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はてなキーワード: 原則とは

2017-11-23

anond:20171123215438

被告人勾留には権利保釈ってのがあって、保釈除外事由がない限り保釈が認められるのが原則なの

そんで捜査必要性はその除外事由の中に入ってない

から捜査が終わってないか勾留を続けるなんてのは認められないの

それから除外事由の中に罪証隠滅のおそれってのは確かにある

あるけど、とっくに家宅捜索して物的証拠収集しおわってるんだから隠滅なんてできるわけないの

から本来保釈が認められないとおかし

なんで前科者が国家権力の肩持つんだよ

[][][]

http://b.hatena.ne.jp/entry/b.hatena.ne.jp/entry/8515013/comment/hisamichi

なぜ北イタリアの経済パフォーマンスが良くて南イタリアはだめなのか。

社会関係資本試金石一般的互酬性の原則である。直接何かがすぐ帰ってくることは期待しないし、あるいはあなたが誰であるかすら知らなくとも、いずれはあなたか誰か他の人がお返しをしてくれることを信じて今これをあなたのためにしてあげるというものである

Amazon.co.jp: 孤独なボウリング―米国コミュニティの崩壊と再生: ロバート・D. パットナム: Book


会社に学閥ができる心理学的な理由と上手な付き合い方 | From G to R

Apo's 心理学 の勉強部屋 内集団ひいきってなんだよ???

また、自分相手も互いに同じグループに属していることが周知されているときには、内集団ひいき的な行動が観察されますが、自分相手が同じグループであることを知っていても、相手自分のことを同じグループの一員かどうかわからない状態では、内集団ひいきは観察されなくなります

まり自分と同じグループの人に対してひいきするのは、見返りが期待できると思うからであって、同胞に心から同情するせいではないということです。

内集団ひいきの武士道vsウィン・ウィンの商人道──システム転換と倫理観のミスマッチ?

泥棒洞窟の実験

2017-11-22

エロ本ではない、一般向けの本だ」と言うのは無理筋でむしろ危険

現役零細エロ漫画家です。商業同人ともにやってます

イオングループの件は、(元々取扱量もシェアも少ないとはいえ)雑誌販売販路縮小からの売上減少に繋がるため、

個人的には売って欲しいという思いがある一方、

anond:20171122003439ミニストップの件の重大さがわかってる?』

などに見られる論法に、危険だなぁと思っています

トラバした匿名ダイアリー内で言及されているように、コンビニで売られている雑誌は成年向けマーク(成人向けマーク)がついておわず

そもそもコンビニで成年向けマーク付きの雑誌は(原則)売れません。

そうしたこから、「成年向けマークがついてないか一般向けであるエロ本でない、だから規制するのはおかしい」のようなことを言う人が、

こうした問題のように、各小売店ネット通販サイトなどの販路で、販売がとりやめられた時にも現れてきました。

しかしそれは、世論理解を得にくい上に、我々が表現活動を続ける上で、自らの首を絞めかねない無理筋な論です。

そもそも成年向けマークは、国家国務大臣や法などが、基準をもって認定し、

このマークをもって、成年向けだ、このマークがないもの一般向けだ、としたものではないのです。

(そういうマーク国家が直接認定するのはディストピア感満載なので、まともな民主主義社会では絶対やるべきではありませんから

これらのマークは、国家権力等による介入を最小限に防ぐという点でも、

あくまで決めるのは出版社発行者であり、出版社発行者等の自己申告による自主規制マークとなっています

同人活動などがわかりやすいですが、同人誌につく成年向けマークも、作者が自主判断したり、

印刷所がこの表現なら成年向けマーク入れてないと印刷してあげれないよ、などとしているに過ぎませんよね?

さて、こうした自主規制の成年向けマークですが、仮に、エロ満載ではあるけどれど、その本の出版社印刷所)や作者が成年向けマークをつけなかったら、

小売店ネット販売サイトは、それを必ずエロ本じゃない一般向けとして扱わないといけないのでしょうか?

もう少し具体的な話をしていきましょう。

先に書いたように、成年向けマークがあるもの区分陳列するように促され、コンビニでは原則売れないことになりました。

この時、雑誌の売上の中で大きな位置を占めるコンビニでの販売継続させようと、

出版社側などは、事実上エロ本なのに、「成年向けマークをつけない=これは成年向けエロ雑誌でないですよ、一般向けですよ」として、

コンビニでも売れるように、一種方便を用いてしまいました。

この「成年マークがある本」と、「コンビニの成人向けコーナーに売られている成年マークなしの本」に、

エロ本であるかないかという大きな差異、たとえばいわゆる「エロ本」と青年誌くらいのたいへん大きな差異があるとまだマシだったのですが、

「成年マークがある本」と、「コンビニの成人向けコーナーに売られている成年マークなしの本」とでは、一般人が思い描く「エロ本」としては、大差はありません。

じゃあこの成年向けマークをつけるつけないの差がどこにあるかと言うと、(血縁関係のある)近親相姦NGとか、そういう曖昧な面もある基準だったりします。

女子高生との直接の表現とか、近親相姦とか、獣姦強姦みたいな過激に映りがちな表現

そういう(各社によって微妙に違いがある)ある種の設定やシチュが、

成年マークをつけてないだけのエロ本にはない(あるいは控えめにしたりしている)のです。

まり、中身は社会普通に思い描かれるガッツリとした「エロ本」となっています

写真週刊誌ゴシップ誌の一部にヌードグラビアがある、とか

少年誌、あるいは青年誌あたりで時折プチ炎上する、一部に乳首がちらっと出てる、パンツ見えすぎだ、エロいコマがある、とかのレベルでなく、

エロこそが本編であり、大部分のページをエロシーンが占め、ズッコンバッコン、グッチュグチュ、フェラも結合も成人向けマークがあるものと同様、思いっきりやってるような雑誌です。

みなさんも試しに成年向けマーク(成人向け雑誌と書かれた黄色マークや、18という数字に斜線が入ったりしているマーク)がついてるマンガ雑誌と、

「成年向けマークがついてないがコンビニの成人向けコーナーに置かれている雑誌等」を買って読み比べて見てください。

例えば、快楽天と、コミックホットミルクと、コミックメガストアアルファと、コミックLOというマンガ雑誌がありますが、

快楽天コミックホットミルクは成年向けマークをつけず、コンビニでも売られてもいます

一方、コミックメガストアアルファLOは成年向けマークをつけており、今は基本的大手コンビニなどでは売られていません。

さて、これらを読み比べて、コミックメガストアアルファLOエロ本だけど、

快楽天コミックホットミルクエロ本じゃないよね、一般向け雑誌だよね、子どもさんにどんどん売ってもいいよね、って言えるでしょうか?

世論社会理解を得られるのでしょうか?

快楽天掲載されたマンガが、まとまって単行本になったときに「成年向けマーク」をつけて売られることからも、

こうした自主規制運用が、エロ雑誌コンビニで売りたいがためだけの抜け道に利用されていることもわかるでしょう。


実のところ、近年、都条例などで度々やり玉にあげられているのも(非実在で盛り上がったときも)、

こうした成人向けマークをつけていない雑誌単行本だったりしており、

自主規制してます配慮してます」「ちゃんとレーティングしてます」と言いつつ、こうした、成年マークを付けずに全編エロみたいなものが売られている実態なので、

我々描き手や出版社が「配慮してますよ」と言っても、その説得力を自ら弱めてしまっいる現状があり、

表現規制派がつけこんでくる格好の材料を与え、世論社会理解を得にくい原因にもなっているのです。

実際、東京都場合は、成年向けマークをつけている本はそもそも健全図書審査対象原則としてなっていません。

健全図書審査されているのは、成年マークをつけず「一般向けですよ」との体裁なのに中身が成年向けじゃないか…と、東京都委員らが判断した本が、毎年20から30冊程度、不健全図書認定されています

猥褻警察恣意的判断しているように、僕達の業界も、ガバガバの成年マーク運用で、エロ本エロ本じゃないか恣意的判断している面があるのです。

中堅、中には大手出版社などが、自主規制形骸化し、売らんがために成年向けマークもつけずにがっつりエロエロの本を大手販路に載せて、

そうした度に問題が起こって、規制への動きが芽吹いてしまう…、

このことは、エロ本エロ本として成年向けマークをつけ、社会住み分けて売ろうとしている零細な身としては非常に悔しいのです。

表現規制でまず真っ先に割を食うのは、大手よりも僕らのような零細のほうですから

ところで、勘違いしないで頂きたいのですが、

僕は、青少年健全育成条例等、各種表現規制の糞っぷりや、そもそも成年向け商品なのに性器修正されているという先進国にあるまじき日本の糞っぷり自体は、昔から間違ってると思っています

からこそ僕は、これは「エロ本です、成年向けです、だからコンビニでも売りませんし、未成年にも売りません」として、

成年向けマークをつけ、社会の成員としてそれぞれ住み分けをした上で、

自由表現活動と、現行の法令を守った上で、よりよい法や条例運用に向けた改正活動をしたいと思っているのです。

それなのに、成年向けマークをつけて「エロ本はちゃんと自主規制してますから」という体裁を取りつつ、

一方で成年向けマークをつけない事実上エロ本を作って売上欲しさにチキンレースを繰り広げ、

「これはエロ本でなく一般向けだから小売店撤去おかしいから。」という成年マーク運用と主張をやっていれば、

出版社らに自主規制させても意味いね自己申告・自主規制でなく、国家自治体が成年向けマーク認定基準団体作って取り締まるしかいね」などのように、さらなる規制を招き、表現の自由を弱めかねません。

トラバ先の増田さんは、盛んに恣意的という言葉を使っていますが、

雑誌の内容が成年向けマーク付きの雑誌ほとんど変わらず、単行本化されると成年向けマークがつく「コンビニ売りの成年向けマークなしの雑誌」があるという事実

この成年向けマーク恣意的運用問題については一切触れておりません。

こうした成年向けマーク恣意的運用は、青少年健全育成条例恣意的運用と不健全図書指定にも、ますますお墨付きを与えてしまうでしょう。

ラジカルな、すべての表現物が完全に自由で、公共性の高い場だろうがなんだろうが、どんなものでも陳列し売っていい世界というのは、

(ある種の人々には)理想的気持ちいかもしれませんが、

現実社会では、0か100かでなく、理想論は実現し難く、どこかで妥協し折り合いを付け、社会の成員として現行の法令の中で生きていかなければなりません。

出版社さんはちゃんと成年向けマークしか自己申告でいいですよ)を付けてくださいね、ということでなんとかなった両者の妥協点を、

成年向けマークがないかエロ本じゃないし、みたいな欺瞞に満ちた出版社同士のチキンレースを続けていれば、

頑なな規制派と穏健な規制派を切り離し、穏健な規制派だった人を徐々に味方にしたり好意的中立に引き込むことは困難になっていくでしょうし、

規制派と規制反対派のどちらにも強く立場を置かない中間に属する大多数の人らの理解を得にくくなるでしょう。

その結果、そうした有権者をバックにした政治行政も動かしてしまます


なお、この問題は、こうした何がエロ本か、というような問題と、

小売店などの事業者が自らの裁量でどういう商品を扱うかという観点も大きいことには留意すべきです。

任天堂エロゲー出すのを許さないし、Steamにも独自基準はあるし、ある書店がうちはエロ本おかないんだ、というポリシーもあるでしょうね。

子ども向け、ファミリー向け、高齢者向け、どこに軸足を置くかという企業イメージもあるでしょう。

出版社作家が成年向けじゃないと決めたら、それを売る小売店や各事業者は、必ず成年向けじゃなく一般向けとして扱わないとならない、

売り場を確保してずっと売り続けないとならない、それに反したら、表現の自由侵害しているのだ!と思うのならば、

表現の自由趣旨を誤解しています


近い将来か遠い未来か、いつかコンビニで売れることになる落とし所を探るためにも

特に表紙についてだけでも、早急に何らかのアイデアを皆で捻り出していけるといいのですが…。

2017-11-19

ビジネスとギャンブルの違い

「1円を笑う者は1円に泣く」

起業は規模の小さいスモールビジネスを経たほうが効率が良い。全てのプロセス自分練習する機会になる。

ビジネスとは財布の入と出を見て、「出て行く金より入ってくる金が大きくなるようにすること」。この原則を外したら、規模に関係なくどんなビジネスでも赤字になる。簡単算数

 

レジリエンス

現代人はインスタントに慣れすぎた。時間のかかることは待ち切れない。

モールビジネスでもスケールする条件が備われば、転がしているうちに成長する。

待てない人は「小さく生んで大きく育てる」という発想が欠如してる。せっかち?

 

ギャンブルビジネスの違い

最初から大金がないとできない事は、「ビジネス」ではなく「ギャンブル」になっている可能性が高い。

判定は簡単で、前例があり100%成功する保証があればビジネス、なければギャンブル。(前例があれば、それはイノベーションとは呼ばれないけど)

スリルを味わいたければ、ギャンブルは最高に楽しい。やってる最中は悩みも一切ないはずだ。悩むとすれば負ける場合

 

場数を踏んでないのに最初からギャンブルで勝てる者はいるか?(いない)

ハイリスクハイリターンの道を進む者は破産する覚悟必要他人愚痴や恨み言を言っているうちは勝負師にはなれないだろう。

 

幕末期に活躍したとされる侠客

酒飲みの荒くれだが義理人情に厚く、どこか間が抜けており、温泉地の賭場で いんちきサイコロを使って100両儲けたと思ったら翌日以降300両負けて次郎長の湯治費を丸ごとスッてしまい、仲間から馬鹿は死ななきゃ直らない」とからかわれた

2017-11-18

大学による雇い止めも仕方がない

東北大学秘書雇い止め危機を伝える新聞記事http://www.asahi.com/articles/ASKC16D0XKC1UNHB00P.html)が話題だ。大学関係者としての想像だが、雇い止めは誰も望んでいないはずだ。秘書本人はもちろん、研究室教授や関連する学部事務職員なども、できることなら続けてもらいたいと思っていることと思う。それでも雇い止め危機は来る。

ブックマークコメントでは「雇い止めとかふざけるな、無期雇用しろよ」という論調コメントも多い。お怒りは尤もである。尤もなのだが、話はそう単純ではなく、仕方がない面もあると思う。

原因は、教授大学組織の心意気の問題ではなく、大学予算システムにある。建前の上では、(労働契約法の)趣旨に反した雇い止めをこれから行うというよりも、(大学予算制度の)趣旨に反した継続雇用をこれまで行ってきたと言える。およそ大学で働く人の実感とはかけ離れているが、かけ離れているが故に問題である

どういうことかを説明するには、大学予算の話をしなければならない。面倒だが付き合っていただきたい。

研究室秘書を雇うとなると、まず間違いなく、人件費の原資は「競争資金」のはずだ。競争資金とは、各研究者研究計画(「こういう価値のある研究を、こういう計画実施したいと思うので、これだけの予算を下さい」という申請書)を提出し、その中で優れたと判断された計画予算が割り当てられるという仕組みだ。競争に勝って予算が得られれば、研究計画に関する事務をお願いするために、秘書を雇う(ことがある)。雇い止めとの関係で言えば、ポイントは3つ。

1
つの研究計画の期間は2~5年ほど
2
秘書雇用は、教授研究室に紐づいているのではなく、(少なくとも建前としては)研究計画に紐づいている
3
競争に敗れると、雇うための予算がない

から2~5年は雇う約束ができても、ずっと雇う約束はできない。そもそも、5年を超える秘書業務は建前上は存在しないのだ。記事秘書の方は勤続12年だそうだが、建前としては、4つか5つの研究計画実施事務処理を行ってきたはずだ。3年+3年+3年+1年+2年とか、そんなところだと思う。(労働条件通知書には、どの研究計画業務を行うかが明記してあったと思う。確か。だから研究計画の切り替わりの前後での仕事は、書類上は、「従事すべき業務の内容」が違う別の仕事ということになる。たぶん。)

無期雇用にするのが難しいのは、こうした建前の現行システムのせいだ。建前に忠実に従うと、5年以内での雇い止めおかしいのではなく、3年+3年のような研究計画を跨いだ連続した雇用の方が歪んでいることになる。そもそも、「雇い止め」ではない。本来職務は「3年間の研究計画に付随する事務」という時期に限りのある業務で、約束した仕事が終わったので雇用契約が満了するだけなのだ。次年度から新しい研究計画が動き出すかもしれないが、それは別の話。皮肉なことに、原理原則に従うと、雇用の期間は5年よりも短くなり、雇用不安定性は増す。建前上は、無期雇用が相当な仕事はない。誰も得をしない。

じゃあ、どうしたらいいのだろうか。

競争資金に落ちたので、来年度は雇えません」というのが解雇の正当な理由になるのであれば、さらにそのことが各大学執行部の共通認識になれば、無期雇用への切り替えを恐れて5年で雇い止めをする必要はなくなるのではないだろうか。ちなみに、無期雇用は必ずしも終身雇用意味しない。業務が明確に定められていて、その業務がなくなってしまうのであれば、無期雇用者解雇も認められるはず。したがって、「研究計画遂行に係る事務」のみを業務にしていた場合、「競争資金に落ちた」は正当な理由になってもいいと、個人的には思う。労働法務は素人だけど。東北大学教授くらいになると、競争資金も安定して取れるので、本当に解雇が発生するリスクは大きくない。一方で、現実秘書業務研究計画との紐づけが若干緩く、研究計画との関連の薄い研究室運営業務もお願いしていたりするので、そういった所は改める必要があるのかもしれない。

研究室秘書雇い止め類似問題として、学科の有期契約事務職員の雇い止めがある。秘書業務は建前上は研究計画に紐づく期間に限りのある業務から研究計画の終了で雇用契約が終わることも止む無いが、学科事務は恒久的に発生する仕事で無期雇用が相当だと、個人的には思う。また若手研究者雇用不安定性の問題もある。

※ 今回報道された問題は、全国の大学で目にできる、ありふれた問題だ。また新しい問題でもない。2012年の段階から議論されてきている(例えば http://d.hatena.ne.jp/scicom/20120422/p1)。

2017-11-17

ナチュラルハイビーム

おそらく煽ってるつもりじゃなく、

本人は普通に乗ってるだけなんだろうけど、

街中でやられると迷惑まりない。

ハイビームは他の車がいないときにだけ使える、という原則を知らないらしい。


こういうときって煽り返していいの?

子無し税検討されてるじゃん

前に増田に子無し税導入するべきって書いたら

「二重取り」とか「公平・中立簡素という税の原則に反する」とか「システムが複雑」とか「懲罰税は効果がない」とか

挙句の果てには「税の素人にはわからんだろうな」「もし増田の主張が通る国になったら、出てくことを真剣に考える」「どうでもいい戯言」とか

ぼろくそ言われたんだけど

何だったんだ一体

2017-11-14

マスコミの闇は深い

老人施設での連続殺人年寄り被害者だったので被害者暴きはしなかったが、今回の座間事件では被害者が若かったので被害者情報暴きを積極的にやっているし、晒される事を拒否した人のお願いも無視している。

どっちも報道したのなら、一応原則に従ったという理解も出来るが、そこを恣意的選択している事の気持ち悪さったら無い。

容疑者精神疾患の疑いなら、どちらにでもあるだろうに。

2017-11-13

中国上海でボッタクリ茶店に連れて行かれたが、ゴネて1/3に値切った

野郎二人で中国上海に行ってきた。

有名な観光地である豫園(よえん)近くを歩いていると、後ろを歩く友達が誰かにしかけれれたようで、立ち止まっている。

横には20代と思しき中国人女性スマホを渡しながら「写真を撮ってくれ」と頼んでいるようだった。

しかけられた友達のことを「若い女性に頼まれたんだから撮ってやれよ(笑」とからかいながら様子を見ていると、写真を撮られ終わった女性が「あなたたちの写真も取りましょうか?」と聞いてきた。それも英語で。

シャイ友達は「いいです、いいです。ノーサンキュー」と断ってしまったが、自分は(まぁこういうときお互い様だ)と思いながら、自分スマホを渡して写真を撮ってもらった。

あとになって考えれば、これがすべての始まりだった。


写真撮って」をきっかけにして、相手中国人女性英語で色々話しかけてくる。

聞けば職業幼稚園先生で、2年前から上海に住んでいるという。日本語ちょっとだけ勉強たことがあり、この前の夏にはクルーズ船で福岡に行ってきたとか。

今度はこちらに質問してきて、いつから上海にいるのか、何日間いるのか、今日はどこに行くのか、どこどこ(上海の有名スポット)には行ったのか、などなど色々聞いてくる。

私のほうが英語が得意なので(そう、中国人女性との会話は英語で行われている)、相手質問に答えつつ、友達との間に入って通訳っぽいこともしながら、5分ぐらいは路上で立ち止まって話していただろうか、さり気なく女性が「お茶は好きですか」と聞いてきた。


「ええ、お茶は好きです」

そう、私は中国茶台湾茶が好きだ。大学生のころには、毎月のように横浜中華街の馴染みの台湾系茶屋に通っては、いろいろなお茶を買いつつお店のご主人の講義(?)を聞いたりもした。今でも台湾に行けば、台湾茶を大量に買ってしまう。そんなお茶好きと知ってか知らずか、相手お茶の話を振ってきたので、私はすっかり警戒心が薄れてしまった。


「この近くで、年に一度の茶道ティー・セレモニー)をやっているのですが、一緒に見に行きませんか?」

うん、見てみたい。それが、その時の正直な気持ち&答えだった。

ティー・セレモニーとは、なんだか仰々しい動きをしながら中国茶を淹れるパフォーマンスで、いわゆる「ザ・観光客向け」のショーなのだが、実は一度も見たことがなかった。それは、私自身がひねくれた性格あんなもんは観光客向けの見世物だ!)だからわざわざ見ようとは思わなかったし、今までに日本台湾で行ったお茶屋さんが本気の真面目な(?)お店でそういうショーをやっていなかったこともある。

しかし、この時ばかりは、どういうわけか、暇つぶしというか見世物として、そういうのを見てみるのも悪くないなと思ってしまったのだった。


「じゃぁ、一緒に行きましょう」というわけで、女性に連れられて(今思えば”釣られて”だ)上海の街中を歩いて行く。

歩きながらも女性は、こちらの年齢やら職業やらホテル場所やら、なんやらいろいろと聞いてくる。私は他人からプライベートなことを根掘り葉掘り聞かれるのが嫌な性格なので、多少は誤魔化しながら適当に答えていると、今度は干支やら星座なんか聞いてくる。てか、干支はともかく星座英語名なんて知らんがな!このお姉さん、英語力はかなりのものだった。


まぁそんな訳で、移動中もずっとしゃべりながら5分ほど歩いただろか、着いたのは(連れてこられたのは)裏通りにある間口の狭い古道具屋?お茶屋?のようなお店。

お姉さんは、店頭に立っていた赤い民族衣装を着た老女に「ティー・セレモニーはやっていますか」と話しかけ(いま思い出したが、英語で話しかけていた。老女は英語チンプンカンプンのはずなのに)、そのまま我々を店内へと導く。

店の奥には、壁にやいかにも中国っぽい書や絵が飾ってあり、一通りの茶道の道具(茶葉やらお椀やら急須やら薬缶やら)が小さめのテーブルの上に置かれ、その周りを囲むように椅子が5脚ほど並んでいる。

ここでもまた世間話のようなものが交わされ、茶屋の赤い民族衣装を着た老女は「ティー・マスター先生」だと紹介される。

ティマスターの老女が中国語で話し、それをお姉さんが英語に訳し、我々がそれを拝聴するという翻訳リレーティセレモニーが始まった。


最初茶道歴史やらウンチクやらを語っていたのだが、おもむろに老女が”メニュー表”を出してきた。

内心で「あーやっぱり金とるのか」と思った。ここまで一切お金の話は出ていないが、こちらはなんとなくタダで見れるものだと思い込んでいた節がある。

しかしまぁ向こうも商売なわけだし、中国人がタダでわざわざショーを見せてくれるとも思えない。まぁそれ相応の金額であれば払っても仕方ないかと気を取り直して、メニュー表を見てみる。


メニュー表といっても、白黒印刷のちゃっちいものではない。それなりの厚紙にカラー印刷され、製本されている。背景には、茶器や茶葉の写真印刷されており、まるでどこか高級料理店のメニューのようだ。おまけに、すべて英語表記

老女がメニューの1&2ページ目を開き、お姉さんがメニューの一部を指して話しかけてくる。「この料金だけどいいですか?」


お姉さんの指の先、2ページ目の中ほどには「RMB48 / kind / person」とある。(RMB人民元英語表記

一人48元。日本円だと約1,000円だ。高いとも言えず、かといって納得もできない、絶妙な値段だ。

普段お金にうるさい私も、この時ばかりは、納得はしていないけどこの値段なら仕方ないという感じで「ああ、構いません。OK」と受けてしまった。


しかし、はて、見開きページの左下には”ルームチャージ20元”やら”テーブルチャージが30元”やら、なんやら書いてあるのだが、この説明はなし。

すっかり警戒心が薄れていた私は、(取り立てて説明しないということは、きっとこの表記関係ないのだろう)と思い込んでしまった。

また、2ページ目のタイトルが「1.高麗人参茶」で、2番以降の続きがあることを思わせる表記だったが、メニュー表は老女が持ったままページをめくるでもなく閉じてしまったので、その先は見ていない。


そんなこんなで、ティセレモニーが始まった。が、茶道の詳細は割愛する。

パフォーマンス自体面白かった。合計で6種類のお茶を飲んで、それぞれの茶葉の解説。その間に、金運を呼び寄せる(?)ガマガエルの置物を撫でたり、お茶の淹れ方を教わったり、内容自体は悪くなかったともう。


パフォーマンスが終わると、老女が、先ほどとは別のメニュー表を出してきて、茶葉のお土産はいかが?と売り込んできた。

値段を見て、私は「むむむ、、、これはボッタクリやな」と思った。

ジャスミン茶やら鉄観音やら10種類ほどの茶葉が載っており、それぞれ大・中・小と3種類のサイズが有るようだが、小サイズの一番安いやつでも380元、なんと7,600円もする!

普段から飲む中国茶は100g 1000円もあれば十分、と思っている私の味覚&金銭感覚からすれば、これは完全に予算オーバーだ。

いや、もちろん超一級品の茶葉には驚くほどの高値がつくこともあるだろうが、私の感覚ではナシだ。それに、いま飲んだやつにそこまでの価値があるとも思えない。


「わー、美味しいお茶だった。私はお土産に少し買っていくわ」というお姉さんに影響されたのか、財布を取り出して買おうかどうか迷っている友達に小声て「買うのやめとけ、高すぎ」と耳打ちする。

お姉さん、こちらの戸惑う様子に気づいたのか「ああ、いいのよ、買う買わないは自由から。私は買うわ。んで、あなたはどうする?」とあくまで買う雰囲気を作り出そうとする。

なんか嫌な流れになってきなたなぁーと思いつつ、「悪いけど、やめとくよ。最近紅茶にハマっててねぇ、まだまだ在庫がいっぱいあるから」と半分本当・半分ハッタリの話をしてお土産購入は断った。


なんか早く帰りたいなぁと思っていると、店の老女、もといババア勘定書を持ってきた。

どれどれ、合計金額1,280元だぁ!?


おい、1,280元って、日本円でざっくり2万5千円だぞ。本気か、こいつら。

一瞬にして頭に血が上った私は、思わず「これちょっと高すぎない?」と文句を垂れる。

すると、お姉さん、もとい客引き女が、勘定書の説明を始めた。


いわく、お茶1種類1人あたり48元で、3人で6種類飲んだから

48元 × 3人 × 6種類 = 900元 だという。(実際には48元より高いお茶もあったので、大雑把な計算で)

そこに、客引き女のお土産代が加算されて、締めて1,280元だという。


金額にピンときていないのか、財布を取り出して札を数えようとしている友達の動きを慌てて止めて、スマホ電卓アプリ日本円に換算した結果を見せて「高すぎだろ、こりゃ」とキレ気味にいう俺。


敵に向き直って「最初メニュー表をもう一度見せてくれ」という俺。

から取り出されたメニューには、確かに”それぞれの茶葉のページに”「RMB48 / kind / person」、つまり「茶葉1種類当たり お一人様48元」とある

あーそういうことね、このおちょこ口一杯にも満たないお茶一つに約1,000円を課金し、それが6種類だから6,000円だと。

あーそうですか、確かに書いてありますね、はい、そうですか、って納得できる訳がない。


「こんなの高すぎだろ」

「いや、ティマスター先生がこれだけやってくれたんだから、決して高くはない」


日本でもこんな高くねぇぞ」

日本のことは知りません。上海には上海物価があるのです」


茶道パフォーマンスを受けたのは認めるが、この価格には納得できん」

お茶一杯の値段は高いかもしれないが、ここ上海では、急須にお湯を継ぎ足しながら何倍もお茶を飲んで、何時間もおしゃべりできるシステムなのです。ほら、メニュー表のここにも書いてあるでしょ」(確かに英語でそう書いてある)


「そんなこと言ったって、こちとら、メニュー表の1&2ページ目しか見せられてないし、そこにある『一人48元』だけ払えばいいのかと思っていた」

「いいや、6種類飲んだんだから、その分いただきます


とかなんとか、英語で喚き散らして少し興奮が収まった俺は、勘定書を手に取って冷静に考えてみる。

合計金額は2万5千円だが、そこには客引き女のお茶代とお土産代も含まれている。純粋に我々が払うべきは、相手の言い値では1万2千円、一人あたり6千円だ。

さて、この茶道パフォーマンスにそれだけの価値があるだろうか?いや、ない。払いたくない。だからといって、払わなくて済むわけでもない。


俺は手を顎に当て、少し考えながら、黙り込む。

客引き女が何か話しかけてきたようだが、怒りのあまり全然気づかなかった。


しばらくすると、敵も「面倒くせえ客だな」と思ったのか「じゃあ、いくなら払うのか」と態度を軟化させた。

なーんだ、やっぱりボッタクってる意識があるんじゃねぇか(笑


ここはあくまで、当初の理解どおり「一人48元」で押し通そうと、「3人分で150元なら払う」と言ったつもりが、相手は「1人あたり150元」と誤解したようで、「ならそれで構わない」ということになった。

横でポカーンとしていた友達に、小声で「悪いけど100元払ってくんない?」と言って、財布から100元札を取り出してもらう。

この時、財布の中に、100元札が2〜3枚と、日本円で1万円札が2枚、さらパスポートまで入っているのが丸見えだったので、財布をさっさと仕舞わせる。


「んじゃ2人分で100元ね」

「え、いや、1人150元でしょ」

「いやいや、だから最初から言っているとおり、1人48元だと思っていたの。だから、細かい端数は無視して、2人で100元!」


これには、さすがの店のババア客引き女も怒ったらしく「そんなの少なすぎよ!」とかなんとか言っている。

こちらは無視して「1人48元でしょ!!」と駄々をこねる。


「そんなのってあり?もう、まったく。せめて部屋代としてもう100元出しなさいよ」

(あーあ、面倒くせえなぁ。でも、あと100元でケリがつくなら)と思ってもう100元を出した。締めて200元のお支払だ。


この期に及んでも、客引き女は演技(?)を止めないらしく、

あなた達が200元しか払わないなら、残りの分は私が全部払うわ」といって、本当に財布から100元札を取り出して払っている。

疑い深い私は、この光景を黙ってボーっと見ながら、頭の中は「なんだ見せ金か。払うふりして、あとで取り戻すんだろうな。わざわざこんな演技しなくても。」と冷めていた。

でも、この見せ金に釣られて、やっぱりお金を払ってしまう人もいるんだろうなと思った。


まぁ、兎にも角にも、支払いを終えて、そそくさと店を後にする。

客引き女は相変わらず話しかけてきたが、もう俺は怒りと情けなさとで、会話する気力もなかった。

「この後はどうするの?豫園を観光?」とかうるさいので、とにかく客引き女と離れたかった俺は「いや、ホテルに戻るよ。だから地下鉄の駅まで。」と言った。

本当は歩いて帰れる距離ホテルだったのだが、一緒に歩く友達に「余計なこと言うなよ!」と目配せしながら、「地下鉄ホテルまで戻る」と言い、客引き女とは駅前で別れた。

別れ際に握手をせがまれた。最後まで馴れ馴れしい女だった。


さて、結果的に2人で200元。1人あたり2000円弱の被害額(?)で済みましたが、百歩譲っても適正価値は半分の1000円ぐらいだろうと思っています

ネット検索すると、同様の被害例がこれでもかと出てきます。引っ掛けのパターンとしては、典型的な手口なのでしょう。


しかし、なぜ今回に限って引っかかってしまったのか?

それは、相手が片言の日本語ではなく、英語でベラベラ話しかけてきたことも大きく影響していると思います

ネイティブ日本人の私達にとって、片言の日本語にはとても違和感や警戒心を覚えることでしょう。しかし、相手が流暢な英語を話すとなると、日頃の英語コンプレックスも相まって、相手が対等もしくは上等の立場にすら覚えてしまます


しかしたら、このボッタクリ集団の元締めは、そういった日本人英語コンプレックスを付け入るために、あえて日本語を使わず英語商売をしているのかもしれません。

英語が完全に理解できなくても、とりあえず「OK」と言ってしま日本人(なまじっか少しは分かる言葉だけに、タチが悪い)

英語で書かれたメニュー表をよくよく見てみれば確かにそう書いてあるので、仕方ないかと思ってしま

・もし不満があったとしても、英語では言いたいことも言えずに、泣き寝入りするしかない

日本振り込め詐欺のように、ある程度マニュアル化パッケージ化されているのかも。


写真を撮ってくれと頼まれること、また旅行者同士で世間話情報交換をする、それ自体はとても楽しいことです。

また、善意の現地民がおすすめ観光地に連れて行ってくれることも、本当にあるのかもしれません。(滅多にないからこそ、メディア美談として取り上げる?)


しかし、問題なのは、現地人を勝手性善説で信じてしまって、

お茶屋に連れてこられた時点で「このお店は大丈夫なのか?」と、自分で立ち止まって考えなかったこ

メニュー表を見せられた時点で、「総額はいくらなのか?」と相手確認しなかったこ

要するに、自分自身でよく考えて、納得してから行動する、という基本原則を疎かにしてしまたことが、今回の失敗につながってしまったのでしょう。


また、スマートフォンという”文明の利器”がありながら、

地図アプリで常に場所確認する(現状の把握)

写真と撮ったりメモを残す(証拠採取

・困ったら即答せずに検索してみる(外部資源活用

がとっさにできなかったことです。

私の場合スマートフォンをネックストラップで首からぶら下げていたのに、いざパニックになっていまうとスマホことなどすっかり忘れてしましました。


今回の場合は、まぁしょうがねぇかーという感じで、いい勉強になったと思っています

これが下手にマッサージ店とかに連れていかれたら、それこそ身ぐるみ剥がされていたかもしれませんし、被害額も少なく済んだと思って諦めつつあります

同様に被害にあう方が一人でも減ることを願うばかりです。

から原則じゃなくて功利判断しますって先に言えばいいわけ

生活じゃはてな民だってそうしてるんだから

でもはてな民原則で語った方が頭良さそうだと思ってて原則で語ってしまうから

ダブスタが起こるし胡散臭くなってまったく信用するに足らないわけ

ダブスタ差別意識に基づいてるってそんな間違ってる話でもないと思うけど

原則論で語ってたはずの人が別の案件では原則を曲げてしまうのはほとんどの場合差別意識に基づいてるわけで

2017-11-12

https://mainichi.jp/articles/20171111/ddm/041/100/128000c

獣医学部新設問題 「認可すべきではない」 前川氏が疑問呈す

毎日新聞2017年11月11日 東京朝刊

 前川氏は設置審が答申課題として示した「留意事項」にも触れ「定年間近の教員が多い。(最初入学する学生の)卒業前に先生が辞めるのなら無責任だ」と強調。「博士課程もないのに先端研究ができるわけがない」と加計学園教育体制に疑問を投げかけた。

https://twitter.com/obiekt_JP/status/929379029588652034

JSF‏ @obiekt_JP

岡山加計学園獣医学部新設問題 「認可すべきではない」 前川氏が疑問呈す - 毎日新聞 https://mainichi.jp/articles/20171111/ddm/041/100/128000c … 「博士課程もないのに先端研究ができるわけがない」 前川さん、只のアホなのでは・・・(まだ1年生すらいないのに

https://twitter.com/takehiroohya/status/929371671101714433

Takehiro OHYA‏

ちょっと待て。まさか博士課程はそれ以前の課程(獣医なので学部六年制)が埋まってからでないと設置申請できないのが原則だと知らない人間次官やってたわけじゃねえだろうな。>「博士課程もないのに先端研究ができるわけがない」

この記事からだけだと確たることが言えないんだが、「博士課程がないかダメ」という意味ではなくて、「先端研究ができるというのは違うのではないか」というふうにも読める。

どっちの意味で言っているのか、よく分からないので(私は最初に目を通したとき後者で読んだ)、あんまり反射的に反応するのもいかがなものかと疑問を呈しておく。

全裸訴訟生き方選ばせてほしい」

夫婦別姓訴訟生き方選ばせてほしい」サイボウズ社長

https://mainichi.jp/articles/20171109/k00/00e/040/275000c

なるほど、別姓良いんじゃない。

別姓を選択できるようにするだけだ。

同姓を希望する人に別姓を強制する訳ではない。

ところで、私は全裸派だ。

家の中では当然全裸だ。

しかし、外では全裸になれない。

私は、日本中の人に外で全裸になれと言っているのではない。

全裸希望する人には、全裸という選択を許して欲しいと言っているだけだ。

選択夫婦別姓への反論反論します>

https://note.mu/yoshiaono/n/n8e5933a8ac0c

青野さんの原則

1. 一人ひとりのニーズ尊重しよう。(多様な個性尊重

2. 社会の変化に合わせてルールを変化させよう。(生成発展)

によれば、

裸族ニーズ尊重されるべきだし、社会ルールも変化させるべきだ。

もう一度訴えたい。

私は、日本中の人に外で全裸になれと言っているのではない。

全裸希望する人には、全裸という選択を許して欲しいと言っているだけなのだ

人は皆それぞれの考え方をもっていると考えること+

人は皆それぞれの考え方をもっていると考えること、これは現代において「原則」だと思っている。

ただこの「原則」には矛盾があって、人は皆それぞれの考え方をもっていると“考えないこと”も、この「原則」に則っていることになる。さらに導出すると自分と異なる考え方をもっている人はこの「原則」に反することになってしまう。

この「原則」を主張する人はその矛盾も含めて個々の考え方を尊重するという選択をしているのだと思っている。そういった人々は自己矛盾―もとい批判をもらった際に確実に反論できないことを承知してそれでもこの「原則」を主張するのだと。

もう一つ、相手立場になって考えるということ、これは原則とまでは言わないけれどできたらよい「道徳」の一つだと思っている。

ステレオタイプにとらわれず―性別とか年齢とか人種とか嗜好とか考え方とかは置いておいて、自分がその人の立場だったらどう思うか、考えるか、うれしいのか、悲しいのか、辛いのか。

この「道徳」を支持する人はある意味わがままだと思っている。相手立場だったら自分ならこう考えるという洞察は、相手のこと―幼少期~現在に至るまでの親子関係、友人関係、その他を含む100%完璧には理解できないのに、断片的な情報のみで相手立場を推察せざるを得ないから。

こういった「原則」とか「道徳」とか思っていることが、時代人種国籍によって受け入れてもらえないことがあるのはわかっている。

今は、グローバリズムは古い考え方だし、国籍や嗜好で他人蔑視したり何かしら理由をつけて誰かを村八分にすることが「正しい」のかもしれない。

でも自分は(できていないことも往々にしてあるけれど)人は皆それぞれの考え方をもっていると考えたいし、とてもわがままなので、相手立場になって考えることができるようになりたいと思う。

それこそ以前は出産したら事実上クビみたいな状況で

出産者がおかしいと声をあげりゃ既得権側が傲慢に「無能マネジメントに言え」「制度がそうなってる。何が悪い

で封じてきたんだろ

が、時代が変わって育休やらが制度として認められる世の中になったら

こんどはママ既得権側になってイキリママが同じふるまいをして恨まれると。

もうちょっとリアル言葉の上だけでも配慮すりゃいいのに

原則で殴れば解決のつもりの無駄ファイターが多いんじゃないか

2017-11-11

anond:20171110225653

つうか主人公引き継いじゃってるのが完全に駄目。

プリリズシリーズ伝統であるリセット制を捨てた裏切り者に与えられた当然の制裁

役目を終えた英雄が身を引いて次の世代が新しい物語を紡ぐという人類が何億年も続けてきた世代交代原則を裏切ったことへの報い。

老人がいつまでも居座っては空気は澱み続けるだけだよ。

2017-11-09

anond:20171109173527

公式が黙認している間は、閉鎖的なコミュニティに留まるしかなかったが、

運よく公式がその活動公認してくれた結果として、同人アンソロジーが日の目を見ることになったのは喜ばしいこと。

…と思いますけどね。

原理原則から行くと、普通同人誌とらのあなめろんで売られている現状のほうが問題かなって思います

良く買いますけど。。

anond:20171109115142

RailsとかLaravelとかの本やチュートリアルサンプルアプリ作ってなんとなく共通構造理解するしかない

かい流儀フレームワークによってそれぞれ違ったりするし、「俺がMVC解説してやろう」、つってアドバイスしてくる奴等もそれぞれ言ってることが違う

変数の持ち方にしても、DIとか出てくるし

原則は、画面に依存しない共通処理を切り分けておいて、機能追加や機能修正が行いやす構成にするってことだと思う

2017-11-06

学習塾の話

チェーンの学習塾

内部は学生バイトばかり。

人が足りないのでF欄から東大までピンキリ原則として生徒は先生を選ぶことができず、教室長が日程と相性を見て決めていく。

イケメンの元気がいい男子大学生カーストが上の方の女子が多く、オタクぽい男子大学生女子生徒をなるべく担当させない印象。

学力が低い生徒が多いこともあり、塾のマニュアルがあれば一応は教えることはできるらしいけど、中学生古文国語文法英語関係代名詞なんかだと、きちんと理解してない学生バイトも多い。それでも、自信満々に国語英語を受け持つ。

下手すると生徒のほうが頭いいかもしれない。「サインコサインタンジェント」を「シンコスタン」、「アイランド」を「アイスランド」と読む学生もいた。

それなのに、生徒の成績がのびると、名講師扱い。(勉強の習慣がない低学歴層の生徒が多いので少しやれば伸びる)

保護者可哀想だなって思い、詐欺に協力してるようで苦しくて、1年くらい勤めてバイトを辞めた。当時、自分教育大学教育学を学んでいる立場だったけど、親になった時に塾選びは気をつけようと思った。

2017-11-05

間違いなく嫌われるであろうタイプ

人のやってることにいちいち手出し口出ししてくるやつ。

スポーツクラブサークルなど、利用者参加者それぞれがそれぞれの目標目的をもってそれぞれで活動するのが原則の場でこれをやられると本当にイライラする。

利用歴が長いのか、「私のほうが何でも知っているのだお前もそれに従いなさい」という態度もよけいに鼻につく。

08憲章

一、まえがき

 今年は中国立憲百年、「世界人権宣言公布60周年、「民主の壁」誕生30周年であり、また中国政府が「市民的及び政治的権利に関する国際規約」に署名して10周年である。長い間の人権災害と困難かつ曲折に満ちた闘いの歴史の後に、目覚めた中国国民は、自由・平等・人権が人類共同の普遍的価値であり、民主・共和・憲政が現代政治の基本的制度枠組みであることを日増しにはっきりと認識しつつある。こうした普遍的価値基本的政治制度枠組みを取り除いた「現代化」は、人の権利をはく奪し、人間性を腐らせ、人の尊厳を踏みにじる災難である21世紀中国がどこに向かうのか。この種の権威主義統治下の「現代化」か? それとも普遍的価値を認め、主流文明に溶け込み、民主政体を樹立するのか? それは避けることのできない選択である

 19世紀中葉の歴史の激変は、中国の伝統的専制制度の腐敗を暴露し、中華大地の「数千年間なかった大変動」の序幕を開いた。洋務運動(1860年代初頭から約30年続いた)はうつわの表面の改良(中体西用)を追求し、甲午戦争日清戦争1894年)の敗戦で再び体制の時代遅れを暴露した。戊戌変法(1898年)は制度面での革新に触れたために、守旧派残酷鎮圧にあって失敗した。辛亥革命1911年)は表面的には2000年余り続いた皇帝制度を埋葬し、アジア最初共和国を建国した。しかし、当時の内憂外患歴史的条件に阻害され、共和政体はごく短命に終わり、専制主義が捲土重来した。うつわの模倣と制度更新の失敗は、先人に文化的病根に対する反省を促し、ついに「科学と民主」を旗印とする「五四」新文化運動がおこったが、内戦の頻発と外敵の侵入により、中国政治の民主化過程は中断された。抗日戦争勝利後の中国は再び憲政をスタートさせたが、国共内戦の結果は中国現代全体主義深淵に陥れた。1949年に建国した「新中国」は、名義上は「人民共和国」だが、実際は「党の天下」であった。政権党はすべての政治・経済・社会資源を独占し、反右派闘争、大躍進、文革、六四、民間宗教および人権擁護活動弾圧など一連の人権災害を引き起こし、数千万人の命を奪い、国民と国家は甚だしい代価を支払わされた。

 20世紀後期の「改革開放」で、中国毛沢東時代の普遍的貧困絶対的全体主義から抜け出し、民間の富と民衆生活水準は大幅に向上し、個人経済的自由社会的権利は部分的に回復し、市民社会が育ち始め、民間人権政治的自由への要求は日増しに高まっている。統治者市場化と私有化経済改革を進めると同時に、人権の拒絶から徐々に人権を認める方向に変わっている。中国政府は、1997年1998年にそれぞれ二つの重要な国際人権規約に署名し、全国人民代表大会2004年憲法改正で「人権の尊重と保障」を憲法に書き込んだ。今年はまた「国家人権行動計画」を制定し、実行することを約束した。しかし、こうした政治的進歩はいままでのところほとんど紙の上にとどまっている。法律があっても法治がなく、憲法があっても憲政がなく、依然として誰もが知っている政治的現実がある。統治集団は引き続き権威主義統治を維持し、政治改革を拒絶している。そのため官僚は腐敗し、法治は実現せず、人権は色あせ、道徳は滅び、社会は二極分化し、経済奇形的発展をし、自然環境と人文環境は二重に破壊され、国民の自由・財産幸福追求の権利は制度的保障を得られず、各種の社会矛盾が蓄積し続け、不満は高まり続けている。とりわけ官民対立の激化と、騒乱事件の激増はまさに破滅的な制御不能に向かっており、現行体制の時代遅れ直ちに改めざるをえない状態に立ち至っている。

二、我々の基本理念

 中国の将来の運命を決めるこの歴史の岐路に立って、百年来の近代化歴史を顧みたとき、下記の基本理念を再び述べる必要がある。

自由:自由は普遍的価値の核心である言論出版信仰集会結社・移動・ストライキデモ行進などの権利は自由の具体的表現である。自由が盛んでなければ、現代文明とはいえない。

人権人権は国家が賜与するものではなく、すべての人が生まれながらに有する権利である人権保障は、政府の主な目標であり、公権力の合法性の基礎であり、また「人をもって本とす」(最近の中共のスローガン「以人為本」)の内在的要求である中国のこれまでの毎回の政治災害はいずれも統治当局が人権を無視したことと密接に関係する。人は国家の主体であり、国家は人民に奉仕し、政府は人民のために存在するのである

 平等:ひとりひとりの人は、社会的地位・職業・性別経済状況・人種・肌の色・宗教・政治的信条にかかわらず、その人格・尊厳・自由はみな平等である。法の下でのすべての人の平等の原則は必ず実現されなければならず、国民社会的経済的文化的政治的権利の平等の原則が実現されなければならない。

 共和:共和とはすなわち「皆がともに治め、平和的に共存する」ことである。それは権力分立によるチェック・アンド・バランスと利益均衡であり、多くの利益要素・さまざまな社会集団多元的な文化と信条を追求する集団が、平等な参加・公平な競争・共同の政治対話の基礎の上に、平和方法で公共の事務を処理することである

 民主もっと基本的な意味は主権在民と民選政府である民主には以下の基本的特徴がある。(1)政府の合法性は人民に由来し、政治権力の源は人民である。(2)政治的統治は人民の選択を経てなされる。(3)国民真正選挙権を享有し、各級政府の主要政務官吏は必ず定期的な選挙によって選ばれなければならない。(4)多数者の決定を尊重し、同時に少数者の基本的人権を尊重する。一言でいえば、民主は政府を「民有、民治、民享」の現代的公器にする。

 憲政:憲政は法律と法に基づく統治により憲法が定めた国民基本的自由と権利を保障する原則である。それは、政府の権力行為の限界を線引きし、あわせて対応する制度的措置を提供する。

 中国では、帝国皇帝権力の時代はすでに過去のものとなった。世界的にも、権威主義体制はすでに黄昏が近い。国民は本当の国家の主人になるべきである。「明君」、「清官」に依存する臣民意識を払いのけ、権利を基本とし参加を責任とする市民意識を広め、自由を実践し、民主を自ら行い、法の支配を順守することこそが中国根本的な活路である

三、我々の基本的主張

 そのために、我々は責任をもって、また建設的な市民的精神によって国家政治制度と市民的権利および社会発展の諸問題について以下の具体的な主張をする。

1、憲法改正:前述の価値理念に基づいて憲法を改正し、現行憲法の中の主権在民原則にそぐわない条文を削除し、憲法を本当に人権の保証書および公権力への許可証にし、いかなる個人・団体・党派違反してはならない実施可能な最高法規とし、中国民主化の法的な基礎を固める。

2、権力分立権力分立現代的政府を作り、立法・司法・行政三権分立を保証する。法に基づく行政と責任政府の原則確立し、行政権力の過剰な拡張を防止する。政府は納税者に対して責任を持たなければならない。中央と地方の間に権力分立とチェック・アンド・バランスの制度を確立し、中央権力は必ず憲法で授権の範囲を定められなければならず、地方は充分な自治を実施する。

3、立法民主:各級立法機関直接選挙により選出され、立法は公平正義の原則を堅持し、立法民主を行う。

4、司法の独立:司法は党派を超越し、いかなる干渉も受けず、司法の独立を行い、司法の公正を保障する。憲法裁判所設立し、違憲審査制度をつくり、憲法の権威を守る。可及的速やかに国の法治を深刻に脅かす共産党の各級政法委員会解散させ、公器の私用を防ぐ。

5、公器公用:軍隊の国家化を実現する。軍人は憲法に忠誠を誓い、国家に忠誠を誓わなければならない。政党組織は軍隊から退出しなければならない。軍隊の職業化レベルを高める。警察を含むすべての公務員政治的中立を守らなければならない。公務員任用における党派差別を撤廃し、党派にかかわらず平等に任用する。

6、人権保障人権を確実に保障し、人間尊厳を守る。最高民意機関(国会に当たる機関)に対し責任を負う人権委員会設立し、政府が公権力を乱用して人権を侵害することを防ぐ。とりわけ国民の人身の自由は保障されねばならず、何人も不法な逮捕拘禁・召喚・尋問・処罰を受けない。労働教養制度(行政罰としての懲役)を廃止する。

7、公職選挙全面的民主選挙制度実施し、一人一票の平等選挙を実現する。各級行政首長の直接選挙は制度化され段階的に実施されなければならない。定期的な自由競争選挙と法定の公職への国民選挙参加は奪うことのできない基本的人権である

8、都市農村の平等:現行の都市農村二元戸籍制度を廃止し、国民一律平等の憲法上の権利を実現し、国民移動の自由の権利を保障する。

9、結社の自由国民結社の自由権を保障し、現行の社団登記許可制届出制に改める。結党の禁止を撤廃し、憲法と法律により政党の行為を定め、一党独占の統治特権を廃止し、政党活動の自由と公平競争原則確立し、政党政治正常化と法制化を実現する。

10、集会の自由平和集会デモ示威行動など表現の自由は、憲法の定める国民基本的自由であり、政権党と政府は不法な干渉や違憲の制限を加えてはならない。

11、言論の自由言論の自由出版の自由学術研究の自由を実現し、国民知る権利監督権を保障する。「新聞法」と「出版法」を制定し、報道の規制を撤廃し、現行「刑法」中の「国家政権転覆扇動罪」条項を廃止し、言論の処罰を根絶する。

12、宗教の自由:宗教の自由と信仰の自由を保障する。政教分離実施し、宗教活動が政府の干渉を受けないようにする。国民宗教的自由を制限する行政法規・行政規則・地方法規を審査し撤廃する。行政が立法により宗教活動を管理することを禁止する。宗教団体〔宗教活動場所を含む〕は登記されて初めて合法的地位を獲得するという事前許可制を撤廃し、これに代えていかなる審査も必要としない届出制とする。

13、国民教育:一党統治への奉仕やイデオロギー的色彩の濃厚な政治教育と政治試験を廃止し、普遍的価値市民的権利を基本とする国民教育を推進し、国民意識確立し、社会に奉仕する国民美徳提唱する。

14、財産保護私有財産権を確立保護する。自由で開かれた市場経済制度を行い、創業の自由を保障し、行政による独占を排除する。最高民意機関に対し責任を負う国有資産管理委員会設立し、合法的に秩序立って財産権改革を進め、財産権帰属責任者を明確にする。新土地運動を展開し、土地の私有化を推進し、国民とりわけ農民の土地所有権を確実に保障する。

15、財税改革:財政民主主義確立納税者の権利を保障する。権限と責任の明確な公共財政制度の枠組みと運営メカニズムを構築し、各級政府の合理的な財政分権体系を構築する。税制の大改革を行い、税率を低減し、税制を簡素化し、税負担を公平化する。公共選択住民投票)や民意機関議会)の決議を経ずに、行政部門は増税・新規課税を行ってはならない。財産権改革を通じて、多元的市場主体競争メカニズムを導入し、金融参入の敷居を下げ、民間金融の発展に条件を提供し、金融システムの活力を充分に発揮させる。

16、社会保障:全国民カバーする社会保障制度を構築し、国民教育医療養老・就職などの面でだれもが最も基本的な保障を得られるようにする。

17、環境保護:生態環境保護し、持続可能な開発提唱し、子孫と全人類に責任を果たす。国家と各級官吏は必ずそのために相応の責任を負わなければならないことを明確にする。民間組織環境保護における参加と監督作用を発揮させる。

18、連邦共和:平等・公正の態度で(中国周辺)地域の平和と発展の維持に参加し、責任ある大国のイメージを作る。香港マカオの自由制度を維持する。自由民主の前提のもとに、平等な協議と相互協力により海峡両岸の和解案を追求する。大きな知恵で各民族の共同の繁栄が可能な道と制度設計を探求し、立憲民主制の枠組みの下で中華連邦共和国樹立する。

19、正義の転換:これまでの度重なる政治運動政治的迫害を受けた人々とその家族名誉を回復し、国家賠償を行う。すべての政治犯と良心の囚人を釈放する。すべての信仰により罪に問われた人々を釈放する。真相調査委員会設立歴史的事件の真相を解明し、責任を明らかにし、正義を鼓舞する。それを基礎として社会の和解を追求する。

四、結語

 中国世界の大国として、国連安全保障理事会の5つの常任理事国の一つとして、また人権理事会メンバーとして、人類の平和事業人権進歩のために貢献すべきである。しかし遺憾なことに、今日の世界のすべての大国の中で、ただ中国だけがいまだに権威主義の政治の中にいる。またそのために絶え間なく人権災害と社会危機が発生しており、中華民族の発展を縛り、人類文明進歩を制約している。このような局面は絶対に改めねばならない! 政治の民主改革はもう後には延ばせない。

 そこで、我々は実行の勇気という市民的精神に基づき、「08憲章」を発表する。我々はすべての危機感責任感・使命感を共有する中国国民が、朝野の別なく、身分にかかわらず、小異を残して大同につき、積極的市民運動に参加し、共に中国社会の偉大な変革を推進し、できるだけ早く自由・民主・憲政の国家を作り上げ、先人が百年以上の間根気よく追求し続けてきた夢を共に実現することを希望する。

(括弧)内は訳注。

原文:

http://blog.goo.ne.jp/sinpenzakki/e/8f95023140c18356340ca1d707aa70fe

http://blog.goo.ne.jp/sinpenzakki/e/84859dc4e976462d3665d25adcd04987

http://blog.goo.ne.jp/sinpenzakki/e/d5a614fa9b98138bb73cd49d3e923b40

転載自由、出典明示)

2017-11-01

無償仕事をしてはいけない

まず、出発点となるのは契約自由だ。契約自由があるので、原則として価格設定当事者同士できめてよい。それの例外となるほど、無償仕事をするのは悪いことか、ということが問題になる。

論点はいくつかある。

まず、公正取引法で不当廉売(正当な理由なく原価より低い価格販売すること)は禁止されている。不当廉売禁止されているのは、それが長期的に維持不可能からだ。

もともとのきっかけはアメリカスタンダードオイルの行動による。以前、町に数えるほどしかガソリンスタンドがなかった時代のこと。全米ネットワークを持つスタンダードオイルは、ある街に、原価割れの激安価格で攻勢をかけた。スタンダードオイルは全米のネットワークを持つので、その街での赤字にも耐えられたが、地元ガソリンスタンドは、原価割れ価格に耐えきれずみな倒産した。そうなると、その街の消費者スタンダードオイルで買うしかないので、スタンダードオイルが相場より高い値段を設定しても、払わざるを得ない。これを様々な街で続けることで、スタンダードオイルは強力な独占力を持ち、大きな利益を上げた。

ライバルつぶしのための不当廉売は、長期的に消費者に悪影響をおよぼす。ただ、大阪での無料デザイナー依頼など、ネットで話題になっている事例は、ライバルをつぶしてそのあと高値をぼったくってやろう、という意図のもとにやられているものとは思えない。他のクライアントでも使えるような実績を作るため、最初は安く請ける、というのは契約自由範囲内で、公正取引法で規制されるべき筋合いの話ではない。

無償仕事をするのは、「相場を下げる」からしてはならない、という議論が、デザイナーなどを中心にみられる。これは、中世ギルドなどで見られる議論で、契約自由職業選択の自由がある現代では通用しない。無償仕事をすることで、デザイナークオリティが下がり、最終的に社会デザインの質が下がったとしても、そのこと自体否定する根拠はない。社会は移り変わるもので、デザインクオリティも移り変わるべきものだ。もし、デザイナー団体価格規制をしたら、談合と呼ばれ公正取引違反になる。

2017-10-25

アセットアロケーション 171025

31歳 製造業 年収700万円 地方在住 投資経験7年ほど。

金融資産1900万円 内200万円を生活資金用として取り分けて残りを投資

積み増しは年間200~240万程度。

基本はインデックス投資で、現在の(目標アセットアロケーションは、

日本株:40%

海外株:30%

日本債券:0%

海外債券:15%

⑤金ETF:7.5%

現金(待機資金):7.5%

リターン4~5%, リスク13%程度と推測

以下、資産クラスについての考えを備忘録として。

日本株 40% (自社株5%, 個別20%, TOPIX連動投信15%)

自社株は5%の奨励金目当てで、手取りの半分を自社株買い(残りは生活資金)。

同じ籠に卵を盛らない理論妥当だと思うので、総額が1~2百万円貯まるか十分な利益が出る株価になった時点で売却して他の銘柄に振り分けてる。

個別株は株主優待目当てで、欲しい優待銘柄はおおよそ買えたので今後の積み増しはあまりないだろう。

現在資産総額が少ないので個別株と自社株の割合が高くなって日本株比率が高いが、最終的には日本株海外株=35:35にするつもり。

TOPIX連動投信に限らずどの投信も、信託報酬が安いことを重視。

海外株30%(先進株25%, 新興株5% 投信 為替ヘッジなし)

先進株と新興株は時価総額比率6.5:1よりも少し新興株の割合を増やして5:1に設定。

今後比率を変えやすいように、全世界投信ではなく先進国新興国を別々に買う。

新興株投信投資先に韓国比率が少ないものに変更することを検討中

日本債券0%

今の状況で日本債券を持つことに意味は無い。

海外債権15%(先進債券12.5%, 新興債券2.5% 投信 為替ヘッジなし)

株と同じく5:1の割合先進国新興国を別々に買う。

債券%=年齢理論からはもう少し比率を上げたいところだけど、為替リスクも有るし海外債権あんまりやす気にはなれない。

日本債券がもう少しなぁ・・・

幸いなことに勤め先は安定しているので、海外債券15%だけでもそれほど問題ないだろう。

⑤金ETF 7.5%

金は配当を産まないもの株価暴落時や戦争勃発時でも影響が小さく、逆に上がることもあるので、

インフレリスクを軽減しながら暴落時の追加購入資金に当てることを考えて7.5%。

最近金の価格が上がってきているけど、戦争はどうなるんだろうね。

現金 7.5%

暴落時の追加購入資金用に待機。

現金配当を産まないので、金ETF+現金比率は最大でも20%以下にする。

逆に、いざという時に追加購入資金が足りないのも勿体無いので10%以上には保つ。

REIT, コモディティ 0%

REIT勉強中。

税制上の優遇措置や全世界的な人口増加から、今後ある程度の比率で持つことも考えても良い。

ただ、J-REITは買う気しないし、海外REIT地政学リスクの見通しが難しい。

よくわからないものには手を出さないという原則は守る。

金以外のコモディティもっとよくわからないし、勉強する気も無いのでスルー

https://anond.hatelabo.jp/20171024073213

全然分かってないじゃないかブコメでも指摘されてるけど、性別LGBT出自民族等、自分ではどうしようもない事柄理由差別が許されるのであれば、どのような差別だってから作れるんだよ。

自身差別される立場になる可能性があることを理解できないような人は、想像力が劣っているので差別してよし」とかね。

○○で生まれたか差別してよし、LGBTから差別してよし。そんな本人の能力になんの関係もないことで一段下に見ることが許されるならこれも通るだろう。

「もしマイノリティになったら」という仮定無意味ではない。何の落ち度もない人が急にマイノリティとなる。またはマイノリティ側に落とされるということは十分に可能である差別する側に正統な理屈はいらないんだから。「なんとなく」とか「俺が嫌いだから」でいい。

想像力のない人たちが、それにもかかわらず差別されていないのは「そんなくだらない理由差別が許される世の中なら、自身も粗を見つけられてすぐに同じ立場に落とされるだろう」ということを想像力のある人たちは良く分かっているからだ。

ちなみに俺はキモくて金のないおっさんに片足突っ込んでるので、同じ立場の人たちを自己責任だとは思わんし、ひとまとめにされても困る。

から増田が「ひとまとめにするな」と言いたいのは良くわかるんだが、これもブコメで指摘されてるように、傾向としては「弱者を敵視する目線」が目立つんだよ。

それから権利ってのは「他人権利侵害しない限り保証される」。LGBTであることや、○○で生まれること自体は、なんら他人権利侵害しない。

イスラム法に詳しくないので良くは分からないんだけど「イスラム教徒が、女性LGBTを下に見てよい権利」なんてものはないと思うよ。これが権利のように見なされてるのは単に「女性LGBT側の権利を認めていない=権利保証されていない」だけであり、つまり他人権利侵害してもよい」とイスラム教経典がそうなっているだけの話。

他人権利侵害しない限り保証される」という原則勝手に変えて「俺ルール権利」を作ってるだけ。これこそ権利の間違った使い方の見本でしょ。権利なんてない時代に作られた経典現代適用してたらそりゃあ歪が出るわ。

よって権利の衝突ではない。一方は権利を間違って使っているし、もう一方の権利は認められてもいないんだから

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