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はてなキーワード: 医学とは

2017-09-13

ヒルドイドおばさん

http://www.gohongi-beauty.jp/blog/?p=22829

患者をお客さんみたいな扱いしてヒルドイド大量処方してる医者知ってる。

というか勤め先。

クリーム軟膏ローション全部出して気に入ったの使ってね。みたいな。

なんなら奥さんにも勧めといてよいくらでも出すから笑 みたいな。

ホッテントリにもときどき上がってくるような似非医学系には大体手出してるし。混合診療どんとこいだし。

こんなとこだとわかってたら就職しなかったのだが、開院から入ってしまったので情報が無かった。

(今思えば院長の経歴とか詳しくしておくべきだった)

前職が訳あって短いため、もう少し勤務歴が欲しくずるずる仕事を続けているのだけど、自分に面倒がふりかかるのが嫌で(最低)チクることもできないで居る。(何処にチクればいいかはわかってる)

医療系の怒れるブコメ記事見る度に沈鬱な気分になる。辞めたら即各所に密告するつもりではいるのだが。

就職したところがあくどい職場だったらみんなすぐ辞められるのかな。転職したら大手マルチの子会社だったって知り合いは割り切って働いてるうちに「品質はいいんだよ」とか言い出してた。

「みんなが君を笑うけど、君は自分の信じた道を進めばいい」みたいな

中学高校くらいの時はこの手の歌や歌詞勇気づけられてきたけど

30歳を超えた今になって改めて聴くと、極端な考えや偏った思想の持ち主を肯定できてしま

危うさを感じる。

なまじ歴史修正主義やらニセ医学擬似科学の論争を長いことウォッチしてしまっただけに

なお更そう感じてしまう。

悲しいね

2017-09-12

anond:20170912113238

この年でっていうか、年取ると偏屈になるんだよ。性格が変わるというか、先鋭化される。年とって丸くなるなんて医学的に間違ってる話。

俺両親の祖父母と仲良かったか老人会の集まりとか出てたり、複数老人ホームによく行ってたんだけど、それを知って納得したよ。同時に右寄りになる傾向もある気がするなあ。

裕福な人が入ってるタイプ老人ホームに行くとそういう本がいっぱい置いてあったりする。

親類に教員共産党員のド左翼の人がいたんだけど、今70代のその人と久しぶりに話したらなぜか右っぽくなってた。

ネトウヨとか、右寄り若い人の言動見てると、若いのに年寄りみたいだなーって思う。本来バランスよく中庸取れるのが若さなんじゃないかと。

2017-09-09

https://anond.hatelabo.jp/20170908230300

いやいや、近親相姦障害リスク高齢出産障害リスクは違うよ。

近親相姦夭逝の報告が多数挙げられているし、虚弱って話もある。

一方の高齢出産での障害リスクってダウン症でしょう。

昔の価値観は「産めよ増やせよ」だからダウン症より人口が増えない・減るほうが悪だった。

そもそもダウン症」という認識が出てきたのは19世紀になってから遺伝認識もそう。

それ以前には存在しなかったなんてことはない。西洋ではモンゴル人の血が入っていたという認識だったらしいから、障害扱いでは無かったんじゃないか

アジア圏ではどういう扱いだったのかは知らん。


あと医学が未発達なので、そもそも高齢出産成功しなかったケースが多かったことも考えられる。

実際少し前までは、高齢出産リスクって言ったら母体負担のほうで、

障害児が〜と言われだしたのはここ数年だ。

もし近親相姦と同じように扱われるとしても、もう50年くらい先じゃないか

2017-09-08

寝られない理由

 今日は寝られない。その理由簡単で、いつも飲んでいる常用薬を飲んでいないからだ。

 その常用薬には副作用がある。眠気が出るという副作用だ。その眠気が酷いために、普通なら朝晩で飲むところを夕食後と寝る前という変則的スパンで飲むことになった。朝の薬の副作用の眠気で社会生活が送れなくなったためである

 しかしこの処方は非常に良く、夜の浅い睡眠改善されることになった。

 そして今日はこの薬を夕食後、寝る前と共に飲んでいないため、寝られないのだ。

 なぜ今日は薬を飲まなかったのか?その答えもやはり薬の副作用にある。

 この薬には、もう一つの副作用があった。むずむず脚になるという副作用である。むずむず脚と聞いて思わず笑った方もいらっしゃるのではないかと思う。しかしこれはそれなりに深刻な副作用なのだ

 むずむず脚というのは俗称であるが、医学的な根拠が全くないものでもないらしい。検索するとそれなりの数の結果が出てくる。この病気の主な特徴は以下の点だ。

・脚の不快感がひどく、じっとしていられない

・夜寝る前などに出やす

場合によっては寝ていても起きるほどの不快感が出る

 自分場合この3点全てに当てはまる。ただでさえ夜に出やすい症状なのに、夜にまとめて薬を飲んでいるため大ビンゴ、といった感じなのだ

 この不快感は大変にひどく、自分は一旦症状が出ると、呻き声をあげながら布団をのたうちまわることになる。そしてそののたうち方といったら大変うるさく、寝ている家族が起きてしまうほどだ。

 何度もこのむずむず脚で家族を起こしてしまう。家族は大変に理解があり、薬の副作用でこうした症状が出ることを十分承知の上で、こちらを責めてきたりはしない。

 しかし、翌朝になると眠そうにしている家族を見ると心が痛んだ。

 昨晩も症状が出て非常に喚きのたうち回り家族を起こしてしまった。そして今日になり、家族提案してきた。こんなに副作用が辛いのなら薬を飲むのをやめてみたらどうかと。

 その提案は、家族迷惑をかけていたのかもしれないという確信を強くした。

 なので、これ以上家族の安眠を妨害しないため、今日は薬を飲まないことにした。そして明日病院に行き、相談をする。

 家族は今、寝息をたてている。この安眠をこれ以上奪わないためにも、出来ることをしなければならない。

2017-09-06

anond:20170906075721

実験段階のあまり完全ではない情報技術はどの程度まで信用していいのでしょうか。

どこの国どんな言語で、どのような良い実験、良くない実験が行われているかわかりません。

情報科学科学技術医学

相互監視

question

question

1、情報がたくさん流れています情報がすべてです。情報管理しているのは誰でしょうか。

2、情報管理(ほかの重要技術も同様ですが)を担っているシステム管理者に、悪意がないかどうかはどうやって判断するんでしょうか。

3、悪意善意に関わらず、誰かの指示や勝手空気を読んだりして、

  無意識や本人の意志にかかわらず、危険なことをやってしまったり、ありえないデータねつ造をしてしまうことはどうやって防ぐのでしょうか。

  例えば、自分の書いたものを、パソコンモバイルが出来ない高齢者データすり替えるなど。

4、記憶情報の一つですが、被験者記憶とそれに伴う記録は、誰が消去・書き換えをしているのでしょうか。

5、被験者とは誰ですか。

answer

1、人間AI(=AI制作した人間)とは誰だ。複数

2、人間AIを見張る人。相互監視。上位存在集合知

3、人間AIを見張る人。相互監視。上位存在集合知

4、システム管理者AI。上位存在

5、よくわかりませんが、この世界情報による脳の錯覚によるものならば、おそらくシステム管理者自身被験者です。

   もちろんAIも。→question3に戻る。


自分の不満を晴らしたい際には手段は選ぶべき。人を傷つけないような手段を。今は諦めても時期を経れば状況も取れる手段も色々変わります

実験段階のあまり完全ではない情報技術はどの程度まで信用していいのでしょうか。

どこの国どんな言語で、どのような良い実験、良くない実験が行われているかわかりません。

情報科学科学技術医学



杞憂荒唐無稽、か。


誰かこの増田批判批評すればいいのに。

2017-09-05

座禅瞑想

仏教というのは釈迦思想勝手に発展させたものであり、ずいぶん偽書もあり、それが正統に受け継がれていたりするが、これはインド人の大雑把さなのであろう。

釈迦のもの荒行否定しているのは確かであり、これはだいたい枉げられずに受け継がれている。身体的な苦痛が激しい命懸けの荒行をする人間もいることはいるが、これはかなりの少数派である

ほとんどは、快楽を減らすことで苦痛を減らすという発想を基本としている。欲しいものが手に入らなければ苦痛であるから、何も欲しがらなければいいのである。もしくは、苦しい苦しいと悪あがきするから苦しくなるのであり、平然としていれば、苦しくないこともある。

仏教でなくても、困難を前にして周章狼狽するのはみっともない。難局だからこそ、平然としていた方が、人間として好ましい。

痩せ我慢と言われるだろうが、腹を括ってこそ、この人間を縛り付ける痛みを超越できることもある。泰然自若としているのが望ましいというのは、おそらく仏教とはまた別に人類普遍の発想でもある。

泣きたいときは泣けばいいという人もいるが、世の中はそれほど優しくないし、歴史的偉人の末路を記録するときでも、気が動転して泣きわめく文弱な芸術家の素顔を書くこともあるが、大人物として描きたいときは、うろたえることなく無表情で腹を切るような様子を描くわけである

禅というと臨済宗の方が有名であろうが、わたし道元曹洞宗)が好きなので、そちらに重きをおいて書くが、坐禅はただ座ることが大事なのである

道元禅問答批判しているわけではないが、あまり重視していない。只管打坐、ただひたすら座る、それだけである

寸陰を惜しんで生きている現代人には時間無駄に思えるかもしれないが、挙動おかしパソコン再起動したほうがいい。

なぜ仏教坐禅をするのかというのも、いろいろ理由はあるだろうが、快楽苦痛がわれわれをお誂え向きの弱者に仕立て上げようとする中で、ただ座っているだけというのが人生への気高い姿勢なのである

坐禅は目を開いた状態、もしくは半眼で行うが、どちらにせよ瞼は閉じない。これは布団でゴロゴロしている朦朧とした状態とは対極である

目を開いて、明晰な意識身体静止することが肝要であると思うし、座り方はさほど重要でないだろう。正式な結跏趺坐でなくても、半跏坐で充分と道元禅師は述べられている。身体静止が何よりも肝心であり、座ったほうがその境地に至りやすい、という程度の気がする。

達磨大師のように九年間面壁坐禅とか、そこまでする必要はあるまい。

われわれは生まれから死ぬまで悪魔に誘惑され、唆され、使嗾される。心が揺さぶられるからこそ、いわば耐震構造の強度を上げるため、身体を止めておかなければならない。

泰然自若としたポーズを身につければ、内面制御できる。

中枢神経に直接触って治すわけにはいかないので、身体の動きをとめることで、自分コントロールするしかない。

ロボトミー手術みたいに、脳にノミを打ち込む方法は今の医学では効果が見込めないので、身体を静止させることで脳を落ち着かせるのである

多動性こそが馬鹿の特徴であるという発達障害の考えは的確だが、リタリン服用への是非はともかく、身体が止まっていることが何よりも肝要であり、道元禅師には及ばないにせよ、その境地をお手本にするべきであるように思う。

2017-09-04

何も手につかない

とりあえず今週の週刊医学新聞でも読むか

2017-09-03

https://anond.hatelabo.jp/20170903190509

そりゃ、とあるキチガイ集団が、規制対象しろって社会運動たからだよ。

https://ja.wikipedia.org/wiki/精神障害者家族会

大阪府精神障害者家族連合会(大家連)は家族は萎縮し、患者にショックを与える等の医学的な根拠理由に初めて抗議したのをきっかけに、テレビラジオを一日中モニターする体制を整え、NHK民放を問わず大阪の各放送局に対し繰り返し抗議するなど、激しい行動を行った。その結果、例えば毎日放送では謝罪し、8月にはスタジオに「きちがいというコトバは禁句」の掲示板を常設することになった。

きちがい』って、何で規制対象単語なのだろう?

話題になってるけど、それの擁護とか、逆に攻めるとか、そういうのじゃなくって、単純な疑問で。

障がい者の『害』の字の話のようなのは何となく分かるのだけれど、『気』『違い』だから単語単位だと悪い意味じゃないと思うんだよな。

軽くググった範囲で、知恵袋で『昔は精神障害の一部の言動症状を示す』その後に『差別的意味で使われるようになり』というのは見つけたんだけど、それ※ についての一次に近い資料が見つからんかった。

 ※「きちがひ(幾知可比)」の初出ではなく、近年に精神病に関連して使われ、差別的意味として変化していった経緯のほうね

・追記

書いた後に気付いたのだけれど、はてなキーワード規制対象になった経緯が書いてあった。灯台下暗し

http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%AD%A5%C1%A5%AC%A5%A4?kid=44445#p2

ただ、これの

「これらのコトバによって、治療が停滞し、家族は萎縮し、

 回復期にある患者にショックを与え、ひいては異常な状態を起こす一因

 ともなりかねないという事実医学的に存在する……」

の『医学的に存在する』っていうのは、どこ出典やねん…と、結局は同じような疑問点が残るけれど。

2017-08-31

病院の本

昨日病院行って来た。診察室には難しそうな英語医学書とか棚にズラッとあったんだけど、図書館の分類シール貼ってあった。病院なんだから地域図書館から借りっぱなしとかないだろうし何なんだったんだろう。

図書館の捨てる事になった本をもらったとか?

大学だと研究室の経費で買った本は研究室に置いていいけど学内の誰かが貸出希望したら図書館に持ってく見たいなルールあったけどそれのお医者さんバージョン

きになる。

https://anond.hatelabo.jp/20170831071458

先に謝っとくと、話逸れてごめん。

標準医学だって、同じ病気でも進行度合いとか背景事情とかをそろえたりは出来るだけして比較してると思うので、証の違いは漢方エビデンス出せない理由にはならないのでは、と毎回思う。

それこそ証をある程度揃えて実験すりゃいいだけじゃない? ただ、その証の判定があんまり客観的数字とかで表せないから、あやふやになるというのはあるのかもしれないけど。

でも例えば痛みが改善たか評価なんてすごく主観的ものでも、標準医療側はスコア化したりして工夫してるんだから(そのやり方が完璧だとは全く思わないが)、漢方も頑張ろうよ。

対照だって、完全に無治療にする必要ないじゃない。癌の治療成績の比較とか、まさか治療群を対照に取ってると思ってるの?

標準医療との併用 vs 漢方だけ、とか、漢方Aと漢方Bの組み合わせ vs 漢方Aだけ、とかあるでしょ。

俺は漢方だって効果はあるだろうと思うし、証だって何らかの事象を反映してるかも知れないと思う。漢方インチキだなんて思ってない。

からこそ、ちゃんと証明して見せてよと思ってる。

曖昧で複雑なことを、色々情報抜け落ちて不完全になるのを承知の上でそれでも何とかして比較して発見を得よう、という気概が君たち足りないよ。

2017-08-30

https://anond.hatelabo.jp/20170830212324

医学論文って、ガチ大金使って二重盲検とかするの以外は全部主張者のバイアスかかるからなぁ。

似非科学を笑うが似非科学を笑えないのが多い。

ただの健康食品レベルだったらそもそも二重盲検かける金がないし、批判者も疑ってかかって二重盲検どころか疑い側でバイアスかかっててもうカオス

座禅

仏教というのは釈迦思想勝手に発展させたものであり、ずいぶん偽書もあり、それが正統に受け継がれていたりするが、これはインド人の大雑把さなのであろう。

釈迦のもの荒行否定しているのは確かであり、これはだいたい枉げられずに受け継がれている。身体的な苦痛が激しい命懸けの荒行をする人間もいることはいるが、これはかなりの少数派である

ほとんどは、快楽を減らすことで苦痛を減らすという発想を基本としている。欲しいものが手に入らなければ苦痛であるから、何も欲しがらなければいいのである。もしくは、苦しい苦しいと悪あがきするから苦しくなるのであり、平然としていれば、苦しくないこともある。

仏教でなくても、困難を前にして周章狼狽するのはみっともない。難局だからこそ、平然としていた方が、人間として好ましい。

痩せ我慢と言われるだろうが、腹を括ってこそ、この人間を縛り付ける痛みを超越できることもある。泰然自若としているのが望ましいというのは、おそらく仏教とはまた別に人類普遍の発想でもある。

泣きたいときは泣けばいいという人もいるが、世の中はそれほど優しくないし、歴史的偉人の末路を記録するときでも、気が動転して泣きわめく文弱な芸術家の素顔を書くこともあるが、大人物として描きたいときは、うろたえることなく無表情で腹を切るような様子を描くわけである

禅というと臨済宗の方が有名であろうが、わたし道元曹洞宗)が好きなので、そちらに重きをおいて書くが、坐禅はただ座ることが大事なのである

道元禅問答批判しているわけではないが、あまり重視していない。只管打坐、ただひたすら座る、それだけである

寸陰を惜しんで生きている現代人には時間無駄に思えるかもしれないが、挙動おかしパソコン再起動したほうがいい。

なぜ仏教坐禅をするのかというのも、いろいろ理由はあるだろうが、快楽苦痛がわれわれをお誂え向きの弱者に仕立て上げようとする中で、ただ座っているだけというのが人生への気高い姿勢なのである

坐禅は目を開いた状態、もしくは半眼で行うが、どちらにせよ瞼は閉じない。これは布団でゴロゴロしている朦朧とした状態とは対極である

目を開いて、明晰な意識身体静止することが肝要であると思うし、座り方はさほど重要でないだろう。正式な結跏趺坐でなくても、半跏坐で充分と道元禅師は述べられている。身体静止が何よりも肝心であり、座ったほうがその境地に至りやすい、という程度の気がする。

達磨大師のように九年間面壁坐禅とか、そこまでする必要はあるまい。

われわれは生まれから死ぬまで悪魔に誘惑され、唆され、使嗾される。心が揺さぶられるからこそ、いわば耐震構造の強度を上げるため、身体を止めておかなければならない。

泰然自若としたポーズを身につければ、内面制御できる。

中枢神経に直接触って治すわけにはいかないので、身体の動きをとめることで、自分コントロールするしかない。

ロボトミー手術みたいに、脳にノミを打ち込む方法は今の医学では効果が見込めないので、身体を静止させることで脳を落ち着かせるのである

多動性こそが馬鹿の特徴であるという発達障害の考えは的確だが、リタリン服用への是非はともかく、身体が止まっていることが何よりも肝要であり、道元禅師には及ばないにせよ、その境地をお手本にするべきであるように思う。

2017-08-27

https://anond.hatelabo.jp/20170827113325

医学的にもポリコレ的にも、精神疾患の人を自己責任努力不足として叩くのがタブーなのは承知だが、こういう述懐を見ると、

苦行(運動では不十分)瞑想野菜睡眠をして人格改造に取組むべきではと、xevraおじさんのようなことをつい思ってしま

2017-08-26

知恵袋の鬱カテゴリ

気持ち的に少し辛いところがあって、自分と同じような人がいないかと思って行き着いたんだけど。

なんというかひどい有様だなぁと。

 個人個人で大きく考えが違うものっていうのは理解してる。

医学界がどう言っているかはともかくとして、個人レベルで「鬱は甘え」と「鬱は病気」という考えの人間がいるのもわかってる。

 それでもちょっと厳しすぎるというか。

あん鬱病親族でも殺されたのか」ってくらい語気の強い人とか、強く責め立てる人が多くてなんだかなぁと。

 

 

https://anond.hatelabo.jp/20170826012853

アダルトチルドレン医学用語じゃないし検査して判明するものでもないか関係ないと思うよ。ヘモグロビンの値でも見間違えたのでは

2017-08-21

オタク臭いのは普段から汗をかいてないから」

こういう珍説出てくるの、怪しい民間療法と変わんないから、そろそろちゃんとした医学的な定説出してくんないかな。

たぶん、ニオイは非オタも変わんなくて、人混みによるストレス性の発汗、とかなんだろうけど。

2017-08-18

医学的な意味の「知的障害者」は自分を騙して誤摩化す詭弁など捻り出せない。

議論ルールを混ぜっ返すような詭弁家はただ根性がネジ曲がってるだけ。

2017-08-12

https://anond.hatelabo.jp/20170812174225

子供のころ、ちょっとした症状で「家庭の医学」を調べると、重病ばっかり羅列されてて恐怖したことを思い出したわ

まあ家庭の医学サプリメントとか売りつけてこないだけマシだけど

日常用途には使えないという点ではネット書籍も似たような面があるよなと

自動車の車内で年間約1300人も運転手及び同乗者が死亡している事実と、自動運転等の今後について等

自動車事故といえば他害のことばかりに注意が向いてしまいがちですが、自動車の車内でさえ年間約1300人も自動車運転手及び同乗者が死亡している現実がありますし、そちらのほうへの意識社会的に高めていって良い気がしますね。

ちなみに、交通刑務所懲役囚人のほぼ全員は自動車運転手です。凶悪交通犯罪者として実名や顔が全国に報道されることも。そしてネットにはその記録がずっと残る。

そして、こちらのサイトによると以外にも自転車自動車よりも事故率も死亡率も低いのだそうです。

http://bike-lineage.jpn.org/etc/bike-trivia/gentuki.html

また、イギリスの名門大学グラスゴー医学研究によると、自転車通勤者層は、自動車バス電車、徒歩通勤の者よりも健康寿命が長く、実際に長生きする傾向にあるようです。これは事故はもちろん、癌や合併症などの疾病での死についても計算に入れている、とのこと。

なのでイギリス首都ロンドンでは自動車から通行課税徴収して自動車の乱用を減らし、自転車への乗り換えを進めるべく、自転車専用道ネットワーク整備を進めているほどであり、ノルウェー首都オスロは更に徹底していて自家用自動車マイカー公道走行違法化を決定済だそうです。そしてロンドンと同じく自転車専用道ネットワーク整備を進める計画推進も決定済。

統計を見ても自動車を減らして自転車への乗り換えを進めれば進めるほど渋滞公害事故も不健康も減りますから自動車への執着という点さえ無視すれば、交通施策として、また健康向上の施策としても合理的と言えましょう。

ちなみに、私は自動車自動運転化に賛成です。加害リスク被害リスク共に大きく低下させることができるのですから

そして、自動運転特別もの、という認識は、エレベーターエスカレーターの例を見れば、間違いだと気付くことができます、というテスラCEO(だったと思います)の話には目からうろこでした。

人々は、エスカレーターエレベーターを使うように、自動運転自動車を利用するようになる、というような話もあります

考えてみれば、完全自動運転ともなればドライバーは一切関与しない(又は、できない)わけで、その状況においてトラブルが起きてもドライバー責任が問われるのはおかしい、となる。またそもそもからして、そこにはもはや"ドライバー"という概念ではなく、単なる"乗員"というふうになりますから、まさにエレベーターエスカレーターを利用するような、自動運転自動車は、そういうものに準ずるもの、という意識に変わっていくように思えます

何にせよ今後が楽しみです。

自動運転までのつなぎとして、自動ブレーキ搭載義務化や、ドライブレコーダー義務化、移動式オービス配備増強など事故を減らす為の施策は多数あるわけですから、何よりも大切な人命を守る為にもそれらを積極的に進めていきたいですね。

2017-08-09

精神科医はなぜ低所得患者スルーするのか

金がないのが主な原因なのにそう言わないのは意識改革すれば金がなくても精神健康になるとか医学書に書いてあるんかな。燃やせばいいのに。

2017-08-05

[] #32-3「数奇なる英雄 リダイア」

期限当日。

俺たちの成果を、他のグループの前で発表する日ということだ。

他のグループの発表はというと、自分たちの住む町の歴史だとか……まあ何も言うことはない。

みんな課題をこなすことに必死だったし、他人成果物に目を向ける心の余裕はなかったんだ。

そして、長いような短かったような時を彷徨い、いよいよ俺たちグループの番がきたのだった。

英雄リダイアはこの町で生まれ育ったことは周知の通りです。リダイアは当時としては画期的建築技術発明し、この町の発展を大いに助けたとされます。ですが、これはあくまで彼の英雄たる理由の一つでしかありません」

まずはリダイアに関する大まかな説明から始める。

このあたりはエビデンスがとれていることもあり、滞りなく進んだ。

問題はここからだ。

「次に彼はアマゾンとある集落にて、住人たちと槍を取り、侵略者から守ったという記録が残されています

アマゾンといえば、アマゾネスしかし、そこでリダイアはこれといった人間関係トラブルがなかったことが、記述内容から判断できます。つまりリダイアは実は女性だったのではと推測できます

聞いていた他のグループがざわつきだす。

一応の辻褄は合うものの、はっきり言ってとんでもない説だからだ。

念のため言っておくが、これは俺ではなくメンバーの一人であるタイナイが提唱したものだ。

それっぽくこじつけはいものの、タイナイが最近読んでいた漫画の影響をモロに受けていることは俺からみれば明らかであった。

さて、これが一つ目の策だ。

タイナイ、カジマ、ウサクでそれぞれ持ちよった説を全て統合して、後は無理やり辻褄を合わせてやろうというものだった。

当然そんなことをすれば、いずれ綻びが生じる。

そこで俺はとある説を用意しておくのだが……まあ直に分かる。


「戦乱の世が平定。落ち着きを取り戻し始めたころ、リダイアは医者を志します。今度は人を救う存在になりたい、と考えたのかもしれません。それから彼は西の島にて、医者として多くの命を助けました。汎用性の高い薬を発明したのも、この当時であると考えられます

医学進歩しだしたころ、リダイアは芸術の分野で多彩な活躍します。我らの町では建築技術、別の地方では絵画といった具合に」

その後も俺たちは、纏めた内容を淡々説明していく。

周りのざわついた音は徐々に大きくなっていたが、意に介さなかった。

「そのように八面六臂の活躍をしていく内、またも世は戦乱の気配を漂わせていました。そこでリダイアは、再びその身を戦火の中へと投じていくのです」

説明も終盤にさしかかったとき、とうとう俺たちが予想していた言葉を一人のクラスメートが発した。

ちょっと待ってくれ、さっきから色々と語っているが滅茶苦茶じゃないか現実的じゃない」

当然の疑問だ。

そこで、俺たちは二つ目の策……いや、説を提唱することにした。

「仰るとおり。いくらリダイアが人並み外れた力の持ち主と定義したとしても、このとき既に64歳。現役を退いている上、当時の平均寿命を越えている。仮に生きていたとしても、物理的に有り得ない」

「我々はリダイアの活躍が書かれた文献をしらみつぶしに調べました。長生きの一言で済ますには、些か無理がある活躍の記録があることが分かりました」

「文献のいくつかは彼を英雄視する人々が作り上げた、偶像物語だと考えることもできます。ですが、それを踏まえてなお整合性のとれない話も多々あったのです」

「そこで、ある説が浮上します。リダイアというのは個人ではなく、各時代、あらゆる場所複数いた、名もなき英雄俗称ではないかと」

ざわついていた空間が、今度は静寂に包まれていた。

これこそが、俺の考えた方法……いや、説だ。

「あらゆる時代、あらゆる場所活躍する英雄が多くいました。リダイアが様々な方面で才能を発揮したとされるのも、そもそも別人だと考えれば自然です」

「なぜ、それらがリダイアとされたかは、彼らに関する詳しい文献が個別存在しない、つまり名もなき英雄だったことに他なりません。そこで当時の人々は、ある種の英雄理想像としてリダイアを作り上げ、そこに実在する英雄投影させました」

「時には自称し、時には伝聞によって。事実真実伝承入り混じり、『リダイア』という英雄集合体が形作られたわけです」

はっきり言って、この説はあまり自信のあるものではなかった。

一応の整合性こそ取れるものの、その実は文献の真偽を分別することを放棄した、苦肉の策だったからだ。

些か理屈に無理があることは承知の上だった。

それでも課題未完成にして出すよりは、それを完成品にするために帳尻を合わせるほうがマシだと考えたのだ。

(#32-4へ続く)
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