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2021-06-17

anond:20210617135720

まだ告示されてないのに街宣車で区内をノイジーに走り回ってる野党のほうが腐ってるよな

2021-06-15

今回の都議会議員選挙はどうなっているんだ?

もうすでに1ヶ月は経過するだろうか。

自民党を始めとして、いろんな党が宣伝カーで「立候補予定者」として名前宣伝している。

告示は 06月25日 。まだ10日もあるのに。だ。

もっと言えば、5月頭くらいか宣伝カーが出ている体たらくだ。


もしかして、事前運動をして良いことになったのか?

そういう法律もしくは判例が出たのか?

なんだこれ。

2021-05-21

ネットでいきがるリベラル達に告ぐ

次の選挙ボランティアに行け。

野党は金がない。しかも分裂分裂で、地方議員ちゃんといる地方組織なんてない。

金も組織もないか選挙区内の掲示場所全部に告示初日ポスターを貼り切るにも、チラシにシール貼るにも全部ボランティア頼みだ。

Twitterデモなんてしても空気は作れても、ポスターは貼れない。

ポスター貼れなきゃ選挙区の人は候補者の顔を知ることもない。

ネット選挙なんだから演説しているところを動画にあげるべき!って言っても、演説場所ツイートして、動画撮って、それをツイートしてって作業できる人手がないんだよ。

選挙が近づいたら応援している候補者のところにいって、手伝え。

そうじゃなくてネットでワーワー言っているだけじゃ、勝てないんだよ。

2021-05-04

2021年06月25日都議選告示

動きがあるとしたらこのあたりのタイミングかな。

小池百合子はある日突然掌返し東京オリンピック中止の「英断」で政府を責める先頭に立つと推測。全くセンサーのない菅義偉にはその感覚はわからない。小池百合子ってそう言う人。

https://twitter.com/nasitaro/status/1388716978207035393

その前にインド株で阿鼻叫喚ということにならなければいいが。

2021-04-11

誰か教えてくれないか

福島の処理水の海洋投棄の件なんだが、ニュースでチラ聞きしたことが引っ掛かったので経産省HP見たらやっぱりこう書いてある。

海洋投棄】

トリチウムを除く核種告示濃度限度比総和が1未満になるまで二次処理を実施する

二次処理後、海水で十分に希釈してから海洋放出する

海洋モニタリングを強化する

https://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/hairo_osensui/pdf/202011.pdf

特に太字のところなんだが、おかしくね?

プールウンコ投棄するよ」「てめふざけんな」「怒らないでよ。誰だって少量は排泄物を流してるのと一緒だから。あ、じゃあ、プールの水で1/1000に希釈したらいいでしょ?」

……って言ってるのと同じじゃね?

希釈する「海水」はそもそもからとるんだよね? それ「そのまま流す」のと見た目以外何も違わなくね? これOKならどんな物質でも「海水で数万倍に希釈」してどんだけでも投棄できる理屈にならね? 全く同じことをたとえば北朝鮮が言ったらアンタらどう反応する?

なんでこれ合法なの、教えて誰か。「風評が」とか言うまえに、ちゃん理屈立てて説明して?

2021-04-09

太田市長選は地獄の三択

アラサー太田市育ち、そのまま地元就職。大して政治に興味はないが、色々な選挙には一応毎回行っている。

市長選があることは知っていた。現職の清水氏は多選で箱モノ行政気味なところが支持できないと思って、清水氏以外に入れようと思っていた。告示日にポスター看板を見て呆然とした。

立候補者こちら。

町田としみつ氏:新人/NHK受信料を支払わない方法を教える党(元N国党)

清水まさよし氏:現職/無所属/通算7期(合併前3期+合併後4期)

ときお氏:新人/無所属/ウェブサイトなどの届出なし(ポスター看板には訴訟?の陳述書が貼ってあった。)

太田市のことを考えて、清水氏には入れないつもりだったが、太田市のことを考えれば清水氏に入れるしかない。

これが政治的無関心の末路なのか。有権者政治に無関心になった結果、政治家も政党有権者に無関心になった。国会与党選挙について批判した野党も、結局勝てる選挙しか興味がない。

群馬は元々自民党がとても強い地域だし、現職清水さんが相当有力で(だからこそ多選になっているのだが)まともな対抗候補であっても今までも勝てなかった。

からと言って、あるいはどんな政治的な駆け引きがあるにせよ、主要政党が誰一人として推薦候補を立てなかったのは、太田市有権者に興味がないということなんだろうな。それもまた今までの俺たちの政治的無関心が招いた結果なのだから自業自得か。

投票は日曜だ。どれを選んでも、地獄に繋がる選択しかないが、出来るだけマシな地獄を選べたらいいなと思う。

2020-12-11

anond:20201211085821

国の事業でもない限り、私有地と一部の内水面以外の外水面が減少する行為免許を受けないと原状回復命令を出されるけど「2週間前までに市町村に届出」って何の話? 出願の告示、県環境部局海上保安部地元市町村相手意見聴取免許告示をやるから埋め立てに着手できるようになるまで最低でも半年必要じゃない?

2020-11-20

夫婦別姓からどんどん選択肢を増やしていこう

夫婦別姓選択肢を増やすだけで別姓にする選択肢を選ばない人には無害だとする論がある。選択肢は多ければ多いほど良いのだと。現在ある制約を緩くして選択肢を増やしていく思考実験をしてみよう。

夫婦は姓を夫妻どちらかから選ばなければならない

これにチャレンジするのが現行の夫婦別姓案。

夫婦の姓は別姓としても元のものから選ばなければならない

選択夫婦別姓が達成された世界であっても田中さん鈴木さんが結婚した時には田中さん田中さん鈴木さんは鈴木さんに留まるだけであり新たな姓を作ることはできない。新たな姓を作ることができる世界だとどうなるだろう。田中さん鈴木さんが結婚して同じ超合金という姓を名乗ることも、田中さん鈴木さんがそれぞれ超合金さんと木材さんになることだってできる。選択肢を増やすのは良いことだ。多様な名前楽しい世界になるだろう。

新たな姓を自由に設定できる世界では更にややこしい制約が発生することだろう。どんな文字を使えるのかという制約だ。現行法では子供名前に使われる文字に関して戸籍法が定めている。

戸籍法第五十条には

1 子の名には、常用平易な文字を用いなければならない。

2 常用平易な文字範囲は、法務省令でこれを定める。

とあり、この常用平易な文字というのは戸籍法十条において以下のように定められている。

戸籍法第五十条第二項の常用平易な文字は、次に掲げるものとする。

一  常用漢字表平成二十二年内閣告示第二号)に掲げる漢字(括弧書きが添えられているものについては、括弧の外のものに限る。)

二  別表第二に掲げる漢字

三  片仮名又は平仮名変体仮名を除く。)

これを鑑みるに、姓が自由に決められる世界では次のような制約が発生するだろう。

新姓には常用平易な文字を用いなければならない

新姓を設置できる新たな世界は素晴らしいが現状では常用漢字プラスアルファカタカナひらがなしか使えない。これは不便だ。新姓をつくる際に使えない文字存在するのは不便だ。外国人結婚した際にその外国人の姓を名乗ることを決めた場合であれば発音が違うのに無理矢理カタカナを使うことを強制される。不便だしアイデンティティー喪失につながるだろう。

文字制約を緩めるのは非常に難しい問題だ。どこまでの緩和を認めるのか。ローマ字も良いのか、漢字簡体字も含めるのか、アラビア文字も許すのか。現状世界中の文字を一手に扱え最も普及しているものとしてはUnicodeがある。最新のUnicodeに含まれ文字は全て許すとすれば制約はかなり緩まると考えられる。新姓も子の名もUnicodeに含まれ文字なら許されるというように変えれば自由度は格段に上がるし選択肢も増える。選択肢の多い世界は素晴らしい。例えば㍻㍍くんという名前合法だ。人種配慮した名前の付け方もできる。👋🏿くんも👋🏻ちゃん存在可能だ。多様性配慮選択肢の広まった素晴らしい世界だ。

姓の変更には家庭裁判所許可必要であり裁判では日本語使用必要である

夫婦別姓、新姓の自由を手に入れ、文字選択肢自由も手に入った世界になったは良いが未だに問題は残っている。別姓を名乗っていたのに同姓にした場合、またはその逆、または新姓を名乗りたくなった場合はどうするのだろうか。現状の世界では戸籍上の氏の変更には家庭裁判所許可必要だ。そして裁判所法第七十四条には「裁判所では、日本語を用いる」とある。せっかく文字自由を手に入れたのに日本語以外の文字だと問題が起きてしまう。より選択肢の多い自由世界を手に入れるためには家庭裁判所許可要請廃止するか、裁判所法を改正する必要があるだろう。

面倒なのでこの際どちらも変えてしまおう。戸籍の氏の変更に家庭裁判所許可必要ないし、裁判では日本語を使う必要もない。素晴らしい世界だ。選択肢が増え世界は良くなった。

2020-11-03

住民投票を終えて

あらゆるSNSアカウントで賛成/反対を明言せず、賛成記事反対記事中立寄りの記事や発信をシェアするだけにとどまっていた。

正直私が大阪市民だと思っていたフォロワーあんまり居ないんじゃないだろうか(大阪在住とは言ってるが市までは入れてないので)。

終わって、「市民の分断は起きてないよ^^」という能天気な連中の発言を見つつ、ちょっと気持ち的には落ち着いたからこの数週間――いや、もっとから思っていたことを書きなぐりたい。あんまり賛成/反対関係いかなぁ。透けないように気を付けたい。

私はSNSというかTwitterにおいて、トレンドにいわゆるデモタグが入ってること嫌いだ。

これは賛成派も反対派も度々あった。終盤はずっと反対のタグがあったかな?まあいずれにしても、ああいうのは本当に好きじゃない。

あれの中身見てろくなこと言ってる奴がほぼいない。でもあいつらはしきりに都構想・住民投票維新というワードを入れてるので普通にツイート検索をすると絶対に入って来る。本当に邪魔だった。

私は選挙住民投票といった政治参加するにあたって、努めて感情的意見は取らないようにしている。でも多くの有権者はそうでもないのかな。まあでもお互いに「お前たちは感情論で何も考えてない!」と「バカ」「アホ」「頭悪い」などと罵り合ってるの見るのはちょっと面白かった。いやどっちも感情論だ……。でも都構想に向けての動きがあるたびにこういうことは何度か起こってたな。

告示から反対一派の「大阪市が無くなる!」といった主張の街宣、ポスターやチラシを至る所で見かけたが、住民郷土愛といった感情に訴えかけて一体どうするんだ、という気持ちになる。一方で賛成一派も「あの二重行政暗黒時代に戻っていいのか!」と言い、反対派は既得権益亡者だと愚弄する。いや、仮にそういうのが混ざっていたとして、大阪市民の3割も居ると思ってるんだろうか。精々1割にも満たないと思うんだけど……。

とにかく私がTwitter上の議論を見て受けた印象は「賛成派と反対派の泥仕合」。もう議論にもなってない、醜いやり取りの応酬しかない。

でも本当に深刻なのは住民投票から夜明けて昨日、まあまあな言いがかりで反対派を愚弄するような発言散見されること。インターネットコミュニティが発展した現代において、議論が起こると必ずと言っていいほど「当事者でない者」が紛れ込む。今回の場合当事者は「大阪府民」であり、そのうち大阪市廃止特別区設置にかかる住民投票有権者は「大阪市民」である。それ以外の人が言う意見も理にかなったものもあるし、それこそ当事者でないからこそ中立的な意見を発する人も居た。でも意見とは別に自分が賛成派だから、あるいは反対派だから、で他方を口汚く罵るような外野も多かった。そして今もそうだ。

どちらの立場であっても、大半の人は真剣に考えた。ふらふらと前回は賛成に入れたし今回は反対!みたいな適当かまして入れた人なんか、まあ居ないとは言わないけど、極一部でしょ、そんな雑な投票の仕方したの。賛成派は反対に入れたお前らが責任を取れだのなんだの言ってるけど、そもそも有権者は投じた答えに責任持ってるんだから真剣に考えていた人たちはそんなこと言われなくてもわかってるだろう。

自民共産れいわの感情論に流された愚か者の反対派、みたいなのも見かけたけど、少なくとも私の友人の中には、真剣に考えた末、ああいう連中と一緒にされたくなくて反対に投じてることをSNSなどで言わなかった人も居る。配布された冊子もリーフレットも、提示されているものは読み込んで、それでも今回「賛成できない」と判断した人が確かにいる。

でも逆に、断固として賛成の立場に立っていた友人も居るこの施策について立場を決めかねている知人友人と意見交換していた。彼ら彼女らがどちらに投じたかは聞いていないみたいだが、一票でも賛成に入れてくれた人がいたらそれでいいと言っていた。悔しがってたけど、僅差だったからこその課題を見つめて、近いうちに来るだろう市長選に向けて、改めて行動するようだった。

私も友人たちも20代

どちらの立場にせよ、真剣に投じた一票だ。真剣じゃない人も居たかもしれないけど、それも合わせてほぼ半々になった。住民投票に向けて自分意見を発しながら活動していた人も居れば、反対派、あるいは賛成派両陣営の一部過激言動をとる人達と一緒にされたくなくて、あるいは親兄弟会社上司同僚に難色を示されたくなくて、友人間しか意見を表明していない人も居る。私も後者で、今でも家族がどちらに投じたのかは知らない。勤め先が市外のそんなに大きくない会社大阪市民も私だけなので、会社でも話はするものの最終的にどちらに入れたかは言わずにいる。

私たちの友人関係が決裂することはなかったけれど、それは狭い世界議論を交わしたり、元々の信頼関係があってこその結果だろう。どちらの意見も腑に落ちたり、それは違うだろうと思ったり、自分と違う意見を持つ者が敵というわけではないという証左だな、と改めて感じた。互いに大阪未来真剣に考えようと努めていたからもある。でもそれが何百人、何千人になり、大阪市民三百万人足らずにまで膨れ上がれば、こうはならない。間違いなく、市民の内心で分断は始まってる。前回の住民投票でも南北問題として取り上げられましたが、下町が残り人口の多い市南部が反対派多数、発展の中心で子育て世代がより多く住む市北部の賛成派多数。恐らくここは一生分かり合えず、議論することがそもそも望み薄。これは分断ではないのだろうか。

私は今回のこの拮抗状態民意が明示されたとは思っていない。ただ反対に投じる人が若干多かった、民意はおよそ半々、それだけ。

まあ、どうにも維新側が「反対派の巣を切り崩す気がない」という印象もあった。本気で切り崩そうとしていれば、人口が多く前回も反対派が多かった地域にもう少し根回しするだろうし、もっとうまい話しの持って行き方もあっただろうに。力不足というより、動き方が微妙だったな、という。

特別区になっていたとしても、未来が「必ず良くなる」なんてことは無くて。それは耳障りがいいだけの言葉のように思う。未来をよくする第一歩が都構想であるはずが、都構想はゴールのように見える。もちろんそうじゃないことは分かっていても、都構想が実現したら完成!って、空気もなんとなくある。

でもそれに対抗する野党自民共産れいわがやっていたことは市民を煽ることでしかなかったな、と。大阪市が無くなることばかり。否決されたあとの政治が直結しない。二重行政問題は今ない、と言いながら、じゃあ今度自分たちが市長あるいは知事の座に就いた際、協力していかなければならない相手ときちんと協力できるのか?例えば自民擁立市長吉村知事と手を取り合っていけるのか?それが見えてこないよね。

反対派は別に自民支持者でも何でもないと思う。恐らくだけど次も市長自民擁立候補にならないだろうし、また維新擁立候補になるんじゃないかなぁ。そんな気がする。私の周囲でも、賛成に入れてる人は普段から維新に入れてる人だけど、反対に入れてる人は別に自民に入れてるわけでもなく、共産れいわにだけは死んでも入れたくねえなって言ってるぐらい。反対に入れた維新支持者も居るぐらいだし、反対派は本当に一枚岩じゃない。市長選知事選は岩のでかい方が勝つ。そしてそもそも支持層が盤石な維新の方が首長選挙では強いだろう。賛成派は「住民投票には否を突き付けておきながら!」と不満を言うだろうが。

しかしまあ、5年前の住民投票が終わった夜から今日まで思い返してると、個人的にはここにしか至らない。

勝つまでやる、はおかしいからな。

なので三度目の正直とか夢見てる賛成派は一旦冷静になってほしいし、二度あることは三度あるって反対派がバカにするのもそういう煽りは止めろと思いつつ、まあ気持ちはわかるな、と思う。

でも今後別の形で都構想を押し進めようとする第三勢力が現れないとも限らないし、それが5年後10年後かはわからない。その時はまた住民投票することがあるかもしれない。

でも維新は案を根本的に変えないならもうするなよって思ってしまう。それは政治責任果たしてない。

勝つまでやるにあたって次もたった10,000票差だったら?見た目的には誤差の範囲じゃん。民意は変わってないと同義。それでいいのか?本当に実現したい意志を継ぐ者が現れたとしたら、今度こそ大勝して市民ほとんどは納得してる、という状況で住民投票突入しないと意味がないと思う。

正直結果見てもやっぱりすっきりしなかった。どうしようもないよ。

終わってみて2日じゃ何も世界は変わらない。特別区設置が可決されていたとしても今日この時間はこんな風に所感を考えていただろうと思う。いつか、私はあの時こう思ったからこっちに投じた、と胸を張って言えるようになりたいです。

まれも育ちのほとんども大阪でない、それでもいろんなことを見て考えて投じた有権者独り言

2020-11-02

大阪都構想投票が反対多数となった理由が分からない

都民だが、今回の都構想住民投票は賛成多数になると思っていた。

 

自分視点では、松井クズ吉村無能な働き者、橋下はくそポピュリストで、

都構想も、単にこいつらがいわゆる「大阪都特別区」というレガシーをつくりたいだけ、

そのために都合のいい数字メリットばかりをかき集めているようにしか見えないのだけど、

でも、維新の会って大阪では大人気なんだろ?

前回の住民投票では1万票程度の僅差だったし、

コロナ禍の今、改めて都構想を住民投票にかけたのは、

その1万票をひっくり返す確信維新の会の奴らにあったからだと思うんだ。

実際、前回と違って公明党は賛成に回ったわけだし、

吉村寝ろ」と心配される程度には、吉村の働きに好感を持っていた市民も多かったのだろう。

実際のところは知らないが、伝聞情報では、大阪吉本興業も、組織としては維新応援していたのだと伝え聞いている。

 

住民投票告示前後調査では賛成派が多かったし、

かに途中の調査では、反対が若干上回っていたが、

そんなもの調査のブレだろうし、逆にこういった報道が賛成派にはバネになって、

より力を入れて賛成票をとりまとめにくるだろうと思っていた。

 

なのに、結果は反対多数。

驚いた。

心底驚いた。

まさかマクロな「大阪市民」が、維新よりも維持を選ぶなどということは、想像もしていなかった。

自分視点では、(そもそも維新の会がなぜ人気があるのか分からないというのもあるが、それは置いて)このような投票結果となった理由が全く分からない。

何が潮目となったんだ???

2020-09-09

anond:20200909023744

無理くね?

[FNN]「これ以上わがままは言えない…」震災から9年、被災者向け仮設住宅からの退去期限が3月末に迫る

https://sp.fnn.jp/posts/00050704HDK/202003111840_morimototaro_HDK


富岡浪江、飯舘の3町村の住民原発事故の際、福島県内外に避難することを強いられ、そのうち応急仮設住宅に住むことになった人たちが今回の退去期限の対象となる。

まり被災者たちは強制的避難をさせられて住んだことのない土地に移り住み、なんとか慣れて生活を再建したところで、今回、そのようやく慣れた家から出ていかなくてはいけなくなるのである


今後どうするのかを聞くと、「とりあえず荷物の整理をして運んだりはしているんですけど…。どうしましょう?どこかシェアハウスとかを探すしかないのかな?もしかしたら当面はネカフェで寝泊まりすることになるのかもしれません」


Sさんたちの住む東雲国家公務員住宅は、被災者が退去した後、国家公務員であるキャリア官僚の住居になるのではないかと見られている。

なお、地震津波で家や街が壊れた人へもこの仕打ち

完全に壊れていない限り仮設住宅へも行けず自費らしい


[NHK] 壊れた家に住み続ける被災者

https://www.nhk.or.jp/special/plus/articles/20190402/index.html


宮城県石巻市に、今も壊れたままの家に1人で住む70代の男性がいる。家の外観は特に問題ないが、1階の柱は朽ちて中が空洞だ。床も抜け落ちそうで不安を抱えながら暮らし続けてきた。


震災直後の被災地には、自宅の1階が壊れ、かろうじて残った2階に逃れた「2階族」と呼ばれる人が数多くいた。男性もその1人。自宅の1階は津波で水没し、大規模半壊と判定された。国から202万円の補助が出たがそれだけでは修理しきれずに住み続けている。


地震が起きたとき男性は倒れてきたたんすの下敷きになり、足に大怪我を負ってしまう。けがのため避難所に行けず、壊れた自宅の2階で過ごすしかなかった。しかし、津波生活必要ものを流されてしまったため、厳しい暮らしに耐えかねて仮設住宅への入居を希望したが拒否されたと言う。


市役所に行って『仮設住宅に入りたいんだけど』と申請したのよ。そうしたら『あなた場合ダメだ』って。『何でダメなの?』と言ったら、

あなた場合自分の家あるでしょ。2階で避難してたから、2階の部屋があるから2階で住んで下さい』と。」(被災者男性

国は災害救助法運用基準で、仮設住宅に入居できる対象原則として次のように定義している。

「家が全壊・流出するなどして、居住する住家がない者に供与する。」(内閣府告示


70代の男性は、壊れたままの家で8年間も暮らしている。厳しい環境で次第に体調を崩し、病院通いが欠かせない。医療費がかさみ、食費にも困窮している状態だ。


うどんはね、3袋で百円なのよ。もやしは15円。もやしが一番安いのな、野菜で。おれ最近思ったのはさ、この震災になって7年目になって、自殺する人の気持ちが分かってきた。考えても考えても、生活が苦しくて苦しくてさ。生きる力っていうのが、考えれば考えるほど暗くなってきて、明るい気持ちが持てなくなったのよ。それで死んだ方が楽だなと思って。死んだ方が、何にも考えることないなと思って。」(70代の男性



[NHK]「震災直後は夢があったけれど…」 老舗菓子Tさんの9年

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200311/k10012325051000.html


岩手県宮古市で老舗の菓子店を営むTさん(63)は、今回のアンケート自由記述に「思い描いていた未来のようにはなっていない」とつづりました。


Tさん東日本大震災津波で自宅と店舗、そして工場を流されましたが、それでも震災の直後は前向きな気持ちになれたと言います


Tさんは、当時の心境について、「すべてを失いましたが、家族住宅フェアや見学会に行って再建するならどんな家がいいかと考えたりして、不謹慎かもしれないけど、楽しい、夢が持てた時期でした。店の再建もできない訳がない、お菓子屋さんをまたやるんだと、当然のように思っていました」と振り返りました。


しかし、再建は当初思い描いたようには進みませんでした。仮設住宅不自由生活を送りながら仮設店舗営業を続け、震災の2年後には工場を再建。しかし、売り上げは震災前の10分の1にも届かず、不安材料けが増えていく日々が続きました。


Tさん震災2年のアンケートに、

▽「震災1年頃までは明るい夢を持てたが、それが2年たっても実現出来ない。むなしさを感じる時が多々ある」と書き、震災3年のアンケートには「仮設3度目の冬はマイナスイメージ言葉しか思い浮かばない。全てを失った震災直後は、それでも立ち直るという強い意志希望が芽吹いていた。当時の思いは3年で日に日にやせ細り、しおれかけている」と記しています


当時の胸の内についてTさんは「復興のつち音が響きたくさんの人が来て復旧復興に尽力してくれていることが励みになって自分も明るい気持ちになれたが、そういう人たちが去っていくと人が減り静かでさみしくなった。売り上げがゼロの日もあり、切なくて、自分たちでお菓子を買ってレジお金を入れたこともあった」と語りました。


それでも「完全復旧する」と意気込み、店の再建という夢に向かって進んでいたTさんに「建設費の高騰」が追い打ちをかけました。復興需要の増大などで震災前1坪あたり50万円程度だった工事費用が、2.5倍近い120万円程度にまで上がったのです。


工場に加え震災から5年後に自宅を再建し、すでに多額のローンを組んでいたTさんは、震災6年のアンケートに「歩みが減速して、1度勢いを失うと、強い気持ちを持続させるのは難しいと実感している。借金を増やしてでも店舗再建を目指すことは正しいことなのだろうか?」などと、自分が選んだ道は正しかったのかと自問自答を繰り返していた当時の心境を記していました。


震災から6年半近くたった2017年の夏、仮設店舗の退去期限が迫る中、Tさんは店の大きさを当初の計画の半分程度に縮小してようやく再建を果たすことができました。


Tさんは「店と工場が離れてしまうなど当初考えていなかったことが重なった。行政方針が二転三転して読めないのでその時その時で対処していたら借金が1億を超えてしまった」と話しました。


ところが、ようやく戻ることができた街は思い描いた姿とは変わっていました。住宅高台移転商店街もなくなったため店の周囲ににぎわいはなく、震災前は大勢いた自転車や徒歩で店に来る客は今はほとんどいません。


Tさんは「元の場所に戻ったら悪くても震災前の半分は売り上げがあるだろう」と思っていたと言いますが、震災の影響で商品の卸し先が廃業したこともあって、売り上げは震災前の3分の1程度にとどまっています

2020-08-17

anond:20200817104834

①A「〇〇しずらい」

②B「づらいが正しい。辛い由来ゆえ」

という会話があって文句言ってるんだと思うけど

Aは①の時点では内閣告示がうんぬんなんて知らなくて間違えてるはず。

内閣告示を把握してるのに間違えてるんだとしたらただのバカだ。

②の指摘を受けて下記のように対応すれば丸く収まる。

③A「それは違う。づらいが正しいのは内閣告示による」

④B「さすが~しらなかった~!」

さも①の時点で根拠を把握してたかのように言ってるけど

②で指摘されてなんとか反論してやろうと調べたもののBに言い返す度胸がなくてぐだぐだ言ってるだけなんじゃねえの

anond:20200817124445

から四つ仮名の使い分けは、語源明治政府内閣告示という複数要因で規定されているってことだろ。

「しずらい」がダメ理由はだから語源をもとに明治政府ダメ判断した、という2要素でダメ出しするのが正しい、ってことで元増田矛盾してないぞ。

anond:20200817111105

「特例的にsupersedeする理由」これが主観的だし時代によって変わるから混乱するんだろうね。

から最終的には内閣告示を暗記しているが誤用を避けられる。

「うなづく」、や「黒づくめ」が特例的にダメで、「しづらい」がOK理由なんて説明できないでしょ。

「〜しずらい」の誤用指摘が無知でウザい

「〜しずらい」って書くと、「つらい」だから「〜しづらい」が正しいという指摘があるが、偉そうなのがウザい。

地面が「ぢめん」ではない理由世界中が「せかいぢゅう」ではない理由説明できない半端な知識で、「しずらい」誤用を偉そうに語るなよ。

こっちは「つらい」だから「〜しづらい」なんて構造は当然わかっているんだよ。

四つ仮名については、もともとの異なる仮名遣いを統一するよう内閣告示されたもので、基本「ぢ」「づ」を「じ」「ず」と人為的に決めたものなんだよ。だから、単なる暗記屋ではなく物事共通性を知る人こそ「づ」→「ず」統一ルールを感じ取り「〜しずらい」と書いてしまうんだよ。それを誤用誤用だ神妙にせよとうるせーよ。

「〜しずらい」に関しては語源意識よりも慣用度が高いから、そのうち人為的OKとされるだろうよ。

2020-07-17

東北自己責任になったじゃん  anond:20200717000047

基本的自己責任の国だぞ、生活保護医療保険があるからなんとかなるだろうの精神

にも関わらず、生活保護医療保険を無くそう・縮小しようというバカがいる

現場猫コラはセンス抜群ですきだが、医療保険のクソキャンペーンイラスト提供していた オリジナルのくまみね氏の方はブロックしている。お前はすべて自己責任でいけ

[FNN]「これ以上わがままは言えない…」震災から9年、被災者向け仮設住宅からの退去期限が3月末に迫る

https://sp.fnn.jp/posts/00050704HDK/202003111840_morimototaro_HDK


富岡浪江、飯舘の3町村の住民原発事故の際、福島県内外に避難することを強いられ、そのうち応急仮設住宅に住むことになった人たちが今回の退去期限の対象となる。

まり被災者たちは強制的避難をさせられて住んだことのない土地に移り住み、なんとか慣れて生活を再建したところで、今回、そのようやく慣れた家から出ていかなくてはいけなくなるのである


今後どうするのかを聞くと、「とりあえず荷物の整理をして運んだりはしているんですけど…。どうしましょう?どこかシェアハウスとかを探すしかないのかな?もしかしたら当面はネカフェで寝泊まりすることになるのかもしれません」


Sさんたちの住む東雲国家公務員住宅は、被災者が退去した後、国家公務員であるキャリア官僚の住居になるのではないかと見られている。

なお、地震津波で家や街が壊れた人へもこの仕打ち

完全に壊れていない限り仮設住宅へも行けず自費らしい


[NHK] 壊れた家に住み続ける被災者

https://www.nhk.or.jp/special/plus/articles/20190402/index.html


宮城県石巻市に、今も壊れたままの家に1人で住む70代の男性がいる。家の外観は特に問題ないが、1階の柱は朽ちて中が空洞だ。床も抜け落ちそうで不安を抱えながら暮らし続けてきた。


震災直後の被災地には、自宅の1階が壊れ、かろうじて残った2階に逃れた「2階族」と呼ばれる人が数多くいた。男性もその1人。自宅の1階は津波で水没し、大規模半壊と判定された。国から202万円の補助が出たがそれだけでは修理しきれずに住み続けている。


地震が起きたとき男性は倒れてきたたんすの下敷きになり、足に大怪我を負ってしまう。けがのため避難所に行けず、壊れた自宅の2階で過ごすしかなかった。しかし、津波生活必要ものを流されてしまったため、厳しい暮らしに耐えかねて仮設住宅への入居を希望したが拒否されたと言う。


市役所に行って『仮設住宅に入りたいんだけど』と申請したのよ。そうしたら『あなた場合ダメだ』って。『何でダメなの?』と言ったら、

あなた場合自分の家あるでしょ。2階で避難してたから、2階の部屋があるから2階で住んで下さい』と。」(被災者男性

国は災害救助法運用基準で、仮設住宅に入居できる対象原則として次のように定義している。

「家が全壊・流出するなどして、居住する住家がない者に供与する。」(内閣府告示


70代の男性は、壊れたままの家で8年間も暮らしている。厳しい環境で次第に体調を崩し、病院通いが欠かせない。医療費がかさみ、食費にも困窮している状態だ。


うどんはね、3袋で百円なのよ。もやしは15円。もやしが一番安いのな、野菜で。おれ最近思ったのはさ、この震災になって7年目になって、自殺する人の気持ちが分かってきた。考えても考えても、生活が苦しくて苦しくてさ。生きる力っていうのが、考えれば考えるほど暗くなってきて、明るい気持ちが持てなくなったのよ。それで死んだ方が楽だなと思って。死んだ方が、何にも考えることないなと思って。」(70代の男性



[NHK]「震災直後は夢があったけれど…」 老舗菓子Tさんの9年

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200311/k10012325051000.html


岩手県宮古市で老舗の菓子店を営むTさん(63)は、今回のアンケート自由記述に「思い描いていた未来のようにはなっていない」とつづりました。


Tさん東日本大震災津波で自宅と店舗、そして工場を流されましたが、それでも震災の直後は前向きな気持ちになれたと言います


Tさんは、当時の心境について、「すべてを失いましたが、家族住宅フェアや見学会に行って再建するならどんな家がいいかと考えたりして、不謹慎かもしれないけど、楽しい、夢が持てた時期でした。店の再建もできない訳がない、お菓子屋さんをまたやるんだと、当然のように思っていました」と振り返りました。


しかし、再建は当初思い描いたようには進みませんでした。仮設住宅不自由生活を送りながら仮設店舗営業を続け、震災の2年後には工場を再建。しかし、売り上げは震災前の10分の1にも届かず、不安材料けが増えていく日々が続きました。


Tさん震災2年のアンケートに、

▽「震災1年頃までは明るい夢を持てたが、それが2年たっても実現出来ない。むなしさを感じる時が多々ある」と書き、震災3年のアンケートには「仮設3度目の冬はマイナスイメージ言葉しか思い浮かばない。全てを失った震災直後は、それでも立ち直るという強い意志希望が芽吹いていた。当時の思いは3年で日に日にやせ細り、しおれかけている」と記しています


当時の胸の内についてTさんは「復興のつち音が響きたくさんの人が来て復旧復興に尽力してくれていることが励みになって自分も明るい気持ちになれたが、そういう人たちが去っていくと人が減り静かでさみしくなった。売り上げがゼロの日もあり、切なくて、自分たちでお菓子を買ってレジお金を入れたこともあった」と語りました。


それでも「完全復旧する」と意気込み、店の再建という夢に向かって進んでいたTさんに「建設費の高騰」が追い打ちをかけました。復興需要の増大などで震災前1坪あたり50万円程度だった工事費用が、2.5倍近い120万円程度にまで上がったのです。


工場に加え震災から5年後に自宅を再建し、すでに多額のローンを組んでいたTさんは、震災6年のアンケートに「歩みが減速して、1度勢いを失うと、強い気持ちを持続させるのは難しいと実感している。借金を増やしてでも店舗再建を目指すことは正しいことなのだろうか?」などと、自分が選んだ道は正しかったのかと自問自答を繰り返していた当時の心境を記していました。


震災から6年半近くたった2017年の夏、仮設店舗の退去期限が迫る中、Tさんは店の大きさを当初の計画の半分程度に縮小してようやく再建を果たすことができました。


Tさんは「店と工場が離れてしまうなど当初考えていなかったことが重なった。行政方針が二転三転して読めないのでその時その時で対処していたら借金が1億を超えてしまった」と話しました。


ところが、ようやく戻ることができた街は思い描いた姿とは変わっていました。住宅高台移転商店街もなくなったため店の周囲ににぎわいはなく、震災前は大勢いた自転車や徒歩で店に来る客は今はほとんどいません。


Tさんは「元の場所に戻ったら悪くても震災前の半分は売り上げがあるだろう」と思っていたと言いますが、震災の影響で商品の卸し先が廃業したこともあって、売り上げは震災前の3分の1程度にとどまっています

2020-07-05

増田自己責任教蔓延しているこの国で 災害に遭っても “そこに住んでいることが自己責任でしょ”とならないのはなぜ?」

東北自己責任になったじゃん

[FNN]「これ以上わがままは言えない…」震災から9年、被災者向け仮設住宅からの退去期限が3月末に迫る

https://sp.fnn.jp/posts/00050704HDK/202003111840_morimototaro_HDK


富岡浪江、飯舘の3町村の住民原発事故の際、福島県内外に避難することを強いられ、そのうち応急仮設住宅に住むことになった人たちが今回の退去期限の対象となる。

まり被災者たちは強制的避難をさせられて住んだことのない土地に移り住み、なんとか慣れて生活を再建したところで、今回、そのようやく慣れた家から出ていかなくてはいけなくなるのである


今後どうするのかを聞くと、「とりあえず荷物の整理をして運んだりはしているんですけど…。どうしましょう?どこかシェアハウスとかを探すしかないのかな?もしかしたら当面はネカフェで寝泊まりすることになるのかもしれません」


Sさんたちの住む東雲国家公務員住宅は、被災者が退去した後、国家公務員であるキャリア官僚の住居になるのではないかと見られている。

なお、地震津波で家や街が壊れた人へもこの仕打ち

完全に壊れていない限り仮設住宅へも行けず自費らしい


[NHK] 壊れた家に住み続ける被災者

https://www.nhk.or.jp/special/plus/articles/20190402/index.html


宮城県石巻市に、今も壊れたままの家に1人で住む70代の男性がいる。家の外観は特に問題ないが、1階の柱は朽ちて中が空洞だ。床も抜け落ちそうで不安を抱えながら暮らし続けてきた。


震災直後の被災地には、自宅の1階が壊れ、かろうじて残った2階に逃れた「2階族」と呼ばれる人が数多くいた。男性もその1人。自宅の1階は津波で水没し、大規模半壊と判定された。国から202万円の補助が出たがそれだけでは修理しきれずに住み続けている。


地震が起きたとき男性は倒れてきたたんすの下敷きになり、足に大怪我を負ってしまう。けがのため避難所に行けず、壊れた自宅の2階で過ごすしかなかった。しかし、津波生活必要ものを流されてしまったため、厳しい暮らしに耐えかねて仮設住宅への入居を希望したが拒否されたと言う。


市役所に行って『仮設住宅に入りたいんだけど』と申請したのよ。そうしたら『あなた場合ダメだ』って。『何でダメなの?』と言ったら、

あなた場合自分の家あるでしょ。2階で避難してたから、2階の部屋があるから2階で住んで下さい』と。」(被災者男性

国は災害救助法運用基準で、仮設住宅に入居できる対象原則として次のように定義している。

「家が全壊・流出するなどして、居住する住家がない者に供与する。」(内閣府告示


70代の男性は、壊れたままの家で8年間も暮らしている。厳しい環境で次第に体調を崩し、病院通いが欠かせない。医療費がかさみ、食費にも困窮している状態だ。


うどんはね、3袋で百円なのよ。もやしは15円。もやしが一番安いのな、野菜で。おれ最近思ったのはさ、この震災になって7年目になって、自殺する人の気持ちが分かってきた。考えても考えても、生活が苦しくて苦しくてさ。生きる力っていうのが、考えれば考えるほど暗くなってきて、明るい気持ちが持てなくなったのよ。それで死んだ方が楽だなと思って。死んだ方が、何にも考えることないなと思って。」(70代の男性



[NHK]「震災直後は夢があったけれど…」 老舗菓子Tさんの9年

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200311/k10012325051000.html


岩手県宮古市で老舗の菓子店を営むTさん(63)は、今回のアンケート自由記述に「思い描いていた未来のようにはなっていない」とつづりました。


Tさん東日本大震災津波で自宅と店舗、そして工場を流されましたが、それでも震災の直後は前向きな気持ちになれたと言います


Tさんは、当時の心境について、「すべてを失いましたが、家族住宅フェアや見学会に行って再建するならどんな家がいいかと考えたりして、不謹慎かもしれないけど、楽しい、夢が持てた時期でした。店の再建もできない訳がない、お菓子屋さんをまたやるんだと、当然のように思っていました」と振り返りました。


しかし、再建は当初思い描いたようには進みませんでした。仮設住宅不自由生活を送りながら仮設店舗営業を続け、震災の2年後には工場を再建。しかし、売り上げは震災前の10分の1にも届かず、不安材料けが増えていく日々が続きました。


Tさん震災2年のアンケートに、

▽「震災1年頃までは明るい夢を持てたが、それが2年たっても実現出来ない。むなしさを感じる時が多々ある」と書き、震災3年のアンケートには「仮設3度目の冬はマイナスイメージ言葉しか思い浮かばない。全てを失った震災直後は、それでも立ち直るという強い意志希望が芽吹いていた。当時の思いは3年で日に日にやせ細り、しおれかけている」と記しています


当時の胸の内についてTさんは「復興のつち音が響きたくさんの人が来て復旧復興に尽力してくれていることが励みになって自分も明るい気持ちになれたが、そういう人たちが去っていくと人が減り静かでさみしくなった。売り上げがゼロの日もあり、切なくて、自分たちでお菓子を買ってレジお金を入れたこともあった」と語りました。


それでも「完全復旧する」と意気込み、店の再建という夢に向かって進んでいたTさんに「建設費の高騰」が追い打ちをかけました。復興需要の増大などで震災前1坪あたり50万円程度だった工事費用が、2.5倍近い120万円程度にまで上がったのです。


工場に加え震災から5年後に自宅を再建し、すでに多額のローンを組んでいたTさんは、震災6年のアンケートに「歩みが減速して、1度勢いを失うと、強い気持ちを持続させるのは難しいと実感している。借金を増やしてでも店舗再建を目指すことは正しいことなのだろうか?」などと、自分が選んだ道は正しかったのかと自問自答を繰り返していた当時の心境を記していました。


震災から6年半近くたった2017年の夏、仮設店舗の退去期限が迫る中、Tさんは店の大きさを当初の計画の半分程度に縮小してようやく再建を果たすことができました。


Tさんは「店と工場が離れてしまうなど当初考えていなかったことが重なった。行政方針が二転三転して読めないのでその時その時で対処していたら借金が1億を超えてしまった」と話しました。


ところが、ようやく戻ることができた街は思い描いた姿とは変わっていました。住宅高台移転商店街もなくなったため店の周囲ににぎわいはなく、震災前は大勢いた自転車や徒歩で店に来る客は今はほとんどいません。


Tさんは「元の場所に戻ったら悪くても震災前の半分は売り上げがあるだろう」と思っていたと言いますが、震災の影響で商品の卸し先が廃業したこともあって、売り上げは震災前の3分の1程度にとどまっています

anond:20200705152741

2020-07-02

小田原市長のグレーゾーン攻め

コロナ対策として「ひとり10万円」と選挙公報に書き、当選後「それは国からの定額給付」と発言したために炎上中の守屋市長

選挙公報

http://www.city.odawara.kanagawa.jp/global-image/units/434382/1-20200510204214.pdf

本人の釈明

https://twitter.com/moriyateruhiko/status/1277503208148004864

もう二つばかり、グレーゾーン?をめっちゃ攻めてることがある。

1.やっぱり怪しい公約

生活を守るとして炎上している10万円の記載以外にも、児童扶養手当5万円と選挙公報記載がある。

だが、この手当、先月上旬支給済みだ。5月選挙告示前、4/30には発表されていた。

http://www.city.odawara.kanagawa.jp/field/kosodate/assistance/childrearingallowance/p29484.html

まり加藤前市長の成果として、5万円支給されている。

このあと追加で5万円出すのかな?それとも、5万円は支給済みっていうのかな?

2.怪しい選挙ポスター

https://twitter.com/moriyateruhiko/status/1257846272981037063/photo/1

守屋市長本人がTwitterにあげている画像だが、小田原市内にはあちらこちらにこのポスターがある。

重要なのはこのポスター選挙期間中も掲示されていたこと。

Wikipedia選挙ポスターの項目を見ると

しかし、法第143条第16項・第19項により、特定期間(任期満了から6ヶ月前及び選挙事由発生告示の翌日から選挙の期日)まで、公職候補者や後援団体政治活動のために使用されるポスターで当該公職候補者等の氏名または氏名が類推されるような事項を表示するポスター(いわゆる個人ポスター)を掲示することはできず、代わりに選挙期間以外なら後援団体となっていない「その他の政治団体」又は「政党政党支部」の政治活動に用いられるポスター(いわゆる政党ポスター)を掲示することができる。

となっている。

掲示主体はよく見ると「世界が憧れるまち小田原を作る会」であり、市長の氏名はどこにも書いてない。

だが、

候補者氏名が「守屋輝彦」に対して

・「守」る「輝」くという表記

・同一のゆるキャラ

・同一の配色

状態は、「氏名が類推できる」状態では?と思っている。

2020-06-09

掛け算の順番指導元凶たる小学校学習指導要領(平成29年告示)解説

あの愚かしい「掛け算の順番」論を小学校2年生で教えるように文部科学省からの「解説」が出たのは,平成29年7月のことであった。学習指導要領平成28年12月の中央教育審議会答申を踏まえて平成29年3月31日に改訂され,文部省による「解説」が平成29年7月に公開されたのである

https://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2019/03/18/1387017_004.pdf

「掛け算の順番」は,中央教育審議会答申で加わったものなのか,それとも「解説」で加わったものなのか。後者である

中央教育審議会や,その初等中等教育分科会さらにその中の教育課程部会小学校部会教育課程部会算数数学ワーキンググループ議事録は,国立国会図書館が保存している。

中央教育審議会https://warp.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11293659/www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/index.htm

初等中等教育分科会https://warp.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11293659/www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/index.htm

議事録をそれぞれ開いて検索しても,「乗法」「かける数」の順番についての言及は無い。

ところが,学習指導要領の「解説」113頁以下で突如として,「被乗数と乗数の順序が…本質的役割果たしている」などという言葉が出てくるのである

 

もっとも,この「解説」が,中央教育審議会での検討結果を適切に踏まえて作成された可能性もある。

したがって,掛け算の順番を指導すべきか否かについて,確認すべき点が2点ある。

第一に,中央教育審議会教育課程部会算数数学ワーキンググループ委員ら( https://warp.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11293659/www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/meibo/1370594.htm )は,掛け算の順番を指導することを意図していたか。第二に,「解説」113頁以下の執筆過程である

 

もっとも,「解説」が中央教育審議会真意を反映していないと推認させる事情がある。「解説対象としているはずの表現が,指導要領の文言と異なっているのだ。以下は「解説」113頁以下の抜粋である(二重引用は,解説中で引用されている指導要領である。)。

A(3)乗法

(3)乗法に関わる数学活動を通して,次の事項を身に付けることができるよう指導する。

 ア 次のような知識及び技能を身に付けること。

  (ア) 乗法意味について理解し,それが用いられる場合について知ること。

  (イ) 乗法が用いられる場面を式に表したり,式を読み取ったりすること。

  (ウ) 乗法に関して成り立つ簡単性質について理解すること。

  (エ) 乗法九九について知り,1位数と1位数との乗法計算が確実にできること。

  (オ) 簡単場合について,2位数と1位数との乗法計算の仕方を知ること。

 イ 次のような思考力,判断力表現力等を身に付けること。

  (ア) 数量の関係に着目し,計算意味計算の仕方を考えたり計算に関して成り立つ性質を見いだしたりするとともに,その性質活用して,計算を工夫したり計算の確かめをしたりすること。

  (イ) 数量の関係に着目し,計算日常生活に生かすこと。

用語記号〕 ×

(内容の取扱い)

(4) 内容の「A数と計算」の(3)のアの(ウ)については,主に乗数が1ずつ増えるときの積の増え方や交換法則を取り扱うものとする。

 第1学年では,加法意味について理解することや,その計算の仕方を考えることを指導してきた。また,第2学年では,数のまとまりに着目し,数を2ずつ,5 ずつなどの同じ大きさの集まりにまとめて数えることを指導してきている。

 第2学年では,乗法が用いられる実際の場面を通して,乗法意味について理解できるようにする。また,この意味に基づいて乗法九九を構成したり,その過程乗法九九について成り立つ性質に着目したりするなどして,乗法九九を身に付け,1位数と1位数との乗法計算が確実にできるようにするとともに,計算生活学習活用する態度を養うことをねらいとしている。

 なお,ここでの学習の内容は,第3学年の多数桁の乗法や除法の学習の素地となるものである

ア 知識及び技能

 (ア) 乗法が用いられる場合とその意味

 乗法は,一つ分の大きさが決まっているときに,その幾つ分かに当たる大きさを求める場合に用いられる。

 例えば,「1皿に5個ずつ入ったみかんの4皿分の個数」を求めることについて式で表現することを考える。

「5個のまとまり」の4皿分を加法表現する場合,5+5+5+5と表現することができる。また,各々の皿から1個ずつ数えると,1回の操作で4個数えるこ とができ,全てのみかんを数えるために5回の操作必要であることから,4+4 +4+4+4という表現可能ではある。しかし,5個のまとまりをそのまま書き 表す方が自然である。そこで,「1皿に5個ずつ入ったみかんの4皿分の個数」を 乗法を用いて表そうとして,一つ分の大きさである5を先に書く場合5× 4と表 す。このように乗法は,同じ数を何回も加える加法,すなわち累加の簡潔な表現と も捉えることができる。言い換えると,(一つ分の大きさ)×(幾つ分)=(幾つ 分かに当たる大きさ)と捉えることができる。

 また乗法は,幾つ分といったことを何倍とみて,一つ分の大きさの何倍かに当たる大きさを求めることであるという意味も,併せて指導する。このときも,一つ分 に当たる大きさを先に,倍を表す数を後に表す場合,「2mのテープの3倍の長さ」 であれば2× 3と表す。

 なお,海外在住経験の長い児童などへの指導に当たっては,「4×100 mリレー」 のように,表す順序を日本と逆にする言語圏があることに留意する。

 ここで述べた被乗数と乗数の順序は,「一つ分の大きさの幾つ分かに当たる大き さを求める」という日常生活などの問題の場面を式で表現する場合に大切にすべきことである。一方,乗法計算の結果を求める場合には,交換法則必要に応じて活用し,被乗数と乗数を逆にして計算してもよい。

 乗法による表現は,単に表現として簡潔性があるばかりでなく,我が国で古くか ら伝統的に受け継がれている乗法九九の唱え方を記憶することによって,その結果 を容易に求めることができるという特徴がある。

「(ア) 乗法が用いられる場合とその意味」という見出しが付されていることから,「解説」を執筆した文部科学省初等中等教育局長髙橋道和およびその部下たちは,学習指導要領における「乗法意味について理解し,それが用いられる場合について知ること」を「乗法が用いられる場合とその意味」と読み替えた上で,後者について解説してることが分かる。

そして文科省初等中等部教育局は,「用いられる場合」のあり方について縷々説明をする。「その意味」が「乗法意味」ではなく「乗法が用いられる場合意味」を指すように,意味が変更されたことの現れである。順序が本質的役割を果たすとして交換を拒む彼らが,表現の順序を交換しているのは皮肉であるが,そこでは交換法則が成立していない。

学習指導要領は,「乗法意味」には「理解」を求め,「それが用いられる場合」は「知ること」を求めている。後者は知るだけで良いのであって,深い分析の如きは求められていない。そこには,文科省官僚が言うような「被乗数と乗数の順序に関する約束必要であることやそのよさを児童理解することが重要である」というような視点はなかったのである

2020-06-07

anond:20200606104139

携わる業務によっても違うのだろうけれども、二十年近く役人をやっていたが、「ものすごい人脈社会」「一人の力では業務フォローできない」と感じたことは一度もない。

大事なのは法律政令省令告示通達どおりにやることで、それ以外のことにこだわるのは、ただのアホなので無視してやってきたが、まったく問題なかった。

しろ規定をないがしろにして横車を押そうとするやつは、公然とそれを無視できるのかと問い、従うべき文言を示せばそれでほぼ解決した。

そういう意味では、明文化された決まりごと以上に偉い存在がいないので、すこぶるやりやす社会しか感じなかった。

書かれた文章を読むに、儲かるかどうかというのが「常識」としていつまでも捨てられないと言っているようで、その時点ですでにあまり能力が高いとは思われない。

「俺は稼げるようにやってきた、それはすごいことだ」という、現状のポジションにおいてはもはやまったく意味のない矜持邪魔をしているのではないか

考え方を変える必要がありそうだ。

郷に入っては郷に従え、と言うではないか

2020-03-15

anond:20180529091943

部落差別問題配慮して、出身がわかる中学校名が書けないとすると

近畿では中卒は学歴が空欄ってことにならない?

追記

Pgm48p 厚生労働省採用選考ルールによると、義務教育間中の学区による採用差別原則認められないと告示に定めてあるので、採用側が応募用紙や面接質問等で出身小中校の情報収集した場合行政指導対象になり得る

2017/09/17

https://b.hatena.ne.jp/entry/344963150/comment/Pgm48p

全国的ダメなのか

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