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2021-05-13

anond:20210512045724

> この文章哲学的に書きました

真逆

哲学は「思考論理的可視化」であり、「解明すること」が命題なので、人にとって読み取り方が違う可能性がある文章哲学的検知から許されない

2021-05-12

anond:20210512045724

日本男性として生まれて思うこと

普段から持つ偏った主観で決めつけるのではなく

無の気持ちになって言葉の持つ善悪ニュートラルに見てお読みください

ニュートラルで見ているのに悪意が生まれたならその言葉あなたの中でなぜ悪になったなのか考えてみて下さい

私は誰も攻撃しているつもりはありません

内容

この国で男性地位は明らかに低い

正直、自分が小さい時は気にもしなかったしどうでもよかった

問題10代になって頑張って社会に入り始めた時から音を立てながら自分男性という地位が崩れ行く中で明らかになっていった

ふと、この考えを不意に思い出すきっかけを作ったのはあるゲームでのキャラクターだった

私はネット出会いなんて求めていない主夫なのでゴリラみたいな女キャラオカマ口調でチャットで話していた

するとどうだろう、話している事や言葉現実で男として立ち回るのと似ているのに「頼りがいがある」だの「好き」だの言われ始めた

もちろんそれは恋愛対象としてでは無いのだが、私はこれに対して凄く頭を悩ませた

現実の私は普段どれだけ気を使っても「男だから当たり前」や「もっと男らしくできないの?」と言われる始末だ

どうしてここまで差が生まれたのか軽く考えた

先に差別的表現申し訳ありません

「ああ、オカマは"女性"として見られてるし一般的には半男性で半女性から男性より地位があるんだな」

そう考えるとなんだか妙に納得してしまった

そう、男性だとこの国では少し地位が低い

なんかそこから日本時代の背景とか考えちゃうと男は昔から地位がなくて女を守る存在とか言われて結構蔑ろにされてきてたんだと感じた

江戸時代刑罰なんか今みたいに裁判制度もないし罪人になったら男と言うだけで責任を取らせて真っ先に殺される、遊女とかも男同士を争わせて金を巻き上げる制度とか家畜となんらかわらない

最初に言った話に戻すと10代の頃に会社で働いてたらセクハラパワハラを受けた

そこでクソBBAから社会について学んでいった

そいつから学んだことはだいたいこんな感じだ

「男は優しく、女を助け、守り、弱音を吐かず、泣き言を言わず、人の先頭に立ち身を投げ出して物事をせよ」

ハッキリ言って反吐が出る

好きでもない不細工な頭悪い無能女のために何故我が身も魂も捧げねばならぬのだ

されど己より能力も低い女で社長でも係役でもないのにストレス発散される意味が分からない

故に記録し財を貯め裁判により償いをさせてやった

たぶん顔と能力がどちらか強く偏っていると糞みたいなプライドの為に人を傷つけるんだな

私は自身プライドの為に人を傷つけない人と友達になりたい

全体のバランスがよく取れた人との関わりを大切にしたいと思った

男女問わず変な人達に関わらなくて住める環境が欲しいだけ

男は男らしく、女は女らしく

そんな糞みたいな考えが今の糞みたいな問題を作ったならもっと多様化してぐちゃぐちゃになれば何が何とかどうでもよくなんのにそれが差別主義とか考えが浅い人達論点ズラしながら言いやがる人生やになってくる

もう考えがぐちゃぐちゃになるし日本だけの問題じゃないか地球から逃げて宇宙に行きたい、二度とこんな星生れたくない

追記

なんか文章力について書かれてたけど自分理解できないのを他人のせいにしないでください、この文章哲学的に書きました

内容を読んで感情的個人攻撃する感想を書くのはやめてください

自分の都合に合わない話や理解できない内容なら大人数で1人を叩いていいのですか?

理解できない自分を疑うべきではないですか?

これを読んだ少数派の人は理解してくれてる様子が伺えるけど大多数は内容を読んでも理解出来ずになんか話が分からいから"決めつけて攻撃"してるようにみえます

理解する気がないのに自分の言いたいことを言うためだけに書いていないことを妄想で決めつけて吐き出した文なんか価値ないですよ

私は別に誰も攻撃してるつもりないし

そういうふうに見えたらごめんね

anond:20210512161315

哲学的に書きました」ってのも、哲学がわかってないのがまるわかり

日本女性として生まれて思うこと

タイトルだけ見てや全部読まない人へ

最後まで読んでほしい

普段から持つ偏った主観で決めつけるのではなく

無の気持ちになって言葉の持つ善悪ニュートラルに見てお読みください

ニュートラルで見ているのに悪意が生まれたならその言葉あなたの中でなぜ悪になったなのか考えてみて下さい

私は誰も攻撃しているつもりはありません

内容

この国で女性地位は明らかに低い

正直、自分が小さい時は気にもしなかったしどうでもよかった

問題10代になって頑張って社会に入り始めた時から音を立てながら自分女性という地位が崩れ行く中で明らかになっていった

ふと、この考えを不意に思い出すきっかけを作ったのはあるゲームでのキャラクターだった

私はネット出会いなんて求めていない主婦なのでゴリラみたいなおっさんキャラオカマ口調でチャットで話していた

するとどうだろう、話している事や言葉現実で女として立ち回るのと似ているのに「優しい」だの「好き」だの言われ始めた

もちろんそれは恋愛対象としてでは無いのだが、私はこれに対して凄く頭を悩ませた

現実の私は普段どれだけ気を使っても「女性から当たり前」や「もっと優しくできないの?」と言われる始末だ

どうしてここまで差が生まれたのか軽く考えた

先に差別的表現申し訳ありません

「ああ、オカマは"男性"として見られてるし一般的には半男性で半女性から女性より地位があるんだな」

そう考えるとなんだか妙に納得してしまった

そう、女性だとこの国では少し地位が低い

女性男性になってオナベになっても元が女性男性からか何故かオカマより強く見下されている気がする

元が男性女性の要素を内面に持ったら…

でもそれも場合による、男性が外見共に女性化したら社会的弱者のように見られる

女性が外見共に男性化したら明かさなければ半分ぐらいは社会強者だが明かせば社会的弱者になりうる

なんかそこから日本時代の背景とか考えちゃうと女は昔から地位がなくて守られる存在とか言われて結構蔑ろにされてきてたんだと感じた

江戸時代出産なんか今みたいに叫べないし産んだら7日間は頭上げたまま寝ることも許されない、遊女とかも気に入った男が女を金で買う制度とか奴隷となんらかわらない

最初に言った話に戻すと10代の頃に会社で働いてたらセクハラパワハラを受けた

そこでクソ野郎から言われはしないが社会について学んでいった

そいつから学んだことはだいたいこんな感じだ

「女は大人しく、男の都合よく、美しく、可憐で、汚れを知らない、男よりも下であれ」

ハッキリ言って反吐が出る

対して好きでもない不細工な頭悪い無能ブ男に何故媚びを売らねばならんのだ

しか自分より能力も低い男で社長でも係役でもないのにストレス発散される意味が分からない

から記録して金貯めて裁判で勝ってやった

しかし仮に気に入った相手だとしても上手くいかない

男も女も顔が良くても能力が低くて頭が悪くて中身が無いやつとは恋人にも友人にもなりたくない

特にそういう男は女を見下しながら自分の糞みたいなプライドを守りながら生きている場合が多い

女の場合は美しいからと頭悪くて無能自分を棚に上げて誰ふり構わず見下しまくってる場合が多い

大した能力も何も無いから顔しかいい所がない

たぶん顔と能力がどちらか強く偏っていると糞みたいなプライドの為に人を傷つけるんだな

私は自身プライドの為に人を傷つけない人と友達になりたい

全体のバランスがよく取れた人との関わりを大切にしたいと思った

なんかゲームオカマしてただけなのにこんな深く考えてしま自分も嫌になる

女性として地位がない、地位があるとかどうでもいいか安全暮らしたい

セクハラとかパワハラとかモラハラとかね

男女問わず変な人達に関わらなくて住める環境が欲しいだけ

男は男らしく、女は女らしく

そんな糞みたいな考えが今の糞みたいな問題を作ったならもっと多様化してぐちゃぐちゃになれば何が何とかどうでもよくなんのにそれが差別主義とか考えが浅い人達論点ズラしながら言いやがる人生やになってくる

もう考えがぐちゃぐちゃになるし日本だけの問題じゃないか地球から逃げて宇宙に行きたい、二度とこんな星生れたくない

追記

なんか文章力について書かれてたけど自分理解できないのを他人のせいにしないでください、この文章哲学的に書きました

内容を読んで感情的個人攻撃する感想を書くのはやめてください

自分の都合に合わない話や理解できない内容なら大人数で1人を叩いていいのですか?

理解できない自分を疑うべきではないですか?

これを読んだ少数派の人は理解してくれてる様子が伺えるけど大多数は内容を読んでも理解出来ずになんか話が分からいから"決めつけて攻撃"してるようにみえます

人って理解できない事に強く攻撃なのはわかるけど・・・

今度から理解できない人の為に分かりやす一般的増田を書きます

自分が気に入った書き方をしても理解できない人から攻撃されるなら理解できない人に優しくしなきゃいけないなんて…理解できない人が理解する努力も無く・・・やっぱり地球が嫌いだ

私は別に誰も攻撃してるつもりないし

そういうふうに見えたらごめんね

2021-04-27

犬が西を向いた時に尾はどちらを向くかという有名な哲学的問題について

犬種によって違うんじゃないだろうか?

という疑問を持ったのである

2021-04-26

anond:20210425022947

共通言語たるドメインモデルを、そのままコードと1対1対応しなければならない、という思い込みや風潮。

既存のWAF(Web Application Framework) の利点を潰してどうする…」

こういう誤った思い込みエンジニアにさせているのは、ドメイン駆動設計の原典であるエリックエヴァンスドメイン駆動設計」が、いか抽象的な内容で、ある意味では哲学的であったかを、明示するものでは無いか

プログラムとはメタファーであり、現実を、もしくはそれに準ずる写像的な世界観を、コードに忠実に再現するものでは必ずしも無いと考える。この記事増田は「過度な抽象化」とも書いているが、プログラムというか、そもそも言語のもの物事の全てを表象できるものではなく、ある一側面の一イメージしか切り取れない不完全なものだし、それ自体問題ではない。現実ソフトウェアの溝を、ユーザーエンジニアの溝を、ドメインソースコードの溝を、いかにして埋めるかというのが、ドメイン駆動設計の本質だし、その埋め方についてはエリックエバンスは一例を示しているに過ぎない。EntityやValueObjectなど、必要なら使えば良いし、不要なら使わなければ良いのだ。ただし、元々何が問題なのか、問題だったのかという点について、いかにして向き合うかが肝要であり、それは技術論や方法論の話ではない。

ドメイン駆動設計の記事を書いたり、勉強会で発表をしている人間は、原典やそれに付随するドキュメントの内容を、無批判に信奉し、そのようにしなければならないという強迫観念に追われているのではないかそもそも、本当に理解しているか怪しいし、不安から教科書の内容にしがみつこうとするのだろう。さらにこの手の連中は、昨今のCQRSやイベントソーシングマイクロサービスなどとも絡めて話をし出すから、タチが悪い。「ドメイン駆動設計はこの手の技術スタックと相性が良い」という言葉を何度も見かけたが、技術的な方法論はそもそも無関係だったはずだし、そうやって安易に結びつけてしまうからユーザーが置き去りになって来たんじゃねーのと、暴言でも吐きたくなる。問題本質はどこにあったのかを、聖典の内容や、流行り廃りの技術とは切り離して、エンジニアは三思九思すべきだ。

別にこうあらなければならないという法律や決まりは無いし、好きにやれば良い。モデルと1対1にならなければ、分割する事を選択するのも一つの向き合い方だ。ドメイン駆動設計の信者にゃんにゃん写真でも撮られて、ばら撒くと脅迫されているのであれば勿論話は別だ。恥ずかしい写真魚拓されたくなければ、とりあえずEntity、ValueObject、Repository、Service(笑)位は最低限、用意するのが身のためだろう。

自分の頭で考えて、自分責任判断するという当たり前の事に立ち返りたいものだ。ドメイン駆動設計という盲目的な宗教からいかにして抜け出すかが今後のエンジニア課題だろう。

追伸

増田ドメイン駆動設計が大好きです😘

2021-03-26

エヴァンゲリオンは未見なオレが解説をする

エヴァンゲリオンはついに完結した、という人と、結局終わっていないという人がいるようだ。そこいら中で感想文が書かれているので、映画見なくてもなんだかわかる。

キャラクターたちは自分の居場所確立して日常に帰って普通に生きていくことになりましたとさ、という終わりだったんだろうな、と。

誰と誰がくっついたとか、誰と誰がどうなったとかそういう細かいのはもちろんわからないけど、このオチに対して、納得している人から拒絶している人まで様々だ。

前の映画でもアニメでも庵野はおそらく同じことを言っていると思う。ただその時の人間としての成熟度とか、監督映画のつくり手としてのスキルから違って見えるかもしれないんだが、結局「もう自分の殻に閉じこもって被害者ヅラしてないでとっとと出てきて日常をおくれ」ということなんだと思う。

そして、「エヴァンゲリオンは結局終わらなかった」という人たちはこの「日常にもどれ」というのが受け入れられないのだろうな、と思う。

もうちょっと言うと「日常がこんな退屈なものであって良いはずがない、自分が送っているこの日常と呼ばれる退屈極まりない過去から未来の流れは偽物でどこかに本物のエキサイティング日常があるはずだ、せめて物語の中だけでも良いから見せてくれよ」ということなのかもしれない。

シンジは確かに退屈そうな日常を送っている少年だ。いっつも部屋に閉じこもってふてくされて音楽ばっかり聞いている。それをある日父親に(父親自らの殻を破るという代理戦争名目で)無理やり引っ張り出される。そこにエヴァンゲリオンという文脈を載せてしまい、内容も哲学的にしてしまったがゆえに「こじらせた人々」を量産した。

小林よしのり戦争論ネトウヨがガーッと盛り上がった(当然それより前にそういう人らはいたが)り、そんな感じの時代であったようにも思える。

今の新劇場版からエヴァンゲリオンを見た人たちと、TVから呪縛に囚われた人たちの期待値も違ったことだろう。

ついに新劇場版で俺達の納得行く結論が見られる!という人たちは多かっただろう。納得の行く結論がなにかもわからないままに。

結局庵野テレビ劇場版新劇場版で3回同じことを言った。25年間囚われたままの人たちが納得できるはずもない。もうもはやわけのわからないイデオロギーしかないだろう。「このアニメには俺達の何かを打ち破りなにか新たな世界に導くそんななにかがあるに違いない」と思い込んでしまった人たちは残念だったけど、結局エヴァンゲリオンは「シンジくんがここにいても良いんだって思える物語」というTV版かなんかが終わった直後に庵野が言ったこれ以外の答えはない。

そこに至るまでに父親とは決裂したのか、和解したのか、人々は残ったのかそうでもないのか、本人がぶっ壊れたのかそうでないのかと言った違いはあるが。

そういうわけでエヴァンゲリオンの言いたいことは「生きていくしかない」ということなんだろうと思う。

新劇場版ではどうやら後日談的なことも盛り込んでいて、庵野が「生きていくしかなくなった主人公たちは結局どうなったのか」まで思いをはせられるようになった、もうちょっと言うとシンジ視点からゲンドウの視点になって客観的に彼の人生俯瞰できるようになった、ということくらいだろうか。

そんなわけで、見に行きたいが長そうで躊躇している。

2021-03-13

エヴァ過去作を一気見したアラフォー感想

今までは「今更追いかけてもなぁ…」と思っていたのだけど、シンエヴァにはアラフォーオタクも満足という感想を聞いて今更でも気になってきて、時間があったのもあり、新劇場版TV版、旧劇場版と一気見した。

新劇場版は、今までみんなが言っていたネタ意味が分かったって感じ。

ミサトさんすげー、人類運命決める作戦判断してさら14歳メンタルケアもするとか自分だったら絶対やだ、とか思っちゃうのが歳とったなと思う。

TV面白かった。テレビ版と新劇場版で途中から話が違ってることも知らなかった。

途中の映画じゃ飛ばされてる普通アニメっぽい話も面白いし、最終話の「おめでとう」も(ここだけ大昔に見た事あったんだけど)今見ても面白映像演出だし、突然抽象哲学的になった訳じゃなくて、人類補完計画で人間同士の境界がなくなった状態を表してるって流れならなるほどと思った。

映画版だと全然出番ないじゃんと思ってたアスカTV版だとちゃんと丁寧に描かれてる。

ただ、TV版の加持さんはちょっと気持ち悪かった。多分25年前なら許された男のマッチョ感が今みると気持ち悪いのだな。

あとみんな親子のつながりが強調されすぎるのも気持ち悪かった。

劇場版最初から最後までシンジくんがきもちわるかった。

まどマギとかその後のアニメエヴァに影響受けてああなったんだなぁと思うところも多々あって興味深かった。

今更でも観て損はなかった。

10代や20代前半に観ていたらまたもっと違うことを思っただろうし、時間をかけてアレコレと考察するのも楽しかっただろうな。でもこの歳で初見ってのもなかなかい体験だったかも。

このままの勢いでシンエヴァを観たいような、逆に勿体ぶって寝かせてみたいような気持ちエヴァファンはこんな気持ちを25年ずっと経験してたのか。いい人生だなぁ。

2021-03-11

anond:20210311212649

あの手の段々哲学的?になってく奴ってよくあるけど需要が謎だわ。

プラネテスとか。

 

その点ハガレンとかは、B級映画みたいな作品を書きたいっつて、貫いてて好感が持てた。

地頭という言葉を再定義する

anond:20210310120801

地頭 語源」でググると、どうも初出とされる書籍は二つあるようである


一つは佐藤優の「インテリジェンス人間論

https://blog.goo.ne.jp/booter/e/05ffcfaa142dfdad10bdb402aa6e91a9

金日成高等教育を受けていないが、「地(じ)アタマ」(私の造語)がよい

いわゆる学校秀才とは異なる私の造語では「地アタマ」が国際政治では重要だが


もう一つは細谷功の「地頭力を鍛える 問題解決に活かす「フェルミ推定」」

https://studyhacker.net/smartness-improve

細谷氏によると、地頭力とは「知識情報を加工する能力」を意味し、問題解決のためになくてはならないものだそう。例えば「今月の営業ノルマを達成する」という課題に対し、収集した情報をうまく分析活用し、いち早く達成方法にたどり着けるような人こそが「地頭がいい人」ということになります


自分地頭という定義に近いと感じるのは、佐藤優地頭の方だ

しかし、佐藤優の他の書籍などではこの問題を解けば地頭が良くなるとか、知識教養が身につくとかどうも、細谷氏と似たようなビシネスで役立つ力みたいなものに変節してるように見える

https://www.amazon.co.jp/%E4%BD%90%E8%97%A4%E5%84%AA%E3%81%AE%E6%8C%91%E6%88%A6%E7%8A%B6-%E5%9C%B0%E9%A0%AD%E3%82%92%E9%8D%9B%E3%81%88%E3%82%8B60%E9%A1%8C-%E8%AC%9B%E8%AB%87%E7%A4%BE%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E4%BD%90%E8%97%A4-%E5%84%AA/dp/4065164753


地頭という言葉存在意義があるとするなら、ブコメにもあったように思うが、試験面接など客観的な物差では計れない能力全般という部分だと増田は考える

ゲームで例えるなら隠しパラメータのようなものであり、隠しパラメータ特定能力というように範囲を狭めた瞬間、それは地頭という言葉とは乖離すると思う

知識教養フェルミ推定で測れる情報を加工する力という一つの能力であるなら、最初からそういった言葉を使えばいいのだ


一言では表せない特定能力ではないからこそ、新しい造語を作る意味があるのではないだろうか?

こうした視点言葉であれば、人間が何かを観測しようとした時には観測するための道具(眼自体も含む)に依存しており、必ず抜け落ちる何かがあるという哲学的科学的要素があり、良いと思う

2021-03-03

AI, VR, 仮想通貨, IoTで大量殺戮するのはまだ良いことで、それらの平和利用こそ恐ろしい」

当時高校生だった私は3.11のその年に福島県大学(会津大学)に入学しました。あれから10年も経ってしまったので、私のごくプライベートなことについて書きます

あと、匿名性は低いです。匿名ダイアリーなのにごめんなさい。

3月11日

2011年3月11日に、私は茨城県博物館の中にいた。高校卒業式が終わって、車の免許を早々にとったらしい友人と二人、車で博物館にきていた。地震とき、私は吹き抜けの空間の中心にいて、長い振動の間、博物館全体のガラスは轟々と鳴り響いていて、「ああ、私は、今日が命日なのだなぁ」と人々の動揺の中、思った。

実際にはガラス耐震性能が高かったので、館内にはけがはいなかったようだった。

信号機の止まっている、徐々に昏れていく道を、車中でほとんど会話もなく急いで帰った。急いで帰ったけれど、通常の2倍以上もかかって家についた。

私は地震の直後、2ちゃんねるに張り付いていた。「福島原発やばいらしい」そんな書き込みを見て、いよいよ日本は終わったんだ、と私は思った。

私が高校生の頃、世界原発事故ドキュメンタリーが大好きだった。チェルノブイリスリーマイル島東海村。「原子力」という尋常ではないエネルギーが生身の社会に取り込まれて、人間の内側におとずれるということに私はなんとも言えないグロテスクさを感じて、親や友達気持ち悪がられながらも読んでいたのだった。

当時、特にJCOの臨界事故NHKドキュメンタリーは何度も読み返したものだった。事故が起きた時、「出奔した原子力」に対しての(政治的・肉体的・精神的)人間の無力さ、弱さのコントラストがあまりにもどぎつく、生々しく顕れていたからだった。

私は地震が起きて、一、二日後にはリビングこたつ占拠して、こたつのど真ん中にデスクトップPCを置いて、情報官気取りで気象シミュレーションをみたりしていた。そして、家族にも協力してもらい家中シャッターを閉めた。それくらい、当時私は怖かったのだと思う。

震災直後、福島県大学入学した

私は震災の年、福島県大学入学した。私の地元同級生にも福島県大学入学する予定だった子がいたが、辞退したらしかった。大学入学式は遅れて執り行われた。ガイガーカウンターを買った方がいいかな、とか、「あそこには近づかない方がいい」とまことしやかな噂を聞いては少し怖いな、という思いが常に頭にあった。

しかし、入学してみると、その話はなんとなくしてはいけない話に思えてきたのだった。それはその土地に長く住んでいて動くことができない人たちには、惨い話であるからである。私もいつの間にか、放射線の話はしてはいけない気がして、話題にするのをやめた。すると、怖いという感情もいつの間にか薄れていった。

しかし、時々、放射能汚染される夢を見ていた。これはつい福島県を離れる少し前まで見ていたのだった。

私の当時住んでいたアパートには窓の近くにベッドがあって、その窓の外には何年も取り込み忘れたバスマットが干してあった。私の覚えている夢では、実はそのバスマットは大気中のチリや雨に放射性物質たっぷりまれていて、そのバスマットの線量が高くて、実は私の身体が蝕まれていて……という夢であった。何年もそのバスマットを干しっぱなしにしてしまったのは、もしかしたら、そういうことに対する無意識的な恐れから触りたくなかったのかもしれない。

長年大学でくすぶっていた

私は、大学特にパッとした研究もできないでいるのに何年も何年も大学にいた。でもそれが良かったのかもしれない、と今では思う。福島県という土地に「土着」して、私なりの感覚放射能の感じ、特にその怖い感じの中に居たということが。

私はもともと怖い思想の持ち主だと思う。正しいと思ったら、それに突き進んでしまう。人の感情も、中学生くらいから読まないように生きてきてしまったため、無視する癖がついてしまっている。だから原子力という「科学技術コントロールから外れた状態」の中に当事者として生きた、というのは私が、私の歴史にとって重要ことなである。もちろん、日本にいたら誰だって当事者なのだが、私は福島県に住まわず当事者と思えるほど賢くない。

核兵器はまだ可愛いもので、核の平和利用こそ恐ろしい」= 「AI, VR, 仮想通貨, IoTで大量殺戮するのはまだ良いことで、それらの平和利用こそ恐ろしい」

3.11から10年が経って、私は福島県から遠い場所に住んでいる。今は遠くから考えることしかできない。

最近原子力、ひいては(科学技術についての論考を読んでいる。1950年台、まだラジオな世の中で、近未来的なもの技術とか科学が大きな期待を背負っていて、すごくキラキラしていたであろう時代、人々は核の技術に対して、今でこそ信じがたいが「核兵器の利用は良くないが、核の平和的利用こそ人類幸福につながる」と本気で思っていたようなのだ。多分、今でいうところの、テレビCMIT系企業がたくさん広告を打っていて、IT企業に勤めていることが一種ステータス少女漫画に出てくる男性IT企業勤め!)になっていて、AIすごい!VRすごい!仮想通貨すごい!IoTすごい!みたいなイケイドンドンな感じだったのだろうと思う。そんな時代、「核兵器はまだ可愛いもので、核の平和利用こそ恐ろしい」と指摘した人、ハイデガーがいた。今でなら、「AI, VR, 仮想通貨,IoTで大量殺戮するのはまだ良いことで、それらの平和利用こそ恐ろしい」と言うのと同じことなである。今でなら炎上やむなし発言なのであるしかし、このアナロジーを単なる面白おかしアナロジーとしてだけで捉えていいか。彼は世の中の潮流とは全く違う発想を省察によってしたからこそ、核の平和利用危険性をかなり早く認識できた。

科学は考えない」

ハイデガーは「技術」について『放下』の中で、(科学技術に対して「その価値を認めつつ、それに対して否、と言う」 ―ーこの本のタイトルにもなっている、「放下」という態度が大事なのではないか、と言っているらしい。(まだ『放下』は直接読めていないので、「らしい」でごめんなさい。)

そして、彼は思考について、「計算する思考」と「省察する思考」とに分けて考えており、彼は「科学は考えない("Wissenschaft denkt nicht")」、科学計算する思考であって省察ではない=「考えていない」、というしかたで核の平和利用について否、と言ってみせた。

科学は考えない」

これは、理系立場仕事している者にとっては「耳が痛い」ことなのではないかしかし、耳が痛いからこそ考える価値があるのではないか

彼の言っていることを私は理解できる気がするのだ。科学進歩的に進んでいく。その「ひたむきに進んでいく」ということが「科学は考えない」と彼が言う理由なのではないかと私は思う。何か、ある方向に、引っ張られるように「進んでいく」。立ち止まる者は厄介者として排除される(Publish or Perish)。ハイデガー技術批判するだけではない。もちろん価値を認めつつ否定するという態度を彼は実践している。私も技術がなくなったら困る。方向音痴の私はGPSが無くなったら、地図が無くなってしまったら、とても狭い世界を生きることになってしまう。だから難しい、ある意味矛盾の中を生きなければならない。

私について

私は、実は博士過程を休学した。プライベートも荒れてしまったし、閉塞感でいやだったし、どうしても、論文が書けなかったのだ。

私は小さい頃から哲学が好きだったらしい。「最近哲学系の本を読んでいるよ」と昔の友人たちにいうと、みんな「よく哲学的な話してたもんね」と言ってくる。

でも、私が文系に進学しなかった理由が、「確かなものが何もないと怖い」という恐れからであったし、国語がとても成績が悪いし、理系ってなんかかっこいいとか思ってたのもあって、ずっと理系研究室で研究していて、哲学とか諸々の教養ほとんどないのだ。

哲学最近やってる」と言うと大半の人に苦い顔をされる感じがする。「中二病が抜け切っていないな、こいつ」と言いたげなそんな感じ(笑)。おそらくそれは哲学に「生産を止める」作用があるからなのではないだろうか。無意味で、ある意味破壊的な作用が。

以前、こんなことがあった。課外活動で何人かで集まってスマホアプリを作ろう、となったときに、誰かが「xxさん(有識者らしい)から教えてもらった方法で、xxという仕方でブレーンストーミングすると良いらしい」と言った。私は「なんでその方法でなければならないの?」と、ある意味チームの士気を下げるようなことを言ってしまったのだ。こういう「そもそも論」(哲学)というのは「生産を止めてしまう」。イヤな感じに水を差す。だからまれる。

しかし「生産を止める」という行為が実は重要なのではないか。世の中的に、「生産的=いいこと」という認識がある。生産を止め続けないことがそれほどいいことなのだろうか。これこそが、ハイデガー批判するところの「考えない」態度ではないか。「より幸せに、より便利に」を目指すために科学技術を信じて、生産生産生産、とひたむきに努力してきた末の原発事故ではないか

昔の時代原子力は「兵器として利用されることはとてもよくないことであるが、平和的に利用するならむしろ幸福に導く」と信じられていた。

今の時代も同様に、情報技術生命科学が「非倫理的に利用されるのはとてもよくないことであるが、平和的に利用するならむしろ幸福に導く」と信じられている。「再生可能エネルギーでなら、持続可能社会が実現できる」とも信じられている。

もし、「なぜ地震大国原発つくったらヤバイという今ではあたりまえの認識を持てず、当時誰も水を差す人がいなかったのだろう?」と考える人がいるならば、なぜ、現代においてもその人が水を差す人にならないのかが不思議なのである。だから、私はあえてこうして水を差す、ということをしてみたい。

ということで、私の全然論文を書けていない「生産しなかった」大学時代も、この哲学的態度の実践とみなしてこの文章を締めくくることにする。

2021-02-22

必読書コピペマジレスしてみる・哲学

日本文学編→anond:20210222080124

追補編→anond:20210218080224

プラトン饗宴

おっさん飲み会真実愛について延々語るだけなので、哲学書の入門編にいいんじゃないかな。楽しそうにしてるおっさんはいいぞ。

アリストテレス詩学

どうしてフィクションで人は感動するかについて述べた本の走りで、後半は散逸しているんだけど、カタルシスについてはなるほどなあ、とは思った。作家になりたいんだったら普通にハリウッドの三幕構成の本を買ったほうがいいかもしれないが、この読書リストを読んでいる人は実用的な知識よりも読んでいて楽しいかどうかを求めている気もする。

アウグスティヌス告白

読もうと思ったまま長い時間が過ぎてしまった本で、まだ読めてない。アウグスティヌス若いころややりたい放題やっていた時期のことも書いてあるらしいので、宗教書として以外にも楽しめるんじゃないだろうか。

マキァベッリ『君主論

塩野七海エッセイですごく推していたから読んでみたけれども、普通に面白い。例えば、中途半端に生かしておくと復讐されるから、いっそとどめを刺しておけ、みたいなことが書いてあって、優しいと人から言われてしま自分には大いに刺激になった。ところで「孫子」もそうだが、戦争政治学について書かれた本はたいてい「そもそも戦争は大悪手で、戦争になる時点で何かやらかしてる」という趣旨言葉があり、全くその通りだと思う。

モア『ユートピア

未読なんだけど、結婚とはある種の契約なんだから、まず処女童貞がお互いに裸を見せ合ってからだ、みたいなディストピア的な描写もあるらしく、ディストピア文学好きの人は楽しめるんじゃないかな。あとは非モテ界隈の人とか。実際、完全な平等社会を目指そうとするとどっかしら歪みが出るもので、それについて考えるのにも使えそう。

デカルト方法序説

自然科学的な考え方、ロジカルシンキングマニュアル。長くないのですぐ読める。得るものがあるかどうかはわからないけど、逆に普段している論理的思考そもそも存在しない時代があったことは、実感しておくと歴史を学ぶ上で面白いかも。

カント純粋理性批判

平凡社の上巻を読んで挫折純粋な理性っていうけれども、ヒトの心にはデフォルト時間とか空間とかの枠組み、基本的概念が組み込まれているよね? 的な話をやたら細かく述べていく内容だったように記憶している。長いので三行でまとめたくなる。

この本に限らず、いくつかの哲学書は「この本さえあればあらゆる哲学的論争をおしまいにできる」「この本からあらゆる結論が導き出せる」的なスタンスで書かれたものが多い印象。

キルケゴール死に至る病

エヴァヲタなら読まなきゃという謎の義務から読んだ本。要は、どうすれば自分を信じることができるか、について語った本であったような気がする。自分は救われないだろうという絶望から、それでも神を信じるという境地に至るまでの道筋を延々と語ったようなものだった、はず。

自分特定信仰を持たないが、どうせ自分なんてと己を見捨てた境地から、まあ自分自分だよね、的な気分に至った経験がある人が読むと楽しめるだろう。

ニーチェ道徳の系譜

善悪の彼岸」と「ツァラトゥストラはかく語りき」なら読んだ覚えが。自分カトリック中高一貫校出身であったせいかキリスト教思想にある欠点を指摘したこの本を面白く読んだ。キリスト教になじみがなくても、たとえば来世があると考えることで現在を生きることがおろそかになるといった指摘は、興味深く読めるんじゃないだろうか。あとは、増田で定期的に出てくるルサンチマンがどうこうとかいう話が好きな人にもおすすめマッチョぶってるところはあるが。

フロイト快感原則彼岸

新潮文庫の「夢判断」「精神分析入門」「トーテムとタブー」「一神教起源」なら読んだ。フロイト自身はヒトの心を脳から探りたかったらしいのだけれど、当時はMRIやら何やらはまだないので対話式の治療法を導入したらしい。

彼の理論は今となってはツッコミどころがたくさんあるのだろうけれど、クラインだとかビオンかについて触れるなら頭に入れておきたいし、心理学特にパーソナリティ障害について読むなら知っておきたい。自分フロイトアドラーよりもユング派だが。

ラカンについては新書を読んだがさすがについて行けなかった。

ブルトンシュルレアリスム宣言

ラブストーリーの「ナジャ」だけ読んだ。謎めいた女のあるある的な話だ。

ウィトゲンシュタイン哲学探求』

論理哲学論考」だけなら読んだ。これもカントみたいに「俺が哲学のくだらない争い全部終わらせてやる」的な立場で書かれている。定理がずらずら並んでいるだけで、余計な表現がなく、簡素

ただ、言語限界について今の人が持っている感覚ってのは大体この時代の人が言っていたことだった気がするし、そういう意味では面白いんじゃないかな。この辺は数学ともかかわっていて、ペアノとかゲーデルとかヒルベルトとかその辺興味があったらいかがでしょう。

ちなみにウィトゲンシュタインポパーとの議論でキレて火かき棒を振り回したヤバいやつだというのは哲学界隈では有名らしい。

レヴィ=ストロース野生の思考

シン・ウルトラマン予告編でちらっと映っていたので読んだらいいかもしれない。

この本そのものは未読で「悲しき熱帯」ともう一冊なんか専門書を読んだことは覚えている。面白かったエピソードの一つは、ある民族身分入れ墨にするんだけど、入れ墨のない人間白人たち)を見て面食らう。要するに身分証明書を持ってないようなものから

定期的に異民族と共に暮らすドキュメンタリーが読みたくなる性分なのだが、それはたぶん、自分のやり方や考え方が絶対じゃないってことをよく教えてくれるからで、これも本を読む効用の一つだろう。趣味なので効用なんて本当はどうでもいいが。

サイードオリエンタリズム

面白い。僕自身スタンスとしては、日本人海外で誤解されていることを批判するんだったら、自分外国に対する偏見無知を減らそうと努力するのが筋だと思っていて、それの理論的な補強をしてくれた本。身近に外国人の多い環境ではないが、すぐに役に立たないからと言って読まないというのはなんか違うんじゃなかろうか。自分イスラーム世界インドについて、どれほどわかっているのだろう?

上田秋成『胆大小心録』

雨月物語しか読んだことがない。「雨月物語はいいぞ。

九鬼周造『「いき」の構造

どっからがいきでどっからが野暮なのか、直方体を使った図があった気がするが忘れた。

柳田國男『木綿以前の事』

遠野物語しか読んだことがないし、それも「マヨヒガ」のことしか覚えていない。

おまけ:いしいひさいち現代思想遭難者たち

自分現代思想に出てくる名前がわからなすぎて最初に読んだ本の一つ。四コマ漫画だがかなり本質をとらえており、いしいひさいち本業は何だったのかよくわからなくなる。素直に笑っておきましょう。勉強ってのは楽しみながらするもんだ。

おまけ2:ローラン・ビネ「言語の第七の機能

上のリストでは省略した20世紀哲学者が実名で登場するミステリなんだけど、フーコーサウナ美青年イチャイチャしたり、七十年代音楽を聞きながら薬をキメたりしているので、現代思想だのポストモダンだのをかじったことがあるならおすすめ。著者がやりたかったのは、たぶん上の世代の脱神話化というか、強すぎる影響の破壊なんだろうけれども、ここも素直に笑っておくのがいい。


以上。

2021-02-18

必読書コピペマジレスしてみる・追補編

79. 中井英夫虚無への供物

忘れていたので追記ミステリをろくに読まずにアンチミステリを読んで気取るのもどうかと思ったが、メタフィクション的なものにひかれる性分なもので手に取ってしまった。

これはミステリを楽しむ読者に対する批評いやがらせ)であり、こじらせ文学青年崩れの自分は、こうした読者に喧嘩を売る態度を好んでいる。だから、旧劇場版エヴァンゲリオン新劇場版のQも同じ理由偏愛している。かなり楽しんだ。

余談だが、「トップをねらえ2!」もまた、自分のやっていることに対してかなり自覚的批評的だと感じている。まっすぐな努力根性物語にも見えるくせに、根性論に否定的な者が終盤になって気合で新たな力に目覚め、努力根性ばかり口にしていたキャラクターが実は才能の塊であった、という皮肉が好きだ。

で、実際に高校生までに100冊も読む必要ってある?

小説というのは何歳になって読んでもいいものであって、ペースも人それぞれだから、何歳までの必読書という声は基本的無視していいと自分は考えている。自分学生の頃に古典ばかり読んでいたのは単純に背伸びがしたかっただけで、振り返ってみればそれ以上の意味はない。また、「ラノベエロシーンが出てきてもどうせパンチラかせいぜい裸を見るくらい。だったら本番行為やそれ以上の何でもありの純文学を読みたい」と考えたからでもある。もしかしたら、自分男子校出身者だったから、女子のいる高校生活を読むことがうらやましくて耐えられなかったからかもしれないが。

さて、好きに読めばいいと書いたものの、若いうちに読んでおいたほうがいいと考える理由もそれなりにある。一つは体力的な問題だ。年齢を重ねると物理的に目が酷使できなくなってくるし、重苦しい物語を読む体力もなくなってくる。自分も身につまされる話よりも、読んでいて気持ちがいい話ばかり読むようになってきてしまったし、芥川賞さえ読んでいない作品が多い。もう一つの理由は、だんだんフィクションに飽きてくることだ。飽きるというか、何となく手が伸びなくなってくる。その代わりにエッセイ的なもの、身辺雑記的なものに魅力を感じるようになった。「永日小品」とか「武蔵野」とか、古典の日記文学だとか。

それも飽きたら、ノンフィクションを手に取ることにしている。最近読んで面白かったのはリチャード・C・フランシス家畜化という進化 人間はいかに動物を変えたか」だ。好きなものを好きな時に好きなように読む。読書ってはそういう私的もので、他人からとやかく言われる筋合いのものではない。

ぶっちゃけ古典って読む必要ある?

正直なところ、同時代作品を読んだほうが財産になる気がする。古典は、好きな作家が薦めていたのだとか、尊敬する人が影響を受けた作品だとか、国語の授業で出てきて面白そうなのや、読書家の友人の一押し作品、くらいを読めば十分だろう。現在の僕らの問題意識に直接答えるのは現代作品だ。現代作品に飽きたら古典に手を出すのはありかもしれないが。

もちろん、古典はいものばかり残っているからはずれを引きにくい、というメリットもある。自分が読んでいた理由の一つがそれだ。加えて、古典が答えをくれることもある。古典場合、素朴な問いに正面から取り組んでいることが多く、僕らみたいな一般人が考える哲学的な疑問はとっくに古典で扱っているので、さまざまな疑問を僕らの代わりに考えてくれており思考節約になるし、多くの場合安易ハッピーエンドとも無縁だ。好きになったから読んだ、それだけのことだ。

それに、古典知識があると、同時代芸術をより楽しめたり、当時の日本世界空気空想する楽しみが増えたりする。古典翻案作品も深く楽しめる。だが、古いのばかり読んでいては現代から目を背けてしまうことになるだろう。

もちろん、現代から逃避するために古典を読むのもありではあるけれども、自分にとって古典を読むことは、現実に直面するための準備・バッファでもあった。言い換えるならば、最初は逃避のつもりだったけれども、古典を読むことで蓄積された感受性が、面倒くさい現実対処する能力を多少は授けてくれた、ということだ。

また、もしもまっとうな作家を目指しているのなら、最先端作品のみならず、そのジャンル古典的な作品を最低限読む必要は出てくる。ミステリなら基本的トリックSFなら実在架空を問わず科学的な理論を知らないと書けない。けれども、読書エンジョイ勢としては気にする必要はない。必読書リスト必要になってくるのは作家になりたい人間くらいだろう。

ちなみに、度を越して読破量を自慢してくる人間は気にしなくていい。そういうのは根本的に、ポケモン名前をどれだけ言えるようになったかを見せびらかしているようなものだ、と自分は考えている。何かを全部暗記したリコレクションしたりするのは楽しいものだけれども、興味がない人に自慢してもしょうがないし、敷居を高くするだけのことだ。それよりは、気に入った作品を何度も読み返すほうがよほど豊かな読書ライフを送れる。通読でなくても本棚から二三冊手に取って、ぱらぱらとお気に入りのページを読み返すことでどれほど心が休まることか。

自分にとって文学とは、わけのわからない世界に対する防壁だった。近頃は昔ほど心に壁を築いてはいいかもしれないが、物語が今まで自分を守ってくれた記憶に、今でも支えられている。

続きは?

気が向いたら日本文学編、あるいは池澤夏樹世界文学全集編を(オリジナルで)やるかもしれない。しかし、面倒くさいので相当先になりそうだ。

以上。

元増田https://anond.hatelabo.jp/20210215101500

2021-02-09

一方的建築家を叩くべきなのか

茅野市民館について、確かに本の背が焼けてしまうような場所本棚を設置したのは完全に設計ミスで、配慮すべき問題だったとは思う。でもそれをもって、はてなでもTwitter上でも「だから建築家ダメなんだ」「建築家なんてオナニーばかりしてる傲慢な奴らは消えろ」「プロとして失格」と鬼の首でも取ったかのように建築家叩き(この設計者だけではなく、建築家という職業叩き)が行われているのを見て、近所に住むものとしてすごくモヤッとした気持ちになった。

叩いてる人達、一度でも茅野市民館に来たことありますか?

茅野市民館は、建築家オナニーで建てた建物じゃない。基本構想策定の段階から茅野市民が携わり、市民と何度も何度もワークショップを重ねて出来た建物だ。https://www.city.chino.lg.jp/soshiki/shogaigakushu/899.html

市民がどのような場所が欲しいのかを一緒に考えただけあって、地元ではきちんと愛用されている建物になっているし、実際私もすごく心地いい空間だと感じる。近所にこんな建物があってよかったなと思っている。

茅野市民館のgoogleレビューを見たことがありますか?

受験生市民が多く利用している」「自分の家の様な気持ちになれる空間提供してくれる」

市民が憩いやす環境を整えて、多くの学生勉強に励む姿も見られる」「地域の集まる場所として良く考えられている」

地域住民の創意をなるべく回収/発露させる場となっている」「図書館ライブラリーは最高です。半日は過ごせます。」

「随所に、茅野市芸術文化に前向きだというメッセージを感じる建物だと思う」

と、この建物についてポジティブに捉える人の声がたくさん集まっている。私の周りでも市民館を利用する人は多い。これは設計者の「この建物地域の人が交流する場にしたい」という思いが見事に機能した結果だと思う。

もちろんレビューの中には「本の背が焼けている」「西日が強すぎで図書スペースは春先ですでに暑い」というネガティブな声もあるし、その部分についてはさらなる考慮必要だったと思う。確かに館内が暑いなと感じる日もある。でも、その一点のみを取り上げて「これだから建築家は」と断罪するのが果たして好ましいことなのだろうか。みんなに利用される交流の場としてきちんと機能するものを作った、地域に愛されるものを作ったという点だってきちんと評価されるべきなのではと思ってしまうのは、おかしことなのだろうか。なにより自分が好きで愛用している建物や、それを考えた建築家がクソ味噌に言われるのがこんなに悲しいとは思わなかった。

本を守るという機能面だけを考えたら、行政一方的計画ゼネコンに投げただけの建物の方がずっと好ましいのかもしれない。でもそうやって出来た建物に、このgoogleレビューのような声が集まるだろうか。なにより地域住民に愛される建物になりうるのだろうか。私は建築家必要理由は、時に哲学的に、人が建物の中でどのように過ごし、どのような交流を発生させるかを考えることができるからだと思っている。建築家と言うと外側のデザイン考える人みたいなイメージがあって、実際そういう人も多くいるとは思うんだけど、優れた建築家ってどちらかと言うと建物を利用する人の動きをしっかり考えられる人なんじゃないかと思っている。ただ機能を整えることの先に、人が建物に触発されて新しい何かが始まる...そんなことを考えることが出来るからこそ、建築家という職業価値があるんだと思う。

ここまで建築家が叩かれるのって、これまで好き勝手やってきた人達いたことの蓄積があるんだろうなと思うし、実際建築家業界での馴れ合い選民意識みたいなのもあるからなんだろう。そういうのと今回のような分かりやすい失敗がかけ合わさって、建築家全員死ねみたいな空気が作られてしまうんだろうけど、私は目に見えない豊かさを提供してくれる(こともある)建築が好きだし、そういう価値がより理解される世の中になって欲しいと思う。そのためにも建築家の人は反省するところは反省して欲しいし、私たちも分かりやすい点だけで建築家一方的に叩くことはやめていけたらいいなと思う。ダメなところはダメと言い、いいところはいいと言う。そうやって世の中を豊かにしていけたらいいのに。

2021-02-06

anond:20210206132732

郝景芳(ヒューゴー賞受賞作家)著

https://www.sankei.com/life/news/210117/lif2101170022-n1.html

書評】『1984年に生まれて』 みずみずしい「自伝体」小説

本書では、分量的にはごくわずかな、あるSF的な要素(オーウェル的な世界との接続)によって、ありえたかもしれない別の世界線が二重写しになり、主人公が生きる世界が相対化される仕掛け。

https://www.nikkei.com/article/DGXKZO68417760S1A120C2MY5000/

父娘の人生の断片が交錯する視点SF作家ならではの仕掛け構造に、時間空間哲学的かつ科学的、俯瞰(ふかん)的に切込む頴(えい)脱が光る。

2021-02-05

anond:20210205231339

内的要因と外的要因分けられないのはただの馬鹿だと思う。

哲学的決定論者ならまだ話は分かるが、脳の機能で行動が全て決まると思っているのは行き過ぎた一般化だよなあ。

俺は楽したいか努力してないよ。

2021-01-28

新食感の概念を生む増田酢魔無うをん婦負がノン火っょ真摯回文

龍が如くキャバ嬢役で出演している本人が本人を落とせるか!ってほど甘くはないわよね。

世の中。

おはようございます

今日は忙しい日です。

なのかもしれません、

私次第なのかも知れません。

なんかイライラ溜まってるといつか爆発しそうで怖いけど、

もうこういう時は

食べて飲んで寝るってのに限るけど、

最近ファストフード店お気に入りのところが

夜ずっとやってないと思って重い腰を上げまくって調べてみたら、

なんたるちゃー、

全国展開のファストフード店もこの時短の余波を受けまくって余波ってたわけよ。

閉店時間が3時間早まって

20時までとか!

これじゃ平日絶対にそこのファストフード店サンドにありつけないじゃない!

てっきり私は

こだわりスープをひねり出す麺が自慢のラーメン屋

スープが無くなり次第閉店しま方式方式に切り替わっちゃったかと思って心配していたけど、

ただたんに時短要請にのっかってたわけね。

それなら安心よ。

売り切れを意識することな20時までには行けばいいんだもの

でもさ

考えようによっちゃー

ラーメン屋さんに行ってラーメン頼まなかったら怒られるのかしら?って思うけど、

私は炒飯から揚げだけで充分なのよね。

そんな気分よ。

完成されていない鯛焼きを家で焼いて仕上げて食べる方式だと思ってた、

コンビニで売ってるモチモチの白い鯛焼き焼いてないけど問題

あれって限りなく生記事のような食感で

新食感とはほど遠い、

これって自分で焼いてから食べるものなの?と誤解が誤解を招くような感じよ。

だって鯛焼きと言っても焼いてない時点で

鯛焼きと言っていいものかしらってそこから言及になるんだけど、

一瞬焼いていると見せかけていて焼いていない焼きソバってあるし、

「焼き」ってのは哲学的な要素もあるのかもしれないわね。

あくまで「焼き」の概念というか、

その概念がないと焼きの表現が出来ないじゃない。

人類が初めて肉焼いたときの「焼き」の概念が無かったとき

焼肉感想って聞いてみたいわよね。

まさに新食感だったと思うのよ。

そんなことを言ってる場合じゃないか今日はこのぐらいにしておくわ。

早く時短解除になればいいのにね!

うふふ。


今日朝ご飯

おにぎりしました。

梅干しおにぎりよ。

気を付けないといけないのは種ありかなしか

マジックタネじゃない方の梅の種があって囓ったら、

歯がガキーンってなるじゃな。

あれ恐怖だわ。

人類はああいったタネに用心しておくべきだと歯科衛生士さんが言っていたわ。

から梅も種って人類の都合の良いように改良されて、

自体の固さは従来の10分の1ほどになっているらしいってことなのよ。

これって合点じゃない?

ガッテン!ガッテン!ガッテン!って

そんな梅を思いを馳せながら、

今日デトックスウォーター

梅微子白湯ホッツウォーラーよ。

こういう時に使う梅は安いやつで良いのよ安いやつで。

高級品的な甘いんだか塩辛いのか分からない1粒いくらすんだよ!ってのあるじゃない、

あれを白湯で使うのにはもったいないから

きっとゲームで出てきたら、

それを白湯で使うのはとんでもない!って突っ込まれちゃいそうよね。

まあ温まりましょう。

温活よ。


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

[] #91-5「13人の客」

≪ 前

13人の客、その7人目もスーツ姿だった。

ただ6人目の時とは趣が全く異なっている。

スーツは全体的にラメ加工が施されており、ビジネスシーンは全く想定されていないデザインだ。

まりの煌びやかさに、思わず目を瞬かずにはいられなかった。

「三大・エグい特殊造形の映画、『魅了のひじき』、『半生からの合体SEX』、あと一つは?」

「と、とくしゅぞうけい?」

その客は作品を尋ねてきたが、問いかけ方が独特だった。

まるでクイズを出しているようだ。

ひょっとして、クイズ番組の司会者なのだろうか。

そう考えると、確かに往年のクイズ司会者を髣髴とさせる格好だ。

「あと一つは!」

聞き方は妙ちきりんだが、要は嗜好に合った作品を探しているってことなのだろう。

特殊造型という言葉には聞きなじみがないが、この客が挙げた作品から推測はできる。

たことはなくてもタイトルは知られてるくらい、往年の名作ホラーからな。

そして“エグい”って言ってるくらいだからグロテスク要素のあるものと思われる。

その上で、近い時期の作品といえば……

「……『営利やん』、とかどうでしょうか」

俺はそう答えたが、その客は何も言わなかった。

不正解、ということなのだろうか。

その後も、司会者は似たような質問を繰り返し、俺は律儀に作品名を答えていった。

しかし、俺が何と答えようと、司会者の反応はいつも同じだ。

そうして何度か同じ応酬を繰り返した後、司会者は何も買わずに帰ってしまった。

期待は応えらず、俺は落胆する。

だが落ち着いて考えてみればなんてことはなく、その答えは簡単だった。

これは単なる冷やかしである

====

今になって考えてみれば、他の客がやってたこともほとんど冷やかしだ。

半分くらいは映画関係のない話ばかりしてきて、そのくせビデオは買わない。

下手したらレンタルすらしないこともあった。

接客仕事の内だと割り切ってやってきたものの、こうも立て続けに冷やかされるとウンザリしてくる。

雇われの身だが、対費用効果のない仕事労働力を奪われたくない。

まら店長に苦言を呈したが、返ってきたのは謎の精神論だった。

「マスダ、何で皆がウチの店にくるか分かるか?」

ビデオを買ったり、借りたいからでしょ。家で映画を見るために」

「違う。楽しい気持ちになりたいからだ」

店長営利事業にあるまじき哲学的なことを語り出した。

「ここに来る人たちは何らかの問題を抱えている。何が問題自分でも分かっていない人だっている。理由は様々だが、つまり順風満帆ではない、思い通りにいかない人生を送っている」

「それが俺のやってる接客サービスと、どう繋がるんです?」

「そんな人たちでも、場末ビデオ屋で働くバイトと話している間は順風満帆なんだよ。そんな人たちを助けるのがマスダたちの仕事だ。目に見える利益だけ追求するんじゃない」

なんだか諭されているようだが大した理屈じゃない。

とどのつまり店長は「つべこべ言わずに働け」と言ってるだけである

次 ≫

2021-01-26

anond:20210126144237

この間、楽天ポイント目当てでBIGちょっと買ってみたんだけど、当たった時の額が桁違いなので当たったらどう使うか考えるのがけっこう楽しかった

お茶代ぐらいのコストで「12億当たったらどう使う?」って楽しめるのは娯楽コンテンツとしては面白いと思う

金銭的制約がなにもないと仮定して、自分がなにを選ぶか、何に欲があるのかって考えるのは、ちょっと哲学的な感じもした

期待値の話で言うと、主催者側が一定割合抜いてる以上、期待値が一番高いのは「ギャンブルをしない」だから

競馬競輪だったら当たってもせいぜい100万で、それくらいの額だとちょっと贅沢したら使い切っちゃいそう。

株とかFXは種銭がそれなりにいるし、失敗したときリスクもある。

2021-01-24

わかりません、できませんじゃなくて

やりたくないだけだろ

日本人なら日本語は正確に使え

俺ごときが取れる資格なのにその他の人間が取れないわけねえだろ

俺がない頭使って必死こいたら取れる程度の資格なんだから、お前らもちょっとは頭使って考えろ

それ教科書デカデカと書かれてるレベルの基礎問題だぞ


できません→覚えてないだけです覚えてください。覚えたら鼻くそほじりながらでも解けます

分かりません→お前の目玉と脳みそは何の為にあるんですか。テキストなり教科書読んでください。ちゃん説明が載ってます

計算が合いません→合います。合わないのは十中八九どこかで間違えてます。ていうか問題文ちゃんと読んでください話はそれからです

意味が分からないです→なんで意味を覚えようとしてるんですか。その単語意味を覚えたら試験で点数もらえますか、もらえるわけないですね。性質だけ覚えてください

理屈が分からないです→なんで背景まで全部覚えようとするんですか。覚えたら点数もらえるんですか。そういうものだと思って要点だけ覚えてください

なんで不正解なのか分からないです→なんでじゃなくて不正解不正解です。1+1=2のところを1+111って答えたら不正解なのと同じです。そういうのを問われる試験じゃないです。


大抵の場合は同じ問題、もしくは類題を反復したら解決するし、反復が嫌なら無理だから諦めてください無理です

問題文見た瞬間に解答のパターンの予想ができるぐらいまで反復したら大抵の人間合格します。哲学的な疑問とか何の価値もないんで黙って飲み込んでください

anond:20210124040252

元増田です。聞いてもらえて嬉しいです。質問もらったのにかこつけて自分語りさせてもらいます

殺人鬼wikipediaとか読んでると時間忘れるよね。家族の前では読まないのは、インモラル系統を隠すぐらいの意識はあるんだと思う。

クスリとか化学系統は、文系から理解できないんだよな。でも、文系でもドラッグの話は相性良くて、最近アヤワスカ体験談ブログで読んだ。面白かった。

本は、『ミリンダ王の問い』って本をいま読んでいる。アレクサンダー大王ときから、「征服するつもりで東方に来たら、おい、東洋美術とか哲学とかマジヤベぇぞ」ってのがあったみたいで、これはその流れを継いで、ギリシャミリンダ王(メナンドロス1世)とナーガセーナ(インドの高僧)の哲学対話をまとめたものです。仏教を軸にした東西文化交流、っていう、おそらく伝承とはいえ、すごく歴史的に意義の深いもののはずなんだけど、お互いマジメすぎるのか言動常軌を逸してて、ツッコミのないWボケみたいになってて、ヘラヘラ笑いながら読んでる。

でもすごい暇人向けなので、次は直近で読んだ、翻訳家岸本佐知子さんの『死ぬまでに行きたい海』をおすすめします。これはマジでいいです。岸本さんのワナビー文章書いたから、もし俺の文章で少しでも時間が潰せたなら、『死ぬまでに行きたい海』はきっとすごく幸せ読書体験になると思います

マンガは、最近ネルダイスキの『いえめぐり』が良かった。物件探しって切り口にかこつけて、狂人のぶっ飛んだ妄想を執念で可視化したみたいな怪作。描くの、すげえ時間かかってると思う。ほんとに売れてほしい。そんで、こういう漫画月一で出てほしい。本人のtwitterで試し読みができたと思います

あとフツウに(?)ブルーピリオドの9巻昨日買った。美大入試のハックものって切り口だと思うけど、それは入口で、やっぱ上質なスポ魂だと思う。パワーもらえる。あときねみ可愛すぎ。

2021-01-16

公平世界仮説、クソくらえ!

説明めんどいのでWikipediaリンクhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AC%E6%AD%A3%E4%B8%96%E7%95%8C%E4%BB%AE%E8%AA%AC

要するに「因果応報」「正直者は報われる」「最後愛は勝つ」「お天道様は見ている」「罪のない犠牲者」ってヤツを哲学的解説したもの

良いことをすれば報われて、悪いことをすればバチが当たるという、よくある話

で、人間はコレを使って人を殴り殺すことが大好きだ

いじめられっ子に「いじめられるやつにも原因がある、加害者ばかり責めるな」「お前が不快だったかいじめられたんだよ」

泥棒に入られた人に「セキュリティ意識がなってなかったからこうなった」「わざわざ金があることを自慢してたから盗まれた」

たくさん頑張ったけど結局報われなかった人に「努力不足」「お前が人より劣った存在なのだから当然」

スマイリーキ○チや木○花に「そういう振る舞いをしてたかネットリンチされても仕方ない」「原因は自分にあったのにいつまで被害者面してんだ」

レイプ被害者に「夜道一人で歩いてたから悪い」「肌出して誘うような服装してたから悪い」「レイプ被害者にクンニ✋👁👅👁✋」と抜かすのはよくある事

よく見るよね、ここでも、ここじゃないサイトでも

特にお前らこういう理論大好きだよね、被害者という殴り返してこないサンドバッグボコボコにするの

で、過去にこんな事があって、今もこんな事があってる

「○○という病気に罹るのは、そいつ過去になんかしたからだ、天罰だ!」とね

かつてのハンセン病、今のコロナ感染症

病気に罹らないように最大限努力自重しても、罹ってしまときは罹る

ほんの数分間、食料無くなったのでコンビニマスクつけて行きさっさと買うもの買ってからまっすぐ帰って来ても、罹る

そして罹ったらお前達を始めとする無数の匿名、そして警察を名乗るバカ共(お前らのことだよ自粛警察、聞いてんのか!?)にブッ叩かれ、晒され

挙げ句「遊んでたからそうなったんだろう」と指をさして悪人に仕立て上げる

外で働かないといけない人や、どうしても在宅勤務が出来ず仕方なく職場に出向くしか無い人だって罹る

当然叩かれる、この場合差別が大好きなお前らを始めとする匿名は「そんな底辺職(底辺ポスト)だから悪い、ちゃんとしてればテレワークできる」とか付け加えるね

そうやって、被害者悪人に仕立て上げる哲学が公平世界仮説っていうクソみたいな理論

「いい人だから報われ恵まれ幸運を得られる、苦しむ人や不運な人は逆説的に悪いやつ」という大きな大きな棍棒で、"悪いやつ"をミンチになるまで殴って殴って殴る

そんなクソみたいな理屈

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