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はてなキーワード: ファクターとは

2018-11-20

anond:20181120135939

硬い金属は脆いから、適度に柔らかくそして破壊力ファクターたる重量が大きい金は割と斧適正は高いぞ(マジマジレス

2018-11-18

anond:20181118132639

横だけど、ITエンジニア端くれのわてくしが答えるとだな、

特にサーバースペックは気にせず、使ったCPU計算分だけ金払えばOK -> 用途的に安上がり。

S3に入れるんだから、ASW内部で完結した方が簡単、という感じではなかろうか。

 

通常、サーバースペック(CPU/GPU/ストレージ)/月 という料金体系なのだが、lanbdaは計算量/月なので、今回はこっちの方がお得という元増田判断だろう。

金銭的にはそれは正しいのだろう。)

 

しかし、

SIer系列サーバサービス会社仮装サーバ

これが重要ファクターだ。

経済性よりコネという選択アリエル

2018-11-17

AIでできるはず

写真中の光沢素材への映り込みから撮影者や周囲の光景を高精度に再現する。

絶対できるよね?というかできてるはず。なぜかあまり聞かないのが怖い。

曲率の補正、素材や映る場所によって像の不鮮明度や色味が変わるのの補正、とか。

AIボケ写真シャープに推論するがごとく、

AIで白黒写真に色を付けるがごとく、絶対できるはず。

そうしたら、写真に写っている光沢物の数だけ、

視点の全方位カメラ画像写真付属していたに等しい状況になり得る。

この技術が高精度化し、おおっぴらに出回るようになれば、

ネット中に転がってる膨大な写真リスクファクターになって、

追跡行為が誰でも可能になり、重大な身バレ組織バレ等のスキャンダルが多発。

サービス写真の一斉削除機能提供しはじめたりして。

2018-11-15

anond:20181115070114

資産額ではないな。信用力と言ったほうが妥当。人望とか知名度といったものも信用力に寄与するファクター

芸能人なんかは現役時にたいした資産を築けなくても、絶大な信用力を持っているので、うまくやればそれをいくらでも換金できる。

2018-10-27

自死を考えているのだが

相変わらず今日も眠れないので、この時間になるといつも考えるのだけど、

・この先生きていても恐らく不幸なことの方が幸せなことより多い(加齢による肉体容姿の衰え、身近な人の訃報や不幸せニュースに接する確率は、長く生きている方がより高くなると推測される)

人間はいつかは死ぬのであり、早いかいかの違いでしかない

・生きていても事故死ぬ可能性は常にある→どこかの時点で人生が終わるという点で概括的にくくれば、死にいたる方法には大した意味はない。むしろ選べる時点で自殺を選んでおけば突然のアクシデントなどで自分意思無関係死ぬことはなくなる。

こんな理由を考えて、自殺合理的だと判断している。

自分境遇的には40を過ぎて体力も衰え、人生の先が見えるというか、この先に何もいいことはないこともないだろうが、とりたてて人生が変わるような素晴らしい体験はないだろう。ちなみに独身だが、そもそも人が嫌いなので新しい女性と知り合うのも面倒なので、結婚恋愛自分にとっては苦痛体験しかない。

昔はエンタメ(本や映画ゲームスポーツ観戦)で心を動かされたりもしたが、それで人生が変わったかというと、何も変わらなかった。なので、自殺後に世の中をひっくり返すような傑作が出てきても、それは大したものではないとして諦められるファクターと考えている。

デジタルモノの進化過去から興味があり、OculusGOやVR180については今後の発展も見たい気がする。また、AIが今後どのように社会に影響を与えるのかも見ていたいが、それと今後に起こりうる嫌なことを天秤に掛けた場合、そりゃ嫌なことを回避する方がいいよねと。

そんなわけで、1日経つごとに嫌なことが発生する確率南海トラフ地震のように上がっているわけで、早めに人生を閉じるのが合理的だと思っている。

それでも気をぬくと今日銀座三越セールスーツを買ってしまったり、食事は体にいい食材などを選んでしまっている。毎日この時間になって一番大事なこと=自殺することを思い出し、今日も行動に踏み切れない自分を責め、今日会った会社の同僚や店員さん全員が自分を嫌っている、嫌な顔をして見ていたと仮定(その仮定論理的に崩せない場合自分という存在主体的に行動することで、同僚や店員さんたちに迷惑をかけている(存在迷惑)という結論が確定する)し、早く自殺して二度と同じような迷惑を掛けないよう自分自殺に向けて動機付けている。なぜ自分が嫌われるかは謎なのだが、恐らく口や体の臭いだろうと踏んでいる。なるべく口を手で押さえたり喋るときは息を吸いながら喋っているのだが。

ところで、この辺の思考実験をすると大抵胃や心臓がズキズキ痛くなるので、そのうち大きい病気にならないかなと期待している(その場合はもちろん病院には入らず死を選ぶ)。

まあ自殺するにあたって、両親に見られたくないものなどを処分する必要もあるのだが、どうも面倒くさい。

自分存在だけを最初の生まれた時点に遡って消しゴムで消せるような、画期的なな自殺方法があれば楽チンなのだが。

だらだら書いてみた。練炭とか一応検索はして大体のイメージは掴んでますので。

2018-10-26

anond:20181026133210

まあ、バブル期にそういう風潮があったのは事実だけど、別にそれは女が要求したわけではなくて、

「女とセックスするためには、そうやって歓心買わないといけないぞ」って煽られてただけの話だし、そういう風潮を主導してたのも女じゃなくて、広告代理店の男や出版社の男でしょ。

要求しなければ与えられることもない。

ま、どうあっても女様の罪は認めたくないようだけど

若い女が男に対して持つ性的魅力」みたいなファクターがある以上、女の可処分所得が低くとも、女の歓心を買うためのビジネスってのは廃れない。

男が二次元とかアイドルとかVRとかで満足して生身の女は不要ってことになると状況は変わってくるけど、そっちが多数派にはならないんじゃないかな?

「男が二次元とかアイドルとかVRとかで満足して生身の女は不要ってことに」ならないようにおフェミ様は萌え絵必死に叩いてるんですね、わかります

もっと進歩した穴あき人形やらが出てきたら我儘で小うるさい女の価値なんて急落するよ。

その時こそ女は自分たちの履かしてもらってた下駄の高さに気づくだろうし、真の男女平等を知るだろう。

2018-10-22

anond:20181022022338

ここで上げられているフェミニスト達等は反論はあろうかもだけど、思想の伝搬云々よりも科学の発展がそういったものの実現をする重要ファクターであることは違いないね

2018-10-19

anond:20181019120757

なんで今更、年齢記載しているだろ。。。重要ファクターなのに。

なんとなく近づきたくないタイプ愚痴日記から別にどうでも良いけどね

2018-10-18

[]

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/hbol.jp/176755


morimori_68 第一論点について言えば、まずもって責めを負うべきは、ヨウ素剤をきちんと配布・説明しなかった政府自治体の側である一事が万事、このあたりが全く等閑視されている。

quick_past 過去にやったことが、今を全否定できるくらい大きなファクターだと思ってるからこそ、日本に汚らわしい過去なんてなかったと言い始めるんだろうし、現在進行系の政権の不誠実さからも逃げるんだろうな>ネウヨ

kyo_ju まぁおしどりマコさんを理由に立憲に入れないと言ってる層はそれがなくても何だかんだ理由をつけて立憲に入れないだろう。そういう層に媚びようとしたのが民主民進希望の失敗なので立憲はこれでいいんじゃね。

mujisoshina この記事から分かることは、おしどりマコには迂闊さがあり批判にもなかなか耳を貸さないことと、マコ批判する側にもろくでもない奴が何人も居ること。私はどちらも人間として信用出来ない。

Cunliffe どこに大論争があるんだろ?ヒステリー起こしたニセ科学批判教団のバカどもがマッチポンプキーキー言ってるだけじゃん。

Arturo_Ui 不正確な情報流通していた当時の過去ログを批判するより、現在認識を質す方が建設的。まして公党の候補者一方的デマ呼ばわりすれば、名誉毀損訴訟リスクすら負う。公開討論など呼びかける方が建設的では?

yas-mal キクマコ先生、完全に確信犯だよね。巧妙に『嘘』を避けつつ、おしどり氏が言ったかのような書き方をしてる。(おしどり氏についてはまだ判断保留)

hapoa なんでこんなデマに乗っかるコメントだらけなんだ?自分で調べる頭も能力もないのかよ。恥ずかしいのはお前らの頭だ。おしどりマコを知らない時点で東電会見も見ない、原発事故に興味ないってことの独白しかない

Ayrtonism EMって、ニセ科学批判界隈ではめっちゃくちゃ有名だけど、一般にはほぼ無名だと思うぞ。そして、細菌が土壌や水質の改善寄与してる、ってとこまでは嘘でも何でもない。ちょっと冷静になった方がいい。

el-condor ここでされている発言を読む限り件の氏に迂闊さはあれど悪意はないように見える。「批判」側はどうか。

2018-10-17

anond:20181017005931

思ってるような金目当ての女は現実はいないよ。

何億も稼いで金使い放題みたいな男になって初めてポロポロとそういう女が出てくるくらい。

1000万円とか2000万円程度じゃ生活安定してそこそこ裕福に暮らせるくらいの感じだから、そのためだけに結婚してくれる女なんかまずいないと思って間違いない。

頭イかれてるごくごく例外的な女以外にとっては、一生ソリが合わない男と暮らすかもしれないというのは年収1000万円くらいじゃワリが合わないから。

まり増田に近づく女は十中八九増田の金以外のファクター(顔、性格趣味など)も込みで近づいてくることになる。

それって、普通恋愛じゃね?

2018-10-14

anond:20181014180634

まぁ文系女子本人が一番な武器笑顔って言っちゃってる現状があるしなぁ…

英語とか会計法律についてそれなりの知識がある人も中にはいるけど、顔が一番のファクターになってても全然変ではない

一方で能力があったりやる気がある女子公務員行きがちだし

anond:20181014195224

益田です。

「頭が良い」と「幸せ」は定量化するのが難しい。

さらに言うと金持ちか貧乏かもファクターとしてあるけど、依存関係は無い(頭が悪いけど金持ち、金はあるけど不幸、逆もまた然り、など)から議論がブレやすいんだよね。

2018-10-12

機械学習は、まるで理解されていない

anond:20181012093212

AIの仕組み自体人間能力を遥かに超えたものかもしれないし、それによって社会利便性を更に向上させるものであるかもしれないけれど、そのAIを設定するのは人間だということ。

その人間男性優位社会で育ってくれば当然男性優位AI爆誕するんだし、

AIを扱う人間競争を勝ち抜いた一握りのエリートばかりだったら、

当然AIは一握りのエリートに偏ったエリート優位AIになるのだから

リンクしたアマゾン採用AIの件を含めて、機械学習の仕組みを理解してるとは思えない。AIに対する現状の理解として、この表現はありえない。

id:fujii_yuji 機械学習の仕組みをご存知ないようですね。Amazonのは過去データからそうなったのであって、設計者の思想が反映されたのではないでしょ。 > "当然男性優位AI爆誕する(略)AIは一握りのエリートに偏ったエリート優位AI"

id:fujii_yuji さんは、概要理解しておられる様に思える。ブコメを見る限りで言えば、はてなー理解度は1割程度といった感じがするけど、本当はもうちょっといるかも。

機械はひらめきは獲得していない。

機械は未だに設計に従って自発的に成長し新たな発明を行う様な、いわゆる、ひらめきは獲得していない。今のAIと呼ばれているものは、学習したデータを参考にして、入力されたデータに対して最適な分類を行うことが出来るという程度の物。

モーリス・コンティ: 直感を持った人工知能が生み出すすごい発明 | TED Talk

例えば、この動画を見て欲しい。オブジェクト設計するコンピュータが行うのは、与えられたアルゴリズムに従って答えを出す事だけだ。どんな形にしたいのかという目的、どんな材料を使うのかという制約、それを与えられると、高い強度とより少ない重量で目的を達成しろという最適化問題を解く。結果として、その答えが人間が持つ常識を裏切る答えを出した事に対して「直感を持っている」と言っているにすぎない。アルゴリズム作成した研究者には、常識的な設計を裏切る答えも、理解できるものであり納得のいく答えでしかなかったはずだ。

将棋人工知能が行う計算とは何か?既存棋譜を大量に予め学習し、現在進行中の将棋の盤面上で起こり得る可能性のある駒の配置パターンを1手1手進めながら、棋譜と照らし合わせ、一手ごとに勝ちやすさがどの程度高まっていくか?を計算する。研究者は、盤面に表れる駒の並びを、どの様に評価するのか?駒を動かすごとに増えていく全てのパターンから、どこまでを用いて、何を捨てるか、評価選択を行うアルゴリズム機械に与える。その結果として現れた奇想天外な一手も、研究者にとっては蓋然性の高い答えでしかない。(あくま一般的人工知能の話だが)

ポリコレ科学を歪める

完全に想像しかないが、アマゾン採用AIは、10年分の採用者の履歴書の中から学歴や経歴、職務内容、スキルなどの性別依存しない情報採用後の実績を学んだのではないか研究者馬鹿ではないから、初めから性別情報など使っているとは思えない。これまで採用した人物男性が多かったことは間違いなく影響があったという事は言えるが、可能な限り男女ごとのサンプルサイズの差に引っ張られる事なく、性別には中立な結果を出すように、用いるべき学習データアルゴリズム設計していると予想する。それでも、性別を隠されたある個人履歴書から採否を判定した時に男性優位の答えを出したのは、活躍する社員男性が優位になる傾向があったということ。その現実ポリコレとの間で齟齬をきたした場合に、計算結果としては蓋然性の高い納得できるものでありながらも、不誠実な結果と言われてしまった研究者の悔しさはいかばかりだっただろうか?

女性が優位になる様にアルゴリズムを作り直すときに、自分科学者として真実に背を向けた事を理解したはずだ。にもかかわらず、どれほど女性優位のバイアスをかけてもAIが正しい答えを求める以上は男性優位の結果は覆らない、とマネージャー判断して、非難を避けるために開発を停止した時の、その悔しさは想像するに余りある

この件で、改めて、ジェンダー論は滅びろと心から思った。科学者には、政治的正しさではなく、真実を追求させてくれ。科学とは時に残酷なほど正しいものだ。

修正、補足事項

steel_eel 日本語ニュースで書いてたか知らんが、英語の方でみたが『××女子大学』『女子××部部長』とかを低評価してたみたいで、わりとダイレクト性別を他の手がかり(というほどでもないか?)から判断して下げてた模様。

情報ありがとうございます徹夜明けでして、ソース未確認で書いてますので、適当な事をいいますすみません

もしも学習データに、女子○○部長、というデータが入っていた場合マイナスにする様なアルゴリズムを入れていたとは考えにくいです。というのは、そうであれば性別のものを負のファクターにする方が早いです。ですので、他の素因でマイナスにせざるを得ない(不採用だった、あるいは解雇したなど)人物女子○○部長情報が結びついてしまったのでしょう。つまり現実採用では女性である事をマイナス評価せざるを得ない様な学習データになっている、それを修正しようと思うと、女性データのもの学習データから除外するしかないですが、そんな事をすれば、アマゾン女性の居ない世界仮定しなければ女性採用できないという、矛盾にぶつかってしまますね。

これではなく、入力情報女子という単語が入っている場合に直接マイナスした場合。前述の理由性別のものマイナスにしたのと同等でしかなくなります。これなら修正は容易ですので、そうではないでしょう。おやすみなさい。

uncorrelated サンプル数ではなくサンプルサイズでお願いしま

サンプル数警察!!

ごめんなさい。ふざけました。修正させていただきます

2018-10-11

日本社会学における査読論文価値研究者評価大勢

備忘録程度に

社会学における査読論文位置

一般に、日本社会学において査読論文は重視されます特に、若手にとって査読論文を出すことは研究業績を重ねる上で、非常に重要であると考えられています

ただ、以下の三点が一般的な「アカデミア」のイメージとずれているため、わかりにくいところかなと思います

雑誌の格が厳格に決まっているわけではない

日本社会学においては雑誌の格が明確に決まっておらず、これがIFやh-index論文の格がある程度自動的に決定される理系(+経済学)と違うところです。

たとえば、おそらく日本社会学で一番格が高い雑誌日本社会学会が発行する『社会学評論』でしょうが、これに掲載が決まったからと言って、マーケットにおいてダントツ評価が高くなるということは無いですし、掲載率も25%程度とそこそこ高いです。

一方、関東社会学会が発行する『年報社会学論集』や関西社会学会が発行する『フォーラム現代社会学』なども掲載率は同程度ですし、評価もされると思われます。つまり査読論文の質がジャーナルの格によって決定される、という仕組みが弱いです。これは社会学領域多様性手法多様性+後述する国際意識の弱さに起因していると思われます

また、『思想』『現代思想』といった一部商業雑誌や、『ソシオロジ』『ソシオロゴス』といった同人誌に近い形態を取る査読雑誌が、ある程度の評価を受けているという点も特殊かな。

依頼論文査読論文より偉いということはないが、同程度の評価はされる

依頼論文査読論文より偉いというのはまず無いと思いますが、一方で依頼論文評価されないということもないです。一般に依頼論文査読論文と同程度の評価を受けているかと思われます

ただ、依頼論文の質がピンキリだというのが所感です。

なぜ査読論文を書かずに本にしたがるのか

エライ社会学者ほど査読論文を書きたがらない、というのは事実です。というのも、彼らは自分の考えたことを本にしてまとめてしまうからですね。

ではなぜ本にしてしまうのかというと、査読を受けたがらないというのも確かにあるのですが、概ね①社会学ギョーカイ一定程度の市場があり、エライ教授がまとめた(キャッチーor教科書になる)本は出版社としても出したがる傾向が依然としてある②査読プロセスが長い(半年-2年)ため、自分の考えをとっとと出せる本のほうが魅力的③先述した社会学領域多様性手法多様性により、査読による集合知が先駆的研究場合働きにくい場合があるという点のほうが大きいかなと思います

特に特殊なのは①ですね。この日本社会学の市場の大きさが与えたアカデミズムへの影響は、無視できないと思います

なぜ日本社会学は国際化されてないのか

日本社会学がどちらかというと内向きな傾向にあることは否定出来ないと思います比較的国際化が進んでいるのは計量分析が盛んであり、アメリカ社会学親和性が強い家族人口ネットワーク社会学の一部と、伝統的に留学風潮の強い学説史・理論でしょうか。とはいえ後者はいわゆる「国際化」とはずれてますが。いずれにせよこれら以外の領域では、英仏独語論文を書くという行為はあまり一般的ではないです。

ではなぜ内向きなのかというと、前述したように社会学比較的まだ「売れる」学問から、というのが大きいように思います。つまり国内マーケットの中で、研究にせよ知名度にせよ院生にせよある程度獲得できてしまうという現状が、外に目を向けない元凶かなと。

もちろん社会学という学問が、もともと世界的な共有知を探求するというよりも、個別特殊的事例や、異なる側面から理論体系を構築する研究を好む傾向があるということも大きいでしょう。

ただ、国際化されてないからと言って国際化が評価されていないかというとそういうことはなく、IFを持つ海外査読誌に論文が載ることは、希少故に非常に意義があるものとして認められています

社会学ムラにおける研究評価

上記したように、社会学においては論文の格は雑誌によって決定されず、査読論文と依頼論文区別曖昧であり、内向き志向である。とすれば一体研究評価はどのようになされているのでしょうか?

この問に答えるのは容易ではないですが、平均的な回答をしておきます

博論単著の出来

まず重要なのはこれで、博論単著が出せるか、出したあと評価されるかは、研究個人評価に決定的な影響を及ぼします。

一部大学院で未だに課程博士をなかなか出したがらないのは、これも影響しています。つまり単著で出せるような博論でないと、そもそも就職が覚束ないという考えなんですね。

同様に、単著就職の際の評価点として重要です。

査読論文の数

査読論文の格が特に決まってないとはいえ査読論文重要評価対象とみなされているということは、先述したとおりです。ですので、いきおい査読論文の数は、若手研究者の就職にあたって非常に重要です。いくら良い博論単著刊行できたとしても、査読論文がない研究者が就職することは(比較的)難しいでしょう。

ではどのくらい必要なのかということですが、だいたい就職までに3~4本(紀要除く)書いているのが一般的なようです。

なお、海外著名ジャーナルや『社会学評論』に載っていると、当然その分評価されますが、評価が格段に良くなるということは無いように思います。これが「格がない」という言葉事実であります

最後社会学ムラ内での振る舞い次第…

どういうことかというと、結局いくら査読論文重要とはいえ、それ以外の仕事というのも社会学では評価対象となります。つまりムラのネットワークの中で、いか仕事(ブックチャプターや非常勤講師など)を貰えるかが、結果的研究評価において非常に重要ファクターとなるんですね。コネ採用されるというのはほぼなくなったと思いますが、未だに特定大学院生比較就職やすいのは、あるネットワーク所属していると、比較研究業績を増やしやすいということもあると思います。こうした状況の中で若手研究者は業績を稼ぐために媚びへつらい、顔を売り、己が付き合っていて気持ちがいい人間であることをアピールするために、愛想笑いを浮かべながら査読論文抜き刷りを配り歩くのです。

とはいえ、これは一般的な「社会」でも一緒ですからなんとも言えないですね。とかくこの世は世知辛いアカデミアがコミュ障楽園だと思っていたら、実はベンチャー企業営業類似スキル必要であることを痛感するのは、博士課程進学後になってからなのです。

ちなみに一部の大学ではこうした制度公的に備えているところもありますが、これは先述したネットワークが発達した大学への対抗実践として見ることもできるでしょう。

なお社会学ムラ内でのふるまいのコードは、一般的な民間企業とも、いわゆる「アカデミア」の無縫さとも異なる独自の体系があるのですが、それは省略

問題などありましたら、ご指摘ください。あくまでも個人的意見です。

2018-10-07

キズナアイポルノじゃない、ってほんとに思ってる?

ポルノポルノじゃないかで言ったら、ポルノだわ。俺にとっては。

ただ、そうだとしても劣情を催すことなキズナアイ日本ポップカルチャーとして当たり前に享受できているのは、ポルノであってもそうと意識させない高度に発達したこの国の文化観に飼い慣らされているだけ。別に良いとか悪いとかではない。日本ポップカルチャーはそこまで自国を発達させたというだけの話。

ただ、本当に気付いていないのか、気付きたくないだけなのか。

Vtuberで人気を獲得するための大きなファクターひとつには少なくともSEXアピールの有無がある。

もし、そんなことも自覚できない能天気自分客観視できない人間ばかりなのだとしたらあまりに愚劣だし、それをわかっていてなお頑なに認めようとしない人間が多数いるのだとしたらあまり醜悪だ。

村上隆の、正視に耐えないあの露悪的な戯画的な、露骨性的すぎるあの等身大の彼ら彼女たち(のフィギュア)を意地でも認められなかったあの日から、一歩も歩みを進められていない。

2018-09-17

ドラマ版「この世界の片隅に」素晴らしい作品でした...「この世界の片隅に」でさえなければ

この世界の片隅に」のドラマ版が今週日曜最終回を迎えた。自分にとっては呉旅行に行く前日に見てドハマリし道すがら原作コミックも買い、舞台となった街を散策できた思い出深い作品だった。

 映画版では尺の都合から削除せざるを得なかったリンさんとの物語もしっかり描かれ、さら原作であまり描写されなかった近所の人々にもしっかり焦点が当てられ、よりボリュームのある物語に仕上がっていたと思う

 各話も緩急を付けて見どころを設けすずさんと周作さん、二人の関係性も深く描くことに成功していた

 アイスクリームのシーンは二人の仲睦まじさが伝わり絆が深まる姿を丁寧に描いていて「砂糖の配給が停止になって、闇市で配給の50倍の金額取引されてる時期にアイス食うのはいくらなんでも不自然すぎる」という違和感もまぁ気にならないレベルに収まっていたと思う

 いままで現代編については否定的意見もあったが、最終的には今現在そこにいるすずさんを描く形に集約し映画とは違った余韻のある良い最終回を迎えたと思う

 途中どうしても見ることができなかった回はあったが

 概ねドラマとして大成功の部類だろう。ネットでの評判も上々でツイッタで感想検索しても「泣いた!」「感動して目が腫れ上がった」「ラストにはほっこりした」と大絶賛だ

 実に素晴らしい作品になったと思う

…これが「この世界の片隅に」でなければ

実のところ第一話が始まってから猛烈な違和感を感じてこれは本当に「この世界の片隅に」なのか疑うくらいだった

最初違和感は兄洋一の出兵が決まったシーンでの家族のやり取りで母親であるキセノが涙を流したことだった、ここで泣くのは「この世界の片隅に」としては違和感があった 

それ以降でも北條家へ嫁ぐことが決まった前日に不安母親に漏らし泣き始めるすず

2話以降でも、広島産業奨励会館前で周作が子供の頃ばけもんに誘拐されたとき一緒にいた少年だったことに気がついてすずは涙を流し

それ以降も母親との別れを告げるすずの甥に当たる久夫が帰り道涙を流し、洋一の戦死の報を受けて石一つしか入ってない骨壷を抱きかかえて母親号泣

毎話毎話何かにつけて涙を流していた

自分にはこれが猛烈に違和感に移り最終話前の話まで見るのを止めてしまった

原作で涙を流したシーンはギャグとしてオチに使った空襲で義父円太郎がすずさんと晴美さんを庇ってそのまま寝てしまった回を除けば

晴美さんが亡くなった時限爆弾の回と終戦ときだけでそれは意図的にそうしているのだ

戦中においては、自分たちが正しいことをやってるからこそ理不尽暴力には屈しないって共通した考えがあったからこそ人前で泣くことはせず(時代的に人前で泣くと反戦を疑われてしまうって事情もあった)

その日常を支えていた信念が飛び去ってしまい、自分たちの耐えてきた日々が誰かを犠牲にした上に成り立っていたことに気がついてしまたからそこで涙を流し

戦後は居なくなっていった人たち会えない人のために自分笑顔の入れ物になりたい、なによりも泣いたら勿体無いという気持ちから泣くことを止めるのだ

それは作中物交で漁村に向かう帰りの道すがら刈谷さんと話す中で

「生きとろうが死んどろうが もう会えん人が居って ものがあって うちしか持っとらんそれの記憶がある

うちはその記憶の器としてこの世界にあり続けるしかない」

「晴美さんとは一緒に笑った記憶しかない じゃけえ笑うたびに思い出します」

「泣いてばっかりじゃもったいない 塩分がね」

という会話でも明らかで

このセリフは「この世界の片隅に」のテーマだと思う

辛い時代の中戦中耐えてきた理由、それが飛び去った後また泣くのを止めた理由

そこは物語を描く上でいちばん重要ポイント原作を読んだ人や映画を見た人なら違えることはない

翻ってドラマ版だ

ドラマは泣く、事あるごとに泣く、誰もが皆辛い時には涙を流す

ドラマで泣いて泣いて泣く理由一般視聴者向けにわかやす表現にしたから、とか実写にするにあたって原作映画の通りだと不自然に見えるからという改変なら良かった

脚本担当原作をあまり理解していなくて、分かりやすドラマに組み直した結果だったのなら許せたかもしれない

脚本家は原作の内容を理解してそのテーマもわかった上でそれに対してダメ出しして改変したのだ

最終回をすずさんと義母のやり取りでこんなセリフがあった

「泣いてええよ、我慢せんでええ、ここはあんたの家なんじゃけえ、我慢したらおかしくなるよ」

原作のやり取りとは真逆セリフ

ここで理解った

脚本家はテーマを違えてたわけでも、分かりやす安易な改変をしたわけでもない

テーマについて理解したうえでそのテーマに、「この世界の片隅に」が「この世界の片隅にである根幹にノーを叩きつけてるのだ

はっきり言えば脚本家は「この世界の片隅に」が嫌いだったのでは無いかとさえ思う、少なくとも作品重要ファクターの一つについて否定的だったのは間違いないだろう

結果的に見ればドラマ大成功の部類で多くの人の心に残る名作となった

でもこれは「この世界の片隅に」ではないし、「この世界の片隅に」を否定する物語

もちろんそれが必ずしも悪いわけではないし原作好きな人にもドラマ版に満足してる人もいるだろう

ひょっとしたら原作が嫌いだったかドラマ版の改変でようやく自分の求めてるものが出てきたって人もいる

少なくとも真逆のことをやって多くの人の心をうった名作を作った脚本家の実力は極めて高い

からこそ原作否定するのならオリジナル戦争ドラマ勝負すればよかったと残念でならない

おそらくそちらのほうがずっと名作になったのだろうから

2018-09-15

平成以降も英語がどんどん日本日常語に侵入してきてる

1990年代シンクタンクファクターインセンティブなんて単語使おうものなら本当の本当に意味不明言語を吐く人と見なされてた。

それこそ大手企業サラリーマンや有名大学の学生からでさえも。

それなのにこれらの英単語は今の日本だと余裕で通じる。下手すりゃ高卒労働者高校生だって意味を知ってる。

いい感じに英語侵食してきてる。

このまま完全な英語圏になってくれ。日本はいらない。

2018-09-06

出会えないじゃん…出会い系サイト…!

高学歴高収入…そう書いた…事実を…!

ところがどっこい…誰も食いついてこない…!


いや…わかってるさ本当は…!

高学歴高収入相手を選ぶ一ファクター…!

将棋で言うところの2枚落ち…!

間違いなく有利ではあるに違いないが…下手すぎる!コミュニケーションという名の中盤戦…!

気付けば飛車も角も居ない…!いつも通りの圧倒的敗北…!

2018-08-27

anond:20180827175106

釣りにハマった時期あったけど、海見ながらボーっとすることも釣りの楽しみ方の一つだったから釣れなくても楽しかったよ。

釣れたらもっと楽しいけど釣れなくても楽しい

対戦ゲームエンジョイ勢も似たようなもんで、人と対戦すること自体が楽しくて勝てばもっと楽しい

ガチ勢は成果がなければムダって発想なんだろうけど、エンジョイ勢は楽しめるポイントが他にもあるから、勝ちというファクターが得られなくても他の要素から楽しみを見出せる。

2018-08-24

anond:20180824192651

今回の彼が金持ってて、元彼貧乏だっただけじゃね?

「だけ」って言ってるけど結婚相手を選ぶにあたって相手お金持ってるかどうかってかなり重要ファクターだよね。

2018-08-05

医師は長時間労働っていうけど

実際投資銀行マンとか電通マンみたいな激務高賃金系や、

長時間労働ストレスも大きい割に給与が低いと言われる小中校の教諭と比べるとどんなレベルなのかね。

過労死する人って単純に適性がないというファクターが大きかったりしないの?

2018-08-02

東京医大女子減点問題について、いち小児科医が思うこと

卒後10年弱の男性小児科医です。

東京医大女子受験生に対して入試で一律に減点措置を行っていたことについて、医師立場から少し意見を言わせてください。

まず前提として、受験要項等での告知なしに特定のポピュレーションに対して減点もしくは加点措置を行うというのは、受験生立場からすると到底認められるものではないと言うことは確かだと思います

せっかくがんばって勉強したのに、自分の知らないところでテストとは別に性別理由に減点されて不合格になるなんて不公平の極みです。自分がそんな目にあったのがわかったら到底許せないでしょう。

このような減点措置を行っているのであれば、受験生に対して何らかの形でその存在アナウンスしておくのが試験としての最低限のルールだと思います

今回の措置で不幸にも不合格となってしまった受験生の方には同情を禁じ得ません。

それでは、事前に「女子受験生は一律に減点します」と受験要項等でアナウンスしておけばセーフかと言うと、それはそれで試験としてのルールは守られるものの、現在社会通念において認められるかと言うと、限りなく黒に近いグレーになるのだと思います

今回の報道についてのブコメや近年のポリティカルコレクトネスの流れなどを見ていても、性別などの本来的に試験の成績と関係ないファクターによる加点・減点措置は事前にアナウンスがあったらオッケーみたいな感じには絶対ならないでしょう。

そんな大学潰してしまえとなるのがオチですね。

一方で、以上を踏まえてもこの措置必要悪だという意見もあります

確か女性差別するのは良くないことだが、女性医師結婚出産などで離職の可能性が男性医師に比べて明らかに高く、女性医師が増えると現場が大変だから仕方ないという考え方です。

主に現場意見を集約しているのだと思いますが、もちろん医師側の内輪の意見なので、一般的にはなかなか受け入れてもらえないのではないでしょうか。

これが受け入れられるならそもそもこんな騒ぎにはならないでしょう。

じゃあお前はどう思うんだと言われると、必要悪である(あった)と思うが、現在医療を取り巻く状況においてはもはや認められるものではないだろうと言うのが私の意見です。

私は小児科医なので、職場として女性医師はどちらかと言うと多い方だと思います

そんな中なので、女性医師が離職(休職)すると大変と言うのは身を以て実感します。

少し前に「女医さんがやってきた」https://anond.hatelabo.jp/20180701010648

という増田を書いた男性医師がおられましたが、その気持ちは大変よくわかります

その男医師最後に書いていましたが、自分負担を考えると確かに「次は活きのいい男を頼む」と言いたくなります。そっちの方が絶対に肉体的にも精神的にも楽なのは間違いないですから

小児科医がそんなこと言ったら産婦人科医の次に袋だたきに遭いそうなのでもちろん言いませんが。

とは言え、日常業務において女性医師男性医師に劣っているかと言われると、まったくそんなことはありません。

大学学生時代を思い返すと、女子学生の方が男子学生より総じて優秀であったと思います

男子学生一定数がアホのように遊び呆けている一方で、大半の女子学生は真面目に授業に出席し、よく勉強して良い成績を取っていたような記憶があります

私が行った大学でも男子学生入試でゲタを履かされていた可能性は否定できず、そもそもの基礎学力女子学生の方が高い可能性もありますが、国立大学なのでそんなことはないと信じたいものです。

いずれにせよ、女子学生の方が平均的に成績は良かったと思います

働き出してからも、よく働く女性医師は本当によく働きます。もちろんよく働く男医師もよく働きます。一方で働かない人は男女問わず働きません。そこに性差はないように思えます

体力がどうのこうの言う人もいるかもしれませんが、寝ない・食べないに強いのはどちらかと言うと女性ではないでしょうか。

かば病院に住み込んで働き、プライベート犠牲にして患者さんのために身を粉にして働く女性医師は山ほどいます

ただ、結婚出産になると話は別です。

「私が医療崩壊のトリガーになる未来https://anond.hatelabo.jp/20180630150652

という増田を書いた女性医師がおられましたが、どんなに優秀でどんなにがんばって働いている女性医師であっても、結婚出産ということが絡んでくると、どうしても男性医師と同じキャリアを考える訳にはいかなくなってくるのが現実です。

この増田さんが本文中で書いてある

医療崩壊はすぐそこまで来ているのだと思います。この危機を救えるのは、働き方改革より何より「医学部男子学生増員」だと思っています。”

という言葉が今回の問題本質を指しています

2011年付近東京医大で何があったのかは知りませんが、現場の声を考えると大学上層部がこういった問題意識を持つことは至極当然のことだと思います。それを実行に移すかはともかくとして。

ただ、現実問題として、このご時世において、良くも悪くも「医者男性職業に」などといったスローガン通用するはずはありません。

医学部定員に占める女子学生割合は今後も増えて、恐らく半分程度にはなるでしょう。

まぁ、こんな報道やら医療現実に嫌気がさして女子学生の方から医者なんてくそ食らえ」と言われる可能性も否定はできませんが。

それはともかく、入学者の大多数が医者になるという医学部特性上、女性医師の増加という流れはこれからも着々と進んでいくに違いありません。

そして、女性医師に人気の診療科に人が集まり、人気のない診療科は人がどんどん減って、さら結婚出産での離職も相まって残された人の負担がどんどん増えていく、と言う流れが加速していくでしょう。

じゃあ悪いのは女性医師だけなのかと言われると、男性医師においても、女性医師と同じように希望診療科の偏在は起こってきています

色々な意味で大変な(でもやりがいのある)診療科というのは、多かれ少なかれ医師自分犠牲にすることによって成り立っているので、このご時世の価値観ではあまり流行らないのは男性医師においても同じです。

私も、あまり流行らない小児科という診療科で忙しく働いていますが、まだ幼い子どもが2人いることもあり、可能ならできるだけ早く仕事を終えて家に帰りたいです。

実際は毎日患者さんの様子を見に行きますが、できることな休日家族のために使いたいです。

男性医師パートナー専業主婦だという組み合わせは依然として多い気はしますが、医師同士の結婚を含め、パートナーもしっかり働いているという家庭は着実に増えていると思います

そういった家庭においては、たとえ医師であっても子育て家事はすべてパートナーに任せきりというのはなかなか認められがたいのが現在社会の考え方ではないでしょうか。

女性医師だけでなく、男性医師においても、家庭を含めたプライベートを重視したい(重視しないといけない)と言う考え方はこれからも進んでいくのではないかと思います

さらに、同様の理由において男女問わず地方病院での勤務を希望する医師は着実に減り、地域ごとの医師の偏在化も問題となっています

そういった問題に対し、医師の数そのものを増やせばいいじゃないかという声もありますが、実際に増えた医師のどれくらいが現在不足している診療科地域に行ってくれるかは未知数です。

行き着く先は成績などによる診療科や赴任地域限定という方法論になりますが、適性不足やモチベーションの低下、離職の増加でサービスの低下は免れないと思います

なかなか悩ましいところです。

結局、女性医師の増加に端を発していると思われる今回の問題ですが、実際に問われているのは、女性医師の働き方なのではなく、女性医師が増えた(今後も増える)現状において、男性医師も含めたすべての医師の働き方なのだと思います

現在医療とりま環境において、不公平感が出ないように誰がどのように負担を分け合うかを考えることが切迫感を持って求められていると思います

そして、その負担を分け合う人たちの中には、医療者だけでなく、医療受益者である患者さんももちろん含まれています

さらここで私が言うことではないと思いますが、医療はただ求めれば与えられるものではありません。

今の日本医療は、現場人間家族などその周囲の人間自己犠牲によって成り立っている部分も多分にあります

医師が働きやす環境を作ることと、患者さんにとっては望ましい環境を維持することはほぼ間違いなく両立しません。

今回のニュースに憤りを覚えた皆様におかれましては、医師働き方改革が進んだ場合に、自分患者としてどこまでのサービス低下や負担増を許容できるかについて少しでも思いを馳せていただければと思います

皆さんが思いを馳せた先の最大公約数が恐らく日本医療未来なのだろうと思います

無力ないち小児科医としてはこうして増田に筆をとることしかできませんが、今回のニュース医師の働き方についての議論きっかけになることを願っています

少しと書きながら長々と書いてしまいましたが、ここまで読んでいただいてありがとうございました。

2018-07-09

死刑反対のロジック死刑賛成のフィーリング

先日、麻原彰晃松本智津夫)をはじめとする複数オウム幹部死刑執行された。

それに関して死刑制度の是非がまた論じられるようになっている。

まあ死刑制度については人によって考えがいろいろあるのだろうが、ここでは個人的な考えを纏めたいと思う。

まず死刑制度は何のためにあるのか?

一つは「報復のため」だろう。目には目を歯には歯を、とばかりに、極悪人には死で償ってもらうというものだ。

二つ目は「スカッとするから」だろう。悪い奴、嫌いな奴、憎い奴が殺されるのは気持ちがいい。もし俺が被害者遺族の立場に立ったら、加害者は殺したいほど憎むと思う。

三つめは「犯罪抑止のため」だろう。だが、これには疑問が残る。もし死刑犯罪抑止効果があるなら、死刑廃止した国は、死刑廃止後に犯罪数が激増しているはずだ。だが、そのような話を聞いたことがない。これは話半分に考えておくべきだ。

では、死刑反対について話をしよう。死刑反対の理由はいくつかあるが、

一つは「冤罪可能性がある」だろう。冤罪人間を殺してしまっては取り返しがつかない。もっとも、これは冤罪のもの問題だし、殺さなければいいというものではない。そして、冤罪でないことが明らかな相手には無関係な話だ。

二つ目は「人を殺してはいけない」に説得力がなくなる点にある。国は市民殺人禁止しているのに、国が殺人を行うのが許容されるのは、明らかに矛盾している。という理屈だ。「正式手続きに則っているのだから良い」という意見もあるが、その「正式手続きを経れば殺人が許容される」という考えがおかしいと批判されているのだから、ここは平行線だ。

さて、死刑反対の話を出すと「欧米ではテロリストを射殺することが多々あるが、現行犯を射殺するのはいいのか」という意見がたまに見られる。

断言するが、このケースは許される。

こういうことを書くと「人を殺してはいけないんじゃねーのかよ」と言われそうだが、これには例外がある。それは「現在進行形他者生命安全が脅かされているとき」だ。

これは正当防衛論理と全く同根だ。もしあなたの家に刃物を持った強盗が押しかけてきたとして、その強盗に反撃して殺してしまっても、基本的には正当防衛適用される。

だが、この強盗をひっとらえ、手足を拘束し、身動きを取れないようにするなど、無力化した場合はどうか。相手自分を殺しに来るような悪人であっても、無力化された人間を殺したり、危害を加えるのは(情状酌量余地はあるにしても)許容されない。

これが死刑反対三つ目の理由であり、そして最も重要ロジックだ。

「無力化された人間は、いかなる理由があろうと殺してはいけない」

逮捕され、拘束され、刑務所に入れられた人間は、明らかに「無力化された人間」に他ならない。だから、そのような人間を殺すのは許されない。

一方、逮捕されてもいない、武装した強盗テロリストは、いつ人を殺すか、危害を加えるかわからない。「無力化されていない、かつ他者生命を脅かしている存在」だからこそ、逮捕せずに射殺が許される。

これこそが、死刑制度否定されるべき理由である

さて、死刑に賛成の人間が、これに太刀打ちできるロジックを立てられるかというと、不可能だ。だが、死刑賛成はロジックでするものではない。

死刑に賛成するのは、感情論で十分だからだ。

死刑を望む理由は二種類ある。「悪い奴は殺されるべき」「極悪人を許せない」という義憤正義感と「悪い奴を、嫌いな奴を殺したい」という欲望だ。

どちらも人類が持つ感情として普遍的ものであり、この感情否定するのは絶対不可能だ。

なぜ死刑肯定されうるか、それは人類にとって普遍的、かつ自然感情に訴えかけているからだ。

ここまで並べればわかるだろうが、死刑反対派と死刑賛成派は決して交わりえない。

論理的に考えれば、死刑制度肯定できるものではない。

だが、感情で語れば死刑制度否定することはできない。

どちらも重要ファクターで、二律背反となっていることこそが、死刑制度の是非が分かれる理由だ。

残念ながら、折衷案は今のところ存在しないし、まったく思いつかない。

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