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はてなキーワード: 暴力的とは

2017-07-20

誰かを殺したい時は、まずお互いに酒を飲み泥酔しましょう

そうすれば責任所在は無くなるからです

しかしたら相手も元々、死にたいと思ってるかもしれませんよ?

 

銀行強盗をした際、必ず「防犯意識のない店舗構える相手が悪い!」と企業側に責任を擦り付けましょう

そして「どうせ保険とか入ってるから大丈夫だろ? マッチポンプなんだろ?」

陰謀論染みたことを言い、相手の非を大きく見せましょう

 

誰かを殴った時、「相手も生身の人間だし、暴力性がある」とその人の潜在的暴力性を指摘しましょう

もし相手GTACODなどの暴力的ゲームを嗜んでいたら、こっちのものです

 

オレオレ詐欺で金を巻き上げたら、被害者間抜けさをあざ笑いましょう

世界は騙される方が悪い、弱肉強食世界なのです 

 

  

これらの論理が全てまかり通る素晴らしい犯罪はご存知でしょうか?

そう、性的暴行です

自宅には成人コミック同人誌ライトノベルが約2500冊あります。週の半分はオタク専門店に通っていますからオタク呼ばわりされても弁解の余地はありません。

 中学高校男子校で過ごした自分がいわゆるモテキャラではないと知ったのは、国立大学に進み、サークル一定数の女子あいさつを返してくれないことに気づいたあたりでしょうか。

 大学院に進みましたが、就職難で満足な就職先が見つからず、小売店で魚をさばいていました。薄給長時間労働、年下の上司から理不尽に怒られる毎日カップ麺に湯をかける気力すらわかない寮の一室で、成年コミックけが「戦友」でした。だから戦友を侮辱されたら、黙っていられないんです。

 風俗には行かないし、アダルトビデオほとんど見ません。生身の女性人格をおとしめるような性的表現は避け、二次元創作物で性欲を発散してきました。真面目に生きてきたのに変わり者扱いされ、学生時代に「ウンコチンコ」と尾籠(びろう)な話で喜んでいたヤツらの方が人生うまく行っているようで、皮肉ものです。

 「金なし、ヒマなし、魅力なし」の貧困男子が性暴力テロを起こさずにいられるのは、二次元性的創作物が一役買っていると断言できますしか規制は強化され、僕たちからそれすら奪おうとしている。

 暴力的ポルノ批判対象になりますが、どこまでが許されてどこからがアウトなのか、簡単に線引きはできないはずです。自分の性欲をいかコントロールするか、性教育の果たす役割は大きいと思いますが、創作物規制に向かうのはナンセンスです。

 性的創作物、そしてその愛好者である僕らは、台所にいるクモみたいなものです。アシダカグモネット検索してみてください。キモイし、うっとうしいけど、いないとゴキブリがはびこります。認めろとまでは言わないけど、大目に見てもらいたいんです。

http://www.asahi.com/articles/DA3S13042686.html朝日新聞 2017年7月18日 オトナの保健室

エロ擁護にわいてくるアカウントの人、多少の差はあれどこんな感じか。

女子のカラダは好きだけど、実際に女性とまともに接してないかものすごく屈折してる。自分に都合のいい認知のゆがみで自分を守る。

2017-07-19

ゆらぎ荘の幽奈さんの主人公暴力セクハラしないか子供に見せておk

っていう人は成人同士合意の上での性行為ゴールデンタイムテレビで流してもおkって思ってるん?

差別的でも暴力的でもなくてもわいせつ物は子供に見せたくないって普通の親の感覚やと思ってたがはてな村はそうじゃないのか

2017-07-17

想像なんだけど、

例えば共謀罪とか集団的自衛権とかが今のまま罷り通った場合、多分それを良いって言っている人達は、なんか悪い所があれば引き返せると思ってるんじゃないかな?

これって凄い楽観主義で、歴史的には引き返す事は甚だ難しいというか、最近見てきたようなデモ市民が集まるとかい牧歌的もんじゃなくて、そこで起きる反発は本当に暴力による弾圧だったんだよ。

これは右翼暴力的とか左翼平和的とかじゃなくて、警察とか軍とか、本来的に暴力内包する組織曖昧基準でそれを行使する権限を与えるとまずいよ、って単純な論理なんだよね。

から安倍政権は本当はそれ狙いなんじゃないかってくらい、基準曖昧なままで警察や軍に有利な法案を通した、これは引き返せるって思ってる人達への意図された暴力内包してる。

安倍総理とそのお仲間の本当の意図を知るのは、実は引き返したいと思った時、愛国心を持った組織がどう機能するかという事だろうね。

頼むから政治家官僚法律家の方にはまともに仕事をして欲しい。私は思想は人の勝手だと思うけど、仕事を雑にするのはロクデモナイ大人だと思う。

今の人達仕事評価しない。やれどんな思想なのかとか愛国だとかリベラルだとか良い人だとか。そんな曖昧ものより、通った法案を見よう。彼らの仕事はまともな法案を作ることであって、どれだけ愛国かとかいう事で評価されるべきじゃない。

ラッキースケベとは何なのか(試論

正直漫画アニメラノベとかあまり読まないのでかなりなんとなくなイメージだが、もしもっと詳しい論考あるわ!と言うなら教えて欲しいくらい。

まずスケベ表現類型について。

ラッキースケベという概念と対になるものとして、男性キャラ積極的性的な関心から女性へスケベをする類型があげられる。これをセクハラスケベと定義する。

次になんらかの偶然により当事者意思によらずスケベな状況になるのをラッキースケベ定義する。

さらに気づいたのが、そのどちらにもあてはまらない、男性キャラ性的意図がない、あるいはあってもなんらかの正当性があるものイノセントスケベと定義する。

刑法にたとえれば、構成要件に該当し違法有責なのがセクハラスケベ、構成要件に該当するが違法性が阻却もしくは責任否定されるのがイノセントスケベ、そもそも構成要件に該当しないのがラッキースケベとなる。

なおラッキースケベの初出はガンダムSEED DESTINY 01.PHASE0-1 の13分前後シン・アスカステラオッパイ意図せず触ったさいに「このラッキースケベ」と言われるのが初出らしいが、類型としてはドラえもんのいわゆる「のび太さんのエッチー」などそれ以前から見られる。

以下それについて分析する。なお、これは作品毎の傾向であるが、これらの三種は同一作品内に男性キャラ属性として複数みられることもある。

セクハラスケベ

まいっちんぐマチコ先生や、まじかる☆タルるートくんあたりなど。90年代に下火になってきた。この背景には80年代後半より「セクハラ」という概念一般化し、セクハラスケベは悪いことだという共通理解ができ、それを主人公やそれが類する人間が平然と行うことに読者が抵抗感を覚えてきたのではないか?と推察できる。

実際ネットでも環境型は意見が分かれても直接的な「セクハラ」には否定的意見大勢を占める。

イノセントスケベ

これはラッキスケベとセクハラスケベを考察していて気づいた類型性的意図がないものとしてはドラゴンボール初期の孫悟空BASTARD!! -暗黒の破壊神-のルーシェ。正当性があるものとしては聖痕クエイサーのサーシャ、健全ロボダイミダラーの真玉橋孝一などで、これらは特殊能力を発揮したりロボットを動かす際にスケベな行為必要となる。

ラッキースケベ比較し、あまり多用されないのはキャラクターや設定的に理由を付けないといけないのが、色々難しいためか?

ラッキースケベ

キャラクター自身はスケベを意図していないので、読者から悪いやつ扱いされない。さらハーレムモノでも、主人公から恋愛感情がなくても可能と設定的に使いやすいので多用されたのか?

ただ、このラッキースケベは偶然であるが、作者が書くのは当然意図的であり、「故意」をメタレベルで消化し、ある意味作者と読者の共犯関係とも言える。

この点が性暴力的であるという指摘の理由か?

確かにある意味キャラクター故意の部分を除けば女性キャラクターの多くが羞恥するという点ではセクハラスケベと共通している部分もある。

90年前半のギャルゲーラノベではちょっとラッキースケベの例が浮かばないけど、

と、考察してみたけど、こうして見るとやっぱり流行り廃りってあるんだね

2017-07-15

「せんせい!質問があります

左翼暴力的とか朝日新聞デマ捏造だらけで国民の敵とか

奴らは本気で思って言ってるのだろうか?

いや、嘘を承知で単なる左翼嫌いを表現してるだけならわからんでもないけど

もし本気だったら誰かまともな教育を受けさせるか、病院に行ったほうが良い。

2017-07-12

筆圧が高い奴は感情抑制が出来ず暴力的になりやす

という統計結果が出てるんだから、筆圧の高い奴を早めに社会から排除すれば日本は良くなるんでは

https://anond.hatelabo.jp/20170712071301

散々言われている事だが

日本宗教的自殺禁忌とされておらず、むしろ「死んで償う」など自殺を美化する文化があるために

自殺禁忌としている宗教根付いている地域より自殺率が高いのは当然

男性女性より自殺率が高いのは、自殺成功」率が高い為で

女性自殺「失敗」率(=自殺未遂率)が高い

その理由は、衝動自殺においては男性暴力的手段を選ぶ事が多いが

女性暴力的手段回避して服毒など失敗しやす手段を選ぶ事が多く、

(これは女性暴力を好まないという性差から来ている)

また暴力的手段を用いた場合も力の差で女性だと致命傷にならない事が多い為

計画的自殺場合は男女とも確実に死ね手段を調べて選んで自殺する人が多い為、男女の自殺率(=自殺成功」率)の差が少なくなる

中国農村部女性自殺率が高いのは、致死率が高い農薬簡単に手に入る環境な為

日本自殺率比較的男女差が少ないのは、首吊り自殺女性の力でも成功やすい)が多い為

2017-07-11

オタクフェミニストは誰と戦っているのか。

 このところ永劫回帰のようにエロ表現における争いが繰り返され、オタクフェミニストラグナロク永遠につづくかのようにおもえる。


 これだけやりあっていれば普通はたしょうなりとも相互理解というものが生まれものであるけれども、それはリアルな論戦の話なのであって、不特定多数不特定多数に対してやたらめっぽうに機関銃を撃ちまくるインターネット塹壕戦ではただ人が死ぬだけであり、平和条約は結ばれず、ただ人が死ぬだけであり、憎しみは連鎖し、ただ人が死ぬだけである


 わたしたちは第一次世界大戦を生きている。

 毎日がソンムの戦いだ。



 オタクフェミニストそもそも互いに互いを認識しているのだろうか?

 フェミニストが「えっちなのは子どもによくない」と言い、オタク宮崎勤池田小のやつとエドゲインを足してニで割ったような怪物として罵る。

 オタクは「表現規制をするな」と言い、フェミニスト権力によって表現の自由を、人間尊厳を奪うヒトラーの再来として恐懼する。


 彼らにはそれぞれ「何」が見えているのだろうか。

 彼らがそれぞれ想像する「敵」とは誰なのだろうか。


 オタクにはトラウマがある。

 悪書追放運動である

 1950年代PTAが中心となって展開されたマンガに対するバッシング運動だ。

 暴力的表現子どもの情操に悪そうな表現はこどもに見せるべきでない、というスローガンのもとに当時芽吹きつつあった劇画手塚治虫などを中心として爛熟しつつあったマンガ文化に打撃を与えた。

 これによってオタクたちはDNAレベルで、「(残酷だったり過激だったりする)マンガを『わるいもの』として非難するのは保守派ファシストのおばさんたち」という了解が植え付けられたのだ。


 なぜ戦争を二十年で忘れることのできた民族が六十年前の、教科書にも載っていない出来事記憶しているのかといえば、それは語り部が優秀だったからだ。

 悪書追放やり玉にあがった漫画家たちはのちに大御所となって「漫画文化立役者」として官民両方から賞賛される身分を獲得しても、悲惨迫害を忘れなかった。

 彼らはそのとき体験エッセイ漫画にしたり、ことあるごとにマンガネタに織り込んだ。

 そういうものを読んだ後進の世代は「今は平和マンガ享受できている国なのに、過去にはこんな悲惨なできごとがあったんだ!」とショックを受け、苦難の記憶継承し、そのうち漫画家となった人々は「マンガ表現を悪と呼ぶわからずやな大人」たちを戯画化して描き続けた。先人たちを見舞った悲劇を繰り返してはならない。そう彼らは叫び続けた。

 悪書追放運動記憶継承は、歴史上のあらゆるトラウマ継承運動のなかでも最も成功した部類に入る。それはオタクが長らく被差別民だった(と少なくとも自分たちでは認識していた)せいもあるだろう。

 そういうわけで、マンガ守護者たちの末裔たちは今でも各所に見ることができる。ちょっと前にもあったよね。ほら、『マンホール』描いた人の……なんだっけ、なんとか都市ってやつ。


 さて、戦争から七十年も経てば、各国家における仮想敵も大きく変わるものだ。アメリカWWIIでは影の薄かった中東を主戦場とするようになって久しいし、そのアメリカとかつて世界を二分したソ連は国ごと崩壊してしまった。

 だがオタクたちはずっと敵は「既存道徳にしばりつけられた保守的道徳的なガミガミおばさん」のままだと思い込んでいる。自分たちの敵はヒトラーである叫び続けている。



 フェミニストたちを一言でくくるのは難しい。

 「反表現規制」の旗のもとに団結しているオタクたちに比べて、そもそも男性男性社会のもの憎悪してやまないミサンドリストからオタクとの対話を求める層までほとんど分裂状態様相を呈していて、

 そうなったときクローズアップされがちなのはラディカルな発言だ。


 しかオタク側が言い募るように彼女たちは「こどもたちを歪ませる」表現を憎んでいるのではない。

 「こどもたちを傷つける」表現をこそ問題だと言っている。

 教育ではなく、トラウマの話だ。


 フェミニストたちにもトラウマがある。

 日本にかぎった話でもないかもしれないが、マスメディアサブカルチャーにおける性的エロという意味限定されない)表現や言説は男性中心的な傾向が強い。

 ふた昔前はテレビ女性おっぱいエロティック晒すなんてのはゴールデンタイムにすらみかけられたし、

 そこまで過激ものでなくとも、女性に対するセクハラめいた言動が「ジョーク」として受容される環境があった。

 それはジャンプなどの漫画メディアにあっても同様で、男性読者からは「問題ない」描写ジョークとしてスルーされる描写であっても、そこに女性に対する男性的な欲望、ひいては暴力を読み取る多感な少女は数多い。

 そういうものがある種の社会に対する不信となって根強く彼女たちの底に残る。


 男は言う。いや、あの程度の表現で傷つくのはあまりにか弱すぎるだろう。自意識が過剰すぎるのでは? たんなる一過性メンヘラでは?


 少女たちはテレビマンガを消費するには、あまりにもセンシティブすぎるのだろうか?


 一面にはそれもあるかもしれない。しかし、傷つきやすすぎることとの何が問題なのか?

 刃のついた表現現実存在し、それで傷つけられる肌が現実にある。

 問題とはむしろそこだ。

 何も知らない無垢な肌が刃に触れたときに血が出るのだとして、たしかに近づいてきたのは肌のほうかもしれないが、刃の危険性も知らないものにあらかじめ避けておけばと非難するほうもどうかしている、根本的に事故を防ぐためには刃のほうを鈍らせておけばいいのでは? 自動車会社などはそうやって事故を軽減しようとつとめているだろう?

 私たちは次の世代を「正しく」育てようとは思わない、ただ、不慮の事故から守りたいだけだ。


 傷つきたくないこと。傷つきたくないこと。

 こうしてアイデンティティポリティクス生まれる。

 彼女たちの目的は次の世代トラウマを残さないこと。

 そういう意味では、オタク表現規制運動歴史を語りつぐことと少し似ている。


 そして、オタク同様、「敵」を認識しそこねている。


 フェミニスト場合はあまりに内部で混乱しすぎていて、個別問題の何が問題であるのか、その問題をどう解決していくべきなのかで定義統一がはかれていないことだ。

 これは攻める側の弱さでもある。

 守る方は現状を維持しさえすればよく、つまりは「表現規制反対」に各員の意志を集約させればよい。

 だが、フェミニスト側は具体的に個別問題のどこをどういった理由でどう修正していけばよいのかまでを提示しなければならず、これに関する意見を調整出来ない場合もっとも極端な意見ーーすなわちオタクたちが最も恐れる「全面的表現規制」が対立を煽る人々によってショーアップされてしまう。



 そうなってしまえば、あとは殺し合うだけだ。



 彼らはお互いに敵を「保守派」として捉えている。

 オタクの眼に映るフェミニストは「道徳を重んじて表現を認めないファシストガミガミおばさん」

 フェミニストの眼に映るオタクは「男性社会の無思慮な暴力肯定しつづけるレイピストクソ野郎


 オタクはただ表現進歩性を守りたかっただけなのに。

 フェミニストはただ表現進歩を与えたかっただけなのに。


 ここでは、もはや誰が敵か味方かもわからない。

 もしかしたら、敵も味方もいないのかもしれない。

 自分以外のすべてを虐殺しつづける戦場

 それがインターネットであり、インターネット表現規制論争だ。

2017-07-10

https://anond.hatelabo.jp/20170710015448

大きな声で不条理なことを要求してくる人、ごく稀だけど、出会うことあります最初は怖くて萎縮してしまい、後で不条理さに腹が立ち、こう言い返してやればよかったとか考えてしまい、やがてなんだか可哀想になり、そのうち忘れてしまます

先週見に行った野球試合が終わったあとに誘導路を歩いて駐車場に向かっていたところ、ちょうど選手の帰りと重なり一時停止を指示され、その場所がちょうど出待ちファン最前列になってしまいました。すると背後のファン男性が「選手が見えないだろ、しゃがめ!」と団扇で叩いてきて。係員に指示されて立ち止まってるのです、と説明すると、状況を理解したのか悔しそうに「じゃあとっとと行けよオラァ!」と。おそらく彼は子供を連れていました。言い返してやろうかと思いましたが、子供の前で言い合いに発展させるのは良くないと思い控えました。

けれど、あの父親暴力的な態度で世間と接する(と利がある)様子を子供に見せ続けることは、子供の成長にとって良い事ではないはずです。私個人の恐怖はほぼ忘れ始めた頃合いですが、今回はどうもその子供のことが気にかかっています。きちんと論破し、謝罪を求め、スタッフに報告し、暴力的な態度が相応の報いを受ける姿を子供に見せるべきだったかもしれないと、引っかかっています

2017-07-06

https://anond.hatelabo.jp/20170706211417

アホか。

女は性を販売できる機会が多いから、本人が性を売らないと言っても恵まれてる論

男は暴力で女を従えられるから、本人が暴力を振るわないと言っても暴力的な生き物

暴力的な生き物」じゃない「恵まれてる」「ずるい」という論調

女は性を販売できる機会が多いから、本人が性を売らないと言っても恵まれてる論

男は暴力で女を従えられるから、本人が暴力を振るわないと言っても恵まれてる論

で、これに対する反論簡単で、

女性は性を売っても犯罪にならない

男性暴力で異性を従えると犯罪になる

全然対象じゃねーよw

https://anond.hatelabo.jp/20170706205917

本当にそうなのかね

女は性を販売できる機会が多いから、本人が性を売らないと言っても恵まれてる論

男は暴力で女を従えられるから、本人が暴力を振るわないと言っても暴力的な生き物だと言ってるのと

何ら変わりはないと思うのだが

SNS時代の正しい桃太郎

おことわり

この物語伝承などに従ったフィクションです。登場する人物団体名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

また、伝承は諸説有り、違った見解物語を持っているものがありますが、これはそれらを否定するものではないことをあらかじめ申し上げておきます

1

昔々ある所に、地域に貢献しながら元気に頑張っている2人家族がいました。一人は雅、もう一人は晴と言います

体力に自信がある雅は、山(※この家族は入会地の権利を持っています許可無く私有地・共有地に立ち入ることは法により罰せられる場合があります)に芝刈りに、晴は川へ洗濯へ(※この家族水利権を持っています安全問題の無い処置の他、特別な訓練を受けています。もし真似をしたことによる損害が発生しても責任は追いません。また環境配慮した石けんを使用しており、環境に影響を与えることはありません)出かけました。もちろん、二人の役割は固定されているわけではなく、ジェンダーに捕らわれない公正な考え方、ジェンダーではなく個々人に目を向けた正統な役割分担によって相談し当番制を敷いていて、今日たまたまこ役割だった事は、言うまでもありません。

2

すると、川の上流から大きな桃ののようなものがどんぶらこどんぶらこと流れてきました。晴は桃を拾い上げると、警察に届けました。警察は、桃はそのままで保管する事は困難である判断して、遺失物法に基づき手続き実施、売却をしてその代金を保管することにしました。

雅と晴は二人で相談して、合議の上でお互いの財産から半分ずつお金を出し合い入札をして、桃を手に入れました。入札額は桃の価値に対して十分な金額でした。

持ち帰った桃をわってみると、なかから元気な子どもが! 二人は大変驚きましたが、子どもが生まれたことは事実であり、桃からまれたと言う一点だけで差別したりはしません。二人は適切に子どもの世話をすると共に、役場担当者に連絡、村長が棄児発見調書を作成して戸籍がつくられ、児童相談所に預けられました。この時、従来からの慣例に従い、子どもの命名は発見した保護者が行う事にもなっているため、二人は悩んだ末、ジェンダーニュートラル名前「桃」と名付けました。(※なお、桃は二人でおいしくいただきました)

その後、これも何かの縁(※特定宗教意図したものではありません)と考えた二人は、正式手続きを経て、桃を特別養子縁組の仕組みをつかって引き取るり、大事に育てました。もちろん、二人は養子として迎えられなかった子ども達が一律に不幸だと考えてこの行動をとったわけではないのは、言うまでも無いでしょう。

3

時は流れて、大きくなった桃(※事実を述べたに過ぎず、病気あるいは遺伝的特徴から大きくなれない事を揶揄する意図はありません)は、鬼ヶ島へ鬼退治(※法的処置に基づく、強制行動のことをさします)に行くことになりました。

もちろん、鬼たちは、鬼というだけで差別されているわけではなく、特定の島を不法占拠した上で、強盗誘拐など、日本国法、並びに国際法、国際通念などと比較して、多くの人が反社会的行為だと言うような行為集団的実施している上に、暴力的行為によって不当に取り締まりを逃れているため、対処必要があると判断されているものです。

法的な召還にも応じず、命令にも従わないため、強制捜査代執行などが決定されたものの、治安機関による取り締まりや、軍隊の出動などを実施した物のいずれも失敗したため、法的な手続きを踏んだ上で実施されています一方的に鬼の人権排除するような点については違憲可能性も考えられるため、国会では議論議論が重ねられ、特別立法によって、一連の鬼退治を桃に委託することに決定されました。報道各社の世論調査でも、読売新聞調査で支持する、どちらかというと支持するを併せて8割以上が賛成、朝日新聞調査でも7割以上が賛成するなど、世論の支持も得ています

(なお、この文章は、現在国会で行われている、組織犯罪処罰法(通称共謀罪)や、改憲論議に対して、何らかの意見、影響を与えることを意図した物ではありません。)

4

当日の料理当番だった雅が作った(※雅はジェンダー役割の押しつけによって料理当番を実施しているわけではなく、個人に着目した能力に応じ、二人で決めたルールによって自発的実施しているものです)きびだんごを腰にぶら下げて鬼ヶ島へと出発しましたが、道中、犬、猿、キジが現れました。桃は、彼らに、脱酸素剤などをつかい添加物などを使わずに適切に保存したきびだんご(※動物有害ものは入っていない特別な物です。一般的きびだんご動物に与えると動物健康に悪影響を与える場合があります。また、野生動物食べ物を与える事は、条例によって罰せられる場合があります)を、アレルギーなどがないか確認した上であたえ、動物愛護法などに定められた、また、社会的にも正しい動物福祉の元で彼らの協力を得て、鬼ヶ島へと渡ります

5

鬼ヶ島では、鬼たちが【青少年健全育成に不適切表現ゾーニングされていないバージョン正式手続きにより読む事ができますので、検閲ではなく、これは自主規制です】の最中でしたが、人道的に問題があるとされる奇襲などは行わず、あらかじめ用意された裁判所からの令状を、十分に聞こえる様に読み上げ、鬼たちがそれに従わないことを確認すると、法令に則り代執行宣言、【青少年健全育成に不適切表現ゾーニングされていないバージョン正式手続きにより読む事ができますので、検閲ではなく、これは自主規制です】の末に、鬼らを後からやってきた治安機関職員に次々と引き渡していきました。この時の罪状公務執行妨害現行犯逮捕です。鬼たちは今後、弁護士がついて公正な司法のもと、裁かれることになりますが、罪が確定して有罪になる迄は、あくまでも罪人ではない事に配慮し、実名は記しません。

また、この行為について、鬼側に死亡者が発生しているのではないかという指摘がありますが、事実無根であり、ここで行使された武力は正統かつ、やむを得ない範囲で十分に配慮されたものでした。

6

鬼たちが悪行で集めた金銀財宝などは、特別立法に基づき、国が指定した弁護士管財人によって管理されます有罪が確定したあと、確認が行われた後に被害者に分配されることがきまっています。故に、桃らが横領したという指摘にはあたりません。桃はここから報酬を受け取るのではなく、国から各種規定に基づきあらかじめ定められた報酬を受け取りました。これは桃が果たした社会的役割鑑みると正統な報酬であると考えられる範囲金額であり、会計検査院監査を受けた上で、妥当だと証明を受けているものです。

個人プライバシーがあるため詳細は省きますが、報酬用途は、実家のすぐ隣に新たな家を構え、その後は自立した大人として暮らすために使われ、桃はこれが国民血税であることを十分に認識しながら、感謝気持ちを忘れることなく、決して不当な事に当てられたことはなかったということだけは記載しておきます

7

被害に遭われた方々の事を思うととてもめでたしめでたしなどと言うことはできない凄惨出来事ですが、それでも、桃が自らの役割を果たしたことで、社会秩序治安といったものが守られ、公共の福祉が成されました。今回は暴力という手段によってしか解決ができなかったことは大変に不幸であり、桃、または登場する人物もその点に遺憾を表明しており、やむをえずおこなったものです。

これは、桃は特別な訓練と、公正な立法措置によって行われた事であり、通常行うと重大な事故に繋がったり、罪に問われる場合がありますので、真似をしないでください。

参照文献


https://www.ad-c.or.jp/campaign/self_all/self_all_01.html

http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1707/04/news117.html

http://www.huffingtonpost.jp/2017/07/05/ac-japan-ad-campaign_n_17389562.html

https://srad.jp/story/17/07/06/047224/

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A1%83%E5%A4%AA%E9%83%8E

http://arasujikun.com/archives/14

ジャンプお色気問題論点を整理して欲しい

ジャンプお色気♡騒動。【法律家版】 - Togetterまとめ

https://togetter.com/li/1126901



この手の問題反対論は主にこの二つ?

a.少年に悪影響だからダメ

男性がお色気を見て育つと性犯罪者とかレイプ魔になるからダメということ。

b.(主に)女性に悪影響だからダメ

女性に対する性暴力であり精神的外傷が生ずるのでダメということ。


特に反対論者は、

1.まずこのa.b.どちらなのかを表明する

2.その悪影響の根拠を述べる

3.以上を踏まえ、改善案、もしくはどこまでなら許されるのかの具体的ラインを論ずる


という3段階が、理性的議論にはあるべきだと思う。

ところがブコメ含めて1すら出来ている人が殆どいない。

反対論は「いきすぎ」とかボンヤリした言葉になるし

擁護論も「まえからあった」みたいなボンヤリした言葉応酬になってる。


もう少し頭の良さを見せて欲しい。

そのためにまず論点整理。


uchya_x エロいものを見せるな、ではなくて、ハラスメントコミュニケーションと誤認させるようなもの

充分な知識を持っていない相手に見せるな、なんだよ。 127 clicks

人気ブコメの中で1番まともなのがこれ。

なにをもってまともというかというと、少なくとも1について述べてる。

a.「少年有害」という理由で反対。と。

お色気漫画のせいで少年がどれぐらいコミュ障になるのかについては根拠提示がないので2までは出来ていない。


asterpleo 今と昔の基準は違うしあまり自浄作用なく好き放題していると本当にお上規制が入ると思いますよ。

好き嫌い問題でなく、現状性表現と性暴力性的嫌がらせ区別出来ていないのが脅威なんです。

この人なんかは1を半分出来ているぐらい?

なんとなくbであるのは伝わる。

ただ既に批判がついている通り

今と昔の基準は違うし

意味不明曖昧発言

自浄作用なく好き放題していると

基準云々しながら基準不明曖昧表現

お上規制が入ると思いますよ。

論理無用お上を盾に取る

まとめると、自分基準を示さず、定義不明な「世間基準」を匂わせつつ、権力で脅し、嫌なら自主規制しな(どこまでかの基準もなし)、

というあたりで、行儀の良い議論姿勢ではないなあと思います

当該作品表現が性暴力的性的嫌がらせであるならそっちについて具体的に自分見解を述べた方がよかったかと。



ところで揚げ足取りレベルだけど

minuit76 過去の「実績」と比べても無意味で、時代価値観は変わるもの

また、基本的対象が嫌がる様を見て楽しむのは暴力で、少年に見せる意義は無い。

性に伴う恥じらいと他者を辱めるのは違うこと。

時代価値観」という定義不明ものを振りかざす人は殆ど自分の気分の話をしてるだけだと思う。

また少年への悪影響の話だけど、

・当該作品では主人公モテモテなので、本気で嫌がってる女の子はいないよ(嫌がってないのは読者には伝わってるよ)

・「エロハプニングで嫌がる女の子がいない世界であることのほうが、少年への悪影響はありうるのでは?

 現実漫画区別がつかないグズ…いや発達障害的な少年なら、「セクハラしても女の子は嫌がらない」と勘違いしてリアルでやる可能性が有るとかそういうの

2017-07-05

都民ファーストの会圧勝に思うこと。

都民ファーストの会圧勝して、ネットコメント欄結構もりあがっている。

マスコミが報じる主な要因は「腐敗への拒否反応」っていうやつで、確かにだいたいそうなのだろう。

一方でコメントの中には「馬鹿都民が多いか自民が負けた」なんていうのもあって、これから政治的求心力が弱まることの問題を指摘しているものもある。

~ 問題求心力ではなく「どこに向かうのか?」の欠如だ。

そういったコメント欄を見るにつけ「我々はどこに向かうのか?」の論争がとても少ないな、と感じる。

求心力表現するからには、どこに向かうのかは最も大切な事柄だ。

いや、もちろんどんな政党も「何をするのか?」「どこに向かうのか?」という話はしている。

しかし、そのアイディアたるや、現実的すぎるか、場当たり的すぎるかのどちらかに感じる。

大抵はバックグラウンド経済の話が見え隠れしていて、それにラップがかかっている。

言葉をかえていえば、生物的に自然である自分利益をとりたい」と「生き残りたい」という2つの欲が、強烈に表れている。

しかしだ。

人間は、その自然現象に抗いたい生物でもある。

自分の目先の利益をとりたいのと同時に、人の幸せの役にたってもみたいし、大義のためになら死すら覚悟することすらある。

それが自分にとって、大きな報酬になることを知っているかである

多くの人は、こんなことは100も承知から、このバランスをとった政策を思いつきたいと、四苦八苦することになる。

~ 政策人間欲求100%理解したものであってほしい

さまざまな政策案は、ある意味「人を馬鹿にしすぎているのかな」と思うことがある。

先に触れた「自分利益をとりたい」と「生き残りたい」という2つの欲求スイッチを押しすぎていると感じる。

マズローの五段階欲求説が正しいとするならば、21世紀においては、もはや(経済的ではなく)生物的な生存欲求を満たせない人は限りなく少ないのであるから政策人間のもう少し別の社会的欲求を満たすようなものであった方が、実は自然であると考える。

今の政策案のように、人間生存レベルスイッチを押しまくった結果は悲惨である

おもしろもので人は押されたスイッチに反応して態度をかえるからで、生存欲求スイッチを押しまくった結果は、生き残り競争しか残らない。

もしこれに人の絶望が加わるならば、そこには戦争が見え隠れしてしまう。

こんなこと、誰も実は望んでいないと思う。

(もし望んでいるとしたらその背景には「絶望」が横たわっている)

これはとても不思議パラドクスになるが、人間を信じれないから、信じれない政策を採り続けるというスタンスである限り、抜け出せない罠である

もし政策を仕切る側として、欲求バランスをとらなければいけないと感じているならば、まず人間を信じてみるしかないのである

~ 希望武器になる

さて、では無邪気に人を信じてみるとして、一体どのようにアプローチすればよいのか?という課題がある。

それはマズローの五段階欲求の、より上位の欲求をつくように、政策アピール意図的にかえていくという試みが必要になる。

しかしその話をシンプルにしてしまうと、多くの人にとってピンとこないし、人の恐怖心や思い込み呪縛を解かなければいけないことも多いから「希望」をもって語れるエンターテーメント性が必要となる。アップルアプローチなどは抜群にうまい。あれを真似る手はある。

どちらにせよ政策を取り仕切る側としては、21世紀において、社会的欲求の方が生存欲求よりも強くなりつつあることを悟った方がよい。だからこそ、それを求心力に使わない手はない。

つの時代社会課題を抱えているが、21世紀は、脱戦争平和という意味で、人間にとってかなり重要課題を抱えている。

その課題解決するには、政策にも21世紀イノベーション必要で、そのイノベーションとは、人間生存欲求をつくことをやめることだと考えている。

~ 根本問題希望平和矛盾することである

さて、ここでどうしても目をつむれない話がある。

それは、希望平和一見すると矛盾するという話である

希望人を動かすものであるが、大きな希望の一つが「根本破壊であるというやっかない人間性質がある。根本破壊はたいてい戦争につながる。

この衝動は「なぜ人間破壊的な感情もつのか?」という書籍もでているくらいやっかい性質であることは間違いない。

しかし、その書籍でも結論がないように、この破壊衝動というのは、人間に備わった自然欲求である理解するしかない。唯一理由を考えるとすれば「想像のためには破壊必要である」という、人間都合ではない想像くらいしかない。

今までも人の社会は、安定してくると腐敗がはびこり、それに絶望した人たちが破壊(多くは戦い)をおこし換えてきた歴史がある。

まり希望にみちて破壊行動を起こすのである希望平和を作らない。

これも自然の掟なのだとしたら、今まで考えてきた話はまったく無に帰する。つまり我々人間能動的に起こせるアクションほとんどない。

どんな政策を思いつこうが、がんばろうが、自然の成り行きで腐敗した社会暴力的に定期的に置き換わるだけである

この問題こそ、21世紀政策考える人たちが真摯に向き合わなければいけない課題だと感じている。

我々は抗うだけ無駄存在なのか、それとも違う方法があるのか?

~ 21世紀には新しい希望の創出が必要

さまざまな背景を想像した上での個人的見解としては「新しい希望を創出することこそ、今の為政者が取り組んだ方がよい問題である」と元に戻りたい。

なぜなら、少なくとも今までと同じスイッチを信じていただけでは、同じ歴史を繰り返すことになる。

幸いにして、今世紀は人間にとって面白いイベントが多数待ち構えている。

初めての高齢化キープした人口減少もそうだが、AI時代においてシンギュラリティが語られ、人間の脳を含めてたいしたことがないことがわかってきている今、人間存在人間という生物に対する深い理解チャレンジがこの世紀では実現してほしいと思っている。

そうすれば、少なくとも人間の抵抗が無意味なのかそうではないのか?のテストにはなる。

今の各政党(もしくは個人かもしれないが)が取り組むべき真の問題は、深い人間理解のもと、無邪気に自分自身を信じて、今までの政策アプローチをそれこそ破壊することであると思う。

そのためには、信念が必要で、そのためにはテクノロジー的な人間理解必要で、その先には死生観自然との対話芸術必要である

さもそれが実現されたならば、平和ということが人間にとって必要ことなのかどうかも含め、本当の信念ある目標として成立させることができる。

それこそが、皆が信じてもよい「希望」となって人を動かし、21世紀における偉大なチャレンジがなされるはずである

2017-07-01

K氏の行動は実力行使ではない

心臓病で内部障害者。アイスクリーム航空会社とK氏の件で、「実力行使は良くない」と書いている人が多くいる。そもそも論として、あれは実力行使ではない。

実力行使、と聞くと、暴力的手段を用いたという印象が強くある。K氏は暴力的手段は使っていない。自力タラップを上がっただけだ。従業員に厳しい言葉を浴びせたかも知れないが「言葉を浴びせた」だけだ。暴力ではない。件の航空会社従業員と揉み合いになったりしたわけではない。

そもそも航空会社は、K氏をタラップ前に移動させることを頑なに拒否さえすれば、容易に実力行使を防ぐ事が出来た。搭乗できない規則になっているのにタラップ前まで連れて行けば、自力階段を登ると言い出す事は容易に予想できたはずだし、やろうと思えば、絶対タラップ前に案内しないことも出来た。つまり航空会社側は、K氏の行動を結果的容認したのだ。相手にも容認されている行動が、なぜ実力行使なのだろうか。現に、K氏もバニラ・エアも「実力行使」という言葉は使っていないようだ。

現場従業員は困ったかも知れないが、それは、対策していない会社経営陣が悪いのだ。従業員人間的に悪いわけではない。K氏の行動を「実力行使」と呼ぶこと自体が、航空会社側の肩を持つ異常行動だ。

https://anond.hatelabo.jp/20170630101133

2017-06-30

トランプ考察

レッドは、5人の子どもたちに、非情なまでの競争心と闘争心を持てと教えた。特に、幼いころから自分に似ていたドナルドには、お前は「食う側」になり、「王」になるのだと言い聞かせた。そして、将来の王にふさわしく、運転手付きの大型リムジン新聞配達仕事をさせた。ドナルドが、いじめっ子体質で暴力的少年になったのも当然かもしれない。

http://toyokeizai.net/articles/-/138993?page=3

ドナルド・トランプ氏の親(フレッド)、毒親だなという印象。

自分絶対権力 他者=敵・格下の人

こういう価値観に囚われ、対等な人間関係を築いた経験が無いんじゃないだろうか。

それでもあんなに強い自己を持っているのは、父親価値観とどっか共鳴するところがあったんだろうな。

自分に似ていた」って感じたらしいし、上昇志向とかトリッキーさは遺伝したのかもしれない。

でも、父親人間として絶対的大事な部分を奪われたよね。

真の意味他者理解し、他者理解される。

そこからまれる心地いい安心感とか。

多分、何かが欠損してるってことにも気づいてないんだろうな。

父親の教えを忠実に守ってきたから、高い自己肯定感確立され、他者を顧みることな自分本位に生きれてる。

相当生きやすいと思うよ。

アドラー心理学では「人間の悩みはすべて対人関係の悩みである」と定義づけられているけど、これに基づいて考えれば他者のこと気にしないから悩みも無いんじゃないかな。

リーダーシップアグレッシブさ・決断力など、この人に惹きつけられる人が居るのはよくわかるよ。

けど、この人はあまりにも自分本位「すぎる」。

一国の未来を担うリーダーとして、国民の様々な声を受け止めることは義務

自分のやり方を否定されたからと言って、個人容姿性格バカにするとか、あまりにもレベルが低い。

他者価値観理解しようとした経験が無いんだと思う。

これまでも気に入らない相手はこうやって攻撃してきたんだろうなっていうのが、透けて見えるよ。

この人にとって批判する国民は敵、支持する国民は都合のいい格下の人間。

そういう見方しかできないんだと思う。

この人は大統領になるべきではなかった。権力を与えていい人ではなかった。

私は親に否定されて生きてきて、自己肯定感がほぼ無いってことに最近気が付いた。

というか肯定する自己が無い。主体性が無く、全力で他人本位で生きてきた。

情けなくて恥ずかしくて罪の意識に潰されそうだけど、私は今それに気づくことができた。

から時間はかかるかもしれないけど、絶対に克服して、人生をやり直せるんだ。

でも、トランプ氏は自分では気づけないと思う。

「生きづらさ」を感じていないから。

色々批判したけど、ある意味でこの人も被害者だと思うんだ。

余計なお世話かもしれないけど、このまま死んでくの本当に勿体ないと思う。

2017-06-29

権利」を謳う人間はなぜあそこまで意地汚く見えてしまうのか

今回ここで、「権利概念が放ってしま暴力性の起源について一人考えてみる

人権」の普及 ーアメリカ独立宣言



1週間もすれば3億人近いトンチンカンたちがまた祝うことになる、近代社会の幕開け=アメリカ独立宣言に遡ってみよう。250年くらい前のことだ。後にアメリカ人と呼ばれる極西の田舎者黒人奴隷を足置きにしながらヨーロッパ政治哲学を読みふけっていた。そして、英国議会に「植民地のくせに生意気だぞ」と言われてしまったあの時、彼らのイギリスコンプは爆発し独立宣言してしまう。この独立戦争とその後の歴史で彼らは「国家」を生み出しその中で「所有権」というもの不可侵性を「人権」として僭称したのだった。それまでもこの考え方は常にヤバい匂いを発してきたが「独立宣言」こそが全人類脳みそ侵入し始めるウイルスになった。彼らはこう言う。「君たち、実はな、人間は生まれながらにして権利というものを持っていたのだよ」「君たち、これは自明の真理だよ」。誠に蒙が開かれるようである。実際に驚くほどたくさんの人が啓蒙されることになる。

ところで、ここで彼らが行なった欺瞞としてまずよく言われるのは足置きにしている「黒人奴隷」についてである。つまり黒人奴隷人間の方にではなく所有物propertyの方に組み込まれしまったことである。ところが、今回に限ってはそこは重要ではないと私は言いたいのだ。というよりも黒人奴隷境遇があまりに深刻な問題であるから真の問題が後景化し見えなくなってしまっている。この深刻な問題をみたとき、我々、権利至上主義者の常識的感覚からいって、100年後、200年後に黒人へ与えられたように、人間権利、あるいは公民権解決すべき(解決した)問題だと思わされてしまう。

でもこれは糞の上に城を立てただけなのだ私たちの暮らす城の中はクソの匂いが充満している。「権利」などという考え方が、奴隷制的な、暴力的支配への渇望に支えられている。私たちはクソがあるなと思ったら「あっクソだ」と言わねばならない。「あれ?この部屋なんか、うんこ匂いしない?」は常に言いづらいセリフではあるが。


 人権を「持つ」とは ー「所有」についての2つの感覚




まりどういうことか。権利を「持っている」、という発想自体にその欺瞞が現れている、と言いたいのだ。一般におそらくは「所有権を持つ」という表現すらあまり違和感をもたれないのである独立宣言の下敷きになったヴァージニアで行なわれた会議草案にもその矛盾を観れるかもしれない

That all men are by nature equally free and independent and have certain inherent rights, of which, when they enter into a state of society, they cannot, by any compact, deprive or divest their posterity; namely, the enjoyment of life and liberty, with the means of acquiring and possessing property, and pursuing and obtaining happiness and safety.

この2つ目の下線部は独立宣言では省かれるのだが「所有権を持つ」という循環した考え方を恐れたから、ではなく国家による税金徴収を困難にするという理由であった。

何が言いたいかといえば、奴隷武器砂糖三角貿易が成立して以降のヨーロッパ社会では、「権利」が「持つ」ものとして想定されねばならなかったのである。それは単純には、ある種の人々から「奪う」こと(あるいは「捨てる」こと)のできるものでなくてはならなかったからだ。つまり所有権」が守るベーシック価値は「権利概念誕生の後に、「どんな種類の権利を作ろうかなー」と考えられて作られたものではなく同時に発生しているのである。そしてそのことは隠れたのだ。独立宣言に「自明真実ではあるのだが我らは不可侵権利を持っているのだと信じる」としれっと書き込むことで。じゃあ所有の意味を含む「権利概念が発生した時に生まれていたものは何か。ここが今回の主張であるが、「支配欲求自体への承認」なのである社会の一員として我々は「ある種の激烈な支配の形」を基盤にすることで社会を成立させている。それは「所有権」だけでなく「権利全般の話である

propertyに対しては当然そうだろう。犬猫などは黒人同様に解放が進みつつあるが根本的に我々は自分の所有する物をどれだけ傷つけても良いのである対象物に対して欲求したことは特別禁止されない限り全てぶつけることを許されている。私は自分の持っている熊の人形の腹を切り裂いてもいいしそこにペニスを突っ込んでも良い。それが所有権意味するところである。ここで、人形はなんかかわいそうだし除外しようかというのもあまり意味がない。僕が言いたいのは、我々は所有権を「propertyに対して私が欲求することならなんでもしていい力」として想像していて、思考スタート地点にそれをおいていることだ。この認識はもう一つ重要感覚を孕んでいる。それは「私が支配するもの他者が介入することは許されない」ということだ。この二つの感覚両方が「権利全般に流れ込んだのだ。そして実は我々の想像する「自由」のコアイメージでもある。自由にはこの欲望支配感覚が流れている。


 奴隷(property)の反乱 ー「権利」と「自由」に関する妥協と「身体」ー



しかしながらこの「自由」の感覚は「自由」を求める奴隷たちの反乱により一つの現実的妥協を産んだ。支配者はかつての奴隷たちと約束したのだ。我々はもはや君たちを支配しない。その代わりに我々は自分の体を支配するのだと。そして君たちもそうするのだと。人間なら誰もが己の体を支配できることにしよう。我々は平等自由じゃないか。(現実として多くの旧黒人奴隷は扱いの悪い賃金労働者として己の体を「自由」に売買した。ほぼほぼ売るだけであったが。)


上記の経路は思考実験の一つでしかなく、実際は数百年前の「権利概念議論でも既に流れていただろう。しかし、ここで誕生したのは一風変わった、世界人間に対する理解である個人他者からの介入=他者との人間的繋がりを切断できる独立した存在だという信仰なのだ。なぜなら自分の体を自由支配他者はこれに関与できないのだから。(工場で死にかけながら働く黒人労働者だって自由」に辞められると考えることはできただろう。)「権利」や「自由」というもの概念自体にこれは染みついたのだ。


奴隷製の足置きで本を読む農園主の頭の中で作られた「近代国家権利自由」は、国家軍隊というとてつもない力に囲われながら、同じ発想の知的エリート再生産し、根本思想解体は迂回しながら様々なヴァリエーションを増やしてきた。その実践形は司法行政の場から常に吐き出され、我々パンピー脳みそにも影響を及ぼしてきた。


権利概念は、「権利」とは「持つ」ものだという支配欲求肯定に支えられている、というのが基本的な今回の主張である。これが己の身体観や対人間観に影響を及ぼしてきた。実際皆が全く違和感なく自分の持つ時間労働力社長さんに売り払っている。基盤にある発想はまさに「権利」は「持つ」ものから「捨てれる(売れる)」のである。あるいは私は他人権利を「買える」のである。なぜなら私はその「権利」を「持っている」のだから。(一応断っておくが、これによって生まれる成果を否定するものではない。「支配/排除欲望」を根幹にする原理が一度は平等性/対等性 になりながらも、次の段階で一人の人間があらゆる人の時間と行動の自由支配し皆がそれに納得していることに注目したいのだ。この一人の人間も様々な人の投資で買われていてもう少し複雑だろうけれど。)

 まとめ ー「意地汚い」理由



長々書いてるのに平板な話になってるだろうか。ここに資本の燃料をぶっ込めばいくらでも非人間的な方向に暴走できるのは想像にかたくないし、読んだことないけど共産主義とかポモとかもこういう認識の型への反発からスタートしてるのでしょ。現実非人道的支配を読み取った人たちの反発からまれ社会「権」などは対抗力として機能しただろう。ただそのことに対しても言えるのは「権利」「自由」の枠組みがそのまま利用されたということだ。近代国家という装置がこの世界にセットされた1776年の7月4日あの日から人類脳みそはハックされた。今もなお屋台骨として社会を支え続けている我らが人権万歳自由万歳国家万歳


いま苦しんでいるマイノリティも、「支配欲望」の匂い漂う「権利自由概念を使って「国家よ行動しろ」と闘争せねばならない。あるいは彼らがそうでない社会活動を試みていても(例えば、他者との網の目を強化したり、国家ではなくコミュニティや人々の意識を変えるために動いていたとしても)、そのように立ち上がる姿をメディアでみた我々は、そこにまた「権利自由闘争の型を読み取っていないだろうか。「障害者が、また支配欲望を前面に出してるのか。今度は何を要求するのか。」と。そして人間の、恥を知らない無意識は、何かを奪おうとしているマイノリティを見てこう訴えてくるのではないか。我々はこいつらを「支配」し「排除」しなければならない、我々の「権利」と「自由」のために。

逆炎上たからって「火なんかつけてません」は通らないだろ

https://anond.hatelabo.jp/20170629141750

しかし、これもまた勘違いだ。今回の件は、「暴力的修正させるために炎上させた」のではない。「もはや問題解決済みから解決済みだと事後報告した」だけである。現状をこれ以上、変更させる意図はない。

 ではなぜ、炎上が起こったか? それは、本人が意図たからではなくて、世間の人々が勝手勘違いたからだ。「すでに解決済みだ」とは理解できずに、「問題解決を狙っている」というふうに。

じゃあほのぼのニュースでよかった筈じゃねえか。

木島さんの指摘で車椅子でも搭乗しやす改善されました」と。

こんなことがありましたという街角ニュースバリアフリー問題の小コーナーとかで

優しいタイトルと書き方で報じればよかったじゃん。


実際はどうだった?

車いす客に自力タラップ上がらせる バニラ・エア謝罪

http://www.asahi.com/articles/ASK6H4HCWK6HPPTB004.html

このタイトルにした新聞の伝えたいことはなんだ?

バニラエアはとんでもない差別企業!」

差別企業炎上しろ!」

しかない。


そして、

ただの「改善必要な不十分な体制があった」ではなく

そういう「とんでもない差別企業蛮行」という記事を書くために

木島さんの持ち芸として這いずりタラップのぼりがあるんだろ。

15年前にANAでもやってたという証言があるぞ。

スタッフ罵声、昇るの助けようとした乗客まで罵声で制して這い上がったそうだ。



お前等のやることは見え透いてる。

そしてターゲットを悪印象にする工作がやりすぎてバレて逆炎上したら

今度は「解決済みなのに世間勝手勘違いしただけ」とか言い出す。

いっくらなんでもそれはとおらないだろ。

そんな強引な歴史修正はせめて、朝日新聞木島さんのブログをまるごと削除か改竄してからトライしたらどうだ。

乙武バニラ・エア燃えている。しかし、木島さんも燃えている」

 ホッテントリ記事

  バニラ・エアが燃えている。しかし、木島さんも燃えている ?

 

 について書きます

 

 乙武さんの主張は正しい、と思う。

 この問題について「事前連絡すれば良かった」というのが、はてなーの大半の意見だ。

  はてなブックマーク - 車椅子搭乗拒否の件について気になったこと: 不倒城

 

 しかし、乙武さんの言う通り、「事前連絡しても対処は変わらなかったのだから事前連絡しても無意味だった」のである

事前連絡をすることでスムーズに搭乗できるという前提なら、「木島さんは事前連絡すべきだった」との批判理解できる。しかし、事前連絡をしたところで「お断り」ならば、するだけムダというものだろう。

 

 これが正しい。つまり、大半のはてなー見解は間違いだった。はてなー乙武さんに完敗した。はてなーは間違った意見をやたらと垂れ流した。また、当の障害者侮辱したりした。

 そのすべてについて、間違ったことを言った批判者はお詫びするべきだろう。

 

     *     *     *     *

 

 では、事前連絡無意味なら、かわりに、どうすればよかったか? 

 乙武さんは、ストレッチャーを整備せよ、と述べている。なるほど、当日ならば、それでいい。それしかない。しかストレッチャーというのは、快適なものではない。

 

 本当の正解は、朝日新聞に書いてある。「アシストストレッチャーと階段昇降機」だ。

バニラ・エア奄美空港アシストストレッチャー(座った状態で運ぶ担架)を14日から使用階段昇降機も29日から導入する。

  ……朝日新聞

 

 これによって問題解決済みだ。つまり問題はもともと解決済みで、議論する必要はなかった。なのに、勝手に騒いで、勘違いによる騒動があっただけだった。

 


 

 ブコメについて。

 乙武さんの記事へのブコメでは、障害者の取った方法を「強引だ」「暴力的だ」というような批判が生じている。「いくら問題点を指摘するためだとはいえ、こんな強引な炎上方法は許されない」というふうな。

   はてなブックマーク - バニラ・エアが燃えている。しかし、木島さんも燃えている。 | 乙武洋匡

 しかし、これもまた勘違いだ。今回の件は、「暴力的修正させるために炎上させた」のではない。「もはや問題解決済みから解決済みだと事後報告した」だけである。現状をこれ以上、変更させる意図はない。

 ではなぜ、炎上が起こったか? それは、本人が意図たからではなくて、世間の人々が勝手勘違いたからだ。「問題解決を(強引に不当に)狙っている」というふうに。……というのも、「すでに解決済みだ」とは理解できなかったからだ。

 

2017-06-28

社会を変えるためには過激な行動も仕方ないと言っている人は

障害者権利擁護とは逆の立場過激な行動を行った植松のやり方も肯定するのかな。

植松があの事件を起こしたから、現場で働く人間労働環境改善しようという機運が高まってきたわけだけど、それも「闘争の結果、権利を勝ち取った」のだから良しとするのかな。

秋葉原加藤の乱では非正規雇用問題視されるようになったが、過激行動容認派はあれも肯定するのかな。

私は、どんな立場であれ、過激な行動を起こして社会を変えようとすることは批難されるべきだと考える。

内心どう思うと構わないが、少なくとも表向きは過激派肯定するのはやめるべきでは?

過激な行動は、逆の立場過激な行動をも誘発しかねない。

障害者に対するヘイトを高める。

社会を変革できるという良い面だけを過大評価し、ヘイト感情を高め第二第三の植松を産むという負の面は見ようとしない。

青い芝運動という成功体験があるので、それを模倣する者が続出しているわけだ。

それを肯定するならば、その逆の立場模倣者が現れることも甘んじて受け入れなければならない。

(追記)

曖昧言葉を使ってしま申し訳ない。

過激な」とは………目的のためなら手段を選ばない、強硬的、強引、ルール無視する、不必要に周囲との摩擦を起こす、暴力的手段、といった意味使用しました。

ブコメへ)

植松も、自身の持つ思想信条のもとに使命感を持ってあの行動を起こしたようです。

今回の件とは同列に語れない、あまりにも痛ましい事件だというのはその通りですが、思想信条のもとに目的のためなら強引な手段を使っても構わないという主張に私は反対したいです。

少なくとも、そういった行為は堂々と肯定されるような立派な行為ではないはずです。

黒人差別の件を持ち出している方へ。

今回の件は、事前連絡をしていれば軋轢も起こさずスムーズに事が運んだはずですが、当事者自身思想信条から事前連絡を行うことなく強行突破しようとしました。

その件についてそれは褒められた行為ではないという主張に対して黒人差別の件を持ち出すのは、何かがおかしくはないですかね。

強引な手段は強い反発を招きます

今回の件は、同じ当事者である障害者からも批難されていますが、そのことについてはどうお感じになられますか?

体制盲目的に従い、活動家の成果に対してはフリーライドする、狡い人間だと?

ほかに平和的な手段があったのではないかと声を挙げることはそんなに批難されるようなことでしょうか。

私はそうは思いません。

障害者権利を拡大するのは結局のところ強引な手段だけである、やったもん勝ちだという過去経験則は、もはや野蛮で時代遅れものだと見做されるべきだと考えます

https://anond.hatelabo.jp/20170628212238

2017-06-27

仕事のできない部下を持つと怒鳴りたくなる

豊田議員のあれは、その暴力的行為罵倒の仕方は確かに常軌を逸している、と私も思う。

だが、仕事上のストレスプレッシャーの大きい仕事をしていると、気持ちは非常によくわかる。

ある部署責任者立場を務めていたが、定例の異動人事があり、その若い奴に引き継げというのが会社の指示だった。

結構な人出不足で、そいつはまるで経験がないに等しいくらいのレベルだった為、会社には引き継ぎ期間を結構長く取ってもらったんだが、これがかなり出来が悪い。

数回ほど会社側にそいつでは無理だと報告したが、ガン無視された。

止むを得ず、とにかく事細かに教育したが、ブチ切れそうになるのを常に押さえ続けて我慢我慢を重ねて、教育し続けた。

引き継ぎ期間は延長してもらったから、うまく引き継げないと私の評価悪化する。

だが、引き継ぎ期間終了を目前に控えてついに私はブチ切れた。

時間以上彼をかなりきつく罵倒した。

半分は教育のつもりもあった。それくらい厳しい意識を持ってもらわないとみんなも君自身も困る、みたいな。

だがあろうことか、そいつはその罵倒会社に報告した。

パワハラになりかねないということで、会社から丁重に叱責を受ける羽目になった。

特に処分はなかったが、これで評価悪化したことは間違い無いだろう。

で、先週で異動となったが、早速彼は仕事ミスをしてそれは私がちゃんと教えなかったからだと責任転嫁し始めているらしい。

ったく嫌になる。

2017-06-25

セックスしたい、でもめんどくさい

タイトル通り。

セックスしたい。だがまずそのセックスに至るまでがめんどくさい。

風俗なのは興味はないから、素人というか、最低でも出会い系などを使用してどうにかして相手を探し出し、最低でも会うことに合意してもらわなければならない。

それが先ずものすごくめんどくさい。

それが仮に、すでに知ってるある程度気心の知れた友人知人で、応じてくれそうであったとしても「セックスしたい」などと直球投げて出来るわけはない。

もちろん、恋人だの嫁だのを作れば、そうしためんどくささから解放されるが、そこに至るまでのめんどくささは、過労死するのではないかと思える程きついものだ。

ともかくも、簡単セックスしたいと思ってもそこに至るまでが先ずめんどくさいのだけど、実際のセックス自体もこれまためんどくさい。

キスして、愛撫して、指やら口やらを使って、・・・などという行為本能的に自動化されているわけでなく、あくまでも計画的に考えてやらないといけない。

焦らすのがいいのか、暴力的情熱的にさっさと挿入がいいのか、などなど相手性格を考えつつ、反応などを慎重に見ながらベター or ベストを目指さねばならない。

そして挿入中でも頭の中は考え事で常にいっぱいである。相手の反応然り、対位をどうするか、スピードはこれでいいのか、いつ果てるといいのか、早漏なら自分が先に行ってしまってはいけないし、遅漏ならもしいけなかった時相手に何と言い訳しようか、etc.などなどあまりにも考えなきゃならないことが膨大すぎる。

結果、性的興味や興奮よりもそのめんどくささの方が嫌になるので、「TENGAでいいかぁ」などという境地に達する。

2017-06-24

https://anond.hatelabo.jp/20170624163845

そういう暴力的言葉使わないで…ここはみんなが見るものだよ。

具体的にどういうことなのか、を聞いてるんだ。君は知ってるんだよね?良かったら教えてくれる?

2017-06-23

パレルモ条約云々

パレルモ条約マフィア対策であってテロ対策ではないと左翼は言うけど

そんな事はどこにも書かれていない

組織犯罪全般金銭物質的に取り締まる条約であるので

マフィアにもテロ組織にもあてはまる

テロに対する国際機関の協力連携への動きは、同時多発テロきっかけに始まった

2001年9月12日、右テロ攻撃非難する安保理決議第1368号が採択。

2006年5月2日アナン国連事務総長国連総会第78回本会議において「テロリズムに対抗して団結する:グローバルなテロ対策戦略に向けた勧告」を発表。

2014年9月24日ISIL(「イラクとレバントのイスラム国」)を始めとする武装組織に各国から多数の外国人テロ戦闘員が加勢し、国際秩序に対する重大な脅威となっていることを踏まえ、安保理決議第2178号。

本決議は、かかる問題の脅威に国際社会包括的に取り組むため、テロ対策に関する既存安保理決議(第1373号等)で規定されている各加盟国義務出入国管理テロ資金対策暴力的過激主義対策等)を再確認しているほか、各加盟国が新たに取り組むべき諸措置につき規定している。

2014年12月19日,各国,関連国際機関が協力してテロ防止に取り組むこと等を求める安保理決議第2195号が,全会一致で採択。

2016年12月12日国連安保理は,スペイン米国英国日本等51か国の共同提案に基づき,全ての加盟国に対し,テロとの闘いにおける司法協力の強化を求める決議第2322号を採択。

また、G8/G7サミット宣言でも

2001年9月19日G8首脳共同声明が発出され、同時多発テロを強く非難するとともにテロ防止関連条約批准を強く要請し、G8の外務、財務司法その他の閣僚に対してテロ対策強化のための具体策を策定するよう指示が盛り込まれている。

左翼野党陳腐言い訳と裏腹に

世界でははっきり「テロ」と名指ししてこんな流れが続いているのである

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