はてなキーワード: リンチとは
10円の窃盗と100円の窃盗で前者のほうが重い刑であってはならない。
一方で、人命よりも性的自由や貞操の価値を重く量ることは全く問題ない。
信仰が命より重いという価値観を否定する合理的根拠は、実は存在しないのだ。
同様に、西側の意識硬い系国が人命第一主義を取ることにも、合理性はない。
純潔を至上の価値とし、女性を保護し、それに命をかけるという神聖な義務を男に課して何が悪いのか?
レイプ犯に対して男的価値と女的価値を守るために死刑やリンチという聖戦を行って何が悪いのか?
実は、男らしさを失った西側諸国こそが野蛮であり堕落であり、レイプ犯を私刑にするインドやナイジェリアこそが高貴であり理性であり紳士なのではないか?
クリニックや企業や風俗業者の記事やポストに、マンコ臭にははドラッグストアで売ってる〇〇や□□を使おうねみたいな指導やアドバイスは多数存在するが
「私達女性の性器は臭いっていうの?」と執拗に広告や記事や企業や担当者を消すまで追い込む者はおらず別に炎上しない
一方で男は女が社交辞令で何も言わないことをいい事に、どれだけ女が寄り付かない不潔や低身長の男でも自分は無条件で女に好かれてる・受け入れられていると勘違いしている状態がデフォルト
たぬかなや今回の女子アナ発言で初めて、実は自分は女に迷惑と思われていた・嫌われていると知った無数の男が女をリンチして社会的抹殺に追い込んだ
女の言うことを聞きたくないが女に無条件で受け入れられたい男が自分の意にそぐわない女を袋叩きにしたにすぎない
たぬかなの時と同じ
https://twitter.com/shiraku666/status/1822233433948459115
嫌なのがここぞとばかり彼女のこれまでの非礼を取り上げてフワちゃん叩きを発信するタレントやコメンテーター連中。普段から言えよ。卑怯者。まさに水に落ちた犬を叩く。それと批判はいいが、彼女に対してネットで罵詈雑言をいう人々。フワちゃんがやす子に言った言葉とどう違うのか?ちなみに落語は、人間は弱いもの、間違える生き物だと教えてくれる。それを良いと言っているのではない。人間とはそんなもんだと認めてあげる。それが落語。
ネットやメディアが絡まない場面では「ぐうの音も出ないような正論」ではある。
私もぜひこれが正論として成り立つ世の中であってほしい。
しかしSNSが出来てしまい、これがPV至上主義と合体してしまってる以上、もはやこれは正論ではない。
ただのスローガンでしかない。しかも志らくさんのようなエスタブリッシュメントにとって都合の良い、ね。
今の世の中、SNSで影響力に格差がありすぎるから、落ち目でない間はたとえ間違っている人でもケチを付けたらケチをつけた側が殺されるし、言えたとしても黙殺されて終わりだ。
一度水に落ちてくれない限りまともに文句が言えないし言っても意味がない。(森川ジョージ先生みたいに合わせてくれる人もいるが、基本的には無視するかファンネルに叩き潰させるかだ。)
その声が大きくなって無視できなくなって初めて視界に入ってきただけ。
で、無視できなくなった途端に、メディアが手のひら返して騒ぎだしただけ。
そこまでして初めてようやくあなたの視界に入っただけ。
そこまでやらない限り、あなたがたはすべての批判を無視してなかったことにしてるだけ。
今ってそういう構造ですよね。
だから金を払ってでもPVやフォロワーを稼いで、インフルエンサーになりたがる人が多いんじゃないですか。
そういう構造なわけ。
こんなん男女格差とかよりはるかにわかりやすく、誰の目にもわかりやすく数字として示されてる。
しかもこれって今年とか去年に始まった話じゃない。
そういう構造になってしまっているからこそ、暇空さんや石丸さん、トランプさんみたいな人が求められるようになってしまったんじゃん。
こういう人たちが求められる世の中ほんとにやだけど、そういう構造を作ってるの貴方がたじゃないですかヤダー!
上手くいってる間は、PVを稼いで売上に貢献してる間はちやほやしろってこの構造の恩恵をフルに受け取っておきながら何いってんだか。
時代錯誤も甚だしい。
そんなにこの構造が嫌なら、お前が10年前からメディアを批判しろや。Twitterアカウントを一時的に止めて抗議しろや。
お前らの無為のせいで今この状況になってるのに、ほんまなにいってんのこのおっさんとしか思わんわ。
いじめを放置しておいて、いざその学校の生徒が自殺したり不祥事を起こしてから「加害者に対してバッシングは良くない。普段からいじめはよくないと言え」って言ってるようなもん。
普段から言っとるわ。その声を握りつぶしてるのはだれだよお前だろ。
もっと人殺しの顔をしてほしい。 何善人ぶってるんだ。信じられない。
こういう「一見受けが良いことを言って人気を得ようとする軽薄さ」はさすが落語家って感じがする。哲学とかそういうものを一切感じない。
今のリンチはメディアがGOサインを出してることが一番大きな問題なので、一番最初に批判スべきはメディアなのに、そっちはお金もらってるから何も言わない。
一人だけ恥というものを知らないから格好つけて的はずれなことを吠えている。
見ているだけで恥ずかしい。共感性羞恥がすごい。
顔写真から自閉症を判別のQiita記事が炎上してるけど、それに対して批判しすぎじゃない?
倫理的にどうなのかって話もわかるけど、ちょっと過剰反応じゃないかなって思うんだよね。
こんな感じで製作者をリンチするような批判が続いてれば、そりゃ日本からGAFAMみたいな企業は出てこないよね。
Winnyの金子勇さんを警察・検察が逮捕しなければ、的なIFが語られたりするけど、こんなSNSリンチが起きるならどっち道無理なんだろうな。
SNSリンチというとテラスハウス事件を思い出すけど、今回はそれに近い感じで作者がリアルでリンチされてる。
これって本当にたちが悪いよね。
テラスハウスのときは「リアリティショー作るのが悪い」と番組制作のフジテレビ叩いてたけど、リアルでリアル人物SNSで攻撃して同じ結果になる可能性あるのになんでそこに思いが至らないんだろ。おまえら全員フジテレビだぞ。
とりあえず作者が追い詰められないことと、あとAidemyの修了が認められなくなって専門実践教育訓練給付金が支給されなくなるとか、そういう最悪の事態にならないことを祈る。
このオカシイというのは倫理的なものじゃなくて、コンテキスト的なおかしさのこと。端的に言うと「だせぇ陰キャが流行りの鬼畜系の真似をしてみたイキリ」だ。
https://anond.hatelabo.jp/20240724141703
最近で判り易い例で喩えると、石原伸晃が報道ステーションに出て「ナマポゲット~」とか医療費削減の為に安楽死がいいとか言ってたヤツ。あれだ。
若しくは駅員の注意に弱そうな撮り鉄が細い声で暴言吐いてるのとか、江ノ電ニキに「金か?金なんだろ」と細い声を張り上げてるあれの同類。
伸晃の場合はネットに触れるようになって良い年したオヤジがネトウヨ系サイトに感化されてるのが明白で、当時としても「バカじゃねーのこいつ」と思った人は多かろう。特にネットをよく使う人なら文脈をよく知っているからおさらだ。
だから小山田のQJ記事についても「バカじゃねーのこのダサ坊」という扱いであった。少なくとも神保町の書泉ブックマート地下一階でQJ立ち読みした増田はそう思った。その理由を記す。
90年代の少年マガジンは不良と暴力に全振りしていて、暴走族の抗争とか集団でリンチして半殺し、不良同士の抗争で殺人、それへの復讐というようなマンガで埋め尽くされていた。
そうなると実際の不良文化にも影響は出てきて、どこそこの生意気な女を輪姦してやったぜとか友達の友達が喧嘩で相手の頭を執拗に殴って耳血が出て意識不明とか、そういう自慢が横行していたワケ。
自分が暴力的だ、と云う以外に暴走族や池袋のチーマーなど暴力で傷害、殺人を犯した人間と繋がっている、というのが自慢になり得たワケだ。
同時に鬼畜系というコンテンツも流行ってたのだが、これは背後に外連味があるものだった。「夜想」とか「WAVE」とか「〇〇評論」とか、文化評論系のA5版雑誌が流行していて、それらは外連味が溢れるサブカルものだったのだが、その雑誌群の編集者が興したのが鬼畜系だったのだ。
その代表人物で自称中卒工員の精神障碍者の村崎百郎は『夜想』などの編集者で、外連味サブカルの中心に居る人物でもあった。後に自身が精神異常者だとの嘘を恨まれた読者に殺される事になったが、相応しい最期と言えるかもしれない。
『危ない1号』の青山正明なども模試成績一位になった事がある元優等生であった。因みに青山はロリコンブームの仕掛人でもある。
鬼畜系はゴミ漁りによる個人情報漁り、麻薬、精神世界(綺麗じゃない糞尿垂れ流しの方)、奇形趣味、身体欠損、時代遅れになっていた新左翼セクト、変態セックス(特に獣姦など)を扱っていた。
だが、wikipediaの「鬼畜系」の項には過去の変態春画や無残絵、宮武骸骨などが載っているように、「高尚な文脈」で関連付けがされうるもんである。それは単に良識人が目を逸らす悪趣味の羅列じゃなくて外連味サブカル編集者達が興したブームであり計算されたものであったこと、それまでの文脈を踏まえていた事、それによって高尚な文脈の中で論じることが知的であるという文脈が惹起されるからに他ならない。
マガジンみたいな馬鹿向け暴力賛美と、知的に思われたいがそれは隠したい、自身を個性的と思いたい馬鹿向け鬼畜系、二つの路線が同時に存在するとその中間の路線も活性化する事になる。
それで鬼畜系の中からドラッグやタトゥーなどだけを特集したより実践的な雑誌群が刊行されるようになった。実践的というのは、実際にタトゥーを入れたり骸骨アクセサリをジャラジャラさせたり、アムステルダムで実際に飛びツアーをしたりという実際のファッションやライフスタイルと結びついていたから。
こっちはワルだけどチーマーや暴走族みたいなバカはやりたくない、或いはファッションワル向けだね。
さてそうすると今でいう陰キャとかオタクっていうのはこういうのに絡んでこないって事になる。鬼畜系とは親和性が高そうだが、なに分にもぶっ飛びすぎていて真似するのは難しい。
創刊号はよくあるサブカル雑誌という感じ。だが3号くらいから迷走をはじめるのである。
芸能人のインタビューを入れたり、オウム事件を扱ったり。芸能人の記事を入れるのはメジャー路線化だ。多分1-2号が売れなかったのだろう。一方でオタク路線にも足を踏み込んでいた。その甲斐あって10号でエバンゲリオン特集が組まれてそれで話題になるのであった。
で、こういう迷走と試行錯誤の始まりに収録されたのが件の問題の小山田インタビューだったワケだ。
そもそも小山田のコーネリアスは渋谷系に分類されるが、アンテナショップ的役割のタワーレコード渋谷店でもWAVE渋谷でも「渋谷系」の棚なんて無かった。商業主義のHMVには渋谷系のコーナーがあったが、渋谷に来る若者には「渋谷系」なんて恥ずかしいものだったわけだなw(カヒミカリイやピチカートなどは除く)。
そんな渋谷系の彼がQJに登場して自慢したのが件の障碍者虐めであったワケ。
これはかなり見てられない。そもそもそんな良くない事をすでにメジャーデビューしてる小山田がわざわざいうのは自慢であって、鬼畜系や暴力系標榜のアピールだったのである。
そもそもタトゥ入れまくりだの、悪趣味鬼畜系だのというのは、自分が社会の規範から外れている、反逆しているとのアピールが含まれている。そこで「学校での」「虐め」体験を語るというのは、学校というレールから外れずに来た子供のままで「デビュー」していないという事であって、かなり痛々しい、背伸びした陰キャの行為だ。いかにも悪ぶった陰キャの自慢という痛さに満ちている。
政治家のガキとして不自由なく育って齢50過ぎになってネットに触れて悪ぶって「ナマポゲット~」とか言ってた伸晃の痛さと相同である。
そういう訳でして、小山田の発言は当時の悪趣味、反良識の文脈を踏まえたものだったというのは確かにそう。
でもそこで学校での虐めを誇るというのは当時としても痛々しいし、背伸びしてそれかよというモンであって単に陰キャのイキリでしかない。実に恥ずかしい。
そしてそれが原因で後年に大舞台の公職を解かれるに至っては自業自得の上にバカの屋上屋を架すと言った代物であり、撮り鉄江ノ電ニキ罵倒大会に伸晃(50代)が混じって「金だろ?ナマポゲット~」と一緒に叫んでるような恥ずかしさとバカの煮凝りの如しだと思うのである。
おお、なんか深いこと考えてるやん。でも、ワイも思うんやけど、レスバって結構エネルギー使うやん?普通はノイズばっかりやし、ほんまに有用な意見が出ることって少ないと思うわ。もちろん、ダメな意見が淘汰される面もあるやろうけど、それを目指してレスバするんは疲れるだけやないか?知らんけど。
ツイッターのエコーチェンバー化の話もわかるで。けど、結局ブロックとかミュートして、揉めるのを避ける傾向が強いからなぁ。みんなが自分の意見を押し付けるだけで、じっくり討論する感じにはならんもんな。ほんま、罵倒とお気持ちの垂れ流しにしかならんとこも多いな。リンチって例えも、あながち間違ってないかもなぁ。知らんけど。
不毛な行為としか見られてないレスバだが、実は案外効用はある気がする
レスバから何か有用な意見が出ることは皆無だが、逆にどうしようもないほど支離滅裂なお気持ち論はボコボコにされ数年たっても蒸し返されることも結構ある
こうして素晴らしい意見に達しないレスバでも(いつものことだ)、ダメな意見を少しづつ排除されていき時間がたてば少しづつ平均意見のレベルは上がる
そしてツイッターがエコーチェンバーの温床になってしまっているのはレスバがあんまり起きないからじゃないだろうか?
ツイッターは言うほどレスバが起きてないんですよ、なぜなら面倒くさくなったらブロックして強制終了だし
割とすぐに凍るしすぐ鍵かけて逃げるし、何よりほとんどの垢は140文字以下だから罵倒とお気持ちたれ流ししかしてない、レスバじゃなくてリンチに近い