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はてなキーワード: 上野千鶴子とは

2022-05-16

男のお守りはもうたくさんだ。女に甘え、女に依存し、女につけこみ、女をなめきり、それができないと逆ギレする。いいかげんにしろ、と言いたい。(上野千鶴子、2016 05.24

anond:20220516110248

おまんこ、と叫んでも誰も何の反応も示さなくなるまで、わたしおまんこと言いつづけるだろうし、女のワキ毛に衝撃力がなくなるまで、黒木香さんは腕をたかだかとあげつづけるだろう。それまでわたしたちは、たくさんのおまんこを見つめ、描き、語りつづけなければならない.そしてたくさんのおまんこをとおして“女性自身わたしじしん)”が見えてくることだろう。(上野千鶴子『女遊び』1988年

上野千鶴子おまんこ、と叫んでも誰も何の反応を示さなくなるまで、わたしおまんこと言いつづける」

まりワイが「突然おちんぽ!!!!!」って叫んで電車のほかの乗客が反応したならば日本には根強い男性差別存在するって理解でええ?

2022-05-11

フェミニストってネトウヨみたいで気持ち悪い

上野千鶴子ジェンダーレス連載vol.5】「人類にとって、いちばん欠かすことのできない力仕事は何だと思う?」

https://storyweb.jp/lifestyle/199165/

ネトウヨとか国粋主義者気持ち悪さって、

民族」とか「歴史」とか、

何かしらの大きな存在と、

「今ここにいる自分」を結びつける痛々しさにあると思うんだけど…

フェミネトウヨって仲が悪いのになんで同じようなことやってんの?

2022-05-08

anond:20220508184144

上野千鶴子を読むなら、一般向けの本じゃなくて、査読付き英文誌に投稿された論文を読んだ方がいいよ。

anond:20220508143837

上野千鶴子読んでないフェミが増えてるから

前に「上野千鶴子女性社会進出欧米並みに進めば出生率が上がると言っていた~」って増田に書いたら

「そんなこといってね~www」って返ってきたよ

ソース付きで返信したら削除逃亡

あほくさ

上野千鶴子代表的活動すら知らないんだもん

フェミじゃなくなった気がする

私はフェミ思想を持つ中年女だと思う。

中絶禁止の阻止とピル解禁の社会運動をしていた全共闘バリバリの母に育てられ、家に大量にあった上野千鶴子江原由美子などのリブ書籍を読み、女には経済的自立が何より大切だと思って進路を選んだ。

戸籍婚姻制度に疑問を感じつつ結婚しないまま恋人と30年近く暮らしてた。

たぶん私はフェミニストって言って良いと思う。

それなのに最近ネットで盛り上がったり叩かれたりしてるフェミ議論に全く共感できない。

私は会社では昭和マッチョなおじさんたちと円滑に働くおばさんで、街中でおっぱい大きな女の子ポスター見ても別に腹が立たない。

毎日生活防衛的で、私の中の社会への怒りが足りてないのかもしれない。

恋人は私が死んだら住む家を失って困るだろうなと思って、昨年法律婚した。親たちと主夫を養う世帯主になってしまって多額の税金控除を受けている。

私が働く会社は古臭くて男権的な組織だけど、そのルールに乗って働いて、部下の産休時短に悩む上司になった。

制度社会への怒りを中年怠惰人生が上書きしてしまったせいで、もうフェミ議論共感できないのかな。

何か育った場所を失った感じでソワソワする。

このまま愚かになっていくのが怖いよ。

大学院に入り直して本読みたい。

2022-05-07

anond:20220507110846

堕落しているのは確実だよ。

昔より狡猾で、権威に頼るダーティフェミニストが増えたのは間違いない。

フェミニスト知行合一って一昔前はもっと言われてたはずだけど、ある時期からパタッと話題に上らなくなった。

例えば、男性社会批判しながら、自分勝ち組のオスをパートナーに迎える事に、フェミニストが逡巡しなくなった。

フェミニスト負け組のオス(例えば男性オタク)を罵倒する事について、躊躇しなくなった。

オスの勝ち組負け組選別機構をしっかり使う、と言うことは、それだけ強いジェンダー規範男性側に課す事になるが、そこに目を向けて自らを律するという事にはなっていない。

勝ち組男性モテ男性に対する攻撃性とオタクに対する攻撃性があそこまで極端に違うレベルなのは、つまり自分の内心の醜さ、ダブルスタンダードから目を背けているか

さらに、上野千鶴子は「エリート女はエリートしか愛せない」って言語化することで、そういう甘えを正当化した。

フェミニストフェミニズムは、こうやって自らを甘やかす議論を積み重ねて、着実に堕落してきた側面はあるんだよな。

んだよ。

上野千鶴子東大祝辞に反発したらしい学生達といい、

徳島スタンフォード誇大広告への批判が許せない人達といい、

なんでこう論理的思考力がないんだろうか?

環境に恵まれていた事を指摘する事は努力否定する事ではないし、環境が全てで環境さえ恵まれていれば必ず成功するなどとは言っていない

単に親ガチャに当たれば物凄く有利である事と、努力する前提条件になっている事が多いのだと言っているというだけ。

そういう普通日本語を読む読解力がないのか?

別に環境に恵まれたからと言って努力してないとも凄くないとも言ってないのにね

2022-05-03

anond:20220503114614

上野千鶴子先生入学式東大生所詮有利な家にたまたままれたに過ぎない特権層だと喝破したのと同じだ。

子持ち世帯特権層。

未婚者から巻き上げた原資から子ども手当をごっちゃんする際、人殺しの顔とまでは言わないもの搾取地主の顔くらいはして欲しいだ。

2022-05-01

anond:20220501125308

北原みのり上野千鶴子言動あげつらうだけでもフェミは万死に値すると思うんだけど、彼女らはフェミとは違うのか?

2022-04-27

フェミニストたちは左翼だっていう話誰かしてんのかな

この左翼っていうのは要はマルキスト何だけどさ、上野千鶴子とか少し調べりゃ左翼思想の人だなというのはまぁすぐにわかる。

フェミニストたちがなんでここまでいつも起こっているかというのは左翼思想であるところのルサンチマンアウフヘーベン必要だ。

女は搾取される身として説明することでルサンチマンを溜め込んていき、その結果アウフヘーベンとして闘争が始まる。

つめりフェミニストたちがいつも文句行って攻撃的になってるのは左翼思想からなんだよな。

でもまあ俺は専門家でもなんでもないから詳しいことは知らんがやり口か昔の左翼たちとそっくりなのはわかるだろ。

問題なのは、昔のマルキシズムでは少数のブルショワヲ多数のプロレタリアートが打破するということで、経済的にはしらんが、種としては困ったことにはならんか、フェミニズムになると人類の半分が敵であり、万が一打倒しちゃうと滅びるという問題がある。

そんなわけで無限に女を不安に落とし込んで攻撃的にし続ける残念な活動になったのだろう。

2022-04-25

anond:20220425171403

つーか御本尊上野千鶴子御大はおろかその周囲の取り巻き全然音沙汰ないんだよな

ここ1,2年の傾向として

2022-04-24

上野千鶴子総理大臣にしよう!

男は一人残らず処刑せよ!女だけの理想の世界をつくろう!



で、子供どうやってつくんの?

2022-04-17

anond:20220417160548

ごめんね、君ってバカからちゃんと書かないといけなかったね

成人向け雑誌を全年齢に向けて閲覧可能にするべきではないというのはね、雑誌を出している側が対象年齢を限定しますって 強 く 主張しているからなんだよ

それを根拠にして図書館では閲覧できないようになっているんだね

でもね"性被害"と"表現"の因果関係については証明できていないよね

それって根拠が明らかになっていないってことなんだ

ちょっと君みたいなバカには分かりにくいかもしれないけど、成人向け雑誌図書館で閲覧できないこととは別の話なんだよ

もう一回書くね

「成人向け雑誌図書館で閲覧できないこと」と「"性被害"と"表現"の因果関係」は全然別の話なんだよ

念の為もう一回書いておくね。自分バカだということを自覚して音読するといいよ

「成人向け雑誌図書館で閲覧できないこと」と「"性被害"と"表現"の因果関係」は全然別の話だよ

音読しても分かんなかったら君がこの話に付いてくるのは能力的に無理だからブラウザを閉じて上野千鶴子先生の本を読むといいんじゃないかな

2022-04-16

anond:20220415232730

上野千鶴子学生運動時代に「女だからおにぎり握れ」って言われた恨みを一生かけて晴らしてる感じだから×の1番目だよな。

2022-04-15

フェミニズムが傷を抱えた人間セラピーになることについて

前書き

現代日本フェミニズムは、傷ついた人間が慰め合うセラピー看板のような機能を持っていると言える。

弱者が慰め合える駆け込み寺、いわばフェミニス堂があること自体は良いことだ。

エンパワメントシスターフッドという精神性・関係性を重視した言葉最近人気なのもその一環かもしれないし、そこまで前向きな気持ちになれないからとにかく苦しみや怒りを吐き出させてくれという層だって駆け込み寺には居場所がある。

だが、「セラピーとしてのフェミニズム」と「学問言論としてのフェミニズム」が分離されていないために、言論としてのフェミニズム信頼度が著しく弱まっている。

セラピー面も学問言論面もひと固まりからフェミニストはメンヘラだとか、他人幸せを許せないだとか、ミサンドリストセックスヘイタージェンダークレーマーだとかの批判に繋がってしまっているのだろう。

私自身も精神疾患持ちなので、精神が弱っていることを批判する気はないのだが、セラピー的な語り合いと、学問的討論がごっちゃになっている状況は大いに問題視している。

追記:↑ここで私の精神疾患に言及したのは、私も議論の場で当事者性を武器として使おうという態度でよくなかった。反省する。)


本稿で主張するのは、「冷静な研究者としての立場」と「傷つき怒れる当事者としての立場」は、兼任すると問題が生まれるのでどちらか片方だけの立場に立つべきだ、ということだ。

たとえ学位免許を持っていても、冷静になれない話題については傷が治っていない当事者から理論議論を使いこなせる研究者ではなくあくまで苦しむ当事者個人として発言した方が良い。

本論前に、何がOKで何がNGかおおざっぱに切り分けておこう。

冷静なフェミニズム研究者が、「困った女性のための駆け込み寺やセラピーの場や、肯定しあえる関係必要だよね」という学問理論を組み立てる。
冷静なフェミニズム研究者もしくは心理医療専門家が、セラピーの場の最低限の安全が保たれるように監督をする。
セラピーに集まる傷ついた人たちが、フェミニズム用語理論武装したり、怨恨を吐き出したり、過激むちゃくちゃな主張をする。(なぜなら、セラピー的な場では、ひどい発言原則許されるべきだから。ただし、それをそのまま社会への要求として広めるべきではない)

×
まだ傷が深く残っていて冷静な振る舞いができない人間研究者としての発言力を得て、本来患者としてすべき主張を研究者立場でする。
×
傷の残っている研究者セラピー監督役をやり、セラピー患者同調してしま患者内面吐露検討・洗練せずそのまま社会にぶつける。
×
研究者同士でも肯定しあえないと傷が痛んで耐えられないので、アカデミックであるべき関係を仲良しグループにする。




本論

フェミニズムという看板のもとに、傷ついた人々が集い、辛さや怒りを語り合い共感あい心を癒そうとする様子は、当事者会に近い。

当事者自体は、様々な依存症障害事故被害者などについて行われており、有用セラピーと言っていい。

だが「セラピーとしてのフェミニズム」の問題は、当事者会で癒される患者と、当事者会を監督したり理論を語る研究者がかなり重なってしまってるということだ。

要するに、当事者として治療を受けるべき傷を抱えたままの人間が、セラピスト役もやってしまっているという問題が、「セラピーとしてのフェミニズム」にはある。

全てのフェミニストが病んでいると言っているわけではない。

だが、SNSのそこら中で行われている「セラピーとしてのフェミニズム当事者会の多さに比べて、監督できる冷静な研究者は全く足りていない。


普通当事者会やセラピーは、福祉医療心理専門家によって研究理論化がされ、社会に対して有用性が主張され、会の時にはその場にいて見守ったりもするはずだ。

傷ついた当事者たちの語りは、しばしば自己中心的だったり理屈が通ってなかったり乱暴だったりするが、それは回復必要な心の解放だ。

それがそのまま社会への要求として世の中に出されたりはしないので、当事者会で語ったことが間違ってるなんて責任を問われることもない。

客観的専門家当事者たちの感情吐露分析して理論化した上で、必要な部分は社会に訴えるようになっている。

から普通健全当事者セラピーは、傷ついている当事者が冷静さを求められたりはしないし、当事者ヤバいことを主張していても研究者評価が下がることもない。研究者監督しているか当事者同士の会話が先鋭化するエコーチェンバーも防げる。当事者要求研究者が整理したうえで一般社会に伝えるので、外部の一般人当事者過激すぎる主張を直に聞かされて悪感情を持つこともない。

全てが完全に徹底されているわけではないが、それでも、当事者セラピーで語り合う患者とそれを監督する研究者の間に線が引かれていることで、ある程度は弊害抑制ができている。

しかし、「セラピーとしてのフェミニズム」では、患者監督者、研究者区切り曖昧になりやすいので、普通当事者セラピーでは減らせる弊害がモロに発生しているのだろう。

たとえばフェミニストが「トーンポリシングはやめろ」と主張し、議論や説得において言い方ってのは大事だろと反論されるのをよく見るが、あれも、内輪の癒しセラピー的な感覚と対外交議論感覚がごちゃまぜになっているせいだ。

「私はいま苦しすぎて言葉を選んでいられないのでセラピー患者として気持ちをぶちまけてるんだからトーンポリシング(言い方警察)するな」、という話なら真っ当である

「私は冷静を保ち、言い方や内容にしっかり気を使うから議論として発言を真面目に聞いてくれ」、というのも真っ当である

だがそれを同時にやろうとする、「自分セラピー的に感情をぶちまけるが聴衆は真面目に聞いてくれ」というのは無法な要求だ。

せめて、セラピー監督する冷静な研究者に向かってぶちまけて、その研究者理屈の通らないところを補助し冷静な言い方に直して議論の場に持っていくという形にしなければいけない。

なのにフェミニズム議論では、何もかも一緒くたになりがちである


当事者研究者の分離は、簡単なことではないとは思う。

特に精神思想分野ではそうだ。

臨床心理士カウンセラー看護師助産師になりたがる人間はしばしば自分が精神不安定を抱えているというのは、統計はともかく実体験としてはよく聞く話である

博物学系でも、たとえば動物学者はだいたい動物好きで、心情的には動物保護したがるだろう。

だが、そこは資格団体ががんばってたり教育だったりで、臨床心理士精神保健福祉士はある程度の信用をしてもいいだろうとなっているし、動物学者も後先考えない動物愛護活動をする人は目立ってないわけだ。

しろ愛護派の過激な主張の角を取って一般社会的に可能動物保護のやり方を訴えたりしていて、それはまさに、感情的になりがちな当事者の語りを、研究者自分のところで一度止めて丸め社会に伝える、当事者会に対する医療福祉関係者の立場と近い。

から臨床心理士動物学者などの学問的信用はまあ保たれている。


ところがフェミニズムや一部社会学は、理論家や研究者が、傷ついた当事者と近かったり同一人物だったりするせいで、冷静な監督者のいないまま野良セラピー的な語りあいを続け、当事者の悲痛な心情吐露ではあるがそのまま社会要求するには妥当性に欠ける内容が研究者学問立場から主張されてしまっている。

フェミニストはメンヘラだとか他人幸せを許せないだとかミサンドリストセックスヘイターだとか言われてしまうのはこのせいだ。

それにもかかわらずフェミニズム大義名分世界中で力があり、フェミニストの要求の内容を精査して妥当性十分の時は応じますという態度は悪だと指弾されるのが、本当に良くない。

ここで断言しておくが、メンヘラも、他人幸せを許せない人も、ミサンドリストミソジニストも、セックスヘイターも、楽しく生きてよいし好きに発言してよい。当事者会で同病相憐れむのだって、傷ついた人間には大切だと思う。

過激思想トラウマは緩んだ方がいいとは思うが、それもあまりに大きな加害に繋がらないのであれば自由だ。

ただし、その好き勝手発言暴言あくまで傷つき冷静さを欠いた人の胡乱な言動として生暖かく聞き流されている方が、周囲にとっても当人にとってもよいはずだ。

弱者の声は社会から無視されるべきではないが、そのままで妥当性が低いので、客観的研究者が集積して適度に理論化と穏健化した上で世の中に訴えるべきだろう。

フェミニズムが、弱者に肩入れしようとするあまり病んだ当事者発言をそのまま重用したり、著名な研究者が「冷静さを保つために私の当事者としての感情一時的に抑えよう」という努力をおろそかにしているのは、誰にとっても不幸である

辛すぎて悲鳴を上げざるをえない当事者と、冷静で他者対話可能研究者弁別は、完璧でなくとも努力する価値がある。できたぶんだけ弊害が減るはずだ。




おまけの具体例 朝日新聞運営の『かがみよかがみ』について

一つ、わかりやすい事例を挙げる。

フェミニズムジェンダー学周辺で、セラピー機能学問言論機能が混在することの弊害を私がはっきり感じたのは、朝日新聞運営の『かがみよかがみ』である

読者投稿エッセイメインコンテンツとするWebサイトだ。

「私のコンプレックスを私のアドバンテージにする」とか「私は変わらない、社会を変える」とかをコンセプトにして、女性自己肯定感の爆上げを目指すメディアであることを謳い続けている。

18~29歳の女性からエッセイ募集して、編集部がチェックして載せている。著名人契約コラムニストの連載もある。

そして投稿者を「かがみすと」と呼び運営ボランティアを「ミラリスト」と呼んで連帯感を出し、若い女性同士で肯定しあえるコミュニティを作ることも意図しているようである。(かがみすとは今もしっかり使われているが、ミラリストTwitter検索してもほぼ出てこないので今も使われてるかは外部からは謎)

二年くらい前に数回燃えたが、扱っている内容の割にはてはで話題になる回数は少ない気がする。はてなとは読者層が違うのだろう。

上野千鶴子さんに質問「ベッドの上では男が求める女を演じてしまう」 | かがみよかがみ

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/mirror.asahi.com/article/12881008

フェミニストでも、守られたい。フェミニストだから、守りたい | かがみよかがみ

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/mirror.asahi.com/article/13432941

これの上の記事に関わっていたコラムニスト(かがみすと)が、謝罪をしつつかがみよかがみを批判したnoteを全三回書いていたのだが、その第三回と、ここから辿れる記事類を読み、フェミニズムセラピー言論を区切らずやっている弊害はあるな、と強く感じた。

上野千鶴子座談会セックスワーカー差別炎上とかがみよかがみコミュニティ雰囲気について(下)|滝薫

https://note.com/hannnahkuku0819/n/n6514127ed85a

私はこれを読んだ時、伊藤編集長があらゆる批判に応じないのもわかる、といっそ清々しささえ覚える形で納得してしまった。「セーファープレイス」を構築しようとして、内部を守っているのではないかと思った。

(略)

『かがみよかがみ』を必要としている利用者はいる。それはわかっている。私も、エッセイ投稿した後の”共感”と”褒め合い”によって自信がついた一人であることは変えようがない事実である。その価値を認めていても、『かがみよかがみ』の未来に不穏さを感じてしまう。

『かがみよかがみ』が目指すのは、あくま女性自己肯定感の爆上げである。正しさではなく、自己肯定感である

それも、明言はしていないが18~29歳の女性だけを狙っているだろう。

若い女性たちがエッセイで悩みを語り合い、書き手同士のSlackか何かでも褒め合い、お互いが何を言っても原則として批判しないし自虐もしない。まさに当事者会でありセラピーのやり方である

フェミニズムジェンダーなどの内容が多く扱われているが、それはあくま自己肯定感爆上げの道具なので、理論的な正しさを保とうとして心が苦しくなってしまうようなら、正しさを追求しなくてよい。

エッセイ投稿年齢制限も無い方が「正しい」のはわかってるだろうが、年上の説教エッセイ愚痴エッセイが載ってるサイトは鬱陶しくて気持ちよくなれないという若者本音を慮って、微妙理屈をつけて年齢制限をかけていると思われる。

投稿者をかがみすとと呼んで内輪感を作るのも、その繋がりで孤独が癒える人がいるかである。そういう内輪感にウエッとなる人もいるだろうが、そのタイプの人は他のどこかで癒されればよいというスタンスだろう。

伊藤あかり編集長モットーらしい「全ての人を満足させようと思ったら、一人も熱狂させられない」とも合致する態度だ。

傷ついた若い女性のために、正しさではなく自己肯定感爆上げを目的とした当事者セラピーの場があること自体は、良いと思う。

だがそれが、朝日新聞運営メディアとして広くネット広告され、上野千鶴子石川優実企画に呼び、ヒコロヒーなどの連載があり、エッセイ投稿者ジェンダー学やフェミニズムで多少の理論武装をして識者っぽい人もたまに言及するとなれば、そこはもう言論の場となってしまう。苦しい内面安心して吐き出せる、責任を負わなくていいし怒られもしないセラピーの場としては相応しくない。

なのに、そこが曖昧に混ざった立場で『かがみよかがみ』の文章は発表され続けている。

から『かがみよかがみ』の記事批判されたのである

そして、これは、インターネットにおける様々なフェミニズム活動についても近いことが言える。



まとめ

最後にもう一度まとめる。

傷ついた当事者同士が慰め合うセラピー看板としてのフェミニズムと、冷静さと客観性を保つ学問研究としてのフェミニズムは、分割しておく必要がある。

現在日本では、セラピーの場としてのフェミニズムと、学問としてのフェミニズムが、ごちゃごちゃ混ざっている。

心が乱れてフェミニズムセラピーを求める患者と、冷静であるべきフェミニズム研究者が、ある程度重なってしまっている。

この状況を解消しないと、世の中の幸せにはつながらないだろう。



追記。本稿は3か月ほど前に増田に投げたが無反応だったものの再投稿である。)

2022-04-14

弱者男性エンパワメント差別だと思う

国家は、弱者男性被害者意識暴力性を制御して治安を維持するために、

「えた・ひにん」や「朝鮮人」や「女」など、

無条件に格下の存在を作って抑えてきた歴史がある。

弱者男性必要としているのは、強者男性と比べて自分待遇が悪いという不満を、

あいつらよりはマシだ」と思って救われるための格下の存在であり、

風俗嬢貧困により厭々働いている)や、外国人実習生などが当てはまる。

弱者男性は、親に売られた女性風俗嬢をさせられ性病で死んで投げ込み寺に死体を投げ込まれたり、

外国人実習生低賃金かつ過酷肉体労働ですり潰されて死んでいく、という娯楽を求めており、

優秀な外国人社会的成功や、上野千鶴子のような金持ちの娘、南場智子のような起業家女性などは、

存在が毒なのである弱者男性本質的サンドバッグを求めている。

2022-03-20

anond:20220320150608

でもプラトニックラブこそ愛をフィクション投影してるわけで、女性の描き手がレズビアントランスではなくゲイ18禁描いたらそれはもうヘテロセクシュアルすり替えのようにみえる。受けと攻めの型があるのは、そのどちらかに感情移入するからであろう。

(と、やおい女性の性の解放の一端を担ったという上野千鶴子思想が少なから自分に刷り込まれてるわけですが)

2022-03-19

anond:20220319012425

じゃあ、上野千鶴子より有名で影響力がある日本フェミニスト代表を教えて欲しい。マジで知りたい。

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