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2017-06-13

美大に行けなかった女

祖父画家だ。

美大卒業してすぐに専業画家として独立

その道の人が喉から手が出る程欲しがる賞なんかも受賞して、

から見ると画家として順風満帆人生を送ってきたように見えると思う。

しか祖父プライベートでは周囲にかなり迷惑をかけてきた。

戦争で家が燃え盛る中、貴重品には目もくれず画材だけ持って逃げたり、

駆け出しの頃余裕のなさからちょくちょくヒステリーを起こしたりとか、

そういう話はよく祖母とその息子(=私の父)から聞いたし、

画業が軌道に乗るまではかなりの貧乏暮らしをしていたらしい。

そのせいでうちの家系アート関係仕事に対して風当たりが強い。

父が美大ではない一般大学を出、一般企業サラリーマンとして就職した際は

一族からまともな奴がでた」と周りが泣いて喜んだという。


孫の私は小さい頃よく祖父の家に預けられていた。

(私も祖父都内住みなので、母が忙しい時、面倒を見てもらっていた)

父が幼かった頃はまだ生活に余裕がなく、祖父子供の面倒を見る事はなかったが、

絵が売れるようになってからできた孫の私の事はかなり可愛がってくれた。

祖父は私にお古の画材をくれ、好きに絵を描いていいと言ってくれた。

仕事をする祖父の近くに陣取り、見様見真似で絵を描き始める。

幼稚園児の絵なんてプロの目から見なくても下手くそだし、祖父から絵を褒められた事は一度もない。

それでも下手な絵を量産し続ける私を見る祖父の目がとても優しかったのは覚えている。

やがて私は外で鬼ごっこをするよりも絵を描く方が楽しいと思うような子供に育った。

近所に住む幼馴染の友達も絵を描くのが好きな子で、

放課後はその事一緒にスケッチブックを持って公園に絵を描きに行くのが定番コースになった。




そんな私に家族はいい顔をしなかった。

小学生の頃、近所のお絵かき教室に行きたいと何度頼んでも全部無視された。

でもテレビでみかけた新体操選手を見て一言可愛いと言った次の日には新体操教室を探してきてくれた。

数学が苦手だとぼやいたらすぐにそろばん教室に行かないかと勧められた。

家族は私が絵を描く事以外に興味を持ってほしかったのだと思う。

一回だけ口を滑らせて「美大とか美術専門学校に行きたい」と言ってしまった事がある。

父は大激怒あん鬼のような形相をした父親を見たのは後にも先にもあの時だけだ。

親戚中に言いふらし、それから何人もの親戚から連日の様に

「お前に祖父のような才能はない」

美大に行くような奴はそれしか生き方を知らないろくでなしだけだ」

「お前は絵の為だけに人生を棒に振れるのか、そうとは思えない」という電話がかかってきた。

安定した仕事に就いてほしいという彼らの気持ちもわかる。

でも「美大楽しそう」は中学に入ったばかりの小娘の言葉だったのだ。

それからずっと絵を描くのが好きだという気持ち封印し、

隠れてノートに絵を描いてはいものの、普通大学に入って普通にOLとして就職をする道を選んだ。

それでも社会人になっても絵を描きたい欲が抑えきれず画塾に通い始めた。

美大の夜間コース金銭的にも時間的にも無理だった)

この頃になるともうこれから芸術の道に進む事はないだろうと安心したのか、家族から白い眼で見られる事もなくなったし、

祖父コネでもらった展覧会チケットも興味があるのなら、とくれるようになっていた。

画塾に通い始めた事も「社会人になって趣味を持つの大事な事」と肯定的な目で見てくれるようになって、少し認められた気がして嬉しくなった。

ただ一言「お前、絵描くの好きだったんだな、知らなかった」と言われるまでは。

あぁ、幼稚園小学生の頃あんなにお絵描き教室に行きたいと頼み込んだの覚えていないんだ。

後、大学一人暮らしを始めてから同人漫画も描き始めた。もちろん家族には言っていないけど。

同人イベント金銭のやり取りをするようになってから、絵一本で祖母、父、そして父の妹を食わせ、大学まで行かせた祖父のすごさを再認した。

親戚が私に才能がないと言った気持ちもわかる。私は祖父になれなかった。なろうとする事すらおごましい。

でもこの趣味出会った友人達には美大とかアート系の専門学校に通っていた人も多くて、やっぱり羨ましくなってしまう。

そしてその人達ほとんどは家族の言う「芸術の道に進むしか能がないろくでなし」ばかりではないし、

卒業普通OLとして社会人をやっていけている人にもたくさん出会った。

デザイン系の仕事をして会社に雇われている人もいれば、

祖父自営業画家として生計を立てていたように、フリーランスとしてやっている人もいる。

何より皆、人より絵を描くのが得意な「社会常識のある普通の人」だったのだ。

美術系の学校に進む人は全員頭がおかしいという親戚の言葉は、

美術を専攻するとOLという道は閉ざされるから絶対に稼げないという親戚の言葉

嘘だった。

そして思ってしまうのだ。

正直言ってしまうと同人誌はそこそこ売れているので、私に絵の才能が全くなかった訳ではないと思う。

もし美大に行けてたら…祖父の様に専業画家として大成功する事は無理でも、デザイン系のOLとかで生活できる程度に稼ぐ事はできていたのかな…と。

甘い考えだってのはわかっているけれども。

父の口癖はこうだった。

「本当に何かをやりたい人はどんなに反対されても勝手にやる。祖父は家が燃え盛る中、泣きながら画材を持ちだして死にかけた。手塚治虫戦争中、絵の具がなかったか自分の血で絵を描いた。芸術の道に進むというのはそういう事だ。」

きっとそうなのだ

私が本当に美大に行きたかったのなら、親戚中に反対された中学の時点で家出でもすればよかったのだ。

バイトをできる年齢になったらお金を貯めて、学費自分で賄えばよかったのだ。

そうしなかったのは心の底から美大に行きたいと思っていなかったからなのかもしれない。

ないとは思うけど、明日北朝鮮ミサイル東京に降ってきたら、私は真っ先に通帳とか印鑑とかを持って逃げると思う。

そして、足腰が弱ってあまり歩けなくなってしまった祖父は、それでも若かった頃と同じようにパニクりながらカンバスと絵の具を持って避難するだろう。

そういうところなのだ、親戚が「芸術家ろくでなしだ」と言うのは。

通帳は全部祖母に任せて自分画材だけ持って逃げるから

明日おまんまがなくなって、家族全員打ちひしがれていても、スケッチブック燃えなかった事を泣いて喜ぶような人だから

本物のミサイルなんてそうそう見れるもんじゃないと喜び勇んでスケッチを始めるかもしれない。

因みによく一緒に公園スケッチに行ってくれた幼馴染は高校から画塾に通う事を許され、無事美大合格卒業後は有名なゲーム会社就職した。

彼女ものすごい努力をしていたのを私は知っているし、就職の報せを聞いて私も嬉しかった。

でも北朝鮮ミサイルに対して彼女はどういう行動をとるだろうか?

私が趣味世界出会ったデザイン系の仕事に就いている人達は?

紙と鉛筆を持って逃げるだろうか?

幼馴染とは今でも仲がいい。

同人活動を通じてできた友人の中にはジャンルが変わっても付き合ってくれ、一緒に旅行に行くような仲の人もできた。

積極的美大とか専門の話はしないけれども、そういう話題になっても自分の知らない世界の話を聞くのは単純に楽しいし、新刊ネタになるかもとワクワクすることもある。

でも嫉妬心を全く覚えないと言ったら嘘になる。

日本火の海になった中で、紙と鉛筆でなくて通帳と印鑑を持って避難するような人だったとしても、彼女達が美大進学を許された特権階級である事は変わりないのだ。

そう思うと何だかもやっとしてしまう。





一時期このもやもやから逃れたくて、絵を描く事を伴わない趣味を探した事がある。

スポーツをしてみたり、美味しいご飯屋さんを探してみたり。

このスポーツ団の制服可愛いから模写したいとか、肉の「照り」の部分を絵の具でどう表現しようかとか気付くと考えてしまっていたけれども、頑張って思考の外に追い出していた。

そんな中、某韓国アイドルにハマった。

お気に入りだったのが音大出身で抜群の歌唱力を売りにしている子。

彼の美しい歌声に乗った異国の言葉は心地よくて、生まれて初めて海外アーティストの曲を買った。

ある日、彼が番組企画ファンの為にイラスト色紙を書いてくれる事になった。

その日の彼は機嫌が良かったのか、普段はあまりしないプライベートな話をしながら色紙を書いてくれた。

小さい頃から歌う事が好きだった事。

母親に勧められて合唱団に入った事。

歌手を目指し挫折した経験を持つ母が、音大合格した時泣いて喜んでくれた事。

色紙を書き終えた彼はそれを満足そうにカメラに見せ、言葉をつづけた。

「歌も好きだけど…絵を描く事も好きです。上手くはないけどね。僕の従姉妹がこの絵を見たら笑ってしまうかも、彼女美術大学に通っているんだ。」

頭を鈍器で殴られたような感覚がした。

今までアイドルと言うのは自分とは全く別の世界に住んでいる人間だと思っていた。

この世に存在しないくらい見た目が美しくて、スタイルが良くて、歌やダンスが上手で。

からどんなにイケメンアイドルを見てもこんな人と付き合いたいとか、

どんな美人アイドルを見てもこんな風に美しい女性になりたいとか、そういう気持ちが湧いてきた事はなかった。

自分人生と関連づけられなかったのだ。

特に彼は外国人だったので、そうした傾向が強かったんだと思う。

でも彼の口から美術大学」という言葉がでてきた瞬間、一気に身近な存在になってしまった気がした。もちろん悪い意味で。

音楽芸術だという当たり前の事を思い出し、生まれて初めてアイドルに対して悔しいという気持ちが湧いてきてしまった。



彼は芸術家になる事を親から応援されてきたんだ。従姉妹さんも美大に通っているという事は、きっと一族の大半が協力的なんだろう。

羨ましかった。私も応援されたかった。

美大に行きたいという言葉を発した時に、罵詈雑言を浴びせられるのではなく、彼の母親の様に応援してほしかった。

彼が歌うのが好きだと気付いた母が、彼を合唱団に入れてくれたように、お絵かき教室に行きたいとせがんだ私の事を父に認めてほしかった。

本当は新体操選手なんかに憧れてはいなかったんだ。

お絵描き教室が駄目なら新体操も駄目だろうと思って発した言葉だったのに、すぐに新体操教室を探してきてくれた親に対してショックを覚えたんだ。

美大コンプレックスから離れる為に始めた趣味だったのに、またもや同じ気持ちを味わったあの日、結局このコンプレックスはどこに行ってもついてくるんだなという絶望感を覚えた。

もちろん、高校から画塾に通って美大進学をした幼馴染、趣味を通じて知り合った美大出身友達

皆親を説得するために苦労をしたんだと思っている。

そしてただでさえ狭き門である芸術系就職活動成功させる為に、

反吐を吐く様な努力をして作品ポートフォリオを作り上げたんだろう。

きっと私には想像もつかないような辛い道のりだったに違いない。

大好きなアイドルと彼の従姉妹だって日本よりさらに厳しい学歴社会と言われる韓国音大美大進学を決めるのには相当な覚悟があったはずだ。

音大合格して彼の母が泣いたのだって、その一悶着があったからという事もあるかもしれない。

でも。本当に悪いけど。その内誰だって祖父レベルに達しているとは思えない。

祖父の様に絵の神童と呼ばれていたという話も聞かない。

祖父彼女達と同じ年齢だった頃に描いた絵を見ると、素人から見ても月とすっぽんの差がある。祖父の様な天才じゃなくても美大に行かせてもらえる彼女達。特に幼馴染は「本当は美大に行きたかった母親が大賛成」してくれて、祖父の様な絵に対する執着心もないのにすんなり画塾に通わせてもらえて、本当に羨ましかった。

もし、私の祖父画家じゃなければ。天才じゃなければ。

しかしたら説得できたんじゃないかって思ってしまう。

家出なんかしなくたって、絵の具の代わりに血を使わなくたって、北朝鮮ミサイルが降り注ぐ中、愛用の画材を泣きながら探し回らなくたって。

しかしたら、私にも美大に行かせてくれと説得できたのかもしれない。

彼女達が本当に羨ましい。泣くほど羨ましい。

祖父の様に絵を描く事しかできないわけでもなく、(少なくともデザインOLをやれる程度のコミュ力はあって)、でも祖父の様な並外れた才能があるわけでもない彼女達が

家族から美大進学を許されたのが、本当に悔しい。

祖父天才じゃなければ。数回頭を下げただけで私も美大に行かせてもらえたかもしれないのに。


祖父の事は聞かれない限り他人に話してはいない。父の職業ならまだしも祖父の事を聞かれる事は稀だし、自分から言いふらすような事でもない。

でもごくたまにある。お祖父ちゃんは何をしている人なの?と聞かれる事が。

そして答えると大抵「だから増田さんも絵が上手いんだね!」と返ってくる。

(もちろんお世辞だ。私は下手ではないと思っているけれども、上手くもないと思う。ただ、そういう仕事をしていない限り社会人になってまで絵を描いている人は案外少なく、相対的にそう見えるだけだ)

そんな時自分がどんな顔をしているのかはわからない。

絵を描く楽しさを教えてくれたのは祖父

お金にならないのに、今まで絵を描き続けてこれた情熱を持てたのも、祖父遺伝なのかもしれない。

でもそれを仕事にしなかったのも間接的には祖父が関わっている。

そして何より、私には祖父ほどの才能がなかったのだ。

2017-06-06

5年くらい前、大好きな父方のばあちゃんが死んだんだけど、死に目に会えなかった。

俺が入社4年目くらいで精神的に病んで休職してる時はばあちゃんが「うちにきて、泊まっていきなさい!」って言ってくれて、食べたいものを作ってくれた。俺もういい大人なのにwと思ったけど、嬉しかった。「◯◯ちゃんなら大丈夫!がんばれ!」って言ってくれたりして。「がんばれ」ってうつ病の人には禁句だ、って言われてるけど、俺はすごく嬉しかった。それから仕事を再開して、まあまあ元気にやっていた。仕事が忙しくて1年に2回くらいしか会わないのが続いて、気づいたらばあちゃん癌になってた。

それからどんどん調子悪くなっちゃって、久々にあったら病院のベッドの上。でもまだそのとき意識もはっきりしてたから、話とかも出来た。「うちに帰りたい」って言ってた。しばらくしたら本当にやばくなって、会いに行ったら意識ない状態不思議なんだけど、俺が行ったらばあちゃんの調子が少し良くなったみたいで、母ちゃんやじいちゃんと奇跡だね、なんて話してた。しばらく落ち着いていたから、一旦俺は自宅に帰って色々していたらその間に死んでしまった。しかも運の悪いことに、色々とどうしようもない事情が重なって葬式にも行けなかった。

ところで、何が話したいのかと言うと、俺はあの日以来ばあちゃんが死んだことで一度も泣いていない。ドラマを見ても泣くしアニメを見ても小説を読んでも泣くんだけど、ばあちゃんが死んだことについては俺はまだワンワン声を上げて泣けてない。シクシクとも。1滴も涙が流れてない。思い出す度になんか引っかかった感じというか、悲しいけど胸が詰まるほど悲しくなれない。あんなに大好きだったし、ひ孫を見せてやらなくちゃ…とか思ってたのに。

冷たい人間なっちゃったのかと悩んだときもあったけど、たぶん、はっきり言ってまだ信じられないんだと思う。信じられないままここまで来た。今でも夢に当たり前にばあちゃんが出てくる。まだ死んだことが受け止めきれてないのかな。受け止めるチャンスを逃したのかもしれない。だとしたら一生、俺はばあちゃんの死を悼んであげられないのかな…。とか思うとそのことが情けない気もする。

こうして文字に起こすのは初めてで、こうすれば泣けるのかな、と思ったけどまだ駄目みたいだ。ばあちゃんに会いたい。ばあちゃんに会いたい…。

追記。ブコメの人ありがとう気持ちちょっと楽になった。今日はばあちゃんのことを思い出しながらいっしょに眠ってみよう。

気が合うと思っていたフォロワーから突然拒絶されて悲しかった話

自己紹介すると腐女子ツイ廃なので、多分普通の人が見たら気持ち悪い話。多少フェイク入れてます

FFになってしばらくの付き合いになる人がいた。カプだけでなく趣向までも完全に一致する人で、仲良くしてもらっていた。とにかくその人のツイートがツボすぎるので好きだった。

その人のアカウントは二つあって、個人的な話や他ジャンルの話は別垢でやっていた。たまにその人が別垢のツイートRTしていたか存在は知っていた。別垢をフォローしている共通フォロワーも何人かいたけれど、私はその人たちに比べてまだ付き合い歴も浅いしと思ってフォローはしていなかった。

ある日、私が前に好きだった漫画をその人が読み始めたということを、その人本人による別垢のRTで知った。趣向が合うだけあって好みだったけど、やはりフォローはしなかった。

それから数週間して別垢の存在も忘れていた頃、イベントで初めてその人と会った。アフターも一緒に行き、例の他ジャンルのことでもすごく盛り上がった。帰宅後も、私は今日その人とした他ジャンルの話がもっと聞きたいと思っていた。そこで別垢の存在を思い出し、共通フォロワーフォローから探した。別垢には鍵がかけられていたのでフォロー申請をした。

日経っても自分の垢のフォロー数が増えないので確認すると、また「フォローボタンに戻っていたので申請拒否されていたのだと分かった。私は仲良しのつもりだったのでちょっとしかったけど、一回会ったくらいで直接教えられてもいない鍵の別垢に申請するのはおこがましかったなと反省した。うわなにこの人急に距離縮めてきた怖い、と思われていたらどうしようと心配もした。

その日1日も私はいつも通りのツイートをして、その人のツイートにもいつも通りの反応をした。気にしてませんよ、と暗に伝える目的もあった。こういうところがキモいよね。

その翌日、私と相互フォローだった垢が消えていた。ここで初めて傷付いた。以下心の声。

ええ〜!?私が別垢に申請送った数日後って完全に原因私じゃん!私から申請たから怖くて垢消したの!?ええ〜!?だってあなた自分RTしてたじゃん、別垢の存在知ってる私そんな怖いの…?急に距離縮めようとしてきたところがやっぱ怖い?地雷女っぽいの?別に別垢フォローできないのは良いんだけど、私に見られるのが嫌ならブロックすればいいのに???取られた手段は垢消しだし別垢からブロックされてないのが謎だし、このままだと萌えツイートが見れない悲しみで別垢に永遠にフォロー申請を送り続けたくなってしまうぞ!!!自制心があるからしないけど!!!もし自分の心に素直になっていいならあなたツイートが見たい!!本当はブロックされるまで別垢にフォロー申請を送り続けたい!!!絶対しないけど!!!!こういう思考になるところが地雷女なんだよねわかる!!!

垢が消えてしばらく経ちましたが、鍵垢は元気に動いているようです。TLが寂しくて仕方がなく、鍵垢フォローしてる共通フォロワーがその人の話をするのを見ると「私は拒絶されたけどこの人は仲良いもんなぁ」と思ってしま自分が嫌で、その人の名前ワードミュートすることで精神衛生と残された人間関係を守っていますミュー機能はすごい。でも次のイベントいたらどうしよう。まあいっか!

Twitterありがとう!私は今私がフォローしている人たちみんなが大好き!マブダフォロワーは他にもたくさんいる!現実にもたくさん友達がいる!仕事楽しい!親も元気!毎日がエブリデイ!ハッピーエンジョイ

と、カラ元気をしていますが、こういう事があったので私は未練がましく実は今でも落ち込んでいますという、ただそれだけの話。キモいというのは自覚していて私のこと知ってる人には話せないけどどこかに吐きだきたかったのでここに書きました。誰も否定する目的はありません。否定したいとしたら、あの日別垢に申請送ったというただそれだけの行為で好みのツイートをTLから失わせた自分と、そもそもツイッター如きの人間関係に悩むほど弱くなってしまった自分のことかな。

あなた差し出した1万円のせいでどれだけの悲劇あの日起こったのか息子の飯のために1万円を差し出して帰った誰かさんには分からないでしょう

2017-05-29

大人もっと怒りを露わにした方がいいと思っている

物凄く不愉快出来事に遭遇した。

自分尊厳が傷つけられるほどの。

その日一日は怒り新党....じゃなかった、怒り心頭でとてつもない怒りの感情内包したままに過ごした。

世間一般感覚では立場ある人間は容易に怒りを露わに出来ない。

それはまさに私なのだが、しかあの日出来事は看過出来なかった。

いや、しかし結局感情を表にすることなくやり過ごしたので、我慢して我慢して気持ちの中に消化した。

しかし何故あれほと理不尽発言に私が我慢をしなければいけないのか。

我慢をするから相手は付け上がるのだ。

こちらが何も言わない、何もしないということを知っているから平気でヅケヅケとえぐってくるのだ。

武器は持っているだけじゃダメだ。

攻撃に使わなければ。

怒りの感情を露わにして、全力で相手を叩き潰す勢いで反論するのだ。

それが大人だ。

それが真の大人である

大人のくせになどという戯言、今更何を言うか。

畜生

とにかく胸糞悪い。

きっと明日こそはぶちのめしてやる!

※ごめんごめん、相手大人ね。子供相手にどうとかいう話じゃないから。

2017-05-27

http://anond.hatelabo.jp/20170524183932

あの日から無理」

わかるよ。わかる。

けど、今まで別理由で散々断ってきたじゃない。なぜその時期だけ理由変えるのさ。

その理由なら諦めやすいと思ってる?

その理由なら傷つかないと思ってる?

理由が変わったってことは受け入れるつもりはまだあるって思わせたいの?

私になにをさせたいのか。都合の良い時にこっちから都合良く誘えばいいのか。

それって二ヶ月かかるのか。一週間後からまた理由変わるじゃない。

私が望むことは何も受け入れてくれないの?

癇癪だと思って処理してるだけじゃないの?

気持ちを上げてもらうために色々してきたし喜んでもらってたけれど、

それらは気持ちが上がらず都合のよさしか上がってない、って

言えよ。

言ってくれ。

苦しいんだ。

2017-05-25

素人童貞になった日

今の彼女だって前の彼女だって初体験相手は?と聞かれたときには、何とかはぐらかしている。

浪人を挟んで志望校合格して、20歳になってからもしばらく経った大学1年生の冬、所謂魔法使い」だの何だのと言われてもおかしくないタイミングになって、「もういいや」と思って行ったのは50分で2万円もしないソープランドだった。

その事実を知っているのは、数年前に変な流れから一夜限りのセックスをすることになってしまった高校時代からの友人だけだ。

高校時代大学に入ってからもそれらしい話があるような話しぶりをしていた自分だったので、彼女ですら本当に意外だと本当に驚いていたのを覚えている。

先日、腰痛から来る脚のむくみがひどくなって、エロい意味じゃない、普通マッサージに行ったが、その時のベッドを目にして、なぜか急にあの日の高さのないベッドを思い出した。

あの日、きっと30歳も優に超えたであろう女性と、似たようなベッドを目の前にして、脳裏に「これがお前の墓場じゃ」という声が再生された。どういう意味墓場だったのか、今でも分からない。

あのおばさんの源氏名も忘れちゃったな。「葉」の字があったのはなんとなく覚えているんだけど。

特に照明も落としていない部屋で 69 の体勢になって目の当たりにさせられた女性器を指さされ「ここがクリトリスね、で、ここが…」と簡単講義を受けた。

乾いた喘ぎ超えを耳にしながら腰を振りつつ果てた。

その後は、時間も余って性欲はあったけど、もう一回、みたいな気持ちは起きなかった。

時間を終えて、姫に見送られて、階段を降りて、それまでと変わらない町並みに舞い戻って、自分世界が変わったのか変わってないのか、よくわからなかった。

「これが、よく言う、男なんて童貞を捨てても『こんなもんか』と思うという、あの感覚か」と一瞬思ったけれども、

よく考えたら、自分がそれに該当するのか、よくわからなかった。

当時にタイムスリップして自分アドバイスするとしたら、家庭教師をそこまで頑張って金を貯めるなら、徹底的に調べ上げて高級なお店のトップ女性の手ほどきを受けるべきだよ、と言いたい。

ほんと、悪いことは言わないから。

2017-05-23

地震が怖い

去年の熊本地震からこの1年間、地震が怖い。

熊本在住ではないが、九州在住。震度4〜5くらいあった場所に住んでる。

あの時は2日に分けて大きい地震があったが、どちらとも夜の寝る前くらいの時間地震が起きて、怖くて本当に寝れずほぼ徹夜状態だった。

そしてあの日からずっと、ふとした瞬間に揺れているような気がする感覚に悩み続けてる。

仕事してたり家帰ってテレビ見てたりするときに、ふと「ぐらっ」と震度1~2あるだろうか、っていうくらいの小さな揺れてる感覚が頻繁に起こる。

テレビ見ても地震の速報は無いし、Twitterとかで検索しても誰も地震ことなんてつぶやいてない。これを1年経った今でも、1日何回も繰り返す。

あと、たまにテレビの上に出る速報のピンポーンって音も恐怖でしかない。徹夜で揺れがおさまるのを待ってるときテレビつけとくことしかできなくてあの音がずっと鳴り続けてたからだとおもう。

ついこの間も福岡での地震予想が話題になった時、数日間ちゃんと寝れなかった。その予測日を過ぎた今でも夜何回か起きて地震は起きてないってことを確認してから布団の中で眠れるのを待つ日々をおくっている。

こんな症状で悩んでる人他にもいるとおもうんだけどな…私のまわりには相談する人もいなくて最近本当に寝不足が辛くなってきたので思い切ってここに書いてみた

2017-05-21

次元狭間

今でもたまに思い出しては腸が煮え繰り返る思いがするので、

吐き出すために以下書き留めておく。

もう2年ほど前の話だが、

一言でいうと僕らは渋谷とある箱に酷いぼったくり方をされた。

道玄坂の上のとある箱だ。

イベント前日

僕は当時そのイベント主催者ではなく

呼ばれたアーティストなのだが、

主催者と仲が良かったのと、初めて行く箱だったのもあり打ち合わせに同行していた。

普通イベント前日ともなればある程度メールなりなんなりで主催と箱の店長くらいの間では連絡をしているはずだが、

から聞いた感じ連絡するのも初めてといった状況だった。

この時点で危ないな、と思うべきだったのかもしれない。

イベント当日

イベントのリハで早めに入ったあたりから

他の箱ではないような話をチラチラ聞くようになった。

証言1)

店員から指定されたキャッシャーの位置でお釣りの準備をしていたら、店長が無理やり通路を押し入ってきてドアに挟まれた。

一言、そこはドアの邪魔になるからやめてとか言えば良かったんじゃないの?

証言2)

DJブースで機材を広げるため、横の空いてそうなスペースに一時的に置いたらものすごい剣幕でそこはつかうから置くな、と怒鳴られた。

機材を移動するまで異常なまでに睨まれ続けた。

証言3)

イベント中、店長が「今日ドリンクが穿けないからこのままだと箱代を別途もらうかも」といったニュアンスのことを主催に告げた。

もともと今回のイベントは箱代無料という話で主催オーナー(店長ではない)と話がついていたはずなのに。

証言3あたりからだんだん怪しい流れになってきた。

イベント中にドリンク購入を促すアナウンスをする主催

自身このイベントは何度も出演しているが初めてのことだった。

イベント

ここからが本当の地獄というやつだった。

店長が箱代の追加徴収をしたいと申し出てきた。

店長の言い分としては



というものであった。

確かに、イベント中出演していたアーティストCDを売るブースを設けていたのだ。

事前の打ち合わせで物販の話を何もしていなかった点は主催側に落ち度があったかもしれない。

しかし、主催側はドリンク代をどの程度保証する、なんて話は一切していなかったはずだ。

その後店長主催で話し合うも、話は平行線

主催がもともと詳細を連絡していたオーナーとも連絡がつかず。

痺れを切らして店長がこう言った。

「物販の売り上げの3割で手を打ちませんか?」

主催や僕らも早くこの場を立ち去りたかったので、

その話を呑んだ。

店長が売り上げの3割にあたる領収書を書き、

主催名前の記入を促した。

そして、物販の売り上げが3割戻ってきた。


…あれ、主催に7割売り上げが戻ってくるんじゃないの?

よくよく主催領収書見直してみると、

名前を書いた欄は、僕らがよく見る領収書で言うなら、"上様"とか書く方ではなくて、飲食店名が書かれている方。

僕らが領収した領収書になっていたのだ。

これは本当にしてやられたと思った。

しかし、主催もこの時点でかなり疲弊していて

そのままここを立ち去ることとなった。

最近聞いた話だが、

この店長はその後も色々トラブルを起こしたらしく、

今は別な店長になっているらしい。

僕はあの日から

この店長名刺をこっそり忍ばせて

都内イベントに出演したり遊びに行ったりするようにしている。

また嫌な思いをしないために。

2017-05-20

デレステが難しすぎるので、アイマスがもしミステリ作家を起用したら

セクシーギルティの曲が超楽しいし、愛海をセンターにしたら「雫ちゃんのおやまわきわきしたい」みたいな顔をするのが楽しくて、

久々にイベントコミュを全部見るぐらいはプレイしようと頑張ってるんだけど

スコア以前にPROをクリアすることもできない、あの矢印のやつってどうやるの?

そもそも腕が二本じゃ足りないと思う、アイマス森博嗣世界観を想定してるのかな?

というわけで、もしアイマスミステリ作家積極的に起用したら


ゲーム大好きつながりで宮部みゆき三好紗南が主役のコミュを書くが、

中居くんによるコマーシャル映画模倣犯トラウマを刺激され、

最終的に、 桃華の両親が離婚親権病気がちな母親が取ることとなる

ファザコンアイドル的場梨沙の執筆権を巡って対立する法月綸太郎福井晴敏

ガンダムのつながりでバンダイナムコとのコミュニケーションには一日の長がある福井の前に、法月綸太郎は苦戦を強いられる

さら福井図書館自由宣言の件を思い出させるふみふみスクショを法月に送りつける攻撃により、勝負は決まったかに思われたが、

最終的に「いやでも、的場梨沙はあなた好みのOL女子父親ぐらいの年齢と不倫するエピソードをするにはまだ若いですよ」の一言福井は断筆を宣言し、ミネバは無事オードリーとならずミネバアーシタとして木星で暮らすこととなる

歴史アイドル丹羽仁美のコミュを書き出す鯨統一郎

ページ数を本屋本棚に並ぶ本のタイトルで水増し、原稿料をせしめる技を磨き続けた彼にとって

ゲーム台本執筆は苦難の連続であった

最終的に、ふみふみが19歳なのに飲酒をしてしま逮捕されるのあった

なんでアイマスなんだよFGO書きたいBL書きたいとゴネ出す汀こるもの

バンダイナムコSideMの方で我慢しませんか? グラブルコラボイベントならどうですか? などの説得を受けるも、交渉は難航する

最終的に、ミステリサーの姫時代黒歴史をほぼそのまま安斎都に演じさせる大胆な台本が完成した

佐藤聡美佐藤利奈を完全に間違えて記憶していたせいで千川ちひろ

「私きになります!」と言わせてしまった、米澤穂信

最終的に、楓さんが「呪文十文字」というダジャレを言うのであった

富士茄子の神に愛された強運に立ち向かう白菊ほたるの諦めないコミュを真面目に書き始める城平京

割と真面目にこの人こういうキャラクタが好きだと思うから書けばいいと思う

最終的に、案外普通の最終巻と虚構推理の最終巻と虚構推理の第二部開始のマガジンRが爆売れするのであった

はいあさりななみー

はい、いしもちあさみ

と、バンナムからの依頼を完全に勘違いし一人合作アップロードする石持浅海

最終的に、碓氷優佳が棟方愛海にわきわきされるイヤラシイ小説森奈津子に描かれることとなってしま

意気揚々前川みくにゃんの隠された大阪キャラを引き出そうとする有栖川有栖

しかし開発スタッフに「こうサブリミナル効果奈良に海があるように見せてください! あのトリックは失敗じゃないんです!」と謎の主張をし

最終的に、リレー小説から離脱することになってしまった

WOW!! NEED!! 〜シンキングモンキー 歌唱拳〜 ってクイーンの歌ですよね!

DETECTIVE HIGH! ~恋探偵物語~は完全に夢水シリーズだし、もはや真美は赤い夢であることは確定!」と訳のわからないことを言い出すはやみねかおるだが、早々ににっちもさっちもいかなくなり、

最終的にデレマス三重出身アイドル三重弁の講釈をさせるコミュができあがるのであった

ちょっとちょっと三重への地元愛なら僕も負けてませんよー!」と張り切り出す黒田研二

ところが真かまいたいちの悪評はバンナムにも届いており一向にオファーはこなかった

最終的に、実はレディレイトンVS大逆転裁判脚本を書いていた黒田研二であった

京都の二十歳は京都出身に二十歳のアイドルがいないことに絶望し断筆を宣言

そこから始まる歴史改変により、うなーの人はいつまでもうなーの人のままであり

最終的に、メジャー2のエロ同人誌によりうなーの人は一躍時の人として成功を納めるのあった、うなー

高橋さん、おれ、またシナリオライターやります!」と大槻ケンヂに山ほどカレーを食べされられてハイになっている、うだるちんはそう宣言した

うだるちんは、大下うだるが元ネタから実質ミステリ作家、実質ミステリ作家なのだファウスト短編乗せたことあるし! ファウスト短編乗せたことあるし!

しかし、あの当時の暴露グセがまた出てしまい、2ch大炎上

最終的に、

こなゆきがそーらから

やさしく、おりてくる

てのひらで受け止めて

雪が切ない

どこかで見てます

あなたは立ち止まり

思い出して、います

空を見上げながら(ここで春香が映る)

嬉しそうに雪の上を歩くあなた

私には本当に愛おしく見えた(ここでやよいが映る)

今でも覚えている、あの日みた雪の白さ

初めて触れた唇の、ぬくもりも忘れない

あいすてぃるらぶゆー

粉雪が私に、いくつも降りかかる

暖かいあなたの、やさしさに似ている

楽しそうに、話をして、くれたあなた

私には心から恋しく思えた

いまでも夢をみるの

あの日、見た白い世界

あのとき触れた指先の冷たさも忘れない

アイスティルラブユ

いまでも覚えている

あの日見た雪の白さ

はじめた触れた唇の、ぬくもりの

粉雪のようなあなたは汚れなく綺麗で

私もなりたいと、雪にねがう

アイスティラーーーーブユ

新聞がカサカサする音

めくるときのカサカサを聞くと眠くなる。

子供のころ、日曜日とかにお父さんが窓際でカサカサと新聞を読んでいて、それは時間がすごーくゆっくりになって、そのカサカサと窓から入ってくるふわふわした風の心地よさでよく二度寝した。

自分でカサカサとめくりながら読んでも、あの日ほどではないが時間ゆっくりになって、あーねむい。昼寝しよ。

2017-05-12

http://anond.hatelabo.jp/20170512121042

はーいマジレスしますよー

排卵検査薬というものが出ている

たまごがないと受精しないんだから排卵日は正確に特定しろ

基礎知識はあるものとする

精子寿命は3日ほど、たまご寿命は1日もないくらいと思っておこう

排卵の前日、当日の2日で3回くらいはやろう


あと、偶然かもしれないが、俺の経験

心身ともに好調な時に出来やす

睡眠食事運動大事

うちは山登りした翌日に出来た

俺も妻もあの日は充実感があった


追い込まれると出来にくいと思う

メンタルも体も、幸福感持ってやろう

2017-05-10

http://anond.hatelabo.jp/20170510074328

国会ウォッチャーwww

あの日死ねま~んに毛が生えたようなのをありがたがって

年末国会ウォッチャー」で流行語大賞ですかwww

今度は民進党の誰が受け取りに来るのかねwww

二年連続で山尾っすか?www

2017-05-09

東日本大震災でも規律が乱れなかった理由って

よく「他国民族比較して日本人規律を重んじる証拠」で引き合いに出されるけど、違うと思うんだよね。

あれって別に規律を重んじてるからじゃなくて、誰もがただ疲れてただけじゃないの?

自分あの日都内の某駅から自宅まで歩いて帰った身だが、あの日は本当に疲れていた。

福島はこんなもんじゃなかったろうが、都内結構揺れて、金曜日の午後にビルの中で仕事をしていた自分はあの揺れで死を覚悟した。しか避難のためにビルの外に1回出て、ビルに戻ったら同じような揺れがもう1回あったんだ。

さすがの自分にもこれは堪えた。

疲れた心と体を徒歩で家に持って帰るのが精一杯。

あの時あの場で略奪だの強盗だの、何か問題を起こそうという発想は全く無かった。

海外では災害が発生するとお決まりのように略奪だの強盗だのが発生するらしい。

そういう事象に対して、自分は「よくそんな体力があるなぁ」とか「そういうタイミングでないと物資が確保できないほど困窮しているのか」とか、そういう感想しか出てこない。

少なくとも規律を重んじてたわけじゃなかった。本当に疲れてたんだ。

2017-05-07

ずっと好きだったんだぜ

Facebookにモトカノが友達候補にあがった。あの頃の笑顔のまま。

結婚したいくらい心から好きだったけど、あっさり振られたのをよく覚えてる。

今では彼女名字は変わっている。そうか、子供はいないのか。

あのころSOHOで夢をおいかけ、ギリギリ生活を送ってた自分も、今はなんとか社会に溶け込めている。

それなりの地位収入を得ることができてる。

きっとあの頃の君は、僕に対して「あぁ、こいつはダメだな」って思ってたんだろう。

ダメなヤツには変わりないが、愛する妻と娘達に囲まれ仕事もなんとか乗り越えてる。

から別れを切り出されたあの日からスイッチしたんだよ。

ようやくふんぎりつきそうだ。

ずっと好きだったんだ。でも、それはもう過去の話だ。

俺は人並みのシアワセっぽいモノを手に入れた気がするよ。

2017-04-28

ネットエロ写メをあげたことがある

ネットってかツイッターな。

もう一年近く前になるけどツイッターで「裏垢」なるものをやってた

JCJKって記号だけで男がホイホイ釣れるんだよ 実際自分はその位置にいたかさらに男が釣れた

多分承認欲求と性欲が合致して尚且つ自分危機感倫理観が無かったからそういうことが平然と出来たんだと思うんだけど。

中3あたりから初めて高1までやってた(今高2)んだけど親にバレたんだよね

どうバレたかってツイッターアカウントメアドじゃなくて電話番号登録した挙句連携さなかったんだよ

今考えてもアホとしか思えないミス

母親に震える声で「これなに?」って見せられたとき人生終わった死のうって思ったよね

母親ツイッターとか全然分かんなくて、父親が見つけたらしいんだけど、本当にその時ばかりは死のうとしか思わなかった

まあ当然ツイッター全面禁止になって両親とも関係が険悪になって…

時間が経って今、ツイ廃自分ツイッターやめられなくて親に内緒ツイッター再開して、親ともまぁ普通に喋れるようになってさ、見た目は通常に戻ったんだよ。

でも心のどこかであの日からずっと「あのことがあったから私は親に何も言えない」みたいな、言葉では表しづらい何かがあるんだよね

エロ写メ上げたのがバレて親に泣かれた時、「自分ってそんなにかけがえのない存在だったっけ?」って純粋に疑問に思った

親の私への態度は申し訳ないけど優しい親とかいい親とか言えるようなものじゃなくて、友達に親の話をすると「親大丈夫?どっかおかしいんじゃない?あんたのことマジで嫌いなんじゃない?」とかっていわれるレベル

うそんな親の被扶養者になってるのも嫌だし、親もそんな人間のクズみたいな私と一緒にいるの嫌だろうから家を出たいって言ったらそれはダメだの一点張り

親の気持ちが全く分からないし、こんな自分死んだほうがいいよなァとあの時を思い出すたび考える。

2017-04-27

自動筆記

ニューサロメ ぼくってさーあ

君のさあ でも知らなくない?

わくわくしてたのに、あの日は…

好きだったのか?そんな気もするが

おどっておこう!世界も終わるし

もうさーあ やんなっちゃうよな

いままでなんだったんだろう

でもなんかいい感じ

あーあこれが自由

紙コップ自販機

つらくない?いつもあの

赤ランプ どきどきするし

なんだか遠くの星にきざまれた傷の

ような気がして…やりきれない…

はいつも大丈夫 お祈りの時間

刻一刻 減ってます わりと いいね 平気

チャックが まれに とじていた だめになる

スポイルされた この 行き場のない グミ

アイスクリームなの? でも、とうめいだから

とうめいのほうがずっといい お湯もだし

私ばっかりって感じ あついし…

卓越 かんじがきらいです

ウォークインクローゼット やんなっちゃうよ

よんどころない とけている ゆるくゆるびもてゆく

からなんだよ?

コンクリートにも 相手をしてよ いくところもない

シャープペンシルがにらむ ボールペンにすさまじく遠く、知らない これってなんだ?

のど、のど、のどかわいた…そんなに遠いのにさ?

ワークスペースうさぎ、またピクミンしよう

からはじまることばの数の知らない家の知っている人

リサ砂糖ならす夜のダンス

夢の中でやってしまった苺色のカンパリ飲み干して護ってた純潔ゆくゆくはブランコに放り投げちゃえ

あんなに大きな冷蔵庫では二度と出会えない

オウムの足つき本当に愛しているんだろ

昨夜落ちてきたピンクマリッジブルーちょっとしょっぱい結晶でした

文化おくるみゆっくり左岸左岸

わけのわからないことを言おうと頑張る乳幼児は早速パーティーへ繰り出して乗り回せ

宿題は軽やかにニューカレドニアへ向かい最終的にはコンビニ店長になる心算

大人を分かる気のない子供いじめてやるぞお前などずっと嫌いだったんだ大好きだから

2017-04-24

http://anond.hatelabo.jp/20170424123036

高速で流れエアリプでも空気に参加できるローカルタイムラインあの日しかったネットのいろいろなものに似ていたのだ

彼らが投影していたものは(人多い)IRCであったり(人多い)ICQであったり(実況の)2chスレであったり(ネタバカだらけだった)ニコ動であったりする

イエスタデイワンスモア

2017-04-11

明日、夫に離婚を切り出します。

夫へ 

ようやく、あなた離婚意思を伝える決心をしました。

この決意が鈍らないうちに、私はここに文章を残しておきたいと思います

気持ちをまとめておきたいのです。

拙い文章になりますが、あなたに語りかけるつもりで書きますね。

あなたは今、自室に篭っています。寝ているのでしょうか?

あるいはパソコン麻雀ゲームでもしているのでしょうか? 

あなたはもう何年も、まったく働かずに、

ずっと家の中でツイッター麻雀ゲームをしていますね。

あなた麻雀好きなことはよくわかりました。

でも、さすがに1日8時間はやりすぎではないですか? 

その時間の半分を、就職活動に充てる気にはなりませんか?

私はこの文章を書き上げたら、今日は早めに寝ます

そして明日の朝、あなたにはっきり伝えます。「離婚しよう」と。

あなたはどんな反応を示すでしょうか? 

驚くのでしょうか? それとも、ついに来たと思うのでしょうか? 

いずれにしても「遅すぎた」というのが私の今の正直な気持ちです。

どうしてもっと早く決断できなかったのだろう? 

5年前に言えたらよかった。3年前でもずいぶん違っていた。

時間は巻き戻せません。

この12年の結婚生活を振り返るたびに、私は深い後悔と絶望に苛まされます

私の人生ってなんだったんだろう? 

子供のころに夢見ていた、幸せ結婚生活って?

特にこの7年は、あなたを養うことで精一杯でした。

そう、残酷だけどはっきり言います

私はあなたを養っています。ずっと働いて。母親でもないのに。

私は今年44歳になります。どこからどう見てもオバサンです。

再婚なんて無理だと思う。

あなたと別れたら、猫でも飼って、静かに生きていけばいいかしら? 

もちろん前向きなことも考えてますよ。離婚後は新しい仕事にも挑戦したい。

今はスーパーのお寿司屋さんとスナックのかけもちで精一杯ですが、

本当は事務などにも興味があるのです。

ブランクがあるし、今さら私を雇ってくれる会社があるかどうかわからないけれど。

でも、私は少なくともあなたよりはよほど真面目に社会と向き合っていますよ。

なぜ離婚を決意したか? 

理由シンプルです。あなたが働かないからです。

決して働かないあなたに、私は心底、失望しました。

結婚して最初の2年は良かった。

あなた広告会社営業マンとして地道に働いていた。

今思えば、あの2年間が、私にとって唯一の幸福な期間だったのかもしれません。

毎日主婦として、あなたの帰りを待っていました。

家事なんて少しも苦じゃなかった。

毎日掃除をして洗濯をして料理をするのが、楽しくてしかたなかった。

でも、そんな日々はあっけなく終わりました。

あなたが何の相談もなく会社を辞めてしまたから。

ボノボのワッペンで食っていく」

あなたは言いました。私はまったく意味がわからなかった。

ボノボ? ワッペン? どういうこと? 

私の困惑をよそに、あなたはどんどん話を進めていきました。

あの日のこと、今でも決して忘れません。

突然、家に大量のダンボールが届きました。

あなたはご満悦の表情で、ダンボールの封を開けました。

中には大量のワッペン

すべてにボノボイラストが描かれてました。

「これは売れるよ。仲間と作ったんだ。アイデアは俺。

ボノボ、知ってるだろ? サルの仲間。

これからはね、ボノボがくるよ。必ずくる。

ボノボブームはすぐそこまできてる」

唖然しました。ふっと眩暈がして、気が遠くなりました。

私は崩れ落ちないように、どうにか膝に力を入れて、必死で立っていました。

あなたはそのあと、ボノボのワッペン販売サイトを作り、通販事業を立ち上げました。

でも、すぐにやめましたね。たしか三ヶ月ぐらいではなかったですか? 

一体、ワッペンは何個売れたんですか? 

私が知る限り、あなたが発送作業をしている姿を見たことがありません。

あの時あなたが仲間と呼んでいた人たちは今どこで何をしているのですか?

あれから7年が経ちました。

あなたツイッターアイコンは相変わらずボノボのままですね。

つぶやきの内容はネット麻雀の戦況記録ばかりですが。

私の人生は、あなたネット麻雀応援することですか?

「働かないの?」

何百回、聞いたことでしょう。あなたの答えはいつも同じ。

「今はメンタルが不調だから

もう聞き飽きました。もし本当にメンタルが不調なら、

きちんとお医者さんにかかるべきです。

でも、それを言うとあなた露骨に不機嫌になる。

「俺を精神病扱いしないでくれ」と。

私が仕事を探してきて、あなたに紹介しても、答えはいつも同じ。

「そんな誰でもできる仕事はしたくない。人生は一度きりだから

誰でもできる? あなたに何がわかるんですか? 

あなたはそれらの仕事の内実を知っているのですか?

本当は、あなたはそれすらできない人間なのではないですか?

ひたすら私に寄生して、このままずっと生きていくつもりではないですか?

最後に、私が完全に離婚を決意したきっかけを伝えておきますね。

あなたはある日、ツイッターで知人宛にこんな風につぶやいてましたね。

「そろそろうちの嫁も切れるかもしれんw

もし別れることになったら、誰か他に養ってくれる女を探さないとw」

さすがにまずいと思ったのか、あなたはそのツイート半日ほどで削除しましたね。

でも、私はしっかりこの目で確認しましたよ。スクショしておけばよかったかな。

いずれにしても、あなたは本当にクズです。

あなた結婚したことを死ぬほど後悔してます

ここに書いたことを、明日、直接話しますね。

では、今日のところは寝ます

おやすみなさい。

2017-04-10

忘れてしま

もうずっと昔のこと。

ヒト一人が生まれて、大人になって、そこからまたヒトが生まれるぐらいの昔のこと。

だけどすごく大事な、自分の中ではとてつもなく大事なこと。

だったのに。

あの時はあんなに忘れないって思ったのに

忘れられるわけなんてないって思ってたのに

そんなことは不可能

気が付いたらそのことを一度も思い出さずにいる日があって

そんな日が気が付いたら週に何度もあって

気が付いたらそれが1ヶ月の半分ぐらいになって

でも時々思い出して泣くんだよ

つの間にか、思い出しても涙が出なくなって

つの間にか 思い出せていたはずのディテールあやふやになって

つの間にか 靄がかったようなぼんやりしたものになって

その頃の辛かったことなんてもう思い出せないけど

その頃の幸せだったことだけは何故か消えなくて

壊してしまった理由は鮮明に覚えてるのに

あの日激情はとうに消えてしまっていて

悲しみは薄れこそすれ

愛しさは消えることはないのに

それなのに、思い出せない

今もこんなに愛おしく思っているのに

忘れてしま

砂時計の砂粒よりも小さい欠片になって崩れていくように?

素焼きの器から水が染み出していくように?

つの間にか

その笑顔さえも

2017-04-07

「女は具体的なアドバイスより共感を欲する」ってさぁ

ならあの日死ねも「うんうん大変だねしんどいねわかるよ」って言っときゃ納得するんかい

するわけねーだろ

都合のいい時だけ都合のいいこと言いやがって

2017-04-06

今でも忘れられない

 今からもう3年くらい前、自殺しようと思った。統合失調症にかかって約7年くらい経った頃のことだった。

 私の場合幻聴死ね死ね毎日追い詰められ、死に方も指定されていた。しかし、幻聴指定された死に方で死ぬのは嫌だった。そして、病気のせいで死ぬのだから私の身の回りの誰が悪いわけでもない、ということを示すための死に方が良かった。結果、水中毒で死のうと決めた。これなら、統合失調症の症状でまれにあることだし、私が死にたいと思って死んだのだと周りの人々に思われることはないと思った。幻聴指定された死に方でもなかった。この方針が決まった時、「やったぞ!私は奴らのいいなりにはならないで死ぬんだ!」と心中快哉を叫んだ。

 500mlのペットボトルを大量買いした。そして両親が寝静まった後、いつも処方されている量の睡眠薬を飲み、静かにそれらを飲み始めた。

 ボトルを何本飲んだ頃かは忘れたが、段々と意識朦朧としてきた。その朦朧とした意識の中でふと思った。

 「これ以上飲んだら本当に死んでしまうかもしれない」

 だが、それでもさらに飲むことを選んだ。この時の気持ちは今でも忘れられないし、この文章はこの気持ちを書き留めるためのものである。ただ、言葉にはできない。

 そのあとの顛末間抜けものだ。私の体に入った水分は綺麗にシモから抜けていき、今もこうして生きている。

 それから生きてて良かった悪かったは当然あるが、そんなことはどうでもいい。

 あの日快哉を叫んでから世界金色に染まったかのように見えたこと、夜中に一人でさらに死にやすい方向へと舵を切ったこと、それらが今でも忘れられない。

 それらを今でも忘れたくない。

やれたか委員会

中学の時、朝練が急きょなくなりいつもより早めに教室に入ったら、隣の席の女の子が何人かでエロ本を読んでいた。

「何やってんだよ・・・」ってクールな感じで切り抜けたけど、「絶対言わないでよ」って言われてから、その子からのボディタッチが日に日に多くなった。

ある日の帰り道、方向が一緒だったので一緒に帰っていたらエロ本の話になって「ウチくる?」って話になり生まれて初めて女の子の家に行くことになった。

部屋に入るまでは特に思わなかったけど二人きりになった途端、なんだか急に恥ずかしくなってドキドキして無口になった。

親は仕事でいないらしく童貞の俺でもこの状況はやれると確信できる空気だったのだけど、無言の空間に怖気付いて「用事思い出した」って言って帰った。

あれから席替えやらクラス替えがあったけど、あんまり話さず高校も別々になった。

そんなクラスメート女の子から突然Facebook友達申請メッセージが来て飲みに行くことになった。仕事上京しに来たらしい。

もう30近いし中学のころからさすがに老けてたけど、笑顔の素敵な巨乳女性に成長していた。

仕事の話、高校大学の話、どこかに旅行行った話など他愛もない話で盛り上がって楽しかった。

2件目を出てそろそろお開きかなと思い「品川駅まで送ってくよ」と言ったら「泊まっていい?」と言われて、あの日の思い出がよみがえった。

女の子の部屋の匂いキスしそうな空気の中で逃げ出したこと、置き去りにした俺の青春走馬灯のように脳裏を駆け巡った。俺はもう子供じゃない!

一呼吸置いて「おう、いいよ」と返事をしたら「増田はいくじなしだからやっぱやめとこ」って笑顔でそう言って、その子は本当に新幹線に乗って帰ってしまった。

これ、やれましたかね?

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