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はてなキーワード: 故郷とは

2018-07-15

東京地方田舎者

東京地方の連中が群がってどんどん人が増えてうざい。

私の故郷である東京が、他所からきた連中のためにどんどん変えられてゆく。

田舎者は都会のマナーを身に付けてない。地元帰れ」


言うまでもないが、あなたが生まれ育ち慣れ親しんできた東京は、地方から人口流入、それによる経済規模によって支えられているものだ。

発達した交通網も、町ごとに表情を変える多様性も、あなたの小さな頃のちょっとした特別な思い出ーーデパートだとか映画だとかーーも何もかも。

もしも東京に住む人間が、出自東京の人に限られていたなら、ここはただの地方都市で、あなたはその地方都市の「田舎者」でしかないだろう。

個人的に、田舎者定義とは

自分の知る環境所与のものだと信じて疑わず

自分にとっての異物を排斥する態度をとる」人間だと思っている。

あなた東京地方まれ田舎者だ。

でも幸いですね。

東京田舎者が集まってできた町だからあなたのような田舎者も許容されます

2018-07-14

都内学生の男女の距離

ビックリするんだけど

俺の故郷学生時代ビックリするほど男女に壁があった

中学までだが、高校進学校すぎてよくわかんね

俺だけじゃない、なんかすごかった

 

多分こっちが正しくて俺の学生の頃がおかしかったんだと思うんだが

あの時代あそこで何が起こって居たんだろうか

お陰で異性に対する免疫力が低いんだが

後で聞いたら女子側もそれで苦労したとのこと

何だろう

単純に友人関係が欲しかった

2018-07-13

Radeon Pro 560XはVR無理くさいな…

macノートVRが遠い…遠い…槙原敬之故郷を思って唄う位に遠い…

2018-07-11

家を建てる前に地の人間災害リスクを聞かないからこうなる

今回の水害で俺の故郷被災してるんだけど、車がダメになった・二階まで浸水したみたいな被害を受けてるのは軒並み新住民団地なのね。

あの辺りの土地10年毎とは言わないけど30-50年置きぐらいにこれぐらいの洪水が起こる。

戦後貧乏引揚者が住み着いたけど洪水で全部流されたという話は、地の人間ならみんな知ってる。

から地の人間は家を建てたりしないんだけど、同じ県内でも他の郡出身だと普通に知らなかったりする。

最近あの辺に家が建つようになった。何も知らないでバカだなあ」と毎年帰省するたびに地元家族や友人から聞かされた。

開発業者は小中学校に至近で子供の通学の負担が軽いのも売り文句にしてたそうな。知っててやってたなら悪辣だと思う。

俺も通ったその小中学校土地田舎でよくある地元土地持ちが寄付した物なんだけど、道徳教科書に載るような立派な人でもなかったので、家や畑に向かない水捌けの悪い土地寄付したのね。

前日に雨が降ったら翌日いっぱいはグラウンドぐちゃぐちゃで球技とかやってられないみたいな。

そんなわけで新住民団地はこれ書いてる今も水に浸かりっぱなし。溜池を潰した土地なんかも混じってるし、いつ水が引いて家が片付けられるかは神のみぞ知るって状況。

タイトルで「地の人間災害リスクを聞くべし」みたいなこと書いたけど、よく考えると普通に聞いても教えてくれんわ。

よその人間に知られたら宅地用に売れなくなるし、自分土地だけじゃなく、他人土地価値が下がる情報を広めるのもタブーね。

聞くとしたら地元にもうしがらみの無い俺みたいな人間だな。

まり知らない土地に家を建てる予定の人は、今回の被災者みたいな目に遭いたくなければ頑張って俺みたいな人間をみつけて情報収集して欲しい。

2018-07-10

anond:20180607111604

増田要望ですが、デレステLIVE PARADE、ご当地ボーナスが欲しくないです?

開催地出身アイドルユニットにいると動員数が増えるボーナスがあれば、いろんなアイドルユニットに入れるきっかけになると思うんですよ。

せっかく各都道府県で開催するという体になってるんだし、故郷に錦を飾らせてあげたいです。

2018-07-07

容姿が良ければ逃げれるのだろうか?

自分大学回生の時に発見した事実がある。

留学生を多く受け入れる学部ラウンジでのことだ。

アジア人アジア人白人白人黒人黒人と連んでいたのだ。

もちろん例外はたくさんあるだろうし、同じ故郷人間と会話を楽しむ傾向があるだけかもしれない。

ただ、似たような容姿人間と一緒にいることが人間安心材料なのかもしれない。

最近ボランティアに半強制的に行かされた。

まぁ、感じたことだが容姿がいい人間は見てくれのいい奴と一緒にいる。

自分のような見てくれの悪い人間は汚いもの同士で仲良くするのだ。

容姿というものがどこまでも自身の交友関係世界観社会への信用というに影響を与えているのだろう。

顔がよけりゃ社会から優しくされて、世間への肯定感もマシマシだ。

最近日本が不味い状況なのではないかと日々感じる。

ただ、どこか海外に行こうかと思ってもグロ面男には厳しい。

やはり容姿で何処までも生き場所もないのだろうなと考えてしまう。

世間を見るとやっぱり見てくれのいい若い女が何処へでもいける。

政府から迫害されようが、企業にひどい目に遭わされようが。

リベラルな言説が飛び交う世界でも結局は容姿なのかもしれない。

どこか暖かい海にでも行って、まともな容姿にでもなりたい。

大きい顔を小さくできることもないだろうし、172cmの身長も伸ばせないのだろう。

ボコボコな皮膚もどうにもならなそうだ。

2018-07-04

anond:20180704031040

追記

仕事先の人間ととにかく今まで大事にしてきたものに関することへの反りが合わなくて辛い

迎合すればするほど、友達を裏切ってる感じがしてやるせない

でも、期待を受けて故郷を出てきた以上、もう死ぬまで頑張るしかない

転勤を断ったらよかったな

もうすぐ50の独身BBA

 

新卒で入った会社に今も勤めているんだけど、各地に事務所があり私はそこの事務員だった

他の事務所にも女性事務員を一人配置していて、他は営業

事務所の統廃合が繰り返される度に、私はいろんな事務所に移動させられた

せっかく出来た友達とも数年でさよなら

独身なので、待つ家族もいない

親は死んだ

転勤はしたくなかったが、転勤の話が振ってくるのは、だいたい、他の支店女性従業員退職、代わりの人(できたらベテラン)を後任に据えたい→でも他の支店女性は皆既婚なので転勤を断る→独身の私に依頼が来る

いやだったけど、でも独身だし、男性営業マンは転勤してるよね、といわれると断れなかった

支店事務女性独身なのは私だけだった

既婚の女性が全く動かず同じ仕事を同じ場所でやる間、私はその人達が育休の時はその場所に行き、退職すれば移動し、気がつけば親しい友人も、実家という存在もないままもうすぐ定年になってしま

定年になったら、みな、家族と一緒にゆっくりしたり、建てた家で一人暮らしをするというのに、転勤族で家も持ってない、実家はもう何十年も前に親が死んで家を売ったので手元にない、という状態で、終の棲家という場所がない

故郷がない

この年で家を買うのか。いや無理だろ。

結婚出来なかったからいけないんだろうと分かってはい

しか男性に興味を持てないままだった

恋愛は今もよくわからない

お見合いをしたけれど何が楽しいか分からなかった

会社はいいように利用されただけだった

転勤を断ったら、独身の私は解雇されるかもしれないという恐怖からはいはいと従っていた

既婚者が羨ましくて、苦しい

私も「旦那いるから転勤できない」とか言えればよかった。それを言うことで、誰かが犠牲になると、彼女たちは分からず言っているのだろう

それはおかしなことではない。私ももっと主張するべきだったんだろう

どうして会社の言うことを聞いたりしたのか

私の仕事人生はなんだったんだろう

2018-07-03

高山 直人(たかやま なおと)

三流作家特定層を狙ったような発言等を行うのが特徴。セルフまとめで有名。その一方で同人行為もしており、特にkindleシリーズ作品が有名である

Twitterでは有名なセルフまとめユーザーであり、氏が鉄道に関する言及が多いことから鉄道おじさんと呼ばれている。更新頻度は高いことからファンも多いことが伺える。

その反面、嫌いなユーザーでも鉄道ファンばかり挙げられる。『バイク』『JR』のように使った乗り物が異様に贔屓・持ち上げをされることもあり、ファンも多いがアンチも多い。

近年は失言も多い。自分故郷である東北を嫌いと公言しているのもその最たる例だろう。他にも「大阪日本絶望郷なんですよ」と、東京人狙いともとれる発言もしており、「東京人的要素」を嫌う層から批判されている。

anond:20180702232651

その疑問の答えは、季節によって空気密度酸素の量が変化することはない、ということだ。その根拠を挙げてみる。

  1. あなたの指摘のとおり、理想気体の状態方程式に従って、温度により空気密度が変化する。冬は密度が高く、夏は密度が低い。状態方程式PV=nRTに代入して計算すると、真冬のセ氏-30度の日と真夏の30度の日の空気密度は1.25倍ほど異なる。光合成要求される二酸化炭素の濃度(分圧という)も冬は2割増ということになる。しかしこの値は計算上の空気特性に過ぎない。
  2. ついでに空気密度標高により変化する。高いところは空気が薄い。標高2500メートルの地点の気圧がほぼ地上の75%になるから空気密度が夏と冬で標高2500メートル分違うということになる。
  3. ところが天気予報を思い出してみると、冬と夏で気圧は25%も違わない。だいたい1013ヘクトパスカルで安定していて、±3%くらいしか変化しない。理由は知らないが、北半球が冬のとき南半球は夏だから、風が吹いて地球全体で均一になってしまうと考えてみた。あるいは、現実には大気中の水蒸気分圧が大きく変化する。それで調節されて均一になるのかもしれない。あるいは大気には天井がないからだろうか。完全に想像です。余談ながらこのあたり、理論計算通用しないのが楽しいところ。理論値は風船の中の空気の動態を記述しているに過ぎないのだ。
  4. ところで温度が変化すると化学反応速度が変化する。室温付近では一般10度違えばあらゆる化学反応速度は2倍違う。光合成複数化学反応を経由するということと、酵素化学反応であることを考慮すると、そんなに簡単計算できなそうであるが、原則的には夏の方が楽勝で光合成できるということになる。
  5. 季節で言うと日射量も冬と夏では差がある。日射量は太陽南中高度のコサインで与えられる。夏は冬の1.3倍くらい光が強いのだったと思う。光合成では光量と反応効率エクスポネンシャルな関係にあると仮定すると、光の強さが1.3倍違うと反応効率が1.7倍になる。
  6. とき光合成はヒトの好気呼吸の逆反応であるが、大気中の気体を取り入れて体内で化学反応をおこなうという点で完全に一致している。このことを基に植物感覚を語ることが許されるならば、光合成やすい日というのは、あなたが呼吸しやすい日なのかもしれない。あるいはその反対だろうか。いずれにしても、空気密度理由で呼吸や光合成やすさに差はないという結論であるもっとも、おれの故郷では真冬には鼻毛が凍りついて呼吸しづらいのだが。

疑問に対するお答えになっていますでしょうか。

2018-07-02

自殺配信前田仁について

まとめサイト話題になっていて、彼のサイトも見てみた。

まとめ:http://workingnews.blog117.fc2.com/blog-entry-11711.html

本人のウェブサイトhttp://archive.fo/3LDAz

自分過去と重なるところもあって気になったので、さらに当時のネットの反応も漁ってみた。

いくつかピックアップすると

 ・別にそこまで悪い環境ではなく、本人の責任

 ・母親責任

 ・経済環境や周りの人間が悪かった

 ・遺伝性の疾患

という感じだった。

個人的には、あまり父親に焦点があたってないのが気になった。

なんていうか、父親仕事してりゃいいでしょ的な人で、母に家事子育て任せっきり、その結果、母子関係がズブズブになったんじゃ?という気がしたんだけど、まぁ個人的経験投影してる。

あとは、

彼が誰かと尊敬/信頼関係が築ければこんなことにならずに済んだと思うが、信頼に値する奴が彼の周りにいたとは思えない。

それに、彼の過敏な神経じゃぁ、そんな人がいる所までいけたとも思えない。

これに関しては、社会問題があると思う。

以下、エモい文章を書かせてもらう。

本当に尊敬/信頼できる人って天然記念物並みにレアだと思うんだが、これはみなさんにとってもそうなんでしょうか?

たまたま剥き出しの純粋な魂みたいな奴に会って、自然尊敬という感情が涌いた経験があるんだけど、こうゆうのってみなさんにとっては割と身近な経験なのだろうか?

俺の故郷には一人もいなかったんだけど、運が悪かったんだろうか?

あと1点、

遺伝的な疾患」のせいで尊敬/信頼の関係構築がしづらいのでは、という可能性もあると思うんだが、どうなんだろう。

ある塩基配列遺伝子に組み込まれていると、尊敬/信頼感を生み出す脳内物質を分泌するための閾値が高く設定される、みたいな。

ちょっと取り止めのない内容だけど、思うところがあったらレスくれ。最悪、煽りでもよい。

2018-06-26

Hagex-day.Infoが「故人サイト」になってしまたことを受け入れられない

「故人サイト」という本がある。

 慣れ親しんだブログサイトが突然更新されなくなっても、多くの場合理由など分からないが、その本に出てくるサイトは、タイトル通り、管理人の死去によって「故人サイト」になったものばかりである

 例えば主が病没した場合家族などがその旨を報告すれば、読者は悲しいけれどブログ主との別れを受容することになる。

 刑事事件や不慮の事故海外旅行先の病気などで命を落とされても、報道された人物と、ブログに綴られた情報とのシンクロに誰かが気づくことによって、多くの読者がブログ終焉理由を知るに至るケースもある。

 まさか、私が最も長い期間読んでいたブログが、これ以上ない衝撃的な形で、NHKトップニュースになるような(6/26朝)経緯で、「故人サイト」の仲間入りをしてしまうなんて。


 6月25日朝7時、いつものように「Hagex-day.Info」をチェック。更新されていない。予約投稿であろう「本日一曲」もない。

 いつだったか、数日単位更新がなかったときは、「Hagex心配する人の声まとめ」みたいなのもできる位マメに、精力的に更新されていたブログなのだが、朝イチでは更新されていないことは時にあるので、この時点ではいもの朝だった。

 25日の朝9時前、Twitterトレンドに「hagex」を発見し、「へ~、何で?」と見に行ってみたら、とても信じられない、悪夢のような文字が。字は読める、意味は分かるのだが頭が理解しなかった。

 確かに地元福岡で24日夜に勉強会をする旨を彼は告知していたが、まさか

 Twitterで「この被害者Hagexさんでは」という書き込みを読み進め、「福岡セミナー講師が刺された」「講師とはHagexさんだったらしい」ということは飲み込めたが、「刺殺」ってなんだ。もう生きてないのか、死んじゃったのか。

 どうしても飲み込めなかった。とてもじゃないが咀嚼できる情報じゃなかった。

 刺された人がいたとしても、「人違いでした」というオチ絶対にあると思っていた(”ロング・グッドバイ”みたいに、仕組まれ替え玉じゃないか…と。代わりに死ぬ人がいなければ成立しない、酷い願望なのに本気で考えた)。

 タブレットに表示されたHagexさんのお顔、お名前、知りたくなかった。知る必要なんてなかった。Hagexさんが自ら開示されるならともかく、いったい誰が、こんな形で彼の素顔を知りたいと考えるだろうか。

 25日は他の事が手につかなかった。たまたま仕事を休んでいたのは幸いだった。26日の朝も、目覚めてすぐに「あれは夢だったのでは?」と思った。

 

 夢ではなかった。


 Hagexさんのブログは04年4月から始まったらしい。

 私が読み始めたのはいつ頃だっけ?と、記憶に残る最も古い記事検索してみたら05年のこれ。

  http://hagex.hatenadiary.jp/entry/20050813/p1

 この少し前から読み始めていると思うので、約14年間の「Hagex-day.Info」の歴史のうち、約13年間、ほぼ毎日読み続けていたことになる。

 きっかけは発言小町だったと思う。

 その頃よく発言小町を読んでいたのだけど、Hagexさんやトピシュさんの言うところの「もやもや」を抱くことが多い。

 「いや、これ創作でしょ」「これ、トピ主が変でしょ」等々、突っ込みを入れて楽しみたかった私が見つけたのが「Hagex-day.Info」だったのだ。

 その他、発言小町まとめサイト複数あったのだけど、小町運営会社から抗議があったらしく、ある時期に全てなくなってしまった。

 Hagexさんも、「小町運営会社からはてな削除依頼があったが、削除依頼があってもきちんとユーザーサイドの意見を聞いてくれるのは大変嬉しかった。」と仰っていた。

 その後、ブログ批判したサイト運営会社から名誉毀損信用毀損」を理由削除要請があった際も、即削除することなく、ユーザー意見を聞いてくれたはてなに対し、「ユーザーに対して誠実な対応をしてくれた、はてな感謝!」と綴られている。

 それらを読んでいたので、私も「はてな」には良い印象を持っていた。


 Hagexさんのブログ、ごく初期は普通日記、その後は発言小町から抜粋発言小町から転載が禁じられて以降は2ちゃんねるからコピペが多くの割合を占める。

 事件で初めてHagexさんのブログを訪れた人は、「ただのまとめサイト管理人じゃん。何を騒ぐことがあるのか」と思ったりするのだろうか。

 そういう方(はてなにそんな人はいいか…)は、是非右側の「人気記事」に並ぶエントリークリックしてほしい。特にFacebookバカばかり」とか。

 私は、2ちゃんから転載別に嫌いじゃないし、読み物として読んでいた。面白いと思ったものブックマークもした。

 しばらくの間は、「Hagexさんは、時折投入する渾身のエントリーをより多くの人に読んでもらうために、せっせとまとめサイト的な投稿をしてるのだろう」と思っていたのだけど、「三度の飯よりインターネットが大好き」な彼は、まとめ的投稿結構楽しんでいるのだろう、と考えるようになった。

 でも、Hagexさんの真骨頂は、やはり時折アップされる舌鋒鋭いネット批評

 Hagexさんのお蔭で、仕事子育てに追われる私も、「デマは怖い。デマは、面倒でも火消ししなければすぐに広がってしまう」とか、「これ、掘って行ったらココと繋がるのか。やばいよね」等、ネットと、それに連なる世間の怖さを垣間見ることができた気がする。

 あるいは、TwitterRTされてきて、「何これ、こんな安い話によく食いつくよね」と鼻白む思いで見たサイトが、Hagexさんによってコテンパンに貶されているのを読んでスッキリしたり。

 「“落としどころ”なんて言葉はオレの辞書にはない」と言わんばかりの、どこまでもしつこく、容赦ない筆致に、「これ、食いつかれたら大変だわ…」と嘆息することもしばしばだった。

 一方、Hagexさんの映画音楽評は実にユーモラスで、「観て(聴いて)みようかな」と思わせるものだった。Hagexさんのエントリーが切っ掛けで観た映画は少なくない。

 その中でも最も素晴らしく、紹介してくれたHagexさんに感謝しているのは「ザ・フォール 落下の王国である

 ハゲ子の社畜ぶりを自嘲するエントリー最近飼い始めた「猫先生」を含む、Hagexさんの身辺雑記も楽しかった。

 そういえば、「古本屋さんで買った本にかなり昔の写真が入っていた。アップしたら持ち主が見つかるかな?」というエントリー写真とともにアップされていたこともあった。「写真、アップしちゃって大丈夫?」と思う一方、「Hagexさんロマンチストなのかな」と微笑ましく感じたエピソードだった。


 Hagexさんは福岡出身で、貶しながらもこよなく故郷博多弁を愛していること、タバコが大嫌いなこと、小児を性の対象にする行為断じてさないこと(当たり前の事ではあるけど、これに関しては殊に強いHagexさんの意思を感じた。)など、ブログを通じてHagexさんの人となりが、断片的にだけど見えてきたような気もしていた。



 そんなHagexさんが、故郷で開催する初めての勉強会、その終了直後に問答無用で殺されてしまうなんて。

 あれほどネット上の戦いに精通し、危機管理に自信を持っていたように見えた彼が、理不尽暴力の前にはあまりにも無力だった(というか、誰だって無力だ)。

 Hagexさんは、容疑者とされる人物が、自分と同郷だということを知っていたのだろうか。


 酷すぎて、酷すぎて。

 使い古された言葉だけど、これまでの人生で使う機会もなかった言葉だけど、「神も仏もないものか」という叫びが、私の中で暴れ続けている。

 心中で叫ぶだけでは、やりきれなくて辛いので、心の赴くままにだらだらと綴ったのがこのエントリーです。

 東京で行われた一回目の勉強会結構本気で行きたかったのだが、幼い子を持つ身なので諦めていた。「これから勉強会を定例化するのであれば、いつか行く機会もあるだろう」と思っていたが、その機会はもう訪れない。私はHagexさんに会えない。

 「落下の王国、素晴らしくてソフトも買っちゃいました!」と、なぜコメントを入れなかったのか。

 明日明後日も、ずっと続くはずの日常は、いとも簡単に、あっけなく断ち切られるものでもある。その理不尽さに、恥ずかしながらこの歳になって初めて接した気がする。

 十数年の間、ブログへのアクセスが毎朝の日課だったので、今朝もつアクセスしてしまった。「注目記事」のトップにある記事タイトルにまた悲しい気持ちになる。

 「お前は一体彼の何だからこんなに湿っぽい記事をアップするのだ」と問われれば、「スミマセン、コメントも1~2度つけただけの一読者です」としか言えないのだけど、「それなのに、どうしてこんなに辛いのかな、悲しいのかな。」と自問自答しながら、べそべそと泣きながら、Hagexさんにこの駄文を捧げます


 日常どころか人生を、あっという間に断ち切られてしまったHagexさんはどれほど無念だろう。「安らかに」なんて白々しく言える心境じゃない…と思いつつも、それでもHagexさんの眠りが安らかであることを祈らずにはいられない。

「長い間、本当にありがとうございました。どうか安らかにお眠りください」

2018-06-22

VLOGYoutuberが好きだ

VLOG(ヴィーログ/ブイログ)とはVideoLOGの略称で、BLOGテキスト日常ログであるのならば、VLOG映像日常ログという表現が解りやす

日本でよくあるような室内で商品レビューをしたり、ゲーム実況したり、馬鹿騒ぎしたりする日本Youtube動画フォーマットとは違い、北米を中心として発展した動画フォーマットで彼らをVLOGgerと呼ぶ

基本的アウトドアであり、普通日常生活で行った商店街飲食店ウォーキング自転車自動車移動、旅行などを一人称視点で時にはトークを交えながら日常を紹介するという動画フォーマット

商品レビュー日本のものとは一部違う部分があり、最大の違いが日常を映すというフォーマットなため商品レビューした商品が後日のVLOGにも登場し、使い続けている様子を観ることができるという違いがある(つまりレビュワー長期間使っている商品こそ良い商品だと判定できる)

日常映像・音声問わず不快な雑多なノイズが多いため、それらを機材や収録技術などで可能な限り廃して品質劣化を少なくしようとするというのもVLOG文化の特徴の1つ

映像作品としての性質も持ち合わせ、ドローンからの美しい空撮や、アクションカムによる激しい動き、洒落トランジション、挑戦的な色味表現など、日本によくある室内型では編集効率上で廃されてしまう部分にもこだわっているVLOGも数多い

個人的面白く感じるのが、特別な日にフォーカスしたものばかりてはなく、ホームビデオかと思うような本当に極々普通日常を切り取っているVLOGgerが少なくないこと

チキンレースのように過激表現に向かうのではなく、切り取られるのは日常の大切さや、家族愛友情、そして故郷の様子などであり、本当に普通生活を送る人がVLOGというジャンルYoutube動画投稿をしている

VLOGの影響は室内型で人気を博したYoutuberにも及び、突然人気YoutuberがVLOGという単語を用いて動画投稿をするなどの現象が起きている

ただ、既にVLOGへ興味をフォーカスしている人々は知っているだろうが、VLOG積極的投稿するのは30代以降が多く、その視聴者層も同様に30代以降が主流で、若者流入が非常に少ないという面を持っている

これは撮影機材やパソコンなどにこだわり始めると資本的な余裕が必要になること、映像制作動作編集一定以上の知見が必要なことに由来すると思われる

しろ1020代若者最近の興味はVLOGgerではなくVTuberの方で、刺激を求める彼らが何の変哲もない日常を切り取ったVLOGは少々つまらないのではないかと感じる

日本で主流の室内型Youtuberがどうにも合わなくてYoutubeをあまり観ないという人は、一度VLOG検索し視聴してみては如何だろうか

2018-06-19

関西ディスは関東圏在住の出稼ぎ労働者

anond:20180619153432

から言ってるのにご理解いただけない。

・行ってるのは関東圏に在住の地方から出稼ぎ労働者

・金を求めて故郷を捨ててきたくせに、故郷を嫌いになり切れない矛盾したハンパもん

オフィスのある東京では馬鹿にされるので方言自粛している、これが潜在的ストレスになっている

しかテレビや世の中では関西弁が受け入れられているし面白がられているのにさらストレスを溜める

・それに加えて出稼ぎしなくとも稼げる商社が多い関西圏嫉妬爆発

関西ディスは関西人も面白がって乗っかるので効果が得られずディスを繰り返すもフラストレーションばかり蓄積する→さら関西嫌いになる

・根っから東京人間は方言動物園感覚認識しているので方言ディスるのはパンダキリンディスるようなもの

京都人自然体で大阪を見下しているのでいちいちネットでディスらない

神戸金持ちが住んでいるので大阪をディスってる暇がない、人生無駄

北海道はでっかいどう

埼玉千葉県民は自分らを東京だと勘違いしている

2018-06-18

anond:20180617203101

逆だろ。

ハンターになった後で旅先で子供できた。放置せず子供故郷に預けてハンター続けてただけだぞ。

ブチギレして「二度と顔見せんな」って言ったのはミトさんのほう。

2018-06-14

無能の特徴

会社に中途で入ってきた人(既婚者女性)が、前に居た会社業界大手業務委託で勤務)のことをずいぶん悪く言っていた。

まあ、業務委託なんで使い潰されるのは仕方ないねと思っていた。

しばらくしてうちの会社にも不平不満を言って辞めていった。

オマケに社内の男性に手を出して不倫関係になっていた。

グデグデになって、その男社員共々辞めていなくなったのだが、先日Twitterを見たら

うちの会社の事を悪く言いつつ、散々Disっていた前の勤務先の大手企業の事を褒めていて

キチガイ無能の言うことは本当によくわかんねえなって思った。

あと、東京は嫌いだとか言ってたのに、

不倫男の故郷東北に一緒に戻ったらしく

今度は田舎は嫌いだ、東京に戻りたいとか言っててマジキモかった。

anond:20180614172238

苦労する性格してるよな

まれ故郷で楽しくできないなんて苦労してるわ

えっお前ら日本嫌いなの?

苦労する性格してんな

俺大好きだよ?

まれ故郷だし、メシは美味いし、何だかんだで働けるし、ネットは速いし

って思っちゃうなぁ

去年の初夏、不幸があり生まれ故郷帰省した。

空港を出て車を走らせて直ぐの車1台がやっと通れる田舎道をレンタカーで走る中、なんとも言えない気持ちが込み上げてきた。

田んぼ匂いがする。

毎日この匂いに囲まれ暮らしいたことに、30年経ってやっと気付いた。

学校帰りにおたまじゃくしタガメを捕まえて、毎日泥だらけになっては母に呆れられた初夏の日々。五月晴れの風に乗って漂う飼料匂いに鼻を摘みながら牛舎に搾りたての牛乳を汲みに行く。

うだる暑さの中、アイスを咥えて縁側の板間に寝転んだ先に見えた面白味のない一面の緑の絨毯を見つめるうちに寝てしまった夏休み

新聞や廃材を燃やして焼き芋を作った空の高い日、黄金の穂先が風に揺られて擦れる音が、幾重にも重なって今でも耳の奥にこだまする。

今、私の子供はタワーマンションに囲まれた校庭を走り、遠足収穫体験をし、紙パックの牛乳を買う。

ただやみくもに前に向かって歩いているうちに背負う責任幸せはどんどん重くなってしまった。今日もまた満員電車に揺られて、なにが正解かわからない今を必死で生きる。

満員電車で見る景色

どれだけの人が満員電車に苦しめられているのかと思う。

会社ではきっとすれ違うだけで会釈をするような人たちが、電車の中では言葉も交わさずぎゅうぎゅうになって耐えている。

それだけ密度の高い空間なのだから、もちろん空気も薄い。何人もが吸って吐いた息をさらに吸う。そんな人間排気ガスで体が満たされるなんて、体にいいわけがない。

この現実から逃れたい。でも目の前には文庫本を取り出すスペースすらない。そうなると自由なのは頭の中だけだ。必死に何か美しいもの想像する。ここではないどこか美しいところ。山と海と・・・

私は自然が美しい土地暮らしたことがない。だから憧れがある。

イメージするのは、いつも旅先で出会った景色テレビで見た映像だ。

さあっと視界の開けた平地の奥に構える山。明るい青の海と、それに反射する光。こういうものが、日常にある生活は、どういったものなのだろう。そういう所で育った人は、都会をどう生きるのだろう。

ふと頭に浮かぶ故郷自然が、鮮明だといいなと思う。

2018-06-10

anond:20180609110730

自分の生まれた、あるいは育った市区町村愛着を持つ

 ←分かる、いや自分はそういうの持ってないけど他の人が持つの理解できる

・生まれ育った都道府県愛着を持つ

 ←分かる、いや自(ry

・生まれ育った日本愛着を持つ

 ←よく分からない、沖縄とか北海道とか故郷から離れた場所については知識以上のものは持っていない

2018-06-07

最近の睡運暝菜先生

最近日本スゲー!」を連呼してると思ったら、今日安倍ちゃん答弁風のテンプレを駆使していた。

現状に飽き足りないのか、新境地の開拓に余念がないのかなあ、と思っていたら

http://b.hatena.ne.jp/entry/365472909/comment/xevra

安倍ちゃんブコメの合間に、あの永遠スタンダードが。

まるで故郷に帰ったような、心が洗われる気分だ。

安倍ちゃんなんて好きじゃないだろ? あんなの真似しなくていいよ。

運動瞑想睡眠野菜350g。それで十分じゃないか

幸福人生安倍なんて必要か?

2018-06-04

anond:20180604064838

それともう一つ、

地獄あいつにとって故郷ですよ。

というランボーセリフを思い出した

2018-06-01

漫画喫茶女性従業員はなぜ死んだのか

漫画喫茶女性従業員はなぜ死んだのか

「麻子がいなくなった」

 愛知県名古屋市中川区にある「B」という漫画喫茶店で長年にわたって働いていた加藤麻子(当時41)の両親が、娘の捜索願を愛知県中川警察署に出したのは、2012年5月1日のことである

「B」はフランチャイズチェーンのうちの一店舗で、その年の2月いっぱいでオーナーが替わっていた。それまで経営していた杉本恭教(当時47)は経営権を手放し、別に経営していたラーメン店シフトしていた。妻の杉本香子(当時45)と長男が同区内で経営をしていた。

 麻子の母・江美子が最後に「B」をたずねて、娘に会ったのは、2012年2月25日のことだ。江美子が麻子をたずねた理由は、個人年金等の手続きについて相談をするためだった。愛知県豊田市郊外にある加藤から名古屋市西端位置する中川区の「B」まではクルマで2時間ちかくかかる。

「麻子は私たち夫婦の一人娘です。一度は結婚しましたが離婚しましたし、子どももいません。ですから彼女が将来、おカネの心配をしないですむように、毎月お金が入ってくる民間保険年金基金手続きを今のうちにしておこうと、本人の署名・捺印をもらいに行ったんです。娘が店に来てくれというものですから、私ひとりでクルマ運転して出かけて行ったんですが、あと数分で店に着く頃、麻子から電話があり、『おかあさん、今どこ?』と聞かれたんです。近所の小学校の近くだよと答えると、『じゃあ、(店で)待っとるでね』と言って電話は切れました。私は店に着いて、娘が店の横に停めていたワゴンRの隣に駐車しました

 店は幹線道路に面していて、近隣店舗と共同使用の20~30台は停めることができる駐車スペースがある。麻子は仕事中に休憩を取ったようで、店内のテーブル母親を座らせ、年金書類サインをした。

「私も食べていい?」と麻子が江美子に聞いた。ふたりスパゲティを食べた。江美子はなるべく早く国民年金手帳自分のところに持ってくるように伝え、実家から持ってきたティッシュペーパートイレットペーパー、洗剤等の日用品を娘のクルマに積み替えた。麻子が実家に帰ってくるたびに日用品を持たせていたから、その日もあたり前のように江美子はそうした。江美子はその時点では、2月いっぱいでオーナーが替わることを麻子から告げられてはいない。

 3月19日、江美子が麻子に電話をかけた。麻子が実家を出ていって一人暮らしを始めてから、10年以上にわたって、江美子は、なぜだか常に生活に困窮していた麻子に対し援助を続けてきた。「自立をしてほしい。もう援助をする余裕はない」という主旨の手紙を送ったことも幾度かある。そんなとき麻子はいじけたのか、半年ほど連絡を寄越さなかった。が、江美子は一人娘のことが心配で、経済的自立が困難なら、できるだけ早く実家に帰るように促してもきた。そのとき電話があった直後に十数万円を振り込んだのだが、江美子は店のオーナーが交替すること、そして、麻子自身もあとを追うようにして店を辞めたことを初めて告げられた。

あんた、(生活は)どうしとるの? なんでこの間、(オーナーが替わることを)しゃべらんかったの? いつ、(オーナーが替わることが)わかったの?」と江美子はたずねた。2カ月近く前からわかっていた、と麻子は答えた。店名もそのままで権利を違う人に譲るということだった。

 江美子がふりかえる

「そのとき電話で、麻子も『B』を辞めていたことを知ったんです。常日頃から言っていたことですが、縁もゆかりもない、知っている人もいない土地に娘ひとりでいるなんて、心配心配で仕方がなかったんです。『B』を辞めて、近くにある大きなスーパーマーケットと、これも近所の『I』という喫茶店で働いているとも言っていました。スーパーマーケットではそのうちに正社員にしてくれて、社会保険に入れてもらうけれど、それはもっとあとになってから、とも言っていました」

 江美子や父親加藤太郎にとって、知らない土地にある、漫画喫茶という仕事内容もよくわからないところで10年以上アルバイトを続けることは心配でならなかった。実家に帰ってくるのは数カ月に一度。一刻も早く故郷に帰ってきて、生活を立て直してほしい。そう願い続けてきたが、麻子はその話題を持ち出すと嫌がった。両親もできるだけ麻子の意思尊重したいと思い、力ずくで連れ戻すこともしなかった。口を酸すっぱくして言えば言うほど、麻子の気持ちが離れていく気がしたからだ。きっと、そのうちに何事もなかったかのように、けろっとした顔で親元に帰ってくるのではないか。そんな淡い期待を抱いていた。

 江美子は当時の麻子とのやりとりの断片をメモに残しており、それを見ながら記憶をたぐりよせる。

「『I』では従業員募集する貼り紙でも貼ってあったの? と聞いたんですが、麻子は、そこは学生アルバイトは使わないからというようなことを曖昧に答えるだけで、はっきりと『I』で働きだした理由を言わなかったんです。あとでわかったことですが、そこで以前に働いていたことがあるらしいんです。娘にはそういう不安定生活ピリオドを打って、(故郷に) 帰ってきて、(実家の)隣の家に住めばいいと、ずっと言い続けてきました。でも、そのたびに、ちゃんとしたところで働くからと言って、私たちの願いを聞かないんです。『B』で働いているときも、私が社会保険に入れてもらうように(オーナーに)言ったら? お母さんが直接言うからと言っても、(「B」のオーナーに) 会わせないように、会わせないようにするんです。そういうところも、おかしいと思っていたんです」

「I」のオーナーによれば、近所の同業者である「B」で働いていた麻子の顔は知っていたが、面接をして採用をしたという。時期ははっきりしないが、麻子が「I」で食べきれないほどの料理を一度にオーダーするなど、傍目から意味不明行為をしていたともいう。

「B」を辞めたあと、母は何度も実家に帰るように諭したが聞き入れられなかった。事件後、遺族が警察から教えられたところによると、麻子は大手スーパーで働いた形跡はなく、自宅アパート付近牛丼店で働いていたようだ。しかし、「B」を辞めたあと消息を断つまで、同じ漫画喫茶の「I」で短期間働いていたことは事実だった。

 その電話があった1週間ほどあと、今度は江美子から麻子へ「おカネ、だいじょうぶ?」と電話をかけた。大手スーパー正社員にしてもらえるという言い分に疑問を抱いていたこともあった。

「そうしたら、また、『I』と大手スーパーをかけもちでやっているか心配せんでいいと言うんです。何かあったら(親に)言わなあかんよ、と何度も念を押しました」

 麻子と電話が通じなくなったのはそれからだ。4月に入ってからは、江美子がかけても携帯電話の呼び出し音だけが鳴る日々が続いた。普段から麻子が電話に出ないことはめずらしいことではなかったが、ようやく電話に出たのは4月10日のことだった。やっと通じた電話口で娘をひたすら案じる母親に麻子は、「だいじょうぶだから」としか言わなかった。

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