はてなキーワード: 不本意とは
新しい職場に異動してきてはや二週間。全然希望していた職場じゃないけど、家から近くて通勤が楽なことこのうえない。おまけに研修やら説明会の会場も我が家の徒歩圏内である。前の上司に気に入られていないのは重々承知だったので、左遷だとばかり思っていたんだけど、案外親切な人事だったのかも知れない。
けど、全然仕事に対するモチベーションが持てない。たとえ明日締め切りの仕事が終わってなくても定時が来れば帰りたい。「育児中で保育園のお迎えが…」みたいな理由があれば許されるんだろうけど、特段早く帰らないといけないような家庭の事情はない。
知人で今の私と同じような職場で働いている人が、趣味で年2回ぐらい長期の海外旅行に行くと聞いていたので、休みが取りやすくて楽な職場なんだろうと思っていた。が、事務量がそんなに多くない代わりにぱらぱらと「あれやってこれやって」みたいな話が来るので意外と事務所を空けられない。
不本意異動の腹いせに休みを取りまくってやろうと思っていたが、まだまだ職場の仕事をマスターできず、前からいる非常勤さんにすがって生きているので「ゴールデンウィークは1日と2日も休んで9連休にしま~す(^^)」なんて言える状況じゃない。まぁわざわざゴールデンウィークみたいに旅行料金が高い時期に行ってもしょうがないし、直前になって予約をしようとしても、人気の行き先はすでに予約がとれない。
夏休みシーズンになればもう少し休みやすい雰囲気になるらしいが、二週間の海外旅行とか厳しいだろうなぁ…と思うとがっかりである。元々考えていることが顔に出やすい方なので、自分が残業嫌いで極力楽して過ごしたいのは見え見えのようだが、こんな調子でうまくやっていけるのかな…。
こんな私であるが、いちおう決められたとおりに出勤はしているので、人並みに昇給している。うちの会社は悪平等で、優秀だと評価されていても、極端に高い評価をつけるにはそれなりの理由が必要で、「コイツはダメだ。」と思われていてもよほどのことがない限り極端に低い評価はつけられないのだと人事の人から聞いたことがある。ということで多くの人がB評価とC評価に集中し、「普通です」というレッテルを貼られるのだ。
しかも下手に優秀だと思われると重要なんだけど激務なポストに送り込まれてしまうことが多い。出世したいとかたくさん残業代を稼ぎたい人にはいいかも知れないが、自分の時間や家庭を大事にしたい人にとってはいい迷惑だと思う。私は給料なんて基本給だけで良いから残業のない暮らしがしたい。
今のところこの態度を正面切って非難する人はいないけど、しばらく経っても仕事をマスターしなかったら陰で何か言われるんだろうなぁ。しかもうちの職場は事務の分担があいまいで、うっかり引き受けてしまうと、別に自分がやらなくても構わないはずの仕事でも担当者扱いになってしまう。この職場をどうやって泳いでいくかが目下の課題である。
以下の日記を読みました。
http://hagex.hatenadiary.jp/entry/2018/03/30/130000
言いたいことには概ね同感で、わたしもつまらない映画でも最後まで見るべきというスタンスです。
しかし、文章の矛盾がすごく気になりましたのでいまはてなダイアリーを書いています。
引用・「作品を最期まで観た人間のみが、その感想を口する権利を手にいれる」
これは言い換えたら「最後まで読んだ人だけがクソ漫画をクソクソ言えるのだ。」ということになりませんか?
まず冒頭に、『インベスターZ』の初期の場面を見て失望し、真剣に読まなくなったとあります。
引用・最初の15分から30分だけ観た人に、クソ映画と言われても全く信用できない
漫画の一場面を見て見限る人と、「最初の15分から30分だけ観た人」に本質的な違いはあるのでしょうか。
もしも映画で「主人公につまらない映画をみせて、何分で出てくるか賭けをしている場面」が出てきても、hagexさんは席を立たないのだと思いますが、一場面で判断して漫画を読まなくなること(そして、読まないことを誇らしげにしていること)はまさにご本人が批判している行為です。
引用・自分がダメ映画だと感じても、それを他人に適用するのはナンセンスの極みなのである。
しかし、それがわかっていてなぜ「映画とのスタンスも人それぞれ」と寛容になれないのでしょうか?
引用・自分がダメ映画だと感じても、それを他人に適用するのはナンセンスの極みなのである。
引用・時間の無駄を気にして、傑作や名作しか見ない連中は、実は映画の良さをわかっていない。だから、この増田も映画通ぶっているが、実はまったく映画がわかっていないのである。
自分が「クソ映画でも最後まで見るのが映画の良さをわかっている人間だ」と感じても、それを他人に適用するのはナンセンスの極みなのである。
映画を見た数が少ない人は映画が良いと思ってはいけないんですか?映画の良さがわかってるかわかってないかって、誰が決めるんですか?
もともと、この投稿
https://anond.hatelabo.jp/20180209213614
への反対意見で、わたしもクソ映画最後まで見る派としてhagexさんの気持ちはわかりますが、この人が批判されてしかるべきなのは途中退席しない人への暴言だけです。
この人が映画を最後まで見ないのはこの人の自由だと思います。(途中退席する人がいると迷惑だというのはおいておきます)
映画を見てどう感じるかは人それぞれですし、その人にとって正視に耐えないレベルだったということに対して、映画は最後まで見るべきだという押し付けは意味がありません。
わたしの友人に、人の顔は一度見たら忘れないという人がいます。電車でいあわせた人を、別の場所で偶然もう一度見かけたらわかるそうです。そして、人の多い場所を苦手にしています。
きっとその人は、人の顔から視覚的に受け取る情報の量や質がわたしと違うから、人が多いところにいるストレスがわたしより強いんじゃないかなと想像しています。
その友人が人の多い場所を苦手としているように、映画を最後まで見ない人にも何か事情があるかもしれません。
人それぞれ映画を楽しんでいればそれでいいのに、映画をわかっていないだとかそういう言い方で、映画ファンに上下をつけるような記事だったので、矛盾していると思ったところを書いてみました。
他者を批判することも多い方ですが、自分を客観視できないと説得力がありません。
漫画と映画は違いますが、漫画はつまらなかったら途中でやめていいのに、映画はつまらなくても最後まで見なきゃいけないという理屈はおかしいです。
一貫性ある主張にするためには、漫画につまらないという感想を抱くためにはその漫画を読破するべきだなんてマイルールを設ける必要がありますが、そんなことはhagexさんも不本意だと思うので、映画を途中でやめることを親の敵のように憎まないであげてください。
以上です。
転勤族だから、転勤自体覚悟はしていたけど、どうやら左遷含みらしい。
これまでも日本全国、時には海外での勤務も経て、本社に戻り出世ルートを歩いていたようだが、社内の派閥争いに巻き込まれてしまったようだ。
数年かけて彼の派閥のメンバーが上から飛ばされていき、後ろ盾がなくなったので自分の番だということは薄々感じていたようだった。
会社もブラック体質だから、会社に人生捧げるタイプではないけど仕事自体は楽しそうにやっていた。
遠距離恋愛(私はするつもり)になるのは寂しいけど、彼の状況を考えると寂しい悲しい言えない。
私も30半ばで独身で仕事中心で生きてきたから、仕事のやりがいとか、楽しさ、悔しさわかるし。
心から、どこに行っても頑張れる、なんだったら転職してもいいじゃん、って気持ちなんだけど、それを言うと「結婚したいから?」とか思われたら嫌だし言えない。
だからここに書き散らしてる。
不本意な配属とか異動とかもあるだろうけど、みんながんばろう。
春はつらい。
NHK-BSで、朝ドラ再放送~最新朝ドラ早版を30分連続でやってる朝の枠があって、出かける準備をしながら斜め見するのにちょうど良くて見ている。今は再放送の花子とアンとわろてんかが、どちらもちょうど太平洋戦争中というタイミングである。
朝ドラにおけるお約束として、当時の世相は「軍国化する体制側」と「軍国化に追随する常識的な市井」と「不本意ながらも追随せざるを得ない主人公界隈」という構図で書かれがちである。ドラマなので美化しているところも現実とは違うところも沢山あるだろうが。
まぁ、言論弾圧に反骨し投獄され獄死した人も実際にはいたわけだが、朝ドラで取りあげるには明らかにカロリー過多だし、結果的にぼろ負けした戦争を指揮したボンクラどもの尻馬に乗っかって踊った「善意の市井」を主人公にしてヒロイックに描くほどさすがに無知性に極右化するわけにもいかないだろうし、「善意の市井の恐ろしさ」を皮肉として描くには、獄中死を取りあげる以上に高カロリーすぎて朝から胃もたれ必至なので無理だろう。
増田は若いころから、「こんなに分かりきって馬鹿げたことをやっているのに、なぜ当時の「善意の市井」たちはそれをどんどん受け入れていったのだろう」というのが不思議で、戦時中もののルポやら文学作品やら日記やらを読むのが好きである。
朝ドラはフィクションである、とはいえ、歴史資料(あまり正確なものが残っていない。当時も今と同じように時間がたつと自動的に消える仕組みになっていたのだろう)や日記(文学者が残した戦時中の日記はとても興味深い)などを読んでみても、朝ドラと同様の「アホな指導層/それに踊らされる自称常識人/不本意ながら付き合わされる主人公」的な構図を見つけることはできる。
こういう趣味があるどちらかというとリベラル寄りの増田なので、ついそう読んでしまう面もあるが、太平洋戦争ではそれでまんまと、長期人口グラフでもあっここだよね!と分かるレベルでかくんと人口が減った戦争を、戦後は「ぼくら踊らされたんですー」みたいな顔した「善意の市井」の多大な協力で成し遂げたわけで、「善意の市井」の暴力性というか、大義(お国のために)と生活(逆らうと生きていかれない)が直結したときの怖さというか、そういうものがもうちょっと、朝ドラで書かれたらええのにないっそ、と思ったりもする。こういうご時世ですし、なおさら。
まぁそれはそれとして黒木華と藤井隆はほんと良い俳優だな、以前から両者とも好きだったが、どちらも難しい立ちどころの役をこなしている。藤井隆はマシューズベストヒットTVがベストアクトだと思っていたが、万丈目はんも相当良い。ドラマはまぁ、ちょっと吉本配慮が過ぎまへんか?とは思うが。
昨今は、民放局が良いドラマを作る体力がすっかり無くなっているせいか、NHKのドラマが相対的に良く見えるということもある。昨晩は録画しておいた弟の夫を見て号泣したところだ。あれは、演出演技脚本含めほぼ100点。
喉の痛みに苦しみながら寝ていると、面接で貴様を落としたとメールが来る。
正直、日常的に体調が悪くて働ける類の人間ではないのかもしれない。
まぁ、そんな散々がたくさんある中で最近豚みたいな顔したネトウヨ的な男と酒を飲んだ。
彼と自分は政治的思考も趣味も違うが、互いに容姿が醜いゆえに連んでいる中学高校時代の同級生だ。
そして腹が出ている。顔のパーツもまぁ酷い。
ガラスで自分の全身の見てくれを確認したが、自分も顔がでかい。
ボコボコな皮膚が張り付いた長方形みたいな顔に強引につけたような体である。
自分がマトモな容姿ならもっと違う人間と楽しく過ごせたはずだろうと考えながら飲んだ。
人付き合いも環境も容姿故に不本意なものになっていると感じるものだ。
それは(twittrで)問題発言があり情報共有のためSSをとる際、IDの部分を消す必要があるか否かについてだ。
自衛のためにIDは必要だとする人もいれば、IDがあることにより逆に過激派は該当アカウントへ特攻、第二の炎上に繋がるのでない方がよいとする人もいる。
正直なところ、それで第二の炎上が発生したとして自業自得なのでは?と思う程度には自分の性格は悪いのだが、自衛をするためにはIDが必要である説には正直疑問を感じる。
というのも、もちろんケースによるのだが、今回の場合はIDがあったところでどうやって自衛できるかわからないからだ。
そもそもIDが見えることでどうやって身を守るのか。IDとはネームタグのようなもので、名前の部分を変えてもIDから対象の判定が可能なわけだ。
過去にどんな発言をしていたかが分かれば、例えば詐欺行為をしている相手ならひっかからないように注意できるし、罵倒を繰り返すような輩であったりすれば避けて通ることができる。
また、一部の人たちが言うように事前のブロックとやらも可能だろう。
しかし、この事前ブロックという手段がどうにも自分には有効な手段とは思えない。その理由としてまず前提に
・今回見ていたケースの場合、問題行動をしている相手が数人ではなく多岐にわたる
・他にも多数の問題があるのに、まとめられていたのはごく一部のケースの話
という状況がある。
IDによる事前ブロックが有効なのは、基本的に該当人物が限られている場合ではないかと思う。
数が多ければ、絡んでくる前に探してブロックするより万一絡んでこられた時にブロックした方が、実際の労力は少なくすむ可能性が高い。
また、集団で荒らしたり副垢を使ってくる相手には事前のブロックなどほぼ意味がない。ブロックした相手以外に粘着されたり、悪ければ捨て垢で突撃されるだけだ。
IDを公開することで分かるのは、そのIDの人物が要注意人物であるというだけで、もちろんそれはそれで悪いとは思わないが、それが自衛に繋がるかと問われるとその可能性は低いのではないかと思う。
そして逆にIDを公開することによって(正直そのような文句を言う資格があるのかと言われたら首を振るのだが)IDが公開された側、これは本人のみならず、いわゆる同陣営の相手から本題をそらすための突っ込みが入る可能性が割とあるからだ。
突っ込みそのものの正当性はどうかと思う。自業自得だとは思う。
だがその上で、そういう自業自得であろうが何だろうがごねてくる相手に時間を取るのも勿体なければそういった反論によってどっちもどっち論を展開されると第三者がそういうものなのかと誤解してしまう恐れがある。
そのような隙を生まないために、あえて多少不本意ではあろうがIDを隠した方が注意喚起そのものはうまくいくのではないかと思う。
意味のない自衛にこだわるよりも、どのような問題が生じているのかを視覚化し、誰それが悪い、ではなくて、このような行為がいけない、という認識を広めることで啓蒙活動をする方がまだ自衛に繋がるのではないだろうか。
先週の月曜日にインフルエンザ発祥して、トータルでまるまる9日間休みになった。明日から復帰予定。
インフルエンザになったら仕事へは行けない。移したらいけないから当たり前である。特別休暇なんてないから、5日分の有給を強制消化だ。弊社は一月に有給がもらえるので、もらったばかりの有給をいきなり5日も使った形。有給なんか好きに取りなさいと言ってれる上司だから、病気で有給使うのほんと不本意だ。
しかも2月3月は特に忙しい。その忙しいのに休んでしまうのが心苦しくて、あしたの仕事量を想像したら憂鬱だしこのクソ忙しいのに休んでる間に代役立てもらったり同僚や上司にも迷惑かけている。その自覚があるから、インフルエンザと診断されたときに絶望してしまった。
今年流行りの熱が出ないタイプのインフルだったけど、熱が出ない代わりに咳と鼻が大崩壊して苦しかった。体はそんなにしんどくないけど咳が止まらないとか。鼻が出まくるとか。一週間ベッドの上でおとなしく過ごしてた。
それを見た父に今日の昼「夢のような一週間が終わるな」と言われた。耳を疑った。なにが夢なのか、どこが夢なのか。旅行に出かけたわけでもバカンスしたわけでもない、熱もないくせにだらだらしているだけと思われたんだろう。腹が立った。でも流した。相手にしてもしかたないから。
でもさっきまた「夢のような一週間が終わるな」一言一句そのまま同じことを言われて、カッとなって言い返した。「なんでそんなこと言うのか」と。何故怒るのかと叱責されたが人の気持ちを慮れないのは昔からだから、それ以上はなにも言わなかった。つーか一回言ったことなんでまた言うんだよ。病気で休んでた人間になんで夢のようとか言えんの?遊びで有給とったと思われてる?アホなの?気持ち悪い。ここまで理解と思いやりのない人だとは思わなかった。さっさと別居したい。
単にもったいないなあと思っただけですよ。
私は本来グジグジした人は苦手なんです。行動に移す前に「私なんか」「もっと素敵な人がいるに決まってる」。
そりゃそう思って行動しない間は楽ですよ。
自分の世界に閉じこもってる間は他人から拒絶されると言う目にだけはあわずに済むんですから。
だけど増田さんはまだ二十歳だと言う。
だから声をかけてみただけで、内心では「他人の恋愛なら誰だって積極的になれるんだよなあ・・・」とは思ってましたよ。
それを上から目線と取るのも、猫撫で声と取るのも増田さんの自由です。
猫撫で声で近づいて突き放す?
増田は匿名で楽しくダイアリーをするところだけど、コメント欄はあるんです。
一応は無闇に人を傷つけるユーザーで居たくないと心がけてはいますが人から何も言われたくないなら、コメント欄のないブログにでも書けばいい。
百パーセントの純粋な行為じゃなかったかもしれないし、知らない間に上から目線と取られても仕方ない言い方だったかも知れない。
少なくとも悪意があったわけではないのに、そんなふうに受け取られるのは不本意です。
卑屈な人の恋が上手くいけば良いと思えるほど善人ではないので勝手にしてください。
少し考えれば誰でもわかる様な事だけども後の自分は忘れてそうな気がするので書いておく
これは炎上している人が実名であったり社会的地位がそれなりにあったりする時によく起こり得る事である。
バカッターと揶揄される様な未成年喫煙や飲酒などのやらかしについてなどは本人が一番被害を被るし、会社勤めの人ならばその内容があちこちに広まると困るので謝罪したり逃亡したりして沈静化を図ろうとする。
しかし、実名で活動している事業主や社会的地位にあたる人間、そして人から注目を集める事によって商売が成り立つ人達にはそれが効かない。だからこの手の人はある意味で無敵というか炎上に強い立場にいるのだ。
そう言った人が不本意な発言を繰り返しても当人の評判には影響しないと考えている。そこで炎上させたい側はそう言った人の家族に目をつけるのである。家族に対して脅迫的な事を言ったりその発言は家族に対してどう思いますかなどと気持ちを測ったようなふりをしたリプをつけたりする。
すると炎上していた人は「私はいいけど家族に対して何かを言うのは辞めてください」と言うようになる。
これは炎上していた人が「何を言っても自分の発言なんだし、自分が悪く言われようとも関係ない」という考えをしている所につけこんで「本人にあれこれ言ってもラチがあかないので家族をダシにして脅してみよう」という発想に至ったのである。
炎上させる側がこのような脅しに出て、炎上する側が「はい、そうですか。すみませんでした」などと殊勝な事を言って発言を控えるようになった例は聞いたことがない。
「俺はいくら言ってもいいが家族を侮辱するのは許せない」というのは炎上する人にとっては剣を抜いた合図のようなものなのだ。あるプロ野球投手が匿名掲示板で家族を侮辱されたとして慰謝料請求したというニュースも舞い込んできている。
電車でウンコ漏らした人に対して、なんかわざわざ漏らそうと思って電車内で漏らしたとでもいうかのような非難をたくさん見たんだが
どう考えても電車の中とかデメリットしかないし、望む人がいそうだと考えられる人がいる事自体が想定外だった。
もちろん今回の件も、わざわざとかではまったくなく、予定外に不本意だったみたいだし。
もちろんなんもわかってない男の感想としてだから、これだから男は何もわかってないといわれるやつなのかもしれんが
11月からずーっと仕事辞めたいと上司に言ってた。12月末で、と決めていたが、上司からお客様や仕事の引き継ぎの連携もなく、12月末が来てしまった。
そしてついに12月末に、「1月末退職でいい?」と上司に言われた。退職が伸びたのは不本意だがこれで円満に辞められると思った。
最初1月は行きませんと伝えていたが、さすがに思い入れのあるお客様に何の挨拶も、引き継ぎの担当者の連絡も入れないのは心苦しかったので、ひとまず安心した。
が、しかしいつまで経っても上司から連携が無い。上司もめちゃくちゃ忙しそうで、課長も時間が取れないという。
そのうちに、精神的に不安定になってくる。そうすると、ますますどうすればいいのか分からなくなってくる。最近は朝起きれず毎日のように遅刻欠勤している。
そうこうしているうちに、何故か契約が取れてしまった。しかし、契約成立は2月で、私からの充分なフォローは出来ない。しかし、それは仕方ないので、上司にフォローしてもらうつもりだった。辞める前に数字を入れられて、有終の美を飾れると思った。
すると、上司からは自分でフォローしろ、2月まで居ろと言われてしまった。私はキレた。心身共に体調悪い中、自分は数字を取ったのだから、会社も私の意を汲んで欲しいと言った。そうしたら、やっとどのように連携するのかなど教えてくれた。しかも、今からやってギリギリだ。でも前向きにひとつひとつこなしていくし、なるべく我が社のイメージが悪くならないよう、やっていこうと思った。
実は、1月末退社もまだ完全に決まった訳じゃない。いや、でも体調不良で使いまくった残り僅かな有給も全部使わせてもらい、私は去るぞ、この会社から。
パターナリズムってのは成熟した国が未熟な国に良かれと思って介入する事ね。親が子にするようなもの。
そんで韓国はなんと逆のそれをしているわけ。
韓国人技術者と付き合いあるけど素でいうんだよね、日本は韓国に無償で技術支援をしろって。
あの子供な感じすごい韓国人って感じ。やっぱ中国となにか違うよね。国も人も。
なんでこんな甘え国家になったんだろうって思うけど、タイトルのように日本のせいだと思うんだよ。
NHKも言ってたけど、日本の知識人がかまってあげてしまったからだろう。
なんでかまったのかって、一言で言えば大人の対応ポルノだよ。大人の余裕みせて気持ちよくなってる余裕露出狂が原因
ポルポトはアジア的やさしさ、一発なら誤射、なあに、かえって免疫力がつく
有名なのでもいっぱいあるけど、こういうこと言って気持ちよくなってたわけよ。日本の知識人は。
余裕がない奴=低学歴で低収入みたいな扱いを左翼が好んで右翼扱いしてきた歴史がある
余裕ポルノスター朝日新聞とかに育てられてすくすくと元気なキッズになるわけだよ韓国は
その余裕はエリート未熟な外国人などのマイノリティーにしか発動しないわけ
日本は自民党が地方よりだったからそこまで都市部と地方で断絶は怒らなかった
1憶総中流なんてことまで言われるくらいにはなった
まぁこれは僕の見立てでいうなら自民党の本心ではなく、社会主義勢力に対抗するために不本意ながら地方を支援してたんじゃないかってね
・ 黒田日銀は執拗にインフレを求める。2%の持続的物価上昇を「達成する」ことを至上命題として何でもやるといってきたし、実際凄まじいことをやり続けてきた。
・ その実は国家間通貨安競争に応じての、円安誘導が最大の目的であったと理解している。これはうまくいった。株価も上がった。支持する。
・ 次にはインフレ誘導による持てる者から持たざる者への価値の移転である。インフレで得をするのは借金を抱えている者だ。日本で最も多額の借金を抱えている者とは政府だ。
・ デフレは悪という論は、賃金の下方硬直性が失業者を増やし、消費志向の債務者(いいかえれば浪費家)の負担増が消費を減らし景気を冷やすという主張を根拠としているが、それはどうなのか。こじつけ感が強い。
・ 結局、経済学者は為政者の主張を補完することを最大の目的としている。本人たちがどう考えているかはともかく、為政者はそうとらえて御用経済学者を多数囲ってきた。私は経済学を専攻し、学び続けてきた者だが、経済学はアカデミックな世界における売春婦であるという評に反論できずにいる。
・ 結局、物価の安定という従来、中央銀行が掲げてきた使命・大義が最も公平であり、国民の幸福に資するのではないか。そういう意味では現在の0パーセント台の物価上昇率は中央銀行の良い仕事ぶりを表す。政府サイド(あと多額のローンを抱える人々)は評価しないかもしれないが私は(借金のない)一国民として評価する。黒田総裁は不本意かもしれないが。
30代の女性の話。結婚できずにここまできて、いまだに願望はあるけれどもう婚活はしなくなったという人。その人に「結婚したい理由は?」と聞いてみたら、世間体よりもどうやら「理想の結婚像」があるようだった。彼女が結婚したいと思いながらも、同時に見合う相手に巡り会えなかったのはその願望故だったのかもしれない。内容としてはそんなに特別なものではなかったが、それでもいわゆる理想が高いうちの一つに入る。この人は無理、この人は違う、この相手だと理想通りにならない、そうやって絞っているうちに相手がいなくなった。でも彼女はいまだ条件を変えない。結婚が目的ではなく理想の実現が目的だから「むやみに結婚するぐらいなら」と言って半ばあきらめている。そういう事例ってけっこう多い?無理して結婚する必要がなくなった今の時代、どうせ結婚するなら願望どおりの相手を選びたいって思っていたら適齢期を過ぎて閉まった事例。でも離婚したり不本意な形で子供産んだりするよりはよほど健全だと思う。
柱2がおかしいですね
まず1行目は“同意を得られないのに”子どもを作る権利はない、が正しいです
2行目の「生まれない、という選択を勝手にすることは良いの?」については、無は無だから良いとしか
3行目は(私が訂正した柱2の1行目)で否定されます、仮にプラスになったとしても同意が無い以上、いけません
4行目は「当人にとってブラスかは我々には判断できない。だがどう考えても →(柱1)」ではなく(私が訂正した柱2の1行目)ですね
自分としては「無は無ですよ」こそが反出生主義の肝だと思ってるので、何らかの価値観を持つ存在があると仮定してはいません
絶対的な無は価値観すら無化するでしょうが、それでも(それだからこそ?)「無は単に無だから」が尊いと思うのです
※柱1の3行目もおかしいので追記
→「それは価値観しだいだよね。その価値観でいけば生きてる人もすぐ死んだほうがいいじゃん。」“だから人類は絶滅した方がいい”、が反出生主義的です
ちなみに「今すぐ死ねよ。」に関しては、不本意だけど生まれてきたからには出来るだけ苦痛を回避して楽しく生きよう、しかし子どもだけは作らない派と