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はてなキーワード: あの日とは

2021-05-18

[]多すぎリスト

■勤務先が清算となり、無職として放り出されてしまった https://anond.hatelabo.jp/20201028172038

■父から受け継いだ不動産会社倒産させてしまった話 https://anond.hatelabo.jp/20201210171619

■1年半ずっとATMとして働き続けたときの話 https://anond.hatelabo.jp/20210218173806

とある地方書店員リストラhttps://anond.hatelabo.jp/20210212152601

あの日浜松町で君と出会った https://anond.hatelabo.jp/20210312170624

■あまりイキってないコンサルと一緒に仕事をしたときの話 https://anond.hatelabo.jp/20210323163551

■あえぎ声を書くバイト https://anond.hatelabo.jp/20210408000218

中国韓国との競争に敗れ衰退が続く日本造船業について https://anond.hatelabo.jp/20210518071533

"デリヘル増田"というあだ名増田内では使われていないのでその名称増田内をググっても無駄。"デリヘル増田"はブクマカによる呼び名のようだ。しかブクマをググっても疑心暗鬼なっているだけのブクマカが引っかかることも多く、リスト化するのは困難だ。

おそらく別人のデリヘル増田

はてなを始めて変わったこと ttps://anond.hatelabo.jp/20150305205332

風俗ってやっぱり怖いと思った ttps://anond.hatelabo.jp/20170503151209

■初めてデリヘルを呼んだ。けど何もされなかった話 ttps://anond.hatelabo.jp/20210412085701

高専卒業してデリヘルスタッフになった(2018/12/7追記しました) ttps://anond.hatelabo.jp/20171012235300

人生初高級ソープランドに行った ttps://anond.hatelabo.jp/20180620212934

デリヘル待機 ttps://anond.hatelabo.jp/20180912000548

風俗は人に正直であれ ttps://anond.hatelabo.jp/20180831225654

風俗狂い卒業セット ttps://anond.hatelabo.jp/20181001213032

風俗狂い卒業できなかった。 ttps://anond.hatelabo.jp/20181008231324

大阪出張記録4日目~デリヘル編~ ttps://anond.hatelabo.jp/20181121204805

■ヤケクソでプロ「年下のお姉さん」に責められて絶叫絶頂しちゃった件 ttps://anond.hatelabo.jp/20190323001905

■8か月ぶりのデリヘルちゃん ttps://anond.hatelabo.jp/20190411095546

■50人に振られても恋人は作れた ttps://anond.hatelabo.jp/20190424153033

女装オフパコレポ ttps://anond.hatelabo.jp/20200105155501

■初めてデリヘル呼んだ ttps://anond.hatelabo.jp/20190925015219

デリヘル嬢に説教されるから生き方を変えたい ttps://anond.hatelabo.jp/20190924223545

■お父さんはお家でお留守番しててくださいっ! ttps://anond.hatelabo.jp/20200208181956

出張先でデリヘル呼んだ話 ttps://anond.hatelabo.jp/20200218090643

デリヘル経験(計4人)での本番行為について ttps://anond.hatelabo.jp/20200309173449

■今もデリヘルを週イチで呼んでる私から現場報告 ttps://anond.hatelabo.jp/20200509134252

鳥取デリヘル呼んだらクソだった話 ttps://anond.hatelabo.jp/20201229025846

■2年間かけてコンジローマを治した ttps://anond.hatelabo.jp/20200713153331

まだ他に存在する。「勤務先が精算になり……」で既にいつもの人扱いされている。2020年3月10日にも目撃談がある。デリヘル増田多すぎ。

2021-05-15

anond:20210515063337

ここ最近って何年前からの話だよ

もしここ4,5年程度のこと言ってるならお前はそもそも電磁波に鈍感で被害を受けない体質だから気にする必要ないぞ

26年前のあの日からもうすでに限界ギリギリで防護策無しで生きてこれなかっただろ

もしそうでないならただのプラセボだよ、しっかりメンタルケアすれば今までどうり健全人生に戻れるから頑張れ。

2021-05-09

恨みから五輪中止の署名をした

はじめに言っておくが、自分政治がわからない人間である。それも考慮して馬鹿戯言として読んでほしい。



連日、五輪がうんぬんと騒がれている。

正直、自分の力でどうのできる問題では無いため横目で見ていた。

しかし、4/25の緊急事態宣言により、予定していたイベントが中止になった。

イベント中止については、「しょうがない」と思った。イベントに行くために人の往来が増え、その往来という行為感染助長するのではないかという考えだろう。

けれども、『五輪は開催される』ということに腹がたってきた。自分あの日しょうがないと割り切ったイベントは開催されないのに、五輪は『特別から』という顔で見下しているように感じた。

許せない。

五輪運営側五輪世界なうたらかんたらとか自分はさぞ立派だから行うべきであるというようなことを言っているらしいが、本音は金のためであるらしい。

しかし、そんなのとはどうでもいいのだ。

あの日、中止されたイベントの方が自分にとってはオリンピックより世界的に立派なイベントであり、行うべきものなのだ。それが中止になったんだから五輪も中止にするのは至極当然なのだ

……こういう自分のような小さな火種五輪中止の署名をした。

五輪運営自分たちがどういう人間から、今回恨みを買ったかよく知っておくべきだと思う。

どうやったら五輪を確実に中止にできるのだろうか……。

2021-05-03

わたしBLEACHの話、あるいは一生に一度の大失恋の話

※近年まれに見る気持ち悪い内容です。読後の苦情は不可、まあ匿名から全然いいけど

 さて、BLEACHの話をしようと思う。

 と言ったけれど、多分その言い方はあまり適切ではない。これはある意味わたし一世一代の大失恋の話なのである。そう、タイトル通りです。もう2度とあんな恋はできないと思うなあ、ほんとに。

 彼(BLEACHのことですが)との出会い中学時代だった。当時仲良しだった先輩に貸してもらったことがきっかけで読むようになり、なんだこれ面白い、とめちゃくちゃはまった。

 多分本誌はまだ尸魂界編の途中だったかな。とにかく藍染はまだ柔和な笑みを浮かべてるような頃だったと思う。や、死んでたくらいかな。あいつの演技はほんとアカデミー賞もらえるレベルだったよ。

 それこそ中学生なので、周りの友達はその頃誰が好きだとか、あの2人は付き合ってるとか、そんな話でもちきりだった。

 今みたいに大々的にオタク人権を持つ時代ではなかったので、わたしオタクであることをひた隠しにして生きる他なく、恋愛話題にもちゃんと乗っかり、それらしく擬態してはいたけれど、本当はクラスのAさんBくんの甘酸っぱい恋愛なんかより、わたしはずっと一護ルキアのことを考えていたかったのだ。てか考えてたけど。

 驚きの気持ち悪さだと自覚はあるけれど、事実なので仕方がない。あの頃のわたしは、なにより一護ルキアの行く末を思って胸をときめかせ、涙を流していた。

 それこそ自分の恋で泣いたことより、2人のことを思って泣いたことの方が多いくらいだ。人生トータルしてもそうかも。だって当時の日記には、一護ルキア未来を憂う病みポエムまであった。まじでやべえな、我ながら。

 作品も、現世編、尸魂界編、ここまではもう最高に大好きだった。今でも一護白哉を倒し、そこから怒涛のように藍染が天に立つところまでの流れは凄すぎると思っている。

 尸魂界編の最後ルキアが現世には一緒に帰らないと言った時だって悲しくはなかった。一護、いい表情してたから。はいはい、強がっちゃってねとは思ってましたけど。

 そしてその後始まった破面編。いやそれだって最初は良かったのだ。あまりに強い敵に心を折られる一護。そこではい登場!俺の光。最高でしたね。

 だけど、少しずつ雲行きが怪しくなっていった。

そして忘れもしない、第237話『goodbye,halcyon days.』 

 もう無理かもしれないぞ?と思った。なんぞこれ?ってなった。でも、まわりの男友達複数名あのシーン好き!って言ってたから男からしたらいいのかもしんない。5回生まれ変わっても好きになられたいのかもしんない。まじかよ。わたしはどうせなら毎回違う男と結婚したいですけど。

 ちなみにその男友達たちにはどうせおっぱいだろ!って理不尽にキレといた。情緒不安定かよ。こんなキチガイ友達でいてくれてありがとう

 ちなみにもはや言い訳になるけど、織姫のことだって最初から嫌いなわけじゃなかった。初期の彼女はすきだったよ、ほんとだよ。

 いやわかってる、単純に一護のことがめちゃくちゃ好きなんだってことはわかってる。いい子……なんだとも思う……思いますよ……だけどもう鳴き声みたいに黒崎くん黒崎くんといいだしてからは、どうしてもこれは無理だ……!ってなった。

 

 でもまあ、その後もしばらく読んだんだよね。一応最終章に入るまでは追っかけてた。でもやっぱりどうしても段々と作品自体を愛せなくなり、勝手批判ばかりが頭に浮かぶようになった。その時もうわたしはこのコンテンツのお客さんではなくなったのだと感じた。

 嫌なら見るな、まさにその言葉通りだ。だから読むのをやめた。それでも大好きだった気持ちは忘れられなくて、漫画を捨てることはまだその時はできなかった。好きだったところまで嫌いになる必要はないと思ったし、そんな簡単じゃなかったから。

 そのままずっと、みないままでいた。封印してた。

 だけど、何事もそうであるように、BLEACHにもやはり終わりはやってきて。いよいよ来週最終回だという噂を耳にした。さすがにどうなったんだろうと思って、ネット検索した。あれは確か会社からの帰り道、多分木曜か金曜か。そこでわたしはいわゆるネタバレサイトが何かを元にしたんだろうネットニュースをみてしまった。

 そこには一護織姫結婚して、恋次ルキア結婚した、と書かれてた。信じない、信じないぞと思いながらも、多分震えてしまってたと思う。

 そして来る月曜日。いやーぜーんぶ本当に本当でした。そうして想い出は、粉々に砕け散った訳だ。

ほらね?これは一世一代失恋と言っていいのでは??自分失恋なんてもはやほとんど覚えちゃいないのにね。

 その後、捨てられないでいた既刊は全てBOOKOFFさんに売りに行きました。わたしはもういよいよ作品の読者として相応しくない存在となりましたので。元々なってたけど!

 いやーーーでもさあなんでああなったかなあ?真咲と織姫太陽として描写されていたから、こうなるのでは?っていう考察ブログもあったんだけどさ(いやそのブログはまじで凄いんだけど)

 結局黒崎一護はお母さんを護りたかったあの日からなにも変わらなかったということでしょうか。井上織姫は母の代わりの太陽ですか?男の子母親に似たひとを好きになる理論強すぎか??そりゃマザコン男による離婚騒動永遠になくならないわけだよ。しかもなんだかんだ同じ世界に生きるもの同士でくっついちゃうんですか?お互いに背中を支える月のような彼女ではだめだったんですか?

 うん、だめだったんだね。少なくとも、男女として生きる相手にはならなかったんだ。いやしかし、男女の辿り着くゴールが必ずしも性愛であるというのも逆に古いのか?もしかしてわたしの方が固定概念に囚われているのか?

 でも最後負け惜しみを言わせていただくと、わたしはやですけどね!!自分を護ってくれるけれど。そのために何度でも立ち上がってくれるけど!女として愛してくれるけど、家族になったけれど、それでも彼の後ろにはあの小さな背中が一生ちらつくなんて。

 ふんだ。

 あ、でもね!ただひとつ言っておくけれどBLEACHという作品は今でもすごいなあと思っている。めっちゃ面白い

 わたしわたし特有のめちゃくちゃ気持ち悪い理由で読めなくなってしまったけれど、あのポエムといい、キャラデザといい、唯一無二にも程がある。

 世界の多くの人よ、もしもまだ読んだことなかったら、そして暇だったなら、この何もできないGWにはぜひともBLEACHを読むといいと思う。

 あの〜ところで白猫コラボやったら、唯一織姫けがガチャで出たんですが?これは何かの嫌がらせでしょうか?しかも意外と使い勝手いいじゃねーか、育てちゃったよくそ

2021-05-01

友達との極細の糸が切れた

たった今、中学からの数少ない友達との糸が切れてめちゃくちゃ動揺しているからこうやって文章を書いて気持ちを落ち着かせている

「糸が切れた」というのは、分かると思うが「連絡手段が無くなった」という意味

そもそも連絡が取れなくなるってなんなん?そんなヤツ友達と言える人なのか?自問しながら泣きそう

タイトル通り彼女との糸は極細だった。それには理由がある。至ってシンプル

彼女が異常に連絡先を変更する人だった

まらいくらシンプル。そりゃ切れるわな

中学の時に教えてもらったアドレスはもちろん電話番号卒業して早々にゴミと化した

まぁ連絡取れないにはどうしようも無いわけだから私は諦めて彼女中学の思い出に成り下げた

あの日までは

大学生とき休日地元図書館勉強することが多かった

彼女とばったり再会した

本当にうれしかった。彼女たまたま来ただけだったからあれは間違いなく奇跡だった

もう一度連絡先を教えてもらった。すぐ変えたでしょと聞くと彼女はゴメンゴメンと言った。あなたはなんとも思ってなかったのかな〜

成人式に一緒に行く約束をした。この頃にはLINEが普及していたけれど彼女はやっていないと言っていた。変わってるよね本当

もちろんアドレス(Gmail)は早々にゴミになり、電話番号ショートメールでのやり取りが続いた

連絡する頻度は低かったけれど何度か会えたしさすがに関係は磐石なものになったと思っていた

しか事件が起きた。もちろん……

彼女電話番号を変えた

終わったと思った。けれど私は最後の極細の糸を見つけた

Facebookメッセージ機能

流石に泣きついた。切れたくないと送ったら彼女からはゴメンと送られてきた。あなたはなんとも思ってなかったのかな〜(2回目)

新しい電話番号を教えてもらった。ここから再放送

最後にやり取りしてから半年経った今日彼女電話番号ゴミになった

Facebookアカウントは消えていた

これで正真正銘おしまい

自分でもここまで読み返して、

あれ?今思えば向こうは私のことなんとも思ってなかった説??

中学出てお別れしたのが私たちの終わりだった?私が執念深いだけだった??

向こうは鬱陶しいと思ってた??

という疑念が出てきそうになったがそうじゃないと思いたい

本当に、本当にどうしようもなくふわふわした友達でした。実家の住所でも聞いておけばよかったな

2021-04-30

何で五輪反対なの?

夏の五輪なんて一生に一度だぞ

あの日本開催のワールドカップの熱を思い出せよ

子供だった頃のあのお祭り騒ぎは今も胸に焼き付いてるだろ

子供たちにとっても一生の思い出だ

日本世界の中心になるんだよ

何でそんな機会をみすみす逃すような真似するのか

お前ら大丈夫か?

2021-04-28

首を吊ってる母親を、自分の手でドアから降ろした話。

これも結構前の話になる。

「そういえばあの時、どんな気持ちだったっけ?」と思い返す機会があったので、折角なので文字に書き残しておきたい。

そうすれば胸に落ちるものも、もしかしたらだけど多少はあるんじゃないのかな?って感じで。

内容が内容なので、少し長くなるかもしれないけど、お暇な方がいらっしゃいましたら読んでやってください。

あんまり仔細に年月日を狭めすぎるとアレなので、時期は今から7年ほど前。

ちょうど今のような、若干寒さも落ち着いてきたかな?ってぐらいの春頃のお話だと思って下さい。

当時の俺は大学入学したての、ピカピカの一年生でした。

兄の方がとても優秀だったんで、随分と見劣りはするけれど、俺の通っていた高校レベルからすれば「まあ頑張ったんじゃないの?」程度の大学へと入学

その筋のマニアには結構有名な、二郎インスパイアの名店が近くにある登り坂の長い大学ですね。

あれは本当に数少ない良い思い出です。メチャメチャ美味かったな。店狭いし、オッサン怖いし、汚いけど。

オススメは小ラーメン・麺少なめ・ニンニクマシ・アブラシマシです。

しか高校まではチャリ通で10分だったところが、電車を乗り継いで1時間半になったのは本当によくなかった。

職場学校は、絶対に自宅から近い場所を選びましょう。近い場所にないのなら、あなた引っ越ししまいましょう。(経験則

そんなこんなで深夜までゲームやらアニメうつつを抜かしては、中途半端時間に目覚めて、一限は余裕でアウト。

気付いた母親に叩き起こされて、仕方なく起床。もそもそと着替えて、遅刻前提の移動。

それで素直に大学まで向かえばいいものを、「途中で行くのも面倒くせえな」と地元カラオケで朝割フリータイムしてたり、本屋立ち読みしてたり。

入学当初からそんなんだから、とにかく授業内容は良く分からないし、眠くて眠くて仕方なかった。

何よりも人見知りだったもんで、良くも悪くも自由大学形式の授業とサークル活動に、いまいち馴染めずにいた。

大学は少中高と違って、能動的に働きかけないと友達はできないもんなんです。あの頃の俺に教えてやりたい。本当に。

夢見ていた大学生活は、俺にとってはただの眠気との闘いに成り代わっていたのである……。

そんなんで仲の良い友達全然いないもんだから、授業サボりまくって、図書施設ビデオ設備で「ロード・オブ・ザ・リング」とか「戦場のピアニスト」とか見てたな。

いや、完全に余談でした。すみません

とにかく、こんなカスの具現化みたいな大学生活を送らないよう、新入生の皆さんは頑張ってください。

話を戻します。

俺が小学校に上がるぐらいの前に、うちの母親は一度離婚している。だから俺は種親の顔をほとんど覚えていない。

自分ママとパパと話すけど、ふたり全然しゃべらないなぁ」とか「やたらと関西実家に行ったり、親戚の子がうちに来るのはなんでだろ?」とか。

そんなことを子供ながらに思ってたんだけど、今思い返せばそういうことだったんだと。

そんなこんなで気付いたら第一父親が消えて、俺が小学校二年生ぐらいの時に、新しい父親が来た。

第二の父親は、俺は子供ながらに「良い人」だと思った。

そりゃ向こうも腹を据えて、血の通ってない兄弟二人を抱えるわけだから、多少の上っ面は確保してくるには違いないんだけど。

一緒にお風呂に入れてもらったことが嬉しかったのを覚えてる。そんな第二のお父さんの背中には、ご立派な龍のモンモンが彫られていたけど。

仮初でも、その人は優しくて良い人で、色んな場所に連れていってくれたりした。なんかホテルが多かったな。海ほたるとかもよく連れていってもらった。

多分これまでの人生25年、その人が来てからの数年が一番幸せだったんじゃないかな?

中学に上がる前ぐらいの、それぐらいの間。ホント幸せだったと思う。ボンボンボンボンで、当時Xbox360COD4ネット対戦してたの俺だけちゃうレベルで。

母親も、その時が一番楽しかったんじゃないかな?

俺も兄貴母親父親も、心から「家族」を感じてた最後の瞬間だったと思う。

で、俺が中学に上がった頃に、第二の父親が手掛けていた事業が一気に傾いてしまったと。

これは直接見たわけでもなんでもないけど、父親の元同僚の方に聞いた話なんで、間違いないことだと思います

首の回らないレベル借金も抱えることになったと。

そっからの酒乱っぷりたるや本当に凄くて、中学生ぐらいになると俺も兄貴も(特に俺は)夜更かしをするようになってるから

ベロンベロン状態で帰ってきた泥酔親父に、子供相手に何を言い出すねんみたいな絡み方をされだして。

うわぁ、イヤやな……って、毎日夜になる度に鬱になってたのを思い返します。寝てたら寝てたで起こしにくるし。逃げようないやん。

そんな紆余曲折を経る中で、第二の親父が俺に放った言葉

「お前なんて、オレの本当の子供じゃねえんだからな?」

この一言が本当に忘れられなかった。シグルイのあの人ばりに、(この傷は二度と戻らんな)と泣きながら感じたのを覚えてます

しかもこれ確か、母親の目の前だった気がするんですよ。なんか二人で揉めてて、俺が仲裁に入るじゃないけど、間に入ろうとしたらこうなったみたいな。

酔うと貯め込んだ本質が出るタイプの人っているじゃないですか。つまりはそういうことだったんだな、と。

それ以降、父親と心を通わすことは一切なくなった。もちろん話したりってことはあるけど、他人みたいなことで。

そんなこんなで、それでも気付いたら中学生になって、高校生になって。

第二の父親は家からはいなくなって、お金だけを入れながら、たまに連絡を取るぐらいの関係になって。

こっからはもう蛇足なんで、ちょっと飛ばし飛ばし

小中校まではすごい楽しかったんですよ。面白い友達もいたし。なんで急に大学ダメになったのか、不思議だなぁ。

母子家庭あんまり余裕のある生活じゃないけど、塾にも行かせてもらって、奨学金も出る。

大学にも行けるんだと思えば、ちょっとぐらいの家庭内のゴチャゴチャがあるぐらいで不幸ぶんなよ、俺よりひどいやつなんて山ほどおるぞと自分自分を戒めたりもして。

そして母親の様子がおかしくなりだしたのは、このあたりだったと思います。ちょうど俺が大学受験を終えたぐらいの時分。

深夜、お腹すいたなーと思ってリビングに行くと、母親ワインと大き目なビニール袋みたいなんを用意してて、一人で黙々と飲んでて。

で、ちょっとなんか変な感じがして、母親の目から。据わってるって言えばいいのかな。とにかく、明らかに普通じゃないけど、普通を装うとしているのが伝わってくるような、そんな感じで。

無言でいるのも変なので、「なにこれワイン?家での飲んでるの珍しいね、いいやつなの?」みたいなことを訊いた覚えがあります

うちは父親の件もあったので、母親とはすごく仲良しだったから。

思い返せば、極度のマザコンだったんだと思います特に兄貴が遠方の大学にいってからは、実家には俺と母親の二人だけだったから。

とにかく変な雰囲気だったから、「お酒家で飲むの初めて見たかも!俺もひとくちもらおっかなぁ」みたいな、おどけてなんとかしようみたいなムーブをした記憶があります

「いいよいいよ。飲んでみな」と、母親が余裕で許可をくれたことも結構意外でした。酔ってたのかな?分かんないけど。

ド深夜、テーブルライトだけつけたリビングの机、ワイングラス、謎の大きなビニール袋。

なんかすげえヤバイことになってんのかな?と。

なんでだろう、このあたりから薄々感じ取り始めたというか、そんな気がしました。今までにこんなことなかったよな?って。

そして寝て起きたら、横に母親がへたりこんでるんです。体育座りを右斜めに崩したみたいな恰好で。

俺は一瞬、本気で死んでると思った。でも慌てて抱き付いたら、ちゃんと体温も呼吸もしてたので、本気で安心したのを覚えてます

えっえっ?ってなって、どうしたん?って聞いたら「いや、ちょっと……」みたいなことで、手元を見たらスカーフ?とハンカチを束ねて作ったような、首吊り用の縄?があって。

正直ワインときから厭な予感はしてたから、メチャクチャ驚いたし、なんで?ってなった。

「それはだめだって、それだけはだめだよ。これからどうすんの?」って泣きながら問い詰めた記憶があります

人間、本当に近しい人であれば、ちょっとした行動から、「なんとなく自殺しそうだ」というのが分かるものなんだって思いました。

マジでここらへんの記憶が、ずっと頭からこびりついて離れない。身体を下ろした時よりもキツかったかもしれない。

未だに良く分からない。要するに母親は、部屋のドアノブに縄を引っかけて、首吊り自殺をしようとしたんだと。

しかも俺の部屋のドアノブだった。誰のだったらいい、ということじゃないけど。この時には、兄貴はとっくに外に出ていたはずなのに。

首元を見たら、真っ赤っていうか、うっ血したようなアザになっていて、「失敗しちゃった」みたいなことを半笑い、作り笑いで言っていたような記憶があります

未だに後悔しています

あれだけ明確に希死念慮を見せていたにも関わらず、なにもできなかった。

母親がこのとき、俺に助けを求めていたのかは分からない。あるいは本当のショックを与える前に、「私は死ぬからね」という予告をしたのかも分からない。

兄にも周囲にも連絡をしなかった自分の愚かしさ。せめて身内だけには言うべきだった。

でも、言ってもどうにもならないんじゃないか、言われた側に負担を強いるだけになるんじゃないかと、どこかで想ってしまっていたのも事実です。

母親自殺をするかもしれない。どうか助けて下さい。」この言葉を俺はいったい誰に伝えればよかったのか、いまでもわからない。

救い方があるとしたら、それは俺がどれだけ母親が好きで、愛していて、感謝しているかということを、心変わりするまで何度でもいうことしかなかったんじゃないかと。

ある日、大学に行った。四月の上旬。はっきりと覚えてる。

ちょっと早めに授業が終わったのか?サボったのか。正直どっちでもいいけど、俺は家に帰った。

なんだかすごい胸騒ぎがしてた。兄も俺も家にはいない。家にいるのは母親だけ。

ただいまとドアを開けた瞬間、やはり自分の部屋の前で、足元に椅子を置いて、スカーフで作った縄を首にかけて、うなだれて扉にもたれかかる母親を見つけた。

凄まじい衝撃と同時に、「やっぱりこうなった」とどこかで思う自分がいた。

首にかけているスカーフ素手では取れなかったので、キッチンからハサミを持ってきて、片方の刃で切り落とした。

抱き抱えた母親身体は、思い返せば想像よりもずっと軽かった。

「誰か、誰か助けてください」と今までにいったことのような言葉を金切り声で叫びながら、居間の上にあおむけにさせて寝かせた。

そして震える指でスマホをうって、まず兄にコールした。

兄は大学二年生で、本来なら学生寮にいたはず。この日はたまたま里帰りをしてきて、何かを読みに本屋にいってくるといっていた記憶がある。

しかすると母親は、この日を待っていたのかもしれない。兄弟が揃う日じゃないと死ねないと思ったのか。分からない。

ママが首を吊ってた。いま俺が下ろしたけど、意識がない。救急に連絡するから、すぐに帰ってきてほしい」

と言って、すぐに電話を切った。兄は「わかった」とだけ言っていたような気がする。

家の場所を伝えて、どうか助けてくださいというと、すぐに救急車と救助隊の方々が来た。

俺は人命救助の方法とかがまったく分からなくて、もしかすると心肺蘇生とか、胸骨圧迫とか、本当はいろいろなやりかたがあって、

待っている間にそれができていれば、母親を助けられたんじゃないかと思う。

でも本当に現実現実として受け止められてなかった。頭がヘンに冷静だったのは、「こんなことになったけど、きっと助かるよな」と無根拠に信じ込んでいたからだと思う。

ここではどうにもならないから、と救急車に乗り込んだ。

ハサミで深く切った指から血が流れていることに気付いた。痛みはまったく感じなかった。

俺「こんなんなっちゃったな」

兄「俺、これからどんな顔して顔あわせればいいかわかんないわ」

俺「そうだなぁ」

こんな会話を、兄弟で悠長に会話していたのをハッキリと覚えています

ここまではすごくハッキリ覚えているのに、ここから先があいまいなのが不思議で、不思議で。

確か夜の病棟に運ばれて、「自意識が戻る可能性はない」と言われたこと以外は、実はほとんど覚えてないんです。

翌日の病室の面会で、意識のない母親を前に過呼吸になるぐらいに泣いてしまたことを覚えてます

そして「自意識が戻る可能性はありませんが医療を続けますか?」というような旨を医師の方に伝えられて、「もういいです」と伝えたことは覚えてます

そしてずっと病院に居るわけにもいかいから、家に戻って、母親のいない家で過ごして。

三日後か四日後、電話の連絡で「お母さんは亡くなりました」と同僚の方から連絡をいただきました。

母親の死に目に会わなかったのは、自分にとって幸運だったのか、不運だったのか、未だに分からずにいます

からない、本当に今でもわかりません。

あのワインの日から自分に何が出来たかをずっと考えています

間違いなくサインとなっていたあの日ちょっとでも行動を起こす勇気自分にあったのなら、もしかすると母親は今も生きていたのかと。

2021-04-27

高卒だけど就職する時絶望したよ

学校が持ってきた求人票に知ってる会社全然無かったんだよ

俺はそれまで適当会社にでも行って会社員で過ごせばいいとか思ってたんだ

そんな気持ちでいたんだよ

俺の中ではもう色んな会社があってそこで働くものと思ってたんだよ

例えば

ソニー日立富士通パナソニック東芝象印

グーグルアップルマイクロソフト

ドコモソフトバンクau

カルビーコイケヤブルボングリコ

日清味の素

トヨタ日産ホンダ

任天堂カプコンコナミスクウェアエニックス

花王ライオン

コクヨ大塚家具

コカコーラサントリーキリン

ナイキニューバランス

フジテレビNHK

日本銀行三菱UFJ銀行

集英社小学館講談社

ざっくり書いたけど大体こんな感じの会社就職しようかなって思ってたんだよ

いや、本当にこう思ってたんだ

そんな世間知らずだったんだよ

そんな世間知らずがさ

求人票を見せてもらうまでのほほんとしててさ

そしたら全く知らない会社ばかり

な、なにこれ!?

なんなんこの会社!?!!

ってパニックになった

ここで凄い焦ってさ

知らない会社しか

給料が一ヶ月14万円とかだった

!?ってなったよ

俺は給料20万円くらいは貰えると思ってたら

20万円以上は大卒ということを知って

その時は自殺が頭をよぎったよ

本当にね

ああ俺は東北出身だよ

地元は本当にそんなもん

いまでも大して変わってない

で、結局聞いたことのない企業就職して

何度か転職して今も聞いたことがない会社にいる

俺の中では会社員って言うのは上に書いた会社イメージが強かった

そこで色々やっていこうという思いがあった

俺は芸能人とか漫画家とかそういうのになれない才能のない奴は会社員で過ごせばいいと言う考えだった

まり会社自体が二流みたいな考えで誰でも入れるみたいに思い込んでた

そしたら条件があるって知って絶望したよ

今でもあの日のことを思い出せる

えっ!?ソニー!?任天堂!?ってね

なんでないの!?!?

給料安いしなにこれ!?

死ぬじゃん!!!!!!

死ぬじゃん!!」

って声に出してたよ

から

大卒には夢見てるし

みんなも大卒目指した方が絶対いいよ

俺みたいな思いをしなくて済むよ

2021-04-26

あんたらさ~~~~それで恥ずかしくないの!?まじで!?

一昨年の暮れ、小学生の頃の友達と偶然facebookで再会して飲みに行ったことがある。今はみんなアラサー

地元公立小学校で正直あまりガラの良い地域ではなかったから、そういう偏見はなるべく持たないで行こうと決意して行ったら、中学から分岐でここまで違うか~~~とショックを受けた。

一人はトラバ元みたいな絵に書いたような貧乏派遣社員(というかほぼフリーター?)で、臆面もなく一次会ファミレス提案してきたのはコイツ

一人は結婚して子供が一人。この子が一番マシだったけど、話題の90%が薄給旦那愚痴。え、せめてもうちょっと幸せそうにして。

一人はまさかすっぴん登場。20年前からタイムワープしてきたのか??実家ぐらしの家事手伝いらしく、趣味テレビ鑑賞とyoutube。何も話が合わないから一度もまともに会話できなかった。

あんまりブランドっぽい服とか鞄持っていけないなーとか、変に気取ったアクセはやめとこーかなとか、こういうこと考えてる時点で見下してるみたいでやらしいかなーとか、あれこれ考えてたのがほんとくだらない。

どれだけ自分のこと卑下したって余裕でその下を潜っていく地元エピソード

もう敵わねえよ。

何話せばいいんだよ。

派遣ちゃんは「あたし酒飲めないんだよね~」と開口一番。なら普通にご飯美味しいところでよくない?ディナープレートで1000円そこそこの所あるよね?選択肢が他にサイゼと鳥貴しかないの??

子持ちは一応子供の自慢してくるんだけど「なんかきたねえ」以外の感想が抱けなかった。服とかタオルかいちいち黄ばんでるし後ろの部屋もクソきたねえ。すっぴんはうなずいてるだけ。私らはyoutubeじゃねーぞ。

あんたらさ~~それで恥ずかしくないの!?30年くらい生きてきて?

周りに合わせて生きろとかは言わないけど、せめて世間標準がどういう所にあるか見て、それから生き方を選んでほしい。ていうか別に中流未満の暮らししかしてない私にそんな人を見下しているかのような説教をさせないでほしい。

あの日以来facebook殆ど見ていない。

anond:20210425231507

2021-04-24

283: 名無しさん@おーぷん 2016/10/26(水)11:36:44 ID:BdD

秋のよく晴れた日になると思い出す。

3歳の秋の日、母が朝からおにぎりを作ってくれて、「お出かけしよう」と言って電車に乗って遠くに行った。

行き先は山も海も見える田舎町だった。

真っ白い堤防のようなところで、母がベンチに座らせて、「ちょっとお母さん飲み物買ってくるから待っててね」と言った。

ベンチにお弁当水筒上着を置いた。

「わかった、ママありがとうバイバイね」と言ったら、母は顔をそむけて走るように去って行った。

私はぼんやり座ってた。山はまだらに赤くて、空にはトンビが飛んでた。

しばらくして母は戻って来て、無言で一緒に弁当を食べて家に戻った。

成人して家を出て行くという日に、母はあの日の話をして、「あなたを捨てようとしてごめんなさい」と詫びた。

私は当時気付いてなかったふりをしたけど、勿論気付いてた。

それどころか、母があんまりに私の存在を疎んでるのを知ってて、大好きな母が楽になるならそれでいいと思ってた。

寂しいけどこれもしょうがないことなのだな、と。

捨てられた私は次はどこに行くんだろうとボンヤリ考えてた。

去年結婚して、結婚式には両親も出席した。

私を捨てようとした母と、他人にむやみに金貸すのが趣味で散々妻子を苦しめた父。

私も順調なら年末に初めて親になる。

出来れば良い親になりたい。

2021-04-23

anond:20210423082614

そうでもなけりゃ誰もマヤノトップガンがどういう戦い方したなんてわからんだろ

嫌いって言われてるうちは華よ

マヤノトップガンって言われても「トップガンってあの映画の?」って言ってくれる人すら少ないでしょうよ

 

そんな中であの腹出し女を育てて「コイツしかダート馬育てられないし、ようわからん内容でやる気無くなるから育成難しすぎて嫌いになりそう」とか言われてんのよ

中身のない嫌いじゃないの、ちゃんと育ててその難しさを鑑みた上で「嫌いになりそう」なの

あと理解を示してる奴は「でも嫌いとか言ってる奴はメスガキを好きになる素質があるよね」って言ってるだけなの

 

まぁ実馬とは関係がないよ

実際の育成とか活躍とか、マヤノトップガンっていうウマ娘見てるだけではわからん

それでもそのストーリー追従が出来る

ナリタブライアンとの熱戦、あの故障を超えて頭を下げられなくなったナリタブライアンと激闘をするマヤノトップガンストーリーが楽しめる

 

じゃあ実馬の方はどうだったんだよ

あんもんじゃねえだろ

育成が出来損ないになったウマ娘プレイヤーみたいなしょうもない走りはしてないだろ

外側から戦闘機がぶっ飛んでくるような衝撃は現実マヤノトップガンしか出せないだろ

たとえ晩年であったとしてもナリタブライアンと激戦を繰り広げられたのは実馬のマヤノトップガンしかいないだろ

ウマ娘だけでは描写しきれない素晴らしさは増田が一番知ってるだろ

それをTwitterで語ればいいじゃない

そうして思い出せばいいじゃない

そこからサジェスト汚染し返せばいいじゃない

 

二十年前のあの日、あの夕暮れに走り去っていったあの馬の姿を誰も彼もが思い出せるようになればいいじゃないの

2021-04-20

あの日秋葉原でお姉さんが言っていたように75万の絵画をローンで購入していたら人生変わっていたのかな

2021-04-17

両親が不仲だった自分語りから1年後

お世話になっております、去年に「両親が不仲だった自分語り」( https://anond.hatelabo.jp/20200211234011)を書き起こした増田と申します。

  

  

実はあの日記を書き起こしたこと自分ボトルネックになっていたことがハッキリ浮き彫りになり、拗らせて、寝込みました。

意識はあるのに体が起き上がらず会社に頼んで1週間休みをもらい、なんとか回復するまでに至りました。

  

みんなが当たり前に持っていて自分には無いものをどう補うか、屈折しすぎた性格をどうするかを寝込んでいる間ずっと考えていました。

そもそもなんだか調子が悪く、体力的に疲弊すると過去の嫌な思い出に尾ひれがついた妄想や、起こりえることのないネガティブ妄想をするようになり既に病んでいたようにも思えます

自分ホームドアの無い駅までふらっと行って、ホームのベンチで1時間ほど座り込む生活をしていて、その合間にスマホメモ自分過去の話をぽつぽつと書き起こしていました。

今思えばもしかしたらそれは遺書で、誰か宛ての手紙で、誰かが言うように私小説になっていました。(書いていた当時は私小説だと思わずに書き起こしていました。)

それが「両親が不仲だった自分語り」だったわけです。死ぬ前に書き起こした内容が両親の話だと思うと、表面上そんなに気にしていなかったはずなのにやっぱり根に持っていたんだなというのが自分でわかりました。

  

今回は前回投稿した「両親が不仲だった自分語り」を投稿した後の話です。

  

  

投稿後、たくさんのコメントを何度も読みました。稚拙ダサい自分で思っていた文章を褒められてた事が何より驚きました。

自分で気づけなかった事に気づかされた気がしました。ありがとうございます

ボトルネック結構重い話らしいのでまだ見ていません…。今は全くその気はないけど何かの拍子に結婚して幸せだなぁと思うようになったら見ようかな…?

  

そのあと1週間寝込みました。徐々に声が小さくなっていって、職場の人に心配されており、ちょっと休みたいですというと職場問題いから休んでいいよと言ってもらえて丸々1週間寝込みました。

コロナ日本でも話題なりはじめ、外に人が出なくなっていた頃の話です。

薬を飲んで、ご飯を食べて、寝て、ゲームをして、絵を描いて、ゾイドを組み立ててまた寝る。という生活をしていました。

投薬をするとだいぶ楽になったのもあり、声が出るようになったので職場に復帰。

1週間もすると、本格的にみんな外出しなくなったのか仕事接客)は軽かったので、仕事をこなしてさっさと寝る。というルーティンになりました。

  

  

夏頃、妹が鬱になったと母から報告がありました。

状態は1週間寝込んだ自分より酷く、二人目を産んだあとのノイローゼから来ているようです。

自分が鬱になっていたのは母には伝えてなかったので、妹が鬱になったという報告があった時点で伝えました。

自分の子供二人そろって鬱になったという報告を受けて、母がどう思ったかは分からないままです。

遺伝的なものもあるらしいので、自分はあまりそこで深く考えませんでした。

妹には二人の娘がいるので妹の旦那が楽になれるよう、仕送りをしたりもしています。姪っ子たちには不自由をさせたくない一心でした。

  

妹は姪っ子たちを母に預けて入院をしたり、実家に帰って母と過ごしたり。

自分性格からわかってはいたけど、自分は母に甘えられないと思っているので深く触れずにただ姪っ子たちに仕送りだけしています

  

  

向こう十数年、連絡の無い父は死んだことにしました。

養育費の件は法律上もも無効になっていて取り立ても出来ない状態でした。

それを知らなかった自分にも落ち度はあったので、責めることも憎むことも出来ないように父は死んだことにしました。

  

  

みんなに文章を褒められたので、文章を描いてアウトプットすることを始めました。絵は描けるので挿絵付きで。

これはまだ成果は出ていませんが、思っていること、考えていることを校正しつつ続けています

格ゲーも本格的に本腰を入れて勝ちにこだわるようにしました。来年あたりにグラブルVS部門でEVOにも出ようと思います

ストリートファイターVも少しやっています。好きだったダンが妙に強くて笑っていますオロもすごく楽しみです。

好きだった魔界村シリーズの新作「帰ってきた魔界村」の発売も燃えました。

RTAリアルタイムアタック)も始めました。格ゲーのトレモ(トレーニングモード。ひたすらコンボ練習をしたりする。)と似ていて突き詰めることが楽しいです。

  

とまぁ、ゲーム方面では楽しくやっていけるようになりました。

コロナ禍で仕事が早上がりになり、自炊を始めたら案外自分料理がおいしいことに気づいて体重が増えたり

学生時代の友人(専門学校自分に進めてくれたゲーセン仲間)と久しぶりに連絡が取れたり。

    

  

  

そんな中、年末会社を辞めました。

原因はセクハラストーカー行為でした。加害者側はなんとも会社的にいないと困る人というのもありましたが何より妻子持ちでした。

父が仕事をしていないと困るのは身をもって体験しているので、鬱から立ち直り始めているとはいえあれからぼんやりすることの増えた自分がだらだらここにいるのも気持ちが悪く

加害者から少しの慰謝料をもらって退職しました。

  

あまっちょろすぎる。自分でもそう思います。それ以上に関わりたくなかったのもありますが、加害者の娘さん(彼女は6歳。あったことある。)が

何も知らずにそのまま居られるのであればと真っ先に思ってしまい、職場に疲れていたのもあって辞めました。

今の所慰謝料としてお金ももらっているし不満はありません。

  

  

  

今でもたまに調子が悪い時があります今日とか。

寝込んでから低気圧の影響をモロに身体で感じるようになったし、昔の家庭環境を思い出して泣き出したり

せっかく専門学校に行かせてもらったのにそれなりの仕事すらしていなくて勝手申し訳なくなったり。

それでも今でもコメントをたまに読んで踏ん張ってます

気負わずにほどほどに、を心掛けようと思っています

これ書いていたらなんだか楽になってきました。本当は昨日、「なぜ自分自殺しないのか」というタイトル文章を書こうとしていたところでした。

まぁ、痛そうだからでしょうかね(庵野感)

オタク趣味から「後ろめたさ」が消えた悲しみ

声優バンバンテレビに出て、アニメ特番も組まれまくって、全国どこでもグッズが買えるようになる、こんな世の中が来るとは思わなかったな。

あの日夢見てたはずの未来にいるはずがなんとなく物足りなさを感じてる自分不思議だ。今思えば、コソコソ作品を楽しんで、教室の隅どころか非常階段でヒソヒソ語り合ってたあの頃のほうが楽しかったように思う。きっと、世間的に好ましくないことをしてるというある種の後ろめたさが最高のスパイスになってたんだろうなあ。

便利になりすぎた、理解が進み過ぎた現代不自由からまれる楽しさを得るためにはどうすればいいんだろうなんて思った土曜の朝。

2021-04-11

諸君、私は百合が好きだ

女同士の恋愛が好きだ。

 

幼女幼女が将来の約束をするような純粋百合が好きだ。

女子小学生同士が、男子下品さに辟易し、縋り合うような百合が好きだ。

女子中学生同士が、体の変化に怯えて支え合うような百合が好きだ。

女子高生同士の、周囲との違いを認識した上で、それでも私は、と決意をするような百合が好きだ。

女子大生同士の、恋愛を楽しんで、同じ布団で微睡むような百合が好きだ。

社会人同士が、帰宅したら最愛彼女が待っているような百合が好きだ。

 

幼稚園で、学校で、運動場で、体育館で、音楽室で、誰も居ない教室で、ひっそりと咲く百合が大好きだ。

触れ合ったスカートの裾が熱を帯びるような瞬間など心がおどる。

友情が、尊敬が、敵対が、嫉妬が、腐れ縁が、依存心が、実を結び花開く瞬間に感動すら覚える。

 

さな子が従姉妹に密かに抱く恋慕が好きだ。

慕う後輩に慕情を抱く先輩の百合が好きだ。

教師と生徒の禁断の百合が好きだ。

愛していた女が結婚し、生まれた子にあの日の影を見出す罪深い百合が好きだ。

思春期一過性で、のちに黒歴史だよねと笑いかけられて胸の奥がズキりと痛む百合が好きだ。

 

水族館で、温泉で、公園で、普段暮らす部屋で、ホテルの一室で、互いを見つめ合う情熱的な百合が大好きだ。

女が女の話をして嫉妬する女を見た瞬間など、金切り声が喉の奥から暴れ出る。

 

慈愛に満ちた瞳で愛する女を見つめる女が好きだ。

彼氏に振られ、ヤケ酒した夜のバー口説かれ女に抱かれるワンナイト百合が好きだ。

少し昔の、心中以外に永遠を共にできなかった二人の決意が見える百合が好きだ。

 

ふたりべやが好きだ。やが君が好きだ。夢の端々が好きだ。不揃いの連理が好きだ。好きな作品など書ききれない。

百合好きを自覚してから半年kindleの蔵書数は500冊を超えた。まだ足りない。まだ欲しい。

 

諸君、私は百合を、ありとあらゆる百合を欲している。

 

よろしい、ならば買い物だ。

三千世界の鴉を殺し、主と一緒に朝寝がしたい主従百合を望むか?

百合!!百合!!百合!!

 

百合!!!一心不乱に没入する百合!!!

2021-04-10

あの日見たメニューの正体を俺はまだ知らない

ちょうど20年前ぐらいになるだろうか。

地方大学生だった俺はこれといった夢や目標を持たず、うだつの上がらない日々を過ごしては悶々としていた。

そんな俺の密かな楽しみは、バイト給料が出た日の帰り道。

いつも降りる駅のいくつか手前で下車すると、目に入った古臭い食堂で好きなだけ飲み食いする。

これだけのことだが、たまに大当たりなどもあっては、その幸運一種ギャンブル的な面白さに矜持を感じていたんだ。

そんなことを繰り返していて、あるとき立ち寄ったのは、これまた年期の入った食堂。如何にも地元御用達と言わんばかりに錆びた看板を気にする様子もなく、店頭に並べられた花はどれも頭を垂れていた。

入ってみると大方普遍的定食名ばかりが壁に張られおり目新しいものもなく、ただひとつ気になったのは『カレイライス』というメニューカレーライスちょっとハイカラな言い方してるのかな?程度に気にして、注文したのは焼き肉定食。味は普通よりちょっとおいしい程度で、そこまで印象に残らず。ただボリュームはあって、そこは好印象。

完食して会計を済ませようとしたところで常連らしきおっさんが来ると「さかなのやつね」とこなれた感じて注文。すると注文を聞きにきたおばちゃんは「カレイライスね」と承諾。俺はギョッとしたが、おばちゃんは俺に気付くとレジに来たので会計を済ませ、そこで俺は店を出た。

から今だに、『カレイライス』の正体を俺はまだ知らない。

2021-04-08

反省のやり方なんてわからない。

ついこの前まで、私は自尊心が地の底に落ちていた。

理由は明白で、自分否定してくるタイプ人間の下で働いていたからだ。

その人曰く、私は「アップデートしてもすぐにバックアップに戻るパソコン」だったそうだ。また「積み上げたジェンガをすぐに崩される」とも言われた。

いくら指導しても改善しない、進歩しない、だから指導しているのがだんだん辛くなり、仕事も振れなくなり、結果的に何の指導もしないまま放置することになった。指導するリソースを割く暇も惜しい、だそうだ。

事実、最終的にはほとんど仕事がない状態になり、挙げ句の果てにクビを言い渡された。(表向きは自己都合退職だけど)

彼らの下で働くことに疲れ切っていた私は、ごくあっさりとそれを受け入れ、荷物まとめて脱兎の如く逃げ出した。幸か不幸か、引き継ぐような仕事殆ど無かったので辞めるのは簡単だった。

スペックパソコンなりに一生懸命やってきたつもりだったが、こうして私の会社員生活は幕を閉じた。

さて、彼らから離れてしばらく経って、自尊心いくら回復してくるうちに、私は随分彼らに「飼い慣らされて」いたんだなぁと思うことしきりだ。今冷静に振り返ればどう考えてもパワハラであるような人格能力否定発言の数々、一方的理不尽評価、あまりに目にあまる印象操作に異を唱えようものなら「生意気」「このやり取りで双方(上司と私)の勤務時間無駄にしている」と恫喝まがいの口調で言われ、何か一つ間違えれば百の小言が襲ってくるという日々。

こんな人間のことも、「部下思いのいい上司」と懸命について行こうとしていた過去自分は、本当に人を見る目がなかったんだなぁと呆れるばかりだ。

退職勧奨をされた当初は、このまま黙って辞めるのは悔しいからと一矢報いてやろうとも考えたのだが、何より相手は「無能な部下にスポイルされた自分達の方が被害者」という理論完璧に固めているので、まるで話が通じない。交渉したとしても勝ち取れるものは微々たるものだろうし、何やり彼らとこれ以上関わることで疲弊する心身の方が大事だと判断し、さっさと縁を切ってしまう道を選んだ。

人はこれを「泣き寝入り」と呼ぶのだろうが、本当に壊れたら泣くことも寝ることもできなくなる。そうなる前に自分を守ることは、自分の溜飲を下げることより余程大切だ。

そういうパワハラ上司の下にいた日々を振り返るに、私はこの頃よく考える。

反省ってどうやればいいんだろう?」

と。

この上司にもよく言われたことだが、「自分被害者である」という気持ちでいると、何も反省せず、何も改善できない人間になって危険だよ、という。世の中では割とありふれた戒めの言葉である

から私は、あの日々が100%完全に上司が悪かった訳ではない、自分にも原因があり、反省すべき点があるからそれをよく踏まえて、次はそうならないように心がけよう、と、そう考えるようにしている。

しかしそうやって振り返ってみる度に、上司によって傷つき、踏みつけられた過去自分ゾンビのように蘇って、群れとなって襲いかかってくる。ゾンビたちは口々に「悔しい」「腹立たしい」「悲しい」と呪詛言葉を吐いては、過去を糧にして未来に活かそうと努める光属性の私を揺さぶる。こいつらはどうやったら鎮まるのだろう。

何よりも、「私を傷つけた上司はのうのうと生きているのに、なんで傷つけられて職まで奪われた私が反省しなきゃならないのか」という悔しさが、ゾンビを活発にしている。そう、結局私は脱兎の如く逃げ出して、さっさと縁を切って、さあ立ち直ったぞと言いながら、実は全然克服出来ていないのだ。自尊心を損なうということの後遺症は、つまるところ時間との戦いになる。

本当に、反省ってどうやったらいいんだろう。

それは、トラウマを克服した果てにあるのか、それともトラウマを生じるような出来事では、反省することは難しいのか、はたまた、反省することがトラウマを克服することになるのか。

だんだん面倒になったので、いまはこの恨みつらみゾンビたちと踊ることにする。スリラーPVみたいに。

2021-04-05

あの日星空の下で見た君のウンコ

昔、友人達と星空が凄い綺麗に見えるキャンプ場に行った。

夜、皆でワイワイ酒を飲みながら楽しい時間を過ごした。

僕は煙草を吸いに席を立ち、トイレ近くにあった灰皿の前で煙草を吸いながら満天の星空を眺めていた。

そこへAちゃんが来た。かなり暗かった為、僕には気付かずトイレに入っていった。

薄い扉の向こうでAちゃんが用を足しているのかと思うと興奮より申し訳なさが大部分を占め、僕は火を消して立ち去ろうとした。

その時、扉が音を立てずゆっくり開き、Aちゃんうんこをしている姿がまる見えになった。

満天の星空の下、トイレの中の中薄暗い灯りに照らされうんこをひねりだすAちゃん

Aちゃんうんこは一流のピアニストが弾くソナタのようだった。

しりを僕の方に向けているAちゃんこちらに気付くのも時間問題だったので、その場にしゃがみ闇に紛れた。

今も星空を見ると、薄暗いトイレうんこを静かにひねり出すAちゃんを思い出す。

2021-04-04

現職を退職して帰郷する。

今まで沢山の人に出会い色んな人にお世話になった。思い出だらけのこの地を去るのはとても寂しいがそれでも次のステップへ進む為には通らざるを得ない道だから

またねとあの日のように雨が降り注ぐ。汚くなった海なし県の川を私はあの日のように眺めてお別れを告げる。

次ここへ来る時はどうなっているのだろう。分からないが笑顔で再訪したい。青春ありがとう。心から

anond:20210404032009

だってよお、例えば

  

綺麗な巻貝、日曜午後の熱さ、部活帰りの突然の天気雨

君の想いでと共に砂浜に埋めて来たあの日

  

みたいなポエム歌詞があったとして、この歌詞ダメかどうかはこのさいどうでもいい、

とにかく、1行目と2行目は間を開けずに一緒に読まないと意味が伝わらないだろ。

2021-04-02

社不である

自分大学生で、今はバイトをしているが、労働というものが向いていない。

まず、居眠りが我慢できない。前日に早く寝てみたり、バイト前にカフェインを取ってみたり、色々してもダメだ。これは中学生とき授業中に居眠りが我慢できなくなったあの日からずっとだ。眠いものは仕方がない。

次に締切を守るのが苦手だ。今日は出さなければならない書類の提出が遅れそうになった。たまたま間に合ったもの本来は遅れていた。たぶん発達障害とかではないと思う。高校までは普通に守れていた。大学に入ってからだ。別に親にガチガチ管理されていたとかではない。今も実家暮らしからそこの条件は変わらないし。あとメールを返すのも後回しにして結局忘れてしまう。とにかく何でも後回しにしてそのせいでギリギリになるか、間に合わなくなってしまう。

先延ばし癖がどうしようもないので、治す方法をググってみたが「それが出来れば先延ばしになんてしてねぇわ」と言いたくなるものばかりだった。どうしようもない。

もうすぐ20歳誕生日だ。勤労は難しそうだし、20歳ピッタリで丁度いいか誕生日死にたい。と考えていると、イマジナリー後輩に言われる。「社不って言って自分を守ってるだけですよね?死にたいって言ってれば何でも許されるとでも思ってるんですか?」そんなことは分かってるんだよ!!!!!!ただの怠け者で愚図なだけなのを社不って誤魔化してるだけだ、死にたいと唱えることで免罪を図ってるだけだ。

指摘されてしまたからには同じ手は使えない。次の手を考える。本が読みたい、と思う。じっくりと本を読みたい。本を読んでいる間(本を開いている間ではなく、読み始めてから読み終えるまでずっと)は本の内容に沈み込んでいられる。1歩1歩階段を降りていくように、本の中に傾倒していく。

歩みを進めているうちに気付く。結局全ては作り物だ。歩いている横断歩道も、空も、この感情も、下手くそな作者の空想だ。この物語の作者は、細部の作り込みが上手くなかったらしい。だからこんなバグ生まれる。アホらしい。

どうせ作り物だ。うだうだ考えているだけ時間無駄だ。作り物なんだから感情にもスイッチがあるはずだ。どこだ、知っている人がいたら教えてくれ。

社内ニート退職する。

月曜日、ようやく現職やめられる。

せいせいする。

自分も悪かったのかもしれないけど、人としての尊厳踏みにじられるようなことをされてきたので、未練もなにもない。

入社したはいいけど、仕事全然なかった。

なんで採用されたんだろう。今でも謎。

必要とされてなかった。仕事が何もなくて、何をやったらいいか聞きたいけど上司時間も取れなくて、職場でずっと時間をもてあまさなきゃいけなかったあの時、本当に辛かったなあ。

自分にきっと悪いところがあるんだ。直さなきゃ、改善しなきゃと思って、上司にも聞いてみたけど、結局最後まで何が悪かったのか教えてもらえなかった。最初から仕事ができるとは思ってないから、やり方を学んでくれる?って言われたけど、そもそも仕事を振られていないから、やり方を学ぶこともできなかった。

ほんとに、なんで採用されたんだろう。

まあでもおかげで、ずっとやりたくて、いつかやろうと思っていたことに挑戦する踏ん切りがついた。

新しい世界に飛び込むための、ステップだったのだと思うことにする。

やることが何もなくて、居場所もなくて、メンタルがズタボロだったあの日必死毎日を少しでもポジティブにしようと思っていた自分お疲れ様

自分が作った資料は全部捨てた。

必要とされてなかったから、要らないよね。

必要な部分もあったかもしれないけど、知らない。

多分同僚のデスクトップに何かしら関連資料があるし、大丈夫

ほんと、自分がいる意味なんだったんだろ。

新年度だけど、みんなも社内ニートになったら、まあほとんどの場合は状況変わらないから、辞めるのがいいと思うよ。

以上です。

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