「避難所」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 避難所とは

2021-04-15

anond:20210415200641

東日本大震災時に、自治体の作った避難所女性に優先して物資を配っていた事例があったんだよ。

今の日本徴兵制度は無くても、日清日露太平洋戦争において男性のみを戦わせていたことは「歴史問題」だよ。

2021-04-13

anond:20180311180532

東京都台東区避難所ホームレス被災者2人の受け入れを拒否 

安倍晋三首相は15日朝、「各避難所避難した全ての被災者を適切に受け入れることが望ましい」と述べた。

https://www.bbc.com/japanese/50051889

2021-04-07

anond:20210407141550

令和に関東大震災が起きたら多分「弱者男性井戸に毒を混ぜたぞ」とネットデマが流されて、チーズ牛丼顔の男が次々に自警団に襲撃される

既婚者も顔がぷよぷよチー牛だったら嫁子供と一緒に行動しないと避難所で受け入れ拒否される恐怖の世界観

2021-03-14

実は、地元にクソでっけぇ震災来てメチャメチャになってほしい願望がある

同級生やその家族グシャグシャに崩れた自宅の前でさめざめと泣いているのを、自宅だったマンション瓦礫の山で配給の乾パンかじりながらボケーッと眺めていたい。

商品棚がスッカラカンコンビニで、絶体絶命都市みたいにレジカウンターの上に山積みにされている、善意の人々が店員がいなくても支払った料金をバレない程度に握り込んでこっそり貯金したい。

電気も通わなくなって監視カメラとかも機能してないことを確認したら未だにわだかまりを抱えてる同級生をこっそり殺したい。

スーパーの棚に残された人気のないラーメンをためらいなく食べて、初めて食べる味わいにちょっとテンションを上げてみたい。

倒れた電信柱の上を歩いてバランス取る遊びをしたい。

避難所指定されてる母校の小学校体育館に行って、思い出に浸りたい。

震災関係なく、おいしくなかったから食べなかっただけで賞味期限がとっくに切れた買い置きを非常食のように振る舞って他人感謝されたい。

ちょっとずつちょっとずつ復興する地元を見守りながら、これからこの街で起きた災害を忘れないように背負っていくとかインタビューでフカしたい。

俺は震災この街が終わってほしい。

anond:20210313225807

避難所が暇なんで売り物にならなくなって差し入れられた笹かまをツマミ津波で流されてきた缶ビールを拾ってきて飲んでたって話はまた違うか

あ、でもそいつのところの被害あんまりマスコミに取り上げられなくてボランティア救援物資が来なかったってもいってた

2021-03-13

東日本大震災で何も貰えなかった

当時被災して避難所体育館に行ったら

から来た人には食料は配布してませんとか言われたよ

会社から歩いて帰ってきて家族と次の日に体育館に行ったらそんなこと言われて絶望したよ

震災で絆、絆とか馬鹿みたいに言ってたけど

救済措置なんか何もなくて食料がどこかにいかひたすら歩き回ったよ

そしたらさ

肉屋ハム売ってたんだけど

それがコンビニでよく売ってる量くらいで1000円

そんなぼったくり価格だった

背に腹は変えられないから買ったけど

そういう事やる店も沢山あったよ

世の中冷たいことばかりだったのに

なぜか震災関連って美談ばっかりでむかつくよ

嫌な思いなんか沢山したんだから

軽々しく絆とか言わないで欲しい

ちなみに祖父母津波で亡くなった

そういう状況下で大変だった

だけど国は補助金なんかくれるわけでもなかった

震災して傷ついたことがあっても

金なんかろくにくれないよ

義援金ニュースとか結構あったけど

うちには1円もなし

震災の時非正規雇用だったんだけど

正規雇用の人には毎日おにぎり配布とかあった

あとお菓子類なんかもね

そういう状況下で散々嫌な思いをしたよ

毎年この時期になるとそれを思い出す

ガス復旧が時間かかって一ヶ月以上風呂に入れなかったし

電気もなかなか復旧しなかった

水道だって近所の水道施設ペットボトルに組みに行ってたよ

こういう辛い状況だったのに

みんなで支え合ったとか言われるとむかつく

東日本大震災は人の醜い部分が露呈した出来事だったのに

なんでテレビでは都合のいいことばかり言うんだろうね

anond:20210313154900

警察統計みてもこの時期の被災県で強姦が増えたなんていくら探しても出てこないんだけど、避難所個別視点にだけ顕在化したってことなの?

2021-03-12

エヴァで描かれた「大人になる事」について。あと気にいらなかった点

ネタバレありです。

エヴァは「大人になれ」がテーマであるのは昔からだが、

今回の作品はみんな大人になって終わった。

で、大人になるとは何か、という回答が劇中で端的に示されてる。

最後までシンジ嫌いだったあのキャラセリフである。うろ憶えだが、「明日生き残る事に集中しよう」みたいなセリフ家族の仇とか放置してそのセリフで、彼女大人になったわけである

シンジも同じで、何一つ過去と決着をつける気がなく、ただ出来る事があるからやる、そのために邪魔になるなら過去のいきさつは気にしないし思い出しもしない、という姿勢を手に入れた事で、彼は大人になったのである

最後まで子供だったのがゲンドウであり、言うまでもなく彼の行動原理は全て過去のためにある。

いったいゼーレはなんであんな奴にとんでもない権力を与えたのか、最後まで分からなかった。

あと冬月も何考えてゲンドウに協力してたのか、やっぱりわからなかった。多分、監督も分かってない。



■気に入らなかった点

・冒頭の戦闘シーン要らないから。あれだけ取ってつけたように意味のないシーンだった。「あと〇〇秒」とかいうのも逆にリアリティいから。時間に余裕がないプロジェクトなんて、始める前から失敗してるから

ヤマト作戦名称もそうだけど、耐ショック対閃光防御とかすんな。(閃光の代わりになにか別のものだった気がするが)

田舎暮らしを描くときに、善意に満ち溢れさせたの、かなり不自然から震災避難所でもセクハラパワハラ痴漢レイプが起こるのが現実だぞ。

ケンスケな、あのキャラ二次創作界隈では基本的に「悪役」または「嫌われ役」だから。俺はラストに納得してないぞ。

・お前らどうやってあの数々のメカ作ったんだ。

・全員前向き過ぎ。

マヤさんや、「これだから若くない女は」と言われたくなきゃ言葉を慎みな。

2021-03-11

生理貧困について

生理用品がトイレットペーパーのように無料になったら、業者単位生理用品の注文が入るわけだ。メーカーからしたら万々歳だろう。

自分は、一回の生理で500円分ほどしか使わないし、生理用品が買えないレベル貧困生理問題ではなく貧困問題だと思う。

しかし、トイレに手を乾かすやつがあるおかげで日本人ハンカチから解放されたのは素晴らしいことだ。トイレットペーパーもそう。トイレットペーパー携帯しなきゃいけない国に住むのは最悪だ。(東南アジアに行ったときは、水に流せるティッシュ必須だった)

生理用品の自販機は割高だが、急な生理ときにとても有難い。ティッシュで凌ぎながらコンビニまで走らなくて済むのだ。

旅行の際、来ないだろうけど一応…、と生理用品を詰めるのもかなり怠い。旅行トイレットペーパーを持って行くのが怠いのと同様だ。

どう考えても自分には生理用品の援助は必要ない。

でも、生理用品にアクセスやすくなったら、貧乏な人だけでなく自分も便利だろう。別に反対する理由もない。多分今は「生理貧困?んなの支援する必要ある?」と思ってるが、支援があったらあったでそれが普通になるのだろう。

ある薬と生涯付き合う羽目になりそうだ。3割負担でも月4千円、なかなか財布に響く。これが12ヶ月であと何十年…と思うとゲンナリする。3割負担でもこれだ。10割自腹だったら辛すぎる。

生理用品は生活に必需のヘルスケア用品と考えれば、保険適用の薬のように安くなってもいいのかもしれないし、みんながトイレで使うものから無料で置いてあるトイレットペーパーのように無料になってもいいのかもしれない。

いいのかもしれないがやっぱり、「別にそんなん要らんよ」みたいな気持ちもある。しかし、まあ生理貧困の人?が救われる上に自分も助かるんだから喜んで受け取れるものを受け取ればいいのだろう。

ファムテック話題だ。避難所生理用品問題貧困者の生理用品問題、そこには大きな鉱脈があるのだろう。だから世界中企業が飛びついているのだろう。とはいえ利益追求嫌悪するのも馬鹿馬鹿しいことだ。この資本主義社会利益追求によって便利なってきた。企業WIN消費者WINめでたしめでたしではないか

 

など考えていて思ったが、意地汚くも、願わくばホテルのアメニティ生理用品を置いてほしい。旅行出張のたびに、ルナルナと睨めっこするのは怠いのだか別に無料でなくていい。たとえ2倍ぐらい割高でも、買えるとどんなに楽か。そりゃコンビニはあるけど、ホテルに泊まるたびにコンビニまで行ってトイレットペーパーを買うのは怠いじゃん。全てのトイレ生理用品の自販機あったらやっぱなんだかんだ便利なんだろうなあ。

3.11で一番衝撃だった体験記がもう一度読みたい

はてな匿名ダイアリーで読んだ

投稿者被災者津波から逃れた。避難所まで移動しているときかな?小学校だかの体育館に人が一箇所に固まっており重なるように亡くなっていたのを目撃したという話。

何の気なしに読んでいたが、震災関連の話で一番衝撃だったから印象に残っている。リンク知っている人いないかな?不謹慎かもしれないけど、忘れないためにももう一度読みたい。

震災から10年経って「花は咲く」を受け止めた

震災から10年ということで感傷的な文章をつらつら書こうと思う。

NHK復興支援ソングで「花は咲く」という曲がある、

私は大のNHK好きで受信料お布施のような気持ちで支払っているが、あの曲が真っ向から受け止められなかった。

花は咲く」ってそんなふわっとしたきれいごとを、、、くらいに思っていた。

けれど最近この時期に合わせて放送しているのを聞いてみて、印象が変わった。

歌詞を読むと、自分幸福未来について言及していない、

「誰かの」、「いつか生まれる君」の幸せ未来を歌っている、それに気づいたときに何故かこの曲を素直に受け止められるようになった。

震災当時大学生だった私は、住んでいた自治体が受け入れた被災者のための避難所ボランティアをしていた。

発災から数日は、自身電気水道等のインフラ停止の影響を受けたが、時間と体力が有り余る大学生こそなにかをしなければと、避難所にほぼ常駐で、炊き出しの調整、物資差配避難所環境整備等をしていた。

そこでは様々な避難者の現実を見た。

無邪気に遊ぶ子供たちもいれば、情緒不安定で泣き出す子供もいる。

大人避難の疲れとストレスがたまっており、被災の度合いによって避難スタンスも違うので、被災者同士が喧嘩になることも多々あった。

自宅と息子夫婦、孫が津波で流されて行方不明の老人、自宅は全壊したがなんとか全員無事で避難してきた一家放射能影響を考慮して自宅を離れた若い夫婦、、、状況は本当に様々だったので仕方ないのかもしれない。

避難所ボランティアしている際、自分の中で決めていたことがある、

それは、被災者気持ちになったつもりで泣かないことだ。

私は感動映画を見ればすぐ泣く質で、もらい泣きすることがしょっちゅうある。

からこそ、この時は泣かないように毎日気を張っていた。

映画ではない、現実に大変な思いをしている人が目の前にいる。

話を聞くと共感して辛い気持ちになるが、決して泣かないようと頑張った。

その悲しみは私のものではない、彼らのものから

彼らからその話を聞いたとしても、その悲しみは私のものにはならない。

彼らの悲しみは、彼らだけのものだ、私が聞いて泣いたらそれは勝手に悲しんでいるだけだ、自分が可哀そうで泣いているだけだ、と。

そんな風に思わなくても良いのかな、と思ったのは最近だ。

震災のことを思い出すと、自分の関わった被災者のことが思い出されて辛い気持ちになる。

でもその悲しみは、私が自分が可哀そうだと思って感じる悲しみなのか?

勝手に人の苦しみを想像して泣いているだけなのか?

かに彼らの悲しみは彼らのもので、誰も「理解した」なんて言えないと思う、

けれど彼らの悲しみに寄り添って一緒に悲しむことは、必ずしも自分勝手なことではない。

過去自分擁護するなら、震災直後、壊滅した沿岸部映像を見ながら被災者のことを思って本当に胸が苦しかったし、

からこそ少しでも助けになりたいと思っていた。

私が悲しかたことは事実なのだ

そしてそれは私以外も一緒だと思う、悲しみに寄り添う人を認めていきたい。

10年は長い時間なので、被災者ではない私の人生も変わる、

当時大学生だった私が、なんとかかんとか働きながら、

伴侶を見つけ結婚し、子供を育てている、

10年というのはそういう時間だ。

私にとっての「誰かの」、「いつか生まれる君」は、

ベッドの隣で眠る息子や、これからまれてくるかもしれないわが子だ。

自分のために何か努力したり、我慢するのは容易ではないと思う。

大人なので一通りのことはできるようになったが、自分のためにという思いは続かない。

だが家族や、わが子のためなら違う。

コロナ禍で生まれた息子は、一瞬のほほえみで私を勇気づけ、一声で私を不安にさせる。

花は咲く」は、私にとってこの子を思う曲だ、と思った。

自分のためではなく、誰かのために生きていける、

自分が生きていくということも、また誰かの願いなのではないかと思う。

2021-03-09

ネタバレ、シンエヴァ批判している人は…

エヴァというコンテンツカップリングしか見てない人がこんなにたくさんいることに心底ガッカリした。

どのキャラがどのキャラとくっついただけで許せないシンエヴァは糞!と言い放ってるオタクばっかり。

カップリング厨という楽しみ方を否定しないけどその要素だけを追うのはめっちゃ気持ち悪いと思ってたけど、シンエヴァで決定的に気持ち悪いなと思った。

エヴァ戦闘描写についての批判が多いけど、制作からメッセージにとれてしまう。

カップリング厨と考察厨を潰しにかかってきたのは明白だから、女と謎っぽい部分さえ抑えてれば他はどうせ見てないんでしょ?というメッセージだと思った。

カップリング厨のオタクには乳を揺らして尻を描いてれば満足するんでしょ?と煽り考察厨には徹底的に猿でもわかるように画面で表現せずに、キャラクターにセリフで1から10まで説明させる。

あとは無駄オタクを喜ばせすぎないというのも意識しているのかと。旧劇場版のようなクオリティの高いアニメーションを作ってしまうと、卒業させたいエヴァオタク達はあそこの作画は良かった〜と今後も語り続けてしまうから

劇場版の薄いやり直しだという意見もここに通じるかもしれない。

何年も経過している旧劇場版を未だに祭り上げているオタクに対する嫌がらせのように思った。

いつまでも昔のアニメを絶賛してないで、現実に向かいなさい!と言われているような。

オタクはクソだった!と言うのは得意だけど、どこがどのようにクソだったのか言語化できる人が少ないのでもう本気でエヴァ卒業して欲しかったんだなと読み取った。

あと、いわゆる旧劇場版のような「えぐい描写をしてしまうと今後も何十年もあのシンエヴァの「えぐい描写はよかったよね〜と悦に浸るオタクを生み出してしまうから

そしてここまで突き放してもらってもなお、「批判派の俺らは少数派なんだよなぁ〜」と言ってしまオタクがいる。

取り残されてしまっている。

大勢の人はエヴァを思い出にできたのに、選ばれしオタクだと自分評価しているオタクはここでも救われることができなかった。

安野モヨコ現実に向かうエネルギーを与えられる作品を作れるのに、僕庵野はそれができなかったと言っていた。現実世界から避難所にしてしまったとも。ようやく25年のエヴァを終わらせたのにいまだにエヴァ世界避難してしまオタクがいると知ったら監督はもはや呆れるんじゃないか

ここまで懸命に自分が生み出した化け物オタクを全員救うことはできなかったけどたくさんの人を卒業させてくれる作品でよかったね。

2021-03-06

シグロ氏の発言について、ある左翼かつリベラルから見た感想(続き)

前半はこちら↓

https://anond.hatelabo.jp/20210306213555

結局のところ、このイシグロ氏のインタビューの浅さ、つまらなさは、インテリ向けの文学芸術業界という自分の属する世界世界全体であるかのように錯覚して語っているところにある。

その上で、あくまでもそういうインテリ業界文学芸術業界への提言、また自戒としてイシグロ氏の発言を読むなら、部分的同意できないこともない。イシグロ氏は「リベラル以外の人たちがどんな感情や考え、世界観を持っているのかを反映する芸術必要です」と言う。必要かどうかはわからないが、非リベラルの人が思想感情表現した芸術があってもいいというのはその通りだろう。リベラル原則からしても、非リベラルの人の表現自由制限するのは筋が通らない。ただしその表現批判する自由もあり、表現する以上は批判を受けるリスクは負うべきだというだけだ。

しかしここでもやはりイシグロ氏との現状認識の断絶は感じる。イシグロ氏から見ると世界リベラルが作った芸術ばかりらしいが、少なくとも私は日本に生まれ育って、「リベラル以外の人たちがどんな感情や考え、世界観を持っているのかを反映する芸術」の方を圧倒的に多く目にしてきたと思う。そもそもポリティカルコレクトネスなどが日本で多少とも意識され始めたのはごく最近のことであり、それ以前の言論にせよ芸術にせよ、今の視点で見れば差別偏見にあふれているもの普通だ。

たとえばイシグロ氏と同じくノーベル文学賞を受賞した川端康成という作家がいて、日本はいまだに高く評価され、小さな書店にも文庫本の数冊くらいは置いてあるだろう。私も過去にいくつも作品を読んできたが、同時に忘れられない言葉がある。ある時私の母親が言った「若い時に川端康成を読んで、女は芸者しか出てこんのかと思った、芸者にならにゃいけんのかと思った」というものだ。私は芸者という職業否定しないが、ここで問題なのは芸者の側ではなく、女性を極度に美化しつつあくまでも鑑賞される客体として描きがちだった川端康成視線の方である現在の目で見て、こういう川端康成視線女性蔑視的要素を含まないということは難しい。

また私は十代の頃に太宰治を読み、貧しく教育のない芸妓を買い取るようにして妻にした挙げ句、その妻が他の男と寝ていたというので絶望し、何やら自分が裏切られたかのように荒れている主人公(これは作者自身体験に基づく)の思考回路がよくわからないと感じたことがある。しかし当時の私はまだ、そんなものはわからなくていいと突き放すことができなかった。そこであれこれ想像力を駆使しつつ、そういう「苦悩」に何とか共感できないかと努めた記憶がある。ずいぶんと「理解しがたい他者」に耳を傾けようとしたものだ。その後フェミニスト批評に触れたりする中で、共感できなくて当然だったといつしか思うようになったが。『男流文学論』や『妊娠小説』を笑いつつ興奮しつつ読んだ日を思い出す。

私の世代には、そういうフェミニスト批評のように、また女性自身による新しい表現のように、男性作家視点を相対化してくれるだけの「他者の声」が辛うじてあった。その他の多様なマイノリティ視点から作られる芸術も探せばそれなりにあった。しか古典とされるようなものは言うまでもなく、世間で人気のあるもの話題になっているものは多くがリベラルでも何でもなく、機械的に「差別語」を排除したりする他はポリティカルコレクトネスにも多様性にも無配慮なのが普通だった。それにもかかわらず、「逆差別」だの「自虐史観」だのとリベラル側の価値観攻撃する言説は早々と巷にあふれていた。私は左翼だが、小林よしのり作品をいくつか読んだことがある。周りで流行っていたからだ。小林よしのりは「じいちゃんの死は無駄だったというのか」といったまさに感情に訴える手法保守派戦争観を広め、当時の若い世代にかなり影響を与えた。

シグロ氏の周りはどうなのか知らないが(と皮肉を込めて言うが)、日本書店というのはいまだに「嫌韓本」が山積みにされたり、保守論客歴史本がベストセラーになったりしている。イシグロ氏の小説を読むようなインテリ層の一部はそれに眉をひそめるかもしれないが、現実として、日本にはずっと「リベラル以外の人」の表現があふれ、どこにでもいる「リベラル以外の人」がそれをのびのびと享受している。「ストーリーを語ることはリベラル側の専売特許である社会などいったいどこにあるのだろうか。私は見た覚えがない。

小説であれ、大衆向けのエンタメであれ、もっとオープンになってリベラル進歩的な考えを持つ人たち以外の声も取り上げていかなければいけないと思います。」そう思うのかもしれない。「私は人生の大半を進歩自由主義的な考えのもとで心地よく過ごしてきた」と言えてしまうような人は。この言葉移民であり民族的マイノリティであるシグロ氏の口から語られることは、イギリス社会成熟を示すものでもあるだろう。

しかあいにく、私の住んでいる世界はイシグロ氏の世界とは違う。イシグロ氏の世界にしても、単にイシグロ氏に見えていないだけで、リベラル価値観の過剰ではなくその不足に苦しんでいる人がまだたくさんいるだろうと私は思う。私はリベラルとして非リベラル発言権を奪えとは言わないし、またその声に耳を傾ける人がいてもいいと思うが、私が日本社会でより多く耳を傾けたい声は、やはり非リベラル社会が長らく抑圧してきた、今も抑圧している声の方である

ところで、私は川端康成太宰治作品差別的な要素があると言ったが、かれらの本を絶版しろとも、教材に入れるなとも、子どもに読ませるなとも思わない。差別的要素があるからといって作品全体が否定されるべきだとも思わない。私は川端康成文章の美しさも、太宰治小説面白さも理解することができる。それに価値がないとは言わない。

キャンセルカルチャー」という言葉が指す状況を私は詳しく知っているわけではないが、作者がある場面で「政治的に正しくない」言動をしたからといってその作品全否定したり、市場から完全に追放したりすることは私は支持しない。差別思想公的な表明は批判されるべきだが、芸術表現を直接的に規制したり、作品を抹消したりすることは慎重であるべきだと思っている。

この点はおそらくイシグロ氏の考えと私の考えは近いだろう。芸術総体として愛するならば、自分の嫌いな作品理解しがたい作品が生まれてくる可能性も含めて愛さなければならない。私は現在視点川端康成太宰治表現の一部に批判をもっているが、その批判を表明する方法作品を焼いたり隠したりすることでは決してなく、批評や新たな作品で相対化していくこと、注釈を書き加えていくことだと思っている。

ただし同時に、かれらの作品にも行動にも現在から見て許しがたい要素があること、それは当時には自覚も変更も難しかたかもしれないが、今後の社会に引き継ぐべきではないこと、そこを否認するつもりもない。作品は消さないが、今後も読まれ続けるのなら、そういう観点から批判作品自体と同じくらいに読まれ、語られるべきだと思う。もし川端康成教室で読むのであれば、教師にはその美しさだけでなく、その女性の描き方が一方的であったり一面的であったりすること、フェミニズムを通過した視点でどう見えるかというようなことにも学生の注意を促してほしいと思う。これが過剰な要求であるとは私は思わない。

最後に、イシグロ氏が述べている「感情」というものについて少し違う角度から見ておきたい。最初に書いたように、私は政策決定などにおいて事実科学的根拠より感情が優先されるような事態は望まない。この点ではイシグロ氏に同意する。

しか人間感情というもの社会のあらゆる場面で抑えられるべきとも、それが可能とも思えない。イシグロ氏の主張を大きくまとめると、現在世界(実際はイシグロ氏の属するインテリ業界)はリベラル側の感情を優先しすぎるものになっているので、感情優先を抑えると同時に非リベラルももっと発言の場を与えるべきだ、と読める。私はこれには同意できない。

まず現状認識が違い、芸術世界リベラルに席巻されているようには到底見えない、というのが上に書いたことだが、それとはまた別に文学芸術世界でまで政策議論場合のように感情排除する必要はないだろうと思う。イシグロ氏は小説家として、感情を重視する文学トランプ支持のような不合理に加担した可能性を反省しているのかもしれない。しかし思うに、それはそれで文学の買いかぶりというものだ。感情に訴え、感情を揺さぶもの文学芸術の他にもいくらでもある。むしろ現実生活が多様な感情を強く喚起するからこそ、それを芸術表現し直すことが対象化や客観視の手段になりうるのだ。そして文学芸術は、合理性を追求する世界からこぼれ落ちる感情思想避難所としての役割をもっている。人間が完全に「合理的」な存在に変化しない限り、この役割がなくなることはないだろう。科学エビデンスに基づいてワクチン政策を決めるように自分人生を生きられる人はいない。そんなことを個人に求めるべきだとも思わない。

また、イシグロ氏の言う「リベラル」に人種的民族的性的その他の抑圧されてきたマイノリティが含まれるのだとしたら、かれらが時に強い攻撃性をもってその感情、蓄積されてきた恨みや怒りの感情表現することを私は一律に非難したくない。被差別者表現が時に復讐的な攻撃性をもっていたり、「逆差別」と見えるような偏見を含んでいたりすることはある。それ自体はたしかに「良いこと」とは言いがたい。しかしこれもまた現状認識問題になるが、今の社会マイノリティマジョリティ攻撃するような表現公然と行えば、より危険さらされるのはマイノリティの方である。だから圧倒的多数マイノリティはそんなことをせず、むしろ感情抑制に非常に長けている。

BLMを暴力的だと言って眉をひそめる人を数多く見たが、私が以前から思っているのは、もし黒人たちがその何世代にもわたる奴隷制怨恨復讐としてそのまま投げ返したなら、アメリカ白人社会はすでに何度廃墟になっているかからないということだ。しか現実はそうなっていない。現実マイノリティは、時に攻撃的に見えることがあるとしても、総体として恐ろしく理性的で自制的で、そして寛容なのだ。何一つ復讐も、感情表現することもできずに埋もれていった膨大な被抑圧者の忍耐の上に今の社会は維持されている。多くの被差別者は、深い痛みを抱えながらも、求めるのは復讐ではなく次世代幸せになることだと穏やかに語る。その中から時に感情的な表現が投げかけられたとして、それを感情的だと単純に排除することを私はためらう。

ずいぶんと長くなってしまったが、ふと書く気になったので書いた。まだいくつか書き残している気もするが、土曜も一日つぶれたことだしこのへんで。

避難所記事でひどいコメに星つけてる奴って謎だわーと思ったけど

ごく一部のひとだったわ。はてなヤフコメかに比べればまだまともな人が多いんだな。

避難所で性行為強要DV悪化… 被災地であった女性への暴力その後【東日本大震災】 | ハフポスト

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_60416a92c5b613cec15c66a2



Saint-Exupery そりゃ死を目前にしたら交尾するでしょ。それこそ本当の人間らしさ。交尾めぐり殺し合うのが生物としての正しさでもありそれを否定するのは人間としてどうなのかと。あるべき人間らしさは積極的肯定しないとな

☆masudatarou

tetora2 秩序が維持されていない場所ではこんなもん。男女同権、自主自立の原則に則って自力で何とかしたらいいんじゃねえの。俺は非常時なら身内と部下以外は救う気ねえわ。

☆yoshizawa81 ☆tokage3 ☆sennnchou

toro-chan 言いたいことは分かるが、一方しか見てない記事災害時になぜ男女格差が広がるのかを無視しすぎ。災害時は力が正義。間違ってるなど言っても意味はない。その事実を見ないで一方を非難しても何も始まらない

☆sennnchou ☆masudatarou

yoshizawa81 まあ、当然に性暴力は悪いことなんですが、19年のホームレス台風避難所受入拒否関東大震災での虐殺などを考えると「災害時に性犯罪対策をすべき」という主張の危うさは感じますね。ヤバい自警団が始まる。

☆tamtam3 ☆toro-chan ☆Nao_Y

dahlia_osaka 昨今跋扈するメンヘラクソフェミと、NHKゲンダイさらハフポストが絡んでいるせいで全く信用できない。異なる経路を選べばいいのに

toro-chan ☆yoshizawa81 ☆Nao_Y

masudatarou 日本は〜とか言ってるアホ多すぎる、人類普遍の話だわ死んどけドドドアホ共が 女は甘えすぎ、警察力が期待できない時はナイフでもいつも携帯して刺し違えても抵抗しろ 殺されなかっただけ感謝しとけよマジで

newoihv253 ほんとに強姦されたなら捕まえてもらえばいいじゃん

anond:20210306103833

違う

男が悪いって言いたいのがメインじゃない

当然悪いんだけど、そこじゃなくて

被害があったって話

避難所美談とかで誤魔化すんじゃなくて

ちんぽ騎士団避難所強姦が増えているからボクが守ってあげなくちゃ」

2021-03-05

パンティライナー讃歌

最初に言っとくけど、今からご飯を食べようとか、なんなら今まさにこれからエッチしようとかしてる男性の方とかはこの下は読まないほうがいいかもしれない。女性の汚れものの話なので(知っていて損ではないとおもうけれどね)。

少なくとも一部の女性(私だよ)の自己肯定感をブチ上げてる、日陰物の話をさせてほしい。


====



パンティライナー、おりものシートをご存知だろうか。

簡単に言うと、ぱんつのロッチオプションとして使う当て布・当て紙である

極々小さくて薄い生理ナプキンみたいな形状をしていて、ナプキン同様にぱんつのロッチ部分に貼りつけて使用する。

バラとかのいい香りがするやつもあるし、無香料のものもある。天然コットンを売りにしてるやつも、人工素材だけど機能的なやつだってある。

違いとしては、ナプキンよりずいぶん薄くて小さく、ナプキンに必需品であるポリマーの水分吸収体も大抵入っていない点が挙げられる(一部入っているのもある。ちょっと高い)。

何より主な出番が「生理じゃない日」というのが大きな違いである。

経血が出ないふつうの日に、毎日使える衛生用品なのである



ところでなぜこのような当てが、しか出血のない普通の日に必要になるのか。



女性にはおりものがあるからである



おりもの子宮や膣から出る液状の分泌物である健康であればふつう酸性の液性をしており、膣に入りがちな大腸菌などのバイ菌を殺菌したり、子宮内部の老廃物を排出したり、また潤滑液としての働きをしたりもする。

おりものがないと膣内部はゴミだらけのバイ菌だらけになってしまう。また完全に乾いたお股では摩擦で痛くておよそ歩けたもんではない。

人によって、また日によっても出る量や色、粘り気やにおいなどは様々であるが、大抵の女性のお股は常にしっとりしているのである毎日である生理がない日もである女性下半身は偉大なるおりものに守られているのである



さて、そんな殺菌と洗浄と老廃物の運搬を担う偉すぎるおりものであるが、ひとつ問題がある。体内に溜めておく場所がなく、排出に際してコントロールも効かないのである

おしっこであれば膀胱があるし、緊急事態ならお股を押さえておけばなんとか決壊を防ぐことができる(ような気がする)。大の方は……3日分くらい体内に留まるのは普通だし、緩い時だってストッパとかお薬がある。

おりものにはこれがないのである。垂れ流しである。行き着く先はクロッチである

同じ垂れ流しの経血とは色も量も起きうる惨事の規模も違うが、クロッチが湿ったぱんつなんてのは穿けたものではない。

ズボンに染みないか、においが漏れいか気になって仕方ない。椅子に座るたびにお股がヒヤッとするし、毛についてぱんつと固まったりすると、トイレで脱いだ時に毛がブチブチ抜けて痛い。奮発して買ったお気に入りのぱんつだって汚れてすぐにいたむし、濡れていることに対して怒りさえ感じることもある。

ロッチが濡れて気持ち悪いのに、ニコニコして人当たりよく仕事勉強をするなんて、どうしても私には無理である



こういう時に使えるのがパンティライナーである

洗い立てのぱんつに装着して履いておく。体内から出たおりものライナーがしっかりキャッチしてくれる。トイレに行ったときに汚れているようなら、すかさず新しいライナーに替えられる。そうすればそのぱんつのロッチはもう洗い立てのそれと同じである

毎日、いつだって、新品のクロッチを感じられるのである



個人的には多い日では1日に3回か4回くらい変えることがある。これが他の女性と比べて多いのか少ないのかわからないけれど、3回も4回もスッキリした気持ちになれる。「からりと乾いていて、汚れていないクロッチ」これがなかなか自己肯定感をぶち上げてくれるのである

強気にもなれる。優しくもなれる。頑張ってもいいかなと思える。

「私もなかなかやるじゃん、ぱんつも濡れてないし」QoLが爆上げした瞬間である



避難所生理ナプキン猥褻物として扱われてしまうとか、今日ルナルナの件で炎上してたりとか、血が出る「生理」は印象として派手なので話題ものぼりやすいし、議論にもなるし、とりあえずの理解もされやすかろう。

そんな中で日常生活を支えてくれるパンティライナーは完全に日陰者である。地味だし。話題にされているのを寡聞にして聞かない。

それでも濡れていないぱんつ、あたらしいクロッチをいつでも提供してくれるパンティライナーは、私の気持ちを人並みに人間にしてくれる救世主である

ありがとうパンティライナー。これからもお世話になります





とまあこう、人に知られざるパンティライナーを称え増田をしたためた訳だが、正直に言うと今日は完全にうっかりしていた。

毎日カバンには替えをいくつか持っているし、会社ロッカーにもストックがあるんだけど、今日はどちらも切らしていて一日中湿ったぱんつで仕事をする羽目になってしまった。

結果は散々である

後悔と懺悔をこめて初増田の題材にすることにした。

半身浴しながらポチポチ書いてたんだけど、そろそろのぼせちゃいそうだから風呂出るね。読んでくれてありがとう



anond:20210305231622

検証もせずにブログ記事信じ込むの恥ずかしくないの?

バイデン井戸に毒を入れた」は誰でもわかる明確なデマだけど「阪神淡路大震災避難所強姦が多発した」は明らかなグレーゾーンじゃん

あなたが貼った記事でも性暴力強姦を同一視してるし

女性男性から搾取するものは何?

男性女性から搾取するものは「性」が一般的理解もしやすいんだが

女性男性から搾取するものって何なんだろう。労働力権力庇護

震災避難所女性に対する性暴力ニュースになってたが

これの逆バージョンも数が少ないとはいえあったと思うしその場合の対価って何になるんだろう?

個人的な話で申し訳ないんだが若い頃は「女性の機嫌を損ねないように振る舞う」という経験があって

今になって思えば、あれは一種イジメというか「優位な立場を利用した嫌がらせ」に近いものがあったかなとは思う。

「女の尻に敷かれる」というのは「亭主関白」の逆なんだろうか。

バイデン井戸に毒を入れたのが悪質なデマだといいつつ、阪神淡路大震災避難所強姦が多発したをデマだと言わないのは一貫性がない。

え?阪神大震災避難所レイプがあったことになってる創作話また出てきてるの?

東日本大震災コロナで3度目か。もう民俗学世界じゃん。

2021-03-04

東日本大震災10年ということで当時はこうだった特集があちこちで出てきて少し辛い。

思い出したことをとりあえず書いてみる。

時系列じゃないです。

本震の後外に避難すると、それまで穏やかだった空がいきなり暗くなって雪が降ってきた

誰かが「この世の終わりか」と叫んだ。

幸い酷い津波は見なかったけど、原発事故範囲だった。

もう少し避難範囲が広がっていたら確実に避難しなくてはいけない距離にいた。

原発水素爆発したとき、多くの人は片付けや給水車に並んでいた。

爆発の速報を聞いてまずは「本当に死ぬのかな」と思った。

その後「でも多分死ぬならみんな一緒だから寂しくないな」と思った。

1週間家から出ることが出来なかった。

外に出る時は雨合羽羽織って行った。

ガソリンは枯渇していた。

古い家の瓦がボロボロ落ちていた。

物資はなくなって、謎の配給が始まった。

犬が不安になってずっと鳴いていた。

家の近くを自衛隊の大きな車があちこち走ってた。

近所の体育館遺体安置所になっていた。

避難所は津波避難原発避難混沌としていた。

ぽぽぽぽーん

毎日余震震度5弱くらいが来る。

揺れたら入口に走っていく。

割れ食器ゴミが多かった。

エネルギー節約で毛布にずっとくるまっていた。

野菜がなくなった。

風呂入った?」が挨拶みたいになってた。

衣装ケースを抱えて水をもらいに行った。

テレビは相変わらず首都圏電車情報津波映像ばかりだった。

ヘリコプターからの放水は見守ってしまった。

避難所でバラバラになった家族との再開があると泣けた。

必死家族を探す人がいた。

ストーブで沸かしたお湯で髪の毛を流した。

ヨウ素剤が送られてきた。

沿岸部の片付けであちこち花が供えられているところがあると聞いた。

おにぎりをたくさん作った。

差別的言動苦笑いした。

高円寺デモにムカついた。

mixi日記書いたらよく知らん人から「泣けました!」と言われた。

節水プロになった。

風呂に入るのはとても気持ちいい。

人間の嫌な面を見た。

それでもヘラヘラしていく図太さを知った。

いつまで経っても全国的報道なんかなかった。

思い出の海岸がなくなって泣いた。

何でこんなにたくさんの人が亡くならなければならないのか考えると死にたくなるから考えないことにした。

車を流された友人は津波を見ていた。

電話で当時の話を聞き、一緒に泣いた。

スクリーニング検査に行った。

近所の広場がみんな仮設住宅になった。

知らない人がたくさんいきなり移住してきた。

好きで来てるわけじゃないけど、好きで受け入れているわけでもない。

人それぞれに地獄があった。

当時の復興大臣にムカついた。

電車が開通したときたは嬉しかった。

桜が咲くのが遅かった。

私たちは生き残ってしまった。

未だに放射線量ニュース天気予報のコーナーで流れる



被災したと言うとおこがましいくらいの経験しかしてないけど、当時のことをつらつら書いてみた。

毎年3月11日はいい天気だ。

今年もいい天気だといいと思う。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん