「懺悔」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 懺悔とは

2017-10-19

懺悔する場所ネットの上にもない

匿名なのにね。
みんな自分の罪に向き合うのが怖いから何も考えない。
恥ずかしいという理由があれば黙ったままでいいなんて思っている。
許されないと信じているから罪自体を認めない。
ひたすらわが身がかわいいのか、ありもしない身バレを恐れている。加害者なのに、被害者気取りの。

懺悔する気持ちあなたの心にはない。

2017-10-18

anond:20171018031309

女性社員を失ったことへの後悔と懺悔エントリかと思ったら、自分可愛さの醜い話で釣り疑惑。真面目に言ってるなら、低評価を甘んじるべき。

2017-10-07

物理キーない携帯なんてとか言ってたやつ

正直に名乗り出ろよ

もうとっくにスマホに変えてんだろ

自分が旧世代遺物だったということを反省して懺悔せよ

お前らは言わば老害と一緒

新しいものをとにかく否定して拒否するだけの進歩を予想できない出来損ないだ

それなのに過去自分が主張してたことをなかったかのように当たり前にiphoneだのスマホだのを使ってる

まずしなきゃいけないのは謝罪反省

当たり前だ

間違えてたらごめんなさいをする

そして初めて前に進めるんだ

子供でも知ってることだ

それができないならもう人として出来損ないだ

俺はここで誇り高く下座る

後に続け

orz

2017-09-26

「はにゃ」って「はにゃーん」のパクリでしょ

美少女音楽ってけいおんパクリでしょ。

ピースって香取慎吾がやってた人にやさしくってドラマパクリでしょ。

懺悔パロディってとらドラパクリでしょ?

パクリパクリパクリだけで構成されてるとかレッド・ツェッペリンかよ。

懺悔

小学生の頃から

しりを出したこ いっとうしょう

この歌詞の部分に凄いエロスを感じています

ごめんなさいごめんなさい。

2017-09-06

私の浪費懺悔

浪費図鑑という同人誌を読んだ。

ジャンルオタク女子による、匿名の浪費エピソードが載っている同人誌だ。

影響されやすいので、私も自分の浪費について語ってみたいと思う。

*********

下男アイドルへの浪費

そのグループを知ったきっかけは、推しとの共演だった。出番は少なかったが、ステージ上でキラキラ輝く姿を見てときめき、公演後の握手会にも参加した。

間近で見てもキラキラしてて、すっかりファンになってしまった。

地方に住んでいたが、当時就職活動をしていた私は、就活にかこつけて東京に何度も遠征し、ほぼ毎週のように週に1回の定期ライブに参加していた。

推しグループの中でも認知が早い方のため、すぐに顔と名前を覚えてくれた。3回目の握手くらいで、Twitterアカウントまでバレた。(これは正直怖かった)

メジャーデビューや結成◯周年記念ライブなどもきっちり通った。握手すると、手をぎゅーっと握って顔を近づけてニコニコ喜んでくれる推しが可愛くて可愛くて、どんどんとCDを買った。

しか学生だし、遠征費もあるし、就活バイトもろくにできていなかった私の少ない貯金はどんどんと減っていく。

そして私はついに母から振り込まれていた学費にも手を出してしまった。(さすがに全部は使ってないけど!)

卒業できなくなるので、学費を使ったことを母に打ち明けたが、何に使ったのかは言えなかった。

私は一人暮らしだったので、大量のCDもバレてないし。おそらく母は就活交通費などに使ってしまったと思ったのだろう…申し訳ない…。

さて、そこまでつぎ込んでいたが、熱は一瞬で冷めてしまった。なんならアンチになった。

原因は別のメンバーの繋がりや悪い噂。推し可愛いけど、そのグループお金を使うことがバカらしくなってしまったのだ。

馬鹿だったな〜〜と思うけど、記憶の中の推しはいつもかわいい。たまに活躍を目にして、ときめくこともあるけど、その度に例のメンバーが目にとまり嫌悪感が沸くのだった。

2017-08-26

id:white_rose VS id:cloq

オタク嫌いのフェミおばさん(?)と、オタクっぽいキモおじさん(?)の戦い。

  

この二人、以前から因縁があるんですかね?

よく分からないけど、今回はid:cloqのほうに理がありそうだ。

  

id:white_rose過去に、民泊黒人宿泊拒否される差別事件が多発しているというニュースに対し、「黒人男性は怖い」というコメントをしていた。

男性全般ではなく、あえて黒人男性だけを警戒するという、その差別感情正当化しているわけだ。

「まあそうだよな。/私がやるなら女性のみ可、黒人男性は怖いかダメってなっちゃうなあ。相手を見て判断って差別の目にまみれてるけど、部屋を貸すっていうのは」

http://b.hatena.ne.jp/entry/b.hatena.ne.jp/entry/301788843/comment/white_rose#tab-new-bookmarks

このことをid:cloqにほじくり返されて、なんと今度は最悪の開き直りをした。

ちょっと、なんかもう、ひどすぎて呆れる……。はてブ差別感情吐露して、しかもそれを懺悔のためじゃなく正当化のためにやっている。これは相当悪質だと思うんだが、どうだろうか。

「いちいち反応するのもなと思ってたけどいい加減うざいので。意図して書いたコメントなわけで、うっかり書いたわけでもなくもちろんPCに沿ってると思ってるわけでもない。揚げ足のつもりなんですかね。」

http://b.hatena.ne.jp/entry/301891325/comment/white_rose

2017-08-24

結婚記念日

今まで特に何もしてこなかったけど、急に7年目の結婚記念日を祝ったら、なんか怪しまれるかな?

まぁ妻にはバレてはないけど、懺悔気持ちが込められてる。

2017-08-16

ひょうきん族懺悔室パロ

たぶん天使3Pだったと思うが、懺悔室のパロをおまけでやってるらしい

作り手側がそういう年齢ってのもあるだろうし、見る側(円盤を買う)も年いった人間がみること想定してるのかもだし、そうでなくてもミニコーナーとしては面白いだろうということなんだろうか

昔のバラエティ名物コーナーのパロが増えそうだな今後

2017-08-11

健康は退屈すぎて馬鹿には耐えられない

健康不自由の無い時間はそれだけでは退屈なのだ。だからその時間文化的で意義あるもの昇華できない人間

進んで自らを不健康状態に落としていく。痛み、苦しみ、後悔、懺悔、償い、そして貧困でその隙間を埋めていくことに

よって、彼らは辛うじて生きていく。

健康文化的で、ましてや最低限度な生活なんかには決して耐えることができない。

酒、ギャンブルドラッグ、恨み、妬み、僻み、あらゆるトラブル不自由さの中に彼らの生活がある。

anond:20170811141747

ダウンロード済みのコンテンツを楽しみながら消して

じゃねえよバカタレ

懺悔とか書いときながら結局は、「一歩大人になれた俺」に酔いしれたいだけなんだろカス野郎

じっくり償いたいならコンテンツ代精算して、地道にでもすべて払え

P2Pソフトアンインストールした

要するに、違法ダウンロードを辞めた。

自分は得をしているつもりで、実のところ無駄時間を浪費しているだけのハイエナのようなつまらない人間だということに気づいたからだ。

学生の頃からずっとP2Pソフトを使っていた。

金がなかったので、一銭も使わずに膨大な量のアニメ漫画AVを見ることが出来るP2Pは最高のソフトだと思っていた。

ファイル配布サイトに上がっているコンテンツダウンロードしては消費し楽しむことを日課のように繰り返してきた。貯まったファイルを半ば財産のように、愚かにも人に見せることすらあった。

ある程度金回りが良くなってからP2Pソフトを使い続けていた。それ以外のコンテンツ体験が分からなくなっていた。無料で楽しめるコンテンツに金を払うことがバカバカしくなっていたということもある。


ある時、ダウンロードした音楽が非常に良かったので、学生時代のノリで後輩に送りつけた。

反応は微妙ものだった。彼はもう自分の金を払いコンテンツを消費するようになっていた。

その時から自分損得勘定おかしいということに気づき始めた。

私は金を払わないから得をしていた気になっていたが、同時に何も生み出さな阿呆になっていたのだ。

無料で得たコンテンツはもちろん金はかからないが、時間はかかる。その時間は何も生み出すことはない。無料コンテンツなので元を取ろうと深く読み込むこともせず、得られたものアウトプットして誰かに貢献することもない。

もしAVダウンロードせず生身の女性アタックしていたら、もしアニメリアルタイムで見てTwitterで実況するなどして友だちを作っていれば、自分自身面白い人間になれていたかもしれない。


被害者のようなツラをしているが、自分コンテンツ制作者に対する加害者である。というかそれでしかない。

学生時代は未熟で、コンテンツの向こうに製作者がいるということをあまり理解していなかった。コンテンツではなく、製作者が私を楽しませてくれているのだ。そこにはきちんと見合った対価を払う必要がある。

P2P麻薬だ。ただコンテンツを楽しむ生活は虚しいが楽しいスパッと辞めることは難しい。まずはソフトを消して、ダウンロード済みのコンテンツを楽しみながら消して、余裕がある範囲で購入していくつもりだ。少しでも罪滅ぼしになってくれればと思う。

決意と懺悔の念と、違法ダウンロードしている人がちょっとでも意識を変えてくれればと思って、この文章を書いた。

2017-08-06

大王製紙会長自伝『熔ける』を読んで損した

発端はこの記事を読んだことだ

http://numbers2007.blog123.fc2.com/blog-entry-6763.html

岡村隆史:これは分からないです…グラビアアイドルっていうのは、付かず離れずと言いますか、本当に深入りしない方が良いと思います

あの…一番怖いです、ぶっちゃけ。本当に。もし良かったら大王製紙の元社長さんの『熔ける 大王製紙会長 井川意高懺悔録』って本を読んでみてください。

グラビアアイドル、ギャラも凄い安いですから大変なんでしょうけど、そういうギャラの安いグラビアアイドルが、どうやってメシを食って行ってるかっていうのが、『熔ける』という本に載ってますんで。お時間ある方は見てみてください。

これを見て俺は、この『熔ける』という本にはさぞ裏社会でのアイドル達のチンポ勃つノンフィクションエピソードが含まれた本なのだろうと期待したのだ。

結果全然そんなことはなかった。チンポは一度も勃たなかった。

図書館で借りたから金は損してない。時間を損した。

俺は思わせぶりな表現をした岡村隆史とこの書き起こしブログ作成者を恨む。

2017-08-04

卍が厚生したら善人に見える現象生んだのって少年ジャンプじゃね?

NARUTOうちはイタチが最たる例。

昔はやんちゃしてたけど、最終的に厚生したから今でも人気上位じゃん。

時間いから要点だけ言うと、少年ジャンプで連載している漫画は単純な勧善懲悪ではなく、悪人懺悔して、周囲が赦罪する展開がとても多い。

それを読んで育ったお前らは、卍がちょっといいことした時に見直した気になるんだ。

2017-08-02

懺悔

さっき道に人が倒れていたのだけど、酔っ払いかと思ってスルーしてしまいました。

から通りかかった人が救急車を呼んでその人は運ばれていきました。

反省しています

2017-07-29

悔悛と懺悔:またひとつ年をとった

周囲の人間に祝ってほしいという年でもなくなった。

ただ、少しの後悔とともに、

毎年この日を待ちわびていた頃のワクワク感を思い出してチクリと痛む。

あれは祝ってくれる存在があっての楽しみだったのだと。

書き殴ってきた理想自分から

つの間にか遠く遠い現在地に辿り着いてしまった。

リスクを取らない道は

高い代償へとつながっていた。

自分はまだ何者にもなれないでいる、

来年も、その次も何かになれそうもない。

いつどこで道を違えていたのか。

今はかつて祝ってくれた人たちへの

悔恨の念が胸を挫くばかり。

でも、こんな思いは今日限りここに閉じ込めて

もう一度がむしゃらに走りはじめたいんだ。

いまから、ここから

しろ今日は、「誕生日なのだから

少し場所を貸してほしい。

そして、願わくばこの懺悔を見届けてほしい。

礼は、来年今日自分からしよう。

こんな時間につきあってくれてありがとう

いいやつだな。

もし来年も会えたら嬉しい。

それを楽しみに一年、生きられそうだ。

2017-07-26

不倫道を歩む男女に捧げる歌

その昔、槇原敬之が「青春」という歌の中で、

受験選挙結婚

形にしたあと

誓いを捨ててしまう人もたくさんいるか

せめてこのぼくと君が

あの日誓いあった

気持ち間違いだとしても

終わるまで愛と信じよう

と歌っていた。

CTOしろ増田しろ誰にしろ不倫相手への気持ちなり何なりはともかく、

一生かけて幸せにすると誓った奥さんへの、その誓いについてはどう考えているのだろう。

奥さんに対する思いの記述がまったくなく、奥さんがまったくもって気の毒に思えた。

不倫不倫しかない。倫理を欠如した行動にすぎない。

簡単に破る誓いなら立てぬがいい。

いったん誓いを立てたなら、そしてもしそれを破る日が来るのなら、

誓った相手いかばかりの懺悔をせねばならないか真摯に考えねばならない。

https://anond.hatelabo.jp/20170726031924

2017-07-25

https://anond.hatelabo.jp/20150511022554

この日記を読みながら、トルストイ懺悔読んでみればと思っていたら、日記最後の方で出てきましたね。

生きる意味、難しい内容です。考えても考えても分からないし、他人に聞いても尚更で、的外れなことを言われたり、変な人扱いされてしまう。だから自分で考えなければいけないけど分からないという、ループが続く(まあ、ちゃんとした考察は、懺悔に記されてますね)。

あなたは私に経緯や考え方等色々似ています勝手に思っているだけかもですがそれでもお許しを。

思考と行動が矛盾しまくるのが人間なのに、それを理解できてない人(考えがそこまで至らない人)ばかりだと思ってしまう。そんな人たちに、相談真剣質問なんて出来る訳がない。

2017-07-20

https://anond.hatelabo.jp/20170720195834

一億火の玉国民懺悔になったのと同じ。

強固に信じれば信じるだけ、裏切られれば振り切った分だけ別のものに縋りつくのが人間

秒速アウトプット

まじで名言

これはなかなかのカウンター

伊藤さん?申し訳ない、笑った自分がいることを否定できない。。。。懺悔

2017-07-12

表現規制】『ゆらぎ荘の幽奈さん』炎上の件について

一向に前へ進まない反表現規制派の議論 『ゆらぎ荘の幽奈さん』批判への反論価値がないわけ : 九段新報

http://blog.livedoor.jp/kudan9/archives/51659690.html

このブログを読んだ感想です。

各章が独立していた内容なので、どこから読んでくれてもかまいません。

  

表現への批判表現規制はどう違うのか

要するに、今回の件の批判者の主張は「少年誌にふさわしくない」と「このような構造表現は好ましくない」の2点に大別できます。そしてこれへの真っ当な反応としては表現媒体販売場所の適不適に関する議論か、どこまでの表現なら現状の媒体可能かといった議論しかありえません。

まず一点目の「少年誌にふさわしくない」という批判について。

  

被害肯定的に描いているのは、たしか問題表現です。しかし、それを少年漫画に載せるのが不適格なのかと言うと、簡単な話ではありません。

例えば正義のために暴力をふるうアンパンマンも、私刑肯定的に描いたという意味では問題表現だと言えます。また、サザエさんでは家事育児女性仕事とされていますから、これも女性差別肯定していると解釈することができます。こうなると、あらゆる漫画問題表現を見出すことが可能であって、どこで線引きをすればいいかは難しいです。

そもそも少年ジャンプに載せたらダメなのか、巻頭カラーで載せたかダメなのか、それとももっと読者層の年齢が高めの漫画雑誌に載せることもダメなのか。ジャンプ編集部判断を迫るのではなく、批判者たちも責任を持ってその提案をすることが望ましいです。

  

それに、出版社に対して自主規制を求める活動というのは、仮に権力者ではなく私人がやっていることだとしても、一歩まちがえると危険を伴います

例えば「LGBTは不快だから表に出てくるな」「反戦漫画子供に読ませるな」という"批判"をしている人たちだっているでしょう。かつて性描写暴力表現を潰そうとしていたPTAも今回の騒動とおなじ手法で、やたら大声で騒ぎ立てて世論をかきたてたり、出版社に要望を出してその世論忖度させるという手口だったんじゃないですか。昔のことはよく知りませんけどね。そして、これが公権力と結託すると恐ろしいことになります

自主規制の是非については、あくまでもケース・バイ・ケースですが、「世論に押されて自主規制に追いこまれるのも表現規制の一形態だ」という理解は持っておくべきだと思います

  

  

  

つぎに二点目の「このような構造表現は好ましくない」という批判ですが、これは非常に厄介です。かりに『ゆらぎ荘の幽奈さん』を年齢層が高めの雑誌移籍させたとしても、この批判を免れることはできません。

  

このブログ主さんは触れていませんが、「このような構造表現は好ましくない」というのは単に論評をしただけではなく、「好ましくないかゾーニングしろ」「好ましくないから内容を変えろ」という含意があることも多いです。

オタク規制されそうになったり、ゾーニングを求められたりして、いつもピリピリしているんです。だから作品名を名指しされてそんな批判を浴びせられると、オタク側が過敏に反応してしまうのは仕方ない気がします。

  

また、批判者は作品内容を論評するにとどまりません。「こんな好ましくない表現のある漫画を作ったり消費している奴らはクズだ」という侮辱をされることもあります

オタクはこの侮辱に対して、どのように応答すればいいのでしょうか? 頭を下げて、「この漫画は性被害肯定的に描いた作品です。こんなものを楽しんでいる私たちは罪悪な人間です」という懺悔をおこなえばよいのでしょうか? さすがにこの対応を求められるのは屈辱的だし、ハラスメントではないかと言いたくなります

もちろん批判に応答する義務はないですから黙殺しておくのが一番だと思いますけど、それはそれで「オタク社会的責任果たしていない」という攻撃材料を作ってしまいそうです。

  

(ところで、『ゆらぎ荘の幽奈さん』の件とは異なりますが、成人指定がかかっているエロマンガに対しても、「このような構造表現は好ましくない」という批判をすることが可能です。しかし、その批判を名指しでやることは、嫌がらせ以上の意味があるのでしょうか。製作者側も好ましくないと思ったから成人指定にしているわけですし、仮にその批判を向けられたせいで炎上案件になってしまったら困ります。)

  

  

  

表現規制において、右派だけを脅威とするのは誤り

また規制を進めようとしているのはフェミニストではありません。第一日本国内フェミニストはそこまでの政治権力を持ち得ていません。日本において議会多数派ほとんどの場合右派(というか極右)が占めており、規制も彼らの手によるものです。

もしフェミニスト規制を進める権力がないのだとすれば、オタク側はフェミニストから批判に耳を傾ける必要がなくなります権力のない者からいくら批判を受けたとしても、こちらは黙殺か冷笑をしておけばいいんです。

ただし実際には、自民党表現規制をおこなおうとするときリベラルフェミニスト等の左派勢力がそれに加担・黙認する恐れがあります。こうなってしまうと、民進党社民党共産党いくら反対をしたくとも、その足場が揺らいでしまます

  

オタク普段、左派勢力から批判ちょっとはまじめに聞き入れておかないと、いざというとき彼らに助けてもらえなくなるのです。

リベラルフェミニストは、オタク自分たち批判を聞き入れようとしなかったり、自民党山田太郎を支持している姿を見ると、激怒するでしょう。そうなると次は報復感情が芽生え、批判を押し通すために権力を頼ろうとするのが当然のなりゆきです。

その意味リベラルフェミニストは、自民党右派勢力ほどではないですが、オタクにとって油断ならない存在です。

  

もっとも、オタクが彼らの批判を聞いたところで、批判は次から次へと出てくるし、あげくのはてに土壇場で裏切られる可能性があります

自民党表現規制をやるとすれば、その大義名分は、「性暴力肯定している漫画けしからん!」「こういう漫画流通しているのは女性差別だ」というものになるでしょう。左派政党はともかくとして、その支持者たちがこの問題自民党に加担するのは、けっこう容易に想定できる事態だと思います

例えば自民党が、「少年誌から健全な性表現(=女性蔑視を促すもの)を追放する」という法案を出したとすると、それは今回の騒動ジャンプ編集部自主規制を求める人たちの目的合致するものです。このときリベラルフェミニストが「自主規制には賛成だが法規制には反対だ」という峻別をする人ばかりだとは限りません。

  

あーね、あとは、「リベラルオタクの支持を集めそこねたのは、リベラルがクソすぎる責任もあるのに、その反省はないのか」とか、「"表現の自由戦士"みたいなオタク像ばかりを見ていて、このブログ主現状認識おかしいんじゃね?」とか、いろいろ言いたいことはあるけれど、そこは私もろくに把握できていないので語るのはやめておきます

  

  

  

エロからこそ批判されている

批判者はエロから批判しているのか?そういうわけではありません。

このブログ主は、『ゆらぎ荘の幽奈さん』が批判されているのはエロからではないと言っていますが、それは違います

絵としてエロいものからこそ、我々の感情をゆさぶり、批判やり玉に上がっているのです。その証拠に、私刑暴力肯定している『ジョジョの奇妙な冒険』等は、エロくないか批判やり玉にあがりません。

  

今回のような批判が起こっているのは、この漫画の絵がエロく見えるからに他なりません。

もし視覚的には欲情を誘わない絵柄とか、エロくは見えない描写方法採用していれば、女性蔑視・性被害うんぬんという指摘があったとしても、それが大勢の人たちを巻きこむ炎上案件にならなかった可能性が高いです。

  

  

  

差別表現には問題があるが、エロ表現にも問題はある

今回の件で、はてなTwitterリベラルは「エロ問題ない」と繰り返していました。

しかし、私はそう思いません。

リベラルが褒め称えるような"エロ"ならば、それをどんどん子供に見せてよいですか? それを公衆に向けて掲示することは、ポリコレに沿っていると言えますか?

そんなはずがありません。どれだけ適切に描こうとも、やはりエロゾーニング対象にするべきです。

  

ところで、欧米基準に従えば、二次元三次元区別せず、「児童水着姿をエロティックに描くことは児童ポルノだ」という論を立てられると思います

今日日本リベラルフェミニストはまだこの基準採用していないようですが、萌えキャラは童顔ばかりだし、それが水着姿になっている漫画はアウトだという意見が主流になる日が来るかもしれないですね。

  

  

  

作中で性被害肯定的に書いたことは問題本質ではない

一言でいえば、「意図的がどうかにかかわらず女性被害を受け、それを肯定的に書いている」ことが問題視されています

女性が性被害を受けることをを肯定的かいたというのは、じつは問題本質ではありません。

例えば『ゆらぎ荘の幽奈さん』で、胸を強くさわられた女子が痛がっていたり、そのことで心が傷ついたシーンが描かれていれば、何も問題はなかったということでしょうか。

  

そういえば、この前に炎上していたクジラックス漫画について、リベラルフェミニストがどう思っているのかを知りたいです。

あの漫画ポルノとしては珍しく、レイプ正当化できない悪として描ききっていました。つまり、「レイプ被害者を傷つける暴力だ」「レイプをやる奴は卑劣犯罪者だ」という認識を貫徹していたのです。

作中での性暴力の取り扱いが肯定的否定的かということだけに注目していると、レイプ=悪という認識を徹底させたこの漫画が一周まわって健全だということになってしまます

参考:「クジラックス漫画って、むしろポリコレ的に正しいでしょ?」

https://anond.hatelabo.jp/20170619174431

  

  

  

被害を娯楽として消費しないことは可能

これは私見になりますが、萌えという欲情を誘う絵柄で描いた漫画である以上、性被害は抜きどころです。

  

ストーリー上でいくら否定的ものとして描いていたとしても、それは性的消費の対象となります

キャラが性被害を受けているとき、その肉体が露出していると、男性読者はそれを見ながら欲情してオナニーするのです。

胸や性器露出がなくても、その瞬間の女キャラの顔の表情を見るだけで、男性読者はきっとオナニーすることができるはずです。女キャラが恥じらいの表情ではなく、嫌がっている表情を浮かべているとしても、それはそれで抜けます

これではどうやっても、「女キャラが性被害を受けている場面を男性読者が娯楽的に消費する」という構図を脱することができません。

  

この構図をなくしたい場合萌え系の絵柄の漫画では、性暴力・性被害を作中で取り扱うことをやめるのが一番です。

また、該当箇所の絵を省略して、そういうことは文字で伝えるという方法もあるかもしれません。(しか男性読者は、作中では省略された性被害の場面を勝手妄想するし、あるいは性被害をうけた女性という属性に興奮し、それをオカズにしてオナニーすることができるでしょう。)

  

  

  

エロと野蛮さは切り離せない

フェミニストが彼らの言うところのエロ批判するのは、主に女性の軽視、蔑視搾取、モノ化といったことを肯定助長すると認識しているからです。フェミニストエロを憎んでいるように彼らに見えるのは、彼らの認識するエロ女性独立した人物としてみなさなものであるからです。その前提をクリアするのであれば、むしろ女性独立の証として肯定するフェミニスト大勢ます

この指摘は、いちいちもっともな話だと思うんですが、「そんな批判をされても知らんがな」という反発をしたくなります

  

フェミニスト女性独立の証として肯定するエロとは、どれだけ素晴らしいものでしょうか? "女性の軽視、蔑視搾取、モノ化"を解消したとしても、今度は女性男性に向かってそれをやり返すだけです。

例えば女性自分の好みで男性自由に選ぶということ、それは女性の権利です。しかし、その権利行使するとき女性は、きわめて動物的な性欲を発揮しています。金、地位容姿、安定感、人格、優しさ、そこには微塵もポリコレなどというもの存在しません。

パートナー人格や優しさを求めるのは人間的な営みだと言われそうですが、じつは全然そうではありません。女性恋愛において男性に求める人格や優しさとは、それはそれですごく動物的なものです。まるで獣のメスのようにオスを選別しているのです。女性恋愛セックスで感じる幸福も、すべてはこの獣性に支えられています

いずれにせよ女の性欲も、男と変わらず獣のそれと同然なのであって、どこまでいっても身勝手で汚らわしいものなんです。性欲は、社会正義を求める意志とは根本的に矛盾しています

こうなると結局、エロの正しいあり方というのは分からなくなります表現物において女性キャラクター主体性を重視すればポリコレに適するかといえば、すでに述べたとおり、決してそうではありません。

  

一つ言えることは、お行儀のよいエロ表現なんか絶対に楽しくないってことです。

人権平等という正しい理念を詰めこんだエロ表現があるとすれば、おそらく私はそれを(ポルノ的な意味では)評価できないし、その偽善には吐き気を催すほどの不快感に見舞われるでしょう。私にとってのエロとは、どこまでいっても女性蔑視暴力性と切り離せないものです。

お行儀のよいエロは、ジャンプを読んでいる子供にもウケが悪そうです。子供不謹慎もの下劣ものが好きなのだし、性描写もそっちの方向でなければ楽しく受容されないでしょう。エロが野蛮さと結合してこそ楽しめるという子供感性は、なまじそれを否認してみせる大人より正鵠を射ています。この感性のあり方は否認せず、内心の自由として尊重し、一方でこの野蛮さを制御する文明的な理念について子供に啓発することができるならば、多分それが最適解だと思います

  

  

  

そもそも誰のため、何のためにゾーニングをするのか?

少年誌といえども、子供はその本を自発的に選んで買っているわけです。これを「少年誌にふさわしくない」と批判して自主規制に追いこむのは、子供権利を奪っているのではないかという疑念があります

  

これはゾーニングにおける根本的な問題ですが、「子供の目に入らないように大人配慮する」と、「子供自発的に見ようとしているもの大人妨害する」を混同してはダメじゃないかと私は考えています。この配慮妨害は重なる部分がありますが、前者が積極的におこなうべきものであるのに対して、後者抑制的におこなうべきものでしょう。

今回は巻頭カラーから目立っていて、その点は大人配慮をせずに子供に見せつけたと言えるかもしれません。しかし、子供はこの雑誌が以前からこういう作風漫画を連載したものだと知ったうえで購入しているのですよね? それがあくまでも子供主体性の発揮だということは、議論の際にもっと考慮に入れるべきだと思うのです。

(なお、確か少年ジャンプの読者層は高校生~成人が大半、残りは中学生だったりするので、小学生の10歳以下となると、ほとんど読んでいないはずです。それを一律に"子供"扱いすることには違和感があります。)

2017-07-07

安倍昭恵スピリチュアリズム

以前ブログにも書いたのですが、

もしも私が放射能だったら・・・

人間のために一生懸命働いてきたのに、いきなり寄ってたかって悪者扱い・・・

悲しいだろうなあと思ってしまます

嫌われ者はいじけて大暴れするかも・・・

原発肯定しているわけではなく、自然エネルギーに移行していくべきだという考えです。

しかし、放射能自体が悪いわけではない。

悪いのは人間です。

私は放射能感謝気持ちを送りますありがとう・・・

意識の持ち方は大切です。

https://www.facebook.com/akieabe/posts/10150571917471779

 安倍昭恵2012年フェイスブックへの投稿話題になっている。

 スピリチュアリズムの悪いところが前面に出ている酷い文章だが、論理の飛躍が大きいせいか、誤解にもとづく非難賛同も多いようだ。とりあえずスピリチュアリズムとしての解釈を示してみたい。

悪の問題について

 安倍昭恵記事の最大の問題は、「人間」を一枚岩で捉えて「放射能(ここでは原発関連の放射性物質のこと、以下同じ)」に「一億総懺悔&総感謝」的に反省することで、現実社会問題被害と加害の関係等閑視することにある。とはいえ、ここで書きたいのはまた別のことで、「放射能自体が悪いわけではない。悪いのは人間です」という箇所についてだ。

 この解釈として、安倍昭恵の弟の松崎勲はこの記事におそらくは賛同の意を込めて「全ての自然物(現象)に対し、人間勝手価値観押し付けることは今すぐにやめるべき!!」とコメントしている。これは道徳的価値において人間物質関係を「非対称的」に捉える思考だ。善や悪という道徳的概念人間領域限定されていて、「善悪無記」の物質自然物)にそれを押し付けることはカテゴリーミステイクであるという発想だ。

 松崎勲と類似コメントは数多くある。しかし、これらは安倍昭恵思想根本的に誤解している。

 そもそも記事の前半の「もしも私が放射能だったら・・・」という想定が「対称性」の思考のものである。そしてスピリチュアリズムとは、人間とそれ以外(生物自然)を霊の次元において連続的・「対称的」に捉え、それらの霊の交わりを説く思想である。百歩譲って放射能人格化し、感情を想定するのは共感能力だけで可能だとしても、その感情にもとづいて現実になんらかの力が行使される(「嫌われ者はいじけて大暴れするかも・・・」)とまで想定するのは霊のはたらきを考慮に入れないと不可能だろう。

 このような「対称性」のスピリチュアリズム記事の後半にも貫徹されている。

 「放射能自体が悪いわけではない。悪いのは人間です」という箇所は、「人間善悪無記の放射能悪用した、すなわち人間社会にとって有害に用いた」という意味ですらない。安倍昭恵の関心は、人間社会のものにはなく、あくまで「人間」が放射能にどのような心情・態度を示し、どのようにスピリチュアルな交わりを実現するか、にある。つまり安倍昭恵糾弾する悪とは、前半で想定されていた、人間放射能を「人間のために一生懸命働いてきたのに、いきなり寄ってたかって悪者扱い」することの悪に他ならない。

 問題の箇所をわかりやすく言い換えると、「放射能といういじめられる方が悪いわけではない。悪いのはいじめる方の人間です」となる。これは紛れもなく「対称性」のスピリチュアリズムである。(いじめる方といじめられる方関係非対称的だ、と思われるかもしれないが、ここでいう「対称性」とは「入れ替え可能性」のこと。)

 要するに安倍昭恵はこの記事で一貫して霊の次元における「人間」と放射能の「対称性」を主張しているのである。したがって、スピリチュアルな感度のない弟の松崎勲の「全ての自然物(現象)に対し、人間勝手価値観押し付けることは今すぐにやめるべき!!」というコメント安倍昭恵への賛同どころか、アイロニーとなってしまっているのである

槇原敬之の「Appreciation」との比較

 安倍昭恵記事を読んで、槇原敬之2011年に発表した曲「Appreciation」(http://j-lyric.net/artist/a0005ff/l025b9d.html)を思い出した人は多いと思われる。この曲にあるのは「僕ら」の原発への態度の豹変反省し、感謝の大切さを唱える内省精神である。言うまでもなく、それは外部の現実から目を閉ざすことと表裏一体であり、発表当時に物議を醸したのも当然といえる。

 一方、安倍昭恵場合は、同じように「人間」の放射能への態度の豹変をなじり、放射能感謝を捧げるわけだが、槇原と違って単なる内省ではないところがポイントだ。安倍昭恵は「意識の持ち方は大切です」と文章を結んでいるが、ここにあるのは「(無意識を含む、思考欲望などの)意識は(霊のはたらきによって)現実化する」、つまり意識の持ち方こそすべて」という自己啓発と結びついた安直スピリチュアリズムに他ならない。安倍昭恵人間放射能感謝すると、それだけで放射能の霊が喜び、人間に良いはたらきをすると考えているのだ。

スピリチュアリズムから批判

 安倍昭恵スピリチュアリズムというレッテルを貼って終わるといかにも安易でつまらないので、最後スピリチュアリズムの内部から批判してみる。さしあたりスピリチュアル知識人として影響力のある中沢新一議論を援用する。上で用いた「対称性」という言葉中沢の大好きな概念であるが、中沢ならば安倍昭恵批判するに違いないかである。『日本の大転換』の冒頭の内容を可能なかぎり簡略化して述べてみよう。

 人間地球自然生態圏のうちに社会をつくりだし、生きてきた。地球の生態圏には、太陽からの(核融合の)エネルギー植物光合成によって媒介されて持ち込まれさら動植物の死骸の分解という何重もの媒介メカニズムによって化石燃料はつくられてきた。しかし、原子力は生態圏に太陽圏の(核分裂の)エネルギーを無媒介にもたらすものであるため、生態圏そのものを壊す危険性をもっている。

 中沢議論にもさまざまなツッコミどころがあるだろうが、ここでは措く。たとえば中沢原発一神教の神に比してもいるが、要するに、「対称性」の思考は生態圏のうちでのみ働くものであって、その外部の無媒介な導入である一神教の神・原発放射能には適用できないということである

 中沢議論にどれほど説得力を感じるかは人それぞれだろうが、少なくとも安倍昭恵のような「対称性」が大好きなスピリチュアリストならば、傾聴すべきではないだろうか。

原子力発電は生態圏内部の自然ではないのだから、それをあたか自然事物のように扱うことは許されない。……生態圏の自然太陽圏の『自然』を混同することほど、危険なことはない」(『日本の大転換』39頁)。

2017-06-23

浮気懺悔

3回目。7年前、5年前、今回。

なんで繰り返してしまうのか。毎回反省したはずなのに繰り返してしまう。

自分の性欲や倫理観の薄さが恐ろしく、また自分が信じられない。

1年後、5年後、それ以降、今と同じような気持ちでいられるのか。また同じことを繰り返してしまうのではないか

どうすればいいのか。怖い。若いときから性欲に振り回されている。

相手のことは本当に愛しているし、相手以上の人はいないと断言できる。

今回も死ぬほど怒られたが、最終的に赦してくれた。相手には感謝しても仕切れない。

とてもとても遅いが自分根底から変わるしかないと思う。

自分クズなのは当然として、どうやってクズ社会適応してなんとか生きていけるのか。

相手相談して、とりいそぎ以下の対応をしてもらった。

1.位置情報アプリを入れて、いつでも相手自分位置が分かるようにした。

2.昨年ドグマチールを飲んでいたときは、性欲がゼロになって楽だったので、ドグマチールを再開することにした。

3.意識的スキンシップを取るようにしてもらった。

4.毎日の会話を増やし、気持ちの共有をしてもらえるようにした。

自分浮気防止のために何ができるのか。自問している。

海老蔵ニュースを見て、本当に必要相手を失うことの重大さを感じている。

この文章からナルシズムを感じる方がいたら本当に申し訳ない。

自分の身勝手さや自己愛性が招いた今日の現状で、こんなことを書いている暇があったら相手の傷を癒すことを考えろ

というのは当然だと思う。相手への償いとは別に、今回自分が変わることだけにスポットを当てて書いたのもので、

不快に感じた方には本当に申し訳ない。

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん