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はてなキーワード: ストーブとは

2018-08-14

エアコン使うな」デマ拡散に加担した人達ブコメ

比較

【追記】学校の体育館にエアコンが設置されるも『1回で2500円の電気代がかかるから使用しないでください』とのお達しが教育委員会から届く→デマであると箕面市長が否定 - Togetter

比較対象

倉田哲郎市長のツイート

教育委員会「体育館のエアコンは電気代が2500円かかるから使用しないで」はデマ。箕面市長が否定(篠原修司) - 個人 - Yahoo!ニュース

「エアコン使うな、教委通達」講師の虚偽ツイートが拡散:朝日新聞デジタル

はてなブックマークが学校のエアコンデマに対抗できなかった件について思うこと - この夜が明けるまであと百万の祈り

http://www.tenohirakuru.info/?onlyComment=true&url=https%3A%2F%2Ftogetter.com%2Fli%2F1248247%2Chttps%3A%2F%2Fnews.yahoo.co.jp%2Fbyline%2Fshinoharashuji%2F20180722-00090325%2F%2Chttps%3A%2F%2Fwww.asahi.com%2Farticles%2FASL8B5QWQL8BPPTB002.html%2Chttp%3A%2F%2Ftyoshiki.hatenadiary.com%2Fentry%2F2018%2F07%2F22%2F203026

b:id:paradisemaker

日本って貧困国だよね、精神性も含めて。

無し

b:id:monofreely

老人がお金のために若者を苦しめる日本の縮図 / 市長が完全否定ツイートツイート主は垢削除。

無し

b:id:orangehalf

これって本来ならば教育委員会各自治体の首長臨時の追加予算をつけろと交渉しないといけないのに仕事をさぼって各学校責任押し付けているだけじゃないの?

無し

b:id:mashori

教育委員会に「生徒の命は2500円より安いんですか?」って確認とって「そうです」って回答が来次第晒しあげて【自分たちは生徒の命が大事ですので】ってアピールしてると世論も味方につけて予算も確保しやすいのでは

無し

b:id:north_god

買うなら使う、使わないなら買わない。子供でもわかる

無し

b:id:shufuo

世界よ、これが美しい日本の姿だ!/こどもの命を守るためにひとりあたり100円/月すら予算つけられない国の貧しさよ。

まあ、電気代かかるからできるだけ使わないでって感じの指示が口頭であったんじゃないの。どこの会社でも同じでしょ。際どいことは口頭だけ。文書にするほどバカでもない、という。

b:id:REV

知事が「安全安心と、お金、どちらが大事なのか」って叫んだ新潟県なら、こんなこと言わないよね?

市長発言に嘘偽りないと思うが、グッド組長バッド若頭メソッド、ってあるからな。「みなさん、命を大事に。堅気の市民を大切に。仁義を守ろう!」「いいかおやっさんはああいってるけどな!」

エアコンを使うなとは言ってないが、経費は前年並にね!」ってとこが、日本にあるのかないのかあるのかないのかちょっと気になる。

b:id:kumatarou3rd

教育委員会事務所職員室にガンガンエアコンつかうので、ガキにつかわせる電気なんてねーんだよ。エアコンない教室から職員室に帰ってきて暑いなんて有り得ないじゃん?

無し

b:id:mouseion

教育委員会って別に法的拘束力はないと思うけど。あくまでお願いだから忖度しろよってお達し。でもこれは文科省が悪く大臣責任なので早く全国の学校に国の力でエアコン設置しないと職務怠慢だよ。

箕面市は裏口採用実態を暴く方が先。コネ採用と言った方が適切か。

亡くなった父の古い友人が教育委員会に在籍してる関係教育委についてはそれなりに知ってるつもり。その人はある資格試験役員も兼ねてるけど、教育委って所はそういう人ばかりって聞いてる。

b:id:Assume

予定調和だねぇ。次は口走った教育委員会事務方氏名を実名晒すところからかな

無し

b:id:invalid_touhu

バブル期並みの税収でもお金のない日本。どこに使われてるんだろうね

無し

b:id:shields-pikes

教育委員会って、悪の枢軸かなんかなの? いじめ問題でも部活問題組体操問題でも、今回の熱中症問題でも、ロクなことしてないよね。別に無くてもいい組織なのでは?

無し

b:id:grdgs

日本先進国というのは幻想だな。思想的には共産国家や独裁国家と同じレベルで、財政的(な考えと実質)では貧困国 / 終業式なんていらんだろ。

無し

b:id:sekreto

教育委員会って、なにかこの国や生徒達のために役にたったことがなにか1つでもあるのだろうか。

無し

b:id:Hige2323

こういうのあるだろうなとは思ってた/オイラ小学校時代も冬場はストーブだったけどケチケチしてたもんなあ

日本死ね増田かにもあっさり煽られてたじゃん、はてなリテラシーなんか当てにする方がおかしい/6割ってブコメ妥当な感じ

b:id:omochix

日本という国はどれだけ教育予算を削るのか。未来への投資を削るのか。斜陽国家ここに極まれり。

無し

b:id:xevra

一方、日本橋の首都高を地下化するだけで3200億円ぶち込んじゃうんだよなー安倍ちゃんは。

公式通達が無かったという点ではデマだったのだろう。では実際にどういう運用がされていたのか市長ちゃん公表しよう。各学校エアコン利用率位すぐ出せるだろ?今すぐ出しな。そこがポイントなんだから

「なかなかエアコンを付けてもらえなかった」と言うのが全てじゃねーの?ここの究明無しには判断できない。子供虐待していたかどうかが争点

b:id:hisa_ino

部活に関しては「使うな」でいいんじゃない?つまり暑くてとても出来ないなら無理に部活なんかする必要ない。授業と違って必ずやらなきゃいけないことじゃないんだから

ブックマーク」なんだから記事真実かどうかは最初から関係ないでしょ。記事検証は各々がすればいい話。/現時点での情報を元にコメントするのは別に悪くない。真実が判明した後で意見を変えればいいだけ。

b:id:ai_gaminglife

精神貧乏国家

無し

b:id:citron_908

ひどい話になるけど、これで熱中症で誰か死んだらやっと電気代の予算付ける口実が出来るわけ。おそらく教育委員会担当者レベル予算に口出す権限は一切持ってないのでそれくらいの事が起きなきゃ予算付かない

つうかね、ホント市長も話の行き違いなのか悪意あるデマだったのかも調査した上で、市のHPなり何なりで公式な発表をするべきだと思うの(もし現場と市の間で意思疎通が図られてないならまた同じ事が起きますよ)

結局守秘義務違反案件になったと…虚偽と言えば虚偽だが、エアコン使わせてくれなかったのは事実のようなので、教委の対応問題は残るな

結果的に間違った情報だったようだけど、これだけだと教委担当者との話の行き違いなのか悪意だったのかの判断が付かない。市長意図とは別に末端の担当者が変な言い方する可能性はあるので

b:id:Outfielder

給食費すらろくに回収できないのに電気代なんか追加で払うわけないだろ・・・

次は「できるだけ使うなという口頭の指示があった」というデマ流れるのか・・・

おまえら本当にデマに騙されやすいよな・・・

b:id:thesecret3

ふるさと納税寄付集めたらいいと思う。

その職員室ではそう伝わっただけでは?冷房を設置したのに事実使用禁止になってるという話はチラホラあるわけで、政策としてはケチケチしてないで今こそ冷房使えと指示してほしい。 / デマかどうかは興味ない。



b:id:possesioncdp

よくわからんけどこれは事実なの? 嘘だとは言わんけど、ここまでかいたら学校どこかわかるよね。この教師問題にならないの?

b:id:akikonian

嘘松乙wwww命がかかってるのにたかが2500円でそんなこと言うわけないだろwwwwwwwwwって言いたいけど、嘘だよね?嘘だと言って?

あの時信じてた奴息してる?wwwを見にきた。

b:id:cider_kondo

つーか、エアコン設置した時点で契約電力上がる。1kWあたり1500円ぐらい基本料金が上がる。10馬力×3台(消費電力約24kW=7時間電気代が2500円)と仮定すると月4万円ぐらいアップしてる筈。ガシガシ使わないと元取れないぜよ

b:id:denilava

仮に室内運動部50人が7-9月利用するとして約23万、その費用を月曜から金曜日までの年間を通じて利用料として徴収すれば日額約900円で50人で割れば18円、一人当たり月額500円弱で実際には学校負担あれば更に安くできる。

b:id:lisa-rec

人数で割ったら一人10円ぐらいじゃないの?


嘘を嘘と見抜けず釣られちゃったのはもうしょうがない。しかしその後デマだったことには全く触れない人の多さは何なの?

恥ずかしいから知らんぷり?脊髄反射的にコメント残してスター欲しいだけの乞食?分かりやすい悪を叩きたいだけの憂さ晴らし?ここぞとばかり日本叩きしたいだけ?

それどころか虚偽ツイートだと判明した後も論点ずらしで疑ってかかってるb:id:xevraとか頭おかしいんじゃねーの?

統合失調症だろうな。恐ろしい恐ろしい

xevraのコメント2018/05/26 23:26

http://b.hatena.ne.jp/entry/364823711/comment/xevra

ブコメ比較 ぶつかってくる人より

2018-07-23

エアコンの水漏れ対処

このクソ暑い中、ひさびさに付けたエアコンが水漏れしてブチギレながら直したから書き記しておく。

ググればわかると思うけど、水漏れの原因の9割がドレンホースの詰まりだ。もうこれをなんとかすればほぼ治る。

レンホースの詰まりをなんとかする方法として、色んなブログやらなんやらに出てくるのが『サクションポンプ』を用いる方法。吸引して詰まってる虫やゴミ汚水を引き出すのだ。

だけど、サクションポンプなんてこのドレンホースの詰まりぐらいにしか使わないし、何より高い。アマゾンで1,600円ぐらいする。楽天もそのぐらい。

修理を頼むより安いが、便所排水口の詰まりを直すぐらいにしか用いれないこいつをわざわざ買うのも気が引けた。

(よくあちこちが詰まるご家庭なら購入したほうが得)

そこで、なんとか家にあるものを使って直せないかと考えた。

①シリン

針のない注射器みたいなものだ。家にある人はあるだろう。ペット飼ってる人とか。50ml〜100mlのものだったら多分使える。

(ちなみにサクションポンプより安いからこれを買うことも考えた)

石油ポンプ

オール電化にするようなブルジョワ宅にはないだろう、ブルジョワ修理業者を呼んでくれ。正式名称醤油ちゅるちゅる」。

うちには②の石油ポンプがあった。

サクションポンプより安く、使った後は洗って干しときゃなんとかなるだろう、と安易に考えた。後々ストーブかに不具合が起きてもその時考えることにする。今はクソ暑いんだ。今を生きねば。

石油ポンプよりドレンホースが細いためにガムテープも用意する。後は、ドレンホースを石油ポンプのまっすぐの方に入れガムテープで密封。

そのあと、ひたすらジュポジュポ。

汚ねえ水と死んだうにょうにょ虫、細かい小石が出て来た。ふざけろ。

ヒーヒー言いながら、ガムテープ外して、汚水をどっかその辺に散らして、それを何度かする。もう出てこなくなったら、キッチン排水口とかに使うあみあみゴムで縛り、虫がもう二度と入れないようにした。

後々調べた結果、冷房ガンガン付けながらやった方がキチンと綺麗に吸い出せるらしい。

ここで終わりじゃあない。

ここで終わったら、またクソみたいな水漏れの中、ベネチアみたいな部屋を楽しまねばならない。

その後は窓を全開にして冷房16度、強風放置する。45分〜1時間弱。

電気代より修理代の方が高いと自分に言い聞かせて、高級扇風を浴びる。

これで、詰まりは解消された。

尚、ずっと使っていないエアコンだった場合、ドレンホースの問題どころじゃない(室外機とか)可能性が高いので、その際は覚悟を決めて修理業者を呼ぼう。

まりをどうこうの前にフィルターを洗って干す、エアコンのカビやら埃やらを掃除して試運転してから漏れした場合上記を試してほしい。

それでは、クーラーの効いた良い夏をお過ごしください。

小学校クーラー設置論争

7月の頭から夏休みにすればいいのに。

土曜授業復活とか春休み冬休みを減らせばいけると思う。

冬は大丈夫だよね?クーラーなくてもストーブは設置されてると思うので。ないところもあるのか?なかったら厚着かな。

2018-07-19

フェミダブルスタンダートで良い

最初に書いておく、俺は40代おっさんである

よく、世のフェミニスト

女性特別大事に扱え」と言いたいのか

男女平等しろ」と言いたいのか、どっちかはっきりしろと叩かれる

が、今日なんとなく

べつにダブルスタンダートで良いのではないか、と思った

まり、どー考えても女性は不利で男性が優位な場合

女性特別大事に扱うべきだが

男女で条件が同じ場では平等にするべきだろうと

たとえば、男女で重い荷物を持つときは男が持った方がええわな

一方、純然たる内勤デスクワークでの基本給は男女同じであるきじゃろう

今日くそ暑い図書館クーラーがきいてて良かった

だが、冬はどうか?

先のようなダブルスタンダートは、言ってみれば

夏はクーラーをつける、冬はストーブをつける、みたいな情況別使い分けだ

一年ストーブを焚いてないのは自己矛盾だ」

と言うのが果たして正当な批判たり得るだろうか

あるいは

痩せすぎで不健康な人には「もっと食え」と言い

太りすぎで不健康な人には「もっと食事制限しろ」と言うようなもの

これも自己矛盾ダブルスタンダートとは言わんよな

俺は独身だが、休日とかショッピングセンターとかの家族連れ客で

亭主が重い荷物持って、嫁はんが子供をだっこしてるのを見ると

「うむ、こうでなくてはな」などと(偉そうに)思う

男の側も、力仕事を引き受けるときなどは

男女平等ではないことを示しているのだから

男性感謝しろ尊敬しろ」と言って良いと思う

まり、女の側のダブルスダートも男の側のダブルスタンダート

両方認めて良いのではないか

……あれ? そんなつもりはなかったのに、オチ男女平等論になっちまった

2018-06-08

過去の母が憎い

最近子供の頃の、母親との辛い思い出がフラッシュバックする。

事前情報として。

私は三人姉妹の長女で、割と大人には気に入られやす子供だった。いわゆる「いい子」。先生からも信頼され、友達の親からも行儀の良さを褒められることが多かった。友達は多くもなく、少なくもなく。父は仕事で忙しいながらも休日はしっかり子供にかまい、平日母に負担をかけてるからと、家にいる日には率先して家事もこなしていた。専業主婦の母は優しくてきれいなお母さんと評判だった。妹たちは年が近いせいで喧嘩も多かったけど、仲良くしていた方だと思う。成人した今でも、一緒に出かけたりする。普通に大学卒業して、普通に就職して、普通に結婚した。

本題に入る。

一年半前に子供が産まれた。

日々子供と接する時間の中で度々自分の子供の頃の辛い思い出が蘇る。

その一部が以下の通り。

=====================

幼稚園

・毎昼のお弁当冷凍食品だらけだった。友達のお弁当が美味しそうで羨ましかった。その事を母に話すと、母は「妹たちの世話でこんなにも忙しいのに」と不機嫌になるので、まずい冷凍食品我慢して、息を止めて食べていた。(昔の冷凍食品はまずかった)

真冬寒い日、ストーブ1つを母と子供達で使って過ごしていたが、母がど真ん中に陣取って、昼寝をしていた。母に触れて起こしてしまわないよう、端の方からそっとストーブに手を当てて暖をとった。

・妹がテレビを観ながらご飯を食べていたので、椅子から突き落とされ、外に追い出された。妹を助けることはできなかった。

・母が怒ると謝っても許してもらえないし、無視される。なぜ怒られているのか分からない時も、ひたすら謝り続けるしかなかった。「なんで怒られているのかわかってる?」と聞かれるのが怖かった。その点妹は賢く、母を笑わせる事で事なきを得ていて、羨ましかった。

小学校中学校

・体調が悪くて小学校休みたいと訴えると、母は不機嫌になった。ある日「やっぱり今日給食が美味しそうだから学校行こうかな」と言ってみると母が喜んだ。それからは体調が悪い日には母から「でも、今日給食美味しそうだよ」と振ってきて、そう言われた日には頑張って学校へ行った。(38度くらい熱が出たら流石に休めたし、優しくしてもらえた。高熱が出るのが嬉しかった)

小学校高学年で転校して、なかなか学校に馴染めず、誰もいない部屋の隅でぬいぐるみを抱えて泣いた。その泣き声を聞いた母が部屋に入ってきて、「泣いたって何にも解決しないんだからね!」と叱られた。メソメソしているのが、鬱陶しいのだなと思ったが、泣き止めなかった。

友達と遊ぶ約束がないと、ため息をつかれた。友達が少ない自分は母の理想の子供ではないと、頑張って友達を作り、約束を入れた。

他人から私や妹たちが勉強について褒められると、「勉強しなさいなんて言ったことないんですよ」と言っていた。確かに勉強しなさい」とは言われなかった。でも「勉強しなかったら、将来苦労するよ」等、明らかに勉強する事を望む言葉を聞かされていた。他人から「優しいお母さんでいいね」と言われると心がざわついた。

・私を恥ずかしがらせることが好きだった。好きな人や小さな失敗を囃し立てて、顔が赤くなるのを見ては「かわいい」と喜んでいた。

男性芸能人偉人に憧れると、その人の悪い面を教えたり、「面食いなんだねぇ、私はイケメンって苦手」と肯定することはなかった。憧れるという気持ちがかなり希薄になった。(最近ようやくイケメンに対するあこがれを罪悪感なく持てるようになった。楽しい。)

・色気があると褒められたと伝えると、「全然ないよ」と否定される。これは何度もあった。私は、自分には魅力がないと理解するようになり、異性から誘われても、自分のどこに価値を感じているのだろうと邪推するようになった。

(父は単身赴任の多い仕事で、長いと年単位で他県や国外に赴任し、家族と離れている時間が多かった。そのため母と子供達だけの期間がかなりあったのだが、その期間は特に母のアタリが強かったように思う。父が家に帰ってくる日は母が優しいし、怒っても父が宥めてくれるので本当に嬉しかった。)

=====================

私は、私は母の望むような自分でないと価値がないと思うようになり、自分自身への自信をなくしていった。そして、子供が産まれるまで母は普通の親だと思っていた。むしろ、難しい子供だった自分を育ててくれてありがとうと、感謝の念でいっぱいだった。

でも子供を育てている今、必ずしもそうではないと思い始めた。

ニュース報道なんかを見ていると、自分全然まれている方だと思うし、母も1人で3人の子供を育てるのは大変だったと思う。私の経験は、誰でも経験する、小さな出来事なのかもしれない。でも、私にとっては辛い経験で、小学校高学年〜高校あたりまではうつ病の気があったのではと思う。毎日家のベランダ学校テラスに出て、飛び降りたら死ねるかな、楽になるかな、と考えていた。

昔の思い出を伝えて、母を責め立てたい。

しかし、現在の母を責めることは私にとって難しい。

数年前妹が摂食障害発症し、親子共々カウンセリングを受けた結果、母は変わったからだ。

摂食障害は親子間の問題から発症することがあるらしく、その問題を追及していった結果、母は自らが間違っていたと、自分を変える努力をし、その結果かなり寛容な人間になった。今の母のことは好きだ。

でも、子供と過ごしているとふとあの頃の辛い思い出が蘇る。もっと優しくして欲しかった。私のことどういう気持ちで育てたのと、ひたすら辛い。

子供のことは好きだ。だから私と同じような経験はさせたくなくて、子育て本を読み漁っている。すると、私の知る子育てとは真逆のあたたか子育てを知り、またあの頃の辛い思い出にフラッシュバックする。

夫には話を聞いてもらっているし、親身になってくれる。その瞬間は気持ちが楽になるし、本当に感謝している。

ただフラッシュバックは日々起こり、その度に気持ちが落ち込むし、母を憎く思ってしまう。

子どもが産まれから過去の母が憎くてたまらない。

2018-06-05

クーラーいつから付けるか

今日とかすでに寝苦しいけど、クーラーいれるほどでもない。朝方寒いし。

いれどき毎年わからんから関東地方今日から!」とか宣言してほしい。ストーブしかり。

2018-04-11

良い塩梅と言うぐらいの増田酢魔のイラ寓意とイバン逢い居(回文

おはようございます

松浦亜弥どぇーす!!!

このどぇーすのどぇーす感ってあややしか出せなかったわよね!

私お料理好きなんだけど、

持ってる調味料

梅と塩だけよ!

これでだいたい決まるわ。

でも最近煮物の味がぼやけるというか決まらない理由

何かと思って考えてみたシンキングタイムの結果、

砂糖とかみりんとかがないのに気付いたの。

で、

最近はついについに

みりん砂糖という調味料を導入してみたんだけど、

まあこれ毎日煮物するわけじゃないか

みりんやお砂糖と言った類いの調味料の減りが激減らないのよ。

塩とかコショウとかは結構すぐ使っちゃうんだけどね。

あとさ

小麦粉も使いたいムニエルなお年頃なんだけど

小麦粉1袋買っても余してしまうのよね。

そんな時あったらいいなでお馴染みの小林製薬もとい!

日清製粉

コショウをパパッと掛けるみたいな容器に入った小麦粉最近見付けたの!

もうこれ感激よ!

少量小麦粉が使いたい放題!

こういうの欲しかったのよね!

世の中捨てた揉んじゃないわね!

うふふ。


今日朝ご飯

トーストハムエッグトーストとオムサンドタマゴよ。

タマゴずくしでもいいの今日はと言うより毎日だけど。

デトックスウォーター

4月に入ったというのになんかまたストーブ付けてしまったわ。

ちょっとまた寒くなったりよ。

から今日はホッツジャスミンティーウォーラーしました。

油断して風邪さないようにね。


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2018-03-11

フライデーナイトファンタジー

ざっと25年から30年ばかり前の話だ。

小学生の俺は東北地方都市で、家族4人の次男として暮らしていた。

家は特に貧しいわけではなく、無駄遣いはできないにせよ不自由なく暮らせるレベルだった。

当時ファミコン大人気だったがうちにはなく、

テレビは小さいカラーテレビが一台だった。

そこそこ厳しめの家で、テレビを好きに見せてはくれなった。

一週間に一度、ドラえもんだけ観ても良い事になっていて、いつも兄と見ていた。

ときおり、金曜ロードショー面白そうな映画があると、見ても良い事になって父母も入れて4人で見た。

金曜ロードショーが終わるのは夜11時で、その時間まで起きていると夜更かしなので、

金曜ロードショーが始まる前に夜ご飯と歯磨きと風呂を済ませて、パジャマで見る事になっていた。

見終わったらすぐ寝るためだ。

特に冬は東北寒いので、ストーブをつけた部屋で、毛布をかぶって見る事もあった。

金曜ロードショーは開始時にフライデーナイトファンタジーという曲が流れる

それが始まったら、「はじまったよー」と呼ばわると、家族が集まって来て皆で見始めた。

解説水野晴郎淀川長治だった。

CMになると、その隙にトイレに急いで行った。

廊下は暗くて寒かったが、急いで用を足して急いで戻り、また毛布にくるまった。

俺はそんな時間がすごく好きだった。幸せだった。

土曜日半ドンだが学校があり、クラスでは金曜ロードショーの話に花が咲いた。

いつしか時は流れて、今家族は別々に暮らしている。

有難い事に父母も兄も息災で、兄は所帯を持ち子供がいる。

たまに実家に帰る事はあるが、もう一緒に金曜ロードショーを見る事はない。

動画はいつでもどこででも見られるようになり、トイレに行きたければCM時間を気にする必要もない。

あの幸せだった時間は二度と帰ってくることはないが、その代わりに別の幸せ時間もある。

ただそれだけの話。

四半世紀前の中流家庭の子供が、何を楽しみにして、何を幸せとしていたのか、なんとなく書いておきたくなって書いた。

初七日

明日わんこ初七日である

人生の半分くらいを共に過ごしたわんこだ。

ペット業界が拡大し、ペットと呼ばれる子たちの地位確立してきたとはいえ、世間はまだまだ「ペット」だ。

わんこにゃんこ、鳥さんや亀さん、うさぎさんや蛇さんに、蜘蛛さんやハムスターといった(他にもまだまだ)子たちが世間からみんな「○○さんちの家族」として見なされてるとはいえない。

ツイッターに書けばいいのかもしれないし、匿名ではないブログに書けばいいのかもしれない。

でもなんだかそんな気分になれないのは、やっぱりそういう方々の目に触れてやいのやいのと言われるのが嫌だからだろうなぁと思う。

初七日明日に控えて、気分は少し落ち着いてきた。

でも、それは現実を受け入れたとかではなく、上手に上手に現実逃避しているかなのだと思う。

生後二ヶ月弱で我が家にやってきたダックスさんは、やたらとお鼻と胴が長い、手足の大きな女の子だ。

途中からメキメキとぷくぷく育っていったのだが、これは甘やかしたのが悪かった。

とても柔らかい体つきだったし、小さな頃にヘルニアの手術をしているから抱き上げるときは慎重だった。

彼女植物アレルギーがあるので、おうちでゆったりと過ごす温室わんこだ。

朝起きて、ごはんを食べ、運動がてらにわたしの脱いだ靴下をあちらこちらに運んで隠すお仕事をする。

それが終わると夏は涼しいところ、冬はストーブの前に陣取りいびきかいて寝て、暇になるとちょこちょこと短い足を動かしてわたしのところに来ては抱っこをねだる、甘えんぼさんだった。

彼女はとてもやんちゃなのだ

病院帰りには必ず首輪抜けをされた。

調整しても調整しても首輪抜けをするので、なにかコツがあったのかもしれない。

窮屈なリードから解き放たれた彼女は実に楽しそうに駆け出していく。

だけど、名前を呼ぶとすぐに振り向いて、近づいてきてみたり遠のいてみたりと、わたしたちを焦らして弄ぶのだ。

これは小さい頃の話で、晩年は耳も聞こえなかったし、目も見えてはいなかった。

ヘルニア、目、耳、とさまざまなところが悪かったのだけど、彼女はとても頑張り屋さんな子なので、手術の麻酔が覚めると同時にわたしたちを探してすぐさま立ち上がる!なんてこともやってのけた。

それがとても頼もしかった。

亡くなる前日、彼女の息は既に浅く、苦しそうだった。

毎日わたしの隣で寝ているため、わたしもまたそんな苦しそうな姿を見守っていた。見守るしかなかった。

彼女プライドが高いわんこなので、足腰が立たなくなっても自らトイレに向かおうとした。その彼女が、トイレにも行けず、その場で排便したという事実あの日わたしにある程度の覚悟を持たせたとおもう。

明け方の4時頃、1度彼女は立ち上がり、大きく息を吸って倒れ込んだ。

飛び起きたわたし彼女を抱き上げて、呼吸を確認した。

見れば、ぷにっとした黒い下唇にかかるように舌がちろりと出ていた。

これはまずいと思ったわたしは何を考えたのか、口を開けて、その舌の位置を整えた。

なにがどうなったのか分からないけれど、彼女はいきなり深く息を吸って目を覚ました。

しかしたら気道確保になったのかな?なんて今になって思う。

その時点で時刻はもう朝の五時だった。

彼女は相変わらず呼吸が苦しそうに横たわっていた。

急変したのは朝の八時半で、いきなり噦くでもなく嘔吐したことわたしパニックになった。

わたしの動揺のせいか、出勤前の妹が仕事を休んでついていてくれた。

九時を過ぎたあたりで、わんこが短い痙攣を起こした。収まったあとで、上半身だけ起こすように抱き上げると、わんこはまた大きく息を吸った。あれだけ浅かった呼吸が深く穏やかなものに変わっていた。あれだけパニくっていながら、死に向かう彼女を見てわたしの頭はいやに冷静だった。

大きく吸った息を吐き出して、彼女の体は力なくぐだっとなった。抱き上げて息がないのは分かっていたけど、昨晩のようにわたしは口を開けてぺろんと出た舌の位置を整えた。

しかしたら昨夜のように吹き返すかもしれないと思ったかもしれないし、もうちゃんと分かっていたのかもしれない。

丸1日苦しんだ彼女最期は穏やかだったように思う。

家人意向で、火葬はその日の夕方依頼した。

まりくそばにいると、タイミングを見失うだろうという言葉反論ができなかった。

火葬車で迎えにきてくれて、家の前で焼いてもらう。そうして、お骨上ができて仮位牌も頂けるという業者に半べそ状態電話した。

確か、正午頃に電話をかけたのだが、向かうのが夕方になるという。

忙しいということはそれだけみんな家族を失ってるひとがいるのだなと思った。

火葬車が来る時間までは、体を拭いたり爪を切ったり、毛をカットしたりした。

生前どうしても切らせてくれない毛玉が取れて、よかったとおもった。

アイスノンで背中とおなかと頭を冷やすわんこの横に寝そべって2時間くらいわたしもお昼寝をした。

お前、そんな状況でよく寝れるなと思うかもしれないけど、眠れない日が続いていた上に前日は一睡もしてなかったので寝れたのだ。

わんこと手を繋いで寝たのだけど、どうしてもおなかに置いてあるアイスノンが冷たくて手を引っ込める、はっと気づいてまた手を伸ばす。そんなことを繰り返した。

火葬車がきて彼女を炉に入れた。

業者のおじさんが何だかやたらと明るいひとだったのだが、多分、それくらいの方がいいのかもしれない。

お線香を上げさせてもらって、扉が閉まるのを見た。

1時間から2時間くらいかかるから、家の中で待っていてくれと言われたのだが、なかなかそうもできなかった。

ただ、おじさんが火の調整か確認のために、炉の小窓を開けたときに、燃え盛る火の真ん中に横たわるわんこの姿と肉の焼ける匂いが今もまだ忘れられない。

ちょうど他のひとか死角になっていたからそれを見たのはわたしだけだ。

後ろにわたしがいると気付かず、小窓を開けてしまったらしいおじさんが少し申し訳なさそうな、労るような表情をしていたのが印象的だった。

そのあと家の中で何をするわけでもなく待っていると予定より早く、おじさんがインターホンを鳴らした。

お骨、直接拾うかい

本当は頭から順にケースに入れて持ってきてもらい、玄関先で、というのがスタンダードらしいのだが、炉から直接拾わせてもらうことになった。

お骨は綺麗に並べられていて、おじさんが部位ごとに、これはアバラで、これは喉仏で、と教えてくれた。

お尻のほうから拾ってね、という言葉ならい、母と妹が拾う中で、わたし最後頭蓋骨と喉仏を任された。

頭蓋骨も喉仏も綺麗に形を保っていた。

頭蓋骨はすくうように拾ってと言われたのだが、最後最後、みんながわたしらしいと笑ってくれたが頭蓋骨がちょっぴり崩れてしまった。

思ったよりもカサカサでサラサラだったのだ。これがあの子の頭なのかとちがう方向に意識飛ばししまったのが原因だろうと思う。箸使いは上手い方なのに……。

最後に骨壷に喉仏をおさめて、カバーをかけてもらった。

生前服を嫌がったわんこなのに、亡くなってからやたらときらびやかな服を着ているみたいでなんだか不思議だった。

お位牌におじさんの手書き名前享年が書いてあった。

きっと火葬の間に書いてくれたのだろうと思った。

話は変わるのだが、わたしペット火葬業者特に移動式火葬車を持っている業者には不信感があった。

わんこが亡くなってホームページを閲覧し火葬業者を探しているとき不安は凄まじく胸の中をぐるぐるしていた。

けれど、わたしは最終的に直感業者を選んでしまった。口コミもなく、高くもなく、これといって特筆すべきところのない業者だったのだが、ここを選んでよかったと思えるところに当たってよかったとおもう。

今、明日初七日を前にして、これを書こうとおもったのは少しでも落ちつけるだろうかと思ったからだ。

わたしは、わんこの死後2日ほどで現実逃避に走った。

ストーブの前に彼女がいないこと、眠るとき隣に彼女がいないこと。日常すべてに違和感がつきまとう。

所謂オタクというもの二次創作にも手を出しているわたしにとってツイッターは都合のいい逃げ場所だ。黙っていてもぞろぞろと情報は流れてくるし、リプがくればリプればいい。恰好の逃げ場所だ。ちがいない。

アジタケーサカンバリン的な死生観を持つわたしにとって、死後の世界想像は難儀だ。

虹の橋お話がとても素敵だ、だからこれを信じて生きていこうと思ったところで、理屈っぽいわたしは「飼い主って……え、じゃあ順番的におかんが亡くなったらおかんわんこといっしょに行っちゃうの?わたしは?」などと思ったりするので、こういう時ほんとうに自分性格を憎らしく思う。

ただ、昔、にちゃんねるで見たお話を思い出した。

VIPだったのかオカ板だったのか思い出せないのだけど、死後案内場所お話だ。

ひとは死後、自分が信じた、あるいは自分の中で印象に残っていた死生観世界に行くらしい。

スレ主は確か、宗教だとか天国地獄だとか、そういうものではなく、なにかのアニメだか漫画だかで見た「死後案内場所」のようなところにたどり着くんだとか。

そこで、これからどうします?と自分過去を遡ったりしながら今後の身の振り方(?)を決めるらしいけれど、わたしわんこはここにたどり着いていたらよいなぁと思った。

「さて、ここからどうする?」

天国に行く?」

虹の橋に行ってみる?」

「それとも何かにまれ変わってみる?」

「このままゆっくり穏やかに眠り続けてもいいよ」

自ら地獄に行きたがることはそうそうないとは思うのだけど、でもこうして選択肢があればそれがいいんじゃないかなとおもう。

うちのわんこはなにを選ぶだろう。なにを選んだんだろう。

残された人間はそうして自己満足で生きていくしかできないのだ。

辛い、悲しい、なにより寂しい。

これはすべてわたし感情で、わたし傲慢だとおもう。

それでも、どうにか生きていくためにはこの感情を抱えるにしても乗り越えるにしても何らかのきっかけが必要なのだ

これからわたし自己満足彼女に水をあげ続けるし、大好きだったシーザービーフ(まぐろ入り)を供え続けるだろう。納骨を合同にするか個別にするか不毛な悩みに頭を抱えるだろうし、毎日毎日飽きもせず話かけて、飽きもせず写真を取り替えるのだろうと思う。

わたしの一番はこれまでもこれからも変わらず、彼女だけだ。

辛い記憶を振り返りたくはないけれど、それでも毎日毎日思い出していないと記憶が朧気になってしまうことは祖母の亡き後思い知っている。

なんだか、とりとめなく支離滅裂な長文になってしまったけど、残しておきたかったのです。

断滅論の権化であるわたしが言っても違和感なのかもしれないけれど、それでもどうか、彼女が死後案内場所自分が「このコースいいな!これにしよっかな!」と思えるところを選べますように。

初七日

明日わんこ初七日である

人生の半分くらいを共に過ごしたわんこだ。

ペット業界が拡大し、ペットと呼ばれる子たちの地位確立してきたとはいえ、世間はまだまだ「ペット」だ。

わんこにゃんこ、鳥さんや亀さん、うさぎさんや蛇さんに、蜘蛛さんやハムスターといった(他にもまだまだ)子たちが世間からみんな「○○さんちの家族」として見なされてるとはいえない。

ツイッターに書けばいいのかもしれないし、匿名ではないブログに書けばいいのかもしれない。

でもなんだかそんな気分になれないのは、やっぱりそういう方々の目に触れてやいのやいのと言われるのが嫌だからだろうなぁと思う。

初七日明日に控えて、気分は少し落ち着いてきた。

でも、それは現実を受け入れたとかではなく、上手に上手に現実逃避しているかなのだと思う。

生後二ヶ月弱で我が家にやってきたダックスさんは、やたらとお鼻と胴が長い、手足の大きな女の子だ。

途中からメキメキとぷくぷく育っていったのだが、これは甘やかしたのが悪かった。

とても柔らかい体つきだったし、小さな頃にヘルニアの手術をしているから抱き上げるときは慎重だった。

彼女植物アレルギーがあるので、おうちでゆったりと過ごす温室わんこだ。

朝起きて、ごはんを食べ、運動がてらにわたしの脱いだ靴下をあちらこちらに運んで隠すお仕事をする。

それが終わると夏は涼しいところ、冬はストーブの前に陣取りいびきかいて寝て、暇になるとちょこちょこと短い足を動かしてわたしのところに来ては抱っこをねだる、甘えんぼさんだった。

彼女はとてもやんちゃなのだ

病院帰りには必ず首輪抜けをされた。

調整しても調整しても首輪抜けをするので、なにかコツがあったのかもしれない。

窮屈なリードから解き放たれた彼女は実に楽しそうに駆け出していく。

だけど、名前を呼ぶとすぐに振り向いて、近づいてきてみたり遠のいてみたりと、わたしたちを焦らして弄ぶのだ。

これは小さい頃の話で、晩年は耳も聞こえなかったし、目も見えてはいなかった。

ヘルニア、目、耳、とさまざまなところが悪かったのだけど、彼女はとても頑張り屋さんな子なので、手術の麻酔が覚めると同時にわたしたちを探してすぐさま立ち上がる!なんてこともやってのけた。

それがとても頼もしかった。

亡くなる前日、彼女の息は既に浅く、苦しそうだった。

毎日わたしの隣で寝ているため、わたしもまたそんな苦しそうな姿を見守っていた。見守るしかなかった。

彼女プライドが高いわんこなので、足腰が立たなくなっても自らトイレに向かおうとした。その彼女が、トイレにも行けず、その場で排便したという事実あの日わたしにある程度の覚悟を持たせたとおもう。

明け方の4時頃、1度彼女は立ち上がり、大きく息を吸って倒れ込んだ。

飛び起きたわたし彼女を抱き上げて、呼吸を確認した。

見れば、ぷにっとした黒い下唇にかかるように舌がちろりと出ていた。

これはまずいと思ったわたしは何を考えたのか、口を開けて、その舌の位置を整えた。

なにがどうなったのか分からないけれど、彼女はいきなり深く息を吸って目を覚ました。

しかしたら気道確保になったのかな?なんて今になって思う。

その時点で時刻はもう朝の五時だった。

彼女は相変わらず呼吸が苦しそうに横たわっていた。

急変したのは朝の八時半で、いきなり噦くでもなく嘔吐したことわたしパニックになった。

わたしの動揺のせいか、出勤前の妹が仕事を休んでついていてくれた。

九時を過ぎたあたりで、わんこが短い痙攣を起こした。収まったあとで、上半身だけ起こすように抱き上げると、わんこはまた大きく息を吸った。あれだけ浅かった呼吸が深く穏やかなものに変わっていた。あれだけパニくっていながら、死に向かう彼女を見てわたしの頭はいやに冷静だった。

大きく吸った息を吐き出して、彼女の体は力なくぐだっとなった。抱き上げて息がないのは分かっていたけど、昨晩のようにわたしは口を開けてぺろんと出た舌の位置を整えた。

しかしたら昨夜のように吹き返すかもしれないと思ったかもしれないし、もうちゃんと分かっていたのかもしれない。

丸1日苦しんだ彼女最期は穏やかだったように思う。

家人意向で、火葬はその日の夕方依頼した。

まりくそばにいると、タイミングを見失うだろうという言葉反論ができなかった。

火葬車で迎えにきてくれて、家の前で焼いてもらう。そうして、お骨上ができて仮位牌も頂けるという業者に半べそ状態電話した。

確か、正午頃に電話をかけたのだが、向かうのが夕方になるという。

忙しいということはそれだけみんな家族を失ってるひとがいるのだなと思った。

火葬車が来る時間までは、体を拭いたり爪を切ったり、毛をカットしたりした。

生前どうしても切らせてくれない毛玉が取れて、よかったとおもった。

アイスノンで背中とおなかと頭を冷やすわんこの横に寝そべって2時間くらいわたしもお昼寝をした。

お前、そんな状況でよく寝れるなと思うかもしれないけど、眠れない日が続いていた上に前日は一睡もしてなかったので寝れたのだ。

わんこと手を繋いで寝たのだけど、どうしてもおなかに置いてあるアイスノンが冷たくて手を引っ込める、はっと気づいてまた手を伸ばす。そんなことを繰り返した。

火葬車がきて彼女を炉に入れた。

業者のおじさんが何だかやたらと明るいひとだったのだが、多分、それくらいの方がいいのかもしれない。

お線香を上げさせてもらって、扉が閉まるのを見た。

1時間から2時間くらいかかるから、家の中で待っていてくれと言われたのだが、なかなかそうもできなかった。

ただ、おじさんが火の調整か確認のために、炉の小窓を開けたときに、燃え盛る火の真ん中に横たわるわんこの姿と肉の焼ける匂いが今もまだ忘れられない。

ちょうど他のひとか死角になっていたからそれを見たのはわたしだけだ。

後ろにわたしがいると気付かず、小窓を開けてしまったらしいおじさんが少し申し訳なさそうな、労るような表情をしていたのが印象的だった。

そのあと家の中で何をするわけでもなく待っていると予定より早く、おじさんがインターホンを鳴らした。

お骨、直接拾うかい

本当は頭から順にケースに入れて持ってきてもらい、玄関先で、というのがスタンダードらしいのだが、炉から直接拾わせてもらうことになった。

お骨は綺麗に並べられていて、おじさんが部位ごとに、これはアバラで、これは喉仏で、と教えてくれた。

お尻のほうから拾ってね、という言葉ならい、母と妹が拾う中で、わたし最後頭蓋骨と喉仏を任された。

頭蓋骨も喉仏も綺麗に形を保っていた。

頭蓋骨はすくうように拾ってと言われたのだが、最後最後、みんながわたしらしいと笑ってくれたが頭蓋骨がちょっぴり崩れてしまった。

思ったよりもカサカサでサラサラだったのだ。これがあの子の頭なのかとちがう方向に意識飛ばししまったのが原因だろうと思う。箸使いは上手い方なのに……。

最後に骨壷に喉仏をおさめて、カバーをかけてもらった。

生前服を嫌がったわんこなのに、亡くなってからやたらときらびやかな服を着ているみたいでなんだか不思議だった。

お位牌におじさんの手書き名前享年が書いてあった。

きっと火葬の間に書いてくれたのだろうと思った。

話は変わるのだが、わたしペット火葬業者特に移動式火葬車を持っている業者には不信感があった。

わんこが亡くなってホームページを閲覧し火葬業者を探しているとき不安は凄まじく胸の中をぐるぐるしていた。

けれど、わたしは最終的に直感業者を選んでしまった。口コミもなく、高くもなく、これといって特筆すべきところのない業者だったのだが、ここを選んでよかったと思えるところに当たってよかったとおもう。

今、明日初七日を前にして、これを書こうとおもったのは少しでも落ちつけるだろうかと思ったからだ。

わたしは、わんこの死後2日ほどで現実逃避に走った。

ストーブの前に彼女がいないこと、眠るとき隣に彼女がいないこと。日常すべてに違和感がつきまとう。

所謂オタクというもの二次創作にも手を出しているわたしにとってツイッターは都合のいい逃げ場所だ。黙っていてもぞろぞろと情報は流れてくるし、リプがくればリプればいい。恰好の逃げ場所だ。ちがいない。

アジタケーサカンバリン的な死生観を持つわたしにとって、死後の世界想像は難儀だ。

虹の橋お話がとても素敵だ、だからこれを信じて生きていこうと思ったところで、理屈っぽいわたしは「飼い主って……え、じゃあ順番的におかんが亡くなったらおかんわんこといっしょに行っちゃうの?わたしは?」などと思ったりするので、こういう時ほんとうに自分性格を憎らしく思う。

ただ、昔、にちゃんねるで見たお話を思い出した。

VIPだったのかオカ板だったのか思い出せないのだけど、死後案内場所お話だ。

ひとは死後、自分が信じた、あるいは自分の中で印象に残っていた死生観世界に行くらしい。

スレ主は確か、宗教だとか天国地獄だとか、そういうものではなく、なにかのアニメだか漫画だかで見た「死後案内場所」のようなところにたどり着くんだとか。

そこで、これからどうします?と自分過去を遡ったりしながら今後の身の振り方(?)を決めるらしいけれど、わたしわんこはここにたどり着いていたらよいなぁと思った。

「さて、ここからどうする?」

天国に行く?」

虹の橋に行ってみる?」

「それとも何かにまれ変わってみる?」

「このままゆっくり穏やかに眠り続けてもいいよ」

自ら地獄に行きたがることはそうそうないとは思うのだけど、でもこうして選択肢があればそれがいいんじゃないかなとおもう。

うちのわんこはなにを選ぶだろう。なにを選んだんだろう。

残された人間はそうして自己満足で生きていくしかできないのだ。

辛い、悲しい、なにより寂しい。

これはすべてわたし感情で、わたし傲慢だとおもう。

それでも、どうにか生きていくためにはこの感情を抱えるにしても乗り越えるにしても何らかのきっかけが必要なのだ

これからわたし自己満足彼女に水をあげ続けるし、大好きだったシーザービーフ(まぐろ入り)を供え続けるだろう。納骨を合同にするか個別にするか不毛な悩みに頭を抱えるだろうし、毎日毎日飽きもせず話かけて、飽きもせず写真を取り替えるのだろうと思う。

わたしの一番はこれまでもこれからも変わらず、彼女だけだ。

辛い記憶を振り返りたくはないけれど、それでも毎日毎日思い出していないと記憶が朧気になってしまうことは祖母の亡き後思い知っている。

なんだか、とりとめなく支離滅裂な長文になってしまったけど、残しておきたかったのです。

断滅論の権化であるわたしが言っても違和感なのかもしれないけれど、それでもどうか、彼女が死後案内場所自分が「このコースいいな!これにしよっかな!」と思えるところを選べますように。

2018-03-01

昔の人はもっと不幸だった

戦争もあった、飢饉もあった

教育もなく、右も左もわからなかった

病気簡単に人が死んだし、エアコンストーブもなかった

出会いは限られるし、家の都合もある

犯罪も多かった

 

自分はまるで幸せではなく日々苦しいのだが

じゃあ昔の人は本当に大変だったのではないだろうか

そりゃあ死後の世界希望を持ってしまうだろう

頭が垂れる思いだ

 

しかしだからと言って今幸せを感じるというわけでもない

2018-02-27

anond:20180227132556

言葉が通じないんだからぜんぜん違う表現理解できるように言うだろ

シュレーディンガーの猫

アインシュタインの「相対性理論」たとえ:熱いストーブの上に1分間手をおいてご覧なさい。1時間ぐらいに感じられるでしょう。可愛い女の子と一緒に1時間座ってみなさい。1分ぐらいにしか感じられないでしょう

バカにはこういう全く関係ないこと言わないと感覚すら共有できないだろ

2018-02-23

ストーブ

給油アラーム

鳴ってるよ

あー、鳴っちゃった(笑)

とかさ、誰か言ってよ

2018-02-16

足元で犬が寝ている

土間の小さなストーブの上で、やかんが湯気を立てている。

傍らに敷かれた毛布の上で、少しくたびれた感じの犬が、足を横に投げ出して寝ている。

垂れ耳で中型の、種類も分からない、よくいる雑種。親のツテで保健所からやってきたので、

正確な年は分からない。その時の獣医の話によると、5歳は超えているだろうとのこと。

人でも犬でも誰彼構わず尻尾を振ってしまうので、番犬にはならない。

そんな性格から引き取られたのかもしれないし、彼なりの処世術かもしれない。

犬を上(室内)で飼うことは考えられないクラシックな家だけど、

田舎なので小屋だの土間だの、屋根の下で犬が寝っ転がるくらいのスペースはある。

ここへ来て2回目の冬を迎える犬が、足元で穏やかに寝ている。

2018-02-13

anond:20180212233633

正月のあの感じとか

雪だるま、ソリすべりなんかの雪遊びとか

ストーブの上でみかんとか餅焼いて食ったりとか

冬休みはいい思い出しかない

2018-02-08

毛布は掛布団の上にかけるのが正しい、とかいうアレ

いや絶対ウソだろ、と思いながら試してみた。

この最強寒波の中、少しでも快適な睡眠時間を過ごせればと思い。


まず施工以前のスペックから。先週まではこれが最強だと思っていた構成

     ───┐  [←薄手のシーツ(布団ズレと足元から熱が逃げるのを防ぐ)]
  ━━━━━━│  [←掛布団(安いポリエステルのやつ)]
  ~~~~~~│  [←毛布(しまむら)]
 ●┻━━━┛ │  [←僕(男性:中肉中背、30代、独身)]
  ^^^^^^^^^^^^│  [←冬用シーツ①(マイクロファイバー)]
  ============   [←電気敷毛布]
  ^^^^^^^^^^^^   [←冬用シーツ②(マイクロファイバー)]
  ■■■■■■   [←以下ベッド(マットレス含)]

【補足】

 ・布団に入る30分前に電気敷毛布を「中」でON、入眠時は「弱」に。

 ・冬用シーツを2枚構成にしているのはクッション性と、背中側の断熱性向上が目的

  ベッドが古くボロいのでこれをしないと硬いし寒い

 ・肉体性能はあまり高くない。寒がりという程ではないが、代謝は低め

 ・寝る前に暖房を切るので就寝中の室温は低い


この構成で前年までの同シーズン内は全く不満なく朝を迎えられていたのだが、

さすがにここ数日の気温の低さで早朝、もしくは真夜中に目が覚めてしまうようになった。

何度か冬を過ごし、試行錯誤の末に最適化された環境だと信じていたので正直ショック。

暖房を付けたまま寝ればいいかとも思ったが、コスト的にも最終手段だと思っていた。

電気敷毛布の出力を上げるのも体に良くなさそうだし……(金玉に良くないとか聞いた)、

他に何か手はないか、と思っていた時にタイトルの説を思い出したというわけである


やり方は実にシンプルで、上記の図の掛布団と毛布を入れ替えるだけ。


いつもの手順を踏んで、おそるおそる寝床に入ってみると当然ながら「冷たい」。

直接体に触れるのが表面サラサラ掛布団なので、やはり毛布に比べると快適性は雲泥の差。

背中側は冬用シーツ電気敷毛布のおかげでヌクヌクなのだが、腹側が寒い

これマジかよ、朝まで絶対もたん、今すぐにでも元に戻したい、と思ってのたうち回る。

やはりフカフカは偉大だ、体感温度触感は密接な関係がある、この説を謳うやつは真の寒さを知らない、

などと後悔が大きくなって来たころ、少しずつ体温が掛布団に伝播して冷たさが落ち着いてきた。

電気敷毛布の助けもあって、5分くらいすると感触以外は従前の構成と同等になった。

毛布が肌に触れていない感覚に一抹の心細さを覚えるものの、何とか眠れそうだぞ、と思える程度にはなった。

寝る。


次に目が覚めたのは、携帯アラームが鳴った時だった。

室温は前日のそれよりさらに低かったが、途中で起きてしま懸念杞憂に終わった。

それだけでもおお、と思ったが、それ以上に感動したのは布団の中の環境

めちゃめちゃ暖かい、というか、寒くない。快適そのもの

寝返りを打ってみても、冷たい部分に触れる感触が一切ない。暖かい部屋で寝てるのと変わらない。

掛布自体が暖気を帯び、それに包まれているような感覚だったのだ。


ない頭を絞って考えるに、掛布団は本来「体温で暖められた空気をとどめておくためのもの」であり、

毛布はおそらく「断熱するためのもの」というのが本分なのだろう。

毛布を直接体にかけた場合フカフカ気持ちいいしすぐ温まるが、

あくまで体表+毛布の厚さの範囲しか熱が及ばず、寝返りを打つと

毛布や敷布団の冷えたままの部位に触れて「寒っ」となる。

そもそも毛布は体に巻き付きやす寝返りを打ちにくい)

対して、掛布団を直接体にかけた場合は中綿全体がぬくもる事で布団全体が温かく、寝返りも打ちやすい。

そして掛布団によって広がった暖空間をうまく封じ込めるのが、上にかかった毛布――――。

     ───┐
  留留留留留留│
  暖暖暖暖暖暖│
 ●┻━━━┛ │
  ^^^^^^^^^^^^│
  ============ 
  ^^^^^^^^^^^^ 
  ■■■■■■ 

何という事だ。穴がない。完璧理屈だ。快眠で冴えた頭が理解した。

暖を取るなら点より面、電気ストーブよりファンヒーター、ホッカイロよりもヒートテック

最初の冷たい感触に耐え、掛布団さえ温まったら、そこは小さな温室となる。

そのイニシャルコルドすらもフトン乾燥機などを併用すれば限りなくゼロに近づけられる。

こんなことを、今の今まで気づかずに生きてきたなんて…………。


知っていた人からすれば「何をいまさら情弱乙」なのだろうが、自分の頭がこの理論直感的に理解できていなかった。

今なら理解る。

毛布は、掛布団の上にかけるのが正しい。と言うか、そのように創られた。

しばらくはこの新鮮な感動を楽しむことにする。

まだ毛布を直接体にかけている人がいたら、ぜひ試してみることをお勧めします。

2018-02-05

朝ちゃんと起きる方法

寝る前に水飲む

朝になる頃には尿になってるのでトイレに行くついでにストーブつける、トイレ行きおわったらちゃんと起きてる

2018-02-01

ガスストーブ、このタイミングで壊れたー。明日電話しよー。

ネットでの意見を見ると、5ー10年が寿命らしいから仕方ないカー。

2006年ぐらいから使い始めた。途中、沖縄転勤の時期は使わなかった。

使ってたのは、7年ぐらいかー。

まー、いいっかー。

しかし、マーフィーの法則だなー。

この寒い時期に、壊れるなんてー。エアコンに頑張って貰おうか。

  

2018-01-25

anond:20180125092126

東京で住んでいたアパート契約書には石油ストーブ禁止と書いてあったと思う。

なので1軒目ではエアコンだけ、2軒目は都市ガスのガスストーブ用の配管がされていたのでガスストーブを購入して使った。

昔のことなんで石油自体の持ち込みが禁止なのか、反射式石油ストーブが禁じられて、石油ファンヒーターなら大丈夫だったのか、わからんが。

2018-01-24

冬の夜に想う

昨夜は都内とは思えぬほど寒い夜だった。

帰宅して部屋に入ると吐いた息がほのかに白かった。

私の住むアパート灯油ストーブが使えないのでエアコンに頼るしかないのだが、昨夜の冷え込みには力不足だったようで、私は寝酒をサッとかっ食らってとっとと寝てしまうことにした。

だけど、いつもより一時間も早く布団にくるまたからといってすぐに寝つけるもんでもない。

寝よう寝ようと念じながらとりとめのない思考を巡らせてるうちに、ふと昔のことを思いだした。

長野実家に住んでいたころのことだ。

言うまでもなく長野東京よりずっとたくさんの雪が降る。そして寒い

我が家は造りが古く隙間が多かったので特に寒い家だった。

家族が起きているうちはストーブを炊いているからいいのだけど、火の気がなくなると途端に冷気が忍び込んでくる。

夜も更け家の中がすっかり冷え切ったころ、私の部屋のふすまがガタガタとやかましい音を立てながらスッと10センチばかし開く。

そして空いた隙間からのそのそ入り込んでくるのは2匹の猫だった。

そのころ我が家で飼っていた“ごま”と“しょうゆ”だ。

2匹とも団子みたくまんまるに太っていた。

やつらはベッド前までやってくると、「へへっ、温かいところをみつけたニャ」とばかりに私の上に飛び乗る。

だいたい足下のふくらはぎの辺りが定位置だった。

たぶん二匹分で10キロ以上あったろう。

子供だった私には、たまったもんじゃない重さだった。

足をジタバタさせてもちっともどいてくれる気配はない。

私は仕方なくやつらの重みから逃げるようにして布団の中で体育座りみたく脚を畳むしかなった。

しかも、やつらの訪問は冬の間ずっと続くのだ。

おかげで大人になってからも脚を畳んで寝る癖がすっかり身体に染み付いてしまった。

私の背があまり伸びなかったのは寝姿に原因があったような気がしないでもない。

あのころからずいぶんと時が経ち、すっかり大人になった私は布団の中で脚を伸ばしてみる。

邪魔なやつらはもういない。

だけど、どうにもしっくりこなくて、私は結局いつものように脚を畳んで眠りに落ちるのを待つのだった。

そんな、東京に雪が降った日のこと。

足下のずっしりした重みがちょっとだけ懐かしくなった冬の夜のこと。

2018-01-22

エアコン壊れた

こんな日になんてこった。

エアコン壊れた。ストーブはない。寒くて死にそう。とりあえず布団にくるまってるけど無理無理無理。

2018-01-16

東京って電気代安いの?

冬にエアコン付けっ放し、電気ストーブシマシ、PC付けっ放し、これで8000円だった

千葉でやったら16000円は行くぞこれ

 

相場分からん

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