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2021-05-02

野蒜に行こうと思ったけどやめた

今後一週間は地震に注意って出たし

津波が来そうな所や土砂災害が起きそうな山岳部は控えることにした

他に行きたい所はそこそこあるけど人が多そうなんだよなぁ

角田市宇宙センター休み

丸森町山岳地帯があるし

白石方面キツネ村には行きたいけど山

石巻南三陸気仙沼海岸沿い

大崎市は化女レジャーランド跡地見たいか

栗原市は細倉マインパークかなぁ

狩野英孝櫻田山神社には行ったしくりはら鉄道ミュージアムには既に行った

登米市はおかえりモネ舞台らしいので少し前に登米町と佐沼には行った

亘理山元海岸沿い

松島は人が多そうだし

利府イオン結構人がいそうだし

多賀城名取岩沼塩釜は割と最近行ったばかりで

涌谷町美里町加美町色麻町も行った

黒川郡登米市もそこそこ行ってしまった

大河原町萩の月買いに行ったしそこから船岡方面の桜を見て柴田町にも行った

村田町も倉を見に行った

蔵王は一応お釜を見たしだからやっぱりキツネ村に行きたい

あ、七ヶ宿も行きたいなあ

仙台市内はうーん結構行ったけど

ボタニカルガーデンに行きたい

最近山のあたりとか熊がでるのが嫌だけど

あぁー出かけたいなぁ

2021-04-29

大好きだった彼女が死んだ

2021年4月28日(水)、一足早く予定が変更になりゴールデンウィークに入って自宅でのんびりパソコンをいじっていた私に衝撃なニュースが飛び込んだ。

「元T-SQAREの和泉宏隆さんが急性心不全の為61才」。

T-SQAREは昔大好きで、特に和泉宏隆さんのピアノにはピアノ弾けないけどめちゃくちゃ憧れた存在だったから、すごいショックだった。

すぐにYoutubeで探し出して、つい最近和泉宏隆さんの演奏動画を見かけ、やはり絶品だった。

それから時間後、パソコンに見慣れない通知が入った。

LINE TIMELINE普段連絡以外で使わないLINEなので、なんだろう?と思って通知をクリックしたらブラウザのタブが開いた。

「母の初七日が終わり、ご報告します。母は4月21日の午前3時33分、永眠しました」

とあった。

一瞬、何のことか飲み込めなかった。

「母って、そんなこと連絡してくる意味が分からないんだけど……え?」

だって、その差し出し主は彼女自身だったから、私は一面識もない彼女の母のことかと思った。

それは、彼女の娘さんが、彼女スマホを通じて、彼女の死をまだ知らない人に一斉連絡するためのものだった。

私は凍りついた。

だって、つい最近まで、Twitterで好きな野球見にいきたいと言ってたじゃないか

全然知らなかった、まさか癌だったなんて。

僕は取り急ぎ、そのタイムラインに思いついたままコメントを書いた。

信じられない、と――。

 

彼女、と言っても、付き合っていたのはもうかなり前のことだ。

でも、大好きだったのは間違いない。

最初は、あんまり堂々とは言えないような言わば古い出会い系サービスのようなものを通じて出会った。

私はその頃、女の子に飢えたナントカみたく、だけど女の子に声を掛ける勇気とかないのでそんな怪しげなサービスばっか使ってたのだけど、数人程度の色々な異なった女の子出会ったけど、彼女だけは特別だった。

の子と待ち合わせたのは、今はもうない遊園地玄関

夏の暑い日だったことを記憶してるけど、その日差し以上に彼女キラキラ輝いていた。多分、私には彼女についていいイメージしか残っていないのだろう。

本当に、あっという間に恋に堕ちた。

彼女は、当時、人気のあった女優、U.Yに似た美人さんで、まだ高校生二年生だったと思う。

私は確かその頃は、二十代後半に差し掛かったところで、年下過ぎて、恋愛対象にすべきかどうか迷い、出会って一年目は電話だけの仲にして、付き合い始めたのは彼女高校3年になってからのことだった。

彼女以前に、若干の女の子と付き合ったこともあるけど、後にも先にも彼女ほど好きになった女の子はいない。

付き合い始めると、私はすぐ実家から出て一人暮らしを始めた。もちろん、彼女と2人っきりでいたかたからだ。

その年のゴールデンウィーク彼女提案で、2人で一泊旅行もした。

その旅行で、未明頃に彼女が急な腹痛で苦しんでいたのに、彼女が「多分大丈夫から医者はいい」と言うので、手を握って朝まで看病してあげようと思ったのに眠気に勝てず、何事もなかったようにケロッとした顔で彼女の方から起こしてきたのも覚えている。

その初夏の頃だったかな、一人暮らし寂しいだろうからと、彼女は私の部屋にサボテンを持ってきてくれたのはいいのだけど、その同じ日に作ってくれたよく分からないあの牛乳たっぷりパスタを、あまりに酷い味なのに我慢して全部食べ切って汗かきながら「美味しかった」って嘘ついたり。

 

でも、そんな幸せも長くは続かなかった。

彼女宗教問題だった。

当時、彼女宗教に対していい気はしていなかった。

それというのも、散々な評判を自分の親から頻繁に聞かされていたからで、その影響が強かった。

数年前に再開してから聞いたけど、それは彼女にしても同じだったようで、彼女は過干渉の親から離れたかったけど、その為には、結婚相手でもいない限りは無理だったらしく、その相手に求める条件がその宗教であることが絶対だったのである

から、夏を過ぎると、徐々に彼女から宗教の勧誘が始まり、私は板挟みになった。

こちからすれば、彼女宗教から離れてもらわないとどうにもならない。

結果、2人とも相当苦しんだ末に、年末クリスマスを待たずに別れを選択する以外になくなってしまった。

あんな辛い別れは後にも先にもあの一回しか経験していない。

 

でも、その後がちょっとね……。

ほとんど覚えてなかったのだけど、別れてすぐぐらいに、私は彼女にとんでもない手紙を送っていたらしい。

再開したのは、もう2人とも結婚経験して、子供も出来て、Facebookたまたま彼女が僕を見つけたからだけど、彼女はなんとその手紙をずっと持っていたのだった。

黒歴史……、本当に記憶がないのだけど、別れて以降、ストーカーギリギリ手前のことまでしていたらしかった。

そう言えば、彼女は変わった奴で、当時私がハマっていたインターネットのある掲示板に浸っているのを、別れて一年経った頃に、どういうわけだかその掲示板を探り当て、私を見つけ出し、メールしてきたことがあった。

パソコンも知らなかったはずなのに、どうやら私に影響されたらしく、その後は私を遥かに上回るネラーになっていたらしかった。

で、Facebookで私に連絡してきた彼女と、一週間くらい経ってから再開した。

彼女は、当時の面影全然変わらず、明るくて、その居酒屋での3時間ずっと喋り通しだった。

聞けば、彼女はその一ヶ月前にやっと離婚できたのだという。

酷いDVに悩まされ続けたらしかった。

なぜ、私に連絡してきたのかを聞くと、たまたま引越しのために荷物を整理していたら、昔のアドレス帳が出てきて、そこに私の名前が書いてあったのだという。

彼女にしてみれば、単なる気まぐれで私に連絡を取っただけだったそうな。

ともかく、彼女も2人の子持ち、私も妻と2人の子持ちになっていて、子供の話などで大いに盛り上がって、居酒屋からラストオーダーだと言われて後、1時間以上席を立たないほどだった。

 

それから、年に1〜2回会ったりして、簡単デートの真似事程度のことだったけど、ほんのちょっとあの頃に戻ったような雰囲気を感じたりして過ごした。

とは言え、別に過去に戻ろうとかそんな気は全く起こらず(考えなかったわけではなく、逆にそんな話もした)、その内に、彼女の方に好きな人が出来たりして、私はやはり男だし引いた方がいいかなと思って、ここ数年はばったり連絡を取らないでいたのだった。

 

彼女が、離婚する前に酷いDVだったせいで、かなり重度の鬱病だったのも知っていた。

私と会っている時には毛程もそんな振る舞いは見せなかったけど、薬を大量に服用していたのも知っていたし、あまりに酷い状態入院したのも何度かあるのも知っていた。

だけど、私に何ができるかということもないだろうし、むしろ既に別れて何年も経つただの古い知人にすぎない私が関わらない方がいいと思って、そんな話を彼女からたまに聞く程度で過ごしていた。

去年くらいに、何かで入院したのも知っていたけど、まさか癌だったとは思わなかったし、そんなことは彼女は私に一言も言わなかった(知っていたとしてもいうわけはないと思うけど)。

 

覚えていることはたくさんあるけど、すぐに思い出したのは、再開して二度目のデートの時。

どこかの海岸で、別に何をするわけでもなく、ベンチで2人駄弁っていたら突然彼女は、言った。

 

「あの鳩、まるまる太ってる。どいつもこいつも太っとる。何でこの辺の鳩は太ってるんだ?」

 

それがどういうわけだかめちゃくちゃツボにハマって、私はその場で腹を抱えて笑った。その海岸にポツンポツンといた何人かの人たちも振り返るほどに笑った。

 

そんな彼女はもうこの世にいない――。

和泉さんの宝島、なんでこんなに泣けるんだろ。

https://youtu.be/N_kO_UtPSg4

2021-04-13

anond:20210413122200

ほんの少し待てば数十キロ圏内に人っ子一人住んでない海岸平野部なんかそこら中に出来る

まだかな

原発村が病的な嘘つきを船頭に指名

再稼働だけじゃ飽き足らず、増設まで嘘で推し進めるらしい。

ほんの少し待てば数十キロ圏内に人っ子一人住んでない海岸平野部なんかそこら中に出来るだろうから

今まで通りのずさんな安全対策安価原発いくらでも建てられるようになるのに、嘘つきを使い潰してでも前倒ししたいらしい。

anond:20210413051229

サークル合宿で一晩中語り明かして、近所の海岸朝日を見に行ったときのことを思い出してしまったよ。そんな日もあったな……

2021-04-11

セブン

僕は上海シャンハイだって何べんも知ってるよ。」みんなが丘へのぼったとき又三郎がいきなりマントをぎらっとさせてそこらの草へ橙だいだいや青の光を落しながら出て来てそれから指をひろげてみんなの前に突つき出して云いました。

上海東京は僕たちの仲間なら誰たれでもみんな通りたがるんだ。どうしてか知ってるかい。」

 又三郎はまっ黒な眼を少し意地わるそうにくりくりさせながらみんなを見まわしました。けれども上海東京ということは一郎も誰も何のことかわかりませんでしたからお互たがいしばらく顔を見合せてだまっていましたら又三郎がもう大得意でにやにや笑いながら言ったのです。

「僕たちの仲間はみんな上海東京を通りたがるよ。どうしてって東京には日本中央気象台があるし上海には支那中華ちゅうか大気象台があるだろう。どっちだって偉えらい人がたくさん居るんだ。本当は気象台の上をかけるときは僕たちはみんな急ぎたがるんだ。どうしてって風力計がくるくるくるくる廻まわっていて僕たちのレコードちゃんと下の機械に出て新聞にも載のるんだろう。誰だっていいレコードを作りたいからそれはどうしても急ぐんだよ。けれども僕たちの方のきめでは気象台測候所の近くへ来たからって俄にわかに急いだりすることは大へん卑怯ひきょうなことにされてあるんだ。お前たちだってきっとそうだろう、試験の時ばかりむやみに勉強したりするのはいけないことになってるだろう。だから僕たちも急ぎたくたってわざと急がないんだ。そのかわりほんとうに一生けん命かけてる最中気象台へ通りかかるときはうれしいねえ、風力計をまるでのぼせるくらいにまわしてピーッとかけぬけるだろう、胸もすっとなるんだ。面白おもしろかったねえ、一昨年だったけれど六月ころ僕丁度上海に居たんだ。昼の間には海から陸へ移って行き夜には陸から海へ行ってたねえ、大抵朝は十時頃ごろ海から陸の方へかけぬけるようになっていたんだがそのときはいつでも、うまい工合ぐあい気象台を通るようになるんだ。すると気象台の風力計や風信器や置いてある屋根の上のやぐらにいつでも一人の支那人の理学博士子供助手とが立っているんだ。

 博士はだまっていたが子供助手はいつでも何か言っているんだ。そいつは頭をくりくりの芥子坊主けしぼうずにしてね、着物だって袖そでの広い支那服だろう、沓くつもはいてるねえ、大へんかあいらしいんだよ、一番はじめの日僕がそこを通ったら斯こう言っていた。

『これはきっと颶風ぐふうですね。ずぶんひどい風ですね。』

 すると支那人の博士が葉巻をくわえたままふんふん笑って

『家が飛ばないじゃないか。』

と云いうと子供助手はまるで口を尖とがらせて、

だって向うの三角旗や何かぱたぱた云ってます。』というんだ。博士は笑って相手にしないで壇だんを下りて行くねえ、子供助手は少し悄気しょげながら手を拱こまねいてあとから恭々しくついて行く。

 僕はそのとき二・五米メートルというレコードを風力計にのこして笑って行ってしまったんだ。

 次の日も九時頃僕は海の霧きりの中で眼がさめてそれから霧がだんだん融とけて空が青くなりお日さまが黄金きんのばらのようにかがやき出したころそろそろ陸の方へ向ったんだ。これは仕方ないんだよ、お日さんさえ出たらきっともう僕たちは陸の方へ行かなけぁならないようになるんだ、僕はだんだん岸へよって鴎かもめが白い蓮華れんげの花のように波に浮うかんでいるのも見たし、また沢山のジャンクの黄いろの帆ほや白く塗ぬられた蒸気船の舷げんを通ったりなんかして昨日の気象台に通りかかると僕はもう遠くからあの風力計のくるくるくるくる廻るのを見て胸が踊おどるんだ。すっとかけぬけただろう。レコードが一秒五米と出たねえ、そのとき下を見ると昨日の博士子供助手とが今日も出て居て子供助手がやっぱり云っているんだ。

『この風はたしかに颶風ぐふうですね。』

 支那人の博士はやっぱりわらって気がないように、

『瓦かわらも石も舞まい上らんじゃないか。』と答えながらもう壇を下りかかるんだ。子供助手はまるで一生けん命になって

だって木の枝えだが動いてますよ。』と云うんだ。それでも博士はまるで相手にしないねえ、僕もその時はもう気象台をずうっとはなれてしまってあとどうなったか知らない。

 そしてその日はずうっと西の方の瀬戸物の塔とうのあるあたりまで行ってぶらぶらし、その晩十七夜のお月さまの出るころ海へ戻もどって睡ったんだ。

 ところがその次の日もなんだ。その次の日僕がまた海からやって来てほくほくしながらもう大分の早足で気象台を通りかかったらやっぱり博士助手が二人出ていた。

『こいつはもう本とうの暴風ですね、』又またあの子供の助手が尤もっともらしい顔つきで腕うでを拱いてそう云っているだろう。博士はやっぱり鼻であしらうといった風で

だって木が根こぎにならんじゃないか。』と云うんだ。子供はまるで顔をまっ赤にして

『それでもどの木もみんなぐらぐらしてますよ。』と云うんだ。その時僕はもうあとを見なかった。なぜってその日のレコードは八米だからね、そんなに気象台の所にばかり永くとまっているわけには行かなかったんだ。そしてその次の日だよ、やっぱり僕は海へ帰っていたんだ。そして丁度八時ころから雲も一ぱいにやって来て波も高かった。僕はこの時はもう両手をひろげ叫び声をあげて気象台を通った。やっぱり二人とも出ていたねえ、子供は高い処ところなもんだからもうぶるぶる顫ふるえて手すりにとりついているんだ。雨も幾いくつぶか落ちたよ。そんなにこわそうにしながらまた斯う云っているんだ。

『これは本当の暴風ですね、林ががあがあ云ってますよ、枝も折れてますよ。』

 ところが博士は落ちついてからだを少しまげながら海の方へ手をかざして云ったねえ

『うん、けれどもまだ暴風というわけじゃないな。もう降りよう。』僕はその語ことばをきれぎれに聴ききながらそこをはなれたんだそれからもうかけてかけて林を通るときは木をみんな狂人きょうじんのようにゆすぶらせ丘を通るときは草も花もめっちゃめちゃにたたきつけたんだ、そしてその夕方までに上海シャンハイから十里も南西の方の山の中に行ったんだ。そして少し疲つかれたのでみんなとわかれてやすんでいたらその晩また僕たちは上海から北の方の海へ抜ぬけて今度はもうまっすぐにこっちの方までやって来るということになったんだ。そいつ低気圧だよ、あいつに従ついて行くことになったんだ。さあ僕はその晩中あしたもう一ぺん上海気象台を通りたいといくら考えたか知れやしない。ところがうまいこと通ったんだ。そして僕は遠くから風力計の椀わんがまるで眼にも見えない位速くまわっているのを見、又あの支那人の博士が黄いろなレーンコートを着子供助手が黒い合羽かっぱを着てやぐらの上に立って一生けん命空を見あげているのを見た。さあ僕はもう笛ふえのように鳴りいなずまのように飛んで

今日暴風ですよ、そら、暴風ですよ。今日は。さよなら。』と叫びながら通ったんだ。もう子供助手が何を云ったかただその小さな口がぴくっとまがったのを見ただけ少しも僕にはわからなかった。

 そうだ、そのときは僕は海をぐんぐんわたってこっちへ来たけれども来る途中とちゅうでだんだんかけるのをやめてそれから丁度五日目にここも通ったよ。その前の日はあの水沢臨時緯度いど観測所も通った。あすこは僕たちの日本では東京の次に通りたがる所なんだよ。なぜってあすこを通るとレコードでも何でもみな外国の方まで知れるようになることがあるからなんだ。あすこを通った日は丁度お天気だったけれど、そうそう、その時は丁度日本では入梅にゅうばいだったんだ、僕は観測所へ来てしばらくある建物屋根の上にやすんでいたねえ、やすんで居たって本当は少しとろとろ睡ったんだ。すると俄かに下で

大丈夫です、すっかり乾かわきましたから。』と云う声がするんだろう。見ると木村博士気象の方の技手ぎてとがラケットをさげて出て来ていたんだ。木村博士は瘠やせて眼のキョロキョロした人だけれども僕はまあ好きだねえ、それに非常にテニスうまいんだよ。僕はしばらく見てたねえ、どうしてもその技手の人はかなわない、まるっきり汗あせだらけになってよろよろしているんだ。あんまり僕も気の毒になったか屋根の上からじっとボールの往来をにらめてすきを見て置いてねえ、丁度博士がサーヴをつかったときふうっと飛び出して行って球を横の方へ外そらしてしまったんだ。博士はすぐもう一つの球を打ちこんだねえ。そいつは僕は途中に居て途方もなく遠くへけとばしてやった。

『こんな筈はずはないぞ。』と博士は云ったねえ、僕はもう博士にこれ位云わせれば沢山だと思って観測所をはなれて次の日丁度ここへ来たんだよ。ところでね、僕は少し向うへ行かなくちゃいけないか今日はこれでお別れしよう。さよなら。」

 又三郎はすっと見えなくなってしまいました。

 みんなは今日又三郎ばかりあんまり勝手なことを云ってあんまり勝手に行ってしまったりするもんですから少し変な気もしましたが一所に丘を降りて帰りました。

   九月六日

 一昨日おとといかだんだん曇って来たそらはとうとうその朝は低い雨雲を下してまるで冬にでも降るようなまっすぐなしずかな雨がやっと穂ほを出した草や青い木の葉にそそぎました。

 みんなは傘かさをさしたり小さな簑みのからすきとおるつめたい雫しずくをぽたぽた落したりして学校に来ました。

 雨はたびたび霽はれて雲も白く光りましたけれども今日は誰たれもあんまり教室の窓からあの丘の栗くりの木の処を見ませんでした。又三郎などもはじめこそはほんとうにめずらしく奇体きたいだったのですがだんだんなれて見ると割合ありふれたことになってしまってまるで東京からふいに田舎いなかの学校へ移って来た友だちぐらいにしか思われなくなって来たのです。

 おひるすぎ授業が済んでからはもう雨はすっかり晴れて小さな蝉せみなどもカンカン鳴きはじめたりしましたけれども誰も今日はあの栗の木の処へ行こうとも云わず一郎も耕一も学校の門の処で「あばえ。」と言ったきり別れてしまいました。

 耕一の家は学校から川添かわぞいに十五町ばかり溯のぼった処にありました。耕一の方から来ている子供では一年生の生徒が二人ありましたけれどもそれはもう午前中に帰ってしまっていましたし耕一はかばんと傘を持ってひとりみちを川上の方へ帰って行きました。みちは岩の崖がけになった処の中ごろを通るのでずいぶん度々たびたび山の窪くぼみや谷に添ってまわらなければなりませんでした。ところどころには湧水わきみずもあり、又みちの砂だってまっ白で平らでしたから耕一は今日も足駄あしだをぬいで傘と一緒いっしょにもって歩いて行きました。

 まがり角を二つまわってもう学校も見えなくなり前にもうしろにも人は一人も居ず谷の水だけ崖の下で少し濁にごってごうごう鳴るだけ大へんさびしくなりましたので耕一は口笛くちぶえを吹ふきながら少し早足に歩きました。

 ところが路みちの一とこに崖からからだをつき出すようにした楢ならや樺かばの木が路に被かぶさったとこがありました。耕一が何気なくその下を通りましたら俄にわかに木がぐらっとゆれてつめたい雫が一ぺんにざっと落ちて来ました。耕一は肩かたからせなかから水へ入ったようになりました。それほどひどく落ちて来たのです。

 耕一はその梢こずえちょっと見あげて少し顔を赤くして笑いながら行き過ぎました。

 ところが次の木のトンネルを通るときざっとその雫が落ちて来たのです。今度はもうすっかりからだまで水がしみる位にぬれました。耕一はぎょっとしましたけれどもやっぱり口笛を吹いて歩いて行きました。

 ところが間もなく又木のかぶさった処を通るようになりました。それは大へんに今までとはちがって長かったのです。耕一は通る前に一ぺんその青い枝を見あげました。雫は一ぱいにたまって全く今にも落ちそうには見えましたしおまけに二度あることは三度あるとも云うのでしたから少し立ちどまって考えて見ましたけれどもまさか三度が三度とも丁度下を通るときそれが落ちて来るということはないと思って少しびくびくしながらその下を急いで通って行きました。そしたらやっぱり、今度もざあっと雫が落ちて来たのです。耕一はもう少し口がまがって泣くようになって上を見あげました。けれども何とも仕方ありませんでしたから冷たさに一ぺんぶるっとしながらもう少し行きました。すると、又ざあと来たのです。

「誰たれだ。誰だ。」耕一はもうきっと誰かのいたずらだと思ってしばらく上をにらんでいましたがしんとして何の返事もなくただ下の方で川がごうごう鳴るばかりでした。そこで耕一は今度は傘をさして行こうと思って足駄を下におろして傘を開きました。そしたら俄にわかにどうっと風がやって来て傘はぱっと開きあぶなく吹き飛ばされそうになりました、耕一はよろよろしながらしっかり柄えをつかまえていましたらとうとう傘はがりがり風にこわされて開いた蕈きのこのような形になりました。

 耕一はとうとう泣き出してしまいました。

 すると丁度それと一緒に向うではあはあ笑う声がしたのです。びっくりしてそちらを見ましたらそいつは、そいつ風の又三郎でした。ガラスマントも雫でいっぱい髪かみの毛もぬれて束たばになり赤い顔からは湯気さえ立てながらはあはあはあはあふいごのように笑っていました。

 耕一はあたりがきぃんと鳴るように思ったくらい怒おこってしまいました。

「何なに為すぁ、ひとの傘ぶっかして。」

 又三郎はいよいよひどく笑ってまるでそこら中ころげるようにしました。

 耕一はもうこらえ切れなくなって持っていた傘をいきなり又三郎に投げつけてそれから泣きながら組み付いて行きました。

 すると又三郎はすばやくガラスマントをひろげて飛びあがってしまいました。もうどこへ行ったか見えないのです。

 耕一はまだ泣いてそらを見上げました。そしてしばらく口惜くやしさにしくしく泣いていましたがやっとあきらめてその壊こわれた傘も持たずうちへ帰ってしまいました。そして縁側えんがわから入ろうとしてふと見ましたらさっきの傘がひろげて干してあるのです。照井耕一という名もちゃんと書いてありましたし、さっきはなれた処もすっかりくっつききれた糸も外ほかの糸でつないでありました。耕一は縁側に座りながらとうとう笑い出してしまったのです。

   九月七日

 次の日は雨もすっかり霽れました。日曜日でしたから誰たれも学校に出ませんでした。ただ耕一は昨日又三郎あんなひどい悪戯いたずらをされましたのでどうしても今日は遭あってうんとひどくいじめてやらなければと思って自分一人でもこわかったもんですから一郎をさそって朝の八時頃ごろからあの草山の栗の木の下に行って待っていました。

 すると又三郎の方でもどう云うつもりか大へんに早く丁度九時ころ、丘の横の方から何か非常に考え込んだような風をして鼠ねずみいろのマントをうしろへはねて腕組みをして二人の方へやって来たのでした。さあ、しっかり談判しなくちゃいけないと考えて耕一はどきっとしました。又三郎はたしかに二人の居たのも知っていたようでしたが、わざといかにも考え込んでいるという風で二人の前を知らないふりして通って行こうとしました。

又三郎、うわぁい。」耕一はいきなりどなりました。又三郎はぎょっとしたようにふり向いて、

「おや、お早う。もう来ていたのかい。どうして今日はこんなに早いんだい。」とたずねました。

「日曜でさ。」一郎が云いました。

「ああ、今日は日曜だったんだね、僕ぼくすっかり忘れていた。そうだ八月三十一日が日曜だったからね、七日目で今日が又日曜なんだね。」

「うん。」一郎はこたえましたが耕一はぷりぷり怒っていました。又三郎が昨日のことな一言も云わずあんまりそらぞらしいもんですからそれに耕一に何も云われないように又日曜のことなどばかり云うもんですからじっさいしゃくにさわったのです。そこでとうとういきなり叫さけびました。

「うわぁい、又三郎、汝うななどぁ、世界に無くてもいいな。うわぁぃ。」

 すると又三郎はずるそうに笑いました。

「やあ、耕一君、お早う。昨日はずいぶん失敬したね。」

 耕一は何かもっと別のことを言おうと思いましたがあんまり怒ってしまって考え出すことができませんでしたので又同じように叫びました。

「うわぁい、うわぁいだが、又三郎、うななどぁ世界中に無くてもいいな、うわぁい。」

「昨日は実際失敬したよ。僕雨が降ってあんまり気持ちが悪かったもんだからね。」

 又三郎は少し眼めをパチパチさせて気の毒そうに云いましたけれども耕一の怒りは仲々解けませんでした。そして三度同じことを繰り返したのです。

「うわぁい、うななどぁ、無くてもいいな。うわぁい。」

 すると又三郎は少し面白おもしろくなったようでした。いつもの通りずるそうに笑って斯こう訊たずねました。

「僕たちが世界中になくてもいいってどう云うんだい。箇条かじょうを立てて云ってごらん。そら。」

 耕一は試験のようだしつまらないことになったと思って大へん口惜しかったのですが仕方なくしばらく考えてから答えました。

「汝うななどぁ悪戯ばりさな。傘ぶっ壊かしたり。」

それから? それから?」又三郎面白そうに一足進んで云いました。

「それがら、樹き折ったり転覆おっけあしたりさな。」

それから? それから、どうだい。」

「それがら、稲いねも倒たおさな。」

それから? あとはどうだい。」

「家もぶっ壊かさな。」

それから? それから? あとはどうだい。」

「砂も飛ばさな。」

それから? あとは? それから? あとはどうだい。」

シャッポも飛ばさな。」

それから? それから? あとは? あとはどうだい。」

「それがら、うう、電信ばしらも倒さな。」

それから? それから? それから?」

「それがら、塔とうも倒さな。」

「アアハハハ、塔は家のうちだい、どうだいまだあるかいそれから? それから?」

「それがら、うう、それがら、」耕一はつまってしまいました。大抵たいていもう云ってしまったのですからいくら考えてももう出ませんでした。

 又三郎はいよいよ面白そうに指を一本立てながら

それから? それから? ええ? それから。」と云うのでした。耕一は顔を赤くしてしばらく考えてからやっと答えました。

「それがら、風車かざぐるまもぶっ壊かさな。」

 すると又三郎は今度こそはまるで飛びあがって笑ってしまいました。笑って笑って笑いました。マントも一緒にひらひら波を立てました。

「そうらごらん、とうとう風車などを云っちゃった。風車なら僕を悪く思っちゃいないんだよ。勿論もちろん時々壊すこともあるけれども廻まわしてやるときの方がずうっと多いんだ。風車ならちっとも僕を悪く思っちゃいないんだ。うそと思ったら聴きいてごらん。お前たちはまるで勝手だねえ、僕たちがちっとばっかしいたずらすることは大業おおぎょうに悪口を云っていいとこはちっとも見ないんだ。それに第一お前のさっきからの数えようがあんまりおかしいや。うう、ううてばかりいたんだろう。おしまいはとうとう風車なんか数えちゃった。ああおかしい。」

 又三郎は又泪なみだの出るほど笑いました。

 耕一もさっきからあんまり困ったために怒っていたのもだんだん忘れて来ました。そしてつい又三郎と一所にわらいだしてしまったのです。さあ又三郎のよろこんだこと俄かにしゃべりはじめました。

「ね、そら、僕たちのやるいたずらで一番ひどいことは日本ならば稲を倒すことだよ、二百十日から二百二十日ころまで、昔むかしはその頃ほんとうに僕たちはこわがられたよ。なぜってその頃は丁度稲に花のかかるときだろう。その時僕たちにかけられたら花がみんな散ってしまってまるで実にならないだろう、だから前は本当にこわがったんだ、僕たちだってわざとするんじゃない、どうしてもその頃かけなくちゃいかいからかけるんだ、もう三四日たてばきっと又そうなるよ。けれどもいまはもう農業が進んでお前たちの家の近くなどでは二百十日のころになど花の咲いている稲なんか一本もないだろう、大抵もう柔やわらかな実になってるんだ。早い稲はもうよほど硬かたくさえなってるよ、僕らがかけあるいて少し位倒れたってそんなにひどくとりいれが減りはしないんだ。だから結局何でもないさ。それからも一つは木を倒すことだよ。家を倒すなんてそんなことはほんの少しだからね、木を倒すことだよ、これだって悪戯いたずらじゃないんだよ。倒れないようにして置けぁいいんだ。葉の濶ひろい樹なら丈夫じょうぶだよ。僕たちが少しぐらいひどくぶっつかっても仲々倒れやしない。それに林の樹が倒れるなんかそれは林の持主が悪いんだよ。林を伐きるときはね、よく一年中の強い風向を考えてその風下の方からだんだん伐って行くんだよ。林の外側の木は強いけれども中の方の木はせいばかり高くて弱いからよくそんなことも気をつけなけぁいけないんだ。だからまず僕たちのこと悪く云う前によく自分の方に気をつけりゃいいんだよ。海岸ではね、僕たちが波のしぶきを運んで行くとすぐ枯かれるやつも枯れないやつもあるよ。苹果りんごや梨なしやまるめろや胡瓜きゅうりはだめだ、すぐ枯れる、稲や薄荷はっかやだいこんなどはなかなか強い、牧草なども強いねえ。」

 又三郎ちょっと話をやめました。耕一もすっかり機嫌きげんを直して云いました。

又三郎、おれぁあんまり怒ごしゃで悪がた。許せな。」

 すると又三郎はすっかり悦よろこびました。

「ああありがとう、お前はほんとうにさっぱりしていい子供だねえ、だから僕はおまえはすきだよ、すきだから昨日もいたずらしたんだ、僕だっていたずらはするけれど、いいことはもっと沢山たくさんするんだよ、そら数えてごらん、僕は松の花でも楊やなぎの花でも草棉くさわたの毛でも運んで行くだろう。稲の花粉かふんだってやっぱり僕らが運ぶんだよ。それから僕が通ると草木はみんな丈夫になるよ。悪い空気も持って行っていい空気も運んで来る。東京浅草のまるで濁にごった寒天のような空気をうまく太平洋の方へさらって行って日本アルプスのいい空気だって代りに持って行ってやるんだ。もし僕がいなかったら病気も湿気しっけもいくらふえるか知れないんだ。ところで今日はお前たちは僕にあうためにばかりここへ来たのかい。けれども僕は今日は十時半から演習へ出なけぁいけないからもう別れなけぁならないんだ。あした又また来ておくれ。ね。じゃ、さよなら

柔らかい

僕は上海シャンハイだって何べんも知ってるよ。」みんなが丘へのぼったとき又三郎がいきなりマントをぎらっとさせてそこらの草へ橙だいだいや青の光を落しながら出て来てそれから指をひろげてみんなの前に突つき出して云いました。

上海東京は僕たちの仲間なら誰たれでもみんな通りたがるんだ。どうしてか知ってるかい。」

 又三郎はまっ黒な眼を少し意地わるそうにくりくりさせながらみんなを見まわしました。けれども上海東京ということは一郎も誰も何のことかわかりませんでしたからお互たがいしばらく顔を見合せてだまっていましたら又三郎がもう大得意でにやにや笑いながら言ったのです。

「僕たちの仲間はみんな上海東京を通りたがるよ。どうしてって東京には日本中央気象台があるし上海には支那中華ちゅうか大気象台があるだろう。どっちだって偉えらい人がたくさん居るんだ。本当は気象台の上をかけるときは僕たちはみんな急ぎたがるんだ。どうしてって風力計がくるくるくるくる廻まわっていて僕たちのレコードちゃんと下の機械に出て新聞にも載のるんだろう。誰だっていいレコードを作りたいからそれはどうしても急ぐんだよ。けれども僕たちの方のきめでは気象台測候所の近くへ来たからって俄にわかに急いだりすることは大へん卑怯ひきょうなことにされてあるんだ。お前たちだってきっとそうだろう、試験の時ばかりむやみに勉強したりするのはいけないことになってるだろう。だから僕たちも急ぎたくたってわざと急がないんだ。そのかわりほんとうに一生けん命かけてる最中気象台へ通りかかるときはうれしいねえ、風力計をまるでのぼせるくらいにまわしてピーッとかけぬけるだろう、胸もすっとなるんだ。面白おもしろかったねえ、一昨年だったけれど六月ころ僕丁度上海に居たんだ。昼の間には海から陸へ移って行き夜には陸から海へ行ってたねえ、大抵朝は十時頃ごろ海から陸の方へかけぬけるようになっていたんだがそのときはいつでも、うまい工合ぐあい気象台を通るようになるんだ。すると気象台の風力計や風信器や置いてある屋根の上のやぐらにいつでも一人の支那人の理学博士子供助手とが立っているんだ。

 博士はだまっていたが子供助手はいつでも何か言っているんだ。そいつは頭をくりくりの芥子坊主けしぼうずにしてね、着物だって袖そでの広い支那服だろう、沓くつもはいてるねえ、大へんかあいらしいんだよ、一番はじめの日僕がそこを通ったら斯こう言っていた。

『これはきっと颶風ぐふうですね。ずぶんひどい風ですね。』

 すると支那人の博士が葉巻をくわえたままふんふん笑って

『家が飛ばないじゃないか。』

と云いうと子供助手はまるで口を尖とがらせて、

だって向うの三角旗や何かぱたぱた云ってます。』というんだ。博士は笑って相手にしないで壇だんを下りて行くねえ、子供助手は少し悄気しょげながら手を拱こまねいてあとから恭々しくついて行く。

 僕はそのとき二・五米メートルというレコードを風力計にのこして笑って行ってしまったんだ。

 次の日も九時頃僕は海の霧きりの中で眼がさめてそれから霧がだんだん融とけて空が青くなりお日さまが黄金きんのばらのようにかがやき出したころそろそろ陸の方へ向ったんだ。これは仕方ないんだよ、お日さんさえ出たらきっともう僕たちは陸の方へ行かなけぁならないようになるんだ、僕はだんだん岸へよって鴎かもめが白い蓮華れんげの花のように波に浮うかんでいるのも見たし、また沢山のジャンクの黄いろの帆ほや白く塗ぬられた蒸気船の舷げんを通ったりなんかして昨日の気象台に通りかかると僕はもう遠くからあの風力計のくるくるくるくる廻るのを見て胸が踊おどるんだ。すっとかけぬけただろう。レコードが一秒五米と出たねえ、そのとき下を見ると昨日の博士子供助手とが今日も出て居て子供助手がやっぱり云っているんだ。

『この風はたしかに颶風ぐふうですね。』

 支那人の博士はやっぱりわらって気がないように、

『瓦かわらも石も舞まい上らんじゃないか。』と答えながらもう壇を下りかかるんだ。子供助手はまるで一生けん命になって

だって木の枝えだが動いてますよ。』と云うんだ。それでも博士はまるで相手にしないねえ、僕もその時はもう気象台をずうっとはなれてしまってあとどうなったか知らない。

 そしてその日はずうっと西の方の瀬戸物の塔とうのあるあたりまで行ってぶらぶらし、その晩十七夜のお月さまの出るころ海へ戻もどって睡ったんだ。

 ところがその次の日もなんだ。その次の日僕がまた海からやって来てほくほくしながらもう大分の早足で気象台を通りかかったらやっぱり博士助手が二人出ていた。

『こいつはもう本とうの暴風ですね、』又またあの子供の助手が尤もっともらしい顔つきで腕うでを拱いてそう云っているだろう。博士はやっぱり鼻であしらうといった風で

だって木が根こぎにならんじゃないか。』と云うんだ。子供はまるで顔をまっ赤にして

『それでもどの木もみんなぐらぐらしてますよ。』と云うんだ。その時僕はもうあとを見なかった。なぜってその日のレコードは八米だからね、そんなに気象台の所にばかり永くとまっているわけには行かなかったんだ。そしてその次の日だよ、やっぱり僕は海へ帰っていたんだ。そして丁度八時ころから雲も一ぱいにやって来て波も高かった。僕はこの時はもう両手をひろげ叫び声をあげて気象台を通った。やっぱり二人とも出ていたねえ、子供は高い処ところなもんだからもうぶるぶる顫ふるえて手すりにとりついているんだ。雨も幾いくつぶか落ちたよ。そんなにこわそうにしながらまた斯う云っているんだ。

『これは本当の暴風ですね、林ががあがあ云ってますよ、枝も折れてますよ。』

 ところが博士は落ちついてからだを少しまげながら海の方へ手をかざして云ったねえ

『うん、けれどもまだ暴風というわけじゃないな。もう降りよう。』僕はその語ことばをきれぎれに聴ききながらそこをはなれたんだそれからもうかけてかけて林を通るときは木をみんな狂人きょうじんのようにゆすぶらせ丘を通るときは草も花もめっちゃめちゃにたたきつけたんだ、そしてその夕方までに上海シャンハイから十里も南西の方の山の中に行ったんだ。そして少し疲つかれたのでみんなとわかれてやすんでいたらその晩また僕たちは上海から北の方の海へ抜ぬけて今度はもうまっすぐにこっちの方までやって来るということになったんだ。そいつ低気圧だよ、あいつに従ついて行くことになったんだ。さあ僕はその晩中あしたもう一ぺん上海気象台を通りたいといくら考えたか知れやしない。ところがうまいこと通ったんだ。そして僕は遠くから風力計の椀わんがまるで眼にも見えない位速くまわっているのを見、又あの支那人の博士が黄いろなレーンコートを着子供助手が黒い合羽かっぱを着てやぐらの上に立って一生けん命空を見あげているのを見た。さあ僕はもう笛ふえのように鳴りいなずまのように飛んで

今日暴風ですよ、そら、暴風ですよ。今日は。さよなら。』と叫びながら通ったんだ。もう子供助手が何を云ったかただその小さな口がぴくっとまがったのを見ただけ少しも僕にはわからなかった。

 そうだ、そのときは僕は海をぐんぐんわたってこっちへ来たけれども来る途中とちゅうでだんだんかけるのをやめてそれから丁度五日目にここも通ったよ。その前の日はあの水沢臨時緯度いど観測所も通った。あすこは僕たちの日本では東京の次に通りたがる所なんだよ。なぜってあすこを通るとレコードでも何でもみな外国の方まで知れるようになることがあるからなんだ。あすこを通った日は丁度お天気だったけれど、そうそう、その時は丁度日本では入梅にゅうばいだったんだ、僕は観測所へ来てしばらくある建物屋根の上にやすんでいたねえ、やすんで居たって本当は少しとろとろ睡ったんだ。すると俄かに下で

大丈夫です、すっかり乾かわきましたから。』と云う声がするんだろう。見ると木村博士気象の方の技手ぎてとがラケットをさげて出て来ていたんだ。木村博士は瘠やせて眼のキョロキョロした人だけれども僕はまあ好きだねえ、それに非常にテニスうまいんだよ。僕はしばらく見てたねえ、どうしてもその技手の人はかなわない、まるっきり汗あせだらけになってよろよろしているんだ。あんまり僕も気の毒になったか屋根の上からじっとボールの往来をにらめてすきを見て置いてねえ、丁度博士がサーヴをつかったときふうっと飛び出して行って球を横の方へ外そらしてしまったんだ。博士はすぐもう一つの球を打ちこんだねえ。そいつは僕は途中に居て途方もなく遠くへけとばしてやった。

『こんな筈はずはないぞ。』と博士は云ったねえ、僕はもう博士にこれ位云わせれば沢山だと思って観測所をはなれて次の日丁度ここへ来たんだよ。ところでね、僕は少し向うへ行かなくちゃいけないか今日はこれでお別れしよう。さよなら。」

 又三郎はすっと見えなくなってしまいました。

 みんなは今日又三郎ばかりあんまり勝手なことを云ってあんまり勝手に行ってしまったりするもんですから少し変な気もしましたが一所に丘を降りて帰りました。

   九月六日

 一昨日おとといかだんだん曇って来たそらはとうとうその朝は低い雨雲を下してまるで冬にでも降るようなまっすぐなしずかな雨がやっと穂ほを出した草や青い木の葉にそそぎました。

 みんなは傘かさをさしたり小さな簑みのからすきとおるつめたい雫しずくをぽたぽた落したりして学校に来ました。

 雨はたびたび霽はれて雲も白く光りましたけれども今日は誰たれもあんまり教室の窓からあの丘の栗くりの木の処を見ませんでした。又三郎などもはじめこそはほんとうにめずらしく奇体きたいだったのですがだんだんなれて見ると割合ありふれたことになってしまってまるで東京からふいに田舎いなかの学校へ移って来た友だちぐらいにしか思われなくなって来たのです。

 おひるすぎ授業が済んでからはもう雨はすっかり晴れて小さな蝉せみなどもカンカン鳴きはじめたりしましたけれども誰も今日はあの栗の木の処へ行こうとも云わず一郎も耕一も学校の門の処で「あばえ。」と言ったきり別れてしまいました。

 耕一の家は学校から川添かわぞいに十五町ばかり溯のぼった処にありました。耕一の方から来ている子供では一年生の生徒が二人ありましたけれどもそれはもう午前中に帰ってしまっていましたし耕一はかばんと傘を持ってひとりみちを川上の方へ帰って行きました。みちは岩の崖がけになった処の中ごろを通るのでずいぶん度々たびたび山の窪くぼみや谷に添ってまわらなければなりませんでした。ところどころには湧水わきみずもあり、又みちの砂だってまっ白で平らでしたから耕一は今日も足駄あしだをぬいで傘と一緒いっしょにもって歩いて行きました。

 まがり角を二つまわってもう学校も見えなくなり前にもうしろにも人は一人も居ず谷の水だけ崖の下で少し濁にごってごうごう鳴るだけ大へんさびしくなりましたので耕一は口笛くちぶえを吹ふきながら少し早足に歩きました。

 ところが路みちの一とこに崖からからだをつき出すようにした楢ならや樺かばの木が路に被かぶさったとこがありました。耕一が何気なくその下を通りましたら俄にわかに木がぐらっとゆれてつめたい雫が一ぺんにざっと落ちて来ました。耕一は肩かたからせなかから水へ入ったようになりました。それほどひどく落ちて来たのです。

 耕一はその梢こずえちょっと見あげて少し顔を赤くして笑いながら行き過ぎました。

 ところが次の木のトンネルを通るときざっとその雫が落ちて来たのです。今度はもうすっかりからだまで水がしみる位にぬれました。耕一はぎょっとしましたけれどもやっぱり口笛を吹いて歩いて行きました。

 ところが間もなく又木のかぶさった処を通るようになりました。それは大へんに今までとはちがって長かったのです。耕一は通る前に一ぺんその青い枝を見あげました。雫は一ぱいにたまって全く今にも落ちそうには見えましたしおまけに二度あることは三度あるとも云うのでしたから少し立ちどまって考えて見ましたけれどもまさか三度が三度とも丁度下を通るときそれが落ちて来るということはないと思って少しびくびくしながらその下を急いで通って行きました。そしたらやっぱり、今度もざあっと雫が落ちて来たのです。耕一はもう少し口がまがって泣くようになって上を見あげました。けれども何とも仕方ありませんでしたから冷たさに一ぺんぶるっとしながらもう少し行きました。すると、又ざあと来たのです。

「誰たれだ。誰だ。」耕一はもうきっと誰かのいたずらだと思ってしばらく上をにらんでいましたがしんとして何の返事もなくただ下の方で川がごうごう鳴るばかりでした。そこで耕一は今度は傘をさして行こうと思って足駄を下におろして傘を開きました。そしたら俄にわかにどうっと風がやって来て傘はぱっと開きあぶなく吹き飛ばされそうになりました、耕一はよろよろしながらしっかり柄えをつかまえていましたらとうとう傘はがりがり風にこわされて開いた蕈きのこのような形になりました。

 耕一はとうとう泣き出してしまいました。

 すると丁度それと一緒に向うではあはあ笑う声がしたのです。びっくりしてそちらを見ましたらそいつは、そいつ風の又三郎でした。ガラスマントも雫でいっぱい髪かみの毛もぬれて束たばになり赤い顔からは湯気さえ立てながらはあはあはあはあふいごのように笑っていました。

 耕一はあたりがきぃんと鳴るように思ったくらい怒おこってしまいました。

「何なに為すぁ、ひとの傘ぶっかして。」

 又三郎はいよいよひどく笑ってまるでそこら中ころげるようにしました。

 耕一はもうこらえ切れなくなって持っていた傘をいきなり又三郎に投げつけてそれから泣きながら組み付いて行きました。

 すると又三郎はすばやくガラスマントをひろげて飛びあがってしまいました。もうどこへ行ったか見えないのです。

 耕一はまだ泣いてそらを見上げました。そしてしばらく口惜くやしさにしくしく泣いていましたがやっとあきらめてその壊こわれた傘も持たずうちへ帰ってしまいました。そして縁側えんがわから入ろうとしてふと見ましたらさっきの傘がひろげて干してあるのです。照井耕一という名もちゃんと書いてありましたし、さっきはなれた処もすっかりくっつききれた糸も外ほかの糸でつないでありました。耕一は縁側に座りながらとうとう笑い出してしまったのです。

   九月七日

 次の日は雨もすっかり霽れました。日曜日でしたから誰たれも学校に出ませんでした。ただ耕一は昨日又三郎あんなひどい悪戯いたずらをされましたのでどうしても今日は遭あってうんとひどくいじめてやらなければと思って自分一人でもこわかったもんですから一郎をさそって朝の八時頃ごろからあの草山の栗の木の下に行って待っていました。

 すると又三郎の方でもどう云うつもりか大へんに早く丁度九時ころ、丘の横の方から何か非常に考え込んだような風をして鼠ねずみいろのマントをうしろへはねて腕組みをして二人の方へやって来たのでした。さあ、しっかり談判しなくちゃいけないと考えて耕一はどきっとしました。又三郎はたしかに二人の居たのも知っていたようでしたが、わざといかにも考え込んでいるという風で二人の前を知らないふりして通って行こうとしました。

又三郎、うわぁい。」耕一はいきなりどなりました。又三郎はぎょっとしたようにふり向いて、

「おや、お早う。もう来ていたのかい。どうして今日はこんなに早いんだい。」とたずねました。

「日曜でさ。」一郎が云いました。

「ああ、今日は日曜だったんだね、僕ぼくすっかり忘れていた。そうだ八月三十一日が日曜だったからね、七日目で今日が又日曜なんだね。」

「うん。」一郎はこたえましたが耕一はぷりぷり怒っていました。又三郎が昨日のことな一言も云わずあんまりそらぞらしいもんですからそれに耕一に何も云われないように又日曜のことなどばかり云うもんですからじっさいしゃくにさわったのです。そこでとうとういきなり叫さけびました。

「うわぁい、又三郎、汝うななどぁ、世界に無くてもいいな。うわぁぃ。」

 すると又三郎はずるそうに笑いました。

「やあ、耕一君、お早う。昨日はずいぶん失敬したね。」

 耕一は何かもっと別のことを言おうと思いましたがあんまり怒ってしまって考え出すことができませんでしたので又同じように叫びました。

「うわぁい、うわぁいだが、又三郎、うななどぁ世界中に無くてもいいな、うわぁい。」

「昨日は実際失敬したよ。僕雨が降ってあんまり気持ちが悪かったもんだからね。」

 又三郎は少し眼めをパチパチさせて気の毒そうに云いましたけれども耕一の怒りは仲々解けませんでした。そして三度同じことを繰り返したのです。

「うわぁい、うななどぁ、無くてもいいな。うわぁい。」

 すると又三郎は少し面白おもしろくなったようでした。いつもの通りずるそうに笑って斯こう訊たずねました。

「僕たちが世界中になくてもいいってどう云うんだい。箇条かじょうを立てて云ってごらん。そら。」

 耕一は試験のようだしつまらないことになったと思って大へん口惜しかったのですが仕方なくしばらく考えてから答えました。

「汝うななどぁ悪戯ばりさな。傘ぶっ壊かしたり。」

それから? それから?」又三郎面白そうに一足進んで云いました。

「それがら、樹き折ったり転覆おっけあしたりさな。」

それから? それから、どうだい。」

「それがら、稲いねも倒たおさな。」

それから? あとはどうだい。」

「家もぶっ壊かさな。」

それから? それから? あとはどうだい。」

「砂も飛ばさな。」

それから? あとは? それから? あとはどうだい。」

シャッポも飛ばさな。」

それから? それから? あとは? あとはどうだい。」

「それがら、うう、電信ばしらも倒さな。」

それから? それから? それから?」

「それがら、塔とうも倒さな。」

「アアハハハ、塔は家のうちだい、どうだいまだあるかいそれから? それから?」

「それがら、うう、それがら、」耕一はつまってしまいました。大抵たいていもう云ってしまったのですからいくら考えてももう出ませんでした。

 又三郎はいよいよ面白そうに指を一本立てながら

それから? それから? ええ? それから。」と云うのでした。耕一は顔を赤くしてしばらく考えてからやっと答えました。

「それがら、風車かざぐるまもぶっ壊かさな。」

 すると又三郎は今度こそはまるで飛びあがって笑ってしまいました。笑って笑って笑いました。マントも一緒にひらひら波を立てました。

「そうらごらん、とうとう風車などを云っちゃった。風車なら僕を悪く思っちゃいないんだよ。勿論もちろん時々壊すこともあるけれども廻まわしてやるときの方がずうっと多いんだ。風車ならちっとも僕を悪く思っちゃいないんだ。うそと思ったら聴きいてごらん。お前たちはまるで勝手だねえ、僕たちがちっとばっかしいたずらすることは大業おおぎょうに悪口を云っていいとこはちっとも見ないんだ。それに第一お前のさっきからの数えようがあんまりおかしいや。うう、ううてばかりいたんだろう。おしまいはとうとう風車なんか数えちゃった。ああおかしい。」

 又三郎は又泪なみだの出るほど笑いました。

 耕一もさっきからあんまり困ったために怒っていたのもだんだん忘れて来ました。そしてつい又三郎と一所にわらいだしてしまったのです。さあ又三郎のよろこんだこと俄かにしゃべりはじめました。

「ね、そら、僕たちのやるいたずらで一番ひどいことは日本ならば稲を倒すことだよ、二百十日から二百二十日ころまで、昔むかしはその頃ほんとうに僕たちはこわがられたよ。なぜってその頃は丁度稲に花のかかるときだろう。その時僕たちにかけられたら花がみんな散ってしまってまるで実にならないだろう、だから前は本当にこわがったんだ、僕たちだってわざとするんじゃない、どうしてもその頃かけなくちゃいかいからかけるんだ、もう三四日たてばきっと又そうなるよ。けれどもいまはもう農業が進んでお前たちの家の近くなどでは二百十日のころになど花の咲いている稲なんか一本もないだろう、大抵もう柔やわらかな実になってるんだ。早い稲はもうよほど硬かたくさえなってるよ、僕らがかけあるいて少し位倒れたってそんなにひどくとりいれが減りはしないんだ。だから結局何でもないさ。それからも一つは木を倒すことだよ。家を倒すなんてそんなことはほんの少しだからね、木を倒すことだよ、これだって悪戯いたずらじゃないんだよ。倒れないようにして置けぁいいんだ。葉の濶ひろい樹なら丈夫じょうぶだよ。僕たちが少しぐらいひどくぶっつかっても仲々倒れやしない。それに林の樹が倒れるなんかそれは林の持主が悪いんだよ。林を伐きるときはね、よく一年中の強い風向を考えてその風下の方からだんだん伐って行くんだよ。林の外側の木は強いけれども中の方の木はせいばかり高くて弱いからよくそんなことも気をつけなけぁいけないんだ。だからまず僕たちのこと悪く云う前によく自分の方に気をつけりゃいいんだよ。海岸ではね、僕たちが波のしぶきを運んで行くとすぐ枯かれるやつも枯れないやつもあるよ。苹果りんごや梨なしやまるめろや胡瓜きゅうりはだめだ、すぐ枯れる、稲や薄荷はっかやだいこんなどはなかなか強い、牧草なども強いねえ。」

 又三郎ちょっと話をやめました。耕一もすっかり機嫌きげんを直して云いました。

又三郎、おれぁあんまり怒ごしゃで悪がた。許せな。」

 すると又三郎はすっかり悦よろこびました。

「ああありがとう、お前はほんとうにさっぱりしていい子供だねえ、だから僕はおまえはすきだよ、すきだから昨日もいたずらしたんだ、僕だっていたずらはするけれど、いいことはもっと沢山たくさんするんだよ、そら数えてごらん、僕は松の花でも楊やなぎの花でも草棉くさわたの毛でも運んで行くだろう。稲の花粉かふんだってやっぱり僕らが運ぶんだよ。それから僕が通ると草木はみんな丈夫になるよ。悪い空気も持って行っていい空気も運んで来る。東京浅草のまるで濁にごった寒天のような空気をうまく太平洋の方へさらって行って日本アルプスのいい空気だって代りに持って行ってやるんだ。もし僕がいなかったら病気も湿気しっけもいくらふえるか知れないんだ。ところで今日はお前たちは僕にあうためにばかりここへ来たのかい。けれども僕は今日は十時半から演習へ出なけぁいけないからもう別れなけぁならないんだ。あした又また来ておくれ。ね。じゃ、さよなら

消える

僕は上海シャンハイだって何べんも知ってるよ。」みんなが丘へのぼったとき又三郎がいきなりマントをぎらっとさせてそこらの草へ橙だいだいや青の光を落しながら出て来てそれから指をひろげてみんなの前に突つき出して云いました。

上海東京は僕たちの仲間なら誰たれでもみんな通りたがるんだ。どうしてか知ってるかい。」

 又三郎はまっ黒な眼を少し意地わるそうにくりくりさせながらみんなを見まわしました。けれども上海東京ということは一郎も誰も何のことかわかりませんでしたからお互たがいしばらく顔を見合せてだまっていましたら又三郎がもう大得意でにやにや笑いながら言ったのです。

「僕たちの仲間はみんな上海東京を通りたがるよ。どうしてって東京には日本中央気象台があるし上海には支那中華ちゅうか大気象台があるだろう。どっちだって偉えらい人がたくさん居るんだ。本当は気象台の上をかけるときは僕たちはみんな急ぎたがるんだ。どうしてって風力計がくるくるくるくる廻まわっていて僕たちのレコードちゃんと下の機械に出て新聞にも載のるんだろう。誰だっていいレコードを作りたいからそれはどうしても急ぐんだよ。けれども僕たちの方のきめでは気象台測候所の近くへ来たからって俄にわかに急いだりすることは大へん卑怯ひきょうなことにされてあるんだ。お前たちだってきっとそうだろう、試験の時ばかりむやみに勉強したりするのはいけないことになってるだろう。だから僕たちも急ぎたくたってわざと急がないんだ。そのかわりほんとうに一生けん命かけてる最中気象台へ通りかかるときはうれしいねえ、風力計をまるでのぼせるくらいにまわしてピーッとかけぬけるだろう、胸もすっとなるんだ。面白おもしろかったねえ、一昨年だったけれど六月ころ僕丁度上海に居たんだ。昼の間には海から陸へ移って行き夜には陸から海へ行ってたねえ、大抵朝は十時頃ごろ海から陸の方へかけぬけるようになっていたんだがそのときはいつでも、うまい工合ぐあい気象台を通るようになるんだ。すると気象台の風力計や風信器や置いてある屋根の上のやぐらにいつでも一人の支那人の理学博士子供助手とが立っているんだ。

 博士はだまっていたが子供助手はいつでも何か言っているんだ。そいつは頭をくりくりの芥子坊主けしぼうずにしてね、着物だって袖そでの広い支那服だろう、沓くつもはいてるねえ、大へんかあいらしいんだよ、一番はじめの日僕がそこを通ったら斯こう言っていた。

『これはきっと颶風ぐふうですね。ずぶんひどい風ですね。』

 すると支那人の博士が葉巻をくわえたままふんふん笑って

『家が飛ばないじゃないか。』

と云いうと子供助手はまるで口を尖とがらせて、

だって向うの三角旗や何かぱたぱた云ってます。』というんだ。博士は笑って相手にしないで壇だんを下りて行くねえ、子供助手は少し悄気しょげながら手を拱こまねいてあとから恭々しくついて行く。

 僕はそのとき二・五米メートルというレコードを風力計にのこして笑って行ってしまったんだ。

 次の日も九時頃僕は海の霧きりの中で眼がさめてそれから霧がだんだん融とけて空が青くなりお日さまが黄金きんのばらのようにかがやき出したころそろそろ陸の方へ向ったんだ。これは仕方ないんだよ、お日さんさえ出たらきっともう僕たちは陸の方へ行かなけぁならないようになるんだ、僕はだんだん岸へよって鴎かもめが白い蓮華れんげの花のように波に浮うかんでいるのも見たし、また沢山のジャンクの黄いろの帆ほや白く塗ぬられた蒸気船の舷げんを通ったりなんかして昨日の気象台に通りかかると僕はもう遠くからあの風力計のくるくるくるくる廻るのを見て胸が踊おどるんだ。すっとかけぬけただろう。レコードが一秒五米と出たねえ、そのとき下を見ると昨日の博士子供助手とが今日も出て居て子供助手がやっぱり云っているんだ。

『この風はたしかに颶風ぐふうですね。』

 支那人の博士はやっぱりわらって気がないように、

『瓦かわらも石も舞まい上らんじゃないか。』と答えながらもう壇を下りかかるんだ。子供助手はまるで一生けん命になって

だって木の枝えだが動いてますよ。』と云うんだ。それでも博士はまるで相手にしないねえ、僕もその時はもう気象台をずうっとはなれてしまってあとどうなったか知らない。

 そしてその日はずうっと西の方の瀬戸物の塔とうのあるあたりまで行ってぶらぶらし、その晩十七夜のお月さまの出るころ海へ戻もどって睡ったんだ。

 ところがその次の日もなんだ。その次の日僕がまた海からやって来てほくほくしながらもう大分の早足で気象台を通りかかったらやっぱり博士助手が二人出ていた。

『こいつはもう本とうの暴風ですね、』又またあの子供の助手が尤もっともらしい顔つきで腕うでを拱いてそう云っているだろう。博士はやっぱり鼻であしらうといった風で

だって木が根こぎにならんじゃないか。』と云うんだ。子供はまるで顔をまっ赤にして

『それでもどの木もみんなぐらぐらしてますよ。』と云うんだ。その時僕はもうあとを見なかった。なぜってその日のレコードは八米だからね、そんなに気象台の所にばかり永くとまっているわけには行かなかったんだ。そしてその次の日だよ、やっぱり僕は海へ帰っていたんだ。そして丁度八時ころから雲も一ぱいにやって来て波も高かった。僕はこの時はもう両手をひろげ叫び声をあげて気象台を通った。やっぱり二人とも出ていたねえ、子供は高い処ところなもんだからもうぶるぶる顫ふるえて手すりにとりついているんだ。雨も幾いくつぶか落ちたよ。そんなにこわそうにしながらまた斯う云っているんだ。

『これは本当の暴風ですね、林ががあがあ云ってますよ、枝も折れてますよ。』

 ところが博士は落ちついてからだを少しまげながら海の方へ手をかざして云ったねえ

『うん、けれどもまだ暴風というわけじゃないな。もう降りよう。』僕はその語ことばをきれぎれに聴ききながらそこをはなれたんだそれからもうかけてかけて林を通るときは木をみんな狂人きょうじんのようにゆすぶらせ丘を通るときは草も花もめっちゃめちゃにたたきつけたんだ、そしてその夕方までに上海シャンハイから十里も南西の方の山の中に行ったんだ。そして少し疲つかれたのでみんなとわかれてやすんでいたらその晩また僕たちは上海から北の方の海へ抜ぬけて今度はもうまっすぐにこっちの方までやって来るということになったんだ。そいつ低気圧だよ、あいつに従ついて行くことになったんだ。さあ僕はその晩中あしたもう一ぺん上海気象台を通りたいといくら考えたか知れやしない。ところがうまいこと通ったんだ。そして僕は遠くから風力計の椀わんがまるで眼にも見えない位速くまわっているのを見、又あの支那人の博士が黄いろなレーンコートを着子供助手が黒い合羽かっぱを着てやぐらの上に立って一生けん命空を見あげているのを見た。さあ僕はもう笛ふえのように鳴りいなずまのように飛んで

今日暴風ですよ、そら、暴風ですよ。今日は。さよなら。』と叫びながら通ったんだ。もう子供助手が何を云ったかただその小さな口がぴくっとまがったのを見ただけ少しも僕にはわからなかった。

 そうだ、そのときは僕は海をぐんぐんわたってこっちへ来たけれども来る途中とちゅうでだんだんかけるのをやめてそれから丁度五日目にここも通ったよ。その前の日はあの水沢臨時緯度いど観測所も通った。あすこは僕たちの日本では東京の次に通りたがる所なんだよ。なぜってあすこを通るとレコードでも何でもみな外国の方まで知れるようになることがあるからなんだ。あすこを通った日は丁度お天気だったけれど、そうそう、その時は丁度日本では入梅にゅうばいだったんだ、僕は観測所へ来てしばらくある建物屋根の上にやすんでいたねえ、やすんで居たって本当は少しとろとろ睡ったんだ。すると俄かに下で

大丈夫です、すっかり乾かわきましたから。』と云う声がするんだろう。見ると木村博士気象の方の技手ぎてとがラケットをさげて出て来ていたんだ。木村博士は瘠やせて眼のキョロキョロした人だけれども僕はまあ好きだねえ、それに非常にテニスうまいんだよ。僕はしばらく見てたねえ、どうしてもその技手の人はかなわない、まるっきり汗あせだらけになってよろよろしているんだ。あんまり僕も気の毒になったか屋根の上からじっとボールの往来をにらめてすきを見て置いてねえ、丁度博士がサーヴをつかったときふうっと飛び出して行って球を横の方へ外そらしてしまったんだ。博士はすぐもう一つの球を打ちこんだねえ。そいつは僕は途中に居て途方もなく遠くへけとばしてやった。

『こんな筈はずはないぞ。』と博士は云ったねえ、僕はもう博士にこれ位云わせれば沢山だと思って観測所をはなれて次の日丁度ここへ来たんだよ。ところでね、僕は少し向うへ行かなくちゃいけないか今日はこれでお別れしよう。さよなら。」

 又三郎はすっと見えなくなってしまいました。

 みんなは今日又三郎ばかりあんまり勝手なことを云ってあんまり勝手に行ってしまったりするもんですから少し変な気もしましたが一所に丘を降りて帰りました。

   九月六日

 一昨日おとといかだんだん曇って来たそらはとうとうその朝は低い雨雲を下してまるで冬にでも降るようなまっすぐなしずかな雨がやっと穂ほを出した草や青い木の葉にそそぎました。

 みんなは傘かさをさしたり小さな簑みのからすきとおるつめたい雫しずくをぽたぽた落したりして学校に来ました。

 雨はたびたび霽はれて雲も白く光りましたけれども今日は誰たれもあんまり教室の窓からあの丘の栗くりの木の処を見ませんでした。又三郎などもはじめこそはほんとうにめずらしく奇体きたいだったのですがだんだんなれて見ると割合ありふれたことになってしまってまるで東京からふいに田舎いなかの学校へ移って来た友だちぐらいにしか思われなくなって来たのです。

 おひるすぎ授業が済んでからはもう雨はすっかり晴れて小さな蝉せみなどもカンカン鳴きはじめたりしましたけれども誰も今日はあの栗の木の処へ行こうとも云わず一郎も耕一も学校の門の処で「あばえ。」と言ったきり別れてしまいました。

 耕一の家は学校から川添かわぞいに十五町ばかり溯のぼった処にありました。耕一の方から来ている子供では一年生の生徒が二人ありましたけれどもそれはもう午前中に帰ってしまっていましたし耕一はかばんと傘を持ってひとりみちを川上の方へ帰って行きました。みちは岩の崖がけになった処の中ごろを通るのでずいぶん度々たびたび山の窪くぼみや谷に添ってまわらなければなりませんでした。ところどころには湧水わきみずもあり、又みちの砂だってまっ白で平らでしたから耕一は今日も足駄あしだをぬいで傘と一緒いっしょにもって歩いて行きました。

 まがり角を二つまわってもう学校も見えなくなり前にもうしろにも人は一人も居ず谷の水だけ崖の下で少し濁にごってごうごう鳴るだけ大へんさびしくなりましたので耕一は口笛くちぶえを吹ふきながら少し早足に歩きました。

 ところが路みちの一とこに崖からからだをつき出すようにした楢ならや樺かばの木が路に被かぶさったとこがありました。耕一が何気なくその下を通りましたら俄にわかに木がぐらっとゆれてつめたい雫が一ぺんにざっと落ちて来ました。耕一は肩かたからせなかから水へ入ったようになりました。それほどひどく落ちて来たのです。

 耕一はその梢こずえちょっと見あげて少し顔を赤くして笑いながら行き過ぎました。

 ところが次の木のトンネルを通るときざっとその雫が落ちて来たのです。今度はもうすっかりからだまで水がしみる位にぬれました。耕一はぎょっとしましたけれどもやっぱり口笛を吹いて歩いて行きました。

 ところが間もなく又木のかぶさった処を通るようになりました。それは大へんに今までとはちがって長かったのです。耕一は通る前に一ぺんその青い枝を見あげました。雫は一ぱいにたまって全く今にも落ちそうには見えましたしおまけに二度あることは三度あるとも云うのでしたから少し立ちどまって考えて見ましたけれどもまさか三度が三度とも丁度下を通るときそれが落ちて来るということはないと思って少しびくびくしながらその下を急いで通って行きました。そしたらやっぱり、今度もざあっと雫が落ちて来たのです。耕一はもう少し口がまがって泣くようになって上を見あげました。けれども何とも仕方ありませんでしたから冷たさに一ぺんぶるっとしながらもう少し行きました。すると、又ざあと来たのです。

「誰たれだ。誰だ。」耕一はもうきっと誰かのいたずらだと思ってしばらく上をにらんでいましたがしんとして何の返事もなくただ下の方で川がごうごう鳴るばかりでした。そこで耕一は今度は傘をさして行こうと思って足駄を下におろして傘を開きました。そしたら俄にわかにどうっと風がやって来て傘はぱっと開きあぶなく吹き飛ばされそうになりました、耕一はよろよろしながらしっかり柄えをつかまえていましたらとうとう傘はがりがり風にこわされて開いた蕈きのこのような形になりました。

 耕一はとうとう泣き出してしまいました。

 すると丁度それと一緒に向うではあはあ笑う声がしたのです。びっくりしてそちらを見ましたらそいつは、そいつ風の又三郎でした。ガラスマントも雫でいっぱい髪かみの毛もぬれて束たばになり赤い顔からは湯気さえ立てながらはあはあはあはあふいごのように笑っていました。

 耕一はあたりがきぃんと鳴るように思ったくらい怒おこってしまいました。

「何なに為すぁ、ひとの傘ぶっかして。」

 又三郎はいよいよひどく笑ってまるでそこら中ころげるようにしました。

 耕一はもうこらえ切れなくなって持っていた傘をいきなり又三郎に投げつけてそれから泣きながら組み付いて行きました。

 すると又三郎はすばやくガラスマントをひろげて飛びあがってしまいました。もうどこへ行ったか見えないのです。

 耕一はまだ泣いてそらを見上げました。そしてしばらく口惜くやしさにしくしく泣いていましたがやっとあきらめてその壊こわれた傘も持たずうちへ帰ってしまいました。そして縁側えんがわから入ろうとしてふと見ましたらさっきの傘がひろげて干してあるのです。照井耕一という名もちゃんと書いてありましたし、さっきはなれた処もすっかりくっつききれた糸も外ほかの糸でつないでありました。耕一は縁側に座りながらとうとう笑い出してしまったのです。

   九月七日

 次の日は雨もすっかり霽れました。日曜日でしたから誰たれも学校に出ませんでした。ただ耕一は昨日又三郎あんなひどい悪戯いたずらをされましたのでどうしても今日は遭あってうんとひどくいじめてやらなければと思って自分一人でもこわかったもんですから一郎をさそって朝の八時頃ごろからあの草山の栗の木の下に行って待っていました。

 すると又三郎の方でもどう云うつもりか大へんに早く丁度九時ころ、丘の横の方から何か非常に考え込んだような風をして鼠ねずみいろのマントをうしろへはねて腕組みをして二人の方へやって来たのでした。さあ、しっかり談判しなくちゃいけないと考えて耕一はどきっとしました。又三郎はたしかに二人の居たのも知っていたようでしたが、わざといかにも考え込んでいるという風で二人の前を知らないふりして通って行こうとしました。

又三郎、うわぁい。」耕一はいきなりどなりました。又三郎はぎょっとしたようにふり向いて、

「おや、お早う。もう来ていたのかい。どうして今日はこんなに早いんだい。」とたずねました。

「日曜でさ。」一郎が云いました。

「ああ、今日は日曜だったんだね、僕ぼくすっかり忘れていた。そうだ八月三十一日が日曜だったからね、七日目で今日が又日曜なんだね。」

「うん。」一郎はこたえましたが耕一はぷりぷり怒っていました。又三郎が昨日のことな一言も云わずあんまりそらぞらしいもんですからそれに耕一に何も云われないように又日曜のことなどばかり云うもんですからじっさいしゃくにさわったのです。そこでとうとういきなり叫さけびました。

「うわぁい、又三郎、汝うななどぁ、世界に無くてもいいな。うわぁぃ。」

 すると又三郎はずるそうに笑いました。

「やあ、耕一君、お早う。昨日はずいぶん失敬したね。」

 耕一は何かもっと別のことを言おうと思いましたがあんまり怒ってしまって考え出すことができませんでしたので又同じように叫びました。

「うわぁい、うわぁいだが、又三郎、うななどぁ世界中に無くてもいいな、うわぁい。」

「昨日は実際失敬したよ。僕雨が降ってあんまり気持ちが悪かったもんだからね。」

 又三郎は少し眼めをパチパチさせて気の毒そうに云いましたけれども耕一の怒りは仲々解けませんでした。そして三度同じことを繰り返したのです。

「うわぁい、うななどぁ、無くてもいいな。うわぁい。」

 すると又三郎は少し面白おもしろくなったようでした。いつもの通りずるそうに笑って斯こう訊たずねました。

「僕たちが世界中になくてもいいってどう云うんだい。箇条かじょうを立てて云ってごらん。そら。」

 耕一は試験のようだしつまらないことになったと思って大へん口惜しかったのですが仕方なくしばらく考えてから答えました。

「汝うななどぁ悪戯ばりさな。傘ぶっ壊かしたり。」

それから? それから?」又三郎面白そうに一足進んで云いました。

「それがら、樹き折ったり転覆おっけあしたりさな。」

それから? それから、どうだい。」

「それがら、稲いねも倒たおさな。」

それから? あとはどうだい。」

「家もぶっ壊かさな。」

それから? それから? あとはどうだい。」

「砂も飛ばさな。」

それから? あとは? それから? あとはどうだい。」

シャッポも飛ばさな。」

それから? それから? あとは? あとはどうだい。」

「それがら、うう、電信ばしらも倒さな。」

それから? それから? それから?」

「それがら、塔とうも倒さな。」

「アアハハハ、塔は家のうちだい、どうだいまだあるかいそれから? それから?」

「それがら、うう、それがら、」耕一はつまってしまいました。大抵たいていもう云ってしまったのですからいくら考えてももう出ませんでした。

 又三郎はいよいよ面白そうに指を一本立てながら

それから? それから? ええ? それから。」と云うのでした。耕一は顔を赤くしてしばらく考えてからやっと答えました。

「それがら、風車かざぐるまもぶっ壊かさな。」

 すると又三郎は今度こそはまるで飛びあがって笑ってしまいました。笑って笑って笑いました。マントも一緒にひらひら波を立てました。

「そうらごらん、とうとう風車などを云っちゃった。風車なら僕を悪く思っちゃいないんだよ。勿論もちろん時々壊すこともあるけれども廻まわしてやるときの方がずうっと多いんだ。風車ならちっとも僕を悪く思っちゃいないんだ。うそと思ったら聴きいてごらん。お前たちはまるで勝手だねえ、僕たちがちっとばっかしいたずらすることは大業おおぎょうに悪口を云っていいとこはちっとも見ないんだ。それに第一お前のさっきからの数えようがあんまりおかしいや。うう、ううてばかりいたんだろう。おしまいはとうとう風車なんか数えちゃった。ああおかしい。」

 又三郎は又泪なみだの出るほど笑いました。

 耕一もさっきからあんまり困ったために怒っていたのもだんだん忘れて来ました。そしてつい又三郎と一所にわらいだしてしまったのです。さあ又三郎のよろこんだこと俄かにしゃべりはじめました。

「ね、そら、僕たちのやるいたずらで一番ひどいことは日本ならば稲を倒すことだよ、二百十日から二百二十日ころまで、昔むかしはその頃ほんとうに僕たちはこわがられたよ。なぜってその頃は丁度稲に花のかかるときだろう。その時僕たちにかけられたら花がみんな散ってしまってまるで実にならないだろう、だから前は本当にこわがったんだ、僕たちだってわざとするんじゃない、どうしてもその頃かけなくちゃいかいからかけるんだ、もう三四日たてばきっと又そうなるよ。けれどもいまはもう農業が進んでお前たちの家の近くなどでは二百十日のころになど花の咲いている稲なんか一本もないだろう、大抵もう柔やわらかな実になってるんだ。早い稲はもうよほど硬かたくさえなってるよ、僕らがかけあるいて少し位倒れたってそんなにひどくとりいれが減りはしないんだ。だから結局何でもないさ。それからも一つは木を倒すことだよ。家を倒すなんてそんなことはほんの少しだからね、木を倒すことだよ、これだって悪戯いたずらじゃないんだよ。倒れないようにして置けぁいいんだ。葉の濶ひろい樹なら丈夫じょうぶだよ。僕たちが少しぐらいひどくぶっつかっても仲々倒れやしない。それに林の樹が倒れるなんかそれは林の持主が悪いんだよ。林を伐きるときはね、よく一年中の強い風向を考えてその風下の方からだんだん伐って行くんだよ。林の外側の木は強いけれども中の方の木はせいばかり高くて弱いからよくそんなことも気をつけなけぁいけないんだ。だからまず僕たちのこと悪く云う前によく自分の方に気をつけりゃいいんだよ。海岸ではね、僕たちが波のしぶきを運んで行くとすぐ枯かれるやつも枯れないやつもあるよ。苹果りんごや梨なしやまるめろや胡瓜きゅうりはだめだ、すぐ枯れる、稲や薄荷はっかやだいこんなどはなかなか強い、牧草なども強いねえ。」

 又三郎ちょっと話をやめました。耕一もすっかり機嫌きげんを直して云いました。

又三郎、おれぁあんまり怒ごしゃで悪がた。許せな。」

 すると又三郎はすっかり悦よろこびました。

「ああありがとう、お前はほんとうにさっぱりしていい子供だねえ、だから僕はおまえはすきだよ、すきだから昨日もいたずらしたんだ、僕だっていたずらはするけれど、いいことはもっと沢山たくさんするんだよ、そら数えてごらん、僕は松の花でも楊やなぎの花でも草棉くさわたの毛でも運んで行くだろう。稲の花粉かふんだってやっぱり僕らが運ぶんだよ。それから僕が通ると草木はみんな丈夫になるよ。悪い空気も持って行っていい空気も運んで来る。東京浅草のまるで濁にごった寒天のような空気をうまく太平洋の方へさらって行って日本アルプスのいい空気だって代りに持って行ってやるんだ。もし僕がいなかったら病気も湿気しっけもいくらふえるか知れないんだ。ところで今日はお前たちは僕にあうためにばかりここへ来たのかい。けれども僕は今日は十時半から演習へ出なけぁいけないからもう別れなけぁならないんだ。あした又また来ておくれ。ね。じゃ、さよなら

クッキー

僕は上海シャンハイだって何べんも知ってるよ。」みんなが丘へのぼったとき又三郎がいきなりマントをぎらっとさせてそこらの草へ橙だいだいや青の光を落しながら出て来てそれから指をひろげてみんなの前に突つき出して云いました。

上海東京は僕たちの仲間なら誰たれでもみんな通りたがるんだ。どうしてか知ってるかい。」

 又三郎はまっ黒な眼を少し意地わるそうにくりくりさせながらみんなを見まわしました。けれども上海東京ということは一郎も誰も何のことかわかりませんでしたからお互たがいしばらく顔を見合せてだまっていましたら又三郎がもう大得意でにやにや笑いながら言ったのです。

「僕たちの仲間はみんな上海東京を通りたがるよ。どうしてって東京には日本中央気象台があるし上海には支那中華ちゅうか大気象台があるだろう。どっちだって偉えらい人がたくさん居るんだ。本当は気象台の上をかけるときは僕たちはみんな急ぎたがるんだ。どうしてって風力計がくるくるくるくる廻まわっていて僕たちのレコードちゃんと下の機械に出て新聞にも載のるんだろう。誰だっていいレコードを作りたいからそれはどうしても急ぐんだよ。けれども僕たちの方のきめでは気象台測候所の近くへ来たからって俄にわかに急いだりすることは大へん卑怯ひきょうなことにされてあるんだ。お前たちだってきっとそうだろう、試験の時ばかりむやみに勉強したりするのはいけないことになってるだろう。だから僕たちも急ぎたくたってわざと急がないんだ。そのかわりほんとうに一生けん命かけてる最中気象台へ通りかかるときはうれしいねえ、風力計をまるでのぼせるくらいにまわしてピーッとかけぬけるだろう、胸もすっとなるんだ。面白おもしろかったねえ、一昨年だったけれど六月ころ僕丁度上海に居たんだ。昼の間には海から陸へ移って行き夜には陸から海へ行ってたねえ、大抵朝は十時頃ごろ海から陸の方へかけぬけるようになっていたんだがそのときはいつでも、うまい工合ぐあい気象台を通るようになるんだ。すると気象台の風力計や風信器や置いてある屋根の上のやぐらにいつでも一人の支那人の理学博士子供助手とが立っているんだ。

 博士はだまっていたが子供助手はいつでも何か言っているんだ。そいつは頭をくりくりの芥子坊主けしぼうずにしてね、着物だって袖そでの広い支那服だろう、沓くつもはいてるねえ、大へんかあいらしいんだよ、一番はじめの日僕がそこを通ったら斯こう言っていた。

『これはきっと颶風ぐふうですね。ずぶんひどい風ですね。』

 すると支那人の博士が葉巻をくわえたままふんふん笑って

『家が飛ばないじゃないか。』

と云いうと子供助手はまるで口を尖とがらせて、

だって向うの三角旗や何かぱたぱた云ってます。』というんだ。博士は笑って相手にしないで壇だんを下りて行くねえ、子供助手は少し悄気しょげながら手を拱こまねいてあとから恭々しくついて行く。

 僕はそのとき二・五米メートルというレコードを風力計にのこして笑って行ってしまったんだ。

 次の日も九時頃僕は海の霧きりの中で眼がさめてそれから霧がだんだん融とけて空が青くなりお日さまが黄金きんのばらのようにかがやき出したころそろそろ陸の方へ向ったんだ。これは仕方ないんだよ、お日さんさえ出たらきっともう僕たちは陸の方へ行かなけぁならないようになるんだ、僕はだんだん岸へよって鴎かもめが白い蓮華れんげの花のように波に浮うかんでいるのも見たし、また沢山のジャンクの黄いろの帆ほや白く塗ぬられた蒸気船の舷げんを通ったりなんかして昨日の気象台に通りかかると僕はもう遠くからあの風力計のくるくるくるくる廻るのを見て胸が踊おどるんだ。すっとかけぬけただろう。レコードが一秒五米と出たねえ、そのとき下を見ると昨日の博士子供助手とが今日も出て居て子供助手がやっぱり云っているんだ。

『この風はたしかに颶風ぐふうですね。』

 支那人の博士はやっぱりわらって気がないように、

『瓦かわらも石も舞まい上らんじゃないか。』と答えながらもう壇を下りかかるんだ。子供助手はまるで一生けん命になって

だって木の枝えだが動いてますよ。』と云うんだ。それでも博士はまるで相手にしないねえ、僕もその時はもう気象台をずうっとはなれてしまってあとどうなったか知らない。

 そしてその日はずうっと西の方の瀬戸物の塔とうのあるあたりまで行ってぶらぶらし、その晩十七夜のお月さまの出るころ海へ戻もどって睡ったんだ。

 ところがその次の日もなんだ。その次の日僕がまた海からやって来てほくほくしながらもう大分の早足で気象台を通りかかったらやっぱり博士助手が二人出ていた。

『こいつはもう本とうの暴風ですね、』又またあの子供の助手が尤もっともらしい顔つきで腕うでを拱いてそう云っているだろう。博士はやっぱり鼻であしらうといった風で

だって木が根こぎにならんじゃないか。』と云うんだ。子供はまるで顔をまっ赤にして

『それでもどの木もみんなぐらぐらしてますよ。』と云うんだ。その時僕はもうあとを見なかった。なぜってその日のレコードは八米だからね、そんなに気象台の所にばかり永くとまっているわけには行かなかったんだ。そしてその次の日だよ、やっぱり僕は海へ帰っていたんだ。そして丁度八時ころから雲も一ぱいにやって来て波も高かった。僕はこの時はもう両手をひろげ叫び声をあげて気象台を通った。やっぱり二人とも出ていたねえ、子供は高い処ところなもんだからもうぶるぶる顫ふるえて手すりにとりついているんだ。雨も幾いくつぶか落ちたよ。そんなにこわそうにしながらまた斯う云っているんだ。

『これは本当の暴風ですね、林ががあがあ云ってますよ、枝も折れてますよ。』

 ところが博士は落ちついてからだを少しまげながら海の方へ手をかざして云ったねえ

『うん、けれどもまだ暴風というわけじゃないな。もう降りよう。』僕はその語ことばをきれぎれに聴ききながらそこをはなれたんだそれからもうかけてかけて林を通るときは木をみんな狂人きょうじんのようにゆすぶらせ丘を通るときは草も花もめっちゃめちゃにたたきつけたんだ、そしてその夕方までに上海シャンハイから十里も南西の方の山の中に行ったんだ。そして少し疲つかれたのでみんなとわかれてやすんでいたらその晩また僕たちは上海から北の方の海へ抜ぬけて今度はもうまっすぐにこっちの方までやって来るということになったんだ。そいつ低気圧だよ、あいつに従ついて行くことになったんだ。さあ僕はその晩中あしたもう一ぺん上海気象台を通りたいといくら考えたか知れやしない。ところがうまいこと通ったんだ。そして僕は遠くから風力計の椀わんがまるで眼にも見えない位速くまわっているのを見、又あの支那人の博士が黄いろなレーンコートを着子供助手が黒い合羽かっぱを着てやぐらの上に立って一生けん命空を見あげているのを見た。さあ僕はもう笛ふえのように鳴りいなずまのように飛んで

今日暴風ですよ、そら、暴風ですよ。今日は。さよなら。』と叫びながら通ったんだ。もう子供助手が何を云ったかただその小さな口がぴくっとまがったのを見ただけ少しも僕にはわからなかった。

 そうだ、そのときは僕は海をぐんぐんわたってこっちへ来たけれども来る途中とちゅうでだんだんかけるのをやめてそれから丁度五日目にここも通ったよ。その前の日はあの水沢臨時緯度いど観測所も通った。あすこは僕たちの日本では東京の次に通りたがる所なんだよ。なぜってあすこを通るとレコードでも何でもみな外国の方まで知れるようになることがあるからなんだ。あすこを通った日は丁度お天気だったけれど、そうそう、その時は丁度日本では入梅にゅうばいだったんだ、僕は観測所へ来てしばらくある建物屋根の上にやすんでいたねえ、やすんで居たって本当は少しとろとろ睡ったんだ。すると俄かに下で

大丈夫です、すっかり乾かわきましたから。』と云う声がするんだろう。見ると木村博士気象の方の技手ぎてとがラケットをさげて出て来ていたんだ。木村博士は瘠やせて眼のキョロキョロした人だけれども僕はまあ好きだねえ、それに非常にテニスうまいんだよ。僕はしばらく見てたねえ、どうしてもその技手の人はかなわない、まるっきり汗あせだらけになってよろよろしているんだ。あんまり僕も気の毒になったか屋根の上からじっとボールの往来をにらめてすきを見て置いてねえ、丁度博士がサーヴをつかったときふうっと飛び出して行って球を横の方へ外そらしてしまったんだ。博士はすぐもう一つの球を打ちこんだねえ。そいつは僕は途中に居て途方もなく遠くへけとばしてやった。

『こんな筈はずはないぞ。』と博士は云ったねえ、僕はもう博士にこれ位云わせれば沢山だと思って観測所をはなれて次の日丁度ここへ来たんだよ。ところでね、僕は少し向うへ行かなくちゃいけないか今日はこれでお別れしよう。さよなら。」

 又三郎はすっと見えなくなってしまいました。

 みんなは今日又三郎ばかりあんまり勝手なことを云ってあんまり勝手に行ってしまったりするもんですから少し変な気もしましたが一所に丘を降りて帰りました。

   九月六日

 一昨日おとといかだんだん曇って来たそらはとうとうその朝は低い雨雲を下してまるで冬にでも降るようなまっすぐなしずかな雨がやっと穂ほを出した草や青い木の葉にそそぎました。

 みんなは傘かさをさしたり小さな簑みのからすきとおるつめたい雫しずくをぽたぽた落したりして学校に来ました。

 雨はたびたび霽はれて雲も白く光りましたけれども今日は誰たれもあんまり教室の窓からあの丘の栗くりの木の処を見ませんでした。又三郎などもはじめこそはほんとうにめずらしく奇体きたいだったのですがだんだんなれて見ると割合ありふれたことになってしまってまるで東京からふいに田舎いなかの学校へ移って来た友だちぐらいにしか思われなくなって来たのです。

 おひるすぎ授業が済んでからはもう雨はすっかり晴れて小さな蝉せみなどもカンカン鳴きはじめたりしましたけれども誰も今日はあの栗の木の処へ行こうとも云わず一郎も耕一も学校の門の処で「あばえ。」と言ったきり別れてしまいました。

 耕一の家は学校から川添かわぞいに十五町ばかり溯のぼった処にありました。耕一の方から来ている子供では一年生の生徒が二人ありましたけれどもそれはもう午前中に帰ってしまっていましたし耕一はかばんと傘を持ってひとりみちを川上の方へ帰って行きました。みちは岩の崖がけになった処の中ごろを通るのでずいぶん度々たびたび山の窪くぼみや谷に添ってまわらなければなりませんでした。ところどころには湧水わきみずもあり、又みちの砂だってまっ白で平らでしたから耕一は今日も足駄あしだをぬいで傘と一緒いっしょにもって歩いて行きました。

 まがり角を二つまわってもう学校も見えなくなり前にもうしろにも人は一人も居ず谷の水だけ崖の下で少し濁にごってごうごう鳴るだけ大へんさびしくなりましたので耕一は口笛くちぶえを吹ふきながら少し早足に歩きました。

 ところが路みちの一とこに崖からからだをつき出すようにした楢ならや樺かばの木が路に被かぶさったとこがありました。耕一が何気なくその下を通りましたら俄にわかに木がぐらっとゆれてつめたい雫が一ぺんにざっと落ちて来ました。耕一は肩かたからせなかから水へ入ったようになりました。それほどひどく落ちて来たのです。

 耕一はその梢こずえちょっと見あげて少し顔を赤くして笑いながら行き過ぎました。

 ところが次の木のトンネルを通るときざっとその雫が落ちて来たのです。今度はもうすっかりからだまで水がしみる位にぬれました。耕一はぎょっとしましたけれどもやっぱり口笛を吹いて歩いて行きました。

 ところが間もなく又木のかぶさった処を通るようになりました。それは大へんに今までとはちがって長かったのです。耕一は通る前に一ぺんその青い枝を見あげました。雫は一ぱいにたまって全く今にも落ちそうには見えましたしおまけに二度あることは三度あるとも云うのでしたから少し立ちどまって考えて見ましたけれどもまさか三度が三度とも丁度下を通るときそれが落ちて来るということはないと思って少しびくびくしながらその下を急いで通って行きました。そしたらやっぱり、今度もざあっと雫が落ちて来たのです。耕一はもう少し口がまがって泣くようになって上を見あげました。けれども何とも仕方ありませんでしたから冷たさに一ぺんぶるっとしながらもう少し行きました。すると、又ざあと来たのです。

「誰たれだ。誰だ。」耕一はもうきっと誰かのいたずらだと思ってしばらく上をにらんでいましたがしんとして何の返事もなくただ下の方で川がごうごう鳴るばかりでした。そこで耕一は今度は傘をさして行こうと思って足駄を下におろして傘を開きました。そしたら俄にわかにどうっと風がやって来て傘はぱっと開きあぶなく吹き飛ばされそうになりました、耕一はよろよろしながらしっかり柄えをつかまえていましたらとうとう傘はがりがり風にこわされて開いた蕈きのこのような形になりました。

 耕一はとうとう泣き出してしまいました。

 すると丁度それと一緒に向うではあはあ笑う声がしたのです。びっくりしてそちらを見ましたらそいつは、そいつ風の又三郎でした。ガラスマントも雫でいっぱい髪かみの毛もぬれて束たばになり赤い顔からは湯気さえ立てながらはあはあはあはあふいごのように笑っていました。

 耕一はあたりがきぃんと鳴るように思ったくらい怒おこってしまいました。

「何なに為すぁ、ひとの傘ぶっかして。」

 又三郎はいよいよひどく笑ってまるでそこら中ころげるようにしました。

 耕一はもうこらえ切れなくなって持っていた傘をいきなり又三郎に投げつけてそれから泣きながら組み付いて行きました。

 すると又三郎はすばやくガラスマントをひろげて飛びあがってしまいました。もうどこへ行ったか見えないのです。

 耕一はまだ泣いてそらを見上げました。そしてしばらく口惜くやしさにしくしく泣いていましたがやっとあきらめてその壊こわれた傘も持たずうちへ帰ってしまいました。そして縁側えんがわから入ろうとしてふと見ましたらさっきの傘がひろげて干してあるのです。照井耕一という名もちゃんと書いてありましたし、さっきはなれた処もすっかりくっつききれた糸も外ほかの糸でつないでありました。耕一は縁側に座りながらとうとう笑い出してしまったのです。

   九月七日

 次の日は雨もすっかり霽れました。日曜日でしたから誰たれも学校に出ませんでした。ただ耕一は昨日又三郎あんなひどい悪戯いたずらをされましたのでどうしても今日は遭あってうんとひどくいじめてやらなければと思って自分一人でもこわかったもんですから一郎をさそって朝の八時頃ごろからあの草山の栗の木の下に行って待っていました。

 すると又三郎の方でもどう云うつもりか大へんに早く丁度九時ころ、丘の横の方から何か非常に考え込んだような風をして鼠ねずみいろのマントをうしろへはねて腕組みをして二人の方へやって来たのでした。さあ、しっかり談判しなくちゃいけないと考えて耕一はどきっとしました。又三郎はたしかに二人の居たのも知っていたようでしたが、わざといかにも考え込んでいるという風で二人の前を知らないふりして通って行こうとしました。

又三郎、うわぁい。」耕一はいきなりどなりました。又三郎はぎょっとしたようにふり向いて、

「おや、お早う。もう来ていたのかい。どうして今日はこんなに早いんだい。」とたずねました。

「日曜でさ。」一郎が云いました。

「ああ、今日は日曜だったんだね、僕ぼくすっかり忘れていた。そうだ八月三十一日が日曜だったからね、七日目で今日が又日曜なんだね。」

「うん。」一郎はこたえましたが耕一はぷりぷり怒っていました。又三郎が昨日のことな一言も云わずあんまりそらぞらしいもんですからそれに耕一に何も云われないように又日曜のことなどばかり云うもんですからじっさいしゃくにさわったのです。そこでとうとういきなり叫さけびました。

「うわぁい、又三郎、汝うななどぁ、世界に無くてもいいな。うわぁぃ。」

 すると又三郎はずるそうに笑いました。

「やあ、耕一君、お早う。昨日はずいぶん失敬したね。」

 耕一は何かもっと別のことを言おうと思いましたがあんまり怒ってしまって考え出すことができませんでしたので又同じように叫びました。

「うわぁい、うわぁいだが、又三郎、うななどぁ世界中に無くてもいいな、うわぁい。」

「昨日は実際失敬したよ。僕雨が降ってあんまり気持ちが悪かったもんだからね。」

 又三郎は少し眼めをパチパチさせて気の毒そうに云いましたけれども耕一の怒りは仲々解けませんでした。そして三度同じことを繰り返したのです。

「うわぁい、うななどぁ、無くてもいいな。うわぁい。」

 すると又三郎は少し面白おもしろくなったようでした。いつもの通りずるそうに笑って斯こう訊たずねました。

「僕たちが世界中になくてもいいってどう云うんだい。箇条かじょうを立てて云ってごらん。そら。」

 耕一は試験のようだしつまらないことになったと思って大へん口惜しかったのですが仕方なくしばらく考えてから答えました。

「汝うななどぁ悪戯ばりさな。傘ぶっ壊かしたり。」

それから? それから?」又三郎面白そうに一足進んで云いました。

「それがら、樹き折ったり転覆おっけあしたりさな。」

それから? それから、どうだい。」

「それがら、稲いねも倒たおさな。」

それから? あとはどうだい。」

「家もぶっ壊かさな。」

それから? それから? あとはどうだい。」

「砂も飛ばさな。」

それから? あとは? それから? あとはどうだい。」

シャッポも飛ばさな。」

それから? それから? あとは? あとはどうだい。」

「それがら、うう、電信ばしらも倒さな。」

それから? それから? それから?」

「それがら、塔とうも倒さな。」

「アアハハハ、塔は家のうちだい、どうだいまだあるかいそれから? それから?」

「それがら、うう、それがら、」耕一はつまってしまいました。大抵たいていもう云ってしまったのですからいくら考えてももう出ませんでした。

 又三郎はいよいよ面白そうに指を一本立てながら

それから? それから? ええ? それから。」と云うのでした。耕一は顔を赤くしてしばらく考えてからやっと答えました。

「それがら、風車かざぐるまもぶっ壊かさな。」

 すると又三郎は今度こそはまるで飛びあがって笑ってしまいました。笑って笑って笑いました。マントも一緒にひらひら波を立てました。

「そうらごらん、とうとう風車などを云っちゃった。風車なら僕を悪く思っちゃいないんだよ。勿論もちろん時々壊すこともあるけれども廻まわしてやるときの方がずうっと多いんだ。風車ならちっとも僕を悪く思っちゃいないんだ。うそと思ったら聴きいてごらん。お前たちはまるで勝手だねえ、僕たちがちっとばっかしいたずらすることは大業おおぎょうに悪口を云っていいとこはちっとも見ないんだ。それに第一お前のさっきからの数えようがあんまりおかしいや。うう、ううてばかりいたんだろう。おしまいはとうとう風車なんか数えちゃった。ああおかしい。」

 又三郎は又泪なみだの出るほど笑いました。

 耕一もさっきからあんまり困ったために怒っていたのもだんだん忘れて来ました。そしてつい又三郎と一所にわらいだしてしまったのです。さあ又三郎のよろこんだこと俄かにしゃべりはじめました。

「ね、そら、僕たちのやるいたずらで一番ひどいことは日本ならば稲を倒すことだよ、二百十日から二百二十日ころまで、昔むかしはその頃ほんとうに僕たちはこわがられたよ。なぜってその頃は丁度稲に花のかかるときだろう。その時僕たちにかけられたら花がみんな散ってしまってまるで実にならないだろう、だから前は本当にこわがったんだ、僕たちだってわざとするんじゃない、どうしてもその頃かけなくちゃいかいからかけるんだ、もう三四日たてばきっと又そうなるよ。けれどもいまはもう農業が進んでお前たちの家の近くなどでは二百十日のころになど花の咲いている稲なんか一本もないだろう、大抵もう柔やわらかな実になってるんだ。早い稲はもうよほど硬かたくさえなってるよ、僕らがかけあるいて少し位倒れたってそんなにひどくとりいれが減りはしないんだ。だから結局何でもないさ。それからも一つは木を倒すことだよ。家を倒すなんてそんなことはほんの少しだからね、木を倒すことだよ、これだって悪戯いたずらじゃないんだよ。倒れないようにして置けぁいいんだ。葉の濶ひろい樹なら丈夫じょうぶだよ。僕たちが少しぐらいひどくぶっつかっても仲々倒れやしない。それに林の樹が倒れるなんかそれは林の持主が悪いんだよ。林を伐きるときはね、よく一年中の強い風向を考えてその風下の方からだんだん伐って行くんだよ。林の外側の木は強いけれども中の方の木はせいばかり高くて弱いからよくそんなことも気をつけなけぁいけないんだ。だからまず僕たちのこと悪く云う前によく自分の方に気をつけりゃいいんだよ。海岸ではね、僕たちが波のしぶきを運んで行くとすぐ枯かれるやつも枯れないやつもあるよ。苹果りんごや梨なしやまるめろや胡瓜きゅうりはだめだ、すぐ枯れる、稲や薄荷はっかやだいこんなどはなかなか強い、牧草なども強いねえ。」

 又三郎ちょっと話をやめました。耕一もすっかり機嫌きげんを直して云いました。

又三郎、おれぁあんまり怒ごしゃで悪がた。許せな。」

 すると又三郎はすっかり悦よろこびました。

「ああありがとう、お前はほんとうにさっぱりしていい子供だねえ、だから僕はおまえはすきだよ、すきだから昨日もいたずらしたんだ、僕だっていたずらはするけれど、いいことはもっと沢山たくさんするんだよ、そら数えてごらん、僕は松の花でも楊やなぎの花でも草棉くさわたの毛でも運んで行くだろう。稲の花粉かふんだってやっぱり僕らが運ぶんだよ。それから僕が通ると草木はみんな丈夫になるよ。悪い空気も持って行っていい空気も運んで来る。東京浅草のまるで濁にごった寒天のような空気をうまく太平洋の方へさらって行って日本アルプスのいい空気だって代りに持って行ってやるんだ。もし僕がいなかったら病気も湿気しっけもいくらふえるか知れないんだ。ところで今日はお前たちは僕にあうためにばかりここへ来たのかい。けれども僕は今日は十時半から演習へ出なけぁいけないからもう別れなけぁならないんだ。あした又また来ておくれ。ね。じゃ、さよなら

悲しい

僕は上海シャンハイだって何べんも知ってるよ。」みんなが丘へのぼったとき又三郎がいきなりマントをぎらっとさせてそこらの草へ橙だいだいや青の光を落しながら出て来てそれから指をひろげてみんなの前に突つき出して云いました。

上海東京は僕たちの仲間なら誰たれでもみんな通りたがるんだ。どうしてか知ってるかい。」

 又三郎はまっ黒な眼を少し意地わるそうにくりくりさせながらみんなを見まわしました。けれども上海東京ということは一郎も誰も何のことかわかりませんでしたからお互たがいしばらく顔を見合せてだまっていましたら又三郎がもう大得意でにやにや笑いながら言ったのです。

「僕たちの仲間はみんな上海東京を通りたがるよ。どうしてって東京には日本中央気象台があるし上海には支那中華ちゅうか大気象台があるだろう。どっちだって偉えらい人がたくさん居るんだ。本当は気象台の上をかけるときは僕たちはみんな急ぎたがるんだ。どうしてって風力計がくるくるくるくる廻まわっていて僕たちのレコードちゃんと下の機械に出て新聞にも載のるんだろう。誰だっていいレコードを作りたいからそれはどうしても急ぐんだよ。けれども僕たちの方のきめでは気象台測候所の近くへ来たからって俄にわかに急いだりすることは大へん卑怯ひきょうなことにされてあるんだ。お前たちだってきっとそうだろう、試験の時ばかりむやみに勉強したりするのはいけないことになってるだろう。だから僕たちも急ぎたくたってわざと急がないんだ。そのかわりほんとうに一生けん命かけてる最中気象台へ通りかかるときはうれしいねえ、風力計をまるでのぼせるくらいにまわしてピーッとかけぬけるだろう、胸もすっとなるんだ。面白おもしろかったねえ、一昨年だったけれど六月ころ僕丁度上海に居たんだ。昼の間には海から陸へ移って行き夜には陸から海へ行ってたねえ、大抵朝は十時頃ごろ海から陸の方へかけぬけるようになっていたんだがそのときはいつでも、うまい工合ぐあい気象台を通るようになるんだ。すると気象台の風力計や風信器や置いてある屋根の上のやぐらにいつでも一人の支那人の理学博士子供助手とが立っているんだ。

 博士はだまっていたが子供助手はいつでも何か言っているんだ。そいつは頭をくりくりの芥子坊主けしぼうずにしてね、着物だって袖そでの広い支那服だろう、沓くつもはいてるねえ、大へんかあいらしいんだよ、一番はじめの日僕がそこを通ったら斯こう言っていた。

『これはきっと颶風ぐふうですね。ずぶんひどい風ですね。』

 すると支那人の博士が葉巻をくわえたままふんふん笑って

『家が飛ばないじゃないか。』

と云いうと子供助手はまるで口を尖とがらせて、

だって向うの三角旗や何かぱたぱた云ってます。』というんだ。博士は笑って相手にしないで壇だんを下りて行くねえ、子供助手は少し悄気しょげながら手を拱こまねいてあとから恭々しくついて行く。

 僕はそのとき二・五米メートルというレコードを風力計にのこして笑って行ってしまったんだ。

 次の日も九時頃僕は海の霧きりの中で眼がさめてそれから霧がだんだん融とけて空が青くなりお日さまが黄金きんのばらのようにかがやき出したころそろそろ陸の方へ向ったんだ。これは仕方ないんだよ、お日さんさえ出たらきっともう僕たちは陸の方へ行かなけぁならないようになるんだ、僕はだんだん岸へよって鴎かもめが白い蓮華れんげの花のように波に浮うかんでいるのも見たし、また沢山のジャンクの黄いろの帆ほや白く塗ぬられた蒸気船の舷げんを通ったりなんかして昨日の気象台に通りかかると僕はもう遠くからあの風力計のくるくるくるくる廻るのを見て胸が踊おどるんだ。すっとかけぬけただろう。レコードが一秒五米と出たねえ、そのとき下を見ると昨日の博士子供助手とが今日も出て居て子供助手がやっぱり云っているんだ。

『この風はたしかに颶風ぐふうですね。』

 支那人の博士はやっぱりわらって気がないように、

『瓦かわらも石も舞まい上らんじゃないか。』と答えながらもう壇を下りかかるんだ。子供助手はまるで一生けん命になって

だって木の枝えだが動いてますよ。』と云うんだ。それでも博士はまるで相手にしないねえ、僕もその時はもう気象台をずうっとはなれてしまってあとどうなったか知らない。

 そしてその日はずうっと西の方の瀬戸物の塔とうのあるあたりまで行ってぶらぶらし、その晩十七夜のお月さまの出るころ海へ戻もどって睡ったんだ。

 ところがその次の日もなんだ。その次の日僕がまた海からやって来てほくほくしながらもう大分の早足で気象台を通りかかったらやっぱり博士助手が二人出ていた。

『こいつはもう本とうの暴風ですね、』又またあの子供の助手が尤もっともらしい顔つきで腕うでを拱いてそう云っているだろう。博士はやっぱり鼻であしらうといった風で

だって木が根こぎにならんじゃないか。』と云うんだ。子供はまるで顔をまっ赤にして

『それでもどの木もみんなぐらぐらしてますよ。』と云うんだ。その時僕はもうあとを見なかった。なぜってその日のレコードは八米だからね、そんなに気象台の所にばかり永くとまっているわけには行かなかったんだ。そしてその次の日だよ、やっぱり僕は海へ帰っていたんだ。そして丁度八時ころから雲も一ぱいにやって来て波も高かった。僕はこの時はもう両手をひろげ叫び声をあげて気象台を通った。やっぱり二人とも出ていたねえ、子供は高い処ところなもんだからもうぶるぶる顫ふるえて手すりにとりついているんだ。雨も幾いくつぶか落ちたよ。そんなにこわそうにしながらまた斯う云っているんだ。

『これは本当の暴風ですね、林ががあがあ云ってますよ、枝も折れてますよ。』

 ところが博士は落ちついてからだを少しまげながら海の方へ手をかざして云ったねえ

『うん、けれどもまだ暴風というわけじゃないな。もう降りよう。』僕はその語ことばをきれぎれに聴ききながらそこをはなれたんだそれからもうかけてかけて林を通るときは木をみんな狂人きょうじんのようにゆすぶらせ丘を通るときは草も花もめっちゃめちゃにたたきつけたんだ、そしてその夕方までに上海シャンハイから十里も南西の方の山の中に行ったんだ。そして少し疲つかれたのでみんなとわかれてやすんでいたらその晩また僕たちは上海から北の方の海へ抜ぬけて今度はもうまっすぐにこっちの方までやって来るということになったんだ。そいつ低気圧だよ、あいつに従ついて行くことになったんだ。さあ僕はその晩中あしたもう一ぺん上海気象台を通りたいといくら考えたか知れやしない。ところがうまいこと通ったんだ。そして僕は遠くから風力計の椀わんがまるで眼にも見えない位速くまわっているのを見、又あの支那人の博士が黄いろなレーンコートを着子供助手が黒い合羽かっぱを着てやぐらの上に立って一生けん命空を見あげているのを見た。さあ僕はもう笛ふえのように鳴りいなずまのように飛んで

今日暴風ですよ、そら、暴風ですよ。今日は。さよなら。』と叫びながら通ったんだ。もう子供助手が何を云ったかただその小さな口がぴくっとまがったのを見ただけ少しも僕にはわからなかった。

 そうだ、そのときは僕は海をぐんぐんわたってこっちへ来たけれども来る途中とちゅうでだんだんかけるのをやめてそれから丁度五日目にここも通ったよ。その前の日はあの水沢臨時緯度いど観測所も通った。あすこは僕たちの日本では東京の次に通りたがる所なんだよ。なぜってあすこを通るとレコードでも何でもみな外国の方まで知れるようになることがあるからなんだ。あすこを通った日は丁度お天気だったけれど、そうそう、その時は丁度日本では入梅にゅうばいだったんだ、僕は観測所へ来てしばらくある建物屋根の上にやすんでいたねえ、やすんで居たって本当は少しとろとろ睡ったんだ。すると俄かに下で

大丈夫です、すっかり乾かわきましたから。』と云う声がするんだろう。見ると木村博士気象の方の技手ぎてとがラケットをさげて出て来ていたんだ。木村博士は瘠やせて眼のキョロキョロした人だけれども僕はまあ好きだねえ、それに非常にテニスうまいんだよ。僕はしばらく見てたねえ、どうしてもその技手の人はかなわない、まるっきり汗あせだらけになってよろよろしているんだ。あんまり僕も気の毒になったか屋根の上からじっとボールの往来をにらめてすきを見て置いてねえ、丁度博士がサーヴをつかったときふうっと飛び出して行って球を横の方へ外そらしてしまったんだ。博士はすぐもう一つの球を打ちこんだねえ。そいつは僕は途中に居て途方もなく遠くへけとばしてやった。

『こんな筈はずはないぞ。』と博士は云ったねえ、僕はもう博士にこれ位云わせれば沢山だと思って観測所をはなれて次の日丁度ここへ来たんだよ。ところでね、僕は少し向うへ行かなくちゃいけないか今日はこれでお別れしよう。さよなら。」

 又三郎はすっと見えなくなってしまいました。

 みんなは今日又三郎ばかりあんまり勝手なことを云ってあんまり勝手に行ってしまったりするもんですから少し変な気もしましたが一所に丘を降りて帰りました。

   九月六日

 一昨日おとといかだんだん曇って来たそらはとうとうその朝は低い雨雲を下してまるで冬にでも降るようなまっすぐなしずかな雨がやっと穂ほを出した草や青い木の葉にそそぎました。

 みんなは傘かさをさしたり小さな簑みのからすきとおるつめたい雫しずくをぽたぽた落したりして学校に来ました。

 雨はたびたび霽はれて雲も白く光りましたけれども今日は誰たれもあんまり教室の窓からあの丘の栗くりの木の処を見ませんでした。又三郎などもはじめこそはほんとうにめずらしく奇体きたいだったのですがだんだんなれて見ると割合ありふれたことになってしまってまるで東京からふいに田舎いなかの学校へ移って来た友だちぐらいにしか思われなくなって来たのです。

 おひるすぎ授業が済んでからはもう雨はすっかり晴れて小さな蝉せみなどもカンカン鳴きはじめたりしましたけれども誰も今日はあの栗の木の処へ行こうとも云わず一郎も耕一も学校の門の処で「あばえ。」と言ったきり別れてしまいました。

 耕一の家は学校から川添かわぞいに十五町ばかり溯のぼった処にありました。耕一の方から来ている子供では一年生の生徒が二人ありましたけれどもそれはもう午前中に帰ってしまっていましたし耕一はかばんと傘を持ってひとりみちを川上の方へ帰って行きました。みちは岩の崖がけになった処の中ごろを通るのでずいぶん度々たびたび山の窪くぼみや谷に添ってまわらなければなりませんでした。ところどころには湧水わきみずもあり、又みちの砂だってまっ白で平らでしたから耕一は今日も足駄あしだをぬいで傘と一緒いっしょにもって歩いて行きました。

 まがり角を二つまわってもう学校も見えなくなり前にもうしろにも人は一人も居ず谷の水だけ崖の下で少し濁にごってごうごう鳴るだけ大へんさびしくなりましたので耕一は口笛くちぶえを吹ふきながら少し早足に歩きました。

 ところが路みちの一とこに崖からからだをつき出すようにした楢ならや樺かばの木が路に被かぶさったとこがありました。耕一が何気なくその下を通りましたら俄にわかに木がぐらっとゆれてつめたい雫が一ぺんにざっと落ちて来ました。耕一は肩かたからせなかから水へ入ったようになりました。それほどひどく落ちて来たのです。

 耕一はその梢こずえちょっと見あげて少し顔を赤くして笑いながら行き過ぎました。

 ところが次の木のトンネルを通るときざっとその雫が落ちて来たのです。今度はもうすっかりからだまで水がしみる位にぬれました。耕一はぎょっとしましたけれどもやっぱり口笛を吹いて歩いて行きました。

 ところが間もなく又木のかぶさった処を通るようになりました。それは大へんに今までとはちがって長かったのです。耕一は通る前に一ぺんその青い枝を見あげました。雫は一ぱいにたまって全く今にも落ちそうには見えましたしおまけに二度あることは三度あるとも云うのでしたから少し立ちどまって考えて見ましたけれどもまさか三度が三度とも丁度下を通るときそれが落ちて来るということはないと思って少しびくびくしながらその下を急いで通って行きました。そしたらやっぱり、今度もざあっと雫が落ちて来たのです。耕一はもう少し口がまがって泣くようになって上を見あげました。けれども何とも仕方ありませんでしたから冷たさに一ぺんぶるっとしながらもう少し行きました。すると、又ざあと来たのです。

「誰たれだ。誰だ。」耕一はもうきっと誰かのいたずらだと思ってしばらく上をにらんでいましたがしんとして何の返事もなくただ下の方で川がごうごう鳴るばかりでした。そこで耕一は今度は傘をさして行こうと思って足駄を下におろして傘を開きました。そしたら俄にわかにどうっと風がやって来て傘はぱっと開きあぶなく吹き飛ばされそうになりました、耕一はよろよろしながらしっかり柄えをつかまえていましたらとうとう傘はがりがり風にこわされて開いた蕈きのこのような形になりました。

 耕一はとうとう泣き出してしまいました。

 すると丁度それと一緒に向うではあはあ笑う声がしたのです。びっくりしてそちらを見ましたらそいつは、そいつ風の又三郎でした。ガラスマントも雫でいっぱい髪かみの毛もぬれて束たばになり赤い顔からは湯気さえ立てながらはあはあはあはあふいごのように笑っていました。

 耕一はあたりがきぃんと鳴るように思ったくらい怒おこってしまいました。

「何なに為すぁ、ひとの傘ぶっかして。」

 又三郎はいよいよひどく笑ってまるでそこら中ころげるようにしました。

 耕一はもうこらえ切れなくなって持っていた傘をいきなり又三郎に投げつけてそれから泣きながら組み付いて行きました。

 すると又三郎はすばやくガラスマントをひろげて飛びあがってしまいました。もうどこへ行ったか見えないのです。

 耕一はまだ泣いてそらを見上げました。そしてしばらく口惜くやしさにしくしく泣いていましたがやっとあきらめてその壊こわれた傘も持たずうちへ帰ってしまいました。そして縁側えんがわから入ろうとしてふと見ましたらさっきの傘がひろげて干してあるのです。照井耕一という名もちゃんと書いてありましたし、さっきはなれた処もすっかりくっつききれた糸も外ほかの糸でつないでありました。耕一は縁側に座りながらとうとう笑い出してしまったのです。

   九月七日

 次の日は雨もすっかり霽れました。日曜日でしたから誰たれも学校に出ませんでした。ただ耕一は昨日又三郎あんなひどい悪戯いたずらをされましたのでどうしても今日は遭あってうんとひどくいじめてやらなければと思って自分一人でもこわかったもんですから一郎をさそって朝の八時頃ごろからあの草山の栗の木の下に行って待っていました。

 すると又三郎の方でもどう云うつもりか大へんに早く丁度九時ころ、丘の横の方から何か非常に考え込んだような風をして鼠ねずみいろのマントをうしろへはねて腕組みをして二人の方へやって来たのでした。さあ、しっかり談判しなくちゃいけないと考えて耕一はどきっとしました。又三郎はたしかに二人の居たのも知っていたようでしたが、わざといかにも考え込んでいるという風で二人の前を知らないふりして通って行こうとしました。

又三郎、うわぁい。」耕一はいきなりどなりました。又三郎はぎょっとしたようにふり向いて、

「おや、お早う。もう来ていたのかい。どうして今日はこんなに早いんだい。」とたずねました。

「日曜でさ。」一郎が云いました。

「ああ、今日は日曜だったんだね、僕ぼくすっかり忘れていた。そうだ八月三十一日が日曜だったからね、七日目で今日が又日曜なんだね。」

「うん。」一郎はこたえましたが耕一はぷりぷり怒っていました。又三郎が昨日のことな一言も云わずあんまりそらぞらしいもんですからそれに耕一に何も云われないように又日曜のことなどばかり云うもんですからじっさいしゃくにさわったのです。そこでとうとういきなり叫さけびました。

「うわぁい、又三郎、汝うななどぁ、世界に無くてもいいな。うわぁぃ。」

 すると又三郎はずるそうに笑いました。

「やあ、耕一君、お早う。昨日はずいぶん失敬したね。」

 耕一は何かもっと別のことを言おうと思いましたがあんまり怒ってしまって考え出すことができませんでしたので又同じように叫びました。

「うわぁい、うわぁいだが、又三郎、うななどぁ世界中に無くてもいいな、うわぁい。」

「昨日は実際失敬したよ。僕雨が降ってあんまり気持ちが悪かったもんだからね。」

 又三郎は少し眼めをパチパチさせて気の毒そうに云いましたけれども耕一の怒りは仲々解けませんでした。そして三度同じことを繰り返したのです。

「うわぁい、うななどぁ、無くてもいいな。うわぁい。」

 すると又三郎は少し面白おもしろくなったようでした。いつもの通りずるそうに笑って斯こう訊たずねました。

「僕たちが世界中になくてもいいってどう云うんだい。箇条かじょうを立てて云ってごらん。そら。」

 耕一は試験のようだしつまらないことになったと思って大へん口惜しかったのですが仕方なくしばらく考えてから答えました。

「汝うななどぁ悪戯ばりさな。傘ぶっ壊かしたり。」

それから? それから?」又三郎面白そうに一足進んで云いました。

「それがら、樹き折ったり転覆おっけあしたりさな。」

それから? それから、どうだい。」

「それがら、稲いねも倒たおさな。」

それから? あとはどうだい。」

「家もぶっ壊かさな。」

それから? それから? あとはどうだい。」

「砂も飛ばさな。」

それから? あとは? それから? あとはどうだい。」

シャッポも飛ばさな。」

それから? それから? あとは? あとはどうだい。」

「それがら、うう、電信ばしらも倒さな。」

それから? それから? それから?」

「それがら、塔とうも倒さな。」

「アアハハハ、塔は家のうちだい、どうだいまだあるかいそれから? それから?」

「それがら、うう、それがら、」耕一はつまってしまいました。大抵たいていもう云ってしまったのですからいくら考えてももう出ませんでした。

 又三郎はいよいよ面白そうに指を一本立てながら

それから? それから? ええ? それから。」と云うのでした。耕一は顔を赤くしてしばらく考えてからやっと答えました。

「それがら、風車かざぐるまもぶっ壊かさな。」

 すると又三郎は今度こそはまるで飛びあがって笑ってしまいました。笑って笑って笑いました。マントも一緒にひらひら波を立てました。

「そうらごらん、とうとう風車などを云っちゃった。風車なら僕を悪く思っちゃいないんだよ。勿論もちろん時々壊すこともあるけれども廻まわしてやるときの方がずうっと多いんだ。風車ならちっとも僕を悪く思っちゃいないんだ。うそと思ったら聴きいてごらん。お前たちはまるで勝手だねえ、僕たちがちっとばっかしいたずらすることは大業おおぎょうに悪口を云っていいとこはちっとも見ないんだ。それに第一お前のさっきからの数えようがあんまりおかしいや。うう、ううてばかりいたんだろう。おしまいはとうとう風車なんか数えちゃった。ああおかしい。」

 又三郎は又泪なみだの出るほど笑いました。

 耕一もさっきからあんまり困ったために怒っていたのもだんだん忘れて来ました。そしてつい又三郎と一所にわらいだしてしまったのです。さあ又三郎のよろこんだこと俄かにしゃべりはじめました。

「ね、そら、僕たちのやるいたずらで一番ひどいことは日本ならば稲を倒すことだよ、二百十日から二百二十日ころまで、昔むかしはその頃ほんとうに僕たちはこわがられたよ。なぜってその頃は丁度稲に花のかかるときだろう。その時僕たちにかけられたら花がみんな散ってしまってまるで実にならないだろう、だから前は本当にこわがったんだ、僕たちだってわざとするんじゃない、どうしてもその頃かけなくちゃいかいからかけるんだ、もう三四日たてばきっと又そうなるよ。けれどもいまはもう農業が進んでお前たちの家の近くなどでは二百十日のころになど花の咲いている稲なんか一本もないだろう、大抵もう柔やわらかな実になってるんだ。早い稲はもうよほど硬かたくさえなってるよ、僕らがかけあるいて少し位倒れたってそんなにひどくとりいれが減りはしないんだ。だから結局何でもないさ。それからも一つは木を倒すことだよ。家を倒すなんてそんなことはほんの少しだからね、木を倒すことだよ、これだって悪戯いたずらじゃないんだよ。倒れないようにして置けぁいいんだ。葉の濶ひろい樹なら丈夫じょうぶだよ。僕たちが少しぐらいひどくぶっつかっても仲々倒れやしない。それに林の樹が倒れるなんかそれは林の持主が悪いんだよ。林を伐きるときはね、よく一年中の強い風向を考えてその風下の方からだんだん伐って行くんだよ。林の外側の木は強いけれども中の方の木はせいばかり高くて弱いからよくそんなことも気をつけなけぁいけないんだ。だからまず僕たちのこと悪く云う前によく自分の方に気をつけりゃいいんだよ。海岸ではね、僕たちが波のしぶきを運んで行くとすぐ枯かれるやつも枯れないやつもあるよ。苹果りんごや梨なしやまるめろや胡瓜きゅうりはだめだ、すぐ枯れる、稲や薄荷はっかやだいこんなどはなかなか強い、牧草なども強いねえ。」

 又三郎ちょっと話をやめました。耕一もすっかり機嫌きげんを直して云いました。

又三郎、おれぁあんまり怒ごしゃで悪がた。許せな。」

 すると又三郎はすっかり悦よろこびました。

「ああありがとう、お前はほんとうにさっぱりしていい子供だねえ、だから僕はおまえはすきだよ、すきだから昨日もいたずらしたんだ、僕だっていたずらはするけれど、いいことはもっと沢山たくさんするんだよ、そら数えてごらん、僕は松の花でも楊やなぎの花でも草棉くさわたの毛でも運んで行くだろう。稲の花粉かふんだってやっぱり僕らが運ぶんだよ。それから僕が通ると草木はみんな丈夫になるよ。悪い空気も持って行っていい空気も運んで来る。東京浅草のまるで濁にごった寒天のような空気をうまく太平洋の方へさらって行って日本アルプスのいい空気だって代りに持って行ってやるんだ。もし僕がいなかったら病気も湿気しっけもいくらふえるか知れないんだ。ところで今日はお前たちは僕にあうためにばかりここへ来たのかい。けれども僕は今日は十時半から演習へ出なけぁいけないからもう別れなけぁならないんだ。あした又また来ておくれ。ね。じゃ、さよなら

人の

僕は上海シャンハイだって何べんも知ってるよ。」みんなが丘へのぼったとき又三郎がいきなりマントをぎらっとさせてそこらの草へ橙だいだいや青の光を落しながら出て来てそれから指をひろげてみんなの前に突つき出して云いました。

上海東京は僕たちの仲間なら誰たれでもみんな通りたがるんだ。どうしてか知ってるかい。」

 又三郎はまっ黒な眼を少し意地わるそうにくりくりさせながらみんなを見まわしました。けれども上海東京ということは一郎も誰も何のことかわかりませんでしたからお互たがいしばらく顔を見合せてだまっていましたら又三郎がもう大得意でにやにや笑いながら言ったのです。

「僕たちの仲間はみんな上海東京を通りたがるよ。どうしてって東京には日本中央気象台があるし上海には支那中華ちゅうか大気象台があるだろう。どっちだって偉えらい人がたくさん居るんだ。本当は気象台の上をかけるときは僕たちはみんな急ぎたがるんだ。どうしてって風力計がくるくるくるくる廻まわっていて僕たちのレコードちゃんと下の機械に出て新聞にも載のるんだろう。誰だっていいレコードを作りたいからそれはどうしても急ぐんだよ。けれども僕たちの方のきめでは気象台測候所の近くへ来たからって俄にわかに急いだりすることは大へん卑怯ひきょうなことにされてあるんだ。お前たちだってきっとそうだろう、試験の時ばかりむやみに勉強したりするのはいけないことになってるだろう。だから僕たちも急ぎたくたってわざと急がないんだ。そのかわりほんとうに一生けん命かけてる最中気象台へ通りかかるときはうれしいねえ、風力計をまるでのぼせるくらいにまわしてピーッとかけぬけるだろう、胸もすっとなるんだ。面白おもしろかったねえ、一昨年だったけれど六月ころ僕丁度上海に居たんだ。昼の間には海から陸へ移って行き夜には陸から海へ行ってたねえ、大抵朝は十時頃ごろ海から陸の方へかけぬけるようになっていたんだがそのときはいつでも、うまい工合ぐあい気象台を通るようになるんだ。すると気象台の風力計や風信器や置いてある屋根の上のやぐらにいつでも一人の支那人の理学博士子供助手とが立っているんだ。

 博士はだまっていたが子供助手はいつでも何か言っているんだ。そいつは頭をくりくりの芥子坊主けしぼうずにしてね、着物だって袖そでの広い支那服だろう、沓くつもはいてるねえ、大へんかあいらしいんだよ、一番はじめの日僕がそこを通ったら斯こう言っていた。

『これはきっと颶風ぐふうですね。ずぶんひどい風ですね。』

 すると支那人の博士が葉巻をくわえたままふんふん笑って

『家が飛ばないじゃないか。』

と云いうと子供助手はまるで口を尖とがらせて、

だって向うの三角旗や何かぱたぱた云ってます。』というんだ。博士は笑って相手にしないで壇だんを下りて行くねえ、子供助手は少し悄気しょげながら手を拱こまねいてあとから恭々しくついて行く。

 僕はそのとき二・五米メートルというレコードを風力計にのこして笑って行ってしまったんだ。

 次の日も九時頃僕は海の霧きりの中で眼がさめてそれから霧がだんだん融とけて空が青くなりお日さまが黄金きんのばらのようにかがやき出したころそろそろ陸の方へ向ったんだ。これは仕方ないんだよ、お日さんさえ出たらきっともう僕たちは陸の方へ行かなけぁならないようになるんだ、僕はだんだん岸へよって鴎かもめが白い蓮華れんげの花のように波に浮うかんでいるのも見たし、また沢山のジャンクの黄いろの帆ほや白く塗ぬられた蒸気船の舷げんを通ったりなんかして昨日の気象台に通りかかると僕はもう遠くからあの風力計のくるくるくるくる廻るのを見て胸が踊おどるんだ。すっとかけぬけただろう。レコードが一秒五米と出たねえ、そのとき下を見ると昨日の博士子供助手とが今日も出て居て子供助手がやっぱり云っているんだ。

『この風はたしかに颶風ぐふうですね。』

 支那人の博士はやっぱりわらって気がないように、

『瓦かわらも石も舞まい上らんじゃないか。』と答えながらもう壇を下りかかるんだ。子供助手はまるで一生けん命になって

だって木の枝えだが動いてますよ。』と云うんだ。それでも博士はまるで相手にしないねえ、僕もその時はもう気象台をずうっとはなれてしまってあとどうなったか知らない。

 そしてその日はずうっと西の方の瀬戸物の塔とうのあるあたりまで行ってぶらぶらし、その晩十七夜のお月さまの出るころ海へ戻もどって睡ったんだ。

 ところがその次の日もなんだ。その次の日僕がまた海からやって来てほくほくしながらもう大分の早足で気象台を通りかかったらやっぱり博士助手が二人出ていた。

『こいつはもう本とうの暴風ですね、』又またあの子供の助手が尤もっともらしい顔つきで腕うでを拱いてそう云っているだろう。博士はやっぱり鼻であしらうといった風で

だって木が根こぎにならんじゃないか。』と云うんだ。子供はまるで顔をまっ赤にして

『それでもどの木もみんなぐらぐらしてますよ。』と云うんだ。その時僕はもうあとを見なかった。なぜってその日のレコードは八米だからね、そんなに気象台の所にばかり永くとまっているわけには行かなかったんだ。そしてその次の日だよ、やっぱり僕は海へ帰っていたんだ。そして丁度八時ころから雲も一ぱいにやって来て波も高かった。僕はこの時はもう両手をひろげ叫び声をあげて気象台を通った。やっぱり二人とも出ていたねえ、子供は高い処ところなもんだからもうぶるぶる顫ふるえて手すりにとりついているんだ。雨も幾いくつぶか落ちたよ。そんなにこわそうにしながらまた斯う云っているんだ。

『これは本当の暴風ですね、林ががあがあ云ってますよ、枝も折れてますよ。』

 ところが博士は落ちついてからだを少しまげながら海の方へ手をかざして云ったねえ

『うん、けれどもまだ暴風というわけじゃないな。もう降りよう。』僕はその語ことばをきれぎれに聴ききながらそこをはなれたんだそれからもうかけてかけて林を通るときは木をみんな狂人きょうじんのようにゆすぶらせ丘を通るときは草も花もめっちゃめちゃにたたきつけたんだ、そしてその夕方までに上海シャンハイから十里も南西の方の山の中に行ったんだ。そして少し疲つかれたのでみんなとわかれてやすんでいたらその晩また僕たちは上海から北の方の海へ抜ぬけて今度はもうまっすぐにこっちの方までやって来るということになったんだ。そいつ低気圧だよ、あいつに従ついて行くことになったんだ。さあ僕はその晩中あしたもう一ぺん上海気象台を通りたいといくら考えたか知れやしない。ところがうまいこと通ったんだ。そして僕は遠くから風力計の椀わんがまるで眼にも見えない位速くまわっているのを見、又あの支那人の博士が黄いろなレーンコートを着子供助手が黒い合羽かっぱを着てやぐらの上に立って一生けん命空を見あげているのを見た。さあ僕はもう笛ふえのように鳴りいなずまのように飛んで

今日暴風ですよ、そら、暴風ですよ。今日は。さよなら。』と叫びながら通ったんだ。もう子供助手が何を云ったかただその小さな口がぴくっとまがったのを見ただけ少しも僕にはわからなかった。

 そうだ、そのときは僕は海をぐんぐんわたってこっちへ来たけれども来る途中とちゅうでだんだんかけるのをやめてそれから丁度五日目にここも通ったよ。その前の日はあの水沢臨時緯度いど観測所も通った。あすこは僕たちの日本では東京の次に通りたがる所なんだよ。なぜってあすこを通るとレコードでも何でもみな外国の方まで知れるようになることがあるからなんだ。あすこを通った日は丁度お天気だったけれど、そうそう、その時は丁度日本では入梅にゅうばいだったんだ、僕は観測所へ来てしばらくある建物屋根の上にやすんでいたねえ、やすんで居たって本当は少しとろとろ睡ったんだ。すると俄かに下で

大丈夫です、すっかり乾かわきましたから。』と云う声がするんだろう。見ると木村博士気象の方の技手ぎてとがラケットをさげて出て来ていたんだ。木村博士は瘠やせて眼のキョロキョロした人だけれども僕はまあ好きだねえ、それに非常にテニスうまいんだよ。僕はしばらく見てたねえ、どうしてもその技手の人はかなわない、まるっきり汗あせだらけになってよろよろしているんだ。あんまり僕も気の毒になったか屋根の上からじっとボールの往来をにらめてすきを見て置いてねえ、丁度博士がサーヴをつかったときふうっと飛び出して行って球を横の方へ外そらしてしまったんだ。博士はすぐもう一つの球を打ちこんだねえ。そいつは僕は途中に居て途方もなく遠くへけとばしてやった。

『こんな筈はずはないぞ。』と博士は云ったねえ、僕はもう博士にこれ位云わせれば沢山だと思って観測所をはなれて次の日丁度ここへ来たんだよ。ところでね、僕は少し向うへ行かなくちゃいけないか今日はこれでお別れしよう。さよなら。」

 又三郎はすっと見えなくなってしまいました。

 みんなは今日又三郎ばかりあんまり勝手なことを云ってあんまり勝手に行ってしまったりするもんですから少し変な気もしましたが一所に丘を降りて帰りました。

   九月六日

 一昨日おとといかだんだん曇って来たそらはとうとうその朝は低い雨雲を下してまるで冬にでも降るようなまっすぐなしずかな雨がやっと穂ほを出した草や青い木の葉にそそぎました。

 みんなは傘かさをさしたり小さな簑みのからすきとおるつめたい雫しずくをぽたぽた落したりして学校に来ました。

 雨はたびたび霽はれて雲も白く光りましたけれども今日は誰たれもあんまり教室の窓からあの丘の栗くりの木の処を見ませんでした。又三郎などもはじめこそはほんとうにめずらしく奇体きたいだったのですがだんだんなれて見ると割合ありふれたことになってしまってまるで東京からふいに田舎いなかの学校へ移って来た友だちぐらいにしか思われなくなって来たのです。

 おひるすぎ授業が済んでからはもう雨はすっかり晴れて小さな蝉せみなどもカンカン鳴きはじめたりしましたけれども誰も今日はあの栗の木の処へ行こうとも云わず一郎も耕一も学校の門の処で「あばえ。」と言ったきり別れてしまいました。

 耕一の家は学校から川添かわぞいに十五町ばかり溯のぼった処にありました。耕一の方から来ている子供では一年生の生徒が二人ありましたけれどもそれはもう午前中に帰ってしまっていましたし耕一はかばんと傘を持ってひとりみちを川上の方へ帰って行きました。みちは岩の崖がけになった処の中ごろを通るのでずいぶん度々たびたび山の窪くぼみや谷に添ってまわらなければなりませんでした。ところどころには湧水わきみずもあり、又みちの砂だってまっ白で平らでしたから耕一は今日も足駄あしだをぬいで傘と一緒いっしょにもって歩いて行きました。

 まがり角を二つまわってもう学校も見えなくなり前にもうしろにも人は一人も居ず谷の水だけ崖の下で少し濁にごってごうごう鳴るだけ大へんさびしくなりましたので耕一は口笛くちぶえを吹ふきながら少し早足に歩きました。

 ところが路みちの一とこに崖からからだをつき出すようにした楢ならや樺かばの木が路に被かぶさったとこがありました。耕一が何気なくその下を通りましたら俄にわかに木がぐらっとゆれてつめたい雫が一ぺんにざっと落ちて来ました。耕一は肩かたからせなかから水へ入ったようになりました。それほどひどく落ちて来たのです。

 耕一はその梢こずえちょっと見あげて少し顔を赤くして笑いながら行き過ぎました。

 ところが次の木のトンネルを通るときざっとその雫が落ちて来たのです。今度はもうすっかりからだまで水がしみる位にぬれました。耕一はぎょっとしましたけれどもやっぱり口笛を吹いて歩いて行きました。

 ところが間もなく又木のかぶさった処を通るようになりました。それは大へんに今までとはちがって長かったのです。耕一は通る前に一ぺんその青い枝を見あげました。雫は一ぱいにたまって全く今にも落ちそうには見えましたしおまけに二度あることは三度あるとも云うのでしたから少し立ちどまって考えて見ましたけれどもまさか三度が三度とも丁度下を通るときそれが落ちて来るということはないと思って少しびくびくしながらその下を急いで通って行きました。そしたらやっぱり、今度もざあっと雫が落ちて来たのです。耕一はもう少し口がまがって泣くようになって上を見あげました。けれども何とも仕方ありませんでしたから冷たさに一ぺんぶるっとしながらもう少し行きました。すると、又ざあと来たのです。

「誰たれだ。誰だ。」耕一はもうきっと誰かのいたずらだと思ってしばらく上をにらんでいましたがしんとして何の返事もなくただ下の方で川がごうごう鳴るばかりでした。そこで耕一は今度は傘をさして行こうと思って足駄を下におろして傘を開きました。そしたら俄にわかにどうっと風がやって来て傘はぱっと開きあぶなく吹き飛ばされそうになりました、耕一はよろよろしながらしっかり柄えをつかまえていましたらとうとう傘はがりがり風にこわされて開いた蕈きのこのような形になりました。

 耕一はとうとう泣き出してしまいました。

 すると丁度それと一緒に向うではあはあ笑う声がしたのです。びっくりしてそちらを見ましたらそいつは、そいつ風の又三郎でした。ガラスマントも雫でいっぱい髪かみの毛もぬれて束たばになり赤い顔からは湯気さえ立てながらはあはあはあはあふいごのように笑っていました。

 耕一はあたりがきぃんと鳴るように思ったくらい怒おこってしまいました。

「何なに為すぁ、ひとの傘ぶっかして。」

 又三郎はいよいよひどく笑ってまるでそこら中ころげるようにしました。

 耕一はもうこらえ切れなくなって持っていた傘をいきなり又三郎に投げつけてそれから泣きながら組み付いて行きました。

 すると又三郎はすばやくガラスマントをひろげて飛びあがってしまいました。もうどこへ行ったか見えないのです。

 耕一はまだ泣いてそらを見上げました。そしてしばらく口惜くやしさにしくしく泣いていましたがやっとあきらめてその壊こわれた傘も持たずうちへ帰ってしまいました。そして縁側えんがわから入ろうとしてふと見ましたらさっきの傘がひろげて干してあるのです。照井耕一という名もちゃんと書いてありましたし、さっきはなれた処もすっかりくっつききれた糸も外ほかの糸でつないでありました。耕一は縁側に座りながらとうとう笑い出してしまったのです。

   九月七日

 次の日は雨もすっかり霽れました。日曜日でしたから誰たれも学校に出ませんでした。ただ耕一は昨日又三郎あんなひどい悪戯いたずらをされましたのでどうしても今日は遭あってうんとひどくいじめてやらなければと思って自分一人でもこわかったもんですから一郎をさそって朝の八時頃ごろからあの草山の栗の木の下に行って待っていました。

 すると又三郎の方でもどう云うつもりか大へんに早く丁度九時ころ、丘の横の方から何か非常に考え込んだような風をして鼠ねずみいろのマントをうしろへはねて腕組みをして二人の方へやって来たのでした。さあ、しっかり談判しなくちゃいけないと考えて耕一はどきっとしました。又三郎はたしかに二人の居たのも知っていたようでしたが、わざといかにも考え込んでいるという風で二人の前を知らないふりして通って行こうとしました。

又三郎、うわぁい。」耕一はいきなりどなりました。又三郎はぎょっとしたようにふり向いて、

「おや、お早う。もう来ていたのかい。どうして今日はこんなに早いんだい。」とたずねました。

「日曜でさ。」一郎が云いました。

「ああ、今日は日曜だったんだね、僕ぼくすっかり忘れていた。そうだ八月三十一日が日曜だったからね、七日目で今日が又日曜なんだね。」

「うん。」一郎はこたえましたが耕一はぷりぷり怒っていました。又三郎が昨日のことな一言も云わずあんまりそらぞらしいもんですからそれに耕一に何も云われないように又日曜のことなどばかり云うもんですからじっさいしゃくにさわったのです。そこでとうとういきなり叫さけびました。

「うわぁい、又三郎、汝うななどぁ、世界に無くてもいいな。うわぁぃ。」

 すると又三郎はずるそうに笑いました。

「やあ、耕一君、お早う。昨日はずいぶん失敬したね。」

 耕一は何かもっと別のことを言おうと思いましたがあんまり怒ってしまって考え出すことができませんでしたので又同じように叫びました。

「うわぁい、うわぁいだが、又三郎、うななどぁ世界中に無くてもいいな、うわぁい。」

「昨日は実際失敬したよ。僕雨が降ってあんまり気持ちが悪かったもんだからね。」

 又三郎は少し眼めをパチパチさせて気の毒そうに云いましたけれども耕一の怒りは仲々解けませんでした。そして三度同じことを繰り返したのです。

「うわぁい、うななどぁ、無くてもいいな。うわぁい。」

 すると又三郎は少し面白おもしろくなったようでした。いつもの通りずるそうに笑って斯こう訊たずねました。

「僕たちが世界中になくてもいいってどう云うんだい。箇条かじょうを立てて云ってごらん。そら。」

 耕一は試験のようだしつまらないことになったと思って大へん口惜しかったのですが仕方なくしばらく考えてから答えました。

「汝うななどぁ悪戯ばりさな。傘ぶっ壊かしたり。」

それから? それから?」又三郎面白そうに一足進んで云いました。

「それがら、樹き折ったり転覆おっけあしたりさな。」

それから? それから、どうだい。」

「それがら、稲いねも倒たおさな。」

それから? あとはどうだい。」

「家もぶっ壊かさな。」

それから? それから? あとはどうだい。」

「砂も飛ばさな。」

それから? あとは? それから? あとはどうだい。」

シャッポも飛ばさな。」

それから? それから? あとは? あとはどうだい。」

「それがら、うう、電信ばしらも倒さな。」

それから? それから? それから?」

「それがら、塔とうも倒さな。」

「アアハハハ、塔は家のうちだい、どうだいまだあるかいそれから? それから?」

「それがら、うう、それがら、」耕一はつまってしまいました。大抵たいていもう云ってしまったのですからいくら考えてももう出ませんでした。

 又三郎はいよいよ面白そうに指を一本立てながら

それから? それから? ええ? それから。」と云うのでした。耕一は顔を赤くしてしばらく考えてからやっと答えました。

「それがら、風車かざぐるまもぶっ壊かさな。」

 すると又三郎は今度こそはまるで飛びあがって笑ってしまいました。笑って笑って笑いました。マントも一緒にひらひら波を立てました。

「そうらごらん、とうとう風車などを云っちゃった。風車なら僕を悪く思っちゃいないんだよ。勿論もちろん時々壊すこともあるけれども廻まわしてやるときの方がずうっと多いんだ。風車ならちっとも僕を悪く思っちゃいないんだ。うそと思ったら聴きいてごらん。お前たちはまるで勝手だねえ、僕たちがちっとばっかしいたずらすることは大業おおぎょうに悪口を云っていいとこはちっとも見ないんだ。それに第一お前のさっきからの数えようがあんまりおかしいや。うう、ううてばかりいたんだろう。おしまいはとうとう風車なんか数えちゃった。ああおかしい。」

 又三郎は又泪なみだの出るほど笑いました。

 耕一もさっきからあんまり困ったために怒っていたのもだんだん忘れて来ました。そしてつい又三郎と一所にわらいだしてしまったのです。さあ又三郎のよろこんだこと俄かにしゃべりはじめました。

「ね、そら、僕たちのやるいたずらで一番ひどいことは日本ならば稲を倒すことだよ、二百十日から二百二十日ころまで、昔むかしはその頃ほんとうに僕たちはこわがられたよ。なぜってその頃は丁度稲に花のかかるときだろう。その時僕たちにかけられたら花がみんな散ってしまってまるで実にならないだろう、だから前は本当にこわがったんだ、僕たちだってわざとするんじゃない、どうしてもその頃かけなくちゃいかいからかけるんだ、もう三四日たてばきっと又そうなるよ。けれどもいまはもう農業が進んでお前たちの家の近くなどでは二百十日のころになど花の咲いている稲なんか一本もないだろう、大抵もう柔やわらかな実になってるんだ。早い稲はもうよほど硬かたくさえなってるよ、僕らがかけあるいて少し位倒れたってそんなにひどくとりいれが減りはしないんだ。だから結局何でもないさ。それからも一つは木を倒すことだよ。家を倒すなんてそんなことはほんの少しだからね、木を倒すことだよ、これだって悪戯いたずらじゃないんだよ。倒れないようにして置けぁいいんだ。葉の濶ひろい樹なら丈夫じょうぶだよ。僕たちが少しぐらいひどくぶっつかっても仲々倒れやしない。それに林の樹が倒れるなんかそれは林の持主が悪いんだよ。林を伐きるときはね、よく一年中の強い風向を考えてその風下の方からだんだん伐って行くんだよ。林の外側の木は強いけれども中の方の木はせいばかり高くて弱いからよくそんなことも気をつけなけぁいけないんだ。だからまず僕たちのこと悪く云う前によく自分の方に気をつけりゃいいんだよ。海岸ではね、僕たちが波のしぶきを運んで行くとすぐ枯かれるやつも枯れないやつもあるよ。苹果りんごや梨なしやまるめろや胡瓜きゅうりはだめだ、すぐ枯れる、稲や薄荷はっかやだいこんなどはなかなか強い、牧草なども強いねえ。」

 又三郎ちょっと話をやめました。耕一もすっかり機嫌きげんを直して云いました。

又三郎、おれぁあんまり怒ごしゃで悪がた。許せな。」

 すると又三郎はすっかり悦よろこびました。

「ああありがとう、お前はほんとうにさっぱりしていい子供だねえ、だから僕はおまえはすきだよ、すきだから昨日もいたずらしたんだ、僕だっていたずらはするけれど、いいことはもっと沢山たくさんするんだよ、そら数えてごらん、僕は松の花でも楊やなぎの花でも草棉くさわたの毛でも運んで行くだろう。稲の花粉かふんだってやっぱり僕らが運ぶんだよ。それから僕が通ると草木はみんな丈夫になるよ。悪い空気も持って行っていい空気も運んで来る。東京浅草のまるで濁にごった寒天のような空気をうまく太平洋の方へさらって行って日本アルプスのいい空気だって代りに持って行ってやるんだ。もし僕がいなかったら病気も湿気しっけもいくらふえるか知れないんだ。ところで今日はお前たちは僕にあうためにばかりここへ来たのかい。けれども僕は今日は十時半から演習へ出なけぁいけないからもう別れなけぁならないんだ。あした又また来ておくれ。ね。じゃ、さよなら

アホ

僕は上海シャンハイだって何べんも知ってるよ。」みんなが丘へのぼったとき又三郎がいきなりマントをぎらっとさせてそこらの草へ橙だいだいや青の光を落しながら出て来てそれから指をひろげてみんなの前に突つき出して云いました。

上海東京は僕たちの仲間なら誰たれでもみんな通りたがるんだ。どうしてか知ってるかい。」

 又三郎はまっ黒な眼を少し意地わるそうにくりくりさせながらみんなを見まわしました。けれども上海東京ということは一郎も誰も何のことかわかりませんでしたからお互たがいしばらく顔を見合せてだまっていましたら又三郎がもう大得意でにやにや笑いながら言ったのです。

「僕たちの仲間はみんな上海東京を通りたがるよ。どうしてって東京には日本中央気象台があるし上海には支那中華ちゅうか大気象台があるだろう。どっちだって偉えらい人がたくさん居るんだ。本当は気象台の上をかけるときは僕たちはみんな急ぎたがるんだ。どうしてって風力計がくるくるくるくる廻まわっていて僕たちのレコードちゃんと下の機械に出て新聞にも載のるんだろう。誰だっていいレコードを作りたいからそれはどうしても急ぐんだよ。けれども僕たちの方のきめでは気象台測候所の近くへ来たからって俄にわかに急いだりすることは大へん卑怯ひきょうなことにされてあるんだ。お前たちだってきっとそうだろう、試験の時ばかりむやみに勉強したりするのはいけないことになってるだろう。だから僕たちも急ぎたくたってわざと急がないんだ。そのかわりほんとうに一生けん命かけてる最中気象台へ通りかかるときはうれしいねえ、風力計をまるでのぼせるくらいにまわしてピーッとかけぬけるだろう、胸もすっとなるんだ。面白おもしろかったねえ、一昨年だったけれど六月ころ僕丁度上海に居たんだ。昼の間には海から陸へ移って行き夜には陸から海へ行ってたねえ、大抵朝は十時頃ごろ海から陸の方へかけぬけるようになっていたんだがそのときはいつでも、うまい工合ぐあい気象台を通るようになるんだ。すると気象台の風力計や風信器や置いてある屋根の上のやぐらにいつでも一人の支那人の理学博士子供助手とが立っているんだ。

 博士はだまっていたが子供助手はいつでも何か言っているんだ。そいつは頭をくりくりの芥子坊主けしぼうずにしてね、着物だって袖そでの広い支那服だろう、沓くつもはいてるねえ、大へんかあいらしいんだよ、一番はじめの日僕がそこを通ったら斯こう言っていた。

『これはきっと颶風ぐふうですね。ずぶんひどい風ですね。』

 すると支那人の博士が葉巻をくわえたままふんふん笑って

『家が飛ばないじゃないか。』

と云いうと子供助手はまるで口を尖とがらせて、

だって向うの三角旗や何かぱたぱた云ってます。』というんだ。博士は笑って相手にしないで壇だんを下りて行くねえ、子供助手は少し悄気しょげながら手を拱こまねいてあとから恭々しくついて行く。

 僕はそのとき二・五米メートルというレコードを風力計にのこして笑って行ってしまったんだ。

 次の日も九時頃僕は海の霧きりの中で眼がさめてそれから霧がだんだん融とけて空が青くなりお日さまが黄金きんのばらのようにかがやき出したころそろそろ陸の方へ向ったんだ。これは仕方ないんだよ、お日さんさえ出たらきっともう僕たちは陸の方へ行かなけぁならないようになるんだ、僕はだんだん岸へよって鴎かもめが白い蓮華れんげの花のように波に浮うかんでいるのも見たし、また沢山のジャンクの黄いろの帆ほや白く塗ぬられた蒸気船の舷げんを通ったりなんかして昨日の気象台に通りかかると僕はもう遠くからあの風力計のくるくるくるくる廻るのを見て胸が踊おどるんだ。すっとかけぬけただろう。レコードが一秒五米と出たねえ、そのとき下を見ると昨日の博士子供助手とが今日も出て居て子供助手がやっぱり云っているんだ。

『この風はたしかに颶風ぐふうですね。』

 支那人の博士はやっぱりわらって気がないように、

『瓦かわらも石も舞まい上らんじゃないか。』と答えながらもう壇を下りかかるんだ。子供助手はまるで一生けん命になって

だって木の枝えだが動いてますよ。』と云うんだ。それでも博士はまるで相手にしないねえ、僕もその時はもう気象台をずうっとはなれてしまってあとどうなったか知らない。

 そしてその日はずうっと西の方の瀬戸物の塔とうのあるあたりまで行ってぶらぶらし、その晩十七夜のお月さまの出るころ海へ戻もどって睡ったんだ。

 ところがその次の日もなんだ。その次の日僕がまた海からやって来てほくほくしながらもう大分の早足で気象台を通りかかったらやっぱり博士助手が二人出ていた。

『こいつはもう本とうの暴風ですね、』又またあの子供の助手が尤もっともらしい顔つきで腕うでを拱いてそう云っているだろう。博士はやっぱり鼻であしらうといった風で

だって木が根こぎにならんじゃないか。』と云うんだ。子供はまるで顔をまっ赤にして

『それでもどの木もみんなぐらぐらしてますよ。』と云うんだ。その時僕はもうあとを見なかった。なぜってその日のレコードは八米だからね、そんなに気象台の所にばかり永くとまっているわけには行かなかったんだ。そしてその次の日だよ、やっぱり僕は海へ帰っていたんだ。そして丁度八時ころから雲も一ぱいにやって来て波も高かった。僕はこの時はもう両手をひろげ叫び声をあげて気象台を通った。やっぱり二人とも出ていたねえ、子供は高い処ところなもんだからもうぶるぶる顫ふるえて手すりにとりついているんだ。雨も幾いくつぶか落ちたよ。そんなにこわそうにしながらまた斯う云っているんだ。

『これは本当の暴風ですね、林ががあがあ云ってますよ、枝も折れてますよ。』

 ところが博士は落ちついてからだを少しまげながら海の方へ手をかざして云ったねえ

『うん、けれどもまだ暴風というわけじゃないな。もう降りよう。』僕はその語ことばをきれぎれに聴ききながらそこをはなれたんだそれからもうかけてかけて林を通るときは木をみんな狂人きょうじんのようにゆすぶらせ丘を通るときは草も花もめっちゃめちゃにたたきつけたんだ、そしてその夕方までに上海シャンハイから十里も南西の方の山の中に行ったんだ。そして少し疲つかれたのでみんなとわかれてやすんでいたらその晩また僕たちは上海から北の方の海へ抜ぬけて今度はもうまっすぐにこっちの方までやって来るということになったんだ。そいつ低気圧だよ、あいつに従ついて行くことになったんだ。さあ僕はその晩中あしたもう一ぺん上海気象台を通りたいといくら考えたか知れやしない。ところがうまいこと通ったんだ。そして僕は遠くから風力計の椀わんがまるで眼にも見えない位速くまわっているのを見、又あの支那人の博士が黄いろなレーンコートを着子供助手が黒い合羽かっぱを着てやぐらの上に立って一生けん命空を見あげているのを見た。さあ僕はもう笛ふえのように鳴りいなずまのように飛んで

今日暴風ですよ、そら、暴風ですよ。今日は。さよなら。』と叫びながら通ったんだ。もう子供助手が何を云ったかただその小さな口がぴくっとまがったのを見ただけ少しも僕にはわからなかった。

 そうだ、そのときは僕は海をぐんぐんわたってこっちへ来たけれども来る途中とちゅうでだんだんかけるのをやめてそれから丁度五日目にここも通ったよ。その前の日はあの水沢臨時緯度いど観測所も通った。あすこは僕たちの日本では東京の次に通りたがる所なんだよ。なぜってあすこを通るとレコードでも何でもみな外国の方まで知れるようになることがあるからなんだ。あすこを通った日は丁度お天気だったけれど、そうそう、その時は丁度日本では入梅にゅうばいだったんだ、僕は観測所へ来てしばらくある建物屋根の上にやすんでいたねえ、やすんで居たって本当は少しとろとろ睡ったんだ。すると俄かに下で

大丈夫です、すっかり乾かわきましたから。』と云う声がするんだろう。見ると木村博士気象の方の技手ぎてとがラケットをさげて出て来ていたんだ。木村博士は瘠やせて眼のキョロキョロした人だけれども僕はまあ好きだねえ、それに非常にテニスうまいんだよ。僕はしばらく見てたねえ、どうしてもその技手の人はかなわない、まるっきり汗あせだらけになってよろよろしているんだ。あんまり僕も気の毒になったか屋根の上からじっとボールの往来をにらめてすきを見て置いてねえ、丁度博士がサーヴをつかったときふうっと飛び出して行って球を横の方へ外そらしてしまったんだ。博士はすぐもう一つの球を打ちこんだねえ。そいつは僕は途中に居て途方もなく遠くへけとばしてやった。

『こんな筈はずはないぞ。』と博士は云ったねえ、僕はもう博士にこれ位云わせれば沢山だと思って観測所をはなれて次の日丁度ここへ来たんだよ。ところでね、僕は少し向うへ行かなくちゃいけないか今日はこれでお別れしよう。さよなら。」

 又三郎はすっと見えなくなってしまいました。

 みんなは今日又三郎ばかりあんまり勝手なことを云ってあんまり勝手に行ってしまったりするもんですから少し変な気もしましたが一所に丘を降りて帰りました。

   九月六日

 一昨日おとといかだんだん曇って来たそらはとうとうその朝は低い雨雲を下してまるで冬にでも降るようなまっすぐなしずかな雨がやっと穂ほを出した草や青い木の葉にそそぎました。

 みんなは傘かさをさしたり小さな簑みのからすきとおるつめたい雫しずくをぽたぽた落したりして学校に来ました。

 雨はたびたび霽はれて雲も白く光りましたけれども今日は誰たれもあんまり教室の窓からあの丘の栗くりの木の処を見ませんでした。又三郎などもはじめこそはほんとうにめずらしく奇体きたいだったのですがだんだんなれて見ると割合ありふれたことになってしまってまるで東京からふいに田舎いなかの学校へ移って来た友だちぐらいにしか思われなくなって来たのです。

 おひるすぎ授業が済んでからはもう雨はすっかり晴れて小さな蝉せみなどもカンカン鳴きはじめたりしましたけれども誰も今日はあの栗の木の処へ行こうとも云わず一郎も耕一も学校の門の処で「あばえ。」と言ったきり別れてしまいました。

 耕一の家は学校から川添かわぞいに十五町ばかり溯のぼった処にありました。耕一の方から来ている子供では一年生の生徒が二人ありましたけれどもそれはもう午前中に帰ってしまっていましたし耕一はかばんと傘を持ってひとりみちを川上の方へ帰って行きました。みちは岩の崖がけになった処の中ごろを通るのでずいぶん度々たびたび山の窪くぼみや谷に添ってまわらなければなりませんでした。ところどころには湧水わきみずもあり、又みちの砂だってまっ白で平らでしたから耕一は今日も足駄あしだをぬいで傘と一緒いっしょにもって歩いて行きました。

 まがり角を二つまわってもう学校も見えなくなり前にもうしろにも人は一人も居ず谷の水だけ崖の下で少し濁にごってごうごう鳴るだけ大へんさびしくなりましたので耕一は口笛くちぶえを吹ふきながら少し早足に歩きました。

 ところが路みちの一とこに崖からからだをつき出すようにした楢ならや樺かばの木が路に被かぶさったとこがありました。耕一が何気なくその下を通りましたら俄にわかに木がぐらっとゆれてつめたい雫が一ぺんにざっと落ちて来ました。耕一は肩かたからせなかから水へ入ったようになりました。それほどひどく落ちて来たのです。

 耕一はその梢こずえちょっと見あげて少し顔を赤くして笑いながら行き過ぎました。

 ところが次の木のトンネルを通るときざっとその雫が落ちて来たのです。今度はもうすっかりからだまで水がしみる位にぬれました。耕一はぎょっとしましたけれどもやっぱり口笛を吹いて歩いて行きました。

 ところが間もなく又木のかぶさった処を通るようになりました。それは大へんに今までとはちがって長かったのです。耕一は通る前に一ぺんその青い枝を見あげました。雫は一ぱいにたまって全く今にも落ちそうには見えましたしおまけに二度あることは三度あるとも云うのでしたから少し立ちどまって考えて見ましたけれどもまさか三度が三度とも丁度下を通るときそれが落ちて来るということはないと思って少しびくびくしながらその下を急いで通って行きました。そしたらやっぱり、今度もざあっと雫が落ちて来たのです。耕一はもう少し口がまがって泣くようになって上を見あげました。けれども何とも仕方ありませんでしたから冷たさに一ぺんぶるっとしながらもう少し行きました。すると、又ざあと来たのです。

「誰たれだ。誰だ。」耕一はもうきっと誰かのいたずらだと思ってしばらく上をにらんでいましたがしんとして何の返事もなくただ下の方で川がごうごう鳴るばかりでした。そこで耕一は今度は傘をさして行こうと思って足駄を下におろして傘を開きました。そしたら俄にわかにどうっと風がやって来て傘はぱっと開きあぶなく吹き飛ばされそうになりました、耕一はよろよろしながらしっかり柄えをつかまえていましたらとうとう傘はがりがり風にこわされて開いた蕈きのこのような形になりました。

 耕一はとうとう泣き出してしまいました。

 すると丁度それと一緒に向うではあはあ笑う声がしたのです。びっくりしてそちらを見ましたらそいつは、そいつ風の又三郎でした。ガラスマントも雫でいっぱい髪かみの毛もぬれて束たばになり赤い顔からは湯気さえ立てながらはあはあはあはあふいごのように笑っていました。

 耕一はあたりがきぃんと鳴るように思ったくらい怒おこってしまいました。

「何なに為すぁ、ひとの傘ぶっかして。」

 又三郎はいよいよひどく笑ってまるでそこら中ころげるようにしました。

 耕一はもうこらえ切れなくなって持っていた傘をいきなり又三郎に投げつけてそれから泣きながら組み付いて行きました。

 すると又三郎はすばやくガラスマントをひろげて飛びあがってしまいました。もうどこへ行ったか見えないのです。

 耕一はまだ泣いてそらを見上げました。そしてしばらく口惜くやしさにしくしく泣いていましたがやっとあきらめてその壊こわれた傘も持たずうちへ帰ってしまいました。そして縁側えんがわから入ろうとしてふと見ましたらさっきの傘がひろげて干してあるのです。照井耕一という名もちゃんと書いてありましたし、さっきはなれた処もすっかりくっつききれた糸も外ほかの糸でつないでありました。耕一は縁側に座りながらとうとう笑い出してしまったのです。

   九月七日

 次の日は雨もすっかり霽れました。日曜日でしたから誰たれも学校に出ませんでした。ただ耕一は昨日又三郎あんなひどい悪戯いたずらをされましたのでどうしても今日は遭あってうんとひどくいじめてやらなければと思って自分一人でもこわかったもんですから一郎をさそって朝の八時頃ごろからあの草山の栗の木の下に行って待っていました。

 すると又三郎の方でもどう云うつもりか大へんに早く丁度九時ころ、丘の横の方から何か非常に考え込んだような風をして鼠ねずみいろのマントをうしろへはねて腕組みをして二人の方へやって来たのでした。さあ、しっかり談判しなくちゃいけないと考えて耕一はどきっとしました。又三郎はたしかに二人の居たのも知っていたようでしたが、わざといかにも考え込んでいるという風で二人の前を知らないふりして通って行こうとしました。

又三郎、うわぁい。」耕一はいきなりどなりました。又三郎はぎょっとしたようにふり向いて、

「おや、お早う。もう来ていたのかい。どうして今日はこんなに早いんだい。」とたずねました。

「日曜でさ。」一郎が云いました。

「ああ、今日は日曜だったんだね、僕ぼくすっかり忘れていた。そうだ八月三十一日が日曜だったからね、七日目で今日が又日曜なんだね。」

「うん。」一郎はこたえましたが耕一はぷりぷり怒っていました。又三郎が昨日のことな一言も云わずあんまりそらぞらしいもんですからそれに耕一に何も云われないように又日曜のことなどばかり云うもんですからじっさいしゃくにさわったのです。そこでとうとういきなり叫さけびました。

「うわぁい、又三郎、汝うななどぁ、世界に無くてもいいな。うわぁぃ。」

 すると又三郎はずるそうに笑いました。

「やあ、耕一君、お早う。昨日はずいぶん失敬したね。」

 耕一は何かもっと別のことを言おうと思いましたがあんまり怒ってしまって考え出すことができませんでしたので又同じように叫びました。

「うわぁい、うわぁいだが、又三郎、うななどぁ世界中に無くてもいいな、うわぁい。」

「昨日は実際失敬したよ。僕雨が降ってあんまり気持ちが悪かったもんだからね。」

 又三郎は少し眼めをパチパチさせて気の毒そうに云いましたけれども耕一の怒りは仲々解けませんでした。そして三度同じことを繰り返したのです。

「うわぁい、うななどぁ、無くてもいいな。うわぁい。」

 すると又三郎は少し面白おもしろくなったようでした。いつもの通りずるそうに笑って斯こう訊たずねました。

「僕たちが世界中になくてもいいってどう云うんだい。箇条かじょうを立てて云ってごらん。そら。」

 耕一は試験のようだしつまらないことになったと思って大へん口惜しかったのですが仕方なくしばらく考えてから答えました。

「汝うななどぁ悪戯ばりさな。傘ぶっ壊かしたり。」

それから? それから?」又三郎面白そうに一足進んで云いました。

「それがら、樹き折ったり転覆おっけあしたりさな。」

それから? それから、どうだい。」

「それがら、稲いねも倒たおさな。」

それから? あとはどうだい。」

「家もぶっ壊かさな。」

それから? それから? あとはどうだい。」

「砂も飛ばさな。」

それから? あとは? それから? あとはどうだい。」

シャッポも飛ばさな。」

それから? それから? あとは? あとはどうだい。」

「それがら、うう、電信ばしらも倒さな。」

それから? それから? それから?」

「それがら、塔とうも倒さな。」

「アアハハハ、塔は家のうちだい、どうだいまだあるかいそれから? それから?」

「それがら、うう、それがら、」耕一はつまってしまいました。大抵たいていもう云ってしまったのですからいくら考えてももう出ませんでした。

 又三郎はいよいよ面白そうに指を一本立てながら

それから? それから? ええ? それから。」と云うのでした。耕一は顔を赤くしてしばらく考えてからやっと答えました。

「それがら、風車かざぐるまもぶっ壊かさな。」

 すると又三郎は今度こそはまるで飛びあがって笑ってしまいました。笑って笑って笑いました。マントも一緒にひらひら波を立てました。

「そうらごらん、とうとう風車などを云っちゃった。風車なら僕を悪く思っちゃいないんだよ。勿論もちろん時々壊すこともあるけれども廻まわしてやるときの方がずうっと多いんだ。風車ならちっとも僕を悪く思っちゃいないんだ。うそと思ったら聴きいてごらん。お前たちはまるで勝手だねえ、僕たちがちっとばっかしいたずらすることは大業おおぎょうに悪口を云っていいとこはちっとも見ないんだ。それに第一お前のさっきからの数えようがあんまりおかしいや。うう、ううてばかりいたんだろう。おしまいはとうとう風車なんか数えちゃった。ああおかしい。」

 又三郎は又泪なみだの出るほど笑いました。

 耕一もさっきからあんまり困ったために怒っていたのもだんだん忘れて来ました。そしてつい又三郎と一所にわらいだしてしまったのです。さあ又三郎のよろこんだこと俄かにしゃべりはじめました。

「ね、そら、僕たちのやるいたずらで一番ひどいことは日本ならば稲を倒すことだよ、二百十日から二百二十日ころまで、昔むかしはその頃ほんとうに僕たちはこわがられたよ。なぜってその頃は丁度稲に花のかかるときだろう。その時僕たちにかけられたら花がみんな散ってしまってまるで実にならないだろう、だから前は本当にこわがったんだ、僕たちだってわざとするんじゃない、どうしてもその頃かけなくちゃいかいからかけるんだ、もう三四日たてばきっと又そうなるよ。けれどもいまはもう農業が進んでお前たちの家の近くなどでは二百十日のころになど花の咲いている稲なんか一本もないだろう、大抵もう柔やわらかな実になってるんだ。早い稲はもうよほど硬かたくさえなってるよ、僕らがかけあるいて少し位倒れたってそんなにひどくとりいれが減りはしないんだ。だから結局何でもないさ。それからも一つは木を倒すことだよ。家を倒すなんてそんなことはほんの少しだからね、木を倒すことだよ、これだって悪戯いたずらじゃないんだよ。倒れないようにして置けぁいいんだ。葉の濶ひろい樹なら丈夫じょうぶだよ。僕たちが少しぐらいひどくぶっつかっても仲々倒れやしない。それに林の樹が倒れるなんかそれは林の持主が悪いんだよ。林を伐きるときはね、よく一年中の強い風向を考えてその風下の方からだんだん伐って行くんだよ。林の外側の木は強いけれども中の方の木はせいばかり高くて弱いからよくそんなことも気をつけなけぁいけないんだ。だからまず僕たちのこと悪く云う前によく自分の方に気をつけりゃいいんだよ。海岸ではね、僕たちが波のしぶきを運んで行くとすぐ枯かれるやつも枯れないやつもあるよ。苹果りんごや梨なしやまるめろや胡瓜きゅうりはだめだ、すぐ枯れる、稲や薄荷はっかやだいこんなどはなかなか強い、牧草なども強いねえ。」

 又三郎ちょっと話をやめました。耕一もすっかり機嫌きげんを直して云いました。

又三郎、おれぁあんまり怒ごしゃで悪がた。許せな。」

 すると又三郎はすっかり悦よろこびました。

「ああありがとう、お前はほんとうにさっぱりしていい子供だねえ、だから僕はおまえはすきだよ、すきだから昨日もいたずらしたんだ、僕だっていたずらはするけれど、いいことはもっと沢山たくさんするんだよ、そら数えてごらん、僕は松の花でも楊やなぎの花でも草棉くさわたの毛でも運んで行くだろう。稲の花粉かふんだってやっぱり僕らが運ぶんだよ。それから僕が通ると草木はみんな丈夫になるよ。悪い空気も持って行っていい空気も運んで来る。東京浅草のまるで濁にごった寒天のような空気をうまく太平洋の方へさらって行って日本アルプスのいい空気だって代りに持って行ってやるんだ。もし僕がいなかったら病気も湿気しっけもいくらふえるか知れないんだ。ところで今日はお前たちは僕にあうためにばかりここへ来たのかい。けれども僕は今日は十時半から演習へ出なけぁいけないからもう別れなけぁならないんだ。あした又また来ておくれ。ね。じゃ、さよなら

匿名

僕は上海シャンハイだって何べんも知ってるよ。」みんなが丘へのぼったとき又三郎がいきなりマントをぎらっとさせてそこらの草へ橙だいだいや青の光を落しながら出て来てそれから指をひろげてみんなの前に突つき出して云いました。

上海東京は僕たちの仲間なら誰たれでもみんな通りたがるんだ。どうしてか知ってるかい。」

 又三郎はまっ黒な眼を少し意地わるそうにくりくりさせながらみんなを見まわしました。けれども上海東京ということは一郎も誰も何のことかわかりませんでしたからお互たがいしばらく顔を見合せてだまっていましたら又三郎がもう大得意でにやにや笑いながら言ったのです。

「僕たちの仲間はみんな上海東京を通りたがるよ。どうしてって東京には日本中央気象台があるし上海には支那中華ちゅうか大気象台があるだろう。どっちだって偉えらい人がたくさん居るんだ。本当は気象台の上をかけるときは僕たちはみんな急ぎたがるんだ。どうしてって風力計がくるくるくるくる廻まわっていて僕たちのレコードちゃんと下の機械に出て新聞にも載のるんだろう。誰だっていいレコードを作りたいからそれはどうしても急ぐんだよ。けれども僕たちの方のきめでは気象台測候所の近くへ来たからって俄にわかに急いだりすることは大へん卑怯ひきょうなことにされてあるんだ。お前たちだってきっとそうだろう、試験の時ばかりむやみに勉強したりするのはいけないことになってるだろう。だから僕たちも急ぎたくたってわざと急がないんだ。そのかわりほんとうに一生けん命かけてる最中気象台へ通りかかるときはうれしいねえ、風力計をまるでのぼせるくらいにまわしてピーッとかけぬけるだろう、胸もすっとなるんだ。面白おもしろかったねえ、一昨年だったけれど六月ころ僕丁度上海に居たんだ。昼の間には海から陸へ移って行き夜には陸から海へ行ってたねえ、大抵朝は十時頃ごろ海から陸の方へかけぬけるようになっていたんだがそのときはいつでも、うまい工合ぐあい気象台を通るようになるんだ。すると気象台の風力計や風信器や置いてある屋根の上のやぐらにいつでも一人の支那人の理学博士子供助手とが立っているんだ。

 博士はだまっていたが子供助手はいつでも何か言っているんだ。そいつは頭をくりくりの芥子坊主けしぼうずにしてね、着物だって袖そでの広い支那服だろう、沓くつもはいてるねえ、大へんかあいらしいんだよ、一番はじめの日僕がそこを通ったら斯こう言っていた。

『これはきっと颶風ぐふうですね。ずぶんひどい風ですね。』

 すると支那人の博士が葉巻をくわえたままふんふん笑って

『家が飛ばないじゃないか。』

と云いうと子供助手はまるで口を尖とがらせて、

だって向うの三角旗や何かぱたぱた云ってます。』というんだ。博士は笑って相手にしないで壇だんを下りて行くねえ、子供助手は少し悄気しょげながら手を拱こまねいてあとから恭々しくついて行く。

 僕はそのとき二・五米メートルというレコードを風力計にのこして笑って行ってしまったんだ。

 次の日も九時頃僕は海の霧きりの中で眼がさめてそれから霧がだんだん融とけて空が青くなりお日さまが黄金きんのばらのようにかがやき出したころそろそろ陸の方へ向ったんだ。これは仕方ないんだよ、お日さんさえ出たらきっともう僕たちは陸の方へ行かなけぁならないようになるんだ、僕はだんだん岸へよって鴎かもめが白い蓮華れんげの花のように波に浮うかんでいるのも見たし、また沢山のジャンクの黄いろの帆ほや白く塗ぬられた蒸気船の舷げんを通ったりなんかして昨日の気象台に通りかかると僕はもう遠くからあの風力計のくるくるくるくる廻るのを見て胸が踊おどるんだ。すっとかけぬけただろう。レコードが一秒五米と出たねえ、そのとき下を見ると昨日の博士子供助手とが今日も出て居て子供助手がやっぱり云っているんだ。

『この風はたしかに颶風ぐふうですね。』

 支那人の博士はやっぱりわらって気がないように、

『瓦かわらも石も舞まい上らんじゃないか。』と答えながらもう壇を下りかかるんだ。子供助手はまるで一生けん命になって

だって木の枝えだが動いてますよ。』と云うんだ。それでも博士はまるで相手にしないねえ、僕もその時はもう気象台をずうっとはなれてしまってあとどうなったか知らない。

 そしてその日はずうっと西の方の瀬戸物の塔とうのあるあたりまで行ってぶらぶらし、その晩十七夜のお月さまの出るころ海へ戻もどって睡ったんだ。

 ところがその次の日もなんだ。その次の日僕がまた海からやって来てほくほくしながらもう大分の早足で気象台を通りかかったらやっぱり博士助手が二人出ていた。

『こいつはもう本とうの暴風ですね、』又またあの子供の助手が尤もっともらしい顔つきで腕うでを拱いてそう云っているだろう。博士はやっぱり鼻であしらうといった風で

だって木が根こぎにならんじゃないか。』と云うんだ。子供はまるで顔をまっ赤にして

『それでもどの木もみんなぐらぐらしてますよ。』と云うんだ。その時僕はもうあとを見なかった。なぜってその日のレコードは八米だからね、そんなに気象台の所にばかり永くとまっているわけには行かなかったんだ。そしてその次の日だよ、やっぱり僕は海へ帰っていたんだ。そして丁度八時ころから雲も一ぱいにやって来て波も高かった。僕はこの時はもう両手をひろげ叫び声をあげて気象台を通った。やっぱり二人とも出ていたねえ、子供は高い処ところなもんだからもうぶるぶる顫ふるえて手すりにとりついているんだ。雨も幾いくつぶか落ちたよ。そんなにこわそうにしながらまた斯う云っているんだ。

『これは本当の暴風ですね、林ががあがあ云ってますよ、枝も折れてますよ。』

 ところが博士は落ちついてからだを少しまげながら海の方へ手をかざして云ったねえ

『うん、けれどもまだ暴風というわけじゃないな。もう降りよう。』僕はその語ことばをきれぎれに聴ききながらそこをはなれたんだそれからもうかけてかけて林を通るときは木をみんな狂人きょうじんのようにゆすぶらせ丘を通るときは草も花もめっちゃめちゃにたたきつけたんだ、そしてその夕方までに上海シャンハイから十里も南西の方の山の中に行ったんだ。そして少し疲つかれたのでみんなとわかれてやすんでいたらその晩また僕たちは上海から北の方の海へ抜ぬけて今度はもうまっすぐにこっちの方までやって来るということになったんだ。そいつ低気圧だよ、あいつに従ついて行くことになったんだ。さあ僕はその晩中あしたもう一ぺん上海気象台を通りたいといくら考えたか知れやしない。ところがうまいこと通ったんだ。そして僕は遠くから風力計の椀わんがまるで眼にも見えない位速くまわっているのを見、又あの支那人の博士が黄いろなレーンコートを着子供助手が黒い合羽かっぱを着てやぐらの上に立って一生けん命空を見あげているのを見た。さあ僕はもう笛ふえのように鳴りいなずまのように飛んで

今日暴風ですよ、そら、暴風ですよ。今日は。さよなら。』と叫びながら通ったんだ。もう子供助手が何を云ったかただその小さな口がぴくっとまがったのを見ただけ少しも僕にはわからなかった。

 そうだ、そのときは僕は海をぐんぐんわたってこっちへ来たけれども来る途中とちゅうでだんだんかけるのをやめてそれから丁度五日目にここも通ったよ。その前の日はあの水沢臨時緯度いど観測所も通った。あすこは僕たちの日本では東京の次に通りたがる所なんだよ。なぜってあすこを通るとレコードでも何でもみな外国の方まで知れるようになることがあるからなんだ。あすこを通った日は丁度お天気だったけれど、そうそう、その時は丁度日本では入梅にゅうばいだったんだ、僕は観測所へ来てしばらくある建物屋根の上にやすんでいたねえ、やすんで居たって本当は少しとろとろ睡ったんだ。すると俄かに下で

大丈夫です、すっかり乾かわきましたから。』と云う声がするんだろう。見ると木村博士気象の方の技手ぎてとがラケットをさげて出て来ていたんだ。木村博士は瘠やせて眼のキョロキョロした人だけれども僕はまあ好きだねえ、それに非常にテニスうまいんだよ。僕はしばらく見てたねえ、どうしてもその技手の人はかなわない、まるっきり汗あせだらけになってよろよろしているんだ。あんまり僕も気の毒になったか屋根の上からじっとボールの往来をにらめてすきを見て置いてねえ、丁度博士がサーヴをつかったときふうっと飛び出して行って球を横の方へ外そらしてしまったんだ。博士はすぐもう一つの球を打ちこんだねえ。そいつは僕は途中に居て途方もなく遠くへけとばしてやった。

『こんな筈はずはないぞ。』と博士は云ったねえ、僕はもう博士にこれ位云わせれば沢山だと思って観測所をはなれて次の日丁度ここへ来たんだよ。ところでね、僕は少し向うへ行かなくちゃいけないか今日はこれでお別れしよう。さよなら。」

 又三郎はすっと見えなくなってしまいました。

 みんなは今日又三郎ばかりあんまり勝手なことを云ってあんまり勝手に行ってしまったりするもんですから少し変な気もしましたが一所に丘を降りて帰りました。

   九月六日

 一昨日おとといかだんだん曇って来たそらはとうとうその朝は低い雨雲を下してまるで冬にでも降るようなまっすぐなしずかな雨がやっと穂ほを出した草や青い木の葉にそそぎました。

 みんなは傘かさをさしたり小さな簑みのからすきとおるつめたい雫しずくをぽたぽた落したりして学校に来ました。

 雨はたびたび霽はれて雲も白く光りましたけれども今日は誰たれもあんまり教室の窓からあの丘の栗くりの木の処を見ませんでした。又三郎などもはじめこそはほんとうにめずらしく奇体きたいだったのですがだんだんなれて見ると割合ありふれたことになってしまってまるで東京からふいに田舎いなかの学校へ移って来た友だちぐらいにしか思われなくなって来たのです。

 おひるすぎ授業が済んでからはもう雨はすっかり晴れて小さな蝉せみなどもカンカン鳴きはじめたりしましたけれども誰も今日はあの栗の木の処へ行こうとも云わず一郎も耕一も学校の門の処で「あばえ。」と言ったきり別れてしまいました。

 耕一の家は学校から川添かわぞいに十五町ばかり溯のぼった処にありました。耕一の方から来ている子供では一年生の生徒が二人ありましたけれどもそれはもう午前中に帰ってしまっていましたし耕一はかばんと傘を持ってひとりみちを川上の方へ帰って行きました。みちは岩の崖がけになった処の中ごろを通るのでずいぶん度々たびたび山の窪くぼみや谷に添ってまわらなければなりませんでした。ところどころには湧水わきみずもあり、又みちの砂だってまっ白で平らでしたから耕一は今日も足駄あしだをぬいで傘と一緒いっしょにもって歩いて行きました。

 まがり角を二つまわってもう学校も見えなくなり前にもうしろにも人は一人も居ず谷の水だけ崖の下で少し濁にごってごうごう鳴るだけ大へんさびしくなりましたので耕一は口笛くちぶえを吹ふきながら少し早足に歩きました。

 ところが路みちの一とこに崖からからだをつき出すようにした楢ならや樺かばの木が路に被かぶさったとこがありました。耕一が何気なくその下を通りましたら俄にわかに木がぐらっとゆれてつめたい雫が一ぺんにざっと落ちて来ました。耕一は肩かたからせなかから水へ入ったようになりました。それほどひどく落ちて来たのです。

 耕一はその梢こずえちょっと見あげて少し顔を赤くして笑いながら行き過ぎました。

 ところが次の木のトンネルを通るときざっとその雫が落ちて来たのです。今度はもうすっかりからだまで水がしみる位にぬれました。耕一はぎょっとしましたけれどもやっぱり口笛を吹いて歩いて行きました。

 ところが間もなく又木のかぶさった処を通るようになりました。それは大へんに今までとはちがって長かったのです。耕一は通る前に一ぺんその青い枝を見あげました。雫は一ぱいにたまって全く今にも落ちそうには見えましたしおまけに二度あることは三度あるとも云うのでしたから少し立ちどまって考えて見ましたけれどもまさか三度が三度とも丁度下を通るときそれが落ちて来るということはないと思って少しびくびくしながらその下を急いで通って行きました。そしたらやっぱり、今度もざあっと雫が落ちて来たのです。耕一はもう少し口がまがって泣くようになって上を見あげました。けれども何とも仕方ありませんでしたから冷たさに一ぺんぶるっとしながらもう少し行きました。すると、又ざあと来たのです。

「誰たれだ。誰だ。」耕一はもうきっと誰かのいたずらだと思ってしばらく上をにらんでいましたがしんとして何の返事もなくただ下の方で川がごうごう鳴るばかりでした。そこで耕一は今度は傘をさして行こうと思って足駄を下におろして傘を開きました。そしたら俄にわかにどうっと風がやって来て傘はぱっと開きあぶなく吹き飛ばされそうになりました、耕一はよろよろしながらしっかり柄えをつかまえていましたらとうとう傘はがりがり風にこわされて開いた蕈きのこのような形になりました。

 耕一はとうとう泣き出してしまいました。

 すると丁度それと一緒に向うではあはあ笑う声がしたのです。びっくりしてそちらを見ましたらそいつは、そいつ風の又三郎でした。ガラスマントも雫でいっぱい髪かみの毛もぬれて束たばになり赤い顔からは湯気さえ立てながらはあはあはあはあふいごのように笑っていました。

 耕一はあたりがきぃんと鳴るように思ったくらい怒おこってしまいました。

「何なに為すぁ、ひとの傘ぶっかして。」

 又三郎はいよいよひどく笑ってまるでそこら中ころげるようにしました。

 耕一はもうこらえ切れなくなって持っていた傘をいきなり又三郎に投げつけてそれから泣きながら組み付いて行きました。

 すると又三郎はすばやくガラスマントをひろげて飛びあがってしまいました。もうどこへ行ったか見えないのです。

 耕一はまだ泣いてそらを見上げました。そしてしばらく口惜くやしさにしくしく泣いていましたがやっとあきらめてその壊こわれた傘も持たずうちへ帰ってしまいました。そして縁側えんがわから入ろうとしてふと見ましたらさっきの傘がひろげて干してあるのです。照井耕一という名もちゃんと書いてありましたし、さっきはなれた処もすっかりくっつききれた糸も外ほかの糸でつないでありました。耕一は縁側に座りながらとうとう笑い出してしまったのです。

   九月七日

 次の日は雨もすっかり霽れました。日曜日でしたから誰たれも学校に出ませんでした。ただ耕一は昨日又三郎あんなひどい悪戯いたずらをされましたのでどうしても今日は遭あってうんとひどくいじめてやらなければと思って自分一人でもこわかったもんですから一郎をさそって朝の八時頃ごろからあの草山の栗の木の下に行って待っていました。

 すると又三郎の方でもどう云うつもりか大へんに早く丁度九時ころ、丘の横の方から何か非常に考え込んだような風をして鼠ねずみいろのマントをうしろへはねて腕組みをして二人の方へやって来たのでした。さあ、しっかり談判しなくちゃいけないと考えて耕一はどきっとしました。又三郎はたしかに二人の居たのも知っていたようでしたが、わざといかにも考え込んでいるという風で二人の前を知らないふりして通って行こうとしました。

又三郎、うわぁい。」耕一はいきなりどなりました。又三郎はぎょっとしたようにふり向いて、

「おや、お早う。もう来ていたのかい。どうして今日はこんなに早いんだい。」とたずねました。

「日曜でさ。」一郎が云いました。

「ああ、今日は日曜だったんだね、僕ぼくすっかり忘れていた。そうだ八月三十一日が日曜だったからね、七日目で今日が又日曜なんだね。」

「うん。」一郎はこたえましたが耕一はぷりぷり怒っていました。又三郎が昨日のことな一言も云わずあんまりそらぞらしいもんですからそれに耕一に何も云われないように又日曜のことなどばかり云うもんですからじっさいしゃくにさわったのです。そこでとうとういきなり叫さけびました。

「うわぁい、又三郎、汝うななどぁ、世界に無くてもいいな。うわぁぃ。」

 すると又三郎はずるそうに笑いました。

「やあ、耕一君、お早う。昨日はずいぶん失敬したね。」

 耕一は何かもっと別のことを言おうと思いましたがあんまり怒ってしまって考え出すことができませんでしたので又同じように叫びました。

「うわぁい、うわぁいだが、又三郎、うななどぁ世界中に無くてもいいな、うわぁい。」

「昨日は実際失敬したよ。僕雨が降ってあんまり気持ちが悪かったもんだからね。」

 又三郎は少し眼めをパチパチさせて気の毒そうに云いましたけれども耕一の怒りは仲々解けませんでした。そして三度同じことを繰り返したのです。

「うわぁい、うななどぁ、無くてもいいな。うわぁい。」

 すると又三郎は少し面白おもしろくなったようでした。いつもの通りずるそうに笑って斯こう訊たずねました。

「僕たちが世界中になくてもいいってどう云うんだい。箇条かじょうを立てて云ってごらん。そら。」

 耕一は試験のようだしつまらないことになったと思って大へん口惜しかったのですが仕方なくしばらく考えてから答えました。

「汝うななどぁ悪戯ばりさな。傘ぶっ壊かしたり。」

それから? それから?」又三郎面白そうに一足進んで云いました。

「それがら、樹き折ったり転覆おっけあしたりさな。」

それから? それから、どうだい。」

「それがら、稲いねも倒たおさな。」

それから? あとはどうだい。」

「家もぶっ壊かさな。」

それから? それから? あとはどうだい。」

「砂も飛ばさな。」

それから? あとは? それから? あとはどうだい。」

シャッポも飛ばさな。」

それから? それから? あとは? あとはどうだい。」

「それがら、うう、電信ばしらも倒さな。」

それから? それから? それから?」

「それがら、塔とうも倒さな。」

「アアハハハ、塔は家のうちだい、どうだいまだあるかいそれから? それから?」

「それがら、うう、それがら、」耕一はつまってしまいました。大抵たいていもう云ってしまったのですからいくら考えてももう出ませんでした。

 又三郎はいよいよ面白そうに指を一本立てながら

それから? それから? ええ? それから。」と云うのでした。耕一は顔を赤くしてしばらく考えてからやっと答えました。

「それがら、風車かざぐるまもぶっ壊かさな。」

 すると又三郎は今度こそはまるで飛びあがって笑ってしまいました。笑って笑って笑いました。マントも一緒にひらひら波を立てました。

「そうらごらん、とうとう風車などを云っちゃった。風車なら僕を悪く思っちゃいないんだよ。勿論もちろん時々壊すこともあるけれども廻まわしてやるときの方がずうっと多いんだ。風車ならちっとも僕を悪く思っちゃいないんだ。うそと思ったら聴きいてごらん。お前たちはまるで勝手だねえ、僕たちがちっとばっかしいたずらすることは大業おおぎょうに悪口を云っていいとこはちっとも見ないんだ。それに第一お前のさっきからの数えようがあんまりおかしいや。うう、ううてばかりいたんだろう。おしまいはとうとう風車なんか数えちゃった。ああおかしい。」

 又三郎は又泪なみだの出るほど笑いました。

 耕一もさっきからあんまり困ったために怒っていたのもだんだん忘れて来ました。そしてつい又三郎と一所にわらいだしてしまったのです。さあ又三郎のよろこんだこと俄かにしゃべりはじめました。

「ね、そら、僕たちのやるいたずらで一番ひどいことは日本ならば稲を倒すことだよ、二百十日から二百二十日ころまで、昔むかしはその頃ほんとうに僕たちはこわがられたよ。なぜってその頃は丁度稲に花のかかるときだろう。その時僕たちにかけられたら花がみんな散ってしまってまるで実にならないだろう、だから前は本当にこわがったんだ、僕たちだってわざとするんじゃない、どうしてもその頃かけなくちゃいかいからかけるんだ、もう三四日たてばきっと又そうなるよ。けれどもいまはもう農業が進んでお前たちの家の近くなどでは二百十日のころになど花の咲いている稲なんか一本もないだろう、大抵もう柔やわらかな実になってるんだ。早い稲はもうよほど硬かたくさえなってるよ、僕らがかけあるいて少し位倒れたってそんなにひどくとりいれが減りはしないんだ。だから結局何でもないさ。それからも一つは木を倒すことだよ。家を倒すなんてそんなことはほんの少しだからね、木を倒すことだよ、これだって悪戯いたずらじゃないんだよ。倒れないようにして置けぁいいんだ。葉の濶ひろい樹なら丈夫じょうぶだよ。僕たちが少しぐらいひどくぶっつかっても仲々倒れやしない。それに林の樹が倒れるなんかそれは林の持主が悪いんだよ。林を伐きるときはね、よく一年中の強い風向を考えてその風下の方からだんだん伐って行くんだよ。林の外側の木は強いけれども中の方の木はせいばかり高くて弱いからよくそんなことも気をつけなけぁいけないんだ。だからまず僕たちのこと悪く云う前によく自分の方に気をつけりゃいいんだよ。海岸ではね、僕たちが波のしぶきを運んで行くとすぐ枯かれるやつも枯れないやつもあるよ。苹果りんごや梨なしやまるめろや胡瓜きゅうりはだめだ、すぐ枯れる、稲や薄荷はっかやだいこんなどはなかなか強い、牧草なども強いねえ。」

 又三郎ちょっと話をやめました。耕一もすっかり機嫌きげんを直して云いました。

又三郎、おれぁあんまり怒ごしゃで悪がた。許せな。」

 すると又三郎はすっかり悦よろこびました。

「ああありがとう、お前はほんとうにさっぱりしていい子供だねえ、だから僕はおまえはすきだよ、すきだから昨日もいたずらしたんだ、僕だっていたずらはするけれど、いいことはもっと沢山たくさんするんだよ、そら数えてごらん、僕は松の花でも楊やなぎの花でも草棉くさわたの毛でも運んで行くだろう。稲の花粉かふんだってやっぱり僕らが運ぶんだよ。それから僕が通ると草木はみんな丈夫になるよ。悪い空気も持って行っていい空気も運んで来る。東京浅草のまるで濁にごった寒天のような空気をうまく太平洋の方へさらって行って日本アルプスのいい空気だって代りに持って行ってやるんだ。もし僕がいなかったら病気も湿気しっけもいくらふえるか知れないんだ。ところで今日はお前たちは僕にあうためにばかりここへ来たのかい。けれども僕は今日は十時半から演習へ出なけぁいけないからもう別れなけぁならないんだ。あした又また来ておくれ。ね。じゃ、さよなら

大変

僕は上海シャンハイだって何べんも知ってるよ。」みんなが丘へのぼったとき又三郎がいきなりマントをぎらっとさせてそこらの草へ橙だいだいや青の光を落しながら出て来てそれから指をひろげてみんなの前に突つき出して云いました。

上海東京は僕たちの仲間なら誰たれでもみんな通りたがるんだ。どうしてか知ってるかい。」

 又三郎はまっ黒な眼を少し意地わるそうにくりくりさせながらみんなを見まわしました。けれども上海東京ということは一郎も誰も何のことかわかりませんでしたからお互たがいしばらく顔を見合せてだまっていましたら又三郎がもう大得意でにやにや笑いながら言ったのです。

「僕たちの仲間はみんな上海東京を通りたがるよ。どうしてって東京には日本中央気象台があるし上海には支那中華ちゅうか大気象台があるだろう。どっちだって偉えらい人がたくさん居るんだ。本当は気象台の上をかけるときは僕たちはみんな急ぎたがるんだ。どうしてって風力計がくるくるくるくる廻まわっていて僕たちのレコードちゃんと下の機械に出て新聞にも載のるんだろう。誰だっていいレコードを作りたいからそれはどうしても急ぐんだよ。けれども僕たちの方のきめでは気象台測候所の近くへ来たからって俄にわかに急いだりすることは大へん卑怯ひきょうなことにされてあるんだ。お前たちだってきっとそうだろう、試験の時ばかりむやみに勉強したりするのはいけないことになってるだろう。だから僕たちも急ぎたくたってわざと急がないんだ。そのかわりほんとうに一生けん命かけてる最中気象台へ通りかかるときはうれしいねえ、風力計をまるでのぼせるくらいにまわしてピーッとかけぬけるだろう、胸もすっとなるんだ。面白おもしろかったねえ、一昨年だったけれど六月ころ僕丁度上海に居たんだ。昼の間には海から陸へ移って行き夜には陸から海へ行ってたねえ、大抵朝は十時頃ごろ海から陸の方へかけぬけるようになっていたんだがそのときはいつでも、うまい工合ぐあい気象台を通るようになるんだ。すると気象台の風力計や風信器や置いてある屋根の上のやぐらにいつでも一人の支那人の理学博士子供助手とが立っているんだ。

 博士はだまっていたが子供助手はいつでも何か言っているんだ。そいつは頭をくりくりの芥子坊主けしぼうずにしてね、着物だって袖そでの広い支那服だろう、沓くつもはいてるねえ、大へんかあいらしいんだよ、一番はじめの日僕がそこを通ったら斯こう言っていた。

『これはきっと颶風ぐふうですね。ずぶんひどい風ですね。』

 すると支那人の博士が葉巻をくわえたままふんふん笑って

『家が飛ばないじゃないか。』

と云いうと子供助手はまるで口を尖とがらせて、

だって向うの三角旗や何かぱたぱた云ってます。』というんだ。博士は笑って相手にしないで壇だんを下りて行くねえ、子供助手は少し悄気しょげながら手を拱こまねいてあとから恭々しくついて行く。

 僕はそのとき二・五米メートルというレコードを風力計にのこして笑って行ってしまったんだ。

 次の日も九時頃僕は海の霧きりの中で眼がさめてそれから霧がだんだん融とけて空が青くなりお日さまが黄金きんのばらのようにかがやき出したころそろそろ陸の方へ向ったんだ。これは仕方ないんだよ、お日さんさえ出たらきっともう僕たちは陸の方へ行かなけぁならないようになるんだ、僕はだんだん岸へよって鴎かもめが白い蓮華れんげの花のように波に浮うかんでいるのも見たし、また沢山のジャンクの黄いろの帆ほや白く塗ぬられた蒸気船の舷げんを通ったりなんかして昨日の気象台に通りかかると僕はもう遠くからあの風力計のくるくるくるくる廻るのを見て胸が踊おどるんだ。すっとかけぬけただろう。レコードが一秒五米と出たねえ、そのとき下を見ると昨日の博士子供助手とが今日も出て居て子供助手がやっぱり云っているんだ。

『この風はたしかに颶風ぐふうですね。』

 支那人の博士はやっぱりわらって気がないように、

『瓦かわらも石も舞まい上らんじゃないか。』と答えながらもう壇を下りかかるんだ。子供助手はまるで一生けん命になって

だって木の枝えだが動いてますよ。』と云うんだ。それでも博士はまるで相手にしないねえ、僕もその時はもう気象台をずうっとはなれてしまってあとどうなったか知らない。

 そしてその日はずうっと西の方の瀬戸物の塔とうのあるあたりまで行ってぶらぶらし、その晩十七夜のお月さまの出るころ海へ戻もどって睡ったんだ。

 ところがその次の日もなんだ。その次の日僕がまた海からやって来てほくほくしながらもう大分の早足で気象台を通りかかったらやっぱり博士助手が二人出ていた。

『こいつはもう本とうの暴風ですね、』又またあの子供の助手が尤もっともらしい顔つきで腕うでを拱いてそう云っているだろう。博士はやっぱり鼻であしらうといった風で

だって木が根こぎにならんじゃないか。』と云うんだ。子供はまるで顔をまっ赤にして

『それでもどの木もみんなぐらぐらしてますよ。』と云うんだ。その時僕はもうあとを見なかった。なぜってその日のレコードは八米だからね、そんなに気象台の所にばかり永くとまっているわけには行かなかったんだ。そしてその次の日だよ、やっぱり僕は海へ帰っていたんだ。そして丁度八時ころから雲も一ぱいにやって来て波も高かった。僕はこの時はもう両手をひろげ叫び声をあげて気象台を通った。やっぱり二人とも出ていたねえ、子供は高い処ところなもんだからもうぶるぶる顫ふるえて手すりにとりついているんだ。雨も幾いくつぶか落ちたよ。そんなにこわそうにしながらまた斯う云っているんだ。

『これは本当の暴風ですね、林ががあがあ云ってますよ、枝も折れてますよ。』

 ところが博士は落ちついてからだを少しまげながら海の方へ手をかざして云ったねえ

『うん、けれどもまだ暴風というわけじゃないな。もう降りよう。』僕はその語ことばをきれぎれに聴ききながらそこをはなれたんだそれからもうかけてかけて林を通るときは木をみんな狂人きょうじんのようにゆすぶらせ丘を通るときは草も花もめっちゃめちゃにたたきつけたんだ、そしてその夕方までに上海シャンハイから十里も南西の方の山の中に行ったんだ。そして少し疲つかれたのでみんなとわかれてやすんでいたらその晩また僕たちは上海から北の方の海へ抜ぬけて今度はもうまっすぐにこっちの方までやって来るということになったんだ。そいつ低気圧だよ、あいつに従ついて行くことになったんだ。さあ僕はその晩中あしたもう一ぺん上海気象台を通りたいといくら考えたか知れやしない。ところがうまいこと通ったんだ。そして僕は遠くから風力計の椀わんがまるで眼にも見えない位速くまわっているのを見、又あの支那人の博士が黄いろなレーンコートを着子供助手が黒い合羽かっぱを着てやぐらの上に立って一生けん命空を見あげているのを見た。さあ僕はもう笛ふえのように鳴りいなずまのように飛んで

今日暴風ですよ、そら、暴風ですよ。今日は。さよなら。』と叫びながら通ったんだ。もう子供助手が何を云ったかただその小さな口がぴくっとまがったのを見ただけ少しも僕にはわからなかった。

 そうだ、そのときは僕は海をぐんぐんわたってこっちへ来たけれども来る途中とちゅうでだんだんかけるのをやめてそれから丁度五日目にここも通ったよ。その前の日はあの水沢臨時緯度いど観測所も通った。あすこは僕たちの日本では東京の次に通りたがる所なんだよ。なぜってあすこを通るとレコードでも何でもみな外国の方まで知れるようになることがあるからなんだ。あすこを通った日は丁度お天気だったけれど、そうそう、その時は丁度日本では入梅にゅうばいだったんだ、僕は観測所へ来てしばらくある建物屋根の上にやすんでいたねえ、やすんで居たって本当は少しとろとろ睡ったんだ。すると俄かに下で

大丈夫です、すっかり乾かわきましたから。』と云う声がするんだろう。見ると木村博士気象の方の技手ぎてとがラケットをさげて出て来ていたんだ。木村博士は瘠やせて眼のキョロキョロした人だけれども僕はまあ好きだねえ、それに非常にテニスうまいんだよ。僕はしばらく見てたねえ、どうしてもその技手の人はかなわない、まるっきり汗あせだらけになってよろよろしているんだ。あんまり僕も気の毒になったか屋根の上からじっとボールの往来をにらめてすきを見て置いてねえ、丁度博士がサーヴをつかったときふうっと飛び出して行って球を横の方へ外そらしてしまったんだ。博士はすぐもう一つの球を打ちこんだねえ。そいつは僕は途中に居て途方もなく遠くへけとばしてやった。

『こんな筈はずはないぞ。』と博士は云ったねえ、僕はもう博士にこれ位云わせれば沢山だと思って観測所をはなれて次の日丁度ここへ来たんだよ。ところでね、僕は少し向うへ行かなくちゃいけないか今日はこれでお別れしよう。さよなら。」

 又三郎はすっと見えなくなってしまいました。

 みんなは今日又三郎ばかりあんまり勝手なことを云ってあんまり勝手に行ってしまったりするもんですから少し変な気もしましたが一所に丘を降りて帰りました。

   九月六日

 一昨日おとといかだんだん曇って来たそらはとうとうその朝は低い雨雲を下してまるで冬にでも降るようなまっすぐなしずかな雨がやっと穂ほを出した草や青い木の葉にそそぎました。

 みんなは傘かさをさしたり小さな簑みのからすきとおるつめたい雫しずくをぽたぽた落したりして学校に来ました。

 雨はたびたび霽はれて雲も白く光りましたけれども今日は誰たれもあんまり教室の窓からあの丘の栗くりの木の処を見ませんでした。又三郎などもはじめこそはほんとうにめずらしく奇体きたいだったのですがだんだんなれて見ると割合ありふれたことになってしまってまるで東京からふいに田舎いなかの学校へ移って来た友だちぐらいにしか思われなくなって来たのです。

 おひるすぎ授業が済んでからはもう雨はすっかり晴れて小さな蝉せみなどもカンカン鳴きはじめたりしましたけれども誰も今日はあの栗の木の処へ行こうとも云わず一郎も耕一も学校の門の処で「あばえ。」と言ったきり別れてしまいました。

 耕一の家は学校から川添かわぞいに十五町ばかり溯のぼった処にありました。耕一の方から来ている子供では一年生の生徒が二人ありましたけれどもそれはもう午前中に帰ってしまっていましたし耕一はかばんと傘を持ってひとりみちを川上の方へ帰って行きました。みちは岩の崖がけになった処の中ごろを通るのでずいぶん度々たびたび山の窪くぼみや谷に添ってまわらなければなりませんでした。ところどころには湧水わきみずもあり、又みちの砂だってまっ白で平らでしたから耕一は今日も足駄あしだをぬいで傘と一緒いっしょにもって歩いて行きました。

 まがり角を二つまわってもう学校も見えなくなり前にもうしろにも人は一人も居ず谷の水だけ崖の下で少し濁にごってごうごう鳴るだけ大へんさびしくなりましたので耕一は口笛くちぶえを吹ふきながら少し早足に歩きました。

 ところが路みちの一とこに崖からからだをつき出すようにした楢ならや樺かばの木が路に被かぶさったとこがありました。耕一が何気なくその下を通りましたら俄にわかに木がぐらっとゆれてつめたい雫が一ぺんにざっと落ちて来ました。耕一は肩かたからせなかから水へ入ったようになりました。それほどひどく落ちて来たのです。

 耕一はその梢こずえちょっと見あげて少し顔を赤くして笑いながら行き過ぎました。

 ところが次の木のトンネルを通るときざっとその雫が落ちて来たのです。今度はもうすっかりからだまで水がしみる位にぬれました。耕一はぎょっとしましたけれどもやっぱり口笛を吹いて歩いて行きました。

 ところが間もなく又木のかぶさった処を通るようになりました。それは大へんに今までとはちがって長かったのです。耕一は通る前に一ぺんその青い枝を見あげました。雫は一ぱいにたまって全く今にも落ちそうには見えましたしおまけに二度あることは三度あるとも云うのでしたから少し立ちどまって考えて見ましたけれどもまさか三度が三度とも丁度下を通るときそれが落ちて来るということはないと思って少しびくびくしながらその下を急いで通って行きました。そしたらやっぱり、今度もざあっと雫が落ちて来たのです。耕一はもう少し口がまがって泣くようになって上を見あげました。けれども何とも仕方ありませんでしたから冷たさに一ぺんぶるっとしながらもう少し行きました。すると、又ざあと来たのです。

「誰たれだ。誰だ。」耕一はもうきっと誰かのいたずらだと思ってしばらく上をにらんでいましたがしんとして何の返事もなくただ下の方で川がごうごう鳴るばかりでした。そこで耕一は今度は傘をさして行こうと思って足駄を下におろして傘を開きました。そしたら俄にわかにどうっと風がやって来て傘はぱっと開きあぶなく吹き飛ばされそうになりました、耕一はよろよろしながらしっかり柄えをつかまえていましたらとうとう傘はがりがり風にこわされて開いた蕈きのこのような形になりました。

 耕一はとうとう泣き出してしまいました。

 すると丁度それと一緒に向うではあはあ笑う声がしたのです。びっくりしてそちらを見ましたらそいつは、そいつ風の又三郎でした。ガラスマントも雫でいっぱい髪かみの毛もぬれて束たばになり赤い顔からは湯気さえ立てながらはあはあはあはあふいごのように笑っていました。

 耕一はあたりがきぃんと鳴るように思ったくらい怒おこってしまいました。

「何なに為すぁ、ひとの傘ぶっかして。」

 又三郎はいよいよひどく笑ってまるでそこら中ころげるようにしました。

 耕一はもうこらえ切れなくなって持っていた傘をいきなり又三郎に投げつけてそれから泣きながら組み付いて行きました。

 すると又三郎はすばやくガラスマントをひろげて飛びあがってしまいました。もうどこへ行ったか見えないのです。

 耕一はまだ泣いてそらを見上げました。そしてしばらく口惜くやしさにしくしく泣いていましたがやっとあきらめてその壊こわれた傘も持たずうちへ帰ってしまいました。そして縁側えんがわから入ろうとしてふと見ましたらさっきの傘がひろげて干してあるのです。照井耕一という名もちゃんと書いてありましたし、さっきはなれた処もすっかりくっつききれた糸も外ほかの糸でつないでありました。耕一は縁側に座りながらとうとう笑い出してしまったのです。

   九月七日

 次の日は雨もすっかり霽れました。日曜日でしたから誰たれも学校に出ませんでした。ただ耕一は昨日又三郎あんなひどい悪戯いたずらをされましたのでどうしても今日は遭あってうんとひどくいじめてやらなければと思って自分一人でもこわかったもんですから一郎をさそって朝の八時頃ごろからあの草山の栗の木の下に行って待っていました。

 すると又三郎の方でもどう云うつもりか大へんに早く丁度九時ころ、丘の横の方から何か非常に考え込んだような風をして鼠ねずみいろのマントをうしろへはねて腕組みをして二人の方へやって来たのでした。さあ、しっかり談判しなくちゃいけないと考えて耕一はどきっとしました。又三郎はたしかに二人の居たのも知っていたようでしたが、わざといかにも考え込んでいるという風で二人の前を知らないふりして通って行こうとしました。

又三郎、うわぁい。」耕一はいきなりどなりました。又三郎はぎょっとしたようにふり向いて、

「おや、お早う。もう来ていたのかい。どうして今日はこんなに早いんだい。」とたずねました。

「日曜でさ。」一郎が云いました。

「ああ、今日は日曜だったんだね、僕ぼくすっかり忘れていた。そうだ八月三十一日が日曜だったからね、七日目で今日が又日曜なんだね。」

「うん。」一郎はこたえましたが耕一はぷりぷり怒っていました。又三郎が昨日のことな一言も云わずあんまりそらぞらしいもんですからそれに耕一に何も云われないように又日曜のことなどばかり云うもんですからじっさいしゃくにさわったのです。そこでとうとういきなり叫さけびました。

「うわぁい、又三郎、汝うななどぁ、世界に無くてもいいな。うわぁぃ。」

 すると又三郎はずるそうに笑いました。

「やあ、耕一君、お早う。昨日はずいぶん失敬したね。」

 耕一は何かもっと別のことを言おうと思いましたがあんまり怒ってしまって考え出すことができませんでしたので又同じように叫びました。

「うわぁい、うわぁいだが、又三郎、うななどぁ世界中に無くてもいいな、うわぁい。」

「昨日は実際失敬したよ。僕雨が降ってあんまり気持ちが悪かったもんだからね。」

 又三郎は少し眼めをパチパチさせて気の毒そうに云いましたけれども耕一の怒りは仲々解けませんでした。そして三度同じことを繰り返したのです。

「うわぁい、うななどぁ、無くてもいいな。うわぁい。」

 すると又三郎は少し面白おもしろくなったようでした。いつもの通りずるそうに笑って斯こう訊たずねました。

「僕たちが世界中になくてもいいってどう云うんだい。箇条かじょうを立てて云ってごらん。そら。」

 耕一は試験のようだしつまらないことになったと思って大へん口惜しかったのですが仕方なくしばらく考えてから答えました。

「汝うななどぁ悪戯ばりさな。傘ぶっ壊かしたり。」

それから? それから?」又三郎面白そうに一足進んで云いました。

「それがら、樹き折ったり転覆おっけあしたりさな。」

それから? それから、どうだい。」

「それがら、稲いねも倒たおさな。」

それから? あとはどうだい。」

「家もぶっ壊かさな。」

それから? それから? あとはどうだい。」

「砂も飛ばさな。」

それから? あとは? それから? あとはどうだい。」

シャッポも飛ばさな。」

それから? それから? あとは? あとはどうだい。」

「それがら、うう、電信ばしらも倒さな。」

それから? それから? それから?」

「それがら、塔とうも倒さな。」

「アアハハハ、塔は家のうちだい、どうだいまだあるかいそれから? それから?」

「それがら、うう、それがら、」耕一はつまってしまいました。大抵たいていもう云ってしまったのですからいくら考えてももう出ませんでした。

 又三郎はいよいよ面白そうに指を一本立てながら

それから? それから? ええ? それから。」と云うのでした。耕一は顔を赤くしてしばらく考えてからやっと答えました。

「それがら、風車かざぐるまもぶっ壊かさな。」

 すると又三郎は今度こそはまるで飛びあがって笑ってしまいました。笑って笑って笑いました。マントも一緒にひらひら波を立てました。

「そうらごらん、とうとう風車などを云っちゃった。風車なら僕を悪く思っちゃいないんだよ。勿論もちろん時々壊すこともあるけれども廻まわしてやるときの方がずうっと多いんだ。風車ならちっとも僕を悪く思っちゃいないんだ。うそと思ったら聴きいてごらん。お前たちはまるで勝手だねえ、僕たちがちっとばっかしいたずらすることは大業おおぎょうに悪口を云っていいとこはちっとも見ないんだ。それに第一お前のさっきからの数えようがあんまりおかしいや。うう、ううてばかりいたんだろう。おしまいはとうとう風車なんか数えちゃった。ああおかしい。」

 又三郎は又泪なみだの出るほど笑いました。

 耕一もさっきからあんまり困ったために怒っていたのもだんだん忘れて来ました。そしてつい又三郎と一所にわらいだしてしまったのです。さあ又三郎のよろこんだこと俄かにしゃべりはじめました。

「ね、そら、僕たちのやるいたずらで一番ひどいことは日本ならば稲を倒すことだよ、二百十日から二百二十日ころまで、昔むかしはその頃ほんとうに僕たちはこわがられたよ。なぜってその頃は丁度稲に花のかかるときだろう。その時僕たちにかけられたら花がみんな散ってしまってまるで実にならないだろう、だから前は本当にこわがったんだ、僕たちだってわざとするんじゃない、どうしてもその頃かけなくちゃいかいからかけるんだ、もう三四日たてばきっと又そうなるよ。けれどもいまはもう農業が進んでお前たちの家の近くなどでは二百十日のころになど花の咲いている稲なんか一本もないだろう、大抵もう柔やわらかな実になってるんだ。早い稲はもうよほど硬かたくさえなってるよ、僕らがかけあるいて少し位倒れたってそんなにひどくとりいれが減りはしないんだ。だから結局何でもないさ。それからも一つは木を倒すことだよ。家を倒すなんてそんなことはほんの少しだからね、木を倒すことだよ、これだって悪戯いたずらじゃないんだよ。倒れないようにして置けぁいいんだ。葉の濶ひろい樹なら丈夫じょうぶだよ。僕たちが少しぐらいひどくぶっつかっても仲々倒れやしない。それに林の樹が倒れるなんかそれは林の持主が悪いんだよ。林を伐きるときはね、よく一年中の強い風向を考えてその風下の方からだんだん伐って行くんだよ。林の外側の木は強いけれども中の方の木はせいばかり高くて弱いからよくそんなことも気をつけなけぁいけないんだ。だからまず僕たちのこと悪く云う前によく自分の方に気をつけりゃいいんだよ。海岸ではね、僕たちが波のしぶきを運んで行くとすぐ枯かれるやつも枯れないやつもあるよ。苹果りんごや梨なしやまるめろや胡瓜きゅうりはだめだ、すぐ枯れる、稲や薄荷はっかやだいこんなどはなかなか強い、牧草なども強いねえ。」

 又三郎ちょっと話をやめました。耕一もすっかり機嫌きげんを直して云いました。

又三郎、おれぁあんまり怒ごしゃで悪がた。許せな。」

 すると又三郎はすっかり悦よろこびました。

「ああありがとう、お前はほんとうにさっぱりしていい子供だねえ、だから僕はおまえはすきだよ、すきだから昨日もいたずらしたんだ、僕だっていたずらはするけれど、いいことはもっと沢山たくさんするんだよ、そら数えてごらん、僕は松の花でも楊やなぎの花でも草棉くさわたの毛でも運んで行くだろう。稲の花粉かふんだってやっぱり僕らが運ぶんだよ。それから僕が通ると草木はみんな丈夫になるよ。悪い空気も持って行っていい空気も運んで来る。東京浅草のまるで濁にごった寒天のような空気をうまく太平洋の方へさらって行って日本アルプスのいい空気だって代りに持って行ってやるんだ。もし僕がいなかったら病気も湿気しっけもいくらふえるか知れないんだ。ところで今日はお前たちは僕にあうためにばかりここへ来たのかい。けれども僕は今日は十時半から演習へ出なけぁいけないからもう別れなけぁならないんだ。あした又また来ておくれ。ね。じゃ、さよなら

僕は上海シャンハイだって何べんも知ってるよ。」みんなが丘へのぼったとき又三郎がいきなりマントをぎらっとさせてそこらの草へ橙だいだいや青の光を落しながら出て来てそれから指をひろげてみんなの前に突つき出して云いました。

上海東京は僕たちの仲間なら誰たれでもみんな通りたがるんだ。どうしてか知ってるかい。」

 又三郎はまっ黒な眼を少し意地わるそうにくりくりさせながらみんなを見まわしました。けれども上海東京ということは一郎も誰も何のことかわかりませんでしたからお互たがいしばらく顔を見合せてだまっていましたら又三郎がもう大得意でにやにや笑いながら言ったのです。

「僕たちの仲間はみんな上海東京を通りたがるよ。どうしてって東京には日本中央気象台があるし上海には支那中華ちゅうか大気象台があるだろう。どっちだって偉えらい人がたくさん居るんだ。本当は気象台の上をかけるときは僕たちはみんな急ぎたがるんだ。どうしてって風力計がくるくるくるくる廻まわっていて僕たちのレコードちゃんと下の機械に出て新聞にも載のるんだろう。誰だっていいレコードを作りたいからそれはどうしても急ぐんだよ。けれども僕たちの方のきめでは気象台測候所の近くへ来たからって俄にわかに急いだりすることは大へん卑怯ひきょうなことにされてあるんだ。お前たちだってきっとそうだろう、試験の時ばかりむやみに勉強したりするのはいけないことになってるだろう。だから僕たちも急ぎたくたってわざと急がないんだ。そのかわりほんとうに一生けん命かけてる最中気象台へ通りかかるときはうれしいねえ、風力計をまるでのぼせるくらいにまわしてピーッとかけぬけるだろう、胸もすっとなるんだ。面白おもしろかったねえ、一昨年だったけれど六月ころ僕丁度上海に居たんだ。昼の間には海から陸へ移って行き夜には陸から海へ行ってたねえ、大抵朝は十時頃ごろ海から陸の方へかけぬけるようになっていたんだがそのときはいつでも、うまい工合ぐあい気象台を通るようになるんだ。すると気象台の風力計や風信器や置いてある屋根の上のやぐらにいつでも一人の支那人の理学博士子供助手とが立っているんだ。

 博士はだまっていたが子供助手はいつでも何か言っているんだ。そいつは頭をくりくりの芥子坊主けしぼうずにしてね、着物だって袖そでの広い支那服だろう、沓くつもはいてるねえ、大へんかあいらしいんだよ、一番はじめの日僕がそこを通ったら斯こう言っていた。

『これはきっと颶風ぐふうですね。ずぶんひどい風ですね。』

 すると支那人の博士が葉巻をくわえたままふんふん笑って

『家が飛ばないじゃないか。』

と云いうと子供助手はまるで口を尖とがらせて、

だって向うの三角旗や何かぱたぱた云ってます。』というんだ。博士は笑って相手にしないで壇だんを下りて行くねえ、子供助手は少し悄気しょげながら手を拱こまねいてあとから恭々しくついて行く。

 僕はそのとき二・五米メートルというレコードを風力計にのこして笑って行ってしまったんだ。

 次の日も九時頃僕は海の霧きりの中で眼がさめてそれから霧がだんだん融とけて空が青くなりお日さまが黄金きんのばらのようにかがやき出したころそろそろ陸の方へ向ったんだ。これは仕方ないんだよ、お日さんさえ出たらきっともう僕たちは陸の方へ行かなけぁならないようになるんだ、僕はだんだん岸へよって鴎かもめが白い蓮華れんげの花のように波に浮うかんでいるのも見たし、また沢山のジャンクの黄いろの帆ほや白く塗ぬられた蒸気船の舷げんを通ったりなんかして昨日の気象台に通りかかると僕はもう遠くからあの風力計のくるくるくるくる廻るのを見て胸が踊おどるんだ。すっとかけぬけただろう。レコードが一秒五米と出たねえ、そのとき下を見ると昨日の博士子供助手とが今日も出て居て子供助手がやっぱり云っているんだ。

『この風はたしかに颶風ぐふうですね。』

 支那人の博士はやっぱりわらって気がないように、

『瓦かわらも石も舞まい上らんじゃないか。』と答えながらもう壇を下りかかるんだ。子供助手はまるで一生けん命になって

だって木の枝えだが動いてますよ。』と云うんだ。それでも博士はまるで相手にしないねえ、僕もその時はもう気象台をずうっとはなれてしまってあとどうなったか知らない。

 そしてその日はずうっと西の方の瀬戸物の塔とうのあるあたりまで行ってぶらぶらし、その晩十七夜のお月さまの出るころ海へ戻もどって睡ったんだ。

 ところがその次の日もなんだ。その次の日僕がまた海からやって来てほくほくしながらもう大分の早足で気象台を通りかかったらやっぱり博士助手が二人出ていた。

『こいつはもう本とうの暴風ですね、』又またあの子供の助手が尤もっともらしい顔つきで腕うでを拱いてそう云っているだろう。博士はやっぱり鼻であしらうといった風で

だって木が根こぎにならんじゃないか。』と云うんだ。子供はまるで顔をまっ赤にして

『それでもどの木もみんなぐらぐらしてますよ。』と云うんだ。その時僕はもうあとを見なかった。なぜってその日のレコードは八米だからね、そんなに気象台の所にばかり永くとまっているわけには行かなかったんだ。そしてその次の日だよ、やっぱり僕は海へ帰っていたんだ。そして丁度八時ころから雲も一ぱいにやって来て波も高かった。僕はこの時はもう両手をひろげ叫び声をあげて気象台を通った。やっぱり二人とも出ていたねえ、子供は高い処ところなもんだからもうぶるぶる顫ふるえて手すりにとりついているんだ。雨も幾いくつぶか落ちたよ。そんなにこわそうにしながらまた斯う云っているんだ。

『これは本当の暴風ですね、林ががあがあ云ってますよ、枝も折れてますよ。』

 ところが博士は落ちついてからだを少しまげながら海の方へ手をかざして云ったねえ

『うん、けれどもまだ暴風というわけじゃないな。もう降りよう。』僕はその語ことばをきれぎれに聴ききながらそこをはなれたんだそれからもうかけてかけて林を通るときは木をみんな狂人きょうじんのようにゆすぶらせ丘を通るときは草も花もめっちゃめちゃにたたきつけたんだ、そしてその夕方までに上海シャンハイから十里も南西の方の山の中に行ったんだ。そして少し疲つかれたのでみんなとわかれてやすんでいたらその晩また僕たちは上海から北の方の海へ抜ぬけて今度はもうまっすぐにこっちの方までやって来るということになったんだ。そいつ低気圧だよ、あいつに従ついて行くことになったんだ。さあ僕はその晩中あしたもう一ぺん上海気象台を通りたいといくら考えたか知れやしない。ところがうまいこと通ったんだ。そして僕は遠くから風力計の椀わんがまるで眼にも見えない位速くまわっているのを見、又あの支那人の博士が黄いろなレーンコートを着子供助手が黒い合羽かっぱを着てやぐらの上に立って一生けん命空を見あげているのを見た。さあ僕はもう笛ふえのように鳴りいなずまのように飛んで

今日暴風ですよ、そら、暴風ですよ。今日は。さよなら。』と叫びながら通ったんだ。もう子供助手が何を云ったかただその小さな口がぴくっとまがったのを見ただけ少しも僕にはわからなかった。

 そうだ、そのときは僕は海をぐんぐんわたってこっちへ来たけれども来る途中とちゅうでだんだんかけるのをやめてそれから丁度五日目にここも通ったよ。その前の日はあの水沢臨時緯度いど観測所も通った。あすこは僕たちの日本では東京の次に通りたがる所なんだよ。なぜってあすこを通るとレコードでも何でもみな外国の方まで知れるようになることがあるからなんだ。あすこを通った日は丁度お天気だったけれど、そうそう、その時は丁度日本では入梅にゅうばいだったんだ、僕は観測所へ来てしばらくある建物屋根の上にやすんでいたねえ、やすんで居たって本当は少しとろとろ睡ったんだ。すると俄かに下で

大丈夫です、すっかり乾かわきましたから。』と云う声がするんだろう。見ると木村博士気象の方の技手ぎてとがラケットをさげて出て来ていたんだ。木村博士は瘠やせて眼のキョロキョロした人だけれども僕はまあ好きだねえ、それに非常にテニスうまいんだよ。僕はしばらく見てたねえ、どうしてもその技手の人はかなわない、まるっきり汗あせだらけになってよろよろしているんだ。あんまり僕も気の毒になったか屋根の上からじっとボールの往来をにらめてすきを見て置いてねえ、丁度博士がサーヴをつかったときふうっと飛び出して行って球を横の方へ外そらしてしまったんだ。博士はすぐもう一つの球を打ちこんだねえ。そいつは僕は途中に居て途方もなく遠くへけとばしてやった。

『こんな筈はずはないぞ。』と博士は云ったねえ、僕はもう博士にこれ位云わせれば沢山だと思って観測所をはなれて次の日丁度ここへ来たんだよ。ところでね、僕は少し向うへ行かなくちゃいけないか今日はこれでお別れしよう。さよなら。」

 又三郎はすっと見えなくなってしまいました。

 みんなは今日又三郎ばかりあんまり勝手なことを云ってあんまり勝手に行ってしまったりするもんですから少し変な気もしましたが一所に丘を降りて帰りました。

   九月六日

 一昨日おとといかだんだん曇って来たそらはとうとうその朝は低い雨雲を下してまるで冬にでも降るようなまっすぐなしずかな雨がやっと穂ほを出した草や青い木の葉にそそぎました。

 みんなは傘かさをさしたり小さな簑みのからすきとおるつめたい雫しずくをぽたぽた落したりして学校に来ました。

 雨はたびたび霽はれて雲も白く光りましたけれども今日は誰たれもあんまり教室の窓からあの丘の栗くりの木の処を見ませんでした。又三郎などもはじめこそはほんとうにめずらしく奇体きたいだったのですがだんだんなれて見ると割合ありふれたことになってしまってまるで東京からふいに田舎いなかの学校へ移って来た友だちぐらいにしか思われなくなって来たのです。

 おひるすぎ授業が済んでからはもう雨はすっかり晴れて小さな蝉せみなどもカンカン鳴きはじめたりしましたけれども誰も今日はあの栗の木の処へ行こうとも云わず一郎も耕一も学校の門の処で「あばえ。」と言ったきり別れてしまいました。

 耕一の家は学校から川添かわぞいに十五町ばかり溯のぼった処にありました。耕一の方から来ている子供では一年生の生徒が二人ありましたけれどもそれはもう午前中に帰ってしまっていましたし耕一はかばんと傘を持ってひとりみちを川上の方へ帰って行きました。みちは岩の崖がけになった処の中ごろを通るのでずいぶん度々たびたび山の窪くぼみや谷に添ってまわらなければなりませんでした。ところどころには湧水わきみずもあり、又みちの砂だってまっ白で平らでしたから耕一は今日も足駄あしだをぬいで傘と一緒いっしょにもって歩いて行きました。

 まがり角を二つまわってもう学校も見えなくなり前にもうしろにも人は一人も居ず谷の水だけ崖の下で少し濁にごってごうごう鳴るだけ大へんさびしくなりましたので耕一は口笛くちぶえを吹ふきながら少し早足に歩きました。

 ところが路みちの一とこに崖からからだをつき出すようにした楢ならや樺かばの木が路に被かぶさったとこがありました。耕一が何気なくその下を通りましたら俄にわかに木がぐらっとゆれてつめたい雫が一ぺんにざっと落ちて来ました。耕一は肩かたからせなかから水へ入ったようになりました。それほどひどく落ちて来たのです。

 耕一はその梢こずえちょっと見あげて少し顔を赤くして笑いながら行き過ぎました。

 ところが次の木のトンネルを通るときざっとその雫が落ちて来たのです。今度はもうすっかりからだまで水がしみる位にぬれました。耕一はぎょっとしましたけれどもやっぱり口笛を吹いて歩いて行きました。

 ところが間もなく又木のかぶさった処を通るようになりました。それは大へんに今までとはちがって長かったのです。耕一は通る前に一ぺんその青い枝を見あげました。雫は一ぱいにたまって全く今にも落ちそうには見えましたしおまけに二度あることは三度あるとも云うのでしたから少し立ちどまって考えて見ましたけれどもまさか三度が三度とも丁度下を通るときそれが落ちて来るということはないと思って少しびくびくしながらその下を急いで通って行きました。そしたらやっぱり、今度もざあっと雫が落ちて来たのです。耕一はもう少し口がまがって泣くようになって上を見あげました。けれども何とも仕方ありませんでしたから冷たさに一ぺんぶるっとしながらもう少し行きました。すると、又ざあと来たのです。

「誰たれだ。誰だ。」耕一はもうきっと誰かのいたずらだと思ってしばらく上をにらんでいましたがしんとして何の返事もなくただ下の方で川がごうごう鳴るばかりでした。そこで耕一は今度は傘をさして行こうと思って足駄を下におろして傘を開きました。そしたら俄にわかにどうっと風がやって来て傘はぱっと開きあぶなく吹き飛ばされそうになりました、耕一はよろよろしながらしっかり柄えをつかまえていましたらとうとう傘はがりがり風にこわされて開いた蕈きのこのような形になりました。

 耕一はとうとう泣き出してしまいました。

 すると丁度それと一緒に向うではあはあ笑う声がしたのです。びっくりしてそちらを見ましたらそいつは、そいつ風の又三郎でした。ガラスマントも雫でいっぱい髪かみの毛もぬれて束たばになり赤い顔からは湯気さえ立てながらはあはあはあはあふいごのように笑っていました。

 耕一はあたりがきぃんと鳴るように思ったくらい怒おこってしまいました。

「何なに為すぁ、ひとの傘ぶっかして。」

 又三郎はいよいよひどく笑ってまるでそこら中ころげるようにしました。

 耕一はもうこらえ切れなくなって持っていた傘をいきなり又三郎に投げつけてそれから泣きながら組み付いて行きました。

 すると又三郎はすばやくガラスマントをひろげて飛びあがってしまいました。もうどこへ行ったか見えないのです。

 耕一はまだ泣いてそらを見上げました。そしてしばらく口惜くやしさにしくしく泣いていましたがやっとあきらめてその壊こわれた傘も持たずうちへ帰ってしまいました。そして縁側えんがわから入ろうとしてふと見ましたらさっきの傘がひろげて干してあるのです。照井耕一という名もちゃんと書いてありましたし、さっきはなれた処もすっかりくっつききれた糸も外ほかの糸でつないでありました。耕一は縁側に座りながらとうとう笑い出してしまったのです。

   九月七日

 次の日は雨もすっかり霽れました。日曜日でしたから誰たれも学校に出ませんでした。ただ耕一は昨日又三郎あんなひどい悪戯いたずらをされましたのでどうしても今日は遭あってうんとひどくいじめてやらなければと思って自分一人でもこわかったもんですから一郎をさそって朝の八時頃ごろからあの草山の栗の木の下に行って待っていました。

 すると又三郎の方でもどう云うつもりか大へんに早く丁度九時ころ、丘の横の方から何か非常に考え込んだような風をして鼠ねずみいろのマントをうしろへはねて腕組みをして二人の方へやって来たのでした。さあ、しっかり談判しなくちゃいけないと考えて耕一はどきっとしました。又三郎はたしかに二人の居たのも知っていたようでしたが、わざといかにも考え込んでいるという風で二人の前を知らないふりして通って行こうとしました。

又三郎、うわぁい。」耕一はいきなりどなりました。又三郎はぎょっとしたようにふり向いて、

「おや、お早う。もう来ていたのかい。どうして今日はこんなに早いんだい。」とたずねました。

「日曜でさ。」一郎が云いました。

「ああ、今日は日曜だったんだね、僕ぼくすっかり忘れていた。そうだ八月三十一日が日曜だったからね、七日目で今日が又日曜なんだね。」

「うん。」一郎はこたえましたが耕一はぷりぷり怒っていました。又三郎が昨日のことな一言も云わずあんまりそらぞらしいもんですからそれに耕一に何も云われないように又日曜のことなどばかり云うもんですからじっさいしゃくにさわったのです。そこでとうとういきなり叫さけびました。

「うわぁい、又三郎、汝うななどぁ、世界に無くてもいいな。うわぁぃ。」

 すると又三郎はずるそうに笑いました。

「やあ、耕一君、お早う。昨日はずいぶん失敬したね。」

 耕一は何かもっと別のことを言おうと思いましたがあんまり怒ってしまって考え出すことができませんでしたので又同じように叫びました。

「うわぁい、うわぁいだが、又三郎、うななどぁ世界中に無くてもいいな、うわぁい。」

「昨日は実際失敬したよ。僕雨が降ってあんまり気持ちが悪かったもんだからね。」

 又三郎は少し眼めをパチパチさせて気の毒そうに云いましたけれども耕一の怒りは仲々解けませんでした。そして三度同じことを繰り返したのです。

「うわぁい、うななどぁ、無くてもいいな。うわぁい。」

 すると又三郎は少し面白おもしろくなったようでした。いつもの通りずるそうに笑って斯こう訊たずねました。

「僕たちが世界中になくてもいいってどう云うんだい。箇条かじょうを立てて云ってごらん。そら。」

 耕一は試験のようだしつまらないことになったと思って大へん口惜しかったのですが仕方なくしばらく考えてから答えました。

「汝うななどぁ悪戯ばりさな。傘ぶっ壊かしたり。」

それから? それから?」又三郎面白そうに一足進んで云いました。

「それがら、樹き折ったり転覆おっけあしたりさな。」

それから? それから、どうだい。」

「それがら、稲いねも倒たおさな。」

それから? あとはどうだい。」

「家もぶっ壊かさな。」

それから? それから? あとはどうだい。」

「砂も飛ばさな。」

それから? あとは? それから? あとはどうだい。」

シャッポも飛ばさな。」

それから? それから? あとは? あとはどうだい。」

「それがら、うう、電信ばしらも倒さな。」

それから? それから? それから?」

「それがら、塔とうも倒さな。」

「アアハハハ、塔は家のうちだい、どうだいまだあるかいそれから? それから?」

「それがら、うう、それがら、」耕一はつまってしまいました。大抵たいていもう云ってしまったのですからいくら考えてももう出ませんでした。

 又三郎はいよいよ面白そうに指を一本立てながら

それから? それから? ええ? それから。」と云うのでした。耕一は顔を赤くしてしばらく考えてからやっと答えました。

「それがら、風車かざぐるまもぶっ壊かさな。」

 すると又三郎は今度こそはまるで飛びあがって笑ってしまいました。笑って笑って笑いました。マントも一緒にひらひら波を立てました。

「そうらごらん、とうとう風車などを云っちゃった。風車なら僕を悪く思っちゃいないんだよ。勿論もちろん時々壊すこともあるけれども廻まわしてやるときの方がずうっと多いんだ。風車ならちっとも僕を悪く思っちゃいないんだ。うそと思ったら聴きいてごらん。お前たちはまるで勝手だねえ、僕たちがちっとばっかしいたずらすることは大業おおぎょうに悪口を云っていいとこはちっとも見ないんだ。それに第一お前のさっきからの数えようがあんまりおかしいや。うう、ううてばかりいたんだろう。おしまいはとうとう風車なんか数えちゃった。ああおかしい。」

 又三郎は又泪なみだの出るほど笑いました。

 耕一もさっきからあんまり困ったために怒っていたのもだんだん忘れて来ました。そしてつい又三郎と一所にわらいだしてしまったのです。さあ又三郎のよろこんだこと俄かにしゃべりはじめました。

「ね、そら、僕たちのやるいたずらで一番ひどいことは日本ならば稲を倒すことだよ、二百十日から二百二十日ころまで、昔むかしはその頃ほんとうに僕たちはこわがられたよ。なぜってその頃は丁度稲に花のかかるときだろう。その時僕たちにかけられたら花がみんな散ってしまってまるで実にならないだろう、だから前は本当にこわがったんだ、僕たちだってわざとするんじゃない、どうしてもその頃かけなくちゃいかいからかけるんだ、もう三四日たてばきっと又そうなるよ。けれどもいまはもう農業が進んでお前たちの家の近くなどでは二百十日のころになど花の咲いている稲なんか一本もないだろう、大抵もう柔やわらかな実になってるんだ。早い稲はもうよほど硬かたくさえなってるよ、僕らがかけあるいて少し位倒れたってそんなにひどくとりいれが減りはしないんだ。だから結局何でもないさ。それからも一つは木を倒すことだよ。家を倒すなんてそんなことはほんの少しだからね、木を倒すことだよ、これだって悪戯いたずらじゃないんだよ。倒れないようにして置けぁいいんだ。葉の濶ひろい樹なら丈夫じょうぶだよ。僕たちが少しぐらいひどくぶっつかっても仲々倒れやしない。それに林の樹が倒れるなんかそれは林の持主が悪いんだよ。林を伐きるときはね、よく一年中の強い風向を考えてその風下の方からだんだん伐って行くんだよ。林の外側の木は強いけれども中の方の木はせいばかり高くて弱いからよくそんなことも気をつけなけぁいけないんだ。だからまず僕たちのこと悪く云う前によく自分の方に気をつけりゃいいんだよ。海岸ではね、僕たちが波のしぶきを運んで行くとすぐ枯かれるやつも枯れないやつもあるよ。苹果りんごや梨なしやまるめろや胡瓜きゅうりはだめだ、すぐ枯れる、稲や薄荷はっかやだいこんなどはなかなか強い、牧草なども強いねえ。」

 又三郎ちょっと話をやめました。耕一もすっかり機嫌きげんを直して云いました。

又三郎、おれぁあんまり怒ごしゃで悪がた。許せな。」

 すると又三郎はすっかり悦よろこびました。

「ああありがとう、お前はほんとうにさっぱりしていい子供だねえ、だから僕はおまえはすきだよ、すきだから昨日もいたずらしたんだ、僕だっていたずらはするけれど、いいことはもっと沢山たくさんするんだよ、そら数えてごらん、僕は松の花でも楊やなぎの花でも草棉くさわたの毛でも運んで行くだろう。稲の花粉かふんだってやっぱり僕らが運ぶんだよ。それから僕が通ると草木はみんな丈夫になるよ。悪い空気も持って行っていい空気も運んで来る。東京浅草のまるで濁にごった寒天のような空気をうまく太平洋の方へさらって行って日本アルプスのいい空気だって代りに持って行ってやるんだ。もし僕がいなかったら病気も湿気しっけもいくらふえるか知れないんだ。ところで今日はお前たちは僕にあうためにばかりここへ来たのかい。けれども僕は今日は十時半から演習へ出なけぁいけないからもう別れなけぁならないんだ。あした又また来ておくれ。ね。じゃ、さよなら

僕は上海シャンハイだって何べんも知ってるよ。」みんなが丘へのぼったとき又三郎がいきなりマントをぎらっとさせてそこらの草へ橙だいだいや青の光を落しながら出て来てそれから指をひろげてみんなの前に突つき出して云いました。

上海東京は僕たちの仲間なら誰たれでもみんな通りたがるんだ。どうしてか知ってるかい。」

 又三郎はまっ黒な眼を少し意地わるそうにくりくりさせながらみんなを見まわしました。けれども上海東京ということは一郎も誰も何のことかわかりませんでしたからお互たがいしばらく顔を見合せてだまっていましたら又三郎がもう大得意でにやにや笑いながら言ったのです。

「僕たちの仲間はみんな上海東京を通りたがるよ。どうしてって東京には日本中央気象台があるし上海には支那中華ちゅうか大気象台があるだろう。どっちだって偉えらい人がたくさん居るんだ。本当は気象台の上をかけるときは僕たちはみんな急ぎたがるんだ。どうしてって風力計がくるくるくるくる廻まわっていて僕たちのレコードちゃんと下の機械に出て新聞にも載のるんだろう。誰だっていいレコードを作りたいからそれはどうしても急ぐんだよ。けれども僕たちの方のきめでは気象台測候所の近くへ来たからって俄にわかに急いだりすることは大へん卑怯ひきょうなことにされてあるんだ。お前たちだってきっとそうだろう、試験の時ばかりむやみに勉強したりするのはいけないことになってるだろう。だから僕たちも急ぎたくたってわざと急がないんだ。そのかわりほんとうに一生けん命かけてる最中気象台へ通りかかるときはうれしいねえ、風力計をまるでのぼせるくらいにまわしてピーッとかけぬけるだろう、胸もすっとなるんだ。面白おもしろかったねえ、一昨年だったけれど六月ころ僕丁度上海に居たんだ。昼の間には海から陸へ移って行き夜には陸から海へ行ってたねえ、大抵朝は十時頃ごろ海から陸の方へかけぬけるようになっていたんだがそのときはいつでも、うまい工合ぐあい気象台を通るようになるんだ。すると気象台の風力計や風信器や置いてある屋根の上のやぐらにいつでも一人の支那人の理学博士子供助手とが立っているんだ。

 博士はだまっていたが子供助手はいつでも何か言っているんだ。そいつは頭をくりくりの芥子坊主けしぼうずにしてね、着物だって袖そでの広い支那服だろう、沓くつもはいてるねえ、大へんかあいらしいんだよ、一番はじめの日僕がそこを通ったら斯こう言っていた。

『これはきっと颶風ぐふうですね。ずぶんひどい風ですね。』

 すると支那人の博士が葉巻をくわえたままふんふん笑って

『家が飛ばないじゃないか。』

と云いうと子供助手はまるで口を尖とがらせて、

だって向うの三角旗や何かぱたぱた云ってます。』というんだ。博士は笑って相手にしないで壇だんを下りて行くねえ、子供助手は少し悄気しょげながら手を拱こまねいてあとから恭々しくついて行く。

 僕はそのとき二・五米メートルというレコードを風力計にのこして笑って行ってしまったんだ。

 次の日も九時頃僕は海の霧きりの中で眼がさめてそれから霧がだんだん融とけて空が青くなりお日さまが黄金きんのばらのようにかがやき出したころそろそろ陸の方へ向ったんだ。これは仕方ないんだよ、お日さんさえ出たらきっともう僕たちは陸の方へ行かなけぁならないようになるんだ、僕はだんだん岸へよって鴎かもめが白い蓮華れんげの花のように波に浮うかんでいるのも見たし、また沢山のジャンクの黄いろの帆ほや白く塗ぬられた蒸気船の舷げんを通ったりなんかして昨日の気象台に通りかかると僕はもう遠くからあの風力計のくるくるくるくる廻るのを見て胸が踊おどるんだ。すっとかけぬけただろう。レコードが一秒五米と出たねえ、そのとき下を見ると昨日の博士子供助手とが今日も出て居て子供助手がやっぱり云っているんだ。

『この風はたしかに颶風ぐふうですね。』

 支那人の博士はやっぱりわらって気がないように、

『瓦かわらも石も舞まい上らんじゃないか。』と答えながらもう壇を下りかかるんだ。子供助手はまるで一生けん命になって

だって木の枝えだが動いてますよ。』と云うんだ。それでも博士はまるで相手にしないねえ、僕もその時はもう気象台をずうっとはなれてしまってあとどうなったか知らない。

 そしてその日はずうっと西の方の瀬戸物の塔とうのあるあたりまで行ってぶらぶらし、その晩十七夜のお月さまの出るころ海へ戻もどって睡ったんだ。

 ところがその次の日もなんだ。その次の日僕がまた海からやって来てほくほくしながらもう大分の早足で気象台を通りかかったらやっぱり博士助手が二人出ていた。

『こいつはもう本とうの暴風ですね、』又またあの子供の助手が尤もっともらしい顔つきで腕うでを拱いてそう云っているだろう。博士はやっぱり鼻であしらうといった風で

だって木が根こぎにならんじゃないか。』と云うんだ。子供はまるで顔をまっ赤にして

『それでもどの木もみんなぐらぐらしてますよ。』と云うんだ。その時僕はもうあとを見なかった。なぜってその日のレコードは八米だからね、そんなに気象台の所にばかり永くとまっているわけには行かなかったんだ。そしてその次の日だよ、やっぱり僕は海へ帰っていたんだ。そして丁度八時ころから雲も一ぱいにやって来て波も高かった。僕はこの時はもう両手をひろげ叫び声をあげて気象台を通った。やっぱり二人とも出ていたねえ、子供は高い処ところなもんだからもうぶるぶる顫ふるえて手すりにとりついているんだ。雨も幾いくつぶか落ちたよ。そんなにこわそうにしながらまた斯う云っているんだ。

『これは本当の暴風ですね、林ががあがあ云ってますよ、枝も折れてますよ。』

 ところが博士は落ちついてからだを少しまげながら海の方へ手をかざして云ったねえ

『うん、けれどもまだ暴風というわけじゃないな。もう降りよう。』僕はその語ことばをきれぎれに聴ききながらそこをはなれたんだそれからもうかけてかけて林を通るときは木をみんな狂人きょうじんのようにゆすぶらせ丘を通るときは草も花もめっちゃめちゃにたたきつけたんだ、そしてその夕方までに上海シャンハイから十里も南西の方の山の中に行ったんだ。そして少し疲つかれたのでみんなとわかれてやすんでいたらその晩また僕たちは上海から北の方の海へ抜ぬけて今度はもうまっすぐにこっちの方までやって来るということになったんだ。そいつ低気圧だよ、あいつに従ついて行くことになったんだ。さあ僕はその晩中あしたもう一ぺん上海気象台を通りたいといくら考えたか知れやしない。ところがうまいこと通ったんだ。そして僕は遠くから風力計の椀わんがまるで眼にも見えない位速くまわっているのを見、又あの支那人の博士が黄いろなレーンコートを着子供助手が黒い合羽かっぱを着てやぐらの上に立って一生けん命空を見あげているのを見た。さあ僕はもう笛ふえのように鳴りいなずまのように飛んで

今日暴風ですよ、そら、暴風ですよ。今日は。さよなら。』と叫びながら通ったんだ。もう子供助手が何を云ったかただその小さな口がぴくっとまがったのを見ただけ少しも僕にはわからなかった。

 そうだ、そのときは僕は海をぐんぐんわたってこっちへ来たけれども来る途中とちゅうでだんだんかけるのをやめてそれから丁度五日目にここも通ったよ。その前の日はあの水沢臨時緯度いど観測所も通った。あすこは僕たちの日本では東京の次に通りたがる所なんだよ。なぜってあすこを通るとレコードでも何でもみな外国の方まで知れるようになることがあるからなんだ。あすこを通った日は丁度お天気だったけれど、そうそう、その時は丁度日本では入梅にゅうばいだったんだ、僕は観測所へ来てしばらくある建物屋根の上にやすんでいたねえ、やすんで居たって本当は少しとろとろ睡ったんだ。すると俄かに下で

大丈夫です、すっかり乾かわきましたから。』と云う声がするんだろう。見ると木村博士気象の方の技手ぎてとがラケットをさげて出て来ていたんだ。木村博士は瘠やせて眼のキョロキョロした人だけれども僕はまあ好きだねえ、それに非常にテニスうまいんだよ。僕はしばらく見てたねえ、どうしてもその技手の人はかなわない、まるっきり汗あせだらけになってよろよろしているんだ。あんまり僕も気の毒になったか屋根の上からじっとボールの往来をにらめてすきを見て置いてねえ、丁度博士がサーヴをつかったときふうっと飛び出して行って球を横の方へ外そらしてしまったんだ。博士はすぐもう一つの球を打ちこんだねえ。そいつは僕は途中に居て途方もなく遠くへけとばしてやった。

『こんな筈はずはないぞ。』と博士は云ったねえ、僕はもう博士にこれ位云わせれば沢山だと思って観測所をはなれて次の日丁度ここへ来たんだよ。ところでね、僕は少し向うへ行かなくちゃいけないか今日はこれでお別れしよう。さよなら。」

 又三郎はすっと見えなくなってしまいました。

 みんなは今日又三郎ばかりあんまり勝手なことを云ってあんまり勝手に行ってしまったりするもんですから少し変な気もしましたが一所に丘を降りて帰りました。

   九月六日

 一昨日おとといかだんだん曇って来たそらはとうとうその朝は低い雨雲を下してまるで冬にでも降るようなまっすぐなしずかな雨がやっと穂ほを出した草や青い木の葉にそそぎました。

 みんなは傘かさをさしたり小さな簑みのからすきとおるつめたい雫しずくをぽたぽた落したりして学校に来ました。

 雨はたびたび霽はれて雲も白く光りましたけれども今日は誰たれもあんまり教室の窓からあの丘の栗くりの木の処を見ませんでした。又三郎などもはじめこそはほんとうにめずらしく奇体きたいだったのですがだんだんなれて見ると割合ありふれたことになってしまってまるで東京からふいに田舎いなかの学校へ移って来た友だちぐらいにしか思われなくなって来たのです。

 おひるすぎ授業が済んでからはもう雨はすっかり晴れて小さな蝉せみなどもカンカン鳴きはじめたりしましたけれども誰も今日はあの栗の木の処へ行こうとも云わず一郎も耕一も学校の門の処で「あばえ。」と言ったきり別れてしまいました。

 耕一の家は学校から川添かわぞいに十五町ばかり溯のぼった処にありました。耕一の方から来ている子供では一年生の生徒が二人ありましたけれどもそれはもう午前中に帰ってしまっていましたし耕一はかばんと傘を持ってひとりみちを川上の方へ帰って行きました。みちは岩の崖がけになった処の中ごろを通るのでずいぶん度々たびたび山の窪くぼみや谷に添ってまわらなければなりませんでした。ところどころには湧水わきみずもあり、又みちの砂だってまっ白で平らでしたから耕一は今日も足駄あしだをぬいで傘と一緒いっしょにもって歩いて行きました。

 まがり角を二つまわってもう学校も見えなくなり前にもうしろにも人は一人も居ず谷の水だけ崖の下で少し濁にごってごうごう鳴るだけ大へんさびしくなりましたので耕一は口笛くちぶえを吹ふきながら少し早足に歩きました。

 ところが路みちの一とこに崖からからだをつき出すようにした楢ならや樺かばの木が路に被かぶさったとこがありました。耕一が何気なくその下を通りましたら俄にわかに木がぐらっとゆれてつめたい雫が一ぺんにざっと落ちて来ました。耕一は肩かたからせなかから水へ入ったようになりました。それほどひどく落ちて来たのです。

 耕一はその梢こずえちょっと見あげて少し顔を赤くして笑いながら行き過ぎました。

 ところが次の木のトンネルを通るときざっとその雫が落ちて来たのです。今度はもうすっかりからだまで水がしみる位にぬれました。耕一はぎょっとしましたけれどもやっぱり口笛を吹いて歩いて行きました。

 ところが間もなく又木のかぶさった処を通るようになりました。それは大へんに今までとはちがって長かったのです。耕一は通る前に一ぺんその青い枝を見あげました。雫は一ぱいにたまって全く今にも落ちそうには見えましたしおまけに二度あることは三度あるとも云うのでしたから少し立ちどまって考えて見ましたけれどもまさか三度が三度とも丁度下を通るときそれが落ちて来るということはないと思って少しびくびくしながらその下を急いで通って行きました。そしたらやっぱり、今度もざあっと雫が落ちて来たのです。耕一はもう少し口がまがって泣くようになって上を見あげました。けれども何とも仕方ありませんでしたから冷たさに一ぺんぶるっとしながらもう少し行きました。すると、又ざあと来たのです。

「誰たれだ。誰だ。」耕一はもうきっと誰かのいたずらだと思ってしばらく上をにらんでいましたがしんとして何の返事もなくただ下の方で川がごうごう鳴るばかりでした。そこで耕一は今度は傘をさして行こうと思って足駄を下におろして傘を開きました。そしたら俄にわかにどうっと風がやって来て傘はぱっと開きあぶなく吹き飛ばされそうになりました、耕一はよろよろしながらしっかり柄えをつかまえていましたらとうとう傘はがりがり風にこわされて開いた蕈きのこのような形になりました。

 耕一はとうとう泣き出してしまいました。

 すると丁度それと一緒に向うではあはあ笑う声がしたのです。びっくりしてそちらを見ましたらそいつは、そいつ風の又三郎でした。ガラスマントも雫でいっぱい髪かみの毛もぬれて束たばになり赤い顔からは湯気さえ立てながらはあはあはあはあふいごのように笑っていました。

 耕一はあたりがきぃんと鳴るように思ったくらい怒おこってしまいました。

「何なに為すぁ、ひとの傘ぶっかして。」

 又三郎はいよいよひどく笑ってまるでそこら中ころげるようにしました。

 耕一はもうこらえ切れなくなって持っていた傘をいきなり又三郎に投げつけてそれから泣きながら組み付いて行きました。

 すると又三郎はすばやくガラスマントをひろげて飛びあがってしまいました。もうどこへ行ったか見えないのです。

 耕一はまだ泣いてそらを見上げました。そしてしばらく口惜くやしさにしくしく泣いていましたがやっとあきらめてその壊こわれた傘も持たずうちへ帰ってしまいました。そして縁側えんがわから入ろうとしてふと見ましたらさっきの傘がひろげて干してあるのです。照井耕一という名もちゃんと書いてありましたし、さっきはなれた処もすっかりくっつききれた糸も外ほかの糸でつないでありました。耕一は縁側に座りながらとうとう笑い出してしまったのです。

   九月七日

 次の日は雨もすっかり霽れました。日曜日でしたから誰たれも学校に出ませんでした。ただ耕一は昨日又三郎あんなひどい悪戯いたずらをされましたのでどうしても今日は遭あってうんとひどくいじめてやらなければと思って自分一人でもこわかったもんですから一郎をさそって朝の八時頃ごろからあの草山の栗の木の下に行って待っていました。

 すると又三郎の方でもどう云うつもりか大へんに早く丁度九時ころ、丘の横の方から何か非常に考え込んだような風をして鼠ねずみいろのマントをうしろへはねて腕組みをして二人の方へやって来たのでした。さあ、しっかり談判しなくちゃいけないと考えて耕一はどきっとしました。又三郎はたしかに二人の居たのも知っていたようでしたが、わざといかにも考え込んでいるという風で二人の前を知らないふりして通って行こうとしました。

又三郎、うわぁい。」耕一はいきなりどなりました。又三郎はぎょっとしたようにふり向いて、

「おや、お早う。もう来ていたのかい。どうして今日はこんなに早いんだい。」とたずねました。

「日曜でさ。」一郎が云いました。

「ああ、今日は日曜だったんだね、僕ぼくすっかり忘れていた。そうだ八月三十一日が日曜だったからね、七日目で今日が又日曜なんだね。」

「うん。」一郎はこたえましたが耕一はぷりぷり怒っていました。又三郎が昨日のことな一言も云わずあんまりそらぞらしいもんですからそれに耕一に何も云われないように又日曜のことなどばかり云うもんですからじっさいしゃくにさわったのです。そこでとうとういきなり叫さけびました。

「うわぁい、又三郎、汝うななどぁ、世界に無くてもいいな。うわぁぃ。」

 すると又三郎はずるそうに笑いました。

「やあ、耕一君、お早う。昨日はずいぶん失敬したね。」

 耕一は何かもっと別のことを言おうと思いましたがあんまり怒ってしまって考え出すことができませんでしたので又同じように叫びました。

「うわぁい、うわぁいだが、又三郎、うななどぁ世界中に無くてもいいな、うわぁい。」

「昨日は実際失敬したよ。僕雨が降ってあんまり気持ちが悪かったもんだからね。」

 又三郎は少し眼めをパチパチさせて気の毒そうに云いましたけれども耕一の怒りは仲々解けませんでした。そして三度同じことを繰り返したのです。

「うわぁい、うななどぁ、無くてもいいな。うわぁい。」

 すると又三郎は少し面白おもしろくなったようでした。いつもの通りずるそうに笑って斯こう訊たずねました。

「僕たちが世界中になくてもいいってどう云うんだい。箇条かじょうを立てて云ってごらん。そら。」

 耕一は試験のようだしつまらないことになったと思って大へん口惜しかったのですが仕方なくしばらく考えてから答えました。

「汝うななどぁ悪戯ばりさな。傘ぶっ壊かしたり。」

それから? それから?」又三郎面白そうに一足進んで云いました。

「それがら、樹き折ったり転覆おっけあしたりさな。」

それから? それから、どうだい。」

「それがら、稲いねも倒たおさな。」

それから? あとはどうだい。」

「家もぶっ壊かさな。」

それから? それから? あとはどうだい。」

「砂も飛ばさな。」

それから? あとは? それから? あとはどうだい。」

シャッポも飛ばさな。」

それから? それから? あとは? あとはどうだい。」

「それがら、うう、電信ばしらも倒さな。」

それから? それから? それから?」

「それがら、塔とうも倒さな。」

「アアハハハ、塔は家のうちだい、どうだいまだあるかいそれから? それから?」

「それがら、うう、それがら、」耕一はつまってしまいました。大抵たいていもう云ってしまったのですからいくら考えてももう出ませんでした。

 又三郎はいよいよ面白そうに指を一本立てながら

それから? それから? ええ? それから。」と云うのでした。耕一は顔を赤くしてしばらく考えてからやっと答えました。

「それがら、風車かざぐるまもぶっ壊かさな。」

 すると又三郎は今度こそはまるで飛びあがって笑ってしまいました。笑って笑って笑いました。マントも一緒にひらひら波を立てました。

「そうらごらん、とうとう風車などを云っちゃった。風車なら僕を悪く思っちゃいないんだよ。勿論もちろん時々壊すこともあるけれども廻まわしてやるときの方がずうっと多いんだ。風車ならちっとも僕を悪く思っちゃいないんだ。うそと思ったら聴きいてごらん。お前たちはまるで勝手だねえ、僕たちがちっとばっかしいたずらすることは大業おおぎょうに悪口を云っていいとこはちっとも見ないんだ。それに第一お前のさっきからの数えようがあんまりおかしいや。うう、ううてばかりいたんだろう。おしまいはとうとう風車なんか数えちゃった。ああおかしい。」

 又三郎は又泪なみだの出るほど笑いました。

 耕一もさっきからあんまり困ったために怒っていたのもだんだん忘れて来ました。そしてつい又三郎と一所にわらいだしてしまったのです。さあ又三郎のよろこんだこと俄かにしゃべりはじめました。

「ね、そら、僕たちのやるいたずらで一番ひどいことは日本ならば稲を倒すことだよ、二百十日から二百二十日ころまで、昔むかしはその頃ほんとうに僕たちはこわがられたよ。なぜってその頃は丁度稲に花のかかるときだろう。その時僕たちにかけられたら花がみんな散ってしまってまるで実にならないだろう、だから前は本当にこわがったんだ、僕たちだってわざとするんじゃない、どうしてもその頃かけなくちゃいかいからかけるんだ、もう三四日たてばきっと又そうなるよ。けれどもいまはもう農業が進んでお前たちの家の近くなどでは二百十日のころになど花の咲いている稲なんか一本もないだろう、大抵もう柔やわらかな実になってるんだ。早い稲はもうよほど硬かたくさえなってるよ、僕らがかけあるいて少し位倒れたってそんなにひどくとりいれが減りはしないんだ。だから結局何でもないさ。それからも一つは木を倒すことだよ。家を倒すなんてそんなことはほんの少しだからね、木を倒すことだよ、これだって悪戯いたずらじゃないんだよ。倒れないようにして置けぁいいんだ。葉の濶ひろい樹なら丈夫じょうぶだよ。僕たちが少しぐらいひどくぶっつかっても仲々倒れやしない。それに林の樹が倒れるなんかそれは林の持主が悪いんだよ。林を伐きるときはね、よく一年中の強い風向を考えてその風下の方からだんだん伐って行くんだよ。林の外側の木は強いけれども中の方の木はせいばかり高くて弱いからよくそんなことも気をつけなけぁいけないんだ。だからまず僕たちのこと悪く云う前によく自分の方に気をつけりゃいいんだよ。海岸ではね、僕たちが波のしぶきを運んで行くとすぐ枯かれるやつも枯れないやつもあるよ。苹果りんごや梨なしやまるめろや胡瓜きゅうりはだめだ、すぐ枯れる、稲や薄荷はっかやだいこんなどはなかなか強い、牧草なども強いねえ。」

 又三郎ちょっと話をやめました。耕一もすっかり機嫌きげんを直して云いました。

又三郎、おれぁあんまり怒ごしゃで悪がた。許せな。」

 すると又三郎はすっかり悦よろこびました。

「ああありがとう、お前はほんとうにさっぱりしていい子供だねえ、だから僕はおまえはすきだよ、すきだから昨日もいたずらしたんだ、僕だっていたずらはするけれど、いいことはもっと沢山たくさんするんだよ、そら数えてごらん、僕は松の花でも楊やなぎの花でも草棉くさわたの毛でも運んで行くだろう。稲の花粉かふんだってやっぱり僕らが運ぶんだよ。それから僕が通ると草木はみんな丈夫になるよ。悪い空気も持って行っていい空気も運んで来る。東京浅草のまるで濁にごった寒天のような空気をうまく太平洋の方へさらって行って日本アルプスのいい空気だって代りに持って行ってやるんだ。もし僕がいなかったら病気も湿気しっけもいくらふえるか知れないんだ。ところで今日はお前たちは僕にあうためにばかりここへ来たのかい。けれども僕は今日は十時半から演習へ出なけぁいけないからもう別れなけぁならないんだ。あした又また来ておくれ。ね。じゃ、さよなら

あだ名

僕は上海シャンハイだって何べんも知ってるよ。」みんなが丘へのぼったとき又三郎がいきなりマントをぎらっとさせてそこらの草へ橙だいだいや青の光を落しながら出て来てそれから指をひろげてみんなの前に突つき出して云いました。

上海東京は僕たちの仲間なら誰たれでもみんな通りたがるんだ。どうしてか知ってるかい。」

 又三郎はまっ黒な眼を少し意地わるそうにくりくりさせながらみんなを見まわしました。けれども上海東京ということは一郎も誰も何のことかわかりませんでしたからお互たがいしばらく顔を見合せてだまっていましたら又三郎がもう大得意でにやにや笑いながら言ったのです。

「僕たちの仲間はみんな上海東京を通りたがるよ。どうしてって東京には日本中央気象台があるし上海には支那中華ちゅうか大気象台があるだろう。どっちだって偉えらい人がたくさん居るんだ。本当は気象台の上をかけるときは僕たちはみんな急ぎたがるんだ。どうしてって風力計がくるくるくるくる廻まわっていて僕たちのレコードちゃんと下の機械に出て新聞にも載のるんだろう。誰だっていいレコードを作りたいからそれはどうしても急ぐんだよ。けれども僕たちの方のきめでは気象台測候所の近くへ来たからって俄にわかに急いだりすることは大へん卑怯ひきょうなことにされてあるんだ。お前たちだってきっとそうだろう、試験の時ばかりむやみに勉強したりするのはいけないことになってるだろう。だから僕たちも急ぎたくたってわざと急がないんだ。そのかわりほんとうに一生けん命かけてる最中気象台へ通りかかるときはうれしいねえ、風力計をまるでのぼせるくらいにまわしてピーッとかけぬけるだろう、胸もすっとなるんだ。面白おもしろかったねえ、一昨年だったけれど六月ころ僕丁度上海に居たんだ。昼の間には海から陸へ移って行き夜には陸から海へ行ってたねえ、大抵朝は十時頃ごろ海から陸の方へかけぬけるようになっていたんだがそのときはいつでも、うまい工合ぐあい気象台を通るようになるんだ。すると気象台の風力計や風信器や置いてある屋根の上のやぐらにいつでも一人の支那人の理学博士子供助手とが立っているんだ。

 博士はだまっていたが子供助手はいつでも何か言っているんだ。そいつは頭をくりくりの芥子坊主けしぼうずにしてね、着物だって袖そでの広い支那服だろう、沓くつもはいてるねえ、大へんかあいらしいんだよ、一番はじめの日僕がそこを通ったら斯こう言っていた。

『これはきっと颶風ぐふうですね。ずぶんひどい風ですね。』

 すると支那人の博士が葉巻をくわえたままふんふん笑って

『家が飛ばないじゃないか。』

と云いうと子供助手はまるで口を尖とがらせて、

だって向うの三角旗や何かぱたぱた云ってます。』というんだ。博士は笑って相手にしないで壇だんを下りて行くねえ、子供助手は少し悄気しょげながら手を拱こまねいてあとから恭々しくついて行く。

 僕はそのとき二・五米メートルというレコードを風力計にのこして笑って行ってしまったんだ。

 次の日も九時頃僕は海の霧きりの中で眼がさめてそれから霧がだんだん融とけて空が青くなりお日さまが黄金きんのばらのようにかがやき出したころそろそろ陸の方へ向ったんだ。これは仕方ないんだよ、お日さんさえ出たらきっともう僕たちは陸の方へ行かなけぁならないようになるんだ、僕はだんだん岸へよって鴎かもめが白い蓮華れんげの花のように波に浮うかんでいるのも見たし、また沢山のジャンクの黄いろの帆ほや白く塗ぬられた蒸気船の舷げんを通ったりなんかして昨日の気象台に通りかかると僕はもう遠くからあの風力計のくるくるくるくる廻るのを見て胸が踊おどるんだ。すっとかけぬけただろう。レコードが一秒五米と出たねえ、そのとき下を見ると昨日の博士子供助手とが今日も出て居て子供助手がやっぱり云っているんだ。

『この風はたしかに颶風ぐふうですね。』

 支那人の博士はやっぱりわらって気がないように、

『瓦かわらも石も舞まい上らんじゃないか。』と答えながらもう壇を下りかかるんだ。子供助手はまるで一生けん命になって

だって木の枝えだが動いてますよ。』と云うんだ。それでも博士はまるで相手にしないねえ、僕もその時はもう気象台をずうっとはなれてしまってあとどうなったか知らない。

 そしてその日はずうっと西の方の瀬戸物の塔とうのあるあたりまで行ってぶらぶらし、その晩十七夜のお月さまの出るころ海へ戻もどって睡ったんだ。

 ところがその次の日もなんだ。その次の日僕がまた海からやって来てほくほくしながらもう大分の早足で気象台を通りかかったらやっぱり博士助手が二人出ていた。

『こいつはもう本とうの暴風ですね、』又またあの子供の助手が尤もっともらしい顔つきで腕うでを拱いてそう云っているだろう。博士はやっぱり鼻であしらうといった風で

だって木が根こぎにならんじゃないか。』と云うんだ。子供はまるで顔をまっ赤にして

『それでもどの木もみんなぐらぐらしてますよ。』と云うんだ。その時僕はもうあとを見なかった。なぜってその日のレコードは八米だからね、そんなに気象台の所にばかり永くとまっているわけには行かなかったんだ。そしてその次の日だよ、やっぱり僕は海へ帰っていたんだ。そして丁度八時ころから雲も一ぱいにやって来て波も高かった。僕はこの時はもう両手をひろげ叫び声をあげて気象台を通った。やっぱり二人とも出ていたねえ、子供は高い処ところなもんだからもうぶるぶる顫ふるえて手すりにとりついているんだ。雨も幾いくつぶか落ちたよ。そんなにこわそうにしながらまた斯う云っているんだ。

『これは本当の暴風ですね、林ががあがあ云ってますよ、枝も折れてますよ。』

 ところが博士は落ちついてからだを少しまげながら海の方へ手をかざして云ったねえ

『うん、けれどもまだ暴風というわけじゃないな。もう降りよう。』僕はその語ことばをきれぎれに聴ききながらそこをはなれたんだそれからもうかけてかけて林を通るときは木をみんな狂人きょうじんのようにゆすぶらせ丘を通るときは草も花もめっちゃめちゃにたたきつけたんだ、そしてその夕方までに上海シャンハイから十里も南西の方の山の中に行ったんだ。そして少し疲つかれたのでみんなとわかれてやすんでいたらその晩また僕たちは上海から北の方の海へ抜ぬけて今度はもうまっすぐにこっちの方までやって来るということになったんだ。そいつ低気圧だよ、あいつに従ついて行くことになったんだ。さあ僕はその晩中あしたもう一ぺん上海気象台を通りたいといくら考えたか知れやしない。ところがうまいこと通ったんだ。そして僕は遠くから風力計の椀わんがまるで眼にも見えない位速くまわっているのを見、又あの支那人の博士が黄いろなレーンコートを着子供助手が黒い合羽かっぱを着てやぐらの上に立って一生けん命空を見あげているのを見た。さあ僕はもう笛ふえのように鳴りいなずまのように飛んで

今日暴風ですよ、そら、暴風ですよ。今日は。さよなら。』と叫びながら通ったんだ。もう子供助手が何を云ったかただその小さな口がぴくっとまがったのを見ただけ少しも僕にはわからなかった。

 そうだ、そのときは僕は海をぐんぐんわたってこっちへ来たけれども来る途中とちゅうでだんだんかけるのをやめてそれから丁度五日目にここも通ったよ。その前の日はあの水沢臨時緯度いど観測所も通った。あすこは僕たちの日本では東京の次に通りたがる所なんだよ。なぜってあすこを通るとレコードでも何でもみな外国の方まで知れるようになることがあるからなんだ。あすこを通った日は丁度お天気だったけれど、そうそう、その時は丁度日本では入梅にゅうばいだったんだ、僕は観測所へ来てしばらくある建物屋根の上にやすんでいたねえ、やすんで居たって本当は少しとろとろ睡ったんだ。すると俄かに下で

大丈夫です、すっかり乾かわきましたから。』と云う声がするんだろう。見ると木村博士気象の方の技手ぎてとがラケットをさげて出て来ていたんだ。木村博士は瘠やせて眼のキョロキョロした人だけれども僕はまあ好きだねえ、それに非常にテニスうまいんだよ。僕はしばらく見てたねえ、どうしてもその技手の人はかなわない、まるっきり汗あせだらけになってよろよろしているんだ。あんまり僕も気の毒になったか屋根の上からじっとボールの往来をにらめてすきを見て置いてねえ、丁度博士がサーヴをつかったときふうっと飛び出して行って球を横の方へ外そらしてしまったんだ。博士はすぐもう一つの球を打ちこんだねえ。そいつは僕は途中に居て途方もなく遠くへけとばしてやった。

『こんな筈はずはないぞ。』と博士は云ったねえ、僕はもう博士にこれ位云わせれば沢山だと思って観測所をはなれて次の日丁度ここへ来たんだよ。ところでね、僕は少し向うへ行かなくちゃいけないか今日はこれでお別れしよう。さよなら。」

 又三郎はすっと見えなくなってしまいました。

 みんなは今日又三郎ばかりあんまり勝手なことを云ってあんまり勝手に行ってしまったりするもんですから少し変な気もしましたが一所に丘を降りて帰りました。

   九月六日

 一昨日おとといかだんだん曇って来たそらはとうとうその朝は低い雨雲を下してまるで冬にでも降るようなまっすぐなしずかな雨がやっと穂ほを出した草や青い木の葉にそそぎました。

 みんなは傘かさをさしたり小さな簑みのからすきとおるつめたい雫しずくをぽたぽた落したりして学校に来ました。

 雨はたびたび霽はれて雲も白く光りましたけれども今日は誰たれもあんまり教室の窓からあの丘の栗くりの木の処を見ませんでした。又三郎などもはじめこそはほんとうにめずらしく奇体きたいだったのですがだんだんなれて見ると割合ありふれたことになってしまってまるで東京からふいに田舎いなかの学校へ移って来た友だちぐらいにしか思われなくなって来たのです。

 おひるすぎ授業が済んでからはもう雨はすっかり晴れて小さな蝉せみなどもカンカン鳴きはじめたりしましたけれども誰も今日はあの栗の木の処へ行こうとも云わず一郎も耕一も学校の門の処で「あばえ。」と言ったきり別れてしまいました。

 耕一の家は学校から川添かわぞいに十五町ばかり溯のぼった処にありました。耕一の方から来ている子供では一年生の生徒が二人ありましたけれどもそれはもう午前中に帰ってしまっていましたし耕一はかばんと傘を持ってひとりみちを川上の方へ帰って行きました。みちは岩の崖がけになった処の中ごろを通るのでずいぶん度々たびたび山の窪くぼみや谷に添ってまわらなければなりませんでした。ところどころには湧水わきみずもあり、又みちの砂だってまっ白で平らでしたから耕一は今日も足駄あしだをぬいで傘と一緒いっしょにもって歩いて行きました。

 まがり角を二つまわってもう学校も見えなくなり前にもうしろにも人は一人も居ず谷の水だけ崖の下で少し濁にごってごうごう鳴るだけ大へんさびしくなりましたので耕一は口笛くちぶえを吹ふきながら少し早足に歩きました。

 ところが路みちの一とこに崖からからだをつき出すようにした楢ならや樺かばの木が路に被かぶさったとこがありました。耕一が何気なくその下を通りましたら俄にわかに木がぐらっとゆれてつめたい雫が一ぺんにざっと落ちて来ました。耕一は肩かたからせなかから水へ入ったようになりました。それほどひどく落ちて来たのです。

 耕一はその梢こずえちょっと見あげて少し顔を赤くして笑いながら行き過ぎました。

 ところが次の木のトンネルを通るときざっとその雫が落ちて来たのです。今度はもうすっかりからだまで水がしみる位にぬれました。耕一はぎょっとしましたけれどもやっぱり口笛を吹いて歩いて行きました。

 ところが間もなく又木のかぶさった処を通るようになりました。それは大へんに今までとはちがって長かったのです。耕一は通る前に一ぺんその青い枝を見あげました。雫は一ぱいにたまって全く今にも落ちそうには見えましたしおまけに二度あることは三度あるとも云うのでしたから少し立ちどまって考えて見ましたけれどもまさか三度が三度とも丁度下を通るときそれが落ちて来るということはないと思って少しびくびくしながらその下を急いで通って行きました。そしたらやっぱり、今度もざあっと雫が落ちて来たのです。耕一はもう少し口がまがって泣くようになって上を見あげました。けれども何とも仕方ありませんでしたから冷たさに一ぺんぶるっとしながらもう少し行きました。すると、又ざあと来たのです。

「誰たれだ。誰だ。」耕一はもうきっと誰かのいたずらだと思ってしばらく上をにらんでいましたがしんとして何の返事もなくただ下の方で川がごうごう鳴るばかりでした。そこで耕一は今度は傘をさして行こうと思って足駄を下におろして傘を開きました。そしたら俄にわかにどうっと風がやって来て傘はぱっと開きあぶなく吹き飛ばされそうになりました、耕一はよろよろしながらしっかり柄えをつかまえていましたらとうとう傘はがりがり風にこわされて開いた蕈きのこのような形になりました。

 耕一はとうとう泣き出してしまいました。

 すると丁度それと一緒に向うではあはあ笑う声がしたのです。びっくりしてそちらを見ましたらそいつは、そいつ風の又三郎でした。ガラスマントも雫でいっぱい髪かみの毛もぬれて束たばになり赤い顔からは湯気さえ立てながらはあはあはあはあふいごのように笑っていました。

 耕一はあたりがきぃんと鳴るように思ったくらい怒おこってしまいました。

「何なに為すぁ、ひとの傘ぶっかして。」

 又三郎はいよいよひどく笑ってまるでそこら中ころげるようにしました。

 耕一はもうこらえ切れなくなって持っていた傘をいきなり又三郎に投げつけてそれから泣きながら組み付いて行きました。

 すると又三郎はすばやくガラスマントをひろげて飛びあがってしまいました。もうどこへ行ったか見えないのです。

 耕一はまだ泣いてそらを見上げました。そしてしばらく口惜くやしさにしくしく泣いていましたがやっとあきらめてその壊こわれた傘も持たずうちへ帰ってしまいました。そして縁側えんがわから入ろうとしてふと見ましたらさっきの傘がひろげて干してあるのです。照井耕一という名もちゃんと書いてありましたし、さっきはなれた処もすっかりくっつききれた糸も外ほかの糸でつないでありました。耕一は縁側に座りながらとうとう笑い出してしまったのです。

   九月七日

 次の日は雨もすっかり霽れました。日曜日でしたから誰たれも学校に出ませんでした。ただ耕一は昨日又三郎あんなひどい悪戯いたずらをされましたのでどうしても今日は遭あってうんとひどくいじめてやらなければと思って自分一人でもこわかったもんですから一郎をさそって朝の八時頃ごろからあの草山の栗の木の下に行って待っていました。

 すると又三郎の方でもどう云うつもりか大へんに早く丁度九時ころ、丘の横の方から何か非常に考え込んだような風をして鼠ねずみいろのマントをうしろへはねて腕組みをして二人の方へやって来たのでした。さあ、しっかり談判しなくちゃいけないと考えて耕一はどきっとしました。又三郎はたしかに二人の居たのも知っていたようでしたが、わざといかにも考え込んでいるという風で二人の前を知らないふりして通って行こうとしました。

又三郎、うわぁい。」耕一はいきなりどなりました。又三郎はぎょっとしたようにふり向いて、

「おや、お早う。もう来ていたのかい。どうして今日はこんなに早いんだい。」とたずねました。

「日曜でさ。」一郎が云いました。

「ああ、今日は日曜だったんだね、僕ぼくすっかり忘れていた。そうだ八月三十一日が日曜だったからね、七日目で今日が又日曜なんだね。」

「うん。」一郎はこたえましたが耕一はぷりぷり怒っていました。又三郎が昨日のことな一言も云わずあんまりそらぞらしいもんですからそれに耕一に何も云われないように又日曜のことなどばかり云うもんですからじっさいしゃくにさわったのです。そこでとうとういきなり叫さけびました。

「うわぁい、又三郎、汝うななどぁ、世界に無くてもいいな。うわぁぃ。」

 すると又三郎はずるそうに笑いました。

「やあ、耕一君、お早う。昨日はずいぶん失敬したね。」

 耕一は何かもっと別のことを言おうと思いましたがあんまり怒ってしまって考え出すことができませんでしたので又同じように叫びました。

「うわぁい、うわぁいだが、又三郎、うななどぁ世界中に無くてもいいな、うわぁい。」

「昨日は実際失敬したよ。僕雨が降ってあんまり気持ちが悪かったもんだからね。」

 又三郎は少し眼めをパチパチさせて気の毒そうに云いましたけれども耕一の怒りは仲々解けませんでした。そして三度同じことを繰り返したのです。

「うわぁい、うななどぁ、無くてもいいな。うわぁい。」

 すると又三郎は少し面白おもしろくなったようでした。いつもの通りずるそうに笑って斯こう訊たずねました。

「僕たちが世界中になくてもいいってどう云うんだい。箇条かじょうを立てて云ってごらん。そら。」

 耕一は試験のようだしつまらないことになったと思って大へん口惜しかったのですが仕方なくしばらく考えてから答えました。

「汝うななどぁ悪戯ばりさな。傘ぶっ壊かしたり。」

それから? それから?」又三郎面白そうに一足進んで云いました。

「それがら、樹き折ったり転覆おっけあしたりさな。」

それから? それから、どうだい。」

「それがら、稲いねも倒たおさな。」

それから? あとはどうだい。」

「家もぶっ壊かさな。」

それから? それから? あとはどうだい。」

「砂も飛ばさな。」

それから? あとは? それから? あとはどうだい。」

シャッポも飛ばさな。」

それから? それから? あとは? あとはどうだい。」

「それがら、うう、電信ばしらも倒さな。」

それから? それから? それから?」

「それがら、塔とうも倒さな。」

「アアハハハ、塔は家のうちだい、どうだいまだあるかいそれから? それから?」

「それがら、うう、それがら、」耕一はつまってしまいました。大抵たいていもう云ってしまったのですからいくら考えてももう出ませんでした。

 又三郎はいよいよ面白そうに指を一本立てながら

それから? それから? ええ? それから。」と云うのでした。耕一は顔を赤くしてしばらく考えてからやっと答えました。

「それがら、風車かざぐるまもぶっ壊かさな。」

 すると又三郎は今度こそはまるで飛びあがって笑ってしまいました。笑って笑って笑いました。マントも一緒にひらひら波を立てました。

「そうらごらん、とうとう風車などを云っちゃった。風車なら僕を悪く思っちゃいないんだよ。勿論もちろん時々壊すこともあるけれども廻まわしてやるときの方がずうっと多いんだ。風車ならちっとも僕を悪く思っちゃいないんだ。うそと思ったら聴きいてごらん。お前たちはまるで勝手だねえ、僕たちがちっとばっかしいたずらすることは大業おおぎょうに悪口を云っていいとこはちっとも見ないんだ。それに第一お前のさっきからの数えようがあんまりおかしいや。うう、ううてばかりいたんだろう。おしまいはとうとう風車なんか数えちゃった。ああおかしい。」

 又三郎は又泪なみだの出るほど笑いました。

 耕一もさっきからあんまり困ったために怒っていたのもだんだん忘れて来ました。そしてつい又三郎と一所にわらいだしてしまったのです。さあ又三郎のよろこんだこと俄かにしゃべりはじめました。

「ね、そら、僕たちのやるいたずらで一番ひどいことは日本ならば稲を倒すことだよ、二百十日から二百二十日ころまで、昔むかしはその頃ほんとうに僕たちはこわがられたよ。なぜってその頃は丁度稲に花のかかるときだろう。その時僕たちにかけられたら花がみんな散ってしまってまるで実にならないだろう、だから前は本当にこわがったんだ、僕たちだってわざとするんじゃない、どうしてもその頃かけなくちゃいかいからかけるんだ、もう三四日たてばきっと又そうなるよ。けれどもいまはもう農業が進んでお前たちの家の近くなどでは二百十日のころになど花の咲いている稲なんか一本もないだろう、大抵もう柔やわらかな実になってるんだ。早い稲はもうよほど硬かたくさえなってるよ、僕らがかけあるいて少し位倒れたってそんなにひどくとりいれが減りはしないんだ。だから結局何でもないさ。それからも一つは木を倒すことだよ。家を倒すなんてそんなことはほんの少しだからね、木を倒すことだよ、これだって悪戯いたずらじゃないんだよ。倒れないようにして置けぁいいんだ。葉の濶ひろい樹なら丈夫じょうぶだよ。僕たちが少しぐらいひどくぶっつかっても仲々倒れやしない。それに林の樹が倒れるなんかそれは林の持主が悪いんだよ。林を伐きるときはね、よく一年中の強い風向を考えてその風下の方からだんだん伐って行くんだよ。林の外側の木は強いけれども中の方の木はせいばかり高くて弱いからよくそんなことも気をつけなけぁいけないんだ。だからまず僕たちのこと悪く云う前によく自分の方に気をつけりゃいいんだよ。海岸ではね、僕たちが波のしぶきを運んで行くとすぐ枯かれるやつも枯れないやつもあるよ。苹果りんごや梨なしやまるめろや胡瓜きゅうりはだめだ、すぐ枯れる、稲や薄荷はっかやだいこんなどはなかなか強い、牧草なども強いねえ。」

 又三郎ちょっと話をやめました。耕一もすっかり機嫌きげんを直して云いました。

又三郎、おれぁあんまり怒ごしゃで悪がた。許せな。」

 すると又三郎はすっかり悦よろこびました。

「ああありがとう、お前はほんとうにさっぱりしていい子供だねえ、だから僕はおまえはすきだよ、すきだから昨日もいたずらしたんだ、僕だっていたずらはするけれど、いいことはもっと沢山たくさんするんだよ、そら数えてごらん、僕は松の花でも楊やなぎの花でも草棉くさわたの毛でも運んで行くだろう。稲の花粉かふんだってやっぱり僕らが運ぶんだよ。それから僕が通ると草木はみんな丈夫になるよ。悪い空気も持って行っていい空気も運んで来る。東京浅草のまるで濁にごった寒天のような空気をうまく太平洋の方へさらって行って日本アルプスのいい空気だって代りに持って行ってやるんだ。もし僕がいなかったら病気も湿気しっけもいくらふえるか知れないんだ。ところで今日はお前たちは僕にあうためにばかりここへ来たのかい。けれども僕は今日は十時半から演習へ出なけぁいけないからもう別れなけぁならないんだ。あした又また来ておくれ。ね。じゃ、さよなら

来ないだけだった

僕は上海シャンハイだって何べんも知ってるよ。」みんなが丘へのぼったとき又三郎がいきなりマントをぎらっとさせてそこらの草へ橙だいだいや青の光を落しながら出て来てそれから指をひろげてみんなの前に突つき出して云いました。

上海東京は僕たちの仲間なら誰たれでもみんな通りたがるんだ。どうしてか知ってるかい。」

 又三郎はまっ黒な眼を少し意地わるそうにくりくりさせながらみんなを見まわしました。けれども上海東京ということは一郎も誰も何のことかわかりませんでしたからお互たがいしばらく顔を見合せてだまっていましたら又三郎がもう大得意でにやにや笑いながら言ったのです。

「僕たちの仲間はみんな上海東京を通りたがるよ。どうしてって東京には日本中央気象台があるし上海には支那中華ちゅうか大気象台があるだろう。どっちだって偉えらい人がたくさん居るんだ。本当は気象台の上をかけるときは僕たちはみんな急ぎたがるんだ。どうしてって風力計がくるくるくるくる廻まわっていて僕たちのレコードちゃんと下の機械に出て新聞にも載のるんだろう。誰だっていいレコードを作りたいからそれはどうしても急ぐんだよ。けれども僕たちの方のきめでは気象台測候所の近くへ来たからって俄にわかに急いだりすることは大へん卑怯ひきょうなことにされてあるんだ。お前たちだってきっとそうだろう、試験の時ばかりむやみに勉強したりするのはいけないことになってるだろう。だから僕たちも急ぎたくたってわざと急がないんだ。そのかわりほんとうに一生けん命かけてる最中気象台へ通りかかるときはうれしいねえ、風力計をまるでのぼせるくらいにまわしてピーッとかけぬけるだろう、胸もすっとなるんだ。面白おもしろかったねえ、一昨年だったけれど六月ころ僕丁度上海に居たんだ。昼の間には海から陸へ移って行き夜には陸から海へ行ってたねえ、大抵朝は十時頃ごろ海から陸の方へかけぬけるようになっていたんだがそのときはいつでも、うまい工合ぐあい気象台を通るようになるんだ。すると気象台の風力計や風信器や置いてある屋根の上のやぐらにいつでも一人の支那人の理学博士子供助手とが立っているんだ。

 博士はだまっていたが子供助手はいつでも何か言っているんだ。そいつは頭をくりくりの芥子坊主けしぼうずにしてね、着物だって袖そでの広い支那服だろう、沓くつもはいてるねえ、大へんかあいらしいんだよ、一番はじめの日僕がそこを通ったら斯こう言っていた。

『これはきっと颶風ぐふうですね。ずぶんひどい風ですね。』

 すると支那人の博士が葉巻をくわえたままふんふん笑って

『家が飛ばないじゃないか。』

と云いうと子供助手はまるで口を尖とがらせて、

だって向うの三角旗や何かぱたぱた云ってます。』というんだ。博士は笑って相手にしないで壇だんを下りて行くねえ、子供助手は少し悄気しょげながら手を拱こまねいてあとから恭々しくついて行く。

 僕はそのとき二・五米メートルというレコードを風力計にのこして笑って行ってしまったんだ。

 次の日も九時頃僕は海の霧きりの中で眼がさめてそれから霧がだんだん融とけて空が青くなりお日さまが黄金きんのばらのようにかがやき出したころそろそろ陸の方へ向ったんだ。これは仕方ないんだよ、お日さんさえ出たらきっともう僕たちは陸の方へ行かなけぁならないようになるんだ、僕はだんだん岸へよって鴎かもめが白い蓮華れんげの花のように波に浮うかんでいるのも見たし、また沢山のジャンクの黄いろの帆ほや白く塗ぬられた蒸気船の舷げんを通ったりなんかして昨日の気象台に通りかかると僕はもう遠くからあの風力計のくるくるくるくる廻るのを見て胸が踊おどるんだ。すっとかけぬけただろう。レコードが一秒五米と出たねえ、そのとき下を見ると昨日の博士子供助手とが今日も出て居て子供助手がやっぱり云っているんだ。

『この風はたしかに颶風ぐふうですね。』

 支那人の博士はやっぱりわらって気がないように、

『瓦かわらも石も舞まい上らんじゃないか。』と答えながらもう壇を下りかかるんだ。子供助手はまるで一生けん命になって

だって木の枝えだが動いてますよ。』と云うんだ。それでも博士はまるで相手にしないねえ、僕もその時はもう気象台をずうっとはなれてしまってあとどうなったか知らない。

 そしてその日はずうっと西の方の瀬戸物の塔とうのあるあたりまで行ってぶらぶらし、その晩十七夜のお月さまの出るころ海へ戻もどって睡ったんだ。

 ところがその次の日もなんだ。その次の日僕がまた海からやって来てほくほくしながらもう大分の早足で気象台を通りかかったらやっぱり博士助手が二人出ていた。

『こいつはもう本とうの暴風ですね、』又またあの子供の助手が尤もっともらしい顔つきで腕うでを拱いてそう云っているだろう。博士はやっぱり鼻であしらうといった風で

だって木が根こぎにならんじゃないか。』と云うんだ。子供はまるで顔をまっ赤にして

『それでもどの木もみんなぐらぐらしてますよ。』と云うんだ。その時僕はもうあとを見なかった。なぜってその日のレコードは八米だからね、そんなに気象台の所にばかり永くとまっているわけには行かなかったんだ。そしてその次の日だよ、やっぱり僕は海へ帰っていたんだ。そして丁度八時ころから雲も一ぱいにやって来て波も高かった。僕はこの時はもう両手をひろげ叫び声をあげて気象台を通った。やっぱり二人とも出ていたねえ、子供は高い処ところなもんだからもうぶるぶる顫ふるえて手すりにとりついているんだ。雨も幾いくつぶか落ちたよ。そんなにこわそうにしながらまた斯う云っているんだ。

『これは本当の暴風ですね、林ががあがあ云ってますよ、枝も折れてますよ。』

 ところが博士は落ちついてからだを少しまげながら海の方へ手をかざして云ったねえ

『うん、けれどもまだ暴風というわけじゃないな。もう降りよう。』僕はその語ことばをきれぎれに聴ききながらそこをはなれたんだそれからもうかけてかけて林を通るときは木をみんな狂人きょうじんのようにゆすぶらせ丘を通るときは草も花もめっちゃめちゃにたたきつけたんだ、そしてその夕方までに上海シャンハイから十里も南西の方の山の中に行ったんだ。そして少し疲つかれたのでみんなとわかれてやすんでいたらその晩また僕たちは上海から北の方の海へ抜ぬけて今度はもうまっすぐにこっちの方までやって来るということになったんだ。そいつ低気圧だよ、あいつに従ついて行くことになったんだ。さあ僕はその晩中あしたもう一ぺん上海気象台を通りたいといくら考えたか知れやしない。ところがうまいこと通ったんだ。そして僕は遠くから風力計の椀わんがまるで眼にも見えない位速くまわっているのを見、又あの支那人の博士が黄いろなレーンコートを着子供助手が黒い合羽かっぱを着てやぐらの上に立って一生けん命空を見あげているのを見た。さあ僕はもう笛ふえのように鳴りいなずまのように飛んで

今日暴風ですよ、そら、暴風ですよ。今日は。さよなら。』と叫びながら通ったんだ。もう子供助手が何を云ったかただその小さな口がぴくっとまがったのを見ただけ少しも僕にはわからなかった。

 そうだ、そのときは僕は海をぐんぐんわたってこっちへ来たけれども来る途中とちゅうでだんだんかけるのをやめてそれから丁度五日目にここも通ったよ。その前の日はあの水沢臨時緯度いど観測所も通った。あすこは僕たちの日本では東京の次に通りたがる所なんだよ。なぜってあすこを通るとレコードでも何でもみな外国の方まで知れるようになることがあるからなんだ。あすこを通った日は丁度お天気だったけれど、そうそう、その時は丁度日本では入梅にゅうばいだったんだ、僕は観測所へ来てしばらくある建物屋根の上にやすんでいたねえ、やすんで居たって本当は少しとろとろ睡ったんだ。すると俄かに下で

大丈夫です、すっかり乾かわきましたから。』と云う声がするんだろう。見ると木村博士気象の方の技手ぎてとがラケットをさげて出て来ていたんだ。木村博士は瘠やせて眼のキョロキョロした人だけれども僕はまあ好きだねえ、それに非常にテニスうまいんだよ。僕はしばらく見てたねえ、どうしてもその技手の人はかなわない、まるっきり汗あせだらけになってよろよろしているんだ。あんまり僕も気の毒になったか屋根の上からじっとボールの往来をにらめてすきを見て置いてねえ、丁度博士がサーヴをつかったときふうっと飛び出して行って球を横の方へ外そらしてしまったんだ。博士はすぐもう一つの球を打ちこんだねえ。そいつは僕は途中に居て途方もなく遠くへけとばしてやった。

『こんな筈はずはないぞ。』と博士は云ったねえ、僕はもう博士にこれ位云わせれば沢山だと思って観測所をはなれて次の日丁度ここへ来たんだよ。ところでね、僕は少し向うへ行かなくちゃいけないか今日はこれでお別れしよう。さよなら。」

 又三郎はすっと見えなくなってしまいました。

 みんなは今日又三郎ばかりあんまり勝手なことを云ってあんまり勝手に行ってしまったりするもんですから少し変な気もしましたが一所に丘を降りて帰りました。

   九月六日

 一昨日おとといかだんだん曇って来たそらはとうとうその朝は低い雨雲を下してまるで冬にでも降るようなまっすぐなしずかな雨がやっと穂ほを出した草や青い木の葉にそそぎました。

 みんなは傘かさをさしたり小さな簑みのからすきとおるつめたい雫しずくをぽたぽた落したりして学校に来ました。

 雨はたびたび霽はれて雲も白く光りましたけれども今日は誰たれもあんまり教室の窓からあの丘の栗くりの木の処を見ませんでした。又三郎などもはじめこそはほんとうにめずらしく奇体きたいだったのですがだんだんなれて見ると割合ありふれたことになってしまってまるで東京からふいに田舎いなかの学校へ移って来た友だちぐらいにしか思われなくなって来たのです。

 おひるすぎ授業が済んでからはもう雨はすっかり晴れて小さな蝉せみなどもカンカン鳴きはじめたりしましたけれども誰も今日はあの栗の木の処へ行こうとも云わず一郎も耕一も学校の門の処で「あばえ。」と言ったきり別れてしまいました。

 耕一の家は学校から川添かわぞいに十五町ばかり溯のぼった処にありました。耕一の方から来ている子供では一年生の生徒が二人ありましたけれどもそれはもう午前中に帰ってしまっていましたし耕一はかばんと傘を持ってひとりみちを川上の方へ帰って行きました。みちは岩の崖がけになった処の中ごろを通るのでずいぶん度々たびたび山の窪くぼみや谷に添ってまわらなければなりませんでした。ところどころには湧水わきみずもあり、又みちの砂だってまっ白で平らでしたから耕一は今日も足駄あしだをぬいで傘と一緒いっしょにもって歩いて行きました。

 まがり角を二つまわってもう学校も見えなくなり前にもうしろにも人は一人も居ず谷の水だけ崖の下で少し濁にごってごうごう鳴るだけ大へんさびしくなりましたので耕一は口笛くちぶえを吹ふきながら少し早足に歩きました。

 ところが路みちの一とこに崖からからだをつき出すようにした楢ならや樺かばの木が路に被かぶさったとこがありました。耕一が何気なくその下を通りましたら俄にわかに木がぐらっとゆれてつめたい雫が一ぺんにざっと落ちて来ました。耕一は肩かたからせなかから水へ入ったようになりました。それほどひどく落ちて来たのです。

 耕一はその梢こずえちょっと見あげて少し顔を赤くして笑いながら行き過ぎました。

 ところが次の木のトンネルを通るときざっとその雫が落ちて来たのです。今度はもうすっかりからだまで水がしみる位にぬれました。耕一はぎょっとしましたけれどもやっぱり口笛を吹いて歩いて行きました。

 ところが間もなく又木のかぶさった処を通るようになりました。それは大へんに今までとはちがって長かったのです。耕一は通る前に一ぺんその青い枝を見あげました。雫は一ぱいにたまって全く今にも落ちそうには見えましたしおまけに二度あることは三度あるとも云うのでしたから少し立ちどまって考えて見ましたけれどもまさか三度が三度とも丁度下を通るときそれが落ちて来るということはないと思って少しびくびくしながらその下を急いで通って行きました。そしたらやっぱり、今度もざあっと雫が落ちて来たのです。耕一はもう少し口がまがって泣くようになって上を見あげました。けれども何とも仕方ありませんでしたから冷たさに一ぺんぶるっとしながらもう少し行きました。すると、又ざあと来たのです。

「誰たれだ。誰だ。」耕一はもうきっと誰かのいたずらだと思ってしばらく上をにらんでいましたがしんとして何の返事もなくただ下の方で川がごうごう鳴るばかりでした。そこで耕一は今度は傘をさして行こうと思って足駄を下におろして傘を開きました。そしたら俄にわかにどうっと風がやって来て傘はぱっと開きあぶなく吹き飛ばされそうになりました、耕一はよろよろしながらしっかり柄えをつかまえていましたらとうとう傘はがりがり風にこわされて開いた蕈きのこのような形になりました。

 耕一はとうとう泣き出してしまいました。

 すると丁度それと一緒に向うではあはあ笑う声がしたのです。びっくりしてそちらを見ましたらそいつは、そいつ風の又三郎でした。ガラスマントも雫でいっぱい髪かみの毛もぬれて束たばになり赤い顔からは湯気さえ立てながらはあはあはあはあふいごのように笑っていました。

 耕一はあたりがきぃんと鳴るように思ったくらい怒おこってしまいました。

「何なに為すぁ、ひとの傘ぶっかして。」

 又三郎はいよいよひどく笑ってまるでそこら中ころげるようにしました。

 耕一はもうこらえ切れなくなって持っていた傘をいきなり又三郎に投げつけてそれから泣きながら組み付いて行きました。

 すると又三郎はすばやくガラスマントをひろげて飛びあがってしまいました。もうどこへ行ったか見えないのです。

 耕一はまだ泣いてそらを見上げました。そしてしばらく口惜くやしさにしくしく泣いていましたがやっとあきらめてその壊こわれた傘も持たずうちへ帰ってしまいました。そして縁側えんがわから入ろうとしてふと見ましたらさっきの傘がひろげて干してあるのです。照井耕一という名もちゃんと書いてありましたし、さっきはなれた処もすっかりくっつききれた糸も外ほかの糸でつないでありました。耕一は縁側に座りながらとうとう笑い出してしまったのです。

   九月七日

 次の日は雨もすっかり霽れました。日曜日でしたから誰たれも学校に出ませんでした。ただ耕一は昨日又三郎あんなひどい悪戯いたずらをされましたのでどうしても今日は遭あってうんとひどくいじめてやらなければと思って自分一人でもこわかったもんですから一郎をさそって朝の八時頃ごろからあの草山の栗の木の下に行って待っていました。

 すると又三郎の方でもどう云うつもりか大へんに早く丁度九時ころ、丘の横の方から何か非常に考え込んだような風をして鼠ねずみいろのマントをうしろへはねて腕組みをして二人の方へやって来たのでした。さあ、しっかり談判しなくちゃいけないと考えて耕一はどきっとしました。又三郎はたしかに二人の居たのも知っていたようでしたが、わざといかにも考え込んでいるという風で二人の前を知らないふりして通って行こうとしました。

又三郎、うわぁい。」耕一はいきなりどなりました。又三郎はぎょっとしたようにふり向いて、

「おや、お早う。もう来ていたのかい。どうして今日はこんなに早いんだい。」とたずねました。

「日曜でさ。」一郎が云いました。

「ああ、今日は日曜だったんだね、僕ぼくすっかり忘れていた。そうだ八月三十一日が日曜だったからね、七日目で今日が又日曜なんだね。」

「うん。」一郎はこたえましたが耕一はぷりぷり怒っていました。又三郎が昨日のことな一言も云わずあんまりそらぞらしいもんですからそれに耕一に何も云われないように又日曜のことなどばかり云うもんですからじっさいしゃくにさわったのです。そこでとうとういきなり叫さけびました。

「うわぁい、又三郎、汝うななどぁ、世界に無くてもいいな。うわぁぃ。」

 すると又三郎はずるそうに笑いました。

「やあ、耕一君、お早う。昨日はずいぶん失敬したね。」

 耕一は何かもっと別のことを言おうと思いましたがあんまり怒ってしまって考え出すことができませんでしたので又同じように叫びました。

「うわぁい、うわぁいだが、又三郎、うななどぁ世界中に無くてもいいな、うわぁい。」

「昨日は実際失敬したよ。僕雨が降ってあんまり気持ちが悪かったもんだからね。」

 又三郎は少し眼めをパチパチさせて気の毒そうに云いましたけれども耕一の怒りは仲々解けませんでした。そして三度同じことを繰り返したのです。

「うわぁい、うななどぁ、無くてもいいな。うわぁい。」

 すると又三郎は少し面白おもしろくなったようでした。いつもの通りずるそうに笑って斯こう訊たずねました。

「僕たちが世界中になくてもいいってどう云うんだい。箇条かじょうを立てて云ってごらん。そら。」

 耕一は試験のようだしつまらないことになったと思って大へん口惜しかったのですが仕方なくしばらく考えてから答えました。

「汝うななどぁ悪戯ばりさな。傘ぶっ壊かしたり。」

それから? それから?」又三郎面白そうに一足進んで云いました。

「それがら、樹き折ったり転覆おっけあしたりさな。」

それから? それから、どうだい。」

「それがら、稲いねも倒たおさな。」

それから? あとはどうだい。」

「家もぶっ壊かさな。」

それから? それから? あとはどうだい。」

「砂も飛ばさな。」

それから? あとは? それから? あとはどうだい。」

シャッポも飛ばさな。」

それから? それから? あとは? あとはどうだい。」

「それがら、うう、電信ばしらも倒さな。」

それから? それから? それから?」

「それがら、塔とうも倒さな。」

「アアハハハ、塔は家のうちだい、どうだいまだあるかいそれから? それから?」

「それがら、うう、それがら、」耕一はつまってしまいました。大抵たいていもう云ってしまったのですからいくら考えてももう出ませんでした。

 又三郎はいよいよ面白そうに指を一本立てながら

それから? それから? ええ? それから。」と云うのでした。耕一は顔を赤くしてしばらく考えてからやっと答えました。

「それがら、風車かざぐるまもぶっ壊かさな。」

 すると又三郎は今度こそはまるで飛びあがって笑ってしまいました。笑って笑って笑いました。マントも一緒にひらひら波を立てました。

「そうらごらん、とうとう風車などを云っちゃった。風車なら僕を悪く思っちゃいないんだよ。勿論もちろん時々壊すこともあるけれども廻まわしてやるときの方がずうっと多いんだ。風車ならちっとも僕を悪く思っちゃいないんだ。うそと思ったら聴きいてごらん。お前たちはまるで勝手だねえ、僕たちがちっとばっかしいたずらすることは大業おおぎょうに悪口を云っていいとこはちっとも見ないんだ。それに第一お前のさっきからの数えようがあんまりおかしいや。うう、ううてばかりいたんだろう。おしまいはとうとう風車なんか数えちゃった。ああおかしい。」

 又三郎は又泪なみだの出るほど笑いました。

 耕一もさっきからあんまり困ったために怒っていたのもだんだん忘れて来ました。そしてつい又三郎と一所にわらいだしてしまったのです。さあ又三郎のよろこんだこと俄かにしゃべりはじめました。

「ね、そら、僕たちのやるいたずらで一番ひどいことは日本ならば稲を倒すことだよ、二百十日から二百二十日ころまで、昔むかしはその頃ほんとうに僕たちはこわがられたよ。なぜってその頃は丁度稲に花のかかるときだろう。その時僕たちにかけられたら花がみんな散ってしまってまるで実にならないだろう、だから前は本当にこわがったんだ、僕たちだってわざとするんじゃない、どうしてもその頃かけなくちゃいかいからかけるんだ、もう三四日たてばきっと又そうなるよ。けれどもいまはもう農業が進んでお前たちの家の近くなどでは二百十日のころになど花の咲いている稲なんか一本もないだろう、大抵もう柔やわらかな実になってるんだ。早い稲はもうよほど硬かたくさえなってるよ、僕らがかけあるいて少し位倒れたってそんなにひどくとりいれが減りはしないんだ。だから結局何でもないさ。それからも一つは木を倒すことだよ。家を倒すなんてそんなことはほんの少しだからね、木を倒すことだよ、これだって悪戯いたずらじゃないんだよ。倒れないようにして置けぁいいんだ。葉の濶ひろい樹なら丈夫じょうぶだよ。僕たちが少しぐらいひどくぶっつかっても仲々倒れやしない。それに林の樹が倒れるなんかそれは林の持主が悪いんだよ。林を伐きるときはね、よく一年中の強い風向を考えてその風下の方からだんだん伐って行くんだよ。林の外側の木は強いけれども中の方の木はせいばかり高くて弱いからよくそんなことも気をつけなけぁいけないんだ。だからまず僕たちのこと悪く云う前によく自分の方に気をつけりゃいいんだよ。海岸ではね、僕たちが波のしぶきを運んで行くとすぐ枯かれるやつも枯れないやつもあるよ。苹果りんごや梨なしやまるめろや胡瓜きゅうりはだめだ、すぐ枯れる、稲や薄荷はっかやだいこんなどはなかなか強い、牧草なども強いねえ。」

 又三郎ちょっと話をやめました。耕一もすっかり機嫌きげんを直して云いました。

又三郎、おれぁあんまり怒ごしゃで悪がた。許せな。」

 すると又三郎はすっかり悦よろこびました。

「ああありがとう、お前はほんとうにさっぱりしていい子供だねえ、だから僕はおまえはすきだよ、すきだから昨日もいたずらしたんだ、僕だっていたずらはするけれど、いいことはもっと沢山たくさんするんだよ、そら数えてごらん、僕は松の花でも楊やなぎの花でも草棉くさわたの毛でも運んで行くだろう。稲の花粉かふんだってやっぱり僕らが運ぶんだよ。それから僕が通ると草木はみんな丈夫になるよ。悪い空気も持って行っていい空気も運んで来る。東京浅草のまるで濁にごった寒天のような空気をうまく太平洋の方へさらって行って日本アルプスのいい空気だって代りに持って行ってやるんだ。もし僕がいなかったら病気も湿気しっけもいくらふえるか知れないんだ。ところで今日はお前たちは僕にあうためにばかりここへ来たのかい。けれども僕は今日は十時半から演習へ出なけぁいけないからもう別れなけぁならないんだ。あした又また来ておくれ。ね。じゃ、さよなら

2021-04-10

anond:20210410111734

今日は天気もいいし、12時半になったら着替えて新宿から小田急に乗って江ノ島まで行こうぜ。

本当は勇気を出してサーフショップに行ってボードウエットスーツを借りて海に入って欲しいけど、そうじゃなくても海岸をぶらぶらしてサーファーを眺めて、えのすいに行ってイルカショーでも見ようぜ。結構楽しいと思うよ。

2021-04-07

熱海よいとこ一度はおいで

海岸にあるDV

駅前足湯

から少し離れたバス停タクシー乗り場

駅すぐ土産商店街があるのに駅併設のお土産駅ビル

坂道だらけの観光地

塩でいたんだ建物

宿は湿気で潮の香りが漂う

温泉はただ熱いだけ

名物料理はこれといってない

どこにもよいところがない観光温泉

今朝、海岸散歩していたら、ピクルスを漬けるようなボトルが流れ着いているのを発見した。

またゴミかと一瞥くれて立ち去ろうとして、瓶の中に何か入っていることに気がついた。

足で瓶を転がしてよくよく見てみると、どうも中に入っているのはパンティーのようだった

2021-03-22

孤独

当時私は二十五歳の青年で、丸まるの内うちのあるビルディングオフィスを持つ貿易商合資会社S・K商会のクラークを勤めていた。実際は、僅わずかばかりの月給なぞ殆ほとんど私自身のお小遣こづかいになってしまうのだが、と云ってW実業学校を出た私を、それ以上の学校へ上げてくれる程、私の家は豊ゆたかではなかったのだ。

 二十一から勤め出して、私はその春で丸四年勤続した訳であった。受持ちの仕事会計の帳簿の一部分で、朝から夕方まで、パチパチ算盤そろばんだまをはじいていればよいのであったが、実業学校なんかやった癖に、小説や絵や芝居や活動写真がひどく好きで、一いっぱし芸術が分る積つもりでいた私は、機械みたいなこの勤務を、外ほかの店員達よりも一層いやに思っていたことは事実であった。同僚達は、夜よな夜なカフェ廻りをやったり、ダンス場へ通かよったり、そうでないのは暇ひまさえあればスポーツの話ばかりしていると云った派手はでで勇敢で現実的な人々が大部分であったから、空想好きで内気者うちきものの私には、四年もいたのだけれど、本当の友達は一人もないと云ってよかった。それが一際ひときわ私のオフィス勤めを味気あじきないものにしたのだった。

 ところが、その半年ばかり前からというものは、私は朝々の出勤を、今迄いままで程はいやに思わぬ様になっていた。と云うのは、その頃十八歳の木崎初代が初めて、見習みならいタイピストとしてS・K商会の人となったかである木崎初代は、私が生れるときから胸に描いていた様な女であった。色は憂鬱ゆううつな白さで、と云って不健康な感じではなく、身体からだは鯨骨くじらぼねの様にしなやかで弾力に富み、と云ってアラビヤ馬みたいに勇壮うそうなのではなく、女にしては高く白い額に左右不揃いな眉まゆが不可思議な魅力をたたえ、切れの長い一ひとかわ目に微妙な謎を宿し、高からぬ鼻と薄過ぎぬ唇が、小さい顎あごを持った、しまった頬ほおの上に浮彫うきぼりされ、鼻と上唇の間が人並ひとなみよりは狭くて、その上唇が上方にややめくれ上った形をしていると、細かに書いてしまうと、一向初代らしい感じがしないのだが、彼女は大体その様に、一般美人の標準にはずれた、その代りには私丈けには此上このうえもない魅力を感じさせる種類の女性であった。

 内気者の私は、ふと機会を失って、半年もの間、彼女言葉も交わさず、朝顔を見合わせても目礼さえしない間柄であった。(社員の多いこのオフィスでは、仕事共通ものや、特別に親しい者の外は、朝の挨拶などもしない様な習わしであった)それが、どういう魔(?)がさしたものか、ある日、私はふと彼女に声をかけたのである。後になって考えて見ると、この事が、いや私の勤めているオフィス彼女入社して来たことすらが、誠に不思議めぐり合せであった。彼女と私との間に醸かもされた恋のことを云うのではない。それよりも、その時彼女に声をかけたばっかりに、後に私を、この物語に記しるす様な、世にも恐ろしい出来事に導いた運命について云うのである

 その時木崎初代は、自分で結ゆったらしい、オールバックまがいの、恰好かっこうのいい頭を、タイプライターの上にうつむけて、藤色セル仕事着の背中を、やや猫背にして、何か熱心にキイを叩たたいていた。

HIGUCHI HIGUCHI HIGUCHI HIGUCHI HIGUCHI ……

 見ると、レタペーパの上には、樋口ひぐちと読むのであろう、誰かの姓らしいものが、模様みたいにベッタリと並んでいた。

 私は「木崎さん、御熱心ですね」とか何とか云うつもりであったのだ。それが、内気者の常として、私はうろたえてしまって、愚かにも可成かなり頓狂とんきょうな声で、

樋口さん」

 と呼んでしまった。すると、響ひびきに応じる様に、木崎初代は私の方をふり向いて、

「なあに?」

 と至極しごく落ちついて、だが、まるで小学生みたいなあどけない調子で答えたのである彼女樋口と呼ばれて少しも疑う所がないのだ。私は再びうろたえてしまった。木崎というのは私の飛とんでもない思違おもいちがいだったのかしら。彼女彼女自身の姓を叩いていたに過ぎないのかしら。この疑問は少しの間私に羞恥しゅうちを忘れさせ私は思わず長い言葉を喋しゃべった。

あなた樋口さんて云うの? 僕は木崎さんだとばかり思っていた」

 すると、彼女も亦またハッとした様に、目のふちを薄赤くして、云うのである

「マア、あたしうっかりして。……木崎ですのよ」

「じゃあ、樋口っていうのは?」

 あなたのラヴ? と云いかけて、びっくりして口をつぐんだ。

「何なんでもないのよ。……」

 そして木崎初代は慌あわてて、レタペーパを器械からとりはずし、片手で、もみくちゃにするのであった。

 私はなぜこんなつまらない会話を記したかというに、それには理由があるのだ。この会話が私達の間にもっと深い関係を作るきっかけを為なしたという意味ばかりではない。彼女が叩いていた「樋口」という姓には、又彼女樋口と呼ばれて何の躊躇ちゅうちょもなく返事をした事実には、実はこの物語根本こんぽんに関する大きな意味が含まれていたかである

 この書物かきものは、恋物語を書くのが主眼でもなく、そんなことで暇どるには、余りに書くべき事柄が多いので、それからの、私と木崎初代との恋愛の進行については、ごくかいつまんで記すに止とどめるが、この偶然の会話を取交とりかわして以来、どちらが待ち合わせるともなく、私達はちょくちょく帰りが一緒になる様になった。そして、エレベーターの中と、ビルディングから電車停留所までと、電車にのってから彼女巣鴨すがもの方へ、私は早稲田わせだの方へ、その乗換場所までの、僅わずかの間を、私達は一日中の最も楽しい時間とする様になった。間もなく、私達は段々大胆になって行った。帰宅を少しおくらせて、事務所に近い日比谷ひびや公園に立寄り片隅かたすみのベンチに、短い語らいの時間を作ることもあった。又、小川町おがわまちの乗換場で降りて、その辺のみすぼらしいカフェに這入はいり、一杯ずつお茶を命じる様なこともあった。だが、うぶな私達は、非常な勇気を出して、ある場末ばすえのホテルへ這入って行くまでには、殆ど半年もかかった程であった。

 私が淋さびしがっていた様に、木崎初代も淋しがっていたのだ。お互たがいに勇敢なる現代人ではなかったのだ。そして、彼女容姿が私の生れた時から胸に描いていたものであった様に、嬉しいことには、私の容姿も亦また彼女が生れた時から恋する所のものであったのだ。変なことを云う様だけれど、容貌については、私は以前からややたのむ所があった。諸戸道雄もろとみちおというのは矢張やはりこの物語重要な役目を演ずる一人物であって、彼は医科大学卒業して、そこの研究室である奇妙な実験従事している男であったが、その諸戸道雄が、彼は医学生であり、私は実業学校の生徒であった頃から、この私に対して、可成かなり真剣な同性の恋愛を感じているらしいのである

 彼は私の知る限りに於おいて、肉体的にも精神的にも、最も高貴ノーブルな感じの美青年であり、私の方では決して彼に妙な愛着を感じている訳ではないけれど、彼の気難しい撰択に適かなったかと思うと、少くとも私は私の外形について聊いささかの自信を持ち得うる様に感じることもあったのである。だが、私と諸戸との関係については、後に屡々しばしば述べる機会があるであろう。

 それは兎とも角かく、木崎初代との、あの場末ホテルに於おいての最初の夜は、今も猶なお私の忘れ兼かねる所のものであった。それはどこかのカフェで、その時私達はかけおち者の様な、いやに涙っぽく、やけな気持ちになっていたのだが、私は口馴れぬウィスキイをグラスに三つも重ねるし、初代も甘いカクテルを二杯ばかりもやって、二人共真赤まっかになって、やや正気を失った形で、それ故ゆえ、大した羞恥を感じることもなく、そのホテルカウンタアの前に立つことが出来たのであった。私達は巾はばの広いベッドを置いた、壁紙にしみのある様な、いやに陰気な部屋に通された。ボーイが一隅の卓テーブルの上に、ドアの鍵と渋茶しぶちゃとを置いて、黙って出て行った時、私達は突然非常な驚きの目を見交わした。初代は見かけの弱々しい割には、心しんにしっかりした所のある娘であったが、それでも、酔よいのさめた様な青ざめた顔をして、ワナワナと唇の色をなくしていた。

「君、怖いの?」

 私は私自身の恐怖をまぎらす為に、そんなことを囁ささやいた。彼女は黙って、目をつぶる様にして、見えぬ程に首を左右に動かした。だが云うまでもなく、彼女も怖がっているのだった。

 それは誠に変てこな、気拙きまずい場合であった。二人とも、まさかこんな風になろうとは予期していなかった。もっとさりげなく、世の大人達の様に、最初の夜を楽しむことが出来るものと信じていた。それが、その時の私達には、ベッドの上に横になる勇気さえなかったのだ。着物を脱いで、肌を露あらわすことなど思いも及ばなかった。一口に言えば、私達は非常な焦慮しょうりょを感じながら、已すでに度々たびたび交わしていた唇をさえ交わすことなく、無論その外の何事をもしないで、ベッドの上に並んで腰をかけて、気拙さをごまかす為に、ぎこちなく両足をブラブラさせながら、殆ど時間もの間、黙っていたのである

「ね、話しましょうよ。私何だか小さかった時分のことが話して見たくなったのよ」

 彼女が低い透き通った声でこんなことを云った時、私は已すでに肉体的な激しい焦慮を通り越して、却かえって、妙にすがすがしい気持になっていた。

「アア、それがいい」私はよい所へ気がついたと云う意味で答えた。

「話して下さい。君の身の上話を」

 彼女身体を楽な姿勢しせいにして、すみ切った細い声で、彼女の幼少の頃からの、不思議な思出おもいでを物語るのであった。私はじっと耳をすまして、長い間、殆ど身動きもせずそれに聞き入っていた。彼女の声は半なかば子守歌の様に、私の耳を楽しませたのである

 私は、それまでにも又それから以後にも、彼女の身の上話は、切れ切れに、度々たびたび耳にしたのであったが、この時程感銘かんめい深くそれを聞いたことはない。今でも、その折の彼女の一語一語を、まざまざと思い浮うかべることが出来る程である。だが、ここには、この物語の為には、彼女の身の上話を悉ことごとくは記す必要がない。私はその内から、後にこの話に関係を生じるであろう部分丈けを極ごく簡単に書きとめて置けばよい訳である

「いつかもお話した様に、私はどこで生れた誰の子なのかも分らないのよ。今のお母さん――あなたはまだ逢わないけれど、私はそのお母さんと二人暮ぐらしで、お母さんの為にこうして働いている訳なの――その私のお母さんが云うのです。初代や、お前は私達夫婦が若かった時分、大阪川口かわぐちという船着場ふなつきばで、拾って来て、たんせいをして育て上げた子なのだよ。お前は汽船待合所の、薄暗い片隅に、手に小さな風呂敷包ふろしきづつみを持って、めそめそと泣いていたっけ。あとで、風呂敷包みを開けて見ると、中から多分お前の先祖のであろう、一冊の系図書けいずがきと、一枚の書かきつけとが出て来て、その書きつけで初代というお前の名も、その時丁度ちょうどお前が三つであったことも分ったのだよ。でもね、私達には子供がなかったので、神様から授さずかった本当の娘だと思って、警察手続てつづきもすませ、立派にお前を貰もらって来て、私達はたんせいをこらしたのさ。だからね、お前も水臭い考えを起したりなんぞしないで、私を――お父さんも死んでしまって、一人ぼっちなんだから――本当のお母さんだと思っていておくれよ。とね。でも、私それを聞いても、何だかお伽噺とぎばなしでも聞かせて貰っている様で、夢の様で、本当は悲しくもなんともなかったのですけれど、それが、妙なのよ。涙が止めどもなく流れて仕様がなかったの」

 彼女の育ての父親が在世ざいせいの頃、その系図書きを色々調べて、随分本当の親達を尋たずね出そうと骨折ったのだ。けれど系図書きに破けた所があって、ただ先祖名前や号やおくり名が羅列られつしてあるばかりで、そんなものが残っている所を見れば相当の武士さむらいの家柄には相違ないのだが、その人達の属した藩はんなり、住居なりの記載が一つもないので、どうすることも出来なかったのである

「三つにもなっていて、私馬鹿ですわねえ。両親の顔をまるで覚えていないのよ。そして、人混みの中で置き去りにされてしまうなんて。でもね。二つ丈け、私、今でもこう目をつむると、闇の中へ綺麗きれいに浮き出して見える程、ハッキリ覚えていることがありますわ。その一つは、私がどこかの浜辺の芝生の様な所で、暖かい日に照らされて、可愛い赤あかさんと遊んでいる景色なの。それは可愛い赤さんで、私は姉ねえさまぶって、その子のお守もりをしていたのかもしれませんわ。下の方には海の色が真青に見えていて、そのずっと向うに、紫色に煙けむって、丁度牛の臥ねた形で、どこかの陸おかが見えるのです。私、時々思うことがありますわ。この赤さんは、私の実の弟か妹で、その子は私みたいに置去りにされないで、今でもどこかに両親と一緒に仕合せに暮しているのではないかと。そんなことを考えると、私何だか胸をしめつけられる様に、懐しい悲しい気持になって来ますのよ」

 彼女は遠い所を見つめて、独言ひとりごとの様に云うのである。そして、もう一つの彼女の幼い時の記憶と云うのは、

「岩ばかりで出来た様な、小山があって、その中腹から眺めた景色なのよ。少し隔へだたった所に、誰かの大きなお邸やしきがあって、万里ばんりの長城ちょうじょうみたいにいかめしい土塀どべいや、母屋おもやの大鳥おおとりの羽根を拡ひろげた様に見える立派な屋根や、その横手にある白い大きな土蔵なんかが、日に照てらされて、クッキリと見えているの。そして、それっ切りで、外ほかに家らしいものは一軒もなく、そのお邸の向うの方には、やっぱり青々とした海が見えているし、その又向うには、やっぱり牛の臥た様な陸地がもやにかすんで、横よこたわっているのよ。きっと何ですわ。私が赤さんと遊んでいた所と、同じ土地景色なのね。私、幾度その同じ場所を夢に見たでしょう。夢の中で、アア又あすこへ行くんだなと思って、歩いていると、きっとその岩山の所へ出るに極きまっていますわ。私、日本中を隅々まで残らず歩き廻って見たら、きっとこの夢の中の景色と寸分違わぬ土地があるに違いないと思いますわ。そしてその土地こそ私の懐しい生れ故郷なのよ」

ちょっとちょっと」私はその時、初代の話をとめて云った。「僕、まずいけれど、そこの君の夢に出て来る景色は、何だか絵になり相そうだな。書いて見ようか」

「そう、じゃあもっと詳しく話しましょうか」

 そこで、私は机の上の籠かごに入れてあったホテルの用箋ようせんを取出して、備そなえつけのペンで、彼女が岩山から見たという海岸景色を描いた。その絵が丁度手元に残っていたので、版にしてここに掲かかげて置くが、この即席そくせきのいたずら書きが、後に私にとって甚だ重要な役目をつとめてくれ様などとは、無論その時には想像もしていなかったのである

「マア、不思議ねえ。その通りですのよ。その通りですのよ」

 初代は出来上った私の絵を見て、喜ばしげに叫んだ。

「これ、僕貰もらって置いてもいいでしょう」

 私は、恋人の夢を抱いだく気持で、その紙を小さく畳たたみ、上衣うわぎの内ポケットしまいながら云った。

 初代は、それから又、彼女物心ついてからの、様々の悲しみ喜びについて、尽きぬ思出を語ったのである。が、それはここに記す要はない。兎とも角かくも、私達はそうして、私達の最初の夜を、美しい夢の様に過すごしてしまったのである。無論私達はホテルに泊りはしないで、夜更よふけに、銘々めいめいの家に帰った。

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