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はてなキーワード: 卒業式とは

2017-10-20

麻酔科医は本を書く夢を見るか

 どうしても本が書きたくて、そのために19時半からパソコンにかじりついているはずの私は、勤め先の病院下痢嘔吐患者さんを診察していた。当直の医師が重篤な患者さんに付き添い大きな病院移送しなければならなくなり、代わりに呼び出されたのだ。

 何時ごろから具合が悪くなりましたか? 今日の夕食は食べられました? お昼ご飯は何を? ご家族職場に同じ症状の方はいませんか? 

 ……急性胃腸炎のようですね、今は下痢吐き気は止めないで、悪いものは出してしま治療が主流です。その代わり体から出ていく水分やミネラルを補う点滴をしますよ。お時間かかります大丈夫ですか? 

 医者という仕事はいつもこうやって人生の大切なものに食い込んでくる。娘が骨折した時も手術室からすぐには出られなかったし、小学校卒業式最中にも勤め先で医療事故があり緊急で呼び出された。あげく「本を書きたい」と願えば、オンライン講座の時間に呼び出しである

 医者になりたくてなった人は、こんなことを切なく思わないんだろうか? 思いは空を漂うばかりだ。

 40年ほど前、当時住んでいた家の側の高台に、国立医大が建った。母は小学生の私に、坂の上を指さし「あそこに行ってね」と言った。その瞬間、私に他の進路の選択肢は一切なくなった。

父は思慮深いやさしい人であったが、ヒステリックで我の強い母を制御できなかった。

 「このハゲ!」と叫ぶ国会議員や夫の不倫動画で指弾する女優さんを、私は直視することができない。ワイドショーでうっかり見てしまうと鳥肌が立ってしばらく戻らない。その年頃の母とそっくりだからだ。 

 長い長い坂道を6年間私は歩いて通った。そこを歩いて通ったのは私ぐらいだと後で知った。

 大学に行かせてくれるのは良いのだが年頃になっても身体に合った下着を買ってくれないのはとても困った。体形のまるで違う母のおさがりはぶかぶかだったし痴漢にも遭った。高校アルバイト禁止で、大学生になって初のお給料を握りしめてワコールショップに駆け込んだ時の感激は忘れない。

 准看護師の母は女医がとりわけ嫌いだった。「子持ちの、時間で帰っちゃう女医なんか、誰も相手にもしない。指示を出しても看護婦が誰も聞こえない振りしてたらさぁ、しまいには保育所のお迎え時間迫ってきて泣き出しちゃって」と言っていた。なぜ娘をその女医にしようと思ったのだろう。せめて専門は内科勤務の長い母と一番縁遠そうな麻酔科にした。

 それでも孫可愛さで、女医になった娘の子育てには協力してくれていた。しか年子育児で一杯いっぱい、今のように「女性活躍」のご時世ではなくて相当厳しい目に遭いながら働いている私に、「子育てしながら、料理の本を出している女医さんもいるのにぃ~、ねぇ」と言い放った。

 中卒で、自分自身は何も成し遂げていない母のその一言は、私の心に深く突き刺さり、傷は長く膿んだ。

 毒親と呼ぶ気もない、私は母と関係のない場所で、大切にしてくれる夫とその両親と、子供たちとじゅうぶんに幸せになった。もう自分にとっては終わったこなのだ。母は母で家庭に複雑な事情があって、若いころ相当苦労したことも今ならば理解できる。

 本を書こう。私は決めた。どんな本でもいい、何の本でもいい。本を書くことができたら、何かが終わる気がする。

 書いて、みよう。

地頭は良くて環境に恵まれればいろいろなことができたであろう母と、本来とことん文系だったのに医学部に進まざるを得なかった娘の、ものがたりの結末はどうなるのであろうか。

2017-10-14

うっちー友達たちはあの奇行をどう思うんだろう

モノマネを熱く批評したり、肉焼いたり、クラスが離れて泣きわめいたり、

流石にそろそろ、うっちー奇行に気付きそうなもんだけど

その辺どうなんだろうな。

というか、うちもこの関係ってどうオチを付けるんだろう

卒業式告白して大学では2人で同棲する

最上級ハッピーエンドとしたら、どこまで踏み込むんだろう

うっちーが恋心を自覚するところまで?

もこっちがそれに気づくまで?


うちもこがハッピーエンドを迎えられるよう祈ろう

2017-10-11

○○ックスランキング TOP100

思いつくたびに調べてメモしていたら、かなりの数がたまってきたので増田放出

かに役立てられる人はお役立てください。

ランキング形式にしてはいるけれども、決して人気をそのまま反映しているわけではなさそう。

人気があってSNSでよく話題にされるから件数が伸びるパターンと、

同人誌タイトルになって件数が伸びるパターンがあってそれが峻別できていないので。

無知ックス約15800件
慰めックス約7520件
筆下ろしックス約3070件
水着ックス約2670件
土下座ックス約1930件
ごめんなさいックス約1520件
初めてックス約1230件
ご褒美ックス約1210
制服ックス約1190件
無理やりックス約1160件
姉ックス約948件
寝取られックス約883件
エルフックス約809件
無責任ックス約765件
弟ックス約754件
合意ックス約690件
催眠ックス約671件
妊婦ックス約637件
クリスマスックス約608件
お尻ックス約583件
触手ックス約545件
寝取りックス約527件
友達ックス約521件
スク水ックス約438件
時間停止ックス約436件
記念ックス約363件
おはようックス360
妹ックス約342件
拘束ックス約317
逆転ックス約315件
男の娘ックス約292件
夜這いックス約275件
繁殖ックス約267件
契約ックス約243件
屋上ックス約241件
奴隷ックス236件
魔物ックス236件
我慢ックス約213件
おやすみックス約209件
お願いックス約181件
分身ックス176件
練習ックス171件
兄ックス約150件
卒業式ックス約148件
勘違いックス約125件
無垢ックス約84件
残業ックス約73件
無言ックス約69件
最後ックス約61件
先輩ックス約58件
後輩ックス約46件
言いなりックス約41件
お預けックス約37件
記憶喪失ックス約36件
バニーックス約36件
サキュバスックス約35件
悔しいックス約32件
二人羽織ックス28
セーラー服ックス約27件
ごっこックス23
ナースックス17
ふんどしックス約16件
他人ックス約16件
侍ックス約13件
大晦日ックス10
年上ックス約9件
絶叫ックス約9件
人質ックス約8件
あのねックス約7件
新年ックス約7件
強気ックス約6件
カスメックス約5件
騎士ックス約5件
弱気ックス約4件
年下ックス約4件
まんざらでもないックス約4件
勇者ックス約4件
夢オチックス約4件
修学旅行ックス約4件
従順ックス約4件
年ぶりックス約4件
二回目ックス約3件
同い年ックス約2件
両手に花ックス約2件
懐妊ックス約2件
男同士ックス約2件
素直ックス約2件
四人ックス約2件
見ないでックス約2件
ぱふぱふックス約2件
出張ックス約1件
困惑ックス約1件
許してックス約1件
三人ックス約1件
五人ックス約1件
世直しックス約1件
許婚ックス約1件
卑怯ックス約1件
たわわックス約1件
のしきたりックス約1件
女同士ックス約0件
寝たふりックス約0件
記憶操作ックス約0件
やめてックス約0件
気の強い女はックス約0件

2017-10-02

昨日のお笑い見てたら

パーパーのコントがほんと酷かった

10月なのに卒業式ネタ

「○○君のボタンを代わりに貰ってきてください」とかいう使い古された胸糞

「じゃあ代わりにキスさせろ」とかいうただのクズ

キスさせてくれないなら代わりに他の女5人連れて来い」「いつかキスしてくれる女が出てくるだろ」とかいマジで意味わからん展開

オチもなくそのまま終了するコント

 

これで2000組中の15組に選ばれたってのが謎過ぎる

何を思ってこのネタを選んだんだ?

 

問題はこれが15位じゃなくて14位だということ

15位はどんな酷いネタだったの…

2017-09-29

[]柳本光晴「きっと可愛い女の子から」全1巻

いろんな男子高校生女子高校生女教師恋愛模様を描く短編

関口さん

陰キャだけどやさしくしてもらった男子にほれてしまって自分と彼以外滅びないかなとか中二病考える

でも男子には彼女いるんだって知る

から告白はせずに、おすすめの本だけ渡す

でも泣いちゃう

男子のほうも察して、明日までに読んで感想いうといってくれる

どこまでもイケメン男子と、陰キャな女子ギャップがすごくつらい話

教師と生徒の正しい恋愛

一年ときにオカタイ女教師告白した男子

卒業するまでダメと断られ、自分はもてるのに断りまくる

卒業式後、ようやく女教師OKして自室に招待してお酒のむと、お堅いおんな教師がすごく弱気にふにゃふにゃになる

もう三十路前だし自分に自信がなかった女教師を見て男子ますますかわいいと思う

そんで同棲することになる

保健室にて

リア充男子とつきあってる地味なメガネ女子

でも男子リア充女子と楽しげに会話をしているのに嫉妬する

保健室に逃げてしまってメールを待つが来ない

休み時間になると男子保健室にやってくる

男子は察して、もうほかの女子とは一切話さない、というが、

メガネ女子はそこまでしなくていいという

そのかわりに「他の女子と話した後は私が満足するまで好きといって」と言う

男の子はあまりにもそれをかわいく感じて抱きしめる

教室に戻ると、また男子リア充女子が話しかけてきて話をする

しかし会話の後、男子はほかのクラスメート面前メガネ女子に「好きだ」と言ってしま

女子男子に「みんなのまえでいうな」というが実はうれしかった

裏編として、実はよく男子に話しかけてた女子男子が好きで、好きだ事件のあと、

どうでもいいと考えつつ未練たらたらでちょっとかわいそう

図書館LOVER

ギャルと地味黒髪ロングメガネ女子図書館で本読んでる

でも実の目的は、メガネ女子図書館にいる男子をのことが好きだからギャルが付き合わされてる

ギャル女子に、自分から行動しなきゃだめだと伝えて、告白させる

でも男子には彼女がいたから断られる

でもギャルは見返してやればいいといって女子力を教えるようになる

ギャル女子男子彼女街角出会ったときギャル女子に、「男子に対して好き勝手いってやれ!」とけしかける

慣れてない女子かわいいあっかんべーをするのだった

ギャル子さん

大学進学の勉強秀才男子に教えてもらうことになったギャル

ギャル男子にいろいろモーションかけるが、男子ヘタレなせいでろくに何もしてこない

最後卒業式の日、最後からギャルから告白して男子もそれに返すが、ギャル男子に、男子から告白してほしかったといってさよならを告げる

でも男子ギャルを追いかけて付き合うことになるのだった



感想

再読

★5だなあ

めっちゃ好きだわ

短編クオリティがそれぞれで漫画1冊分くらいあってもいいくら

百合的なのもあるし、もどかしさ、安心失恋などおっさんが読んでも傷つかない程度にほほえましい話で、

すごく好み

小説家になる方法の作者だったのか

あっちは読んだことないけど読んでみようかなあ

絵柄が少しこんちきににてる

あとギャルかわいい

中二病、陰キャの失恋からリア充のはなしまで幅広い

1冊の満足感がすごく大きい

最後後日談が書き下ろされてるのもすごくサービスあってうれしかった

時間おいて何度でも読み返したくなる漫画

心の本棚入りだわ

2017-09-26

車校卒業式最後にちょろっと乗せてもらったはじめての原付にめちゃくちゃ感激したね

これこんなにすげーもんだったんだ!って

でも休日引きこもりからいらない

年間ガス代なしで60000もかかるらしいし

2017-09-24

人生彼氏を数ヶ月で振った

半年前、卒業式から時間も経って大学入学の直前に、告白された。

私は、ここに書き込んでる時点でもうアレだけど、オタク一直線で何年も恋なんて忘れていて。だから当然そいつのことは恋愛対象ではなくて、大分困惑した。そいつくらいに親しい異性は何人か心当たる。私にとってはその程度で、だからその時点で断るべきだったのだと思う。

でも少し「彼氏」という言葉に憧れがあった。所謂少女漫画思考というのか。異性をそういう目で見てなかった分、自分にも魅力はないだろうと思っていたのだ。だから、私にもそんな魅力があるらしい、って告白されたのが嬉しかった。悪い奴じゃないのはわかっていた。だから、かなり悩んで付き合おうということにしてしまったのだ。

きじゃないけれど、君なら恋愛対象にできる気がする。そんな文言メールを送った。(告白事態メールだったからその返信である。)

めちゃくちゃ彼は喜んだ。好きになってもらえるよう頑張る、と言われた。彼がそんなに喜んでくれるのがこちらまで嬉しくて、なんだか私はふわふわした気持ちで彼から送られるメールを見ていた。

けれど、今は思う。初なオタクさんが二人付き合っても楽しくない。

……いや、違うかもしれない。恋に憧れていて、情の無かった私が付き合おうなんて時点で破綻していたのかも。

付き合ってみて思ったこと。彼はとにかく愛情表現が下手だった。告白以外、私が聞いてみない限りは何も言わない。ただデートに付き合うと彼が楽しそうにする。楽しそうにしてくれるから、好いてくれているんだな、とは思ったし嬉しかったけど……全くときめくポイントがなくて、静かに静かに冷めて、温度差ができていくのが辛かった。

デートの後半は愛想笑いが増えてしまっていたのに、全く気づいてくれない。

楽しみきれていない自分何だか嫌だった。気づいて欲しい、と期待してるのも自分勝手な気がして、一層デートの気が重くなった。

付き合い初めてすぐ、かなり遠回しに、親がいなければ家に呼びたいのにな、と言われた。何の気なしにああ、近いうちに私独り暮らしするだろうし、その時ならうちにこれるね、と返した。そうしたら、その時ならいいんだね、楽しみ、とラインが来た。上手く言えないけど、それは遠回しに性行為を仄めかすような文章で、心がモヤモヤした。その時は解らなかったけど、多分私は自分勝手に、「自分のことを好きになってもらおうという努力より先にそれがくること」が嫌だったんだと思う。

酷い話だ。付き合いはじめる時点で、彼は子供じゃないんだからそういうことだってしたいだろう、って思っていればよかった。そうしたらきっと、断っていただろうに。

手を繋いでみた。緊張でどうにかなりそうだった。だけど、それ以上でもそれ以下でもなかった。緊張だけ、繋げて嬉しいと思えない。当然だ、好きな人じゃないから。駅の改札の前でハグしたい、と言われて断った。手ならいい、と思ったけど、体重はなんだか預けたくなかった。

ハグを断った日、駅で別れてから二週間くらいは、ちまちまデートのお誘いの連絡が来た。ただ家から遠くの大学に通っているのもあって、付き合い出しての一ヶ月はかなり忙しかった。歓迎会サークル見学、土曜授業。ごめんね、と数回断ったら、そこからぱたりと連絡が止んだ。……いける日を聞いてくれたらよかったのに、って思うのだが、なら私もそれ言っとけよって感じだから黙ろうと思う。

そうしてあっとい間、連絡すらとらなくなった。隣の県に住んでいる彼とは会わない。絶望である。かなり悩んだ。新しい環境で疲れている。でも初彼氏、ちゃんと好きになって、ちゃんと恋がしたい。じゃないと、失礼だ。だけど連絡がない。

痺れを切らせて、連絡が途絶えてから一ヶ月後、私は少し起こった口調でLINEをした。

「連絡がないのはどうかと思う。このままじゃ全然君を好きにならない」

そんな文面だったと思う。それにたいしての彼の返信で私はもうこいつとは付き合えないと思ってしまった。

すいません許してください、なんでもしまから。すいません許してください、なんでもしまからだ。アホかよ。もうLINE見た瞬間怒りが込み上げた。真剣に悩んでたのにこいつはネタで返そうとする。茶化してすまそうとする。静かに怒って、LINEを放り投げた。

(というかそれ以前に淫夢ネタきじゃない。結局人をダシにして笑うのは、見てて気持ちいいものじゃないから。)

心のどこかでわかってもいた。きっと彼的には軽いノリで、付き合う前くらいの会話がしたいんだろう。わいわいわやわや喋りたいんだろう。だから、私の模範解答は、このネタに乗っかることなのかな、なんて。

だけどやっぱり、私の怒りは収まらなくなっていた。再びスマホをもって、丁寧に腹を立てている旨を伝えた。彼に今度はごめん、そんなつもりじゃなかった、と言われた。じゃあどんなつもりなんだ。だからここまで抑えていた、カップルの女側のテンプレートでクソみたいな質問をした。「私のことホントに好き?どこが好き?」ってやつだ。

彼の返事はなかなかこなかった。そしてやっと来た文面がこうだった。「それ言ったら思い直してくれる?引くかも知れない本音ばっかだけど……いい?」

あ、絶対こいつ私の体の話まぜる。こんなこというとアレだけど、私は細くかわいくない代わりに、胸がそこそこある。そんなことが理由なのか……。なんか一気に落胆した。

もう私の気持ちがだめだと思うからいい、と短く返事して、今度こそベットスマホを叩きつけた。スマホ文化はクソだ。こんな嫌な会話の履歴が残ってしまう。相手の顔が見れたら変わっていた?……八つ当たりだけど私は異世界スマホはクソ派に一票。スマホチートじゃねぇ。

別れてから何がダメだったんだろうと思う。あんなどこが好き?みたいな質問、したくなかったんやけど。

多分、お互い恋に慣れていなかったから、恋人らしいことが出来なかった。それで私は恋人でいることに価値が見いだせなくなったのだと思う。

元々軽い気持ちで承諾したつもりはなかったけど、もう二度と気持ちがないのに告白を受け入れないと心に決めた。自分勝手な期待で誰かを振り回してしまうのはもううんざりだ。

2017-09-20

研究室よりも部活仲間のほうが大切

尊敬しているだいすきな同じ研究室の先輩がいて、研究室飲み会に誘った。

お金出してくれるなら飲み会行ってやってもいいよ」と言われた。

部活仲間とだったらこっちが金出してでも行きたいんだけどね~」だってさ。

言われた瞬間何とも言えない気持ちになって、黙り込んでしまった。

そして卒業式のことを今考えている。きっとこの人は「部活仲間のほうが大切だから」とこっちがお祝いの席を設けても平気でドタキャンするような人なんだろう。

こっちが何をプレゼントしても「部活仲間のほうが大切だから」とそのプレゼントを平気でゴミ箱に捨てるんだろう。

今までそういう扱いを受けてきたから。でもそういう人なんだけど好きでしょうがない。この人を喜ばせたくてしょうがない。

2017-09-14

anond:20170914220002

北海道情報大学電子開発学園グループから、4年制専門学校ダブルスクールというか大学併修の「大卒資格とれます」のがメインだよ。

地方試験会場は専門学校が多いし。大阪卒業式でたけど、一般で来てたの2人、あとは専門学校生ばかり。

学費は科目数によらず一定から限界まで取れるといいね

試験テキスト持ち込み自由とか自筆ノートのみ持ち込み自由かいくつかあるからシラバスみながら簡単そうなの選べば良いよ。

2017-09-12

26年前同級生だった佐藤くん、元気にしてるかな…

ヤンキーぶってオートバイ乗り回してた中学生佐藤くん。

地元で有名なおばけホテルに「肝試しに行ったんだぜ~」と教室のど真ん中でイキりながら喋ってたよね。

僕が片思いのぞみちゃんが、佐藤くんをキラキラながら見つめてた。

僕は思わず「霊なんかいないって分かってんだからさ、ぜんぜん肝試せてなくね?」と煽ってしまった。

佐藤くんは「YOYO、じゃあ何ならおまえは認めてくれんだYO!」と聞いてきたので、

「旧街道ヤクザの家あんじゃん?あの白くて高い塀に囲まれてて、ときどき黒い車を出迎える人たちがいるあそこ。あそこに花火打ち込んでくるレベルなら、肝試せてるんじゃねぇ?」と答えたら、

アホの佐藤くんは「いいよ、やってくるよ。でも証人いないとな。おまえが遠くからでもいいから見てろよ」と言った。

その夜、僕は佐藤くんと待ち合わせをして、花火を買って、それから別れて、家にさっさと逃げ帰った。

次の日の朝、担任佐藤くんは結石だと言った。

その次の日も。その次の日も。

不穏な噂が流れて、担任が僕に話を聞きに来たが、ただの冗談話でマジなわけない、あちこち肝試しに行くと言っていたので、いないとしたらそれが原因じゃないか、と僕は言った。

卒業式が終わり、卒業アルバムの片隅に佐藤くんは乗り、僕はみんなと肩を組み、のぞみちゃんと付き合い、高校に進み、のぞみちゃんと別れ、大学生から社会人になり、いつか佐藤くんが来るんじゃないかと怯えながら今日を生きている。

佐藤くん。元気だろうか。

この話はもちろんフィクションだ。

2017-09-05

私が応援をやめたら、逆にコンテンツは良くなるのか?

先月末に見た劇場公開OVAがあまりにも衝撃的すぎて言葉にできなかったのだけど、やっと落ち着いてきたので書いておきます

待ちに待ったOVA劇場公開。

「卒業」、「完結編」、そのワード不安を抱えながらも早く見たくてたまらない。

特典のため買った前売り券は10枚。

正直キンプリがめちゃめちゃ面白かったので、「OVA」というものに過度な期待を持ってたのも確かです。

予定を合わせ公開数日後に映画館へ。

ネタバレ防止のため、公開初日以降Twitterは見てませんでした。

いわば楽しむため万全の状態です。

アニメと同じような空気感からまりOP曲は最高。ボルテージがブチ上がったところでいきなりの衝撃。

公 式 M A D キ ャ ラ ソ ン タ イ ム

1人目ではなんだこれwと笑っていたものの、2人目、3人目…あっこれ全員やるの?

テレビサイズキャラソンと共にこれまでのキャラ映像適当に組み合わさったやつを人数分…なんだこの時間

ざっと計算して絶望

(前売り消費のため4回見ましたが、2回目と3回目は気付いたら寝てた)

地獄MADが終わるとやっとストーリーの核心へ繋がりましたが、なんせMAD時間を使ってるので流れ作業のような感じが否めない。

「卒業」テーマなのに(体感)秒で終わった。

卒業式が終わってしまったと思ったら、突然仲間が帰ることになっていた。駅まで追いかけダッシュで見送り「またいつか…!」みたいに空を見上げ、EDへ。

ED曲がこれまためちゃめちゃ良くて、2回目以降はこの歌の歌詞を聴いて泣きました。

なぜ1回目で泣けなかったかと言うと、このアニメテレビ放送最終回はCパートがあり、そこで笑いを回収したりしてたんですよ。

今回もそれだろうと。

ていうか見送りラストじゃ全く腑に落ちてない。だって何も進んでない。卒業式を終えたキャラクターたちの感想も何もない。爆速で当日が過ぎただけ。

最後最後で、帰った仲間が戻ってきた!とか、何かやってくれるんだろうと、疑っていませんでした。

EDがしっとりと終わり、じーんとしたところで、映倫…。

……。

えっ…。

場内が明るく…。

あっ終わった!?!?!?!?

今ので終わり!?!?!?!?

あれで?????は??????

5ヶ月ぐらいこれ見るために生きてきて、これ!?!?!?!?

観覧後パンフレットを読むと、多くのスタッフが「完結とは言ったけど応援次第で戻ってくるかも」的なことを書いてらっしゃいました。

当たり前ですよ、こんなよく分からないOVAで1期2期と積み上げてきた面白いこのアニメを終わりにさせたら後味悪過ぎでしょ。

ていうか応援が欲しいなら、応援したいと思うだけの物を作ってください、お願いします。

(この場合応援とは物理的なものです)

観る前は、チケット代出して友人を誘って布教ちゃおう!と意気込んでましたが、これで布教できる気はしません。

アニメの方が何倍も面白いです。みんなアニメを見てほしい。このOVAを見て、集大成だ、全てだなんて思わないで。

私がこんな感想を持った後も映画館へ行くのはこのコンテンツを続けてほしいから。

先ほど言った通り、「応援」しないとここで終わってしまうだろうと思うからです。

もう義務です。

公式の出したものに不満を持ったら、もう顧客対象ではなくなったということ」という文を見たことがありますが、その言葉リフレインしてだんだんつらい。

ちなみにキャストに悪いところは何もありませんでした。

2017-09-04

とある習字教室女の子の話

昔の話をしてみようと思う。

随分と昔の話になる。

私が中学生だった頃の話だ。

私は、とある習字教室に通っていた。小学生の頃から通っている教室だった。私は毎週土曜日の午後に、その教室に通っていた。

私はそこで、筆と硬筆(いわゆる鉛筆)の書き取りをしていた。手本を見ながら、それを紙に写していき、都度先生に見せて指導をもらう。そんなことを、毎週していた。

ただ、この一見単純な作業、それなりに体力が要る。手本の通り、或いはそれ以上のものを書こうとすると、かなりの試行錯誤必要だ。

気が付くと、たいてい夕暮れ時になっていることが多かった。

教室には、私の他にも何人か、私と同じ中学校の生徒が通っていた。そこで、教室先生は、帰る方面が同じ人は、なるべく揃って帰るように促していた。

そこで、私と同じ方面に帰っていた女の子がいた。身長は低めで、とても顔立ちの整った女の子だった。彼女と同じ方面に帰る人は、私以外誰もいなかった為、私達は大抵、帰るときは二人で帰っていた。

帰る間、彼女と私との間には特におもしろい会話もなく、文字通り、ただ一緒に帰るだけの関係だった。

その当時、彼女にはとある噂があった。クラスの中のサッカー部男の子が好きとか、実はお互い好きで付き合っているとか、そんな噂だ。

ただ、しばらくするうちに、その男の子と別れた、という噂が出始めた。その男の子が、よくつるんでいた同じサッカー部員に対して「彼女、俺のこと好きじゃないから」みたいなことを話していたのを聞いたことがあったので、付き合っていたかはともかく、彼女の心がその男の子から離れていたのは、どうも事実のようだった。(周りをごまかすための嘘であった可能性もあるが…。)

ただ、そんな噂と一緒に、その女の子が私に対して好意を抱いているという噂も流れていた。

しかし、私と彼女との関係は、習字教室から一緒に帰る関係から、進展することはなかった。

その当時、私はとにかくストイック部活動に励んでおり、また異性に対する恋についてもよくわかっていなかった。(残念なことに、今でもよくわからない。 )

ただ、ぼんやり彼女のことは、かわいい女の子だよなぁ、と他の女の子にはない感情はあったと思う。

何度か、直接聞いてみようかな、と思うことはあった。実際その男の子の子と付き合っているか、とか、実際私のことどう思うか、とか。

ただ、実際に聞くことはなかった。その行為彼女に対して失礼なのではないかと思ったからだ。

そんなこんなで月日は経ち、卒業式。ついに私達の関係は、ほんとうに、全くなにも進展しなかった。ただ、実は私は彼女のことを少し意識していた。

この卒業式の日(実は別の日かもしれない。よく思い出せない…。)、私はとある別の女の子から告白をされた。ただ、私は、その子のことを、半ばよくわからない形で振ってしまった。告白してきた女の子からすれば、OKなのかNGなのかわからないような感じだったと思う。逃げるように振ってしまった。

もし、このとき告白されたのが、習字教室を一緒に帰った彼女であったならば、私は喜んで受け入れていたと思う。今にした思えば、私は彼女のことを好きだったのかもしれない。

その後、私達は別々の高校に進み、習字教室卒業したため、その後彼女との接点はなくなった。彼女の家の場所は知っていたので厳密には皆無というわけではないが、お互いに会うことはなかった。

当時の噂は、どこまで本当だったのだろうか。いずれにしても、私のようなヘタレ男と付き合わなかったのは正解かもしれない。

ただ、私は今でもたまに、彼女のことを思い出す。

彼女は今、元気だろうか。幸せ暮らしていることを願うばかりだ。

ありがとうって言う時、ほんの少し「もっとこうだったら良かった」って気持ちを飲み込む。

学校卒業式がそうだった。授業で今まで育ててくれた両親へ感謝気持ちを込めた手紙を書く。

皆思い思いにハートマークを散りばめて、可愛い手紙を書いた。自分はなかなか筆が進まなかった。当時我が家は家庭崩壊状態で、深夜まで喧嘩の声が絶えないような状況だった。団欒とは程遠く、その言葉を考える度に胸が苦しくなった。だけど先生はそんな状況など知る由も無い。田舎学校だ。変な噂が知れ渡るのを恐れて家庭の状況をひた隠しにしていた。紙の表面に「ありがとう」と書き付けながら、「もう少し人並に幸せだったら、もっと素直に感謝を述べられたかも知れない」と思う。実際、感謝言葉を上手く表現出来ない生徒もいた。そういうところで自ずと漏れしまうのだろう。

優等生の振りをして綺麗に書き付けた手書き「ありがとう」。今思い出しても少し苦しくなる。

2017-09-01

Travis Japanと、奇跡の夜と救世主

雨が降り止まなかった数日間。生温くじめじめした温度と、優しい匂いがまだ、五感を掠める。世界景色はまるで一変したみたいに、心が、奥底から震えたこのたった一度の夏がありました。とうとう2週間が経って、彼らはもう進んでいるというのに、まだまだ夢の中みたいに脳裏に眩しい景色があって、多幸感と虚無感を行ったり来たり、達成感になんだか泣けて、それはまさに情緒不安定な抜け殻状態で、彼らがわたしの心に残した熱はまだ冷めない。あの夜、遂にわたし人生で一番に、世界で一番に、嬉しくて、嬉しくて、楽しくて愛しくて、幸せだったんだ。Travis Japanのことがうんっと大好きだし、7人がまるっと大好きで、わたし人生にこんなに美しく瞬いて、強く強く心を揺さぶってくれたみんなが誇りだ。

夏の六本木EXシアター、Travis Japan単独公演、Travis JapanLove-tune合同公演の6日間が終わりました。

ジャニーズとあるデビュー組担当をしながら、ひっそり掛け持ちというか、掛け持ちまでは言えなくて、Jr.ならこの子たちだなぁ~と、セットのドリンクメニューを選ぶ感覚、わたしにとってメロンソーダみたいだったそれが、Travis Japanと、一人のメンバーだった。そしていつの間にか、このメロンソーダのために、この店に並んでいることに気付いていて。ここ最近にして、"Travis Japanファンです"と大声で言えるくらいに、わたしの中で、大切な大きな存在になっていた。100%Travis Japanで居てくれる彼らのために、はやくこちらも100%応援しなきゃと決心しつつ、いろんなタイミング言い訳にして、その一歩に勇気を出せず、掛け持ちなのかこれってもう担降りしちゃってるのか、中途半端なまま歩いてしまいました。こんなド新規の出る幕ではないことはわかっているけど、もう飲み込めないくらいの思いを逃がすことができなくて、匿名にて投稿させていただきます

Travis Japanってね、ね。すごいんですよ。メンバーみんなが振り付けできちゃうし、音もアレンジしてしまうし、照明も構成も演出しちゃうデビューしていないジャニーズJr.なのに、決して表舞台での出番が多いとは言えないのに、もうあなた達のことを大好きな味方だけが待ってる、ある意味でそこは閉塞的な居場所なのに、時間をかけて満を持したクオリティを届けてくれちゃう。「ダンスが武器」をストイックにやり抜いてしまうし、気付いたら歌だってとってもお上手。自分たちの魅せ方を追求しているし、メンバーの強みも理解して、そこには愛しかなくって、根っこが可愛くてすーーぐファンのこと褒めてくれちゃう。古いファンの人にもわたしみたいな新しいファンの人にもとってもとっても優しくて、誰のことも置いて行かずに、鮮烈で丁寧な、時の魔法をかけてくれちゃう。本当にわたし達だけが好きなんて、勿体ないほどで。セトリを聴き返すだけで思わず泣けちゃって、中毒みたいに体中に焼き付けられて、楽しくて儚くて終わってほしくなくて、そんな最高のコンサートがありました。

雨が上がった17日夜、単独公演、オーラス

2つの意味を持った"最後"。そういえばそっか、と忘れさせるくらいには魅力的なトラジャがここまでいて、半信半疑とはちょっと違う。みんな分かってはいるけど、どこかで信じきれない、信じたくない、夢から醒めたくないなんて追い縋りと、だけど変わらず楽しい一夜への確信があって、中毒みたいなこの公演が終わってしまう方の最後へただただ寂しい気持ちがまずあって。前日から公演に参加しており、もう一度物語を読み返すみたいに、ページを開く。もうお馴染みになった一連の続きのような、ふわ〜っとした感覚で、その時刻を待ち侘びる。

ステージに現れたTravis Japanの人たちは、そんなのやっぱり夢だったんじゃってくらい、なんでもなくて、なんでもなくかっこよくて。エスプレッシーヴォの五線に乗る音符になって、ステップを踏むたび、歌を奏でるたび、馨しい花びらが舞う。「夏の王様(KinKi Kids)」で、7人がわちゃわちゃした後に、ぎゅ〜っと集まるところはやっぱり可愛くて、美勇人くんと肩を組む七五三掛くんとか、一番下でしゃがんでピースする海人くんとか、ピースフルなトラジャが世界一愛しくて、世界一可愛くて、世界一この空間を守りたくて、宝物だなあ、と思った。

「出逢えるまで」で、美勇人くんが1人階段の頂上に残って「赤い小指の糸その絆は、青い空を今日も旅する愛してると~♩」と歌唱。両手をバン!と上げると、ライトを全身に浴びながら暗闇に背中が消え始まる、6人のオリ曲「夢のハリウッド」。これに続いて、 美勇人くんのソロ、「Crazy baout you(橋本良亮)」。

すでに私的初日、この流れと「今夜君に捧げるこの全てDance for you」の歌詞で、わたし達のために踊ってくれる美勇人くんがここにいること、きっとずっとずっとこの先も、森田美勇人の後ろのかっこの中身が減ってしまっても、変わらずの魂を燃やしてくれるのだろうなぁ、と確信的に魅入って、感慨に浸って、思わず泣いてしまった。

うそんなことより、記憶に目に耳に刻み込みたい。最後の君を見つけようと決死で食らいついていたら、ラストのサビ前に"キャッ"という短い電撃的な悲鳴。バッと顔を上げると、美勇人くんの後ろ、そこには悪戯っ子みたいに笑って、でもガシガシ踊る弟組がいました。それは美勇人くんのために捧げるDance for you、だった。まんなかにいる美勇人くんは、驚いたようにでも、楽しそうな楽しくて仕方がないような、大きな笑顔だった。

一瞬の出来事だったけど、そこでみんな、すべてを悟ってしまった。Travis Japanにとって、かけがえのない夜であること、美勇人くんの特別な夜であること。儚い流れ星をめがけて、突然、隕石がぶつかったような、巨大な宇宙エネルギーの中心、美勇人くんは、とても綺麗で綺麗で、美しかった。それまで寸前のところで握り締めていたハンドルにもう力を込めることはできなくて、"もういいんだよ"と許されたみたいに蛇口の水が流れっぱなしになった。泣き崩れる人、その場にへたり込む人、嗚咽が溢れる会場、右隣もそのまた右隣も、左隣もそのまた左隣も、みんな、みんな雨だった。

それを包み隠してくれるような傘、如恵留くんのソロが、これがまたとても優しかった。

One Chance(ジャニーズWEST)、「救世主必要じゃない?」で斜めになってるみんなの美勇人くんが、ウルトラ救世主でとってもとってもかっこいい。救世主は、確かに美勇人くんだったし、そうであったと必死に必死にクラップに込めて。変わることを「チャンス」だという歌が声が、ダンスが顔が、かっこよくてかっこよくて…振付は一体誰だったんだろう。閑也くんかな?閑也くんかな………。

みんっなで声を出した、最後のTJ-Calling

Ka\梶山/S\閑也/M\美勇人/N\如恵留/S\しめちゃん/U\うみんちゅ/C\ちゃっかちゃんだよー!Yeah!/

宮近くんが「例えばそう、大好き!!!!!みゅうとくん!!!!!」って言うもんだから、真正面からのド直球ピュアにぎゅんんってして、美勇人くんが「ちっちゃくてもパワフル、大好きだよ○※▲$▽…ちゃかちゃん!」って答えて。もう美勇人くん(笑)頑張って(笑)ってなって。美勇人くんのことがほんとうに大好きなんだっていう宮近くんのピュアを浴びて、わたしもだ〜〜って素直になれて。幸せだコラァーーってなんか怒りたくなっちゃう。いつも「ファンの皆様、僕の前髪を乾かしてくださ〜い」ってしてた海人くんが、「最高の公演をありがとう!」って言ってくれて、「ファンの皆様、僕に身長を分けてくださ〜い」ってしてた七五三掛くんが、「ファンの皆さんに出会えて幸せです」って真っ直ぐな瞳で言ってくれて、本当に本当に幸せで胸がきゅーーんって締め付けられてた。もうコラーーー!!!宮近くん発案らしいので、歌割りできる権限を最大利用して、多分美勇人くんに公開告白したかったのであろうし、本家キスマイさんが、リハしている隅でニセモノが練習してたってちっちゃくなって再現してくれるトラジャはとってもとってもとっても可愛かった。実際には、合同でもTJ-Calling!してくれたので最後ではなかったのだけど、だからMCでも練習させてくれたり、深夜練する?って言い出したりしたのかな(合同初日のトラジャ担は絶対に深夜練帰りだった)と思うと愛らしいし、7人でしか出来ない曲を選んじゃうトラジャは、とびきりに切なくて愛しい。

ドリカム(Hey!Say!JUMP)は如恵留くんの振付・構成で、「君といるだけで いつでも強くいられるから」をのえみゅで指差し。海人くんの「手を伸ばしてごらん〜」で輪っかになって隣の人の膝に頭をのせる6人。膝に乗った美勇人くんの顔の輪郭をべたべた触る宮近くんったら、べらぼうに甘えた・・・

MCやクイズコーナーの梶リーグも、あぁ~やっぱりこの人たちイカれてるわ〜ってもうそれがいつも通り、相も変わらず、お腹が引きちぎれそうになるんですよ(笑)

美勇人くんは、如恵留くんに100個大学に行かせたいし、宮近くんをデブ(昔は大福)呼ばわり。七五三掛くんにランドセルのCMさせたくて(一同\ららら〜ランドセルは♩ててて天使の、は〜ねっ/)、お顔が好き(七五三掛くんを選ぶとことは、「顔で選ぶタイプ嫌いだぞ!外見じゃねーぞ!男は!」らしい)なのも、モデルになりたい海人くんを軽くあしらっちゃうのも、当たり前の笑顔いるからいっとうに愛おしかった。

プレゾンメドレー、「ラストはこれだ!!!!」と叫ぶ、宮近くん。あの、イントロ流れる。終わって欲しくない、みたいな嘆声まじりの、湧き上がる声たちに、ニヤリ笑って。もうそれは、狂ったくらいの暴れるくらいの気迫で鬼気で、暑くて熱くて破るみたいに脱いだシャツ、でもピッタリ揃った足並み。それぞれの部屋で、踊る7人。動き出すマンション。ヘッドマイクが取れて、それを引き千切って、叫ぶように吠えた美勇人くん。

Hey!You Guys!

\Guys!!!/\Guys PLAYZONE!!!

客席は、どちらの意味でもそれぞれここぞと懸けたものがあった。言葉にできないまま、名前をつけられないまま、落とし込んで丸めこんで、見せないようにした熱とか、最高な彼らの最高のパフォーマンスへ伝えたい最高の思いとか、とにかく一緒に最高の夜にしたくて、それが楽しくって、いつも以上のまっすぐな愛にしてぶつかっていってた。なんだろう、ビリビリ身体電気が駆け巡るくらい、歓声がみるみる呼応してた。ステージで光を浴びる7人は、Travis Japanとしての自分の命を全うして、魂から燃えるようだった。心からの雄叫びに、客席も突き動かされて、あるだけの命を尽くして、ひとつになったことを体感してた。あのガイズのためだけに、そこにいる全員が魂で生きていた。全員の炎がシンクロして、煮えたぎったぐつぐつの熱気が、EXシアターを包んだ。今も胸で熱を持ったままのこの閃光。何もが熱烈で強烈で、人生で一番に忘れられない美しいステージだと、疑わずに思った。

ついさっきまでもあんなに踊っていたはずなのに、とびきりの汗を、自らのための光になびかせて、極限まで真髄まで踊りきってくれるTravis Japan。そんな全身全霊の目撃者だったわたし達も、今しか生ていなかったし、7人は、決して寂しさとか口惜しさとか、後ろ向きな何か思い入れを見せることはなかった。終着駅がすぐ後ろに迫っているから、その刹那的あはれが美しかったのかもしれないけど、ただただ今しかない今を楽しんで全力で生きるトラジャが、素敵で素敵で眩しくてしょうがなかった。Guys PLAYZONEをしていたあの日あの時間が空間が、世界一宇宙一、熱い夜だったと言い切れる。それくらい、もう伝えられない以上、最高なアイドルと、最高の千夜一夜の巡り会い、最高の魂の共鳴、だった。2017年夏、六本木EXシアターは青山劇場に、Jr.マンションはあのジャングルジムに、カンパニー最年少グループだった少年たちは、PLAYZONE2017の主演になっていた。

最後の\Guys PLAYZONE!!!/で白幕がドーーンと降りて、拳を突き上げた7人のシルエットが映る。その7つの拳が強くて、強くて。やってやったと言わんばかりに伸び続ける影が、愛しくて愛しくて。心が震えずにはいられない、幕閉めだった。

アンコールには、嵐の「Don't you get it?」。美勇人くんの痺れる低音ソロパート、「ここからPump it up 空回り No!」でここぞとばかりに跪いて美勇人くんをキラキラするトラジャと、全力で\fuuuuuuuu〜〜〜!!!/するトラジャ担。み〜んなみんな、美勇人くんのことが大好きすぎて、それを伝えたくて仕方なくて、とってもいい関係だなあってもう。みんな楽しそーに真面目にはっちゃけて、ニッコニコ歌ってバキバキ踊るそのバランスも、\トラジャ!/の煽りも、あまりの青春の眩しさにこのまま時間が止まればな、と思ってしまう。

アンコは、あれしかないだろ!って始まった「Supernova(V6)」。

振付が美勇人くんなスパノバは本当にこれしかなかったし、ファンサ曲を選ばず、死ぬんじゃないかってくらいの最後まで燃え続けるトラジャがトラジャで、燃えるくらいの恋で愛でC&Rを叫んだら、命懸けで伝えてくれる、それは本当に特別な、一夜だけのSupernovaだったんだよ。

声を出せば出すほどそれに答えてくれることがわかって、沢山褒めてくれるトラジャが可愛くて、大好きで、もっともっと声を出すことが使命で、もう無意識なくらい無我夢中で。みんなの声がなければ、踊れなかった。奇跡の公演だ!なんて言ってくれて。ありがとうって言うと、こっちがありがとうだよと「ありがとうって俺らがいうから、どういたしましてって言って」なんて言われる始末。わたし達の\どういたしまして〜!/に、固めた〜?なんて、嬉しそうにしている7人。何回でも、何万回でも、ありがとうを言いたいのはこっちなのに。大切な人たちに、こんなふうに大切に、やさしくしてもらえるなんて、愛しいがそこら中に零れ落ちちゃう

「俺らのことが好きか!!!本当に好きか!!!ついてこれるかーーー!!!そのままでいてくれーーーー!!!

マイクを外して満身の力で叫んでくれた海人くん。 今が、今のままで、一番大好きだった。待ち受けるこれからや今を悲観するんじゃない、情を引き止めるんじゃない。いつか振り返るときが来たとして、この人たちは絶対、過去を不遇だった、なんて言わないんだろうなと思った。わたし達だけは、このままでいたいしいれるし、これでいいんだって。海人くんもトラジャもそのままでいいんだよーーー!!!わたしは、トラジャのこともっと応援しなくちゃいけなくて、こんなに幸せにしてくれるトラジャを今度は幸せにしてあげなきゃ、もう駄目だった。

最後の最後、言葉が詰まって、顔がぐしゃってなって。一生懸命天を仰いで奥に下がっていく宮近くん。おいおーい!!ってただただ優しい顔で、溢れてしまいそうなそれを止めにかかる一同。「ちゃかちゃん今回引っ張ってくれたもんね」ってお兄ちゃんな美勇人くんがいて。沢山のたくさんの別れを経験して、強くならざるを得なかった、トラジャの顔にならざるを得なかった、一人でトラジャを背負った、ちっちゃな勇者宮近くん。今日のこの夜が世界一幸せで、嬉しくて、楽しくて、ここに幸せにしてくれる人が仲間がいて、ここに居てよかったって、もう大丈夫って、思えた涙だったらいいなぁ。

少クラトップバッター名前が出ていた宮近くん、顕嵐くんの隣でSexy Zoneを支えていた宮近くん、岸くんと背中合わせでガチャガチャ♩していた宮近くん、ガムシャラ常連でチーム覇を率先して「明るく行きましょう!」していた宮近くん、帝劇の0番でリアデラを踊った宮近くん。とても美しくて強い人。全部ぜんぶ大好きだし、そんな宮近くんにあるTravis Japanが本当に大好きだ。ここから、もっともっと宮近くんが、嬉しくて楽しいといいなあ!

最後にみんなでTravis Japanしようって言って、7つ合わさった手とか、重なる声とか、スモークを出してくれることとか、最後とかもうそんなそんなことより、幸せそうで、幸せだった、\Travis Japan!!!!/ 本当に本当に、奇跡の公演だと思った。

ずっとずっと笑っていた美勇人くん。深いお辞儀をして、「お仕事頑張って」って言ってくれるのが、とてもらしくて。そうあるべき笑顔で、最後までそのままで居てくれるのは、一点の曇りもない、最高のアイドルを全うしてくれるのは、美しくて勇ましくて、その名の通りの生き方をしていて、ずるいくらいにカッコ良かった。

今思えば、こうなることが初めからわかっていたのかもしれない。いつか、いつか、と思って先延ばしにしていたことが、終わってしまうことで始まって。誰もわるくなくって、誰にもどうしようもなくて。どうしてもどうしても大好きだから、呆気なく手放すことができなくて。大好きなのに、"なんで?"と思ってしまう自分勝手が悔しくて。そういう悲しさの、やるせなさの、弱ったハートが擦れあって、ささくれみたいにとげとげになってしまって。憶測も本音も、もう誰も、何も言わないで、ほしいなぁ。彼らはただ、アイドルとして、笑顔ステージに立ち続けている。

森田美勇人Love-tune/Travis Japan)がとても、とってもだいすきでした。少クラで、両方の登場場面で現れる出ずっぱりな美勇人くん、アイランド、木星から金星へその場でジャケットを纏って変幻する美勇人くん、ジャニーズJr.祭り、トラジャのジャケットのうえにラブのジャケット羽織ったり、ラブのジャケットのうえにトラジャのを羽織ったりを、同じくらいの交互にしてくれる、心やさしい美勇人くん。いつも両グループのまんなかを歩いて、なのにどちらでも0番になれた美勇人くん。本当に、どっちも100%だった、美勇人くん。衣装を変える度、曲が変わる度、変身する美勇人くんは、本当にみんなのスーパーヒーローで、仮面ライダーみたいだなぁって。惚れ惚れせずにはいられなくって。嵐についたら翌日はえびバック、ドリボに出たら幕間で稽古、次はえび座で…、アイランドガチャも最もバック選抜される名実休みのなかった美勇人くん。精神的な切迫を考え出すとキリがない、なのに呼ばれるうちが華、なんてやっとのお休みダンス留学なんてしちゃって。グレちゃってたくせに、もりたさんきょうだいでまわしてる、なんてひらがなで言う美勇人くん。出演公演数を知っても、昔の方が、なんて何食わない美勇人くん。トラジャを引っ張って、ラブを持ち上げて、全部を抱きながらアイドルで居てくれて、本当に本当に凄い美勇人くん。トラジャが冬の帝劇に呼ばれたこと、今やオリジナル衣装や曲をもらえたこと。多分、あとちょっとのところで、脇役になってしまわなかったのは、トラジャの今があるのは、毎週の少クラに、Jr.のコンサートに、やっとおんなじ土俵に立てたのは、美勇人くんが、Love-tuneで、Travis Japanで、いてくれたおかげなのかな、と。そういう、守り抜き方をしてくれたんだ、と思う。美化しすぎだと怒られてしまいそうだけど、もう大丈夫なところまで、守ってくれたんだ、と思えて。きっと夢だったモデルお仕事、あの強火トラジャ担な出版社だし、ちょっとは恩返しできたかな?なんて思ったりもして。美勇人くんが、これからもこれからもずっと幸せで、アイドルでいることが幸せでありますように。ずっとずーーぅと大好きだよ。最後まで筋を通してTravis Japanをしてくれて、ありがとう

公演終了後、ロビーや外、そこら中に大粒の涙が溢れていました。わたしコンサート中、こんなに泣きっぱなしになってしまうなんて、こんなことってなくて。泣き笑ってしまうくらいに、涙を止めることができなくって。こんなにも直に感情に訴えられるって、こんなにも心が叫んでしまうんだなあって。視界がすっかり眩んでしまったせいで、君が泣いているのかなんて錯覚してしまうくらい、もうこんなにも大好きだったって、溺れてしまうくらい見惚れてて。ここで一心不乱になって宙を蹴る美勇人くんには、このフォーメーションで歌って踊る7人には、もう会えないかもしれないけど、限界まで踊りきってくれるトラジャはカッコよくてカッコよくて、前しか向いていなくて。だから楽しくて楽しくて、大好きで堪らなくて、なのに最後で。胸から沸き出す愛しい気持ちが瞳にまで滲んじゃって、幸せで切なくて、全部を噛み締める、そんな涙だったと思う。箱推しなんて遠に諦めたのかと、そう思ってしまってたけど、どの人もみんな、7人が、Travis Japanが大好きで仕方なくなってて。こんなにも愛されてるんだ、愛してるよねって、全員とハグしたい気持ちだった。いつだって強く、優しく、いつだって清く正しいアイドル、魂から美しいTravis Japanのため、そんなふうに相応しく美しい力でありたいと思った。

グループを背負って顔になってくれた19歳のちっちゃなエースと、ブレインとして先回りの優しさで受け止めてくれる紳士、パフォーマンスストイックなのに喋れば奇天烈大天使永遠反抗期だからってすーぐキレてすーぐ照れる愛しずやな天才振付師ビジュアルスキルも磨いてしまった愛されヒモアイドル、表現豊かな最年少・笑われ役に躍り出た岡山の偶然(笑)に、みんなだいすきみんなの救世主だった美勇人くん。この7人が本気で守った居場所、眩く魅せた太陽燃える場所みたいなこの夏の彼らを、愛さずにはいられない。

結成5年の歳月を経て、初のオリジナル曲を頂いたことが分かりました。煌びやかなリズムミュージカルステッキタップダンス、彼等にしか出来ない『夢のハリウッド』。「Travis Japanには本物のアーティストになってほしい」と、オリジナル衣装はお披露目する機会を推し量っていたこと、こんなにも素敵なえ楽曲をもらえたこと。こんなにも愛されてた、Travis Japan。単独公演で"オリジナル曲"を明言しなかったこと、合同公演では披露しなかったこと。これはもう夢なんだけど、もしかしたら、もしかしたら、本当はもっと前に用意されていたのかもしれないし、その前から6人になることが分かっていたのかもしれない。最後の一秒まで、余命の限り7人だったTravis Japanは、世界いちばんに美しくて儚い。これは7人で掴み取った楽曲だなぁ、と思う。

一歩引いたところで卒業式であることを示唆して、わたし達に送り出す覚悟をくれていたTravis Japanは、もう強くて大人でそこはかとなく優しい。時には泣きたくなることもあるけど、彼らなら、その汗も涙も笑顔も、歩く道もすべて、息もできない、瞬きも惜しい、見たこともない煌めきにしてくれる。それは悲しいとか寂しいとかゆえの扇動ではなくて、絶対に憐れなんかじゃ、ない。もっともっと最高のステージで、最高のパフォーマンスに出会わせてくれるって、存在が証明してくれるって、きっと。当事者であって当事者でないことがどうしようもなくて、そのステージでは、彼らを全身全霊で幸せにする側にいれるかな。

Travis Japanにこの夏より、更にウルトラスーパーハイパーな幸せが、9人が、8人が、7人が、必ず、幸せでありますように。世界いちばん最高な7人、宇宙でいっちばん最高の夏を、ほんとうにほんとうに有難う。森田美勇人という愛しの救世主がいて、とってもとっても、幸福だったよ。努力と進み続けるあなたは、一番のアイドルです。この先のステージでも、どうか何より輝いていてね。Travis Japanだって、負けないよ。今度は、わたしが、みんなが、救世主になる番だ。


”いまさら「何で?」ってなんて 言わないよ

夢なら覚めてる 君の笑顔 今も 消えないから

雨 雨 雨・・・

雨はもう、止んでいてね。

2017-08-28

8/27

二人が昼前のバスで帰った。

一人になった家は見違えるほど綺麗になった。ピッカピカ。

一人でやってもここまで綺麗にならないのは何故だろう。

旅先で散々カーチャン達にキレてきた。あれやこれや。

帰って一人になった時に後悔しきれないぐらい落ち込み、ベッドに潜り込んで枕に涙をながす。過ぎたときには大したことなかったのにと再び後悔する。

部屋机の真正面に見える窓際に飾ってある家族写真

随分前で何時か覚えてないし日付も見えないかな。

そこそこ昔なのにあっという間に二人とも50代。元気だけどそれでも、、、

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小学生のころ

二人とも仕事でやや忙しかった。だがその裏でとうちゃんは「ふ」の真っ最中だったらしい…カーチャンココロやられてたらしいが当時心が添付されてない会話と幼さで状況が分かりやしなかった。

育児放棄からほど遠いが心はしばしばそんな感じだった。

何をどうしたのか分からないしよく覚えてないが幸い二人をつなぎとめることができた。

それでも心は変わらなかった感じだった。

多分このころが一番の元凶

ギリギリ不関心な感じ。一緒に何かを育んだり最後まで取り組んだ記憶がない。

報酬系がうまく育たなかったのかもね。

環境自体は悪くなかった。金にも困ってなかった。だが足りなかったのは温もりだと度々想う。

現代の子供がゲームに夢中になる理由報酬と罰がハッキリわかるがよく挙がる。

おそらくこれだった。

友達が遊んでたポケモンに興味惹かれて同年代の子たちより遅めに遊び始めた。

あれは良かった。子供なりのコミュニケーションツールであり、コミュニティーへの参加券だった。家で話せる相手がいなくてもポケモン話題を用意してくれた。

今思えばこの流れは成功でも失敗でもあった。だが溝が深くなるだけだった。

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二人と心のある会話が多分少なかったせいで人を観察するばかりしてた。日本語をまだ習ってないのに入った日本語メインの幼稚園で覚えた昼ごはん屈辱。おかわり欲しいだけだったのに言えなかっただけでみんなに見られて笑われた。石塚英彦(イメージに傷ついたらスミマセン)みたいな体型の女保育士がなに言語不自由を笑ってんだ。お前のせいで喋るのが今でもすこし躊躇うようになったんだぞ。

小学校には人生に何事もなかったように入学した。

初めての学校小学生未来の話は早い早いと思われがちと思うが、「深い」直感はいつも正しいと思う。あの時クラスの中に一人だけ素質が違うのを感じた。直感学校の果て(大学など学歴における小学校沿線上の先にある何かという感覚 )にランキングあったらこいつはトップにいるだろうなと確信したのは授業参観日で自分名前に込められた意味・願いの発表だった。彼の自信がこもった発言動作一つ一つのキレの良さ。確信したよ。そして高校卒業大学進学。ふと思い出した彼の名前を顔本で探したらなんと東大現役だった。

これは正直おめでとう以外の気持ちはなかったよ。学歴直感を照らし合わせてもチートでもなんでもない、これが実力だという真の勝ち組雰囲気が漂ってた。素直に同級生だった奴の一人が人生における一つの成功を掴んだことが嬉しくてたまらなかった。この調子でいけばさらに大物になるだろう。期待してる。

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二人とも比較的に早い段階で世界の反対側を見てきた。だから気がつけば自分も鏡の向こうにいた。この体験はまるでタイムマシンのようだった。

ある日は卒業式保護者席に。ある日は学校に居ながらも皆が先に散らばってたのを知った。

現実に戻るまで何度見た走馬灯

二人の仕事や個々の問題が落ち着いてきた。今までの溝の埋め合わせや溝があったことへの許しを請うようにほぼ毎週末運動施設に連れて行ってくれた。

だけど遅かった。

突然の心の共有に異常検知したのか、受け入れがたかった。

今思えば家族全員の失敗である。何事もなかったが当たり前と慣れてしまってた。逆に何事もなかったように家族であろう姿に戻ろうとする二人。隣り合ってもお互い違う価値観の基に過ごしてきた。

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少年オタクになった。

別にオタクになるのは悪いこととは言ってないとまず断言しておく。

オタクになるまでに感じたことはおそらく読んでる人達がこれまでorこれからないだろう。

新しい環境。新しいクラス幼稚園屈辱が時々脳裏に浮かんで無口で過ごした。馴れ合うまでの経緯は忘れたが、日本人日本の魅力を教えに来た同級生がいた。

可笑しいよな…日本人じゃない奴が日本人日本の魅力???

実際そうでもなかった。オタク文化を紹介され、いつしか彼と他の仲間たちとなけなしの小遣いでグッズショップ巡りした。

ボカロにも出会った。

wowaka蝶々P、ゆちゃP、164、40mP、etc…。素晴らしい音楽を世に出してくれた。やや機械音だが生身の人間じゃない何かが発する言葉の羅列が逆に心に届いた。

だけどある日二人に見られて「甲高い機械音」と言われたときはようやく見つけた居場所が傷つけられて溝が更に深くなった。

いつしかラノベという文学を知った。

授業なんて聞いてないで一日一冊半ぐらい読んだ。日本語文学なんざラノベ以外読まない日々だった。

日本語がみるみる上達した。ほぼラノベで養った語学力で今は私立トップ校に在学中だ。現役で入って留年もしてない。これでも悪と言い張れるか?そもそもラノベ害悪という人は何を根拠拒否しているのだろうか。

話を戻す。

彼らとつるんでいるうちに学校に慣れた。だが成績のほうはリーマンショック暴落の直後のようだった。別に二人も特に心配していなかった。

オタク進化した。PCギークオタクになった。

学校というものを取り除けば楽しい毎日だった。なにかOS裏技を見つけては仲間と共有して、学校というパノプティコンイタチごっこしてた。

場所は変わってないが年取った。

イタチごっこは相変わらずだった。だがたまに学校からウェブサイト開発案件が来た。三人体制だったがあのときにゃあgitなんか知らなかった。

マーク・ザッカーバーグストーリーはご存知かな。彼が同級生兄弟と一緒に顔本を作るはずがいつの間にか功績を奪ったようになってしまったという。

実際似たようなのが起きてしまった。相手今日本じゃない公立のまあまあい大学行ってる。生意気だがあいつなりに成功の道を作っているようで奪われた身としては進歩必要犠牲としての役目を果たした感があって恨みはない。自分がいたおかげであいつが成功を掴めたんだ。自分プロデュースしたと思えば何もかもやり過ごせる。

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小中高片思い沢山してきた。「嗚呼自分普通人間だな」と感じた。だが高校では周りを見ては諸行無常だと実感した。そりゃああれだけ見たら無心になった。なったつもりがなりきれなかった。

二人からの心のこもった愛がいつしか途切れて、片思いをするたびに「この人なら足りない何かを埋めてくれるかな」と数週間悩んではまた無心に戻った。

高校最後の年。

陰湿ギークオタク電車男にすらなれない。(ごめんなさい電車男まり知らないです)

無心がリバウンドして誰でもいいから付き合いたいと思い始めた。

成り行きで一人と付き合うことができた。ランキングでいうと余り物に近い。(すまない)

付き合って数ヶ月。

燃え尽きた。

なんで付き合ってるんだっけ?誰のために関係を維持してるんだっけ?

けど卒業式四日後ぐらいに相手から別れ話出された。チャラ男ではないが、これでよかったのだ。これが一番ダメージ少ないなら相手うんざりして切り出したことで悪者にでもなっていい。と何度も何度も自分に言い聞かせてた。同時にやや恋愛恐怖症になった。

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大学に入った。頭がとてもいいってわけでもない。いくつかの大学に落ちたさ。だがこの大学合格通知が来た時はとうちゃんにとって悲願っぽい何かを感じた。無心で育てられたとは言え、心の底では「これでやっと見てくれるかな」という気もあったかもしれない。

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インターンシップにも応募した。とある大手情報企業だ。とうちゃんには無念しか残ってない所に挑んだ。

負けたよ。いつ以来の敗北感だろう。

手持ちの装備は心がない会話ばかりで作り上げた会話力だけだったよ。二回戦のグループ討論で落ちたよ。父の日だったのに朗報持って帰れなかった自分が更に悔しい。カーチャンは夢を再び見せることが出来たと言ってるが、見れたかな。。。

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大学でも片思いは何回かした。

無心を貫くと心に決めたのにまた同じ理由で破ってしまった。現実はそう甘くなかった。

ハラという言葉ができる前に遭ってしまった。ハラスメント?それ本気で言ってるの?言ってるそばから相手社会的地位を下げるような内容を公開してそれって私刑だよね?

まあこの身がコミュ障恋愛恐怖症になるぐらいだから相手もなんらかの強迫症じゃないかと哀れんで過ごせばいいと思って無かったことにした。

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カーチャンは去年あたりキレやす理由についてうすうす気づいて原因を根本的に治したいと言ったが、溝が深すぎたとだけ言った。

ここまて約10年。そりゃあすぐに埋まるわけないよな。夢でも見てたのか、途中数千字の理由を書いたが読んでも理解できないって言ってたもんね。家庭崩壊になりかけて警察を呼んで連れて行こうとしたもんね。

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最後に話を最初に戻す。

二人にキレまくったこと。すぐじゃないが、いつも一つ一つ後悔する。途切れた愛でも、無かったことにはならない。しかし合間が大きすぎた故、怒りと許せない気持ちがどうしても先走ってしまう。

キレたその夜には枕元で、「もし今夜、明日明後日、突然の事故で二度と触れる事ができなくなったら?」「もっといろいろやれたのに」と悪い想像をして悲しみ、寝落ちするまで泣いてしまう僕がいる。

さすがに10年も考えればいくつか答えが見えたよ。

無かったことにしたことには慣れた。だったら無かったことを無かったことにすれば少しは良くなるのかな?

P.S.

まり元どおりまでバイバイバイ

思いついたら歩いていけ

心残り残さないように

砂の惑星10周年か。ちなみに最初に聞いたボカロ曲はなぜかデッドボールPの曲だった。

今日wowakaアンノウンマザーグースをようやく聴いた。このリズム、この歌詞…何もかもが懐かしい。何よりも聴いた瞬間

もう一回 誰も知らないその想い

この声に預けてみてもいいか

あなたには僕が見えるか?

あなたには僕が見えるか?

どうやって この世界を愛せるかな

いつだって 転がり続けるんだろう

ねえ、いっそ

誰も気附かないその想い

この唄で明かしてみようと思うんだよ

の部分が一番響いた。

運命も偶然とかいつも信じてもどうにかなるものではないと思っているけど、これは自分決断を忘れないうちに書き下ろしていつしかまた自分に読ませて落ち着こうという願いで書いた。

ありがとうwowaka。この決心に背中を押してもらって。

最後に、

「もう少しだけ友達でいようぜ今回は」

引用

https://www5.atwiki.jp/hmiku/sp/pages/36575.html

https://www5.atwiki.jp/hmiku/sp/pages/36481.html

2017-08-21

通信簿に1をつけられたことがある

中学生時代通信簿に1をつけられたことがある。

かと言って別にヤンキーだったとか、不登校だったとか

そういう訳ではない。

至って普通に学校に通い、普通に授業を受けていた。

1を付けられたのは技術の授業だ。

でもその授業は毎回ちゃんと出席して毎回の時間を使い、

提出するべき作品問題なく作り上げ提出した。

ただ、最低評価を受けたことに思い当たる節がある。

それは担任にめちゃくちゃ嫌われていたことだ。

他にクラス内でカースト上位からはとにかく嫌われまくっていた。

だけど別段いじめられていた訳ではない。

自分と付き合ってくれる友達一定数いて、ごく普通に過ごしていた。

ただ、担任になんで嫌われていたかは分からない。

問題を起こしたりすることもなく、接点も全く無かったから。

その担任高校への進路相談の際、とにかく嫌がらせのようなことを言ってきた。

行きたい高校美術科への志望理由を言っても「そんな理由じゃだめだ」と圧迫された。

さらに親を交えての懇談会では、志望の高校については「私さんじゃ無理です」と一蹴、

県外のよく分からない偏差値の低い全寮制高校

紹介してきて本当に意味不明だった。

とにかく、私の人生をぶっ潰す気でいることはよく分かった。

行きたい高校へは、美術先生フォローをしてくれて受験し、合格をもらえた。

その先生には本当に心から感謝している。

高校も無事決まり、その後も学校に真面目に通い卒業式を控えた前日、

配られた通信簿を見たら技術の項目が1だった。

あとは書き始めの通りだ。親はちゃんと学校に抗議してくれた。

担任とぼけまくってた。チェックがおろそかになってましたーだとか。

そういうものだろうか。技術先生はとにかくビクビクしていた。

技術先生は喋るのが下手だった。授業内でもどもりまくってて

鈍臭かった。きっと担任の指図で1をつけたんだろうなぁと思った。

最後校長から、このことは内密にお願いします。と言われたけど、

増田ってこういうのにうってつけかな、と思って

思い出した記念に残しておきます

あの時の美術先生本当にありがとうございました

8/30 追記

こんな長文を読んでくれた方々、まずはありがとうございます

トラバに対して:

私の学校では相対評価ではありませんでした。

原則として、著しく授業放棄妨害をしているまた、

与えられる課題を一つも提出していない生徒が

1をつけられることになっていました。

もし、私が2をつけられていたら、もしかしたら

親は不服に思いながらも抗議をすることは無かったかもしれません。

2017-08-06

誰とでもガストに行く女

だった。

別にガストに限った話ではない。私は異性と出かけることに抵抗がなく、むしろ同性と遊ぶよりも気楽で良いとすら思っていた。たとえ自分彼氏がいたとしても、だ。

高校2年生のとき初めて彼氏ができた。部活の先輩だった。先輩は生徒会活動が忙しく、校内にいてもあまり会えなかった。

からというわけではないが、私は部活の同期である男子と一緒に下校したり出かけたり、ということを平然と行っていた。

先輩に贈るためのクリスマスプレゼントを、彼女持ちの男子部員と二人で買いに行ったこともあった。その人は自分彼女ルームシューズを買っていた。

これバレたらやばいよね、と笑い合った。今思い返すとろくでもない。

いつからか、その人とは別のとある男子部員とたいへん親密な関係になった。その仲は、付き合っているのではないかと噂になるほどであった。

先輩は私に「訝しく思うこともある」と言った。それに対して私は「そいつことな別に好きでもなんでもない。貴方しか眼中にない」というような言葉を返した。

先輩は「じゃあ問題ない」とだけ言った。

これは余談だが、先輩は受験生だったのにセンター試験直前までガンスリンガーストラトスをしていて幻滅した。

その後あっさり別れた、というか私が彼のTwitterスパブロしたことにより関係消滅した。そして私は3年生になった。

高3の間はずっと、前述の親しい男子友達以上恋人未満みたいな関係をだらだら続けた。卒業式の数日後に付き合った。

友人から彼氏となった彼が大学の後期試験を受けているときに、私はクラス男子3人とカラオケに行っていた。人の心がなさすぎる。

私は大学生になり、彼は浪人したのち専門学校へ行った。

長期休暇で帰省するときだけ会っていた。その機会に私は他の男とも会っていた。帰省の際に他の男と二人で会うときは一応申告した。「全く知らない人だったら嫌だけど、その人(共通の友人)なら別にいいよ」とのことだった。

まあ大学では彼の全く知らない男と二人で遊んでいたんだけれども。

サークル同期の男子ガストに行ったり酒を飲んだりした。朝まで飲んで、それから酔った私の提案する意味不明散歩に付き合わせたこともあった。

サークルの後輩ともガストに行った。ウェイ大学生カップルで行くような季節のイベントに、二人で何回も足を運んだ。

彼はたぶんそれを知らない。何も明かさないまま彼とは別れた。

一緒に出かけた男たちは全く私に手を出さなかったが、「俺じゃなかったら襲われてたよ」と言われたことはあった。あと、「君はビッチだよ」とも言われた。

結局ガストに行きまくった後輩となんやかんやで付き合うことになった。

今の彼氏は私に「誰であっても他の男と出かけるのは嫌だ」と言う。そういうところが好きだ。

から、私はもう他の誰ともガストに行かない。ガスト以外にも。

しみじみとそう思うのである

2017-07-25

naoyaはてなダイア...

2017-07-25 09:32

■ A さんの件についてAdd Starnetcraft3 (blue)gorilla-boots (green)s-wool (green)karma_tengu51ochikobore1234

以下、A さんとします。

A さんとは 2015年終わりくらいから徐々に、本格的な交際関係に発展していきました。それまでも A さんとは体の関係はありましたが、都度の関係性で、まだ交際関係にはありませんでした。当時 A さんが何度かプライベートのことで落ち込み、死にたいということも含めて私に相談することがあり、それをケアするようになってから関係が深くなっていったように思います彼女は非常に知性的で、私の仕事の話もよく理解してくれることに魅力を感じていました。

しかし既婚者であり離婚は考えてはいなかった私は、彼女人生責任を取ることができないとわかっていました。それにも関わらず関係を深めてしまったことが、最終的に A さんを大きく傷つける結果を招きました。本当に申し訳ないことをしました。

私は A さんに好意を持っていたもの離婚は考えていなかったため、A さんから自分たち関係は何なのかを質問されるようになっても、よくはぐらかしていました。2016年 2月頃、その私の態度に悲しんだ A さんがリストカットを行ったため、私は慌てて、私たち交際関係にあると伝えました。自分精神面で支えてあげなければいけない、そう思って交際することにしました。今思えば、この頃自分がそれ以上踏み込むことをしなければ、A さんをここまで傷つけることにはならなかったのではないかと思います

婚姻関係にありながら A さんと交際する中、私は A さんにお酒の席や LINE などで、家庭の悩みや愚痴を打ち明ける機会が増えました。その愚痴には誇張も多数含まれています。今回 A さんが書かれたブログには、その打ち明け話を元にした妻の姿も記載されていますが、それらは実際の妻とは異なります。私は、私が原因でうまくいってない家庭の悩みを妻のせいにして、それを A さんに伝えてしまっていました。その話が膨らんで、妻の虚像の元になってしまっています。妻はクレジットカードブラックリストにも入っていませんし、浪費癖もありません。自分で働いてコツコツと貯めたお金開業資金に、最近起業したばかりです。私の放言が A さんに妻を悪く思わせてしまっただけでなく、起業したばかりの妻のパブリックイメージも大きく傷つけることになってしまいました。自分自身の失敗をきちんと見つめることができず他責にしてしまう、私の人間としての未熟さが出てしまったと思います

A さんと私が以前から体の関係があったことは先に記したとおりです。当初は A さんも私も双方で避妊をしていました。そのうち、Aさんが避妊しているので私の方は避妊をせずに性交渉をするようになりました。A さんはちょうど私と関係が深まったころに、Aさんの避妊を止めました。私はそれを知りながら、かつ妊娠可能性もわかっていながら避妊なしでの性交渉に及びました。何度か避妊をしたいと A さんに伝えたこともあったのですが、日頃 A さんの申し出を否定すると A さんがリストカットに走ったり、ネットに私のことを公にすると迫ることがあり、それが怖かったこともあって結局は避妊せずに性交渉を続けてしまいまいした。

2016年9月ころ、A さんは妊娠して中絶しました。この妊娠中絶事実を私はその後もしばらく知りませんでした。A さんは私を制裁するためにブログを以前から用意していて、喧嘩になるとそのブログを公開すると私に迫るようになっていたのですが、後の 2016 年12月に、会食で私が A さんの LINE に応答せずにいたことで私がいなくなると恐怖した A さんがブログ公開しました。それを読んだことで妊娠中絶のことも知りました。本当にブログを公開されたことは怖かったですが、それ以上に、妊娠中絶のことにとても驚き、後悔の念でいっぱいになりました。A さんに謝罪をし、二度と同じことを起こしてはならないと考えそれからしばらくは、性交渉もつことをやめ、A さんと会う際はお茶食事のみに留めるようにしました。

しばらくして、再び A さんと性交渉に及ぶ機会になった際、私は避妊したい意思を申し出ました。しかし A さんは、再び子供妊娠して次は中絶せずに生むことを決心していたため喧嘩になりました。このとき妥協案として、せめていつまでか時期を決めてほしいと問われたので、私は A さんが就職する 4月までは少なくとも避妊しようと打診しました。この会話が A さんにとっては 4月になったらまた子供を作ろうと約束した、という認識になったようです。約束できないなら約束できないで、はっきり NO と述べれば良かったものを、ここでもまた相手の反応を恐れて曖昧な返事をしてしまう私の悪い癖が出てしまいました。

この当時には、私は A さんとの関係を今後どうしていくか悩んでいました。A さんのことを支えたい気持ちはありつつ、離婚することは考えていない。その中途半端な態度が A さんを傷つけ、A さんに私を制裁したいという感情を抱かせて喧嘩になってしまう。これの繰り返しでした。

やや話は前後しますが同じ頃、2016年10月に、私と A さんが外で会っているところを盗撮した数十枚の写真が妻の元に届きました。その送付先は、すでに退職済みであった妻の元職場でした。元同僚が中身をみて驚き妻に転送したようでした。妻は狼狽していました。予想外のこと驚き、怖くなった私は、この件をきっかけに区の相談所などに相談をはじめました。その勧めで、警察相談することになりました。

警察では、A さんとの関係解消をするに伴う制裁が怖いなら、警察彼女を連れてきてその場で警察官立ち会いのもと話をすれば良い、とアドバイスされました。これが後に、私が彼女警察に連れて行く動機になりました。

A さんをすぐに警察につれて行かなかったのは、私の中でも本当にそれをしていいのかと、ずっと躊躇があったからです。被害届を私が出すことで、警察は警告を含め動くことができると言われましたが、それをしたときに何が起こるか想像すると怖くて、すぐには決心できませんでした。結果、警察相談したにもかかわらず軟着陸できないものかと、ずるずると関係を続けました。

2016年年末には、A さんから指輪を買ってほしいとせがまれました。それまで A さんには、生活費と称してほぼ毎月、いくばくかのお金を渡していました。12月はそのお金はいらないから、それを指輪に回してほしいとお願いされました。このとき買った指輪を、A さんは婚約指輪だと認識したようでした。これは最近、初めて知ったことでした。離婚はしないことは何度も伝えていたつもりでしたが、やはり日頃の私の曖昧な態度が、A さんにそう誤解させてしまったのだと思います

2017年1月頃になると、A さんとの会話はよくトラブルになることが多くなりました。それでもなお、私は自分意思をはっきりと A さんに伝えることができず、A さんはそれに傷つき関係性は悪化していました。そのうち A さんは私だけでなく妻にも関心を持つようになり、妻を殺害するなどの発言をするようになってしまいました。

状況を危惧して、私と A さんはふたりカウンセリングを受けることにしました。カウンセラーは A さんが探してくれました。カウンセラー先生出会ったことで、非常に安堵して、1 on 1 のカウンセリング号泣してしまったのを今でもよく思い出します。

しかし、このカウンセリングをもってしても、関係自体はそれほど改善しませんでした。

A さんとの LINE電話でのやりとりが昼夜問わず頻繁に交わされるようになり、仕事だけでなく、頭痛吐き気、不眠などの鬱症状が出始めるなど私の体調にも影響が出てきました。体調が優れないときにやりとりをすると、A さんに優しくすることができずに喧嘩になる。悪循環でした。

避妊をしないという約束をした4月も近づき、それまでにはなんとかしないとと思っている中、心身共に限界を感じたため、2017年2月に、六本木麻布警察署の向かいレストランで A さんに関係を解消したい意思を伝えました。もしそこで、何かあった場合は、警察場所を移動するために選んだ場所でした。結局この日は、警察には行きませんでした。

話し合いが別れたい、別れたくないと平行線になるとどうしても、A さんは「じゃあブログに公開して死ぬ」、私は「それだと警察に行くしかないじゃないか」という言い合いになりました。そこで私から「じゃあ、一切そういうことはしないと約束する代わりに 1,000万円を慰謝料として用意する」という提案しました。しかしそれも実現には至りませんでした。結局、その 2/13 日から一週間ほど後に A さんが看護師試験を控えている、それを乗り越えるためにも、その日は結論は保留することにしました。

私は以前から、A さんが看護師になることを楽しみにしていました。A さんは大学卒業後、自分でお店を経営したり、たくさんのバイトをしたりとで非常に苦労してきたあと、3年間学費自分で出して看護学校に通い、就職先の病院も決まりようやく看護師になるという道が見えてきたところでした。その道を卒業間近のいま駄目にしてしまうことは、全く望んでいませんでした。

このとき判断は保留にする、別れるとは言わない代わりに、私から、じゃあこれから先、脅迫行為は一切しないで欲しいと本人に約束してもらいました。

この約束甲斐もあって、それまで毎日のようにあったいざこざが無くなって、A さんとは仲良く会話ができるようになりました。それからの一ヶ月は、多少の喧嘩はありましたが以前ほどは深刻ではなく過ごすことができました。

しかし、A さんが看護学校卒業式を終えた翌日、仕事中の私に LINE が来てまた以前と同じようないざこざが始まってしまいました。その間、一ヶ月間が経っていたためか、なかなかその会話は良い方向へ向かわずネットへの公開や妻の殺害など脅迫行為もまだ始まってしまいました。限界でした。私は意を決して、再度 A さんに関係解消を伝えようと A さんの自宅へ向かいました。

自宅へ着くなり、A さんには関係解消の意思を伝えました。予想通り、揉めました。私はこれ以上私を脅迫するなら警察に行こうと伝え、A さんは別れたくない、別れるなら死ぬという言い合いになりました。そして A さんが窓から飛び降り自殺を図ろうとしたため、私は A さんを力任せで無理矢理窓から引きはがし、そのままマンションエレベータまで引っ張りだしました。近所に交番があることは知っていたため、なんとかすれば交番の人たちに気づいてもらえるだろうと言う意図がありました。このとき力づくで A さんを引っ張ったことで、怪我をさせてしまいました。

交番の方々が駆けつけ、事情説明すると私と A さんは警察署に移動することになり、その警察署内で、A さんには私に二度と近づいてはならいという接近禁止警告がなされました。署内で最後に A さんに直接、これまでの謝罪意思を伝えて、朝方その場をあとにしました。

その直後から、A さんは私のことを書いたブログを公開し Twitter にも交際中の写真などをアップロードしはじめました。それらは警察からの警告などもあってすぐに取り下げられ、今回ほど騒ぎにはならずに済みましたが、私にはとてもそれが怖かった。

いま思えば、私のやり方は非常に良くなかったと思っています。後に A さんも、もっとちゃんと話し合いたかった、突然警察に連れて行かれて何が何だかからなかったと言っていました。私は、自分脅迫されているという恐怖心と被害者意識が非常に強くなっていたため、A さんとじっくり話すということよりも、関係を解消するということに焦ったんだと思います。そして、私はそもそも既婚者であったり、A さんの申し出に曖昧な返事しかしてこず状況を悪化させたり、妊娠中絶の件であったり、そして妻を深く傷つけていることな自分にたくさん取り返しのつかない非があることも内心わかっていました。しかし、自分脅迫されていた、こうするしか方法がなかったという被害者意識に逃げ込み、それら自分の非を認めることができていませんでした。

きちんと自分の非を認め、A さんに謝罪をし、A さんから制裁を恐れることなく誠意をもって向き合っていればもっと違った結果になったかもしれません。

それから先は、双方弁護士を通じて会話をするようになりました。

弁護士を交えての話し合いは、当初は比較的穏やかに進んでいました。私も徐々に反省できるようになり、謝罪意思がありました。しかし、時間が経ってくると、A さんから弁護士を交えずに会話したい、もっと早くに会いたい。また元の関係に戻りたい、子供を作る約束を守ってほしい、それができないならネットですべてを公にするなど、Twitter 上での脅迫が始まってしまいました。途中、私の性行為中の画像が公開されたりということもありました。

ネット上での緊張したやりとりが続いたことで、私もだんだんと態度を硬直化させてしまい、結果、芽生えていた謝罪意識が、ここでまた被害者意識に反転していまいました。慰謝料を払う意思もありましたが、どんどん「何でこんな目に遭っているのに・・・」という気持ちと共に、薄れていきました。面会は本来自分の侵した罪の償いのためでもあったのですが、暴露などが何度か続くうち、私にとっては、被害を最小に抑えるという目的にいつのまにか変わっていました。

6月7月と二度弁護士同席のもとでの面会がありましたが、そこでは謝罪するではなく、言い合いになってしまいました。

こうしてなかなか終着点が見えない中、A さんが意を決して、ブログの公開に踏み切ったのが先週水曜日です。A さんから見ると、なかなか自分の非を認めない、謝罪もない、あげくお金も払おうとしない私の対応が許せなかったんだと思います

今回こうして騒ぎになったことで、私も一人で自分自身を見つめ直すことになりました。責任をとれるわけでもなく A さんとの関係性を深めてしまったことがそもそもの私の間違いですが、より大きかったのは被害者意識を盾に、自分の間違いを認めることから逃げてしまったことです。A さんはそれによって傷つけられたのではないかと思います。また同じ自分の未熟さが、同時に妻をも傷つけました。

今回こうして、あえて公のブログに書いたのは、私自身の間違いをきちんと公の場で認めること。そしてそれをもって、A さんに謝罪すること。妻に謝罪することです。

読んでくださった方に一点だけお願いがあります。ここに私が書いたことは A さんがブログに書かれたことと、矛盾していることも多数あるとは思いますしかし、A さんがブログにかかれたことは A さんにとっては事実だったんだと思っています事実そう思わせてしまったことは、私に非があります。ですので、もしこのブログを読んでそう思ったとしても A さんを責めることはしないでください。これだけはお願いします。

A さんには今後、直接面会しその場で改めて謝罪をしたいと思っていますしかし、A さんは今、今回捨て身でブログ公開に踏み切ったため自分が表に出ると逮捕されしまうことを危惧されています。私は、私の過ちを認めるつもりです。A さんを今回のことで刑事告訴することは考えていません。これもまた公の場で宣言することで、A さんにそれを信じていただきたい、そういう気持ちです。お金約束通りお支払いしようと準備しています

自分の浅はかさ、未熟さにより A さんを深く傷つけてしまったことを非常に後悔し、反省しています。また妻にも申し訳ないことをしました。会社の同僚や、私をこれまで信頼していた周りのみなさんをも裏切ることになりました。大変、申し訳ありませんでした。

https://anond.hatelabo.jp/20170725010005

動画の映りはあまり良くないが

卒業式着物を着てCTOと二人いっしょに写ってる写真

けっこう可愛いじゃないか

2017-07-24

https://anond.hatelabo.jp/20170724141557

相手学校学祭に行って男性の疑似妊娠体験エプロン着けた写真

卒業式の日に着物着た相手といっしょに写ってる写真があるくらいだしね。

2017-07-13

https://anond.hatelabo.jp/20170713183630

https://anond.hatelabo.jp/20170713183630

この記事を読んだ。

自分非正規教員常勤講師、男でかれこれ5年目。

この記事を読むと常勤講師は恵まれているように見えるし、「時間講師と比べたら」実際相当恵まれているんだと思う。

自分場合大学を出た1年目、2年目が非常勤だった。増田よりコマ数はあったが、一人暮らしを余儀なくされたので生活はとても苦しかった。

3年目、半年任期で、病気正規教員代替になれた。

憧れの常勤講師、なんといっても給料が月額で保証されている!

生徒からもそれなりに親しまれていたと思うし、陸上部顧問として土日の練習試合引率にも行ったなあ。

ようやく巡ってきたチャンス、成果を出そうと必死だった。

半年任期が終わろうとする9月末、正規教員から診断書が届いて病休が延長、それに伴い自分任期も延びた。2ヶ月。

人として不謹慎だと分かってはいるが、このときは「頼む!病気よ、せめて今年度のうちは治らないでくれ」と思わずはいられなかった。

結局その願いは叶い、年度いっぱい勤めることができた。

クラス副担任をしていたので、堂々と卒業式にも参列し、教え子の卒業を見送ることもできた。

しかし、3月29日になっても、30日になっても、31日になっても翌年度の内示が来なかった。

4年目、無職状態4月を迎えた。

退職」後の各種書類をどこに送ればよいか、と事務担当者に聞かれたので、(内示が来ないと住む場所も分からないんだよ…)と苦々しく思いながらも「とりあえず実家に送ってください」と頼んでいたので、ハローワーク書類源泉徴収票が届いた。

親は何も言わず普段どおりに接してくれて、それがまた堪えたなあ。

気持ちを切り替えてアルバイトでも探そうか、と思っていたら、5月半ばから産休が1人出るのでそこに入れないか、という内示の電話がかかってきた。

「あぁ、自分たちは代わりの駒でしかないんだな」と思ったが、また学校現場で働くことができて、収入保証されると思うと受け入れるしかなかった。

産休代替から育休代替になり、その年度も終わった。

そして今、奇跡的に同じ学校常勤講師をしている。

新任、転任の先生たちに混ざって着任式の挨拶をさせられたときには「勘弁してくれよ…」とは思ったが、今年度いっぱいは勤めることができるだろうという安堵感を噛み締めている。

3月30日で「退職」したことになっているから勤続期間が途切れているが、6月には期末手当が出た。

生徒の進路を考えて講演会講師を探したり、保護者との面談を行って感謝されたりと、やりがいは本当に大きい仕事だ。

ところで保護者の中には、「任期付きの講師」と聞くと、「正規先生じゃないの!?技量資質がないのではないか」という目を向けてくる人が一定数いる。

違うんだ、正規教員非正規教員も、みんな所定の大学の課程を出て免許を持っている。

違いは、「県の職員として採用されているか、そうでないか」ということだけだ。

非正規から授業の質が悪い」と言われては生徒たちに申し訳が立たないから、授業をはじめ、生徒と関わることには本当に力を注いでいるつもりだ。

先生になれる!」という思いと日々の仕事でいっぱいで駆け抜けた1、2年目。

念願の常勤になれて奮闘した3年目、理不尽な思いをしながらも境遇を受け入れて働いた4年目。

新卒で「フレッシュ先生だねー」と言われた自分も、いつの間にか27歳になった。

大学の同期たちは、いろいろな人生を歩んでいる。

仕事順風満帆な者、結婚して子供がいる者、海外の支社で才能を発揮している者。

自分はこの仕事に誇りを持っていて、正規採用を目指している。

しかし、人事担当者の采配一つで、または教員の体調ひとつで、来年

の今頃は無職になっているかもしれない。

どんなに頑張ったところで、正規教員のように長期で大切に育成する対象として見られていないんだろうなと思うことが多い。

所詮、駒なのだ

この気持ちのぶつかりを、高揚と落胆を、誇りと情けなさを、どう整理して生きていけばいいのだろうと思う。

増田共感したつもりで自分語りになってしまったが、このあたりで終わりにしようと思う。

学生の頃の夢を見た

逃げるかのように学校の階段を勢いよく駆け下りて、自分の席に座ったところで目が覚めた

中学 高校

いい思い出だったかと聞かれたら、首を横に振る答えしか私にはないのだけど

プールの後に国語の授業で塩素香りを感じながら居眠りをすることも シーブリーズの貸し借りをする男女も

生温い風を感じることも 嫌いな薬品匂いがする生物室で昨日見ドラマの話をすることも 音楽室でいろんな楽器勝手に見よう見まねで奏でることも 屋上愚痴をこぼすことも 購買で苺のサンドイッチを買うために走ることも

全校集会文化祭修学旅行遠足新入生歓迎会卒業式 よくある行事だけど 学生の時にしかない特別イベント

もう ない のか

無い

嫌な思い出では ないのかもしれない

ただ、良くはない

だけど

しっかり覚えていることはあった

ちゃんと自分の中に存在してくれていた

それでも良いのかもしれない

たぶ ん

暴力を受け隠しようがない痣と傷だらけで登校した日、気付いた教師は気付かないフリをしてくれた 人間なんだなと思った

別に助けてほしいと思っていなかったし期待もしていなかったか

後日その教師は私に好きなアイスを買ってこいと、200円を渡した

夏休みの間、アルバイトをしながら様々な努力をした 自分を変えたい一心

気持ち悪いほど周りの私への対応が変わったくらいには変化がでた

見た目が変わって良かったとは思っているが、精神的な面は何も変わらないどころか精神病棟に隔離されるほど酷くなってしまった わけがからない

外見への執着は増す一方で、内面の汚れは落としても落としきれない

見つめ直そうと思う

大きな課題

アイスでも食べながらなんでも受け止めることができる っていうくらいの気持ち自分の悩みと向き合う時間必要

もう寝よう

2017-07-10

僕は人間じゃないんです。

僕は人間じゃないんです。

本当にごめんなさい。

そっくりにできてるもんで、

よく間違われるのです。

今は某広告サラリーマンをしています

まわりは普通にみんないいひとばかりです。

でも、僕がそもそも人間じゃないので、

もうちょっと限界なんです。

小さい頃から、何をやってもダメでした。

スポーツ勉強ダメでした。

絵を描くことと工作だけは大好きで、

発明クラブに入りました。

いっぱい賞をとりました。

本当に本当に楽しかったです。

けれどいつもひとりぼっちでした。

だいたいいつもトラブルを起こして、孤立しました。

中学でも高校でもそんな感じでした。

友達ができてもいつのまにかひとりぼっち

挨拶、返事、愛想笑い、そんな当たり前のことができませんでした。

うわべだけの付き合いがどうしても無理でした。

おもしろい返しができませんでした。

どうやって自分は生きていけばよいのだろうか。

なんのために生まれてきたのだろうか。

何になるのだろうか。

そんなことを考えながら本を読んでいるうちに、気がつくと高校を卒業していました。

高校を出て予備校に通いました。

いっさい勉強に身が入らず、集中できず、予備校に行かずに本屋に通っていました。

そのうち家に引きこもって勉強するようになりました。

でも、全然勉強はできませんでした。

気がつくと二度目の受験がやってきて、全く勉強してない僕はもちろんどこにも受かりませんでした。

そうして、僕はニートになりました。

本当に、本当に、孤独になりました。



求人情報誌を買っては電話をかけ、ことごとく面接で落ちました。

なんとか決まったネットカフェでのアルバイトは1ヶ月半で退職しました。

そうして、またニートになって、いてもたってもいられなくなって家を出ました。

北海道の片田舎から東京に出て、本当に、本当に、本当に孤独になりました。

ネットカフェ転々としながら暮らしました。

ネットカフェ難民なんて甘ったれた奴ら。山谷にいけば仕事も寝床もあるのに。甘えるな。」

都知事がこんなことを言っている張り紙を見つけました。


甘ったれた僕は家に戻りました。

甘ったれた僕は東京学生寮に住みました。ニートなのに。

甘ったれた僕は一回2万円の家庭教師についてもらいました。親の金で。

甘ったれた僕はその家庭教師に2ヶ月でやめてもらいました。金がもったいなくなって。

甘ったれた僕は親にそのことは言わずに参考書を買いあさりました。けど全然勉強してない。

甘ったれた僕は必死に勉強しているフリを続けました。

甘ったれた僕はセンター試験で昨年と変わらない点数をとりました。

甘ったれた僕は国立なんか鼻から行く気もないのに国立に向けて数学とか勉強してて私立対策は一切してませんでした。私立目指すのは家の経済事情的にはありえない選択

甘ったれた僕は親に全ての金を払ってもらい私立を受けまくり早稲田大学に30万円お布施しました。

甘ったれた僕はたまたまなんとなく運が良くて慶應義塾大学環境情報学部(SFC)に受かりました。お布施はしてないのに。


甘ったれた僕は甘ったれ大学に入りました。すべて親の金で。母がコンビニパートして働いて稼いでくれた金で。




僕は2年間の孤独を取り戻そうと、必死に必死に友達を作ろうとしました。

でも、僕の顔はやつれていました。

20歳なのに30歳くらいの顔になってました。

ああ、人は人と関わらないと人を遠ざけるような顔になるのです。

友達はできたけど、すぐ離れていきました。

好きな人はできたけど、すごく嫌われました。

音楽がやりたかったけど、楽器全然身につきませんでした。

バイトははじめても、すぐに辞めることになりました。

自分では普通に挨拶してるつもりなのに、感じ悪いとか無視してるとか言われるようになりました。

そうやって言ってくれる友人も、次第にいなくなりました。

すべてを悪いほう、悪いほうに考えるようになりました。


僕は実家に帰りました。

精神科をぐるぐるぐるぐる回りました。

そのころ、僕ははてな投稿しました。

変人のはなし」というタイトルでした。

反響を呼び、年間35位くらいになりました。

ひとは、ひとの不幸が好きです。

自分を切り売りしてやっと私は誰かの価値になりました。

でも私は自分人間じゃないことを認めたくなかった。

普通の人」より「変な人」のほうが価値はあると思っていました。



から私は行動しました。

いろんなバイトをやりいろんな研究室に入りいろんなことを学ぼうとしました

けれども全く集中できない、続かない。

あーやっぱり俺はそういう「タイプ」の「人間」なのかな。信じたくないけど、そうなのかな。

そんなことを考えてときどき鬱になりました。

1日に3回はかならず「死にたい」と口にしました。

頭の中での口癖でした。

けれども、行動しなきゃ始まらない。

けれども、行動しようと思って1日が過ぎ、1週間が過ぎ、1ヶ月が過ぎ、4年が過ぎました。



RADWIMPS野田洋次郎に憧れて

慶應義塾大学に進学しました。

けれども僕は、彼との共通点ひとつもありませんでした。

ギタードラムもDTMもひとつ習得できませんでした。

想像を絶する音痴でした。

ホリエモンに憧れて

東京大学に進学しました。

起業したいと思ってプログラミング起業家インターンをしても

全然起業できませんでした。

金も人も僕には集まりませんでした。

つのサービスを作る能力を身につける集中力すら、ありませんでした。

北野武太田光に憧れて

芸人養成所に入りました。

バイトも長く続かなくて金のない僕は、

親が退職したことを理由にもらった奨学金を入学金につっこみ、

お笑い芸人を目指しました。

けれども僕はネタをつくる集中力

周囲と徒党を組むコミュ力

事務所の人に気に入られる政治力

その他もろもろの器用さが一つもありませんでした。

相方はいつのまにか別の人とコンビを組んでました。



大学で過ごした4年と半年で僕は何も身につきませんでした。

お金能力知識研究も実績も人脈も

なにもありませんでした。

から就職活動では嘘をつきました。

プログラミングをさもバリバリしていたように(本当はprocessing講義で出た課題適当にいじるぐらいしかできません。)

アルバイトをたくさんやったのは人生経験を積むためのように(本当は続かなかったりクビになったり)

芸人養成所では確固たる実績を残して卒業したように(解散した後、年明けから行かなくなりました。)

ESでは適当に嘘を並べました。

大学4年間で頑張ったことなんか何一つないので「考えること」を頑張りました、とか書きました。

コミュ力なんて一切ないのに芸人をやってたとうそぶいてコミュ力アピールしました。

するとどの企業もいい感じのとこまで行きました。

ゲームなんて一切やらないのに任天堂スクエニは最終面接まで行きました。

本なんてほとんど読めないのに文芸春秋社や3大出版社も3次面接くらいまでは行きました。

一切興味もないのにドコモも最終面接まで行きました。

でも結局落ちました。

当たり前です。

僕はサラリーマンになりたくなかったし、なれるような人ではなかったし、なるべきじゃなかったから。

ゲームを作りたいんじゃなくて、ゲーム会社社長になりたかった。

小学校卒業文集にそう書いてた。それをESに書いたら任天堂の人が会社員になることは社長になることと真逆だとか言ってって僕は萎えた。)

編集者になりたいんじゃなくて小説家になりたかった。漫画家になりたかった。

ドコモなんてただ名前を知ってただけ。

そもそも就活なんてするつもりもなかったし、したくなかった。

してはいけないと思っていた。

でも起業も芸人も自分で稼ぐことができず、金もなかった僕はするしかなかった。

から適当にした。なめてた。OB訪問もしなかった。そもそも僕は人間じゃないか人間の話を聞いても参考にならないと思っていた。

から、たくさん落ちた。

そして、いくつか受かった。


それは「偽りの自分」を評価した企業だった。

偽りの自分は「カメラ」に触れたことすらないのに、

大手新聞社カメラマンに採用された。

誰にも負けないことはなんですか、と聞かれ、

「体力」と「コミュ力」です、と答えた。

自分にない正反対「嘘」を言ったら、採用された。

偽りの自分評価してくれた企業はすべて辞退して、

一番「無難」そうな会社を選んだ。

やりたいことはなんですかと聞かれて、

「人の心を動かすものをつくりたいです」と言った。

本心だった。

「それはちがう。そもそも根本から間違っている、我々は人の心じゃなくてクライアント要望を叶えるためにやってるんだ。・・・・」と言われた。

5分くらい説教をされた。

受かった。

そうして内定を抱えて僕は大学生活を終えた。

ちなみに卒業論文は書いていない。

白紙で出した。

中退するつもりで出した。

ただ少し皮肉として「大学は意味がなかった(僕にとって)」と書いた。

なぜか認められた。

認められたくなかったので、大学ともめた。

卒業式当日、会場の前で事務員に呼び止められた。

このことを内密にするなら、卒業式に出てもいい。

僕は卒業した。

何も修了していないのに「学士」になった。


それから少しの間夜の世界で働いた。

当然のごとくトラブった。

全てをぶち壊し、いろんな人を不幸にし、迷惑をかけ、去った。

また僕は引きこもりになった。

そうして僕は、また、また、孤独になった。

会社入社した。

研修でまたトラブった。

でも、まあいいや、そう思った。

僕は5年前、死のうと思った。

周りに迷惑をかけ続けるぐらいなら、そうしたほうがいいと思った。

でも、自分は悪くないと思った。

から死ぬのは辞めた。

自分の伝え方は誤解をうむ。それは間違いないだろう。

けれど、本当の本当は自分は悪くないと思っている。

から、僕はこうして今まで生きてる。

どこかに自分フィットする、なにかがある気がして。

ジョブズホリエモンも一サラリーマンならすごく、迷惑な奴だと思う。

でも、彼らは能力がある。

僕はたぶん、ない。(客観的に見て)

けど、あると信じている。なぜなら、それが希望から

希望がないと人は死んでしまうから

僕は人間から。(僕は人間じゃないんですということにしている、人間から。)

明日には、1ヶ月後には、1年後には

すべてが報われるような気がして、生きている。

でも、もうそろそろ会社辞めたい。

貯金が0だから会社辞めたら死ぬかな。

でも会社辞めずに死んだら、もっとブラックって叩かれるよね。

迷惑かけずに生きたいか会社辞めたい。

でも会社辞めたら死んじゃう。どうしよ、詰んだ藤井4段もびっくりの詰将棋だ。

友達金もなにもない。

あった期間が1度もない。

せめていま500万あれば。だれか援助してくれないかな。

ま、たぶんどう頑張ったって変わらない(と言われるだろう。)

だってあなた人間じゃないんですから。(と思われるだろう。)

でも、どうせ死ぬならやりたいことやって死にたい

一度しかない人生なんだから

こんな人間に生まれても、他の人間にはなれないのだから

人間じゃないことを、アドバンテージに生きるしかないじゃない。

ちなみにやりたいことはたくさんあるし、なりたいものもたくさんある。

もう年齢も能力関係ないと思ってる。

俺はもうやりたいことしかやらない。

金があったらね。

金の呪縛に縛られてるだけ。

ただそんだけ。

からホリエモンみたいな人、俺に投資して。

大学で受けた授業で一番感動したのは、ホリエモンだよ、本当に。

この匿名ダイアリー反響をよんだら、誰か連絡してくれないかな。

それで何かが変わらないかな。

結局人まかせだな、俺は。

でもまだ人間を信じてるから

だれかの何かに残れば、それでいいと思う。

逆にこのダイアリー会社にばれて問題にでもなって、

そうして誰かに迷惑をかけて、会社をクビになって。

そんなことでもいいと思ってしまう。

やっぱり俺は人間の道からは外れてるな。




僕は人間じゃないんです。

本当にごめんなさい。

そっくりにできてるもんで

バッタもんのわりにですが

何度も諦めたつもりでも

人間でありたいのです

追記

はてブって返信できないのね。

これこそdisコミュニケーションな気がするのだが。

ご指摘いろいろあるので誤解ないように書くと、

現在私は特に人間関係で悩んではいない。

悩んではいないっていうと100%ではないけれど、

思考の中心にそれはない。

友人が欲しいとかそういう悩みはプライオリティ的には低い。

そもそもいわゆるマスコミ業界に就職している時点でうわっつらのコミュ力はある。

今悩んでいるのはずばり、金だ。

やりたいことをやらず、いままでと同じような人生を歩むのであれば、

一体何の価値があるのか。

そのためにちょっくらの金が必要なのだけれど、

金というのは信用の対価なわけで、

信用は人間に付随する。

人間でない(とされている)僕は、金がない。

姓名判断でも一生金に縁がないとされている。

福沢諭吉大学出たのにね、まあそのせいで金がないとも言える。

そしてやりたいことについてだけど、

コメントにもあった通り、

「やりたいこと」が本当にやりたいこととは限らない。

実のところやりたいことが絞りきれてない時点で、その通りだと思う。

今まで金を言い訳に、やりたいことをやる前に考え、何もしてこなかった。

実に無駄に過ごした時間だった。

それでいて、やりきっていないと一生やりたいことに対する執着は消えないのだと思う。

から、僕は全部やるしかないと思った。

この呪縛から断ち切るためには全部やる必要がある。

でも、それは年老いからやるのではただの趣味だ。

金をある程度得たあとにやりたいことは、それこそやりたいことではない。

やりたいことを全部やってみて、違うと言い切れるまでは、この呪縛堂々巡りから逃れられない。

それを金のせいで諦めるのは、非常に辛い。死んだほうがましだ。

から、金の呪縛から解放される必要がある。

けれど、サラリーマンをしていたところで、手取り17万の現状、

日々金と引き換えに若き人生の時間を消費している。

この悶々とした日々が、あまりにも苦しく、つらい。

ふつうのひとはある程度割り切るのかもしれないが、

それができない僕はやはりふつうではないのかもしれない。

かといって、起業する最低限の資金スキルも人脈もない。

プログラミングができないし、ウォズニアックはいない。

600万の起業資金彼女の親に出してもらうような麻雀プロ並みの東大生ではない。

どうすればいいのか、それをこの5年ずっと悩み続けていた。

けれど、答えは出ないまま、卒業した。

から今僕は刑務所にいるような気分で、これを塀の中から書いている。

今すぐ脱走したい。

脱走する気力がなくなれば、結末はいわずもがな。

僕は人間じゃないんです。これは特別人間という意味ではない。

人間本来備わっている人間力が欠けている。

から、諦めて並み以下の生活を送りましょうって言われましても、

僕はそれを望んでいません。

海軍に入るなら海賊になったほうがいい。

タイタニック号に乗るより、海賊船に僕は乗りたい。

参考URL

http://gengenpa.hatenablog.com/

2017-07-05

先に言っておくが、変態ではない

高校1年のとき体育祭で赤青白と3組に分かれて、色別のはちまきを巻くことになった。

俺の好きな女の子は青組だった。

どういう話の流れでそうなったのかは覚えていないが、体育祭のあと、その女の子からはちまきをもらうことに成功した。

体育祭の勢いもあったのだと思う。

家に帰り、手元にあるその子はちまきを見て、どうしてこれをもらってしまったんだろうと後悔の念が少し押し寄せてきたが、思い出ってことでと、机の引き出しに押し込んだ。

それから2年間、はちまきの匂いを嗅ぎたい衝動と戦い続けた。煩悩との果てなき戦い。

引き出しを開けては、手に取り、いやこんなことをしてはだめだとしまい込むことを繰り返していた。

そして迎えた卒業式の日の夜。

こんな煩悩ともさよならしなければと、意を決して匂いを嗅ぐことにした。

めっちゃ埃っぽく、かび臭かった。

以来、埃っぽく、かび臭い場所に来ると異常に興奮してしまう。

もう一度言うが、変態ではない。

2017-06-26

https://anond.hatelabo.jp/20170626155611

何もわかってないな。感動押し付けから反対されているだけじゃない。家庭によって色々事情が違って、必ずしも子供が親に感謝したくなる環境ではないことも多いのに(離婚虐待DV死別等)、「親」に感謝しましょう、という家庭の状況に踏み込むのはやめてくれ、と言われてるんだよ。

卒業式は何も構わんよ。「本人の卒業」は家庭の状況に踏み込まずに祝えるからな。だけど、1/2成人式でやる「親への感謝」は、家庭の状況に踏み込まずに祝えない。

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