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はてなキーワード: 可哀想とは

2018-06-25

anond:20180625054635

同じ事をされて相手オタクからって事にすればいいと思い込んだ挙句に、釘バット刺青武装サヨクカツドウを名目にサベツ励行してる可哀想オサーンがいてだな…w


 まぁネットに限った話じゃねぇよ。

所詮はこれがヒトの本質だ。クソ撒き散らしてねぇで少しは冥福でも祈ってやれ。

 古いネットの賑わいの一端、そうでなきゃ徒花くらいではあったからな。

anond:20180625150830

可哀想ランキングにとらわれるクソザコ一般市民」が、

無敵の人」たちに無意識に与えてる傷を、犠牲者は一身で受ける羽目になった。


間接的に犠牲者を殺したのは、お前らの様な「クソザコ一般市民」だ。


低能先生も、非モテも、新幹線鉈男もこれっきりじゃない。

お前らが無意識に人を傷つけ、悪びれない限り、また犠牲者は出る。

それを避けるためにこそ、「無敵の人」を救う、あるいは「無敵の人」にならないための仕組みが必要なのだ

それをわかってないあんたは、所詮、「可哀そうぶって自分」に酔ってるだけ。

本質は、自分でも言ってるように「差別主義者」の冷酷な人間だ。

無敵の人普通の人や子供を殺すたびに

「これでまたこの世のクズ率が上がってしまった、生きる価値のないゴミ税金で生き延びて、社会有益な人、あるいは未来ある子供が死んでしまった」

と思う自分なんだけど、毎日毎日クズがまともな人(または子供)を殺しました」みたいな嫌な事件を見ていると、いずれこの世にまともな人なんかどこにもいなくなってクズだらけになっちゃうんじゃないかな、なんて短絡的な考えが浮かんでくる。


「こういう無敵の人を救う社会的仕組みがなければ今後同じ事件がどんどん増えていく」みたいな無責任コメントをよく見るけどさ、

同じクズでも無益なだけで有害性のない人は福祉で救いようがあるけど、根っから攻撃的で辺り構わず人を傷つけなければ気が済まない、あるいは人と関われば暴力暴言支配したがる、あるいは突然爆発して罪のない人を傷つけ殺す、そういう有害人間を誰がどうやって救うんだろうと思う。

「俺は社会に虐げられてるんだから他人を殺して何が悪い」って思ってる連中も、じゃあ他の無敵の人が同じことを考えて自分自分家族を殺したら納得できんのかって話だし。


昨日殺されたHagexさんというブロガーさんの死をはてなの皆が驚いて悲しんで悼んでいるけど「無敵の人が同じ事件を起こす」ってのはこういうことだ。自分と見ず知らずの、関係のないリア充幼女やまーんが殺されてしょうがいねざまあって話じゃない。殺された誰にだってHagexさんと同じように悲しむ家族や友人知人がいた。

「どんどん増えていく無敵の人が起こした事件」の一つとしてHagexさんの死も刻まれしまった。


彼を知る人は今後も無責任に言えるんだろうか。「無敵の人を救う仕組みがなければ同じ事件がどんどん増えていく」と。

無敵の人を救わない社会のせいとやらでどんどん増えていく犠牲者のひとりは自分かも知れないし、自分大事家族、親しい友達や恩のある人々かもしれないね。あるいはこれを書いている増田本人かもしれない。


自分バカでエモくて目先の可哀想ランキングにとらわれるクソザコ一般市民からそんなものはどうでもいい。

ただ犠牲になってしまった人たちに生きていてほしかった。罪もない人を理不尽理由で殺すクズ連中よりよっぽど。

それを差別主義者と呼ぶなら好きに呼ぶといい。

殺した犯人 誹謗中傷繰り返してそれ他の奴らに咎められたら「ネットリンチだ!」って逆ギレして今に至った感じか  いやーーー精神障害もここまで来ると可哀想になってくるね

anond:20180625083500

発表会直後、教室で会った女性橋本被告に対し何も言わなかったこから

「私は女性に『言うべきことがあるだろう』と強く言った。女性は『申し訳ありませんでした』と言ったが、おちゃらけ、吐き捨てるような感じだった。怒りが爆発した」

橋本被告女性を怒鳴り、それを理由教室から退会処分を受けた。

自分は何も悪いことをしていないのに女性のせいで退会させられた一方で、

女性はのうのうとバレエを楽しく続けている。許せないと思った。復讐(ふくしゅう)すると決めた」

最初は殴ろうと思ったが、体格差があり、打ち所が悪ければ死んでしまう。

彼女はひどいことをしたが、殺されるほどのことをしたわけではない。

そのため刃物で命に別条のない場所を切ろうと考えた。顔は女性から遠慮した。足もバレエ差し支えると思った。だから指にした」

 「気絶させた上で小指を切ろうとしたが、タガネが大きくて、

薬指も切れてしまうことが分かった。指2本は仕返しには過剰だと思い、親指を切断することにした」

 犯行後、橋本被告は自ら110番通報して事件通報するとともに、

電話口の警察官救急車の手配を依頼。意識を取り戻した女性に「間もなく救急車が来る」と伝え、

駆けつけた警察官逮捕された。こうした振る舞いからは、「女性行為に対する罰は、指1本が相当だ。それ以上でも以下でもない」という思考がみてとれる。

ここに書いてある「女性」って言うのは、全て「講師」で良いんだよね?

バレエ教室の生徒だったらとばっちり可哀想だけどそれはないよね。

anond:20180625031433

ヒデミって男いたけれど、いつも出席で女に間違えられてて可哀想だったぞ。

2018-06-24

中2娘のWindowsデビュー

娘がWindowsデビューしてそこそこの日数が経った

構成HDDHOME以下をバックアップした後にUbuntuを削除、Windowsクリーンインストールさせた

当然UbuntuWindows共存も考えたが、共存状態だと使い慣れたUbuntuへ逃げる可能性があったので、少々可哀想だったがUbuntuは削除した

良い機会だったので隣で図解をまじえて教えながら娘自身インストール作業をさせた

「えっじゃあ他のプライマリパーティションUbuntuも一緒にインストールできるってこと?」

「その認識で間違いないけど今回はWindows練習のためにしない」

Windowsを起動してデスクトップを表示し、娘がまずやったことはWindowsキー(Superキー)を押下だった

「その辺は学校でやってるから判るだろ?」

「判るけど学校パソコンには無いパネルがかなりある

学生は遊ぶだろうしね余計なの消してんだろw」

「あー確かにw」

学校パソコンにはないであろうパネルを「ふーん」とクリックしながら、何かに納得したのか「じゃあそろそろクリスタ」と言われ、最大の目的であるクリスタインストールした

クリスタインストールが終わると、もう良いよと言わんばかりに「わからなくなったら呼ぶね」とアッチ行けされ初日を終えた

日経つと「ターミナルがない」と言われたので「SuperキーからのC,M,DしてEnterで起動するはずだけどcmdはLinuxと使い方が全く違うから調べたほうが良いよ」とアドバイスした

娘が自室に行くと直ぐ戻ってきて「cdできたけどlsできないんだけど?」と言われ「使い方違うと言ったろ?cmdの場合ディレクトリ内容一覧はD,I,R」と言いつつ娘の自室へ向かう

「昨日から少し試してたんだけどWindowsターミナルって全然違うよね?」

「うん違うし、今使ってもらってるのcmdって呼ばれたりコマンドプロンプトって呼ばれてるんだけど、もう一個パワーシェル(PowerShell)というのもある」

「こっちの方がLinuxに近いかもなぁ。lsはできる。だけどtouchはできないぞ。その辺はググれ」

「えっ?touchできないって意味わかんないんだけど」

PowerShell場合はN,E,W,-,I,T,E,Mでできる。cmdは作成できないわけでないけど、ファイル作成のためコマンドというものそもそも存在しない」

Vimも無かった。というかアプリ設定ファイルがどれなのかすら判らない」

「この辺りはLinuxじゃないと諦めて新規ツールを追加するしかない。Windows作法に慣れろ」

「うーん・・・慣れかぁ」

予想通りLinuxWindowsの違いに戸惑っている様だけど、本当に慣れてもらうしかない

娘が「そういえばアプリってどうやってアンインストールするの?」と聞いてきた

スタートメニューアプリアイコン右クリックしてアンインストール。別窓でプログラム機能が起動したらそこからアンインストール

そう教えると再びアッチ行けされてしまった。父ちゃん寂しい・・・

そして昨日いろいろと娘にWindowsの使い勝手を聞いてみた結果が下記の通り

良いところも悪いところもまだまだ色々と言っていたけれど忘れてしまった。女の子は喋り出すとアッチコッチに行って止まらない・・・

また何かしら変化があったら報告しようと思う

-----------

追伸

ディストーション本当にすみませんでしたギャギャギャーン

未婚で未出産の女だけど、旦那全然育児手伝ってくれない私可哀想ツイートがよくバズるのを見てなんだかなぁと思う。じゃあ産まなければ良くない?とか○○したら●●をしてとか具体的に言ったのかな?とかコミュニケーションが足りないのでは?という風に思うんだけど、そういう意見あんまり見かけないのでそういうのではバズらないんだな~と思います

2018-06-23

口だけでかい人がいる。

人の失敗にはやれやれとため息を付き、呆れたように指摘をする割に、自分自身の失敗には甘い。

自分も失敗することはあるのだから他人の失敗にも寛容になろう、という考えはないようなタイプだ。

そして仕事ができるかといえば、そうではない。

自分ならできるとアピールする割に、実際は全くできず他人に尻拭いさせるようなタイプだ。

こいつは恥を知らんのかと。

そんな人間を観察して思ったことがある。

一つは、その人間自身コンプレックスをある程度抱えているということだ。

周りはできる、自分はできない。

多かれ少なかれそのような劣等感を感じていて、それを悟られたくないからできるアピールをする。

無駄マウンティングする。

実際にはそれで信頼を失っていくのだが、ここに二つ目の要素がある。

現状認識ができていない。周りとのレベル差が分かっていないと言うべきか。

劣等感がそう思わせるのか、自分もせいぜい同程度のレベルに達していて、その差は少ないと思い込んでいるようだ。

実際には圧倒的な差があるにも関わらず、だ。

まぁ可哀想人間だとは思うけど、周りのモチベーションが下がるのでさっさと仕事やめてくれるのが一番ありがたい。

anond:20180623122536

普通に子供可哀想だろ?

子供気持ちになって考えたことある

親に勝手写真撮られて知らない人に公開される気持ち

お前の妄想じゃん

anond:20180623122124

普通に子供可哀想だろ?

子供気持ちになって考えたことある

親に勝手写真撮られて知らない人に公開される気持ち

大体、小学校入学後ぐらいのタイミング投稿ぱったり止むんだよ

一人っ子の家庭はそういう傾向多い気がする

anond:20180623121456

調子こくのは構わないけど、

一人っ子小学校入る前ぐらいの子供の

写真Facebookにこれ見よがしに

日記みたい上げる奴は

見てて心が痛む、可哀想だ。。

ネットしか女性の上にたてない可哀想男子なんだから優しくしてあげようよ

 

2018-06-22

幸色のワンルームって何がそんなに魅力で、何がそんなに問題なんだよ

これ「https://note.mu/amakara_no_tare/n/na4eb53fb6768」を受けて書きたいと思ったこ記事

自分は今回に関してはテレビ局に慎重に取り扱ってほしい旨をメールで送った、ドラマ実写化に関してのみ規制賛成派。

該当作品ツイッター投稿リアルタイムで見てて、その後ピクシブのぶんだけ読んだ。

ここまで前提。

幸色のワンルーム少女にとって魅力的なのは「性」の扱い方にもあるんじゃないか

クロスメディア展開がへたくそなのと制作側が色々甘く見てそうで怖い

■実写ドラマ反対したい理由は色々だけど、私個人に関しては”自分のため”だったと思う

の3本です。長い。一番最後に3行でまとめたから忙しい人はそれ読んでくれたら嬉しい。

幸色のワンルーム少女にとって魅力的なのは「性」の扱い方にもあるんじゃないか

幸色のワンルームは単なる誘拐の話ではなく、ただの男女の逃避行でもなく、

理不尽にただ蹲って耐えるしかなかった少女が守るべきもの(=居たいと思える居場所、人)をはじめて得て戦うことで少女から大人へと羽化する話であり、

リアルの男女の性に絶望した読者に対して「男と女ではなく、大人子供でもなく、ひとりとひとりの人間として関係性を結ぶ」という夢を与える物語

と捉えることができる。できるんですよ。傍から見たら犯罪だけど。

問題誘拐ストーカー設定なくてもこれを描けたことだけど、その設定のおかげで(いろんな意味で)バズってるから  うん…)

「男とか女とか性とか支配支配とかラベルだけの話ではなく、ぜんぶひっくるめて、私という人間あなたという人間の話であり、救いの話」というふうに見たとき

正直、読み口としては2000年代商業BLブロマンスに近いなと私は思った。

少女漫画系譜だ。

実際幸色のワンルームの幸とお兄さんの関係は決して恋愛感情だけにはとどまらないという風に描かれています

加害者被害者であり、無自覚的な搾取する側とされる側であり、姫と従僕であり、ナウシカ王蟲の幼生であり、友情であり、慈愛や同情であり、恋愛感情もうっすらあり、依存であり、共闘関係であり、勘違いであり、共犯者であり、そして全てを肯定し合う関係である

から人気が出た。

恋も愛もべたべたラベルが付いてひと山いくらで売られていることを、十代の少女たちはとっくに気づいている。そんなふうに安っぽくない、けれど十代少女たちに門戸を開いているフィクション作品をもとめている。それがどれだけ過去文学映画漫画でありふれてやりつくされてきたものだとしても、「いま」「ここ」で「私たちに対して」向けられている作品に惹かれて何がおかしいのだ。

たこれは重大なポイントだが、お兄さんは性のにおいがしない。

デフォルメされた世界で成人男性記号ほとんど持たない、いってしまえば無性の存在メンタル的にもそう。

その上、精神年齢少女とほぼ変わらないため、罪の意識を持った姿は読者にはどこか可哀想うつる過去の傷があるらしく年下の幸が守らねばと思うほどいたいけでたよりない。幸に都合の悪いこともしない。

けど、男。

という風にドリームカスタマイズされてるキャラ

「そんなやついねえよ」だ。だからこれはファンタジーだし理想たりえる。リアルと切り離せる免罪符でもある。

ひと山いくらラノベに出てくる都合のよいヒロインから性の匂いをひっぺがしたようなものだ。少女にとって男の性は不要もの、というか幼いころから自分を脅かしてきたものしかいから、無い方がいい。幸の安心できる居住空間提供する為にも。

からストーカー誘拐犯の男、というショッキングスキャンダラスな設定はあるものの、それは今やおにいさんと幸が法を犯したことをしても問題ないというハードル下げのための設定になり下がっており、基本「ある日突然(可愛くて自分が居ないと生きていけない(A))女の子が空から降ってきた」と同義なのだ。ぺらっぺらだが、それこそが求められている。「怖くないから」だ。

(A)には「やんごとない身分の」「血のつながらない妹/姉である」とか、あと「大量殺戮生体兵器の」とか「妖怪の」とか「暗殺者の」とか「殺人鬼の」とか「サイコパスの」とか入ったりする。よくあるやろ。そういうのを①男女逆にして②リアル現代の③クライムフィクションチューニングすると

ついこないだあった事件そっくりで笑えなくなる、みたいなの超あるあるなんすわ…

からまあ、あるある作品なのだ正直。

そんなもんがあるあるになる現実の方がクソというだけだ。



クロスメディア展開がへたくそなのと制作側が色々ガバガバで怖い

はいフィクションだし少女漫画だし、問題ねーじゃんと思うだろ?私も思う。お兄さんは捕まるか虐待親に突撃して共倒れして死んで美しい思い出になって欲しいけど(どうせやるなら徹底的に幸に都合よく退場して欲しい)。

これが少女漫画カテゴリで人気がある分には。

あと作者と制作側がゆるゆるかつタイミングが最悪でなければ。

ツイッターへの最初投稿とか現実事件に対してタイミングが最悪すぎる件に関してわざとかどうかはもう「関係ありません」で貫き通すだろうし実際分かんねえからいいわ…。マジでインスピレーションさえ受けてないとしてももう運が悪かったと思ってほしい。というか当時あれだけのトップニュースすらチェックしてなかったなら作者はうかつだし、チェックしてても特に何も考えず出したならそれはそれで大変アレなのでそれは怒られても仕方ないんじゃねーかと思う。

特に問題に思うのは、クロスメディアするとしたら慎重にやるべき題材だったということだ。

先生!」「PとJK」の実写化の時も同じこと思ったけど(あれも「少女漫画なら素敵だがリアルに考えるとわりとやばい案件)今回は格が違う。なんせ誘拐犯でストーカーだ。どれだけ気を使っても使いすぎるということは無いだろうに…と思う。

後ろめたさも、退廃的なことも、この作品の魅力と分かちがたく結びついている。伝え方を一つ間違えたら倫理観を疑われる作品なのは変わらないのだ。

このへんは制作側の、なかでもプロモーションの腕が必要作品だろうなと思う。

たとえば、この作品ギリギリまで性のにおいを消臭できているのは、絵柄の影響が大きい。デフォルメが強く、リアルさは無いティーン向けの絵。虐めのシーンにも性的ものは見受けられず変態教師とのバトルでさえ匂わせる程度だ。

性も犯罪も、それが主題ではないのだと、なによりも絵が主張している。

また、この作品家族で見てやいやい言いながら見るより、一人で集中して見たいものじゃないだろうか?ターゲット現在テレビを良く見る層と被っているか?いないんじゃないかティーン原作ファンがこの作品を見て語り合うなら、家族よりも、同性で趣味の合う友達とではないか

からメディア展開を思い切り間違えてる気がしてならないのだ。

テレビでやるならアニメ作品にすべきだったと思う。その人気に火を付けた一端でもあるキャッチーな絵柄を生かし、フィクションであることを最大限利用すればよかった。あくまでこれは夢物語で、リアルとは違うのだとアピールすればよかった。それでも非難は受けただろうが実写化よりはましだったはずだ。「誤解されやすいけど本来こういう話ですよ」と12話でも24話でもかけてやればよかった。

実写化したいなら、この退廃的な作品映画の方が合うだろうと思った。それに映画館でしか見れない、というフィルタリングは大きい。実写化することでどうしても露悪的に、生々しい匂いになる画面をテレビから無作為にまき散らすのではなく、納得して料金を払い席に着いた観客にだけ誠心誠意向き合う形をとれば良かった。観客を巻き込んで二人の世界に浸れる場所を作ればよかった。

広告展開で規制派の火に油を注ぐ可能性は大いにあっただろうが、中止よりはマシな結果になったんじゃないか

なんで再現が難しい絵柄を実写で、なんでナイーブかつ視聴者を選ぶであろう題材を全国放送の誰でも見れる割にメインターゲットを逃しまくるであろうテレビで、やろうとしたのだろう。やはりコスト問題だろうか。

プロデューサー編集部も何考えてたんだろうな。

いや本が売れたらいいなと思ってたんだろうけど炎上商法やった割にリターンがアレ過ぎない?そうでもない?わからんけど

正直、ドラマ制作側も作者の方も編集部も、「現実にある犯罪を扱った現代である」という認識が甘すぎたのではないかと思う。

それも、未成年被害者がいる事件を、「犯罪としてではなく救済として描く」というひねりを売りにした作品でだ。

カリオストロの城」でも撮っている感覚だったのかもしれない。モニタ解像度低いわ。

もしくは、とてもリアルだと思ったから実写にしよう!と思ったのかもしれない。

そのリアルさは虚構で夢でしかなく、それでいてとてもありふれた現実だ。

だって、実際の誘拐幼児への事案はひっきりなしに起こっていて(マジでひっきりなしに起こっている)。

ストーカー誘拐犯の脳内で、自分被害者と愛し合っていたという美しい物語が展開されているのは決して珍しくないのだから

その恐ろしさを無視して、リアルに寄せる実写化をするのは賛成できなかった。

苦言を呈す派に対して作者からコメントは「実際の事件とは切り離してみてください」これだけだ。たったこ一言で全て免罪されるなら表現の自由とはなんとも気楽で無責任ものではないですか。いや作品内で色々ファンタジー要素盛って免罪符切ってるしあれこれ言及するより作品に集中するのは良い手だと思うけど無責任だとは思うぞ。

だって「世の中いろんな人もいる」と、これが現実でもありえるかもね、とでも捉えられるコメントを付けて世に送り出したのは、他ならぬ作者自身なのだ

ドラマにしても、女優に「実際にこういうこともあるかもと思う」というコメントを、編集もせず流してしまった。(これで規制派の使命感に火を付けたようなものだと思っている)。制作側止めろよ…

現代クライムフィクション作品でこのコメントが出るときは「だから怖いなって思いました」くらいのことが続くはずが、「実際あったら素敵」と続いてしまうような。

作品のものというよりもその周りの倫理観ガバガバなのだ現実ガバガバ

そうでなくても今現在、長年沈黙されてきたハリウッドやら世界的に女優性的搾取告発が起きてて転換期で、それでも搾取する側の擁護をやめない(「いや、でも女性側も望んでたんじゃないか」みたいなのワイドショーで沢山見ましたね!)、日本テレビ業界をつい最近私たちは見せつけられているのだ。そもそもの信頼感が地に落ちている時に「地獄の真ん中で搾取されてるけど女の子ハッピーです」みたいな作品作ってもそりゃ倫理観が疑われるだろという話だ。

フィクションはいだって現実と地続きなのだ

不倫ドラマももちょっと気を使ってるんじゃないのかな。

■実写ドラマ反対したい理由は色々だけど、私個人に関しては”自分のため”だったと思う

お兄さんと幸の間にある感情はとても純粋もののように描かれる。

それは憂いを帯びて美しい。破滅に向かっているからだ。地獄の上にある安息からだ。あかるい太陽ではなく、暗闇の中の星。

薄汚く、ふたりを虐めるものばかりの世界でここだけは綺麗であるように感じる。実際そうだからなのだろう。未来なんて考えたくもないし過去の事は忘れたい。いまここにある、おにいさんと幸のあいだにある、形容しがたいなにか、それだけが全ての世界でいたい。

それは読者の心を掴むだろう。特に、十代の少女にとっては。

この作品メディア展開が一つ潰れることで、悲しく思うファンもいるだろうなと思う。恨まれるだろうなとも。

つーか私も十代の時に、リアルで起きた殺人事件(娘が父を鎌かなんかで…)をうけて「ひぐらしのなく頃に」のメインキャラが義父を鉈で殺す回の放送が見送られた時「いやリアルとの区別くらいついてますけども~~~~~????」って怒ってたよ。

でも今(アラサーだよ)、もし「新幹線で鉈をふるう殺人事件が起きたけど、犯人は実は悪い人ではなかった」みたいなフィクション作品テレビで予定されてるとしたら…今の私は、「それは見送った方が良いのではないか」と思う。

区別がつかないのは、つけられないのは、大人のほうなんだ。

大人になるにつれて、想像力は広がりだけではなくリアルさを増していった。経験知識が増えたからだ。

「これのせいでちいさい子供や、少年少女が酷い目にあうかもしれない」と思うと、耐えられなくなってくる。大人になれば強くなると思っていたのに、陰惨なフィクションも年々見れなくなっている。それは、年を重ねた分現実に起きる陰惨な事件を、それに対する酷い言説を、これまで見過ぎて、現実を見過ぎて、どうしても思い出すから、なんだか嫌になっちゃうからだと思う。大人になるにつれて、後からまれてくる子たちが傷つかない世界になればいいと、祈るようになってきたからだと思う。

フィクションなのに、現実被害に遭って泣いていた子や、かつて嫌な思いをしたとき自分を、思い出す。被害者の絞り出す様な言葉や、それに向けられた酷い言葉の数々を、理不尽を、やたらと思い出して、想像してしまって、苦しいときがある。

子供の時はフィクション作品メディアの力を舐めてたし、大人になればもっと区別がつくようになる、

なんならフィクションを見てリアルを思い出すなんてオタク失格だとすら思っていた。

でもそうじゃなかった。

倫理観スイッチ切って倫理観ゼロ作品を楽しむには、TPOがある程度大事だと知った。自分家族を亡くした直後に、家族を殺す話を楽しく読めないように。

倫理観ゼロ作品は、倫理観ゼロ現実世界では楽しめないと分かった。楽しめるならそれは娯楽である以上に、麻酔や薬であり、治療なのかもしれないと思った。生きるための救済。

作品の影響力を舐めたらダメだと思った。面倒なオタクである自分偶像フィクションに命を救われてなんとか生きてきた。

ならば人の命を奪う作品が無いなどとどうして言えるのか。

から今回の幸色のワンルームへの規制は、わたしは(あくまで私はな)、

これを見た「大人」がリアルに起きた事件や今までの経験フラッシュバックに耐えきれなくて「やめろ、せめて少女漫画カテゴリなかにいてくれ。そうでないなら無作為にまき散らす前に対策してくれ無作為にまき散らされて何が起こるか分かってんだおれはくわしいんだ(※嫌なことを沢山思い出しながら)」

って言ったんだと思う。

そういう側面は大いにあると思ってる。

「それでも僕はやってない。」が公開された以降から痴漢被害者への二次加害が酷くなったって話聞いてワァーってなった。

そんな変遷を見てきたら「こういう作品が公開されたら、また…」というフラバもそりゃ起きるよと思った。

直前に現実誘拐事件があり被害者バッシングを見てるんだから余計に「あれが、また…」ってなるよ。(だから本当にタイミングが悪すぎたんだよ…)

からといって作品自体消したいわけではなかった。

というかそれはダメだ。現実がこうだから配慮して作品自体消そうみたいなのは私が一番やりたくないことだった。だからゾーニングフィルタリング推進派なんだけどさ。

そしてゾーニングフィルタリングメディアの差でも実施できると思う。その作品に触れるまでのハードルの差があると考えているから。テレビ特にハードルが低い。例えば映画館での上映や本屋で棚が分けられパッキングされた単行本等とはそれだけでも違う。同列に語れないと思う。

からってガチガチにこの本は誰向け!この本はこの性別この年齢このカテゴリ!とかマジ誰もやりたくねーよ。なにそのディストピアだよ。

ネックは「現実事件に対する二次加害が野放しなこと」だから、ここがマシになれば結果的表現の自由も守られるんじゃねーかなと思うけどどうですかそのへん。

ほんとね現実クソだったよ。現実誘拐事件おこす犯人マジでクソだったし被害者に向ける目も相当クソ。二次加害を大量に見過ぎて本当にメンタル削れたし、なによりオタクリアル事件に対する大喜利に慣れ過ぎて、被害者がいるっつーのに自分も一瞬「あっそんなひどいことされてなかったのかも?」とか思ってしまったのがめちゃくちゃ自己嫌悪で死にたくなった(自分ネットアイドル二次オタクカルチャー10数年どっぷりなんですよ)。「そんなわけねーだろ」と思った。被害者の苦しみをも加害者のやったことも軽視出来るもんじゃない。絶対

この感覚のままでいるのはやばいと思った。でもこれは曲りなりにも女体持ちで嫌な思いも散々してきたから「そんなわけねーだろ」と思えた部分はあるだろうなってのもあるし、「そんなわけねー話」をいくらでも茶化せる人がいるのも知っていた。

誘拐ストーカー盗撮被害者叩きも遠い世界の人にとってはそれはファンタジーだろうしな。

でもファンタジーじゃねえんだよな。

私が生きていく現実に影響があるんなら、私は私のために戦わないといけないと思ったんだよ。

あのとき誘拐犯を擁護して被害者売女扱いしたアカウントほんとめちゃくちゃあって「で

anond:20180620193354

他国だろうが自国だろうが可哀想と思う事に問題があるのかと。

人だから可哀想と感じる感情を持っているだけなのに、それを否定したらアホだ。

anond:20180622161349

ありがとう増田さんの彼女に伝えとくね💝JDなのに酷いこと言われて可哀想だけど、それが現実なのよね。

anond:20180620015900

名前が半端にカワイイ感じだったのがまた可哀想だったな

せめて一般的なやつかネタにできるくらい突き抜けてたら、そこまで自意識こじらせなかったかもしれないと想像させる名前だった

2018-06-21

大阪では有名な話らしいが

昭和55年頃、毎日新聞に載った話。

1tトラックりんごを満載にして、農家の人が大阪に売りに行ったとさ。

「ご自由にご試食をどうぞ」

と立て札をたてて、ちょっとその場を離れたとか。

またたくまに、大阪の人が群がって、

「うちのおとうさんにも試食させるわ」

とか言って、ひとりで何個も持って帰り、あっというまにリンゴはなくなって、農家おっさん涙目

この話をTVでやっていた時、大阪以外の人たちの反応は、「そんなの常識試食ってったら一個に決まってるじゃない。農家のおじさん可哀想」というものだったが、大阪の人の反応は、「そんな試食OKってかいとったらなんぼでももっていくで。そんなのよう考えんで書くのがアホや」というものだった。

良い悪いは言わない。ただ、違う。余りにも違う。違いすぎる。

発想がとても同じ国の人とは思えない。

anond:20180620193354

同胞意識こそが危険愛国心のものなのだ

そのような感覚が『中国人の命や財産を奪い、代わりに日本人を裕福にして命を助けたい』という政策を生み、満州事変から太平洋戦争に至る一連の戦争で何千万もの犠牲を生み出したのである

この説明が飛びすぎてわからないのだけど、同胞意識愛国心世界平和対立するものなの?

ほとんどの国が同胞意識愛国心を持ってたりするけど、日本ドイツイタリア枢軸国だけ愛国心もったら危険なの?

戦争に負けたこの3国の愛国心はここが間違ってて、戦争に勝った連合国愛国心はここが正しいと具体的に指摘があればありがたい。

そんなものはなくて昔のヨーロッパ各国植民地政策も、アメリカロシア中国現在進行系で自分勝手戦争繰り返してるのだってよくない愛国心からだとしたら、あなた英語中国ロシア語に長けていた場合チベットウイグルウクライナ イラン 北朝鮮可哀想だと思い、愛国心危険だとネットで3大国国民に呼びかけようとする?

マウント取りが日課増田

もう病気なんだろうけど、誰にでも喧嘩売りに行ってるよね。

そんなに他人と争いをしたいのかってくらい病気

お隣のアジアさんと性格そっくりじゃないか

追記

こんな事書くと該当する増田が食いついてくるから面白いよね。

ホント、なんでも叩きたくて仕方ない病人すぎて可哀想

2018-06-20

anond:20180620224626

生活に影響するかどうかと可哀想かどうかってあん関係なくね

生活に影響するときは「困る」とか「怖い」って言うだろ

anond:20180620210713

君は曲解して色々言うのが好きなフレンズなんだね

元増田で書いたように公式禁止すれば良いのでどんどんやれと書いているのが読めないなんて

なんて可哀想増田ちゃんなんだろ

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