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はてなキーワード: あの日とは

2022-06-24

あの日食べたメンマの正体を僕たちはまだ知らない

メンマとは、竹の一種である麻竹(まちく)を乳酸発酵させた、発酵食品なのである

そして、ラーメンの上に乗せた麻竹(ちく)だからメンマ命名されたのである

ダセえって馬鹿にされてた思い出

「右折と思わせる左折に気をつけろ」→とある自動車学校の注意喚起が話題に - Togetter

学生時代を思い出した

みんなでボウリングをやりにいったあの日

車できた先輩が駐車場に入る時に↑のやったんだよね

そうしたら先に待ってた女性陣が「ダセえw」「必要ある?w」っとめっちゃ馬鹿にし始めた

しかも乗っていたのが軽ターボ

下車後もエンジンが唸っておりダサさに拍車をかけていた

先輩は車の窓を閉めていたので聞こえてはいなかったのだろう

下車した後も普通だったのが幸いだった

もちろん私も告げ口はしていない

今日バラしちゃったけどw

2022-06-23

今でも誰かの

上辺ばかり気にしてる

その姿を指差し

笑って気付けば

鏡の中の自分だった

背中丸め歩いてる

少し老けたおばさんなのに

全員注目してるらしい

脅された

今の職場

権力を振りかざす大人

何が正しいの?誰を救ったの?

知らぬうちにまた一つ

鬱憤を溜める

どこが駄目なのかな

すぐ否定されるね

私の年収

覚えていますか?

そしたらもう

風に溶けて消えるだろう

今更何に変わろうが

履歴書に刻まれ文字

自分レッテル

あの日見た夢の続き

ノートを黒く塗りつぶして

暴かれたらきっと終わり

永遠にもう会えない

何もかも

自分がしでかしたこと

どこへ行きたいのか

からないまま

逃げ出せば良かった

私はもう私じゃ居られないか

張り付けた笑顔で笑ってたんだ

怒号の飛び交う職場

全てのミスを拾いながら

悲嘆にくれる日々

せめてあと一週間

あのときの黒い靴下

あのときリュック

親切さで

今はもう苦しくて

当て付けにされてるだけだけど

支えると言ってた人が

今更裏切り始めたんだ

靴を舐めるなら許すと

そう言って歪な笑みで

生きていくんだ

それだけだ

暑さにやられそうな都心

オアシスは干上がった

ここには何もない

今は地球上どこにも

場所なぞなく、輪に入れず

卑しい身分のまま

手を擦り合わせてる

音楽も聞こえない

忙殺されて、ひしゃげた

堅苦しい夢の途中

終わることもなければ

始まることもない

ただ胎のような、青空を蹴った

2022-06-21

anond:20220621163726

ああ、男と会いに行った母親の過失はゼロではないですね(法律大学生

2006年旭川で生まれ育った爽彩さんは母親と市内のアパートで2人暮らしだった。母親は爽彩さんが幼かった約10年前に夫と離婚し、シングルマザーとして娘を育ててきた。

爽彩さんが失踪した2月13日のことは、これまで何度も思い返しているという。

あの日は、夕方5時頃に私が仕事で家を空けなくてはならなくなったんです。自分の部屋にいた爽彩に『ちょっと1時間だけ空けるんだけど、すぐ戻ってくるね。

2022-06-19

推し人間性ファン民度って関係無いよね

長年ヲタクをやっていると○○界隈は治安が悪いだの、○○ファン害悪ばっかりだの、○○があんなだから○○厨はキッズって言われるんだよだの、推し作品推しファンを紐付けた主語の大きい話をよく目にする。

そして主語が大きい割に火元は一人二人だということも往々にしてある。

覇権ジャンルや旬ジャンルに関してはファン人口が多いか相対的に変な人の数も増えやすい。

という持論の元、炎上案件お気持ちツイートは読みつつ特に重くは捉えていなかった。

ジャンルが大きく燃えときも「ふーん」くらいで。

しかし先日、目の当たりにしてしまった。

「うわ」と思ってしまうことに。

そして、今まで流し読みしていた主語の大きなお気持ちツイートを今自分がしようとしている。

とある映画作品舞台挨拶に参加した。

長年好きな作品で、公開を心の底から待ち望んでいた。舞台挨拶当選してとても嬉しかった。

見に来ている人の中に、登壇者の一人(A氏とする)のファンが多いように思えた。

目印があったわけではないが、服装や年齢層から予想できた。

フォロワーを含め作品ファンは様々な現場で見てきて、界隈の雰囲気理解している。

A氏のファンと思われる人たちは作品ファンとは明らかに雰囲気が違うので一目瞭然だった。

その舞台挨拶作品上映前に行われた。

本当に楽しげに様々なお話をしてくれて、拍手でお見送りした。

その瞬間。

バラバラバラ10数人が席を立ち、さっさと出ていってしまった。

作品上映前なのに、だ。

そして出ていった人たちは十中八九A氏のファンだ。自ジャンルにはほとんどいないが、A氏を含めた界隈にはよく見る量産系の若い女性たち。

作品ファンとしてものすごく不快だった。

(前述したがこれはお気持ちノートである

舞台挨拶で初めてA氏を拝見したがとても好印象だった。この方が、この作品のあの役をやってくれてよかったと心の底から思った。

お話のされ方にもお人柄が現れていて、人間的魅力にも溢れた方だと思った。

からこそ。

A氏が出演しているのに、これから上映されるのに、A氏が「楽しんでください」と話していたのに。

作品を見ずに帰ったA氏のファンに怒りが沸いた。

同時にものすごく悔しかった。

この日は公開日の翌日だった。

出ていったファンたちは公開日に見ていたのかもしれない。もしくは舞台挨拶前に見ていたのかもしれない。

から、A氏が話しているところが見られたから。それで満足して出ていったのかもしれない。

しかし、私としては何度見ても楽しい作品に仕上がっていると感じていた。

初見の方でも楽しめるような内容になっていると思っていた。

それ故、作品には興味が無いと言わんばかりに、A氏が去った瞬間に席を立ち、我先にと出口へ向かっていったファンたちが許せなかった。

私はその舞台挨拶が5回目の鑑賞だったが、前半は怒りで全く集中できなかった。

いや、怒りではないのかもしれない。

しかった。

自分の好きなものを、目の前で「いらない」と。「興味がない」と言われたような気がしてしまって悲しかったのだ。

この作品は、初見の人には響かないのか、と。

推しが出ていようとも見るつもりはないと。

そう思うような作品なのかと。そんなふうに考えてしまって勝手に悲しい気持ちになっていた。

そして同時に「A氏はあんなにいい人なのに」という感情が芽生えてしまった。

明るく、作品を愛してくれて、裏話を楽しそうに話してくださったA氏。

しかファンはそうではないのだ、と思ってしまった。

舞台挨拶に来て、作品を見てから帰ったA氏のファン大勢いただろう。むしろそういう人たちの方が多いだろう。

それでも、私の頭には「用は済んだ」とばかりに出口へ向かうA氏のファンの姿がこびり着いて離れない。

きっと、A氏が作品に関わる限り、他の推しジャンルにA氏が携わることになる度に、私はあの日のことを思い出すのだろう。

そして思ってしまうのだろう。

「あぁ、"A氏のファン"が現場に来るの嫌だな」とひと括りに捉えて。

出ていったのはほんの一部の人たち。

割合にして3%程度。ごくわずかと言える。

しかし私はその日初めて、主語を大きく、声高々にお気持ちツイートをする人たちの気持ち理解してしまった。

スプーン一匙の毒の入ったワイン樽はワインで無い。樽一杯の毒なのだ

2022-06-16

anond:20220615210404

昔の増田、「日曜の晴れた日の影となっている自分の部屋のベッドの上で体育座りをしながら有名でもない凡人のただの1人の己の今までの人生を振り返っているときの頭の中にある日記をお互いが覗き見することが可能になってしまったインターネットという発明体験する場所」というのはとっくの昔に失われてしまったんだよな。

あの日々は永遠に帰ってこない。

2022-06-15

anond:20220615020539

おめー、現役じゃねーな?

っていうとアレなんだよな。

中途半端に知ってる人はおどろくかもしれないけど、あの日立ですらちょっとそういうところ変わってたりすんだよ。

微々たるもんなんだけどな。

2022-06-11

ねこが3歳だったこ

anond:20220610212049

増田とともにねこ一匹ひと一人の生活を送るねこは今月22歳になりました。パソコンの中に保存している写真見直していると2003年ころの写真が出てきました。まだ全身まるみがあってふわふわしていて、明るいところではちゃんと瞳孔が細くなって瞳もぼんやり白く曇ってないみずみずしい若ねこの姿がそこにありました。今でこそ口内炎が痛くても食べていただけないかと顔色を伺いつつ、片膝をついておくちもとに捧げるように給餌している毎日ですが、当時はカリカリは一日中出しっぱなし、適当に買ったねこ缶を朝と夜に半分ずつ分けて出す……と今思えばかなりいい加減なお世話をしていました。でもねこ増田もいっしょに遊ぶのが大好きで、とくに先っぽのフェイクファーが取れてしまった残りの単なるプラスチックの棒をぐるぐる回りながらいつまでもいかけて息を切らしてお水を飲むところまでを何セットも繰り返したり、あとはおせんべいの袋を綴じている金色モールをくるっとひねったもの増田が投げて、ねこが取りに行って増田の手が微妙に届かないところまで持ってきて落とす。それを増田が取りに行ってまた投げる。を何セットも繰り返したりしていました。

そんな感じの日々が永く続いていたのですが、これまで登れていた場所に登れなくなったり、これまで好きだった猫ちぐらなかに入れなくなったりと、変化に気がついたのが彼女20歳になった頃。ちょうどリモート勤務が普通になり、毎日24時間観察可能状態になったこともあるのだと思いますが、なんとなくそれに気がついた記念として初めて増田ねこのことを書きました。そのときにいただいたブックマークコメントでとても印象に残っている言葉があります

https://anond.hatelabo.jp/20200620124348

id:stygld “ひと一人ねこ一匹の暮らしなので、平日の日中20年間ほぼ留守番させていたのだけど、” 良い…その20年の、ある夏の平日昼間を想像して、俺も猫になりたいと思った。

そうなのです。コロナ日常になる前つまりリモート勤務なんて存在していなかったころ、平日の日中ねこは非観測状態だったと言えます。そんななか増田は平日の昼間にねこが部屋で何をしていたのか、あまり考えようとしていなかったことに気が付きました。シュレーディンガー先生が語られていたようにねこ波動関数に沿って存在しているので、増田職場仕事をしていたあの日あの時何をしていたか特定しようとした途端、ねこ分布関数無限大に発散してしまます。つまりその瞬間、職場にいる増田と部屋で留守番するねこはある確率で重なって存在していたことになり、増田孤独だったのではなく常にイマジナリーねことともに過ごしていたとも言えるでしょう。逆に言えば元増田さんの妄想のなかのねこもある確率で観察できない箱の中には存在しているのです。

ちょっと前にメッセージという映画がありました。増田は元の「あなたの人生の物語」が大好きなのですが、そのお話の中ではすべての時間で起こったことを俯瞰して一箇所に記述する異星人の言葉によって一人の人間人生表現することがテーマの一つになっています。私のイメージの中のねこは3歳であると同時に22歳であり、ブラッシングすると反対側によろよろ倒れそうになりながらもうっとり喉を鳴らすと同時に棒を追いかけてぐるぐる回っています。そして私の中では彼女が生を終えたあともおそらくそれぞれが同時に存在し続けるのではないかと思っていますこちらからは以上です

https://imgur.com/v2uZQPA

2022-06-10

ブクマ民へ。つゆぴ氏は消防団員です

なんでブクマカはいつも調べもせずテキトー書いちゃうんですか?

はてなブックマーカーか?


kuzudokuzu この発言の裏には、疑り深く読むなら、「私は健康な成人ではないと自認しているので消防団に入る気はない、だが余計な一言差し挟ませてもらう」という意識を読み取れなくはない。このツイ主が消防団員かは知らん。

gesyo この人自身消防団に入ったことないどころか、よく知らないんだろうな。と一瞬で分かってしま・・・。どの自治体でも良い噂聞かないですよ・・・

norinorisan42 こういう「結局お前は誰と戦ってるんだ?」的なツイートについては自分自身のことは客観的にどう見ているのかは知りたいな、と思うことはある

mayumayu_nimolove って指摘するやつも何もやってないくせに言う。要するにネットは口だけの世界

gmochein 皮肉のつもりで言ってるんだろうけどマジレスすると操法大会やら都度都度の寄り合いやらで日常生活を雁字搦めにされるからだよ 会社員にはできない組

[B! 災害] つゆぴ on Twitter: "Twitter上では「俺は戦う」って叫ぶ愛国者が溢れてて、災害のたびに自衛隊ありがとうと言う言葉が飛び交っているけど、健康な成人なら誰でも入れる消防団という組織万年人手不足なのはなぜだろうって思ったりする。"

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/twitter.com/tsuyup/status/1534701150213373953




from:tsuyup 消防団 - Twitter検索 / Twitter

https://twitter.com/search?q=from%3Atsuyup%20%E6%B6%88%E9%98%B2%E5%9B%A3&src=typed_query&f=live

つゆぴ

@tsuyup

2019年3月4日

消防団、あと2年(累計15年)頑張ってほしいと頼まれた。あと2年つゆぴさんが踏ん張れば「組織再編に合わせて自然な形で組織が引き継げる」ってことらしい。でもそれ、私にメリットないよな……。

つゆぴ

@tsuyup

2017年6月4日

現役消防団から若者アドバイス消防団だけはやめとけ、人生狂う。

つゆぴ

@tsuyup

2016年12月23日

私も地元はいじめられてた思い出しかいから、郷土愛ゼロ。都会まで片道二時間だけど消防団やってる関係でなかなか住む場所移せぬ……。

つゆぴ

@tsuyup

2014年3月15日

火事災害の時は特別職地方公務員(要するに消防団)に変身するつゆPですが、10年前に入った時は、出番があると心が踊りました。しかし今は、出番がないことに喜びを感じます特に、3年前のあの日以後は強く。

2022-06-07

仕事中に社用車内で上司に襲われた

我ながら情けない話だけど人生で誰かにモテ経験がなさ過ぎて、自分みたいな喪女相手でも穴さえあればそれでいいっていう猿がいる可能性を失念してたんだよね

元々ボディタッチ多いおっさんだったけど、営業職の体育会系ってこんなもんかなーくらいにしか思ってなかった、数か月前の自分アホすぎ

営業先で用事済ませていつも通り帰社するもんだとばっかり思ってたら全然知らん道走ってる、そん時もメシ連れてってくれんのかなーくらいにしか思ってなかった、助手席自分アホすぎ

人気もなーんもなくて雑草ぼーぼーのだだっぴろい市営駐車場ついて、隣が墓地だったから知り合いの墓参りか?とかまだのんきに考えてた、その時に限ってスカート履いてた自分アホすぎ

「そろそろいいよね?」の意味が分かんなくてしばらく間抜けにただへらへら笑ってたし、おっさんスカートの中に手突っ込んでくるまで本当に何も気付いてなかった

ユニクロで二枚セット980円のパンツをずり下ろされそうになった瞬間、恐怖より思考より何よりも先に「病気だけどいいですか?」って言ってた。今思うと意味わかんなくて草

おっさんは一瞬で固まって、「ビョウキ?」と初めて聞いた単語みたいにカタコトで言った。

私はようやく思考が戻ってきて、いやゴメン戻ってきてないかもしれない、何か聞かれるよりも先に「うれしい!私、性病持ちだからだれにも相手にしてもらえなくてずっと悩んでたんです」って前のめりで言った。おっさんスカートの中から手を引いた。

それからおっさんは私のほうを見ようともせずしっかりハンドル握って、「なんか今日暑いね、会社の方が涼しいかもね、アハハ」とか笑って、サイドブレーキをがちゃがちゃやってた。すごい慌てて、事故られても困るから、「運転代わりましょうか?」って言ったけど、今までにない優しい声で「いいよ、座ってなよ。疲れたでしょ」とか言われた。今日取引だっておっさんの隣に座ってただ笑って資料出し入れしてただけだけどな。

そのあと車内は無言のままどこにも寄らずに会社直行、車を停めた途端おっさんは「急ぎの会議があるから!」とあわただしく駆けて行った。走る背中に「車のキー返しときますよ」って言ったけど、無視された。

その日の定時すぎ、うしろデスクのお喋りデリカシー皆無男こと私の従兄弟が「おまえ病気持ちなの?」と聞いてきた。一日すら黙ってられんのかおっさんは。

病院行ったことないから知らない(※マジで健康体すぎて物心ついてから健康診断と予防接種以外一度も病院に行ったことない)」と言ったら、「てかヤったの?」と興味津々な様子で聞かれた。お前それが聞きたかっただけだろ。

デリカシー皆無男は放置して、定時前に約束をとりつけておいた上司(もちろんおっさんではない、おっさんより上の人)に事の顛末を報告…しようと思ったけど上手く言えなくて、「社用車ドライブレコーダーって車内の様子も分かるようになってますか?」みたいな意味わからんことしか聞けなかった。

優上司はある程度察してくれたらしく、「落ち着いたらでいいから、話せるときに話して」と言い、しばらく私の業務をひとりでもくもくとやる作業タコ部屋みたいなもん)にしてくれた。

タコ部屋作業に3日で飽きたので3日目の夕方時系列をまとめた文書優上司に報告した。優上司は一応社用車ドラレコ確認してくれたらしく、掠れた音声だけではあったが何が起きたかを察するのは容易だったかもしれない。

自分が明確に拒否していないので対応は難しいかな、と思ったけどあの日から2週間も経たないうちにおっさん営業から姿を消していた。

世の性病の人たち、勝手性病を利用して本当にごめんなさい。私は女がどういう性病にかかるかどうかすらよく知らない。

2022-06-05

世界は優しくなっていく

新入社員の彼、上司指導が厳しそうだから、君から来週の担当定例でチーム替えを進言してもらえない?」

と、話を受けたのは先週の金曜日の午後。

入社10年目で最早ならマネージャーになっているけど、そうならなかったしそうなれなかった担当者にそんなこと言うなよと思いつつ

波風を立てたくなく、そのオファーを受けてしまった。

その担当定例というのは管理者とチームリーダーが参加し、毎週チーム内での進捗とか課題を共有する場だ。

その場で多分言うのだろう、

「彼のスキル習得状況を考えると、そろそろ次の担当に移してあげた方がよいと思います。」

まぁ、OJTという名の育成担当かつチームリーダーである自分が言うのは間違ってはいない。

ただ、こうも思う。

かに今の担当上長職人気質で厳しいが、そこで得るものも成長するものある、そこで成長していくのもあるのだろう。

そう思うし、それを当の新入社員に問えば、おそらく彼はこういうだろう。

自分大丈夫です!」

と。しかしそれは今の優しい世界では環境的に許されない。

彼はその職人の下から離れ、ゆるふわ上長の下に行くのが組織として求められることなのだろう。

自分10年前を思い出せば、そんな配慮もなかったし、今でいうところのパワハラ常態ではあった。

それを今の様にカバーしてもらえればここに至るまでに心を病むこともなかったし、良かったんだろう。

その一方で、あの日々が自分の成長につながったのかという生存者バイアスを感じることも無くもない。

何が正解か、正解なんてないんだろうけど、今の優しくなった世界では今の彼の処遇を何とかする、それが最善解何だろう。

と、明日の午後にあるその担当進捗で彼の異動を自分が進言するのだろう。

それはまぁ間違いではないし、それが良いことなのだろう。

ただ、何とも言えない引っ掛かりを持ったまま、明日月曜日を迎える。

最近構築されてきた「優しい世界」への向き合い方がまだ理解できない30代。

世界はこれからも優しくなっていくだろうし、それは正しいことなんだろう、でもなんともその正しさに少々の違和感がある。

それをなんと表現すればよいのだろう。

なんて考えると寝れないので、寝酒で月曜日不安から逃げるんだ、そうしよう。

全てに行き詰まってる人の備忘録

あの日からすべて変わってしまった。

いや、ちゃん就活なりなんなりをロクにやらなかったせいなのもあるけども。

とにかく自身に、将来に向き合うことから逃げ続けてきた。

元々理系脳では全くなかった。小学校テスト算数はよく再テストになってたし。

高校受験の際市内でも割合レベルの高い学校合格できると塾の先生から言われた。

でも当時家庭の事情もあって確実に公立校合格たかたかレベルを下げて中の下くらいの高校受験し、無事入学した。

思えばこの頃から努力や挑戦から逃げる癖や他人の目を気にする癖が付いてしまっていたのかもしれない。

高校初の定期試験中学の時と同じように勉強して臨んだ。

そしたら学年2位の成績を取ることができた。もちろん苦手だった理系科目もだ。

ここで僕の勘違いが始まってしまった。

当時僕は自動車とか飛行機に興味を持っていた。まあエー○コンバットとかグラ○ツーリスモの影響もあるし、中学の時離れていたミ○四駆を再開したってのもあった。

ちょうどテストの成績も良く天狗になっていた僕は自動車の開発に携わる人間になると三者面談豪語した。

ただ決めたからには色々リサーチしておくべきだったのだが当時の僕は大学行けばまあなんとかなんやろみたいな感じでのらりくらり過ごしていた。

高校2年、数学系の成績が悪くなる。とは言っても充分上位にはいたので特に問題視はされず、教師からは是非この成績活かして推薦で大学に進んではと意見をもらっていた。

もちろん僕自身もハナからそのつもりだった。

ここでその道に進むとはどういうことなのか、というのをきちんと理解していなかったのがダメなところだった。

高校2年の冬辺りから音楽ゲームの影響で音楽(電子音楽)ハマりだす。

コレが後々いろんな出会いを生み出すことになるし結果的に今の状態を生み出すきっかけになる。

推薦入試県内の中堅私大合格した。もちろんオープンキャンパスにも足を運んだ上で決めた。ただ今思えばここで「県内で近いし大学生になれるならココでいーや」みたいな気持ちがあったのも事実かもしれない。

推薦が決まった後はまあそれなりに真面目に授業を受けつつ、友人が音楽製作始めていて僕も興味あるしやってみるかとiPhoneでいじくり始めた。

そしたらまあ思いの外楽しかった。ただ今思えばココでちゃん音楽勉強とか自分でしておけばよかったと後悔している。

なんやかんやで卒業大学生になる。

前期はまあそれなりに突破した。後期基礎科目なのにも関わらずいまいちついて行けず二つ単位を落とし、物理の授業はほぼお情けで合格と言ったところだった。

この時点で専門科目よりも教養とか英語とかの授業の方が楽しいと感じていた。今思えばこの気持ちに正直になっていればと思う。

そんな最中コロナ騒ぎが始まりオンライン授業になった。

世間大学生らしいことができないだのなんだので騒いでいたが、僕は電車に乗らんでいいし色々ラクできるしええやんみたいな気持ちになっていた。

というかこの時点でもう自動車開発とかの気持ちはなくなっていた。この頃に音楽製作によりハマりだして色々買い揃える。ただ基礎から努力を怠っていて色々不便を感じることもある。(この基礎から努力を怠る悪癖は後々牙を剥く)

オンライン授業のせいにするわけではないが、大して理解せずともまあ単位は取得できた。できてしまった。

大学3年、就職活動とか視野に入ってくる年になる。

しかし、メールとか掲示板とか見ないバカだった僕は就職ガイダンスにロクに参加しなかった。というか気づいてなかった。意識クソ低い系の学生だった僕はインターンとか意識高い系のすることやろとか思っていた。今考えるとアホ極まりない。

というか今考えると意識的にシャットアウトしてたかもしれない。

同時にもう大学の授業に面白みを感じてなかったが、真面目系クズな僕は超低空飛行ながらも単位を取り続ける。

ここいらで自分の考えていたモノ作りはある種芸術的な方向であったと気づくべきだったかもしれない。

というか大学生になるべき人間ではなかったことにさっさと気づくべきだった。

もうこの頃には自動車の開発とかには全く興味がなくなっていた。研究室の配属希望を出すが、自己PR解釈を間違えてクソみたいなことを書いたら第六希望くらいの大して興味もない研究室に配属される。

秋辺りからポツポツと1dayインターンとか行き始める。ちなみに自己分析だのspi対策だのES雛形作成だの全くしていない。

機械科だから機械仕事をすべきみたいな考えでその辺りの会社を見ていた。

特に企業研究とかしていなかった。バカだ。この時点で音楽のが楽しくなってそっち方面で何かできたらと考え始める。

そうこうしてる内にまあちょっと音楽関係でいいことがあったりとか実験がクソ忙しく(実際にはレポートとか課題とか先延ばししまくってたクズ)なって就活から遠ざかる。

というかオンラインガイダンスも後でまとめて受ければいいやで先延ばしにしてそのまま忘れるんだが。

年明け、1月になんとかレポートとか課題を出し終える。

レポートが終わった解放からだらけまくる。クズだ。

合同説明会かにも行き出す。今更かよ。合同説明会に行き、通路を通っただけでウチどうですかどうですかと声をかけられて、顔を覚えられたりして恐怖を感じ、トイレに逃げたりした。

3月エントリーが本格化してくる時期。ようやくエントリーシートなどに取り掛かり始める。が、ここで最悪のつまづきをする。エントリーシートが全く書けない。そもそも将来のビジョンって自分にあるのか。学生時代何を頑張ってきたのか。自分は何をしたいのか。何者なのか。急激にどうにもならなくなってくる。今思えばうつ病に両足突っ込んでいた。ロクに寝れなくなった。食欲もなくなり、ゼリーをかろうじて胃に流し込む日々。

コレもすべて大学生活、もっと言えば高校から自身の適性やキャリアプランを考えなかったツケなのだが。

こんな就活のしの字も分からない自分に誰かを頼る資格もないと考えひたすら内側で自問自答する日々。

就活の助けになるだろうと登録したエージェントからメール電話爆撃で電話に出るのも怖くなる。

このままじゃもうニートまっしぐらだ。周りに自身の、周りからいい子だと言われ続けた自分がこうなってしまうなんて。このままじゃ大学名前にも傷が付く。

そんな気持ちで一杯になった自分は急に自殺しようと自室の窓から飛び降りた。まあ直前で怖くなってしがみついたおかげで打撲と派手な擦り傷で済んだのだが。まあしばらくは上手く歩けなくなった。

この頃はロクに思考も出来てなかった。よく嘔吐もした。体重も落ちた。

からその場の楽ばかり選び、他人からいい子で見られる為に生きてきたことに気づく。真面目系クズだ。

そんな中、企業の方との面談が入る。そこでなぜこの大学に、この学科に入ったのですかと聞かれる。

そこでクソみたいな思考の僕は焦点の合わない目でこう答えた。

「い、家から近かったし理系なら就職が有利と聞いていたので」

クソみたいな考えだ。

そんな最中母親からこう提案される。音楽に興味があったなら卒業後に専門学校への進学も視野に入れてはどうかと。

昔(特に高校生)の僕はストレート大卒ではないといけないという考えに囚われていた。周り道した人と出会わなかったのもあるが。

作曲仕事にするのは難しいが、音響のこととかなら視野に入るのではないかというアドバイスも貰った。ちょっとその気になりつつ、それがある種就活からの逃げではないかと罪の意識に囚われ、いまいち吹っ切れない。

この頃は理由もなく突然泣き出したりとかもよくあった。

そんな状態で4年生卒業研究が始まる。もうこの時点で単位卒業研究以外すべて取り切っていた。

まるで興味のない分野、そもそも興味が薄れていた専攻、そしてこのような精神状態。決まったテーマ希望テーマから外れた。

研究室で昨年の論文に向き合う。が、何も知識がない、というか応用することが全くできなかった(数学公式を暗記して解くモノと思っていた)僕はもう何も理解することができなくなっていた。周りはどんどん前に進んでいるのに自分はどうして何もできないんだという気持ちになり、ますます自身を追い詰める。

研究室に行っても全く集中出来ず、じっとしていられなくなって席をよく立ったり、昔からの癖であった消しゴムペンの戦いごっこが辞められなかったり、高校数学知識が抜け落ちてたりしていた。というかどのように卒論を進めて行けばいいのか、という計画もできない。とはいえ研究室には行かなければという気持ちで毎朝嘔吐したりしていたがなんとか向かっていた。

5月、半ば辺りから徐々に食欲とかは回復していった。とはいえ集中力散漫なままだし頭の中にずっとラップがかけられている感覚は抜けないし、風呂に入る気力もなかったり、帰宅すれば即寝落ちみたいな日々が続くのだが。研究報告のパワポもロクに仕上げられず、自身を殴ったりした。

そんな中共研究者が失踪した。後で卒業研究2年目の先輩に聞いたのだが去年も1人失踪したらしいしなんなら所属学生全員卒論落とす可能性もあったとかなんだとか。

自身テーマ関係する部分の勉強会に参加した。しかし、教授の言ってることがまるで分からない。どうにもならない。卒論は書けるのか。

何も決定できずに時間けが過ぎていく。こんなの書いてる時間があったら少しでも先のことをやるべきだろうが。

結局全ては自分と将来に向き合おうとしなかったツケなのだが。

2022-06-03

育児日記みるたびに嫉妬してる自分がいる

よその家族のいいところだけって思っててもさ

自分やらせてもらえなかったことを

あたりまえのようにできていて

読者もそれを受け入れている

じゃ、自分の家庭環境ってなによ?

相談すらのってもらえなかった

20年くらい我慢してたあの日々が

楽しい日々で懐かしい思い出でいっぱいの人もいるんよな。そっち側に回ってこういうのをまあまあ可哀想ねって同情してみたかったっての。

2022-06-01

ずっと同じ曲ばかりの増田酢魔の理科場くょ雉な音っず(回文

おはようございます

あのさ、

こないだ推しライブに行ったって話したんだけど、

アルバムが発売で久しぶりのアルバムで嬉しいんだけど、

前もちょっと書いたんだけどさ、

このアルバムは今までライブとかで歌ってきた曲を改めて録音したりライブ収録だったりする内容なのね。

オリジナルはないんだけど、

オリジナルどうのこうのって言うのはいいんだけど、

これアルバム発売してまた

秋口にアルバムツアーライブがあるのね。

ライブで歌っていた曲をまとめたアルバムをまた次のライブアルバムツアーライブをするので、

もうこれらの曲何回歌うんだよ!って

もうここ4~5年は同じ曲おおくメインにして巡業してない?って思うのよ。

アバとかクイーンとかぜんぜん知らないので分かんないんだけど!って

もう世の中特にクイーンの曲だらけじゃない?

また同じ曲?ってちょっとうんざりだけど、

私は推しがやりたいことをやるのには反対しないで応援はするけど

興行的にはそれ大丈夫?って思っちゃうのよね。

ちょっと心配だわ。

それだったらもう一度過去アルバムからセットリスト作って今歌うバージョンの方がもっとファン的には値打ちがあるライブになると思うだけどなぁ。

昔の方がほぼオリジナル頑張って全曲オリジナルってすごくよかったのになーって。

もうあんまりしつこくは言わないけど、

そこら辺がモヤモヤよ。

まあきっとたぶん、

ビジネス的な内容も押さえておかなくてはならない事情があるのかも知れないけど、

からあいアーティストって

自分表現したいこととビジネスとでって

なんか天秤に掛けられちゃいがちじゃないかしら?って思うのよね。

やりたいこととは違うけど儲けは出さなくちゃいけない!みたいな。

からみんなたぶんベスト盤出んのよね。

あれはそう言った仕組みだし、

手っ取り早くファンを掴むツールベスト方法でもあるのかも知れないわ。

はい!でももうこれで推しへの不満はおしまいよ。

やっぱりライブとかで最前列決めちゃう

わずおおおー!ってチケット取ってよかったわ!ってなるし、

そうなるとまたライブも迫力が違ってくるのよね。

私はどちらかというと大きなホールより

もっと小さいビルボードとかの方が好きなんだけどね。

クラスになると、

もうどこから演者が出てくるのかって分かってるから

厨房の横の入り口の席とか取ると

出てくる瞬間手を振ったら振り替えしてくれたり、

うそれでいいわっって思うし。

しかったりするのよねー。

そんでアーティストにちなんだオリジナルカクテルお酒とかの限定メニューがあるとまた進んじゃうのよね。

あの日が懐かしいわ。

それはともかく、

アルバムの帯に付いていた抽選コードポスター当たりますように!って願うばかりよ。

結局文句言うほど好きなのよ。

自己完結だわ。

うふふ。


今日朝ご飯

タマサンドよ。

直球勝負の美味さ!

美味しさ切れ味抜群よ!

もうタマサンドしか勝たんしタマサンドしか知らん!って感じよ。

これさえあればご機嫌さんよ。

デトックスウォーター

またまだ無くならないでも湧いてくるというわけでもない

水出しルイボスティーウォーラーです。

たくさん作り過ぎちゃうのも弊害あるのかしら。

でも手間省けて楽チンよ。


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2022-05-31

娘が円周率にはまって困ってる。父ちゃん朗読するの疲れた

なぜあの日円周率の本を読み上げてしまったのか。ただひたすら円周率を読み上げる日々に疲れてきた。あきてくれ、たのむ

2022-05-29

推し番組を嫌いになりそう

数か月前、推し声優冠番組が始まった

 

共演者と連名の番組は既にあったが単独冠番組は初。

推しと同時期に名前を揚げた声優たちが皆自分番組を持つ中、

推し番組はまだかと叫び続ける日々に舞い降りた朗報だった。

 

推しの魅力が伸び伸びと発信される場所になればいい。

そう願っていたし、初回放送では番組の中でやりたいことを推しがどんどん挙げていき、私は期待を膨らませた。

 

第2回にはゲストがきた。

推し名前を揚げるきっかけになった作品共演者で、極めて順当なキャスティングだ。

ももちろん知っているメンツだったし、最初視聴者を増やすためにそういうことも必要だと思っ。

ゲストと季節もの企画をやってこの回は終わった。

普通に楽しんで観ていた。

 

第3回にもゲストがきた。

当たり障りのない企画をやった。

まだまだ知名度を上げていく段階だ。

 

第4回にもゲストがきた。ゲストはいつも2人ずつくる。

ボードゲームなどでよく遊んで知る。

第5回も。第6回も。

 

推しがやりたいと言って挙げた事柄の数々は、

あの日以来話題にも上がっていない。

 

推しがただ喋っているだけでも幸せだ。

それはそうだ。

 

でも番組の在り方には疑問を抱くようになってしまった。

 

番組の間、スタッフ運営コメントを流す。

使いまわしの企画やらせながら、

自分たちで「この番組は最高だな」なんて言っている。

 

腹が立つ。

 

そんな気持ちでいるのは自分だけなのだろうか。

「頑張ってます」「頑張りますね」と運営コメントが言う。

暖かい視聴者コメントがこれに呼応する。

 

私の心は冷えていく。

 

いから一向に送られてこない入会キャンペーン特典を送れと思う。

そして、その次にやった企画の特典も送れと思う。

何ヵ月前のおまけ動画アップロードせずにいるんだ。その回のゲストを観に来た人多分もう退会したぞと思う。

 

視聴者のために云々いっているグッズも小ロット争奪戦になるようだ。

予算はあるので任せてくださいというなら十分な数をつくれと思う。

うその、運営コメント視聴者暖かいやりとり()をやめてくれ、と切に思う。

 

推し番組だ。応援したい。永遠に続いてほしい。

でも観ていると悲しくなる。切なくなってくる。

いい番組になっていく気がしない。

 

推し番組を嫌いになりそうだ。

なりたくはない。

2022-05-24

体育は教え方

こんなブクマが賑わっている。

はてな民のために球技意味について政治的かつ実効的に語りたい - メロンダウト

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/plagmaticjam.hatenablog.com/entry/2022/05/23/222507

 

いくつものコメントが指摘している通り、これは徹頭徹尾〈できる側〉の理屈であり〈できる側〉の見ている景色であり〈できる側〉の自己弁護であり〈できる側〉の正当化しかない。

体育の授業でさせられる球技屈辱と惨めさの思い出しかない人間だって実際には山ほどいるのだが、まるでそんなやつは存在しないはずだと言わんばかりの口ぶりである。もはや呑気なのか傲慢なのかわからん

そもそも球技必要性理解できたところで、〈できない側〉の屈辱や惨めさは何も変わらない。

筆者さんはこれを書いて何がしたかったの? 〈できない側〉の僕たちに何をわからたかったの? 何を変えたかったの?

球技くらいしか選択肢がないという部分には百歩譲ってうなずけても、「だって楽しいじゃんほら球技って!だろ?」と言わんばかりの中盤以降は死んだ目で読んだ。俺には球技が楽しかったためしはない。

ポンコツぶりを見せて冗談関係を築くって? そのポンコツ理論冗談だろ? しらんけど

女子が放ったスパイク顔面レシーブしたあの日、俺の人生が1mmでもいい方向に転がったと思うか? 最悪だった人生さらに最悪になっただけだ。壊れた俺のメガネは地面に転がったがな。

こういうのをね、屈辱って言うの。惨めって言うの。辛酸って言うの。

この鬱屈した感情を知らねーなら黙っててほしい。この件については一生口をつぐんでいてほしい。

運動神経はほぼ天賦の才能だ。生まれながらにそれを持ってるやつに、生まれながらにそれを持っていない俺たちの苦しみ悲しみがわかるもんか。

そういう奴らに俺たちの苦しみ悲しみに口を突っ込む資格はこれっぽっちもないの。君には私に救いを与えることはできない。

最後のノンバーバルのくだりに至っては噴飯ものだ。

いかよく聞けよ、運動音痴ってのはな、「ノンバーバルコミュニケーションの語彙すら乏しい者たち」なんだよ! なにしろ運動ができないんだからな!

君たちは君たちの言葉意思を通じ合ってればいいさ。だが俺たちはヘブライ語が話せないのにユダヤ人討論会に放り込まれ日本人なんだよ!

 

と、ひとしきり呪詛怨嗟をぶちまけたところで話題を変える。

どんな体育の授業も業火煉獄しかなかった自分だが、まあまあ楽しかったなという経験も少しはある。

まず柔道剣道。ほぼ全員がド素人からスタートだったし一歩間違えば大怪我をするので、本当に基本中の基本からゆっくりと駒を進めていく授業だった。

基本的には個人種目で気楽だったし、団体戦でも先鋒あたりで出してもらえば自分が負けても気が楽だった。

全員がド素人からスタートという意味ではラグビーもそうだった。もちろん能力差はあるものの、教師指導がどちらかというと基本技術戦術戦略に振ったものだったおかげで、運動神経だけで明暗がくっきり決まってしまうようなつまらない授業内容にはならずに済んでいたように思う。少なくとも、ウォーミングアップしたらすぐにガチ勢天国試合が始まってしまサッカーバスケとは気分がぜんぜん違った。

そういうこともある

2022-05-22

anond:20220522211222

結局そうやってネット民に期待した奴からズブズブ沈んでるんだよな

別に左翼に限った話じゃなく、あの日本のこころがどうたらみたいな党にしてもそうで

ネットの盛り上がりなんてどこまで行っても所詮ノイジーマイノリティしかない

anond:20220522085838

全てと言われてもな

向こうから、日頃からこの日はこのプレイしようとかあの日はできないとかこういうプレイがしたいとか話してくるし。今日ラブホテル行こうラブホテルの○○で○○しようとか。

2人で決めてるしなあ

自分はできたら嬉しいけど無理しないでねとか気を遣わなくていいからね、直前でも気が乗らなかったら気にせずやめていいから、そのときは2人で映画見ようとかしか言ってないよ

2022-05-20

90年代前半のオリコン月間ランキングを眺めて知らなかった歌手ピックアップしていく

オヨネーズ麦畑

1990年1月の3位。わざとらしく東北弁を効かせたデュエットソング。90万枚の大ヒットだったらしい。

地方出身アーティストが真面目に歌っている…というわけではなく一種コミックソングの扱いだったようだ。

CoCoはんぶん不思議

1990年2月の8位。90年代前半に活躍した女性アイドルグループらしい。

おニャン子モー娘あいだの「アイドル冬の時代」において気を吐いていたアイドルの一つという感じか。

高野寛「虹の都へ」

1990年2月の13位。線の細い感じの男性シンガー

パッと聴いた感じは徳永英明稲垣潤一と似たような印象を受けた。

THE FUSEBoysGirls」

1990年3月の16位。ホコ天で人気のあったロックバンドらしい。

かにそれっぽい曲調。明るくノリのよいビートロック

AURA「愛・オーランド

1990年4月の19位。イカ天出身ヴィジュアル系バンド

当時のヴィジュアル系ってだいたいメタルパンク由来の「硬派」「尖ってる」感じを出してるイメージだけど、

このAURAは、ヘビメタ色の薄いコスプレ的な見た目、コミカルなほど明るい曲調など、後年のヴィジュアル系にかなり近いと思った。

NORMA JEAN「GET A CHANCE!! 」

1990年5月20位。イカ天出身ガールズバンド

いかにもプリプリの影響を受けて出てきましたという感じ。時代を感じる。

ribbon「あのコによろしく

1990年8月の19位。CoCoと同じテレビ番組から登場したアイドルグループらしい。

永作博美ってこれでデビューした人だったのか。

SHORT HAIRS「トランジスタグラマー

1990年9月の18位。レベッカNOKKOが、NORMA JEANの元ギタリストと組んで、レベッカ解散直前に一曲だけ出したもの

ギタリストの人がNOKKOのヘアメイク担当していた繋がりらしい。

BY-SEXUAL「FLAPPER」

1990年11月の19位。正統派な感じのヴィジュアル系ロックバンド

Wikipediaによると「日本一下手なバンド」として有名だったらしい。

丸山みゆきFIRE

1990年11月20位。テレビドラマスクールウォーズ2」の主題歌ということで、1の主題歌ヒーロー」を意識した洋楽カバーにしたんだろうか。

他の曲を聴いてみると、もっと大人しいアイドル然とした曲を歌っていたようだ。

晴山さおり「一円玉の旅がらす

1991年1月の18位。NHKみんなのうたからヒットしたという演歌調の曲。歌手は当時16歳。

消費税導入で(端数を支払うための)1円玉に注目が集まっていたという背景もあるらしい。

BAKU「ぞうきん」

1991年2月の16位。ホコ天出身らしい。

学校に提出するぞうきんのことを歌った明るいユーモラスな曲。

児島未散ジプシー

1991年3月の6位。物悲しい雰囲気歌謡曲

先日亡くなった俳優宝田明の娘らしいが、宝田明あんまりピンと来ないな…。

KATSUMI「Just time girl

1991年5月の6位。爽やかで癖のない男性シンガービーイング系っぽい(ビーイングではない)。

障子久美「あの頃のように」

1991年6月の13位。松任谷正隆プロデュースデビューした女性シンガーソングライター。

歌唱力で売っていた感じなんかな。ちょっと広瀬香美を思い出した(デビューは障子久美のほうが先)。

上田知華I WILL

1991年8月の19位。楽曲を聴いただけではあんまり引っかかりのない普通の曲だという印象。

当時からいろんな歌手楽曲提供して実績のあった人らしい。その中でいちばん有名なのは今井美樹の「PIECE OF MY WISH」か。

昨年亡くなったらしい。

L.L BROTHERS「L.L BROTHERSのテーマ

1991年10月の7位。ヒップホップ系。まだヒップホップが広くは定着してない頃だよねたぶん。

テレビ企画高校生制服対抗ダンス甲子園」で優勝してデビューしたらしい。

SUPER CHIMPANZEE「クリといつまでも

1991年10月の15位。何だと思ったらサザンオールスターズ桑田佳祐だった。

加納さん「加納さんのいいんじゃないっスか」

1991年10月20位。何だと思ったらウッチャンナンチャン南原清隆だった。

楠瀬誠志郎「ほっとけないよ」

1991年12月の7位。ピアノを弾きながら歌ってる映像を見て「愛は勝つ」のKANかと思った。

ピアノ弾きながら歌う系男性シンガーがちょいちょい出ていた時代だったのかな。

山本英美Christmas in the Blue

1991年12月の16位。名前女性かと思ったら男性シンガーだった。

「X'mas in the Blue」と「Christmas in the Blue」とがあって発売時期も違うみたいだが何が違うかよくわからない。

中西圭三Woman

1992年2月の13位。声のいいおっちゃんが歌ってるソウルっぽい楽曲

ZOOの「Choo Choo TRAIN」とブラックビスケッツの「Timing」の作曲者なのか。そう聞くとなんかすごい。

デイト・オブ・バース「ユー・アー・マイ・シークレット」

1992年2月の19位。アーティスト名も楽曲名も歌詞英語洋楽かと思った。

妖しげでトリップ感のあるサイケ楽曲時代を感じさせない。個人的いちばん気に入った。

島田歌穂ステップバイステップ

1992年3月12位。これは洋楽カバーなのか。ミュージカルっぽい発声…と言われたらそうかも。

エリート一家に生まれ英才教育を受けて子供の頃から現在まで芸歴を重ねているらしい。すごい(小並感)。

GAO「サヨナラ」

1992年7月10位。性別不詳の歌手っていうコンセプトがすごいな。確かに見ても性別わからん

RABBIT「Thank you my Girl

1992年7月17位。当時としてもオールスタイルだったのではないかと思われる正統派ロックバンドっぽい感じ。

イカ天出身バンドの中では最初メジャーデビューしたらしい。

KIX-S「また逢える…」

1992年8月の8位。B'zの女性版として企画されたらしい。

ビジュアルはまさに女性版B'z。こういうタイプ女性デュオって他にあんまり思い浮かばないし新鮮だな。

でも楽曲あんまりそれっぽくないな。VガンのEDテーマ歌ってる人なのか。そっちの曲は知ってた。

陣内大蔵「心の扉」

1992年8月の16位。じんのうちたいぞう。すごい名前だ。本名らしい。なんかネットリした歌い方をしてる。

西川幸一リキッドマン

1992年10月の15位。ユニコーンドラマーらしい。

当時、ユニコーンメンバー連続ソロシングルリリースするという企画があったらしく、この曲はその一環ということのようで。

なぜこの曲だけランクインしたのだろう…。

浜田麻里Cry For The Moon

1993年2月11位。女性ロックシンガー草分けとしていくつかのヒットを飛ばした人らしい。

雰囲気としては大黒摩季っぽいかもしれない(もちろん浜田麻里のほうがデビューは先である)。

久松史奈天使の休息」

1993年2月の18位。こちらも女性ロック歌手らしい。

なんか系譜を感じるな。もうちょっと後に相川七瀬とかが出てくるのか。

USED TO BE A CHILD「僕らが生まれあの日のように」

1993年3月の6位。出生率低下を受けた厚生省の「ウェルカムベビーキャンペーンの一環として結成されたチャリティーグループらしい。

メンツ小田和正チャゲアス飛鳥カールスモーキー石井玉置浩二徳永英明浜田麻里山本潤子となかなか豪華。

ちなみに翌年1994年出生率ちょっと回復したらしい。

MULTI MAX勇気言葉

1993年4月17位。こちらはチャゲアスチャゲを中心としたユニットらしい。

チャゲの歌い方って単体で聴く井上陽水に似てるな。

THE WAVES「WE ARE THE CHAMP 〜THE NAME OF THE GAME〜」

1993年5月の13位。これはサッカーの「オーレーオレオレオレー」か。Jリーグ開幕だなあ。

ZYYG「君が欲しくてたまらない」

1993年6月の3位。グループ名と曲名ビーイング系っぽいと思ったらビーイング系だった。

デビュー時は二人組、曲調はロック色が強い感じで、ちょっとB'z的なコンセプトだったのだろうか。

コルベッツ「瞳を僕にちかづけて」

1993年6月20位。ちょっと古くさいロックバンドという感じ。いまでもメンバー変わらず活動しているらしい。

本城裕二「夢 with You

1993年7月の6位。テレビドラマ「チャンス!」の企画として、久保田利伸の同名の曲を、主演の三上博史が役名でカバーしたもののようだ。

Z団「江ノ島

1993年9月の6位。サザンオールスターズ絡みの企画らしい。よくわからん

Voice24時間の神話

1993年9月17位。男性二人組ユニット双子らしい。ちょっとフォークっぽい曲調。

久宝留理子「男」

1993年10月の13位。女性目線で男を扱き下ろす歌詞おもしろい。ちゃんと本人の作詞なのも良い。

REV抱きしめたい

1993年11月の15位。ビーイング系。クソイケメンやな。

もともとZYYGベースの人と二人で組む予定だったのが音楽性の違いにより決裂してソロユニットになったらしい。

ちなみにZYYGベースの人は音楽性の違いによりZYYGからも早々に脱退しているらしい。

松田樹利亜「だまってないで」

1993年12月の16位。ほのか90年代後半っぽさが混じってきた気がする。

何も知らずに「実は小室ファミリーですよ」と言われたら信じるかもしれん。

高山厳「心凍らせて」

1993年12月の19位。こっちはド昭和だなあ。分類としては演歌になるのか。

東野純直「君だから

1994年2月の19位。爽やかな感じの男性シンガーいかにも90年代っぽいバラード調の曲。

いまは「支那ソバ玉龍」というラーメン屋をやっているらしい。音楽情報ラーメン情報が入り交じるTwitterアカウントおもしろい。

熊谷幸子「風と雲と私」

1994年3月12位。松任谷正隆に見いだされて他のアーティストへの楽曲提供も多数。「第二のユーミン」という異名もあったらしい。

この曲は明るい前向きな感じだけど、他の曲を聴いてみると郷愁を誘うような独特な曲調でちょっとジブリっぽいかもしれない。

池田聡「思い出さない夜はないだろう」

1994年3月の19位。80年代ぽさもある哀愁の漂う歌謡曲という感じ。

藤川賢一「大切な君の胸へ…」

1994年3月20位。しっとりとして高音が綺麗な曲。曲調だけならビーイング系DEENとかFIELD OF VIEWっぽいかもしれない。

To Be Continued「君だけを見ていた」

1994年4月の7位。楽曲としてはあまり癖のない感じ。ボーカル岡田浩暉俳優としてよく見かける(名前は知らなかったけど)。

ICE BOX「冷たいキス

1994年5月12位。こういう氷菓子あったよな、と思ったらガチ森永の「ICE BOX」の企画で結成されたグループらしい。

しかボーカル女性以外のメンバーは、中西圭三池田聡・(久宝留理子「男」を作曲した)伊秩弘将という、この記事で取り上げた人たちばかり。

点と点が線でつながった感覚やね。なんかこの曲の「令和バージョン」もあるらしいよ。

橘いずみ永遠パズル

1994年5月の19位。「女・尾崎豊」と言われたらしい。

暗めの歌詞をパワフルに歌う女性シンガーっていうとあいみょんあたりの先祖なのかもしれんね。

GEISHA GIRLS「Grandma Is Still Alive

1994年8月17位。お笑い芸人ダウンタウン白塗り芸者コスプレして歌うという企画らしい。作曲坂本龍一

Be-B「憧夢~風に向かって~ 」

1994年8月の14位。ソロ女性シンガー

見た目はかっこいいんだけど歌は意外にポップというか可愛らしい。ちょっとリンドバーグっぽいか

しまえに「家、ついて行ってイイですか?」に出演していたらしい。

山下久美子DRIVE ME CRAZY

1994年11月の18位。80年代から活躍しているアイドル(?)らしい。

この頃には30代半ばのはずだけどコロコロとした可愛らしい声だな。

Wikipediaによると「胸キュン」という言葉最初に発した人物だとか。マジかよ。

Dual Dream「Winter Kiss

1994年12月20位。男性ツインボーカルというのが特徴的だ。雰囲気TUBEっぽい。冬だけど。

ソースhttps://cd100.net/oricon/

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2022-05-19

anond:20220519192129

なんたらな努力努力とは言わないとかい勢力のせいで苦労してきたもの無駄な労力に書き換えられる訳だけども

その変換させられたことへのショックさにより「努力」という当たり前に尊いもの、得難いものを認めたくなくなる訳ですね

 

我々は努力をしています

その結果が上手いこと狙ったところに落ちないことがままあるだけです。

そんな当たり前の繰り返しで、

本当は失敗すらも次の努力に対しての糧なのだけれど

そしてようやく狙ったところに落ちて嬉しいな!というだけの話なのだけど

その失敗を糧にして成功へ辿り着くという道筋にいろんなカッコイ名前を付けてしまたから、努力君がそっちに行ってしまうのが嫌なのです。

 

から当たり前だとか、ルーティンだとか、普通のことだとか嘯くのです。

たまたま狙ったところに入っただけですよ、とか勘違いさせるのです。

彼等はちゃんと狙ったところに落ちるように日々改良していってます

その際に出た汗をクールに拭くことができるだけです。

まりにも自然に汗を拭うから汗をかいてないように見えるだけです。

彼等も我々も人間で、弛まぬ研鑽を行なって日々を過ごしています

 

私のこの長文も努力の賜物です。

そしてこれが的外れだとしても私は明日も数分後も未来に気が向いた時にも駄文を書き連ねるのでしょう。

あの日反省文を四百字詰めの紙に書くのがしんどかった時と比べれば雲泥の差でしょう。

今ではコツも知っていますから一枚でも二枚でも反省文を書くことが可能です。

 

まり、これが努力の産んだものです。

 

ろくなもんじゃねえな!やっぱ努力は悪!

2022-05-06

たわわで日経読者が当事者だとかどうとか。

まりあほ過ぎて哀しくなる。

日経読者は、たわわに興味なんかないの。たまたまあの日広告にたわわが出ていただけなの。

たわわの広告をみたくて日頃から日経を購読してる人なんて居ないんだよ。

アツギやクロハトの客とは全然違うんだからね。

anond:20220505163243

よくわからないんですが、それぞれを解決する努力はしてるんですか?

結婚なんて普通に生きてればできるし、

子供結婚すれば自然にできる。

仕事にいたってはやることやってれば評価されるでしょう?

自分でやってきたことの結果が今なのに何を言ってるんですか?

5年後これを見たときあの日から頑張ってよかったと思える未来はまだ作れると思いますけど。

2022-05-05

不細工で社交不安ニートだった俺が三十路手前でギリギリ社会復帰できた

ニートから派遣社員やってお金コツコツ貯めて歯列矯正したんだけどそこで大分顔が変わった。

俺の歯並びは乱杭歯っていって顎の小ささに対して歯が大きいのが原因でガチャ歯になるタイプだった。尚且つ俺は出っ歯だった。

歯列矯正が取るこの歯並びへのアプローチとして、第一小臼歯(前から四番目の歯)を抜く。そうするとそこにスペースが出来る。残りの前歯(計六本)を少しずつ後ろに移動させていき、そのスペースを埋める。

そうすると、横顔にEラインが出来る。上唇も薄くなる。俺は親知らずも含めて計8本抜歯したせいか、顔がだいぶ小さくなった。(骨格は変わらないはずなので、かみ合わせが改善されたことによって顎にかかる力が分散されて、エラを張る筋肉が小さくなったものと思われる)

何よりも歯を出して笑えることが人間関係にも自分自身にも大きな良い影響を与えた。

まともな歯並びになると、比較人間的な顔になれる。歯並びの悪い不細工が許容されることは少ないが、歯並びのいい不細工はまあまあ許される事も分かった。歯列矯正完了しただけで、清潔感があると言われるようになった。

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次に顔へのコンプレックスが緩和された俺は、次第に髪型を気にするようになった。髪型というのは顔の印象を大分変える。

俺は剛毛のテンパ(硬くて酷い縮れ毛でどこの美容室に行っても「くせのレベルトップクラス」「これは大変だね」と言われた)で、ネットでは「坊主にする」とか「髪質を活かす」とかいアドバイスが溢れていた。

癖毛専門店みたいな美容室にいって短くしたが、どれもこれも酷い状態にされた。(今思うと俺の髪質が酷いだけだったので、美容師も最善を尽くしてくれたのかもしれない)

ある日、初めていく美容室で癖毛の扱いについて悩んでる事を伝えたところ、顔周り矯正を進められた。耳より前にあるエリアの髪に縮毛矯正をかける施術のことだ。

これが功を奏した。

縮毛矯正をかけていない所とかけてるところの境界曖昧にするために、少し癖が残るように縮毛矯正をかけてくれたので、比較ナチュラル髪型になった。

カットは前髪を少し長めにとり、他は短く。被せるツーブロックにすることで髪質の硬い襟足の癖や、すぐに膨らむ耳周りのボリュームも誤魔化せる。

この髪型で本当にようやく人間になれた。

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人間大事なのは中身だ」というが、あれは少し言葉足らずで、正しくは「人間大事なのは中身だが、見た目がないと中身を見てもらえる土俵にも立てない」という事。

不細工なだけで見下してくる人間っていうのは男女問わず社会に出てから一定多数必ずどこにでもいる。彼らが悪いんじゃない。人間本能なんだと思う。それを理性で良くないと思える人とそうじゃない人の二種類がいるんだと思う。

不細工からお笑いキャラや明るさに極振りしていじられキャラに徹するなど、いろんな人を見てきたが、あれはあんまり良しとされる環境が俺は好きじゃない。芸人だって金貰ってやってるのに、なぜ不細工なだけで無償芸人のような立ち位置が求められそれ以外のルートが許されないのか。

俺はずっとずっと静かに過ごしたかったし、人と付き合うなら言葉言葉ゆっくり会話したかった。新卒の頃はそれが出来なかった、何よりも同期から馬鹿にされたり不細工コンプレックスが日々脳のメモリーを圧迫し、次第にまともな会話もできなくなり、仕事が全く頭に入らなかった。家に帰ると翌日の仕事不安だった。職場に行きたくなくて、夜中の2時頃にいつも目を覚ました。目を覚ますとき、いつも酷い動悸に襲われた。髪もボサボサで、目が死んでて、仕事も覚えられず、まともな会話ができない。そんな俺は発達障害扱いされるようになり、精神科検査したら社交不安障害の診断を受けた。もう職場説明する気力も残っていなかった。職場の人と話すのが死ぬほど怖かった。俺が話してる所を他の人に見られるのも怖かった。もう限界だと感じた俺は仕事をバックレ退職した。

あの日からだいぶ立つが、見た目を変える努力をして本当に良かったと思ってる。ぶっちゃけ俺は今でも不細工なほうだが、周りから良くしてもらえることが増えたし、周りの人を大事にしようと思えるようになった。歯を見せて笑顔を作れるようになったことは大きな影響だと思う。

生きてると本当につらい事とか地獄のように思えたこともあったし、今もその渦中にいる人もいるかもしれないけど、お互いなんとかやっていきましょう。

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