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2017-12-14

チープカシオ

なにが悪かったんでしょうか

言葉足らずでプライドばかり高い僕達の

コミュニケーション不全ゆえのすれ違い

そう思っているのは僕だけかもね


誕生日に突然の別れ話

ポケットに忍ばせていたプレゼント

いまでも僕の家にあるよ


中古屋に売るほどドライではなく

捨ててしまえるほど潔くなく


そんなダサい僕を僕は知らなかったよ

せめてもの抵抗と二つ返事で別れを受け入れた僕

いさぎよく執着しない

そんな僕を振る舞っていまだに僕は君を思い出すよ

夢に出てくる君はいつも優しいね


はいま何をしているのでしょうか

頭がいいのに口下手で臆病な君の

別れを選んだあの日

乏しい想像力で君の姿を思い描くよ


君は立派な仕事をしているんだろう

あのとき渡せなかった時計が似合わないスーツを着て

隣にはきっと素敵な恋人がいるんだろうね


思い出だけにすがりついて

行動しない僕とは大違いだなんて

思うだけで反吐がでるよ


君の幸せを願うほどいい人ではなく

君の不幸を願うほどの恨みはない


そんなダサい僕を僕は知らなかったよ

せめてもの抵抗と二つ返事で別れを受け入れた僕

いさぎよく執着しない

そんな僕を振る舞っていまだに僕は君を思い出すよ

夢に出てくる君はいつも優しいね

2017-12-13

「天下三分の計」をあの日清がネタにしてないだとおおおおおお

はい、これでもう日清は天下三分の計ネタを使えなくなった。

東洋水産ガンバレ

ネバーランドに住めなかった。

この数年ずっとずっとずっとあの四人が大好きだった。

だけど今年一年、どうして?と思うことが多すぎた。

過去軽率がどうして許されるの?

どうしてコンサート前につまんない炎上をするの?

いつまでそのイジるトークをするの?

毎回毎回泣かないでよ。泣くなよ。泣くようなことしないでよ。

やりたいこと、できること、してきたことの釣り合いがとれてないんだよ。

から泣くことになるんだよ。

笑ってる姿が見たくてコンサートに行くのに、毎回毎回毎回、泣くのはずるい。

どうして気が付かないの。本当に気が付いてないの?

私はどうしてもあの日東京ドームで感じた空虚無視しきれない。

アイドルアイドルであることに軸足を置いてくれないと、成り立たないんだよ。

アイドルなんだよ。

アイドルでいさせてくれてありがとうって言ってたじゃん。

天狗になれるほどの地盤はないんだよ。私は抜けていったあの2人が苦手だけど、特にPのほうは嫌いだけど、世間はPのほうが好きなんだよ。

Pに勝てよ。勝ってよ。アイドル力で勝ってよ。

私はあの4人が好きだよ。Pより、歌だってうまいよ。演技だって真面目にやってる。教養もある。センスがすごい。好きだよ。大好きだよ。

から、勝ってよ。

私はずっとずっとずっとその瞬間が見たかったんだよ。

どうしてまっすぐ戦ってくれないの。

アイドルの主戦場は、「アイドルであることそのものなんじゃないの。

個々の技能を伸ばすことと、真面目にアイドルに向き合わないことは別だよ。

アイドルからキャスターができます

アイドルから小説家きっかけを得ました、書き続けます

アイドルなのにこんなにバラティーがんばれます

アイドルしからぬセンス世界観表現します。

いいよ。それはそれでいいよ。わかるよ。

でもいま、それってファンの方を見てる?見てくれてる?

少しずつ努力して、少しずつやりたいことやって、やりたいことができるようになってきて、そうして得た技能に溺れてない?

アーティスティックに溺れられるほどの技能はまだないことに気が付いてよ。

アイドル」だからさせてもらえてるんだってこと、忘れてない?

FNS歌謡祭が苦しすぎて見ていられなかったのは私だけ?

王道を真に外れられるのは王道をやりきった人だけだよ。

まっすぐ歌ってるところが好きだった。

雨のなか踊ってる姿に胸をうたれた。

アイドルとして戦うんだって言ってるみたいでかっこよかった。

私は歌って踊る白い王子様になろうとしてる四人を、なりたがっている四人を愛していたのかもしれないな。

でも現状で、ただ「歌って踊るアイドル」を馬鹿にしてるのは、今のあなたたちなんじゃないの。


文句を言いたくなったときが離れ時だって、なんか少し前にリツイートいっぱい回ってたな。

から私は離れないといけないんだろうな。

応援して追いかけていた間、楽しかったな。美しい恋みたいだったな。

美しい恋だと思えるうちに離れないといけないんだろうな。

この、ごめんなさい、みたいな気持ちはなんなんだろう。これが担降りなのかな。

夢から醒めてしまった。醒めたくなんてなかった。

私はネバーランドに住めなかった。

2017-12-12

anond:20171212043903

自分が女で田舎から外に出た人間なので共感しました。地元に残らないことを責められたあの日自分おかしいのかと悩んだけれど、そんなことはなかったのだなって進学してから思いました。

2017-12-10

アラサーになって思う、良い人は大抵もう結婚してるって本当なんだね!

早い早い!結婚してなくてもずっと付き合ってきた彼女同棲してるとか、仕事やめて遠距離彼氏に会いに行くとか。友人、同僚としての付き合いの中でも、まともな感性を持っている人ってみんな相手がいる!すごい!やっぱり学生のうちになんとかしておかないとダメだったのか?

学生時代恋人とは就職してすぐ別れて、それ以降で寄って来たのは職場新人の女が入るたび好きになったと言ってるような男くらいのものだ。むしろ来ないでほしかった。ろくでもねえなマジで。お前社内で「誰でも好きな男」として噂になってるぞ。

部署の後輩二人には立て続けに恋人ができたと噂を聞いた。合コンでほんとに恋人できるんだなすげーな!コミュ力かよ!むかついたのでより新人の方をつかまえて先日の飲み会二次会で先輩風を吹かせながらアドバイスしてきた。いや、ごめん、あの日は酔っ払ってたので一応反省している。でも見せてもらった彼女写真がかわいかったのでむかついたことは撤回しない。

そう、言い訳をさせてもらうなら、その飲み会の一次会のほうでうっかりもう一人の後輩のほうと彼氏の間に座ってしまったのでグレていたんだ。いや知らんわ!知らんけど席取り完全にミスたことにはすぐ気づいたぞ。あからさまに私達付き合ってますオーラ出しながら会話すんなや!隣のグループの会話に加わってるふりしつつ心が真顔だった。察してからの酒の抜け方がすごい。アルコール様の力でもっと思考を鈍らせてほしかった。

そういう飲み会が週末にあったわけです。もうね、周りに既婚者と秒読み者しかいない環境若い後輩たちは幸せハッピーだし寄ってくる男はろくでもねえしでどうすりゃええんじゃって状態なわけよ。

どうすりゃええんじゃ!

福島産が安全でない理由

話は簡単。実害があるから

放射性物質を含む食材消化器官内に入ると、長期に渡って内部被曝する。結果、がんになる確率が高くなる。

ずっと安全という言葉懐疑的だった。しかし先日、関東某所に住む知人が病気罹患した。一度も地元から離れた事はなかった。私は関東でも比較的西の神奈川へと住処を移した。食べ物にも気を配った。そうしてあれから数年が過ぎた結果がこれだ。

結局、放射能汚染による被曝は免れなかったのだ。許容値を高く設定して、とにかく売らなければ経済が回らなかった。原子力から新たな自然エネルギーへの転換は行われなかった。国民馬鹿だった為だ。知人は放射能汚染所為だとは微塵も思っていないかも知れない。しかし、その報告は正に寝耳に水、青天の霹靂だった。私は絶対福島産は購入しない。あの日原子力発電所周囲の全てが汚染され、日本は変わったのだ。

中国人にお詫びをした話

当時ぼくが働いていた企業には上海支社があり、現地で登用した中国人支社長と、彼が雇用した10人程度の中国人IT技術者が、日本本社の開発を手伝ってくれていた。

 

入社三年目の下っ端だったぼくは、新サービスをイチから彼らに任せるため上海に赴き、一週間ほど滞在して企画説明を行った。

 

ぼくの説明支離滅裂で、下手くそだった。

現場は混乱し、日本との調整でぼくは板挟みになった。

ぼくは鬱っぽくなり、帰国後は会社を数週間休んだ。

 

鬱も晴れて会社に戻ると、それまでの間に上海支社でハイスピード人員整理が行われ、ぼくの説明理解できなかった3人のIT技術者が解雇されていた。

ぼくは中国支社長に連絡を取り「なぜ解雇したのですか。」と聞いた。

中国人支社長の返事は「あなた説明理解できなかった従業員不要で、代わりはいくらでもいる。求人には20名以上が応募しており問題ない。」とのことだった。

ぼくの知らないうちに、ぼくのせいで、人が仕事を失った。そこに責任を感じたが、何もできなかった。

しかしながら、この失敗がきっかけで、会社でのポジションは徐々に悪くなっていった。

 

なんとなく3年ほどしがみついたが、結局その会社を去った。

転職はうまくいったが、ぼくのせいで解雇された3人の技術者のことはずっと忘れられないでいた。

 

さらに3年経ち、偶然、都内携帯ショップで、解雇された技術者の1人と再会した。

普通に店員として働いているようだが、いや、まさか? と思い、本人確認書類提示すると

「ワタシ、アナタ名前を見たことがありますね。」

 

互いに同じ会社に属していたことを確認した。

そしてぼくは、当時の非礼を詫びた。

すると

あの日にワタシは解雇されていないだったら、ワタシは日本に来るチャンス無いでした。アナタ解雇されたを知っている。あの会社だめだめね。ははは。」

そう言いながら、慣れた手つきで機種変更を終えた。

「ワタシの代わりは中国いくらでもいます。だから日本に来た。」

 

連絡先を交換したものの、それから一度も連絡を取れていない。

ぼくは未だ何も変わっていない。

2017-12-09

「おまえがストロングゼロを知らなくても、ストロングゼロ

そのとき、コウスケのiPhone7が鳴った。俺も一緒に買いについていったから覚えている。そのときはなぜだか頭の奥では一瞬冷静になってそんなことを考えていた。考えていたというか、自分をどこか観察していたというか。コウスケは画面を見るなり、電話に出ながら部屋の奥へと戻っていった。これは今でもふと思うけれど、俺はそこでそうすべきじゃなかったのかもしれない。けれども俺が選んだ行動は、コウスケの後ろ姿を眺めドアが閉まるのに任せたあと、自宅へ戻ることだった。その日以降コウスケから連絡がくることはなかった、俺もこちからとることはしなかった。気づいた頃にはもう遅かった。正確には、その日から俺はコウスケの姿すら見ていない。大家によると、あの日の翌日には空っぽになっていたそうだ。

***

イズミと会ったのは、高1になってすぐの頃だった。といっても最初はすれ違った程度だけど。初めて話したのは高2になってからだった。タクヤイズミが話してて、俺は偶然通りかかったついでにタクヤに話しかけた。もちろんイズミが気になってたからなんだけど。そしたらイズミが「ねえ、君、イトウくんでしょ」って言ってきた。イズミは初めから適当だった。俺の名前イトウじゃなかった。けれどもそのときは、俺もノリで「おう」と応えた。その日から俺はイトウくんと呼ばれるようになった。イズミが俺の本当の名前を本当は知ってたのか、知らなかったのかは今でも知らない。他称イトウの恋は8月の大爆発と一緒にどこか遠くへ行ってしまった。タクヤが泣いていたのを思い出す。思えばその頃から歯車は狂い始めていたんだろう。あのとき俺がイズミを誘わなければ。

https://anond.hatelabo.jp/20171208141640

2017-12-08

約束オナニー

「やだい!手術なんか受けないんだい!」

独特の消毒臭に混じって大きな金切り声が白い廊下に響いた。ここが病院であることを忘れるほどの元気な声、わたしは深くため息をついた。8歳になる我が息子は生まれつきの難病を抱えている。治療法もなく、担当医曰く10歳まで生きられれば奇跡らしい。それ以上延命できた例がないそうだ。助かる助からない以前の問題だ。

病気なんだからさないとダメよ、お外で遊べなくなるんだから

手術をしてもいくばくかの延命しかならない。儚い命をいくら繋ぎ止めるだけの手術。それだけのために息子の体にメスを入れ痛みを与えることになる。本心ではそんなことしないで欲しい、そう思ったが少しでも長生きして欲しいという思いもあった。

少しでもこの子笑顔を見ていたい。元気に叫ぶ姿を見ていたい。できることなら外を走り回る姿だって見たい、そう思った。もう、手術をしてもらうことしか選択肢はなかった。しかし、息子にとって手術は恐ろしいものらしく、頑としてこれを受け入れなかった。

「僕ね、病気じゃないよ。元気だよ。お外でも遊べるよ」

屈託のない笑顔でそう言う息子は元気そのもので、本当に病気じゃないかもしれない、そう思えるほどだった。けれども病魔は着実に息子の体を蝕んでいる。そう思えば思うほど涙を堪えることしかできなかった。それしかできない自分を心の底から情けないと思った。

この笑顔をいつまで見ることができるのだろうか。

苦痛に歪み、そのまま消えてしまうであろうこの笑顔、私には守ることのできないこの笑顔、正直言って私は迷っていた。このまま何もせず、ただ息子の笑顔が消えていくのをジッと待つべきか、それとも成功率が低く、成功したとしても気休め程度の延命しかならない手術を、そんな無意味ともいえる手術を息子に受けさせるべきなのか。どちらが親として正しい選択なのか……。いくら考えても答えが出なかった。

「やあやあ、俊夫君、体調はどうかな?」

主治医看護師を伴い、満面の笑みで病室に入ってきた。息子の余命が幾許もないこと、手術は困難を極めること、成功しても気休め程度にしかならないこと、それらを私に告げた時の深刻な表情がまるで幻であったかのような快活な笑顔だった。

「どうかな? 俊夫君。手術を受ける気になったかな?」

医師は俊夫の顔を覗き込んだ。すぐに俊夫が顔をそむける。

「手術なんて受けないよ! だって怖いもん。痛いのだって嫌だよ。手術を受けても受けなくても僕、死んじゃうんでしょ、知ってるよ。それなら受けない方がいい」

なんてことだろう。息子は自分の命が残り少ないことも、成功率が低いことも全て知っていた。もう先が長くないことを知りつつも、私たちを悲しませないよう精一杯の笑顔で振舞っていたのだ。息子の前では泣かないと決めていたのに大粒の涙が零れ落ちた。

辛いのは私たち夫婦だけじゃなかった。息子だってそれ以上に辛かったのだ。こんないい子を死なせてはいけない。こんないい子を失いたくない。もうどしたらいいのか分からなくなっていた。

病室に静寂が訪れた。その空気を破るかのように医師が切り出す。

今日はね、俊夫君に会わせたい人がいるんだ。俊夫君も良く知ってる人だよ」

医師はそう言うと、ドアを開けるよう看護師に促した。

ドアを開けると廊下の窓から漏れる西日が病室に入り込んできた。その眩い光を遮るかのように大きな人影が躍り出る。

「やあ、俊夫君、元気かな」

大柄の男性はそう言った。逆光で姿が見えなくとも優しい表情をしているであろう柔らかな声だった。

眩しさに目を細めていた俊夫がまじまじと影を見る。次第に顔が見えたのか目を見開いて驚きだした。

「すげー! スペルマズの松井選手だ!」

そこには、息子が大ファンプロオナニー選手スペルマズの松井選手が立っていた。ブラウン管越しに見るのとは違い、体も大きく、なにより漂うプロオナニー選手独特のイカ臭匂いが印象的な人だった。

「実は私、松井選手後援会会長をしてましてね、俊夫君が大ファンだということを伝えたら是非会ってみたいと言われたんですよ」

医師はまた笑顔を見せた。

「すげーすげー! お母さん、松井選手だよ! サインもらおうよ!」

まりの息子のはしゃぎっぷりに照れ笑いを浮かべた松井選手。息子が差し出したプロオナニーカードにも快くサインをしてくれた。サイン入りのカードを渡しながら松井選手が切り出す。ちゃんと俊夫の目線まで屈んで話してくれる姿が印象的だった。

「俊夫君、手術受けるのが怖いんだって?」

途端に俊夫の表情が曇る。

「違うのかな?」

俊夫が重い口を開く。

「うん、怖いよ……。だって体を切っちゃうんでしょ、それに成功しないって看護婦さんが言ってた。僕知ってるんだ。僕もうすぐ死んじゃうんだもん……」

また静寂が訪れた。松井選手さらに顔を近づけて言った。

「僕らプロオナニー選手はね、常に怪我との戦いなんだ。僕も俊夫君くらいの頃に酷使しすぎでペニス靭帯が裂傷してね、アメリカの有名な先生に手術してもらった。あの時は怖かったなあ」

「だよね、松井選手でも手術は怖いよね……」

俊夫が頷く。

「今でも怖いよ。ペニス爆弾を抱えてプレイしているようなものからオナニーボックスに立つたびに怖くなる。逃げ出したくなる。またあの痛みが再発するんじゃないかって」

「やっぱり……痛いのは怖いよ……」

俊夫はさらに俯く。松井選手は首を横に振りながら言った。

「でもね、それは違うんだ。痛いのは確かに怖い、手術だって怖い。でも本当に怖いのは、恐怖のあまり挑戦することを放棄する、そんな逃げ腰な自分になってしまうのが怖いんだ」

「逃げ腰な自分……!?

俊夫が顔を上げ、松井選手の顔を見つめる。

「ああ、そうだ。挑戦することを忘れ、嫌なことから逃げ出してしまう。それは確かに楽かもしれない、怖くないかもしれない。けれども、そこから一歩も進めなくなってしまうんだ。動けなくなってしまうんだ。痛みや手術なんかより僕はそっちのほうがずっと怖いな。あの時逃げなかったから今の自分があるわけだしね」

「そんなの良く分からないよ。やっぱり僕、手術するの怖いもん。一人で死んじゃうの怖いもん」

今度は俊夫が首を横に振った。

最愛の息子に「一人で死ぬのが怖い」とまで言わしめた自分の無力さを呪った。悔しかった。また大粒の涙が流れ落ちた。それに気づいたのか気づかなかったのか、松井選手こちらを一瞥した後、俊夫の両肩に手を置いてさらに続けた。

「じゃあこうしよう。今夜のナイターで僕がホームシャセイ打つことができたら俊夫君も手術を受ける。これでどうだい?」

松井選手はまっすぐ俊夫の瞳を見ていた。また俊夫は首を振った。

「無理だよ、松井選手は確かに2012年にシャセイ王のタイトルを取ったけど、最近じゃスタメンからも外れて、たまに代打で出てくる程度、今シーズンなんて一本も打ってないじゃないか。そんなの絶対に無理だよ」

「俊夫……! なんて失礼なことを!」

一歩前に出たわたし松井選手右手で制した。そして変わらず俊夫の瞳を見ながら続けた。

「無理だからこそ挑戦するんだ。僕の挑戦と君の挑戦、賭ける価値はあるんじゃないかな? それとも怖いかい?」

少しの沈黙の後、俊夫はゆっくりと首を縦に振った。

「……わかった。僕、松井選手が今夜ホームシャセイ打ったら手術を受けるよ、絶対受ける。約束するよ」

松井選手も深く頷いた。

「男と男の約束だ」

「俊夫……」

の子が手術を受ける気になってくれた。立ち止まらず、前に向かって歩く気になってくれた。

病室を出た松井選手見送り病院玄関で深々と頭を下げた。すると、松井選手は車に乗りながらこう言った。

「お母さん、プロオナニー世界では常に挑戦です。相手ピッチャーの放るエロネタがとても抜けないようなものでも必死で抜く、それでホームシャセイを狙うんです。俊夫君もそうだけど、お母さんにも挑戦する気概を忘れないで欲しい。大丈夫ですよ、今夜、僕は打ちますから

私の心を見透かされたかのようだった。成功率の低い手術に怯え、息子の笑顔を失うのを怖がっていた。ずっとずっとその場に立ち止まり、ただ漠然と病魔が進行していくのを見ていた。それじゃあダメなんだ、挑戦しなきゃいけない、俊夫だけじゃない、私だって。もう迷いはなくなっていた。

走り去る松井選手ポルシェのテールランプを見つめながら、私は何度何度も深々と頭を下げた。

その夜、特別に病室でテレビを観る事を許された。看護師がやってきていそいそとテレビのセッティングを始めていた。いよいよ、松井選手の挑戦、息子の挑戦、そして私の挑戦が始まるのだ。

試合は1-0の投手戦だった。松井選手所属するスペルマズは、今シーズン首位を独走するオナホールズの大型ルーキー投手完璧に抑え込まれていた。オナホールズの犠牲シャセイで1点が入ったのみ、スペルマズは負けていた。もちろん、松井選手スタメンから外れ、未だ出番がない。

「いやー、ちょっと今日は両投手状態が良いですね、白熱の投手戦様相を呈してきました。これはちょっとホームシャセイ打てないんじゃないかな」

解説者が白熱の投手戦にご満悦といった調子解説する。試合は9回裏、いよいよスペルマズ最後攻撃となった。

「お母さん、松井選手出てこないね

大丈夫松井選手ならきっとやってくれるわ」

そんな言葉も空しく2アウト、いよいよ最後バッターオナニーボックスに立った。もうダメだ、この投手なら抑えてしまうだろう、そして試合は終了、松井選手が出るまでもなくスペルマズは負けてしまう。

「あーっと、ボークですね、ボークです。山田投手エロネタを投げる前にチラッと見せてしまいました。見た感じフォークのような、40代熟女セミヌードですね、これは痛い、ボークです。打者は無条件に1塁まで進みます

奇跡が起こった。好投を続けていた山田投手ボーク、同点のランナー一塁へと出た。

「あー、ここで監督ますね、どうやら代打のようです。代打ですね、今ゆっくり主審にかけより代打を告げました、場内放送にご注目ください」

「6番、ライト田中に代わりまして、代打松井背番号69」

一斉に場内がどよめく。それと同時に病室でもどよめきが起こった。いつの間にか医師看護師だけでなく、他の入院患者までテレビに駆け寄り松井選手と息子の挑戦を見守っていた。

「ここで松井とは驚きですね。左投手山田に対して左曲がりの松井代打です。松井選手今シーズンはまだホームシャセイはありません。これは思い切った起用ですね。さあ、一打出れば逆転サヨナラ、注目の打席です。」

松井選手ゆっくりオナニーボックスに立つと、おもむろにズボンを脱ぎ始めた。そして血管を浮き立たせた逞しすぎる男根を誇らしげに素振りする。全盛期の松井選手独特のオナニースタイルだ。そそり立つ男根相手投手を威嚇しているかのように思えた。

「さあ、山田投手セットポジションから第一球を投げた!」

松井選手男根は空しく宙を舞った。

ストライク! 今のはスライダーですかね、女子プロレスラーヌードコラージュでしたね」

「今のはちょっと抜けないでしょう、厳しい球投げるなー」

ピンと張った糸が部屋中に縦横無尽に張り巡らされているかと思うほど緊迫した空気が病室に流れた。いつの間にか誰も声をあげなくなっていた。固唾を飲んで小さなブラウン管を見守っている。

「さあ、第二球を投げた! 空振り! ットライク!」

松井選手男根はまたも空しく虚空を切り裂いた。これでツーストライクだ。もう目を覆いたくなる気持ちだった。

解説の権藤さん、またスライダーですね。二球続けて女子プロコラ、これには松井、全く手が出ません」

スライダーが冴え渡ってますね」

「決め球は何できますかね」

「恐らく得意のカーブ、それもYAWARAちゃんのコラージュあたりでしょう」

テレビを観ていた誰もが息を呑む瞬間。いよいよ最後の球が放たれる時が来た。目を逸らしてはいけない。そう思った。わたしが逃げてる場合じゃない。

ピッチャー山田、振りかぶって第三球を投げた」

ドピュ!

「抜いた抜いた! これは大きい! グングン伸びているーーー!」

松井選手の抜いた白濁液は大きく漆黒の空に飛んでいった。まるで星空と一体化したかのように白い液滴がフワリフワリと宙を舞った。

ライトバック、必死にバック、それでも追いつかない。入ったー入ったー! ホームシャセーイ!」

「やはりYAWARAコラでしたね、それを見事に抜きました。あれはピッチャーを責められないですよ」

「渾身のYAWARAコラを抜き返した松井白濁液ライトスタンドに飛び込みました!」

「あーあ、最前列スペルマズファンがドロドロになっちゃってるな」

「いま、松井ゆっくりベースを回ります。たくましいですね、あれだけのホームシャセイの後にまだ勃起してますよ。そして今、ゆっくりホームイン! サヨナラです、サヨナラ2ランシャセイです!」

ワッと病室でも歓声が上がった。医師看護師入院患者も、まるで自分のことのように手を取り合って喜んでいた。

今日ヒーローインタビューは、見事な逆転サヨナラシャセイを打ちました松井選手です! どうでしたか最後の1球はカーブだったようですが」

そんな質問はお構いなしに、松井選手マイクを奪い、カメラに向かって呼びかけた。

「俊夫君、見たか! 約束は守ったぞ! 今度は君が約束を守る番だ!」

それをベッドの上で見ていた息子は、ふっと私のほうを見てこう言った。

「お母さん、僕、手術受けるよ、手術受けて病気を治して松井選手みたいなプロオナニー選手になるんだ!」

私はもう、涙で何も見えなかった。

「そうだね、頑張ろうね」

そう言うのが精一杯だった。

「よし、俊夫君も松井選手との約束を守ろう。そして完治したらオナニー練習だな!」

医師がそう言うと息子はニッコリと笑って

大丈夫オナニー練習ならいつもしてるよ! 看護師さんでいつも抜いてたんだから!」

ポークビッツのような男根差し出し、必死でしごいて見せたのだった。その手つきは素人とは思えず、また病人とも思えないほど逞しくて頼もしいものだった。

「こいつは頼もしいや! ははははは!」

いつまでもいつまでも、息子が喘ぐ声と共に医師看護師、そして私の笑い声が病室に響いていた。

―あれから10年、ブラウン管の向こうに我が息子の逞しい男根が映し出されている。そしてそのテレビの横には、あの日松井選手サインしてもらったプロオナニーカードに並んで、息子のプロオナニーカードが寄り添うように置かれている。

2017-12-07

萩の月作詞作曲

あるかないかで言えばない わたしの君への尊敬

あなたの瞳の輝きも あの日の小さな過ちも

すべてを捨てて 新たな明日へ 旅立つあなたに贈りたい

仙台銘菓萩の月 仙台銘菓萩の月

仙台銘菓萩の月

X:1
T:Haginotsuki
M:4/4
L:1/8
K:C
| G2  E E G G E E | A B c c G2 z2 | A B c c G G G E | D D D D G2 z2 
w:a-ru-ka na-i-ka-de i-e-ba na-i wa-ta-shi-no ki-mi-e-no so-n-ke-i-mo
| G G E E G G E E | A B c c G2 z2 | A B c c G G G E | D D D D C2 z2 
w:a-na-ta-no hi-to-mi-no ka-ga-ya-ki-mo a-no-hi-no chi-i-sa-na a-ya-ma-chi-mo
| D>D D D E F G z | D>D D D E F G z | A>B c c c>c A G | E>E D D C2 z2 
w:su-be-te-wo su-te-te a-ra-ta-na a-su-e ta-bi-da-tsu a-na-ta-ni o-ku-ri-ta-i
|[L:1/16] D2 D2 D2 C C E F G G G2 z2 | D2 D2 D2 C C E F G G G2 z2 
w:sen-dai me-i-ka ha-gi-no-tsu-ki sen-dai me-i-ka ha-gi-no-tsu-ki
|[L:1/4] A>B c c | e>d c c | A>A G>G | c3 z|
w:se n da i me _ i ka ha gi no tsu ki|

2017-12-04

[]POARO関連の好きな曲

今年はもう脱線します、毎年すぐ脱線してたきがしなくはない

順不同やで

CONTINUE SUMMER

ノリノリになれるので、夏以外でもしょっちゅう聞いてる。

あと意味からないこと書くけど、僕の中でシュタインズゲートの裏テーマソングになってて、シュタゲ外伝とかがある前にこれを聞いてテンションを上げてる。

なんでかなあと歌詞を見てて気づいたけど「そんなエンドロールなんて今すぐ巻き返してみせるから」がシュタゲっぽいのかな?

なにかの公録のときの伊福部さんパートが増えたバージョンがもっかい聞きたいなあ。

ロボットの歌

「どんな敵現れても背中を向けない正義の歌

約束を守るまで涙を見せない勇気の歌

世界を敵にしてもこの星を救う戦いの歌

この命捨てても君を守りたい愛の歌」

ここは、ワンピの麦わらの一味が仲間になる順番で歌詞を覚える。

ってのを聞いて以来、アーロンパーク編の思い出が合間って妙に泣ける曲になってる。

ただ、5回に1回ぐらい、ボールペンの歌を思い出してゲラゲラ笑ってしまう。

素晴ラシキ哉、人生

これ、あと何分の放送を録音したのを加工してるんだけど、CDになったことあるのかな。

ポアロの何かの会話で

「素晴ラシキ哉、人生って何年だっけ? あっ2001年の素晴らしきひーにー、だから2001年か」というくだりのときの、伊福部さんの歌いかたがめちゃくちゃ好き。

What a Wonderful Everyday

マイフレンドで「あわい恋の思い出が全部アニメの中にあったって大丈夫」と歌っていたポアロ

「ああ素敵な今日あの日の僕と繋がっているんだよ辛いことさえ」と歌うの、もう、そりゃもうポアロアルバム出せなくてもいいのかもなあ、と思ってしまう。

涙出る。

海鳴

曲というより、これがいい曲なんだよと語り合う回のあと何分が大好きだから

恋人はてんてんてん

なんか最近この曲に超ハマってる。

つうか、これを歌った人の中に、アイマス声優がいるってのが恐ろしい話だなあ。

ビックバンってすごかったんだなあ。

君が告白したのもレッスンの延長なのかい

「きっと君は家で12ch見てる 」なのか

「きっと君は家じゅうで2ch見てる」かと思ってた。

最後女の子の語りって浅野真澄さんなのかな? 気持ち悪い感が出しきれてない感じが逆に好き。


ずらずらロックンロール

ブログが僕の学校

この歌詞大好き、事あるごとに呟いてる

アナルアナアナ

福部さんが小野坂さんのモノマネするの何度聞いても大爆笑してしま

2017-12-02

ずっとレイプされる設定のオナニーしてたんだけど

自慰を覚えたあの日から、私はずっと好きなタイプ男性レイプされる設定で自慰していた。これには自分ドン引きして、とにかく悩んだ。私にレイプ願望はないとはっきりと言える。そんなこと言いつつされたいんでしょう、と思うかもしれないが、こればっかりは本当にない。レイプされたいか?という問は、チェーンソーで体を少しずつ切り刻まれながら、四肢をもがれ声も出せずただ苦しんで死にたいか?という問いかけと同じだ。誰だってそんなもんは当たり前に嫌である。だけど自慰世界ではレイプを望む。これは正常じゃないと思った。私は精神おかしいのだ。いったいどれほど深く、濁った心の闇が自分の中に眠ってるんだろうか?でもこんなこと誰にも、医者にも相談できない。いい加減やめようといつも思っていたけど、でもやめられなかった。

やめられなかったんだけど、つい最近やめることができた。どうして自慰ではレイプされたいと思うのかわかったからだった。ヒントは、モテない男を自虐し、二次元の嫁と三次元風俗が実は最高の組み合わせだと語る同僚を評した別の同僚が握っていた。「関係性を築くコストがかかんないから楽だし経済的ではあるよね」そういえばホリエモンも同じ理由風俗コスパの良さを昔語っていたっけ。これ。これが私が自慰ときレイプを望む答えだった。

私が自慰をするときは、当然性欲が高く、けれど若すぎてセックス禁止されていたり、彼氏がいなかったり、彼氏とするのが面倒くさいときだ。セックスとはコミュニケーションである。ただ、性欲を発散したいだけのときコミュニケーションは面倒である。だからそういったものを省けたり、あるいはニュートラルでいられる肉体関係、それも、私がマグロ状態でも相手必死に腰を降ってくれる、ものすごく楽ちんな肉体関係、それこそがレイプだったのだ。

たとえば素敵な王子様とラブラブセックスというシチュエーション自慰ときに考えたとすると、私は王子様のビジュアルのみならず、社会的地位性格、私と王子様はどうフィーリングがあうのか、これまでどういうデートセックスをしてきたのか、この日はどうしてセックスをすることになったのか、総方の避妊に対する考え方などを決めないと、とてもじゃないが自慰できない。しか自慰しながら王子様が何を考えているか脳内で実況しないといけない。たとえば今の私の表情が可愛かったかピストン感覚早めたなど。これでは面倒くさい。そこで私は、いわば人の形をしたバイブレーターとして、名前動機も何もわからない、ときには顔すらわからない、とにかく私とのセックス必死なことだけはわかるレイプ犯をつくりあげた。というわけなんだろうな、と気づけた。

レイプされるシチュエーションに悪くないよね〜みたいなことを言っている女性がいても、現実レイプされたいとは限らないという話。それは単に、関係性構築のいらない、安全で便利なヒトガタバイブレータである可能性がある

2017-11-29

anond:20171129085958

あの日キャンパスでそんな事がねえ。

Twitter馬鹿どもは不起訴になったことを喚いてたけど、然るべき理由があると考えた方が自然ですね。

冬夜のスーパー

さっきスーパーに買い物に行って思い出したことを書く。

2、3年前の冬の日の夜、あの日も確か寒かった。冬の、呼吸をすると鼻の奥がつーんと冷たくなる感じの日。あの日と同じ。

---

 大学課題か何かで帰りが遅くなって、いつもは行かない時間帯の駅前スーパーへ。いつもより割引きになったお惣菜弁当カップ麺をカゴに突っ込みレジを待った。並んでいると、ふとレジ打ちの店員さんに目がいった。そこにいつもの背の高いおばさんはいなくて、小柄で華奢な、みじかい髪を後ろで束ねた可愛い女の子がそこに立っていた。

僕は読んで字のごとく、彼女可憐な姿に目を奪われてしまった。レジを待つ間、ずっとそのレジ打ちをする彼女を見つめていたと思う。自分の番がきた時、ふいに自分のカゴに入っている割引のお惣菜と大量のカップ麺に目がいった。僕は自堕落だと思われるのがなんだか恥ずかしくて、ただただ赤くなっていた。レジを打っている間は顔が見れず、ただただ彼女の耳についていた白い花のイヤリングを見ていたのが記憶に残っている。

会計が終わると、そんな僕の恥じらいなど知る由も無く、彼女は屈託のない笑顔で「ありがとうございました!」と言った。一瞬の出来事だったけど、目を見て微笑んだ彼女の吸い込まれそうな瞳に、僕の心は奪われてしまっていた。


 その後も週に何日かは、いつもの時間より遅めにスーパーを訪れた。彼女の姿が見たくて、彼女レジ打ちをしていたらさりげなくその列に並び、横目でレジ打ちをしている彼女の雪のように色白な横顔と耳のイヤリングを見ていた。彼女と話がしたかった。でも、見てるだけで声なんかは掛けられなかった。ただレジに並び、会計をする。それだけ。見栄を張るためにお惣菜カップ麺は買わなかったり、料理なんかしないのにニンジンじゃがいもなどの野菜をカゴに入れてレジに並んだりした。しかし、何度店を訪れても僕たちの関係は変わらず、僕はいつまで経ってもただの客で、彼女はずっと夜勤レジ打ちのバイト女性、ただそれだけの関係だった。

だけど、レジ打ちを待っている彼女の姿を見ることが自分生活の中の小さな喜びだった。


 そんな日が何週間か続き、年末になった。あんなに彼女に会うために通ったスーパーも、新年会やら忘年会飲み会正月を経た頃には彼女ことな記憶の片隅に追いやられていた。


 1月も終わりに差し掛かった頃、ふと彼女のことを思い出しスーパーへ向かった。時間帯はたぶん、合っていた。だけどレジ打ちに彼女の姿はなかった。しかし、通っていた頃も会えないことは何度かあったので、今回もシフトが入っていないのだろうと思い、気にも留めなかった。


だけど、何度か曜日を変えてスーパーへ訪れても、そこに彼女の姿があることはなかった。代わりに、短大生と思われる女の子が、『研修中』の名札をつけてレジを打っているだけだった。

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その後、彼女の姿は見ていない。それだけの話。ドラマとか小説みたいに、ハッピーエンドとか偶然の再会みたいなものは、ない。



僕の人生の中の、冬の寒い日の夜の話。

2017-11-26

今日学校休みになった・・・という電話

小学校低学年くらいの事である

なんらかの用があり、父と私で祖父母の家に行くことになった。

私が学校から帰ってきたら、父と一緒に出る予定だった。母は主婦だったので、先に出発していた。

ところが、出発の日の朝、私が学校へ行く前に電話が掛かってきた。

どうも学校休みになったらしい。なんだろうと思いつつも、予定を変更し朝から祖父母宅へ出発した。

それと私の記憶では、通信簿で1日変な欠席がついていて、母がこれなんだっけと言っていた学年があった気がする。

やはり、その学年が、この電話のあった年なのだろうか?つまり学校休みになったと、朝から祖父母宅へ向かったから欠席になった。しかし、小学校低学年が連絡もなしに欠席したら、電話が来そうなんだが。その日、電話が通じなくとも、後日聞かれそうなものだ。


本当にあの日学校休みだったのか。まさかそうは思えない。

はいえ、同級生からいたずら電話が掛かってきたとしても、父がそれに引っかかるとも思えない。

父が、私に学校を休ませて、出発することにしたとも思えない。

結局あれは一体何だったのだろうか。

2017-11-21

使えないパートのせいで仕事行きたくない

俺はとある中小企業現場を任されている。

何故行きたくないかと言えば題の通りだ。

そいつ地元では有名な大企業(社長学校の入卒業式)で定年まで働きリタイアした後に俺の職場に来た。

仕事の出来に関しては奴曰く「大企業現場を任されていた」…と言う割には大したことがなく、作業スピードは遅いし正直現場の中では最もポカミスが多くこちらが指摘しても謝らない・言い訳を垂れる等数人いる現場リーダーの中でも(悪い意味で)話題になっていた。おまけに中小企業であるうちの職場に「⚪︎⚪︎(そいつがいた大企業)ではこうだった」と、他のパート連中に仕事中手を止めてご高説を垂れるのだが肝心の言ってる本人が本人なので失笑しか起きない。それでも他のパート達は奴の小さなプライドを傷つけまい必死に頷くしかないのだろうか、手垢がつきまくったクソ話をありがたい説法のように聞いていた。

おまけに「作業着が汚れる」という謎めいた言い訳で当時の作業着をまるで見せつけるかのように着ている(汚れるから作業着を着るんだろうが!)。とても気持ち悪い。出来るならともかく出来ないくせにこういう所でアピールをすることに吐き気がする。(うちの職場には社長経験者が数名いるのだが振られでもしない限り当時のことは話さないし既に昔の会社作業着なんて持ってもいないと言っていた。)

なんでこんなところに悪口を書くのかと言うと先日をそいつ暴言を吐き実力行使に出たからだ。一パートが知らなくてもいいことをこちらを煽りながら聞きたがる、何も答えなんて出せないくせに。そんなことを思っていたら頭が真っ白になって自然と口からは言えずにいたことが怒りと共に飛び出していた。

昔の職場にいたすぐ怒る・不機嫌を顔に出すクソ上司のようにならないようにやっていたのにその努力は水泡に帰した。転職を繰り返し料理の道じゃ食っていけないと思い他業種を派遣から始め正社員まで死に物狂いで上り詰めた数年と俺に対するイメージあの日音を立てて崩れ去った。

怒りに任せて役員に辞めると言ったが引き止められた。引き止められて説得され辞めることをやめたが本音は辞めたい。そいつ仕事なんか出来ない。今日そいつのクソみたいな仕事で出来た製品検品をした。そいつが見下している新人の方がもっといい仕事をする。役員には素行不良でクビにできないのか何回も聞いたが答えは毎回濁されている。他の現場リーダーは大して部下を抱えてないのに給料は俺より高い。不満なんて沢山あるけど打ち明けられる相手は少なくそんな相手も穏便に終わらせることを願うからここでぶちまけるしかない。他のパート達の何人かは俺の味方になってくれたけど苦痛は消えない。

昔の俺、ごめんね。俺は俺で弱いままだよ。

明日が来るのが死ぬほど苦痛だ。そいつが今夜中に何らかの事故死ねばと思うが世界はそんな単純に回らないしなんなら俺が消えてしまえばいいのだろう。

2017-11-18

失恋をして立ち直ったという話

私はオタクなのでまあ推しの話なんですけどね。

本日たった一杯の酒を飲んで帰ってきた。酔ってはいない、でもいつもよりは冷静ではない頭でふと思った。

「(ああ、鈴木拡樹が好きだな)」

同時にちょっと泣きそうだった。

私の中の1つの時代が終わった。

私はジャニオタだった。だった。過去形である自担ジャニーズ事務所を、芸能活動自体を辞めたのである

やむなし。それ以外に言えることはない。ただ心はぼんやりしていた。とても長いこと。

私は自担が好きだった。とても好きだった。アイドルとして大好きだった。アイドルとただの一ファンであることが私の誇りだった。私がたった1人の私として精一杯生きる中で自担自分自担として声を大にして応援できることが幸せだった。彼に溺れずに彼を糧に頑張れることがあの頃の私を生かした。

詳しくは以下ブログを参照されたしなのだが、本当に好きだった。そして楽しく充実した日々だった。

http://d.hatena.ne.jp/mimakl/touch/20111014/1318571162

あの頃の自分の瞳を覗き込めばきっと星が見えるだろうと思う。キラキラと前向きに輝く星。

今日の日までしがみついてきたとは思わない。ただあの日々と比べて推せるか推せないかでその後出会った色々な人たちを推し量っていたとは思う。

冒頭のことが私の頭の中に浮かんだとき天啓だと思った。

私の中の区切りが来たのだ、と理解した。

昨日でも一昨日でもない、なんでもない今日だった。


長かった。私は6歳、歳をとった。


あの頃を閉じ込めたガラスケースはまだ心の中にある。少しホコリは積もったけど輝きはまだまだ色褪せない。楽しかった、あの日々。

同じように推す必要はない。

まったりいこうと思う。

2017-11-16

甘い11月の話

又聞きの又聞きだが、高校大学はじめの頃に好きだった女の子が、ニートしてるという話を聞いた。

あの時、一緒に下校してご飯行ったり、カラオケ行ったり、大学生になった後は初心者マークつけた親父の車で家までアッシー君したり。

彼女にとっては不名誉かもしれないけれど、僕はあの日々に、彼女デートのようなものが出来てとても嬉しかった。

結局ふられちゃったけど。

直接連絡することはしないけど、元気かな。

こっちは普通に仕事してて、結婚もして、学生時代の友人とも、相変わらずうまくやってる。今のところ順調だよ。

2017-11-13

うちの猫はよく鳴く

猫がうちに来てもう五年になる。

図体がでかくて迫力がある猫だが、鳴き声は案外か細い。名前を呼んでも頭を撫でてもとにかくにゃあにゃあよく鳴く。

しかし、うちに来た頃はむしろ鳴かない方の猫で、こんなによく鳴く様になったのは一年前の出来事が切欠だった。

一年前、祖母一周忌があり親戚一同集まっての法事家族で行くことになった。それは隣県で行われる事になり、泊まり掛けで参加した。

当然猫は連れていけないのだが、人見知りをするのでペットホテルに預けるのも心配で、猫を預けられる親戚も近くにいなかったので仕方なく一人で留守番させることに。

一泊し帰ってくると、猫が鳴きながら出迎えてくれた。今まで迎えには来ても鳴きながら来るなんて事はなかったのに珍しいな、と思いながら餌をやると、餌の入った袋を見るだけで恐ろしい勢いで鳴く。

これはおかしいと家族会議をしたところ、おそらく家族が帰ってこないのを心配してずっと鳴き続けていたのではないか、という結論に。その日の夜は一緒に寝たのだが、猫一匹で過ごした夜を想像してしまい、眠れなかった。

申し訳ない事をした、と今でも思う。あの日の夜、猫がどうしていたのかは誰も知らないけど、寂しい思いなんかもう二度とさせない。飼い主としても、家族としても。

2017-11-10

カルディと母

カルディの手提げバッグを持つ人を見かけた。

母も持っていたな、と思い出した。

母は歩くのが速い人で、高校生になっても早めに歩かないと追いつけなかった。

脚力が強かったのか、自転車をこぐのも早くて、

私が15分かかる近くのイオンカルディ10分ほどで着くため、買い物が好きで

たことのないものに興味を惹かれる母はよく行っていた。

たまにそこで買ってきたコーヒーと、お菓子と、変わった調味料と、オリジナルのバッグを

「いいのがあった」と誇らしそうに見せてきた。たしかにいい感じのバッグだった。

大学卒業してフリーターをしていた私は母と一緒に暮らしていた。

仕事を見つけなくてはな、と思いアルバイトをしつつ、面接を受けていて、

このまま母と暮らすつもりだった。

何社か受けては落ちるを繰り返していたある日、受けた面接で「東京募集をしている」と言われた。悩んだ。

やりたい仕事もできそうで、正社員として働いた経験もない自分採用してくれる所はここを逃せばもうないだろうなとも感じた。

母は「すごいじゃない」と言って、ここを逃せばもうないよ、と続けた。親子だなぁと思って笑ってしまった。

私はその会社に入ることにした。そうして慌ただしく引越しをして、私は東京仕事一人暮らしを始めた。

一人ではカルディお菓子は多すぎた。

しばらく離れて暮らすうちに、電話越しの母に元気が無くなってきた。

子供が成人し、手元を離れたせいかもしれない。

年2回の帰省電話だけしかできない私は日々の話を聞くことしかできなかった。

冬の日、母は田舎へ帰った。一人で暮らすことが難しくなってきたためだ。

思えば自分家族家族としての交流が薄くて、個人が強かった。

お互いを理解しようする気持ちが薄いように見えた。

だけど本当は心の中ではちゃんと思いやっていたのかもしれない。会話が乏しい不器用家族なのだと思う。

危うい均衡を保っていただろう家族を、父は静かに、えぐるように壊した。

泣いていた母の顔は一生忘れない。どんな理由があってもやってはいけないことを父はしでかした。

それと同時に、父と色々なことを話せていればこれは起きなかったのだろうか、とも考えるがこぼした水は元に戻らない。

私の願いは家族に縛られず、母個人人生を楽しんでくれることだった。

だけど、そんな家族の中で20年以上過ごしてきた母の人生の中心は家族だった。

私があの日そのまま一緒に暮らしていれば、母は自転車をこぎ、好きなところへ行って

家族のために買い物をして暮らせていただろうか。過ぎ去ってしまった今ではこれもIFの話だ。

母の引っ越し田舎にもイオンがあってカルディが入っている。そこへはもう車でしか行けない。

母は久しぶりに運転し、休みの日にはちょくちょく出かけているようだ。

帰省する年末は一緒にカルディに行こうと思ってる。

あの頃は良かったなんて言えるあの頃がない

あの日に戻りたいなんて言えるあの日もない

2017-11-05

19年ぶりの快挙 11年目の現実 星に願いを

音楽は最高だ、ライブ現実不安を吹き飛ばしてくれる!このバンドを聴き日々暮らすんだ、と胸に刻んだあの日から11

この度 バンギャ 卒業しま

横浜育ち、物心がつき始めた98年あの栄光はいまもここに

 中高生の時は野球にさほど感心がなかった、でも横浜は気になった種田の真似はしたし、TBS買収に驚いたし、WBCテレビ観戦をしていたけれどもあの頃は専らバンドお年玉CDバイト代ライブ遠征費に出演してるラジオ新譜MDに入れ悶えていた、まさに青春

そして中学3年生にして運命的なバンドと出逢いをしたのだ。

裸足で唄う姿や衝撃的な歌詞、一変して何処か懐かしい哀愁を帯びた音

雷に撃たれたのだ、心が震えた15の出来事。音だけでなく奏でる人物像が知りたい、その世界観もっと知りたい‼決してメジャーと言い難い彼らの情報必死に集めた。雑誌の表紙なんて飾らなかったから切り抜きを貰ってファイリングした。ライブ最前列で触れ、握手会番組観覧。増える黒いTシャツタオル。それはそれは痛いくらいに夢中になりました、神のごとし全てでしたか

 好きなメンバーが出来た、カープファンだった。

へぇ、丁度登場曲にこのバンド使ってる選手いるし応援しよ♪原初カープ女子であった、だがいつしかそんな誓いも忘れたのだ。ゴールデンウィークの谷間の日、仕事学校があるのにも関わらずデイゲームを行ったガラガラハマスタサヨナラホームラン

 人生二度目の落雷ヤバい楽しい

日米どちらのポストシーズンが終わった。やはり野球楽しいな。

話題cs制度についてお話ししよう。私が応援しているベイスターズは3位ながらも下剋上という形で日本シリーズ進出した。えっビール掛けもしちゃうの?風邪引かないでね、呪詛っぽい不吉なコメントは止めてね。選手の喜びが眩しかった、19年ぶりの乾杯。本当に嬉しく思ったが同時に驚き戸惑った。これでいいのかな?唯でさえ1位のチームと貯金10以上あるのに、他のチームの方がパ・リーグ相手善戦するのでは...

 そんな素人の余計な心配他所ベイスターズはあのホークス相手に見応えのある試合が出来たのではないかと思う、あのサファテにイニング跨がせたんだぜ! 次はセ・リーグ優勝して堂々と挑みましょう。お疲れ様でした、2月キャンプで会おう!しかし今後はcs制度見直し必要だろう。あとNPBは開催時間デイゲームにしてください、屋外球場は客も選手も辛いでしょうに。

さてシーズンも終わったしTwitterで新しい音楽の発掘するかー

飛び込んだ横浜を下げたツイート、おやどこから?あのバンドマンだった、やはり優勝チームファンはそんな思考になる人も居るよね、好きな人だけに複雑だなぁと思いつつ返信欄を覗いてみた。”○○倒せクソ不愉快““ビール掛けとか球団は敬意がない”  敬意?

いやいやいや~巨大なブーメラン刺さってます目には目を理論ではないですが、カープ球団にそんなのあったの?締め出しとか相手チームに嫌がらせグッズ作るのに?軽率発言は止しなさい、表現者であるなら尚更、失望したよ。それならば勝者にこそ敬意が向けられるべきでは?あなた発言侮辱だ。最近ネタがないからか演奏じゃなくボルダリングとかアイドル的な要素まで入れてきて笑ってたらこんな...炎上かい

恐らくはカープ選手に対する侮辱行為みえる、という事で発言したのだろうか。推測の域で語っても不毛なのでやめにする

カープファン選手は本当に情熱や実力もナンバーワンだと思う。カープファン選手すみません不快発言しょうが球団は無理です、運営が無理。あと○○倒せコールセ・リーグだとヤクルト中日阪神さんはチャンテ内に組み込まれていますし。そんなにカッカするなよおじさん。

そんなわけで11年間続けたバンドファンバンギャ卒業しま

メンバーみんな結婚してもやめなかったのにね

リーダーが一昨年何年経ってもリスナーが戻ってこれるようなバンドでいたいです。と発言していてしみじみ言葉の暖かさを感じていたのですが残念です。戦争の歌やら日常の歌、このバンドは沢山良い歌があります

ですが政治宗教野球は慎重な話題が多いのです。タクシー運転手さんはよく気をつけていると聞いたことがあります

もう私は純真気持ちで彼らの音楽は聞けません、ライブに言ってもどす黒い渦が巻いて楽しめないでしょう。たかだかそんな呟きでそんな失望するなよ、と頭の中ではわかってはいますが行き場のない思いを綴ったまでです。自分の幼稚さも陰湿さも重々承知です。だけどTwitter掲示板もそんな呟き話題にすらなっていないもの!完全に個人的な憤り。

ただのファンなら別に良かった、だが尊敬する大好きなアーティストの声がそれだぜ、笑えるわ


頭が冷えたらまた彼らの音楽聴くかもしれません

いや、ベイスターズが優勝したらかな?頑張れよ‼

長文失礼致しました、昨今のSNS発展によるこのような悲しみにふれる方が少なくありますように。


さよならもう会わない気がするよ グッズどうしようかな

2017-11-04

ハイスコアおっさん

あの日からずっとゲーセン格ゲー遊んだゲーム批評で「格闘ゲームあきねぇか?」と書かれても、負け犬の遠吠えしか感じなかった。格闘ゲームはおわったとなんどもなんどもいわれて、世紀を超えて、それでも終わった終わった、初心者がいないといわれ続けても、遊び続けた。

そして、先月。突然やめた。KOF14の対戦で負けた後だった。

対人対戦に疲れ果てた。つくづく疲れ果てた。

先ほどまでの全身を駆け巡った興奮はすっかり冷めていた。いや、もう、格闘ゲームに興奮しなくなっていた。勝ったり負けたり。勝ち続けもしないが、負け続けもしない。それくらいのゲームセンターだった。急に熱が冷め、店内が暗くなったように思えた。息ができないくらいにひどい空気だけだった。

私が席を立つと、すぐに青年コインを入れた。たぶん、私がコインをいれることはないだろう。

はやく呼吸を楽にしたいため、足早にゲーセンを出た。もう夕方だった。雨あがりの夕方だった。秋の雨のせいだろう、なにもかもが冷めて見えた。

対人対戦をやりつづけた。本当に楽しかった。そして、疲れ果てた。私はもう、本当に、疲れ果てたんだ。

2017-10-29

おとなになったら エロゲをたくさん やるんだ

そういう妄想をしていた頃の憧れはどこにいったんだろう。

いざやってみると全く面白くない。

名作と言われているゲームが下手な文庫小説よりはずっと面白いことは分かるけど、それはヘタな小説ライバルに設定したから勝てているのだ。

ちゃんとした小説を前にすれば肉薄することすら困難を極めている作品だらけだ。

強いていうならば製作者と消費者の双方に共通した捨てきれぬ幼児からまれヒロイック幻想プライドの高さが混ぜ凝ぜになった欲望を満たすために作られた世界物語の歪さが醸し出す怪しさだけは中々の物がある。

だけど、それ以外の部分は稚拙も良い所だ。

18歳以上どころか40歳以上にすら思えるほどにおっさん臭いのに時には幼稚園レベル言動を繰り返す全く高校生らしくないキャラクター2ちゃんねらーのような喋り方をする地の文、たった一度のちゃぶ台返しだけを起伏としておきながら何十時間もかけて紡がれる物語

何もかもが低レベルだ。

絵のレベルも、名作と言われるようなゲームであっても決して高くなく、むしろ絵が上手すぎると抜きゲーとして扱われて名作という枠組みからはぶかれやすくなるのではないかという懸念すら生まれる。

18歳未満の名実ともに子供であった頃、エロゲに対して憧れを抱いたのはエロゲをやったことがなかったかなのだろう。

ゲームで一番楽しいのは購入した日の行き帰りの道だという人はいるが、その道中を延々と何年も歩き続けてきたのがあの日々だったのだ。

あぁ……あの頃は楽しかった。

楽しい道のりだった。

ありがとう

ゲーム自体面白かったとは言い難いが、いい夢を見させてもらった。

もう自分子供じゃないから、別れの言葉は前向きでお互いに気持ちよく終われそうなものを選ぶよ。

しかったよ。

本当に楽しかった。

ももう終わったんだ。

然らばこれにていざ別れ目。

今までどうもありがとう

2017-10-28

anond:20171027184629

彩りのために必要なんだろ。ところで、ちょっと悲しい記憶を思い出したから聞いてくれ。

俺も中高の頃は母親弁当を作ってもらっていた。うちは当時では今ほど多くなかった共働き

忙しい中で毎日弁当を作るのはさぞ大変だっただろう。今から思えば俺は自分で作るべきだったが、それはともかく。

そんな訳で、母の作ってくれる弁当栄養的には良かったと思うが、彩りまでは気が回っていなかった。

俺は弁当の彩りと言う概念を知らなかったので疑問に思わなかったが、あるとき一緒に昼飯を食べていた友人に、俺の弁当茶色すぎると笑われたんだ。

何かとっても悲しかった。

友人も子供だったし悪気はなかったんだろう。今でもそいつとは年に1回くらい会う程度の友人関係が続いている。

でも、キャラ弁とか何とか見てると、ここまで出来なきゃ今の子供がまたあの日の俺みたいな目に遭うのだろうか、と思うと悲しい。

弁当の彩りとか見た目とか、そういう部分はあまりヒートアップしすぎないでほしいと思う。

自分で作ってなかったくせに偉そうだけど。

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