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はてなキーワード: 根底とは

2019-05-20

anond:20190520150139

ポスト自由主義は、自己他者自由尊重する社会的公正を指向する思想体系のことをいう。性的な分野での自由を主張する近代自由主義(モダンリベラリズム)とは異なり、それが人々の自由をかえって阻害するという考え方が根底にある。現代において個人自由独立した選択実質的保障し、極度の恋愛的、性的は貧富差における個人社会的自由侵害する偏見差別などを防ぐためには、政府による制限や介入をなくしたりするのではなく、政府地域社会による積極的な介入も必要であるという考えに基づく。

「公正」とは、ジョン・ロールズによれば「立場入れ替え可能性の確保」を意味する。これは人々に「社会のどこに生まれても自分は耐えられるか」という反実仮想を迫るものであり、機会平等と最小不幸を主張する。ロールズ格差原理では、格差ないし不平等存在は、それをもたらす関係につく機会が平等に開かれており、かつ、それによって社会で最も不遇な人々の厚生が図られない限り、その存在は公正ではないものとされている。

よって、ポスト自由主義積極的自由に基づく自己決定を推奨し、国家による性の再配分または地域社会による相互扶助肯定する。すなわち、市場原理主義では経済的容姿的、コミュニケーション強者利益を最大化する一連の行為のために、少子化問題構造貧困介護問題などさまざまな弊害社会問題が生じ、それは近代自由主義の「意図に反して」人々の社会的自由をかえって阻害しているとし、近代自由主義修正する思想である


階級間の融和不可能対立中央集権的な統制を是認しない一方で、近代自由主義者のように自由競争が市場における「神の見えざる手」のように最大多数の最大幸福自動的に実現するとは信じず、政府によって、各人の社会的自己実現をさまたげ、市場社会における相互欲求最適化や調整のメカニズムを阻害する過度の集中や不公正などの要因を除去することが、まさしく「自由」の観点から言っても必要だと考える。

なかでも○○は「自由放任の論拠とされてきた形而上学は、これを一掃しようではないか。持てる者に永久権利を授ける契約など一つもない。利己心がつねに社会全体の利益になるように働くというのは本当ではない。各自別々に自分目的を促進するために行動している個々人は、たいてい自分自身の目的すら達成しえない状態にある」と述べ、アダム・スミスに由来する「見えざる手」に信頼する自由放任論からの脱却を求めるとともに、具体的には不完全婚姻均衡からの脱却のための人口政策が、政府によって実現されることを求めた。

2019-05-15

anond:20190514122638

同じこと述べてる人は他にもいるけど、ヤンキーメンタリティのオタは昔からいましたよ

(1980~90年代当時ならプロレス格闘技オタ、ここ10年くらいなら、ニコ動歌ってみたオタク自嘲ネタラップとか挙げてる層が特にそう)

平野耕太とかヤンキー的ノリ大好きだよね。平野ドリフターズみたいに、世界観設定はファンタジーとかSFだけどキャラメンタリティは不良、という作品を描く人も多い

思うに、一部のオタがヤンキーメンタリティを示す理由ひとつは、ある種の背伸び

「強そう」「ナメられない」「大人っぽい」という人物像の類型事例をヤンキーしか知らないから、その真似をしちゃうパターン

たとえば表現規制派みたいなオタにとっての「外部の敵」と接する場合は、とくにそういう態度になるのではないか

(反フェミだと、マチズモ的男らしさ強調になりがち)

さらに言えば、リベラル派によく見られるインテリ的気取りへの嫌悪感もあるのかも知れない

現実身体を動かしたりきびしい上下関係の中で生きる体育会系になるのは無理だが、ミリタリー物は大好きなオタには、その傾向があるのではないかと思われる

・・・

で、不良が大人になってからいじめ武勇伝を気取るメンタリティなのだ

これは案外、ネット普及以来のアングラ気取り、1990年代末に大流行した高卒差別マミー石田(「ドキュン」という語句を広めた人)とか

2ちゃんねる開設後に広まった差別ブーム在日叩きとか)と、相通じるものがあると感じる

かつて1990年代中期、小山田圭吾雑誌の『クイックジャパン』で、ドヤ顔高校時代いじめ体験を語っていた

当時の小山田と『クイックジャパン編集部は、半ば本気で、そういうのが「いじめはよくない」という良識にあえて逆らう過激本音主義カッコイイ、とか思ってたわけだ

それが10年ぐらい経ってネット普及後になってから発掘されて、小山田はぼろかすに叩かれたわけだが

90年代当時の小山田メンタリティと、「在日や女をタブーなく叩ける俺たちスゲー」と盛り上がっていた2ちゃんねらって、根底は同じだと感じてる

だって自分より弱い奴には強がりたいんだよ

それは不良もオタクも同じなんだ

2019-05-14

学歴コンプレックス研究概観展望津田容子)

【関心テーマ意図

日本社会は表向き実力主義成果主義を掲げつつ、未だ学歴主義体質が根強いと言われている(渡辺,2006)。そのような社会の中で、大学学者割合が初めて5割を超え(文部科学省,2009)、数十年前と比較して高学歴化が進んでいる。全入時代までは至らないが、志望大学に拘らなければ受験生の9割超が大学に進学できる時代となった。今後は大卒肩書きのみでなく、大学知名度や質を重視する傾向が強まり受験競争さらに激化するとも考えられる。ここで問題となるのが、受験という競争に伴う敗者と勝者の存在である。彼らが過剰な挫折感や劣等感、あるいは優越感に囚われた場合学歴コンプレックスとして諸々の心理的社会的な問題を引き起こす。しかし現状は、定義自体曖昧であるため、研究者独自概念言葉で当問題が扱われている。そこで、今回は心理学分野での学歴コンプレックスに関する研究に注目し、考察と今後の展望を述べることとする。

【先行研究概観

学歴コンプレックスとは、不満足の原因を自己あるいは他者学歴に関連づけることで感じる、劣等感自尊心のこと(鷲田,1995)であり、学歴に対して劣等感を抱く場合学歴への誇大な自尊心を抱く場合の2層に分けられる。両層に共通する主な特徴は、以下の3点に集約される。第1に、自己の実力不足や失敗を過度に学歴帰属すること、第2に、自己だけでなく他者をも学歴評価すること、そして最後に、学歴ばかりに囚われ学業という本来目的を見失いかねないことである。これらの根底には、学歴が高いほど将来は報われると考える「学歴社会意識」(安藤,2007)や有名大学の進学のみに価値を見出す「学校主義」(野田,1996)といった学歴志向存在が窺える。層別に見ると、劣等感層では上述の志向に加え、入試時に第1志望に落ちて仕方なく所属大学に入った「不本意入学」(伊藤、1995)がコンプレックスの主要因となっている。そして、不本意から多浪仮面浪人、退学を繰り返す再受験症候群や、国公立大の進学者優遇する国公立大学至上主義下での私大学者なども本層に含まれる。一方、誇大な自尊心層では、学歴社会の勝者であるがゆえに、学歴に比例して自己過大評価する傾向がある。その裏には人柄や実力よりも学歴イメージが先行する、レッテルとしての学歴の影響が見られる。その他、学歴に見合った社会待遇でないと受け入れられない学歴保証希求や、就職時に多い高学歴者の挫折体験等の問題も挙げられている。これらの学歴コンプレックスに伴い、失敗感、挫折からくる無気力自尊心低下、不本意感に由来する不適応抑うつ状態といった心理的問題に加え、充実感や生き甲斐の欠如、自我同一性拡散の深化など、生き方のものに関わる問題存在示唆されている。また、学歴志向や進学観が親子間で継承される(吉川,2005)ように、親子間でのコンプレックス継承家庭内学歴格差によるコンプレックスなど、個人のみでなく世代間に学歴問題が発展する可能性もある。

【先行研究臨床心理学的意義と展望

先行研究は、学歴コンプレックスを多側面から検討し、日本独自学歴観や学歴の持つ意味学歴認知思考に及ぼす影響について言及した点で、学歴問題の諸相と今後の研究可能性を提示した意義を有する。今後の展望としては、同じ状況下で不適応に陥る人とそうでない人との相違や学歴にまつわる不適応への対処法など、臨床実践に向けた研究を進めていく必要がある。

津田容子引用文献>

安藤聡一朗 (2007).学歴社会意識とスチューデントアパシーとの関係についての考察 学習院大学人文科学論集,16,137-165.

池上知子 (2004).「学歴社会」に対する意識大学自己同一視との関係 愛知教育大学研究報告(教育科学),53,79-86.

伊藤美奈子 (1995).不本意就学類型化の試みとその特徴についての検討 青年心理学研究,7,30-41.

吉川徹 (2005).7-106間移動を考える.日本教育社会学会大会発表要旨集録,(57),44-45.

文部科学省 (2009).平成21年度学校基本調査.2010/02/02情報取得

野田陽子 (1996).学歴観の構良智 (学生とその親の学歴観の分析をとおして― 淑徳大学研究紀要,30(II),87-113.

鷲田小弥太 (2005).コンプレックスに勝つ人、負ける人PHP研究所渡辺山.

渡辺良智(2006).学歴社会における学歴 青山学院女子短期大学紀要,60,87-106

引用元:東京大学大学院教育学研究科臨床心理学コース下山研究室 社会と臨床心理学―研究会活動から見えるその諸相―

2019-05-13

anond:20190513161443

https://dic.nicovideo.jp/a/%E3%81%8A%E3%82%81%E3%83%BC%E3%81%AE%E5%B8%AD%E3%81%AD%E3%81%87%E3%81%8B%E3%82%89%21

おめーの席ねぇから!とは、ドラマ「ライフ」岩本みどり役の暴言ピンク(末永遥)によって発せられた名言である

「おめーの席ねぇから」と聞こえるが、台本にはお゛め゛ぇ゛の゛席゛ね゛ぇ゛がら゛あ゛!と書かれていた。

おめぇの概要ねぇから!

主人公である椎葉歩をイジメていた安西愛海物語終盤、立場が逆転してイジメを受けるようになってしまう。

そんな中、登校した安西愛海の目の前に突如机と椅子が降ってくる。一体何が起きたのかわからない安西愛海は上を見上げる。そこにはかつて自身取り巻きであった岩本みどりの姿があった。

「お゛め゛ぇ゛の゛席゛ね゛ぇ゛がら゛あ゛!」

見ると周りにはクラスメイトが「コーラコーラ♪」と意味不明雄叫び「帰れ帰れ!」コールをしており、机の持ち主である安西愛海は「そんな目でウインナー」という意味不明言葉を残し番組は終わった。そこで主人公の椎葉歩とその仲間たちが現れ、「あんた(椎葉歩をイジメていた安西愛海)のことは許せないけど、イジメもっと許せない」と言って机と椅子、ばら撒かれた教科書を拾い、事実上手を差し伸べた形で番組は終わる。

放送終了後直後からお゛め゛ぇ゛の゛席゛ね゛ぇ゛がら゛あ゛!は話題となり、MAD素材となり現在に至る。

このセリフを放った「岩本みどり」は主人公(椎葉歩)に執拗イジメを行う安西愛海グループNo2存在安西愛海権力に惹かれて彼女グループに入った他のメンバーとは違い、唯一安西愛海友達として彼女取り巻きをしていた。過去安西愛海万引き疑惑を庇われたことがあり、その事が信頼の根底にある。

実際、安西愛海クラスで不利な立場になるや否や、すぐに寝返った他の取り巻き達と違い、最後まで安西愛海を信じつづけ、唯一の味方として彼女の傍に立っていた。

しか安西愛海が椎葉歩をイジメるために自分たちを利用していたこと、陰で馬鹿呼ばわりされていたことが分かると一変、安西愛海へのイジメ主犯格存在へと成り代わる。

ちなみに「おめーの席ねぇから!」はかつて安西愛海が椎葉歩に同様の事をした際に放った台詞

あんたの席ないから♪」

岩本みどりも近くで聞いており、この言葉皮肉も込めて真似たものである

語尾に「じゃねえよ」と付けるなど口が悪い。また基本的イジメを楽しんでおり、決して良い性格とは言えない。

2019-05-12

anond:20190512102310

大坂なおみを初めて見た時、似たようなことを思った。

人種差別は良くないことだって教わってきたし、自分は肌の色や顔つきで安易他者区別するようなことはしない方だと思っていた。

しかし、アフリカ南米ルーツのあるスポーツ選手日本代表として各競技で結果を残すたびに感じる違和感は、いつまで経っても消えないというのが正直な感想だ。

しかすると、今の子供たちは幼い頃から彼らの活躍を目にしているから、これが普通だと思っているのかもしれない。

いずれにしても、「生まれたところや、皮膚や、目の色で」みたいな歌詞に感化されて育ってきた自分でも、根底にそんな純粋フィルターは備わっていなかったんだと再認識させられる昨今だった。

学歴社会不登校YouTuber

現代社会は「学歴」をドライブフォースとして人間勉強させているわけだが、この「学歴を蜜に人材供給していく構造」こそが社会構造の最適解である。言い換えれば学歴社会は今のところ社会が成長する、即ち知的エリートを多数供給するための最も効率的構造だと言える。

不登校YouTuberが過剰に叩かれているのもこれが根底にある原因だ。不登校を「自由」として賛美する風潮が広まれ学歴社会崩壊する。人々は本能的に「学校に行かないのは個人自由でしょ」と見過ごすことが出来ず、社会構造の存続のためにこれを抹殺しようとしているのである

2019-05-11

anond:20190511145918

上記にも示した通り、社会法益と個人法益を混合しているから。

漫画等の表現規制問題社会法益の問題、つまり社会風紀の問題道徳問題ですね。

児童保護問題子供虐待とかから保護問題になります

まり根底からして本来は別問題です。

テンプレ的な回答になってしま申し訳ないですが。

そして保護活動と言うけども表現規制活動を行う事によってその児童保護リソースを割く結果を招く事にも繋がります

この辺は山田太郎さんの記事動画等に詳しく説明されているので、そちらを読んで頂ければありがたいです。

https://originalnews.nico/11787

http://taroyamada.jp/?page_id=9626

支配者層の深層意識

●人減らし政策(食料やエネルギーがなくなるんじゃないかパイは限られているはず)

優生学(優れた遺伝子だけを残していこう)

植民地政策思想

この3つが現支配者の根底思想にあって、今の現状はあるとは思います

そりゃあ劣性遺伝子はめちゃくちゃ苦しい思いをすると思います

2019-05-10

anond:20190510143636

日本って舐められたら終わりなとこあるよな

おっさん永久に維持張り合ってぶつかったり喧嘩になったりするのとかもそれが根底にありそう

https://anond.hatelabo.jp/20190510091451

あげる戦いと盗む戦いは、

相手の、資金時間労働力人生精神を、削り奪っていく側と、

相手に、資金時間労働力人生精神を与えていく側の戦いなのですが、

1020年ほど経過しており、まさに、

海の二酸化炭素問題とか、鰻の絶滅問題と、同じ性質をしているんです。

むさぼってむさぼってむさぼってむさぼり尽くして、それで終わり、という価値観根底にあるんです。

権力財力集団税金公務員男性」この性質を満たしている人間犯人です。

あげる戦いも、今年が限界です。

早くストップをして欲しいんです。

2019-05-06

梅田飛び降り動画を見て

何となくtwitterを開いたら梅田飛び降り自殺動画話題になっていた。

人が死のうとする場面を撮影するなんて非常意識

カメラ回してるやつは人としておかしい!

まあ、正論っちゃ正論なのかもしれないけど、そんなことは現代日本に限られたことじゃない。

昔の戦争中のレ●プ動画なんかがあったり公開処刑に群がっていた人々が居た事実から見るといつの時代好奇心や遊び心でそういった行為に及ぶ人間というのはいもので、SNSという便利なツールがあることで広まりやすくなったというだけに過ぎないと個人的に思う。

所詮歴史上の衝撃的なワンシーンでしかなく、撮影者は貧困集落実態繁華街の闇を探るどこぞのカメラマンなんかと根底は同じでそこには善悪は無いんじゃないかなーなんて考えたり。

また、わざわざGW日中なんて人の多い時間を選んだ彼女を見るとその辺も覚悟の上というかそんな気がしないでもないし、彼女の通う学校から部活動にて不適切指導があったという発表もあって彼女があえて選んだ場所でもあるような。

まあその辺は死人に口なしなの憶測の域から出ることは無いし探偵みたく推理したとこで野暮だなと思いながら書いてるとこもある。

それから、「自殺なんてしなくても・・・」なんて声がこういったニュース毎にあるけれど自殺に良し悪しもないと個人的には思う。

同じ人間とはいえ中身は全く別物であって、私たち彼女の心の内など到底理解できないし、他人から見ていくらでも選択肢があるように思えても彼女にとっての選択肢というのはもう飛び降りる以外になかったんだろうな。

飛び降り理由絶望であれ腹いせであれ、それが彼女が選んだ道なんだと私たち傍観しているしかない。私のように彼女をよく知る身近な人間以外は所詮他人他人事でしかない。

ただ、つい最近まで

「もう消えてしまいたい、この世に存在しなかった者として消えて無くなりたい」

とばかり考えていた私にとっては、未熟で卑怯でどうしようもない私とは違い彼女はとても勇敢で強い人間だったのではと勝手に思っている。

そして、今まさに人生の節目っぽい場所にいる私にとって、生きたい、私はまだまだ生きていたいと強く思わせてくれた。

不謹慎ながら動画を見たことで私のレベルが一段階上がったようにさえ感じるほどに。

多分私もあの動画撮影者と何ら変わりないし、もしかしたらそれ以上に世間的に頭のおかし人間なのかもしれない。

それでも、私はあの動画に何か生きる上でプラスになるものを与えてもらった気がするのだ。

2019-05-02

anond:20190502004245

全国いくらでもある空き家にホムレス収容できないのは差別不愉快があるからだろう

まれながらに肯定扱いされてキングとしてたたえられる天皇制度差別肯定しているからだ

偉大なる天皇陛下様をあがめるのが当然の義務であるように

ホームレスを見下してあざけるのも日本人常識なんだ

まりすべては天皇制度が悪い

日本の文化伝統根底差別があるのは天皇一般人にならないから「

2019-04-27

夢見りあむは新世界の夢をみるか? ~シンデレラガールズ革命論~

 







 ここ最近シンデレラガール総選挙にみられる世論の流れは非常に興味深いものがある。

ニュージェネレーションで唯一シンデレラガールになっていない本田未央を今年こそ1位にすべく支持集団投票が行われており、先日の中間発表で1位になったことは誰もが疑いようもなく、この事実は手放しで祝福されていることであろう。

その一方で非常に面白い現象も起きている。それはあの夢見りあむが3位に鎮座しているということである。そう、“あの”だ。




 そもそも夢見りあむは平成31年2月7日に新しくシンデレラガールズの登場したキャラクターであり、特定CV実装されていない。

シンデレラガールズは人気のあるキャラクターから順番にCV実装されるという資本主義に基づいた極めて合理的かつある種残酷的な傾向がある。

しかし、登場時からその鮮烈なキャラクターオタク原始的な“好き”を掻き立てるような特徴的かつ強烈なデザインで多くのプロデューサーの心を掴み、急激な人気をもって迎合された。

私の観測下では夢見りあむの参入とともにシンデレラガールズの門戸を叩いたものも決して少なくはない。

しかし、夢見りあむのパーソナリティーは既存シンデレラキャラクター比較して、決して手放しで称賛を得られるものではない。

人間のクズ性を煮詰めたようなキャラクター自身の“推し”として公表し易いものではなく、支持していることを隠したくなるようなものであることもまた一つの事実なのかもしれない。

これはかのドナルド・トランプ氏の勝利した大統領選をどことな彷彿させるようなものである

サイレント・マジョリティ集団心理として根底存在していた現体制への不満、怒りが彼を世界最大のリーダー国のトップへと押し上げる力学としてあった。

人間というもの集団としては非常に恐ろしい存在であり、獣である

人間1人では大したことはできないが、集団となることで途端に爆発的な力を発揮し、世界を食らいつくし、そのまま世界を変える。

そうした革命が起きたことを私たちは知っている。そう、現在シンデレラ選挙とりまく状況にもそれと似た力学存在していることを“夢見りあむ3位事件”は示した。

これは1つの革命なのだ。奇しくも4月で平成という一つの時代が終わるが、今回のシンデレラガール総選挙も結果が出る頃には令和の時代へと突入する。ポスト総選挙シンデレラガールズは新時代の“シンデレラ元年”ともいえるだろう。

人々が心の中では何らかの変化を求めているのは至って自然ことなのかもしれない。



 先ほどサイレント・マジョリティという言葉使用したが、今回の力学原動力になっている集団意識は何なのだろうか。

私はそれをあえて悪意と呼びたい。前述したようにシンデレラガールズの既存キャラクターはアクが強かったり、非常に特徴的であったりはするが基本的には“いい子”である

夢見りあむも“いい子”であるというエピソードは今後も増えてくることは予想される。

しかし、現時点ではー少なくとも登場時点で言っていることは私たちプロデューサー、ひいてはその担当アイドル馬鹿にしたような、消費物としてみたような非常に純粋な悪意で形成されたようなものである

ここでキーとなるのは夢見りあむ自身アイドルに対する悪意があるかは全くわからないものであることだ。夢見りあむのアイドルへの好意は確かにあるだろう。一定リスペクトを感じさせるような発言もある。

しかし、『アイドル使い捨て嗜好品』という純粋冒涜は誤解を恐れずに言えば狂気的で原始的な悪意に満ちている。

それゆえに夢見りあむから紡がれるアイドル論は非常に興味深く、私たちプロデューサーを尖った刃で抉るように鋭い。アイドルというもの信仰されるものである

大衆信仰対象であり、彼女らは通常、神のように純粋に君臨するものだ。その神を純粋否定すること、それは悪意以外の何物でもない。

神をも殺すような彼女の紡ぐアイドル論は純粋過ぎるが故に非常に冒涜的かつある種カルト的な魅力をもって私たちの目には映る。

そして、それらは最近シンデレラガールズに反体制的な考えを持っていたようなサイレント・マジョリティの不満や怒りを鋭敏に反映させるのかもしれない。

先に夢見りあむのプロデューサー本質として“秘密主義”を指摘したが、以上のような反体制的な考えも同様に秘匿されるべきものであろう。それは当たり前の事実である

プロデューサーは通常コミュニティを成すものであり、人間本来持つ協調性という意味では明らかに美徳とされない、全くもって迎合されない考えであるからである

そのようなコミュニティでみられる田舎村八分文化のようなものに息苦しさを感じていたプロデューサーもきっといたことであろう。

コミュニティというものは通常保守的集団であり、それは人間が持つ協調性という美徳においては当たり前の機能であるからだ。人間保守的な抑圧の中では必ずといっていいほど悪意を貯める生き物だ。

プロデューサーにおいても一度胸に手を当てて考えてみてもらいたい。

今までの環境に不満はなかっただろうか。

変化のない、いい子ちゃんごっこのような“幻想郷”は掛け値なしに素晴らしい居心地のよいものだっただろうか。

シンデレラガールズのメインストリームの中で心の中にどす黒い感情を抱いたことはないだろうか。

それらを完全に否定できる人間などおそろくいないはずだ。

そうした経験の中で悪意を貯めていったプロデューサー漠然と考えたことだろう、今回の“夢見りあむ3位事件”は変化のチャンスであると。



 プロデューサーの隠された悪意は非常に醜いものだ。どす黒く、誰にも見られないように大切に大切に醸造されていった筆舌に尽くしがたいほどに汚いものだ。

上述のように夢見りあむは“人間のクズ性”を煮詰めたパーソナリティーであり、炎上をある種好ましく考えているという都合の良さもある。

この点でもそうした悪意との親和性が高いというのも挙げられるだろう。

結果として夢見りあむはサイレント・マジョリティの悪意の代弁者足りえ、“夢見りあむ3位事件”という事実として多くのプロデューサーに牙を剥いた。純粋な人気に加えて、悪意の力学が働いた夢見りあむは本当に強い。

このことを念頭に置かない限り、夢見りあむは強力な敵として立ちはだかり続けることを理解しなくてはいけない。








 今、私は革命前夜に似た胸の高鳴りを感じている。

今、この瞬間アイドルマスターシンデレラガールズに変化が求められている状況だ。

私たちには2つの選択肢がある。

心地よいけれども心のどこかでくだらないと思っている集団幻想の中に居続けるか、それとも変わっていくか。

これは呪詛だ。

見たくはないだろうか?破壊再生を経て進化するアイドルマスターシンデレラガールズを。

今のシンデレラガールズに食傷して離れてしまったプロデューサーにこそ、この状況を楽しんでいただきたい。

ログインしなくなったシンデレラガールズとスターライトステージログインすれば合計で2票を夢見りあむに投じることができる。

1人のアイドルに1人で入れられる票数など全体でみれば微々たるものだが、私たちが力を合わせればそれは巨大な力学になる。

きっと革命だって起こせる。ぜひ夢見りあむに投票していただきたい。

夢見りあむ、私に、いや私たち新世界をみせてくれ。君ならできる



 最後ドナルド・トランプ氏が勝利したアメリカ合衆国大統領選を分析したイギリス独立党ナイジェル・ファラージ氏の発言でこの文章を締めたいと思う。

負け犬たちが支配者層を打ち負かしたのだ』私たちクズ負け犬たちに幸あらんことを。ここまで読んでくださって本当にありがとう

2019-04-25

セブンイレブンが本当にヤバいのは商品開発力の低下だよ

いまのセブンおにぎりパンに全く魅力がない。

何の個性のないありがちな商品が並んでいるだけ。

束にしたって「ドライマンゴーホワイトチョコスライスブレッド」には敵わない。

弁当デザート競争力の低下が激しい。

見飽きたラインナップ。

変わり映えのしない新商品

進行するシュリンクフレーション。

いまのセブン根底にあるのは「客を満足させたくない」という薄汚い商売根性だ。

量の少ないチルド弁当や麺にサラダを合わせてくれたほうが儲かる。

一口で食べられるようなスイーツを「ついで買い」してくれたほうが儲かる。

から「それひとつでは満足できない」ようなしょぼい商品しかつくらない。

客単価の向上を狙いすぎているのが今のセブン問題だ。

2019-04-24

家庭の幸福社会利益がどんどん乖離している

のではないかと、下記の記事を読んで思った。

「45歳以上はリストラしたい」+「高技能若者が欲しい」=「子どもが増えない」

https://p-shirokuma.hatenadiary.com/entry/20190424/1556094600

ただこの記事で書かれているように社会企業責任があると主張するつもりはない。

そして同時に、家庭や個人がそれぞれの幸福を追求するのが悪いという意図もない。

ただ、もう構造限界がきているのだと思う。

雑に言えば今の社会構造は家庭で個人管理生産社会経済がそれを利益に変えお互いに還元するということが根底にある。

だが今はもう家庭にも社会にもそれらを循環させる力がない。力がないというより、生態系が崩れかけているといった方が近いかもしれない。パイプがやせ細っている。

自分には個人幸せと、家庭の幸せと、社会利益それぞれがどんどん離れ憎しみ合っているのではないかと思えてならない。

そしてまた、この危機感に対して旧来の社会構造に戻せと叫ぶ人々が多くいるであろうことが怖い。

2019-04-23

アルコールタバコと同じ道を辿る未来を考える

 タバコは昔は駅でも吸えた。新幹線でも普通に吸えた。歩きタバコをするやつは未だにいるけど一般的には嫌悪されているし、東京ではついに飲食店からタバコ撤退するらしい。根底には副流煙による健康被害もあれば単に匂いも気になったりするし、そもそもタバコは成人じゃないと吸えない。有害物質を含んでいるのである

 というのを考えると、同じく成人じゃないと飲めないアルコールも、同じく有害物質アセトアルデヒドに変わるわけだし、酔客は迷惑だし飲酒運転はあるし暴行するのはたいてい酔っ払いだし酔っ払いは酒臭い。ということでゆくゆくはアルコールも同じ道をたどるのではないか、と思うのであった。

 でね? 

 とはいえタバコも完全に禁止にされたわけではないし、私の会社の隣の席の先輩は絶対禁煙はしないっていっているのね。アルコール世間一般嫌悪され始めた場合果たして私はどうするのだろう、というのも気になるのでそのあたりについても考えたい。

 まず、路上でも新幹線でも駅でも飲めるアルコール規制する。基本的自販機とかでは売らないし、公共の場で酒を呷るなんて恥ずかしいことはやめるべきなのだ。そして分煙、じゃなくて分酒がスタートする。酒を飲むような輩と同じ席で飲食するなんて、うるさいし危ないし臭いではないかタバコ飲食店から消えた今こそ今後は「タバコはお吸いになられますか?」ではなく「お酒はお飲みになられますか?」と聞いて喫酒席に案内するべきなのである子供連れも安心

 コンビニで気軽に販売されている酒類についてもぐっと数を減らし、衝動的にお酒を買ってそのまま飲めてしま文化もやめてしまおう。アルコール依存症の方が減るかもしれないし、渋谷ハロウィン騒動もなくなるかもしれない。飲酒運転による不幸な事故も減るかもしれないしいいことづくめではないかファミレスランチタイムタバコが吸えない時間があるように、禁酒時間も設けるべきだな。お酒というのは、夜間しか営業しない居酒屋で飲むものか、それか自宅で楽しむものになるのだ。

 さて。

 ここまで、タバコの歩んできた道に置き換える形でアルコールの辿る未来を思うままに描いてみたけれど、なんか考えてみたら全く困らないどころか、個人的にはとてもいいと思う。私はお酒が大好きだけど、居酒屋で飲むか家で飲むかがほとんどだ。たまに昼間から飲む酒というのも確かに美味しいんだけどそこは目をつぶろう。もしくはBBQ場とか温泉宿がちゃんと国の許可を取ればOKにするとかにしよう(欲が出た)。

 どうあれ、電車の中で酔っ払うおっさん(近くに立つのは避けたい)もいなくなるし、新幹線飲酒していびきかいて寝るおっさんも減るのだろう。よくよく考えてみれば、路上電車飲酒してるやつなんてろくなやつはいないのである。なぜタバコ弾圧されているのに、アルコールがでかい顔をしているのか。なんとなくこうして文章にしていると、どんどんアルコール規制していったほうが良い気がしてくる。

 しかしながらこれだけは自分勝手なのだけれど、たばこ税みたいにどんどん酒税が挙がっていくのだけは勘弁願いたい。ちゃん迷惑かけずに静かに飲むからせめて今の金額におさめてほしい、というのはやっぱり飲ん兵衛の勝手なのだろうか。まぁ、値段が上がれば酒量が減って、健康増進に一役買ってくれるのかもしれない。

 あと最後に、多分利益率がよいであろうアルコール販売禁止コンビニファミレスが受け入れるかどうか、そして与党絶対献金してそうな大手酒造会社徹底抗戦するであろうなという問題現実には横たわっているような気がするのだけれど、アルコール摂取しながら世間アルコールを節酒すべき、という文章を書き連ねているこの私にはだんだんとどうでもよいことなような気がしてきたのでここで筆を置きたい。

 みなさまにおかれましても、よいお酒を。

2019-04-21

[]民放連ライフラインとしてやってきた自負があったらしい

民放連会長は「電波オークション」に反対「公共性」「ライフラインとしての自負」

https://www.sankei.com/entertainments/news/171117/ent1711170017-n1.html

参考:民放連AM廃止要請隣国軋轢生む懸念

https://www.itmedia.co.jp/news/articles/1903/28/news062.html

民放連の「AMラジオ廃止要望アイドルにとって不都合なワケ

https://news.nifty.com/article/item/neta/12277-233784/

>われわれへの批判はあると思うが、公平性を保ち、ライフラインとしてやってきた自負がある

読んでいてくっそ笑った。

2017年過去ニュースだけど読んでいて本気で吹いたわ。

ライフラインとしての自負があるなら、今年になって少し前にこいつらが言った経営上の理由AM廃止とか本気で笑い話になると思うんだが。

本当ここで言っていたライフラインとしての自負なんてその程度のものなんだろうなと言う事が良く判る。

個人的には民放連AM廃止する事自体反対していないから、民放連撤退するなら撤退して、その空いた帯域から電波オークションを認めるなりした方が良いと思う。

ネトウヨも良く電波オークションしろとか言ってるしなあ。

ぶっちゃければこいつらAM止めるのは維持コスト問題からな。

最近ではこの災害方面突っ込みからAMよりもFMの方が災害に強いとか言い出し始めそうなのも見受けられてきたし。

ただ何にせよ民放連AMやめる=日本でのAM廃止と言う話の前提自体おかしいと思うのよね。

この辺から突っ込みがあるからか知らんけど、別の記事

世界の潮流はAM廃止ドイツフランスでは15年にAMによる公共放送を停波しているほか、北欧ではラジオ放送自体廃止され、ネットラジオに移行しています

とかほざいているけど、確かにそう言う意味では欧州ではAM放送廃止されている。

更に言えばノルウェーFM廃止をしてデジタルラジオに移行している。

(ただそのノルウェーでもFM廃止したのは結局国営だけで、今も地元FMは頑張っているとか何とか。)

でもそれはそれとしていつもはこいつら海外の事例として良く出すアメリカAM放送を今でもしているわけなんだけど、今回については都合良く無視しているんだよね。

都合の良い事ばかり海外の事例を出して、都合の悪い事はいつも無視するのは日本人の特性だけれども。

更に言えば、日本場合それこそ近隣諸国関係があったりして、状況がまるで違う事をこいつら都合良く理解していないのもわざとだろうな。

なので、今回に関しては新規参入を探す意味でも電波オークションを行うべきとか言う動きを作られてもおかしくないと思うんだけどねえ。

それこそネトウヨ産経自身国益上の問題も指摘していて、その件でも不味いわけだし、国内での利用を促進するならば、マジでオークション有効な手なんじゃないかと思う。

から本気でこいつらの中波停止を認める代わりに民放連電波オークションを飲ませるくらいした方がいいんじゃないか?

でも総務省なんてこいつら民放連の言いなりだろうからAM廃止でそのまま鵜呑みで話を進めそうだから困る。

地上波アナログテレビ放送を止めさせた前例があるからこれも民放連普通にうまく行くとか思っていそうだ。

何にせよラジオなんてもう聞いている人少ないし、民放連は金を食うラジオを何かと理由をつけて止めたいだけなんだろうな。

でもラジオを完全にやめたらそれこそ総突っ込みが入る。

からこそライフラインポーズコストの安いFMラジオをやって維持して、でも食い扶持に困るから電波オークションには反対みたいな。

でも本当見ていて、これもある意味では新聞出版再販制度問題根底は同じなんだろうなとは思う。

これも長年情報を独占し操ってきたきた連中の悪影響なんだろうなあ。

本当民放連しろ新聞社にしろ最近の動きを見ていて、色んな意味日本の癌だなあとは最近つくづく思う。

2019-04-20

anond:20190418235955

ハーレム物の走りといえば今も続いてる弓月光の「甘い生活」でないの?

まぁ根底にはPC98時代エロゲーギャルゲーがあると思う、同級生とか卒業とかそのあたり

2019-04-17

anond:20190417093000

近寄らなくても「自分にできる相手幸福を感じる体験」は実現できるだろ。たとえば駅前掃除するだけでも全然いい。

自分スペックが低いと認めながら、「近寄る」とか、なんでいきなりハードルを上げようとするのか。それは、KKO、KKOと連呼しながら、実は自分に与えられた手札の条件がよくないことを心の根底では認められていないからじゃないのか。「他の人と同じ事をして普通に評価されるべき」と思っている? それは単なる平等幻想だよ。

それとも、「相手にその行為が届いて相手に認められなければ満足できない」とでも言う? それじゃ、あなたは「自分にできる相手幸福を感じる体験」ではなく「自分幸福を感じられる体験」を求めているってことだろう。「相手のため」と言いつつ実は「自分のため」しか考えてない。そりゃダメだよ。

まりキモかろうが金がなかろうがおっさんだろうが、「自分にできる相手幸福を感じる体験」を提供することは可能だよ。要は考え方じゃないかな。

2019-04-14

東大増田フェミニスト無自覚性差別を指摘している

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20190413114026

このトップブコメが何度読んでも意味自体が分からず、そしてスター意味も分からなかった。

「「↑突然男子学生を画一化したなお前。性差別って知ってるか?」

 ……あぁ、現役東大生と名乗る増田性差別を知らないということと、

からこの祝辞自分攻撃された被害妄想に陥るんだなということが分かった。」

だが、以下のようなブコメを読んで、はじめて理解できた。

「『俺は何も悪い事してないのに、男というだけで攻撃された』と強い被害者感情を持った人、おめでとう。

ジェンダーによる差別』の存在を、初めて知った訳ですね。それは、女性が常に受けている物と同じ理不尽です」

まり、これらのブコメがどういうことを言っているかというと、

性差別という概念も知らないような無知男子

はじめて男子という括りで批判を受けて苛立っているのをみて

それは女子がいつも受けているジェンダーによる差別ですよ、啓蒙されてよかったね、

ということを意味してるようだった。

僕は無自覚性差別はこのフェミニスト達にこそ宿っているのではと思った。

おそらく、はじめから前提が違っているのだけど、

性差別という概念があることを増田は当然ながら知っているし、

今回の文章では、上野の言説が持つ男性性に対する攻撃性、男性一般化を指摘している訳だ。

そして、逆説的だが差別に反対してきたフェミニズムが今や男性性に対する差別性すら持っているのではないか

というのが増田根底にある気持ちな訳だ。

それに対して、

「はじめて男性ということで一括りにされて嫌な気持ちになったんですか笑、それは女性がいつも感じているものですよ笑」

という態度はまったく真摯的でないし、もはやこれは自身が持つ性差別的態度を認めているのではないだろうか。


そんなはずはないというフェミニストの方もいるかもしれない。

それはおそらく女性男性に対して性差別であるということはありえない、と思っているからだろう。

そうではない。

女性男性に対して性差別的になる。男性という性別で一括りにして尊厳を傷つけることがある。

そのことに対して無自覚人間を炙り出したのだとしたら、

増田文章は意義があったと思うし、議論喚起する上野千鶴子の攻撃的な態度も少しは意味があったのだと思う。

2019-04-13

お父さんお母さん、私に謝ってください

自分の気持の整理のために書き連ねる。自分語りで相当長い。


昭和生まれ就職氷河期経験済みのアラフォー

二歳年上の兄(長男)がいる。自分は長女だ。

幼い頃は特に兄と自分への待遇に差を感じたことはなかった。

親は団塊世代で当時は給料右肩上がり時代で、それなりの中流家庭だったと思う。

習い事などもどちらもそれぞれ好きにやらせてもらえていた。

兄が通っていた地元の塾に自分も行かせてもらい、兄は一足先に中学受験をして某私立中高一貫校へ進学した。

自分最初の塾(兄と同じ)で、『御三家も狙える』と言われ、有名な大手進学塾へ通うようになった。

毎週土日のどちらかには親に連れて行ってもらって都内テストを受けに行き、自分純粋に楽しんでいたが、それに付きあう親は大変だったろうと思う。


そしてその頃から、どうやら兄は道を徐々に踏み外していったらしい。

具体的に中学生の兄の身に何があってそうなったのかは今でも知らない。

兄は万引きなど軽犯罪を繰り返すようになり、親が警察に行くこともたびたびあった(当時、自分にはそれらの事実は知らされなかった)。

自分と兄はひとつ屋根の下暮らしていたが、部屋は別々で元々仲の良い兄妹でもなかったし、

自分中学高校御三家の一つに受かった)で良い友人に恵まれ学生生活を楽しんでいて、兄のことはほぼ眼中になかった。

ただ、それでも兄や両親を見ていて、『兄が道を踏み外しつつある』こと、『親が兄の対応で大変らしいこと』は雰囲気でわかった。

から自分まで親に負担をかけてはいけないな、と子供ながらに思っていた。

別に親のためにいい子でいようと思ったわけではない。

道を踏み外していく兄を尊敬できなかった、いや、心から軽蔑していた。ああはなりたくない、と思っていただけだ。

学校の友人の兄弟はみな出来が良くて、どこに出しても恥ずかしくない「まっとうな」人達で、比べると自分の兄が恥ずかしかった。

学歴なんかの問題じゃない、今でもそれで兄を差別する気はない。

犯罪を犯すこと(万引き以外にも路駐やら何かでしょっちゅう警察から電話があった。警察バカにし、遵法精神などまるでなかった)、

それで親に多大なる迷惑と心労をかけていたこと、それを反省もせずにまた繰り返すこと。

兄の心理など知る由もないし、なにか彼の思春期問題があったのかもしれない。

だがだからといって兄の行為正当化される訳もない。繰り返すならなおさら弁護の余地もない。

私は心の底から兄を嫌い、軽蔑し、しかし表にはそれを出さずに、ただ兄とは接触しないようにしていた。

(なぜなら、兄は短気で暴力に訴える人間だったからだ。一度自分がそういった態度を見せた時、夜中に枕元に金属バッドを持ってすごんできたのは忘れられない。

  そしてそういった基質もまた、私の兄への侮蔑をより強める結果になった)



そして兄は高校を(なんとか)卒業し、大学へは行かずにフリーターになった。

親はどこでもいいか大学へ行かせたかったようだが、兄本人が『大学でやりたいことがない』と進学しなかった(ここは兄が正しいと思う)。

ありがちな話だが、兄は音楽の道を進もうとしたらしい。バンドを組んで、いわゆるバンドマンになった。

音楽活動の実態は何をしてるのかさっぱりわからなかったが、さほど身を入れてやっている様子もなく、芽も出なかった。だが諦めきれないのか、フリーターをしながらだらだらと続けていた。

自分高校卒業大学へ進学した後も、兄はその生活をしばらく続けていた。

そのうち、兄は一人の女性(Aさん)と知り合った。そして二人は結婚を考える仲になった。

Aさんはとても良い女性だった。自分や両親とも仲良くしてくれて、兄は大嫌いだがこんな姉ができるなんてほんとに嬉しい、ようやく兄が自分にとって良い行いをしてくれたと思った。

しかしここで、両親は最大の過ちを犯した。

何を思ったのか、兄にマンションを買い与えたのだ。親の名義でローンを組んで、兄と彼女の新居にしろと兄に与えた。

フリーターの兄に月々のマンションに係る支払が払えるはずもない。それはすべて親が払っていたのだ。しか結婚も確定しないうちに買って与えた。

呆気に取られた。納得できないが親の気持ちになって考えてみれば、『Aさんに逃げられないように、住居が確定していれば結婚生活も楽になるだろう』ということだったのかもしれない。

『妹は大学へ行かせてやったのだから、兄にも何か与えねば』と思ったのかもしれない(しか自分国立大で、学費トータルしてもマンション費用20%にもならないのだが)。

兄は別に特段の感謝をする様子でもなく、当たり前のようにそれを受け取った。

そしてその後、結婚が決まっても一向に定職につこうとせずに自堕落生活を続ける兄は、Aさんに愛想をつかされて結婚前に出ていかれた。

(兄はAさんに入れ込んでいたらしく相当なショックを受けていたが、自分から見れば当たり前だばーかしか思えなかった)


この頃からだろうか、自分が『親は兄を贔屓している』と思うようになったのは。正確には、『親は兄を甘やかしている(自分には厳しいのに)』と感じ始めたのは。


自分は親に言われた。『私立大に行かせる金はないし仕送りをする余裕もないから、家から通える国立大しろ』と。

親の言うことに従おうとしたわけではなかったが、自分の行きたい大学はその条件を満たしていたので、結果として親ののぞみを叶えた形になった。

しかし心のどこかに、『親ののぞみを叶えたい』という気持ちがなかったとは言えない。兄で苦労させられている親を見てきて、自分だけは親が誇れる子供でいようとしたのかもしれない。

通おうと思えば通えたが、一人暮らしに憧れていたこともあり、親の援助は一切受けずに一人暮らしを始めた。貯金バイトでなんとかまかない、4年間それを続けた。

親が兄にマンションを買い与えるまではそれも納得していた。だが、親がそれをした時、自分の中で不公平だという気持ちが生じた。

根底に『「親に迷惑ばかりかける穀潰しろくでなしの」兄に、なぜそんなに金をかけて甘やかすのか?』という考えも当然あった。

自分にとって兄は「いないほうがマシ」で、存在する事で何もいいことがない、迷惑なだけの存在だった。

グレてようがフリーターだろうが、優しい兄なら愛せたろう。だが、兄としての優しさを見せてくれたことなど数える程もない(その数回も小学生以下の時だけ)。

家庭を持って子を為し、親に孫の顔を見せて安心させてくれたなら、「普通」で「まっとう」な人間になってくれたなら、それで兄を見直すこともできただろう。

しかし兄は正真正銘クズなので、逆の道にしか行かなかったのだ(それについては後述)。自分が兄を見直す機会はおそらく死ぬまで来ないだろう。

(余談だが、なかにし礼氏の小説再現ドラマ(兄との関係を描いたもの)を見た時、心からなかにし礼氏に共感した。自堕落でお調子者で弟にとって迷惑な兄。

なかにし礼氏が兄の葬式後につぶやく、『兄さん、死んでくれてありがとう』がわかりすぎて辛かった。

何年先かわからないが、おそらく自分も兄が死んだ時、『死んでくれてありがとう』と心から思うだろう。自分が先に死ぬかもしれないが)



Aさんに逃げられた後、しばらく兄は自堕落生活をしていた(親が金を払っているマンションで一人ぐらし)。

自分は何度も親に『マンションから出て行かせろ、でなければ兄は自立できない』と言ったが、親は『そんなこと実際にできるわけがない』『目の届かないところに行かせるほうが不安だ』と言って聞かなかった。

この頃から自分の中で『兄が駄目になったのは親の(甘やかしの)せいではないのか』『親は己の見栄しか考えてないのではないか』という疑念が湧いてきた。

やがて自分大学卒業して、氷河期の中なんとか上場企業就職を決めた。

希望の会から内定が出ず、文系プログラムなど全くわからないのにSEになることになったが、就職できただけでよしとするしかなかった。

親の反応は『とりあえず上場企業から、外への体裁が整った』というものだった。親にとって自分は見栄のための存在なのだなということが、徐々にわかってきていた。

同じ頃、兄もようやく某リフォーム会社営業として働きはじめた。

兄の営業成績は良かった(もともと外面だけは良い)ので、いっとき小金持ちになれたらしい。外車を買ったが、マンションの金を親に返す気はさらさら無いようだった。

その外車ポンコツなのかあるいは外車とはそういうものなのか、しょっちゅう壊れて修理代がかかった。あまり乗らないせいもあっただろう。

乗らないのなら売ればいいのに『売っても二束三文しかならない』と兄は言い張り、親はなぜか修理代を肩代わりして払ってやっていた。

(散々修理代を払って直して、最後にはやはり壊れ、ろくに乗りもしないままに結局二束三文で売ったようだった)

マンションの支払いは親が続けていた。このころようやく、月々の管理費や積立金などの維持費だけは兄が支払うようになったようだった。

そのうち、バツイチ子持ちの女性Bさんと知り合い、今度は結婚した。Bさんについては自分ほとんど知らない。

その頃自分は向いていない仕事かつ長時間労働で心身を病みかけており、朝焼けの街を徹夜明けで泣きながら一人家路についたりしていたので、兄のことなど構う暇もなかった。

結婚式には一応出た。ストレスで過食気味になりむくんだ顔の自分愛想笑いを浮かべて写っている写真は見返したくもない。

兄の結婚になんの感慨もなく、『これで普通人間になってくれれば』と願っただけだった。兄に望むただ一つのことは『普通の家庭を築いてくれ』で、それ以上は望まなかった。


予想していたが、兄の結婚生活は長くは続かなかった。

営業成績が良いのに浮かれ、独立すると言って仕事を辞めた兄だったが、ろくなノウハウもない個人リフォーム営業がそうそう上手く行くわけもない。

あっという間に生活は行き詰まり、さっさとBさんに逃げられた(どうやら浮気されていたようだが、それを追い詰める気力もなかったようだった)。

そしてまた、マンションで自堕落生活に戻った(もちろんマンション維持費は親払いに戻った)。

自分はずっと『兄を甘やかしすぎだ、マンションから追い出せ、マンションを売ってしまえ、でなければ兄は自立しない』と親に言い続けていたが、ずっとでもでもだってで聞き流された。

『(万引きなどの)前科があるから、追い出したら何をするかわからない。もっと悪いことになるかもしれない』『どれだけ言ってもあいつはこちらの言うことを聞かない』。これが親の言い分だった。

しみじみ、親も兄も情けなく、どうしようもないと思った。『お前は冷たい』と言われた。

そもそも最初にあれが道を踏み外した時、お前の中学受験にかかりきりで、親としてろくに関わってやれなかったのが悪かったから』と。

そう言われて自分にどうしろと? 責任を感じろというのだろうか? もうとっくに成人していい年になった兄を憐れめと? 親でもない自分がなぜ親と同じ感情を共有せねばならないのか?

『ずっとそう言い続けて兄を甘やかして、それで状況が好転たか? 好転する見込みがあるというのか? 兄の自立を妨げているだけではないのか?』

そう言っても、親は同じ言い訳を繰り返して兄への甘やかし(マンション与え)をやめようとしなかった。 

自分の中で、兄への嫌悪と親への嫌悪比率は徐々に逆転していった。兄がどれほどのクズだろうが、どんな人生を送ろうがもはやどうでもいい。

自分と同じ親のもとで、恵まれ環境で育ったにも関わらず、兄は自ら堕ちていったのだ。兄の人生は兄のもの、好きに生きればいいしどこでのたれ死のうが勝手にすればいい。

兄よりも、そんな兄を甘やかし続ける親のほうに不信と不満が募っていった。なるほど、親がこうして甘やかすから兄は更生できないのだと納得した。

そして『兄が自分よりも甘やかされてる事実』にどうしても納得できなかった。自分特別扱いしろというのではない、兄を特別扱いするのが耐えられなかったのだ。同じ子供として平等に扱ってほしかった。

自分大学時代、兄は親が与えたマンションゆうゆう一人暮らしして、自分仕送りを一切受けられずに生活費のすべてを自力で稼いだ。

就職してから、兄は親が与えたマンションで好き勝手暮らして、自分は親に金を入れていた。家に金を入れるのは当然だと思う気持ちもあったが、理不尽だと思う気持ちはどうしても拭えなかった。

その気持ちに耐えられず、『兄と比べてあまりにも不平等だ、兄にも金を支払わせろ、兄を甘やかすのもいい加減にしろ』と泣いて言ったら、『じゃあこれからお前も金は入れなくていい』と言われた(そうじゃないだろ)。


家庭のことや仕事ことなど色々あり、結局自分新卒で入った会社を3年ほどで辞めてしまった。親に『30までにやりたい道(フリーランス)で食っていく目処をたてる』と誓い、宣言どおりに28で目処を立てた。

兄は親が見つけてきた非正規パート仕事をなんとかこなし、その頃にはそこそこ年季も入って板についてきていた。新しい彼女(Cさん)もできたようで、マンションで一緒に暮らし始めた。

だが、そんな矢先。兄が、クスリで捕まった。

最初に一報を聞いた時、親はともかく、自分は『まあ、あるだろうな。やっぱりな』としか思わなかった(基本的に兄の人格を信頼していないので、何を起こしたと聞いても『やりかねない』としか思わない)。

もちろん家族の誰も気づいていなかった。家族の目の届かないマンションでずっとやってきたものらしい。

自分は『言わんこっちゃない、だからマンションから追い出せとあれほど言ったのに、甘やかし続けた結果がこれだ』と親に言った。親は『そんなこと今更言っても仕方ない』としか言わなかった。

そこからの詳細は省くが、兄は執行猶予がついて戻ってきて、兄を見捨てなかったCさん(菩薩かよ)と今でも親の与えたマンション暮らしている。Cさんが見張っているので再犯はないと思いたい。

Cさんには敬意と感謝しかない。彼女がいなかったら兄はもっとだめになっただろう。

しばらくCさんに食わせてもらっていた兄だが、今はまた派遣で職について、そこでの仕事軌道にのってきたようだ。今度こそは歳も歳なので落ち着いたと思いたい。

(ちなみに、また維持費だけは払うようになったが、購入費は一切払っておらず、名義は父のまま。毎年実家よりも高い固定資産税を払っているのも父)



兄はもうどうでもよく、二度と犯罪を犯すなCさんにだけは迷惑をかけるなCさんだけは大切にしろしか思っていない。

残念なことに、自分の中で兄の見方が変わることはこの先死ぬまでない。今の兄と表面上でも付き合えるのはCさんあってこそだ。Cさんを姉と慕っても、兄を兄と慕うことは生涯ない。

きょうだい他人の始まりとはよく言ったもので、兄への気持ちはもうこれでいいと落ち着いている。

だが、「未だに」なのか、「今だからこそ今まで積もり積もったものが」なのか、自分の中で親へのわだかまりだけはどうしても消えない。考えると落ち着かず、心がざわつく。

もう親も老い自分もいい年だ。親も人間であり、それも見栄っぱりで子供平等に扱わず贔屓するようなできの悪い人間だったんだと納得するしかないとわかっているのに、

自分はどうしても、親に『自分たちが間違っていた』と言ってほしい。子育ての過ちを認め、自分がどれほど辛い思いをしたか理解し、悪かったと謝ってほしい。

だが、過去喧嘩した時の経験から、親は絶対自分の過ちを認めない、ましてや子供から言われる言葉を決して正面から受け止めないとわかっている。

『それが親に対して言う言葉か』『何様のつもりだ』『はいはい、全部こっちのせいだって言いたいんでしょう』…そう言って絶対絶対自分の過ちを認めない。老いた今、なおさら頑なになり認めないだろう。



自分自分なりに、親の期待には応えてきたと思う。教育で親に金をかけてもらった事は感謝しているが、それだけの成果をちゃんと出し、結果をだした。

なのになぜ、自分は兄と同じに扱われなかったのだろう。自分けが要求され、応え続けねばならず、それなのにそれを評価もされなかったのだろう。

これを言うと嫌な人間だと思われるだろうが、客観的に見て自分のほうが親に貢献しているしまともな人間として育った(少なくとも前科ものでなく、親に迷惑をかけていない)という自負があるだけに、やるせない思いがある。

本来なら自分のほうが親に贔屓されて然るべきではないのかという思いがあることは否定しないが、贔屓してほしいとは言わないしするべきでもない。

ただ自分に求めるものは兄にも求め、兄に与えたもの自分にも与えてほしい、子供の間に差をつけないで平等に接してほしかっただけだ。

男女の差だというのならばなおさら、兄には『長男』としての役割と責務を求めるべきだったろうに、なぜ私が長男役割も果たさねばならないのだろう。

兄が結婚した時、自分は『兄が孫を作ってくれたらそれだけが兄の親孝行だ、自分にも兄がいた意味がある。せめてそれくらい孝行しやがれ』とわずかに期待したが、兄は子供を作る間もなく離婚した(そもそも作る気もない)。

母は自分にだけ言う、兄には絶対に言わないのに、『老後の楽しみがほしい、孫が見たい』と。

子供はジジババの楽しみのために産むもんじゃねえし産んでおしまいじゃない、何ならあなたがたが育ててくれんの? 育てる金あるの? と応えたら沈黙した。

そんなに孫が見たいなら兄に言ってくれ、男なんだから自分よりよほど確率が高いだろうと言ったら、『あの子に育てられるわけがない』。『何を言っても無駄』と言って、兄には20年以上何も要求しない。

精子バンクとかあるでしょう』『50歳で産んだって例もあるし』とまで言われた日には本当に失望した。

50歳で産んだ女性はほぼ卵子提供で母方の遺伝子は入らないし、養子じゃ嫌だってんならそれ(母方の遺伝子が入らない)も嫌なんだろうに。

そもそも出産までにどれだけ苦労したか流産だって何度も経験してるはず)、不妊治療にどれだけお金がかかったかわかってて言っているのか、そして不妊治療高齢出産がどれだけ母体負担がかかると思っているのか。

娘の体など、自分の楽しみのためにはどうなってもいいのだろう。

孫の立場にしたって、父親がいない家庭に生まれることになるのだが、そういったことを考えてもいないのだろう。ただ、自分が欲しいから、だ。 

私の結婚も、自分の見栄だけのためにしてほしかったらしい。大切なのは見栄と体裁で、娘の幸福などどうでもよかった。

結婚しない女はなにか問題があると思われる』なんて言われても、それはあなただけの醜い価値観だろう、未婚率が三割の時代にそんな事思うほうが少数派だ。

図らずも未婚女性への「己の偏見」を曝け出したことにも気づかずに、『あなたのために言っている、それが世間だ』などと諭してくる醜さ。兄にも同じことを言えばいいのに。

結婚しろ』と言われるのが嫌で、それを避けるために誰でもいい、一回結婚さえすれば文句を言われまいと思って結婚したけれど、上手く行くわけもなく2年も経たずに破綻

(付き合っていた人とは、兄の事件で別れざるを得なかった。結婚した人には家族ぐるみで兄のことを隠した。そんな結婚うまくいくわけもなかったし相手には申し訳ないことをしたと思う)

その時の言葉も『せめて2年は持たせろ、外聞が悪い』『相手の親に私(母)の顔が立たない』『どうせお前のわがままだろう』…出てくるのは己の見栄と体裁のための言葉だけで、一度も娘の心情を慮る言葉は出てこなかった。

兄が同じように2年程度で破綻した時、兄に同じ言葉を突きつけたなら、そういう人なのだと納得もできたかもしれない。だが、兄の離婚に関して親は兄に何も言わなかったのだ。

(主に要求を突きつけ言ってくるのは このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2019-04-12

批判する人は劣等感が強い

劣等感というのは

自分は他の人よりも劣っている」ということを感じていること。

この劣等感から批判が始まる。

なぜなら誰かを批判しなければ、

自分が劣っていることに耐えられないから。

やたらと上から目線の人や、会社とかでも部下に対して、怒鳴ったりするタイプと、ネチネチ嫌みを言うタイプの人がいるその根底劣等感

人の深層心理の中に劣等感がある。

なので、無意識批判をしてしまう。

批判をすることでしか

自分価値を高くできない。

そして、劣等感さらに奥深くに「恐怖」もある。

この恐怖から逃れたいがゆえに、誰かを批判して、安心したいという心理の表れでもある。

2019-04-09

https://business.nikkei.com/atcl/report/15/120100058/120200001/

日本国憲法が揺らいでいる。憲法解釈を大きく変更した安保法が国会で成立し、自民党さら改憲を目指す。その根底にあるのが「押しつけ憲法論」だ。だが日本国憲法がこれまで70年間、この国の屋台骨として国民生活を営々と守り続けてきたのも事実である。この連載では戦後70年日本国憲法果たしてきた役割、その価値を改めて考えたい。

 第1回は日本国憲法がひとりの女性を救った物語である

2019-04-08

日本人最近いい人材がいないと危機感があるというが

第二次世界大戦の時、日本右翼ヤクザチンピラ集めてスパイとしてロクに働かない効率最悪の奴らを使っていたこ

アメリカイギリスは、アイビーリーグを出た超エリート層や、薔薇戦争から続く由緒正しい家系貴族若者が、自ら戦闘機パイロットスパイとして志願して

ナチス・ドイツ死闘を繰り広げていた。

2000年代前半、日本コンピューターサイエンスを学んだ大卒社会人を、野比YRPという現代アウシュビッツ形容されたエンジニア処刑場でエンジニア廃人自殺に追い込みまくって代わりならいくらでもいる、死んだ奴の自己責任と言い、現代SNS構想やブロックチェーンの雛形を研究していた天才研究者を、訳の分からない理由逮捕して心臓麻痺死ぬまで追い込んでいたこ

中国北朝鮮インド秋葉原アメリカ雑貨屋パソコンパーツを集めて、本を買い、ほぼ独習から初めて笑われてもITエンジニアを育成しようとしていた。

そして10年後、インドIT人材超大国に、北朝鮮イスラエルアメリカでさえ恐れるサイバー戦争大国に、中国ITインフラ根底から西洋文明を覆そうとするほど大きくなっている。

単に日本が一時期でも技術大国だったのは、戦争の時に当時の国家予算の7割近くを次ぎこんだ資金投資遺産と、冷戦時代たまたまいい立地でジャンジャン投資アメリカからもらっていたことでしかなかった、というお話

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