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はてなキーワード: 編集者とは

2018-10-15

いやそりゃ話聞いてくれたら楽しいだろうよ。

わたしは、人の話を聞くのがうまい方だそうだ。

かに雑誌編集者とかそんなだいそれたものではないが、仕事取材をしたりする。カウンセラー勉強もしてる。だから、話を聞く姿勢とか、相手気持ちよく話し続けられるポイントをつくのが慣れてる方なんだとは思う。

初対面の人と話すのは得意な方だ。一対一もどんとこいだ。会話をとめず、相手のペースに合わせつつ、場をしらけさせず、そこそこ盛り上げて、話量のバランスをみながら自分の話も織り交ぜて………みたいなことが、会話しながら無意識レベルでできる。

でもこれ、技術なので、持って生まれ性質ではないんだよな。

から男の人と話してて、「話しやすかった」「楽しい」とかはすごく言ってもらえるんだけど、なんか、ちがうんだ、あなたの話が面白かったとかよりも前にまず、冷静に分析した結果があるんだすまん。と思う。

もちろん、自分の興味ある話を拾うようにしてるけど、そういうロジックがあるんだよ。ごめんよ。

その、彼らの言ってくれる「話してて楽しい」は、自然にできたものじゃないんだよ。なんどもいうけど、ごめんな。

2018-10-13

anond:20181013035457

査読のない論文でも、編集者による「明らかな間違い」のチェックはある程度機能してる

そもそも、これはダブルブラインドではないか価値は低い。

査読には無論、再検証機能を持たせてない以上は、完全な証明ができないという問題がある。けど、完全に査読がない場合、いい論文も悪い論文再検証すべき対象になってしまうし、質の低い論文が質のいい論文を圧倒する量で出てくるのは明らかな事。レベルの高い査読があれば、事前に質の悪い論文は、低ランク会議雑誌しか発表が出来ず、誰かが研究を開始する時に、よりレベルの高い会議の先行研究があれば、質の低い研究再検証必要がない論文として捨てることが出来る。この差が、学問としての信頼度と発展の速さの差になると言ってるだけ。

研究者間の相互検証によって、再現性検査される点が、分野によって手法の差こそあれ同じである事には異論はないよ。ただ、査読がない分野で、どれを検証するの?という所で、前述の理由で指摘されてきているだけ。

いい加減、これくらいの理屈は分かって。

anond:20181013000150

理系であっても「ロジック展開の明らかな間違い」しか査読では明らかにできなくて、研究妥当性や真実性は後から批判を待つしかないのなら、やっぱり文系と大してかわらんのでは…

査読のある論文はもちろん同じ環境だし、査読のない論文でも、編集者による「明らかな間違い」のチェックはある程度機能してる

そのあとは、研究者同士の相互の参照によって淘汰されていくのもおなじじゃん? 実験という手段はないけどそんなんジャンル差の問題体制問題じゃないし。

ますますなんであんなに自信満々で叩いてたのかわかんねーわ

つか小保方さんの論文はつまりよほどレベルの高い嘘だったんですね

2018-10-12

非常識広報担当者記事のチェックでやりがちなこと4つ

しがないウェブ編集者です。

ウェブに載せる記事コラムを書いたり編集したりしています

そうした記事企業が関わることがあります

その場合お金をもらってないので広告記事じゃないですが、念のため、その企業に公開前の事前確認をしてもらうことがあります

その企業広報担当者の中に、時々、非常識修正依頼や要望をしてくる人がいます

経験の浅い広報担当者に多いです。

非常識(1)【タイトル見出し地の文インタビュアー言葉まで直してくる】

これは最も非常識

そもそも企業確認をお願いすること自体、それが広告記事でない限り、あくまサービスとして事前に見せています企業に求められなければそもそも見せないことも多いです)。

事実に反することや誤った表現があれば指摘してほしい、くらいのことです。

企業確認をお願いしているのは、あくま企業に関わる箇所だけであり、それ以外に口出しする権利はありません。

これが一度あると、この企業には確認をさせないようにしよう、ひいては面倒だからそもそも取材を控えよう、となります

業界は狭いので、その一つの媒体だけではなく、他媒体にも噂は広まっていきます

もちろん、タイトル見出しインタビュアー言葉であったとしても、ちゃん経験のある広報担当者であれば、「ここは〇〇と変えるのもアリかと思いますが、あくまでご提案です」といった大人のやり取りをしてきます

非常識(2)【代替案を出してこない】

その企業に関わる箇所で修正したいところがあれば、どう修正したいかを明確に提示すべきです。

なぜなら、こちらは100%良いと判断した状態のものを見せており、企業によってその一部を変えるのであれば、どう変えるかをこちらが考えるのは本来不要だった仕事からです。

あくま広告記事ではない、というのがこの話の前提です。

もちろん、事実関係の誤りだったり、それが公表資料をあたればすぐ分かる情報だったりすれば、代替案を明示せず、「ちゃんと調べろ」でもいいと思います

非常識(3)【修正履歴を付けない】

これは無料記事だけではなく、広告記事にも当てはまることです。

どこをどう直したか、それが全く分からない形で戻ってくることがあります

もちろん、例えばWordなら、元ファイル比較する機能があるのでこちらでやりますが、特に無料記事こちらの仕事無駄に増やすのはやめていただきたいです。

Googleドキュメントなら修正履歴自動で全部残るからいいのですが、Wordを使う場合でもこちから事前に、「修正履歴を残してください」と案内しています

それでもやらない人がいる。よほど自分修正に自信があられるのでしょうか。それとも、履歴さなくても、こちらが全文を目で見て照らし合わせるとでも思っているのでしょうか。

非常識(4)【社内で意見統一する前に戻してくる】

一度戻ってきて、その修正を反映させてこれで完了、と思っていたら、次から次へと修正事項の連絡が来るやつです。

時には、そちらが修正した部分についてさら修正すると言い出し、こちらの元原稿に戻ることさえあります

いえ、その議論過程はあってしかるべきですが、全ての関係者のチェックを、社内で全て終えてから戻してほしい。

そうしないとこちらは全てそれに付き合わされて作業することになり、二度手間、三度手間なのです。ご勘弁いただきたい。

非常に偉そうに書きましたが、これは全て媒体企業とどちらもが幸せになるために書いたことですので。ご理解いただきたく。

ごくごく個人的な、キズナアイが巻き込まれ騒動のまとめ

キズナアイの件、だんだん疲れてきたので自分見解をまとめることにする。

文章化しておかないと区切りがつかなくて永遠に頭の中グルグルしそうなので。


論点は二つあった。

  1. キズナアイの格好はNHKに出せないくら性的かどうか
  2. ジェンダーロールの再生産になっていないか



1. キズナアイの格好はNHKに出せないくら性的かどうか

1. は個人的には問題ない。というか、フェミニストから批判してはいけない部分だと思ってる。




2. ジェンダーロールの再生産になっていないか

2. が今回の主戦場

年代階級普段二次元表現VR界隈に触れているかによって感覚が違っているようだとは感じた。

批判側の意見としては、男性講師役・女性が生徒役という枠組みが旧来のジェンダーロールを再現しており、女性を萎縮させるとのこと。

世の中が完全に男女平等になっていれば、たった一つの例に目くじら立てないが現実はそうなっていないという意見を見た。


なんとなく納得できそうなところと、でもなーというところとあり、未だに整理できていない。

このくらいのことで、本当に女性は萎縮してしまうのか?と思ってしまうが、それは自分があまり抑圧を受けずに育ってきたからかもしれないし。

公的性格が強い媒体ではポリコレに則って多様性配慮した表現をするべきだ、という理屈はある程度納得できなくはないんだけど、

などなど疑問点や不安な点がいっぱいある。

そもそもそういう表現公的場所から狩ろうとすることは、長い目で見るとポリコレに反する表現絶滅させることに繋がるんじゃないか?という懸念が拭えないわけで。

ポリコレに反するから隠す。存在自体が許せないのではない、悪ではないが場所をわきまえてやれ」

これが、容易に

「隠されるものは悪いもの。悪いものは細々と裏で楽しむべき→悪いものはなくなるべき」

に変わっていくんではないか?大多数の人は「存在自体が悪い訳ではない」と思ってくれるのか?

多様性配慮した表現も大好きだけど、多様性クソ食らえ!な表現も大好きなんだよ。

男性向けも女性向けも、エロも非エロも。

でも、社会の大多数に認められにくいのって後者じゃん?

ポリコレ絶対を突き詰めていく先に、多様性クソ食らえ表現が狩られる未来しか見えないんだよな。

そこまで社会の理性を信じることができない。だから怖い。

本当は楽観的でありたいんだけれども。


規制しろとは言ってない、ゾーニングだ、という人がいる。

でも、ゾーニング規制だし、ゾーニングのやり方によっては容易に表現の場が失われてしまうこともある。

からゾーニングって簡単にすることができない。


個人的理想としては、ある表現をなくして目立たなくするのではなく、自分がいいと思う表現をどんどん作ったり推したりしてそれらの存在感を上げていく方向が建設的でいいと思う。

子どもができたら「これは良くないから見るな!」って言うより、「こっちにはこういうのもあるよ」って接したい。

その上で、親が眉を顰めるようなものに触れてしまうのも当然だしそれは成長の一部だと思う。

親が全部管理なんてできやしねぇしするべきでもないし。

全部ひっくるめて子ども当人人生で、自分自分がよいと思うものを選び取れるようになってほしい。

結局は私も根拠のないお気持ちでこう主張するわけですがね。


そして今回、一番衝撃だったこと。アカデミックフェミニズム側がジェンダーロールの再生産を非常に問題視しているという点。今更なんですが。

今回、1.の論点重要視してるかどうかでフェミニズム側は分かれていたように思う。前述したようにこれをフェミニスト自称する人が問題視するのはどうかと思うので、ここでだいぶフェミニスト側を分類できた。しかし、性的だとはしない/もしくは問題視しない人々でも共通していたのは、あれが旧来のジェンダーロールの再生産であり若い女性を萎縮させる、ということだった。個人的に、アカデミックフェミニストの中で信頼がおけると思っていた人も、ここは強く問題視しているようでかなり衝撃を受けた。

かつて自分が被ってきた女性差別を生々しく思い出して重ねてしまう傾向が一定年代以上の人や女性差別が酷かった業界の人には多いということなのかもしれないが、それ以上にフェミニズムの中で長らく重要視された観点っぽい。そこまで確固たる共通見解となっていたというのが驚きというか。それを各種表現にここまで簡単に当てはめることに躊躇がないんだな、と。

個人的にはうなずける部分もあるが、女性差別のみを特に重要視して男性に対するジェンダー的な抑圧を無視する傾向がある気がするし、私が育ってきた中では幸運にもひどい女性差別を受けては来なかったこと、そして自分ジェンダーロールの再生産になりそうな作品もそうでない作品も両方楽しんで育ってきたことなどから、そこまで切迫感を持つことができない。私とそういう人たちとの間に断絶がある。

女性差別って私が想像する以上に酷いものがまだまだあると思うし解消に向けて動くべきだし動きたいんだけど、私は上記理由からこの方向の活動にはどうしても同意できないな…。この方向で頑張ることによって、そういう酷い女性差別改善していくとは思えない。


おまけ1 VR界隈について

ちなみにVtuberVR界隈に対しては、既存ジェンダー観でははかれない技術革新がもたらした今までとは違うジェンダー観が存在すると思っている。キズナアイも見た目は女性だがAIという設定で性別はない。ガワと中の人性別が違うなんてざらにあるし、自分が望めばなりたい性別セクシュアリティになれる・それを当たり前のように受け入れてもらえるという土壌がすごくいいと思っている。

まりVtuber界隈詳しくなくて今回初めていろいろ調べてみた程度なのであまり語れないんだけど。バ美肉とかは、すごい革新的すぎて興味持っている。みんなもっとチャレンジしてジェンダーの壁を軽率に越えるべき。

参考:おじさんを美少女化したテクノロジー 先端心理学が語る「VR世界

https://withnews.jp/article/f0180401000qq000000000000000W00g10701qq000017020A



おまけ2 社会学等の研究成果評価システムについて

1~2の派生で、千田氏の炎上から社会学などの研究成果評価システムにまで話が発展したのは大変興味深かった。

というあたりか。それぞれの分野に合ったシステムがあって、外野から簡単に口出せるものではないと思うが、若手の方々がより良い方向を目指して試行錯誤されているらしい、ということは分かった感じ。

参考:社会学では査読論文より著書を重視する文化でそれで学術クオリティが保たれるシステムもあるらしい?という話。

https://togetter.com/li/1274988

2018-10-11

anond:20181011040543

人文学社会科学か。社会科学のほうが科学なのに怪しさが入り込む余地がある気がしてしまうのも奇妙だが、哲学とかだと論理的議論はあっても「正しさ」を決めることはできないからかな。

なんとなく「人文学」と書いたけど,「人文科学」と呼ぶこともある.私個人としては別にどっちでもいいかと思うけど.人文系社会科学系と呼んだりもする(総称は「人文社会系」とか「人文社会科学」とか).「社会科学」は略せないんだよな,「社会学」とかぶちゃうから.このへんは前増田で参考文献として挙げた隠岐さんの著作面白かったから読んでほしい.オススメ

理系でも教授の贔屓やコネはないわけじゃないけど論文数(あるいは引用数)で無能認定する仕組みは馬鹿排除には有効なんだよ(捏造動機にもなるけど)。

論文数で無能認定文系でもよくあることです(ただ,論文をあまり書いていないだけで該博な知識を有してる人なんかは尊敬される.周りは「もっと論文書いて! 読みたい!」って思ってるけどw そういう人がポストを得られていなかったりして業績少ないから仕方ないと思う反面すごいもったいないなと思ったり).ただこれも分野によっては1年に1本書いてりゃまあ標準的,というところもあれば1年に2・3本書くのが当然だろ? という分野もありで,その上分野によっては査読の有無での格付けとかもあまりしないので(そりゃ学振申請書では査読つきとなしを分けて書くけどね),安易に異分野の人が自分野の基準無能判定するのは本当に良くないからやらない方がいいと思う.今年は著書1冊書いてるけど論文は書きませんでした,を理系基準で業績ゼロって判定されたら暴動起きますよ.

あと歴史学文学だと,いちばん大事仕事論文執筆じゃなくて史料校訂だ,という感覚もあったりして,そのへんがきちんと評価されるのが望ましいよなぁと.ある平安貴族について論文書いても分析視角ニッチならあまり引用されないかもしれないけど,どこぞのお寺なり旧家なりにしまわれてたその貴族日記活字に起こして誤字脱字を訂正して単語意味解説して背景情報を補足して(日記って本人にとって当たり前のことは書かれないけど,1,000年経ったらそんなことわからないので),っていう作業をしたらその後平安時代歴史文学をやる人に参照されまくる基礎文献になったりする.こういう地道なレファレンス作りや史料校訂がきちんと評価される仕組みであってほしい……

で,引用数については問題点が2つあって,

1.どうやって数えるのか

これは技術問題.色んな言語で発表される紙の本での引用数,どうやって数えたらいいの……? ってやつ.異国の本屋さんで面白そうな学術書があったから手に取ってみたら私の論文引用されてたとか,異国で買った本をパラパラ読んでたら知り合いの英語論文引用されてたけどその知り合いはその異国語を読めないから多分存在を知らないだろうなとか,そういうの割とあるあるなので,人文系じゃ誰も被引用数なんて気にしてない.ぶっちゃけ無理ゲーだと思う.

あと,英語の本で引用されて,そのあとその英書が10国語翻訳出版されました,という場合は,何回引用されたと数えるべきだと思う? 1回? 11回?

2.それ数えて意味があるのか

そもそも優れた先行研究を褒めるのにもダメな先行研究をけなすのにも引用をするわけで,ある論文の中でむっちゃ参考にされた文献とけちょんけちょんにされた文献の2つがどちらも引用1回ってことにされちゃう不公平すぎない? って思うんだけど.それに,自分の専門分野についてあまりにひどい俗説が広く出回ってるとき学術文献じゃなくても引用して批判することがあるので,たとえば日本近代史の人が小林よしのりの『戦争論』を名指しで批判するとかよくある.純粋引用された数で勝負したら小林よしのり惨敗するマトモな研究者って大勢いると思うんだよね.

というか,文系だと「他人の書いた文章研究対象にする」というのがあるので,村上春樹研究なら当然村上春樹引用するわけで.さら学問分野によっては,「文献リストに先行研究研究対象を一緒くたに並べる」慣行を持つところもあり(これはその分野なら英語圏の査読誌でもそうなってる),たとえば樋口直人『日本排外主義』という日本極右研究した本の文献リストには,日本欧米社会学者が書いた真面目な研究文献と桜井誠櫻井よしこ西尾幹二の本がABC順でごちゃ混ぜに配列されていて,両者は引用形式からはまったく判別できない.本文を読めば前者を参考にして後者分析したり批判したりしてるのがわかるんだけど,機械的区別することは不可能.なので在特会に関する研究が進めば「桜井誠引用数で負ける研究者」がたくさん出てくると思うけど(というか現時点での私が負けてる疑惑),この基準どう考えてもおかしいでしょ.文系の業績を考える上で被引用数はマジで無意味だと思う.

追記

id:q-Anomaly 面白かった。一般文芸と一緒になっているから大変なのかな?理系だとわざわざトンデモさんに言及したりしないしね。間違いを指摘するとき論文ではなくて直接メール、もしくは研究会で議論かな。

もちろん文系でも別に公な場で晒し上げるほどじゃない間違いだったら直接本人に言うとかあるのでそのへんは批判する人の性格とか人間関係にも拠るところはあり,一方で理系でもSTAP細胞ときはさんざん批判論文出てたように思うので公開の場で批判する文化は当然あると思うのだけれど,間違いの指摘を必ず公開の場でやるわけじゃないとか言われるとじゃあこれまで理系には透明性のある評価基準があるけど文系にはそれがないかダメとか言ってたのはいったい何だったんだよ……って思うわ.あなたが言ってきたわけじゃないかあなたに言うのは不当なのかもしれないけれど.

id:hogefugapiyox 増田 理系(理論)でも独創的な論文で高く評価されるけど問題自体が超ニッチ引用は増えないことはありうる。そこで論文誌や国際学会のランクが役立つことはある。正しくてもレベルがそぐわないもの査読で落とされるので

これは文系でもあるあるメジャーテーマ研究していてもつまら論文しか書いてなければ意味はないしマイナーテーマでも面白論文が書ければ就職が決まる.

id:death6coin 参考にしたのと批判したのは別にリストアップする形式がいまからまれ得るかというと・・・難しそうですね。批判にも論外から一部の点で疑問があるまで程度があるだろうし。

「この論文はこんな資料を発掘してくれたので重要だ.でも発掘した資料解釈に疑問がある」とか,どっちにリストアップすればいいんだよという話で.

でもって,リストアップの形式については出典をどう示すかという形式が大きく絡んでくるんですわ.たとえば,歴史学なんかだと先行研究研究対象は別々にリストアップするけど(それでも流石に優れた先行研究ダメダメな先行研究は分けないよな),それは社会学とは違うやり方で出典を表記しているからそういうことが可能なんだという事情もあって,まあこのへんは自分学術書やら論文やらを読んで出典チェックしたことがないとわかりづらいかもねえ.社会学とか一部の分野で全部ごちゃ混ぜにした文献リストを作るのにも合理的理由があるんですわ.

id:hisawooo 増田に言うんじゃないんだけども、トンデモ論文への直接的な批判するなら一番マトモで普通な手段編集者宛のレター(つまりは読者からのお便り欄)じゃないかね(理系の話をしてます

なるほど,そういう慣習があるのね.言われてみれば文系でletter欄って見ないな.

で,文系論文だと本論に入る前に「先行研究の整理」ってやるんですわ.「先行研究Aは基本的妥当だがこの部分の解釈問題があり,先行研究Bは古いため近年発見された資料を使っておらず,先行研究Cは優れた研究だがちょっと私のやりたいことについてあまり触れられてなくて,先行研究Dは論外」みたいに整理した上で,じゃあ先行研究A~Cの成果を踏まえて先行研究Cが見落としている角度から先行研究Bが使ってない新資料を使って先行研究Aとは違う解釈します,みたいに自分論文の意義や新規性アピールするわけ.なので純粋な参考文献だけの抽出とか無理ゲー

id:enemyoffreedom 引用数の正しいカウントがやりづらいのは、さすがにその分野の引用慣習に問題ありな気も。他分野や門外漢から見た透明性の確保も今後は必要になっていきそう。まぁそれだけが業績評価を左右するようだと不健全だが

たくさん引用されたか価値がある研究! とかいローカル基準に基づいてヨソの分野の引用慣習をまるごとdisるならこっちもお前らのそれってPV数狙いのSEO対策でクソ記事垂れ流す互助会みたいなクソ慣習だなって言っていい? つーか文系査読なしで論文のチェックをしない! 不健全! と文系批判対象も引用に含めている! 不健全! ってマジどうやれば同じ口で言えるんだよって感じ.クソ論文をきっちり論文中で批判してるから正しいカウントが難しいって話に正しいカウントがやりづらいか問題とか言われるのマジ批判のための批判じゃん.全部ごちゃ混ぜで引用するのにも合理性はあるんですよ.そんなのはその分野の論文なり著書なりを読んで出典チェックしてみればわかりますよ.何度も言うけど英語圏でもこういうやり方なの.本当にこの慣習を是正たかったら理系の皆さんが大好きな英語で全世界普遍的問題提起をなさってくださいよろしくお願いしますクソが.

すごい大事追記

id:rci このシリーズはとても面白い。

面白いと言ってくれるのはありがたいんだけど,あなた一連の増田ちゃんと読んでる? このトラバリーの中で,私は何度も自分オタクだって言ってるよね? だからhttp://b.hatena.ne.jp/entry/372509722/comment/rciみたいな雑括りされても本当に困るんだけど.まあ記事の隅っこで書いてるから気付かなくても仕方ないところはあるけど,そうやって文系オタク対立構造にされて困るのは私みたいな文系オタクなんだよ.ほんと勘弁して.

正直私はキズナアイについては興味ないし,どうせならシロちゃんやらせればよかったんじゃ,とか思うけど,同時にあのくらいの服装が叩かれるとかおかしいよな,とも思うよ.なぜか服装に関してはゴリゴリ保守派になる連中が多くて目眩がしてるよ.色んな変わった服装を好む人への抑圧だろ.ぜんぜんNHKに出ていいよ.それが多様な社会であり自由社会だよ.

とにかく私は両側にもうウンザリ.ろくに事実関係を調べもせずVTuberについて基本的なことを知りもせずキズナアイを叩く連中にも,ろくに文系について知りもせずどんな研究をしているか理解もしないできないのにクソバイスを垂れ流す連中にもウンザリです.オタク叩きも文系叩きもクソくらえ.どっちも私の敵.ただもう本当にこれ以上関わり合いになりたくないのでここ数日の荒みきった心を『ヤマノススメ』の録画を見ることで癒やしてきます.一連のレイニーブルー展開を鑑みる絶対ここなちゃんはひなたをあおいから寝取ろうとしてるしかすみさんはあおいをひなたから寝取ろうとしてると思うんだよね.

2018-10-10

anond:20181010112745

ネットメディアでも顕著だけど編集者が同じとは限らないか言論責任を持つ主体がどんどん曖昧になっていってるんだよな

2018-10-09

anond:20181009070341

読みにくい文だなあ

結局結論としては質は出版社編集者頼みであとは顔馴染みが書いたかそうでないか判断ってこと?

追試とかはしないの?

出版イコール実績なら、何冊も出版してるような人がなんであの体たらくなの?

anond:20181009012638

質が良くなるというか、編集者意向にそった雑誌、紙面づくりができるってことだけ。

2018-10-08

#技術書典 に対する疑問

技術書展に対する疑問があるので書いておきたい。反論などあったら聞かせてほしい。

まずネットが当たり前にあるこのご時世で、同人即売会同人誌(物理)というものへの疑問があるのだが、それは一旦置いておく。

まず売られていると嬉しい本について書く

売られていると嬉しい本①

著者自身バリューがあると良さそうだ。「この人はこういう本書くんだ、こういう考え方、切り口なんだ」作家みたいな感じ。

企業出展も多かった。この辺もその会社や扱ってるサービスが好きだと、著者にバリューがある場合と同じで楽しめそう。

この辺までは、考えてみると作家アーティストの本みたいな感じで需要がありそうだ。まず人やプロダクトに対するファンであって、本の内容が良かろうと悪かろうと、その考え方に触れるという意味で楽しめそう。

売られていると嬉しい本②

その他のサークルはどうだろう。

まず内容について、読み物、エッセイ、事例紹介、そして技術書などの種類があるかと思う。読み物、エッセイはもちろん、事例紹介も書き方によるだろうが個人経験視点に基づくものだろうから多様性がありおもしろうそうだ。

多様性同人アマチュア生命線と言えると思う。商業出版が叶わない需要量、クオリティでもどこかでそれを必要とする人がいる。ということでその頒布理解できる。

この先からが本題だ。

存在が疑問な本

存在が疑問なのが、上で挙げられている以外の本、つまり「その他のサークル」の「技術書」だ。「技術書」ってなんとなく使ってる言葉だけど、本屋に並んでる「〜入門」とか「〜アンチパターン」とか動物の絵が描いてる表紙のやつとか、そういうのを指している。技術についての情報が載ってるやつだ。

まず「編集者がいないので正確性の担保はどうなってるんだろう」と思ってたんだけど、自分はよく個人ブログのお世話になってるからそれは言う資格ない。

問題は「情報多様性はあるのか」ということだ。上で「多様性」と書いた。たしかに絵や漫画小説エッセイなどは多様性価値があると思うんだが技術情報はどうだろう?情報の中には多様性はない。真実はいつも一つ。多様性存在するとすれば、その情報を扱う視点、切り口、または情報自体ニッチさだ。

技術書展で頒布されている技術書を精査したわけではないのだが、大体「機械学習」「Webサーバ」「FPGA」「ブロックチェーン」手垢のついた単語ばかりが並んでいる。本自体タイトルも「〜入門」とか「〜アンチパターン」とか本屋で並んでるようなのが目につく。見本誌を手に取ると目次を見るだけで飽きるやつばかりだ(また似たような体裁の本ばかりなのだ)。

これになんの意味があるのだろう。ここで行われていることは、商業出版の本の再生産ばかりじゃないだろうか。いや、ブログならそれでも気にならないけどいきなりそれに数百円とはいえ値段がつくと面食らう。

ニッチな内容なら素晴らしいと思うけどけどそれもタイトルや表紙からからないものばかり。見本誌出してるところ多いけど混雑してるから内容精査できないし。

頒布する人はその内容や公開方法を少し考えてみてほしい。切り口を気にしてほしいし、その切り口を本の表紙やタイトルで伝える努力をしてほしい。

頒布方法が疑問

結局、技術書展で売られている技術書ブログで広く公開されていた内容が都内イベントしか手に入らなくなっただけではないだろうか。(しかも他の同人イベント同様、開演前に長蛇の列を作っていた)

タダで公開しろ、という権利自分にはない。ただ情報へのアクセスを難しくすることはやめてほしい、と思っている。技術書展に出展する人なんてこれまでもブログなりネット情報公開している人が多いんじゃないだろうか。

二次創作についての話

最近どうしてもいろいろなジャンルで様々なトラブルを目にするために思うことがあるので書こうと思った。匿名性というのは好きではないが、周囲に怖がられるのが目に見えているのでこちらに書こうと思う。

私はあまり文章を作るのが上手くない。少々論文調で乱暴な言に見えるかもしれないが、気にしないでほしい。

先日、二次創作同人誌を出している人がTwitter上で「(同人誌漫画は)成果が全て」という言葉を残していたのを目にした。たしか技術の向上や話のうまさな勉強できることはあるのだろう。

けれど二次創作理念という意味ではやはりその発言はグレーを通り越えてブラックにすぎていたたまれなくなった。

二次創作公式という存在に目溢しをしてもらえてるのは非営利であるからだ。本心で何を思ってもいいが、決してネットであっても人前で言わない方がいい言葉に私は思う。営利目的になった途端それはマナーという以前に公式から処罰されかねないからだ。

海賊版という言葉に非常に過敏な企業もある。海賊版と取られかねない書籍出版関係二次創作についてのガイドラインを出してしまった会社もある。

自ら「営利目的である」とも取れる内容を臆することなネットに書き込むのはいささか無用心にすぎる。

そして、解釈違いや地雷という理由他者罵詈雑言を浴びせるのを当たり前だと思い自分の意に沿わない作品排他しようという人たちにも辟易しているのでその話もしたい。

PixivTwitter無料公開されている二次創作同人誌化もされていない非営利かつ個人趣味領域だ。素人が作った作品しかない。もっというのなら子供の作ったガンプラだ。

ニッパーで切っただけのガタガタのガンプラ。作った本人はガンプラを楽しそうに作る。ただそれだけのものだ。

最近どうにもそのガタガタのガンプラに指を差しやすりがけがされてない、ニスが塗られてない、カラースプレーを使ってない」と指摘しだす人を多く見る。

考えてみてほしいのは子供に同様のことをして子供がガタガタのガンプラゴミ箱に捨ててしま可能性だ。そして子供ガンプラを二度と作らない。

ガタガタのガンプラが消えてせいせいしたと一部のモデラー人間は思うだろう。けれど、本質真逆だ。ガンプラは衰退する。ガンプラ子供が手に取らなくなる。ガンプラ布教目的としたモデラーにとって、そんなモデラーこそ老害まりない。

もう一度言うが二次創作でかつ無料公開されている作品というのは「子供の作ったガンプラ」だ。もしかしたら芽が出ていたかもしれないモデラーの才能を潰すと言うことだ。

未来があったかもしれない才能を潰すことをよく考えてほしい。

私は漫画小説映像作品いずれにおいても素人だ。

けれど長年投資を続けているジャンルがある。その会社クリエイターが作りたいものしか作らない。そして未だに有限会社である

ビジネスの面が弱そうにも見えるが、めでたくソシャゲ売上二位をキープし続けているのだ。

その有限会社ではメインとなるシナリオライターはそれこそメタ表現や、二次創作の吸収などがこの上ないほどに大好きだ。長年ファンをしていれば嫌気がさしそうになることも時にはあるが、それでも死ぬまでその会社作品投資をしようと決めている。

からこそ、無料公開の素人作品素人評価をしだすのは私にとって不気味以外の何者でもない。作品を良かったと賞賛することは理解できるが、比較して評価しだす姿は偉そう以外の言葉が私は出てこないのである

乱暴物言いであることは承知しているが、いい作品だったなら良いと良い、自分にとって悪い作品だったなら黙せよということだ。

解釈が違うから「◯◯の作品で××という考察だったけど、私は△△が好き」としだす精神構造が私にはわからない。

「私は△△が好き」ではなぜいけないのだろうか?

ガタガタのガンプラにも味はある。いずれも努力の成果である。味がないはずがない。やすりがけやニスが塗っていないことを指摘する某様とはどれほど偉い人間なのだろう。編集者でもプロ漫画家でも作家でもない。ただの読者様だ。そして読者は神ではない。

長年本を読む人間からこそ思う。読者は作者が本を出すことを祈るのが仕事だ。作家が続編を楽しみにし続けるだけの路傍の何かだ。

作者という神に祈れないのなら、それはもう読者じゃない。読者になれない自分を呪ったらいい。

それ以上に、人の筆を折って笑う人間は気色が悪い。

自分にとって解釈違いの作品を人が書かなくなったことを喜んでいる人間」が、私にとって最も気持ち悪いのだ。

二次創作一次創作を見ている自分の見ている幻影だ。幻影に答えなどありはしない。

こんなクソみたいな文章を読んでしまわれた方には申し訳なく思う。

だがいい加減限界だった。

読んでくれてありがとう

anond:20181008103608

同人ならそれでいいかもしんないけど

プロで描くならそういうわけにもいかないことたくさんあるだろ

女の子(=未成年者)」に読ませたいなら性表現の仕方に気をつけなきゃいけないし

自分のしたい表現差別的表現犯罪肯定表現が含まれるならそこに対するエクスキューズ必要

出版社看板で出すならそんくらいしなきゃいけないしそのために編集者がいる

同人なら好きにしたらいいけど

現実にはBL同人のR18指定一般的に、商業よりよほど厳しい基準だよね

別に自分のかきたいものをかくことを否定してるんじゃなくて

普通に出版、あるいは同人創作活動してりゃ

世間一般的基準」に配慮せざるを得ない瞬間てのは絶対あるんだし

そこに対してナイーブになったって仕方ないと言いたい

あとはその基準自分が納得できるかどうかってだけ

BL研究者BL作家を後ろからつのやめて

さっき途中であげちゃって消したので書き直した。だから文章違ってると思うけど言いたいことは同じ。

BL界の片隅で生息してる。好きな作家がいて、あんなふうに書きたいと思った。

最近ちょっと放置しといたら自分らの存在抹殺されそうな気配がするので書いておく。

BL研究の偉い人が「周りに配慮することは作品の質に役立つ」みたいなとんでもない発言があってこれは黙ってたらまずいと思った。

そもそもクリエーター作品を描きたい、作りたいという強い動機がどんなものか全くわかってない。

BL作家だって ある一定の人たちが毛嫌いする男のオタク絵師と何にも変わらない。

自分の見たいエロ自分の好きなように書きたい。

自分の好きな体を好きなように想像で作り上げたい。

自分の好きな話を作って好きなように登場人物を動かしたい。

どこまでいっても自分欲望なんだよ。自分が描きたいと思うもの自分が納得いくレベルで描きたい。だからみんな日夜ゴリゴリ書いては消すを繰り返す。

あくまでも自分欲求を満たすことが一番の動機から

自分が納得できる作品ができたら何よりもうれしい。

そこに他人視線他人がどう思うかを気にする余地はない。

書くという作業あくまでも利己的な欲求しか言えない。

自分欲求に忠実でありたい。だから自分が納得できるまで、もっと綺麗に見えるように、もっとかっこよく見えるように、もっとエロく見えるように必死で腕を磨く。

もちろん、エロいことだけを書きたいわけじゃない。切ない瞬間を描きたい、一番美しいストーリーを書きたいという欲求はもちろんある。だけどエロものを書きたいという欲求と同じで優劣はない。何を書きたいかという欲求は等しく書き手モチベーションから

たとえ自分が丹精込めて書いたもの評価されなくても自分が生み出したもの自分の子供みたいにどれも愛しい。

それが私が描く動機だし、程度の差こそあれ、作家なら似たような気持ちのはずだと思う。

から

これは社会配慮してる作品からいい とか

これは合意のないセックスを書いてるからだめ とか

これは触法行為が含まれてるからだめ  とか

これは子供に読ませたくないから隠せ  みたいな論調に嫌気がさす。

子供が隠れてこそこそ読みたくなるようなものを書きたいんだよ!

女の子たちがこっそりクローゼットの中に隠してとっておきたくなるようなエロものを書きたいんだよ!

そこに書き手男性からとか女性からとかの違いはない。

書き手は周囲に配慮するような気持ちで書いてない。

ただそれをどう評価されるかは評価する人に任せるしかないのは当然なことで。

そこそこ活躍するようになった作家でさえ、突然ぽっと現れた編集者一言連載中止になったり、ストーリーをかえろと言われたりする。

そういう理不尽な目にあって涙をのむ作家や、そもそも人に見てもらえるスタートにすら立てない作家はわんさかいる。

だけど、どんな目に遭っても自分の好きなものを好きなように書きたいという欲求がそれを支えてる。

だれかのために、社会のために書いてるんじゃない。自分自身のために書いてる。

そして一人ひとりの表現することの欲求を守ってくれてるのが表現自由だと思ってる。

価値観は一つじゃないし、綺麗なもの、醜いもの性的かどうかの感性も一つじゃない。

それをなんかどこかに社会のみんなが合意できる基準があるかのような考えは個人自由すら否定してる気がする。

うまく説明できてないと思うけど、こういう最近の動きを見てて、自分の好きなものを書く自由すら否定される世の中になりつつある気がしたので言いたかった。

2018-10-07

anond:20181007172301

そんな必要ないだろ 元増田の主張を呑んで、男性編集者気持ち悪い発想を取り込んだら女性読者に受けたってことにしていいじゃないか

anond:20181007172125

男性編集者の言うままにそれまでのテーマを捨てて描き、今より人権尊重されていなかった日本で、少女漫画の読者に受け入れられ、大ヒットコンテンツになったんだよね

2018-10-05

anond:20181005004454

同人だと作風が違うって、たいていもっとドギツくなってるパターンだろ。

いまどきは編集者Pixiv見て仕事を依頼するんだから

同人でそういう作風をやってるならそういう依頼が来るようになるだけだわ。

件の森倉円のPixivは見たの?

2018-09-26

最近「わかりやすさが大事だぁ!」とか「どれだけフォロワーいるか大事だぁ!」って喚くバカ多いけどさ

今のメディアが陥っているピットフォールは「読者の共感を得ること」を目的としていることだと思います
「わかるわかる」を共有できる読者や視聴者だけに向けている、でも、そうやって「親しみ」や「なじみ」に依拠してコミュニケーションを構築しようとする限り、そのような表現を受け容れるマーケットはひたすら狭隘ものになるしかありません。
コミュニケーションを基礎づけ、それを広げてゆくのは「敬意」です。「身内の親しみ」ではありません。

ある編集者への手紙 - 内田樹の研究室

ほんとこれな。わかりあいたい笑

ただでさえwikipedia作法は非常にめんどくさいのに

非常にめんどくさい性格編集者が現れたら一時凍結Note会議になるんだよな

マンガ響~小説家になる方法~」がくっそおもしろくなる方法

響~小説家になる方法~」は青二才氏が書いているようにアスペ俺TUEEEEするだけで巻を追うごとに面白くなくなっていく。

引用青二才氏のブログhttp://tm2501.com/entry/post-20733

残念だ。残念で仕方ないから三巻以降のストーリー勝手に考えてみる。作者は三巻から書き直すべきなのである

響は新人賞に応募するが、作品に住所や本名を書いておらず、結局その原稿はお蔵入りとなる。

同じ文芸部の凛夏の才能が先に発掘され、凡庸ではあるがエンタメ性の高い彼女が先にプロデビュー

その関係出版社編集が響のいる文芸部に出入りするようになる。

響は相変わらず生意気な態度を取り、編集の男と小説の話をしても「これはゴミ」などと暴言を吐く。

ある夕暮れ時、部室には誰もおらず編集の男はふいに響の言葉にカチンと来てしまう。

「今の発言はさ……ちょっとおいたが過ぎるんじゃないのかい?」

編集は響の手を軽くひねる。響は抵抗しても良かったのだが、その編集それからどのようなことをするのかが知りたくて、

抵抗せずにされるがままになる。

「初めてだろうから普通にしてやるよ」

響は初めて自分女性性を意識させられた。小説の中でしか知らなかった、胸の突起がどれほど感じる場所であるのか、

そして雌穴こそ鈍感であったが、表側にある女性器が自分に与える快楽を始めて知った。

小さく震える響を見て編集は「今日はここまでだ、あとは合意の上でないとしない」と言った。

響はその編集と定期的に会うようになった。合意の上ということでもう編集も遠慮することは無い。

最初女性器の表面を掌全体で擦ることでイカせていたが、やがて指先で転がすようにしてイカせ、

乳首を刺激しながら同時の刺激でイカせた。何度も何度も会って編集は響の体を開発していった。

挿入はしていたが、それは響にとって最重要ものではなかった。響にとっては他の場所から得られる快楽の方が大きいと感じていたからだ。

編集もそれをわかっており、会うたびに女性器の表面で何度もイカせて、挿入は最後にそっとするだけであった。

ある時から編集は「吸引バイブ」を使うようになった。響の小さな女性器の核は、開発されプックリと丸く大きくなり、

吸引の刺激も快感ととらえられるようになっていた。

吸引の刺激を味わってしまった響は快楽の海に溺れていった。

「だいたいわかっただろう。これを全部文章にして書け。設定はマッサージ師と女性客だ。できるな?」

響は編集に言われた通り、女性快楽に堕ちていく物語を書き上げた。それは黒い背表紙の本となり書店に並んだ。

響のデビュー作は「敏腕マッサージ、何度もイカされて……」であった。

その後も義理の父や義理の兄から快楽責めを受けて堕ちていく作品を何本も書いた。

執拗すぎる責めが一部のコアなファンに受けた。

響は昼間は官能小説を書き、夜は編集と夜の遊戯をした。

その頃には雌穴の中も二か所感じるようになっており、「欲しいの……入れてください」と言わされてから挿入されるまでになっていた。

作風ワンパターンになってきたので、編集は別の編集者を紹介した。「今日から担当が変わるから

はいきなりの担当替えに驚いたが、よろしくお願いしますと挨拶をした。

新しい編集者は「おい、これがあの態度の悪い高校生か? 随分おとなしいじゃないか」と言った。

「外では相変わらずのじゃじゃ馬だ。しかし俺の前では可愛い女になったよ。後任よろしく頼むぜ」

後任の編集は前任の編集と違い、若干肥った男だった。汗のにおいがした。

ネタ切れ起こしてるって聞いたから、新しいお話を書けるようにしてあげるよ」

後任の編集は響と一度だけ普通行為をし、二度目からは後ろの穴の開発を始めた。

「う、うう……そこは嫌です……」

響は抵抗を示したが、後任の編集は慣れた手つきで響の小さな菊の花にワセリンを塗っていく。

ゆっくりゆっくり、擦りこむようにワセリンを塗るその手が優しくて、響の心は開かれていった。

ぬぷ……と指が入っても響は深く呼吸をしていた。響の呼吸に合わせて菊の花が小さく開閉する。

その流れにそって少しずつ指を奥に届かせていく。

つぷん。編集の指が抜かれた時響は「ああっ」と声をあげた。

「続きは次回ね」

次回はあっという間にやってきた。

今日ちゃんと準備してから前と同じことするから編集はそう言って注射器の形をしたプラスチック

洗面器からぬるま湯を吸わせた。身を固くする響を編集は後ろから優しく抱き、胸やわき腹を愛撫し、

菊の花にワセリンを塗った。その流れで編集は響の雌穴を確認するように触った。そこはぐっしょりと濡れていた。

「期待してるのかな。いいよ、期待してて。もっともっと良くなるから

編集は響を四つん這いにさせ、頭を枕に押し付けるように指示した。菊の花を大きく開く体制を取らされ、

響は恐怖を覚えた。

「お水が入るけど大丈夫からね」

編集スムーズに響の菊の花にぬるま湯を入れていく。「んっ……!」響はすぐにトイレに行かせてくれと懇願したが、

編集は「あともう1回、我慢して。できるから」と言って合計200ミリリットルぬるま湯を響に入れた。

編集は響を立たせてユニットバスに連れていく。「いいよ、トイレに座って」

「あの……一人にしてもらえない……?」「何かあったら困るから見てるよ」

響はユニットバスの個室から出ていかない編集と、迫りくる便意狭間で激しく悶えた。

「もう……出ちゃうから……」「いいよ出して。きれいになるから

「ああもうダメ……!!」

ピュウ……と最初の水が出るまでは音を我慢できたけれど、その後ビチビチ……という排泄音が響き、

はいやあと叫んだ。声で排泄音を隠そうとした。

編集は立ち上がり、響の背面に回って右手で響の口をおさえた。そして左手と足で響の足を開かせた。

様式便器の中に排泄された響の排せつ物の匂いがただよってくる。

浣腸による排泄のため、細くなって出てきた茶色い塊が見える。響は恥ずかしさで喉奥から叫んだ。

しか編集に口を押えられているため、その声はむなしい高音となって浴室に響くだけであった。

はいやいやと首を振り、しかし腹の中のものをすべて便器に出し切った。

「全部出た?」「……はい」響は半泣きで返事をした。

その後二人でシャワーを浴び、響の気持ち落ち着けるために編集は通常の愛撫を行い、

その後菊の花に細いバイブを入れた。

この遊戯は何度も繰り返され、逢瀬のたびに響は開発されていった。

この頃になると響は前任の編集とも定期的に会い、女としての一般的快楽を追求していった。

前任編集には情のようなものもあり、ご奉仕積極的に行うようになっていった。

適度な大きさの男性器を口に含み、側面を舌でしごきあげ、やわらかな袋を掌で遊ぶ。

後任編集とは後ろの穴を使ったり拘束具を使った遊戯をする。

響の書く官能小説は幅広いジャンルわたり監禁モノや連続アクメを上手に書けるようになっていた。

そんなある日、響は官能小説界における小さな賞を受賞した。

授賞式当日、響はワンピースを着て壇上に上がっていった。用意していたスピーチ原稿を開くと……

ブルルルルルル……

響の雌穴にはバイブが挿入されており、女性器の外側には防水テープで貼り付けられていた。

バイブとローターが同時に、小さく振動し始めた。

足を閉じて立っているため、ダイレクト女性核に当たるのを止められなかった。

「ほ、本日は……このような賞をいただき……んっ」

響は長期にわたる開発によって、刺激を受けたら必ず逝く体になっていた。この刺激もあとどのくらい続いたら逝くか、

自身よく理解していた。スピーチを早く終わらせて壇上から降りたい……そんな一心で響は原稿早口で読み続けた。

ありがとうございます、これからも様々な作風、幅広いジャンルに挑戦し……」

そこで会場にいる前任編集と後任編集と目が合った。

彼らの手にはリモコン。前任編集女性器の外側に貼ったローターのリモコンを、後任編集は響の中に収まっているバイブのリモコン

二人は同時にリモコン操作し、強度を徐々に上げていった。

一気に上げるのではなく徐々に上げることで響が逝きやすいことを二人ともよく知っていた。

「……っ!! ……より読者の方に楽しんでいただける作品を……ああああああああっ!!!!」

響はその場で崩れ落ちた。

床に突っ伏す形で小刻みに震える響の股間から、透明な液体がとめどなく流れていた。

その後、この授賞式は伝説となり、響の名は永遠に文壇刻印された。

おわり

2018-09-23

anond:20180923131224

経営者出版物の内容に口出ししたり、内容を理由編集者や著者に処分を下したりすることをすげー軽く考えててビビる

俺たちの敵だ殺せーってなもんなんだろうけど

2018-09-22

はてなーってリベラル気取ってる癖に

経営者出版物の内容に口出ししたり、内容を理由編集者や著者に処分を下したりすることをすげー軽く考えててビビる

俺たちの敵だ殺せーってなもんなんだろうけど

2018-09-21

https://anond.hatelabo.jp/20180920223440

目次というよりタイトル一覧というか、優秀な漫画家ほどタイトルに心血注いでいるので、目次に羅列しないと、頑張って考えた報いがないからでしょう。編集者も同じ気持ちのはず。

2018-09-20

最近はてな君って……編集叩きグルメ漫画みたいだよね……

人の批判ばっかりしてるよね。

例の全く食べ物の内容の話しないで編集者自分母親文句ばかり言ってる大盛りグルメ漫画みたいだなって。

いつから私達こうなっちゃったんだろうね。

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