はてなキーワード: ペットボトルとは
明らかに最強。
二層式はずっと同じ所にいるからこそ強い。勝手に別のステージに行った奴に比べて強い。
一応最後にマジレスしておくと、購入費が高すぎて一般家庭ではコスパ派最悪ですよ。
明らかにかもられている感じがする。
いつも乗ってるバスで変な人が乗ってきた。
特別小汚いわけでもない、その辺にいそうな感じの人。
5人掛けの座席に無理やり尻を捩じ込んで座った時点でちょっと変な人だなとは思った。
他にもたくさん席は空いてるけど、まあ、こだわりでその席に固執するとか、
あとなんかすき家みたいなにおいした。
なんかすき家って独特のにおいしない?
油っぽい…何のにおいなんだろう、他の牛丼屋ではしないよね、あのにおい。臭い。
そんでまあ、なんかまあ色々やってたけど
中身入りのペットボトル放り投げたりとか。
最終的に締まりかけの扉こじ開けて降りて走ってった。
車内めっちゃ「やべえやつ乗ってきた…!」の雰囲気になるじゃん。
個人的にはな、特定の座席にこだわるとか、1人で何か言ってるとか、
アナウンス先取りして話してるのとかは許せるっていうか別にどうでもいい。
まあうるさかったらイヤホンとかするけどさ。
無理にその席から退かそうと手を上げるとかじゃなきゃ別にどうでもいい。
どうでもいいんだけど、そういう、まあ障害者ってさ、見た目でわかるじゃん。
なんとなくそうだなって格好してるじゃん。
そうするとこっちも避ける準備というか、まあ心構えというか、できるじゃん。
もう精神でも発達でもなんかあるならそれ相応の格好してて欲しい全員。
私に害を与えるかもしれない人間全部近寄らないで生きたい。
ついでにあのにいちゃんはどっかで不幸になっててくれ。
先日書いた増田にたくさんコメントやブクマをいただき、驚きつつも感謝しています。こんなに反響があるなんて全く思っていなかったので、恐縮しつつ嬉しい気持ちでいっぱいです。僭越ながら、いただいたコメントに返信させていただきますね。
政治について最近思うのは、国会議事堂の椅子、もっとクッション性を高めたら議論も柔らかくなるんじゃないかってことですね。あと、予算委員会でたまに見かける水のペットボトル、あれメーカーの陰謀とかないんですかね?まあ、真相は謎です。
企業の裏話といえば、某大手カフェチェーンの期間限定フラペチーノが「社員の悪ノリから生まれた」って噂は聞いたことありますね。そういえば、カップラーメンの「蓋が剥がれやすい問題」って、実は時速30キロで走る風洞実験でテストされてるらしいです。
最近読んだ漫画で面白かったのは『異世界転生したら消しゴムだった件』です。消されるたびに強くなる主人公が涙ぐましいです。アニメだと『焼きそばウォーズ』。主人公がソースか塩味かで仲間割れするんですが、結局最後は青のりが全部解決する、みたいな話です。
最近作ったのは「スナック菓子リゾット」です。ポテトチップスを砕いてお湯に入れるだけですが、意外と食べられます。オリジナルレシピってほどでもないけど、たぶんこれをイタリアンシェフに見せたら目から鱗だろうなっていう一品です。
読んでくれた皆さん、本当にありがとうございます。これからも思いついたら増田に書くかもしれないので、その時はまたよろしくお願いします!
28歳になる彼女が重症の味覚音痴というか、食に対する意識がひどい。
そもそも彼女のお母さん自身がほぼ料理をしない人らしく、子供の頃から食事といえば冷凍食品や買ってきた料理ばかりだったそうだ。それもある程度成長してからは、毎日お金だけ渡されて、あとはそれで自分で好きなものを買って食べるという状態だったとのこと。(つまり好きなものを好きなように食べてきた)
そのためか、味覚が恐ろしく幼稚な上に食の常識もない。
例えば塩辛のような珍味は「なにこれ、初めて見た!気持ち悪い」。トマトやキュウリは夏野菜だというと「嘘~一年中あるよ」。鰹節が出汁をとるものだということを知らなかった(冷ややっこなどの上に載せるものだとしか思っていなかった)。
和食は味が薄くて貧乏臭いから嫌いといい、白身の魚はみな味が同じといい、果ては茶葉から急須でお茶を入れるひとは「マニア」という。(ペットボトルしか飲まない)。
刺身はとろサーモン以外はほとんど食べず、白いご飯が大の苦手(必ずふりかけがいる)。
「お金ないお金ない」と騒ぐ人はなんでお金がないのか?その要因の一つとして買うものに対する費用対効果を正しく判断できないということがある。例えばコンビニで150円のペットボトル飲料を見て「高いなドラッグストアなら88円だな」「別にコンビニなら普通」「他の店に買いに行く暇がないから150円でも助かる」みたいにその人に対して費用対効果が合ってれば節約云々はあるけど合理的ではある。ちなみに私はコンビニではスイーツとアメリカンドッグしか買いません。
100均一は確かに安く感じる、けど普通に300〜1000円ぐらいの商品も混じってるし、買ったけどすぐに壊れたり結局使わなかったり。これはあくまでも一例だけど、自分にとっての費用対効果がズレているかもだし使うことではなく買うことが目的になってる可能性がある。
自覚している費用対効果と本当の費用対効果の物差し📏のズレが貧乏まっしぐらの一つの要因かもしれない。
「それを買う必要が本当にあるの?」
限定品だろうがセール期間中であろうが買わなければ100%割引になる。買う前に家族や友人に聞いたり何日か買うのを待ってみたり費用対効果のズレた物差し📏を調整してみるのも必要かもしれない、お金が無尽蔵ならなんでも買えるがお金持ちほど安いものはあまり買わない、高くても長持ちする品質の高いものを買ってる。
安いから買う高いから買わないではなく費用対効果で自分にとって必要でその商品の値段にちゃんと納得してるのか?それを出来なければ貧乏まっしぐらだよ。
最近、二十歳をこえて親に部屋が汚すぎると怒られた。
正確には、臭くて汚くて耐えられないと言われた。
私は自分の部屋が臭いとも汚いとも思ったことはなかった。床一面何層にも荷物が重なっていて散らかっているとは思っていたけれど、衛生的に汚いと思ったことはなかった。空気がこもっていると思うことはあったけれど、換気不足だろうと窓を開ければたいして気にならなかった。
私はごく普通に自分の部屋で寝ていた。親に聞くとベッドにもゴキブリがたかっていたらしい。それでも私はそれにも気が付かず、汚いと思ったことがなかった。
しかし、私も多少は普通の感性を持っているのでゴキブリがベッドに湧いていたと言われると嫌な気持ちになる。躁鬱だか統合失調だか病院を転々としすぎてよくわからないが、なんか病気なので元気がないときがほとんどなものの、突然やる気が湧いてきたので掃除をしてみた。
親の言うとおり、カバンの中にはウジ虫が湧いていたし、部屋の中を裸足で歩いたら足の裏が真っ黒になった。窓のサッシになぜかたくさん土が溜まっていて、何かの糞っぽいものもあった。なんで土が入るのかわからないしこれは私が汚したわけでもないしと放置しているけど、多分すごい汚いっぽかった。
とりあえず部屋中に散らばった鼻炎鼻水ティッシュを捨てて、いらないものを捨ててみた。ゴミ袋四袋分くらい捨てたら床が見えた。
床にまだ荷物は散らばっているものの、ゴミすぎるゴミは片付けてところどころ掃除機をかけられるようになったので少し満足。そのあたりでようやく埃がすごいことに気がつき、申し訳程度に掃除機で掃除。
カバンの中の虫やら虫の死骸やらをとりあえず掃除機で吸う。そのまま洗濯機にかけるとまずいらしいので、なんとなくオキシ漬けしてみる。
そこで、部屋の片付けからまずやればいいものの他のカバンが気になってくる。なんだか他のカバンも全部掃除したくなって普段使っているカバンの掃除をはじめる。
普段使っているカバンは持って行きやすいように玄関の近くの棚に置いているのだけれど、いちいち荷物を出してカバンを綺麗にすることができず毎回新しいトートバッグを出してきて使うため、7個くらい荷物の入った鞄があった。
中身がゴミだらけで怖い。でもゴミじゃないような気もする。使いかけの電池とか、ピンとか、そういうもの。これがゴミなのか分からないしどこにしまえばいいかわからない。しかし、半年くらい放置しているのみかけのジュースや水が全部で13本くらい出てきたのでまずそれを片付ける。
ちなみに、これらのペットボトルは他の場所に出かけに行く時もカバンに入れっぱなしだった。すでに飲み終わっているペットボトルを持ち歩いて出かけていたわけだ。キモすぎる。
ペットボトルを捨てて、最後、ゴミ以外の物を片付ける。片付けないと。そう思った途端急に具合が悪くなって希死念慮が爆発しだす。猛烈に悲しい。
思えば昔からそうだった。今日も「それだけ掃除するとすっきりするでしょう、よかったね」と言われたけれど、毎回そうやって言われてきたけれど、私はそもそも掃除ですっきりしたことがない。
掃除をすると苦しくて悲しくて動けなくなる。だから掃除は嫌いだ。片付けも。
掃除を始める前はそれで大丈夫なのに、私の世界なのに、掃除を始めると全てが汚いものになってしまう。私の部屋だったのに、ただの汚い空間になってしまう。かなしい。
それに、掃除をしていると過去と向き合うことになる。ものを見ては昔のことを思い出して悲しくなる。嫌な思い出が付随しているものほど部屋の隅に投げておいてしまうから、掃除すると堆積した悲しい思い出がたくさん出てくる。そこでまた動けなくなる。
ようやくまあまあ片付け終わっても、そこはもう私の部屋ではなく、汚かった部屋であり、汚い部屋なのだ。掃除をすると、部屋が汚く感じる。散らかっていた時は虫やほこりなんて気がつきもしなかったのに、掃除する中でそれらに気がつき、掃除が終わった頃には汚くて汚くてそこにいたくなくなってしまう。
多分、掃除している途中に疲れ果てて嫌になるのはきっとみんな同じなんだろうけど、胸に鋭く突き刺さるような痛みと希死念慮はなんなんだろう。掃除をした後に部屋が嫌いになるのはなんなんだろう。
ずっとわからないし、苦しい。ストレスがかかって希死念慮が湧き出てくるのかな。完璧主義だから、掃除を途中までするとどこもかしこも汚く感じて全部綺麗にしなきゃ汚いと思って苦しいのかな。わからないけれど、本当に掃除が苦手だ。こんなに苦しくて悲しくて怖いことをやらなきゃいけないのだろうかと思ってしまう、だって掃除をする前の部屋は私にとっては臭くないし汚くなかったから。
わかっている。人から見て汚くて臭かったら迷惑だから、掃除しなきゃいけない。人から見て汚くて臭いのは、いけないことだ。
くるしい、すごくくるしい。私には何がゴミかも何が汚いかもわからない。まだカバンの中身が散らばっているし、部屋だって埃だらけだ。ベッドのマットレスを外したらきっとカビだらけで、ベッドの下に虫がいるんだろうな。やらなきゃいけないことがたくさんある。
私だってできないことしかないわけじゃない、なのに、わからないことが多すぎて、全部できない人みたいになる。わからない。お皿はどんなに洗ってもまだヌルヌルする気がして、どこまで洗えばいいのかわからなくて、洗うのがやめられなくなってしまうから洗えない。できないことが多すぎる。「これを片付けておいて」と言われても、いつまでに片付ければいいのかわからないとわからなくて動けなくなる。
私には掃除をしてすっきりする気持ちがわからない。終わったという達成感を得ることすらできない。元気な時にやっても苦しくて胸が痛くてダメになる。掃除のできない友達は何人もいるけれど、みんなこうなのかな、もっとちゃんとして見える。みんな突然泣き出して動けなくなったりするのかな、掃除機でウジ虫を吸ったりするのかな。
頑張れば普通にできると思って頑張ってきた。必死に勉強してなんとか名のある大学に入った。勉強だけはできたのが救いだった。けれどやっぱり私の部屋は汚い、私に見えている世界はどうやら全くもって世間にとっての世界とは別物らしい。私はいつもみんなと同じものを前にして別物を見てしまっている。間違ったものを見ているのだ。
どんなに勉強を頑張ってもダイエットして化粧を覚えて髪の毛を綺麗にして荷物だって小さな小さな鞄にはいるように頑張って減らして、会話だってついていけるように必死に合わせても、いつも私は間違っているのだ。
わたしはこれからもずっと、掃除ですっきりできない人のまま、みんなと一緒に同じことで同じ喜びを得られない人のままなのだろうか。致命的な欠落をどうにもできずにやっていくことになるのだろうか。
(追記)
朝、買いだめしているペットボトルのお茶が少なくなってることに気付く。
ネットスーパーに注文するのは妻の役目。
妻にお茶が少ないことと、明後日なら俺が休みだからネットスーパーを受け取れると告げる。
受け取りは今日の夜7時。
妻にLINE。「今日は買い物して帰るから7時には家に帰れない」
午後6時半スーパーで買い物中に妻からLINE「晩御飯のおかず買ってきて」
今日は朝炊飯器のご飯はほとんど無くなってるはず。最後にご飯を盛るのは妻。
妻へLINE「ご飯炊く?」 →「炊いといて」→「買い物中。弁当にする?」→「弁当買ってきて」家族4人分の弁当買って帰る。
・俺に確認もしないで俺が受け取る前提。
・俺は余裕のある時間に連絡してるのにLINEを見ない。大体見ない。自分はいつも6時過ぎぐらいに、運転中の俺にLINEしたり電話してくる。
・炊飯器のご飯の量に関心がない。半人分でも残ってると家族4人分残ってると思ってる
・食費は妻の分担だが、俺に買ってきてと言いつつ俺に食費を出したことはない。
やあ!
みなさんこんにちは。
何を隠そうこのワイ、母親の介護歴17年(糖尿→脳卒中→骨折→認知症で要介護4。この間祖母の介護も4年被ってる)、父親の介護歴11年(骨折→肺がん→認知症予備軍で要介護3)を自宅みている 大馬鹿者 大ベテランなんですね。もちろん独身KKOです。
と言うワケで、アドバイス欲を満たすための生贄を見つけたので、クソバイスするよ。
さあLet'sクソバイス
水分補給と同じで、ストレスがたまったら解消するのでは間に合わないことが多いので、ルーチンにれる。
例えば俺の場合、毎週木曜日が仕事完全休暇という仕事なのだが、この休みに合わせて、木曜日は両親ともにデイサービスに送り出している。
そして、木曜日はストレス解消の日、自分を甘やかす日と決めて、何もしなかったり、だらっとアニメを見たり、本を読んだりしてる。
また、3ヶ月に一度ぐらいショートステイに夫婦揃って出てもらったら、泊まりのエンタメにも行く事にしている。
自分の場合は、だいたいは夜行バスで大都市圏まで出て、大きなシネコンで一日映画三昧したりって感じですが、こう言う日を確実に大切にすること。
そしてこれは「開いたらやる」じゃなくて「何があってもやる」と決めてスケジュールに入れること。有給休暇と同じね。
そうじゃないと自分が持ちません。
なお、ショートステイは定期的に利用しておかないと、緊急時に対応してもらえないので、その訓練も兼ねています。
緊急時ってのは、俺に何かあった時が最大。そのほか、どうしても外せない義理のときとか、高校生の頃に心を救ってくれた声優さんがx年ぶりにコンサートするとか、そういうときね。
災害のときとか、色々なときに泊まりで預けられるようにしておかないと詰む。
それでも愚痴を言いたいときあるよね。そういうときは増田で愚痴りましょう。
増田なら💩💩🎠🦌とか書いても誰も何も言わないし、きゃっきゃしてりゃいいので。
そのための増田。まぁ、実践しているのだと思いってそこは安心しました。
まさにクソバイス
いや良い意味で。
というのも、この前海外のセブンイレブンにフラッと寄って板チョコ買おうとしたら、日本円で800円でビックリしたんだ。
50円差て。
物価が高い先進国なので板チョコが高い事自体は分かるんだけど、あからさまに2枚買わせるその手口に驚いた。
セブンイレブンって日本が元締めだけど、日本のセブンイレブンはこんな無茶苦茶な事やらないでしょ。
これに限らず、この国では1つだけ買うというのが馬鹿らしくなる価格設定がよく見られる。500mlのペットボトルが1Lのものより高いなんてのはザラだ。
しかしよくよく考えてみるとそれで売れるなら売る側としてはそっちの方が良いのかな。
そう考えるとなぜ日本の小売りも同じようにしないんだろう。