りが多すぎると愚痴っている俺に「送り仮名が長い言葉を選べば少し楽じゃない?」と言って、例に挙げられていた「原因」ではなく「因みに」と書けばよいと教えてくれた。「ちなみに」という読み方を、この時知ったのを覚えている。

彼女はいから年賀状をくれるようになった。母ちゃんに「あんたにくれるなんて律儀な子だね〜」とからかわれるのが嫌だったけど、流行ってた丸文字じゃなくて大人っぽい字で、俺の名前と何らかのひとことを添えてくれていた年賀状は未だに捨てられない。

中学生になると、男女の溝がくっきりするようになった。彼女優等生の真面目な女子に、俺は野球部のイジラレ役になって、接点はまた少なくなった。たまに話す機会もあったけど、そのうち俺は彼女敬語を使うようになった。彼女は授業中も眼鏡をかけるようになって、髪型ポニーテールになっていた。彼女は県外の進学校に進み、俺は地元工業高校に行った。大学は知らないけど、多分有名なところだと思う。俺は、地元会社就職した。

成人式の日、着物彼女は遠目にしか見られなかった。黒っぽい高そうな着物を着ていたことだけはわかる。乳を揉ませてくれたのはその日の夜だ。俺の地元では、成人式の日の夜に中学校ごとの二次会が開かれる。

彼女ピンク色のドレスみたいなひらひらの服を着てやってきた。小さなブランドバッグを持っていて、やっぱり金持ちは違うな〜といじられていた。俺は誕生日3月から先生がいる2次会で酒は飲ませてもらえない。もう眼鏡をかけてはいない彼女ビールを美味しそうに流し込んでいて、大人になったんだなあと妙な感想を抱いたりした。

先生達が帰って、三次会居酒屋に移動したあと、彼女と話す機会が訪れた。「久しぶり、変わらないね」という彼女いかにも育ちが良さそうな喋り方は変わっていなかったし、俺は相変わらず「うっす」くらいしか言えなかった。隣に座った彼女は顔色1つ変えずお酒を飲んでは笑い、俺にお代わりをねだってコップを差し出してくる。こき使われているような状況もちょっと心地よかったのだが、彼女高校から付き合っているという恋人の話もしていて、ああ、彼女はもう俺の知っている眼鏡女の子ではないんだなと悲しくなったりした。

そうしているうち、不意に彼女がこう言った。「小学校の時、熱出した私にジャンバー貸してくれたでしょ。あれはときめいた」口ではそう言えばそっすね、なんて言ったけど、彼女が俺との思い出を残していることに驚いた。そう言えばどころではない。俺は、早退する彼女が返してくれた上着を着ずに持ち帰って、抜いた。首にあたっていたあたりからほんのり甘いような、新品の教科書のような匂いがしてしばらく置いておきたかったが、母ちゃんに洗われた。

「なあなあ、おっぱい超でかくなってね?」俺が甘酸っぱい思い出に浸っていたら、野球部のツレに耳打ちされた。

かに、昔から彼女巨乳だった。合唱部だった彼女は外で走ったりしないし、学年いちの巨乳だった陸上部女子ランニングする時ゆさゆさ揺れていたのでゆさパイと呼ばれていた)に隠れていたけど、多分学年で2,3番目にでかかったと思う。

ドレス姿の彼女の胸はだいぶ破壊的で、谷間は見えない清楚な感じのデザインにもかかわらず、その大きさは十分わかった。

「ひと揉みさせてやってよ!こいつ、こんなでっかいおっぱい触る機会なんてないと思うからさ」ツレが彼女にそんなことを言ったから、顔がボッと熱くなった。真面目な彼女から無視するか、不潔!とか言われるだろうと思った。なのに、彼女は笑って「こんなのでよかったらどうぞ?」と言って、胸を差し出してぴったりしたドレスの胸元をぺろんと開けた。

俺は取り敢えずいいっすと断ったけど、耐えきれず触ってしまった。酒に酔ってるはずなのに、彼女の胸はひんやり冷たくて、この世で一番柔らかかったと思う。三次会からは酒を飲んでたし、おっぱいの衝撃でその後の記憶ほとんどないけど、ツレの話だと他の男には揉ませていなかったという。女子は数人もんでいたらしい。

彼女は「明日普通に大学なの、辛い」なんていって、明け方まで飲んでそのまま電車に乗って帰って行った。それっきり、もう10年近く会っていない。そんな彼女が、地元に帰ってくるらしい。在宅勤務が増えたから、骨折してリハビリ中のおばあさんのために月の半分はこっちで暮らすのだとおばあさん本人が言っていた、と母ちゃんづてに聞いた。

俺は、ふうん、そうなん、と言ったけど、ほんの少し浮き足立った。別に、好きとか嫌いとかではない。連絡先も知らないんだし、どうということもない。でも、あのひんやりしてほよんと柔らかいあの乳が、俺の地元にあるということが嬉しくなってしまっただけで。反芻しすぎて食傷気味だったあの柔らかさが、また息を吹き返したみたいだ。今夜は思い出して抜こうと思う。

2021-03-30

メイプルストーリーの思い出(追記)

小学生の頃、狂ったようにMMORPGで遊んでいた。

自分には所謂お金持ちの友人がいて、彼は自分専用のデスクトップを3台所有していた。

彼は自分を自宅に招き、そのPCであらゆるゲームを紹介してくれた。

ぱどタウンからまり(これはゲームではなかったが)、ハンゲームメイプルストーリー天上碑(だったと思う)、REDSTONEDJMAXなどなど。

その中でも彼はメイプルストーリーにハマっており、ジャブジャブ課金をしていた。

彼はどのゲームにおいてもゲーム内フレンドを作るのが怖いらしく、そこで「現実の友人をゲーム内に連れてきてフレンド登録しよう」と考えたそうで、それで選ばれたのが自分しかった。

自分は家にPCどころかインターネット回線もなく、フレンドというにはかなり心許ない気もしたのだが、彼は自分毎日自宅に招くことで解決を図った。

実際ゲームはどれも面白く、かなり不健康光景ではあったが、「友人宅で毎日PCに張り付き隣に座る友人とゲームチャットで会話をする」ということをかなり楽しく感じていた。

しかし、彼の一番熱の入っていたメイプルストーリーを進めるうちに、課金しまくっている彼とのレベル差や装備差がかなりある事が気になってしまった。

そこで自分祖父にねだってノートPCインターネット回線を用意してもらい、彼とは違うサーバーで新しくメイプルストーリーを始めた。

彼に言われるがままにスキルを上げ、モンスターを狩る生活から、なにもかも手探りで文字通り冒険する生活へとシフトチェンジしたのだ。

正直言って、彼と一緒にゲームをするよりもはるかに楽しかった。

自分ゲーム内で知らない誰かに声をかけてフレンドになることを特段苦痛に思わなかったので、積極的に声をかけてはフレンドを増やし、さまざまな狩場でさまざまなメンバーと一緒に遊んだ

その中のどこかのタイミングで、自分は柊シミヒロ(仮名)というプレイヤー出会った。

その隣には柊シミコ(仮名)というプレイヤーがいつもいて、2人はどうも姉弟しかった。

そしていつしかその柊姉弟と、あとアスタリック(仮名)というプレイヤー自分の4人だけで、メイプルストーリーは完結するようになっていた。

かいことはもう忘れたが、毎日他愛無い話をしながら狩場を巡り、ジョブチェンジする時もみんなでバランス良くなるよう話し合いをしながら慎重に決定した気がする。

そうして遊ぶうちに、自分は柊姉と文通をするようになった。

柊姉は受験が終わり無事志望した大学合格したことや、一人暮らしが始まることを、とても丁寧な細い字で記していた。

一方自分が何を書いたかは覚えていない。ただ、大学入学を目前にした彼女にとっては、小学生の書く手紙などとてもつまらなく稚拙な内容だったに違いない。

そのうち自分は別のゲームに移ってしまい、メイプルストーリーにはログインしなくなってしまった。それでも柊姉との文通は続いた。

しかしある日、彼女からの返事は来なくなってしまった。

きっと大学が忙しいんだろう、と思いそれ以上もう踏み込むことはなかった。

それから数年が過ぎ、自分MMORPGを完全に引退し、いつかの柊姉と同じように、志望する大学合格した。

その時ふと彼女や弟のことを思い出し、自分はそのハンドルネーム検索をしてみた。

当時のハンドルネームいつまでも使うとは思ってもいなかったので、なんの情報も出てこないことに特別落胆はしなかった。

けれどあれほどにまで熱中した日々がどこにも残っていない事にはすこし寂しさを感じて、検索結果をどこまでも潜っていった。

すると、柊弟と似た名前ユーザブログが見つかった。

記事は数年前に更新が止まっていたが、そこには家族が亡くなったことと、姉が精神的に参ってしまたことが書かれていた。

そして多分その記事投稿されたタイミングと、柊姉との文通の止まったタイミングも合っていた。

柊弟のブログだと確信した。

それ以上のアクションは何も起こしていない。

彼の捨てたブログコメントをするつもりは一切なかったし、彼女自分に伝えた住所に再び手紙を送るつもりもなかった。

名前を変え、インターネットから消えていった姉弟に縋り付くつもりもない。

けれど心のどこかでは、「20年近く前に遊んだ小学生が今もあなたたちのことを覚えていて、再び何かのきっかけで出会えて話ができたら嬉しいと思っている」ということを伝えたいと思っている。

そして姉弟過去にあったさまざまなことを乗り越えて、今元気でいてくれたら、もっと嬉しいと思っていることも伝えたいと思っている。

(追記)

コメントありがとうございます

お金持ちの友人は中学受験合格し、丁度柊姉と文通を始めたくらいのタイミング地元を離れていった。

何度か年賀状の交換はしたがあまり楽しそうな雰囲気は伺えなかったうえ、大学合格した頃、風の噂で彼がもうお金持ちの友人ではなくなってしまたことを耳にした。

アスタリックについては、彼も大切な思い出を構成するメンバーではあるものの、姉弟と比べあまり個人間でのエピソード存在しない。

というのも自分は当時柊弟に恋をしており、柊姉もそれとなく察して色々と配慮をしていてくれたため、彼と個で会話することは少なかった。

いただいたコメントを読み、再び柊弟のブログを探してみたものの、もうどこにもなかった。

また自分も度重なる引越しで当時やりとりしていた手紙を紛失していたようで、柊姉弟との繋がりは完全に途絶えていることがわかった。

それでもふと何かの拍子に彼女らのことを思い出して、連絡ができたらなと思うことがあるかもしれない。

そう考えると少し寂しくはあるが、でもそれで良かったのだと思う。

自分人生ドラマチックを求める材料彼女らを利用したくはないし、彼女らもきっとそれを求めていない。

2021-03-27

そういえば、今月の増田大賞(極私的なやつね)決まってないな。

先月はジュディ・オングジオングダジャレだったんだけど、

今月はどうしよっかなあ?

あれかなー、どれかひとつというのではなくてシン・エヴァ増田全部という漢字仮名ー。

それにしても今更だけど、あの時期にタイトルだけでネタバレするやつはひどかったよな。

ネタバレと言うか、オチバレね。

ネタはバレてもいいけど、オチバラすなよな、と思うよね。

なんかさー、〇〇は溶ける、とかそういう過程の話はね、まあしょうがないと思うんだけど、

最後最後バラすのはよくないよな。

とくにシン・エヴァ場合は。

だってきもちわるい」で終わる可能性というのが、

絶対にないかそうでないかのとでは、

映画オチにに対する興味度が違うじゃない。

シン・エヴァ場合最後最後でどうやって落とすか、わからないところあるじゃない。

それをバラしてしまうのはどうだったんだろうなあ?

 

まあ逆に言うと、あの増田は出来が良かったということだったんだろうけど。

タイトルしか読んでないのに映画オチが完全にわかってしまうというのは、

タイトルとしてはよく出来ているということなんだろうな。

まー、とりあえず今月の増田大賞(極私的なやつ)はシン・エヴァ増田全部ということで。

2021-03-24

社食提供している会社が今度合併するらしい

掲示があった。仮名で書くと

hogepiyo株式会社

foo株式会社合併して

新たなfoo株式会社になるらしい。

要するに完全な吸収合併だ。

hogepiyoの名前がきれいさっぱり消える。

まあ、現在hogepiyoも数年前に

hoge食品とpiyoセンターみたいな別の会社合併してできた会社だったから、また合併したに過ぎない。

食品関係コロナ調子いいところと悪いところの差が出たんだろうなあ。

推し応援できない

ある日記記事を読みました。少しでしたがSNSトレンドにもなっていましたし、去年結構騒がれた話題だったので、心当たりがある人も多かったと思います

記事に倣ってわたし仮名でHくんと呼ぶことにします。わたしもHくんのファンです。純粋応援できていたころに戻りたくて仕方ありません。どうしてこんなアイドル推してるのって何度も言われました。応援できるのが信じられないとまで言われたこともあります。でも彼が好きだから離れられませんでした。

Hくんを初めて見たのはテレビ音楽番組で、期待の新人としてほかのアイドルとまとめて特集をもらっていました。その時に新人とは思えないほどのパフォーマンス披露して、同じ番組に出ていたほかの出演者も驚いていたほどでした。この番組は私にとっても鮮烈で、アイドルに触れたことすらほとんどなかったわたしは、それからHくんのライブに通うようになりました。

もともと1つのことに熱中するタイプだったので、Hくんにもドハマりしました。活動休止になったときには集めたグッズも作ったうちわも見るのが辛くて、でも帰ってくると信じていたので綺麗な箱にしまって保管しました。一年弱の休止を経て、彼は戻ってきましたが、ユニット所属していて、雰囲気もまるっきり変わっていました。でも、彼が戻ってきたことに変わりはないので、今までと同じように推そうと決めていました。

なのに、それを覆さざるをえませんでした。Hくんの入ったユニットはほかのアイドルを貶して、炎上を繰り返しました。目を疑うほどの誹謗中傷もたくさん見ました。これらがHくんの目に入っていたらと思うと怖くて仕方がありません。昔のHくんは絶対スキャンダルを起こしたりしなくて、もちろん炎上なんてしたこともありませんでした。本当に「アイドルらしいアイドル」で、推していてよかった、と思うことばかりでした。そのHくんが炎上火種になっていて、たくさんの誹謗中傷を向けられているということを信じたくありませんでした。

一番つらかったのは、Hくんを推すこと自体を罪のように言われたことでした。わたしも、他人の言うことなんか気にせずに、Hくんを今まで通り、好きの気持ちだけで推し続けたかったです。しかし、Hくんのしたことは到底許されることではありません。たとえ誰かの命令で動いていたのだとしても、手を汚してしまたことは事実です。自分のような盲目ファンでさえもそうわかってしまって、どうやって彼に向き合えばいいのかわからなくなってしまいました。

最近は大きなフェスに招いてもらったり、映画に出たりなど、徐々に露出が増えてきました。ファンとしては喜ぶべきことなのだと思います。けれど、Hくんが夏にしたことがちらついて、その罪がこびりついて離れません。今もライブに行っていますが、ペンライトを振る手は以前より鈍くなりました。Hくんは前よりも客降りをしたりファンサをしたりしてくれていますが、Hくんの姿を見るごとに胸がちくちくと痛みます。どうして推しなのにこんな思いをしないといけないんでしょうか。応援し続けるのは苦しいのに、降りるのはもっと苦しいです。誰も悪くないからこそ、どうしたらいいのかわかりません。

過去のグッズはもうずっとしまったままです。どうかまた使える日が来ますように。

最後になりましたが、いちファンつぶやきであり、誰かを非難する意図はありません。

推しが殺された話

夏の話ですが、活動を休止していた推しの復帰ライブがありました。まだ感情がぐちゃぐちゃです。なんでこんな気持ちになっているかというと、推しがそのライブの告知を一切せず、突発的に行ったからです。ぐちゃぐちゃな理由もっとたくさんあるんですが、特定を避けるためここでは明言しません。とにかく推しものすごくたくさんの人に迷惑をかけて、たくさんの人に本気で怒りを向けられているということは確かです。ほんとうに、心から悔しいです。推し推しに殺されました。

私は休日には好きなアイドルライブに通ういわゆるアイドルオタクです。

私が学生時代から推していたアイドル、Hくん(仮名)はある時から活動を休止していました。

アイドルオタクと書きましたが私が好きになったアイドルは後にも先にもHくんだけです。人に連れられて行ったライブで好きになって、それからどっぷりハマってしまいました。休止になった時はこれからどうやって生きていけばいいのかわからないと思いましたが、案外生きていくことができました。Hくんは何となく戻ってくる気がしていたからです。Hくんを信頼していました。

Hくんは戻ってきましたが、いつのまにかユニット所属していました。ここ数年のユニット制度の台頭は凄まじく私と同じく推しユニット所属によって複雑な気持ちになったオタクは少なくないと思います。私だってちょっと路線が変わったくらいなら我慢できます。でもHくんが入ったユニットはかなり過激な売り方をしていて、デビューと同時にすぐに話題になりましたがそれは度重なる炎上が原因でした。

私がHくんを好きだった理由の一つに、アイドルとして信頼できる、ということがあります。他のアイドルオタクたちが「推しがこんな風に迂闊だ!」と嘆いている時、私は「でもHくんはちゃんとしてるから」と余裕綽々でした。Hくんは文春砲を喰らったことも炎上したこともなかった(してもファン勝手燃えたとかでした)し、なんというか「アイドル」というものちゃん理解している子でした。これは思い込みかもしれませんが、私と同じオタク気質だったんだと思います。だからHくんはオタクの心を守ってくれました。

そんなHくんがたった一年ぽっちの休止を経て別人のように変わってしまたことが、自分で思っていた以上にショックでした。炎上してるっていうのは色んな人に怒られているってことです。Hくんのいるユニットが嫌い!と大声で言ってる人がたくさんいました。炎上炎上でも、他のアイドルを傷つけるタイプ炎上だったのも大きいと思います。私の推しが人に嫌われていくのを見ました。みんなに愛されるのがアイドルだと思ってたし、Hくんもそう思っているんだと思っていました。アイドルが何か別の目的のための手段に使われていることがわかりました。アイドルのHくんはどこにもいなくなっていました。(正直本当に違う人になっているんじゃないかと疑っています。別人に見えるのは私だけなのか……)

私はHくんのファンを辞めました。Hくんにあの頃に戻って欲しいわけではないです。本音を言うと戻って欲しいけど、今更絶対に無理だと分かるので、ただ私が降りるだけです。疲れました。

分かる人には誰の話かわかってしまたかと思うんですが、私はHくんを責める気も、Hくんのユニットに怒る気も、Hくんのファン批判する気もないです。もしかしたら私と同じようにHくんが死んじゃったように感じている人がいるかもしれない、と思ってこの文を書いています。恨んでないけどただ悲しいです。

何より悲しいのが、Hくんが死んでしまったのを見てHくんのことがどんなふうに好きだったのか思い出せなくなってきたことです。あのライブで私の好きだったHくんと一緒にHくんのことが好きだった私も殺されたんだと思います。死にたくなかったです。

少しずつCDやグッズの整理をしていますが、本当に遺品整理気持ちです。おんなじCDが何枚も何枚も出てきて、何回も握手会の列に並んだことを思い出して泣きました。Hくんに会いたいです。

ここまで読んでくれた人に一つお願いがあるとしたら、今後Hくんの現場で複雑な表情をしているオタクがいてもどうか見ないふりをしてあげてほしい、ということです。その人も多分私と同じ殺された人です。幽霊です。

繰り返しになりますが、一アイドルオタク個人的意見感情であり、アイドル自身やそのファン批判する意図は一切ありません。


追記です

この文はフィクションであり、Hくんは実在しません。私も実在しません。Hくんのユニットに傷つけられたオタクがいることは本当です。読んで頂きありがとうございました。

2021-03-19

キラキラネーム薬剤師さん

悪い転び方で捻挫してしまい、整形外科に行った帰りのチェーン店併設薬局に行った。

買い物を一回りして戻って名乗ると、薬剤師さんがテープ湿布と痛み止めがわんさか乗ったカゴを持ってきた。

薬剤師さんは多分20代前半の男性で、初々しいながらも爽やかな挨拶に心を奪われてしまった。

湿布を以前に使った事があるか、今回痛みのある場所かぶれた事はあるかなどを丁寧かつイライラしない迅速さで確認してくれた。

最寄りの薬局になかなか見どころのある若者が入ったもんだと名札を確認すると田中琉絆空(仮名)とあった。

彼も色々大変だったろうと思う。

2021-03-12

あの日浜松町で君と出会った

「あの、お話を聞かせて頂けませんか」と断られても無視されても声を掛け続ける彼女

その場には彼女以外にも新聞社やらTV局やらの人たちが居て、皆情報を得ようと片っ端から声をかけていたのだが、スーツ姿の集団は誰一人立ち止まる様子もない。

自分上司である調査役と共に浜松町の駅まで歩き、改札を抜けた所で「もう1社別のところに顔出して帰るから」と言われ上司と別れた。

とりあえず帰社して今日報告書作成しようと思ったのだが、先ほどの彼女のことが何故か気になって仕方がない。

少し時間が経っているしもう居なくなっているかもしれないな…と思いながら先ほどの場所に戻ると彼女はベンチに腰掛け空を見上げていた。

「少しだけならお話を聞かせてあげてもいいですよ」と声を掛けると、彼女は「いいんですか!?お願いします」と頭を下げてきた。

そのとき彼女笑顔は未だに自分脳裏に焼き付いている。

話の発端はそこから更に2年前の5月に遡る。自社取引である企業決算がどうも怪しいらしいという新聞報道が出た。

(以下、企業名は初芝(仮名)と表記します。私が千葉ロッテファンなだけで、ネーミングに一切他意はありません)

当初はまぁちょっとした決算処理の誤りなのかと思っていたが、その後決算公表が2ヶ月程度遅延するという自体になり、そこそこに炎上した。

ただ大幅な下方修正に至ったもののとりあえずは鎮火した…と思われていた。

その後は選択と集中という名のもとに売却出来る事業を次から次へと手放し、事業体制の再構築に着手。

決算事業会社としては過去最大となる数千億円単位赤字を計上したが、ここから再生目指して再スタートをきる…はずであった。

取引先への年末挨拶回りも終え、さあ仕事納めだなと思っていた12月末にとある経済新聞が恐ろしい爆弾をぶっこんできた。

初芝アメリカ子会社1000億円超の減損の恐れ」

そして報道の都度減損額は膨れ上がり、1000億超?⇒3000億超?⇒5000億超?⇒7000億超?と倍々ゲーム様相

これまで初芝管理支店マターであったが、さすがにこれは面倒を見切れないということとなり本部債権管理チームへ移管されることとなった。

絶賛大炎上中のプロジェクトに急遽担当として放り込まれることとなった私は「なぜ自分が火中のクリを…」と嘆きながら作業にとりかかった。

年明け以降私は初芝とのコンタクトをこまめに取ると共に、不定期に開催されるバンクミーティングにも担当として出席した。

ミーティング開催日ともなると、浜松町からスーツ姿の慇懃無礼な人たちがわらわらと本社ビル目指して歩みを進める。

私もその中に混ざりエントランスで受付を済ませると、一番端に臨時に用意されたミーティング参加者専用のエレベーターへと乗り込んだ。

さすが天下の初芝エレベーターだけあってスピードが異常に速く、1階から会議室のある39階まで30秒ほどで到着。

参加者は約200名ほどで、株主総会ばりに最前列を主力3行(メガバンク2行+信託1行)の一同が固めている。

そして議事が進むとこれまた駄目な会社株主総会ばりに初芝側に対する厳しい指摘が飛び交い続けた。

当初1時間の予定であったが、質疑応答が終わることなく続いたため2時間近くたってようやく会合は終了。

その間ひたすら報告書用の議事録を取り続けた私はくたくたになった状態ビルから出ると新聞記者と思しき人たち達が纏わりついてきた。

そしてそこで出会ったのが彼女だった。

本社ビルの前で立ち話をするわけにもいかないので、近くの喫茶店に入り名刺交換をした。

「他社の人たちは大学同級生銀行に居るとかでそのツテで取材してるみたいなんですけど、私は地方国立なのでそんなツテもなくて…」と頼み込まれては断ることも出来ず、私は本日ミーティングでのやりとりを一通り説明した。

「今後も引き続き情報交換お願いしますね」と言われ携帯番号とアドレスを交換した私は報告書作成のため自社へと戻った。

帰りの電車の中ではミーティングが終わったとき疲労感はどこかへ消え去ってしまい、何かデートを終えたあとのような気分になっていた。

その後も初芝炎上は留まるところを知らず、東証の45日ルール無視し二度に渡って決算短信の公表を延期した際のミーティング地獄と化した。

米子会社の減損はいくらなんですか」「2/14には公表します」

「2/14になりましたよ」「減損額は確定したけど監査法人OKしないので決算短信は1ヶ月後になります

「3/14になりましたよ」「決算不正圧力がかけられた可能性があるのでやっぱり公表出来ません」

などという茶番を繰り返した挙げ句ミーティングなので参加行のストレスゲージは完全に振り切れている状態

特に初芝場合取引銀行100行近くあり、直接やりとり出来る主力行とシンジケートローンのみの取引初芝と直接コンタクト出来ない下位行との情報格差があまりに大きい点もストレスを増大させる理由となっていた。

「現時点では決算公表出来ておりませんが、融資取引については引き続きの延長をお願いします」と頭を下げる初芝経営陣。

「あのさあ、こっちは今日このためだけに飛行機乗って九州から来たんだよ、何の説明にもなってないでしょうが!」

「何の判断材料も無しに延長しろって言われてもどう判断したらいいんですか、材料を下さいよ材料を!」

銀行はどこも今月末が決算月なんですよ、御社債務者区分どうしたらいいんですか、引当金をどうやって計算したらいいんですか。御社とちがってうちはちゃんと期限通りに決算しなきゃいけないんですよ!」

から次へと飛び交う罵声

質疑応答開始から1時間経過したところで、初芝の司会担当が「1時間経過しましたので、時間の都合で質問を打ち切らせて頂きます」と言った瞬間、場は更に紛糾した。

「何考えてんだよ、ここお前の会社会議室だろ、なんで時間の都合があるんだよ。この場以上に重要会合あんの?」

「みんな期末で忙しい中わざわざ足運んでるんだ。ちゃんと全部質問に答えろ」「本気で銀行団の同意取り付ける気がある?失礼にもほどがあるわ!

など怒号があちこちから飛び交い、質疑応答時間制限で行われることとなり、最後質問が終わったときには開始から3時間ほどが経過していた。

ミーティング終了後、携帯を見ると彼女から「終わり次第連絡ください」とメールが来ていた。

私は彼女とお店に入り今日の出来事を面白おかしく伝えた。仕事的には一番辛かったが、個人的には一番楽しい時期でもあった。

その後初芝保有する不動産有価証券を全て銀行担保として差入する一方で、保有するメモリ事業ファンドへの売却交渉を進めた。

米国子会社チャプター11申請したり、監査法人意見不表明のままの決算公表したりとなんやかんやありながらも、メモリ子会社の売却は完了初芝はなんとか銀行借入を返済することが出来た。

当社も数十億円ほどあった初芝向け融資を無事に全額回収することができ、私もようやく重い荷を下ろすことが出来た。

いつもは取材からといって彼女に奢ってもらっていたが、今回はお祝いもかねて私が彼女にディナーを奢ろう、そう思い彼女メールを送った。

待ち合わせの時間10分ほど遅れて彼女喫茶店にやってきた。

「すいません、別の取材が入っちゃって。今日はまた何か新しいネタがあるんですか」

「いや、そういうのはないんだけど。うちの債権が無事回収出来たんでお祝いも兼ねてこの後夕飯でもどうかなと思って」

「あ、そうなんですか。でもごめんなさい、今日夜はまた別の件で打ち合わせがあるんで。本当にごめんなさい」

彼女は注文したカフェオレを飲み干すとこれまで本当にありがとうございましたと頭を下げ、そそくさと店を出て行ってしまった。

最初から自分独り相撲だったわけか…。途方に暮れた私は駅までの道をとぼとぼと歩き浜松町山手線に乗った。

電車の中で外を眺めながらこれまでの彼女との会話をずっと思い出していた。もう彼女あんな風に楽しく話すことは二度とない。

「次は鶯谷鶯谷~」 気が付くと電車本来降りるべき駅をとっくに通り過ぎてしまっていた。私はあわてて電車を降りた。

どうせ帰宅したところで何もやる気にならない。仕方なく私は駅前に立ち並ぶラブホテルに入り、デリヘルで気晴らしをしていくことにした。

30分ほど待つと彼女ほどではないものの、若くてかわいい子がやってきたので少しだけ気が紛れた。

部屋の照明を暗くし、彼女の顔を脳裏に思い浮かべた状態で舐めてもらったこともあってあっという間に私は果ててしまった。

ちょっと、イクならイクって言ってよ」と少し咽ながら怒る女の子

私は笑いながらこう答えた。「出すよ出すよって言いながら一向に出さないお客さんよりはマシでしょう」

2021-03-08

 

シンエヴァ試写会で観たけど最後大人シンジ君がシンゾウ君(仮名)とツーショット撮ってるカット、アレは要らんかったわ。シンジ君は永遠14歳でいて欲しかった。

2021-03-02

ふつうのにっき

まだ火曜日かあ

朝はセブンイレブンたけのこおこわを買って食べた。美味しかった。

昼はなぜか不意にがっつり肉がたべたくなりステーキハンバーグのセットを食べてしまった。カロリーよ…

夜はどうしようかな、なんか昨日血迷って肉を異常にたくさん買ってしまったんから使わないとなあ

鶏と野菜をあごだしで煮ようかなさっぱりしたのがいい、味噌もいれよう

味噌冷凍できるとはてブで知ってから味噌の購入が怖くなくなったありがとうはてブ

社長が何度も何度も予定確認のためだけにみんなを集めるのをやめさせてえ

社長自分で共有カレンダーに打ち込めないし見方もわかってないから…でもわたしがしばらく代理で打ち込んでもいいから口頭共有をやめさせてえ

あとスマホは使えるからそのうち折を見てアプリを入れさせよう

友達アフタヌーンティーにいきたいので打診

どうせなら庭のきれいなとこにお花見時期にいこうとしたら予定合わず断念

今年も人集めてお花見は無理だろうけど平日夜と休日昼にお散歩くらいはしたい


昨日の話だが上間陽子の「裸足で逃げる」を読んでぐずぐずに泣いていた

沖縄の夜の町で働く少女たちの参与観察

それぞれにもつ状況に寄り添いながらたんたんとした文体描写するのがとても涙腺に来た

いやただ泣いてるって、泣いてるってなんなんだろうなあ

まるで懐かしのケータイ小説を読んでるみたいに彼女たちの状況を消費してるんじゃないか私は

メロドラマみてるみたいに泣いてるんじゃないのか

と思って泣きながらうっすら自己嫌悪じみた気持ちにもなった

だって私が中学とき彼女たちをみてたら絶対に見下して遠ざけてるもんなあ

ぬくぬく暮らしてるただの東京大人がこれを読んで泣いたりするのは醜くはないか

女の子出産するとき旦那逮捕されて病院にこれず筆者が立ち合ったくだりが好きだった

基本的淡々とした文体なのにあそこだけばたばたして明るくて笑ってしま

筆者が「児童扶養手当申請しなよ」とアドバイスするのも「いいよ」ってなぜか本人たちがしないのもそれを筆者がそうかって見てるのもなんだか好きだった

教え導こうとするんじゃなくてただ隣にいることが、そんでいざというとき出産に立ち会ってあげることが、できるんだなあ

私はこれから他人にそんなふうな関わり方をできることがあるだろうが

原稿はすべて本人たちに見せて、仮名は一緒に考えたそうなのだ

名前がなんともいえず若い子がつけたかんじのセンスだなあとずっと思ってなんかそこが妙に面白かった

キラキラとかではないんだけどなんだろうな

わかんないけど中学の頃考えてた「子供が生まれたらつけたい名前」をなんとなく思い出す感じだった


というか20代くらいの人の名簿をよくみるけど別にキラキラネーム多くないので

あの頃のバッシングはなんだったんだろうと思う

俺は2.5流の大学を出て大手企業に入ったお前を許せない

anond:20210301212331

めちゃくちゃイラついている。何に対してかって、この内容を投稿して理解を得られると思っているお前と、それにイラつている自分に対してだ。

何なんだマジで。俺はお前なんだ。もっとひどい、と思いたいが無理だ。小中高浪大いずれも努力した記憶がなく技術も持たず自分を愛せず友人もおらず恋人が居た経験もなく仕事もできない、運だけで最大手企業に入った俺も、お前と同じく恵まれいるからだ。

糞が。

案の定お前の出身大学Fランと決めつけながら学歴コンプを改めろなどと抜かす、完全な差別かつ自己矛盾に満ちたコメントで溢れている。当たり前だ。ここははてなで、無自覚な糞野郎巣窟だ。別にそれに憤怒してるわけじゃない。

大学パンフレットが一握りの例でしかないと大学3年になってようやく気が付き「自分コンプレックスをバネに成長する」などという陳腐な言説を再開発出身大学に砂をかけつつ、最後に俺にありがとう感謝したお前は、これからフォロワーをハッとさせ部下に慕われ出世街道を邁進していくのだろう。素晴らしいことだ。皮肉ではなくお前を採用したリクルート(仮名)は人の本質的能力を見る目がある本当に良い企業だと思う。

何の不満があるのだろうか。いや、不満があるのは分かる。お前は俺ではないが、俺はお前だからだ。クソが。そこにあるのは、はてなかいゴミ溜め以外でも苦悩が理解されないかもしれないという恐怖だ。一流企業に勤めて仕事で結果を出すお前が自分を愛せないという悩みを、誰もマトモに取り合おうとしない恐怖だ。立派な悩みだ。でも大半の人間の脳は、俺やお前の企業名や仕事内容が聞こえたその瞬間、全ての悩みを棄却拒否するように出来ている。仕方のないことだ。お前はそれを知らないフリして、あまつさえ長文で自己憐憫を垂れ流し、卑しくも床にこぼされた同情までもかき集めようとしている。

おれはめちゃくちゃイラついている。なんなんだ。俺は空っぽだ。高校の時マトモに努力せず0点を連発し担任無賃残業を延ばしまくっていた俺は母親に「自分小学校の時ゲームに逃げ続けていたのにサルゲッチュサルさえ全部捕られなかった屑なんだ」と泣いて嘆いて困らせた。今はそれさえできない。この意味が分かるか?糞が。俺は卑しい人間なんだ。おれは氷河期前夜と言われる今、のうのうと他の困窮している人間無視しお前の投稿をダシにこのショボい抑鬱さえ無いものにしようとしている。意味分からん。泣けるわけがない。別に泣くお前が悪いと言ってるわけじゃない。

糞が。

2021-02-28

anond:20210227234229

私も最初図書館団地の集会所の一角にあった、本棚つの「むくのき文庫仮称)」だった。

スタッフ自治会役員さん(ほとんどが子持ちのおばちゃん)。自分母親役員をしているときは、子どもたちに読み聞かせをしてるのをちょっとうれしい気持ちで一緒に聞いていた。時には、『男の子女の子の心と体』みたいな本を借りる私に、「ゆうちゃん仮名)はそんな本に興味があるのね(笑)」とプライバシーもない質問をされたりもしたけど。役員さんたちはみんなボランティアで、自分の子地域の子どもたちに本のある環境を用意しようと尽力してくれていたのだと思う。

その後、自転車で行ける分館ができ、電車中央図書館にも足を伸ばすようになって文庫からは遠ざかったけど、最初図書館はやっぱり文庫だ。今は文庫廃止され、本棚には鍵が掛けられて、集会所の片隅に残っていると聞く。

思い出させてくれた増田感謝したい。

2021-02-27

昔はヒーラーが楽しかったけど今思えば何が楽しかったのか思い出せないってお話

老害がただ長文で語りたいだけの長い独り言から気にすんな。

俺が初めてネットゲームをしたのはローズオンライン理由兄貴がやってて面白いって教えたから。別に薦められたわけでもなく、聞いたら教えてくれたそれだけ。

最初剣士をしていたが後々育成に詰まった時支援職が辻補助をかけてくれた。その人を見てから何故か魔法職を作ってヒーラーを志した。

その後色々あってちょっと痛い回避職や後々姫レベルカンストさせた罰1子持ちの剣士やら色々な奴と仲良くなった。

その中で学んだことがある。大体強いヒーラーは女であり男から貢がせている奴が多い。

貢がせてねー男ヒーラーもいたが大体そいつギルドマスターをするほどの人徳者で仲間からの人気や信頼も高いしどんな奴ともすぐ仲良くなるコミュ力おばけだ。

で、俺はとある姫ちゃんの話をする。姫の名前はりび(仮名)。りびには貢がせている男が一人いた。名前ミッキー

・りびは美人

・りびは主婦

ミッキーは何故かりびのパスワードアカウントを知っている

・りびは時々ミッキー以外の男とも狩りに行く

・りびとミッキーは他のゲームから二人で移住してきた

俺はりびにスキルや装備の相談をする振りをしながらミッキーとの恋の行方を聞いていた。今思えばこれが初めてのウォチ行為だ。

ミッキーはりびに貢ぐためあらゆる努力をしていた。

サブで放置露店をしたり、俺と狩りに行くときには効率重視したり、最終的には自分でヒーラーを作ってペアしてた。

で、頭のいい奴は気づいたかもしれんが、月日が流れるにつれりびに貢すぎて装備が貧弱になったミッキーは捨てられた。

別に毎日一緒に狩りに行く約束はしてない、ただの友達だとりびやミッキーは言ってたが月日が立つにつれミッキーは一人でシコシコと育成するようになり、時々俺に話しかけてはりびの様子を聞いていた。どうやら直接本人と話したいが話せない状況らしい。

だがりびは毎日楽しそうに狩り(と言う名の恋人とのデート)の話をしてくれる。あそこの景色は綺麗だ、とかあそこは美味しい、とかあの装備は可愛い、とか。

だがある日突然りびが姿を消した。

それを知ったのはりびの相棒仮名だっく)経由だ。

どうやらりびはネット内で浮気をしてることがばれ、話し合いをする予定だったが突如姿を消したらしい。

で、だっくがミッキーに聞いてくれないかと話を持ちかけてきた。実際俺が話を聞いたらミッキーはりびからいきなり別ゲーに誘われたと有頂天メッセージを返してきた。

そのことをだっくに話したら、だっくは何も言わなくなり全財産俺に渡して消えた。

後日りびと連絡が取れたから事の顛末を聞いたところ、「ゲームを止めて恋人と別れないと離婚する」と言われ泣く泣く距離を置くことにしたらしい。ミッキーはただの友達(ただし顔写メで釣ってる)だから大丈夫、とのこと。

だっくの結末を言ったところ「本当はメールをしたいが旦那から別れを切り出される」と返信がきた。

裏ではミッキーが「またりびが他の男と仲良くしてる」と言ってたので、たぶんりびは泣いてない。泣いたのはダックとミッキーのみ。

その後、これに懲りたのか俺が連れてきたダチ(ただしネカマ)とくっついたミッキーは二人で他のゲーム移住

残されたりびは飽きたのかネトゲを止めパソコンも捨てて今では普通一般人だ。

だっく以外のメンツ(りび、ミッキー)とは今でも繋がってるし仲良くしてるが二人と繋がってることは秘密だ。

で、最初の話に戻るが俺は何故か昔のようにヒーラーという職を楽しむことができない。憧れてた先輩のようになりたい、とひたすら頑張っていたあの頃の自分は消えて、りびしか思い出せない自分がいる。

りびのことは嫌いじゃないし大切な友人だがもう一度人生をやり直せるなら二度と会いたくない。ちなみにミッキーホモになった。

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