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はてなキーワード: あの日とは

2017-10-15

夕飯を食べ終わって暇だけど観たいテレビもないな〜とか、次の電車が来るまでけっこう間があくな〜とか、そういうとき自分の書いた文章を読み返してちょっとにやけたりしてしまうのって絶対私だけじゃないと思う。

周りに人がいないときだったら、何なら音読とかしちゃって、ここのリズムがいいなとか、この言葉選びはオツだなとか、どっぷり悦に浸っちゃうのも絶対私だけじゃないと思う。

うまいとか下手とか関係なくて、私が、私の気に入るように書いた文章なんだから、誰より私のツボにハマるし、誰より私が読みやすく、私の気持ちを言い当ててくれて当然なのだ

あの日の私が何を感じ、考えて、どう飲み干したか思い出す。上書きしないで置いといた古いセーブデータで遊ぶ感じ。とっくの昔に通り過ぎた景色が矢継ぎ早に蘇って、懐かしく、うれしい。落ち着く。

私が自分文章を読んで味わう、このなんとも表しがたい充足を、絵を描く人はかつての自分の筆遣いに、音楽をやる人は掠れた譜面書き込みに見出すんだろうか。自分の書くものが好きすぎて、何度も何度も擦り切れるくらい読み返してるなんて話、ふつうに考えたら気味が悪くて、軽々しく口にできないから分からないけど。

今日仕事疲れたから、先日増田でめちゃめちゃバズった自分文章を読んでいた。これを書いたのが私なんて誰も知らない。私しか知らない。思わず笑い出しちゃいそうな、こんな喜び、この先の人生で二度と見つけられそうにない。

ディズニーランド地図サイズは2人用

人生27年と2カ月目の気づき

先日、恋人東京ディズニーランドに行った。

それは、さらに先日、一般成人男性の僕が会社女の子とつきあい始めたこから始まるのだけど、そこは面白くないので割愛

表題の通り、東京ディズニーランド地図は2人で両端を持つのに最適なサイズなのである

かつて僕が地元微妙レベル進学校微妙部活の、微妙モテない男友達と、創立記念の休日ディズニーに行ったとき中二病が一周していた僕たちは「男だけでディズニーに行くの、かっこよいのでは?」という発想をしていた)、ディズニーランドガイドマップデカすぎて使いづらいという結論に至っていた。

あの日の僕らは、「世の中」と対置される「僕ら」が、「世の中」の物事論理的ケチをつけられたのでとてもご満悦だった。地図サイズもっと適切に設計すべきなんだよね、そう言いたかった。

その推論はある意味間違っていないのだけど、大学に進学し、就職し、「世の中」にすっかり吸い込まれた僕は、結局、ディズニーランドマップサイズデザインがそれなりに合理的原則に従っていることに気づいて、ああ、となってしまった。ちょっと金曜の疲れを残しながら行ったディズニーランドで、恥ずかしげもなく2人で地図を読んでいて、そう思った。ディズニーランドは男だけのむさ苦しい旅行なんて気にかけてくれてはいない。そりゃそうだ。

世の中はクソだし将来設計はだいぶヤバいけど、なんだかんだ(あの日思ってたよりは)ずっと生きやすいし、流されてたどり着くには、最高の場所だった。

まあ、しんどいけどね。

それだけ、以上!

2017-10-13

anond:20171013022046

から教わったのって、補助輪外して乗るときぐらいか

あの日つの間にか手を離してて、乗れた乗れた!

ってなったんだよなあ

2017-10-12

急に3.11記憶が蘇った

記憶を蘇らせるきっかけは、RADWIMPSの「狭心症」という曲だ。

この眼が二つだけでよかったなぁ

世界の悲しみがすべて見えてしまったら

僕は到底生きていけはしいないか

当時、僕は静岡に住んでいた。その時間部活練習中で、人生でほぼ経験たことのない長い揺れを感じ、部員みんなで身を守る体制になっていた。震度こそ震度4だったが、異常なことがよく分かった。

練習の合間にガラケーを開く度、「M7.9」「大津波警報」「既に津波は到達している」「原発電源損失」という文面が流れてくる。

その後の余震静岡も頻繁に揺れていたこともあり、部活は中止になり、家で様子を見ることになった。

テレビを傍らに、まだ登録して一年足らずのTwitterに張り付いていた。まだ会ったことのない東京友達の安否を確認していた。

人生で全く経験たことのない非常事態に終始緊張をしていた。いまこの瞬間に多くの人が死んでいっているという事実が信じられなかった。

そのような状況で、急に聴きたくなったのがRADWIMPSの「狭心症」だった。震災のおよそ一ヶ月前に公開され、なんて暗い曲なんだと思って聴いていた。

世界から見れば今のあなた

どれだけ かくかくしかじかと言われましても

下には下がいるって喜びゃいいの?

僕は僕の悲しみも憂いちゃいかんとさ

3月11日の、深すぎる絶望のなかで、糸を垂らしてきたのがこの曲だった。

余震こそ来るけど普通に暮らせる場所にいた僕に届いた。捉えきれない絶望を、この曲がフィルターとなって受け止める役割、やるべきこと(やってはいけないこと)を示してくれた。

とは言っても、様子を見守ること、変なチェンメは流さない、ツイッターデマには気を付ける、このぐらいしか出来ることはなかった。

原子力緊急事態宣言」「名取で数百名の遺体発見

良い知らせなんてもう二度と入ってこないような世界になったと思った。

深い悲しみで数日間は動けなくなったが、月の後半には普通に近い生活を送っていた。

雨風は凌げ、計画停電もなく、食料も普通に手に入った。全然過酷な思いをしていたわけではないが、「狭心症」を聴く度に、あの日のことを鮮明に思い出す。

2017-10-11

在日ロシア人って日本語ペラペラな人が多いか

ロシア人にとって日本語習得やすいならその逆も然りと思ってロシア語挫折したのが私です

あの日本語ネイティブさはスパイ教育の賜物なのかね

2017-10-09

Jr.祭り追加公演から半年

4/9から半年

何言ったってどうしようもないのはわかっているし、どうしようもないなら言っておこうと思う

あと自担が退所するっていう初めての経験から記録に。



軽い気持ちで申し込んだジャニーズJr.祭り追加公演@さいたまスーパーアリーナ

この日のパフォーマンスを見て、前から気になっていた梶山朝日くんを担当として(といっても掛け持ちだけど)応援することに決めた。

あの日から今日でちょうど半年

まさかこんなことになってるなんて想像もしてなかったよね

ジャニーズタレントの退所なんて、ましてやJr.の退所なんて今まで何度も見てきたしその度に自分応援している人が辞めてしまったらどうしようって考えたことはあったけれど

いざ直面するとどうしようもなかった


キントレの単独公演に入って、応援せざるを得ないと思った

掛け持ちやめてトラジャだけ、朝日だけ担当しようと思った。し、もう気持ちは完全に朝日に降りてた

掛け持ちしている他のグループ現場がなかったから余計。


もし他に夢が出来て、ジャニーズ以外で活動したいとか

やりたいことが出来たから退所するとか

自分意思でやめていくなら、それはもちろん応援したいとは思っていて

今までありがとう、って送り出したいって思っていたけれど



キントレが終わった頃に噂が流れ出したとき理由理由だし「いやいやいや、ないでしょ」って思ってた

でもまあ、全部が真実だとは思ってないけどやっぱり火のないところに〜ともいうし

辞めるのも続けるのも、結局全部自己責任だとも思っているし。





9月に入って、休む間も無く帝劇公演が始まった

自分の名義は外れてしまい、友だちが当ててくれたチケットで1回だけ観に行った

Travis Japan初のオリジナル曲「夢のHollywood」

キントレでも見たけど、そのときはまだオリ曲かどうかわからなくて、ちゃんと「トラジャの曲!」として見るのはこの時が初めてで

今まで色々な現場に入ってきて、例えばWESTの24コンとか、NEWS 10周年のドームとか、感動する現場はたくさんあった。

今まで現場で感動して泣いたことはないし、感動してないわけじゃないけど自分はそういう人間なんだろうなと思ってた

でもこの日は、

このメンバーで歌う夢ハリを生で見られるのは今日最後かもしれない

こんなに楽しそうに踊っている朝日を見られるのは今日最後かもしれない

そんなことを考えながら観ていたら

Travis Japan 6人を観ていたら

涙が溢れて止まらなかった

ずっとこの景色が続けばいいのに

ずっと6人が踊っているところを見ていたい

ずっと舞台の上に立ち続けてほしい

と思ってしまった

もちろん本人が辞めたいならそれでいいと思っていたはずなのに、そんなのどうでもよくて

あーーーーなんでかなーーーーー

私なんか朝日のこと気になったのは去年のえび座で、ちゃんと応援し始めたのは今年の4月で、

えび担だったくせにプレゾン映像以外で見たことないし

新規の中の新規で、なのに今回の件で自分でも引くくらい落ち込んでるのに

入所した頃とかプレゾンの頃から応援している人たちはどう思っているんだろう、

私なんかが朝日の退所を悲しんでいいのかってずっと考えてて



Jr.は本当にいつ辞めるかわからないし、だから自分のために、悲しまなくて済むように、

Jr.にだけは担当をつくらないようにしていたのに

それでも応援したいから、

覚悟決めたんだけどなーーーーー


朝日うみんちゅお気に入りでお蔵入りになった曲もまだ見てないよ。



薄給だし、何百枚も写真買ったり毎日公演入ったりする財力はないけど

1回入ったあと、やっぱりあと1回でいいか舞台に立つ朝日の姿を目に焼き付けたくて

エゴの塊だけど最後(仮)の手紙も書きたくて

チケット譲ってもらって最後に観てきた。

ステフォ戦争にも開演前と幕間と終演後に飛び込んでいって

まあ幕間はあと少しのところで解散なっちゃったけど

なんせJr.担の友だちが前述の1人しかいないもんで

自力で頑張るしかなかった(笑)

最後チケットもまあ色々あって人間不信になりかけたし

匿名から言うけど今回の朝日関連で初めて積んだし、初めて闇写も買った

今までは本人に届かないお金は払わないって決めてたんだけど今回は例外、かな

ももう二度としません



プライベートのことは全く知らないしあまり興味もないけど、遊んでるっていう噂は少し耳にしたことがあった

所詮ネット情報だし信じるつもりもないし

でもそのことが本当だとしても、

少しの期間しか見てないけど、

少なくとも私が見たステージ上の朝日はどこからどう見ても完璧アイドルでした。


ペンデュラム・ラヴとかRELOADの、それ前見えてる!?ってくらい目深くかぶったハット

踊りながらする伏し目

歯が乾きそうなくらいの眩しくて全力な笑顔

ムチムチになった衣装パンツ(でもジャニアイ最後の方少し痩せてたよね?)

その方が大勢Jr.の中で目立つからって上げていた前髪

しなやかなダンス

筆まめ

ちょっと汚い字

他のメンバーを気遣うMC

キントレで「僕の尊敬する先輩はどちらでしょう?中居くん、……亀梨くん」な、わかりやすいところ(「もちろん亀梨くんも尊敬しております」)

思いついた好きなところ。気持ちいね。ごめんなさい



去年のえび座のFantastic Rideで好きになったか

らぶとらでも披露してくれて嬉しかった

帝劇楽の日、休憩中にツイッター見て朝日が泣いてたって知って、ああ本当に辞めちゃうだって悟って、

仕事帰りに音楽シャッフルしながら聴いてたらFantastic Rideが流れてきて、ぼろぼろ泣きながら帰ったな(笑)なんでかなー今までジャニーズごとで泣いたことなかったのに


自分より年下を担当にしたのも初めてで。

最初大人っぽい見た目に惹かれたけど、笑うとちゃんと18歳でびっくりしたよ

SMAP解散になったとき朝日の心が折れてないといいなって勝手に思ってたのも思い出した。



今年一年Jr.休みがないんじゃないかってくらい現場が多い気がする

しかったよね、楽しませてくれてありがとう

1年間、4月から半年特にしかったです。

久しぶりにJr.担できて楽しかったー!!

20歳誕生日だけはお祝いしたかったなー

19歳も祝えないのは寂しいけど

見た目は大人っぽくてもまだ未成年なのが心配です。


辛いこともたくさんあったと思うけど、朝日Jr.活動していて良かったって思ってくれます


これからあなた人生が輝きますように。

幸せになってね!

美味しいご飯たくさん食べてね!

後悔しないように生きてね!

でもジャニーズ辞めたことは少しだけ後悔して!笑


げんきなきみがすき

ほらえがおが ううんきみには やっぱりにあってる

そのえがおを そういつでも おうえんしているよ



笑顔でいてください!大好きでした!

ありがとう

2017/10/09

2017-10-08

ツキプロ愚痴

原作動かせってもう言い飽きたし疲れたし正直終わったというよりもはや死んだコンテンツかなって思ってる。例えるなら放送が終わって二期が決まらないアニメ公式が何かの記念日だったりキャラ誕生日お祝いしてイラストあげてくれたりする感じ。かろうじて(というか異常なまでに)新規絵ばっかり出してくれてるけど、公式絵師さん飼い殺されてるなあという印象しか抱けない。大好きだけど、そうじゃない。私は推しの二十歳を知らない。

女神作った必要ありましたか? 今年のAGFにリコグリやアルタイルがいることに関しては別にへえそうかって流せるんだけどじゃあ女神は? と思ってしまう。彼らよりも随分と昔から存在して時系列的にはごちゃごちゃしているとはいえ一応彼らの先輩としてツキプロ所属しているはずなんですが。リコちゃんいるか女の子NGってわけじゃないよね。アニメで変に名前出すくらいならちゃんとして。公式絵師さんの負担がかなり大きくなってしまうのは重々承知な上でそれでも彼女たちの存続を望んでしまう。メンズより音沙汰ないし死んでるけど。大体誕生日SSしか見かけないしね。その誕生日SSすら今年に入って二回も遅刻されてるけど。

ツキウタCD売り上げ至上主義なのは知ってるしCD売れてなかったらグッズ在庫用意してくれない会社なことくらいツキウタオタクならだれでも分かってると思う。こないだのALIVEとか典型的なそれだったし。CD売れてないのは知ってるけどそもそも女神CD売る気ないよね。去年の12連続リリースも今のリコグリほど宣伝してなかったしマジでついでくらいに出してやったとか思ってない? 女神ライブさえやってくれたとは思えない売る気のなさには渇いた笑いが出る。

スケジュール問題だったり消費者には感知できないような“大人の事情”とやらがあるんだろうけどそんなの買う側が納得するわけないじゃないですか。出せないなら出せないなりに言える範囲で今年は出せませんだのコンテンツは終わりましただの説明してくれないといい加減納得がいかない。まあツキステが続いてるからコンテンツ終わりましたとはいえないよね。ツキステは原作じゃないんだけどね。

キステは好きだけどツキステがツキウタだったのって初演までだと思う。初演の頃はまだドラマCD雰囲気だったりSS垢のノリを踏襲している感じがして良い意味でも舞台版の彼ららしさっていうものがあった気がする。二幕は完結したお話だったから気にしてなかったけどムツキくんのくだりはいい加減くどかった。初演だから度肝抜かれたしこれはこれでアリだなって感じてたけど二回目からはいはいそうですねって冷めた目で見てた。スクレボのムツキくんは千秋楽のが全然面白くなかったから特典の日替わり一切見てない。

そもそもキステが好きな人で彼らの演技を楽しみにしてる人どれくらいいる? ほとんどダンスパート目当てでしょ……私自ダンスパートは楽しみだし、好きだけど、あれ舞台なんだよね。いや2.5次元ダンスライブって銘打ってるんだからそこが売りなんだろうけど。多分個人的もやもやするというか、最近違和感を覚えるのはそこが原因なのかもしれない。あとキャラクター役者の同一視。これはムービックが悪いけど。役者写真集出したりグッズ出したりって、もはやツキウタ関係ないじゃん(笑)彼らはツキプロ所属タレントですか?(笑)そのうちツキプロ公式HP名前載るの?(笑)そりゃあ三次元慣れしてない人はイコールで結びつけちゃうわなっていう。ただでさえツキウタオタク今までどうやって二次オタしてきたの?って人多いし。全員が全員じゃないけど他ジャンルだとこいつヤバイって思われてるような人がごろごろいるからびっくりする。かくいう私もそう思われてそうだけど。

うっかりステで推しを見つけてしまった私が言うなって話なんだけど、だからこそさっさとツキスから離れてほしい。あなたの実力ならこんなところにいなくても十分売れるよ。推しだけじゃなくて別の人たちもそう、成長のチャンスをツキステなんかで潰してほしくない。ツキステやるならやるで自ジャンルだし推しが出るし観に行っちゃうけど連作以外で普通年に三回もする2.5がどこにある。2.5どころか舞台方面はにわかもいいところだからあったらごめん。私の知ってる範囲では年二が最高だった。

下半期ほとんどツキステに縛られてるの、心の底から勘弁してくれ。仕事はないよりある方が断然いいけど推しイメージがそれで固定されてしまうのが我慢ならない。

去年のAGF直後に本垢フォロワーさんと年内に来年の予定が出るかという話をしていた時に「七巻の出る三月まで出ないんじゃないか」って言われて我慢していざ出たら夏祭り開催決定されたけどあのキャパだし舐めてんのかって思ったし夏祭り行ったら行ったで新情報もなくただ声優さんたちが今後もツキウタをよろしくお願いしますと言ってくださったきり何もないし本当にこのコンテンツ死んだな。最後にいい思い出ありがとう! くらいの気持ちで帰って来たわ。あの日ツキウタは死んだのである

上がれるならさっさと上がりたいけど毎回新情報出るたびに文句言い散らかしてなお上がらないか本垢じゃ老害扱いされてるんだろうな。知らないけど。逆にあんだけ毎回物販だのオリショだので喧嘩売られてんのにどうして毎回みんな怒らず許容できてるのか教えてほしい。菩薩か?

ツキウタオタクしながら後続のオタクもしてたのでアニメ化が発表された冬の陣にいたけどあの日後続も終わりだって見切りつけてCDすらまともに買わなくなった。それでも初期からいかけてたという古参()ならではの未練たらたらっぷりで情報とかは軽く追ってて、なんだかんだアニメ一話見たら戻るんだろうなと思ってた。そして迎えたこの前の一話、あ、私の好きになったSolidSだ。そりら次元かい意味不明ものに侵されてない真面目な彼らがいる。彼らがアイドルしてる。そこにちょっとは心を動かされた。でもそれ以上はなかった。へえ、アニメになってる。それだけ。我ながら悲しかったけど本気で心底どうでも良くなってたんだな……と痛感した。

からこそ余計に後続はCD出しながらアニメ化に向けて走り出せてたしアニメ化前にライブやって盛り上げられてアニメ始まったと同時にまたライブ決まってグッズも出てオリショやコラボもあってって出来てるのにそれがどうしてツキアニでできなかったのかっていう怒りに代わる。もちろんツキアニでの反省を活かした結果もあるだろうけどツキアニが私たちにもたらしたものって何だっけ。夢見草?(笑)

私、推しの成人を心から楽しみにしていたんです。でも成人した歳から公式が息をしなくなった。2016年推しを返してほしい。アニメ軸は高校生の頃の話だったか新曲出たとしても20歳になった推しの姿は見せてもらってないんです。その上彼のキャラクターを誤認されかねない過去改変は大変許しがたい。原作軸とアニメ軸は切り離して考えてるから過去改変自体はどうでもよかったけどキャラクターが悪く思われる改変はやめてほしかったよ。

あと二か月で今年も終わりますね。去年はかろうじてアルバム新規ドラマが録りおろされていましたが、今年は何と一作も原作から新規CDリリースされることもなく終わろうとしています。すごい! これってもう死んだのと同じだよね!

2018年は一体どうなるんでしょうか。CD出るのかな。ここまでされててもジャンルにしがみついて期待してしまうあたりDV受けてる人間みたいだし我ながら馬鹿

時々ステ嫌いな人からステ楽しめてる人間文句言うのやめろとかあがるあがるっていうならあがれって言われるけど本当それな。私自身めちゃくちゃ思ってる。ステが好きな気持ちツキウタが好きな気持ちは現状かなり乖離しててステが好きというか推しが演技してる姿を観るのが好きに変わってしまってるから観に行ってるしやっぱり金払って観てる以上は楽しまないと損だから楽しんでるわけで。あと2017年の(ツキウタの)推しを知ることが出来るのはステだけだしという諦めもある。ツキステというパラレルワールドだけど脚本はfjwrだから本家だしね。悲しいね

プロアニでライブの話してたけどまた前みたいにツキステのダンスライブやります! とかだったらふざけんなよ。ダンスライブはまたしてほしいけどそれでツキウタのほう終わりですーって言われたらたまったもんじゃない。キャストライブしてほしいわけじゃないんだけど後続あれだけばかばライブしてて女神もしてるのに未だに大きなイベント一回しかやったことないのがまずもって腹立たしいしツキウタライブできるでしょ。と思います

他にも言いたいことはたくさんあるけど今日のところはとりあえずここらへんでいったん筆をおきます。今思いつく分を衝動的に書きなぐっただけなので支離滅裂意味不明なところばかりでしょう。とかくツキウタにもツキプロにもツキステにも鬱憤まりまくってるしむかついているだけの話でした。終わり。

2017-10-05

忘れられないことを書いてるだけ

妹の体育祭におばあちゃんと行くけど一緒に行かない?

面倒だから断った

当日は母と祖母だけ2人で暑い中妹の体育祭に行っていた


その数日後祖母が倒れた。脳卒中だった。

母が言った言葉が今も忘れられない。

あの日体調が悪そうだったんだよね。気づいてあげられたら

母が後悔してるように私も後悔した。元気な祖母と出かける最後の機会だったのに。もしかすると私が気付けてあげられたかもしれないのに。

家の事情退院した後は施設転々としていた祖母

会いに行くといつも泣いてた祖母。帰るときには麻痺が残って上手く動かない口で寂しい、寂しいと言っていた。元気なときには祖母のそんな姿みたことが無かった。

祖母の前ではできるだけ笑顔でいようとしたけど涙が止まらなかった。

祖父だけでは祖母介護は難しいから私が祖父と一緒に住んで一緒に介護することも考えたが両親に反対された。


何もしてあげられないまま祖母がいなくなった

私は出張中で死に目にも会えなかった

飛行機に乗って急いで戻ったときにはもう棺桶の中にいた

フィクションの中では寝てるみたいだろ?なんて台詞があるけど、そこにいた祖母が亡くなっていることは一目瞭然だった

祖母の手を握りながらひとしきり泣いた後は変に冷静になってこれが死臭なのかな、なんて考えてた。

火葬した時は大人のくせに小さい従兄弟たちと床に突っ伏して一緒にわんわん泣いた。

そのあとは祖父の事が気がかりでずっと祖父の側にいた。


祖母が亡くなったか祖父も急に弱り始め、また家庭の事情から祖父施設に入れられた。一緒に住みたいという私の希望は叶わなかった。

祖母四十九日が終わったあと、祖父施設に送る時、施設に戻ることを嫌がり、怒鳴り、泣き、宥めようとした私を叩いた。

両親が反対する中一緒に施設に行って泊まろうとしたのに祖父必要としていたのは祖父の家と祖母だった。

ただただ悲しかった。

今も祖母のことを思い出して泣くし、祖父のことを思って泣く。

泣くことしかできない自分が嫌になる。

どんなに願っても祖母は夢の中にすら出てきてくれない。

本当は祖母にも必要とされてなかったんだろうか

今日祖母に会いたいと思いながら眠りにつく。

2017-09-29

anond:20170929155911

あの日向市サーファーの時はあれはデブ差別ではないと理屈をつけるのに皆さん必死でしたね

2017-09-22

7年前のDreamhackというゲームイベントにおいて、プロゲーマーAIAI圧勝に終わってから、僕たちは随分と大人になった。

「見る」ゲームとしての娯楽を提供していたEsportsというビジネスモデルも、

一挙一動で観客を沸かせていたヒーローも、悪役も、ステージからは姿を消し、AIを開発している企業同士の戦いへと戦場を変えた。

かつて、僕たちは子供だった。

そういえば「若くしてその才能を見抜かれ、チームにスカウトされてからプロとしての道を歩み始めた」なんて話もあったよね。

キャンプを張ってトレーニングトレーニングを重ねた少年の、華麗で、鮮やかで、息を飲むようなゲームプレイを、僕たちはただ眺めていて、

そうして彼はいつか国を代表するスター選手になったよね。

僕たちはそれを眺めていたけれど、「熱」はそこに確かに存在してた。

人間コンピューターに勝てなくなってから、もうずいぶんと経って、僕たちは大人になった。

そうやって時間が経って、あの日ステージで敗北を喫した少年も、最後一言"Goodbye :)"と笑って消えた。


ヒーローも悪役も存在しない、退屈なゲームの祭典を、あの時とちょうど同じように、僕はまた、ただ座って眺めてる。

2017-09-18

anond:20070314103851

この記事を書いてから10年が経過した。

今の自分が何をやってきたのかと言われれば・・国立現代美術研究機関仕事をしている。

そこで何の仕事をしているのかと言われれば、ネット美術作品に関するWebサイト制作

システムサーバ管理作業ベンダー企業と打ち合わせを行いながら、世間情報を発信している仕事だ。

プログラムこそ書けないが、PremiumPro、AfterEffects、Photosho、IllustratorDreamweaverを使いな

がら画像加工や映像制作写真撮影、簡単コーディングJavascriptシェルスクリプトゴリゴリ書いて

仕事している。自分では何でも屋と呼んでいる。これがクリエイティブと言われればどうかはわからないが・・・


あれから10年を振り返ってみよう。

アーティストとかデザイナーが嫌いですと言っていた自分ではあるが、知らない人間がそう言う世界の事を

言うのも失礼だと考え、正社員をやめてデザイナーになるため、まずは安いWeb制作スクールに通ってみた。

短期間だがサイトの作り方とAdobeツールの使い方を教わった。


ところが自分にはWebコーディングデザイン考え方は理解できたが、デザインセンスや色彩感覚に欠けていた。

スクールへ通った後、派遣会社へ「Web制作がしたい」と登録したが、ポートフォリオを見せた途端にボロクソに言われ、不採用が続いた。

そんな中、あるWeb制作会社で「君、サーバ管理の方がいいかも」と言われてしまったがデザイナーになりたいとしと考えて断った。

その言葉きっかけに「デザイン能力がないなら」せめてサーバ管理でもと考えて、Linuxスクールに通った

(その間は派遣で時給は安いがWeb制作会社簡単コーディング作業画像修正作業印刷会社でのDTP業務をして凌いだ)。



Linux勉強はすればするほど面白くなり、そちらの知識にのめり込んだ。サーバを学とネットワークの仕組みも知りたくなる。

最後にはネット知識自作PCを組み上げてLinuxインストールしてWebサーバメールサーバを構築した。

ただ、自宅でWebサーバを構築すると言っても外部への公開はリスクが高すぎるので勉強機としてdebian系やredhati系OSなど

デュアルブートさせたり、HDDRAIDを組み上げたりして遊んだ。そのうちにレンタルサーバドメインを取得、CMS個人

ブログを立ち上げるも自分ポカミスからクラッキングあいサイバー犯罪課の取り調べを受ける経験もした。


Web制作デザイン仕事はなかったが、浅いネットワーク知識が幸いしてか、データセンター映像サーバを扱う仕事に就き、

NagiosやらCisco機器RAIDVMセキュリティ知識IPデジタル映像知識映像機器編集知識を得ることができた。

映像と言っても映画なのでDCPやKDP、3D映像知識会社で二週間研修させられた。仕事によっては夜中の仕事AKB48ライブ

の収録に立会ったり、キアヌ・リーブス舞台挨拶で生キアヌと打ち合わせしたりもしながらも、この日記を思い出しながら

「俺、デザイナークリエイターじゃないな」と考えていた。


それ以降は大企業の子会社でのWeb制作部門で勤務したり、IT資格もいくつか取得した。また途中で大学にも通い、好きだった

美術史写真史、表現を学び、論文をいくつも書いた。その途中で亡くなった親父がフィルムカメラをくれたので、フィルム

メラにハマり出し、父親形見の中判フィルム撮影フィルム現像プリント額装して、個展までするようになった。

好奇心からきたここまでの道は、もう40過ぎだった。



結果、あれから10年後の自分仕事・・・

給料こそ高くはないが上記の研究機関で「何でも屋」で仕事をしている。

元々現代アートが幼少期から父親が集めていたアート関連の書籍を読んで、ドナルド・ジャドやフランク・ステラなどのハード

エッジアートに興味があったこと、簡単システム保守サポートができること、フィルム現像写真撮影ができること、ライ

ティング(照明)ができることが幸いして、作品の保管からシステムベンダーとの打ち合わせまでを任される仕事採用され

ることになった。かなりの倍率だったようだが自分のように多く経験してきた方や知識現代アートへの興味がある人は少なか

ったのでというのが採用理由だったようだ。


「オリも混ぜてくれよう。

実際には作ったりしないけど見るのは好きだおう

アートには理解があるつもりだおう

なのになんでオリを混ぜてくれないんだおう

お高く止まっちゃってさ!フン!もうこねぇよ!バーヤバーヤ!!!


こうは書かれたものの、この気持ちもあって、それを理解するために色々と仕事制作仕事をしながら

勉強をしてきた(つもり)だけど、やってよかったと思う。


10年前の自分デザイナーアーティストクリエイターという選民思想を持って「普通会社員」を見下して

いるという、ルサンチマンに囚われていた。でも、仕事の業種に関わらずどんな仕事だって「創り出す」こと

必要なのであって、それはどんな職種であっても創意工夫は必要であり皆がクリエイターである

創り出すことが華やかに見えるのは一部だけであって、世の中にはもっと沢山のものが作り出されている。

たまーにWebデザイン写真作品制作することがあっても自分は「デザイナー」や「アーティスト

とは言わない、それを言ってしまうと自分創造可能性を広げられなくなりそうで怖いから。もちろん周囲に

デザイナーライターアーティストの知人・友人はぐんと増えたが今はそれらの人を僻むことも今はしない。

しかし、あの日記を匿名日記を書けたことは自分人生における仕事を大きく変えたと思うし、過去自分

そういう思いから出発しているから、どんな職業の人でも会う時には、まずは首を垂れて尊敬することか始めている。


それとこの言葉も気にしながら。

未来に先回りして点と点をつなげることはできない。君たちにできるのは過去を振り返ってつなげることだけなんだ。だから点と点がいつか何らかのかたちでつながると信じなければならない。自分根性運命人生カルマ、何でもいいから、とにかく信じるのです。歩む道のどこかで点と点がつながると信じれば、自信を持って思うままに生きることができます。たとえ人と違う道を歩んでも、信じることが全てを変えてくれるのです」

2017-09-15

あの日清のやつ、魔女とかハイジとか使わずオリジナル路線でいってたら絶対いいCMになったとおもう

予告が超いいもん

https://youtu.be/z0kQ6nFN7us

2017-09-14

評判イマイチアニメ映画観たらピンポイント直撃を食らい時が飛んだ

子供の頃、大好きな女の子がいたんだ。

俺はあの子のことが、本当に、本当に大好きだった。

でもあの頃はそれの正体がよくわからなくて、なんて言ったらいいのかもよくわからなくて、結局、俺は最後まであの子自分気持ちを伝えることができなかった。

中学1年の夏休み、あの子は家庭の事情で突然住んでいた街から引っ越していくことになって、終業式の日に教室で見た姿があの子についての最後の思い出になった。


あれからずいぶん時間が経って大人になり、人生の大きな選択みたいなこともいくつかあったけれど、事あるごとに「もしも」「あの時ああしていたら」というようなことを考えることがあると、真っ先にあの中学1年の終業式の日のことを思い出すんだよね。

あの時、あの子に「好きだ」と言えていたらって、その頃の中学1年生によくありがちっぽい、そんなささやか出来事を考えてしまうんだよ。

別に、もしそのもしもが叶っていたとしても、きっと何も変わらないんだとは思う。あの子は何も変わらずあと何日かしたら遠くへ引っ越していくし、そのあと何ができたわけでもないんだろう。でもあの時、俺はあまりに幼くて、かっこ悪くて、無力だったよ。

の子小学校の真ん中くらいの時に転校してきて、それからずっと同じクラスだったんだ。

まり女の子友達がいなかったけれど、あの子とはその時からとても気が合ってよく一緒に遊んだ。俺の小さな世界にいる数少ない女の子だった。

きりっとした綺麗な顔立ちで、ちょっと気が強くてお姉さん肌の明るい女の子だった。実際、同級生だったけどほぼ1年誕生日が早かったあの子はいつも少しだけオトナで、俺はよく背伸びをしていた気がする。それこそ13歳のとき奥菜恵みたいな誰から見ても完全無欠な美少女、というわけではなかったとは思うんだけど、間違いなく、俺にとっては世界で一番の女の子だったんだよね。

そうこうしているうちに中学生になったんだけど、入学式に行って最初確認したのは、あの子がどこのクラスにいるのかだったのを覚えている。

の子は俺と同じクラスだった。その頃地域マンモス校だった中学校で1学年9クラスもあるのに、同じところに一緒に名前が載っていて、嬉しかったのもあるけど、なんだかとても安心してしまったのも覚えている。ああ、これから不安もあるけど、きっと、2年生になっても、3年生になってもまた一緒のクラスになるんだ、なんてなんとなくぼんやりと思ってた。

1学期の間、あの子とは隣同士の席になった。なんだろう、子供だった俺はその状況に満足して、当然のように思って、そしてそれ以上何かをするということは無かった。学校に行って、好きな漫画アニメの話なんかを話して、ずっとこの席にいられたらいいななんて思ってた。

俺があの子のことが好きなことは、おそらくクラス中にバレていた。同じ小学校から来た友達もいたし、何より俺がずっと隣の席を見ていたからだ。

でも、そんな日は長く続かなかったんだよね。

あと一週間で夏休みだ、となった7月の半ば、俺はあの子の様子がなんとなくおかしいことに気づいて、とんでもなく不安気持ちになっていた。

急に態度が冷たくなった、とかそういうことは一切なくて、その逆のことが起こっていた。終業式の数日前からいつになくいろんなことを話しかけてきた。初めて会ったころのことや、小学校林間学校ときのことを話した。何か、とても嫌な予感がした。

終業式の前の日の放課後に家に帰ろうとしていると、掃除当番だったあの子が後ろから

掃除、一緒に手伝ってよ!」

と言い、俺のシャツの裾をギュッと掴んで引っ張った。

一瞬時間が止まった気がしたよね。あの感触を、今でもありありと鮮明に覚えている。

絵に書いたようなお約束少年だった俺は、たぶん嫌だよヘヘーン、みたいなことを言って、あの子から逃げた。

クラスの他の女子からなんかヒューヒューと茶化された。廊下に出ると、心臓バクバクしていた。

俺は教室の前の廊下で前の入り口と後ろの入り口の間を5往復くらいウロウロして、やっぱり教室に戻れなくて逃げるように帰った。

そんな日々はその次の日に、映画みたいな出来事もなく、あっけなく終わった。

終業式のホームルーム担任先生はあの子を黒板の前に呼び出して、突然ですがご家庭の都合で転校することになりました、と紹介した。

本人の希望があって、今までお知らせしていませんでした。


なんとなく薄々様子がおかしいことに感づいていたから、動揺はしなかった、フリを全力でした。

の子のことを見ることができなくて、礼が終わった瞬間隣の教室にやっぱり逃げるように入った。特に用事は無かったのにね。頭が真っ白だった。

隣の教室でぐだぐだしていると、小学校とき一緒のクラスだったちょっとおませなお節介焼きの女子がやってきて、俺を見るなりあんた何やってんの、あの子にちゃんと自分気持ち伝えて来たんでしょうね?ちゃんと告白してこいよ、後悔するぞとかなんとか言いやがった。12歳の世界において、女子男子よりもだいぶオトナだと思い知らされたね。

その時俺が口走った言葉を思い出すと我ながらひどすぎて死にたくなるんだけども、確かこんなことを言った。はぁ!?ばっかじゃねーの!?やめろよ、そんなんじゃねーよ。

って、漫画かよ。今でも死にたくなってくるよ。

でも、それもそうかとなんとか思い返して、人影もまばらになってきた自分教室エイヤーと戻った。

この日が最後だったあの子は、まだ教室にいた。

が、それとあと2人くらい、普段まり話したことのない女子が何やら残念だねと話していた。

そこで俺は黒板の前にバン、と立って、ちょっといか今日は俺と一緒に帰ろうぜ!

と言い放つ妄想をあとから何度もしたのだけれど、現実の俺はそんなことはなくて、2人の女子に怯んでまた廊下に出てしまい、やっぱり前のドアと後ろのドアの間をウロウロウロウロとしていた。

そうしていると、友達が通りかかって、何やってんの帰ろうぜ、と言った。

お、おう、そうだねみたいなことを言って、学校を出た。

それが、あの子を見た最後だったよ。


帰る途中、意味もなく遠回りをした。また、とんでもなく受動的なバッタリに一縷の望みを掛けていた気がするけど、すぐに忘れようともしていた。

その友達が、ああそういやあの子転校するんだろ?と言ってきた。ああ、そうみたいだね。と答えたら、ふーん、と返ってきた。そいつになぜか無性に腹が立った。彼は別に何も悪いことしてないんだけども。

歩きながら、無理やり色々なことを考えて納得しようとした。そうだよ、そんなどうせあと何日かでいなくなるのに、今更何か変なこと言ったって迷惑だ。俺の自分勝手だ。そうだ、どうにもならないんだから、何も言わないのが正しいのだ。だから、これでいいんだ。とかなんとか。

映画を観ていたら、アタマがあの頃に飛んでいた。

何もできなかった。あまり子供で、勇気が無くて、情けなくて、後悔とも無念ともなんとも言えなくて、ほろ苦いというか、苦かった。

あの時こうしていれば、って何度も何度も繰り返して、何パターンものルート妄想した、そんな10代の時間だったよ。

大したことじゃないってことはわかってるんだよ。誰にだってあることで、よくあることで、ちっぽけなことだよ。

でも、12歳の心の風景っていうのはとても、とても不安定ものなんだよね。オトナでも子供でも無くて、気持ちだけそこにあるけれど、どうしていいのかわからないんだよね。イマドキの中学生はまた違うんだろうなっていう気もするのだけれど、少なくともあの頃の12歳はそんな感じだった、きっと。

別にとんでもない大事件なんか起きなかった。宇宙人も、未来人も、超能力者も出てこないし、況してや隕石が落ちてくるようなことなんてないし。

でも、12歳の世界にとって、好きな女の子に「好きだ」って言えるかどうかっていうのは、時に隕石が落ちてくるよりも大きな問題だったりすることもあるんだな。

あの頃の、あの「純度100%の『好き』のカタマリ」って一体なんなんだろうな。

なぜそうなのかという理由も問わず、えろい下心もなく、ただただ純粋な何かだった。あの頃のあれと同じ気持ちって、一生戻ってくることは無いんだろうな。

そんなことを考えていた。


インターネットの普及した現代のせいだ。俺はムクムクと出来心が湧き上がって、ついFacebookを立ち上げて、検索窓にあの子名前入力してしまった。

便利な社会残酷だ。もの10秒だった。この長い長い時間は何だったんだっていうくらいあっという間に、あの子がそこに存在しているのが見つかった。

どこからどう見ても、間違えるはずもなく俺が知っているあの子の顔がそこにあった。

あの時の歳の何倍もの時間が経って相応の歳の女性になってはいたけれど、変わらずちょっと気が強そうな美人だった。

その写真を見て、今まで薄々感じながら自分に気づかないフリをしていたことにやっぱり気づいてしまった。

俺はどうやらその後の人生において、好みのタイプだとか、好きな芸能人だとか、そういった気持ち基準が、すべてあの子になっていて、いつも面影を追いかけていた。


の子は、独身だった。

からだっていうことはない。

そんなことをしていたらハッと我に返って、今度はとても自分気持ち悪くなって、そっとその画面を閉じ、Facebook検索履歴を消した。

子供の頃、初めてあの子の家に遊びに行った時に一緒にコースを作って遊んだエキサイトバイクのプイーンというBターボの音と、出してもらった麦茶の味と、あの日グイッと引っ張られたシャツの裾の感覚がぐるぐると回って、それからゆっくりと消えていった気がした。

もう、検索することはきっと二度と無いだろう。


そんなこんなで挙動不審になりながら「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」を3日連続で観に行こうとしていたら、今年中学1年生の息子が、あーあれ俺も観たいんだ、一緒に行くわとかなんとか言ってついてきた。

映画を観終わったら、息子が

「何だよ、めっちゃいい映画じゃんか。何で評判イマイチなんだよ。俺すげー好きだよこれ。」

と言った。


オッケー、わかったよ。

君がそういうなら、俺はもう、それでいいよ。

2017-09-13

あなたの肉に首ったけ

4ヶ月前、ゴールデンウィークの最終日。

あなた友達バーベキューでお肉を焼いていましたね。

ぱっと見、20代の年下っぽいなあと思ったんですが、

近づいてみると中々におじさんで、単純に童顔なだけでしたね。


周りのみんなが、ビールを片手にワイワイと楽しんでる中、

一人でお肉を焼いては、みんなに配る。

それを延々と繰り返しているので、最初は関係者なのかなと思いました。

私が「料理人さんなんですか?」と聞くと

「いや、単純に参加者ですよー」とのこと。

自分コミュ症なので、お肉を焼いてた方が楽しいんだと言ってましたね。


あなたのお肉を焼いている時の表情は真剣のもの

肉を動かしたり、炭をいじったり。

汗をだらだらと額にかきながら、

タオル首に巻いていた姿が今も忘れられません。


そうこうしているうちに、メインの3キロステーキが焼き上がりました。

あなたは、茶色醤油味の自家製ソースを取り出して、

肉を小さく切り分け、上からかけてました。

お肉は完璧ピンク色で、プロのお店で見るそれでした。

一つ食べたら、とてもジューシーで柔らかい

ねぎ醤油ベースと言ってたソース絶妙マッチしていて、

控えめに言って最高でした。

それからあなたラム肉を焼いてパクチーサラダ風にしてくれたり、

タンドリーチキンを焼いたり、燻製した干物を焼いたりと

本当に楽しそうに、子供のようにグリルと戯れる姿が可愛かった。

食べるのが大好きな私は、あなたの焼いてる所に張り付いて

いちいち肉の話を聞いていたので、うるさかったかなと反省してます

でも楽しそうにお肉の話を懲りずにしてくれましたね。

たぶん、その頃には凄く興味が湧いてしまってたんだと思います


それから、一緒にご飯にいきましたね。

LINEで美味しいお肉のお礼を送って「もっと○○さんのお肉が食べたいです」

なんて言ったら、すぐに焼肉屋を誘ってくれて嬉しかったです。

焼肉屋でも、あなたはお肉を焼くのに一生懸命

最初は塩、つぎはタレ、最後味噌の順番で1回1人2枚づつまで。

毎回毎回言うので、私は覚えてしまいました。

そこで焼いてくれたお肉も、

今までの焼肉屋はなんだったんだろうって思うくらい美味しかった。

素直に「人生最高の焼肉かもしれないです」と伝えると、

本当に嬉しそうに無邪気にお肉の温度と美味しさの話をしてましたね。

あなたの話はイマイチ解らないことがあるんですが、

楽しそうにしゃべっている姿はとても素敵です。


お盆ちょっと前。あなたはお家に呼んでくれました。

料理振る舞いたいから〜。」

なんて、私の気持ちと胃袋を掴んでる人に言われたら

無防備にひょいひょい行っちゃいます

だって彼氏欲しいですから

その日は暑かったからエスニックを作ってくれましたね。

アジア風の蒸し鶏のサラダ美味しかったし、

蒸し鶏の出汁で作った冷製フォーもたまらなかったです。

でも、一番はベトナム風の鳥の骨つきモモ焼き。

パームシュガー(?)という砂糖を使った照り焼きっぽい

甘いローストチキンは、どこまでもビールが進む味。

二人であの日は1ダース以上ビール飲んじゃいましたね。

酔っ払って、キスをして、一緒に朝を迎えて。

朝、私より早起きして朝ごはん作ってるのは驚きました。

「だいぶ飲んだからスープにするね」

と、手際よく昨日の残り物を使って簡単ミネストローネ

とっても優しい味でした。

あなたが作ったもの、だいたい覚えてるんです。

全部1個のアルバムに入れて、暇な時間になるとそれ眺めてます

ツーショット写真なんて2〜3枚しかないのに、おかしいですね。

でもあなたのご飯は、全部あなたの愛が詰まってて、

どの写真も私はとっても愛おしいのです。

秋になって美味しいものがいっぱい出ますね。

あなたの肉に私首ったけなんです。

これからも、美味しいものいろいろ食べさせてくださいね

2017-09-10

25歳が初恋を経て無限ループに陥った

25歳非処女彼氏いない歴年齢。

初体験友達と済ませた。

いい年していつまでも処女というのが面倒になったというのが本音だった。

そいつは男友達の中でも一番気が合い、性格的にも相性がいいやつだった。

そいつとの初めてのセックスは中高運動部だった私でもヘトヘトになるようなものだった。

今にして思えばそうでもないんだけど、部活で使わないような筋肉を使ったのがいけなかった。

それから私の中で、セックススポーツという認識になった。それと一緒に、趣味という認識にもなった。

から友達は多かった。

2人で飲んでるうちにそういう流れになることがほとんどだった。

それでいて特定彼氏を作る気にはなれなかった。

だって面倒だし。今まで人を好きになったことがなかったし。情はあるけど、愛情という感情は無かった。

ビッチと言われても仕方ないし、今となっては反省している。

やった男から金を巻き上げよう、みたいなことを考えなかっただけ我ながらマシだと思う。

経験人数が10人上回ったくらいからか。

「結局最初の男が1番マシだな」という結論に至った。

他の男はみんな独善的自分本位セックスを繰り返そうとした。アホは1回やっただけで彼女だと思い込む。お前は部活で対戦した相手全員がライバルなのか。いや、私の感覚が異常なのは知ってるけど。

1年後。私の身体異変が起きた。

来るはずの生理が来ない。いつだ。最初ゴムがなくてそのままヤったその日か。

それとも1週間前のあの日か。

悩んでも結果が出ないと思った私は、家の裏にあるドラッグストア検査薬を買うことにした。

結果は陽性だった。

間違いなくあいつとの子だ。

なんとも言えなかった。

けど、悩むこともそんなになかった。

産むのか?って自問した時「いや産むやろ」って自答した自分がいたのにびっくりした。

その日の夜。やつをよく行く飯屋に呼び出した。

店の前で待っていると、仕事帰りらしいやつが鼻歌を歌いながらやってきた。というかお前トリセツて。来る前に寄った本屋の有線で流れてたらしい。つくづく間のいいやつだ。

席について、開口一番にこう言った。

「ヨネ(仮名)。子供が出来た。私は産みたい」

「……マジ?えっと、増田(私)が産むなら俺も産む」

ヨネは焦ってた。お前は産まないだろって突っ込んだ。ヨネと私は笑いあった。

から、ヨネが出産に賛成したことに気づいて嬉しかった。

増田は俺でいいの?」

チキン南蛮を食べる私にヨネは聞いた。

何が?って私は返した。

「その子産むってことは俺が増田旦那になるってことでしょ。それで増田はいいの?」

そうだ。そういえばそうだ。

私の母もシングルマザーで私を育ててくれた。

1人でもなんとかなる前例を私は知っていた。

子供でいっぱいになって、ヨネと結婚するってことが完全に頭から抜けていた。

「ヨネがいいなら私はいいよ。子供のためだよ」

その時の私はまだヨネのことを子供を一緒に育てる相方くらいにしか考えてなかった。

実際夫婦ってそうなんだろうし。

気づいたら私の中での認識が「私が授かった子」から「私とヨネの間の子」になっていた。

子供はもちろん愛おしかったし、それと一緒にヨネも大切なパートナーとして思えるようになっていた。

最初はヨネのことを好きになるなんて思わなかったし、そもそもその感情を恋と呼ぶことを私は知らなかった。

私はヨネが好きだ。

そのヨネとの子供も好きだ。

の子供を与えてくれたヨネも好きだ。

こんな感じに私は無限ループに陥ってしまった。

そんな今が本当に幸せだし、今ではヨネでよかったなって心の底から思っている。

私は自分感情に自信が無い。

かつての私はヨネのことを気の合う友達しか思っていなかった。

今後も出産が近づくにつれて私の精神にどんな変化があるかわからない。

その日が来た時のために今の自分感情を書き残しておこうと思う。

2017-09-05

大学生の頃にインターネットで知り合った人と会いまくっていて、ネットで知り合った人の家に入り浸ってごはん食べさせてもらったりPCゲーム借りて一日中やったり、そんなどうしようもなくてしょーもない日々を過ごしていたことがある。

その時期に出会った同じ大学同級生がいた。まるで双子の半身のように思える人だった。

同じ大学はいえ広い大学で、学部が違ったのでインターネット上で初めて知り合った。大学三年生で、Twitter流行りだした頃だった。相互フォローだった。初めて会った彼は人好きのする顔をしていた。人によってはイケメンと言う。案の定地元に付き合って長い彼女がいた。

ちょうど大学の歓迎祭の時期で、彼が出るというバンド演奏を見に行った。知らなかったけれど、好きな系統アーティストコピーバンドだった。ドラムを叩く彼のことを少し好きになった。バンドドラムが一番格好いいと思う。大物の武器を持ったキャラクターが好きなのと同じ気持ちかもしれない。

だらだらとTwitterリプライを交わした。だめな大学生だったので時間無限にあった。タイムラインにはりついて深夜まで過ごしているといつも彼もツイートをしていた。みんなが寝静まって人の少なくなったタイムラインで、彼とリプライをつけずに会話した。夜更かしが好きなんだと彼が言う理由が同じだと良いなと思った。

彼は悪く言えば女々しい、女の子みたいな中身の男だった。インターネット上でもちょいちょい性別を間違われていた。逆にこっちは男に間違われてまくっていた。まるで世界はうまく回っていない。逆だったらよかったね、って言い合った。

だめなところが同じだった。まるで自分のようにどこまでも同じだった。自分に甘くて、そんな自分が嫌いで、だけれどもそれもひっくるめた自分のことが少しだけ好きだった。精神性が似通っているものから、このころ、互いのことを双子と呼びあった。自分自身を慈しむようだけれど、だめなところも全ていとおしく感じていた。半身のように大切だと思っていた。

夜中に彼の家の近くまで散歩して牛丼屋に行ってふたり牛丼を食べた。前にバンドで聴いたアーティストCDを借りるという口実。CDを受け取ってから、夜更けの人気のない大通り交差点で、車止めに腰掛けてだらだらと喋り続けた。借りた3枚のアルバムの、そこに入っていた曲だけをいまだにずっと聴いている。あまり音楽を聞かない人間から、そのとき久しぶりに好きなアーティストが増えた。夜ってだけで楽しい。二人でこのまま時を過ごせたなら。そんな曲が入っていて、なんとなく重ね合わせてみたりもした。

それとは別だけれど、特別に、彼のことを思い出す曲がある。あの日彼が叩くドラムで聴いた曲。彼にとっては好きなアーティストの、演奏するくらいだからわりと好きな方の曲なのかもしれない。だけれどもきっと、たぶん、それだけなのだろうと思う。こっちが勝手に彼のことを思い出す曲だと思っているだけで、彼にとってはそうでないことが少しだけ悔しかった。

あのままふたりで甘く腐っていくような時間を過ごしていく選択もできたと思う。もう少しだけ人生に諦めがついていたら、そうしたかもしれない。大学三年生、やれるとしたらあの頃しかなかった。その最後選択肢を選ばなかった。まだ彼には、地元に残してきた彼女がいた。

数年後、Twitterアカウントを消してから疎遠になって以来久しぶりに会った彼は地元彼女とはとっくに別れていて、知らない女の子ともうじき結婚するのだとビールを片手に話していた。それが数ヶ月前の話、だから確か本当にもうすぐ結婚式をするのだと言っていた気がする。

ありがとうさようなら、おめでとう。いろいろ言いたいけれど綺麗にまとめるのもなんだか違う気がして複雑だったので、こっそりここに置いておく。

彼とつるんでいた時期のことを思い出すとあまり大学生らしくエモく退廃的な日々で、思い出すほどにこうしてポエム無限に出てくる。ともあれ、徹夜明けの朝みたいに、ろくでもない日々だった。

2017-09-01

Travis Japanと、奇跡の夜と救世主

雨が降り止まなかった数日間。生温くじめじめした温度と、優しい匂いがまだ、五感を掠める。世界景色はまるで一変したみたいに、心が、奥底から震えたこのたった一度の夏がありました。とうとう2週間が経って、彼らはもう進んでいるというのに、まだまだ夢の中みたいに脳裏に眩しい景色があって、多幸感と虚無感を行ったり来たり、達成感になんだか泣けて、それはまさに情緒不安定な抜け殻状態で、彼らがわたしの心に残した熱はまだ冷めない。あの夜、遂にわたし人生で一番に、世界で一番に、嬉しくて、嬉しくて、楽しくて愛しくて、幸せだったんだ。Travis Japanのことがうんっと大好きだし、7人がまるっと大好きで、わたし人生にこんなに美しく瞬いて、強く強く心を揺さぶってくれたみんなが誇りだ。

夏の六本木EXシアター、Travis Japan単独公演、Travis JapanLove-tune合同公演の6日間が終わりました。

ジャニーズとあるデビュー組担当をしながら、ひっそり掛け持ちというか、掛け持ちまでは言えなくて、Jr.ならこの子たちだなぁ~と、セットのドリンクメニューを選ぶ感覚、わたしにとってメロンソーダみたいだったそれが、Travis Japanと、一人のメンバーだった。そしていつの間にか、このメロンソーダのために、この店に並んでいることに気付いていて。ここ最近にして、"Travis Japanファンです"と大声で言えるくらいに、わたしの中で、大切な大きな存在になっていた。100%Travis Japanで居てくれる彼らのために、はやくこちらも100%応援しなきゃと決心しつつ、いろんなタイミング言い訳にして、その一歩に勇気を出せず、掛け持ちなのかこれってもう担降りしちゃってるのか、中途半端なまま歩いてしまいました。こんなド新規の出る幕ではないことはわかっているけど、もう飲み込めないくらいの思いを逃がすことができなくて、匿名にて投稿させていただきます

Travis Japanってね、ね。すごいんですよ。メンバーみんなが振り付けできちゃうし、音もアレンジしてしまうし、照明も構成も演出しちゃうデビューしていないジャニーズJr.なのに、決して表舞台での出番が多いとは言えないのに、もうあなた達のことを大好きな味方だけが待ってる、ある意味でそこは閉塞的な居場所なのに、時間をかけて満を持したクオリティを届けてくれちゃう。「ダンスが武器」をストイックにやり抜いてしまうし、気付いたら歌だってとってもお上手。自分たちの魅せ方を追求しているし、メンバーの強みも理解して、そこには愛しかなくって、根っこが可愛くてすーーぐファンのこと褒めてくれちゃう。古いファンの人にもわたしみたいな新しいファンの人にもとってもとっても優しくて、誰のことも置いて行かずに、鮮烈で丁寧な、時の魔法をかけてくれちゃう。本当にわたし達だけが好きなんて、勿体ないほどで。セトリを聴き返すだけで思わず泣けちゃって、中毒みたいに体中に焼き付けられて、楽しくて儚くて終わってほしくなくて、そんな最高のコンサートがありました。

雨が上がった17日夜、単独公演、オーラス

2つの意味を持った"最後"。そういえばそっか、と忘れさせるくらいには魅力的なトラジャがここまでいて、半信半疑とはちょっと違う。みんな分かってはいるけど、どこかで信じきれない、信じたくない、夢から醒めたくないなんて追い縋りと、だけど変わらず楽しい一夜への確信があって、中毒みたいなこの公演が終わってしまう方の最後へただただ寂しい気持ちがまずあって。前日から公演に参加しており、もう一度物語を読み返すみたいに、ページを開く。もうお馴染みになった一連の続きのような、ふわ〜っとした感覚で、その時刻を待ち侘びる。

ステージに現れたTravis Japanの人たちは、そんなのやっぱり夢だったんじゃってくらい、なんでもなくて、なんでもなくかっこよくて。エスプレッシーヴォの五線に乗る音符になって、ステップを踏むたび、歌を奏でるたび、馨しい花びらが舞う。「夏の王様(KinKi Kids)」で、7人がわちゃわちゃした後に、ぎゅ〜っと集まるところはやっぱり可愛くて、美勇人くんと肩を組む七五三掛くんとか、一番下でしゃがんでピースする海人くんとか、ピースフルなトラジャが世界一愛しくて、世界一可愛くて、世界一この空間を守りたくて、宝物だなあ、と思った。

「出逢えるまで」で、美勇人くんが1人階段の頂上に残って「赤い小指の糸その絆は、青い空を今日も旅する愛してると~♩」と歌唱。両手をバン!と上げると、ライトを全身に浴びながら暗闇に背中が消え始まる、6人のオリ曲「夢のハリウッド」。これに続いて、 美勇人くんのソロ、「Crazy baout you(橋本良亮)」。

すでに私的初日、この流れと「今夜君に捧げるこの全てDance for you」の歌詞で、わたし達のために踊ってくれる美勇人くんがここにいること、きっとずっとずっとこの先も、森田美勇人の後ろのかっこの中身が減ってしまっても、変わらずの魂を燃やしてくれるのだろうなぁ、と確信的に魅入って、感慨に浸って、思わず泣いてしまった。

うそんなことより、記憶に目に耳に刻み込みたい。最後の君を見つけようと決死で食らいついていたら、ラストのサビ前に"キャッ"という短い電撃的な悲鳴。バッと顔を上げると、美勇人くんの後ろ、そこには悪戯っ子みたいに笑って、でもガシガシ踊る弟組がいました。それは美勇人くんのために捧げるDance for you、だった。まんなかにいる美勇人くんは、驚いたようにでも、楽しそうな楽しくて仕方がないような、大きな笑顔だった。

一瞬の出来事だったけど、そこでみんな、すべてを悟ってしまった。Travis Japanにとって、かけがえのない夜であること、美勇人くんの特別な夜であること。儚い流れ星をめがけて、突然、隕石がぶつかったような、巨大な宇宙エネルギーの中心、美勇人くんは、とても綺麗で綺麗で、美しかった。それまで寸前のところで握り締めていたハンドルにもう力を込めることはできなくて、"もういいんだよ"と許されたみたいに蛇口の水が流れっぱなしになった。泣き崩れる人、その場にへたり込む人、嗚咽が溢れる会場、右隣もそのまた右隣も、左隣もそのまた左隣も、みんな、みんな雨だった。

それを包み隠してくれるような傘、如恵留くんのソロが、これがまたとても優しかった。

One Chance(ジャニーズWEST)、「救世主必要じゃない?」で斜めになってるみんなの美勇人くんが、ウルトラ救世主でとってもとってもかっこいい。救世主は、確かに美勇人くんだったし、そうであったと必死に必死にクラップに込めて。変わることを「チャンス」だという歌が声が、ダンスが顔が、かっこよくてかっこよくて…振付は一体誰だったんだろう。閑也くんかな?閑也くんかな………。

みんっなで声を出した、最後のTJ-Calling

Ka\梶山/S\閑也/M\美勇人/N\如恵留/S\しめちゃん/U\うみんちゅ/C\ちゃっかちゃんだよー!Yeah!/

宮近くんが「例えばそう、大好き!!!!!みゅうとくん!!!!!」って言うもんだから、真正面からのド直球ピュアにぎゅんんってして、美勇人くんが「ちっちゃくてもパワフル、大好きだよ○※▲$▽…ちゃかちゃん!」って答えて。もう美勇人くん(笑)頑張って(笑)ってなって。美勇人くんのことがほんとうに大好きなんだっていう宮近くんのピュアを浴びて、わたしもだ〜〜って素直になれて。幸せだコラァーーってなんか怒りたくなっちゃう。いつも「ファンの皆様、僕の前髪を乾かしてくださ〜い」ってしてた海人くんが、「最高の公演をありがとう!」って言ってくれて、「ファンの皆様、僕に身長を分けてくださ〜い」ってしてた七五三掛くんが、「ファンの皆さんに出会えて幸せです」って真っ直ぐな瞳で言ってくれて、本当に本当に幸せで胸がきゅーーんって締め付けられてた。もうコラーーー!!!宮近くん発案らしいので、歌割りできる権限を最大利用して、多分美勇人くんに公開告白したかったのであろうし、本家キスマイさんが、リハしている隅でニセモノが練習してたってちっちゃくなって再現してくれるトラジャはとってもとってもとっても可愛かった。実際には、合同でもTJ-Calling!してくれたので最後ではなかったのだけど、だからMCでも練習させてくれたり、深夜練する?って言い出したりしたのかな(合同初日のトラジャ担は絶対に深夜練帰りだった)と思うと愛らしいし、7人でしか出来ない曲を選んじゃうトラジャは、とびきりに切なくて愛しい。

ドリカム(Hey!Say!JUMP)は如恵留くんの振付・構成で、「君といるだけで いつでも強くいられるから」をのえみゅで指差し。海人くんの「手を伸ばしてごらん〜」で輪っかになって隣の人の膝に頭をのせる6人。膝に乗った美勇人くんの顔の輪郭をべたべた触る宮近くんったら、べらぼうに甘えた・・・

MCやクイズコーナーの梶リーグも、あぁ~やっぱりこの人たちイカれてるわ〜ってもうそれがいつも通り、相も変わらず、お腹が引きちぎれそうになるんですよ(笑)

美勇人くんは、如恵留くんに100個大学に行かせたいし、宮近くんをデブ(昔は大福)呼ばわり。七五三掛くんにランドセルのCMさせたくて(一同\ららら〜ランドセルは♩ててて天使の、は〜ねっ/)、お顔が好き(七五三掛くんを選ぶとことは、「顔で選ぶタイプ嫌いだぞ!外見じゃねーぞ!男は!」らしい)なのも、モデルになりたい海人くんを軽くあしらっちゃうのも、当たり前の笑顔いるからいっとうに愛おしかった。

プレゾンメドレー、「ラストはこれだ!!!!」と叫ぶ、宮近くん。あの、イントロ流れる。終わって欲しくない、みたいな嘆声まじりの、湧き上がる声たちに、ニヤリ笑って。もうそれは、狂ったくらいの暴れるくらいの気迫で鬼気で、暑くて熱くて破るみたいに脱いだシャツ、でもピッタリ揃った足並み。それぞれの部屋で、踊る7人。動き出すマンション。ヘッドマイクが取れて、それを引き千切って、叫ぶように吠えた美勇人くん。

Hey!You Guys!

\Guys!!!/\Guys PLAYZONE!!!

客席は、どちらの意味でもそれぞれここぞと懸けたものがあった。言葉にできないまま、名前をつけられないまま、落とし込んで丸めこんで、見せないようにした熱とか、最高な彼らの最高のパフォーマンスへ伝えたい最高の思いとか、とにかく一緒に最高の夜にしたくて、それが楽しくって、いつも以上のまっすぐな愛にしてぶつかっていってた。なんだろう、ビリビリ身体電気が駆け巡るくらい、歓声がみるみる呼応してた。ステージで光を浴びる7人は、Travis Japanとしての自分の命を全うして、魂から燃えるようだった。心からの雄叫びに、客席も突き動かされて、あるだけの命を尽くして、ひとつになったことを体感してた。あのガイズのためだけに、そこにいる全員が魂で生きていた。全員の炎がシンクロして、煮えたぎったぐつぐつの熱気が、EXシアターを包んだ。今も胸で熱を持ったままのこの閃光。何もが熱烈で強烈で、人生で一番に忘れられない美しいステージだと、疑わずに思った。

ついさっきまでもあんなに踊っていたはずなのに、とびきりの汗を、自らのための光になびかせて、極限まで真髄まで踊りきってくれるTravis Japan。そんな全身全霊の目撃者だったわたし達も、今しか生ていなかったし、7人は、決して寂しさとか口惜しさとか、後ろ向きな何か思い入れを見せることはなかった。終着駅がすぐ後ろに迫っているから、その刹那的あはれが美しかったのかもしれないけど、ただただ今しかない今を楽しんで全力で生きるトラジャが、素敵で素敵で眩しくてしょうがなかった。Guys PLAYZONEをしていたあの日あの時間が空間が、世界一宇宙一、熱い夜だったと言い切れる。それくらい、もう伝えられない以上、最高なアイドルと、最高の千夜一夜の巡り会い、最高の魂の共鳴、だった。2017年夏、六本木EXシアターは青山劇場に、Jr.マンションはあのジャングルジムに、カンパニー最年少グループだった少年たちは、PLAYZONE2017の主演になっていた。

最後の\Guys PLAYZONE!!!/で白幕がドーーンと降りて、拳を突き上げた7人のシルエットが映る。その7つの拳が強くて、強くて。やってやったと言わんばかりに伸び続ける影が、愛しくて愛しくて。心が震えずにはいられない、幕閉めだった。

アンコールには、嵐の「Don't you get it?」。美勇人くんの痺れる低音ソロパート、「ここからPump it up 空回り No!」でここぞとばかりに跪いて美勇人くんをキラキラするトラジャと、全力で\fuuuuuuuu〜〜〜!!!/するトラジャ担。み〜んなみんな、美勇人くんのことが大好きすぎて、それを伝えたくて仕方なくて、とってもいい関係だなあってもう。みんな楽しそーに真面目にはっちゃけて、ニッコニコ歌ってバキバキ踊るそのバランスも、\トラジャ!/の煽りも、あまりの青春の眩しさにこのまま時間が止まればな、と思ってしまう。

アンコは、あれしかないだろ!って始まった「Supernova(V6)」。

振付が美勇人くんなスパノバは本当にこれしかなかったし、ファンサ曲を選ばず、死ぬんじゃないかってくらいの最後まで燃え続けるトラジャがトラジャで、燃えるくらいの恋で愛でC&Rを叫んだら、命懸けで伝えてくれる、それは本当に特別な、一夜だけのSupernovaだったんだよ。

声を出せば出すほどそれに答えてくれることがわかって、沢山褒めてくれるトラジャが可愛くて、大好きで、もっともっと声を出すことが使命で、もう無意識なくらい無我夢中で。みんなの声がなければ、踊れなかった。奇跡の公演だ!なんて言ってくれて。ありがとうって言うと、こっちがありがとうだよと「ありがとうって俺らがいうから、どういたしましてって言って」なんて言われる始末。わたし達の\どういたしまして〜!/に、固めた〜?なんて、嬉しそうにしている7人。何回でも、何万回でも、ありがとうを言いたいのはこっちなのに。大切な人たちに、こんなふうに大切に、やさしくしてもらえるなんて、愛しいがそこら中に零れ落ちちゃう

「俺らのことが好きか!!!本当に好きか!!!ついてこれるかーーー!!!そのままでいてくれーーーー!!!

マイクを外して満身の力で叫んでくれた海人くん。 今が、今のままで、一番大好きだった。待ち受けるこれからや今を悲観するんじゃない、情を引き止めるんじゃない。いつか振り返るときが来たとして、この人たちは絶対、過去を不遇だった、なんて言わないんだろうなと思った。わたし達だけは、このままでいたいしいれるし、これでいいんだって。海人くんもトラジャもそのままでいいんだよーーー!!!わたしは、トラジャのこともっと応援しなくちゃいけなくて、こんなに幸せにしてくれるトラジャを今度は幸せにしてあげなきゃ、もう駄目だった。

最後の最後、言葉が詰まって、顔がぐしゃってなって。一生懸命天を仰いで奥に下がっていく宮近くん。おいおーい!!ってただただ優しい顔で、溢れてしまいそうなそれを止めにかかる一同。「ちゃかちゃん今回引っ張ってくれたもんね」ってお兄ちゃんな美勇人くんがいて。沢山のたくさんの別れを経験して、強くならざるを得なかった、トラジャの顔にならざるを得なかった、一人でトラジャを背負った、ちっちゃな勇者宮近くん。今日のこの夜が世界一幸せで、嬉しくて、楽しくて、ここに幸せにしてくれる人が仲間がいて、ここに居てよかったって、もう大丈夫って、思えた涙だったらいいなぁ。

少クラトップバッター名前が出ていた宮近くん、顕嵐くんの隣でSexy Zoneを支えていた宮近くん、岸くんと背中合わせでガチャガチャ♩していた宮近くん、ガムシャラ常連でチーム覇を率先して「明るく行きましょう!」していた宮近くん、帝劇の0番でリアデラを踊った宮近くん。とても美しくて強い人。全部ぜんぶ大好きだし、そんな宮近くんにあるTravis Japanが本当に大好きだ。ここから、もっともっと宮近くんが、嬉しくて楽しいといいなあ!

最後にみんなでTravis Japanしようって言って、7つ合わさった手とか、重なる声とか、スモークを出してくれることとか、最後とかもうそんなそんなことより、幸せそうで、幸せだった、\Travis Japan!!!!/ 本当に本当に、奇跡の公演だと思った。

ずっとずっと笑っていた美勇人くん。深いお辞儀をして、「お仕事頑張って」って言ってくれるのが、とてもらしくて。そうあるべき笑顔で、最後までそのままで居てくれるのは、一点の曇りもない、最高のアイドルを全うしてくれるのは、美しくて勇ましくて、その名の通りの生き方をしていて、ずるいくらいにカッコ良かった。

今思えば、こうなることが初めからわかっていたのかもしれない。いつか、いつか、と思って先延ばしにしていたことが、終わってしまうことで始まって。誰もわるくなくって、誰にもどうしようもなくて。どうしてもどうしても大好きだから、呆気なく手放すことができなくて。大好きなのに、"なんで?"と思ってしまう自分勝手が悔しくて。そういう悲しさの、やるせなさの、弱ったハートが擦れあって、ささくれみたいにとげとげになってしまって。憶測も本音も、もう誰も、何も言わないで、ほしいなぁ。彼らはただ、アイドルとして、笑顔ステージに立ち続けている。

森田美勇人Love-tune/Travis Japan)がとても、とってもだいすきでした。少クラで、両方の登場場面で現れる出ずっぱりな美勇人くん、アイランド、木星から金星へその場でジャケットを纏って変幻する美勇人くん、ジャニーズJr.祭り、トラジャのジャケットのうえにラブのジャケット羽織ったり、ラブのジャケットのうえにトラジャのを羽織ったりを、同じくらいの交互にしてくれる、心やさしい美勇人くん。いつも両グループのまんなかを歩いて、なのにどちらでも0番になれた美勇人くん。本当に、どっちも100%だった、美勇人くん。衣装を変える度、曲が変わる度、変身する美勇人くんは、本当にみんなのスーパーヒーローで、仮面ライダーみたいだなぁって。惚れ惚れせずにはいられなくって。嵐についたら翌日はえびバック、ドリボに出たら幕間で稽古、次はえび座で…、アイランドガチャも最もバック選抜される名実休みのなかった美勇人くん。精神的な切迫を考え出すとキリがない、なのに呼ばれるうちが華、なんてやっとのお休みダンス留学なんてしちゃって。グレちゃってたくせに、もりたさんきょうだいでまわしてる、なんてひらがなで言う美勇人くん。出演公演数を知っても、昔の方が、なんて何食わない美勇人くん。トラジャを引っ張って、ラブを持ち上げて、全部を抱きながらアイドルで居てくれて、本当に本当に凄い美勇人くん。トラジャが冬の帝劇に呼ばれたこと、今やオリジナル衣装や曲をもらえたこと。多分、あとちょっとのところで、脇役になってしまわなかったのは、トラジャの今があるのは、毎週の少クラに、Jr.のコンサートに、やっとおんなじ土俵に立てたのは、美勇人くんが、Love-tuneで、Travis Japanで、いてくれたおかげなのかな、と。そういう、守り抜き方をしてくれたんだ、と思う。美化しすぎだと怒られてしまいそうだけど、もう大丈夫なところまで、守ってくれたんだ、と思えて。きっと夢だったモデルお仕事、あの強火トラジャ担な出版社だし、ちょっとは恩返しできたかな?なんて思ったりもして。美勇人くんが、これからもこれからもずっと幸せで、アイドルでいることが幸せでありますように。ずっとずーーぅと大好きだよ。最後まで筋を通してTravis Japanをしてくれて、ありがとう

公演終了後、ロビーや外、そこら中に大粒の涙が溢れていました。わたしコンサート中、こんなに泣きっぱなしになってしまうなんて、こんなことってなくて。泣き笑ってしまうくらいに、涙を止めることができなくって。こんなにも直に感情に訴えられるって、こんなにも心が叫んでしまうんだなあって。視界がすっかり眩んでしまったせいで、君が泣いているのかなんて錯覚してしまうくらい、もうこんなにも大好きだったって、溺れてしまうくらい見惚れてて。ここで一心不乱になって宙を蹴る美勇人くんには、このフォーメーションで歌って踊る7人には、もう会えないかもしれないけど、限界まで踊りきってくれるトラジャはカッコよくてカッコよくて、前しか向いていなくて。だから楽しくて楽しくて、大好きで堪らなくて、なのに最後で。胸から沸き出す愛しい気持ちが瞳にまで滲んじゃって、幸せで切なくて、全部を噛み締める、そんな涙だったと思う。箱推しなんて遠に諦めたのかと、そう思ってしまってたけど、どの人もみんな、7人が、Travis Japanが大好きで仕方なくなってて。こんなにも愛されてるんだ、愛してるよねって、全員とハグしたい気持ちだった。いつだって強く、優しく、いつだって清く正しいアイドル、魂から美しいTravis Japanのため、そんなふうに相応しく美しい力でありたいと思った。

グループを背負って顔になってくれた19歳のちっちゃなエースと、ブレインとして先回りの優しさで受け止めてくれる紳士、パフォーマンスストイックなのに喋れば奇天烈大天使永遠反抗期だからってすーぐキレてすーぐ照れる愛しずやな天才振付師ビジュアルスキルも磨いてしまった愛されヒモアイドル、表現豊かな最年少・笑われ役に躍り出た岡山の偶然(笑)に、みんなだいすきみんなの救世主だった美勇人くん。この7人が本気で守った居場所、眩く魅せた太陽燃える場所みたいなこの夏の彼らを、愛さずにはいられない。

結成5年の歳月を経て、初のオリジナル曲を頂いたことが分かりました。煌びやかなリズムミュージカルステッキタップダンス、彼等にしか出来ない『夢のハリウッド』。「Travis Japanには本物のアーティストになってほしい」と、オリジナル衣装はお披露目する機会を推し量っていたこと、こんなにも素敵なえ楽曲をもらえたこと。こんなにも愛されてた、Travis Japan。単独公演で"オリジナル曲"を明言しなかったこと、合同公演では披露しなかったこと。これはもう夢なんだけど、もしかしたら、もしかしたら、本当はもっと前に用意されていたのかもしれないし、その前から6人になることが分かっていたのかもしれない。最後の一秒まで、余命の限り7人だったTravis Japanは、世界いちばんに美しくて儚い。これは7人で掴み取った楽曲だなぁ、と思う。

一歩引いたところで卒業式であることを示唆して、わたし達に送り出す覚悟をくれていたTravis Japanは、もう強くて大人でそこはかとなく優しい。時には泣きたくなることもあるけど、彼らなら、その汗も涙も笑顔も、歩く道もすべて、息もできない、瞬きも惜しい、見たこともない煌めきにしてくれる。それは悲しいとか寂しいとかゆえの扇動ではなくて、絶対に憐れなんかじゃ、ない。もっともっと最高のステージで、最高のパフォーマンスに出会わせてくれるって、存在が証明してくれるって、きっと。当事者であって当事者でないことがどうしようもなくて、そのステージでは、彼らを全身全霊で幸せにする側にいれるかな。

Travis Japanにこの夏より、更にウルトラスーパーハイパーな幸せが、9人が、8人が、7人が、必ず、幸せでありますように。世界いちばん最高な7人、宇宙でいっちばん最高の夏を、ほんとうにほんとうに有難う。森田美勇人という愛しの救世主がいて、とってもとっても、幸福だったよ。努力と進み続けるあなたは、一番のアイドルです。この先のステージでも、どうか何より輝いていてね。Travis Japanだって、負けないよ。今度は、わたしが、みんなが、救世主になる番だ。


”いまさら「何で?」ってなんて 言わないよ

夢なら覚めてる 君の笑顔 今も 消えないから

雨 雨 雨・・・

雨はもう、止んでいてね。

2017-08-28

ありきたりのバンドとはこういうことかと知った

どうせヒガミ根性の云々だと思ってたけど、ついに「ありきたりのバンド」に出会ってしまった。

それはそこそこ名前は知れていて(売れているかは知らないが)タイアップとかもってるバンドだ。

レコード会社は、まぁそこそこに。

さて、数曲聞いたのだが、とてもポップな音楽なのだ

どれも某有名バンドが歌っていても不思議ではないし、あのバンドっぽいし、このバンドっぽい。

「うーん?」となっていたのでメンバーたちの顔を見てみた。

うん、ぶっちゃけステージに立ってなかったら職質されてるレベルだ。

演奏技術が凄いのか。いやそんなことはない。下手でもないが…。

歌が上手いんだな!と思ったけど不安定なこと。経験値ないのか?と思いきやもう結成20年だ!

聞くたびに「これのどこがいいんだ」という気持ちが積み重なっていく。

会場はそれなりに盛り上がる。というか、まぁ複合アーティスト舞台で1組だけが妙に盛り上がることはあっても、盛り下がることはないはずだ。まして他のアーティストより活動歴が長いグループだし、彼ら目当ての多く客も居たのではないだろうか。……居たのではないだろうか。分からない。盛り上がり最高潮場所ではなかったな。

まぁ、まだ増田は彼らのことを知らない。わりと、「安定」はしているグループかなとも思ったし。

しかしたらボーカル難病から這い上がった人かもしれないし、グループの絆が凄いのかもしれない。

ワンマンライブでの総合演出が凄いのかもしれない。(その日はストレート舞台だったが)

しかし「ありきたりのバンド」の存在なんて無いと思っていたことは謝るよ。

あの日見たあのバンドはどこからどう見ても「ありきたりのバンド」だった。

MCくそつまんねぇし盛り上がらねぇ。

2017-08-27

https://anond.hatelabo.jp/20170825213743

そう、借金というのは巧妙に何かを壊し始めている。ないお金現金が減ることを一時的に守るために借金をするって?では現金を使わないといけない理由は何かと考えてほしい。それは我欲にあふれたものであろう。その我欲は高じるだけ高じ、人生我欲に覆わせる。結婚マイホーム、それが我欲の上に構築されるときは不幸の始まりです。その不幸はクレジットカードで、一時的に『いい思いを覚えてしまったあの日から全ては始まっているのです。15年前の私に言いたい。クレジットカードを作るなと。いい思いで過ごすのではなく、より美しいもの希求せよ。そのために生きよと。

2017-08-22

親孝行

昨年、親をイオンライフに入会させた。

会員になると、映画を見る時にドリンクポップコーン無料でもらえるのだ。

映画が好きな親へのささやかプレゼントでもあった。

毎月のように映画館へ出かけるようになって、幾許か表情も明るくなっていった。

あの日終活提案してよかったと思う。

初盆を終えたので記す。

2017-08-21

ジャニーズライブってサイリウム禁止なんだな

ケミカルライトペンライトダメなんだと。

ツアーのやつやジャニーズ公式から発売されているペンライトならOKだって

それは自分とこで売りたいからで商売気質だなぁと思ってたんだが

ジャニーズペンライト、実際見てみたら光量が普通サイリウムの半分ぐらいなの。

デザイン自体は売れてるグループになるとめちゃくちゃ凝ってる。

もはやペンライトじゃなく光ってるオモチャみたいな。物によっては色も変化する。

ただその値段がね。1000円以下から高くても1700円以下と聞いてびっくりした。

どう見てもサイリウムより金かかった作りなのに女アイドルペンライトは4000円ぐらいするぞと…。これは数が売れるからできる技でしょうね。

それでこんだけ光ってたらいいや。と思ってたんだけど、ジャニーズが他社ペンライトNGにする理由があったんだ。

実際ライブに行って初めて気づいたよ。ドームだったんだけど。

そこに市販サイリウムもったやつが居たんだよね。自分の席からめちゃくちゃ遠いところに。

ライブ開始から、もうそいつが目立つ目立つ。時間が経つとどんどんイラッとくる。

あいにく自分の席がステージより結構離れていたんだが、会場中が見渡せる状態だとそいつマジでむかついてくる。

こんなにきれいなペンライトの海の中に、なんつーもんをもってきてんだ!と。

まり観客のペンライト演出の一部だったんだ。

そんなわけで初のジャニーズライブ、凄すぎてカルチャーショックを受けて帰ってきた。

舞台とかコンサートとか、特殊もの結構見てたつもりだったんだけどジャニーズライブ全然違う。金のかかり方も半端なければ一瞬だって飽きさせない工夫だらけで、見たことのない舞台装置がどんどん動いて、メンバーカメラ位置完璧に把握してるのか、大画面のおかげでドームなのに目があった気分になる。トラブルが起きても即対処するプロ芸は若い女の子グループでは味わえない爽快感があった。総合芸術だったわあれ。教えてもらったが、メンバー演出担当するからグループごとに色があって面白いんだと。ライブブルーレイを買いあさりそうだよ全く。怖い。

なんかもうずーっとぽやぽやしてるが、あの日サイリウム持ってきてたやつ、注意事項も出てたのにわざわざ持ち込んでるんだよな。まじで、そういう自己主張いらねぇから!と思い出すたびに怒りがこみ上げるのであった。

あの日記の人

せめて一汁一菜はないと身体が持たない、と思ってる私からすると

あん食生活でも生きていけるんだと不思議気持ちでいつも読んでる

anond:20170820203115

2017-08-19

セックスの記録

今回またずいぶんと激しいセックスをしたので書き留めておこうと思う。

私たち遠距離で会える時期は限られている。今回会いに行ったのは、その前の月に会いたすぎて泣き出しそうになってしまって、勢いのまま新幹線チケットをとったからだ。ちなみにあとから調べたら、その日は排卵日だった。たぶん性欲が高まってて、彼に触れたかったんだろうね。

で、今回の逢瀬に至る。今回もピルを使って、彼と一緒にいる期間が卵胞期になるよう調節した。日数も延長して、排卵日まで滞在することにした。排卵日前にセックスしてそのまま帰ってくると、その後一人の状態ときにやってくる排卵日の欲求の解消できなさがキツすぎるからだった。

広がり方をすっかり忘れてしまった入り口排卵日前から少しずつほぐして行った。さすが卵胞期というべきか、ローションはキレにくく、滑りがよくてスムーズに進んで行った。

そして排卵日予定日がきた。旅行中は毎日セックスしていたけれど、だんだんとイきかたが激しくなっていった。下腹部を優しく撫でられ続けるだけでイくし、だいしゅきホールドも気づかぬうちにしている。あれってただ支配欲が強い女性表現ってだけじゃなくて、女性側もちゃんと気持ちよくなれる方法だったんだね。

「しあわせ?」「うん、しあわせ」「えへへ、しあわせぇ」

「あかちゃんほしい」「あかちゃんちょうだい」

「とけてる、とけてるよぉ」

とか、いろいろ言ってたと思う。あれは奥を突かれ続けると自然と出てきてしまうんだよな。

彼曰く「エロ漫画でも見ないような淫語がガチさを伴って出てくるからエロ漫画でも勝ち目がない」とのこと。

「あかちゃんほしい」ってセリフが素で出てくるのは前からあったけど、今回は「なんで赤ちゃんをいま身ごもってはいけないのか(意訳)」みたいなことを喚きながらセックスしてたのが印象的だった。コンドームをつけたままのセックスあんなに悲しみが湧き上がってきたのは初めてだったかもしれない。最後に彼がイったあと、それでも赤ちゃんは作れないことに悲しくなって涙がこぼれたのを覚えている。あの日は、すすり泣く私のとなりで、息の乱れた彼が、静かに頭を撫でていてくれた。

かといって生セックスがしたいわけじゃないし、いまはそういう時期じゃないし、ちゃんと赤ちゃんを作るための時期を用意するためにいまはお互い頑張っているけれど、それでも、セックスしていると、赤ちゃんを孕みたいという欲求で苦しくなる瞬間があったのは事実

で、旅行中の1週間ずっと、私の性欲シーズンが過ぎるまで、彼はひたすらセックスに応じてくれていた。最後の方ではついに「ちんちん感覚がなくなった.....イけない......どうしよう.....」と呆然としていたので、そこでお開きとなった。

婚約して、子供を産み育てるつもりでセックスしてると、こんなにも気持ちよくセックスできるんだなあとも思うし、自分の中の妊娠欲求の強さにも改めて驚いた。泣くほどだったとは。

あれは子宮意思なのかなあとさえ思う。

2017-08-18

エンジニアになり損なったうつ病

20代前半、休学中、プログラマ都内ベンチャー企業インターンで働く、いまはReact専業のフロントエンドエンジニア。もともとはサーバーサイドエンジニアだったが日本フロントエンド事情は予想外にレベルが低かった。そのために参入障壁が低く、しかしその割に給与が良いので思い切って転向した。

キャリア形成という意味では無問題に進んだというよりプラスに働いただろう。外人ばかりのチームに最初は戸惑いを感じていたが英語でのコミュニケーションにも慣れ、自分でもこの決断に正しさを感じている。いや、いたはずだった。

1年近くの歳月がたって、何も出来なくなった。うつ病の再発だ。突然の出来事というわけでもなく、ただただ諦観けが波のように押し寄せてくる。最初仕事中の傾眠、次は職場での嘔吐。いまはリモートワークを中心に働いているが、朝も夜も熱にうなされているように体がだるく意識が正常を保たない。

おかしな夢を見ているだけだと思いたい。

自分が3年以上うつ病なのも、パニック障害持ちなのも、睡眠障害があるのも、仕事ができなかったり、不可思議ないらだちで何もできなくなるのも、全てが夢ならいい。

期限限界まで休学をはさみ、秋から復学という段になっていよいよと日常生活を送るのすら困難になってきた。食事への意欲の減退もプログラミングへのモチベーションの低下もこのごろは著しく、何をやっても自分ダメだという自己肯定感の著しい低下を感じている。

入院して良くなるならそこに力を注ぐのも悪くないだろう。しかし本当にうまく行くのだろうか。投薬治療では何も良くならなかった。

キャンパスの中で動けなくなり、自己喪失したまま雨に打たれながら多量のSSRIを飲み、死ぬ気で家に帰ったあの日大学へ通うのを諦めたあの日から何か変わったのだろう。

昨日、地元の小さなメンタルクリニックから都内大手大学病院に転院した。医師との一時間近い面談の結果、近々入院して脳に電気けいれん療法を施すのが良いだろうという結論になった。統合失調症ではないという医師見解けが救いだが、きっと怖いのだと思う。脳に電流を流すという行為への言い得ない恐怖。記憶が飛ぶかもしれないという避け得ないリスクと、そうと知った上でそれを飲まざるを得ない窮地、怒りと悲しみが複雑なキルトパッチのように編み込まれ感情を抱えている。

生き残る手立ては他にない。エンジニアとしての腕や力量、情熱、そんなものは病の前には塵のようなものしかない。人間は突然死ぬし、生きるのは難しい。

各位、強く生きて下さい。

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