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はてなキーワード: 震災とは

2017-09-22

福島風評悪化させているのはマスコミでもデマでもなく廃炉問題

坂村健の目:被ばく影響、科学界の結論」という記事はてブでは人気のようだがこれはそんなに良い記事だろうか?

福島について人々が不安を口にするのは「一部の専門家といわれる人」や「マスコミ」に責任があるというきわめて乱暴な論であり、「ネットでは、この報道の少なさに違和感を覚えるという多くの書き込みがされている」という詭弁テンプレのような表現まで使われている。

震災から6年半を経てなお福島に対する悪印象が消えないのは、廃炉問題が定期的に悪いニュース提供し続けているからだろう。

期間は何十年、費用は何十兆円かかるかもはっきりせず、震災当日はおろか現在の炉の内部の状況すら完全には把握されていない。メルトダウンした核燃料の取り出しはおろか、凍土壁による汚染水の閉じ込めすらうまくいっているか不明という状況だ。

防護服を来た作業員映像を見るたびに、我々は今現在自分たち国土には汚染された部分があるのだということをはっきり自覚させられるし、数々の報道は現地の労働環境下請け構造が決して健全ものではないことを物語っている。

日本の誇りであるとされたロボット技術も炉内の過酷環境下では通用せず、投入されたロボットたちは次々と倒れていった。

アンダーコントロール」や「東北でよかった」といった政治家たちの失言も、福島に残された廃炉という課題日本指導層がいかに軽視しているか強烈に印象づけた。

こうした福島に関する報道を目にするたびに、私たちは自らの恥部を大写しにして見せつけられているような気分になるのだ。安全対策提言企業組織無視しなければ防げた事故、二転三転する廃炉プロジェクト管理汚染された国土労働の不健全な受注構造科学技術大国日本凋落言葉の重みを理解しない政治家、こういった日本という国の恥部の数々を凝縮して次々と我々の前に突き出してくるのが福島廃炉問題なのだ

フクシマ」というカタカナ表記が気に入らない人々が多いようだが、英語で fukushima と検索すればトップに出てくるのは街についてではなく事故についてだ。日本国外では福島はもはや地名としてではなく、チェルノブイリスリマイルと並んで原子力事故を表す固有名詞としての意味合いの方が強くなっているのである日本語での表記を行う場合に、通常の意味での「福島」と、特に汚染された地域を表す「フクシマ」を使い分ける意味があるのかは書き手読み手感覚問題として残るが、後者の方がより意味が絞られ情報量の多い単語であるということもまた事実である

どれだけデマが流れ、マスコミ誤報を流そうが、仮に現在福島に何も問題が残っていなかったとすればそれは時間解決する問題である。どれだけ時間がかかろうが事故歴史の一部となり、人々は福島についていたずらに不安を口にすることもなくなるだろう。

しか現在も我々の国土には回収不能な核燃料の塊を内部に抱えた福島第一原発が依然として存在している。福島について人々が口にする不安は、6年前の記憶に基づいたものではない。それは今起こっている出来事についての不安なのである

2017-09-20

twitterネトウヨはいつ始まった?

まり多くの人をフォローしてないので、ネトウヨっぽいツイートは流れてこないんだけど

つの間にか、リベラル叩きが状態化していた

やはり震災の影響なのかな

2017-09-16

anond:20170916131504

震災の時だってなんらかの騒乱や略奪は当然起こってるだろ。

戦前まれの人の文章なかには、儚さとか優しさがにじみ出てくるところがある。

特に戦時中思春期だった世代文章なかには深い絶望と、その絶望を飲み込んだ先にある現実が見える。

僕たちの世代は儚さとか絶望を感じることができない。大きな震災津波はあったけれど、その後にそれは絆だとか復興だとかいった希望すり替えられてしまう。

日常が崩れたあとの絶望のあとにすぐさま希望が用意されていたのだ。

苦しい日常なかにあったすがりつくような希望が消え去ったあとの絶望私たちは感じることはできないのだ。そのさきに自ら、生活というかたちで希望を紡いでいくことも。

これが単なる機会がないというだけの問題であれば、それは私たち幸福であると言うだけの話であるしか最近、我々の世代がどうも単純な希望を語る能力しかないのではないかと感じている。

絶望を受けたら希望を語る。それが我々の世代である。実際は、絶望したらまず日常を作ることから始まるのである。その実感から絶望を知る前の希望とは別種と希望を語ることができるようになるのだが、今は絶望を知る前と同じ種類の希望を語ることで絶望を乗り越えようとしているように思える。

私にはその事がとても危ういことのように思えるのである

2017-09-10

復興は悪い事なのか

NHKニュース編集が気に入らない。東北震災で「復興が進むとともに震災が風化」とか「震災体験云々に訪れる人が減っている」とか言っている。

復興している事をまず喜べよ。震災なんて無くせないんだから、教訓にする以外は無いと思うんだよね。

大体そんなにずっと引きずらなきゃならないの?第一当時に物心ついていた連中は忘れたくても忘れられないんだよ。

教訓は別として覚えている事がそんなに正しい事で、忘れる事は悪なのか

2017-09-03

https://anond.hatelabo.jp/20170903235344

アニメオリジナル作品から一週間ごとに出てくる新情報であれこれ考察するのがオタク心をくすぐった

エヴァから伝統

(そう言えばけもフレアニメオリジナル作品

震災放送がごたごたしたのも効果あったと思う

2017-09-02

https://anond.hatelabo.jp/20170901172529

記事

東京都小池百合子知事が、都立横網町(よこあみちょう)公園墨田区)で九月一日に営まれ関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式への追悼文送付を断ったことが分かった。例年、市民団体構成する主催者実行委員会要請し、歴代知事は応じてきた。小池氏も昨年は送付していたが方針転換した。団体側は「震災時に朝鮮人虐殺された史実否定もつながりかねない判断」と、近く抗議する。 (辻渕智之、榊原智康)

こんなの関係ないんだよ。現知事が追悼文を送ろうと送らまないと、朝鮮人虐殺された史実と言われるもの真正性にまったく影響しないんだから。追悼文を送らないことで、虐殺された史実否定につながるなんてこと、一瞬でも思ってしまったら危険だだと感じないといけないし、それを強化しかねない言明もやめたほうがいいと思う。

未来地震が起きたときに、朝鮮人虐殺されるかもしれないから、こわい。。。なら理解できる。理解できるけど、そこまで心配する必要はない。今同じ理由10人でも虐殺されたとしたら、それだけで世界中からバッシングだ(一人ぐらいなら、可視化されない、かもしれないけどね)。今の日本人感覚でそれはない。そんなわけで、知事が追悼文を送らないことを批判する必要は、1ミリもない。「へーそなんですねー」っていって、粛々と追悼するなり、より正確な犠牲者数を推定してみたり、したほうがいい。歴史修正主義者の土俵にはあがるな。

https://anond.hatelabo.jp/20170902034014

とりあえず

> 震災直後の首都圏で何が起きたのか?――国家メディア民衆 / 山田昭次 / 日本史 | SYNODOS -シノドス- http://synodos.jp/society/14990

> から大正12年の数字引用して、古賀議員発言形式に合わせると、以下のようになる。

山田昭次氏がこの数字をどこから持ってきたのか、具体的なデータが見れなかったんだけど、この人はどっから持ってきたの?

これがはっきりしないと、「当時の帝国の発表が、当時の人口からみて矛盾がある」という論点が覆らない

大正12年の朝鮮人人口調査結果ではなく推定値なのでは?

震災直後の首都圏で何が起きたのか?――国家メディア民衆 / 山田昭次 / 日本史 | SYNODOS -シノドス- http://synodos.jp/society/14990

の表を朝鮮人人口の主なソースとして使っているが、WEBページにはデータの出典がない。

どういった調査なのか不明である

あと表2 関東地方の府県別朝鮮人人口1922年の合計が100362人となっており、10362人の間違いかと思われる。が信憑性が疑われる。

この表によると、1920年在日朝鮮人人口は40,775人、1930年は419,009人となっており、

wikipedia 在日韓国朝鮮人 戦前在日韓国朝鮮人移入の背景 における出典ありの記述では、

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%A8%E6%97%A5%E9%9F%93%E5%9B%BD%E3%83%BB%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E4%BA%BA

大正9年1920年)および昭和5年1930年)の国勢調査(民籍別)」を記載した1938年昭和13年)発行の年鑑[33] によれば朝鮮人の民籍は、大正9年1920年)で40,755人、昭和5年1930年)で419,009人との記載がある。(中略) 33. 社団法人同盟通信社『時事年鑑・昭和14年版』,82頁

とあり、この表記を信じるならば、大正9年1920年)と昭和5年1930年)の国勢調査の結果が一致する。

元増田文脈から国勢調査がなかった期間の数値は内務省警保局統計の数値を使っていると推測したが、それも一致しない。

おそらく、この表の人口は、実際に調べた数値ではなく、国勢調査の空いた10年の補間した数値、推計だと考えられる。

総務省統計局 人口推計について http://www.stat.go.jp/data/jinsui/1.htm

人口推計は国勢調査による人口を基に推計したものですが,5年後の人口は,最新の国勢調査人口とは必ずしも一致しませんので,5年ごとに,国勢調査間の各月1日現在人口推計について補間補正を行い,公表しています

から大正12年の関東朝鮮人人口12,840人というのも、あくまで補間による推測値で、

きちんと議論するためには、1920-1930年補正補間の方法および精度について検証しないといけない。

ここまで根拠wikipediaとかしかないので、この主張も正しいかどうか検証しないといけない。

まずはこの表の出典を元の出版物を当たるなりして明らかにしないと、根拠として微妙だと思うのだが、どうだろうか?

https://anond.hatelabo.jp/20170902034014

## 追記

ってか「表1 在日朝鮮人人口(推計)と渡航数・帰国数」ってちゃんと推計って書いてあったわ

問題は、表2のソース内務省警保局統計のものなのか、どんな調査なのか。推計なのか。

歴史勉強をしはじめた時、ベルリンの壁崩壊ソ連崩壊自分の生まれる少し前に起こったことだと知った時に不思議気持ちになった。こんなに大事件が最近のことだったのかと衝撃を受けた。第二次世界大戦は遠い昔な気がするけど、第二次世界大戦から続いた冷戦自分が生まれる少し前に終わったんだということが不思議だった。

今の40歳の人たちとかならもう中学生くらいで当時のニュースとか世間雰囲気を覚えてる人も多いのではないだろうか。歴史教科書に載るようなことをテレビニュースで見ていた人たちはどんな気持ちで見ていたかとても気になる。親に聞けと思うかもしれないけど親とは連絡が取れなくなっているので聞くことができない。

しか自分記憶がある2000年代以降に起こった世界史に残りそうなことをWikipediaで見ていだけど特に記憶がない。

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/2000%E5%B9%B4%E4%BB%A3

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/2010%E5%B9%B4%E4%BB%A3

日本で起こった震災記憶はあれど、イラク戦争オバマ大統領誕生した時やアラブの春などのニュース雰囲気とかぜんぜん思い出せない。今振り返れば大きなニュースだったと思うし世界史に残る出来事だと思うけれど、その時はただ日々の生活をしていただけだった気がする。

もしかしてベルリンの壁崩壊ソ連崩壊という大ニュースだったとしてもその時に物心が付いていた人でもあまり覚えていない人もいるのかな。

6000人虐殺論を採用すると

4県合計の12,840人の6000人が1923年9月以降に虐殺されて次の年の調査までに14000人も流入する計算になるわけで

半数近くを虐殺しながら次の年には3倍に増えるのを受け入れるってのはありえないように思える

震災直後の首都圏で何が起きたのか?――国家メディア民衆 / 山田昭次 / 日本史 | SYNODOS -シノドス-

http://synodos.jp/society/14990

ここから次の年の人数まで引用

     1923年  1924年

東京府  8,567人  13385人

埼玉県  311人   787人

千葉県  317人   707人

神奈川県 3,645人  5678人

4県計  12,840人 21,213人

https://anond.hatelabo.jp/20170902034014

大正9年→大正12年で朝鮮人超増えてる

https://anond.hatelabo.jp/20170901172529

もしこの古賀議員の指摘や前提自体瑕疵があれば、

私よりずっとこのような事件に詳しい2氏ならば「6000人にはこんなにしっかりとした根拠がありますー! バーカバーカ!」と

嬉々としてソースを突きつけ本筋の反論をするはず。

が、それをせずに迂回した。

これはたしかにダセエ。ダセエのでブコメで端的に指摘しておいた(b:id:ss-vt)。で、ここでも書いてみる。

すでにBuzzfeedでも報じられているように、古賀議員都議会において、大正9年国勢調査をひいて関東地方朝鮮人人口の少なさを指摘している。

が、この当時朝鮮人内地への渡航は急増していたのである大正9年国勢調査では、内地朝鮮人の総人口は40,755人。いっぽう同年12月現在内務省警保局による調査統計では30,189人となっているが(多くの要因で数字に大きな差がある)、内務省統計を年次ごとに追うと大正10年38,651人、11年59,722人、震災の起きた大正12年末には80,415人に至っている。これには朝鮮植民地化に伴う小作農の貧窮化や、第一次世界大戦後の好況に伴う内地工業化都市化の進展、また大正11年末の渡航自由化大正8年以降、三・一独立運動の影響で朝鮮人内地渡航制限されていたが、企業日本人よりも安価労働力として朝鮮人を求めた)など、複数の要因が影響している。

さて古賀議員の挙げた大正9年国勢調査に立ち戻ろう。

国籍民籍別人口のうちの朝鮮人人口について、

東京府  2,485人、

埼玉県  78人、

千葉県  40人、

神奈川県 782人、

合計3,385人。

震災直後の首都圏で何が起きたのか?――国家メディア民衆 / 山田昭次 / 日本史 | SYNODOS -シノドス- http://synodos.jp/society/14990

から大正12年の数字引用して、古賀議員発言形式に合わせると、以下のようになる。

国籍民籍別人口のうちの朝鮮人人口について、

東京府  8,567人、

埼玉県  311人、

千葉県  317人、

神奈川県 3,645人、

合計12,840人。

工業化都市化の進展」に伴って多くの朝鮮人労働力としてやってきたため、東京神奈川といった都市部工業地帯に集中しているわけだが(横浜での虐殺目撃証言の多さにも反映している)、少なくともこの時点で、

6000人という数字は当時の関東朝鮮人人口より大きい

とは言えなくなる。

また自分が直接参照した一次資料として、国立国会図書館デジタルコレクションに所蔵されている『在京朝鮮人労働者の現状』(東京府学務部社会課、1929年http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1445292 には、大正12年の「在京朝鮮人労働者」は5,347人と記されており(警視庁調べ)、アジア歴史資料センター所蔵の『在京朝鮮人状況』(朝鮮総督府警務局東京出張員、1924年5月http://www.jacar.archives.go.jp/das/image/B03041602800 によれば、「八月末震災直前の見込綜数は八千人を超へ」ていたという。

繰り返しになるが、とりあえずこのあたりで「6000人という数字は当時の関東朝鮮人人口より大きい」とは言えないことをご理解いただけるだろうか?

ちなみに6,000という数字の具体的な出所は、震災直後に在京朝鮮人迫害事実調査会が独自調査を行い、上海大韓民国臨時政府機関誌独立新聞』に12月5日付けで発表された数字6,661人。この調査10月末までの中間報告では2,613人という数字が出ていて(当時東京で催された経過報告会でも発表された)、その後さら神奈川県遺体発見できなかったおよそ1,800人などが追加されている。シノドス山田名誉教授は「追加合計数根拠今日解明することはできない」としていて、その点ではたしかに6,000人という数字根拠は薄いのだが、同時に帝国政府がマトモな調査を行わなかったことにより、これをデタラメであると断ずる根拠もまた乏しい(はからずも、秦郁彦が『当時ロクに調査せず公文書終戦時に焼きまくった以上、30万人に代わる数字日本から出すのは無理』と嘆いた南京事件と似ている)。少なくとも犠牲者数のもっとも大きな数として採用せざるを得ないわけである

内閣府ホームページで公開されている、災害教訓の継承に関する専門調査会による報告書 http://www.bousai.go.jp/kyoiku/kyokun/kyoukunnokeishou/rep/1923_kanto_daishinsai_2/pdf/19_chap4-2.pdf

殺傷事件による犠牲者の正確な数は掴めないが、震災による死者数の1~数パーセントにあたり、人的損失の原因として軽視できない。

という書き方になっているのは、そうした事情によるだろう。

追記

b:id:y-wood 8500人のうち6000人殺せるのか、すげー。『「6000人という数字は当時の関東朝鮮人人口より大きい」とは言えない』

揶揄のたぐいだとは思うけど念のため。

「6000人」というのは虐殺犠牲者の総数である東京府朝鮮人人口比較するのは不当。ついでに、古賀議員が何故か東京神奈川千葉埼玉限定しているのもいささか不当で(たとえば群馬でも、自警団警察署を襲撃して朝鮮人17人を殺害した藤岡事件などが起きている)、山田名誉教授シノドス記事によれば茨城群馬栃木を加えた関東地方1府6県の大正12朝鮮人人口は14,144人となっている。

また、山田名誉教授の著書内容の、内閣府報告書コラム殺害事件検証http://www.bousai.go.jp/kyoiku/kyokun/kyoukunnokeishou/rep/1923_kanto_daishinsai_2/pdf/22_column8.pdf から孫引きになるが、例の「6,661人」のベースとなった在京朝鮮人側の調査では、東京府犠牲者数はおよそ1,000〜1,400人。最終的に『独立新聞』に掲載された数は1,781人となっている。

y-wood氏の言葉を借りるなら

「8500人のうち1800人殺せるのか、すげー」

となるが、現実味は如何?

b:id:fu-wa 戦争知らないんだろうなあ。戦車でダーってやっても6000人殺すのってものすごく大変なんだよ。

ルワンダではそれこそカマとか棍棒とかのたぐいで、およそ100日で50万〜100万人が殺害されている。こうした事態と「戦争」を比較するのは不当。まして、繰り返しになるが「6000人」は関東地方1府6県の総数である。「戦争」を持ち出すなら、せめて戦域や作戦継続期間が同程度に及んだ戦闘でなければならない(それでも戦闘員vs戦闘員では不当だが)。

2017-09-01

震災時に朝鮮人はどのくらいいたのか?

https://anond.hatelabo.jp/20170901172529

追悼文の問題とか、ややこしすぎてあんまり言及する気にはならないのだけれど、上記トラバ先の増田がたった一点「震災当時の東京に6000人の朝鮮人はいなかった」という点にこだわってるみたいなんで、それが妥当なのかどうかを考えてみた。

まず、根拠国勢調査ということだけど、これは大正9年震災が起こったのは大正12年。そして、震災が起こる前年、朝鮮半島から渡航規制が緩和され、一気に朝鮮から労働者が増えた。

この資料ね。

http://ousar.lib.okayama-u.ac.jp/files/public/4/42108/20160528051714670665/oer_016_4_107_145.pdf

上記資料によれば東京には1920年時点で2053人の朝鮮人が在住していたが、5年後の1925年には10818人に増加している。

さらに、こっち

http://teapot.lib.ocha.ac.jp/ocha/bitstream/10083/12347/1/003809.pdf

によれば、もともと学生が多かった東京朝鮮人だが、この増加時期にはスラム居住肉体労働者が増加しているらしい。スラム統計の把握がむずかしい地域で、他地域流入していた労働者就労場所を求めて統計外に流入していた可能性はけっこう高い(そうだという証拠まではない)。

こちらの資料によれば

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jshhe1931/37/4/37_4_131/_pdf

関東大震災発生の1923年在日朝鮮人の総数は80415人。で、東京の占める割合はその数年後には13%程度というわけだから比率が大きく変化しなかったとしたら(仮に10%と低めに見積もっても)震災発生時には統計上だけでも8千人程度がいたと推定できる。

どの程度の割合殺人が行われたのかわからないけど、在住者の過半数ぐらいにも上るような大殺戮なら、非公式在住者まで含めれば6000人はあり得ないことでもないように思う。だから「ある」という話ではないよ。けど、国勢調査数字だけで「ない」というのも、けっこう根拠が薄いんじゃないの、っていうこと。要は、確実な証拠はない、ということだろうと思う。その中で関係者が「ま、このぐらいかな」と大雑把に推計した数字なんだろう。それが正確でないということは、いまさらあげつらっても仕方ないのじゃないの?

朝鮮人をめぐるデマは、どうも、この震災の数年前から労働者として朝鮮人が急増していたということが背景にあるんじゃなかろうか。「見かけない連中が増えてきた」という心理が、デマ拡散下地にあったのではないかと。このあたりは教訓にすべきかもしれないよな。

芥川龍之介文豪たちが記録した関東大震災朝鮮人虐殺

[PDF]関東大震災文豪 - 成蹊大学図書館の展示から -

http://repository.seikei.ac.jp/dspace/bitstream/10928/526/1/kokubun-47_56-86.pdf

 

ブコメ経由で知った論文だが、あまり目立ってなかったので引用しておく。「関東大震災朝鮮人虐殺」とは別に朝鮮人けが殺害されたわけではなくて、「朝鮮人と間違われる」などして多くの日本人中国人殺害されていることは覚えておきたい。

 

芥川龍之介

僕は善良なる市民であるしかし僕の所見によれば、菊池寛はこの資格に乏しい。…菊池雑談を交換してゐた。…その内に僕は大火の原因は○○○○○○○○さうだと云つた。すると菊池は眉を挙げながら、「嘘だよ、君」と一喝した。…しかし次手にもう一度、何でも○○○○はボルシェヴィツキの手先ださうだと云つた。菊池は今度も眉を挙げると、「嘘さ、君、そんなことは」と叱りつけた。…

 再び僕の所見によれば、善良なる市民と云ふものボルシェヴィツキと○○○○との陰謀存在を信ずるものである。もし萬一信じられぬ場合は、少くとも信じてゐるらしい顔つきを装はねばならぬものである。けれども野蛮なる菊池寛は信じもしなければ信じる真似もしない。これは完全に善良なる市民資格放棄したと見るべきである。善良なる市民たると同時に勇敢なる自警団の一員たる僕は菊池の為に惜まざるを得ない。

(〇〇は言論統制時代伏字にされた「不逞朝鮮人」などの言葉。これはデマに踊らされた「善良なる市民」への芥川龍之介ならではの皮肉文章

 

菊池寛

 ××を持つて、合言葉を使ふなどと云ふことは、大正の世にあるまじき事と思つてゐたが、震災後四五日の間は、私も××を手にして、合言葉を使つて、警戒に当つた。

 

広津和郎

 あの震災に関聯して、今思い出しても日本人として堪らない気持ちのするのは、各地に起った例の鮮人騒ぎである。…とにかく鮮人に対して、あの時日本人の行ったことは、これは何とも弁解のしようのない野蛮至極のものであった。ああ云う場合、この国の人間には、野蛮人の血が流れているのではないかという気がする。…

朝鮮人が来ますと言われて)私は、

「そんな莫迦な話があるものか。鮮人地震予知していたわけではあるまいし、何処で勢揃いし、何処からやって来るというのだ。…そんなことは絶対に考えられないよ。僕はこれから寝るから、ほんとうに鮮人が来たら起こしてくれ。」…と云って、人々を安心させるために、畳の上にひっくり返ったら、実際に眠ってしまった。

寺田寅彦

 井戸に毒を入れるとか、爆弾を投げるとかさまざまな浮説が聞こえてくる。こんな場末の町へまでも荒らして歩くためには一体何千キロ毒薬、何万キロ爆弾が入るであろうか、そういう目の子勘定だけからでもじぶんにはその話は信ぜられなかった。

 

佐多稲子

ラララ、と聞こえる高い叫び声は朝鮮語らしく聞こえる。竹刀でも激しく打ち合うような音も聞こえる。朝鮮人がこの大動乱に乗じて暴動を起こしたという筋書を疑う力もないから、空地の周囲の叫び声や、打ち合うもの音を、朝鮮人との戦いなのだ、と私は思っていた。…

 私はこのときのことをおもい出すたびに、同じ長屋で親しくしていたひとりのおかみさんの言った言葉を同時におもい出す。…長屋のものが半壊のわが家のまわりに寄り合ったとき、ひとりが自分のゆうべの恐ろしかった経験を話し出した。話し手彼女は、一晩中朝鮮人に追いかけられて逃げて歩いた、というのだ。それを聞いたとき興行師のおかみさんは、利口にその話を訂正した。彼女はこう言ったのである朝鮮人暴動を起こしたなんていったって、ここは日本土地なんだから朝鮮人よりも日本人の数の方が多いにきまっている。

朝鮮人に追いかけられたとおもっていたのは、追われる朝鮮人のその前方にあんたがいたのだ。逃げて走る朝鮮人の前を、あんたは自分が追われるとおもって走っていたにすぎない、と。

 私はこの訂正を聞いたとき、強いショックでうなずき、かねてのこの人への尊敬をいっそう強くした。…貧しい興行師のこの妻のような怜悧で正しい判断は、あの当時住民の多くは持ち得なかった。政府の流した蜚語は、大地震という自然の脅威におののいている住民の、異常な神経を煽った。

 

志賀直哉

 東京では朝鮮人が暴れ廻つてゐるといふやうな噂を聞く。が自分は信じなかつた。

 松井田で、警官二三人に弥次馬十人余りで一人の朝鮮人を追ひかけるのを見た。

 「殺した」直ぐ引返して来た一人が車窓の下でこんなにいつたが、余りに簡単すぎた。今もそれは半信半疑だ。…

丁度自分の前で、自転車で来た若者と刺子を着た若者とが落ち合ひ、二人は友達らしく立話を始めた。…

「―鮮人が裏へ廻つたてんで、直ぐ日本刀を持つて追ひかけると、それが鮮人でねえんだ」…「然しかう云ふ時でもなけりやあ、人間は殺せねえと思つたから、到頭やつちやつたよ」二人は笑つてゐる。

 

江口

汽車内で足を踏んだ踏まないの騒ぎが始まって)

 喧嘩はしばらく続いていた。すると在郷軍人らしい方が、…突然座席へ突っ立ち上がった。

諸君、こいつは鮮人だぞ。太い奴だ。こんな所へもぐり込んでやがって」…

「おら鮮人だねえ。鮮人だねえ」

 …時どき脅えきったその男の声が聞こえた。しか相手がおろおろすればするほど、みんなの疑いを増し興奮を烈しくするばかりだった。(その男は次の駅で引きずりおろされ)物凄いほど鉄拳の雨を浴びた。

「おい。そんな事よせ。よせ日本人だ。日本人だ。」

私は思わずから首を出してこう叫んだ。側にいた二三の人もやはり同じようなことを怒鳴った。…こうして人の雪崩にもまれながら改札口の彼方にきえて行ったその日本人の後姿をいまだに忘れる事はできない。私には、一箇月ほどたった後に埼玉県下に於ける虐殺事件公表された時、あの男も一緒に殺されたとしか思えなかった。そして無防御の少数者を多数の武器と力で得々として虐殺した勇敢にして忠実なる「大和魂」に対して、否、それまでにしなければ承知のできないほど無条件に興奮したがる「大和魂」に対して、心から侮蔑憎悪とを感じないわけにいかなかった。ことに、その蒙昧と卑劣と無節制とに対して。

 

山田耕作の話

 急いで東京へ帰らうとして、先ず護身用のピストルを買つた。それを何かに包んで、ルツクザツクの奥深く納めた。…

 甲府を出てからのことであつた。

 車中に興奮のあまり気の変になつた学生があつた。

 学生の目には、車中の誰も彼もが○○に見えた。学生は車中の総ての人に荷物検査を迫つた。

 耕作君の袋の中にはピストルがある。…若し、それを見られたら、自分は殺されると思つた。

 耕作君は終に立ち上がつて演説した。(荷物検査をするなら陸軍出張所に行くように説得し、みんなの賛成を得る。)

 耕作君はほつとした。

「実際、もうお終ひかと思つた」と、耕作君は幾度も言つた。

 

関東大震災下で起きた亀戸事件殺害された平沢計七の匿名追悼文

震災の2日後に平沢警察連行され、その翌日、著者が石油と薪を運ぶ巡査と会った時の回想)

石油と薪を積んで何処へ行くのです。」

「殺した人間を焼きに行くのだよ。」…

「昨夜は人殺し徹夜までさせられちゃった。三百二十人も殺した。外国人亀戸管内に視察に来るので、今日急いで焼いてしまうのだよ。」

「皆鮮人ですか。」

「いや、中には七八人社会主義者はいっているよ。」

(そこで、著者はその死体のある場所を教えてもらい、そこへ向かう。)

そこに二三百の鮮人支那人らしい死骸が投げ出されていた。

 自分は一眼見てその凄惨な有様に度肝をぬかれてしまった。自分の目はどす黒い血の色や、灰色の死人の顔を見て、一時にくらむような気がした。涙が出て仕方がなかった。…

 その時私はいつも平沢君のはいていた一足の靴が寂しそうに地上にころげているのを見た。

 

宮地嘉六(警察火事場泥棒容疑で連行された)

「全体どういふ理由自分はこんな目に…あんまり幸福ありすたからだらうか…然し自分生活はそれほど幸福ではなかつた筈である…」

(同房の男は好きなもの一つ食べずに貯めこんだお金火事場泥棒と間違えられて取り上げられてしまった。)

「あゝ口惜しい…。ほんとに好きなドラ焼き一つ喰はず辛抱したんだ。浅草から逃げて来る時も五銭の西瓜一切喰べるのをこらへて来たんだ。あゝ口惜しい…」彼はわんわん泣き叫んだ。

(そして、取り調べのないまま 4 日目を迎える。)

 四日目の昼めしには梅干の代りに蒟蒻一切を得た。その蒟蒻一切はまぐろ

刺身のやうだつた。噫天意 !!

よく調べたら、都知事の追悼文お断りは当然の処置だった

東京新聞:関東大震災朝鮮人虐殺 小池都知事が追悼文断る:社会(TOKYO Web)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201708/CK2017082402000130.html

 追悼式が行われる横網町公園内には、七三年に民間団体が建立した朝鮮人犠牲者追悼碑があり、現在は都が所有している。

そこには「あやまった策動と流言蜚語(ひご)のため六千余名にのぼる朝鮮人尊い生命を奪われた」と刻まれている。




1.団体への古賀議員ツッコミ要求

追悼碑を巡っては、今年三月都議会一般質問で、古賀俊昭議員自民)が、

碑文にある六千余名という数を「根拠希薄」とした上で、

追悼式の案内状にも「六千余名、虐殺文言がある」と指摘。

知事歴史をゆがめる行為に加担することになりかねず、追悼の辞の発信を再考すべきだ」と求めた。

要するに、

この古賀俊昭という議員が当該事件について資料を調べて、

「この民間団体の主張・碑文には根拠がまったく無いゾ」

「そのような内容が含まれている限り、都知事は彼等にお墨付を与えるようなことをすべきではない」

要求したわけ。


普通要求じゃん。

古賀議員に反対したいなら、

「いやいや6000人は事実ですよ、根拠はこの資料ですよ」と説明するしかないよね。


2.小池知事対応

そこで小池知事はどう対応たかというと。

 これに対し、小池知事は「追悼文は毎年、慣例的に送付してきた。

「今後については私自身がよく目を通した上で適切に判断する」と答弁」しており、

都側はこの質疑が「方針を見直すきっかけの一つになった」と認めた。

古賀議員の指摘に対し、

「従来の知事の追悼文送付は慣例的に送付して来た」と。

まりこれまでも相手団体の主張内容をきちんと精査してやってきたわけではないようだ(メクラ判だったと。ひどい)と。

指摘を受けた今後は、自分団体の主張をよく読んだうえで判断します」と約束した。


まともな対応じゃん。

超穏当。

何も考えずに追悼文送ってたこれまでの都知事(と、去年の小池自身)より仕事してる。



3.実際のところ、犠牲になった朝鮮人は何人だったの?

大事なのは事実関係。 

もちろんこの事件専門家であり当事者である式の主催者団体に聞くのがいい。

 式を主催する団体の赤石英夫・日朝協会連合会事務局長(76)は犠牲者数は碑文の人数を踏襲してきた。

…これは、答えになってませんよね。

ダウトに対して突きつけ返すような根拠が何もないということ。

「俺達は雰囲気で6000人虐殺事件と言っている」と。

ここでもう一旦ゲームセットだと思います

団体説明がこれならば、古賀議員の指摘と小池知事対応妥当です。

団体は主張の事実関係が怪しい部分は取下げたうえで改めて都知事に招待状を出すべきで、

その時は都知事も追悼文を出すべきだと個人的には考えます



4.傍証

ちなみに古賀議員平成28年11月8日文教委員会質問で述べたところによると

古賀委員 私が文献をいろいろ調べたが、当時の関東周辺、朝鮮人人口について当時から日本国勢調査をしていた。

3年前の大正9年国勢調査

国籍民籍別人口のうちの朝鮮人人口について、

東京府  2,485人、

埼玉県  78人、

千葉県  40人、

神奈川県 782人、

合計3,385人。

だそうな。

国勢調査東京朝鮮人人口は2500人弱。関東主要県で3400人弱。

把握されてなかった人達を含めても

そもそも6000人という数字は当時の関東朝鮮人人口より大きいのではないかと。


譲ってちょうど6000人ぐらいはいたとしましょう。

その人達が大震災火災で一切犠牲にならず生き延びたうえで

日本人によってほぼ一人も逃がさなレベルの皆殺しにされたというストーリー江戸っ子虐殺並みの設定だね しか

「6000人の朝鮮人犠牲者」は成り立たないわけです。


古賀議員の調べてきた前提に反論出来ない限り

この民間団体が主張し流布する「犠牲者6000人」というストーリーは、やはりです。



蛇足1】識者のブコメからにわかること 

ところで、調べ終えてから改めてブコメを眺めたら

どうもこのあたりの事情について私以上によく知っているっぽいコメントが混ざって居るのに気付いた。

sink_kanpf 公務云々を言い訳にするかと思ったら、

被害者数が不正確なので事件があったのかは怪しい」という南京事件と同じ、

学術研究無視しないと成立しない言い訳をしてくるとは思わなかったw 

これは流石にイカれてる。

2017/08/24 リンク Add Startaka3756478djsouchou

tikani_nemuru_M 「数がはっきりしない」を理由にしていいなら、

広島長崎東京大空襲シベリア抑留否定できるんだけどな。

2017/08/24 リンク Add Starmorimori_6855takuzo1213

ここまで読んでくださった人達ならこの2氏がどんな話逸らしを試みているかよくわかるだろう。

古賀議員は「事件自体否定する」ではなく「6000人と言う数字そもそも根拠が無いのでないか」と述べている。

であるのに、「数字が怪しいからって事件がなかったと言えるのかー!」と

古賀議員が言ってもいない論点に逸らしてから反撃している。


もっと重要なのは

この2氏が古賀議員本来論点を迂回していることだ。

もしこの古賀議員の指摘や前提自体瑕疵があれば、

私よりずっとこのような事件に詳しい2氏ならば「6000人にはこんなにしっかりとした根拠がありますー! バーカバーカ!」と

嬉々としてソースを突きつけ本筋の反論をするはず。

が、それをせずに迂回した。


私も今回これ以上調べる手段リソースがないけれども、

この2氏のこのリアクションは、どうも6000人はほんとに根拠がないっぽいなあという

強めの手応えの1つにはなった。



蛇足2】追悼文を出さないことの意義とは

igHopeClasic 出して何の損もしない文書を出さないというのは、

それ自体が凄まじい政治的メッセージなんだけど、わかってんのかね?/

学術研究に対する電波妄言存在理由に「何が正しいかわからん」ってやめません?

2017/08/24 リンク Add Starvabo-space24sophizm

「出して何の損も無い」だなんて、とんでもない!

都知事お墨付きを与えることの重大な意味を考えるべきです。

どうも事実に基づず雰囲気で主張をしている民間団体に、精査もせず同調する都知事が居たら、そっちのほうが大大大問題でしょう。


追悼文をやめて何を得るのか 小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 ~世間に転がる意味不明

http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/174784/083100108/

日経ビジネスにこんなコラムもありました。

のものズバリ、「何を得るのか」と。


文中にこうあります

 わずか90数年前に、われわれは、6000人以上にのぼる無辜朝鮮人を殺しているのだ。

 6000人以上と言われている虐殺犠牲者は、民族差別による殺人犠牲者ではなくて、

一般災害関連死と同じ「様々な被害」として一緒くたにまとめあげることのできる死者だというのか?

ね。

この人もまさにあの6000人を信じて吹聴しているわけです。

デマ再生産が現在進行形で行われている。


事実に基づかない主張に異議を唱えるのは歴史に対する当然の態度ですが、

敢えて目先の「得るもの」を挙げよというなら、

筆者小田嶋氏のようにデマに騙される人、デマ再生産に加担する人がこれ以上増えないようにする、

デマ防止という効果がまず挙げられると思います

2017-08-30

防御・防衛の前にといっても、大丈夫なのかな、日本防衛力自衛力

震災前後で、自衛官美談も聞くけど、美談だけでは、ミサイルを防ぐことは出来ないよね。  

  

移動式の輸送車ミサイルまれていたら、予測が格段に難しくて、衛星からはみれないよね。

最近報道で、気象衛星気象衛星連呼しているのは、仮にだけど、もしかするとさ、軍事用の衛星なのかな?

気象衛星だけど、ミサイルの発射場所GPSで分かるとか、赤外線を探知するとか。。

https://anond.hatelabo.jp/20170830181821

悪政をごまかす手法として「外患を煽ってそちらに目を逸らさせる」「敵を作って団結する」ってのがあって、

まるっきりそれだから

だいたい、本当にヤバイんだったらそれこそ首相がまっさきに行動しないとならないのに、むしろゴルフ

被害がでたって大震災を見れば、個人ができるより政府が適切な行動をする事のほうが需要だよ。

ミサイル撃ち落す判断するとか、死傷者でたりインフラ潰れたら指揮命令するのは首相なり政府の上位層。

どうせ何も起きないよ。

しろトランプも人気が低迷してヤバイから、こういうこすっからしいマネをして誤魔化したいだけってのわかるし。

https://anond.hatelabo.jp/20170829180049

こいつどこに住んでるんだよ

今時死の予感なんて相当数の日本人経験してるんだよ

数々の震災土砂災害でな

今回初めて認識するなんてずいぶんと安全地域に住んでらっしゃったことで羨ましい限りだよ

俺は嫁を守りたい。

昨日の早朝、北朝鮮からミサイル日本本土を通過して太平洋海域に落ちた。

テレビ仕事をしているので、

その時は局にいて、それなりの地位にいるので

局の方針を決めてたりした。

Jアラートが発動した後に、直ちに局の方針を決めた。

それからミサイルが落ちるまで、何もできることがなかったので、

ここに落ちてきたら死ぬかもしれないから、

最後自分がしたいことを考えた。

やっぱり最後に嫁にありがとう電話しようと思った。

結局、ミサイル自分場所に落ちなかったけど。

今まで北朝鮮に関しては、

日本過去に犯した過ちがあるから

同情に近い気持ちをもっていた。

だけど、いざ北朝鮮が悪ふざけか、自己防衛の為に

日本ミサイルを落として、嫁を殺すとしたら

何もかも許せなくなった。

戦争したら勝てるのに、アメリカの顔色を見ながら、何もできない国に。

攻撃されるまで、誰かが死ぬまで、何もできない国に。

たぶんこの国は、私たちは、何かを失うまで何も変わらないと思う。

失ったとしても、結局は元に戻るかもしれない。

何度もくる震災の度みたいに。

でも、俺は嫁を守りたい。

2017-08-25

そもそもこのとき虐殺では無視できない数の日本人犠牲になっている。」

https://www.buzzfeed.com/jp/kotahatachi/why-denie0

bottomzlife id:giyo381 バカはだいたいこういうことを言うのだが「追悼文」と「謝罪文」の違いがわからないらしい。そもそもこのとき虐殺では無視できない数の日本人犠牲になっている。つまりお前は「日本人死ね」と言っている

正しい。

一部の朝鮮人が騒乱・暴行強盗殺人やってたこと自体事実で、実際に日本人から犠牲者が出ている。

震災に乗ずる不逞の輩によって命を落とした罪のない人は朝鮮人にも日本人にも居る。

それを併記した追悼文を出すことが歴史に誠実でもあり、

過去ナショナリズムに結びつける不逞の輩の再来を防ぐ道でもある。

2017-08-24

https://anond.hatelabo.jp/20170824214200

いや、今みたいに原発話題震災話題とはっきり切り替わるようならそこまでじゃない。

全く関係ない話題にまでしゃしゃり出てきてそういった言葉を使っていたためほぼ荒らし状態だった。

そいつらがどういう態度を見せたかまでは覚えてないな。

東京地震が起きても東京だったらお偉いさんがハイスピード復興させるよ

震災空襲とそうやってきたんだから

そりゃ北の核ミサイルが落ちて土地ごと放棄せざるを得なくなるとかだったらまた別だろうけどさ

から一極集中弊害として挙げるのは正直あまり意味がないと思う

小池百合子知事関東大震災時に虐殺された朝鮮人慰霊するための追悼文を送ることをやめたことで、また「関東大震災直後に朝鮮人暴動」のデマが飛んでいる。

東京都小池百合子知事が、関東大震災時に虐殺された朝鮮人慰霊するため9月1日に開かれる式典に、追悼文を送ることをやめたことがわかった。

 式典は市民団体主催。「関東大震災直後に朝鮮人暴動」のデマが飛び、多くの朝鮮人虐殺された事件を追悼する目的で、都立横網町公園墨田区)で毎年開かれている。都知事が追悼文を寄せることが恒例となっており、小池知事も昨年は送付していた。

小池百合子知事関東大震災時に虐殺された朝鮮人慰霊するための追悼文を送ることをやめたことで、また「関東大震災直後に朝鮮人暴動」のデマが飛んでいる。

たとえば、「YAHOO番組感想欄 TBSひるおび」で、kir*****は2017/8/24 18:17

 朝鮮人が火を付け回り震災を拡大し日本人が大量に死んだことは許されるのか、自分に都合の悪いことはデマで誤魔化すことは許されない、朝鮮お金をまたたかるなら、今度は日本朝鮮損害賠償請求する番だ。

などとデマを流している。

小池百合子ネット右翼デマに乗っかったのか。

関東大震災時の朝鮮人虐殺否定するネット上の流言検証する−

20分でわかる「虐殺否定論」のウソ

はじめに忙しい人のためにかいつまんで説明

1923年(大正12年)9月の関東大震災時、混乱のなかで流れたデマによって人々が自警団を結成し、軍や警察も関与する形で、朝鮮人無差別虐殺するという事件関東各地で起こりました。この出来事は、歴史常識として中学教科書にも載っていますが、最近、「朝鮮人虐殺などなかった」と否定する人々がいますしかしこうした主張は荒唐無稽であり、史実論理常識に照らして、全く成り立つ余地がありません。そのうえ、こうした考えが広がることは、私たち社会にとって現実的危険をはらんでさえいます。それはなぜでしょうか。忙しい人のために、かいつまんで説明しましょう。

その1「朝鮮人虐殺」は歴史学常識

保守派歴史学者であっても、関東大震災時に多くの朝鮮人流言によって虐殺されたことを否定する人はいません。虐殺史実は、学問世界では左右の政治的立場を超えた「常識」として確定しています

内閣府中央防災会議の専門調査会自民党政権下の2009年にまとめた関東大震災報告書でも、朝鮮人虐殺については詳しく記述されています

その2誰も暴徒を見なかった―同時代人の常識だった「暴動流言

震災直後の朝鮮人虐殺の原因が、「朝鮮人暴動を起こした」「井戸に毒を入れた」といった流言であったことはよく知られた事実です。ところが「これらは流言ではなく事実だった」と主張する人々がネット上には存在します。つまり暴動井戸への投毒は本当にあったというのです。

もちろんそんなことはありません。実際には、当時も、震災の混乱が収まった頃にはこうした流言を信じる人はいなくなりました。当時の警視庁の報告も、これらが流言であり、事実ではなかったという認識を当然の前提として書かれています。なぜでしょうか。自分の目で「朝鮮人暴徒」を見たという人が誰もいなかったからです。震災の数ヵ月後には「あれはデマだった」というのが、警察などの行政機関を含む同時代人の常識となったのです。

その3「虐殺証拠はない」は大間違い

朝鮮人虐殺されたことを示す証拠はない、という人々がいます。あるいは、証拠とされているのは証言だけだと思い込んでいる人々がいます。これらはまったくの間違いです。各地で虐殺が起きていたことは、行政司法の記録によっても、当時の報道によっても確かめることができます。もちろん証言も、行政関係者知識人言及庶民の回想など、多様なかたちで残されています

その4震災直後の新聞デタラメ

「不逞鮮人1千名と横浜戦闘 歩兵一個小隊全滅か」―ネット上に、こうした類の、朝鮮人暴動を伝える震災直後の新聞記事をアップしている人々がいます

彼らは、これらの記事存在こそが、朝鮮人暴動流言ではなく事実であった動かぬ証拠だと考えているようです。しかし実際には、それらは交通通信が途絶えた震災直後に氾濫したデマ記事の類にすぎず、その後、行政機関の報告でも「虚伝」として紹介されているものです。この時期は、「伊豆諸島沈没」「富士山爆発」「名古屋壊滅」など、様々なデマ記事があふれました。富士山の爆発と同じく、新聞がさかんに伝えた朝鮮人暴動も、誰も実際には見ていない「幻」だったのです。

その5「政府暴動隠蔽した」という荒唐無稽

ノンフィクション作家工藤美代子氏とその夫である加藤康男氏は、震災当初に新聞が伝えていた「朝鮮人暴動」は誤報でも流言でもない、それらが「流言」におとしめられたのは当時の政府事実隠蔽たからだ―と主張しています。「朝鮮人暴動」を否定する公式記録のほうがウソをついているのだというわけです。しかし、工藤夫妻は隠蔽があったことを論証できていません。そもそも常識で考えて、東京横浜の各地で暴動や銃撃戦があったとしたら、多くの人に目撃されているはずです。たとえ政府でもそれを隠蔽し続けるのは不可能です。

その6「悪いことをした朝鮮人もいた」のか

ネット上に「朝鮮人暴動証拠」としてアップされている記事の中には、震災から2ヶ月近くが経ち、震災直後とはいえない1923年10月21日ごろのものも含まれています。そして、そこには朝鮮人が多くの重大犯罪を行なったという内容の見出しが並んでいます。これは司法省の発表にもとづくものであり、「デマ記事」と呼ぶことはできないでしょう。しかしその発表内容がどこまで事実かといえば、疑わしいものの方が多いのです。それは、朝鮮人虐殺の衝撃を相殺するための政府工作でした。暴動はなかったが、ごく一部の朝鮮人犯罪を行なった、悪いのはこいつらだ―と印象づけるため、流言をかき集めて発表したのです。しかし実際には、震災時に刑事犯罪によって起訴された朝鮮人12人にすぎませんでした。

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サイト運営者「民族差別への抗議行動・知らせ隊 + チーム1923」

内閣府中央防災会議 専門調査会『1923関東大震災報告書第2編』

9月東京路上

今井清一関東大震災

関東大震災人権救済申立事件調査報告書日弁連

記憶を刻む

工藤美代子加藤康男虐殺否定本」を検証する

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