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はてなキーワード: 区画とは

2021-07-19

   都市形態なり構造数学の美しさなどは似ているところがあります。まず都市がこのように区画され、家族一戸建てマンション住まい

   その間を道路がとおっているとか公園があるとか建築物自体があまりにも高級な鉄材や石材などでできており、これによって市民が住まうという決断をした

   現実のものが驚異的である上、当然、一戸建ての戸数も凄まじい数に上るのであるから市民がこのようにして社会形成することにした哲学

    驚異的なアイデアというほかない。特に東京にはそういうものが多い。それだけ都会には、社会哲学的にみてトリビアルもの排斥されていて

   非常に高度なものしかない。

    これが田舎の方に行くと、同じような発想で社会形成されていても、粗末な家とか何の生産性もないような朽ち果て田んぼとかの少しも驚異的ではない

   価値がないかトリビアルものが大量にありますしかし少なくとも東京には社会哲学的にみて驚異的なものばかりであり、地方田舎のような周辺部になると

   どうしようもない。

2021-07-12

ムクドリがいっぱい!

 最近農道のど真ん中のトンビポイント(なぜかよくトンビがトコトコ歩いているポイント)にトンビがいない。最近田んぼ周り、なんならスズメもいない。

 私の車が通ると、慌てて飛び立つのムクドリばかり。ムクドリがいっぱい。あっちもこっちもムクドリ。そして、最近めっきり見ないスズメシジュウカラ

 先日、ちょう久しぶりにオナガを見た。なぜか知らんけど、今、全国的オナガの生息域が山の方へ撤退していて、市街地にはオナガってあまりいないんだって。そう言われてみれば、私の子時代オナガ電線に停まってる姿は、日常風景だったなあ。ここいらでオナガを見ないのは、私の出身地とは違う県だからかなと思っていたけど違うみたいだ。

 6月末に麦刈りが終わってすぐ、田植えが行われた。この地方二毛作普通ないか、春の田んぼの空き日数がものっすごく短い。

 どちらかといえば河川の上流に近い地域(私の故郷に比べれば)なせいか、ここら辺は田植えの時期が遅い。元から遅いんだけど、温暖化や毎年9月頃の台風や水害対策もあるようで、田植え時期が年々遅くなってとうとう6月末にまで先延ばされるようになった。20年くらい前はGW前後だったと思ったけれども。

 そんな訳で、田植えの時期がズレたせいで、田んぼ周りの生き物のライフサイクルもだいぶ変わったんじゃないかなと思う。ヒバリ麦畑に巣を作るので、田植え時期のズレと共に麦刈り時期も遅れたことにより、昔よりもゆっくり繁殖できるのかなあ? 今年は五月半ばくらいまで、ヒバリがピヨピヨしていたはず。

 一方、田んぼに中々水が入らないせいで残念なことになっていそうなのはカエルツバメだ。タガメみたいな水生昆虫もかな。

 春、カエル冬眠から目覚める頃、田んぼにはまだ水がない。五月にカエルタマゴやお玉じゃくしは見られなくなった。

 GW前頃にツバメが渡ってくるが、田んぼに水がないと虫があまり捕れない。そのせいかツバメが多く飛来する時期も昔よりも遅くなってる感じがする。

 最近、すっかり梅雨なので、カエルツバメはめちゃめちゃ元気だ。しかし、ツバメが元の住み処に戻るまであと一ヶ月くらいしかない。ツバメライフサイクルを調べたことがないからわからないけど、確かオオヨシキリは春の繁殖期(3月7月くらい?)に時間の許す限り産卵と育児を繰り返す。ツバメもそうだとしたら、もしかすると1サイクルぶんくらい、繁殖回数が減っているかもしれない。もし巣が敵に襲われたりなどして雛が全滅した場合、巣を作り直しタマゴを産み直す暇がないのでは? 知らんけど。

 我が家にはツバメが巣を作ってくれないので残念。最近ツバメ、民家に巣を作っても壊されるだけだって学習していないか? それか、昼間の住宅街人間の気配がしないので、ここに巣を作っても天敵から守られることはないと思っていそう。うちだけじゃなく、軒下にツバメの巣があるお家が、近所には全然ない。

 そのかわり、幼稚園病院老人ホーム小学校の高い所の軒下にツバメが営巣しているのは見た。近所のスーパーには十年前はよくツバメが巣を作っていたけれど、店の人によって徹底的に壊されてしまうせいか、今ではすっかりツバメが寄り付かない。

 ゴーストタウンには住まない鳥といえば、スズメもそうなのだ人口スズメの数は比例する。私の住んでる地区空き家も多いし昼間誰もいない家が多い。見かけるスズメの数も年々減っている。人間の気配が少ないうえ、カラスハクビシンとヘビが多く住み着いているので、スズメが住むには向いていなさそう。

 数年前、大雨でうちの屋根にあったスズメの巣がベランダに落ちてきたことがあった。当時は私だけでなく、小さかった子供たちも家にいてにぎやかだったから、スズメ的にはうちの屋根の上は安らげる場所だったかもしれない。

 ところが、ハクビシンが近所に住み着いた。うちの屋根の上もハクビシン通り道になっていて、西の雨樋と東の雨樋の両方にハクビシン足跡がついてる。時々、ベランダハクビシンウンコが落ちている。

 ハクビシン通路に営巣は無理なのだろう。去年も今年も雨が降ってもスズメの巣は落ちて来ないし、あっちこっちムクドリだらけになった最近は、スズメの姿をあまり見かけなくなったし、ベランダの物干し竿にスズメウンコがついていることもなくなった。

 田植えが終わって数日しか経たないうちに、田んぼの水面がぶわーっと水草の芽みたいなものに覆われた。そしたら、沢山カモがきた。水深が浅いせいで、せっせとばた足に励んでいるお尻がよく見えて可愛い。けれども、親ガモが仔ガモの行列を連れているのは、いまだ見たことがない。

 毎年、田んぼに水が入るとアオサギが沢山飛来してくる。この地方あんまりシラサギは見かけないんだよなと思っていたが、この二、三年ばかりはけっこうシラサギも見かける。面白いもんで、アオサギシラサギって田んぼの同じ区画に一緒に居ることはあまり多くないようだ。農道を挟んであっちの田んぼにはアオサギ軍団、こっちの田んぼにはシラサギ軍団、と別れて固まりがち。

 今年はアオサギシラサギも飛来が遅いな、と思っていた先日、変わった鳥を見た。すごく脚が長くて、翼の前半分が白く後ろ半分が黒と、色がパッキリ別れているので、アオサギでもシラサギでもないと思う。ツル的な何か? でも、ここいら辺でそんなツルっぽいものを見るのは、初めてだと思う。

 ところで、今年は1羽もキジを見ていない。キジ! 居るんですよ。田舎とはいえそんなに大自然豊富な所じゃないのに。だけど、今年はまだ見ていない。

 以前、この町の中だけどもっと南の方に住んでいたとき、庭によくキジがくるお宅が当時の私の住み処のすぐそばにあった。そこんちの庭が私の家の窓からよく見えたので、キジがくると飛んでくまで眺めていたなあ。

 うちからキロ先に、かなりでかい河があり河原人間用にカスタマイズされていない部分にはかなりのワイルドネイチャーが広がっている。どのくらいワイルドかというと、数年前まではよく鹿や猪が出た。ここ数年はめっきり猪注意報が発令されないけど、たぶん朝っぱらから堤防付近人間がやたら走ったり自転車こいでたり犬の散歩しまくってるからじゃないかなあ?

 河原に行ったらハイタカが見れるかなあ。ハイタカ一度も見たことないから見てみたいよなぁ、と思うんだけど、河原に降りる階段の手前に大きな住宅街があって、そんな所を歩いていると知り合いに「あんた何してんのこんな所で!?」と言われまくりそうなので、近づけないでいる。

 河と鳥で思い出したけど、この町に移り住んでから一度もカワセミを見ていない。故郷にはカワセミがいて、大してきれいでもないむしろ汚いドブ川にかかる橋の欄干によく停まっていて、魚獲ってた。

2021-07-09

anond:20210709091203

中国行ったことないけど中国とか韓国より日本都市はマトモだし安全だと思うけど…

別に差別感情とかなしで客観的比較して

NYマンハッタン島だって安全で主要な区画でも瓦礫建物とかあったりするし…

これからは人工の街ブームが来る

オリンピックが終わってHARUMI FLAGが売りに出され、そう時間も経たないうちに、人工の街が物凄く快適で住みやすいことに一部の人が気づく。

 

その後、トヨタのウーブン・シティが出来て、安全で煩わしさの無いスマートな街に注目がどんどん集まる。

 

その後は、デベロッパーだとか超大企業がこぞって土地探しを始めるだろう。国とか自治体も協力するかもしれない。

 

以前、○○ニュータウンっつって、ゴミをエアシュートで流せるようにしたり、色々と頑張って開発した街があった。

一部の街は今も魅力を保っているけど、結局都心からアクセスの悪さや建物が一気に古くなってきたことで、かなり微妙な感じになってしまってると思う。

それを覚えている人は、人工の街に否定的な考えを持っているだろうけど、HARUMI FLAGやウーブン・シティはそれらとは全く違う。

土地から区画から建物から設備から構造からスマートティを目指して、計画された街だからだ。

大きい土地に家と商業施設と駅を適当に配置しただけじゃないんだ。

 

人工の街が出来ることによって、

細い道に電柱が立っていて、車が走る横をびくびくしながら歩くこととか、

クソ使いづらい袋地に立てた狭小戸建てで日照権とかプライバシーとか全部放棄して暮らさなければならないこととか、

学校までの道のりが遠いこととか、

無料Wi-Fiがどこにもなくて通信制限になった途端に何も出来なくなることとか、

バリアフリーが全く意識されてないこととか、

そういう、細々とした危険や不便が無くなったら、みんな幸せになれると思う。

2021-07-07

不動産法に関する印象

   戦後我が国民法のうち、不動産法に関するわたくしの印象を言いますと、異常に驚異的だということであります土地区画しそこに

    家を建てるのはいいでしょう

     しか我が国不動産の数は凄まじく多い、特に都市部では密集しているし、地方でも数が多い。しかも、その不動産形式は極めて幾何学的で全体として

  へんてこな印象を与える。

    それからまた、人間は、家族一戸建てに4人程度で居住しなさいというのも、社会の在り方として酷く融通が利かないようにもみえる。

      他面、動産法は個人間による物の引き渡しを規律する法律である。これはごく簡単もの理解やすいが、いずれにしても戦後日本の不動産法の

   特徴はその数において驚異的ということと、形式的に極めてへんてこで異様な感じを与えるということです。こういう社会を、戦後社会が完成してこの方

  40年間も維持してきたこともまた、恐ろしくつまらない感じがする。

2021-07-02

夏への扉』以外の作品を薦める試み

 ロバート・アンソン・ハインライン作品で『夏への扉』以外を薦めるならばどの作品か?と問われたとしたら、私ならば『宇宙孤児』を薦めたい。

 この物語は「Good Eating!(良いお食事を!)」という挨拶と共に、中世ヨーロッパのような社会生活描写する場面から幕を開ける。そして、読み進めるうちに、主人公たちが暮らし物語が展開される舞台がどのようなものなのかが次第に明らかになっていく。

 その世界には空が無い。主人公たちが暮らす街の地面の下へ降りると、別の街が有る空間に出る。その街の地面の下に降りると、また別の街が有る。そうやって、下へ下へと降りて行くと、それ以上の先(下)には降りられない最下層に行き着く。

 逆に、街の天井の上に昇ると、別の街が有る空間に出る。そうやって昇って行くと、徐々に重力が弱くなる。しかし、或る階層から先(上)は、それ以上昇ってはならない立入禁止場所とされている。そこには、恐ろしい「ミュータント」という怪物たちが住んでいて、迷い込んだ人間を食べてしまうと伝えられているかである

 主人公は、ひょんなことから立入禁止場所に入り込んで「ミュータント」たちに一時捕らわれの身となり、それを切っ掛けに、他の人間には秘密にしたまま、普通人間と姿や能力が異なるミュータントたちと交流するようになる。中でも「ミュータント」たちのリーダーであるジョウ=ジム主人公は、親友あるいは師弟のように仲良くなる。師がジョウ=ジムである。一つの身体に二つの頭部を持つ双生児男性ジョウ=ジムは、ミュータントではあるが怪物などではなく、ユーモアと優しさと、何よりも知性に満ち溢れた人物である。このジョウ=ジムから教育を受けたことによって、主人公は、自分たちが暮らす世界の真の姿を理解するに至る。

 主人公たちが暮らすのは、車輪のように回転する巨大な宇宙船の内部であった。故郷である地球から遥か遠く離れた他の恒星系に存在する、人類居住可能惑星移住するためには、何光年もの距離を渡らねばならない。しかし、光速の壁を破ることができないので、広大な宇宙を渡るには長い年月を要する。そのために宇宙船は、多数の人間居住することが可能な、巨大な閉鎖環境都市として設計された。車輪のように回転することで、遠心力重力代用としている。移住者の祖となるべく宇宙船に乗り込んだ人々は、宇宙船の中で子を生み育て、やがて彼らが死ぬと、その子たちが新たに彼らの子を生み育て、そうして子へ孫へと何世代も何世代も長い年月を重ねながら、彼ら星々の移住者たちは宇宙船の中で暮らしながら遥かな旅を続けた。

 しかし或る時、宇宙船の動力である原子力機関から放射性物質漏れるという、大きな災厄が発生した。放射能による内部環境汚染は、食糧生産を担う農業区画にまで及んだ。ミュータントたちの誕生食糧不足。人々の絆は引き裂かれ、内乱が発生し、宇宙船内部の文明崩壊した。その結果、都市の内部で暮らす人々は、知識科学技術伝承できなくなった。こうして彼らは、地球という故郷存在も、自分たち宇宙船に乗っているという事実も、宇宙船の外部に広がる世界のことも忘れ、科学の代わりに教会が説く迷信を拠り所として、広大な宇宙彷徨い続ける「孤児」と成り果てたのである物語の冒頭に出てくる「Good Eating」という挨拶は、災厄によって起きた食糧不足時代の名残りである

 ジョウ=ジムによって啓蒙された主人公は、宇宙船の乗組員として、自分たち本来の使命を果たそうと提案する。すなわち、地球のように人類居住可能惑星を見つけてその星に降り立ち、狭い宇宙船を離れて、新たな世界を切り拓こうと言うのである。それは、自分たちが巨大な宇宙船の内部で暮らしているという事実理解しているジョウ=ジムですら、出来っこ無いと諦めていたことであった。しかし、その使命を果たす為には、何も知らない人々に、この世界真実理解させる必要が有った。

 主人公は、自分が知った事実を人々に知らせようと試みるが……。

 ちなみに本作品を私が初めて読んだのは、あかね書房から出版され、多くの小学校図書室などに置かれていた少年少女世界SF文学全集の一冊として収録されていた『さまよう都市宇宙船』のバージョンであった。タイトルネタバレがヒドイが気にしない、気にしない。

 ハインライン作品を離れ、他に古典SF作品初心者に薦めるならば、私としては

(1)アイザック・アシモフ鋼鉄都市

(2)ジョン・ウィンダムトリフィド時代

(3)ロバート・シェクリイ『不死販売株式会社

辺りを薦めたいのだが、如何だろうか?

文字が読めない系の学習障害の子供には漫画を読ませるといいとNHKでやっていた

しか漫画定型発達のつもりの俺ですら線の囲まれ区画のどこまでである物体の全体として描かれていてということや

地と絵の関係がよく分からなくて仕方なくそコマをすっとばして煮え切らない思いすることがざらにあるから、なんとも言えない。

心理学で出て来るような、白黒のまだら模様の騙し絵の中にある動物が隠れてるという図で、その動物がずっと見つけられないような思いをよくする。

2021-06-21

anond:20210621011457

話そらしてない?

 

まぁそれはともかく、去年の夏にいくら頑張っても、強力なロックダウンできなきゃ抑え込めないと思うよ。

 

いくら水際での頑張っても、先月の台湾のように1人漏れれば大惨事になる。あれだって街の区画ごとにロックダウンして、ようやく収まってきたんでしょ。NZオーストラリアも同じ感じ。

 

日本政府国民対策ベストとは言えないけど、人口密度高齢化率を考慮に入れるとB+はもらっても良いと思うけどなぁ。mRNAワクチンをほぼ全国民分まで確保したことも含めれば、A-でも良いと思う。

2021-06-16

小説想像することを楽しむ娯楽ではない

小説の情景描写には読者として苦労させられる。

具体名挙げてしまって著者には申し訳ないのだが「未来からのホットライン」の核融合炉の施設内部の描写がてんで理解できない。説明が緻密なのがむしろネックになってる感じで、キャットウォークとかトンネルとか配線とかの位置関係三次元的に脳内構成されていかないんだよ。本当に上下左右という程度の確度でしか把握できない。

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小説漫画とかと違ってイメージ押し付けられないのがいいという意見を聞くことがある。個人的にはこれはイメージという単語の前に「自分が気に食わない(特に人物容姿)」という文言が省略されているように思える。

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想像することって、はっきりいえば単に手間でしょ。小説想像することを楽しむものって手段目的が逆転してる感じで、本来は「筋書きを楽しむもの」だと思う。筋書きさえ面白ければ、そして挿絵とかが適切なら、想像しなくて済むのならそれに越したことはない。

くだんの小説建物の「構造」について図があるからといってイメージ押し付けられたと感じる人は例外的だと思うから文章で全て言い尽くそうとしないで見取り図ぐらい添付してもよかったと思うんだよね。

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私と同じ考え方っぽい人を二つ挙げとく

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情景描写小説は、すげえ小説だが、すげえ読みにくい

https://modernclothes24music.hatenablog.com/entry/2014/02/21/090746exit

小説風景描写が苦手なんだが

https://matsuri.5ch.net/test/read.cgi/morningcoffee/1514063554/exit

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そしてどうしてもこれだけは抜粋ときたい(5chのレスから)

既存文章を組み合わせるとか

文章だけで考えてると「この馬はどこから走って来てどこに行ったの?

なんでそんなとこから馬が走ってくるの?」

みたいな変な部分が必ず出てくる

読む側からしてもまさしくそういう感じで、結論としては始点と終点が一致したループだと言っていても、今までも風景説明から本当にそのことが導けるのだろうかという感覚になることがある。

各部分の描写から全体を統合できない感じで、整合性を認められないことがある。

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前記の小説施設見学するシーンでも各区画主人公たちの足取りに沿って説明していってるのだが、いつのまにか前いたところが主人公達の頭上にあることになっている。

かにエレベーターで地下に降りる描写はあったけど、上下関係で足取りが立体交差できるような文章だったか

区画という各部分の風景だけは十二分に頭に浮かび上がってくるんだけれど、ジグゾーパズルでいうならそれはピースの凹部や凸部があやふやになっている状態にたとえられる。

なのでそのパズルを組み合わせる=建物全体の構造を把握することもできないとなる。これが読後感にもやもやを生む。

そもそも自然言語というものねじれの位置とか含めた抽象的な位相関係表現するのに不向きなのかもしれない。

そうでないにしてもせめてPISAとかは単純な論理パズルで読解力を測るんじゃなくて風景説明文に対して、少なくともこれは与えられている文に矛盾しないという図を選択させる問題も導入してほしい。

ネックが読者側にあるかもしれないかもしれないのにその問題が十分には剔出すらされていないように思われるから

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そもそも情景(風景)描写側に難があるという場合もある。

「船べりに足をぶらぶらさせていた」文学事典に載ってるような作家の手になる表現だ。しかし「船べりに」とは一体どういう状況なのか。

「船べりで~」であれば人がデッキの手すりでも背にして寄りかかって片足をぶらつかせる風景が想定される。

この話は作家自身航海記であって大西洋を横断できるような鉄の船の話だから「船べりに」何かをするにはへりは高すぎると思われる。和船の小舟のように足をへりに置けるような状況じゃない。

たとえれば無理に腰よりも高い塀の上に片方の足を足の裏を外側に向けて乗せるイメージでただでさえ不安定姿勢から、せいぜいへりをかかとで擦るようなことはできても、重力に逆らってぶらつかせるとは描写として不自然と言わざるをえない。

思い込み文章を書くとそういうことになると聞いたことがあるからちゃんと正確に書いてほしい。

正確に書けば書くほど想像余地が少なくなるから小説としてつまらなくなる、というものではない。

想像する楽しみと小説の楽しみ方としては二次的なものだとは前にも書いた。限定的で端的な例だが、泥のように眠るという慣用句を小石のように眠るアレンジすることで生まれるような詩的な妙味を味わうことも小説の楽しみ方の一つだ。

酒などを希釈しないで飲むことを生一本といっても、水で薄めずにといっても、神の創りたもうたままにといっても、どれも全く「希釈しない」という全く同一の事態を指しているうえでにその同一性こそがその描写が正確であることを示す必要条件でもあるわけだが、こうした同義フレーズが畳みかけられている箇所にも、同じ事態概念への落とし込み方の多様さに面白みが認められるだろう。

俳句小説じゃないけれど、あれなどは兼題写真があるのが普通だ。写真というこれ以上なく正確な像を前提としているからといって、そこから派生される俳句の数々に「想像余地がないからつまらない」と批判する人間がいるだろうか。

しろ想像喚起を重視する人のブログとか見ると「容姿描写ほとんどされてないのを逆手にとってわざと金髪美少女イメージで読んだ」とか言ってるような人もいて、想像するのを楽しむというやり方は小説カップ麺の重しにするのと同じぐらいひねくれた本の使用法なのではないかとさえ思えてくるわけだ。筋書きを楽しむ、表現のものを味わうというのが文句なく一義的な意義であるとすればなおさらだ

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必要だと思ったとこだけ読み込んで不必要だと思ったところは読み飛ばせばいい、授業だって教師の言うこと全部覚えてない、それと同じだというような人もある。

しかし授業内容と違って小説は内容を問い合わせることができない点で致命的に異なる。

不十分だと思って読み込もうとした箇所も独力では一生かかっても理解できないかもしれない。

作者は思い描いた風景必死に文に落とし込もうとしたかもしれない。作者は情景を読者と共有したがってる。なのに十分に伝わらない。こんな悲惨なことがあっていいのだろうか。

小説には攻略本ITの専門書にありがちなサポートダイヤルもないんだ。

二重回しとか大島紬みたいな名詞の指すものが単に想像できないとかだったら画像検索すれば済むことだけど、実際に読んでてつまづくことが多いのは文や文章という総体がどういう具象や抽象を指し示しているかとことで、でもこうなったときには打つ手がない。

人工知能は与えられた文章イメージに接地させずに意味理解できるが、人間としてはイメージ還元できないことには文章を味わうことはできない。

もちろん読者側の能力問題かもしれないからそこは見極めなければならない。

先述のようなPISAなどの結果によりそういう能力が不十分と分かれば、出版業界小説には抽象的な構造に関して図解を挿入するよう働きかけるか、さもなくば教育刷新するか、そういう判断の指針が得られる。

教育刷新するというのは単に文章多読すれば読解力を身に着けさせられるはずだという今の態度が不十分という意味で、一つ文を読ませたらその文が一般的に指し示すことになる図を提示するといった訓練を導入するべきだと思うということ。

単文が示す風景(あえて情景とはいわないでおく)すらもまともにイメージできないようでは複文や文章の指し示す風景もまたイメージできるはずがない。

基礎(単文)を固めることでしか応用(文章)を扱えるようにはならないということではむしろ数学と同じだ。そういう心持で読解の養成には取り組むべきだ。

これはあくまで娯楽として小説を読むのに役立つのみではない。

たとえば百聞は一見に如かずといっても社会生活のうえでいつも文章が指し示す現物を持ってこさせられるとは限らないから、文章イメージ還元する力は実務的な能力でもあるわけさ。

2021-06-09

続・夏がくる

里芋ネギは近い区画に植えられたことで、どちらが家族の寵愛を受けるのかで度々論争になった。

里芋は甘く煮付け、すりおろしても美味しく、ふかしても美味しいわれこそ食卓を飾るべきだとまくし立てた。

ネギも負けてはいなかった。薬膳にもなり、薬味にもなり、夏にも活躍し、冬に煮付けてもうまく、漬物の友にもなるわれこそが食卓にふさわしいと里芋を攻め立てた。

畑の主人が寝入ってから議論は続き、ついに朝日が出る頃にはトマトも参加して一発触発の事態となった。

引くに引けなくなった三者軍勢朝日と同時にトランペットをかき鳴らし、それぞれの土地食卓を守るべく進軍を開始した。アリシンを含むネギは強かった。その殺菌効果により里芋土地荒らしてゆく。トマトの根が持つ毒素も強かった。しか里芋にはしぶしかなかった。しかしぬめり成分ムチンはしばしばネギを足止めした。これもネギには有効であったが、トマトにはさほど効かなかった。トマトの実はもともと完熟状態であった。かくしてネギ土地トマトの実でグジュグジュになり、トマト土地はアリシンで辛味あふれる地と化した。里芋の地もアリシントマトの毒素で荒れ果て、遠征に出たそれぞれの根や実はその無残な死体晒すことになった。

翌朝、寝ぼけながら出てきた主人は荒れ果てた農作物を見て、ああ、イノシシが来たな、と思っただけだった。

しかし、その日も暮れて主人が寝静まると、農作物たちはそれぞれの土地の縮小を理由聖地奪還と称して争いを繰り広げた。栄養栄養で洗う戦いは続いてゆくのだ。

anond:20210609144532

2021-06-06

ティ

中野区中央は狭い敷地に同じような家が同じように建ち、みっしりと並んだ区画が続く。歩いているうちに自分がどこへ向かっているのかわからなくなる。東京住宅地はそんなものだといえばそうだが、中央と名乗るからには、もうすこし街らしい華やかさがあってもよさそうなものではないか? 中野区中央は、その種のにぎわいとは無縁な場所だった。

べつに好き好んで中央まで歩いて来たわけではない。職場の寺元さんがこの1週間ほど出勤せず、連絡もとれない。社長に渡された住所のメモ住宅地図のコピーを頼りに寺元さんの居所を探し、様子を探るよう、依頼を受けて来た。他に社員は私しかいなかったからそうなったわけだ。

ファート商会という会社私たち職場だった。本社中野にあり、放屁の気体用保存容器を製造販売している。このシリンダー状の容器に放屁を閉じこめておくと、どれほど時間が経っても、栓を開けさえすれば、気体が肛門を通って出てきた瞬間のフレッシュ臭気を嗅ぐことができる。このような器具にどれほどの需要があるものかと、最初私は半信半疑だった。が、細々と着実に注文が入り、会社は今まで生き延びてきた。

中野では誰もがその日を生き延びるのに精一杯だった。いちど中野駅で電車が止まれば、もう中野を出て行くことはできなかったからだ。

もう何年も前の話だ。夕方、私は仕事を終えて秋葉原から総武線に乗り、荻窪アパートへ帰ろうとしていた。電車中野で停まり、ドアが開いた。もともと中野での停車時間は不自然に長かった。新たに乗り込んでくる人はおらず、車内に放置された乗客は、列車が再び動き出すまで忍耐強く黙っているのが常だった。だがその日の停車時間は長すぎた。15分を過ぎた頃から、いらいらと外の様子をうかがったり、ホームへ降りたりする乗客が出はじめた。それでも列車は動く気配がなかった。30分が経過した頃、当駅で列車運行を終了する旨のアナウンスが流れ、乗客は全員が外に出された。それ以来、私たち中野暮らしている。

中野は孤絶している。東京の他の区からも、日本の他の地域から隔離されたままだ。新宿よりも西に向かう列車選択的にブロックするよう、政府からJR東日本命令があったとかいう噂だ。感染症拡散を防ぎ、テレワークの普及を急ぐためらしかった。通勤を控えるようにこれまでさんざん忠告したのだから都心通勤した輩はもう帰宅させなくてもよろしいというわけだ。だが噂は噂で、なぜ中野以西への鉄道運行が突然終了したのか、本当のことを知る人はいない。少なくとも中野はいないと思う。

中野で足止めされたら、人生中野でやり直すしかなかった(生き続けていくのであれば)。テレワークをしていなかった乗客は一瞬で路頭に迷った。中野で住みかを見つけ、仕事を見つけ、生活の糧を得ていくしかなかった。

練馬杉並新宿中野境界には有刺鉄線を張ったバリケードが設置され、高いコンクリート壁の建設が始まっていた。20小銃を抱えた警備隊が昼も夜もバリケードの前を行き来していた。こうした措置に抗議したり、やけを起こしたりして境界突入する人はときどきいたが、その場で「管理」され、戻ってくることはなかった。「管理」されたくなければ、望んで降りたわけでもない中野で生きていく他はなかった。

ファート商会は、中野へ流れ着いた人間で始めた会社だった。偶然に同じ場所居合わせた三人、空き家になっていた蔦だらけの木造家屋を見つけて寝泊まりしていた三人だった。私たちは手持ちの金を出し合って米を炊き、駅前広場で獲った鳩を焼いて共同生活を送った。放屁を保存するシリンダー型容器というアイディアを出したのは、社長の鬼澤さんだった。本人の話では、食品品質検査に使う精密機器会社に勤めていたそうで、その方面知識豊富だった。最初中国から大量に取り寄せたシリンダー小箱に詰め替えて転売していた(中野から移動はできなかったが郵便物は届いた)。仕入元と取引を重ねるうちに、小ロットでも自社ロゴマーク入りの製品を作ってもらえるようになった。

その頃には空き家相続人を名乗る人物から弁護士経由で文書が届いて、私たちは追い出された(急激な人口増加のため中野地価は上がったらしい)。駅近くの雑居ビルたまたま空きがあったのでそこに移り、事務所で共同生活をしながら放屁の保存容器を日本中に送り続けた。事務所とは名ばかりで、中国から届いた段ボール箱が積み重なる室内には洗濯物が下がり、夕食の豚肉を焼くにおいが漂っていた。

三人がそれぞれに部屋を借りて事務所から引越したのは、それからさら一年ほど経ってからだ。そうするだけの資金がようやくできた、そろそろ仕事プライベートを分けたい、当面は中野から出られる見込みがなさそうだ、といった思惑や妥協が交差した結果、私たちはそろって職住同一から職住近接の体制へ移行したのだった。

鬼澤さんに渡された地図コピーを見ても、寺元さんの住みかはさっぱりわからない。どの角を曲がっても同じような家並みばかりで、ときおり家の塀に貼ってある番地表示板だけが現在地を知る手がかりだった。ひと昔前までは、スマートフォン地図アプリを見れば迷わずにいろいろなところへ行けた。中野に閉じこめられてから、その類のアプリはなぜかいっさい起動しなくなった。だから中野住宅地図は貴重品になっていた。

何度も同じ所を行ったり来たりして、ようやく見つけた寺元さんの居宅は、路地の奥にあった。旗竿地というのか、家と家の間を通って行くと不意に現れる隙間がある。そこへはまりこむようにして古アパートが建っていた。鉄柵にかかるプラ板に、かすれた文字で「シャトーひまわり」と書いてある。柵のペンキはささくれ立った指の皮のように、いたるところから剥けて、露出した地金から赤錆が吹き出していた。一階の通路には落ち葉が吹き溜まり、繰り返し人が通った箇所では砕けて粉になっていた。各戸の前に置かれた洗濯機のカバーは、もとは水色だったらしいが、雨と埃をかぶり続けて黒くなっていた。

103号室には表札も呼び鈴もついていない。寺元さんの居所はここらしいが、本当にそうであることを示す手がかりはない。ドアをノックしたら全く無関係他人が出てきて、警戒心に満ちた視線を向けてくるかもしれない。そういう可能性を考えると、ドアをコツコツとやる力が自然に弱々しくなる。返事はない。中に人の気配があるのかどうかも分からない。洗濯機の上にはすりガラスの小窓がついているが、その奥で人影が動く様子もない。小声で名前を呼びながら再びノックしてもやはり返事はなかった。

寺元さんは出かけているのだろうか。あるいは先週あたりに部屋の中で倒れて誰にも気づかれず……不意にそんな想念にとりつかれたが、辺りは埃っぽい臭いがするだけだ。やはり出かけているのだろう。

その場を離れようとして歩き始めた瞬間、背後で音がした。振り返ると、寺元さんがドアの隙間から半分だけ身を乗り出し、こちらを見ていた。禿げ上がった丸顔はいつもより青白く、無精ひげの生えた頬がこけて見えた。「田村さん、なんで……ああ、そうか……まあ、ここじゃなんなので、どうぞ……」

「散らかってるけど」

といいながら寺元さんは私を部屋に招き入れたが、中は私の部屋よりもきれいに片づいていた。ローテーブルの上にはA4サイズポスターみたいなものが散らばっていた。猫の写真の下に黄色い枠が印刷してあり、「さがしています」という文字が見えた。

「先週から急にいなくなっちゃってね、ずっと探してたんだけど……」

猫を飼いはじめたと寺元さんが言ったのは半年ぐらい前だったかランチの時に写真を見せてきたのを覚えている。たしか、ニティンとかい名前だった。額の毛が富士山のような形に、白と黒に分かれている猫だ。

「この近所では、見つからない感じ?」

毎日そこらじゅうの路地に入って見て、電柱ポスターも貼ったんだけどね。今のところ手がかりはなくて……」

寺元さんは俯いたままTVリモコンをいじくり回していた。目の下にできた隈が濃かった。

中野では孤独死が増えているらしい。突然にそれまでの生活人間関係から切り離され、中野に閉じこめられた人々が、生き残りをかけてあがき続け、一息ついたあとに待っていたものは、容赦のない孤絶だったというわけだ。

職場への連絡も忘れ、一週間にわたって捜索を続けていた寺元さんと猫との個人的な結びつきは、どれほどのものだったのだろう。そして突然に去られたと知ったときの衝撃は……いや、仕事を忘れていたのではなくて、猫を探すために休むと言えなかったから、連絡できなかったのかもしれない。猫の存在が、どれほど寺元さんの柔らかいところに入り込んでいたか、誰にも知られたくなかったから、中野ではそれなりに気心が知れているはずの私たちにも、失踪事件とそれがもたらした内面緊急事態について、口を閉ざしていたのではないだろうか……

「鬼澤さんには、寺元さんが体調崩して寝込んでたとか言っておくので、ニティンの捜索、続けてください」

「気遣わせちゃって、ごめん。僕の方からも、後で連絡入れておこうと思うから……」

寺元さんはアルミサッシを静かに開け、冷蔵庫から麦茶を出した。梅雨時の空気で蒸し暑くなり始めた部屋にかすかな風が入ってきた。窓の外に見えるのは隣家の壁ばかりで、申し訳程度についたコンクリート製のバルコニーの下には、古い落ち葉が厚く積もっていた。その隙間に何か、木の根か、古い革製品のような、黒に近い焦げ茶色のものが突き出ている。表面には緑の苔か黴のようなものが吹いて、時折、びくり、びくりと脈動しているように見える。

「寺元さん、そこに、何かいるみたいなんだけど」

「ああ、それ、引っ越してきたときからずっとそこにあって……え、動いてる?」

その「何か」の動きはしだいに大きくなり、周辺の落ち葉がめくれて露出した土には蚯蚓や百足が這っていた。そこに埋まっていた朽木のようなものは、地表面に見えていた一部分よりもはるかに大きかった。それは蛹のように蠕動しながら室内へどたりと入ってきた。麦茶のグラスが倒れ、中身がフローリングの上に広がった。

その「何か」は動き続けるうちに表皮が剥がれて、琥珀色をしたカブトムシの蛹的なものが姿を現した。痙攣的な動きはしだいにゆっくりと、動物らしい所作が読みとれるようなものになってきた。やがて内側から被膜が裂け、現れたのは肌だった。真白なその表面へしだいに赤みが差してきた。寝袋のように床へ残された被膜から、人型をしたものが起きあがる。

それは姉だった。間違いなく姉だった。17歳の夏の夕方高校の帰り道、自転車ごと、農道のどこかで消えた姉。警察が公開捜査に踏み切り、全国の交番写真が貼り出されても、けっして戻ってくることのなかった姉。落ち着いたピンク色のフレンチスリーブワンピースを着て、薔薇色の頬に薄い唇と切れ長の眼が微笑み、当時の面影はそのままに、だが記憶の中の姉よりもはるか大人びた姉が私を見ていた。

「背、伸びたじゃん」

といいながら姉が私の腕に触れた瞬間、思わず涙がこぼれた。

「そうか、田村さんのお姉さんだったのか。だからずっとそこに……」

寺元さんは何か遠く、眩しいものを見るような目で、姉と私を見ていた。

「ニティンくん、きっと戻ってきますよ」

姉は寺元さんに微笑みかけながらも決然と言った。寺元さんは照れくささと寂しさの入り交じったような顔で笑った。が、不意に真顔に戻った。

「待って。聞こえる……ニティン、ニティン!」

というが早いか、寺元さんは部屋から駆けだしていった。

かすかに、猫の鳴き声のような音が聞こえる。涼しい夕方空気が窓から入ってくる。

「もうすぐディオニュソスお祭りだね」

どこか遠いところを見ながら姉が言う。

「もうそんな季節か」

中野ディオニューシアまつりは毎年初夏に行われる。今年もたくさんの供物を捧げた行列が、狂乱状態の男女が、鍋屋横町を練り歩くのだろう。中野で過ごす何度目の夏になるだろう。いつの間にか、夏の風物詩を繰り返す季節の一部として、中野で受け入れつつある私がいた。

2021-04-29

カンボジアコロナ対策がすごい

カンボジアに住んでいる私、現在ロックダウン中。

カンボジアコロナ対策が、あまりにも日本と違うので興味を持っていただけたらと思い日記します。

学べる教訓は、「コロナ対策は一時も気を抜くな」ということ。

この1年間、カンボジアコロナ感染者は約500名で死者ゼロ。多少のクラスター発生はありましたが、速攻封鎖&関係者全員PCR検査で大きく感染拡大することはありませんでした。なので、東南アジアの中でもコロナの封じ込めが成功している国と言っても過言ではありませんでした。

そう、2021年2月20日までは…。

2月20日の数日前、ドバイからプライベートジェット中国金持ち4人組が入国しました。

カンボジアでは、入国時のPCR検査と2週間の強制隔離義務づけられており、この金持ちグループも例にもれず、指定されたホテル移送されました。しかし、彼らは警備員賄賂を払い脱走、その後プノンペンとあるクラブ2月20日に行われたイベントに出席します。最悪なことに、彼らがPCR陽性だと判明したのは脱走してイベントに出席した後だったのです。

そのクラブイベントで大規模クラスター発生。

どうやらそのクラブイベント中国コミュニティ主催だったらしく、コロナ感染者のほとんどは中国人でした。さらに、クラブイベントの出席者が地方ホテルで行われた大規模な結婚式に出席、そこでもクラスターが発生。あれよあれよという間に、カンボジア全土でコロナが広がっていきました。

当初、感染者のほとんどは中国人でしたが、今度は縫製工場市場というカンボジア人の生活の中心地でも感染爆発。最近ほとんどカンボジア人がコロナ感染しています

今年の2月20日までは約500名ほどだったコロナ感染者は、4月29日時点で11,761名(うち11,210名は2月20日事件に端を発するもの)、死者89名となっています

カンボジア政府が行っているコロナ対策について挙げていきます日本でやったらえらいことになります

都市ロックダウン

2週間ほど前にプノンペンロックダウンするらしいというニュースが流れ、まもなく政府から正式ロックダウンが発令。当日夜に施行されました。

仕事をしている人は通行証を見せればバリケードを通れることになっているものの、そのフォーマットコロコロ変わる。新しいフォーマットで持参しても現場役人がそれを知らず通行できない。

■夜間の外出禁止

20時〜朝5時まで緊急事態以外外出禁止。すべての店も閉店。なぜかルールを守らない人が未だにおり、毎日のように違反者逮捕されたというニュースがながれています。ある警官は夜中に家の前で飲み会を決行。見回りにきた警備員暴言を吐き懲役1年に処せられました。(執行猶予がつくのかは知りません)

アルコール販売禁止

飲酒の伴うパーティーコロナ感染が起こるという予想に基づき、すべての店でアルコール販売禁止されました。

市場の閉鎖

ロックダウン後しばらくして、プノンペン野菜卸売市場が閉鎖。その後すべての市場閉鎖指示。市場で働く人は全員PCR検査。15分で結果が出るキットでどんどん検査。どんどん陽性者が増えていく。

カンボジアには自宅に冷蔵庫がなく、毎日近所の市場で買い物している人がまだまだ多いです。そんな人達にとって市場の閉鎖は死活問題。各地で闇市が開催されているようです。

貧困層に食料の支援

市場を閉鎖してすぐに発令されました。良い政策なんですが、よくわからないのが配布方法。あるエリア貧困層を集めて、「配布式典」なるものを開催。みんなで写真を撮るという謎な方式。密ですよね。

無料でもらえるので文句言えないですが、写真を見るからにもらっているものは大量の米、魚のトマト缶詰インスタントラーメン調味料っぽいやつ…。栄養大丈夫心配です。

区画の色分け

一番新しい対策ロックダウン下のプノンペンレッドオレンジイエローの3色にゾーン分け、それぞれで制限の内容を変えるというもの

レッドゾーンは基本家の外に出るのも禁止。「家から出たら逮捕する」と叫びながら警官が見回っているようです。

オレンジゾーンは週3回までの買い物は許可されています。ちなみに私の住んでいるエリアオレンジです。

イエローは割と移動できる。

とまあ、だいたいこんな感染対策をおこなっていますカンボジア政府からの指示は基本カンボジア語。しかもなぜか書類スキャンしたっぽい画像なので翻訳ソフトにかけることもできないというクソ仕様。でも日本人会のどなたか(多分偉い人)がフェイスブックで指示の翻訳をしており、とても助けられています

現在、1週間に1度くらいしか外出していませんが、日本ではありえないことを体験できているので、個人的には楽しくやっています

現場からは以上です。

興味があれば、「khmertimes」というニュースメディア英語なので検索してみてください。

2021-04-26

ぐーぐる地球儀を回して遊んでたけど

メルボルンって区画がっつり整備されていい街だな

一回も行ったことないまま死ぬんだろうけど

地球広いな

いろんな街に住みたかったな

2021-04-24

夢日記

高校時代に戻ってた

同級生の1人に告白された

結構仲は良かったけど、恋愛感情はなかったから人選が謎

かに告白されたり恋人ができたりしたことは無いからすごく舞い上がって、でもちょっと怖くて、それでも勇気を振り絞って返事をして付き合うことになった

一緒に帰ろうとしたけど、まだ何かやることがあるらしい

部活に間に合わなくなるから1人で帰った

急いで部活に行くとまだ音楽室は使われていた(自分運動部だったし、他の部員高校時代部員だったけど音楽室とそこにいた先生小学校時代のままだった、記憶が混ざったらしい)

この辺りで目が覚めて、自分はもう高校生じゃないから夢だったのだと気がついた

結局現実では喪女のままだと気づいて少しショックを受ける

ただあくまで夢の中で目が覚めただけだった

次に英語ワークショップに参加する

教室を借りるとかではなく、なぜかバスの中がメイン、たまに降車するバスツアーのような形式だった

全く知らない大人たちの他、高校同級生や先輩、小学校同級生も混じっていた

ペアワークをすることになって、近くの知らない人と組めばいいのに、皆うろちょろと知り合いを探しており、自分高校同級生と組んだ

その後バスは発車し、また停車しようとしたが、運転手が異様に停車が下手だった

路肩の停車ポイント(?)に停車しようとして失敗、次の区画へ……を3回くらい繰り返した

そのあたりでおかしいな、と思い目が覚めた

2021-04-09

anond:20210409095417

都市設計区画設計 ビル位置 道の位置などを根本的に見直すと

そもそもエレベーターがいらない

行政都市開発の誤りを簡単に治そうとして横断歩道を通した結果

ハンディキャッパーが通れず

あとづけでエレベーターつけて

不具合が出て再工事

というのは

そもそも入札がおかしいか

入札を取り消すべき

原状回復

2021-03-27

anond:20210327100148

30XX年。この時代にもう地上に AI存在しない。


1950年代に考案された最初AIであるニューラルネットワークは、1990年代には実用化した。

2000年代に多層ニューラルネット欠点を補完する深層学習誕生すると、

これも実用化が進み、その研究2040年代には終息した。

やがて民生用量子コンピュータが普及し始めると、AI の量子演算研究は当時のホットトピックとなった。

だが、高度に複雑化した量子化AI理論理解できる学者世界に数人しかおらず、論文査読に8年もかかったという。

その実用化にはさらに多くの年月を費やしたが、身の回りのあらゆる電子機器に搭載されるようになった。


量子化AI の導き出す結論は常に最善・最適なもので、人々は機器に言われるままに行動するようになった。

その方がいつも快適だし、無駄思考コストも要らないので当然のことである

電子機器の指示に従って暮らす人にとって、 AI は神であり、その言葉はご神託となった。

その昔、SF作家アーサー・C・クラークは、

「十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない。」

と言ったが、

「十分に発達した AI は、神と見分けがつかない。」

という世界が具現化したのだった。


考えてもみてほしい。

ものごころつく前から機器の指示に従うことが善とされ、それに逆らった人間には事故病気という罰が与えられる。

祖父母も両親も私もそうやって暮らしてきたし、将来産まれてくる子や孫もそうするだろう。



今、私に与えられている指示は「ロウドウ」だ。

畑を耕し、野菜を育てる。

自分で食べるもの自分で育てる。

当たり前のことだが、これは案外楽しいものだ。


私の担当トマトで、午前の担当区画では種まき、午後は別の区画で収穫をする。

水まきは週に1回なので今日は無い。

住人全員が食べる分のトマトを運ぶのはかなりの 運動 になる。

牧畜担当に憧れが無いわけでもないが、友人曰くミルクの運搬がかなりキツいらしい。


夕方には、その日食べられる食材を持ち寄って集計し、グループ単位調理して食べる。

食事は1日2回。朝はパンミルクだけの軽食なので、夕食が一番楽しい時間になる。

友人ともいっぱいおしゃべりできる貴重な時間






食後の片づけを終えたら、睡眠室に戻り、私は「メイソウ」をする。

正直に言うと、この2時間に具体的に何をすればいいのかよく分からない。

お母さんは、何でもいいか自分一人で考えることが大事というし、

お父さんは、妄想でもしとけばいいという。


おばあちゃんが生きてた頃に相談したら、

昔の人の暮らし想像するのだと言って、なぜか神話を語ってくれた。


人々は遠い昔、「チキュウ」という天界暮らしいたこと。

人々は神様のことが良く理解できず、勝手に悪い神様を創り出してしまたこと。

悪い神様のせいで「チキュウ」が壊れてしまい、

それを見かねた良い神様が「フネ」という新しい世界創造したこと

その「フネはいくつもあって、この「フネ」に宿る神様名前は…

ジー・・・

なんだっけ。一度はちゃんと聞いたんだけど、今はもう思い出せない。



ピピピピッ。

腕にはめられたリングが光り、「メイソウ 〇」の緑の文字が浮かび上がった。

すぐに「スイミン」の指示を示す青い文字へと変わった。

どうやら、今日の「メイソウ」も無事終えられたようだ。

昼間、体をたっぷり動かしたせいで、今夜もぐっすり眠れるだろう。

私は、どうしても思い出せない神の名を妄想しつつ、静かに眠りについた..。

.

2021-03-16

夜のオフィスに閉じ込められた話

数年前、高層ビルの高層階にある広いオフィスに勤めていたのだが、セキュリティドアがやたら多くてダンジョンみたいな場所だった。

区画が大まかにAとBに分かれており、Aは残業が多い部署、Bは早帰りの部署が集められていた。

自分はA区画勤務だったのにロッカーはB区画にあったため、残業した場合会社支給LEDランタンを持ち、既に全員帰って誰もいない真っ暗なB区画を通ってロッカーに行くのが常であった。

しかしある夜、カードキーをうっかり忘れて丸腰の状態ロッカーへ向かってしまい、セキュリティドア同士に挟まれた狭い廊下に閉じ込められてしまった。

勤務中のスマホ使用禁止なので、ロッカーの中である。このまま廊下で一晩過ごすしかないのか。大ピンチ

が、必死にドアを叩いて「開けてーーー!!!」と叫んでいたら、たまたま自分以外に1人だけ残っていた他部署(A区画)の人がおり、気付いて開けてくれた。本当に助かった。

2021-03-03

ヒプマイにはまりつつあったのに冷めた話

ヒプアニというネタアニメファンの皆さんゴメンナサイ)からまりハマりつつあったヒプマイというコンテンツですが、調べれば調べるほど熱が冷めてしまいとても寂しい。

女尊男卑という謎設定やその設定の甘さにめまいがしてきた。

ぶっちゃけ男性が考えたよねこの設定。

もしくは男尊女卑さらされた事のない女性

作りこめば作りこむほどコンテンツとして消費できないほどグロくなるから甘い設定にしたのかもしれないけどだったらそんな設定にしなければよかったのにとひたすら思う。

この辺はネット意見を読んで激しく同意する部分。

ていうか女尊男卑なのになんで領土の奪い合いという政治的な部分を『男なんか』に任せてるの?

個人的に一番ここが気になる。

結局男が政治的に主役だからだよね?

これが別区画への渡航権をかけてラップバトルを行うとかの設定だったらまだわかるけど、結局政治的で一番大事なとこは男の争いで成立させてるじゃん。

結局女に政治は無理って言ってるの?

いやさあ、書いときながらアレだけど上記は考えすぎだとは思うよ?

正しいかわかんないけど女の投票?という形で主導権は女にあるようには一応見えてるから

(でもアニメだと精神の殴り合いだったし男同士のファイトで結局決まってるのかも?)

でもそんな大事なこと投票で決める?

領土だよ?

これが男性しかいない区画内での話なら分かるけど現代社会と遜色ない生活区域領土でしょ多分?

いきなり渋谷区民が新宿区民になるようなものだよね?

女の皆さんはいいの?男は女の決定に従うしかないんだとしても女の皆さんはいいの?

色々裏の設定を考えることは出来るけど表面的に考察するならそうなるよね?

バトルのたびに区役所行かないといけないの?

あとバトルもさ、バトルを眺めつつ女性たちが賭け事をしたり男娼を侍らせながらバトルショーを楽しむとかだったら女尊男卑の設定の意味も出てくるけどアイドル化してちやほやしてるだけじゃん。

今はもうその辺の設定消えたくさいけどさ。

ただペットとして可愛がるみたいな、人として認識されていないような空気感も感じるからその辺は女尊男卑な気はするけど、そういう見方をするとキャラクター応援しているつもりが性的に消費する立場になったみたいでちょっと悲しくなる。

そういう意味では元々設定が肌に合っていないのかもしれないからそこは言及しない。

ていうか設定普通にディビジョンバトルだけでよくなかった?

都市間独立運動が加速し、日本という枠組みが崩壊して準独立国家という枠組みが形成されて、準国家間武力行使した争いを避けるために定期的に代理戦争としてラップバトルを開催とかでよかったじゃん。

優勝国家には次回開催までの間、国家間関税一定税率まで引き下げとかでよかったじゃん。

それなら普通に応援できたのに。

まだコンテンツ全部確認したわけじゃないから誤解とかあるかもしんないけどバックグラウンドが甘いコンテンツはなんかのめり込めないので頑張ってほしい。

解釈違いとか勉強不足とかあるかもしれないのでそこは先に謝りますゴメンナサイ。

2021-02-23

anond:20210221232536

人体模型図をみると、腸の構造は右腹部から上がって、左に水平に伸びて、左腹部で下に降りて肛門に至る形になってます

1回の排出で出せるのは、おおむね左腹部の下がっている区画に溜まった下痢だけなのね。

1回目の排出を終えてから、お尻に刺激を与えると、この区画は空になったよ~って信号が水平に伸びた区画に伝わって、

この区画の蠕動運動が始まり、次の下痢便が出口近くまで移動してくるのです。

下痢の時は、この腸の動きを積極的に利用して、肛門を拭くというより、揺さぶるように刺激を与えると良いです。

また、少しの蠕動運動で移動できるように、お腹を圧迫しない姿勢を保つのお勧めです。

2021-02-06

anond:20210206101429

町内会制強いとこだと区画全員知り合いとかあるから普通に挨拶しといたほうがいいよ

2021-02-03

anond:20210203094954

子ども部屋必要!って考えの人が意外と多い

2階建てでそういう設計前提で分譲の坪数も割りつけられてたりするから平屋だと1区画じゃ足りない‥

子ども部屋が必要になるのは実際には10年に満たないぐらいだったりするんだけど‥子供まだいねーじゃんって夫婦でも、子ども部屋入れておかないと売れないのよ

平屋いいよね

憎悪研究所 匿名実験区画の皆様へ

憎悪研究所 人間性センターより 緊急連絡です

ただいま 匿名実験区画の 憎悪量が 要求値を下回っております

より一層の憎悪を よろしくお願いしま

2021-01-29

anond:20210129092427

最低単位は?って聞かれたから、偉い人からも見えやすいように、会計単位を10億にそろえて、単位を1区画区画に みえるようにしておきました

anond:20210129092324

ほしい数量は1って、エリア1個だよね? みなとの倉庫区画区画ならなんとか・・・

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