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はてなキーワード: 葬式とは

2018-12-10

ちあきなおみ喝采』の歌詞が嫌いだ

表題の通りだ。俺は昭和60年まれだが、この歌詞を尊んだ昭和人の感性がわからない(あえて術語をでかくするぞ)。

嫌いな理由を端的に述べると2つある。

まず、情景が飛び過ぎなのだ

そして、飛び飛びのシーンそれぞれが象徴的でゴテゴテと飾り立てられている点だ。

一番の歌詞

3つの空間がある。順に見て行くと、

A ステージで歌っている語り手に訃報が届く。

B 訃報の主が語り手を故郷? の駅で引きとめようとした3年前

C 故郷? での教会での葬儀の場面

ついでに二番の歌詞

D 教会白壁

E 故郷? 駅の待合室で、自分のヒットソング聴く

F 舞台でいつものヒットソングを歌う語り手

こう見ると、舞台立ては「都会のステージ――駅――教会――教会――駅――ステージ」と整っているように見えるが、実のところバラバラである

時の操作がめちゃくちゃなのだ

まずAが地味におかしい。

恋の歌歌う私に黒い縁取りの訃報が届くのだ。

冷静に考えるとステージ去ってから訃報を目にするのだろうけど、見かけ上ステージで歌っている語り手に郵便屋が届けたように書かれている。

それだけAの時点で時系列の運びが性急なのだ

そしてB。

Aがおかしいのにいきなり「あれは3年前」とか言い出す。

そしてC

いきなり時が戻り、そして故郷に帰って葬式に出ている。

空間バキバキになっていることが解るだろう。

そして良いシーンをこれでもかこれでもかと持ってくる。「ほれほれ良いシーンどんどん行くよー」的な過剰包装的な過度の装飾。


C-Dへの情景の経過はやや丁寧だ。昼下がりから夕方葬儀が行なわれたのだろう。

そしてE。

駅に戻ってきたのは解るのだが、対称となるべきBの位置と異なる。

B動き始めた汽車に一人飛び乗った:ホームでの出来事だろ

E暗い待合室

Eはラストへの布石になるし、一人になったことを示していて叮嚀な箇所もあるが、しかしどうも空間がずれている。


こんな感じで、情景が性急に飛びすぎな印象を強く受ける。

そして、それがさもありがたそうに語られ唄われる。今でも「昭和名曲」としてありがたがられる。でもそれは虚仮だと思う。

なんつーか、下品表現なんだけど、昭和にわか成金にわか教養人、にわか中流家庭に向けられた、安っぽい感動への舞台立てだなと思うのだ。

いかにも「名曲」のような装いをしているのだがその歌詞は人の死と愛を浅薄かつ性急にそろえただけのものだ。

こうした「インスタントな大作」感が気に食わないということだ。

このあともう少しすると、例えば米米CLUB浪漫飛行』みたいな具体性がほとんど何もない抽象的な歌詞流行る。

こうした傾向は、『喝采』に限らない具体的な情景描写稚拙さ、あるいは陳腐化の反動ではないかと思っている。

2018-12-08

I'm sorry に該当する日本語がない。困る

「ごめんなさい」の方ではなくて、無いか表現しにくいけどしいて言うのなら「ご愁傷様」の方。相手共感して、残念だと思うという気持ちをあらゆる状況で一言で伝えられるフレーズね。

ご愁傷様だと重すぎるしどうも葬式の時に使う言葉という印象が強すぎて使いにくい。もっとライトに使えて共感してる感のある言葉いまいちピンと来ない。

残念だったね

かな?が近いと思うけど万能ではないし、なんかこちらがそれで会話を打ち止めする様な「わかった、残念だね。はいこの話題はこれで終わり」感がして冷たくかんじる。なので追加で何か言う必要がある(様に自分は感じる)。

ブラジャーの紐が切れて困ってる人に対して第一声として「I'm sorry.」は使えるが、日本語だと

それは残念だね。

だけだと「気持ちはわかったが、後は自分でやれよ」という感じが出るので「俺の貸そうか?」など追加で言う必要がある。さらに言うのならブラジャーの紐が切れた人に対し「それは残念だね」は不自然だ。

そう考えると、意外に日本語でこのI'm sorryの様に使える表現はないのだ。

2018-12-07

親戚一同がバカに見えるようになった

このまえ、爺ちゃん葬式で山奥の親戚の家に行った。

そのとき当然親戚が集まっているわけだけど、はてなでよく見るDQNなわけだ。

俺は東京でわりと裕福な生活をしている側なんだけど、まわりはそれなりに優秀な人が多い。

その中で仕事ができないといわれてる人でも、親戚と比べるとだいぶエリートだ。

もうね、環境の違いでここまで違うかってくらいバカ

というか、犬猫とそんなにかわらない目で見るようになっていった自分に気が付いた。

体が大きい分、オラウータンとかゴリラのほうが近い。

いつ暴力に出るかもわからないし、あーこれは無理だと思ったね。

アメリカエスタブリッシュメント層のそんな目で、人々を見てるんだろうなって感覚的に理解した。

ほんと、環境大事よ。

環境バカを作るといえるし、環境バカにならずに済むともいえる。

2018-12-06

自殺したい

自殺したい

自殺したい

自殺したい

縄を買ったけど実行できない

呆然とベッドに座り込んでる

もう会社3日も行ってない

何もできない

実家の愛犬よりも先に死にたい

葬式きてくれるかな愛犬

心療内科に行っても何も変わらない

もう鬱十年選手

安楽死させてほしい

なんで生きてるんだ

早く、早く死にたい

2018-12-05

葬式なんて不要

うちの家族は「葬式なんかでカネを使うより、生きてる者が未来の為にもっと有意義なことに使ったほうが良い」って考えですね。

資産家だった私の父もそうでした。

生きている間

「罰があたる!」

戒名にこれぐらい出さないと恥ずかしい!」

「他の人はもっと寄付してくれてますよ!」

などいろいろな脅し文句でカネを引き出そうとしてきた坊主の態度に大きな疑問を抱いて、その背景にある仏教ベースにしたビジネスモデルのろくでもなさに気付いたようです。

こういった考えは葬式商売されている方にとっては都合が悪いでしょうが

資産負債という観点投資という観点からすれば、葬式にカネを使うのはあまりにも非合理的

今の日本合理化が進んでいますから葬式なんて不要!という人が多くなるのは当然。

それに高級車でキャバクラ通いをする坊主批判しない仏教界の体質にも強いマイナスイメージを覚えていることでしょう。

そりゃそうですよ、自分葬式の為に出したカネがキャバクラ嬢やクルマやその他もろもろの高級ブランドが肥え太る為に使われてるなんて知ったらね。

まりにも葬式業者坊主にカネを渡すバカバカしさを痛感する。

葬式なんてろくでもないカルトだよな

葬祭ビジネスなんてろくでもない。

「罰があたる!」「戒名にこれぐらい出さないと恥ずかしい!」「他の人はもっと寄付してくれてますよ!」

などと脅したり人を馬鹿にしてコンプレックスを刺激したりして今まで儲けてきた。

ほんと、高い壺を売る連中と根っこは変わりませんよ。

仏教界も高級車でキャバクラ通いをするような坊主を表立って批判しませんし、そういった汚れた体質も人々の仏教離れを進めている。

いちばんおぞましいのは仏教信仰が強い地域葬式を行わないと村八分にされるという恐れですね。

そういう意味では仏教オウム真理教などのカルト宗教有害性はさほど変わらなくなる。異教徒への人権侵害を是とする姿勢なのですからね。

まあ異教徒への仏教徒の姿勢は、仏教徒によるロヒンギャへの強姦殺害などの弾圧迫害行為にすべてが示されていますが。

2018-12-03

地元の親の葬式とか行かないだろ?

帰省するにも金かかるじゃん

葬式するにも金かかるしさ

葬式ってケチればトータルでプラスになるの?結婚式みたいに

女性と関わることができない

29歳独身童貞いない歴=もちろん年齢

小学校ときはいじめられて4年生以降はずっと不登校保健室ばっかり行っていた。

それを見かねた親が自宅学習してくれたおかげで、中高一貫男子校に行かせてくれた。

大学上京して理系単科大学へ進む。岡とか台とかにキャンパスがあるところで修士まで行った。

もちろんこの間女性と関わることなんてまずない。所属サークルヲタ系のサークル女子部員は一人もいなかった。学科にも研究室にも一人もいない。強いて言うなら事務のおばちゃん事務的な会話をするくらい。

サークル部員学科研究室の人たちと飲み会に行くことはしばしばあったが、女性の話をすることなんて一度もなかった。てか知り合いに彼女がいるって話を聞いたことがない。

大学卒業後はWeb系のエンジニア職に就職する。職場女性事務職の人しかいなかった。

ここで初めて女性と関わりがなかったことがどれだけヤバイことかに気づく。

自分の状況見かねた先輩が女の子を紹介してくれた。カフェに行って雑談しようとしたが、まず話すことができない。技術系の話題しかからないし、女の子と一緒にいるだけで緊張で悪寒がしてしまい、わず20分で解散する。

フィードバックも最悪なものいただき

それ以来先輩から女の子を紹介してもらったことはない。

去年祖母が亡くなった。その祖母にとって最も年長の孫だった俺は、死に目には会えたがそのときに「ひ孫の顔が見たかった」とぼやかれる。そのせいで、葬式中に親戚にめっちゃ叩かれ、費用は親戚持ちで某大手結婚相談所へ入ることになる。

しかし、自分からアプローチするということがことごとくめんどくさくて、会話のやり取りを一通するだけで終わるということがしばしば。コーディネーターの方が女性を紹介してくれるが案の定何も話せずに終わり、後日お断りと言う流れが計6回。

一年経って何も成果が出ないため、この度退会させていただくことになった。

ぶっちゃけ年収は同世代平均よりもかなり高いし、身長もそこそこある。デブでもハゲでもないしジム通いを今でもやってるから、身なりを整えて自分からアプローチができればなんとかなると思う。しかし、いかんせん今まで女性事務事象以外で関わったことが全くないため会話すらままならない。

周りを見ているとチラホラ結婚し始めていたり、学生時代同じく女性と関わってなかったオタサーの同期すら結婚する人が続出している。そのため、結婚に関してはだいぶ焦っているが、何をすればこの苦手を克服できるのだろうか。

2018-12-02

貧困から文化放棄

あ、そっか。貧困がこのまま進めば文化崩壊が始まるのか。

崩壊っつーか放棄かな。

お金がないから、結婚式なんてあげられないし、値段が高い伝統文化工芸品なんか勿論買えないし、貧乏からコスパ重視しちゃう。車なんて論外。電車ギリギリ?そんなに交通費は使えないし。

田舎だと尚更キツイ。都会のちょっと端に移住するしかなくなる。

諦めて移住するから地方人口も減るなあ…。

墓なんて維持費がかかるし、葬式も金がかかるから無理無理の無理。自分は死んだ後、葬式あげずに直接火葬場に持ってってもいいし、そのまま土葬にしてもいいと思ってるしね。葬式なんてやらなくていい。やんなくていいよ。ボイスレコーダーに声を残して聞かせるとか、VR葬式をやる。データに残して…ってこれ金がかかるか。じゃあ、ダメだ。

墓はなくていいな。もう、あれだ、卒塔婆を刺して放置でいいよ!それかただ、単に土に埋めるだけ。全ては自然に還るから構わないし。

それか、再生産。骨にした後、何かに作り変えてもいいし、ゴミとして処分しちゃって構わないよなー。

自分の遺骨の保管しないでほしい。もう捨てろよって思う。遺骨は保管しなくていいですっていう証明書文書とか作れないかな?後で調べてみよう。

寺とか神社がなくなるって言われても、ああ、そうなんだ。としか思わなくなってきてる。新しいのが出来るんだな、くらいしか思わない。

ブランド品とか無理だね。結婚目的にするならそりゃあ、身なりは整えなきゃだけど金がないから無理だから

金がなけりゃ相手も出来ないなあ。残念!

出来たとしても子どもなんてお金がかかる…無理。

このままだと、伴侶及び子孫は諦めるしかないんだよ…。ごめんね、お父さんとお母さん…。

まあ、貧乏自分だったらこう思うっていうお話

伝統文化工芸品は残したいと思っているんだけど、お金がかかるならもう諦めるしかいかな。存続は他の人に任せる。

衣食住で精一杯。あとちょっとした交際費。そんな感じ…。

中流層富裕層が頑張って文化伝統を支えて欲しいと思ってるけど、大丈夫かなあ…。うーん。

2018-12-01

友達葬式で考えたこ

友達事故で死んだ。危機管理能力が無いバカが死んだんだなと思った。

被害者遺族が泣いていた。人が死んだくらいで泣くとか気持ち悪っ。どんだけ自分のことを善人に見せたいんだよ。と思った。

「殺されるのが悪いんですよー。自己責任自己責任♪」って死体になった馬鹿被害者の耳元で呟こうかと思ったが、信用を失いそうなのでやめた。

弱肉強食資本主義社会では弱い奴は死ぬ。弱いのが悪い。加害者責任転嫁するな。被害者になりたくないなら強くなり加害者になれ。僕は本気でそう思う。

東京国立博物館地域博物館とかで経塚やそれに関する遺物を見かけることは多い。

経塚は、昔の人が末法の世になってもお経が伝わるように、地面にお経を埋めたものだ。

経文と共に仏像なんかも安置される。

埋められた経文を埋納経という。金属などで出来た容器は経筒という。

埋めたものが何かの拍子で出土することがあるのだ。

埋める際には、当然末長く伝わることが目指された。

経筒を密封することはもちろんだが、まわりを石で作った入れ物でさらに封をする場合が多い。

お経は紙で、溶けてしまって今に伝わらないが、後世にはお経を石に掘って埋めたり、石に墨書して埋めたものもある。

いつまで仏法を伝えればいいのか? それは56億7000万年後だ。

弥勒菩薩が現れて再び衆生を救済するまで、末法の世は続くのだ。


経塚関係資料を見ながら、埋めた人々の想いはいかばかりだったか想像する。

色んな苦しみが今よりずっと多い時代

拠り所とするお経というか仏教がなくなるかもしれない。伝わらないかもしれない、という想い。

金と権力がある人が示威的にやっている側面ももちろんあるだろうけれど、それだけで切りとれない要素もある。

未来に向けて伝える、という何か意気込みのようなものが実物資から伝わってくる。


ところで、私たちは銅鐸の使い方を知らない。

多分こうだろうというのはあっても、精確なところは解らない。

銅鐸に限らず弥生時代祭祀具は、使い方がわからないモノが多い。

さらに前の縄文時代祭祀具(と思しい)考古学資料も、やっぱり精確なところの使い方は解らない。

土器がどうしたあの形状なのか。土偶がどう使われたのか。

皆忘れてしまったのだ。歴史のどこかの段階で、忘れてしまった。知る人が一人もいなくなってしまった。ある種の絶滅だ。

銅鐸に替わって登場する祭祀具は鏡だ。こちらは解る。今も神社奉納してある。ご神体のような使い方をする。伝わっている。

このあたりから何となく使い方が実感としてわかる資料が出てくる。


さて、経塚の資料はそういう意味ではめちゃくちゃ良くわかる。

例えばいきなり経塚から石板に刻まれたお経が出てきたとして、その名前考古学的な背景が解らなくとも「うわなんかお経が書いてあるぞ」くらいはわかったりする。

あるいはそこまで行かなくても、「何か文字が書いてあるぞ」とわかる。

この辺りで「これは何か重要ものかもしれない」と多くの人は感じとることができるだろう。密封されてもいるわけだし。

専門的な仕事に携わってなくとも、例えば土木工事や農作業で経塚が今に姿を現したら、「なんか仏教関係ぽいのがでてきた」と思えると言うわけだ。

私たち仏像なりお経なりを見たら、直観的にどんな分野のものである理解できる社会に(今も)生きている。

科学が発展しようが、未だに路傍には地蔵があり、葬式でなんだかわからんままお経を唱えたり、する。

仕組みを何となく掴んでいる。

私たち仏教になじんでおり、仏教を今から未来に伝える一翼を担っている。

銅鐸とはここが違う。


そういう意味では、古えの人々の想いは伝わっている。

それが直感的に何かわかるからだ。

平成が終わろうとしているが、その時代にあっても仏教にまつわるものだと素人でも判断できる社会からだ。

難しいけど、科学が発展した時代だけれど、こうした直観でわかる宗教的バックグラウンドは大切なものと思う。

今はかなり色々なことがわかる時代だが、そうじゃなかった時代に人々の心のよりどころになった考え方とその資料

その価値や意義、と言ってしまうと大仰だが、何となくかるというふんわりとした知識

学者研究者じゃなくたって何となく生活の中にある要素。

ふんわり未来に伝わって、それで56億7000万年後にも伝わればいいと思う。

anond:20181201000638

個人的には

「ごめん、その手の言葉は今は聞く気になれない。

しばらくしてからまた話す」

って正直にいって電話切ってから一人でキレるくらいの

芸当ができる大人でありたいけどな。

 

慰めが無駄だなんて慰める方だって重々わかってるけど

それでキレられて増田にまでえっち正当化しに来られても。

 

この先俺もお前も伴侶も親も子供も全員いつかは死ぬ

かならず出席しなけりゃならない葬式とき喪主

「この度はまことにモゴモゴ」の挨拶もできない

(したら殴られるかキレられる)ようじゃ困るんだよな。

 

葬式一つ出せずに老親の死体遺棄して逮捕されちゃうバカな奴らを

毎日ニュースで見てるんだから

葬式くらい出してほしいし

そこではありきたりなお悔やみの言葉くらい言わせてくれる社会であってほしいぞ。

まあ、お悔やみ電話のまえのメールとか必要になるかは知らんけど。

2018-11-20

anond:20181120005316

葬式の話も、実際に葬式やった親族の方が遥かに苦労しただろうに

その親族の苦労は把握せず、ただ「俺も苦労したのに親族は分かってくれない」とだけ言ってるんだよな

親族からしたらお前の苦労なんかこっちと比べたら苦労でも何でもないだろとしか思わんよな

anond:20181120003237

大本からし

嫁より稼いでるし嫁より過酷環境に居ると思ってるし嫁より島国である日本経済支えてる自信あるわ

と、嫁より苦労していると主張しまくってるよな

その流れでの葬式話だから、同じように「葬式やった親戚より俺の方が苦労してる」と主張したいんだろうと思ったが

anond:20181120002156

葬式する側は心情的苦労をしてないと思ってるのか?

あんなクソ面倒なイベントを執り行うのに心情的苦労が「葬式行けない事を親戚に説明する」よりも少ないと??

この増田、何がなんでも「俺は他人より苦労している」と思いたがるんだな…

anond:20181120001517

実際に俺は乗船スケジュールの兼ね合いで俺の祖母の死に目に会えていないし葬式にも出てないが苦労は感じた

で、死に目に立ち会ってその後の手続きだの葬式の手配だのをやってる人より苦労してると思ってんのか?

anond:20181120000827

いやいや「行かない」という選択が「苦労してない」という解釈おかし

実際に俺は乗船スケジュールの兼ね合いで俺の祖母の死に目に会えていないし葬式にも出てないが苦労は感じた

どうしても下船できないことを親族説明しなければならないんだ

そういう人間感情をもうちょっと考慮して欲しいかな?難しくはあるだろうが

2018-11-19

ツイッターで擬似的な死を楽しんでいる

ツイッターアカウントをいくつか持っていた。

どれも五年以上前に作ったものだ。それぞれに繋がりはなく、名前も違うしツイートの毛色も違う。趣味で切り分けた独立アカウント。そしてそれぞれによく話す仲の良いフォロワーがいる。

半年前、仕事生活上の様々な不安小学生の頃から持っていた希死念慮がぐちゃぐちゃに混ざって、その中の一つのアカウントで死亡宣告をした。

遺族になりきって、「〇〇の親族です。〇〇は先日逝去いたしました。生前〇〇と親しくお付き合いいただいた皆様、どうもありがとうございました」

というふうに。亡くなった芸能人ツイートを参考にしてそれっぽい文面にして、葬式など様々なドタバタを暗に臭わせるために死亡設定日より期間を開けたりなんかもして巧妙に。

ツイートした直後、後悔した。なんでこんなことしたんだろう、意味がわからない、でももう呟いてしまたから消すわけにはいかない。

でも、そのアカウントで仲良くしていたフォロワーの一人がそれを拾った途端、後悔がぞくぞくとした快感に変わっていった。

「〇〇さん!? 嘘だ......」「そんな......よく話していたのに亡くなるなんて......」

私のために悲しんでいる。リツイートが増え、私の名前を見たことがある程度の人までご冥福をお祈りしている。彼ら彼女らにとって、私は死者になったんだ。

すごく気持ちが良かった。私が死んだだけなのに、こんなに多くの人がその死を悼んでいるのだという快感

私の冥福を祈っている人たちのツイートを見ながら、私はにやにや笑っていた。

以来、私は一定の間隔をあけながら、私自身を死なせている。何度も死なせていたら当然アカウントが足りなくなってくるから、新しくアカウントをつくってまた別の関係を構築し直す。タグをつけているツイートを探してその人の作品趣味共感してあげたり、まめにいいねリツイートをしてあげたり、「おもてなし」をしてあげさえすれば、ツイッターで人と仲良くなるのは簡単だ。もちろん、悼んでくれるような人を作るまでは時間がかかるから簡単といっても短期間ですぐに作り上げられるというわけでもないけれど。

ともかくそうやってコミュニティに参入したら、頃合いを見計らって私は死ぬ。死因は様々だ。事故死、病死自殺はうまくやると本当に気持ち良い反応が返ってくる。

何で気づいてあげられなかったんだろうとか、そういえばあの時のツイートは、とか、まだ若いのに、とか色々好き勝手に私の自殺の要因を想像している。愉快でたまらない。そういうツイートを見ているときがたぶん私にとって一番幸せ時間なんだろうと思う。

この前もまた私は死んだ。平成が終わるまでに、あと何回死ねるか。次はどんな死因にしようか。どんな訃報の文面を作ろうか。今日もそんなことを考えてわくわくしながら、私は呟いている。

追記

こんな日記なんて早々に流れに飲み込まれて消えると思っていたから、反応があって驚いている。賛否はともかくとして自分の書きなぐったものに反応してもらえることは、ご冥福を祈られるのとはまた違った嬉しさがあると知った。

趣味の悪いことだというのは自分でも重々理解しているのでそれは脇に置いておいて、私がアカウントを作る際に心がけていることとして、「ヘイトを溜めない」ことがある。

ツイッターにおける人間関係は、実社会よりはるかに作りやすいことはすでに書いたが、同時にそれはきわめて脆くもある。

ミュートやブロックという形でその人をいなかったことにできる機能があるし、訃報に触れる心持ちにしても、ネット上だけで関わりがあった人の訃報は、実際に対面したことのある人の実感的なそれより軽い。

からこそ、人が(本当に)死んでいるというのに、その人に対してヘイトを持っていた人は、ネット上においてはその死を平気で喜べる。実生活でそんな態度を露骨に表に出す人はほとんどいないことを考えれば、この点は了解してもらえると思う。

そして、そのような反応は、私の求めているものではない。

良質な冥福は、良質なユーザー死ぬことでしか起こりえない。私が平穏に悼まれるためには、関係悪感情を挟んではいけない。

から私のアカウント平和ツイートばかりだし、センシティブ話題には触れないよう心がけている、ということを追記しておく。

消されたら嫌だから取っとく

anond:20181118011243

高校生なら「学生の正装」=制服受験行くだろ?

学生の正装」だから制服で行くのは当然。葬式結婚式制服で行くだろ。

寒さは下に着たり、コート着れば大丈夫

anond:20130818033214

追記制服が一部の性欲を刺激する、といってるやつは自首したほうが良いよ

学生の正装」だから anond:20181119094645

学生の正装」だから制服で行くのは当然。葬式結婚式制服で行くだろ。

寒さは下に着たり、コート着れば大丈夫

2018-11-18

ツイッターで擬似的な死を楽しんでいる

ツイッターアカウントをいくつか持っていた。

どれも五年以上前に作ったものだ。それぞれに繋がりはなく、名前も違うしツイートの毛色も違う。趣味で切り分けた独立アカウント。そしてそれぞれによく話す仲の良いフォロワーがいる。

半年前、仕事生活上の様々な不安小学生の頃から持っていた希死念慮がぐちゃぐちゃに混ざって、その中の一つのアカウントで死亡宣告をした。

遺族になりきって、「〇〇の親族です。〇〇は先日逝去いたしました。生前〇〇と親しくお付き合いいただいた皆様、どうもありがとうございました」

というふうに。亡くなった芸能人ツイートを参考にしてそれっぽい文面にして、葬式など様々なドタバタを暗に臭わせるために死亡設定日より期間を開けたりなんかもして巧妙に。

ツイートした直後、後悔した。なんでこんなことしたんだろう、意味がわからない、でももう呟いてしまたから消すわけにはいかない。

でも、そのアカウントで仲良くしていたフォロワーの一人がそれを拾った途端、後悔がぞくぞくとした快感に変わっていった。

「〇〇さん!? 嘘だ......」「そんな......よく話していたのに亡くなるなんて......」

私のために悲しんでいる。リツイートが増え、私の名前を見たことがある程度の人までご冥福をお祈りしている。彼ら彼女らにとって、私は死者になったんだ。

すごく気持ちが良かった。私が死んだだけなのに、こんなに多くの人がその死を悼んでいるのだという快感

私の冥福を祈っている人たちのツイートを見ながら、私はにやにや笑っていた。

以来、私は一定の間隔をあけながら、私自身を死なせている。何度も死なせていたら当然アカウントが足りなくなってくるから、新しくアカウントをつくってまた別の関係を構築し直す。タグをつけているツイートを探してその人の作品趣味共感してあげたり、まめにいいねリツイートをしてあげたり、「おもてなし」をしてあげさえすれば、ツイッターで人と仲良くなるのは簡単だ。もちろん、悼んでくれるような人を作るまでは時間がかかるから簡単といっても短期間ですぐに作り上げられるというわけでもないけれど。

ともかくそうやってコミュニティに参入したら、頃合いを見計らって私は死ぬ。死因は様々だ。事故死、病死自殺はうまくやると本当に気持ち良い反応が返ってくる。

何で気づいてあげられなかったんだろうとか、そういえばあの時のツイートは、とか、まだ若いのに、とか色々好き勝手に私の自殺の要因を想像している。愉快でたまらない。そういうツイートを見ているときがたぶん私にとって一番幸せ時間なんだろうと思う。

この前もまた私は死んだ。平成が終わるまでに、あと何回死ねるか。次はどんな死因にしようか。どんな訃報の文面を作ろうか。今日もそんなことを考えてわくわくしながら、私は呟いている。


追記

こんな日記なんて早々に流れに飲み込まれて消えると思っていたから、反応があって驚いている。賛否はともかくとして自分の書きなぐったものに反応してもらえることは、ご冥福を祈られるのとはまた違った嬉しさがあると知った。

趣味の悪いことだというのは自分でも重々理解しているのでそれは脇に置いておいて、私がアカウントを作る際に心がけていることとして、「ヘイトを溜めない」ことがある。

ツイッターにおける人間関係は、実社会よりはるかに作りやすいことはすでに書いたが、同時にそれはきわめて脆くもある。

ミュートやブロックという形でその人をいなかったことにできる機能があるし、訃報に触れる心持ちにしても、ネット上だけで関わりがあった人の訃報は、実際に対面したことのある人の実感的なそれより軽い。

からこそ、人が(本当に)死んでいるというのに、その人に対してヘイトを持っていた人は、ネット上においてはその死を平気で喜べる。実生活でそんな態度を露骨に表に出す人はほとんどいないことを考えれば、この点は了解してもらえると思う。

そして、そのような反応は、私の求めているものではない。

良質な冥福は、良質なユーザー死ぬことでしか起こりえない。私が平穏に悼まれるためには、関係悪感情を挟んではいけない。

から私のアカウント平和ツイートばかりだし、センシティブ話題には触れないよう心がけている、ということを追記しておく。

2018-11-17

冠婚葬祭

冠ー成人式のこと(出席せずバイト行ってた)

婚ー結婚式のこと(おそらく一生独身する気もない)

葬ー葬式のこと(家族には葬式いらないて言ってあるどうせ呼ぶ人間もいないし)

祭ー先祖祭りのこと(墓もいらないって言ってある。そもそも次男から関係なし)

 

あとはいかにれい死ねるかだな。これが難しい

2018-11-12

お前が下手糞すぎて日本は死んでるし100年経っても何も起きないのが確定している

 真実を教えてやるよ

 あるようにみえるだけで何もないんだよ

一億人全員カス状態、一番賢い人でもカス

ましてや老人その他は、生きながらにして居ないも同然

いつ死去して新聞葬式案内が載っても分からないし誰も関心がない状態

すなわち日本には価値がないし未来もない

そうなった理由はお前の存在

おもしろいことや希望を求めてるようだが、お前が自殺するとみんな喜ぶぞ

Hagexが刺殺されたとき日本が湧いた

増田に書き込んでる者が殺害されていけば希望が出てくる

お前が殺される以外には、さしあたっての希望はない

そんくらいわかれよ。日本国民の念願は、「お前の死」なの

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