「葬式」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 葬式とは

2017-09-19

父親に対して恨み以外の感情がない

葬式には絶対に行かない

遺産裁判を起こしてでも必ずもらう

食肉工場

食肉を加工しているところって死んだ肉を整理したり、パック詰めしたりしてるんだよな。

死んだ肉が生きた人間支配している場所なんだよな。

葬式場もそうだけどさ。

そう考えると不思議な気分になる。

2017-09-17

嘘松もとい創作実話研究

①冒頭

・聞いて!

ちょっと待って!

登場人物

女性=お姉さん

男性=オッサンorオジサン

イケメン=お兄さん

人物の特徴

・スラッとした美人女性

若い男二人組は大小

・すぐ悪漢の背後に回る

・オジサンガチムチで優しそう

書き手立ち位置

・盗み聞き

第三者(レジ店員等)

・知り合いの話

書き手ちょっとした自分語り

クラスでの評判、経歴について

・一目置かれている

クール

・達観系

・寡黙な美人

腐女子

武道有段者

⑥心の中でツッコミ

ちょっと待って!○○だから

・いやいやいや!○○でしょ!それ○○だから!?

ギャグアニメの独特なツッコミ

⑦周りのリアクション

拍手喝采

・思わず握手した

・一同感動

・ドッと笑う

葬式、お通夜ムード

現在形と過去形

現在

「↑いまここ」(シュール光景に用いる)を付け足す

例:○○

  ↑

  いまここ

過去形

「って話聞いていま○○してる」カラオケ爆笑、壁殴る等

場所

病院の待ち合い室

・駅のホーム

電車

マクドナルド

スタバ

図書館

自分が一人でいられる(証人がいない嘘をつける)場所に限る

⑩応用例

さら自分思想社会風刺をいれる

例えばイケメンお兄さんに昨今の女性叩きに対する反論を言わせたり

タコ外国人日本労働環境おかしさを指摘させる

2017-09-15

anond:20170915144806

服装が明文化されている葬式結婚式婚活を同列に語られてもなあ

https://anond.hatelabo.jp/20170915102219

ジャージで来る人って、

そのまま結婚したら葬式結婚式にもジャージなの?

そんな知能の人と関わりあいたくないよね。

いや、流石にジャージでは行かない!それくらいの常識はあるよ!ってなると

次はその常識があるのに婚活初顔合わせジャージを着てくるというのは

「わざと」であり

そこには「相手を試す」「驕り」「相手をナメてる」以外の何をどう読み取ればいいのか

2017-09-14

墓参りへの疑問

父は無宗教である。母は葬式仏教を支持している。

夏になると墓参りに連れていかれる。父方の祖父への墓参りを強いられている。

私は祖父が好きではなかった。たばこを好むし、朝から酒を飲むし、人を非難して笑うのが癖だった。後から聞いたけど、不倫もしていたようだ。

父は「父(私の祖父)から愛情を貰った記憶がない、だから子どもの愛し方が分からない」と言っている。

墓参りとは「宗教様式を通して、亡くなった人を思うこと」だろう。

今回の場合、亡くなった人を思っても嫌な記憶しかない。そもそも顔を会わした回数も少ない。意味があるのだろうか。不愉快だ。

-----------------------------------------------------------------------------------------------------------------

これとは関係ないが、墓参りをしなくても本当に愛すべき人が亡くなったら「亡くなった人を思う」はずだ。

信仰心のない人にとって、墓参りである必要はあるのか? 思いだすなら形見でも可能ではないか? 目をつむればできるだろう。

母方では祖父母の人柄が好きなので墓参りに付き合っている。けれど知らない人だし、やる必要はないと考えている。

2017-09-12

マンガ受賞作品、いきなり葬式描写が間違っているのが気になって読む気になれない

http://www.moae.jp/comic/nokottakoi/1

葬式出たことある人ならわかると思うけど

お骨を遺族がいれるときって2人1組でやるわけで

作者が葬式に出たことがないのは喜ぶべきことなんだろうけど

引っかかってしま

収骨には竹ばしを用い、二人一組になって一片ずつはさんで骨壷に納め一度拾ったら次の人に渡します。

この儀式を「はしわたし」といい、亡き人をこの世からあの世に送り届けるという意味が込められています

http://www.osoushiki-plaza.com/library/sikitari/kotuage.html

モラルを破るほど経済効果が高いという仮説

①親が子供を苛めて憂さ晴らし→甘やかすか、試練を与えるかの違い。苛められた動物生存能力が強化される研究結果。長寿化で生涯に費やす消費額はさらに伸び需要喚起により経済効果も。

歩行者横断中でもどんどん車やバイク通行、加速。→目的地に少しでも早く到着し経済を回すスピード高速化により、日本経済悪化を食い止めている。弱肉強食体現社会競争力を高めている。

③各種ハラスメント弱者を苛める。→弱肉強食体現弱者に試練を与え生存能力を高める指導効果自身ストレス発散により開放的な消費動向に変わり経済効果も。弱者ストレス与え、アニメSNSほか欲求代替ストレス発散消費で経済効果

葬式結婚通過儀礼価格競争によりワンコイン葬式など厳かな儀式カジュアル化→価格競争により新サービス創出。行き詰まった日本経済に光を与える独創性世界から評価であるクレイジージャパンブランド力を高め観光需要喚起する。総合的に経済効果が高い。

迷惑をかけるほど、サービスが創出される。対処コストがかかる。それにより経済活性化される。以上により、アンモラル経済国家を支える重要資質子どもたちには幼い頃から身につけさせるべき朕である

アンモラル達成度が低い子ども少年法により厳しく規制し、将来世界に羽ばたく日本人として恥ずかしくない競争力のある人材に育成するのが経済国家として好ましい。

2017-09-11

平日休み仕事における誤解

私の姉は看護師をしており土日とか毎週決まった日に休みが取れるわけじゃない

私も平日が休みの日が多いので姉妹揃って平日休みが多い仕事についている。

 

少し前に葬式があり親戚が大勢集まった時に親戚のおばさんに姉妹揃ってニートだと思われていたことが発覚した

理由姉妹揃って平日に遊びに出かけているから、らしい。

いったいいつの話なのかは聞いてみても「いつも遊んでるじゃない!」と説明されてわからなかったけど

平日に休む・遊ぶ=ニートイメージってそんなに強いのかな

 

仕事してますって言っても「だけど、いつでも好きな日に休めるんでしょ?」と全然理解してくれてなかった

優しい人だと思ってたのに超残念……

2017-09-09

いつも思うんだけど

家族が死んで葬式出せなかったら(遺体をそのままにしたら)死体遺棄逮捕っておかしくないか

犯罪の要素ないやん

法のバグ

2017-09-07

血はつながっていないけどばあちゃんは確かに俺らのばあちゃんだった

少し前の話だが、ばあちゃんが死んだ。

ばあちゃんと言っても血は繋がっていない。隣に住んでるばあちゃんだ。

うちは母子家庭で、当時40になったくらいの母さんと、小学生のおれと、弟の3人家族だった。

まぁ母さん一人の稼ぎじゃもちろん裕福ではなく、地味な暮らしをしてた。

小学生だった俺ら兄弟はまだ金の使い方も知らなくて、友達の持ってるゲーム機とか、はやりのソフト

カードゲームなんかをいいなぁと思いながら、ま~子どもと言ってもその辺の雰囲気は分かるから

いい子ちゃんしてわがままもそんな言わなかった(小学1年の弟はまぁまぁ駄々をこねてたけど)。

それより俺らがしんどかったのは、母さんが全然家にいないことだった。

小4と言ってもまだまだ子どもなので、寂しいは寂しい。

朝俺らを送り出して仕事にいく母さんは、9時10時まで帰ってこなかった。

そうなると俺は小1の弟を放っておけないから家に居がちになるし、夜はどうしても家で2人ぼっちになって、

母さんが作ってってくれたご飯やら買っておいてくれたパンやらを食べて、テレビを見たり2人で小突きあって時間を過ごした。

そんな俺らに救世主が現れた。隣の家のばあちゃんだ。いま思えば60代前半のばあちゃんは

「おばあさん」ていう歳ではなかったのかもしれないが、俺らはばあちゃんて呼んでた。

ばあちゃんとじいちゃんは、月4万5千円のボロ戸建てに住む俺らの家の隣の、それなりに広くてきれいな一軒家にずっと2人だけで住んでた。

日本家屋って感じの畳部屋ばっかの家で、中庭があってっていう少し広めの家だ。2人の子ももいたけど、あまり見かけたことはない。

ばあちゃんとの出会いは、笑っちゃうんだけど、柿どろぼうだった。

ばあちゃん家の庭には大きな木が何本かあって、中でも2階以上の高さの柿の木は、毎年沢山実をつける。

俺らは塀越しに手を伸ばして棒とか使ってとってたんだけど、ある時、「上の方のならもっと獲っても気づかれなくね?」

ってなって、こっそり隣の庭に入って木に登って獲ってたんだ(普通にDQNだな)。

ガラって音がして家の窓が開いて、あ、ヤバイってそっちを見たら、にこにこしたばあちゃんが顔を出して、「おとなりの●●くんと●●くんね」って言われた。

俺らは怒られるものとばっかり思ってたから拍子抜けして、「こ、こんにちわ~」って間の抜けた返事しかできなくて、

そしたらばあちゃんが「柿が好きなの?沢山持って帰りなさいね」って。

「え、いいんですか?」って聞いたら「私たちだけじゃ食べられないし、木にも登れないから、窓から手が届くところ以外は鳥のえさなの。

だったら沢山食べてもらった方が柿も喜ぶからね。お母さんに持ってってあげて」って言った。

緊張が解けてどっと安心して、ずうずうしく「あざ~す」みたいにそのまま沢山とって、ばあちゃんがくれたビニール袋に入れて持って帰った。

夜に母さんがたくさんの柿を見て驚いて、勝手に入っちゃったけど怒って無かったよって言ったら、ちゃんと謝ってこい!って怒られた。

翌日母さんに持たされたりんご持って謝りに行ったら、「そんなことよりうちにあがんなさいよ。蒸しパン沢山作ったのよ」

って言われて、またほいほい中に入って食わせてもらった。

それをきっかけにお隣によく上がりこむようになって、ご飯だのお菓子だの沢山食わせてもらった。

一度、「柿盗んでた時なんで怒んなかったの?」って聞いたら、「うちにはもう息子たちも寄り付かなくって孫にも中々会えないから、

何かあの木に登ってるところ見たら嬉しくなっちゃった」って言ってた。

今思うと、ばあちゃんも寂しかったのかもしれないし、何より隣だから母さんは母子家庭だってことを話してたと思うし、

ばあちゃんは俺らが2人だけで家で過ごしてることとか、うちがあんまり裕福じゃないこととかもわかった上でそう言ってくれたのかなぁって思う。

チビだった弟はことさらばあちゃんになついて、子犬みたいにばあちゃんの近くをうろうろしてた。

多分話を沢山聞いてもらえることとか、すごいねえらいねって褒めてもらえることとかが嬉しかったし、やさしいばあちゃんが好きだったんだと思う。

家庭環境からお察しだが、今まで周りにじっくり話を聞いてくれる大人なんかいなかったから。

そんなこんなでばあちゃんには沢山世話になって、俺が高校入って部活に精を出したり、

弟も大人びてきて友達と外で遊んでばっかりだったりして通う頻度は減ったけど、ばあちゃんは変わらず俺らを可愛がってくれてた。

ばあちゃん家に呼ばれた日のご飯は育ち盛りのおれらを意識して、どんどん肉が盛り込まれ、量もすごいことになってた。

夏は庭で花火をして、すいかトマトやらきゅうりやらを冷やしながら食べた。

(もちろん、じいちゃんも色々世話をやいてくれたし、ばあちゃんがそんだけ俺らに手をかけてくれたのもじいちゃんの広い心のたまものだと思うからめちゃくちゃ感謝はしてる)

そんな時だった。ばあちゃんが脳溢血で倒れて、後遺症からじいちゃん一人では世話が難しく、しばらく入院した後施設に入ることになった。

俺らは病院へお見舞いに行ったりしたけど施設となるとなかなか行きづらく、

施設も遠くて、大学に入って日常生活がにぎやかに忙しくなっていた俺は自然と疎遠になってしまっていた。

弟はたまにお見舞いに行ってたみたいだ。

そこから2年ほどで、ばあちゃんが死んだという知らせがきた。

母さんから電話でその知らせを受けて、俺は泣きだしてしまった。でも、泣き出してしまった自分に驚いた。

なぜなら遠くに住んでた方のじいちゃんが死んだ時は、葬式では少し涙ぐんだが、こんなに泣いたりはしなかったからだ。

堰を切ったように自然と涙がボロボロ出てきて、ああ、家族が死んだんだ、もう会えないんだっていう寂しさつらさがガーって襲ってきた。

急いで家に帰ったら、同じく飛んで帰ってきた弟がいて、顔を合わせた瞬間またボロボロ泣いて、

「にいちゃんばあちゃんが死んじゃった」って子どもみたいに泣いてて、ああ、こいつも同じなんだなって思った。

通夜にも告別式にも出た俺らはあちゃんばあちゃんってボロボロ泣いて、花入れて出棺する時はことさら泣いた。

しわくちゃになったばあちゃんが、穏かな顔で寝てるみたいで、手を触っても硬くてひんやりしてて、たまらない気持ちでいっぱいだった。

実際の孫たち(もちろん顔見知りではあった)はそこまで泣いておらず、

俺ら兄弟尋常じゃない様子に若干引いてた。

じいちゃんは、俺らのそんな様子を見て、「ありがとうな…」って涙ぐんでた。

ばあちゃんがいない喪失感は大きく、何か実感がわかないなぁってしばらく思ってた。

ばあちゃんは俺らの本当のばあちゃんだったよ。沢山可愛がってくれたばあちゃんは、本当のばあちゃん以上に俺と弟のばあちゃんだった。

血のつながりも大事だ。だけど人と人の絆には、血縁関係ないと思う。

一緒に過ごした時間や思い出が多ければ多いほど、繋がれるものなんだと思う。

から、俺らとばあちゃんを一緒に過ごさせてくれた全部と、ばあちゃん本人に感謝してる。

ばあちゃん、愛して育んでくれて、ありがとう

ばあちゃんの蒸しパンがまた食べたくてしょうがないよ。

すげえ長くなってしまった。どうしても吐き出さずにはいられなかった。読んでくれた人はありがとう

2017-09-06

葬式にフルで出ると人生モチベーションが爆上げする

だいたいタイトルで言いたいことは終わってるけどまあ適当蛇足

親戚の葬式とか行くことあるじゃないですか

子供だったころは焼香だけして外で遊んでたりするけどある程度年行くと喪服着込んで色々参加するわけですよ、しかもその頃になると昔よくお小遣いくれたおばちゃんとかたまにしか会わないで毎回「でっかくなったなあ!」とか行ってくる母方なのか父方なのかよくわからん人とかの関わりがあって元気だった頃をある程度知ってる人がピクリとも動かず棺桶に入ってるわけですよ

顔を見て、念仏を聞いて、挨拶とかして、運び込まれて、焼却場に移動して、入れられて、お骨になって、って色々続いていって

この前に会って話してたおばちゃんが2度と動かなくなってて、しかもそこまで家族と関わりが深くないと病状の進行なんて全くわからないわけで、来年正月とかにまた会うかなーとか思ってた人が初夏に死んでて、そこで能動的に会いに行くことになるんですよ(というか自分はそっちの家族の家にはほとんど行ってなかった)

んで、そこに同じような人らが集まる

死んでて二度と動かないし喋らない人のために大勢集まってるんですよ

死んだら自分は終わりじゃないですか

それなのに自分のために大勢人が集まるんですよ

こっちからは何も返せないのに

1日参加しながらそんなこと考えたら急に

「ただ日時を浪費してるんじゃないか?」って気持ち普段の100倍くらいになって、しかも、だからと言って「死にたい」なんて非生産的な思いにも変換されなくて

どうしようもないし何をすればいいのかもわからないけど、とにかく何かしなきゃ、なんか残したり身につけたりしなきゃって思ったんです

自分にとっては身近すぎる人ではなく、ある程度な人が亡くなってしまったのでこのような気持ちになったというのはあるとは思います、実際に親しい親族が亡くなった場合には喪失感に伏せるかもしれません

というかこの葬式自体は数ヶ月前なんですが、今現在自分祖母が死を待つような状況になりはじめていることでふとあの感覚を思い出したので書き殴らせていただきました

私がクズでありよっぽどのことがないと奮起しないという点は置いておいても、自分が死んだ時のためにやっておきたいことはあるのではないのでしょうか

私はやってないやるべきことが多すぎて、こんなことしてる場合じゃない、もっと人間として大きくならねばならない、という感情に包まれました

私が死んでも誰も来なくていいし、骨なんてそのまま海に投げ捨ててもいいけど、自分が生きているうちにしなきゃならないことってまだまだ色々あるんだよなって思ったんです

2017-09-05

ブラック企業リモートワーク

親の葬式の日も12時間ほどリモートワークした(させられた)。はあ、なんのために働いてるんだろう。

2017-09-03

独身税の話あるけど

元の主張からはずれるかもしれないけど、 子供の育成にかかる費用社会全体で負担すべきという考えには賛成している。

(ここから先は明らかにディストピアSFの話です)

そもそもの始まりは親子の関係が、 人類起源(よりもずっと前)から存在する社会的特別人間関係から それに引きずられた社会システム上(経済上)の問題がいつまでたっても解決できないのではないか

からこそ、 親子の関係特別視することをやめるほうに進むべきではないかという主張だ。

民族風習や個々人の生まれによってはそうではないこともあるが、 現在の主要国のほとんどが親が子を育て、 子は親に育てられることが当然のこととして社会が成り立っている。

生みの親と育ての親が違うということはあるし、 いわゆる孤児というかたちで育った人もいるが、 社会的には弱者(少数派)としてとらえられることが多い。 (実際どうかではなく、多数派の人々が彼らにその社会観を押し付けるのだ)

そういう価値観のもと社会形成されているので、 親は子供を産めば育てなければならない義務を負うことになり、 子供も親に育ててもらっている以上、 家族として拘束されるという力関係生まれる。

子供が一人、成人するまでにかかる費用は莫大だ。 実際のところ、日本でもこの経済的問題認知されていて、 教育費の無償化子供手当、だとかまあ色々な経済対策は取られている。 (独身税というのが導入されるとしたら、この一環になるだろう)

ではなぜ親が子供を育てるのかという議題もあるが、 それは人の価値観それぞれなので省略する。 ここでは、教育無償化子供手当さらにいうと独身税とやら)を負担する社会側にとって、 出生率が下がり人口バランスが崩れることが、 社会全体にとってリスクや損失になることを考慮しておく。

では、親が一切子供を育てる費用を出さなくてよいと仮定してみよう。 これなら子供出産できる環境にある人が、 経済的理由で出生を拒むことはないだろう。

残念ながら、子供が一人で生活していくことも困難だ。 そもそも働くだけの十分な能力を持っていることは稀で、 能力が十分だったとしても、児童労働法律制限されている。 他、子供は多くの社会的活動に「親の許可」が必要だ。

親は子供を育てることで、かなりの経済的負担を強いられているが、 子供はそれ以上に親によって自分人生を左右されているのだ。 (奪われていると言っていい)

の子育てに対する経済的負担の軽減は、当然主張されるべきことだが、 これは、親が子供人生にどれだけ影響を与えるか考慮しなければならない。

親ではなく社会子育て経済的負担を支払うようになるなら、 親が子供から搾取しないことが担保されなければならない。 仮に子供を産んでから成人するまでの費用育児時間含)を100%社会負担するなら、 親が子供職業選択や進学選択に口出ししたり、 老後の介護を期待することはナンセンスになる。

ここまでの主張はこういう形でまとめたい。

という認識のもと、生みの親・育ての親に対して十分な報酬を与え、 さらに親が子供自分の所有物だと誤解しないように、 子供経済活動社会側が支援し、親に搾取されないようにする必要がある。

かつて、生まれによって土地仕事制限される時代があった。

今では私たち自由経済活動謳歌できるようにっている。 職業選択自由になり、手続きを踏めば住居の移動や国籍を変えることだって不可能ではない。 同性婚は認められつつあり、かつての社会的性差による不自由は取り払われてきている。

次は親子の関係による不自由が取り払われるべきではないか

親子の関係から経済的な拘束を取り払おう。 そして、出産育児に携わった人に対して社会から十分な報酬が支払われるようにしよう。

さて、最後にここまでの話を前提のもと、具体的な施策をまとめる。(時系列順)

おしまい

2017-08-30

俺が小学生の頃はお雛様を爆破していた

別にゲリラの爆破部隊で育ったわけでは無い。

こないだ、ふと小学生の頃に流行った替え歌を思い出した。その中で、割と鮮明に記憶に残っていた替え歌がある。

おひな様の歌(灯りをつけましょぼんぼりに〜)の歌を爆破テロにする、という替え歌である。たしか

「灯りをつけましょう爆弾に、ドカンと一発菊の花、なんちゃらなんちゃらなんちゃらら〜(忘れた) 今日は悲しいお葬式

といった内容であった。

今のSNSに流したら確実に炎上する、といった過激な内容であったが、小学生の間では爆発する、といった爆笑ポイントがあった為、ちょっとしたトレンドになっていた。

小学生うんこと爆発が大好きであり、SNSに流すと炎上する。

だが、私はこれを聞いた当時、恐ろしくて笑うことができなかった。

葬式という死後の世界が広がる事によって途端に生々しさが広がってきたのだ。軽傷で済むと思ってた。マリオくんだって爆破されたら、指を指して笑いながらツッコミ入れてたじゃん。爆発って人が死ぬんだ....、と子供心にパラダイムシフトが起きた。

そういえば、近年の子供達は死という概念あんまりよく分かってない、というニュースを見た事がある気がする(凄いふわふわしてる事例でごめんなさい)。ゲームだの漫画などで人が死ななくなったから、すぐに生き返るようになったら、だそうであるが、個人的にはやはり、お雛様を爆破しなくなったからなのではないか、と思う。

お雛様を爆破する教育を、お国は是非とも取り入れるべきではないでしょうか。

お雛様を爆破する事によって死の概念を受け入れる国、日本。血も涙もない倫理観!!まさにCOOLJAPAN!!!

2017-08-25

小学生の頃はおひなさまを爆破していた

別にゲリラの爆破部隊で育ったわけでは無い。

こないだ、ふと小学生の頃に流行った替え歌を思い出した。その中で、割と鮮明に記憶に残っていた替え歌がある。

おひな様の歌(灯りをつけましょぼんぼりに〜)の歌を爆破テロにする、という替え歌である。たしか

「灯りをつけましょう爆弾に、ドカンと一発菊の花、なんちゃらなんちゃらなんちゃらら〜(忘れた) 今日は悲しいお葬式

といった内容であった。

今のSNSに流したら確実に炎上する、といった過激な内容であったが、小学生の間では爆発する、といった爆笑ポイントがあった為、ちょっとしたトレンドになっていた。

小学生うんこと爆発が大好きであり、SNSに流すと炎上する。

だが、私はこれを聞いた当時、恐ろしくて笑うことができなかった。

葬式という死後の世界が広がる事によって途端に生々しさが広がってきたのだ。軽傷で済むと思ってた。マリオくんだって爆破されたら、指を指して笑いながらツッコミ入れてたじゃん。爆発って人が死ぬんだ....、と子供心にパラダイムシフトが起きた。

そういえば、近年の子供達は死という概念あんまりよく分かってない、というニュースを見た事がある気がする(凄いふわふわしてる事例でごめんなさい)。ゲームだの漫画などで人が死ななくなったから、すぐに生き返るようになったら、だそうであるが、個人的にはやはり、お雛様を爆破しなくなったからなのではないか、と思う。

お雛様を爆破する教育を、お国は是非とも取り入れるべきではないでしょうか。

お雛様を爆破する事によって死の概念を受け入れる国、日本。血も涙もない倫理観!!まさにCOOLJAPAN!!!

2017-08-22

それ、コミュニティ自治じゃないの?

https://anond.hatelabo.jp/20170822015112

  

pixivニコニコでは、どういう表現が許されて、どういう表現が許されないか

それは運営会社ユーザー同士が決める問題だよね? ようするに自治

  

不満があるならば、あなたはそこを離れて、どこか別の場所に行けばいい。

もしくは運営ユーザーに働きかけ、自分表現を認めてもらえばいい。

  

これ以外の解決策はない。

表現の自由」というのは公共のためのルールから公共ではないコミュニティには、それを適用することができない。

  

例えば葬式に派手な服を着ていくことは、表現の自由を使って擁護できない。それを許可する葬式があってもいいけど、それを禁止する葬式もあってよい。

どっちのルールにするかは主催者が決めるべきだってこと。

2017-08-21

人生の中で無駄な出費

・各種習い事

七五三ひな祭りなどのイベント

結婚式などの費用

他人結婚式などではに正装でなければいけないという風習

誕生日などの記念日プレゼントを買う風習

煙草や酒

延命治療

葬式

こうしたものは結局世間強要し、見栄を張るためだけに行われる出費なのだから

これからの余裕のない社会を生きる日本社会では継続する必要はないだろう。

2017-08-11

100年間ブログ毎日更新したらアクセス数はどうなるのか?

ブログ毎日更新すればイヤでもアクセス数は上がります

余程のことを書かない限りペナルティ(グーグルなどの検索で表示されない)は受けませんし、書くスピードも格段に成長します。

それでも大半の人はブログ記事毎日更新できません。

例えば今20歳だとして120歳まで毎日休まずにブログを書き続けたらどうなってしまうのかを考えましたので興味がある方は少し付き合ってくださいね

ブログを100年間毎日更新すると?


普通に考えますとまずブログを100年間継続するよりも120歳まで生きる方が難しいですがとりあえずそこんとこは置いといてください。

20歳から始めたブログ作成も90歳ぐらいから次第にパソコン文章を打つのが遅くなり、1記事書くのに1日以上掛かるようになります

から毎日更新したいのに中途半端記事が出来上がっていきます

それでも何とかブログを書き続けていきますが、目も腰も悪くなってきているのでブログを書くという行為だんだん苦痛になります

書くネタはもっぱら友人知人の天寿を全うする話や葬式関係記事が多くなり、次第にグーグルアドセンス広告葬儀業者関係に偏るようになってきました。

ここまででブログを70年間毎日更新しているので記事数も25567記事になります

肝心なアクセス数はといいますと全盛期の頃に書いた記事がまだアクセスを稼いでくれているので1日平均20アクセスあります

月平均600万アクセスがあるブログ記事に成長しましたが、まだまだアクセス数は上がってきていますね。

同じ内容のブログ記事が増える


普通の90歳と比べても毎日考えてブログを書いていますし、指先を使っているおかげもあってあまりボケていません。

さすがに100歳くらいから少しボケが進行してきて同じ内容の記事が増え始めます

同じ内容といってもブログ記事が増えてきたらよくしてしまう似たような記事ではなくて、タイトルキーワードもほぼ一緒の記事です。

グーグルからコピペコンテンツと見なされて次第にインデックス(検索結果に表示)されなくなります

それと同時進行でアクセス数も急降下し、ブログ全体の評価が下がり始めました。

1日20アクセスあったブログが80年後には1日1万アクセスまで落ち込みます

それでも気にせずにブログ毎日更新していきますが書けば書くほどアクセス評価も下がり次第にそのブログ検索結果に全く表示されなくなりました。

100年後のブログアクセス数


なんだかんだで120歳まで生きて100年間毎日更新をし、ブログ記事数も36525記事になりました。

そして肝心のアクセス数ですが今では1日の平均アクセス数は0~1です。

あらゆるペナルティを受けて検索結果に表示されなくなりました。ちなみにアドセンス剥奪されたのか表示されていません。

それでも気にせずに命がある限りこれからブログを続けていきます

100年間ブログ毎日更新したらアクセス数はどうなるのか?のまとめ

これはあくまでも私の想像上のお話ですが現実もこんな感じになりがちです。

100年間ブログ毎日更新すればアクセス数が上がり続けるとは限りません。

ここを勘違いしてしまますブログで稼ぐことは途端に難しくなっていきますし、モチベーションも下がり、ブログを書くことを辞めてしまうことでしょう。

確かに100年間毎日質の良いブログ記事を書いていければ膨大なアクセス数が期待できます

しかしそれは不可能です。なぜなら人間はそんなに強くできていないからです。人間は必ず年を取れば衰えますし、若い時の健康な体や精神力は維持しにくいのです。

それでも何かしらの予防策で進行を遅らせることはできますが、やはり年には勝てませんよね。

それでもブログに限らず、この世を去るまで何かを続けることは素晴らしいことですし、人生は充実します。

結局はお金が全てではない!ということに本気で気がつきますが、若いときはそういう簡単なことに気がつかないのが人生というものですね。

最後まで読んで頂きありがとうございます。こんな素晴らしい記事を皆さんも書いてみましょう。でも僕を超えることなんてできるでしょうかね?

2017-08-07

場所

いわゆる記念日反応ってやつがしんどくて書いてます支離滅裂失礼します。

でも、明日になったら消すかな。どうかな。

十代のころから二十年以上、ほぼ毎週通ってたならいごとの先生が亡くなって1か月過ぎました。

傘寿近いけど、家族もいなくて、親戚は遠方だから毎日お見舞いに来るような人もいない。

勝手個人的感情だけど、そんな病院生活をさせるのがいやで、用事が無ければ亡くなるまでの数週間ほぼ毎日見舞いに通ってた。

別に何の世話もせずに仕事愚痴とかしゃべりまくってただけだし、本人がどう思ってたかは分からない。

もっと他に顔を見たかった親戚とか他の弟子かいたんじゃないかなとも思う。

その日、病院にいったら自宅に帰ったと聞かされて、あわてて親戚のひとに連絡をとったら、翌日やっとつながって、亡くなったことを知らされた。

あちらの意向で身内だけで済ますといわれて、通夜葬式も行けなかった。

しょうがないよね、私はただの弟子で、親戚のひととの面識はほとんどないし、相手にとってみれば面倒いがいのなにものでもないんだもの

それでも、通夜葬式ぐらいは出たかった。

最期の様子ぐらいもっとちゃんと聞きたかったよ。

だめだなー。つらいなー。

お腹はちゃんとすくし、ごはんだって美味しいし、楽しんだり、笑ったりすることもできるけど、ふとした瞬間にスイッチはいって、べそべそと泣いている。いい年したオバサンなのにね。

家族とか友人とか、一応何人かにできごと自体は話しているんだけど、家族はこの手の泣き言をそのまま受け止めてくれるタイプじゃないし(「いつまで辛気くさいことを言ってるんだ」とか「そんなこと言っても今更無駄だろう」とか言わずにはおれないタイプ)、話してて泣かずにいられる自信が無いので友人に相談して聞いてもらうこともできない。

Twitterblogで延々と語るのも、やっぱりネット上の友人知己に迷惑な気がして、こらえきれずにぽろぽろつぶやいたほかは避けている。

でもなー。やっぱりしんどいし悲しいしさびしいんだ。

こういった別れに後悔が残らないようにはできないって頭では分かっているんだけど、あれとかこれとかやっておけば良かったとか、不肖の弟子でごめんなさいとか思っちゃうわけで。

カウンセリングとか受けるのが一番なのかなと思うけど、行ったことないし、ハードルが高くてグリーフケアの本とか読んでいるだけ。

私にとって大事な居場所ひとつだったんだなと、今更、本当に今更思ってはひとりで泣いてる。

2017-08-01

https://anond.hatelabo.jp/20170801165610

まって親父の葬式って増田今いくつなの?

若くても二十歳越えてるよね?

https://anond.hatelabo.jp/20170801003648

うちの父親基本的仕事終わったら直帰、有給たっぷり取って、単身赴任時代も週末には数時間かけて家に帰っていたが

母の料理趣味で作る菓子普通に美味い)を全部スルーしてスーパー惣菜つまみばかり食う偏食野郎

食事の時以外はむすーっとした顔してリビングタバコスパスパ吸いながら酒飲んで

ちょっとでも機嫌を損ねる発言をしたらブチ切れて物を投げるクソ野郎だった

あとパチンカス借金作って学資保険にも手出してたらしい

スポーツ万能のくせに外に出て家族キャッチボールとか一切しなかった、友達に「お前の子なら運動神経いいんじゃないか?何で一緒に遊んでやらないんだ」って説教されても育児に関わらなかった

家にいても楽しそうなそぶりを一切見せなかったのになぜあんなにまめに帰ってくるのか不思議だった

外面はめちゃくちゃよくて特に部下からの人望が厚く、ご近所さんからも好かれ、母が冗談めかして父の横暴さを語っても誰ひとり信じてくれなかったそうだ

葬式の時はあんなクソ野郎葬式とは思えないくらい物凄い数の人が来て、みんな泣きながら送られていった

全員がそうとは言わないが増田職場男性にもひとりくらいそういうケースがあるんじゃないか

2017-07-28

大人になったと実感する時

白髪が生えてても気にしなくなった。

・一方鼻毛の成長のスピードには手を焼いている。

・空を見上げなくなった(思春期には青空を見るにつけ切ない気持ちに浸っていたが、今じゃ飛蚊症ゴミみたいのがうようよ見えるだけ)。

地元ラーメン屋スポーツ新聞読みながら瓶ビール飲むの旨い。

チャイナドレスの深いスリット形而上学エロスをひしひしと感じるようになった。

ゲームをするより子供と公園で遊ぶほうが楽しい

・たまに出る葬式であげるお焼香も、自分より前の順番の人のあげ方を見て予習しなくても別に大丈夫

2017-07-25

母を亡くした話

先月、母が亡くなった。

母を亡くしてからとても寂しくて時々私も死にたくなる。

早く死んでしまいたい。

私には父がいない。いないというより、いるにはいるが私が生まれる頃から別々に暮らしていて、あまり面識がない。あまり会ったことのない人を父親だと思えないので、父がいないということにしている。

から、私の家族は母と姉の2人だ。

私は昔から内弁慶で外では大人しく良い子のように振る舞うのに家ではワガママ自己中だ。母には何度もワガママを言った。母が私を生んだ歳は初老に近い歳と言ってもいいと思う。その為、私が小学生に上がる頃には母は子育てだけではなく、更年期とも戦っていた。更年期で気分の下がる中、私のワガママはうっとおしかっただろう。更に気分の下がった母はよく、「死ぬ」ということを口にしていた。その母の口癖がうつったのか、中学に上がる前には「死にたい」とよく言う子供になっていた。

小学校高学年のとき、私はいじめにあった。今思うと、いじめではないのかもしれない。ただ、「からかい」の延長線なのかもしれない。クラス男の子から見た目のことをよくからかわれ、それが嫌で嫌でたまらなく、自殺をした。「死ぬ」という言葉が身近だったからつらいことがあれば死ねばいいのだと思った。でも自殺は失敗した。遺書まで書いたのに、首を吊ろうとしたロープは途中で千切れ、ただ首に痣を残しただけだった。死ねなかったことがあまりにも惨めで寂しく感じ、母に、男子いじめられてること、自殺しようとしたことを伝えたら母は泣いた。「気付いてあげられなくてごめんね」と言いながら泣いた。なんだか余計に自分が惨めだと感じた。

中学の頃もいじめられた。これももしかしたらいじめられてはないのかもしれない。ただ、私は人付き合いが苦手で上手くクラスの子と話せず、完全にクラスで浮いてた。親友だった子は他の子といっぱい喋っていた。親友を取られたように感じた。

私は被害妄想が激しい方なのでもしかしたらそれは妄想かもしれない。でも、私を菌扱いしてる男子いたことは事実だし妄想じゃないことははっきりしている。

この時も死にたくなった。でももう失敗はしたくないし、あんな惨めな思いはしたくなくて、なんとか学校に行って生きてた。

学校から帰ってきて、家の庭で何度も泣いた。家の中で泣いたらいじめられてることが母や姉にバレるから。なぜか家族にバレたくなかった。理由はよく覚えてないけど、とにかくバレたくなかった。

でも精神不安定から家の中で横暴な態度を取り続け、母に当たっていた。何かを察した母は「またいじめられたの?」と聞いてきた。私が母に当たる度に母はそれを聞いてきた。私はそれに腹がたって更に母に強く当たった。

そんなことが続いて、ある日母と大げんかをした。私は何かを言った。言った内容は覚えてないけど、何か、母をとても傷付けることを言った。それを聞いて母は私に「あんたなんか産まなきゃ良かった」と言った。私は泣いた。産まなきゃ良かったと言われたことではなく、母にそんなことを言わせてしまったことに泣いた。私があの時母に言った言葉は覚えていないが、私が母に「産まなきゃ良かった」と言わせるような、誘導するような言葉を言った気がする。私は母をすごく傷つけただろう。

私が高校にあがり、しばらく経った時、母は癌になった。家族でいっぱい泣いた。みんなで頑張ろうと言いながら泣いた。

何度か入退院を繰り返し、発症から約1年後、母は頑張って癌を治した。

それで安心したのも束の間、私が高校卒業する頃には母の癌が再発した。脳腫瘍だった。

私は高校卒業した後、短大に通うために少し遠くで一人暮らしをした。母が再び闘病する姿は近くでは見ていない。姉や母がたまにかけてくる電話で母の様子を知っていた。

私が短大卒業し、地元に戻って来る頃、二度目の闘病を母は乗り越えた。

でも、後遺症は残っていた。

身体の左半分は思うように動かないし、少し認知症のような感じの言動も見られた。

母の闘病を間近で見ていない私は認知症のように幼児退行した言動を時々起こしたり、理不尽なことを言う母を自分の母と思えなかった。

別人のように感じた。

どうしても受け入れられず、また、キツく当たってしまった。

最低だ。恥ずかしい。そんな思いはあったが、気付くとキツく当たっていた。本当にバカだと思う。

私がバカから、母はとても辛かっただろう。

母の脳腫瘍はまた再発したのだ。

もうこれで三度目の闘病だ。担当医は「もうダメだ」というようなことを言った。

そのことは母には伝えなかった。だからなのかわからないが、母は、担当医が予想するよりも長く生きた。最後の方は意識ほとんどなかったがそれでも生きていた。

それでも私はバカから母との残された時間大事にしていなかった。

母が死んだのは朝方だった。病院は家から車で1時間ほどかかるところにある。寝起きの姉と私は母の最後に間に合わず、看取ることができなかった。私達が病室に着いた時、母はもう冷たかった。

「なんで私達のことを待ってくれなかったんだろう」そう思ったとき、母の「あんたなんか産まなきゃ良かった」という声が頭の中に響いた。

姉は献身的に母のことを見てたが、私は違う。バカから母を沢山傷付けたし、悲しませた。

しかしたら母は死に際に私の顔なんて見たくなかったのかもしれない。

通夜葬式で沢山泣いた。

一番泣いたのは火葬場で母を焼くときだ。声をあげて泣いた。

周りの、親戚や母の知り合いはそんな私のことを慰めた。

「お母さんはあんたたちのような娘がいて幸せだっただろう」

ありがたい言葉だ。でも、そんなの他人の予想でしかない。母の本心はわからない。私にあんなに傷付けられ、本当に幸せだったのだろうか。自分が授けた命を無駄にしようとし、酷い言葉を投げるような娘など本当は大嫌いなのかもしれない。

だって、「あんたなんか産まなきゃ良かった」と言わせてしまった。

母の本心が知りたい。

私はバカからまた、母を傷付けるようなことを口にしてしまう。死にたい

また命を無駄にしたいと思っている。

でも痛いのや苦しいのは嫌だから楽をして死にたい

今夜眠りに着いたら明日の朝、目が覚めなければいいのにと思う。

死んで、母に会いたい。母に会って母に謝りたい。沢山傷付けた分、沢山沢山謝りたい。

そして母の本心を知りたい。私のことを許さなくてもいい。私のことが嫌いなら罵倒されたって構わない。「あんたなんか産まなきゃ良かった」ともう一度言ってくれたっていい。なんで私達を待たずに死んでしまったのか聞きたい。

母の本心を聞いたら私のこの不安定気持ちは落ち着く気がする。早く死にたいという漠然とした不安も無くなる気がする。

さっさと死んで、母に会いたい。

明日の朝、目が覚めなきゃいいのに。

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん