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はてなキーワード: 故郷とは

2018-05-26

テラフォ再開したから読んでみたけど、アシモフ故郷って、ウクライナモデルなんだろうか。

にしても、各国のことかいてるから圧力で連載休止なのかと思ってたけども、再開したってことは違うのね。

2018-05-25

アルファルトの焼ける臭い

雪の香りなどはもうどこにも感じられなくなって、温かい春の空気がすこしずつ、あの蒸した夏の空気に変わっていた

もう数年たったこの街にも未だに慣れなくて、外を歩くたびになんだかむず痒いような、迷い込んでしまったような、そんな感情が沸き上がる。

この街は僕が生まれ育った所よりも、ずっと明るくて、人々も活力に溢れていて、色んな物や人が沢山あって、欲しいものがすぐ買えて、バス電車を何十分も待つ必要がなくて、ずっとずっと素晴らしい場所のはずなのに


駅を足早にかける人達とは違って、何かを為すだとか、誰かのためだとか、そんな立派な事とは無縁に、僕はナメクジのように薄暗いじめめし毎日をノロノロと生きている。

時折そんな人たちが羨ましいとは思いながらも結局何もできずにうだうだと過ごしている。

そんな僕は、活気づいたこの街には居てはいけないような気がして、何かに追い立てられるように外に出てふらふらと彷徨い歩いては故郷の影を探している。



あの用水路の嫌な臭いを探してる

2018-05-18

anond:20180518105059

イケハヤ「まだ地方疲弊してるの? 東京きてがっぽり稼いで故郷に戻って錦でも揚げればいいじゃん」

2018-05-14

朝ドラが途中でつまらなくなる問題

朝ドラが、やっぱりいつもの展開になってしまって、どうにも寂しい気持ちです。

主人公故郷を離れたり、学生時代が終わったりすると、それまでのみずみずしい雰囲気が一気に失われ、見てるこっちの気分も落ち込むような展開になる。

「半分、青い」もそうだ。主人公上京してから、まったくおもしろくなくなってしまった。なぜ、朝っぱらからいじめられる主人公を見ねばいかんのだ。日本の朝を元気にするのが朝ドラではないのか。

あまちゃんも、東京編になったとたん暗い気持ちになるような展開になった。まれも、トト姉ちゃんも、あさがきたもそうだった。

だいたいいつも、3週位すると明るい話にもどってくれるのだが、それまでがきつい。

ヒロイン応援されながらがんばってる姿が見たいのだ。永野芽郁とぼけた顔や笑顔がみたいのだ。早いところそうなってくれ。鬱屈した気分にさせないでくれ。

2018-05-06

anond:20180505151100

移民反対派の殆どは、現状に満足していて

このままそれが維持できると思ってる

映画グラン・トリノ」で描かれてるデトロイトのように

愛する故郷郷土外国人異文化に覆いつくされるなんてまっぴらだと思ってる

2018-05-03

anond:20180503004150

もう一つ付け足すと北海道出身中島みゆき

故郷を出ようとしたら地域コミュニティに阻止されたって話を九州弁で阻止されたって歌ってるとこ、業が深いなあ…

2018-04-29

ふるさと嫌い

から周りにいにくいことなんだけど故郷が嫌い。

家族とも仲が良いし友達もたくさんいるけど、やっぱり故郷が嫌い。その理由を3つ吐き出させていただく。

田舎へのヘイトっぽいけどあくまでも私の故郷へのヘイトなのでご容赦くださいな。

理由1 めっちゃ田舎

本州日本海側の山奥なんだけど、駅もなけりゃバスも来ない。

都会の人はジジババの運転怖いっていうけど、車のるしかないんだ…。まぁ突っ込むコンビニも通行人もないけど。

こんな田舎からちょっと勉強できる子は、中学出たら独り暮らしが当たり前。正直寂しかった。自分の子供にはさせられない。

理由2 親戚だらけ 知人だらけ

親戚と行っても普通は付き合いが途絶えるレベルなんだけど、近くに住んでいるせいで何かと顔を会わせることが多い。

プライバシーくそもない。みんな過去の話を知ってるので黒歴史に蓋なんかできないよ!

デリカシーがないおっさんおばはん多い。

他人自分の境目が曖昧なんだよね。

理由3 故郷LOVEがかっこいい

これが故郷が嫌いな一番の理由かな。

若い人に多いんだけど、"I♥○○"みたいな感じで故郷への愛着=正義っていう感覚がある。ヤンキーにありがち?同級生(27歳)の車には○○サイコーみたいなステッカー貼ってある。

近所のおっさんが兄に「長男故郷捨てて金儲けてそんなにえらいんか」と説教しとった。兄は大学こそ出てるけど薄給だしもうけてなんかない。家族のためになんとか安定した職業にたどり着き、縁もゆかりもない場所一生懸命働いている。

当たり前の水準が上がってるこの時代に、この田舎でなんの仕事があるというんだろう。そういうことも飲み込んで故郷に戻る人もいる。それは立派なことだと思う。そのおっさんも色々我慢して故郷を守り続けてきた思いがあるんだろう。

でも故郷に残らないことにもっと寛容になっていいと思う。

色々かいたけど、なにもかも嫌いな訳じゃないし排他的な人ばかりじゃない。むしろ今は若い人の生き方に寛容になってると思う。

結局私自身が故郷が嫌いなことを受け入れられない。三つ子の魂百までって感じで、故郷嫌いというのに抵抗がある。故郷にアイデンテティ支配されとる。生まれ育った場所にすぎないのに。

anond:20180428213654

うーむ。これはひどいと思う。他の増田意見ちょっと冷たいのが多いけど、俺は100%共感します。本当におつかれ様。とりあえず書かれていることを100%信じた上で書きますね。

さて、じゃあ自分だったらどうするか、なんだけど、実は俺も上司とのストレスでギックリ腰を患い正社員をやめた経験があるのだけれど、そこから20年たった今では、「最初の蔑みを受けた時点でキレる」が正解だとわかる。残念ながら、キレないと伝わらないヤツが、世の中にはいるっていうことなのですよね。

「はぁ!?先方が俺じゃだめと言ってきた、上司あんたを指名している、そのうえで相談しててその回答か!?あーいいぞ、これで失注したら、いいか「おまえのせい」だからな!全部記録は残してあるからな!」と。

上司にその経緯はつたえ、とりあえずは自分で処理する、失注しても上司のせいになる、というのが正解だった気がする。そこで、また上司が上上司と結託してそうだったら、もう辞める覚悟かな。クソな上司漏洩するコンプラ上司マネジメントできない無能上司、そんな管理層の企業にお先はないと思います

迷ったときは、第三者がその経緯を判断して、それじゃ仕方ないよねっていう状況になっているのであれば自信をもっていいです。ここは冷静になって状況判断必要です。

でもほんと、仕事って、何の仕事をするかよりも、誰とするか、がホント重要なんだよね。いい関係がチームのパフォーマンスに影響しそれが勝敗を決する、が現代ビジネスの鍵だと思ってます

俺もフリーでやって、会社経営もして、って経験してきたけど、業績ってほんと運とタイミングがかなりの割合しめるから現場のがんばりとか根性とかって、ほぼ関係ないんだと思ってる。だって、それに頼ってマネジメントしてたら、今は時間外労働ってことになって=ブラック、じゃん。

熱量時間外労働の多さ、でしょ。よく無能経営者や投資家熱量って言葉簡単に口にするけど、それって結局人生をかけてくれるかっていう、自主的時間外労働を越えて仕事できるか、ってことと思う。

でも、それはマネジメント的に言ったらアホだよ。ほんと。

ビジネス成功は、運とタイミングビジネスモデルと市場によるのよ。それを根性でどうにかなるってものももうない。

ほんと無能上司の下でご苦労されたと思うよ。お疲れ様です。

天網恢恢疎にして漏らさず。天はきっと見ているし、そしてもあなたももっと自分に正直に生きていいし、あなたらしい仕事の仕方をしていいし、それをもっと他人に伝えていい、大事にしているものはこれだって伝えて、でも今は命令に従いますけど、って。

退院したら、とりあえず故郷に帰って、癒やされてね。世界的なデザイナー川崎和男さんも帰郷して再起したって読んだことあるふるさとはすべてあなたを受け入れてくれると思うからおすすめです(いやな思い出があったら心のふるさとの地でいいと思う)。

復職や職探しはそれからでいいと思う。殺意を抱くほどのいやな体験は、良い体験で押し出すしかないのよ。本当に次は、稼ぎも大事かもしれないけれど、最優先は「居心地の良い職場」で探してください。もちろん自分もその職場の1人になるわけだからアサーション自分のことも伝えつつまわりとも協調する)も大事にしては欲しいですけど。

あなたの言っていることは間違っていないし、誰も傷つけていない。自信をもっていいです。立派だと思うよ。

ほどほどにがんばって。そして生きて。

迷ったら、親や愛する人を喜ばせる道を選べばいいと思うよ。

いまはゆっくりまれて下さい。

本当にお疲れ様でした。

2018-04-25

鉄道おじさんが左翼独自性を置き続ける理由

思えば彼も哀れな人間

過去発言から推測するに、地方まれの彼はファスト風土論理故郷が脅かされた結果、地方での居場所を亡くしてしまったように見える

趣は大幅に違うとはいえ、先進国の横暴により後進国での居場所を失ったアジア系欧米移民者と似通ったものがあると言えなくもない

多様性平和主義を掲げるリベラリズム拡大の声が世界で上がっている様に、彼もまた自らの生まれ育った故郷破壊に対して義憤燃えているのだろう

もっとも、現在彼は地方人ではなく都会人のようだ

これは香港人台湾人自称するくらい滑稽である

性の目覚めって地元みたいじゃない?

投稿、下書き無しなので文に乱れがあったり読みにくかったりすると思うけど許して欲しい。

友達と「彼女がいるのにエロ本を買うのはダメか?」と言うことを話していて考えたこと。

個人的な性と半生の話が出てきてあまり公には話せないのでここに書くことに。もしかしたら似たようなこと考えている人がいるのかなって希望も少し。

性の目覚め

最近、どうもエロいので自分の中にあるエロのかたちを一つ一つ考えている。

そのなかで自分の性の目覚めの体験まで遡って考えてみた。

その体験っていうのが幼い頃見た夢なんだけど、その説明のために一応当時のことを書いておく。

当時保育園の年長組だった僕は、おゆうぎかいで確かダンスを踊ることになっていた。男女別で、女子モーニング娘。の「ラブマシーン」だった。衣装黄色いフリフリの服だった。

夢の内容は、その「ラブマシーン」を自分女の子に交ざって踊っている夢だった。

そしてそれを見る両親を僕が見ている夢だった。

「あれ、○○(僕)じゃない?」と母が言い「そんなわけ無いだろ。○○は男の子だよ。」と父が言う。それを僕が見ている。

そんな夢。

まりに強烈だったので起きてからも夢の内容を覚えていて、そしてその事を考えているとなにかドキドキすることに気がついた。

何となく床に下腹部を擦り付けると言い様の無い快感があって、そこから特に話すこともない。

ともかく、学校性教育を受けるまで、僕のエロのすべてがその夢だった。というわけでもない。『ぷよぷよ』の「アルル」も、『ワンピース』の「ナミ」もエロい!と(感覚的に)思えたし、事実それらの女性キャラクターオナニーもした。なんなら同人誌を調べるために新しいマンガに手を出した。乱暴だがその辺から性教育を受けたと言えるだろう。行為言葉意味はわからないけど何となくおっぱいエロかった。

自覚

小学生のころ「オナニー」とか「セックス」の意味辞書で調べるノリがあった。自分の「オナニー」とは違ったのでピンと来るのに時間がかかった。自分のしている(た)「オナニー」がおかしいと感じ、“あの夢”は悪夢になった。

時は流れて大学生の頃の話。

親元を離れて独り暮らしを始めた僕は、おそらく多くの童貞がそういう道を通っているように、ただれた性生活を始めた。片端からエロサイトを見て、pixiv2ちゃんねるTwitterを行き来した。エロ本オナホールを買ってきては友人たちにレビューを聞かせた。よくいるエロいやつだ。多分普通と少しだけ違ったことは、いくつかの特殊性癖にも精通したことだと思う。

ケモノ男の娘ペドフィリア、みたいなある程度メジャー特殊性癖でヌけるようになったところで、大学の先輩から「なんでそんなもんでヌいてんの?」と聞かれた。

キツネ娼年ロリと俺がエロいからです」とふざけた。

しばらく先輩の「なんで?」が引っ掛かっていた。先輩には悪いが、遅効性の毒みたいだった。最初はただの好奇心ちょっとした虚栄心だったと思う。自分の知らないエロ世界に触れて、粋がりたかったのだろう。男の子世界には「面白いやつとエロいやつが強い」という不文律がある。特殊性癖は「エロくて面白くなる」上で大きな武器だった。

「なんで?」の毒が回りきった頃、自分性癖分析を始めた。その性癖を初めてエロい!と感じた画像動画を覚えている限りもう一度インターネットから探してきた。そしてそれらの要素を抽出して、どこがエロいのか?を考察していった。

すると大学に入ってから意図的に開発した性癖に関して興奮のポイントに二つの共通点を見つけた。

・犯される側に感情移入している

・弱さ、危うさを無意識に感じている

心理学とかはやってないので精神分析とかではないけれど、当時はただドMなだけだと思っていた。

ふと思い出すと“あの夢”は女装と両親との関係崩壊を“エロく”感じる夢だった。

女体化」にであったときに強い憧れに似た興奮を覚えたのも、露出赤面した少女画像ばかり集めていたのも、当然の成り行きみたいにMに目覚めたのも多分深いところであの夢に繋がっているような気がした。

今思えばエロくなろうとしたのは仲間内地位をあげるためじゃなくて、あの夢から逃げていたんだと思う。でも結局お釈迦様の手のひらの上で飛び回る孫悟空みたいに、僕は“あの夢”に囚われていた。良くも、悪くも。

まとめ

性癖故郷があるなら僕は女装とか羞恥とかの村に生まれたんだと思う。少し一般から外れてはいるが“なんとかなる”部類だ。

これが食人とかスカトロの村だったら、多分とっても大変だったんじゃないかなって感じる。

最近同性愛が認められててうれしいけど、性的指向と比べ性的趣向は未だに犯罪者枠だ。

被害を受けた人や性癖を持たない人が訳のわからない性癖気持ち悪く思うのも理解できるし、特殊性癖をもろ手をあげて歓迎しろ!なんて言うつもりはない。だって気持ち悪いし。

でも痴漢の村に生まれたおじさんはお金を払ってイメクラに行くべきだし、ネトラレの村に生まれた兄ちゃんエロ本を買うべきだと思う。それだけじゃなくて彼らが村から出ようとするなら恋人がそれを助けてあげてもいい。でもその努力って絶対隠れてするし、なんなら持ってることすら気づかれたくないから「エロ本を買った」「風俗に行った」だけが表面に出て崩壊ちゃうんじゃないかな。

普通グラビアおっぱいで目覚めて、部活マネージャーと付き合って、大学の後輩と結婚するタイプ友達には理解されない話だけど、僕みたい(いわゆる「普通」の)異性愛者の村に上京することができた、そこ以外の村の人ってけっこういると思うし、「彼女がいるのにエロ本を買うのはダメだ」という人は一夫一妻の異性愛者村に生まれた人の価値観なんじゃないかなぁ。

自分の性の目覚めと今の性癖って意外と(もしくは当然)近いものだと思う。

性癖が変わるって前提も変だけど、地元から出る人もずっと住んでる人もいるし、たまに帰省するくらい許してあげて欲しい。

2018-04-24

あのとき死ねなくてよかった

小学校卒業して入った先は、神奈川田舎にある公立中。援助交際を行う女子先生ともめて暴力走る男子、学期ごとにターゲットを変えてクラスみんなでいじめ合う。教師教師部活の生徒に体罰を行う……。

メチャクチャに荒れてるそんな中学で、自分も虐めのターゲットになった。無視、陰口、暴力暴力エトセトラエトセトラ

不登校になれるものならなりたかったが、周囲に理解してもらえず、わたし暴力を振るわれるために毎日登校していた。学校を休むと親に叱られ、登校すればボコボコにされ、「死にたい」以外の感情を失うのにそう時間はかからなかった。

その後わたし自殺未遂を起こした。失敗して生き残りました。

そうして虚無を耐え抜き、学校をぽつぽつ休みつつもわたしはなんとか卒業した。卒業式では涙も出なかった。

そうしてまともな高校に滑り込んだものの、勉強する気が起きず偏差値は30を切り、先輩の名前も覚えないうちに部活をやめた。

中学時代いじめ抜かれたおかげでわたし精神はずたずた。無気力で、何もする気が起きなかったし、自分に何かできるとも思えなかった。

もういじめられるまいと周囲に適応しようと必死で、目線のすべてにびくつき、笑い声は自分嘲笑うように思えた。

いじめから逃げ切ってなお、わたし精神はぐらつき続けていた。

そんなとき熊本で大きな地震が起こった。そこで、被災した男の子が、よくある『季節外れの転校生』として隣の席にやってきた。

これがマンガなら不思議物語が始まるのだが、彼はごく普通高校生で、わたしによく話しかけて、よく笑っていた。

彼はドイツ人ハーフで、あだ名は『進撃の巨人からとってエレン。彼は復興に携わる仕事を目指していた。

 「――という訳で、この人は二回の戦争かいくぐり、生き残ったんですね。しかし周囲の人間や職を失い、差別に遭った――これは不幸でしょうか、幸福でしょうか。考えてみましょう」

英語の授業。教師の問いかけに、エレンわたしを見やった。

 「あまり辛い夜は、いっそ殺してくれたほうがまし、とか思いそうなもんだけど」

プリントを2つ折りにしながら、エレンはくすくす笑った。

 「それはよっぽど病んだ時だけだね」

瞳には真剣な色があった。

 「生きることに不幸なんてないよ」

エレンはよく笑う。

エレンクラスに馴染んで、しばらくした時のことだった。

 「揺れてる」

教室がざわめく中、エレンはまっさきに机の下に逃げ込んだ。わたしもそれに合わせて机の脚を掴み、体を縮めた。

この地方地震は少ない。揺れが収まってから一気にクラスメートが這い出てきて、ニヤニヤ笑いながら談笑する。揺れたね、感じなかったよ、なんて。いつもはひょうきん者の男子が怒鳴った。

 「放送がある!静かにしろ!」

 「携帯の電源は付けておいて。窓は開けたほうがいい」

神妙な顔つきでエレンが立ち上がる。学級委員長カーテンと窓を開くと、冷たく焦げ付いた匂いが吹き込んで来た。

やがて待機の放送流れると、エレンは立ったり座り込んだりを繰り返して落ち着かないようだった。

熊本地震の恐怖が癒えない中、避難先での地震。怖くて当たり前だ。

 「今日の小テスト範囲どこだっけ?」

エレンは気を紛らわすように、いつものようにわたしに話しかけてくる。教科書を持つ手が、ぶるぶる震えているのに気付いた。

 「……平気?」

 「大丈夫

 ――そんなに手を震わせて、何が大丈夫なもんか。わたしはその言葉を飲み込んだ。

傍にいたいと感じつつも、彼が経験した地震の凄絶さはわたしにはわからない。PTSDに苛まれエレンに、何と声をかければいいのかも。

エレンは真っ青な顔で自分右手を見やり、大きな目に涙をいっぱい溜めた。そして彼はそのまま、保健室に行ってしまった。

 しばらくして帰ってきたエレンは顔色が悪かった。早退するらしい。鞄の支度をしながら、神妙な表情で切り出す。

 「これ、余震かもしれない」

 「もっと大きな地震が来るってこと?」

 「うん。もし本震が来るなら、明日明後日

 鞄を取り去って消える背中を、わたし呆然と眺めていた。また明日、と言うこともできないまま。

空っぽになった隣の席を見ながら、わたしは何も言えなかった自分について考えていた。

わたしは生きる苦しみをエレンほどに知らず、生き残る美しさを知らない。

復興の進む故郷を懐かしむ彼が、生き残ることに不幸などないと言い切る彼が、手を震わせながらも変わらずに笑う彼が、人としていとおしくて、器と視野が小さな自分が汚くて、ひどく切なかった

エレンは死を前にしながらも必死で立ち直ろうとして、故郷復興のために尽力している。それなのに、いじめっ子たちから既に逃げ切った自分無気力のまま怠惰な日々を過ごしている。比べるようなことではないにしろ、情けなく思えた。

「このままではいけない」

モヤモヤが心に爪痕を残した。

高校3年生に昇級してエレンとは別のクラスになり、目線を交わすこともなくなった。

そしてわたしは、その年の夏にアメリカ短期留学する。

アメリカといえば、前年、トランプ大統領就任した国だ。人種差別的な主張を繰り返す彼が選ばれた土地。正直、有色人種として差別されるのではないかという恐怖もあった。

けれどアメリカは思いのほか楽しい場所だった。(まだ『お客さん』扱いだったか差別を受けなかったのだろうが)

アメリカにも慣れたわたしは、ホストブラザーショッピングモールに買い物に行った。そのおもちゃコーナーで、彼は短く呻いて足を止める。

「うわっ、ヘイトスピーチ……」

彼が手に取ったのは、真っ赤なパッケージカードゲーム黒人奴隷使役して儲けよう!みたいな内容。

ホストブラザーはかなり憤慨していたので、わたしは「自分差別されるのではないか」と懸念していたことを話してみた。すると彼は笑って、

「そんなこと絶対にしないよ、人間として間違ってる!肌の色や性別に、人間本質関係ない!」

彼は留学生ホストファミリーとして受け入れるくらいだから、あまり差別的な考えを持っていなかったんだろう。

肌の色と性別が同じ人達からグシャグシャいじめられていたけれど、海を超えた先でこんな人に出会たことが嬉しかった。

ホストブラザーとの別れの日はただただ悲しかった。頬を伝う涙を感じながら、やっと人間の心を取り戻してきたような気がした。

あれから1年。

いまだに私は人間不信が抜けきらず、人と上手にかかわることができない。過去の苦い思い出が脳内を駆け巡って鬱状態に陥ることもある。けれど、たくさんの人の温かさに触れてきた。

復興に尽くすエレン差別ダメだ、とはっきり口にしたホストブラザー

びくつく私を「あーしがあんたのこと馬鹿にすると思ってんの?そんなことするわけないじゃん」って笑い飛ばしギャルちゃん

成績を上げようと奮闘するわたしに、つきっきりで勉強を教えてくれた教員志望の男の子

誕生日に登校して、黒板に「〇〇、お誕生日おめでとう!」って書かれてて、みんなから祝ってもらったときには泣いてしまった。学校はもう地獄ではないと。

人間は人との関わりで傷つくことも高めあえることもある」、本当にそう思う。

今、わたし社会問題解決する仕事につくため勉学に励んでいる。

歪んだわたしを助けてくれたみんなのように、傷ついて「死にたい」って追い詰められている誰かを助けられるような人になりたい。

あのとき死ねなくてほんとうによかった。

2018-04-19

anond:20180419011739

結局住みやすいからな…。

故郷補正なしにしても、住みやすいと思うわ。

2018-04-18

人類が増えすぎたアニメネット配信に頼るようになって、

既に半世紀が過ぎていた。

NETFLIXを中心とした巨大な独占配信市場アニメの第二の故郷となり、アニメーターはそこでIPを産み、育て、そして死んでいった。

2018-04-17

anond:20180417210931

福山雅治「人には事情がある 故郷を離れなければいけない事もある お金の都合もある いつまでも同じ場所にとどまることは出来ない 変わっていく 街も 人も 建物も 君も」

2018-04-16

大雪の日からメンヘラが治らない

新卒で入った会社の転勤で東京に来た。

もともと東京で働きたかったわけじゃない、でも若手で期待されているのを知ってたしキャリアアップになると確信して部署異動も含めて辞令を飲んだ、後悔はしてない。

でも転勤して、上司の期待通りのことは何一つ出来なくて、オペレーター仕事しかできず、なんのために転勤したのかダンボールだらけの部屋で毎日涙目で自問自答した。

満員電車と人の多さが怖かった、誰かとご飯を食べることが減り、醤油がしょっぱくて食パンが薄く、空気乾燥していて、物価が高く、なにより東京は寒かった。

大雪の日の夜、しんしんと積もる雪を見て感じたのは薄い恐怖だった。このまま振り続けたら、生き埋めになるのでは。

朝起きて一面真っ白で深く雪に埋もれた景色を見て叫びそうになった、会社を休んだ、布団の中で泣いた、こんな遠くに来るつもりなかったのに。溶けない雪が死ぬほど怖い。

まれ故郷は地面そのものが温かくて雪が降ってもすぐ溶けてしまう、温暖な気候硫黄匂いのする街だった、嫌な思い出もあるけど心底帰りたいと思った。

でも帰ってどうするの、私の席などないのに。どんな顔して帰るの。不様だ。

母の失望した顔が浮かぶ、結局あんたはお父さんと一緒ね、と

ふとした瞬間に生まれ故郷方言がもう出てこない、かろうじて、関西の方?と聞かれる、笑って違いますと答える。

頭に靄がかかってる、朝きちんと来てくれるだけでいいんだ、きちんと来てから先の話をしようと上長は優しく諭す。チームのみんなが心配して代わる代わる声をかけてくれる。分かってます、色々試行錯誤してて、上手くいきそうな途中なんです、新しい枕を伊勢丹で買ったんですよ、そんでアロマデュフューザーで快眠のやつ焚いてるんです、大丈夫です、大丈夫ですよ、頑張ります

産業医は鬱じゃないと言った、そうですちょっと生きづらくてホームシック引きずってるだけです、もともと根暗ロングスリーパーだし、朝は弱くて、生理痛胃痛もあってちょっとタイミングが悪いだけです。7時には目が覚めてるんです、頭に靄がかかってるだけで、上手くスイッチが切れたら始業に間に合います

温泉に入ってとり天が食べたいだけなんです、お願いです見捨てないで頑張ってみせるから失望しないで。

2018-04-12

都会は陰キャラの集まり

地方はガキの頃の人間関係死ぬまで続くからゴミブサイクの陰キャラほど都会に出たがる

そういうのは郷土愛存在しないか自分孤立と敗北を否定する物理的なものがないと安心できないん

それが例えば都会の入りもしない店の並びであったり高い家賃生活費で消し飛ぶ高いお給料であったり

陽キャが高卒実家暮らしでできることを陰キャは故郷を捨てて高い金かけて大学行かないと手にできない

そしてマウントを取り続ける

2018-04-08

蕎麦が食べたい

ほんの少し西寄りに越しただけなのに、見渡す限りうどん看板ばかり。

かにうどんうまい

だしのきいた甘めのつゆが、故郷で食べていたよりやや細い気のする、コシのあるうどんにつるつる絡んでうまい

甘いつゆと削り節とうどんの組み合わせは私にとっては大発見で、初めて入った店でうっとりしてしまった。

だが私は蕎麦が食べたい。

うどん、と大きく書かれたのぼりが翻る蕎麦屋ではなくて、何々そばという看板の、半分を使って黒々うどんと踊るように書かれている蕎麦屋ではなくて、蕎麦屋の蕎麦が食べたい。

よくしめられ持ち上げれば一本一本ばらばらとほぐれるような、口に入れれば押し付けがましさもなく、ただふわりと香りが鼻腔と口蓋をくすぐるような、うずらねぎわさびの混じった蕎麦つゆを、食べ終わったあともまだ名残惜しく箸でかき回したくなるような、そんな蕎麦が食べたい。

2018-04-05

日高晤郎氏の訃報に対する感情

あの人に対する好き嫌いとかじゃなくて、

道外に出た元道民にとっては故郷市町村廃合でなくなるとか、母校が廃校になるとか、

そういったとき感情がすごく強くなったような感じ。

私が住んでいた北海道が、そうでない北海道に向かって大股でジャンプしたような...そんな感じ。

2018-04-04

10年振りに故郷に立ち寄ってみた

あの頃住んでいた団地は、既に取り壊されていて、南国を連想させる名称が付いたニュータウンになっていた。

小さい頃は、この街の道がどこにどう繋がっているかを隅々まで知っていたはずなのに・・今車で走ったらまるで初めて来たように感じてしまった。

自転車で息を切らしながら走ってた頃の風景がそのままの場所もあれば、すっかり変わってしまった所もあり、車を走らせながら僕は混乱してしまった。

一体僕はどこへ来てしまったのだろう。

顔も思い出せなくなってきた同級生の家々。

今でも連絡が取れるような友人は1人もできなかった小中学校

あの団地の無くなってしまった街。

団地が取り壊されてしまったとき、僕の中の故郷は本当の意味で無くなってしまった。

もう来ることは無いだろう。

2018-04-02

世界中には今日食べ物にも困っている子供たちがたくさんいます

そういう子供たちを毎年10万人ばかり誘拐してきて、日本義務教育を施して労働者に仕立て上げるのはどうだろうか。

日本公教育では外国語は喋れるようにならないので、故郷に帰るリスクは少ない。

もちろん年季が明けたら帰りたければ帰っていいし、大学に行ってもいい。

岡山出身だけどあん光景たことない

ツイッター月曜から夜ふかし動画が流れてきた。(「見れなかったお方に」検索で出る)

内容は3/31、岡山駅卒業式を終えたヤンキーたちが集うというもの

彼らは気合の入った特攻服を着て、髪を色とりどりに染めた姿で桃太郎銅像に登っていた。

警察が来てやめなさいと叫んでいた。


これが故郷岡山の姿なのか・・・

両親は県外出身だし、学区外の学校に行っていたので

岡山で育ちながらも地元のことをあまり知らないし、

ヤンキーらしいヤンキーというものを今まで見たことがなかった。

この映像に映ってる子達は本当に岡山に生息しているの??

なんだか信じられない。

でも背景は、確かによく知る岡山駅のものだ。

仕込みかロケでは??

本当にあんなことがあるのか??

なんだか不思議気持ちだ。


今は県外にいるので、ここ数年の文化なのか?と思ったけど

映像の中で昔から伝統だ、みたいなことを言っていた。


同じ土地で育ちながらも見ている景色がだいぶ違う。

正直、こわい。

2018-03-29

ガゾリンの正しい使い方

1998年アントニオコスメ・ベラスコ・ソリアーノ(当時62歳)は、13歳の少女刃物で脅して強姦しました。ソリアーノ逮捕され、懲役13年の判決を受けたのち、控訴して最終的な刑期は9年となりました。

そして7年後の2005年。3日間だけの外出許可を得たソリアーノは、故郷の町へと戻ります。町のバーへ向かう途中、ソリアーノ過去レイプした娘の母親出会いました。

お嬢さんの具合はどうですか?」伝えられるところによれば、ソリアーノは大声でこのように言って母親挑発したそうです。間もなくして、その母親ソリアーノの後を追ってバーに現れました。

そしてソリアーノに近づいたかと思うと、どこから持ってきたのか、手に持っていたビンの中のガソリンソリアーノにかけ始めたのです。ソリアーノの足下にガソリンまりが出来るほどの量だったそうです。

周りの客が止める暇もなく、母親は火をその中へ投げ入れました。ソリアーノの体はあっという間に炎に包まれ、辺りには絶叫が響き渡りました。母親ソリアーノ燃えているのを確認した後、店から逃げたそうです。

ソリアーノを包んでいた炎は消火器と水によって消し止められましたが、ソリアーノは全身の皮膚の60%を失う大火傷を負い、入院先の病院11日後に苦しんで死んだそうです。

もちろんその後、母親逮捕され裁判が行われましたが、彼女が初めて出廷した日、群衆は「よくやった!」と拍手喝采母親を出迎えました。また、娘が強姦されて以来母親精神病を患っていたこと、そしてソリアーノ母親挑発したこと考慮され、罪には問われない可能性が高いそうです。

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