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はてなキーワード: 出身大学とは

2020-08-10

いつまで出身大学名乗ってるの?

テレビでもそうだけど、おじさんになっても○○大学

かいつまで言ってんだろう?って思う

たかだか4年間のことなのに、偉そうに高学歴だとか言っててみっともない

それより今、何しているか?じゃないの?

馬鹿みたい

2020-08-08

anond:20200722174409

anond:20200722174409

うちもほぼ同じ状況です。32歳同い年夫婦。

特に旦那が興味ある人としか話したくない、人に興味ない、浮気とは全く違う世界に身を置いている、酒ギャンブルやらない、部屋が汚れていても気にしない点、

また、自身運動仕事もせず食べて寝てばかりの生活であるという点

この二点は特に似ています我が家のことかと思いました。

ただ、私はこのままじゃ嫌なので、最高!とは思いません。。

思うことがあったので書かせてください。

うちがそちらと違う点は下記の通り、これはあなたの参考までに記載します。

・うちは確実に子供がほしいこと

旦那基本的に私と一緒に食事を摂っていること

旦那の顔は好きなタイプだけどスポーツマン顔ではないこと

旦那会社経営者であること

旦那会社経営にまつわる事が好きなので、結果的に好きなことを仕事にしていて、労働自体に興味はないが、仕事に意欲があること

旦那年収がそちらより少し高いこと(現時点で1,300万)

旦那出身大学東大でなく慶應であること

・うちはお小遣い制でないこと(欲しいものねだれば大体買ってくれるけど、収入を知っているから無理なものはねだりません。私が欲しければ自分貯金から勝手に買います。)

・うちの方が外食頻度が多く(週1,2)、比べるとうちの方が贅沢できていること(これは年収から考えると当たり前ですが)

・私が23-26までブラック中小転職して26-30は優良な大企業で、いずれの会社でもいわゆるキャリウーマンをしていて年収が800万あったこ

・私も頑張りすぎたったと思うけど、それが楽しくて、鬱にはならなかったこ

・私は一生働きたくないとは思わないこと(結婚を機に引っ越し退職したけど、コロナが落ち着いたら絶対バリバリに復帰したい。社会から経済から必要とされたいという考えから。)

・私は、今の生活が自慢できるものだと思っていないこと

私がもしこのまま、ダラダラした生活を続けていても、きっと旦那は変わらず好きでいてくれると思います

ただ、私が「このままのダラダラした生活がいい!」と思うようなタイプなら、そもそも彼みたいな人には選ばれてなかっただろうな、と思っています

一つ言えるのは、東大で32歳で800万というのは比較的低い方なのでは?仕事への意欲があるならまだしも、それも無い旦那様とのことなので、今後も上場企業昇給額程度しか見込めないのでは?そうなると、今後もし子供が生まれれば、生活水準を少し下げる必要があると推測します。人間基本的に、生活水準を下げるという事ができない生き物と言われています。読んでいて、そこ(漠然とした将来ではなく、直近の未来)への想像力が少し欠けているかなと感じました。

2020-07-21

人生失敗した

……としか思えなくなってしまった。

酷く精神が乱れているのとこういった文章を書くのは初めてであるため、読み辛い点が多々あると思う。

私は所謂「頭のいい」子供だった。

小学生の頃から教員に「賢い」子供として扱われ、旧帝大はいかないがそこそこ名の知れた大学へ行きそこそこ良い成績を収めた。

これらは田舎から都会の学校へ行かせてくれ、一人暮らしの諸費用も捻出してくれ、塾・習い事資格習得留学等、私のやりたいことを全てさせてくれた両親のお陰であった。

「良い企業に入って、両親に恩返しをしたい」と私は強く思っていたし、学歴的にもそれが可能だと思っていた。

しかし、全然ダメだったのだ。就活が。最強の新卒カードを持っていた筈なのに。コロナなんて影も形もなく売り手市場であったのに。履歴書試験だけの一次には受かる。しかしその先が全然進まない。面白いくらいに落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる!!!!!!!!!!!!!!!!!(この時期はストレスだったのか、週一で40度ぐらいの熱がでていた。今考えてもメンタル弱ってて笑える)

友人も年齢を問わず少なくないし、コミュニケーション能力もまぁ困らない程度にはあると思っていたのだが、「俺って人間的魅力が皆無だったのか」と自分で気がついたのはこの時であった。

仲良くしていた教授達に「お前は人一倍努力もして来たのに…」なんて言っていただき、一丁前に悲しがっていたが努力がみとめられるのは学生ときまでである

そうして第200志望ぐらいの会社就職した。

多くの友人は霞ヶ関だ超大手企業だに行って日本未来を背負っていたが、私は所謂サービス業販売員になった。それでも両親は喜んでくれた。頑張ってねとたくさん言ってくれた。企業側も幹部候補者!と歓迎してくれた。私もせっかく雇ってもらえたのだからと「置かれた場所で咲こう」とやる気に満ちてはいた。

しかし、現実想像を超えていた。

からは「どうせ中卒のくせに」と罵られ、地元の知人たちからは「落伍者だ」「せっかく頭が良かったのに無駄だったな」と両親が陰口をたたかれる。

一番キツかったのが、働いてる時に子連れお客様から「ほら、お勉強しないとあの人みたいになっちゃうよ」なんて言われてるのが聞こえてしまった時である


(俺は本当はこんなところにいる人間じゃないんだ)

張る見栄もないくせにプライドけが育っていく。

私の言った言葉言い回し理解できない同僚に笑いながら易しい言葉で会話して、

(お前と俺は違う)

こんなふうに考えてしまう。

私は「職業に貴賎なし」という言葉を信じていたし、

自分学歴だって努力だけでなく恵まれものだったから、偏差値が低い人たちのことだって見下すことはしないと自分を信じていた。



私はどうしたら良いのだろう。毎日毎日将来を考えて、毎日毎日死にたい。けど自殺するにもコストがかかるし、まだ両親に恩返しもできてないか死ぬわけにも行かない。かと言ってあんなにダメダメだった就活が、またうまくいくとは思えない。転職するにしてもこんな時間だし、どこにも雇ってもらえなかったら?などと考えて踏み出せないでいる。

散々書いたが、結局何も行動せず、抜け出す努力もせず、こんなところにしかいることしかできないんだから何処に行ってもダメなんだろうな。



追加

混乱させて申し訳ないが、一人称地の文と分けたつもりだった。人に文章を読まれるなんて体験があまりなくて、わかりにくいものを書いたようで申し訳ない。

また「頭の良い」や「賢い」は履歴書「だけ」が立派で無能自分への皮肉のつもりだったのでそこも、混乱させてしまって申し訳ない。

出身大学・今ついてる職業はもしどなたかにご迷惑がかかってしまったら申し訳ないので、言えません)

結局何が言いたいかというと、「今更自分無能なことに気がついた糞野郎なので人生オワタw」ですかね。


推敲も行わず心のままに書いた読みづらい文章を読み、コメントをくださった方々ありがとうございます

受けた衝撃や今まで出会たことのない悪意が、凄まじくて驚愕してしまって、このまま自分は何処にも行けない気持ちになっていました。人から「失敗者」と言われてそのまま言葉の通り受け取っていました。

両親とも相談して、少し頑張ってみようと思います。重ね重ねありがとうございます

生きている価値の「価値」って一体何でしょうね。




追記2

多くの方に「己の価値基準他人に頼りすぎ」だという指摘をいただきました。

しかにそうだ、と。

なんというか今私は、「自分価値は(個人的な情の無い)他者が決めるもの」と思い込んでいるんですね。

学生時代はそんな考えはしてなかったのですが、社会に出てこれまで聞いたことの無いような罵倒や品の無い言葉を浴びてこんな考えに凝り固まった気がします。

公立には小学校までしか行ってないので、これまでの友人達は家庭環境文化的背景が似たような人たちばかりでした。(皆私には勿体ないような素晴らしい人たちばかりです)そんなぬるま湯に浸り切っていて考えが幼稚なんでしょうか。


「両親に囚われすぎ」というご意見もたくさんありました。

それに関しては、「自分は長子である」という考えが自分の中で強くあるからだと思います

また両親は決して高収入ではないのに、一人暮らし支援長期間留学等、沢山の援助をしてくれました。恩返しをしたいと強く思うのはそれほど特異なことではないと思います

しかし私の貧弱な思考力では、「恩返し」が目に見えるお金や分かりやす地位しか思い浮かばいからこのように拗れてしまったのだと思います

2020-07-18

はじめてはてなダイアリーを書いた感想

第一に、まぁ説教したい人が多いんだなと感じた。私は自分のやりたいことが見つからなかった学生時代に、某知恵袋でいろいろな職について質問意見を聞くことを繰り返していたが、どれも「キツイからお前にはできない」「お前みたいな〇〇な短所がある人間にはなれない」「お前の長所は〇〇でも社会に出たらそんな事できる人間は当たり前にいる」みたいな感じだった。ここでも一緒だった。しかも、知恵袋民もここも自称高学歴が多く地方旧帝大早慶上智出身であることをさも当たり前かのように扱う人間ばかりだった。その上、私自身が何者かもわからないくせに、まるで人生をすべて見てきたかのように上から目線言葉遣いだって悪い。

たか自分はできる・天才エリートだと豪語し「〇〇な悩みがある」という質問に対し、「全ては自己責任、お前が悪い!俺は違う!」みたいな聞いてもいない絶対聞きたくないような「あえて厳しい言葉」を書けてくる人間だっている。(しかも、出身大学や経歴、職を自慢しておきながらプロフィールを見ると全く違うこともある)

この人達人生は、そんなに誇れたものなんだろうか?

大学早慶上智旧帝大出身で、海外の院を出てたり、帰国子女だったり、大企業仕事バリバリにできるエリートだったり、高収入だったり、それは本当なのだろうか?

上から目線で私の人生全否定してきた人たちは、本当に受験バイトでも失敗することなく、過ちを犯すことがなく、周りに迷惑もかけず、生まれから今まで年表にすると輝かしい経歴ばかりなのだろうか?

このブログにも説教したい人はわんさか溢れてくるだろう。時間無駄からコメントは見ないほうが良いということがわかった。

2020-06-22

貧乏人が育ちのいい人たちに出会った話

貧乏人が高専に進学して、大学編入して就職した。

この話はそれ以上でもそれ以下でもない。

これはおそらく誰の役にも立たない、個人的な話だということを断っておく。

トイレ落書きだと思って、もし興味があれば読んでほしい。

まず最初に、自分の家の家庭状況は最悪だった。

父親暴力を振るうし(高専進学後はなくなったが)、自分小学生ぐらいまでは定職に就いていなかったし(母親パートしていた)

収入よりも支出が多く、子供教育費にお金をかけるよりも自身の飲み食いにお金を使い、毎月金がないと騒いでいるような家だった。

ただ一応母親比較的まともで高校までは学費を出してくれることを約束してくれた。

そして、大学学費は出してあげられないけど奨学金を借りて家から通えばいいと教えてくれた。

幸い自分学業成績は地元公立中学校で上位5%程度でそれなりに良く地元公立高校に進めば大学に行けそうだった。

でもこんな家庭環境が悪い家から大学に通うなんてまっぴらごめんだった。それに、公立高校学費の他に、模試やら制服やら色々なこと

お金がかかりそうで、父親から文句を言われそうで嫌だった。

そこで、地元で一番偏差値が高い公立高校と同じ程度のレベル高専に行くことにした。

高専には格安の寮があったし、学費自体公立高校よりも高かったが模試制服など諸経費が全くかからなかったから。

それに当時民主党政権時代高校無償化で高専1年から3年までは半額で通うことができた。

技術にはあまり興味はなかったが、幸い理数系科目が好きだったので高専に進学してから特に困らなかった。専門科目には一切興味がなかったが。

しかし、自分が通っていた高専は当時進学高専として名を馳せていたせいか、そういう技術に興味がないがいわゆるお勉強はできるみたいな人は少なくなかった。

教員大学に入ったときの周りの高専生に話を聞くと、これは高専の中では結構特殊な部類らしい。

それはさておき、高専というのは自分と同じく家庭環境が最悪な人が集まるものらしいが、自分が通っていた高専普通の家の人が多かった。

ただ、お国柄か失礼ながら育ちはそんなによくなかったとおもう。それに高専では当たり前かもしれないが変な人が多かった。

自分はそうは思わないが、多分自分も変わっていたので変な人とはウマが合ったように思うし、実際卒業してから結構経つが今でも付き合いのある友人は何人かいる。

高専4年になると、親からの援助はなくなり、自分学費を払うことになった。学費を捻出するために日本奨学支援機構奨学金を月5万円程度借りていた。

ただ、高専には経済的に苦しい人に授業料免除制度があったので、奨学金教科書や定期代に使う程度で残りは大学入学金などのために貯めておいた。

この頃から進路について考えるようになった。大学に行くことは決めていたが、今の専門で今後4,50年生きるのは嫌だったので専門を変えて進学することにした。

幸いなことに大学の門戸は広く、工学部の他に理学部などの比較親和性が高い学部や、医学部などの全く異なる学部文学部経済学部など文系学部にも編入できるようだった。

手頃な旧帝大自分の興味のある専門が学べるところがあったので、そこに行くことにした。真面目に1年間勉強すれば合格することができた。

おそらく一般高校生よりも簡単方法入学したのだけれど、まぁ入ればこっちのものである

入学金、最初授業料賃貸の諸経費で軽く100万くらい飛んでいったけれど、貯めていた奨学金バイト代でなんとか支払うことができた。

大学とき日本奨学支援機構奨学金給付奨学金バイトでかろうじて一人暮らしができるようになった。

給付奨学金のおかげで、利子ありの奨学金を借りなくて済んで、関係あるかはわからないけど大学名前感謝した。

あと大学でも授業料免除をうけることができたので、そんなに苦労せずに大学生活を送ることができた。

自分特殊ルートなこともあって正しくはないかもしれないけど、日本大学勉強したい人にとっては

経済的に苦しくてもある程度の覚悟奨学金)を負えば通えると思う。)

ただ専門を変えての入学だったので入学当初はかなり真面目に朝から夜まで勉強する必要があったけれど、

自分の好きなことが学べる環境を手に入れて嬉しく思った。

ただ、大学の人と話していると生まれの違いを見せつけられた気がした。

お金が足りなくなったら親に無心する留学したければ簡単にできる、旅行をするために親から借金をする・・・

挙げていけばキリがないが、教育格差は親の経済状況に大きく左右されると改めて思った。

また、彼ら・彼女らはそうじて人がよく皆優しかった。

未だかつて、出会たことのない温かい人たちだった。

あの人たちは自分のことを友人として扱ってくれたけど、自分は彼らの国の住人じゃないと心底痛感した。

大学に入って初めて恋愛をして、恋人もできたけれどどうしても格差を感じてしまう、世界が違うと馴染めなかった。

ただ、彼らとの会話は楽しかった。

ほかの編入生と話す専門的な話も知的好奇心がくすぐられて有意義だったが

彼らと話すのは心地が良く、リラックスして会話を楽しむことができた。

本当は博士課程に残りたかったが、経済的に苦しかったので就職することにした。....というのは負け惜しみかもしれないけれど。

(もし本当に大学に残りたくて、実力もあれば、学振やらRTなどで生きることはできるように思う。)

就活を真面目にしなかったせいかレベルの低い会社就職してしまったように思う。自分レベルが低いのかもしれないが。

周りの同期のレベルはそんなに高くなく、話していて楽しいとは全く思えない。それに自分出身大学でいじられたりもする。面倒臭い

自分はあまり学歴に興味はないけれど(本当に)、学歴で得をするのは中の上クラス企業に勤めている人たちだけじゃないかと思う。

一番高いところにいる人たちは大学名なんて気にしない(と聞く)し、下の方のレベル企業だとほかの人からの僻みでうっとうしい。

から自分は、転職大学に戻ることを考え、またあの心地よい会話ができることを心待ちにしている。

一生、自分世界とは相入れないことを知りながらも、もがき続けるのだろう。自分は下のレベルではないと傲慢自分を騙し続けながら。

2020-06-19

数値計算・解析系ポスドク就活

北欧ポスドク(fellowship)ポジションを得た経緯と準備をまとめました。こちらの記事https://www.notion.so/Facebook-London-13743da603ce4632bd9f96672faa0d74)を参考に書かせていただきました。特定回避のため少しぼやかした表現で書いたところがあります、ご了承ください。

私について

私は今年のはじめにオランダ語圏大学でPhDを取得し、その後も欧州に留まろうと就活をしていました。PhDの就活は、博論執筆ディフェンス就活期間がかぶるものだと思いますが、そのあたりの事情も書いていこうと思います。私の専攻は数値計算・解析の一分野です。「数値解析」と言っても実際には何も数値計算をしない研究があり、また「数値計算」と言っても何も数学的な裏付けのない研究があります(どちらもそれ自体ネガティブなことだとは思いません)。ただ私は自分の強みとして、この2つ両方をやっていることを打ち出して就活しました。

タイムライン

9月 公募求人を探し始める

10月 ディフェンス日程が決まる、博論を書き始める

11月 博論執筆CVカバーレターを整える

12月 博論提出、クリスマス休暇、公募を頑張り始める

1月 ディフェンス×2

2-5月 公募面接オンライン)、オンラインセミナー講演など

5月 オファー

結果

大学研究所など合計で11箇所に応募しました。国ごとで

オランダ2 

デンマーク2

スウェーデン2

ノルウェー2

フィンランド2

ドイツ1

です。面接に呼ばれたのが2箇所、そのどちらも面接の数日後にオファーをもらいました。

やったこ

博論ディフェンス

当たり前ですが、ポスドクをやるために最も大事要件はPhDを取得していることです。私は昨年10月に今年1月ディフェンスが急遽決まったため、大慌てで博論を書くことになりました。私の大学では外部の教授2人+内部の教授3-4人からなるexamination committeeがあり、 博論提出→(4週間:committeeの教授博論を読む)→private defense (プレゼン15分+committeeによる質問2時間)→(3週間:博論修正博論印刷)→public defense(プレゼン50分+質問1時間半) というスケジュールでした。私のディフェンスが急遽決まったのはこのcommitteeの教授たちのスケジュールによるものでした。

公募求人を探す

9月からアカデミア求人サイトを見ていたのですが、実際に応募しだしたのは11月からでした。周りのポスドクの人や教授に使えるリンクなどtipsを聞いておくと良いと思います。私の場合は例えば、mathjob.org, SIAM mailing list, euro-math-soc, NA digestなどをこまめにチェックしていました。

私の分野はあまり大きな分野ではないため、私のプロファイル・専門に合う求人は、多くて月に2-3件くらいしかみつかりませんでしたが、そこに力を入れて応募していました。公募求人のページは締切後に消えてしまうので、(面接の前に見返すなどのために)ローカルに保存しておきました。

CV履歴書)とカバーレター

私はCVカバーレターの雛形を用意し、それぞれの公募に合わせて少し変えていきました。どちらも教授や周りの人に読んでもらってコメントをもらいました。ここでスペルミス文法ミスがあると、後から見返してしんどい気持ちになります

レコメンデーション レター

これは指導教員と副指導教員にお願いしていました。プロセスとしては、自分が応募する→相手方自分に興味を持つ→相手方自分レファレンス先にレコメンデーションレターを書くよう要請する、というもの(が多数派だと思う)で、あらかじめ指導教員たちに「〜〜から連絡あるかもしれないから、見落とさないように」お願いしなければなりません。

オンライン面接

面接は二回しか経験していませんがどちらもオファーをもらいました。聞かれたことは、そのポジションにおける自分の強み・弱み、自分研究成果、教育経験などでした。どちらも英語での面接でしたが、英語公用語の国ではないため、ある程度の「社会に溶け込もうというモチベーション」を見せるために終わりの挨拶をその国の言葉でするなど、印象を良くするように努めました。

コロナ

PhD取得後、すぐにコロナの広がりがやってきました。就活真っ只中の私としてはとても薄暗い気持ちになったのを覚えています。連絡を取っていた他大学教授から突然メールが返ってこなくなったり、応募していたポジション選考プロセスが突然止まるなどの事態が起こりました。

コネ

ポスドク自分研究活動を通したコネで決まることがわりと多いかと思います。もしそれで決まるのであれば、そうするに越したことはありませんが、私の場合土地の制約やタイミングからそれだけではうまく決まりませんでした。そのため、全くつながりのない教授大学にある程度の説得力を持って応募することが必要でした。私が応募したものの中にはあとから「ああデキ公募だったんだな」とわかるものもありましたが、これは世界中どこでも起こりうるものだと思って割り切りました。

選考プロセスの透明性

選考プロセスほとんどの場合、応募者側からすると不透明ですが、スウェーデンノルウェーでは透明性を重視しているのか、現在の段階や全応募者の評価シートまで応募者に公開しているものもありました。クオリファイされた24人の応募者全員の名前、年齢や出身大学、業績、プロジェクトとのマッチング評価などが書かれたドキュメントは読み応えがありました。

終わりに

twitterなどを見ていても思いますが、博士課程は思うように結果が出なかったり、悩みを共有できる人がいなくて孤独だったりと閉塞感が出がちだと思います。私も博士号取得後の数ヶ月、無職期間を経験し気が塞いだこともありました。この閉塞感がくせ者で、そのせいでパフォーマンスが落ちたり更に人と話さなくなるなどの悪循環なども生まれると思います。ただ、自分が思うよりも状況は悪くない、ということをどうやってか自分客観的に説得できると、この閉塞感も緩和されるんじゃないかと思います

2020-06-18

入社前だがすでに転職したい

志望していた某有名メーカー内定をもらった。

有名だしやりたいことが出来ると思い入社を決意したが、同期の出身大学を見てびっくりした。

偏差値10以上違う人が半数以上を占める。こんなメンツで一線で戦う技術は育つのか?という疑問が生まれる。

少し上の世代を見ると学歴の平均は高めだ。会社として落ち目であることは確かだが、それにしてもこれほど低いのかと衝撃をうけた。

学歴コンプの俺には上手くやっていける気がしない。

メーカー系で入社から転職を考えて動く人はどれくらいいるんだろうか?アドバイスをくれると嬉しい。

補足:入社後すぐの転職じゃなくて、コメももらった2〜3年程度で学べること学べるだけ学んでから出ていこうと考えてる。

2020-06-15

慶應SFC出身のやつらって

あいつら何で隙あらば、自分出身大学学部つきで紹介しちゃうの?すぐTwitterとかnoteプロフに書きやがって。

少なくとも慶應SFC出身のやつらが「慶應卒です」で言ってるとこみたことないしね。絶対慶應SFC卒です」っていうよね。

そもそもなんでSFCって言ってみんなに通じると思ってんだよ、俺にとってはSFCスーパーファミコンのことだわ、最初はググったよマジで湘南の湿気に長年さらされて脳味噌が傷んじゃったのかなって感想を抱いたよね。

なんか、やつらって、慶應卒に加えてSFC卒?の選民意識が二重であってマジきついわ。

その癖、自分たちで思ってるほど変人でも優秀でもない凡人ばかりで、合計三重できついんだよね。

京大卒が隣に来ちゃったら変人さも優秀さも一瞬でかすむし、やつらを見てると早稲田政経卒の俺は人前で出身大学のこと語るなんて絶対しちゃいけないって思うよね。

2020-06-07

Google落とされた人の出身大学が気になる

基本東大京大東工以外は厳しいと聞く

2020-06-01

年収1600万円の増田です

この記事↓を書いた増田です。

https://anond.hatelabo.jp/20200531081711

思った以上に反応が大きくてびっくりしました。

元増田投稿テンプレにしてあまり考えずに「普通」と書いちゃいました。「これぐらい普通でしょ」と煽る意図はありませんでした。すみません趣味輸入車買うのが普通でないことは自覚してます

トラバブコメ、とても参考になりました。色々な年収xx万円投稿も面白かった。

個人的に一番参考になったのが、こちら。

https://anond.hatelabo.jp/20200601004512

金融資産は億を超えている。銀行株を中心に現物をあつめていて、毎年配当を500~600万円弱受け取っている。サラリーマンとしての年収は1200万円位で、個人請負仕事で500万円前後という内訳。

このポートフォリオはとてもいいですね。

ぶっちゃけ昇給すればするほど責任が重くなります。期待に応えようとハイプレッシャーの中で頑張ると結果として成果が出てしまい、また昇給してしまう。そしてさら高まるプレッシャー、というループ

かに余裕がある生活かもしれないけど、日常的な生活セレブというほどのものではなく、仕事の重圧に見合うものなのか頭のどこかでいつも考えてしまう。

前掲の年収2000万円の増田氏のように、収入分散させてほどほどのプレッシャーの中で働くのが理想かもしれない、と思った次第です。

20代のころから手取りの1/4をすぐに配当利回りの良い株の購入にあてていた。

これも見習うべきポイントです。若いはいわゆる自己投資に励んでいてほとんど貯金投資をしていませんでした。自分時間を味方にするにはやや遅きに失する年齢ですが、子どもにはしっかりと金リテラシー教育をしようと思いました。

いろいろな人のコメントにありましたが、子どもはまさに贅沢品ですね。公教育が信頼できて年金制度がしっかりしていれば仕事のペースを落としてもいいかな。

どんな仕事をしているのかというコメントがありましたが、身バレが怖いので伏せさせてください。出身大学私大上位校です。

まとまりませんが以上です。

2020-05-02

anond:20200502145308

高学歴とは書いたが、難易度イメージとしては、国公立大か日東駒専産近甲龍女子大で言えば大妻とか昭和女子大とか、そのあたりより上という意味で考えていた。

一流大卒が多いネット掲示板では高学歴とは呼ばれないだろうが、世間的には有名な大学に行ったと言われるレベル

経験上、出身大学難易度が近い方が、話していて疲れないってのは感じるんだよね。

まあ、東大京大とかの女性なら、自分みたいなのと話していて、トロ臭いと思われるのかもしれんけど。

2020-04-24

低学歴かどうかって全然見抜けないよな

なんとなく同僚や上司出身大学を聞かないのが当たり前ってムード会社に勤めてるけど、一緒に働いてて会話してて相手学歴水準なんて全然からないと痛感した。

採用実績校見る限り、西南とか南山とか成蹊とかなかなかヤバいランク大学から総合職取ってるはずなんだけど全然わかんないわ。

同僚みんな賢いし、バカだと思ったことない。学歴って学力証明ですらないんじゃないか

2020-02-13

学歴コンプ営業

学歴コンプを抱えたまま社会に出た。BtoB産業機械を扱う弊社ではやたら高学歴の人相手に物を売ることが多い。大手メーカーから当然と言えば当然なんだけど。

お客さんの仕事内容や出身地を元に出身大学学部を推測して、会話のあちこちにいくつかネタを仕込むからか物凄くウケがいい。名前と顔は一致しなくても、名前出身地学歴は一瞬で覚えられる謎の特技があるのも幸いした。コンプもうまく昇華させられるんだなと思った次第。

2020-02-11

出身大学就職課のインタビュー受けたり冊子で紹介されたりしてる人

何人か知ってるけど全員、仕事できなさすぎて出世の目が完全に潰れたもう立場ない人だった。

観測範囲問題

2020-01-03

anond:20200101232410

放送大学出身大学書類書いて貰えばMAX62単位まで履修単位として認めてもらえるし、卒業目指さなければゆるく学べるしで楽しいよ。

初期費用10いかないし、趣味として滅茶苦茶コスパいいよ。同級生になろうぜ。

2019-12-21

かにジャーナリストなのに出身大学も専攻も明らかじゃないのっておかしない?

まあ、別に中卒でジャーナリストでもいいけどさ

隠す必要ないよね

ジャーナリスト以前の経歴は白紙なんでしょ

流石に表舞台に立ってる人でそんな人おる?

流石にここ気にならない人はおかしいでしょ

2019-12-19

anond:20191218063118

現代社会では、赤の他人出身大学を気にする人は多いのに、その人が何を専攻していたか、どんな論文を書いたか、その学識をどのように活用しているかという事を気にする人はほとんどいない。こんなのは非常におかしことなのだが、当然のようにまかり通っている。

周りの大人社会が歪んでいて、「何を学んだか・何をするか」ではなく「どんなブランドを得るか」を重視し、外見を取り繕う事ばかりを押し付けてくる中で、こども達が自発的学問の意義を考えるというのは到底無理な話だ。

こどもの数学テストの点数を見て怒る大人は多いのに、こども達に数学面白さを教えてやれる大人ほとんどいない。こども達に教える立場にいる教員すら学問の意義が何にもわかっていない・考えた事もない人が多いのが現状だ。

2019-12-03

学歴だけでは結婚できない

東大卒でも引きこもりニートやってますという男は結婚できない。

というか卒業して何年か経てば学歴なんて意味ないだろ?

何ができるか、どんな能力を持ってるかが重要なんであって。

いつまでも出身大学アピールしてたらはっきりいって痛いおっさんだよね。

他にいうことはないのですかって。

2019-11-28

anond:20191127201601

任天堂ではありませんが、某大手ゲーム会社に勤める者です。任天堂とも仕事したことがあります

任天堂ブランドゲームは、社内で作っていないといったようなことを書かれてる方がおりますが誤りです。

内製してることもあれば外注してることも両方あります

これはどこの大手ゲーム会社比率は違えど同じです。

そのうえで任天堂内でも当然様々な部署があり、多くの職種があるのも事実です。

デザイナーなどクリエティブな仕事は様々なものがあり、ゲーム制作もあればハードプラットフォームプロモーション…などなど色々です。

他の方も書かれてますが、任天堂採用エントリーする方は学歴が良いというのは普通で、それほど出身大学重要ではありません。

それより、「任天堂に入って何をしたいか」を明確にビジョンを持っていることの方が大事です。

ビジョンはより具体的であればあるほど良いです。

また、そのビジョン達成のための技術力や発想力、行動力や実現力といったスキルの方が重要です。

そういったスキルを伸ばすために環境の良い大学に入るというのは、戦略として良いと思います

しかし極端な話、明確なビジョンや高いスキルを持てるのであれば、良い大学を出なくても構いません。

実際に、専門卒の任天堂社員を何人も知っています

中学三年生という話聞いて、若いうちから高い意識を持っていることに感動し、今回書き込んだ次第です。

あなたの作ったデザイン、産み出したもの世界ユーザーをワクワクさせる日を楽しみにしています

anond:20191127201601

だいぶ前に藝大デザイン科を卒業し、同窓任天堂いるから回答しておく。(ブコメだと書けないからね

デザイナーといっても様々でジャンルの幅が広いが、どのジャンルでも基本的教養重要

CG造形をやりたいということであるが、高校で学ぶような基礎教養一見無駄知識と思えるものでも後々重要になる。要求されるものについての文化的素養知識があるのとないのとでは大違いである。後々苦労する。なので高校で学ぶ学問を軽視してはいけない。独学では視野が狭くなる。無駄と思える知識まで広げておく必要があるので寧ろ、高校時代可能な限り学科はやっておくべし。私がいた頃は美校の試験学科の成績は実技と比して全然重視されていなかった(酷いものであった)が、試験勉強していないだけで教養がある学生は多かった。無駄なことまでアンテナを張って知的好奇心を養うことができるのは高校時代である。ちなみにその学科試験も昨今は重視するようなので怠らない方がいいと思う。

浪人時代というのは辛い。私の場合浪人の時は藝大一本に絞ったので後がなかった。学生証もなく、落ちたら身分のない年月がさらに続く。その危機感毎日絵を描いていた。一日一枚石膏デッサン。夜は水彩描いていた。日本画の模写もした。このようにして絵を描くマシンになり、見ないでもパジャントが描けるようになってしまった。モリエールマルスブルータスなど木炭紙に入れる比率を体で覚えてしまった。デッサンバカになった。学科なんぞやらない。絵しか描かなかった。二度ともうあの日々には戻りたくない。その一念でなんとか一浪で入ったはいいが、入ったら2浪生が一番多く、デッサン神様みたいなのまでいて、打ちのめされた。

そのような世界なので、実は芸大生は互いにビクビクしていた。自分が下手なんじゃないかと。自分の絵が下手くそに見えて仕方がなく、他人天才にビクビクしているのであるが、実はみんなが互いにそう思っていたというのはのちにわかった。実際、弱肉強食世界なので、下手くそバカにされる。なので精神を病んでしまう者も少なからずいる。が、概ねは互いに勝手にビクビクしているだけである

さて件の任天堂に行った同窓であるが、ゲームなんぞやったこともなく(当時はファミコンだった)「任天堂に決まったんだけど、俺よくわかんないんだよな、どうしよう」と困っていた。彼は院まで行ったのであるが、院では木工で立体作品を作っていた。入ってからしばらく周りから話が合わず浮いていて「やめたい」などとぼやいていたが、そのうち「俺の会社は〜」「俺がやったゲームあるからよろしくな!」などと言っていた。

まりゲームを初めから目指しているよりも、そのズレた新鮮な目線会社にとって、とても有益であったということ。

どちらかというと音楽が好きで、ファッションに興味があり、ハイデザインに興味があり、およそゲームとはかけ離れた分野の知識があったのが活かされたようだ。

まり、元に戻るが、広い視野を養うべき。映画を観て、音楽を聴き、友人と交流し、世間流行っているものに敏感になり、アートについて知識を深め、乱読で様々な本を読み、とにかくあらゆるジャンル知的好奇心アンテナを広げておく、それがデザイナーに最も必要資質なのである

そしてデッサンは1ピクセルの狂いもズレも許さない、水平垂直の狂いを許さな視点を獲得するために必要なので、そこもしっかり脳が魔改造されておくこと。魔改造されると、定規を持たなくても目視で大きさが把握できるようになるし、カメラ記憶が発達したりする。フリーハンドで直線も引けるし円も描けるようになる。それはCGを作る際におおいに生きてくると思う。

また自然観察する目を養う必要もある。そこにあるものの細部のディテールまで見なくても再現できる観察力を養う為にデッサンや水彩という訓練が必要なのである

なので、時間的制約や年齢的な制約よりも、何を学べたか重要なので、変な時間的制約は設けないほうがいい。クリエイティブ魂にはバイオリズムがあるのでスランプという谷間とアゲアゲな時をなんども繰り返して体験することの方が大切。

あとは・・・・運だ。

こればっかりはどうにもできない。

人生を決めつけすぎて、コケると人生の棒を振るので、その時その時で考えていけばいい。

実際は、どの大学出ようが、どこの会社行こうが、自分がうまくハマったとこで、表現をしていければいいと思う。

フリー仕事していた時は、出身大学なんぞ意識したことなかった。

社会に出たらその時の仕事内容でしか自分証明できない。もっと過酷砂漠である

頑張ってください。

2019-11-18

anond:20191117140606

色々と言及されているけれど、他に自分が見聞きした、非常勤講師を引き受ける理由を二つ。

日本アカデミアだと、昔からまれたことを断らない、みたいなムーブメントが残っているところがある。これは「工学部ヒラノ教授」とか読めばわかる。そういう場合には、報酬問題じゃなくて、まさに持ちつ持たれつでやってることが多い。

もう一つは、自分古巣からまれるというケース。例えば、大学院所属を移動して教員になった場合なんかがそう。この場合だと、出身大学自体学術大学じゃないケースが多いので、その大学出身教員全然いないことになる。そうすると、他に頼める人もいないし、頼んできた教員に恩もあるし引き受けることが多いそうだ。

何れにせよ、公平な市場じゃないよね。

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