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はてなキーワード: 一般論とは

2019-05-22

応援するってなんだろう

舞台俳優応援するっていうのは、本当にざっくり言えばお金を落とすことや、その俳優お金が落ちるよう宣伝拡散すること…っていうのが界隈おける一般的意見だと思います。私もそう思ってこれまで「応援」をしてきたつもりでした。

でも最近応援してます」という言葉を放つことを躊躇ってしまっています

例えばどうしようもなくつまらないとか好みじゃない舞台作品があったとして。それを死んだ顔で通い、いつもマストで書く手紙を書くことなく、楽しかったですかと問われても口をつぐんでしまう。通えば通うほどネガティブになる。あれが嫌だこれが嫌だとはまぁ本人には言わないけど、伝わってはいると思う。

明らかに楽しそうではない表情で毎日劇場座席に座るファンは、果たして彼にとって応援してくれるファンにあたるのだろうか。全通してプレも万単位のものを何個も入れてるからまあ先の一般論(?)でいうならば、応援してくれるファンなはずなのである。好みではないから行かない!と通わなければ、それはもう応援してくれるファンではなくなるのだ。金落とさないからね。

そもそもチケ買って通うのは完全にファン勝手である。頼まれた訳ではないし(まあ小規模なら頼まれることも 多々あるが)、推しに客を選ぶ権利はない。現場でつらくてさめざめと泣くファンの姿は、いくらお金を落とすファンだったとしても、きっと推しにとって応援してくれるファンというよりは、足を引っ張るファンなんだと思う。でも人によっては寝ようが泣こうがなんだろうが、チケットを買ってそこに座る限りは応援になり得るのかもしれない。わからない。

プレを入れようが通おうがいくら金を落として「応援しています!」と言い張っても、それを本当に応援されていると受け取れるかは相手次第であって。今、その辺の自信が地に落ちているので、自信を持って「応援してます」と言うことができません。

応援するってなんだろうね。

どうすれば、応援になるんだろうね。

2019-05-19

大学院 (特に博士課程) 進学を考えるとき研究室選びのTIPS 3

https://anond.hatelabo.jp/20190519202053 の続き

指導教員の業績を調べる

端的に言って、業績のない研究室はいかない方がよい。テーマがどれだけ合っても、研究論文を発表していない人間研究者を辞めているのと変わらない。指導者としては絶対に選んではいけない。

研究業績は概ね研究室ウェブページに載っているが、ウェブページがなかったり、更新が止まっている場合は、以下のサイトが役に立つだろう

Google Scholar:author: “hogehoge” で検索すればhogehogeさんという著者名検索ができる

https://scholar.google.co.jp/

Researchmap (再掲):研究者のFacebook的なやつだ。

https://researchmap.jp/

ResearchGate:研究者のFacebook的なやつ (こちらは国際的) だ。

https://www.researchgate.net/

まず注目すべきなのはコンスタント論文が出ているかだ。例えば、最後論文が出たのが10年前であれば、それがその研究者の寿命だったわけだ。分野がどれだけドンピシャでも、そのような研究者の下で研究するのは勧めない。

・業績の質を吟味する

コンスタントにその研究室から論文が出ているなら、どのような論文が出ているのかを精査すべきだ。インパクトのある研究をしているのかというものもちろん大切なのだが、あくま過去研究過去研究だ。これまでの研究履歴を見て、その研究室あなた自身キャリア寄与してくれるような研究状況にあるのかを見定めることが大切だ。

例えば、「過去研究の焼き増しを続けているだけではないのか」という点に注目しよう。残念ながら、教員自身大学院生時代の頃のテーマを引きずって、代わり映えのしない研究20、30年と続けているケースは実在する。もちろん、長年の苦労の末、大発見をするというケースもあるのだろうが、大半は単に最新の研究インプットをしなくてなって久しいだけだ。つまり研究者として賞味期限が切れてしまっている。そういう人のところに行くと、あなたは間違いなく腐る。なぜなら、その手の教員は「新しいもの」が嫌いだからだ。なので、あなた面白いと思って見つけた新手法現象アイデアを持ってきても、気の無い返事をされるだけだ。

国際誌に論文を発表するのが当たり前な分野で、和文誌の論文でのみ書いている場合、完全に赤信号だ。論外なので、その研究室博士課程には絶対に上がってはならない。そこに進学しても大した業績もなく博士生活を終えるだろう。28無職爆誕の時である

科学研究の過度の業績偏重主義自体は、これはこれで問題であるのは私も思うところだ。しかし、博士院生が育つのはやはり、研究立案遂行、発表、そして論文化の一連のプロセスの中にあると思う。従って「院生に業績を出させる」能力があるのは、指導者として必須資質なのだ

まとめると、結局は主観的な言い方になるのだが、その研究室論文を読んで「革新的だ」「分野を前進させている」「意欲的な研究をしている」とあなた自身が感じるかどうか、再三自問した方がよいということだ。

指導教員の業績がそこの院生から出ているのかを調べる

研究論文が出ていても、それが学外の共同研究者との研究ばかりで、そこの院生研究でない場合もあるので注意した方がよい。この状況が生じるのはやや特殊だが、「教員本人は優秀だが学生がいない」あるいは酷い場合指導があまりできていない」といったことが考えられる。研究室ウェブページには、概ね「メンバー」の欄があり、そこには所属している学生ポスドク名前が書いてある。彼ら/彼女らの名前が「業績」欄に載っているのかはチェックした方がよいだろう。それを見たら、概ねどれくらいのペースで各学生論文を書いているのかも確認することができる。

指導教員の年齢

かいところだが、これも一応確認しておきたい。指導教員の年齢が定年間近の場合修士までは受けれ入れられても博士では指導できないこともある。また、そうでなくとも、学位をとって独り立ちをした後も、元指導教員は一研究者としてもっとあなた理解してくれる人間であるはずだ。そんなかけがえのない存在が、あとどれくらい研究世界に残るのかは知っておいた方がよいだろう。

私の例だと、新進気鋭の研究者を選んだが、大御所を選ぶのはそれはそれで正しい。どちらが自分の合っているのかは自分で考える部分だ。結局はケースバイケースであるため、個別にきちんと候補研究室吟味した方がよいのだが、一般論としては

比較的若手の場合

メリット

デメリット

大御所研究室場合上記メリットデメリットを反転させて考えればよい。

最後に、ここまで注意深く研究室を選んでも、失敗することは十分にありうる。

そういうときはどうすべきか。答えは一つ、すぐにでも脱出してほしい。

脱出先は、就職活動でもいいし、研究を諦めたくなければ他の大学院を受け直すのでも構わないと思う。

劣悪な研究室に長く滞在すると、人はゾンビ化する。学会に行けば、ゾンビ化した院生は必ずいるので、研究者諸氏には実感があると思う。

ゾンビ化した院生には

といった特徴がある。

あの手この手で止めてくる

劣悪な研究室では「ここで逃げても何も得られないよ」「ここでダメならどこにいってもダメ」「とにかく手を動かせばいつかは報われるよ」「未来のことは考えるな、目の前のことに集中しろ」と、さながらブラック企業上司のようなセリフを吐いてくるらしい。

当然、全力で無視した方がよい。

・他大学教員との繋がりを保とう

「あれ?私ゾンビ化している!?」と自分で気づくことができるのは稀だ。大抵、他の大学院人間と会話する中で「もしかして、今の状況はおかしいのかもしれない」と感じる。

従って、他大学人間と繋がりを持っておくのはとても重要だ。悪い教員は外との交流を持たせたがらない傾向がある。学会での懇親会や、研究会には積極的に出よう。それならば、教員としても止めようがない。とにかく、サードオピニオンを得る機会を作ろう。

随分長くなってしまったが、これで終わりだ。

この記事で読んで、良い指導者に巡り会える人が一人でも増えたら嬉しく思う。それと同時に、全ての研究室健全化が進み、このような記事不要になる未来を願う。

2019-05-16

anond:20190516034956

私もセクハラ描写を何が何でも是としているわけではありませんが、

反論② 少年漫画暴力解決したり人殺ししてる、セクハラぐらいなんだ

反論⑦ 少女漫画にもあるよね、BL漫画にもあるよね、百合漫画にもあるよね

この辺りに対する反論が雑すぎるんですよね。もう少し言語化してから出直せ、とは言わないけど、全く論理的ではないことは自覚して欲しい。ただし、論理的ではなくとも意見を述べる自由はあるし、その上で「この問題を一緒に考えて欲しい」と訴える意味はあると思う。私も「嫌だな」と思う描写はあるし、それについて以前から考えていますが、なんであれが嫌なのか私自身にもよくわからないんですよね。複雑なのは、表面的には同じような描写でも許せるものと許せないものがあること。個別に無理矢理理屈をつけることはできるけど、一般論としてまとめるのは本当に難しくてまだ成功してない。

なんか大勢の謎の勢力類似した言説を繰り返すことによって(それが全く的外れでも)既成事実化していくのが怖い。エコーチェンバー現象って言うのかな。

追記

あと、創作物を「現実に付随するもの」として享受することが特権化している、というのもあると思う。フィクションありのままフィクションとして楽しむ自由保証されて欲しい。私は男性ですが、男性として受けるセクハラに日々苦しみ、性犯罪被害に遭ったこともあります。ですが、私はBLが好きで、作中で攻めからDVまがいの乱暴を受ける美男子萌えます萌えを楽しむ時にいちいち現実を持ち込まないで欲しいという気持ちはある。

私は二次専なのでミラーリングとして言わせてもらいますが、実在人物同士の現実恋愛(およびそれを推奨する言説)を目にした時の方が、漫画の「セクハラ描写」なんかよりもよほど現実セクハラ連想します。非言語コミュニケーションに頼りすぎでしょ、彼ら。

男と女で性欲が違うのだからセクハラの判定が非対称なのは当たり前

というようなことを↓のブコメに書いたら総スカン食らってたので自分の考えを整理してみる

男性コスプレイヤー、アフターで初対面の女性から乳首を触られるセクハラ行為を受ける - Togetter

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1355099


まず大前提として、男と女で性欲が違うという点は間違いないと考えている。

わかりやすい例として、出会い系サイト婚活市場における男女の扱いの差が挙げられる。

女性登録しただけで男からガンガンアプローチされる一方、男性自分から絡みに行かないとほとんど出会いにこぎつけることができないというのが定説だ。

Tinderというマッチングアプリ女性として登録すると、登録後5分で99以上のいいねが貰えるらしい。(5chで見つけた画像https://i.imgur.com/4zOndYe.jpg

男は性に関して積極的で、女は慎重で消極的であることが多いというのが世の一般論で、実態も相違ないはずだ。

男と女の性欲に性差絶対にあるし、なくすことのできないものだと思う。

で、性に積極的だと性的物事を受容できる幅が広くなり、多少の性的仕打ちを受けても平気だったり、条件によってはご褒美だと感じたりすることもある。消極的だとその逆。

セクハラ問題を語るときに「セクハラ被害者セクハラだと感じたらセクハラである」という理論がよく唱えられるが、それは全くもって正しい。

よって、元記事乳首を触られて嫌だと感じた男性は堂々とセクハラ被害を訴えるべきだ。

そしてこの理論は【セクハラ被害者セクハラだと感じなければセクハラではない】という理屈も同時に成立させる。

まりは性に積極的な男ほど、セクハラだと感じにくい→性に消極的な女ほどセクハラに判定されにくい、っていう考えだ。

から、もしこのシチュエーション乳首を触られた男がこのケースの被害者の方ではなく、別のドMの奴だったら、誰も嫌な思いせず円満に終わってたわけ。

でも、"当たり前"は言い過ぎた。積極的な男が多い中で消極的な男も存在し、まさに元記事被害者男性のことを無下にしている。

非対称であることが多い、って表現にとどめておくべきだった。

性犯罪がなぜ性"犯罪"なのかっていうと、相手が望まない不当な苦痛を与えたから罪になるのであって、相手を選べば性的行為のものに罪はない。

マッチング問題なんだよね。

別に初対面で相手乳首触ってもいいんだよ、お互い了承していれば。

他のコメントを見ると乳首を触る行為のものを悪く言っている書き込みが目に付く。

それは間違いだ。悪いのは了承を得ない、さら相手拒否しているのにやめない人間だ。

乳首を触る行為に罪はない。一人が嫌いだからといってみんなが嫌いだとは限らない。

嫌な人がいるからという理由で全体を委縮させる風潮には大反対。

件の男性セクハラ被害を訴えることと、初対面で乳首を触られて喜ぶ奴がいる・被害者を羨ましがる奴がいることは全く矛盾しないと思うんだけどなあ。

やっぱマッチングだよ。僕は私はセクハラOKです!or NGです!ってそれとなく意思表示できる方法があればいいのにね。

2019-05-15

anond:20190514225348

まりにひどいマナーの一人の誰かや、一人のマナーを超えたあまりに増え過ぎたたくさんのベビーカーが、迷惑になっているなら

それは、そういう個別の事例として批判するべきで、一般論としてのベビーカー批判しても仕方がないこと。

電車に限らずベビーカー存在のものがあらゆる状況で危険だったり悪であると言えない限り、

ベビーカーを役に立つ道具として使う人を責める事は出来ない。

そして、それが人が必要ものとして使う以上、その人それぞれの事情があってやむを得ず

あらゆる時間、あらゆる場所、にどうしても、でかけなければならい状況がおこりえる。

増田や誰かも、同じように他人邪魔になる別の何かを持って、電車に乗らなければならないこともあるだろう。

ベビーカー否定するからには、他の何かではあろうけど、それが他人からみたら迷惑ものでないと言い切れるものなどない。

それぞれの事情があって、ときには迷惑をかけながら、ときには迷惑をかけながら、電車に乗ってる。

2019-05-14

人生で一度も痩せたことがない

自分ではかなり大層なタイトルではあると思うが、私は一度も痩せたことがない。

正確に言うと、幼稚園の頃から常に何かしらを食べているような子供であったから、ストップがかかることもなく

その年齢帯において周りより数十キロプラス体重であった。

中高生とき運動部に入っていたこともあって、

そこそこの運動量毎日こなしてはいたが

大学受験を堺にして部活をやめ、しかしながら食べる量は減ることはなかったので

体重のみが増え続けもうそろ大台の100キロに乗りつつある。

痩せたい。いつも頭の中には痩せたとき自分の姿を想像している。

たことはないので具体的な姿はわからないけど、、

なぜ痩せないんだろうか本当に不思議でならない。

中途半端デブからだろうか。

デブに突っ切ってるわけでもないし、ぶっちゃけ服を選べばそんなに太ったようには見えないかもしれない。

最近はそうも行かない体型になってきているが)

からこそ「自分はまだそんなに太ってるわけじゃない」と自分を慰めてすぐにダイエットをやめてしまうからのかもしれない。

でも正直もうしんどい。中高の同級生に会うとどうしても体型や顔を比較してしまう。自身が見にくいからこそそういう部分により鋭く反応してしまう。

子供の頃はよく親に、成長期になれば身長が伸びるから大丈夫と言われていたのに今となっては痩せろだのダイエットだのうるさくてしょうがない。そんなことはわかっている。

とりあえずなんだか人生が鬱なのだ。やる気がわかない。もし痩せていたらもっとやる気が湧いているはず。俺がお前らの体型ならそんなに怠けたりはしないとすら思う。

デブデメリットだ。損しかない。何をするにしても制限がかかる。

顔の良し悪しは生まれ持ったものからしょうがないけど、デブは本人が怠けてるだけなんてよく目にする(これも自分デブからよく目に入るだけかもしれない)が、食べる量が同じでも太りやすい体質の人もいるわけで。

とまあ言い訳を並べても結局自分でもわかってるけどな原因は自分しかない。

デブの何が醜いかって、同族嫌悪をしているところなのだ自分と同じ体型の人を見て嫌悪し、自分より太っている人を見て安心する。そうすることでなんとかプライドを保っている。

こんな一般論を俺は語りたいんじゃなくて、

最近人間関係が辛い。正しくは自分相手デブとして認識されて嫌悪感や笑われている、見下されているんじゃないかという被害妄想に追われる。

旧知の仲だとなおさらで、ラインが来ても未読無視ちゃうし、人間との関わりを徐々に断っている気がするのだ。

こうして俺は無事自分クズさをデブという身体的特徴に押し付け責任転嫁してるわけだ。

本当に太っているせいでその人の社会性が損なわれるか検証するので今日からダイエット一日目始めたいと思います

(以下無限ループ

2019-05-12

anond:20190512153605

雑談が苦手」は発達障害典型的な特徴だと言われてるね。

自分雑談が苦手なタイプだけど、きちんと対策を立てれば割となんとかなる。普通の人が自然にやっていることをよく観察して、自分なりに言語化してみるといいかもしれない。

自分がついやっちゃうのは、「意味のない雑談」が苦手ってことで会話に無理矢理目的を持たせちゃう方法。とりあえず社会問題一般論に結びつけて、自分意見を語り始めちゃうの。これはかなりスムーズに話を進められて便利だけど、多分人から意識高い系だと思われてるw あんまり真似しない方がいいかな。でも相手次第でそれなりに話は弾む。

2019-05-10

誰に対して、どこで、何まで話すかの選択が難しい

むずかしい

みんなどうしてるの?じぶんがヘタクソなだけなの?

まり考えがまとまっていない、雑なやつ

メディアごとに空気感が異なるので、それを考慮しての使い分け

note広告がなくて落ち着いてるから難しい話やポエムをするのに向いてる。

はてなエンジニアが多そうだから技術系の話をする。

twitterヤフーコメント欄などの「速度の速いSNS」は政治系・言論系には適さない。さんざん懲りて辟易したので、その辺の話題もっとスローで巧緻な媒体でやったほうが良い。

ニコニコネガティブ視聴者が多いが、インターネットノリは良い。

YouTubeポジティブが多いが、一般人寄り。

等々、たくさんある。

要件定義

「誰に対してどこまで話すか取捨選択するのが難しい」

言い換えれば、「このハンドルネームキャラ設定はどうするか」「キャラ崩壊しない運用」に悩んでいる。ということ。

1. 自分がやりたいこと・言いたいことがこれだけあって(リストアップ)、

2. そのためには、このハンドルネームからはこのアイテム、あのハンドルネームからはあのアイテム、を分担する。

という戦略を立てるわけだけど、キャラ設定が壊れがち。めんどくさくなって素が出てくる。そもそも演技が苦手で下手なので、あまりハンドルを細かく分けるのに向いてない自覚がある(ちゃぶ台返し)。

また「この話題はどこでアウトプットするか」を悩んでしまって、アウトプット自体が面倒になる。そうやって溜まってる記事企画が山ほどあって腐らせて旬を逃してもったいないと思う。そもそも、処理能力に対してやりたいこと(要求)が多すぎるのも問題だと思う。

というか、仲良くしたい・気に入られたい相手がいる場では、ネガティブイメージを抱かせてしまいかねないことは言いたくないんだよね。でもそれ以外のどこかで言いたいんだよね。という、取り扱いが面倒な話題需要自分の中にある。

何か、その辺のガイド指南してる本とかある?有料のネット記事でもなんでもいい。

もっと「居場所」をたくさん増やすと良いような気はしている。

「この話題はここなら話し相手がいる、あの話題はあそこなら話し相手がいる」という状態に持っていきたい。

独り言が多いのがさみしい。言い換えれば、「この話題について話せる相手・場を確保できていない」ことがちょっとつらい話題がある。ということか。

セルフブランディングの側面もあると思う。

SNSネガティブなことを書くな原理主義」の人もいれば、ネガティブなことも書くけど上手くやっていけている人もいる。ネガティブ話題アレルギーのるある人は、ネガティブなことを書く人からは離れていく。それは、政治アレルギーとほぼ同じで、政治的なことを書く人からサーッと離れていく人と似ている。

から自分はどうしたらいいのか?よくわからない。あちらを立てればこちらが立たず。

ネガティブ発言話題で盛り上がってるクラスタに参加してみたら、ポジティブクラスタから離れて敬遠されてしまうのがさみしい。

ネガティブ発言を減らしてポジティブにすり寄ってみたら、今度はネガティブ話題で会話が成立してるクラスタが羨ましくなり、「自分能天気な話しかしない人だと他者から見られているのでは」と気になったりする。

自分はどうしたいか」と問われれば、「ポジティブなこともネガティブなことも、難しいこともとりとめもないことも、言いたいことは全部言いたい」です。

二兎を追う者は一兎をも得ずなのか・・。

本名

べつに特別なことをしているわけではないと思っている。

インターネットがない時代でも、ハンドルネームでなく本名であっても、親に見せる顔、勤め先に見せる顔、友達に見せる顔、子供に見せる顔、・・・それぞれ違うわけでしょ、それと同じだと思う。

なぜかインターネット比較するとリアル顔の使い分けはうまくいっている。と思う。比較的。

父はオタク趣味を毛嫌いしていて兄弟にもブチギレて映画パンフレットビリビリ事件を起こした前科があるため、無意識オタク趣味エロゲ方面などは出さないように気を付けている。というか意識しなくても、無意識のうちに脳内金盾が発動している感じがする。

会社にはわりとオタクな話してる人を見かけるのだけど、なぜか自分オタク趣味を話したことがない。なんでだろうか。やっぱお金を稼ぐ場なので、お金を稼ぐのに問題が発生しうるかもしれない余計なことを言わないようにする、というリスク回避意識があるのかな。あるぽい。(というか、そもそも会社雑談できる人があんまりいない・・)

一般論の「酒の席では野球宗教政治の話はするな」ってやつだ。

でもインターネットでも、「身バレ・住所バレ・特定されないように気を付ける」というのは無意識にできてるなぁ。といってもリアルで会ったことある人は複数twitterでつながてるけど。

やりたいこと(目的を具体的に)


今の仕事一本で生きていけるのだろうか、という疑問は常にある。だから、何らかの生活費を稼げそうなスキルを伸ばすとか、仕事がもらえそうなスキル持ってますアピールをするとか、再就職に有利に働かないかなー?と思ってるんだけども。どうなのかな。

大学生は逆に「SNSでの活動ネガティブ要素になる」と判断しているようで、むしろ就活に見せないようにしてるみたいだけども。

  • 趣味や関心ごとについて話せる相手が欲しい

お金を稼ぐ以外の欲求の充足。恋人とか結婚とかは想定してないです。自分人生にはもう無関係だろうとおもっているから。

オタク趣味各種。

自分が抱える発達障害精神疾患比較的に軽いとは思う)

将来の不安

政治経済社会

というと大げさですが、自分提供できる有意義なことはやっておきたい。自分が調べた情報をまとめて公開するとか。ボランティアアンケートちゃんと答えるとか、クラウドファンディングをやるとか、知り合いの宣伝リツイートするとか。

2019-05-09

anond:20190509121305

保育園増やせってのは別に一般論として正論だと思うけどな

国が共働き推奨してんだし

2019-05-06

チーズケーキ革新陰謀

ある街には5件の菓子店があった。それぞれの店で看板商品は異なっているものの、その街に住む人々の飽くことなき食への欲求を満たすべく、積極的商品開発を行なっていた。

そんなある日、ニューヨークのある企業革新的菓子を開発した、とのニュース流れる。その新たな菓子は、分類するならば”チーズケーキ”と表現するべき物のようだが、その味たるやチーズケーキはおろか、過去に作られたいかなる菓子とも比べても桁違いの芸術であるニュースは伝える。その味は個々人の好みを凌駕し、すでにニューヨークの大半の人々を魅了しはじめているようである

何より驚くべきことは、そのチーズケーキの開発元企業インターネット上でレシピを公開していることであるWebページではレシピに添えて、この公開が世界公益資するものと強く信じている、という社長メッセージ掲載されている。彼らはもともと食品販売を専門とした企業ではないとはいえニューヨーク中を虜にしたケーキレシピをなぜ一般に公開するのか、その真意は今のところ誰にも知りようがない。

レシピを見る限り、決して高価な材料特殊調理法必要としない。むしろ安価で広く手に入る材料ばかりで構成されている。取り立てて珍しいものとしては寒天くらいであろうか、ただチーズケーキ作りに使われることは珍しくとも、一般的な菓子作りにおいて決して風変わりな食材であるとも言えない。

ともあれ、このレシピの公開を受け、この街の5件の菓子店も大きな決断を迫られることになる。

というのも、例のチーズケーキニューヨーク菓子店の店頭に並ぶやいなや大きな人気を博し、従来の菓子市場をあっという間に席巻した。明日この街において同じ状況が訪れないとは限らないのだ。今すぐこのチーズケーキ商品化に取り掛かるべきなのか?

奇しくも5つの菓子店が出した結論は全て同じであった。「このチーズケーキ商品化しない」

一体何故だ?決して製法が難しいわけでもコストが高い訳でもない。

その理由は、彼らの既存商品ラインナップにあった。彼らは、今の看板商品の売上がチーズケーキによって奪われてしまうことを恐れたのであった。

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以上、駄文でお恥ずかしい限りです。しかし愚にも付かない創作ですが、この結論違和感を感じはしなかったでしょうか。

5つの菓子店はなぜチーズケーキの開発を進めないのか。仮にそのチーズケーキの味が本物で、5つのうち1つの店でもチーズケーキを売り始めてしまえば、彼らが恐れている看板商品の売上は他店によって大きく損なわてしまうでしょう。

ひょっとすると何らかの理由で5つの店は談合しており、このチーズケーキ販売を見合わせる協定をしているのかもしれません。たとえそうであっても、第6の新たな菓子店がそのチーズケーキをひっさげ、街の菓子市場に割って入るのも時間問題でしょう。

市場経済が常に企業間の競争連続の上に成り立っている以上、既存商品とのカニバリゼーションだけを理由に、あえてチーズケーキに手を出さないという決断をし、その結果市場チーズケーキ供給されないという考え方は合理的ではないと考えています

(もちろん現実はこれほど単純ではなく価値の捉え方・企業戦略多種多様ですし、イノベーションのジレンマが示したのはチーズケーキに手を出せなかった過去巨大企業実例でしょう。ただしその際は新たなイノベーター市場破壊しにきます。)

ただ、何故か医薬品においては起こりうるべきこととして考えてしまう人も一定数いるようです。(痛ニュー記事一般論として書くのはいかがなものですが)

http://b.hatena.ne.jp/entry/blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1989967.html

今、世界中の製薬企業はアンメットメディカルニーズと呼ばれる既存薬での治療法が確立されていない病気治療薬を、それこそ血眼になって探しています。そして、がんはその中でも最も大きな市場となっており、多くの製薬企業の主戦場となっています

もし虫下しで癌が治るのであれば、2004年発見から15年経っても市場に現れないということはまず考えられません。そしてそれが製薬企業陰謀であるなどということも、まずないでしょう。一般的な薬の開発にかかる期間は7-10年程度かなと思います最近

製薬におけるパラダイムシフトはすでに起こっており、これまでの低分子薬ではすでにあらかた取り尽くされてしまい、最近新薬ではバイオゲノムなどこれまでと全く異なる方法での研究開発が主となっています

世界中で星の数ほどの製薬ベンチャーが生まれ大手製薬企業はその中で見込みがありそうな薬を持つ企業の買収や提携により薬の種を仕入れることが珍しくありません。

これが製薬企業陰謀なら、世界中のありとあらゆる製薬関係者が関与するカルテルでも作るんですかね。毎年研究者の卵が生まれるので大変ですね・・。どんな談合があったとしても、裏切ったもん勝ちな感じもします。囚人のジレンマってやつですかね。

なお別の記事ブコメで、この薬剤では治験にかかる費用がペイできないのでは、というコメントがありましたが、これも可能性としては低いものと考えています

まず薬価については、日本では新薬薬価算定方式厚生労働省によって定められておりそれに従い価格が決定されます

https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12404000-Hokenkyoku-Iryouka/0000144409.pdf

虫下しががんに効くとすれば、これまでの作用機序とは全く異なる新薬で、薬価基準制度における原価計算方式になります。ここで研究費や開発(=治験費用一般管理費として計上した上で、さら営業利益等を上乗せした価格が最終的な薬価となります

ただし日本医療費は年々上がる一方で国も薬価引き下げのための施策を多数取っていますし、原価計算方式であっても必ず利益が出る薬価になるという担保はありませんが。オプシーボも想定以上に販売数が上がり、その結果劇的な薬価の引き下げに繋がりました。

いずれにせよ、がん細胞をこれまで止まったく異なる機序死滅させるとすればそれこそオプシーボのような画期的新薬となり、採算を気にしなければならないような話ではありません。

ちなみに余談になりますが、がんに効くと言われた虫下し薬がどれだけ安価に作られるものだとしても、人間治療に使う医薬品が同じような価格帯となることもまたありえません。薬が保険適用対象となるまでには10スパン研究〜開発〜承認の流れがあり、また製造においても品質担保するための様々な規制があります。それらのコストが全て医薬品にはかかっており、動物用薬と並べて比べられる類のものではありません。

かかるコストは決して安いものではありませんがそれが命、健康の重みでもありますし、万一承認された医薬品安全性問題があったとすれば、国も裁判賠償責任を問われることとなるでしょう。私個人としては安心して薬を使うことができるということの価値を感じますし、総じて日本医療制度は(先行きが不安であるとはいえど)非常に優れたものであると感じています

話を戻して先ほどの虫下しがまだ上市されていないことを考えると、おそらくはまだ基礎研究段階、もしくは動物等を使った非臨床試験での問題が解消されていないものか、またはそもそも2004年時点で話に尾ひれがついてしまったのではないかと思います

最近SNSの発展とともに(特にがんがひどいのですが)見ず知らずの他人代替療法提案したりするところを目にしてしまます。これまで積み重ねてきた人類の叡智を以ってしても完治が難しい病気存在する、というのは辛いですが間違いのない事実です。

いざそのような病気に直面した時、どこかに魔法のような治療がある、という言葉を信じたくなってしま気持ちは察するに余りあります。(これは病気となってしまっった当人だけではなく、その周りの親類や友人にも当てはまります

ただ今私たちが受けている医療は、それだけ多くの科学エビデンス過去から積み上げてきたからこそ享受できているものです。決して第三者の甘い言葉だけに惹かれてしまことなく、担当医の見解を聞く、セカンドオピニオンを取る、各種支援団体相談する、など出来る限り多くの情報を、出来る限り冷静に集めてみてください。

また治験では未承認ながらより新しい治療薬が利用できることもあり、条件さえあえばまた違った選択肢を取ることができおることもあります治験についてもWeb上で実施している病院などの情報が公開されています。(治験という性質上、通常の治療とは異なりますリスクを含め必ず専門医相談の上、治療方針検討してください)

長々と書きなぐってしまいましたが、これがこの連休を締めくくる最後活動になりました。少しでも薬についての理解につながることを祈って。

2019-05-04

anond:20190504170931

キモオタ自分から近づく事のない陽キャ男はキモオタいじめなかっただけ。

いや、一般論として男をいじめるのって大抵男だが…

数々のいじめ自殺報道でも、被害者が男なら加害者も大抵男だろ。

2019-05-02

anond:20190501234351

ビジネスの話じゃなくて国家予算行政予算の話でしょ。

100億円って、国民一人あたりにするといくらになるか、国家予算の何パーセント位に相当するか、他の予算と比べるとどんなものに近いのか。と言ったような話かと。

もちろん一般論としては皇室予算防衛費は抑えるに越したことはないとは思うけど。

2019-04-29

anond:20190429175451

一般論としては死ぬよりマシなので、一銭もないならとりあえず無料低額診療やってるところで受診しろ

事前に行政への申請必要だが、別に窓口で黒服に囲まれ国保入れの突き上げ受けるとかはないので行くだけ行け

なお、余談だが、無保険者無料定額診療医療費は全額医者持ちだ(だから国保入れとは言われない)

松浦大悟(@GOGOdai5)はトランス差別悪化について責任を果たすべき

このエントリーの要約

三橋順子氏は文春オンライン記事で、以下のように松浦氏批判した

 1.松浦氏トランス法案への懸念は、現実的根拠が一切示されていない(=松浦氏トランス当事者実態無視している)

 2.現実的根拠を示さないまま、トランスに対する不安を煽る発言をした

 3.その発言によって、ツイッターにおけるトランス差別悪化した

松浦大悟氏の発言を最大限好意的解釈すれば、彼は次のように反論したと考えられる

 1.思考実験として検討しただけで、現実的根拠の有無は関係ない

 2.あくま法案の条文があいまいであることを指摘しただけだ

 3.自分発言トランス差別ではない

松浦氏発言を最大限好意的解釈しても、なお松浦氏発言には以下の問題が残る

 1.「手術をしなければ、自分確信する性別として生きることができない」という状況が差別ではない、ということの理由説明していない

 2.トランス当事者実態をきちんと説明しないまま、議論を進めてしまった

 3.自身発言が、ツイッタートランス差別悪化の一因となった

もっと重要なのは、次の点である

 ・松浦氏は、自身発言トランス差別悪化させたことに対して責任を取っていない

●よって松浦氏

 1.自身発言トランス差別悪化させたことを自覚し、トランス差別への明確な反対を表明し続けるべきである。具体的には、

  a.トランス差別に反対するという立場を明確に発信し続ける

  b.トランス当事者実態を正しく理解し、正しい情報継続的に発信する

  c.トランス差別悪化させないように、自身の「懸念」をもっと的確に言語化する

 2.今後はトランスフォビアを悪化させない形で議論を深めることを目指すべきである

以上がこのエントリーの内容のすべてになります

三橋順子による批判記事と、松浦氏反論

三橋順子氏による記事なぜ2019年の日本で、トランスジェンダー女性たちが攻撃されているのか | 文春オンライン」のなかで、松浦大悟氏の発言ツイッター上のトランスジェンダー差別悪化させる一因となったことが指摘されました。

1月5日放送のAbema Newsみのもんたのよるバズ!」で元参議院議員松浦大悟氏がこう語りました。

「今、イギリスで大問題になってまして、(中略)手術をしなくても性別移行ができるようになっているのが、世界の潮流なんですね。それで性自認女性だとなれば男性器がついていようとも、更衣室、女性更衣室に入れなければいけないということになっているんですよ。それについてフェミニストの人たちが大反対してまして、『冗談じゃない』と、自分たちは性被害に遭っている人がいっぱいいて、恐怖を感じると。」

 この発言Twitter拡散されて、一気にトランス女性排除の炎が大きくなりました。

(※当該発言みのもんたのよるバズ!2019年1月5日 - YouTubeの57:36から確認できます

これに対して松浦大悟氏本人は次のようにツイートしました。

松浦大悟さんのツイート: "三橋順子氏に嘘を流されて困っています。トランスジェンダーはアンブレラタームであり、その中にはクロスドレッサーも含まれます。法律を作るときには瑕疵がないように全ての問題点を洗い出さなくてはなりません。法案作成過程では議論がなかった?穴を見つけられない事が立憲民主党の問題点なのです。… https://t.co/VYspZcZOTB"

以下では松浦氏反論がどの程度妥当か、確認していきます

●両者の「トランスジェンダー」の定義はいずれも正しい

まず議論を始めるために、「トランスジェンダー」という言葉定義確認しておきましょう。

三橋氏は記事のなかでトランスジェンダーの定義について以下のように述べています

トランスジェンダーの定義は「生まれた時に指定された性別と違う性別生活している人」です。

これに対して松浦氏は以下のように反論しています

トランスジェンダーはアンブレラターム(=包括的用語引用者注)であり、その中にはクロスドレッサーも含まれます

さて、どちらの「定義」が正しいのでしょうか? 実のところ、どちらの定義も間違いではありません。

Feminist Perspectives on Trans Issues (Stanford Encyclopedia of Philosophy) 確認してみますと、トランスジェンダーは「トランスセクシュアル、ドラァグ・クイーンキング、ある種のブッチレズビアン、(異性愛男性異性装者のような、いくつかの異なった種類の人々の集合を指す包括的用語umbrella term)として用いられる」と同時に、「トランスジェンダーという用語トランスジェンダリスト(出生時に割り当てられた以外の性別としてフルタイム生活しているが、ホルモンや手術などの治療を行なっていない人)と同じ意味で使われることもある」とされています

また、森山至貴『LGBTを読み解く』でも、包括的用語としての「(広義の)トランスジェンダー」と、「異性の服装をすること自体に重きを置くトランスヴェスタイトではないが、医学的な処置を望むトランスセクシュアルでもなく、自らの性自認にしたがって生きる経験やそのような人々のことを指す」用語としての「(狭義の)トランスジェンダー」という、2つの意味があると指摘されています(p.98-101)。

三橋氏の定義も、松浦氏定義も、いずれも間違いではない。このことを確認したうえで、議論を次に進めましょう。

現実トラブルが起きたという証拠はない

次に確認しておくべきことは、(1) 日本にもすでに性同一性障害への差別を解消するための法律があり、(2) それでも女湯や更衣室などをめぐるトラブルは生じていない、という点です。

これについては松浦大悟さんの「女湯に男性器のある人を入れないのは差別」論への疑問から引用しておきましょう。

そもそもトランスジェンダーの公衆浴場利用について同様の議論をしたいなら、「障害者差別解消法」(障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律 - 内閣府引用者注)を引っ張ってくる必要があります

2016年施行された障害者差別解消法における「障害者」の中には性同一性障害も含まれており、性同一性障害に該当する人はこの法律によってすでに守られている状況です。

それでも、障害者差別解消法のせいで男性器のあるトランスたちがどんどん女湯に入ってきてトラブルが増えたなんて事実はどこにもないはずです。

ここでもう一度、Abema Newsみのもんたのよるバズ!」での松浦氏発言確認しておきましょう。

「今、イギリスで大問題になってまして、(中略)手術をしなくても性別移行ができるようになっているのが、世界の潮流なんですね。それで性自認女性だとなれば男性器がついていようとも、更衣室、女性更衣室に入れなければいけないということになっているんですよ。それについてフェミニストの人たちが大反対してまして、『冗談じゃない』と、自分たちは性被害に遭っている人がいっぱいいて、恐怖を感じると。で、そういう人たちを出てけということを言ってるんだけど、これは差別にあたるわけです、そういう法律ができるとね」

注目するべきは、『イギリスフェミニストが大反対している』ということしか説明されていない、という点です。松浦氏は、『差別解消法によって、イギリス男性器のあるトランスたちがどんどん女湯に入ってきてトラブルが増えた』とは一言も言っていない。実際にトラブルが起きているかどうかには一切触れず、ただ単にフェミニストが反対しているということしか説明していないのです。これでは、イギリスで「大反対」しているフェミニストの主張が妥当なのかどうか、まったく分かりません。

まり松浦氏は、「手術なしで性別移行できるような法律が、実際に女性への被害をもたらしている」という証拠を何一つ提示していないのです。

この点で、松浦氏発言根拠薄弱であると言えるでしょう。

好意的解釈1.「あくま思考実験にすぎない」

ここで一旦、二人の対立を整理しましょう。

松浦氏は「正義正義バッティングした時のことを野党であるLGBT差別解消法は想定していないと指摘した」とツイートしていますhttps://twitter.com/gogodai5/status/1085414545814892544

これに対して三橋氏は、そもそも彼が言うような形で「正義正義バッティング」すること自体が「ありえない」と主張したわけです。

しかに、松浦氏は自らの懸念について、根拠をまったく示していません。

それでも、松浦氏発言好意的解釈すれば、以下のように捉えることができるかもしれません。

あくまで隙のない条文を作るための思考実験であり、現実的根拠の有無は関係ない』

もしも松浦氏がこのような立場を取るのであれば、三橋氏の批判回避することはできるかもしれません。

好意的解釈2.「あくま法律案の条文に含まれ問題を指摘しただけ」

もう一点、できるかぎり好意的解釈すれば、松浦氏立場は以下のようなものと言えるでしょう。

法律案の条文において、「トランスジェンダー」という用語が「広義のトランスジェンダー」を指すのか「狭義のトランスジェンダー」を指すのか」があいまいである。このようなあいまいな条文では、運用に際して問題が生じうる。私はその点を批判しただけだ』

あくま一般論ですが、法律の条文に多義的用語が含まれることは、あまり望ましいことではありません。

この一般論に則った発言として松浦氏発言解釈するならば、一般論に則っている部分に関してはある程度の妥当性がある、と言えるかもしれません。

好意的解釈3.「自分発言トランス差別ではない」

松浦氏は、「私はトランス女性が脅威だなどと発言していない」とツイートしています

https://twitter.com/gogodai5/status/1085414545814892544

自分発言トランス差別ではない、ということを言いたいのだと思います

しか松浦氏は「トランス女性シス女性へ加害する」とは言っていません。おそらくは「ペニスに対して恐怖をいだく女性特に暴力被害者)がいるのではないか」という「問題提起」だと考えられます

かに、「女性ペニス恐怖を抱くことの背景への配慮」もまた重要論点です。

しかし、「トランスフォビアの解消」も同じく重要論点であることを忘れてはいけません。

女性ペニス恐怖を抱くことの背景への配慮」と「トランスフォビアの解消」を区別したうえで、その両方を目指した議論をすることが必要となるはずです。

にもかかわらず、松浦氏はこの2つが必ず対立してしまうかのような前提で議論を進めています。この点に、「問題提起」としての不十分さが垣間見ます

(なおトランスフォビアと「男性身体」への恐怖というテーマについては、こちらの記事「女性専用スペース」とトランスフォビア - frrootsのtwitter補完メモに詳しく論じられていますので、関心のある方は一読ください)

好意的解釈すれば、松浦氏発言自体トランス差別ではない、と言えないこともないかもしれません。

それでも、不十分な「問題提起」によってトランスフォビアを煽ってしまった、という問題は依然として残るかと思います

松浦氏反論できていない論点

●「手術をしなければ、自分確信する性別として生きることができない」という状況が差別ではない、ということの理由説明していない

ここで忘れてはならないのは、「手術をしなければ、自分確信する性別として生きることができない」という状況は、極めて大きな問題がある、ということです。

特例法が求める性別適合手術は、当人の心身に多くの負担を与え、高い医学的侵襲性を伴う医療行為です。「強制断種」の点においても、性の健康権利理念から反するといえます。(石田仁『はじめて学ぶLGBT 基礎からトレンドまで』p.99)

言うまでもなく、手術を望む人が手術を受けられる、ということは重要です。しかし、手術を強制されるということは、このように「性の健康権利」を剥奪されるということです。誰もが持っているはずの当然の権利剥奪されている。この状況を「差別」と呼ばないのであれば、その根拠説明するべきでしょう。

●「現実的根拠がないまま、トランスへの不安を煽った」という批判反論していない

松浦氏は先行事例としてイギリス法制度を紹介し、「懸念」を提起しました。しかしそこで、「手術なしで性別移行できるような法律が、実際に女性への被害をもたらしている」という根拠はまったく提示されませんでした。この点で、松浦氏の「懸念」には、(1) 現実的根拠がなく、さらに (2) トランス当事者実態無視している、という問題があると言えるでしょう。

●「自身発言トランス差別悪化の一因となった」という批判反論していない

さら重要なのはこの点です。

松浦氏は、あくま法案問題点を指摘しただけだ、という反論はしていますしかし、「自身発言トランス差別悪化の一因となった」という点については何も述べていません。

もしも仮に松浦氏の「懸念」に根拠があったとしても、トランス差別に反対しなければならないことに変わりはありません。

かに議論を深めることは重要です。しかしその過程トランスへの差別が深まるとすれば、それは問題です(誇張ではなく、差別は人の命にかかわりますから)。そうである以上、トランスフォビアを悪化させない形での問題提起をするべきです。

結論

松浦氏は「トランスフォビアを悪化させない形での問題提起」に失敗した。

このことは否定しようのない事実でしょう。

(もちろん言うまでもなく、松浦氏発言以前にも、インターネット上にトランスフォビア言説は存在しました。しかし、松浦氏トランスフォビアにさらに火をつけてしまった、という点は批判されるべきでしょう)

このことについて、松浦氏責任を果たす必要があるはずです。

具体的には

 1.トランス差別への反対を明確に発信し続ける

 2.トランス当事者実態を正しく理解し、正しく発信する

 3.トランス差別悪化させないように、自身の「懸念」をもっと明確に言語化する

以上のことをするべきかと思います

松浦氏自己弁護ばかり繰り返さず、自分言葉引き起こし帰結としっかり向き合ってください。

曲がりなりにも「政治家であるならば、自身発言責任を持ってください。

最後一言

差別解消法について議論する目的は、実際に起こっている差別を解消することです。

もしも差別解消法について議論することが、差別悪化させてしまうとすれば、それはまったくの本末転倒です。

あくまでも目的差別解消であり、法律はその手段しかない。議論する際には、この前提を忘れないようにしていただきたいと思います

2019-04-27

anond:20190427225339

そうか。君は明日死ぬことが確定しているのか。それは残念なことで、ご愁傷様。

俺はてっきり「人は誰でも明日死ぬかも知れない」という人生一般論の話なのかと思ってたよ。失礼しました。

2019-04-23

anond:20190423124213

いやお前が「損得感情の無い関係なんて同性間でも無いと思うがな」って言ったのって一般論としての話ちゃうの?

なんで急に増田の話に戻るの

下の人間と上手い付き合いができない人

職場おっさん上司を見てて思う。

上司っていうか社長なんだけど。

小規模企業社長

一緒に行動することが多いからよく行動見てるけど、けっこうコミュ障だなと思う。

でも世間一般で言われてる陰キャコミュ障じゃなくて、あえて言うなら陽キャコミュ障か?

けっきょく立場権力しかコミュニケーションを取れない。

強いものにはこびへつらって、弱い者には感情むき出し言いたい放題。

毒にも薬にもならない自分仕事論を喋りまくり弱者愛想笑い今日オナニー

権力ごり押し要求押し付けて、部下から弁護士ちらつかせられたら即逃げ出して放置

問題が起こっても現場仕事なんて何も知らないから、「世間では~~だ。」「一般的には~~だ。」と一般論を語るだけ語って結論は出さない。指示も出さない。

よくこんなんで社長やってられるよな~、と思ったら、

そうか。世襲社長でしたね。

なんかタイトルとずれた愚痴なっちゃった。ごめん。

2019-04-20

anond:20190420072401

思ったよりも反響があって驚いています

コメント読んで、単価、フリーソフト中抜きピンハネについてのみ言及ときます

単価が安すぎるのではないか

経験入社したというのと、客先は3つ経験したのですが、これは2つ目の客先の単価だからです。

だいたい入社してから5ヶ月経った時の単価で、ある程度の予想が含まれます

この時は仲介業者(大手SIer)の営業さんに「安ければ安いほどいいので業務経験がなくても大丈夫です」などと言われて入った客先なので、安く買い叩かれてて当然だと思います

あと転職前の会社営業が弱かったので、それもあります

フリーソフトダウンロードし放題って大丈夫

それは私が一番思っています大丈夫なの?

ときちんと現職の担当者には不安であることを伝えています

たぶんISMS規約かにフリーソフトは個々でダウンロードせず、一括でダウンロードしたインストーラーをプロジェクト参加者で共有すべきである」とか追加されると、変わるのではないか、と思います

結構ショッキングだったので、感想として書いてしまいました。

中抜きピンハネについて

利益の2/3ほどを会社運営費にしないと会社がうまく回らないというのは知っています

そのため単価60〜70万が20ほどに減るのは一般論的には変なことではないのも知っています

単価が目に見えるのがかなりの悪であることと、普通派遣会社を経由した時給でのお仕事であれば同じような仕事をしているのに2/3も削られないため、ピンハネされていると考えてしまうのだと思います

2019-04-17

anond:20190414151912

このように非常に好意的解釈すると、一応上野氏の主張が明瞭に見えてくる。彼女の言いたいことはおそらくこうだ。「女子東大受験生偏差値の方が男子東大受験生偏差値よりも高いので、理科三類合格率に男女差がないのはおかしい。不正があるのかもしれない。」

一般論として、相手理屈好意的解釈しておいたほうが議論が深まります論破したいなら相手議論の最良の部分を攻撃しないと意味がないと私は思います


あと、「不正があるのかもしれない」ではなく、「差別があるのかもしれない」です。たとえば、こんなストーリーが成り立ちます

2019-04-16

anond:20190415221658

「目が大きいね!」とよく言われるけど

一般論として、男性が「目が大きいね」という時は、それは十中八九可愛い同義

不細工で目だけ大きくても、目が大きいことが活きないので、わざわざ言及しない。

男を例に取ると、マッチョに対し「体鍛えてるんですかぁ?」と女性言及する場合、それは総じて外見全体が優れている相手に対して使われる。

幾ら大胸筋や二頭筋が逞しくても、身長小さくて薄毛の男性に対して言わない(もはや筋肉だけの問題ではないため)。

2019-04-15

火ノ丸相撲高校相撲編まで」(が良かった)と言われる理由

・・・自分なりに考えてみた。

※だらだら書いたので恐ろしく長い。

あくまで「自分の周りでの評価」の話でこれは決して一般論でない。面白さの感じ方は人それぞれということも重々承知している。ごくごく個人的見解だと思ってもらえれば。

推敲もせず勢いにまかせて書いたので、多少ふざけている部分もあるし、すぐ脱線するし、色々な意味で所々間違っているかもしれないし文章も順序も何もかもめちゃくちゃだけどおおよその意味は通じると思うので堪忍してほしい。

小学生大学生あたりまでは欠かさずジャンプを買い続けてきたオッサンなのでいわゆるWJお約束アンケート事情等は踏まえている。

前置き

WJをずっと読み続けている友人が数人いるのだが、誰も火ノ丸相撲を読んでいない。読んでいない理由、ほぼ全員が口を揃えてこう言う。

大相撲からついていけなくなった」「高校相撲の時は面白くて毎週読んでいた」「ごちゃごちゃしてわかりづらくなり読むのをやめた」系統理由

自分原作連載時の初期の方だけは本誌で読んでいて元々相撲好きというのもあり、珍しい題材なのに巧みに関心を引く、驚くほど絵が上手くて話も面白漫画始まったなという印象だった。

そしてアニメをみているうちに改めてもう一度通しで原作ちゃんと読み直したくなったクチなので、彼らの評価を確かめるべく単行本最新刊まで読み進めた結果、なるほどそうか・・・と腑に落ちた。

火ノ丸相撲といえば・・・知名度のわりに本当に単行本が売れていない、アニメ化されても伸びない、掲載はいつもだいたい後ろの方。(これらはしばしば公式でも自虐ネタに使われているようだ) このような状況でありながら打ち切り危機を免れてきたのは、根強いタニマチ(後援者、ファン)の後押し、国技を題材とした作品である社会的評価少年誌作品とは思えない画力構成力、質の高さ、純粋作品としての魅力が高かったからに他ならない。

本題

大相撲編がイマイチ理由の一つとして「異様なほどの性急さ」が挙げられる。これはWJ連載であるりある程度しかたないことかもしれんが・・・

本来であれば、

A★→B→C→D★→E→F→G★ (★は物語の進行上外せない重要な話とする)

と進むべきところが、

★以外のエピソードをすっとばして読者を置いてけぼりにしている感がすごい。 つまりWJ特有事情で話を早くすすめたいがために最低限描かなければ成立しない部分しか描かせてもらっていない印象をうけるのだ。この流れは非常にまずい。なぜならばかつて打ち切られた作品で幾度も幾度も目にしてきた流れだからだ。

高校相撲編ではここらへんが比較的丁寧に描かれていたので余計に異様さが際立つ。

なお、この「すっとばし」はキャラクターにも多大な悪影響を与えている。

一人目は主人公火ノ丸。高校時代までの彼はどこか浮世離れしたつかみどころのないキャラクターでまさに相撲の申し子、ある種神聖視された存在だった。ところが大相撲編では詳細は省くが色々な意味で「人間」にまで「落ちて」しまった。神の化身(横綱)になろうとする者がそこから遠ざかってどうするんだ!?と首を傾げざるを得なかった。(もちろん無垢であること=神性というのが単なる概念にすぎないのは百も承知として)

極論ではあるが、親方に薦められるままにお見合い女性と所帯を持つ方がよほど彼らしかった気がする。それほど色恋には淡白なのが火ノ丸だと思っていた。

彼は一見他人にも自分にも関心があるように見えて実はかなり希薄に思える。かといって他者から本物の好意を向けられれば真摯に応える度量は持ち合わせている。相手によほどの理由がない限り彼は好意に応えようと努力するだろう。とかく恋愛経験値が低い者は猛烈な「押し」には弱いものだ。誰が主人公の心を射止めるかというのは少年漫画面白さの一要素でもある。そういう意味ではあの咲や景子ですらヒロインになりうる一種ワイルドカード的な魅力が無自覚の神性を有していた頃の火ノ丸にはあったように感じる。

さらに言えば、主人公を射止めたヒロイン(レイナ)のキャラが強く立っているにも関わらず、動機付けの弱さ、たまたま近くにいた異性、半ば成り行きのような、描写不十分でさほどの必然性がないように見えたことがとても残念で引っかかるのだ。

いささか潮火ノ丸というキャラクター幻想を抱きすぎた感はあるが、少年期の彼の印象はどうしても強いのだ。

二人目はヒロイン枠のレイナライバルらしいライバル千鶴子くらいのものだったので、これはまぁ順当ともいえるが(ちなみに自分1話での火ノ丸との運命的な出会いからずっと彼をひたむきに愛していた千鶴子推しであった…)、あまりにも性急に距離が急接近したのにはさすがに困惑しかなかった。彼らが後々恋愛関係になることは容易に予想できたし特に異存はない。ただあのような相思相愛関係?に至るまでのプロセスがあまりにお粗末すぎるのでは?何なら高校相撲編のレイナが火ノ丸の相撲魅せられていく名前のつけられないあの純化された感情を抱いた付かず離れずの関係性をもっと見ていたかった・・・

三人目はチヒロ。主人公国宝を脅かすほどの屈指の人気キャラでありながら夢を追うために渡米し実質的な退場となった時は「なんて潔いんだ!!」と感動したものだ。しかし彼は帰ってきた。それは別に良い。問題は特段なんの経緯も語られることなくいきなり彼がシングルファーザーとなっていたことだ。読者は大困惑しかない。あきらかに悪い意味でのサプライズといえる。

他にも数人いるが特に際立って目立つのはこの三人だろう。

実際この漫画きっかけで相撲に興味を持った子供もいると思うが、高校相撲編はともかく自分の子小学生以下なら大相撲編は読ませたいとは思わない。高校相撲編に関しては各種教育関連機関業界団体等(?)からの推薦も十分受けられそうな内容だと思っていただけに遺憾だ。

安易なお色気(下ネタ)、ギャグ、過度な恋愛要素に逃げる作品は総じてレベルが低い。(余談だがお笑いに関しても同様だ)そんなものに頼らなくても十分面白ものこそ本物の面白さなのだ。

火ノ丸相撲は今時珍しく「硬派」な漫画だと思っていたから(大相撲編での品格の落ち方、別方向への舵の切り方に)結構ショックを受けたとは友人の弁。

硬派イメージが強かったのは、高校相撲編までは極力セクシャル描写が避けられてきたからだと思う。

痴漢被害表現

1話満員電車で堀千鶴子痴漢被害に遭うシーンがあるが、彼女はあまりのおぞましさに心底怯えた表情をしている。一見流してしまいそうだが賞賛すべき点がある。痴漢という最低の犯罪行為を決して性的な興奮材料にしていないことだ。他作品には被害女性の顔を紅潮させたり目を潤ませたりといった不適切表現が見受けられるが、火ノ丸相撲はそのようなけしからん作品とは一線を画していた。

②景子の性癖

彼女は優秀な観察眼を持つ記者であることは言うまでもないが、若い男性(とりわけ少年)の裸体や尻に向ける欲望が度を超えておりセクハラまがいの行為が目につく。女性男性であるから流されがちだが本来はあってはならないことだ。ギャグとして笑い飛ばすにはどぎつすぎるし、もはやそういう時流でもない。

レイプ未遂

これは本当に驚いた。①であのような配慮を見せた作者とこれを書いたのは同一人物なのかと目を疑ったほどだ。事のあらましは、意気消沈して部屋に引きこもる火ノ丸をレイナがドアを蹴破り強引に拉致し車でラブホテルへ連れていき、彼の合意を得ないまま性行為を迫るという驚くべきものだ(結果未遂に終わったが)。

たとえ交際していても合意を得ない場合性交渉レイプである。これも女性男性から見過ごしがちだが、この立場を火ノ丸が女性レイナ男性だったとしたらどうだろうか・・・笑えねえよとなるはずだ。さらに悪いことに「成人が飲酒した状態未成年性交強制する」構図なのだ。これはオチウこわぁいどころの騒ぎではない!マジでどうしたんだ川田先生!いよいよウェンカムイに取り憑かれたか?(??)

主人公の魅力度が落ちた作品はその人気も下降の一途をたどるのはいうまでもない。高校相撲編での火ノ丸は他を寄せ付けない魅力があった。あの輝ける国宝たちの中にあってもだ。大相撲編になってからあきらかに精細を欠いている。主人公陣営(メインサイド)の話よりも童子切草薙大包平三日月等の敵陣営の話の方に興味を引きつけられるほどに。むしろそちら側メインの話を読みたくなるというのは相当問題に思える。

火ノ丸はまごうことな平成終盤生まれ平成の子だ。しかし彼の中に古き良き?昭和スポ根漫画主人公を見ていたのは自分だけではないはずだ。

不幸(両親を若くして亡くしており裕福ではない環境)、逆境(あまりにも小柄な体躯)、自己実現能力(自らを厳しく律し、徹底的に稽古で肉体を痛めつける)、黒電話携帯を持たない、機械音痴時代がかった物言い兄貴肌、相撲のことしか頭にない、私生活が見えないなどいかにも昭和ヒーロー感(?)満載である

潮火ノ丸の中に矢吹丈のような壮絶な最期を遂げる姿を夢見ていたのかもしれない・・・モブも言っていた「鬼丸ハッピーエンドが見えない」。決してハピエンが悪いわけじゃないしそちらの方が良いに決まってる・・・が、いかにもな予定調和エンドだけは勘弁してほしい。

ハピエンではなくとも「あしたのジョー」は不朽の名作だ。主人公最期勝利し真っ白に燃え尽きて生死すらどうなったかからないなんてこれ以上ハートが震えて痺れるラストがあるだろうか?ヒーローが完全に浄化され何者にも貶められない最上級存在になった瞬間だと思う。

取組を殺し合い、命のやり取りとまで作中で表現しているならそれくらいの危うさがあってもいい。昨今の少年誌では厳しいかもしれんが。

第1部を第2部以降がクオリティで上回る作品はほぼない。あってもごくまれである。(ちなみに続編が悉く期待外れだった作品としては東〇喰〇等が挙げられる。続編の一報を聞いた時は飛び上がるほどうれしかったものだが、完成度の高い前作とどうしても比べてしまい、しだいに期待は失望へとかわっていった。)少なくとも火ノ丸相撲に限ってはそうはなるまいと思っていたのだが・・・

WJの数多くの縛りや規制大人の事情に阻まれ駄作になるくらいならいっそしかるべき媒体アプリ、あるいはヤンジャンなど)に移籍してのびのび描いてほしい。青年誌の方が表現の幅が広がるだろうし。もし角界の諸問題(暴力八百長パワハラモラハラセクハラ等)の闇の部分に切り込んだりする気があるのならばなおさらだ。

高校相撲編のような神々しいまでの輝きを取り戻すことはもうないのかもしれない。それでも自分火ノ丸相撲という稀有作品に魅せられた一読者して、最終話まで見届けたいと思う。

総括

長々とかいてきてアレだが、要約すると

『あまり余計なことにページ数を割かずに相撲をじっくり見せてほしい。タイトルにおこがましくも相撲を冠してるんだからそれに恥じない内容にしてくれ!相撲で堂々と勝負せんかい!』

・・・だろうか。

2019-04-14

anond:20190414023255

一般論中の一般論だよ

件の東大祝辞をありがたがってる連中を少しでも教養のある人間はアホだなと思って見てる

anond:20190414022719

これって一般論なのかな

みんなが絶賛しているストーリーに対して異論を認めるというのは意外に難しいことだよ

anond:20190414021836

こんな一般論に感銘受けるとかどこのF欄卒だよw

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