「哲学的」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 哲学的とは

2020-05-27

   わたくしは本当は東京大理学部数学科にいって、もっと社会に何の役にも立たない、哲学的純粋数学をやりたいと思っていて

  教養学部文科一類には入ったけど、前期課程勉強しているうち、理学部数学科明治昭和大数先生がいればその先生

師事したり、法学部に進学せずに理学部数学科に進学する選択肢もあったが、平成16年当時、理学部数学科にはもう明治昭和の基礎数学

先生は残ってなくてオタクガイキチばかりで採用試験もやっていなかったので、本当は数学科に行きたかったが先生がいないし採用試験実施

してなかったので法学部自動進学した

   平成16年に駒場で関わった数学科先生には解析学の河澄響矢と、保険数学アクチュアリー数学行列などの線形数学などを担当していた吉田朋宏

がいたが、解析のカワズミは人に数学を教えられる能力がなく、自分が書いた授業のノートを黒板に走り書きするしかできない無能だったし、吉田

性格が悪く、行列試験でも一つでも答えが合わないとばっさり切られて鬼と言われ女学生から嫌われていた。

  他にも何人か面白い数学をやっていた先生はいたが、私がやりたかった哲学数学ワイエルシュトラス公理だのεδ論法だの)に応ずる日本人先生がいなかった

ので私は数学科はいかなかったし、一度、講義を受けに行ったことがあるが、日本人ではなくて危険で変なキチガイの魔窟だったのでつまらないし怖かったので逃げた

    最近ロシアからハイルプラノフなどの数理物理教授招聘し授業をしているが二次凸多面体など日本人に分かるものではないし、今東大理学部数学科には

日本人先生がいない、これが私が数学科に行かずに法学部に行った理由である

日本人に対して実数論の公理とかεδ論法を教えられる先生いないだろ

  学生の方から実数論の公理に関して授業を受けたいという人がいても、俺の時代にはそれにこたえる先生東大には居なかった

    他の大学理学部には居たかもしれないが、少なくともわたくしが通っていた東京大にはそんな先生もいなかったし図書館

行ってもそんな本はなかった。

  当時、色々さがしたけどそんな本は公開されてなかったし、国側も公開しなかったせいで、なし崩しで、平成学生実数論とか

理学部数学科での勉強をしなくなった。

  明治時代昭和39年までに我が国の全国の大学理学部日本人先生がどこまで数学研究が到達できたかは公開されていないし

一部のキチガイやばいところまで行った奴ばかり公開していて、本物の日本人数学先生がどこまで到達したかは公開されてなかった

から誰も哲学的数学をする人がいなくなった。

 自分哲学的数学を極めたいと思っていたが、それに応ずる日本人先生がいなかったので、やめた。

   自分が本当にやりたかったのは、日本人でもできる哲学的数学で、それをやりたいと学生時代に思っていたが、教える先生がいなかったし本もなかった。

  法律学には興味がなく、理学部数学科数学であって普通の日本人でもできるものを専攻したかったというのが本音だが私のころは明治時代昭和時代の偉い数学者も

誰もいなかったし、東京大先生には昭和のくされキチガイしかいなかったし、図書館に行っても参考になるような具体的な本はみれなかったのでやらなかった

2020-05-26

一番偉かった数学者はきくちだいろく

 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8F%8A%E6%B1%A0%E5%A4%A7%E9%BA%93

   明治時代に、日本人論理を普及させるため、ヨーロッパに行って勉強してきて平面幾何学論理

などについて勉強し、東京帝大総長文部省大臣などをしていたが62歳で新聞を読んでいる最中に脳溢血で死去

     他にも解析概論で平成東大生にも盛んに読まれ高木貞治などの明治数学の傑物がいるが、

 いずれにしても我が国の用意した数学者は明治の昔から数が少なく、しかもあまり哲学的なことができない

   これが、天皇制数学限界である

anond:20200526184755

本人がポエムつってんだからポエムでいいじゃん。そんなの人それぞれだろ。オブジェクト指向カプセル化だなんて深淵概念だし、この問いなんて哲学的であるとさえいえる。だいたい、カプセル化とは「データとそれを操作する手続を一つにして,オブジェクトの内部に隠ぺいすること」である、なんていったら、怒られるんじゃないか隠蔽ってなんだよ。トートロジーかよ。この問題に正解したとしてカプセル化を使いこなせるわけでもないし、分かった気にさせるこけおどしでしかない。そういう霞みたいな文章ポエムつんだよ。

※ ただし一般的にはポエムという語にはそういう下卑た意味合いはないと思います。 悪い意味ポエムという言葉を使うのは確かによくない風潮だと思うので今後は控えるようにします。俺は元増田ではありませんが。

https://anond.hatelabo.jp/20200526190230

 プログラム言語のCやJAVAみたいな単なるITドカタの言語をやってるとか恥ずかしくないの?お前がやってるクソみたいなのをやるくらいなら

  東大理学部数学科先生もっとやばいことをやっている人がたくさんいる

    三琉大工学部生でもできる上に何の社会効果もないゴミプログラミングとか恥ずかしいよ。本当にやばい教養理科からしたらお前のはクソなんだよ

https://www.ms.u-tokyo.ac.jp/video/danwakai/dw2019-005.html

モチーフ理論とは,代数多様体普遍的コホモロジー理論構成目的とする理論である

すでに1970年代Grothendieckがさまざまなコホモロジー理論の背後に潜むものとしてその存在を予見し,1980年にBeilinsonがそれを正確に定式化し予想として提出した.

それ以来、モチーフ理論哲学的指導原理として多くの優れた研究を導びきつつ発展してきた.

最も大きな進展は、今世紀初頭にVoevodskyが構成した特異点を持たない多様体にたいしては望まれ性質を持つモチーフ理論である(彼はその応用としてBloch-加藤予想を解決フィールズ賞を受賞している).

しか一般場合モチーフ理論構成(Beilinson予想)は未解決である

本講演では、Voevodskyの理論拡張することによりBeilinson予想の解決に向けた 最近の進展を解説し、その応用として、加藤和也氏と斎藤毅氏たちが牽引する分岐理論を新しい視点から再構成一般化する試みを紹介したい.

2020-05-24

anond:20200523194939

https://anond.hatelabo.jp/20200523194939

テラスハウス木村花逝去について解説する

はてな民のような知性の塊だとテラスハウスを見ていないようなので、知性の乏しいおれがテラスハウス木村花事件について解説してやる。

今回自殺した木村花はカイという男と付き合う寸前までいっていた。このカイという男はスタンドアップコメディアンなのだが、内にこもるタイプで、哲学的であり、思索家であった。なので、自分世界に閉じこもることが多く、そしてそれを自認している彼は、それ自体について悩んでもいた。

ある日、そのカイが他のテラスハウスの住人をよんだ舞台で、トチってしまう。観客がいるなか、たちすくんでしまい、その日は完全な失敗に終わった。そして、その失敗の数日後、精神的に立ち直っていないなか、カイ、花、夢、社長あだ名)という4人のダブルデートという形で、かねてより約束をしていた京都旅行に向かう。精神的にまいっていたカイは、終始上の空で、それに対して花は機嫌を損ねてしまう。

帰宅後、女子部屋で悪口大会となり、夢のそそのかしもあり、カイを敵視するようになる花。そして、コスチューム事件である

コスチューム事件とは、花(女子プロレスラー)が洗濯機に入れっぱなしにしていたコスチュームを、カイが気づかずに自分洗濯物をいれて、そのまま回して、乾燥までかけてしまったという事件である。これに対して、花はブチギレて、カイに対して、完全に半グレ的な恫喝をしたのちに、カイのかぶっていた帽子をとばすという、暴力行為ともとれる行動に出る。この件に対して、花は冷静になった後日になっても「100%相手が悪い」と、いっており、夢という女がまたそれを助長する形をとる。他の参加者は、正直おかしいと思っていそうだが、この件には触れていない。唯一ビビという女性は花に対して、愛のある説教をしていた。だが、それに対して、花は機嫌を損ねるだけの反応だった)

で、この件が放映されると同時にtwitter/instagramを中心に苛烈な花たたきが始まる。普通に考えて、共用の洗濯機に入れっぱなしの花が悪いように見えるし、プロレスラー暴力シーンなど、冷静に見ると花はおかしいのだ。また、故人を悪く言うのはよくないという風潮で、今は言及する人はいなさそうだが、正直、花は性格が幼かった。感情ものを言ったり、盛って話したり、相手立場貶めるように周りから埋めていったり、見ているだけで胸クソが悪くなるシーンが多かった。それによって、SNSで花を叩く流れが加速する。

しばらくして、花がリストカットを匂わせるような血だらけの写真instagramに上げるようになる。そして、完全に病んでいるポエムが上がり始める。で、今に至る。

テラスハウスを見ていない人のためにもう少しテラスハウス特殊性説明すると、テラスハウスというのは、SNSを通じて視聴者が介入をできるリアリティーショーなのだ出演者芸能関係者が多いが、一般人と呼べるような人で、今どきの若者なので、SNSをやっている。また、自身がでているテラスハウスを2ヶ月遅れくらいで、鑑賞している。そして、それを見た視聴者意見ときエゴサして、気を病んだりする。また、その様子が放映されるのだ。テラスハウスは、番組だけで閉じずに、youtube/twitter/instagramなど、SNSでその世界リアルに広がっている。そこに視聴者出演者ダイレクトにつながったりもする。だからこそ今回のような事件が起きた。

今回、山里が悪いという意見も見た。それはそうだと思う。彼は芸風として、出演者の揚げ足を取る形で貶めて、笑いを取る。そして、それを見た出演者は気を病む。今まで何人もそれにやられて、テラスハウス卒業していった。この山ちゃん率いるスタジオは、視聴者目線ツッコミを入れているのだ。そして、当然それは視聴者世論誘導することにもなる。

テラスハウス承認欲求と、自分セルフブランディング炎上を避けながら売名をするという、非常に高度な心理戦のもと成り立っている心理ゲーム番組だ。自分は非常に楽しみにしている番組ひとつなので、この件でテラスハウスが終了とならないことを願っている。


Googleキャッシュ

https://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:https://anond.hatelabo.jp/20200523194939

2020-05-19

価値評定スケール

家族

家族の中で自分は、親として、子として、兄弟姉妹として、どの様にありたいのか?どのように家族に接したいか?どのようにふるまいたいか

もし自分が「理想自分」だとしたら、家族に対してどのように接するか?

結婚恋愛

自分パートナーに対してどのような夫/妻、パートナーでありたいか

相手とどのような個性を育てたいか?どの様な関係性を気づきいか

子育て

どの様な親になりたいか子供とどのような関係を作りたいか?どんな個性を育てたいか

もし「理想自分」たとしたら、子供にどのように接するか?子供からどのように見られたいか

④友人・対人関係

どのような友情を育てたいか?友人関係の中に自分のどのようか特徴・資質を生かしたいか

自分相手にとって「理想の友人」だとしたら、どの様にふるまうか?

キャリア仕事

自分仕事のどういった点に重きを置いているのか?仕事もっと意味あるものにするにはどうすればいいか

今の暮らしが「理想状態」だったとしたら、自分のどの様な資質仕事に生かしたいか

職場仕事パートナとどのような関係を築きたいか

自己成長

もっと知りたいことは何か?学習教育について、自分はどんな点に重きを置いているのか?

習得してみたい新しいスキルは何か?自分が成長するためにどんな資質を活かしたいか

余暇レジャー

どんな趣味や遊びをしてみたいか自分リラックスできるのはどんなことか?

どんな時に一番楽しい気分になるか?新たに参加してみたい活動はあるか?

スピリチュアリティ

宗教大自然宇宙の様な「人智を超えたモノ」に対してどのような関係気づきいか?(無宗教であれば「宗教」は除いても良い)

どの様な哲学的疑問に興味があるのか?

コミュニティ社会生活

どのようなコミュニティの一員でありたいか地域社会にどのように貢献したいか?(チャリティボランティアなど)

自分の居場所をどのように作りたいか

健康

身体健康について何に重きを置いているか?(疲れない体作りや規則正しいライフスタイルなど)

自分身体をどのようにケアしたいか?(食事睡眠運動改善など)

環境

地球環境について何に重きを置いているのか?(公害大気汚染など)

環境改善について貢献したいことはあるか?

芸術

絵画音楽文学artとどのような関係を築きたいか

どの様な芸術に触れていたいか?参加してみたい芸術活動はあるか?

2020-05-18

anond:20200518171315

もともと小説書きで近年は作品分析ばかりしてるものだ。

基本的キャラスカスカになる以前に、お前が何やりたいか決めてないかキャラが出てこないんだよ。

何百もの作品を論評してストックしているが、悪い作品は大体テーマがない。

これを訴えたい、こうしたいというテーマがあればそれに見合ったキャラは出てくる。

以前ラノベ書きが最終選考まで残ったなんて増田が透過されていたが、そいつは設定が全てだと言っていた。

俺はこれに異を唱えたい。面白い作品作品通底するテーマがある。テーマが一番で設定は二番、三番くらいだ。

では仮に二番目があるとすればなにか。それはシナリオラインだ。

テーマシナリオが決まれば、自ずとそこで動かしやすキャラや動けるキャラは決まってくる。

それまでキャラ記号書きで良いくらいだ。いわゆるAさんBさんでいい。

ただしこの書き方は毎話盛り上がりを持ってくるコメディや、毎話クライマックスを持ってくるラノベ的な話には不適当だ。

テーマの出し方は簡単だ。

例えば自信がない主人公を用意する。そうすると主人公動機自動的自身を持ちたい、になる。

いわゆる「物語の中で銃が登場したならば、それは撃たれなければならない」に近い。

すると自動的になぜ主人公は自信を持ちえなかったのか、という設定まで浮かんでくる。

ちなみにこれは小テーマで、大テーマ必要だ。大テーマとは「物語として何を訴えたい」か。

故にラノベなどの大テーマ皆無の作品には適用しにくいと書いた。

ラノベの大テーマはどんな層を狙ってどんなニッチジャンル開拓たかであって、社会的心理的哲学的テーマを含めにくい。

それでもキャラ起き上がらない場合ぼんやりと「自信がない」設定だけ作り、上記で作ったテーマと設定でこのキャラがどう振る舞うのかを数ページ遊びで書くこと。

こうした試運転キャラがくっきりしてドライブがかかる。

あとはそれを利用して本編を書けばいい。

ラノベアニメ的なキャラ作りで小説を書きたい、という要望なら知らない。

その系列テンプレの中で使われてない属性を探すし行かない。

そもそもテンプレってのは本来中核の動機や悩みの上にかぶせるとキャラ感がまして面白い、程度のものしかない。

テンプレが軸になってる今のキャラは奇妙ではあるんだよ。

2020-05-14

[]5月14日

ご飯

朝食:サンドイッチ。昼食:おにぎり。夕食:人参玉ねぎの炒め物の上に薄焼き卵をのせたもの納豆プチトマト。間食:チョコ柿の種

調子

むきゅーはややー。仕事はへぷりんちょめるる。

ポケモンSh(スイッチ)

ドーピング薬にために金稼ぎしてた。

こういう淡々とやるだけの作業割と好きなので、土日はガッツリやろうかしら。

ポケモンレンジャー(DS)

ミッション6迷子の老人をクリア

僕の好きな悪タイプポケモンであるヤミカラス中ボスだったので、見た目を愛でてた。レンジャードットはこう動きを表現する部分が多くて、羽があるヤミカラスはきゃわいい。

迷子の老人、というタイトルだけど、多分今作のラスボスなんだろうね。

妙に哲学的な「正義とはなにか?」みたいなことを演説ぶつキャラだったのと、ドットが豪華だからそう思ったんだけど、これもし違ってて痴呆を柔らかく表現したのだったらちょっと怖い黒い任天堂のやつだなあ。

マリオ64(WiiUVC)

今日スター5個、累計10個集めるまでプレイ

マリオはやっぱりむつかちいなあ。特にカメラ自由には動かせないのが辛くて、距離感を測り違うことが多かった。

あとコントローラーがやっぱいまいちだなあ。Wiiリモコン買ってくるか。安いでしょ、多分。

2020-04-05

anond:20200405192306

候補作:

谷崎潤一郎美食倶楽部」(参加者が暗闇で顔じゅうを撫でまわされるというだけの話。感覚だけの話であるため映像化不可。)

稲垣足穂一千一秒物語」(とりとめもない妄想ショートストーリー連続するだけの話。基本ストーリーがないので不可。)

坂口安吾「風博士」(文体と勢いだけでできている小説なので、「ストーリーだけ映像にしても意味がない」という意味で不可。)

埴谷雄高死霊」(小難しい理屈が続く哲学的小説映像化して見てみたい奴がいるとは思えないので不可。)

森鷗外沈黙の塔」「食堂」「ファスチエス」等(鷗外が文学弾圧する政府批判するためだけに書いた作品。いろいろやばいし今では分かりにくいので不可。)

横光利一ナポレオンと田虫」(ナポレオンの腹に田虫ができて狂乱する話。そんなんわざわざ映像で見たくないので不可。)

村上春樹風の歌を聴け」(この人、このデビュー作だけは少し異質で映像に向かない。)

高橋源一郎さようならギャングたち」「虹の彼方に」(風博士理由に似てる。多分映像化しても支離滅裂。)

……あたりが思い浮かんだ。

2020-04-01

[] #84-1「幸せ世界

幸せって何だろう。

……なんてことをシラフで管まく奴がいたら、それは人の温もりに飢えているドランカーか、時間を持て余したバックパッカーのどちらかだ。

それ以外だと、弟みたいな哲学的未熟児(ガキ)か。

幸せとは水が沸騰することだよ。外圧によって変化する沸点こそ、幸せの有り様さ」

弟は以前に、そんなことを意気揚々と語っていたが、とどのつまり“人それぞれ”ってのを言い換えているだけだ。

陳腐結論を捏ねくり回したり、とっぽい言い回しで着飾りたい年頃だったのだろう。

本人は「山登りの疲れでハイになってた」って後に釈明していたが。

いずれにしろナンセンスなことで夢想したり、使い古された話で盛り上がれるのは若者特権さ。

無人島に何を持っていくか」だとか、「カレー味のウンコorウンコ味のカレー」だとか、そんな話を大人になってからするもんじゃない。

言うまでもなく、幸せってのが如何に不安定で、捉えどころのないモノなのかは自明の理だ。

例えば俺にとっての幸せは、自分時間スムーズに使いこなすこと。

弟は不安や不満のない、退屈しない程度に刺激的な、メリハリのある毎日を過ごすこと。

父は余裕を持ったスケジュール仕事を終えることで、母は家族と一緒にいられることだと言っていた。

キトゥンは知らない。

俺は猫じゃないし、猫の言葉も分からいからな。

まあ、このように身内の間だけでも多様なのだから幸せズバリ「こうだ!」って答えるのは無理な話なんだ。

弟のようにガワだけ取り繕っても、単なる言葉遊びにしかならない。

だが今回の話に出てくる“とある人物”は、それを壮大かつ究極的に追い求めた。

====

今回の出来事に巻き込まれたのは突然だった。

最初は順調だったんだ。

その日、家族はそれぞれの事情で外出していて、文字通り猫の子一匹いない状態

自宅には俺一人で、都合よく予定も埋まっていない。

それはつまり、俺は俺のためだけに時間を使えるってことを意味していた。

例えば、ラジオ体操筋トレもやりたい放題だ。

「9、1011……いや、もう20回くらいやったっけ……まあいいや、最初からやり直そう」

ランチ健康も行儀も度外視できる。

イレブン豚まんには、やっぱり緑のタバスコが最適解だな」

周りに誰もいないのを承知の上で、あえて独り言を呟いてみたりもした。

特に意味なんてない。

自分のためだけに時間を使えるってことが重要なんだ。

これほど贅沢で、多幸感を覚える方法はないだろう。

勿論これは客観的見解ではないが、異論を挟める人間は今この場にいないんだ。

だが平穏というものは、得てして容易く壊れやすい。

「やあ、マスダ!」

ブレイクタイムの時、そいつ唐突に現れた。

ガイドと名乗る、未来からやってきた輩だ。

「……」

一切の誇張なく、本当にいきなりである

しっかり戸締りをしていたし、入ってきた気配すら感じなかったのに、いつの間にか部屋の中にいたんだ。

だがガイド普段の振る舞いを知っている俺からすれば、これは驚くに値しない。

「……どうやって入ってきた」

「それは言えない決まりなんだ。事情があってね」

こいつの時代不法侵入という決まりはないのだろうか。

あと、人のテリトリーにずかずか入ってきて、一方的に「こっちの事情を汲んでくれ」と主張してくるのも随分だ。

「不躾なのは百も承知さ。それでも優先したい事柄から、こうやって来たんだ」

こいつと出会ったのは一年前だが、どうにも苦手な相手だ。

自分未来に生きているって驕りが、所々に見え隠れして鼻につく。

己の価値観や振る舞いが相手とは違うって前提が、まるでないように動いてくる。

ちゃんと聞いてくれよ。キミが今いる世界、ひいてはボクたちのいる世界消滅する可能性もあるんだ」

なんとも大仰だが、ガイド言葉結果的真実であることが多い。

それは分かっている。

分かっているのだが、真面目に聞けというのは無理な話だ。

なにせエイプリルフールから

次 ≫

られる[69][70][71]。最初の2つ(サンヒター、アーラニヤカ)はカルマカーンダ(Karmakāṇḍa、施祭部門)とよばれ、残りの2つがジュニャーナカーンダ(Jñānakāṇḍa、哲学的宗教的思索部門)と呼ばれる[72][73][74][75][76]。

https://hyperlapsepro.zendesk.com/hc/gol/community/posts/360042564774-01-04-2020-Карпатский-рейнджер-22-серия-смотреть-в-хорошем-качестве-от-1-апреля

https://hyperlapse.zendesk.com/hc/en-us/community/posts/360042777673-01-04-2020-Ничто-не-случается-дважды-2-сезон-5-серия-хорошее-качество-смотреть-от-1-апреля

https://hyperlapse.zendesk.com/hc/gol/community/posts/360042567034-01-04-2020-Солдатки-3-серия-смотреть-онлайн-в-хорошем-качестве-

https://hyperlapsepro.zendesk.com/hc/en-us/community/posts/360042560154--Патриот-17-серия-01-04-2020-хорошее-качество-смотреть-от-1-апреля-

https://hyperlapse.zendesk.com/hc/gol/community/posts/360042775713--Ничто-не-случается-дважды-2-сезон-5-серия-01-04-2020-смотреть-онлайн-в-хорошем-качестве-от-1-апреля-

https://hyperlapse.zendesk.com/hc/en-us/community/posts/360042571254--Ничто-не-случается-дважды-2-сезон-5-серия-01-04-2020-смотреть-качество-HD-от-1-апреля-

https://hyperlapse.zendesk.com/hc/en-us/community/posts/360042570174-01-04-2020-Паромщица-5-серия-последние-серии-смотреть-от-1-апреля-

https://hyperlapsepro.zendesk.com/hc/sos/community/posts/360042560154--Патриот-17-серия-01-04-2020-хорошее-качество-смотреть-от-1-апреля-

https://hyperlapse.zendesk.com/hc/en-us/community/posts/360042568614-01-04-2020-Паромщица-5-серия-смотреть-бесплатно-в-хорошем-качестве-

き、多様な神話を通じて多くの信徒を有している。ヒンドゥー教の複雑さ・分かりにくさの一例として、たくさんの神々を崇める多神教としての姿、シヴァまたはヴィシュヌを至高の神とする一神教的な姿、教理哲学的に極めた不二一元論のような無神教としての姿のすべてを内在している点が挙げられる。

https://hyperlapse.zendesk.com/hc/en-us/community/posts/360042777153-01-04-2020-Паромщица-3-серия-смотреть-бесплатно-в-хорошем-качестве-

https://hyperlapse.zendesk.com/hc/en-us/community/posts/360042777833-01-04-2020-Ничто-не-случается-дважды-2-сезон-5-серия-хорошее-качество-смотреть-от-1-апреля-

https://hyperlapsepro.zendesk.com/hc/gol/community/posts/360042769013--Три-капитана-9-серия-01-04-2020-качество-HD-от-1-апреля-

https://hyperlapsepro.zendesk.com/hc/gol/community/posts/360042564374-01-04-2020-Корни-21-серия-в-хорошем-качестве-от-1-апреля

https://hyperlapsepro.zendesk.com/hc/sos/community/posts/360042563674--Солдатки-4-серия-01-04-2020-качество-HD-от-1-апреля-

https://hyperlapse.zendesk.com/hc/sos/community/posts/360042772753-01-04-2020-Корни-21-серия-смотреть-в-хорошем-качестве-от-1-апреля-

https://hyperlapsepro.zendesk.com/hc/sos/community/posts/360042565014-01-04-2020-Патриот-16-серия-смотреть-онлайн-в-хорошем-качестве-от-1-апреля

https://hyperlapse.zendesk.com/hc/gol/community/posts/360042772193-01-04-2020-Последний-герой-Зрители-против-звезд-2-сезон-9-серия-смотреть-в-хорошем-качестве-

https://hyperlapsepro.zendesk.com/hc/en-us/community/posts/360042769273-01-04-2020-Место-под-солнцем-34-серия-все-серии-сезона-от-1-апреля-

2020-03-22

社会についていけない

社会人になって早2年が経った。この2年で色々とあったけど、常に落ちていく一方であったように思う。

やる気に満ちて入社したのもつかの間、自分専門性はまったく活かせない仕事内容とわかり、急速に失われていった仕事への熱。

追い打ちをかけるように、学生の頃から付き合っていた彼女との別れ。

残業時間けが順調に増えていき、会社で夜を明かすこともしばしば。

その頃から人生生き方といった哲学的思考自分の中に渦巻くようになっていった。

古典も読むようになったが、結局、弾力を失った心には救いとはならず、1年足らずで会社は辞めてしまった。

中学の頃、秒速5センチメートルに深く感銘を受けたが、まさか自分主人公と同じような状態に陥るとは、その頃は思っても見なかった。

幸いなことに、次の職場はすぐに見つかり、専門性も活かせそうな職場だったため、今度こそはという気持ちもあった。

けれど、蓋を開けてみれば精神状態悪化の一途をたどった。

上司への報告に怯え、相談もできず、ひたすら1日が終わるのを待つようになり、

ただ休日けが待ち遠しい生活を送るにつれ、いよいよ自分社会についていけないと自覚するようになった。

最近は「〇〇すべき」「成長」「目標」といった言葉にも拒否感を感じる。

学生の頃はバイト研究も充実していて、自分未来が明るいことをまったく疑っていなかった。

そんな自分がこうなってしまうのだから、生きることはなかなか難しい。

正直、このままサラリーマンを続けていけるのか不安しかなく、いっそ周りの目を気にせずにまた辞めてしまいたいと思う。

自然が豊かなところでカフェでも開いて、のんびり生きていきたい。

今はまだ客観的自分を見ることができているけれど、もう疲れた

みんなどうやって生きているんだろう?

皆さんの経験を教えて下さい。

anond:20200322011158

そりゃあウキウキしてた人たちは怒るんだろうけど

まさにあなたの言う通り100日後が投稿されなくても主題はぶれない

から俺も含めて普通に読んでた人は、死まであと1日、で更新が終わってもそういうもんだと受け止めてたよ

なんなら逆に100日目を描かないほうが、グッズ展開とかもうまく行っていた可能性もあるんじゃないか

死んだ後に、追悼だなんだ言って金儲けするのには吐き気を催すけれども

作品として死の一日前で終わっているなら、見る人のなかではワニはいつまでもあと1日で死ぬワニなわけで

浮かれたグッズがでても、楽しそうだけどこいつこの後死ぬんだよな…っていう妙な感覚を味わえる

こいつ死んだんだよな、とこいつ死ぬんだよな、では受け取り方が全然ちがう

とここまで書いてなんかわかったわ

追悼とか感動路線で持っていこうっていうのが違うんだわ

でもこいつ死ぬんだよなあ、っていうシュールさに主眼を置いていたんだ俺は

一年後に届く布団とか、そういうことじゃん

そして「でも死ぬんだよなあ」のシュールさは読者自身にも当てはまるわけで

それがこの作品の魅力だった

そういう哲学的意味を持つ稀有作品だったはずなのに

お涙頂戴の陳腐商品に貶められるのがつらいんだわ

n日後に死ぬワニは俺や身近な人すべてだった

からその日常意味があった、興味があった

でも死んだワニは違うんだよ

ただの知らないワニだ

だって、俺はまだ死んでない

金儲けに怒ってるんじゃなかったんだ俺は

死にました!感動しました!以外の売り方ができないアホに作品蹂躙されるのが、ただただ悲しいんだ

2020-03-21

anond:20200321022650

エンタメ漫画とは自分体験と切り離して読むものって前提

いやそんな前提どこにも書いてないが

自分と切り離す云々じゃない

楽しむためのものと教訓を読み取ったり哲学的思索にふけったりするためのもので心構えが違うのは普通

そもそも目的が違う

2020-02-29

anond:20200229161703

パンデミックになっても危険レベルはこれ以上あがらないということか。パンデミックって何なんだろうね。哲学的領域に入ってきたな。

2020-02-23

anond:20200223121335

いやいや、それはわかるよ。これは哲学的なぎろんになるが、自分はBじゃなくてAであると思うとき、Bではないということを選択し続けてるわけじゃん?増田モンゴロイドなんだよと言われても、いやいや俺はコーカソイドなんだ!ってモンゴロイドでないことを選択してるわけだし。

2020-02-16

不謹慎だけどちょっとクワクしてきた。

何人くらい責任とって辞任してくれるか賭けようぜ。

2020-02-13

anond:20200207185501

 今更だけれど思ったこと書くね。

 エンタメに飽きたら、世界史勉強をするのがいいんじゃないかな。

 この元増田の言っていることの全部が正しいとは思わないんだけれど(たとえば「海外ドラマはお子様向けを卒業した十二歳向け」みたいな表現ね)、娯楽をある程度摂取するとパターンが見えてきちゃうのは本当だと思うし、たくさんの作品を鑑賞していると、脚本術について詳しくなくても、「この場面で伏線を張っているな」とか、「今このキャラクター物語をたたみに向かってるな」とか、何とはなしに見えてきちゃうよね。

 それに、月9ドラマなんかだと作業しながらでもそれなりに理解できるようにストーリーを作っているので、まどろっこしく感じちゃうのもよくわかる。自分全然見ない。映画なんかも、友達と付き合いで行く以外は、こじらせ芸術映画をたまに見る程度。なんでかっていうと、アート映画脚本術に従っていない、従っていたとしてもあからさまじゃなくて、どういうストーリーになるかほとんど予測がつかない。そこが楽しいから

 で、この増田勉強することにしたみたいだけれど、なんだかんだ言って、教養を得ることに向かうってのは、いい考えなんじゃないかな。

 自分なんかは、世界史をざっくりと勉強してみると楽しかった。ちょっと古い本だけれど、中央公論社から出ている「世界歴史シリーズ全三十巻を、数年前に読んでみた。正確には、学生時代に流し読みをしたものの再読だ。

 世界史を知っておくメリットはいくつかある。ニュースを流し読みしても大体のことが頭に入ることだ。でも、それとは別にそもそもすごく楽しいってのがある。いろんなファンタジーとかゲームとかの元ネタを見つけるとわくわくするし、遠い国の人たちの暮らしを知って空想するだけでも、毎朝の通勤時間が豊かになる。

 それと、このシリーズは、歴史地域ごとに分かれて書かれているので、ある出来事複数の巻で重複して触れられることがある。たとえば、モンゴルによるバグダッド破壊なんかはイスラームの勃興期と遊牧民を扱った巻にそれぞれ出てくるし、トルキスタンで起こったムスリムの反乱は、近代イスラームの巻と清朝末期を扱った巻の両方に出てくる。

 それの何が面白いかっていうと、同じ出来事見方によって評価全然違うってこと。当たり前なんだけれど、ある国では救国の英雄だけれど、別の国では冷酷な侵略者になっていることなんてざらだし、時代が変化することで評価が逆転したり、忘れられていた人に急に光が当たったりする。チンギス・カンモンゴルではヒーローだけれどほかの国では災厄以外の何物でもないし、バッハフェルメールといった人物も、忘れられていた時代があった。この世界史シリーズも著者によってバイアスがかかっていて、そこがかえって読みごたえがあるんだけれど、モンゴル担当した人が個性が強くて、「遊牧民文化は定住民のせいで低く評価されすぎ!」みたいな本を出していて、おかげでモンゴル残酷行為が若干省かれちゃっているのが難点。

 これってまさに芥川龍之介の「藪の中」みたいな感じで、互いの証言矛盾しているから頭を使わないといけなくて、下手な娯楽よりもずっと面白い。いや、自分現在起こっている日本中国韓国との証言の食い違いは、あまりいい気持がしないんだけれど、それがたとえば何百年も昔のことだと、それがとてもロマンチックに感じられる。聖地奪還の情熱燃えていた十字軍も、アラブから見れば「なんか辺鄙なところから蛮族が来たぞ」みたいな印象しかない、みたいな話だ。

 話がそれてしまったけれど、自分が言いたかったのは、頭の中に複数物語を併存させておくことで、自然物事に対して客観的になれるメリットがある、ってこと。しょっちゅう増田表現の自由だとかセクハラだとかいろいろと炎上したりしているけれど、ある人の意見絶対視しなくて済むようになる。Aという視点ではこうだけれど、Bという観点からだとこういう意見が当然出てくるだろうな、ってのが読めてくる。読めてくると、「この人ならこういう反応をするだろうな、この専門家ならこういう発言をするに違いない」ってのがわかってきて、こっちも必要以上に感情的にならなくて済む。元増田は「悪化する大衆メンタリティ」という表現で、そういう荒れがちな場をちょっと下に見ている感じもないではないけれど、議論にすらなっていない議論から距離を取ることができるようになると、余計なストレスを感じなくて済むのは確かだ。

 それに、複数見方ができるようになると、例えばムスリムから世界史を見たらどう見えるだろう? 女性史の観点からならどうだろう? って、多くの人に受けいれられている歴史見方を疑ってかかれるようになるので、やっぱり楽しい

 他にもいろいろメリットがあって、基礎的な知識があると、ほかのことを勉強していてもすごく楽しい古典文学を読んでいてもすごく面白いし、百年前のあの憧れの人と同じ本を手に取っているって興奮できる。文豪たちと同じ詩を読んで感動するのはいものだ。科学医学歴史についてざっくりとでもいいので学ぶと、自分生活は先人のものすごい技術的蓄積の上に成り立ってるんだなって思うし、自然科学の基礎的な素養があると、ぽっと出のインチキ治療法には引っかからなくなる。哲学史について軽く触れるだけでも、学生時代にしたような哲学的思索は、ギリシアインドが二千年前にとっくに通過した場所だってわかってはっとする。女性地位がどう変化したかをたどってみると、「女性は『常に』被害者だった」みたいな極端な意見には大きな疑問符をつけることができる。

 それと、こうやって三十巻ざっと読んで思ったのは、自分歴史観はバイアスがかかっていたんだなってこと。たとえば、ギリシアローマ歴史は一巻にまとまっていて短すぎるって思ったし、中国歴史ももう少し細かいところに触れてほしいって思ったけれど、たとえばムハンマド時代からアッバース朝滅亡までが一巻ってのはちょうどいいって感じられて、これってつまり自分イスラームのことをまだまだ知らないってことだよね、って思えたりして、バランスが悪いなあって。自分の考えは、ちょっと偏っているかもしれないって、疑えるようになるってのもまた、勉強する楽しさの一つだ。

 あと、いろんな知識が増えると、いろんな人が自分よりも前に書かれた本について言及しているのをたくさん見つけることになるんだけれど、この世界がまるで巨大なシェアードワールドみたいな感じがして面白い自分古典を読むのが好きな一番の理由がそれかもしれない。さっき述べた、互いに矛盾するような証言でさえ、この世界がどれほど「作りこまれいるか」、いいかえると複雑なのかを教えてくれているみたいで、興奮する。

 自分通勤時間と昼休みしか読書をしないエンジョイ勢だけれど、こういう勉強ってのは一生やっても飽きない気がしている。娯楽を馬鹿にするわけじゃない。でも、「娯楽の場がぎすぎすして嫌だな」ってときには、ほかに楽しいと思える遊び場を持っておくのは、いいことなんじゃないかな。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん