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はてなキーワード: 過去の人とは

2020-10-18

父親との相似

ぼくの父はよく本を読む人だった。

過去形で書いているが、存命だし、わりに元気らしい。母からの便りでは、勝手になかなか高額の生命保険に入って、かつ元気ピンピンらしい。ただぼくの中では、父親はすでに過去の人間なのかもしれない。18で実家を離れ、年に数回しかさない。実家にいた時にも、自分についてもともと多くを語る人ではなかったが、余計に話すことは少なくなった。話す話題政治のこと。父の憧れる都会のこと。父親個人的な話は、ほとんどない。

父親はそこそこ裕福な家庭に育っているらしい。あまり詳しくは知らないが、不動産ももっているので、家賃収入がある。が、多額の借金をしていたこともあるようだ。車は常に外車だし、今でもファッションサイトラルフローレンなどを購入している。60にしては身なりというか世間体を気にしている。ぼくが古着に傾倒したときには怪訝な顔をしていた気もする。

よく父は本屋に連れて行ってくれた。割と硬派な父のお気に入り本屋が町にあった。田舎本屋だ。本屋は好きだった。紙とインク匂いがぼくを刺激した。いつも父は分厚い本をたくさん買って帰っていった。僕にも「何か買いたい本はないか」と聞いてくれた。当時は系統立てて本を読もうと思ったこともなかったし、今とも読書傾向も大きく違う。おそらく父からみたらどうしようもない本を買ってもらっていたと思う。

父はあまり家にいなかった。というか、父親母親夫婦で過ごしている姿を見ることはあまりなかった。自営業共働きで、母が日中仕事をして、父が夜仕事をする。ぼくが家にいる時間は、父親は家にあまりいなかった。ぼくとしても、父と何を話せばいいかからなかったから、気が楽だった。気が楽だったから、父親とは向き合わなかった。こうしてぼくの家族との距離感形成されていったのだろう。夫婦で楽しくしている姿も、父親家族サービスする姿なんてのも、ぼくの家族像にはない。もっとドライな、共同体だった。結局、父親は何を考えている人かわからなかった。

話はぼくの今の生活スライドする。今、妻と別居、ないしは離婚の話をしている。重くつらい時間だ。

ぼくなりにこれまで妻に尽くしてきたつもりだった。その「ぼくなり」の尽くし方が限界にきてしまった。しんどくなった。夫婦生活に疲れてしまったのだ。

妻には「急にあなた結論をいわれて困っている」と言われた。本当に我ながら自分勝手だなと思う。何を考えているのかわからなくて、結論けが出てくる。たぶん、父親もそうだったんじゃないかなと、今、想像する。

ぼくも父に似て浪費家だ。好きなことに、思いついたことにパッとお金を使ってしまう。そのことが原因で何人かの人を悲しまたこともあった。痛い目にあって多少の貯蓄ができるような大人にはなってきているが。そして、ぼくは本が好きだ。常に何かしらの本を持ち歩いているし、活字を読むことに楽しみを覚えている。

あんなにも訳のわからない生き物だった父親しかしぼくが見ていた父親と、今のぼくはそっくりだ。ぼくは父親が苦手だ。でもそんな苦手な父親に似てきていることに、がっかりする。でも今ならすこし理解できそうな感じがする。

こんなことを考えてもなんの足しにもならない。夫婦での話は今後も続く。妻をひどくがっかりさせることも増えるだろう。そういえば、父親母親をひどくがっかりさせていたな。幼い頃、母を泣かせて父が家を出て行った。母を慰めた覚えがある。木造の古い家でのことだ。

こう考えると、やはりぼくには結婚をする資格がなかったのかもしれない。大切にしたかったものと上手に付き合えない。つらくなると逃げ出したくなる。ダメ人間なのだ

2020-10-11

30回くらい投稿して2回過去の人エントリに載ったことあるんだけど

これって打率高いのかな?普通

2020-10-02

anond:20201001170719

あなたのような何となくライトな反出生主義者は、まず社会のあらゆるリソースが出生によって支えられてることを考えてほしい。

あなた有史以来のどんな貴族王族たちより快適に楽しんでいる電気スマホ、衣食住、文化や娯楽、そのすべては過去の人類の「3人以上産み、育てる」がなければ得られないもの

突き詰めれば、反出生主義者は無人島で暮らさなければ筋が通らない。

あなたに突き詰めて生きる覚悟はあるの?

2020-09-27

こわい

消した

自分以外の誰かを力で押さえつけるのに快感があるってこわい

親としてその轍を踏まないようにしたい

あの躊躇のなさはこわい

でもきっと普遍的なんだろうな、社員奴隷使用人や下層階級外国人は力で躾ければいいというのと、子供は力で躾ければいいというのと、同じだ…

過去の人間がやってきたことは今の人間(含む自分)もやってしま可能性がある

自分はやりたくないと感じるから、やらないように自分監視する

2020-09-20

過去の人権未開時代に作られた作品リメイクするとき現代人権意識に合わせるべきだから、プレコロナ時代作品を今リメイクするなら当然登場人物マスクをするべきだろう。

2020-09-17

バレエチュチュスカートの中のフリルパンツ

今回もブルマーとは関係ないが

イギリス人ブルマー調査から、ずいぶん遠くまで来た。脱線脱線を重ねてきた結果だ。しかし、昔から気になっていたので、バレエチュチュ(ふわっとしたスカートみたいなあれ)についても調べておこうと思う。子どもの頃に、やっぱりこれがエッチだと思ったからだけではない。どんなことでも、疑問を持ったならば調べることは大切だからだ。それに、こういう素朴な疑問だけれども面と向かって聞きにくいことについて調査し、書き留めておくことは、誤った憶測に対抗する上での価値があると信じている。

これは、単純にお尻フェチだとかパンチラ萌えだとかだけの話ではない。僕たちの欲望がどのような仕組みになっているのか、そして欲望喚起するシステムがどのように働いているのかを理解することは、逆説的に欲望暴走コントロールすることにつながるはずだ。言い換えるならば、社会が求めている女性像/男性から自由になる手段であり、政治広告から発せられる都合のいいメッセージから身を守るすべにもなる。

前置きが長く、堅苦しくなってしまった。どうか肩の力を抜いて読んでいただきたい。

実際、チュチュスカートの中ってどうなってるの?

まずは以下の画像をご覧いただきたい。

https://tutusthatdance.com/blogs/faq/parts-of-a-tutu

これは、クラシック・バレエチュチュ基本的構造である。pantyと書かれている項目に、「ここにフリルが縫い付けられる」と書かれている。要するにお尻の曲線はそこまで丸見えにはならないのである

しかし、このフリルにもいくつか種類がある。英語版wikipediaのtutuの項目には、現代チュチュとして、次の4つが挙げられている。

他にも、日本語版記事には、

短く硬い、釣り鐘状のスカートを持ったチュチュ。通例、パンケーキチュチュより長い。ドガ作品で多く見られる。

https://en.wikipedia.org/wiki/Edgar_Degas#/media/File:Edgar_Degas_-_The_Ballet_Class_-_Google_Art_Project.jpg

これだけを調べるのにも、意外と時間がかかった。当たり前だが、カタログ写真では普通スカートの中まで写さない(というか、写すべきでもないだろう)。「inside pancake tutu」では、こういう資料は見つけたが。

https://www.pinterest.jp/pin/560487116124411506/

http://4.bp.blogspot.com/_Ozo7z2zkqWs/S-i2wVfcR1I/AAAAAAAACYQ/zDek9ewzWno/s1600/platter.jpg

チュチュの縫い方で調べたらもっと出るかもしれない。

結局、その下はどうなってるの? バレエパンツ問題

世の中には私と同じような疑問を持つ御仁もいらっしゃるようである

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11205496201

さて、ウィキペディアチュチュの項目を見ると、「ツン」というパンツ部分を指す言葉が出ている。引用すると「ツン(Tune)はスカートと一体になったチュチュパンツ部分。……(中略)……構造的にロマンティック・チュチュには存在せず、ロマンティック・チュチュではバレリーナ下着としてステージショーツを別途着用する(広義では、これもツンと称する場合もある)」となっており、幾分ややこしい。

また、その下着の項には「チュチュを身に付ける際は下着として薄手のキャミソールレオタード状をしたバレエファウンデーションを着用する……(中略)……色はほとんどの場合ベージュである」との記載がある。

要するに、レオタードみたいになっている場合普通下着を身に着けるし、パンツ部分がチュチュと分かれているものでも、オーバーパンツはいているわけである。当たり前ではあるが。

ロマンティック・チュチュ1832年、「ラ・シルフィード」で初めて案出されたらしいので、先ほどのツンについての記述と比べれば、現代につながるフリル付きの見せパン起源はそこにある、と判断できそうである。ただし、英語版wikipediaには「ツン」の項目はなかった。

また、興味深いのは注釈の「ただし、アンダースコートとは異なり、ツンのフリル横方向よりも縦方向に付けられる場合が多い」という個所だ。確かにさっきの画像でもそうなっていた。フリル趣味時代的変遷だろうか?

で、何でこんなにスカートは短くなったの?

Wikipedia英語版のballetの記事バレエ歴史を振り返ると、拾い読みだが、次のような流れになっている。

まず、バレエ起源ルネサンス期の宮廷でのダンスにさかのぼる(ルイ14世も踊ったほどだ)。それが徐々に劇場で公演されるようになった。

17世紀の頃は、女性衣装は重たい生地と膝丈のスカート構成されていて、動きやしぐさを出すのが難しかった。しかし、これでは動きやジェスチャー制限ができてしまう。これが18世紀になると、スカートは地面からインチの高さになる。色はパステルカラーが主流となり、さまざまな飾りが華やかでフェミニンスタイルを強調するようになる。現在踊られているバレエでは一番古いものがこの時代で、「ラ・シルフィード」「ジゼル」が知られる。以下は18世紀絵画だ。

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/4/49/MarieSalle.jpg

19世紀初頭には、身体にぴったりとフィットした衣装が用いられるようになる。具体的にはコルセットが導入され、身体ラインが見えるようになった。また、花冠、コサージュ、宝石などの小道具も導入された。クラシック・バレエでは「眠れる森の美女」「くるみ割り人形」「白鳥の湖」がよく知られる。次の画像では、少しスカートが短くなっているのが確認できる。

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/7/72/Giselle_-Carlotta_Grisi_-1841_-2.jpg

そして20世紀バレリーナスカートは膝丈のチュチュとなった。正確なポワント(足の技)を披露するためである舞台衣装の色も鮮やかに変わった。20世紀作品としては、「牧神の午後」「春の祭典」が名高い。1910年写真を貼る。

https://en.wikipedia.org/wiki/Ballet#/media/File:Agrippina_Vaganova_-Esmeralda_1910.jpg

それから現代バレエではこうなる。

https://en.wikipedia.org/wiki/Ballet#/media/File:Grace_in_winter,_contemporary_ballet.jpg

画像をご覧いただければ、スカート丈がどんどん短くなっていくのがよくわかる。

さて、結論を述べよう。Wikipediaによれば、衣装が重いと細やかな表現ができないのと、脚を使ったテクニックを見せるようになったため、スカートが短くなったようである

ちなみに、海賊というバレエでは、へそ出しの衣装存在しているらしい。確かにbunkamura食事に行ったときバレエ衣装を展示していたが、そこにへそ出しファッション衣装があったことを思い出した。バレエにしては大胆だと思った覚えがある。

搾取問題ちょっと真面目に考えてみる

ブックマークコメントはありがたく読ませていただいており、不快だというお叱りも真摯に受け止めたく思っている。確かにパンツじゃないのにパンチラに見えてしまって欲情する人がいるってのは幾分デリケート話題であり、増田ではないとやりづらい。また、どの程度ユーモアを交えて描くか匙加減も難しい。それを受けて、少し考えておきたい。

僕は割と美術鑑賞が好きで、ドガ作品も好きなのだが、その背景を知っていると、手放しで褒めることはできない。再びウィキペディアから引用しよう。日本語版からだ。

エドガー・ドガバレエダンサーを描いていた頃、バレエダンサー現在と違い地位の低い人が身を立てるためにやっていたため、バレエダンサーは蔑まれていた。主役以外のダンサー薄給生活しており、パトロン無しでは生活するのが困難だったとされる。パトロン達は当然男性が多く、女性ダンサー娼婦の如く扱っていたと言われる。かくして、フランスバレエから男性ダンサーはいなくなり、フランスバレエ低俗化することになる。

もちろん、どんな事情があったとしても、弱い存在表現しようとしたドガ作品価値は損なわれない。しかし、僕は問わねばなるまい。スカートが短くなったのは、果たして本当にダンサー意志だったのか、と。そして、女性身体を見せるようになった流れの誕生は、観客も共犯だったのではないか。こうして性的好奇心を持ってしまう僕も、同じではないか

もちろん、過去のことだからからないことが多いし、究極的には真相は明らかにならないかもしれない。女性が美しい肢体を見せたいと思ったとしても、それは男性が主流だった時代文化の中で育ったからそう思っただけなのかもしれず、どこまで本当に主体的判断たか判断は難しい。とはいえ過去人間が何を考えていたのか、それはどの程度自分だけの決断によって決められたことか、証拠が不十分なままでこちらが断定するのは越権行為だろう。

しかしながら、現代に生きる僕らは、自分主体的にしていると思っている行動の多くも、無意識のうちに同時代文化支配されていることには、自覚的であることが求められるだろう。欲望の仕組みを知るとは、そういうことだ。読者諸氏も、自分フェチ起源を考えてみると、きっと得るものがあると思う。

スポーツでも……?

身体を使った表現と性の問題は扱いが厄介だ。ただでさえスポーツは厳しい師弟関係パワハラになる危険があるうえに、新体操などの身体表現のあるスポーツでは、性暴力にまつわる訴訟は絶えない。

スポーツではないが、芸術と性も深い関係にある。どちらも人間の根源に根差しており、安易善悪を論じることが困難だ。バレエ例外ではない。師弟の間で身体が親密に触れあい過ぎて恋愛関係になってしまう例がある。美しさへの憧れが恋愛感情欲望混同されることだってある。現に、男女だけでなく、ディアギレフとニジンスキ―の同性愛関係もよく知られている。こうしたことが、後から振り返ってみれば不適切な関係だった、師弟の力関係を利用していた性暴力だった、と判断されることにもなるかもしれない。とはいえ、これらは個々の具体例によって判断すべきだ。正直なところ手に余るし、多くの人の人生について書くことになる。ここでは語りつくせない。

今までこうした社会的な側面から女性ファッション歴史に触れてこなかったのは、元々は衣装のもの歴史を書きたかったのであり、社会の反応まで行くと本題がその中に埋もれてしまうことを恐れてのことだった。しかしながら、ドガが好きな自分としては、いい機会なのでここで一言断っておく必要がある、と感じた次第である

何を好きになっていいし、対象にはどんな感情を抱いてもいいと思うけれど、歴史や経緯は知っておきたい。それが、芸術スポーツに励む女性性的な魅力を感じてしまう僕なりの折り合いのつけ方だ。そして、盗撮などの犯罪には断固反対する。

結論、まとめ、考察

今後の発展、展望

今回の調査では、見せパン起源と推測される年代までは確認できた。しかし、細部は依然として明らかではないため、何らかの形で補完したい。

そこからメイド服、またはロリータ服における、見られても恥ずかしくない下着について調べるかもしれない(知識がほぼないのでとんでもない誤解かもしれない)。または、キャバレーでのラインダンスバニーガールについて、になるかもしれない。あるいは、再びブルマー回帰するかもしれない。それは明日の気分次第だ。

とはいえ、しばらくは休みたい。自分欲望やその起源について考えることは有意義であったし、文章化することで過度のブルマーへの執着やフェティシズムは手放すことができたからだ。一段落した感じがある。この言語化妖怪名前を付けて対処法を見つけたようなものだろうか。どろどろ、もやもやした不可解なブルマーに対する欲望が、知的ものとして把握できるようになった。

まり増田欲望を垂れ流すことで、落ち着くことができた。知識が増えて勉強になったという肯定的意見、ねちっこく不快だという否定的意見、どちらも自分の姿を客観的に見せてくれた。すべての意見に対して、ここに感謝言葉を述べたい。

おまけ

ドガの絵を見ていたら、レオタードらしいものを見つけた。

ttps://en.wikipedia.org/wiki/Miss_La_La_at_the_Cirque_Fernando#/media/File:Edgar_Degas,_Miss_La_La_at_the_Cirque_Fernando,_1879.jpg

2020-09-09

未来人気エントリー

過去の人エントリーにさっきホッテントリ入りしたばかりの熱熱ホヤホヤエントリーが入ってることがあるけど、そういえばエントリー投稿された時点でものすごい速度で過去に行くんだな。

逆に「未来人気エントリー」ってないの?

ホッテントリソムリエが人力で選ぶかAIソムリエ思考トレースして自動で選ぶかして。

2020-09-07

anond:20200907092931

元増田だけどそれは半分同意する。

まあ個人的にはマジでありがたいか過去の人感謝しかないわ。一度保証してしまった女性社会進出権をこれから無理矢理剥奪するわけにもいかないだろうし、生みたい人専業主婦したい人は頑張って生んでくれという気持ち

2020-08-27

anond:20200826205722

同人女は生まれときから24時間365日BL同人活動だけしてていて

家族もなければ私生活もなければ過去の人生前歴もないとでも思ってるの?

2020-08-25

anond:20200825115757

松本人志も、80年代めっちゃ才覚際立つ漫才師やったんやで。

強いて言えば、過去の人ってことやね。

2020-08-21

武隈課長とのはてなスキルアップ研修【前編】

増田君にはスキルアップ研修を受けて頂きます

私が社内でとある不祥事を起こし、人事部付のキャリアデザイン室に配属されたのは昨年10月のこと

それ以降何の仕事も与えられないまま毎日を惰性で過ごしていたのだが、今年2月人事部に呼ばれこう告げられたのだった

研修課題クリアすれば、一般部署への復帰が可能ですが、クリア出来なければ退職勧奨を受けることとなります

課題というのは具体的にどのようなものなのですか 絶対に達成出来ない無理難題ということも有りうるのですか」

課題共通ではありません 人事部長が各人のこれまでのキャリア能力を見て個別に決定します 増田君の課題はこれです」

人事部人事課の武隈課長から手渡された用紙には次のように記載されていた

はてな匿名ダイアリー日記を書き、1000ブクマ超を達成すること”

次の週末、私は自宅のPCはてな匿名ダイアリーアクセスしてみた

「みんなが好きなことを書きこむ匿名掲示板のようなものか」

早速IDを取得し、いくつか書き込みをしてみたがブクマはつくことは一切なかった

月曜の朝、私は出社しすぐに武隈課長を訪ねた

「1000ブクマなんてとても無理です 課題を変えてもらうことは出来ないんですか」

課題は変更出来ませんが、では少しだけハードルを下げてあげましょうか

 過去の人記事アーカイブとして日毎に上位3位迄のエントリ掲載されています

 半年以内にデイリーで上位3位までに入るエントリを5本書いてもらいます

 毎月月初に月毎の実績を私宛に報告して下さい」

武隈課長はそう言うと、自分の机へと戻っていった

2020年3月

キャッチャーマスクをつけて出社した

ttps://anond.hatelabo.jp/20200303074729

「先月一ヶ月でブクマがついたエントリはこれだけですか 増田君はこのエントリ問題点が分かりますか」

「…ネタ面白くないことですか」

ブクマが伸びるエントリの特徴、それは“ブクマカが一言物申したくなることを書く”これに尽きます

 技術系やお気持ち表明長文が伸びやすいのはそれが理由です

 逆におもしろカテゴリブクマが伸びにくい 今回たまたまブクマが伸びたのはブクマカが野球ダジャレブコメ大喜利をしてくれたおかげ いわばまぐれです」

「どういったことに気を付ければいいのでしょうか」

「言いたいと思ったことを全て言い切ってはいけません ブクマカが突っ込みを入れる余地を残すことが重要です」

武隈課長はそう言うと、自分の机へと戻っていった

私は自分手帳に“はてなシステム No.1 エントリは不完全なままで十分”と書き込み人事部をあとにした

【残り5ヶ月 上位3位に入ったホッテントリ件数0件 課題達成まであと5件】

2020年4月

コロナ対策で集まっての新入社員研修は取り止めにして在宅でのオンライ..

ttps://anond.hatelabo.jp/20200403135626

三密囲い

ttps://anond.hatelabo.jp/20200416170021

女性管理職は本当に必要か?

ttps://anond.hatelabo.jp/20200420103142

誤変換ネタで誘っておいてブコメネタを完結させるという作戦ですか なかなか良い案ですがやはりおもしろカテゴリでは限界があるのではないですか」

「なんとか3位以内に入れたのは1件だけでした」

「この1位になった“女性管理職は本当に必要か?”はいいですね 三国志好きは三国志ネタとして楽しみ、ツイフェミさんは女性蔑視ネタとして楽しんでいる」

話題がたくさんあると話がぼやけてしまうのではありませんか」

「“主語は大きく、話題は小さく”がはてなの鉄則ですよ 人は自分は分かるけど他人には分からないだろうなあという排他的ネタほど盛り上がるものです

 そして話題は1つに絞る必要はない 細かな話題複数散りばめておけばいい 伏線の回収はブクマカに任せておけば良いのです」

武隈課長はそう言うと、自分の机へと戻っていった

私は自分手帳に“はてなシステム No.4 主語は大きく、話題は小さく”と書き込み人事部をあとにした

【残り4ヶ月 上位3位に入ったホッテントリ件数1件 課題達成まであと4件】 

2020-08-20

何年も前の増田言及するのってアウトなん?

最近増田始めたもんで、アーカイブから過去の人記事を見て楽しんだりしてる。

そこで考えさせられる増田を読んだりしたら言及してみたい欲に駆られるんだけど、現在の傾向を見るに誰もやってないんだよな。

日記ってていなんだからダメなはずないと思うんだけど、そういう暗黙のルールみたいなのがあるんかね?

追記

言及ありがとう

まとめると、別にダメって訳ではないけど必要性なくね、ってことだな。

必要性とか気にしないし早速やろうと思ったけど、書くたびに「今更何言ってんだカス」ってレスが返ってくるの想像したらしんどいからやめとくわ…。

(っていう心理が働くから見かけないってのも分かった。いい知見を得られて満足。)

2020-08-18

anond:20200818185915

今年度はコロナ禍の影響による社内異動がありまして、同じ部署になった人と新たにコミュニケーションを深めようと思って元増田を書いた次第です。過去の人関係の過ちを繰り返さない為にも、どうすればいいのか意見を募っています。辻褄が合わないことは無いのですが、どうしてそう思われるのでしょうか?

会社内での仕事のやり取りはもちろん簡潔な文章を心がけていますが、趣味プライベートの話になるとどうしても文章が長くなってしまうのです。やはりそれはお互いのことを知り合うためには、まず自分のことを知ってもらわなければ始まらいからだと考えているのです。単に事務的仕事の会話をすることを望んでいるのではなく、うまくコミュニケーションを深めて仲を深めたいというのがどうしてわかっていただけないのでしょうか?

2020-08-14

anond:20200814025525

命がなくても経済回ってくんねえかな

人類過去の人類が積み上げてきた複利生活できるようにならんの?

2020-08-13

anond:20200813121149

強者男性とされる人たちが悪いのではなく、「強者男性」という価値観が悪いのです。強者男性弱者男性という価値観マッチョイズムからまれものってことです。

マッチョイズムは男性主体社会で生まれたけれど、それは男性のみが作り出したものではありません。

女性差別女性蔑視とされる事象は、女性被害者ではありますが、男性加害者という訳でもないのです。加害者を無理に設定するとすれば、男性主体社会を支えてきた過去の人たち&それに疑問を抱かない現在の人たち、でしょうかね。

からKKO男性だけれども、男性主体社会被害者でもあるのです。

ついでにいうと、社会に目を向けず男性攻撃するのが目的になっているフェミ(というかここでフェミと呼び称される人たち)は、KKOと同じ穴のムジナですね。

2020-07-31

メルカリ社員逮捕の話が話題になってないところを見るとアレははてなでも過去の人になってたんだな。

2020-07-27

こんな感じの死生観宗教観?って名前ある?

世界観

人類の魂はたった一つ

・一つの魂がある人の人生を生き、死んだらまた別の人の人生を生き、を繰り返してる

・魂は時間を遡れる、例えばある子供人生を生きた後でその親の人生を生きたりする

・それでも数百年単位で見れば魂は過去の人間の人生を生きてから未来人間人生を生きている

人類絶滅すれば、魂は最後の一人の人間人生と一緒に消滅する

行動方針

・魂が消滅しないようになるべく長く、多く人類繁栄しないといけない

・なるべく人類の苦しみの総和が少なく、幸せの総和が多くなるように生きる

他人は皆過去未来自分なので親切にしてあげる

漠然とだけど、こんな感じの雰囲気自分は生きてるんだけど、元ネタ?というか発想の元が思い出せないんだ

anond:20200727225607

お主の書いたという小説……それも既に存在していたミームコラージュして手前の言葉で書き写しただけのものにすぎんのだ

もっと言えば言葉単語というのも過去の人のもの見方コピーしかない

この世にオリジナルを主張できる概念など存在せぬのだ

2020-07-14

環境変わるとすぐ疎遠になってしま

友人や恋人で一緒にいる間はかなり仲良くして

オンオフ遊んで楽しい時を過ごして、知り合いや同僚のカテゴリーからは1ランク上がったかなと思っても

卒業転職で接する面子が変わると一気に過去の人になってしま

その時その場で一緒にいる人と仲良くなってしまって筆不精になり年に1度会うか会わないか距離感になる

周囲の人はLINEやらSNSやらでやり取りしてて変わらず仲良かったりするんだが

リアルタイムで接するような人以外に、今日あったこととか最近興味あることや仕事テンション上がったこととか、くだらなすぎて話す気が起こらない

別に困ってないが、寂しい奴だなと思う

2020-07-03

オタク舐める

ところで世間オタク罵詈雑言を浴びせることに一切の躊躇のないのはオタクを下に見ているからなのかもしれない。

オタク舐めるな。

おそらく世間オタク世界をゆるい馴れ合い世界だと誤解しているのだ。

オタク世界は金さえ払えば誰でも仲間に迎え入れてもらえる」

クリエイターの持たらす果実を口を開けて待っているだけ」

社会負け犬が傷口を舐めあっているに過ぎない」

歪んだ偏見だよ、それは。

オタク世界は甘くはないんだ。

オタク世界ではド素人だろうがベテランだろうが分け隔てなく面白さでジャッジされる。

面白さの戦場では年季の入ったベテランオタクでさえ、足を踏み外すことが日常茶飯事だ

それはちょうど綱渡りフルマラソンを同時にするようなものだ。

一方で面白さを満たす限り、オタク世界は万人を受け入れることだろう。

素人ベテラン下克上することがオタク世界日常風景だ。

オタク世界市民面白さは義務なのだ

オタク世界面白さを満たすなら、どんな落伍者でさえ受け入れる懐の深さを持つ。

反対に、たとえどれほど現実社会成功を収めていようと面白くなければオタク世界に居場所はない。

オタク世界はい意味でも悪い意味でも平等世界なんだ。

オタク世界ゴマスリやオベッカは存在しない。

オタク世界馴れ合いぬるま湯とは無縁だ。

しか学校でのお勉強のように正解があるわけじゃない。

正解のない正解を、性癖という名の羅針盤だけを頼りに探し続けているんだ。

オタクほど気持ち酷使してる人種はないさ。

オタクがしばしばお気持ち揶揄をするのは、これと矛盾しているように思えるかもしれない。

オタクからしてみれば世間お気持ち表明なんてものは、ほんのお遊びに過ぎないかお気持ち揶揄にされるのだ。

オタクのやっている本当の気持ち領域での戦いと比べれば、お遊び同然なのだ

本来であればオタク世界の外側のことまでかまっている余裕はない。

だが、付け加えるなら本来構う必要のない世間からの謂れなき弾圧に敢えて反論するときにもユーモア精神を忘れないのはオタクらしいと言えよう。

オタク世界では面白くないことをすれば一瞬にして居場所を失う。

それならば余計なことは何もしなければいいと考えるかもしれない。

なにもしないのであればマッハで風化し忘れされて過去の人になる。

進むも地獄、戻るも地獄なんだ。

オタク世界では一生全力疾走を続けなければならない。

オタクであり続けるには日本刀のように研ぎ覚まされた高度な技が要求される。

見る人が見れば自明だが知識のないものには判断のつかないことはまれによくある。

そう、世間からオタクであり続けることがいかに困難で賞賛に値することかがまるで見えていないのだ。

オタクであり続けることの価値を知らないかオタクを幼稚だなどとバカにすることができる。

オタク世界がゆるい馴れ合い世界だと誤解しているかオタク馬鹿になどできるのだ。

オタク世界成熟した精神と同時に冷静な情熱という相反した要素を矛盾なく求められる極めてシビア世界なんだ。

オタク舐めるな。

2020-07-01

もう7月

2020年も半分過ぎてしまったな。

この調子で過ぎると、2020年の終わりも明後日ぐらいに来そうな感覚になる。

自分死ぬのは当分先だと思っているけど、過去の人々もみんなそう勘違いして生きてたんだろうな?

2020-06-30

過去の人間の罪を今生きている人間が償わなければならないなら

アメリカ白人原爆賠償金払えよ

なお朝鮮

2020-06-17

anond:20200616112704

目の付け所は素晴らしいと思う。

宗教人間人生幸福に過ごすために「たいへん緻密に設計されたシステムである

宗教がの有益さはこれまでの人類史を振り返れば明確であろう。

これまでの人類歴史の上で宗教が大きな役割果たしてきたのは、過去の人々が宗教家を名乗る詐欺師どもにいいように騙される無知蒙昧ぞろいだったから、だけではない。

宗教個人幸福に過ごすうえで、また集団が協力して社会を営んでいく上で少なくない利益をもたらすがゆえに、広く人類文化圏に受け入れられ、成長してきたのだ。

宗教が軽んじられがちな現代において、その有用性に着目した元増田視点は鋭い。

ただ、悲しいことに元増田認識は甘い、と言わざるを得ない。特に次の一文が元増田認識の甘さをよく表している:

宗教からあやうさとか搾取性をとって、支え合いとか張り合いの部分だけ残すことってできないんだろうか

おそらく、元増田のいう「あやうさ」と「搾取性」というのは以下のような定義で表せるものだと推察する (違っていたら教えてくれ)


これらは宗教の「非科学的」で「非合理的」な活動批判する上でよく槍玉にあがるトピックだが、宗教団体の中核をなすものであり、決して欠くことのできないものだ。

なぜなら、これらは宗教団体団体として活動継続する動機であり目的となるものからだ。

元増田言及しているように、宗教団体所属することの現実的メリットの一つは相互扶助活動だ。お互いがお互いの張り合いとなり、物理的また精神的に支えあうことだ。

当たり前だが、相互扶助活動継続するためには「団体」が「団体」であり続けなければならない。

「あやうさ」も「搾取性」もない宗教団体はただの仲良しクラブに過ぎず、簡単に瓦解する。元増田理想とするような団体が維持できるのは、「たまたまメンバー間の相性がよく、「たまたま」定期的なコミュニケーション継続できていて、「たまたま」外部から圧力さらされていない間だけに過ぎない。

そこそこ仲の良かった人たちと気づいたら疎遠になっていた、という経験したことのある人は多いだろう。

人間同士のつながりを維持し続けるためには、強い動機目的必要なのだ

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