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はてなキーワード: グダグダとは

2018-12-04

休暇取得

今日有給休暇取得したわけだが、ずーっと会社スマホブンブン言ってんの。

電話じゃなくてSlackの。

今日は連絡とりにくいから(ロード乗ってくるから)昨日のうちに相談とか承認系とか

あったら頼むって言ってたのにブンブン

もうね。ふざけんなと。

休みの日にメンション飛ばしてきて今日の16時までに回答くれだ?

中身グダグダ質問してきて回答なんかできるかボゲェ。

せっかくの休みなのに練習切り上げて帰ってきた。

これから仕事しよ。。。

奥さんが里帰り出産してるから自由過ぎてヤバい

飲んで帰っても

ゲームして夜更かしても

朝起きれず昼までグダグダしても(個人事業なんで一応セーフ)

お菓子食べまくっても

誰も怒る人がいないのでどんどん堕落していく。

ソファ洗濯物が積まれてるしテーブルも色々もりだくさん。

いかんなー。

2018-12-02

anond:20181202095628

ほらな

いつまでもグダグダ言ってばっかりで自身証拠は出さな

なぜか他人証拠を持ってこいと言い始めているし

こいつ自分自分が嘘つきですって言ってるようなもんだろ

2018-11-29

どないすんねん 誰か僕の命いりませんか

なんとなく書いてみた。

初めて使う形式からよくわからん

はてなはなんか前に作ってたぽい。よく覚えてない。

いろいろ認められたかったのかもしれない。

ほんといろいろのサービスに手を出してきた

とにかく、とにかじゅ

ネット特に使ってきた

だgだだめだ

あれせえこれせえ言うのも全部やってきた

つーか人に言われそうなことはだいたいやってる

やってんだよ

やってんのにかわんねーだよ

それで最終的にうーんって悩みこむんだろ?

俺が一番悩んでるんだからそれ、悩んで悩んで悩んだ末にやってんだからてめーの僅かな時間で思いつく代物じゃねーんだよ

安易に同情するな、つーか人に教えて偉そうぶるな

そーいうところが嫌いなんだよ

いっきらいだ。

から人が嫌になる

所詮俺の悩みは俺にしかわからん。精々親ぐらいだ

ほんとふざけるな

ふざけんじゃねえ

からもうここに書くしかねえ

ここにしか辿り着けない。2chすら馴染めん

どこにもいけねえ、ここでグダグダいい、朽ちる

そんだけだ

あああああああああああああ

ふざけんじゃねえ

ふざけんな

糞だクソ

どうすんだよ

どうすんだ

なんかねえのか?

なあ

なんかねえのか、おい

おい

ああ

やはり救いは死だけなのだ

おい

もう生きてる希望がない

なにやってんだろ

聞くやつも手を貸すやつもいね

もうどうしようもないんだよ

いくらやってもだめだ

なんもありゃしねえ

成功体験?ねえよ、失敗しかねえ

なーんも積んだもんはねえ

あるのは瓦礫だけ

積み上げた瓦礫

他人から見たらゴミだけど自分から見たら宝の島

うふふ、ふふ

自己満足に浸るだけの世の中

何をやって生きればいいのかわからない

というか生きる気がない

誰か僕の命いりませんか

2018-11-27

政治家が辞める場合は「使えねえ政治家だな」としか思えない

誰がとは言わないが、お涙頂戴するなら政治家を辞めるべきではないし、辞めるなら理由グダグダ言うんじゃねえよとしか思えない。

もしかして行儀の良いカタギの仕事だと思ってるの?

anond:20181127081003

経済史的にだいぶ昔は封建主義と言って、偉い王様貴族統治するのが良いという考えだった。

そこで自由商人が動き回れるのが理想的だという考えが生まれた。これを自由主義という。

その中でも重商よりと弱者寄りで別れていった。フランス革命後に重商寄りが右側、弱者寄りが左側に議席を配置したから、重商主義右翼弱者より=左翼という概念が始まっていった。

別の言い方をすれば重商主義消極的自由主義(完全に自由にするのが良い)が右翼弱者より=積極的自由主義結果的自由になるようにするのが良い)が左翼かな。

ただし、自由主義の行く末として、貧富の拡大と不景気、そして一部戦争になっていった。

その自由主義批判として、ケインズ主義マルクス主義が生まれていった。ケインズ主義は国が需要など経済責任を追うこと。マルクス主義は国が全部管理したほうが良いという形。

その時点ではどちらが良いか優劣がつけ難く、世界が2分された。ケインズ主義右翼保守側、マルクス側が左翼革新側となった。

ご存知のとおり、冷戦終結マルクス主義は破れたのだが、ケインズ主義冷戦終了の少し前にオイルショックが起きたため、完全じゃないと新自由主義に乗っ取られ始めた。

そして、冷戦終結、かつ、ケインズ主義国家新自由主義化で低成長、長期不景気が起きている。

新自由主義ケインズの知見を全部捨てて自由放任フラット税制にすれば景気が回る程度の思想しかいから。

というのと、あまりわかってない国民煽動するために、「敵か味方か、敵なら攻撃する、味方なら他のこれも賛同しろよ」という権威主義のもと右翼左翼利用しようと考えだした。

マルクスは負けたのはまあ、仕方ないが、だからそれと反対の自分たち右翼正義だ!ということで思考停止させ、他の都合のいいことも賛同させようとしている。

更にそれが行き過ぎて、今では石破支持とか、グダグダオリンピックに反対するのまで、左翼扱いしている。

今の定義ではほぼ政権全面支持=右翼政権わずかでも批判するやつ=左翼ぐらいにまでなってるだろう。

もはや今では政権問題点批判するのすら抑え込むためのツールと堕しているもの右翼左翼という時点で旗頭に乗っ取っている時点でバカにしていいと思ってる。

2018-11-26

70歳までの雇用義務

そんなもん要らんから早く安楽死制度を整えろと!!!

っていう主張はどこに送ったらいいんだろうね?

こんなところでグダグダ言ってるよりしかるべきところに主張したほうがいいよね?

何歳くらいの主張だと響くかな~多分20代の主張じゃ全然効かないよね

みんな安楽死制度ほしいでしょ?70までサラリーマンてつらいじゃん…

そこまで健康で働ける保証もないしさ

金属って、ググってみれば、教科書定義が載ってるものでもない、文脈によっていろいろな使われ方をしてる言葉だって、わかったでしょ?

なんでグダグダ続くの?

2018-11-25

利口な金持ちが車を持たないというのは間違い

元増田が言ってる金持ちとは「小利口な小金持ち」の事でしかない。

堀江とかひろゆきの言ってる事をリピートしてるだけだろ?

で、あいつらの実態は?といえば裁判でボロ負けして賠償命令出てるが払いきれなかったりしている。

まぁどっかから金を引っ張れはするのだろうが、個人資産を持っていないので世間的には破産者と変わらん。

ちょっと冷静になって考えて欲しいんだが、破産者の語る金持ちって信用出来るか?

俺は信用出来ないと思うね。

それからね、コストパフォーマンスを考えている間は金持ちじゃないんだよ。

自分コンフォートコストパフォーマンス抜きで実現するのが金持ちなの。

自分がいいなら軽トラ作業着でそこらをうろつき必要なら山中に豪邸も建てる。

再販売とか資産性とか気にしないの。

だいたい純資産5億で富裕層の端くれ、20億くらいで自由人、100億超えたら仙人。もちろん相応のキャッシュフローつきでな。

たかが3000万少々の浪費ごときグダグダ言ってる時点で金持ちじゃないんだよ。

https://anond.hatelabo.jp/20181124173234

ぼくが自殺を決行した話をする

今だからあんまり気負わずに言えるけど、当時は人生に対して切実な思いを持っていた。もちろん自殺には失敗したから今生きている。

当時、ぼくは20歳ニート生活をしており、よくわからないまま何の目的意識もないまま、とにかくこの先の人生絶望しながら生きてきていた。

ぼくはそのとき大学中退してそれなりの年月が経過していた。大学に行ったのも特に目的は無かった。働きたくないし勉強もしたくなかったが、親が金を出してくれるということで、自分人生に対して責任というものがなく、ただ言われるがままに進学をしていた。受験勉強は全くせず高校時代は家で勉強したことはなかったが、学校の授業を高校1年生から2年生まではしっかり受けていたこともあって、受験成功し、ランクは落としたが大学に進学した。それでもそこそこの国立大学には進学したので、ぼくは同級生ほとんどを見下していたように思う。

大学に入ったときは「遊びまくれる」という意識があって、いままでの家庭内での抑圧が弾けるかのようにぼくは遊び回った。当時隆盛していたモバゲーやらGREEやらでメンヘラ漁りをしたり、ネトゲにハマったりPCゲームにハマったり映画を見たり、一般的パラサイト大学生として過ごしていた。大学ははじめのころは新鮮でおもしろいと思って通っていたが、慣れてくると結局勉強をしなければいけないことに気づきだんだん卒業後の現実が見え始め、やる気がなくなった。勉強をしてなんになると思い始めて学校に行く頻度が落ちた。卒業して働くということに絶望を感じていた。就活というもの意味がわからなかった。

「少なくとも残り38年、あるいはそれ以上、奴隷として働かなければいけない」という絶望感があった。ぼくはそこまでして生きたいと思っていなかった。好んで死にたいわけではなかったが、人生目的が本当に何もなかった。ただ言われるがまま、子ども学校に行くもんだという指令のもとに生きていた。こうした呪縛から解き放たれて自由を得た代わりに、選択肢が何もないように感じていた。「働いて、生きて、それでその後は?」「何十年も生きて、それでその後は?」「生きていれば楽しいこともあるだろう。それでその後は?」「たとえば何かしら名声を得るとして、それでその結果何が得られるのか?」という風に感じていた。すべての物事人生最後にどう意義深くなるのかを考えていた。こういう考え方は、防衛機制の知性化というらしい。

ひとまず2年生に進級した。必修単位だけはなんとか落とさなかったが、そのほかの単位ものすごく落としていた。状況は何も変わっておらず、相変わらず特におもしろいとは感じないながらも、まだおもしろさが比較的マシなゲームや女遊びに没頭していた。しか現実逃避に過ぎないと考えてぼくは自殺を考え始めた。「死」が選択肢に入ってくると、おもしろいほど転がり落ちるのが早い。ただの堕落した大学から、終わり始めていった。

ふつう人間は、何か行動を選択するときに「死ぬ」という考えは浮かばない。「おなかすいたかコンビニに行こうかな。めんどくさいな。まぁ食わなきゃ死ぬしいいか」というふうにはならない。どんな選択でも死ぬことが関わってくる。死神に呪われているがごとく。「窓が汚れてるなぁ。窓ガラスに首を突っ込んだら死ぬだろうか」「料理はめんどくさいな。包丁を刺すのは痛いだろうなあ」と、だんだん普通の行動を取れなくなる。完全に何かしらの病気なのだが、金がないし「この状況が薬で改善されるとは思わない」と思っていた。

当たり前だが大学には行かなくなった。大学をやめてバイトだけやろうと考えた。当たり前だがうまくいくはずもない。そもそも働きたくないのだから、すぐにバイトにも行かなくなった。身分学生なだけの人間に成り下がった。ぼくは大学も行かず、バイトで貯まっていた20万円を使って、「起きる→ゲームする→眠くなると寝る→腹が減ったとき、朝や昼なら近くのスーパーに行き、夜なら近くのコンビニへ行く」という生活をしていた。ゴミは出たらそのまま放置し、いよいよ虫が出てきたときゴミ捨てをするという、現実逃避以外の何物でもない生活をしていた。

何度も「餓死しようかな」と考えて飯を抜いては「限界。無理」と考えてがっつり食べたりしていた。「3日食べない」「たくさん食う」「2日食べない」「たくさん食う」の繰り返しをしていた。この食べるという行為けが幸福だった。コンビニの同じような弁当ばかり食べていたが、ただただ「うまい」と感じていた。脱水症状手前の状態から飲むポカリは格別だった。体全体が食物を欲している中で食べるハンバーグは絶品だった。ある種中毒になっていたのだと思う。

そうした生活によって金が尽きる前に、母親が迎えに来た。ぼくが携帯電話の電源を切っていたので心配になって見に来たということだった。ぼくは「失敗した」と思うと同時にそれを拒絶した。「現実がやってきた」というふうに感じていた。未来への思考をしないようにしていたところに現実を考えなければいけないトリガーが出た。死を保留することがもうできなくなったと考えて、ぼくはすぐさま死ぬことを考えた。急いで財布だけ掴んで家を飛び出し、ネカフェに3日ほど滞在したあと、富士山樹海で首を吊るのがいいんじゃないかということで、なけなしの金をはたいてぼくは中央線に乗り込み、最後の晩餐として、いくらかの酒やお菓子食べ物ビニール紐と睡眠導入剤を買い込んで、残金がほぼないような状態で、河口湖駅へついた。そこからバス民宿方面へ向かった。民宿の予約はしていない。

ついたのは夜だった。ぼくは民宿の前の道路から少し離れたところで樹海に入った。樹海は街とは比べ物にならないほど暗く、岩は月あかりのせいか血のように光っていた。懐中電灯などというものは持ってきていない。飛び出したおかげか携帯電話も持ってきていなかったので、でたらめに移動した。引き返すつもりもなかったので、財布の中に入っていたお札や小銭を取り出して、破いて樹海の中にばらまいた。そうして移動した。怖くはあったが「動物に襲われたくない」という怖さだった。死にたいが痛いのは嫌だったからだ。樹海は暗すぎて木に紐を結びつけることができなかったので、一夜を明かさざるを得なかった。当時は雪が降る時期で、異常に寒くまともに眠れなかった。「寝たら凍死できればいいのに」「寝たら死んでいますように」と考えていて、必死で寝ようとしては起きてという繰り返して、朝を迎えた。何時だったのかは全くわからない。薄明かりで木に紐をくくりつけられるぐらいになった。

ビニール紐というのは何度も巻き付けて首に巻くとものすごく痛い。そもそも数秒耐えることもできない。睡眠導入剤や酒など飲んだが何の効果もない。意識はかなり明瞭で「死ぬ」という恐怖心と戦わなければいけなかった。「死ぬ。これから死ぬ。なぜ死ぬのか。そもそも死ぬ必要があるのか。これで本当に死ねるのか。考え直した方がいいのではないか。死ななくてもいい方法があるのではないか」と考えた。痛いし寒いし死のうという決意も薄いしで、結局ぼくは死ぬことを諦めた。

朝を迎えた樹海景色が綺麗だった。樹海の中にある道を探すと、あっけなく道が見つかった。その道をまっすぐ進むとすぐ道路にたどりついた。全然道路から離れていなかったらしい。

道路に出て、ぼくは適当に歩き始めた。明らかに変なところを歩いているのに誰も話しかけることはない。それはそれでよかった。変に話しかけられても困るだけだった。道路をまっすぐ進むと甲府方面看板が出てさらにまっすぐ進むと、幸運なことにお店があって、横に公衆電話があった。あとで調べると12kmほど歩いていたらしい。何のためらいもなく110番をする。「自殺に失敗したんですけど」といって、ぼくはいろいろあって実家に帰ることになった。おまわりさんには「いろいろ人生つらいこともあるけど死ぬのはダメだよ」みたいなことを言われてぼくはひととおり泣いていた。ただ、そんな言葉で心変わりするぐらいならここまで悩んでいない。泣いて「ちゃんとした方がいい」と思ったのはほんの数瞬だった。

実家に戻ってまず思ったことは「状況が何ひとつとして良くなっていない」という絶望感がただそこにあるだけだった。死の保留が再びできて安堵していただけだった。当時の家庭環境もよくなかった。父母の仲はぼくが家を出たあとでいっそう最悪になったらしく、父は仕事に没頭しており、そもそも母と情報共有できていなかったので、ぼくが樹海に行ったことを知らないようだった。今も知らないだろう。ぼくも積極的に言うこともなかった。「自殺を図った」という言葉の上っ面では、他者にそこに至った経緯など伝わるはずもなく、その理由理解され難かった。

ぼくはそのまま自堕落生活を送った。

堕落生活で、ぼくはひたすらネット動画を見ていた。「動画を見る・起きる・夜目覚めて冷蔵庫にあるものを漁って食う・眠くなったら寝る」というクズ生活を送っていた。その一般的クズニート状態のまま1年がたって、当時の「死ぬことの怖さ」みたいな思いが風化して、ぼくは再び死ぬことに決めた。「親に迷惑をかけている」とは思っていなかった。「今まで虐待みたいなことを散々してきて育ったのだから当然の報いだろう」と思っていた。申し訳無さではなくて、この先どうすればいいのかを延々と考えていた。未来がない。「奴隷か・死ぬか」という二分的な思考の中で揺れ動いていた。いま思えば思考があまりに先鋭化しすぎているが、周りの環境がそう簡単に変わるわけでもない。むしろぼくの存在によって周りの環境がぼくの闇に引きずり込まれるように悪化し始めた。

死ねなかったのは、前回のプランが悪かったのだ」「そもそもプランをたてる暇がなかったのだ」と考えるようになっていた。「そもそもビニール紐で死ねるわけがないではないか」などと思って事前調査することにした。実際にはビニール紐ではダメで、ロープが良いのである死ぬというのは勇気というか、一大決心がいるものであるが、準備ができていないと死ぬことはできない。感情的であればあるほどめちゃくちゃなことができるが、めちゃくちゃゆえに準備不足で失敗することもある。ぼくの場合死にたい!!」という一撃の思いではなくて、ずっと心にためていた漫然とした「このまま生きていたくない」という学習無力感だったので、痛い思いもしたくなかった。

着々と準備を進めてぼくはやっぱり首吊りをすることにした。何度も首吊り選択している理由がわからいかもしれないが、首吊りリーズナブル苦痛が少ないという合理性からだ。ただし実際には苦痛は他の死に方と比べて少ないというだけで、ものすごくあることもあるし、一般的生き方での「痛い」と比べるべきものではない。基本的にはほぼすべての死に方について、死ぬほど痛い。幸運にも苦痛なく死ぬことができる人もいるはずだけど、最悪の場合永遠に苦痛を味わいながら生きることになる。

ともかく、ぼくはロープを買い、痛くないようにハンカチなども買って準備を万全にした。睡眠導入剤や酒も以前と同じく買った。

夜、ぼくは家を飛び出して近くの山に向かった。田舎だったので山には困らなかった。白昼堂々山に入って通報されたらたまったものではない。夜に行動するのは基本だった。

樹海ときと同じように外で寝た。犬の鳴き声が聞こえて不安を煽られたが、地元ということもあったのかそれはそこまで気にならなかった。今回は夏で、じゃっかんの肌寒さしかなかった。準備は万全で、今回は変に目が覚めることはなく、いったいどういう神経をしているのか、熟睡できた。

明け方ロープを準備した。ネットで調べてきたとおりにハングマンノットという結び方で、枝に結んだ。ぼくは最後の晩餐だとして、買い込んできたご飯を食べた。睡眠導入剤をすべて飲んで水やお茶を飲み、酒を飲みまくり最後ファミリーマートで買ったエクレアを食べた。食べ終わると猛烈な不安が込み上げてきた。「死ぬのか」という感情が心をとにかく揺さぶった。

ぼくは木に登った。木に登って、太い枝に立ち、丸く結んだロープ首にかけ「ジャンプすれば死ぬ」というところまで準備した。猛烈な恐怖が体を襲った。ぶるぶる震える。ジャンプする。ジャンプしさえすれば死ねる。足はとにかくすくむ。今でも怖いと思う。思い出すだけで恐怖心が現れる。

それで、どうやったかよくわからないけど、ぼくは自殺を決行した。枝からジャンプした。

しばらくするとぼくは暗闇の中にいた。そこにはものすごい多幸感があった。眠りから覚める以上の幸せがあった。何かの扉が見えて、眼の前には光があった。あとで「この世に生まれてくる」とはああいうことかというように表現できるたぐいのものだった。ぼくは目を覚ました。ぼくは何をしているんだろう。ここはどういう世界なんだろうか。不可思議感覚だった。

次の瞬間、全身に激痛が走る。人生で生きてきた中で最も痛い激痛だった。ぼくは理解した。死のうとしていたのだった。ぼくは痛さで発狂していた。ぼくは痛いのをなんとかしたいという一心で、自動的ロープから必死に首を脱出させようと試みた。痛い。とにかく脱出しなければ。痛い。ロープから首を。痛いの嫌だ。ロープに手でぶら下がれば首は締まらない。痛さが軽減した。

ぼくはロープから首を出してそのまま枝から落ちた。体がドスッと地面に落ちたがそんなことはどうでもよく、首が熱を持っていた。喉がひたすら痛かった。それどころか頭まで痛かった。どれくらいそこにいたかからなかったが、ぼくは死ねないことに深い辛さを感じていた。鋭い痛みと「死ぬことはできないのだ」という選択肢がなくなったことでぼくはずっと泣いていた。

この経験以来、ぼくは「あのとき実はすでに死んでいて、今も実は死んでいるんじゃないか」という感覚がある。いつかあるとき、今生きていることは夢だということで目が覚めて、あの飛び込んだときに戻るのではないかという感覚がわけもしれずある。当時の体験2chの関連スレにそっと書いていたが、あまりまれることもなくひっそりとスレの中に埋もれていった。基本的にみんな他人には興味が無いのだ。

どのくらいそうしていたか覚えてないが、ぼくは家に帰った。太陽はもう高くあがっていた。どのくらいぼくは首を吊っていたのか全く判然としない。数秒だったのか数時間だったのかわからない。現実的におそらく長くても十分も経っていなかったのではないかと思うが。家につくと母はぼくの首の痣にびっくりしていた。とにかくぼくは生きる選択肢を選んだ。痣は1ヶ月ほど消えなかった。

その後お寺に連れて行かれてカウンセリングを受けた。なぜお寺なのかは理解できなかったが、言われるがままについていった。自分でもカウンセリング必要だと感じていたからだ。話を聞いてて思ったのは「ありきたりな話の集合のくそくらえ」ということで、ぼくが考えていたのは「こいつは使い物にならねえ」ということと、今後の指針だった。幸いにもカウンセラーの口がそこまで達者ではなかったので、ぼくが宗教にハマることはなかった。精神的にだいぶ弱ってはいたが、ぼくが欲していたのは「現実的に機能する今後の指針」であって、よくわからんスピリチュアル的なものではなかった。ましてや自殺決行後の人に、死のうか悩んでいる人向けのカウンセリングをしたところで何の効果もないだろうと、ことここに至ってもまだ人を見下していた。逆にぼくではなく、母がスピリチュアルに頼るような人種になっていた。

自分正当化するようだが、母も別に聖人君子ではない。こうなるまでぼくは小さい頃、虐待とともに生きてきた。第三者から見ればただぼくが悪魔のように見えて、切り捨てたい汚物のようだと思うだろうが。ぼくは今になってようやく、母も祖母祖父からめちゃくちゃな教育を受け、育児嫁姑問題や父との不仲、父のめちゃくちゃさ等でストレスがたまっていたということを理解して客観的に見ることができるようになった。いわゆる毒親というやつだろう。今は遠く離れて住んでいるため、適切な距離を保てていると思う。

まぁそれは置いておき、死ぬという選択肢が消えたことで、ぼくは図書館にいって本をただ読んだり、ぐだぐだと生きていた。結局保留する癖は死ぬ目に遭っても治っておらず、相変わらず親同士は喧嘩が絶えない状態だった。ぼくはとにかくグダグダとしていた。前よりは安穏としているものの、結果的にそんなに状況が好転していないのだった。

そこで東日本大震災が起こった。ずっとテレビを見ていて思ったのは「いとも簡単に人がたくさん死ぬ」ということだった。

ぼくがずっと考えていたことは自然にとってはありふれたことで、一生懸命自分人生を生きてきた一人の人間が、人生を無理矢理終了させられ、大して深い意味もなく死んでいくという「人間ゴミのように死んでいく」光景が新鮮だった。可哀想などと思う人間気持ちを持つ余裕はまだ無かった。失礼な話だが、人が一人死ぬのを見るたび希望が湧きあがってきた。震災はぼくの死生観に強い影響を及ぼした。「人間が生きる意味などない」というのをかなりポジティブに感じた。

「そんなに簡単意味もなく死ぬなら深く考えるのはバカバカしい」と考えた。文字通り死ぬほど悩んだ結果、ありふれた結論に達するという虚無感に、絶望ではなくて乾いた笑いが出た。「死ぬことについて死ぬほど深く考えた結果、死ぬほど深く考えるのはバカ」という結論に達した人はそうそういないだろう。つまり思考停止なのだが、死に関しては思考停止するのが「生きる上で正しい」のだった。

よくよく考えれば奴隷にならない道もあるはずだと思って、ぼくは震災から数週間経つと、金もないのに家を飛び出して都会に出た。都会に出たあとは、世間知らずと社会不適合者が混ざった状態で、その後もまぁ紆余曲折あったのだが、今は生活好転し、ふつう人間のようにして日々を暮らしている。

いま、ぼくは当時を懐かしい思い出として、あるいはいささかの教訓を含む昔話として扱うことができるようになった。

そして、こうした日々に何の意味価値もないことをはっきりと知覚しながらも、さりとて刹那的にもならず、二律背反的だが、人生意味価値があると思いながら、未来を考えて前向きに生きることができるようになったと思う。ニーチェのいうところの超人というやつらしいけど、そんな上等なものではない。現代では一般的なありふれた考え方だと思う。

まぁ、自殺の決行がなんだとかって話だけど、何かの参考程度に受け止めてもらえれば嬉しいと思っています

追記

長すぎて最後の方の行が弾かれたのでこちらに書きました。

https://anond.hatelabo.jp/20181126040934

2018-11-24

ほんと一人遊びばかりうまくなって

まーひとりだと具合悪くなったらすぐ帰れるし、

好きなだけカフェグダグダできるしいいんだけどさ!!

でもおいしいもの食べたら、

おいしいねー!

ねー!

って言い合いたい。

2018-11-21

Vtuverってさ、もう面倒なイメージしかなくない?

いろんな面倒な界隈を呼び込んでネットのいたるところで論争を巻き起こしてたキズナアイの件とか

企業運営のやり方がまずくて解散したり脱退したりグダグダユニット(?)とか

ツイッター話題になってるこれまた頭のおかしな人と声優契約あれこれとか

全然彼ら彼女らのことを詳しく知らないけど友人に結構熱心な人がいて事あるごとにご丁寧にRTとかして知らせてくれるんだよね

から見てるとその界隈自体がなんか気持ち悪いしめんどくさそうな人しかいないイメージ

ファン運営側だけじゃなくてVtuver本人もなんかアレな人が多そう

企業所属じゃなくなってフリーになったキャラツイートとか読んだけどアレがキャラなんだとしてもなんか幼稚でゾッとした

もはやVtuver好きって聞くだけで「あ、めんどくさそうな人だから近づかんとこ」ってなる

2018-11-20

Ingressアニメ版

10話くらいまで観終わったんだけどさー。

後半に進むにつれてグダグダというか、よくあるパターンだなこれ・・・てな感じで萎えてきてる。

敵の基地から全力で逃げてるのにスマホに着信あったくらいで立ち止まんなよ!とか、余裕綽々のボスタイマンで勝てる前提なのとか、そういうの。

せっかくIngressって世界観あるのに、こういうご都合演出のおかげですっごい萎えるんだよー。

そういうのに手を抜くから萎えるし、来季になったら忘れ去られる運命凡庸アニメになるんだろ・・・

でも8話の「世界危機に晒されています」は燃えた。

あとOPかっこいいよね。

anond:20181120032344

俺は絶縁宣言した類だから

嫌いならグダグダと引き伸ばさないでスッパリと切る

グダグダと引き伸ばして無駄エネルギー消費しても仕方ないんだよ

今は快適だぞ

2018-11-16

anond:20181116124340

東京に帰らなくてもいい手段ならともかく帰るの決まってるならグダグダ言うなよ

2018-11-13

民主主義では独裁に勝てない。江戸幕府復活した方がマシなレベル

日本アメリカ欧州市民に足引っ張られてグダグダやってるうちに中国が膨張していく。

どうせどの国も纏まれず、世界中国に飲まれる。

anond:20181109185912

ブコメクズまとめ

kusorurosuk 仕事相手から飲みや飯を誘われるのをナンパかいってる人、マジで日本以外で仕事しない方がいいな

 こんなこと言って被害者ぶれるの本当に日本の女だけ

1対1で男女で行ったら「そこからホテル行くのは当たり前だ、レイプされても文句言うな尻軽!」っていうんだろうお前?面白いなぁ。

masudatarou 女なんて体以外に価値ないんだから当たり前

誘われたくらいでグダグダ言うなよ レイプされてから問題しろ

俺は、男のお前に何の価値があるのか言ってみてほしいわ。

nihoncha 気持ち悪がるのは勝手だが、これ自体セクハラでもなんでもない。

どこまで男の草食化を望むのだろう。

こいつは断る面倒くささを知らない。

notepc-5522 言われているうちが花では?

wwwww

flatfive 女が気に入らなきゃセクハラ、気に入れば運命的で素敵な出会い。誘う事自体ではなく下手な誘いがダメ

この手の話は女の気分で個別善悪が決まるので、行為自体善悪は無い。

この行為に悪意はあるだろ。既婚者なのに2人きりで飲みに行こう→ホテル行こう、が俺らの常識なんだろ?

お前はバカか。

一般人

iiiloveuuu07 この手の話って本当に嫌なだけなのに、

「自慢」と言われて攻撃されるのが二重に辛いよね。痴漢とかもそうだけど

もしかしてマウントォ!?」と被害妄想一族暴走する。

sukoyakacha VRで毎回毎回毎回毎回毎回毎回ナンパされる体験すれば

「誘うくらい」なんて言えなくなるかもね。それが気持ちいいって人もいるのか?

好意のない相手から毎回何度も誘われて、適当に断るのも面倒になるくらいのレベルにさせれば良いと思う。

そうしないと相手気持ち分からんだろう。

maruX 案件まとまってない時のナンパって性的接待強要だよね。

自分から強要しといて「枕営業がー!」とか言い出す奴。ほんとクソだと思う。

2018-11-11

anond:20181111170333

別れるなんて、通告して一切連絡切ったらしまいだけど?

同棲してるのなら荷物全部引き上げてな。

それでもグダグダ言うのなら警察沙汰にしたらいい。

2018-11-09

anond:20181109021618

同性の方がお互いの意図を汲みとれるので傑作ができる。

異性が相手だとすぐテンプレ逸脱してグダグダになる。甚だしい時はB、CどころかAにも至らず意味不明の展開になる事もある。

2018-11-07

グリッドマン抱き枕殺人事件個人的感想

今回の話はいろいろ言われているが、

発言に対する批判」と「人格攻撃」が混同されてる、の一言で全て説明がつく

たとえば「こういう抱き枕を出すべきではない」という意見に対し「それは違うんじゃね?」と反論するのは問題ない(表現の自由は“批判されない権利”ではないのだ)

しかし「こいつ頭おかしくね?」になると人格攻撃であり、当然非難対象になる

だが人間(突然大きくなる主語)には“批判”と“人格攻撃”の区別がつかないのだ

なので前者のような単なる意見人格攻撃扱いしたり、逆に批判という体で人格攻撃を始めたりする者が出てきてグダグダになり議論が成り立たなくなった

人類(突然大きくなる主語)に人格攻撃を伴わない議論は早すぎたのだ

2018-11-06

anond:20181106205926

じゃあグダグダわずにさっさと受け入れたらどうかな。

2018-11-03

悩みを傾聴してくれる相手っている?

周りに誰もいなかったから、自分が傾聴するようにしていたんだけど。

こっちの話は、話途中で「自業自得」「グダグダ抜かすな」「だからダメなんだよ」てな反応と

「お前このままで良いと思ってるの?」という詰めてくる。質問攻撃やぞ。戦争やぞ。

カウンセラーってのもダメだった。黙ってるけど聞き流すんだよな。聞いてないの。

そりゃ他人からな。

宮台や恋愛工学者のいう「ナンパすれば解決」ってのもなしで。

金もないので、水商売も無理。

どうしたもんか。

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