「名物」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 名物とは

2019-05-25

アメリカ出張行きたくなさ過ぎて泣ける

もうすぐアメリカ出張だ。

海外旅行出張でいろいろな国に何度か行ったけど、アメリカは2回目

アメリカきじゃない

英語しゃべれん!

アメリカでは犬さえも英語理解するのにTOEIC600点の日本人アメリカ存在する価値ない

何か英語質問しても回答が高度すぎる、聞き取れないことがストレス

英語の音自体ストレス

食べ物も脂っこくて初めの一口以外耐えられん!

前に行ったときは話すのが怖くて全部コンビニ飯で済ませた

レンチンで食べるマカロニチーズだけはおいしい

ヨーロッパかに比べてアメリカの人は冷たい

明るいように見えて冷たい

そもそも日本だってほとんどしゃべらないし、喫茶店声かけられようもんなら

あ、ああ、あっそそそうですね。。。ッてなるぞ

アメリア行きたくない行きたくない行きたくない行きたくない行きたくない行きたくない行きたくない!

誰か、アメリカに行く楽しいこと教えてよ

おいしいものとか名物とかさ

人とコミュニケーションしなくても楽しめるアメリカのいいところ教えてよー!

2019-05-19

K-1ファイターさん!生放送中にマイクで人をぶん殴ってしまうw

先日行われたAbemaTV企画中に、K-1ファイター皇治選手が、武尊選手マイク凶器攻撃する事件がありました。鼻を少々出血する様が動画に残っています

https://youtu.be/WJwTZpQXXRY

格闘代理戦争という企画で、アマチュア、ないしはキャリアの浅い選手が、プロ契約を目指して試合するという企画です。

特色として「代理戦争」と銘打たれてる通り、代理です。

実績を残した選手たちが有望な若い選手を発掘し、自分達の代わりに戦わせ、指導力を競うというコンセプトでした。

問題が起きた今回は第四期。

K-1の現役選手が推薦しチームを監督、勝った選手達はプロ契約と賞金を勝ち取ります

皇治武尊も、選手指導する監督という立場で参加していました。

関係

武尊皇治は、以前試合しています

武尊ベルトを持ち、非常に強い王者です。

皇治はそれに挑戦し、幾度も倒れ、食らいつきますが敗北しました。

このベルトへの挑戦方法が、一つの原因であったと言えるでしょう。

K-1にはランキングはなく、注目度でチャンスが得られるか決まります

目標アピールし、良い試合をする。それで良いのですが、皇治選手アピールが一味違いました。

彼はトラッシュトークが非常に得意で、ふざけたあだ名をつけたり、会見でヘルメットプレゼントしたりと多彩です。

武尊も注目されるための演出とわかっていても腹が立ったようでした。

試合が終わればノーサイド。それで因縁は終わりで良かったのですが、また新たに企画因縁が生まれます

皇治はなぜ選ばれたか理解し、その役に徹しました。トラッシュトークです。

事実、彼は良く喋り、大いに盛り上げ、武尊イラつかせたようでした。

選手の心情

そこまでは良いのですが、問題は周りの反応です。

演出であり、怒って見せるところまで仕事でもあり、本音でもある。この塩梅若い選手には難しい。

デビュー前ならなおさらです。

武尊は推薦選手から見てもスターであり、自分達のスターが悪く言われるのは、耐えられないでしょう。

前兆

試合前、トラブルが起こります

前回の試合怪我をした皇治の推薦選手と、武尊の推薦選手で、肩ぶつかるぶつからないのトラブル舞台裏で起きました。

怪我は肩の脱臼です。ぶつかったのが真実で、わざとであれば、非常に悪質です。かなり大きな騒ぎになったようです。

一応は事態収集をし、試合を行いました。

しかし両者とも、自分を慕う人間相手が絡んできた、と認識しています

相手指導力不足、あえてけしかけたとすら思っていたかもしれません。

試合

かなりの接戦であったと言えるでしょう。

大将同士の試合武尊陣営が制しました。

初戦は疑問の残る判定がありましたが、僅差だったので判断しようがありません。

マイク事件

試合後、皇治マイクを渡すよう要求し、武尊がそれを拒否します。皇治は強引に奪い取り、武尊陣営を称え、二度目の挑戦を表明します。

武尊相手にせず、ひきつった笑みを浮かべて控え室に戻るよう強く言いました。敗者に語る場はないと言い、強引にリングから下ろそうとしました。

演出であったはずの対立は、本物の感情的対立となり、皇治マイクを強く武尊に叩きつけます。

武尊の鼻に当たり、鼻血ではなく、鼻の中央部から出血が見られました。

素早く武尊陣営K-1運営飛び込み、両者を分けました。

試合

勝利監督インタビューにも武尊は出席せず、皇治の控え室に乗り込もうとし、止められますしかし強引に押しきり、皇治の控え室に現れました。

取り巻き撮影が入らないよう指示し、報復に一発殴らせるよう詰め寄ります

皇治はこれを承諾。

お互いにSNS謝罪をし、一応の鎮火となりました。

今後

格闘代理戦争において、乱闘騒ぎはある種名物でもあります

しかしこれは推薦選手たちの出番を奪うので、非常に悪手です。

トラッシュトークを控えるのか、より振り切るのか。悩ましいと思われます

2019-05-15

FGO犯人当てでツイッター面白作家綾辻行人が云々カンヌンのやつ

ツイッター面白ワタモテ大好き作家と、綾辻行人が知り合いじゃないと想定する人たちは

ミステリという界隈の内輪感を理解してないんだろうな

なんだったら別に奈須きのこも十分内輪だぞ

あの世冗談抜きで狭い世界からツイッター面白スナックバス江大好き作家綾辻行人なんて、京大名物脱糞対決ぐらいの下品なこともしてんじゃないの?(あの事件京大名物脱糞対決の結果ではない)

ツイッター面白キン肉マン大好き作家のことをあまり知らない人も多いんかな?

あの人は作品面白さを犠牲ツイッター面白を手に入れているタイプ作家からツイッターでの知名度だけは他のミステリ作家より強そうなのに、不思議だね

ツイッター面白胎界主大好き作家は、マジでそのお前が好きな数々の面白漫画たちからいろんなことを学ばずに、デビュー作のルヴォワールシリーズ以降は惰性で作品を書いててツイッターに性能を全振りしてるからこんなことになるんだよ

日曜は憧れの国とか1巻と2巻を合わせて読んでも、ワタモテの連載一回分の情報量もない薄さだったぞ

ツイッター面白喧嘩稼業大好き作家は、もっとそのお前が読んでる面白漫画からいろんなことを吸収して頑張れよ

語り屋カタリの推理講戯は売れてるのか? 大丈夫か? あれ読みたいぞ、頑張れ。

あと、逆転裁判ノベライズもかなり面白かったぞ。

あれ、以外と面白作品も書いてるじゃねえか……

ツイッター面白漫画を紹介するのが仕事じゃなかったんだな……

好きだぜ、円居挽……

2019-05-12

anond:20190512023526

というか、「地元には食べるべきものがない」だな

どの名物も一通りは食べたことがあるから、大したものがない気がする

旅行先のほうがうまそうな気がする

2019-05-11

anond:20190511153331

なら三田二郎だな

東京地方飲食事情は全く異なるから

素材の質や地元名物みたいなもんには期待したらいかんぞ

金を出すか、ジャンクフードやとりあえず話のネタになる話題の店行っとけ

2019-05-10

anond:20190510000447

増田名物基地外連呼厨だな

基地外言ってりゃ勝ったつもりにでもなれるのだろうか

2019-05-06

旅先でうんこ漏らした

GW旅行に行ってきた。

上司の無理なスケジュール進行のせいで連休が潰れるのではヒヤヒヤしたが、なんとか旅立つ前日に休日出勤は終わった。

初めて訪れる土地、初めて食う名物、初めて関わる人たち。そのすべてが温かく、荒んだ東京での暮らしから癒してくれた。

あれは旅行最終日、フェリー乗り場近くでのこと。雨模様がずっと続いていたが、最終日だけでも晴れてよかった。今しがた出た喫茶店コーヒーを飲みすぎたせいか突如尿意に襲われた。近くに公衆トイレがあったので小便器に用を足していると、屁も一発こきたくなってきた。どれ景気づけに「ブッ」といくか、と思い力むと

「  」

音がしなかった。代わりに残ったのは、ぬるりと何かが這い出てきた感覚だけ。

しまった——いや、噓だろう?

何かの間違いではと祈りつつ個室に入り、パンツを下ろしたが、現実非情だ。チューブからパレットに出した絵の具のよう形状で、ブツが俺の下着を染めあげていた。

咄嗟ジーンズ確認する。黒のスキニーにはうっすら丸く濡れた跡が見えた。顔に近づけて鼻を鳴らしてみる。

OK問題なくアウトだ。

不幸中の幸いであるのはこれが一人旅であること。当然待たせる相手もいないし、替えの下着や服はすべてバックパックに詰め込まれている。

クソ漏らしの達人たる増田諸氏には「なんだ、その程度で」と鼻で笑われるかもしれない。だがそれでも、つい開放感あふれる青空とどこまでも続くような大海に囲まれて清々しい空気を吸っていた5分前までの俺が、ゴキブリが今にも壁を走ってきそうな狭く汚い便所自分のクソの始末をしている。

浮かれた気分を一瞬で茶色に塗りつぶされてしまったのだ。その絶望は、脱糞ビギナーの俺には耐えきれない。

ケツだのパンツだのを拭いている最中、俺は5年前に別れた彼女のことを思い出していた。偶然にも、その日の朝に彼女の夢を見たのだ。

ホテルで目が覚めたときは「令和の初夢がこれだなんて、未練がましい」と自嘲気味に笑っていたのだが、そんなセンチメンタルに酔う俺はとっくにどこかへ行ってしまった。

昔の女を引きずるよりも情けない、うんこ漏らしマンがここにいる。

久しぶりの旅行だったものから持ち物リストネットで調べていたのだが、あるページに「ビニール袋は何枚あっても便利!」と書かれていた。なるほどここまで想定されていたのかと感心しながら、俺はズボンパンツドンキレジ袋に詰め、固く口を縛った。

ひと仕事終えたので扉を開け外に出る。太陽が眩しい。忌々しい気分だ。

トイレからフェリー乗り場に歩いていると、道端の立て看板に「合図を出そう」という交通標語が書いてあった。これを先に見ておけば肛門あん事故は起こさなかったのかもしれない。

近くに置いてあった燃えるゴミ箱にうんこパンツお気に入りだったジーンズ、すなわち旅の恥をかき捨てる。今思えばファスナーやボタンを分けて出さなければならなかったかもしれない。

とても申し訳ない。あのときの俺は、そこに気をやれないほどに傷ついていたんだ。

喫煙所があったかタバコをふかそうと100円ライターを取り出したが、オイルも切れかかっていたため全然火がつかない。やっとついたと思えば、潮風に吹き消され、その繰り返しだ。

カチカチカチカチ何度も音をたてていると、情けなさが苛立ちを経て怒りに変わってきた。

どうしてこんな目に遭わなきゃならないんだ。

俺がいったい何をしたんだ。

もうこの土地に来ることはよそう。

きっと俺はここに来るたび「俺はここでうんこを漏らしたんだ」と悲哀に暮れる羽目になる。

あんなに楽しかったのに、たった一度の過ちのせいで辛い思い出しか残らない。

こっちも観光客なのに道を聞いてきて互いにカタコ英語交流を試みながら一緒に地図を回し見たアジア人家族も、

オススメ地元グルメを聞いたら俺そっちのけで論争を始めた居酒屋の店主と常連おっさんも、

予約の日付を間違えてホテルが取れず夜を明かしたバーでの酒の味も、

すべてケツから流れていってしまったんだ。

カチカチカチカチ。

突然、目の前にライター差し出される。

「ありますよ」

60から70くらいの人の良さそうな爺さんが、俺を見かねたかにこやかにしかけてきた。

ありがとうございます

「風、強いですからねぇ」

「ええ、本当に」

会話はそれだけで、あとはふたりとも無言でタバコを吸っていた。人の優しさに触れて少しだけ落ち着くと、自分の思い違いに気付かされた。

被害者脱糞した自分ではなく、勝手脱糞されてその汚物公共ゴミ箱に捨てられたこ土地ではないか

俺は自分を恥じた。この人に、罪を懺悔したい衝動に駆られた。

——俺、ここでさっき、うんこを漏らしたんです。

結局言い出せないまま、彼はタバコを消して、近くで遊んでいた孫らしき子どもと手を繋いで行ってしまった。

言わなくてよかった。あの人の一日まで汚してしまうところだった。自分は余計なことまで口走ってしまいがちだ。

そういえば、彼女ともそれが原因だった。平成も終わったのだ、もう少し上手に生きよう。上の口だろうと下の口だろうと、滑らせて取り返しのつかない過ちを犯すのは、もうゴメンだ。

タバコを消して、空を見上げる。潮の香り日差しが心地いい。

また来よう。

今度も、ビニール袋だけは忘れない。

[]【5】2019 春、韓国釜山・光州

<< この旅行記の先頭へ


anond:20190506094948




5일



5日目

釜山港へ帰るんだってばよ


明日帰国は早朝便だ。

ゆっくり眠れる保証もないので、充分な睡眠時間を取れるのは昨夜しかなかったが、やはり眠りは浅かった。

釜山で迎える2度目の朝、疲れが取れているかどうかは疑わしいが、今日は名所観光お土産購入、食べ残し釜山グルメなど、予定を詰め込んだので、直ぐに部屋を出た。

まず目指すのは、チャガルチの朝の名物になっているという、シンチャントーストだ。


地下鉄1番線に乗り、朝のチャガルチ駅に到着。

BIFF広場を通り抜け、裏の小売店街に向かう。

まだほとんどの店が開店前で、人もいるにはいるがほとんどは開店準備の搬入路地工事

本当にやってるのだろうか。

路地クルクル迷いながら進むと、まだ閉店してい暗い店が軒を連ねるなか、30㎡程の縦に細長い店の前でコック帽に白衣のオジさんが黙々と店先でトーストを焼いている。

釜山の朝の味、シンチャントーストの前では、そこだけ行列ができていた。

しばらく待って、トーストフルーツジュースを頼む。

卵とハムチーズが挟まれトーストは、洋食なのに滋味深かった。


シンチャントーストの御主人に支払いを済ました時に、残りのウォンが心許ない事に気付いた。

チャガルチから程近い南浦洞のヨンジン両替所に向かう。

南浦洞は西面と並ぶ釜山繁華街だが、土曜の朝9:30に開いてる店はほどんどなく、人もまばらだった。

午前の強い日差しの下を歩き、両替所に到着。

手元の3000円を両替する。

ナヨンの時は実は数えてなかったが、ここでの両替は少額なので数えやすい。空港より明らかにレートが良かった。


南浦から引き返し、港町釜山の顔が最も見える場所、チャガルチ市場に向かう。

広い市場では、いけすの中にカニエビなどがひしめき、山盛りに積まれサザエやホンビノスなどの貝類太刀魚などの魚、イカタコナマコに果てはエイまで、あらゆる海産物が並べられていた。

ここで海産物を買って、2階で調理してもらえるらしく、お母さんに声をかけられるが、既にトーストを食べていたので、固辞して、市場の棟の反対側に出る。

海が目の前だった。

海風にあたりながら、あたりを眺めていると、韓国語演歌らしきメロディーが流れてくる。そういう音楽韓国にあるかどうか分からないが、メロディーといい、コブシの利かせ方といい、どう聴いても演歌だ。

韓国であっても、港では演歌流れるものらしい。


室内市場の脇の青空市場を歩いて抜ける。

ここでもたくさんの海産物が売られていたが、端まで抜けると食事のできる店がある。

漁師港湾労働者、仲買人などはここで食事をとるのかも知れなかった。

歩きながら日本韓国意見の相違のある日本海の呼称問題について考える。

このチャガルチ市場を埋め尽くす豊富な海の幸を見ていると、韓国の人がこの海を「東海」と呼びたいのもわかる。

目前にある日々の漁場が「日本海」では、借り物で漁をしているみたいだ。

日本人として韓国人の主張の是非や正当性は一旦脇に置くが、ナショナリズムじゃなく、釜山市民生活者の実感として「ここは自分たちの海だ」とスッキリしたいという、その気持ち理解できる。



韓国青春グラフティ


市場を後にし、韓国旅行に当たって一番最初に決めた観光地、山間の民家をカラフルに彩った甘川文化村に向かう。

バスに乗るてもあったが、地図上では歩いて行けない距離とも思えなかったので、その足で向かった。


実際に歩いてみると、考えが甘い事に直ぐ気付いた。

市場に程近い有名観光地なのに、歩いて向かう人が殆どいないのもさもありなん、山道結構なのだ

「実際に過ごしている人を見れるのも良い」と無理やりポジティブにかんがえたが、やっと観光客で賑わう村の高台に着く頃には、脚の疲れがえらい事になっていた。


カラフル屋根を一望できるカフェでまず一休み。

甘いカフェラテが身に染みる。

デッキではカップルロマンチック風景をバックに写真を撮っていた。


糖分を補給した後は高台散策

辺りには、たくさんの国からやってきた観光客が写真を撮っていた。

実は釜山にきて見て気付いたのだが、この街で最もよく見かける外国人は「日本人」で、それ以外の外国人存在が薄かった。

しかし、ここでは中国台湾ベトナムヨーロッパから来た人など、多彩な国々の面々が並ぶ。

やはりというか、若い人、カップル10代の少女が多かった。

韓国民族衣装を身につけた3人組の少女、2人は明らかに韓国人ではない。

多分ベトナムタイの人だ。

韓国友達を頼ってやって来たのだろうか。

まりに似合っていたので、写真を取らせてもらう事にした。

ピンク黄色、水色のスカートが風に揺れていた。


村の坂道階段を行ったり来たりするうちに、「ギャラリー」の文字が。

興味をそそられて階段を上ると、登り終えてまだ続く坂道の上で、学生服少女が同じく学生服少年写真を撮っていた。

青春ドラマのような光景に関心して咄嗟に一枚。

ギャラリーは閉まっているらしく、腕章を付けた彼ら以外に周囲に誰もいない。

プライベートも極まる時間だろうが、輝く記憶を少しだけおすそ分けさせてもらった。



釜山餐丁・バタードーナツと血羊羹


たっぷり写真もとって満足したので、下山する。

さすがに歩いて降りる気力がなかったので、バスを使ったが、山道を下るバス運転が荒い。

座れてなかったら大変だった。


バスの最終停留所、チャガルチで降りて再び南浦洞へ。

チャガルチから南浦洞への道すがら、行く手から派手な太鼓鈴の音が聞こえてくる。

デモだろうか。

韓国社会はどうやらパレードが大好きで、到着2日目にも地下を歩きながら、実体こそ見なかったが、パレードの音を聞いた。

時節柄、ちょっと緊張する。

からやってきたのは、釜山の対岸、九州からの踊り手達だった。

彼ら自身は踊ってないので、既に演目を終わったのだろう、しばらく歩くと、今度は韓国民族衣装に身を包んだ踊り手達が舞っていた。

音は此処からだ。

そういえば、釜山であった日本人と少しだけ会話してみると、九州からの人が多かった。

岸の両岸では、それぞれの人々が交流している。


南浦洞では、韓国旅行で2番目に決めた目的ナッツ入りバタードーナツのシアホットクを買い求める。

生地を大量のバターで豪快に揚げ、横に挟みを入れポケット状にして、蜜とナッツを詰め込む。

形状は平たい円形だが、なぜか平たく潰した紙コップに入れて供される。

しょっぱくて甘い味は疲れた体に沁みた。

これも日本に持ってきたら流行るかも知れない。

でも、どうも日本に入ってくる韓国グルメは、1個流行るとそれ一色になっちゃうんだよなー。


さて、夕方前に一旦ホテルに戻るつもりだが、その前にここのロッテマートお土産を買う。

出発直前までなかなかイメージが湧かなかった韓国土産だが、同僚の勧め通り、インスタントラーメンにした。

韓国即席麺大国なのだ


ホテルに戻って、明日朝の空港に向かうタクシーの手配をして、すぐ出発。

海に突き出した岩場に建つ寺院、海東龍宮寺に向かう。

なんとか時間的に間に合いそうだ。

ここに訪れれば、今回の韓国旅行で行きたい観光地は大方回ることができる。


地下鉄を乗りついで向かうが、どうやらエネルギー切れで気力が切れてきた。

山道を歩き回ったのに、朝から食べたのがトーストドーナツだけじゃ足りないのも当たり前だ。

とにかく何か食べないとまずい。海雲台駅で降りると、バーガーキングに吸い寄せられるように入った。

異国の地で、何が出てくるか想像できる上に早いジャンクフードはいざとなると頼りになる。

バーガーキングカウンターの福々しいお姉さんは、言葉が怪しい日本人にも親切だった。


ちょっと迷ったが、海雲台から海東龍宮寺に向かうバスに乗車。

30分ほどの乗車で龍宮寺に到着した。

龍宮寺までの参道は曲りくねった階段なのだが、辺りは台湾九份もかくやと思わされる人出で、細くて急な階段を歩くのが怖い。

しかも疲れている所に再びの山道なので、なんとか転ばないように慎重に歩く。

距離がなかったのだけが救いで、やがて海を望む龍宮寺が姿を現した。

既に夕方だったので、だいぶ光が赤く、海の青さはちょっとくすんでいたが、それでもなかなかの絶景写真に収めることができた。


満足したので引き返してバスを待つ。

やってきたバスに乗り込んだが、ここで思わぬ苦労をする羽目になった。

椅子に座れず立ち乗りだったが、渋滞に巻き込まれバスがなかなか進まない。

その上、運転が荒い。

急発進、急ブレーキ、急ハンドル

外国バス運転は概ねこんなものだと思ってはいものの、いい加減ヨレてきている足腰には辛かった。

このワイルド運転にも韓国若者涼しい顔をして立っている。

どういう鍛え方をしているんだ、いや、これ自身が日々のワークアウトになっているのか。

ユラユラ揺れる自分も、友達恋人と事も無げに談笑する韓国男子も、真反対の意味で慣れというのは恐ろしいものだ。


渋滞に巻き込まれた結果、1時間強の乗車となったバスを降り、海雲台の駅から地下鉄に。

食べ残し最後ご当地グルメを目指す。


釜田の駅から程近い「カヤポヂャ ソンジクッパ」に入る。

釜山最後食事は、牛の地を羊羹状に固めたソンジが浮かぶソンジクッパだ。

「ソンジクッパ ジュセヨ」席に座る前に頼むと、やがてグツグツ煮えたソンジと牛もつ入りの赤いスープがやってきた。

ごはんを入れながら食べる。

パッと見、キワモノっぽく見えるソンジだが、動物の地を固めてスープの浮き身にするようは食習慣はアジアでは珍しいものではない。

台湾にも猪血糕や鴨血などがあるし、タイにも類似料理があるという。

四角く赤黒いソンジは、特に強い匂いもなく、レバーっぽい羊羹という感じで口に抵抗なくいただけた。

これで韓国旅行で事前に設定したタスクは全て果たすことができた。


ホテルに戻って、荷物の整理をする。

個人的旅行あるあるなのだが、なぜか海外旅行では額にして3000円前後の小さな落し物をすることが多い。

りある旅行であればあるほど、その傾向が出る。

今回もカメラレンズアクセサリーリング所在不明になった。

別に機能に致命的な影響が出るわけではないが、無くしたいわけでもない。

こういう時、何かの引き換えになったとでも考えるようにしているが、少しだけ残念だ。

荷物の整理をして、この旅行記を書いたら時間は0:36分。

3時間程仮眠をしようと思う。寝過ごさないといいが。


【6・了】2019 春、韓国、釜山・光州  6日目|ありがとう/カムサハムニダ へ >>

[]【4】2019 春、韓国釜山・光州

<< この旅行記の先頭へ


anond:20190506092812




4일



4日目

強者韓国」と「弱者韓国


チェックインした当日に見つけられなかったアメニティは、不注意で見落としていただけで、実は室内の革のバッグに収納されていた。

芸術の都らしく、こういったところもオシャレだ。

遅めに起きたが、チェックアウトが12:00なのでまだ余裕がある。

散歩と軽い朝食ついでにロッテマートお土産インスタント麺を買う。

緑豊かな光州の午前の空気気持ちよかった。


広いとは言えない韓国地域対立意識が強く、特にこの光州の人達は他の地域の人々から嫌われているらしい。

曰く「手先が器用で芸術の才能がある。日本人に似ており、社交的でソツがないが、計算高く、最後には裏切る」

近世新羅百済高麗対立からともいわれているし、朴正煕時代選挙戦の影響とも言われている。

観光ちょっと撫でただけ、その上言葉不自由なので、深いところは全く分からないが、顔つきは日本人に似ている人が多いし、ソフトムードの人が多いなとは感じた。

韓国社会に深くコミットすれば、違う印象も持つのかもしれないし、逆にそれが偏見だと感じるのかもしれない。


ホテルをチェックアウトし、地下鉄バスセンターに向かう。

しばらくすると中高生の一団が賑やかに乗り込んで来た。

男同士で楽しそうに談笑していたが、やがてオバちゃんの一団が乗り込んでくると、座っていた一人が席を譲る。

青年は非常に自然に席を譲ったが、オバちゃん日本だったらまだ席を譲られるほどの歳ではない。

歳上を大事にする韓国社会の一面を見た気がした。


バスセンターに到着して、釜山への切符を買い求める。

しばらく待つと釜山行きのバスがやって来た。

光州を出発したバスは東に向かい、窓の外の景色は再び緑豊かな山道となった。

バスの車内では、民主化運動に参加し、5.18の時には予備で拘束されたという現職の文大統領について調べる。

5.18民主化運動の地を訪れた後、テキストを読んで感じることは、韓国社会には「強者韓国」と「弱者韓国」の2つがあり、彼のアイデンティティが一貫して「弱者の味方」であるということだ。

日本韓国双方の財閥日韓間の慰安婦合意否定的なのも、「弱者韓国」にとっては日本や旧日本統治時代の流れをくむ財閥は「開発独裁主義弱者を顧みなかった強者」であり、そこで立ち上がってくる彼の願いが「強者に虐げられた弱者を救う」事だからだろう。

大統領権力集中にも否定的で、権限の縮小や任期の変更も主張しているというし、地域対立の解消も目指しているという。

上手くいけば、韓国行政の積弊である大統領悲劇的な破滅歴史に終止符がうたれ、光州の人達への差別意識も和らぐかも知れない。

うまくいかなければ、諸外国に振り回され、経済を停滞させ、反動韓国社会の分断をさらに進めるかも知れない。

果たして彼を待っているのは、改革英雄未来か、理想主義者蹉跌か。


実際に地域を訪れて、テキストの背景の感覚が色彩を帯びて見えてくることもある。

日本人にとってメジャー観光地とは言えない光州だが、是非訪れて見たほうがいいと思う。



釜山


3時間半の乗車ののち、バスは最終目的地に到着したようだった。

乗客がどんどん降りていく。

釣られて降りたのだが、2日前に乗った場所全然違う。

しまった、周りの動きに合わせて降りてしまったが、実は釜山に着く前に降りちゃったかな?」

さっぱり分からないので、チケットカウンターに行って、お姉さんに状況を説明した。

「I'm going go to Busan, but I had mistakes. I had put down bus.

Do you mind teach me How to go to Busan?」

お姉さんはキョトンとして下を指差して答えた。

「Busan.」

西部バスターミナルとのあまりの違いに驚いたが、自分が降りたのは釜山北部郊外総合バスターミナルらしい。

比較的街中にあって小綺麗な西部バスターミナルと違って、総合バスターミナルは山間にあり、設備も古め。

駅前ではオバちゃん路上で芹を売っていた。

ともあれ、釜山市内であれば地下鉄で市の中心部アクセスできる。

駅前東横インに再びチェックインしよう。



デブは歌が上手い・世界真実


釜山駅に着き、東横インチェックイン

東横イン日本語が通じるので、ホテルの免税の手順や、空港の早朝便に間に合うようなタクシーの手配など複雑なコミニュケーションを取ることができた。

これで不安はかなり減った。

夕食を食べに行こう。

目指すは若者の街、西面にある「ソンジョン3代クッパ」だ。


地下鉄に揺られ、西面駅で降りる。

地上に出るとすごい活気だ、夜の西面は若者でごった返している。

そうか、そう言えば今日は金曜の夜だ。

ネルギッシュな街を歩いていると、ゲーセンがあった。

韓国E-Sports強国である。入ってみよう。

対戦筐体を見ると、鉄拳では対戦が繰り広げられていた。

日本では下火になりつつあるゲーセンだが、韓国では若者の娯楽として健在だった。


西面のメインストリートの反対側、飲食店街を歩くと「ソンジョン3代クッパ」は見つかった。

中に入って人差し指を立てると、にこやかに迎えられる。

韓国語で聞いてくるオバちゃんに「テジクッパ ジュセヨ」と伝えると、すぐにお盆に乗せられた一式がやって来た。

豚肉入りのスープご飯小皿薬味を混ぜて、自由に取れるキムチつまみながら食う。

名店の名物だけに間違いなく美味かった。

美味くて一気に食ったために、詳細な味の分析は忘れた。

そしてキムチは光州のものほど辛くない。

やっぱアレは特別辛かった。


一気に食い終わって、会計を済ますと、レジのおじさんがアメちゃんを勧めてくれた。

釜山韓国大阪と言われるらしいが、こんなところもなんだか似ている。


22:00を過ぎた西面はまだ若者でごった返している。

というか、この時間からが本番という感じだった。

黒いマスクをした10代の若者からワンレンパットのお姉さん(マジでいる。しか結構いる)、恋人たち、果ては迷彩服青年兵まで、ありとあらゆる若者エネルギーで通りは充満している。

日本10代の特に少女韓国カルチャーが人気な訳が少しわかった。

センスというより、このエネルギーの量だ。

韓国社会では、まだ若者存在感が大きく、ユースカルチャーを駆動しているエネルギー絶対量が多い。

その様は、日本で例えるなら、バブル末期に似ている。

そのさきにあるものを少し思いながら西面の街を歩く。

メインストリート入り口では、2人組デュオストリートライブをしていた。

白いイケメン風と黒い恰幅のいい兄ちゃん

2人とも上手いのだが、太っているほうがより歌が上手かった。

デブは歌が上手い」のも万国共通なのかも知れない。


【5】2019 春、韓国、釜山・光州  5日目|釜山港へ帰るんだってばよ へ >>

[]【3】2019 春、韓国釜山・光州

<< この旅行記の先頭へ


anond:20190506091403




3일



3日目

5月、1980 - 2019


日本でいうところの令和2日目。

光州の朝は晴天だ。

香港で見た夢は習近平麻生太郎が出てくるというぶっ飛んだものだったが、光州で見たのは同僚に「韓国旅行どうでした?」と聞かれて「良かったよ」と答えるという現実的ものだった。

今の所、インプレッションは上々だ。

今日はまず光州で起き、映画タクシー運転手」のテーマにもなった民主化運動記念碑が立つ、5.18記念公園に向かう。


オシャレだが簡素hotel stay 53では朝食もない。

行きすがら何か食べようと、街を歩くが、朝9:30の光州では空いている店もまばら。歩いている人も多くない。

やっぱりノンビリした街だなぁ。


見かけたカフェ今日最初の客として入る。

10代-20代前半の女の子レジにいた。

コーヒーチョコレートケーキを注文。

札を渡すと、彼女ちょっとレジ前でモタついた。

韓国ではキャッシュカードやT-money、普及中のバーコード決済でキャッシュレスが進んでいるという。

若い子は現金の扱いに慣れてないのかもしれなかった。


カフェを出て、5.18記念公園に向かう。

光州の街は人口で言えばちょうど京都市と同じくらいなのだが、緑が多さと人口密度の薄さを考えると、札幌市の印象に近い。

釜山で少し感じた大気汚染も、ここではあまり感じない。


しばらく歩くと公園に到着した。

民主化運動聖地というが、緑豊かな市民の憩いの場という感じで、丘状の公園の中腹にある人場では、設置された宙に浮いて足踏みをするタイプ運動器具でオバちゃん健康づくりに励んでいた。

予想外に日常的で平和光景に少し驚いたが、公園グルリと一周すると、3人の男性が宙に手を伸ばす民主化運動モニュメント出会った。

筋骨隆々としていて、さすがにちょっと理想化されてるんじゃないかと思ったが、その自由を求めて闘う表情には迫力があった。

モニュメントの裏に地下に進む階段があったので、降りてみる。

中に入って一瞬目を見張った。

地下の空間には一面にハングル名前が書かれていた。

この闘争で亡くなった人か。

平和光景の地下に、この日常を目指して亡くなった人たちの記憶が眠っている。


さすがに空腹になったので、近くの店に入ってソルロンタンで昼食をとる。

食べようとするとオバちゃんが丁寧に塩と胡椒を取ってくれる。

そうか、自分で味を調整するタイプか。

オバちゃんの指摘は優しく控えめな感じだった。

ネルギッシュな印象のある韓国人だが、光州の人はどこか柔和な感じがする。

8000ウォンを支払い、歩いて行けそうなカラフル集落、「青春発散村」に向かった。


20分ほど歩くと、川沿いの坂道カラフル集落が出現した。「青春発散村」だ。

坂道に張り付くような民家がカラフルペンアートで彩られている。

光州は民主化運動聖地であると同時に芸術の街でもある。

らしいと言えばらしいのだが、パステルカラーの家々ではどう見ても普通に生活が営まれており、どでかい少年コンクリ像のすぐそばの家から小学生程の少年が飛び出してくる。

学習塾か何かだろうか?

生活の場をカラフルに塗ってしまう行動力はスゲーなと思う。

メルヘン大盛りの集落少年時代を過ごしたあの子達は、どういう記憶でこの日々を振り返るのだろう。


路線番号518


当初の予定には無かったが、時間的に間に合いそうだったので、光州事件犠牲者眠る5.18民主墓地に向かう。

郊外、というか山の上なので、バスで行くしかない。

外国の市内バスは何が何だかからないのだが、このバスに限っては間違いようがない。多数の路線の中でただ1つの3桁ナンバーズバリ518なのだ


しばらく待ってやってきたバスに乗って市街を離れ山道を行く。

45分ほどの乗車で、バスは5.18民主墓地に到着した。

緑豊かな山の上に、モニュメントが建っている。

天を衝く槍のようなその下に、民主化に立ち上がって倒れた人々が眠る墓があった。

墓に近づくと、それぞれに小さな遺影が添えられている。

実際に顔がわかると、心に迫るものがあった。


しばらく墓地を見た後、構内の写真館に向かう。

民主化運動歴史写真があるのかと思ったが、全く違った。

仄暗い空間を見渡す限りの壁一面に、額に入った遺影が並べられていた。


下山バスに乗りながら、夕食について考える。

歩いたし、衝撃も受けたので腹も減っている。

コーヒーでも飲みながら友達SNSで話そうかと思ったが、夜に早い光州のこと、急がないとまた行きたい店が閉まってしまう。

バスを降りてすぐに光州松汀駅に向かった。

光州最後の夕食は、全羅南道名物トッカルビだ。


途中、T-moneyカードチャージしよう思ったが上手くいかない。

呼び出しボタンを押すとオバちゃんが現れた。

携帯翻訳でなんとか状況を伝えると、韓国語で説明してくる。

身振りぶりで行き先を示すと、切符の買い方や乗るべきホームまで教えてくれた。

相手が何語だろうと自国言葉で臆せず押し切るのは、万国共通のオバちゃんフォームなのかもしれなかった。

俺は一体この旅行記で何回「オバちゃん」というワードを書いたのだろう。


オーダーストップ前にたどり着いた「ビッゴウル トッカルビ」

トッカルビとはハンバーグ風の焼肉料理だ。

店に入っても日本メニューなどは無かったので、壁のハングルを指差して注文、相手はもちろんオバちゃんだ。

やがて、10皿ほどの小皿おかずと、牛モツ煮込みスープ、山盛りの青菜がやって来た。

すごい光景だが、まだメインのトッカルビは来てない。

やがて焼きたてのトッカルビがやって来た。

小皿キムチなどをつまみながら、トッカルビを青菜に包んで食う。

トッカルビは肉の味なのか、一緒に練りこんだ調味料の味なのか、少し甘い。

いい意味で見た目通りの味がする。

そしてキムチは辛い。

全羅南道キムチは辛いと聞いていたが、辛さのアタック力が日本で売られているキムチとは違うし、もっとシンプルな味がする。

韓国からしたら、日本キムチは辛くない上にしつこく感じるだろう。

テーブルに乗せられた料理は一瞬圧倒されそうな量だったが、空腹のためか、ついでに頼んだビール作用かどんどん食い進めることができた。

食の都といわれる光州、これだけ食えば上出来だ。

夜が明ければ再び高速バスに乗り、釜山に戻る。


【4】2019 春、韓国、釜山・光州  4日目|「強者の韓国」と「弱者の韓国」 へ >>

2019-05-03

日本海北上している。

今年のGW10連休ですね。

みんな旅行とか行ったのかな。

移動時間がひたすら多い電車の旅をしました。

積ん読してた本が2、3冊消費されたところでたまらなくなってエッセイ紛いのものが出来上がったので、どこに書くにも場所がないのでこちらに。

増田初心者なので不手際あっても許してね。


秋田行きの特急列車に乗っている。

新潟駅発の特急いなほ5号である

運良く窓際の席を取れたが、ゴールデンウィークしかも異例の10連休である故か通路には立っている人が端から端まで広がっている。自由席からなのだろうが。

当日に特急券を購入するという考えが甘かったと悟ったのははるばる新潟駅に到着したその時である。慌てて自由席チケットを購入し、1時間も前からホームに並んで電車が到着するのを今か今かと待っていた甲斐があり、無事に窓際で座り込んで駅弁を食べる贅沢をする権利を得た。

窓の外には平野の田園風景が広がっている。その遥か向こうにそびえる奥羽山脈の頂には、5月にもなろうかというのに相変わらず雪が降り積もり白く輝いていた。

奥羽山脈は手前の山に阻まれ隠れ、そしてまた姿を見せる。手前の山には仄かに淡い白さが点在している。どうやらあれは山桜のようだ。

そう、窓際の席とは山側なのだった。

初夏の日本海の底知れぬ青黒い美しさはえもいわれぬ郷愁が湧くが、遠く高くそびえる山脈の頂上の銀色もまたノスタルジーである

列車が北に向かえば線路は海に近くなっていき、奥羽山脈は遠く離れて行く。その遥か向こうに見える頂に銀色が輝いていればいるほど、胸の奥が詰まってたまらない心持ちにさせられるのだ。あの山の上から下に降りてくればきっと緑が増えるのだろうが、初夏になろうとしている時季に尚白く輝く凛とした佇まいが胸を打つ。これを横目に眺めながら移動するとはなんとも美しい初夏の電車の旅である

新潟らしく広く大きな田んぼの中ではトラクターが動いている。ちらほらと水が張られた田んぼも見られ、秋になればここ一帯は美しい金色の広がる風景が見られるに違いない。

さて、新潟平野自然の豊かさ美しさは想像するに難くない。今回は駅弁をただただ食べている1人の女の話である

そもそもの旅の出発点は京都なのだが、本日の始まり富山からだった。富山発、始発の電車に揺られて向かったのは直江津である。つまり日本海側を延々と北上していくのが今回の旅の目的なのだ。というか、それだけである日本海側を北上して秋田に向かうのを目的とした旅だった。どこに書くにも宛がないし、需要もなにもあったものでないからこうしてつらつら散文を書き連ねている。

富山駅を出たのは朝5時台の電車でだった。

富山駅前に24時間経営または早朝から開いているお寿司屋さんなんかがあればおそらく私はそこに直行しお寿司を朝からとはいえお腹いっぱいいただいていたと思う。しか富山駅前には何もない。朝5時から、もしくは6時から…更に粘って7時なんかにも開いている店、更にいうならば寿司屋なんて存在しない。7時台から開くのはチェーン店モーニングをやっている喫茶店か何かだけである。そして元気に営業していたのは24時間営業吉野家のみであった。

その時点で私は富山で味わう海の幸の幻想を頭の中から叩き出した。白えびの軍艦唐揚げ、新鮮な蛍烏賊踊り食いや辛子味噌和え、ずわいがにや幻魚、その他内陸では食べられないお魚などなどである。食べたかった。

しかしそうも言っていられない。猶予はあまり無いのだ。今日中に秋田のその先まで着かなくてはならない。家族と合流する予定がある。そのためにただ日本海を傍目に北上しているのだ。

あいの風とやま鉄道に揺られて泊駅に着けば、1時間近くの待機時間の後に直江津行きが発車する。その頃には7時も回っており、ワンマン運行の1両のみの車内には案外人がいた。

さて直江津に着くまでに私がしていたことといえば、ただ海を眺めることだった。

日本海は海が近い。個人的感覚だがみんなそう思うのだろうか。太平洋側の事はあまり詳しく無いが、日本海の海は近く深くあるような気がする。その黒く光る朝の海の美しさと言ったら!まるで海の表面にも溢れそうに青魚の群れが泳いでいるかのように、白く立った波が時々日光を浴びて生き物のように揺れている。青さの深い、銀と灰色と藍と黒が混ざったような深い深い海色は、海から随分と離れた所に行ってしまった私の目にも優しく映った。遠く沖には白い漁船が横切って行った。すわ喘ぎそうになる郷愁を感じる。胸の奥に響いて打ち震えるかのような懐かしさと海への憧れが込み上がっては目の奥がじいんと熱くなった。

電車の揺れが心地よくてどうやら眠っていたらしい。これは最近しばらく満足に寝られていないせいだろう。気がついたら直江津駅に着いていて、次の電車が出るまであと1時間の間があった。

直江津駅には立ち売り駅弁がある。

大正時代の立ち売り衣装に身を包んだおじさまがいるということをきちんと事前に調べておいた。スマホでなんでも調べられるとは便利な世の中になったものだ。

到着するのが9時前でなくお昼時だったなら今度こそ寿司を食べに行っていたが、時間がないのでそうも言っていられない。

電車旅の楽しみは駅弁である

電車好きの皆々様が声高らかに宣言するように、私ももれなくそうだと頷くことにしている。車窓から見える景色楽しいものだが、そこにご当地駅弁が加われば怖いもの無しであるし何よりお腹いっぱいになって幸せになる。

朝ご飯代わりに駅弁を購入する事を楽しみに直江津駅に降り立った。

改札口に向かうと、出る直前の部分にこじんまりとしたささやかな売り場がある。まあ何がどうなっているかは気になった人が各自で調べればいいので詳しくは書かない。

しばらく待ってもおじさまが来ないのでどうしようとウンウン首をひねっていたら、親切な黄色ジャンパーの方が声をかけてくれる。同じ会社の人のようで連絡を取ってくれた。すぐに戻ってくるそうだ。どうやら弁当が残り少なくなってきたから補充をしに行っていたらしい。

いただいたのは鱈づくし弁当であるしかし、戻ってきた駅弁売りのおじさまが持ってきた物の中にさらに目を惹く物が存在した。上越名物(?)スルメ天ぷらだった。本当にこれが名物なのかもわからないがとにかく美味しそうなので購入してしまった。繰り返すようだが朝9時前である。少しというか結構重たいラインナップなんじゃないか?との一抹の不安と、大人になった事によって気になったものをパッと買える喜びで押し挟まれながらわくわくと胸を躍らせた。

味や中身の紹介は調べればいくらでも出てくるので割愛するが、鱈づくしの弁当は珍しいものだし鱈子も入っていて味も良い。スイスイ食べれてしまう。しかスルメ天ぷら、これが1番の食わせ者だった。とにかく美味しい。お酒飲みたい。これを文字通り酒の肴にすればいくらでも日本酒が進むこと間違いない。移動距離が長いため朝の脳内では流石に自重してしまったのだが、どうせ移動中に転寝するならお酒を嗜むのを選択するのが大人の行動だったと今になって反省している。今度こそは間違わず躊躇わずに酒を購入する事をここに誓います

流れる景色を眺めながら食べる駅弁の味わいの乙な事と言ったら!と満足ながらもやっぱり少し重たかった。行儀が悪いのは重々承知で半分残し、今度はお昼ご飯にするためにとっておいた。

そして今、新潟発のいなほ5号に揺られている。

今が秋ならば目の前一面に稲穂の海が広がっているだろう。田園風景の美しさとは未来が楽しみなことにもあるかもしれない。

点在する民家の遥か向こうに山々がそびえている。その更に向こうに相変わらず悠然と存在する白い山脈の頂きを眺めながら駅弁の蓋を開けるこの瞬間の静かな興奮である

わず口元も緩んでしまう。

駅弁とは随分と贅沢なものだ。

美しい景色を眺めながら、その土地食べ物いただき、更に移動までさせてくれる。電車の旅でなければ味わえない幸福感覚に1人で酔いしれながら最後まで食べきったが、終わってしまうのも少し物哀しい。

ここが機内食やなんかと違う所なのである駅弁は去り際に満足感と一緒に微かな残り香を置いていく。決して美味しい匂いが残るわけではない。なんだか少し物足りないような、それでいて胸がいっぱいになるような、この土地に少し近づけたような、微かな証を残していく。

反対の窓の向こうには日本海が近づいてきていた。人と人の隙間からちらちらと光る海が見える。

また美しい旅は続く。少し眠ったら山形に入り、そうしたら鳥海山も見ることが出来るだろう。

長い文章を読んでいただいてありがとうございました。

2019-04-30

anond:20190430095945

東方オワコンにも言えるけど、オワコンって「誰かが終わってほしいコンテンツ」なだけなんだよね。

「成長して順調だが、僕がブームの中に入れないという嫉妬があるから終わってほしい」と逆に言えば、今順調なことの裏返し。なので、「誰かがオワコンとあえて言ってるジャンルはむしろまだまだ成長する」

東方オワコンに至ってはもうあれ名物のようになってるからな。

04年 「ローゼン流行東方オワコンwww」

05年 「なのは流行東方オワコンwww」

06年 「ハルヒ流行東方オワコンwww」

07年 「らきすた流行東方オワコンwww」

08年 「ボカロ流行東方オワコンwww」

09年 「けいおん流行東方オワコンwww」

10年 「俺妹流行東方オワコンwww」

11年 「まどマギ流行東方オワコンwww」

12年 「モバマス流行東方オワコンwww」

13年 「艦これ流行東方オワコンwww」

14年 「ラブライブ流行東方オワコンwww」

15年 「ガルパン流行東方オワコンwww」

16年 「FGO流行東方オワコンwww」

17年 「けもフレ流行東方オワコンwww」

18年 「Vtuber流行東方オワコンwww」

2019-04-28

増田自己評価承認欲求の最低限レベルが高すぎなんだよ

https://anond.hatelabo.jp/20190427150421

35歳での平均年収は430万円程度だ、500万貰ってるのは16パーセントしかいないんだぞ、つまり普通より頑張ってる人といってもいいくらいだ

はてな名物発達障害ガイジや毒親家庭育ちのメンヘラ妄想で喚いている自己平均を真に受けてるからそうなるんだ、コメ欄を見てみろ

こんな親の教育の程度が知れる意識高い系の頭の悪そうなこといってるバカ共が、外資フリーランスで800万だ1000万だなんて稼げていると思うか?自分が金出して発注する側で考えた場合、こんな反社に依頼するのと同レベルデンジャラスな奴らに高い金払おうと思うか?

そもそも働けてるかどうかも怪しいような連中の言うことなんて真に受けんなよ

自分に欲しいものはなんなのかよく考えてみればいい、35歳で500万円も稼げるほど勤勉なら、女欲しいならその勤勉さでナンパ勉強でもして趣味とすればいいさ

スポーツやったり、学会とか入って好きなこと研究してもいい、漫画書いて渋に投稿したりして活動することだってできるだろ

30台なんてまだまだガキのうちだろ、夢ならそこらへんに好きなだけ転がってるだろう

2019-04-26

女が洋ドラ好きだからネトフリ契約してみたけどさ

ハリウッドって女監督、女プロデューサー脚本家クッッッッッッッソ少ねえのな

 

 

 

萌えアニメとかの方がよほど名物監督脚本家いるよな?

 

 

なんか作品ポリコレ配慮で女の視聴者騙されてるけど

結局、洋ドラ洋画も男の手の内で女が自由に()されてるだけっつうか

 

「強い女が主人公ドラマ」 それ考えてんの結局白人金持ちオッサンじゃん

オッサン監督オッサン脚本家オッサンプロデューサー空想上の「強い女」を演じてるだけじゃんよ

2019-04-16

拝啓奈須きのこ様へ

 あんたは僕のヒーローだった。自分の作り上げた世界のものを売り出して一大ムーブメントを作り上げた素晴らしい作者だったよ。

 今はそうじゃない。凋落堕落、怠慢。なんでもいい。とにかくあんたは劣化しちまった。

 最近あんたに出来たことと言えばどうだ。ほら、見てみろよあんたの辿ってきた道ってのをさ。

 枝葉末節は違っちゃいるがどれもかつての成功の焼き直しだ。リメイクだよリメイク。なにも作っちゃいないんだ。

 GrandOrderのキャラを見てみろ。同じ顔、顔、顔。単なる過去作品クローンどもだ。

 新規もいる? 中身が違う? なるほど確かに言い分は正しいとも。だが、本当に新造するならそいつらの知名度なんか頼らないはずだろ?

 なんならGrandOrderだけに限ったことじゃない。あんたが手がけたEXTRAだってそうだったじゃないか

 人気者のキャラクターを、しか殆どガワとカリカチュアだけを、再利用して。あの作品は結局のところstay nightのおんぶに抱っこだった。

 間違っちゃいないとも。再解釈ってのはキャラに限らずどんな作品にもありふれた手法だ。古典パロディ作なんかも山のように溢れてる。

 が、断言していい。再解釈ってのは自分世界と向き合うのをやめただけだ。産みの苦しみを避けて、妥協に勤しもうとする「逃げ」でしかない。

 楽だっただろ? 既成品を使ってもいいってのはさ。でも同じ見た目と、似たような性格。そんなものの何処が新しいキャラクターと言えるんだよ。

 扱うテーマだって同じだ。いつでもあんたは恋、恋、恋。ボケ老人の昔話みたいに恋の話ばかりしかしなくなってしまった。

 それだけじゃなかったはずだろう? あんたの世界にあったものは。恋とヒロインの他にも色んな輝きが渦巻いていた。

 今じゃどうだ。世界には恋とヒロイン。それだけ。まるでセカイ系流行ってた頃に溢れていた出来の悪い素人創作じゃないか

 2017年クリスマスなんかは特に顕著だったんじゃないか? あれは言ってしまえばただの構文だ。

 正直あれには呆れたよ。酷いもんさ。何も肉付けされず、あんたが手癖で使ってる恋とヒロイン定型文そのままだってんだから

 長い付き合いだ。恋とヒロイン文脈あんたの作風だってのはわかってる。わかっているんだよ。

 だがわかってるからこそ見えたんだよ、骨組みのまま出されたあのストーリーの中で。あんたの世界がどうしようもなく腐ってたのが。

 なぁ、奈須きのこあんたに僕は問いたい。あんたが作り上げた世界ってのは同じ顔した人間が溢れかえってるようなところなのか?

 同じ顔と似たような性格で笑い泣いて怒って叫んで。ちょっと違うだけの言葉を垂れ流すような。そんな世界だっていうのか?

 心底、気持ち悪い世界だ。

 こんな出来の悪いオープンワールドみたいな世界が本当にあんたの描きたかった世界だって言うなら、ああ。

 あんたは敗北者だよ奈須きのこ小説家だってのにキャラクター性とイラストに振り回されて自分世界を捨てた二流以下の小説家だ。

 言葉空想から世界を描いていたあんたは現実の何処にもいない。いるのは自作コピー・アンド・ペーストしか出来ない老いぼれだよ。

 だからこそ輝かしい栄光の背後に眠る物が見え隠れする度に僕は、本当に、嫌になる。厭になってくる。ああ、飽き飽きしてるんだこんなもの

 

 こんなこと、あんたには知ったことじゃないだろう。僕が勝手にガックリきてるだけだ。理想押し付けられちゃ迷惑なのもわかってる。

 ……やっぱり何も思わないかもな。だって、きっとあんたって人はファンなんて始めっからどうでも良かったんだから

 あんたの作品ファンへの思いやりなんて何処にもない。hollow ataraxia、いや、歌月の頃からその片鱗はあったかもな。

 気づいてはいたよ。奈須きのこって作者は過去作品大事にしないってことには。

 GrandOrderやEXTRAでも顕著だが、あんたは自作品を新作の材料くらいにしか扱った試しがない。

 それ自体は悪いことじゃあ無いとは思うよ。作品ってのは作者や、作者を取り巻く構造の持ち物であってファンのものじゃない。

 後付けや換骨奪胎描写の一部をなかったことにするなんてのも新たな作品創造するためには必要なこともあるだろうさ。

 けどさ。ファンだってあんたの作品に惚れたかファンになったんだ。なのにあんたは目先に吊られたピカピカの新品しか見えちゃいない。

 でも。でもだ。それでも良かった。良かったさ。あんたが本当に新しいものを作ってくれるなら幾らでも許容したよ。

 だけど違う。そうじゃない。あんたが最近やってることってのは古いピラミッドを崩して新しいピラミッドを作る繰り返しじゃないか

 何がサーキットだよ。あんたの作り上げた世界サーキットの他にも、幾らでも、楽しくて心を震わせてくれるものがあったじゃないか

 確かにあったんだ。あったんだよ。本当に、本当に、たくさんだ。いっぱいあったんだよ。あんたの世界の中には。あったはずなんだ。

 でも。もうだめだ。そこにはテーマパークも図書館映画館も残ってない。全部サーキットのために取り壊してしまった。

 サーキットは日々盛況だ。千秋楽も見えないのにいつ来ても満員御礼。すごいサーキットだよ。誰もが称賛する、歴史に残る名物だ。

 観客席の暗いところにはテーマパークを再建するお知らせが貼り付けられているけど、そんな古いポスターを眺める観客なんて滅多にない。

 眺めてるのは僕のような老眠ばかりで、本当はもうテーマパークなんて流行らないことなんてのもみんな薄々感づいてる。

 それでもみんな色あせて糊も落ちたポスターサーキットに来るたび補修しては、テーマパークが出来る日を夢に見ていたんだ。

 そうやって何年経っただろうか。僕はもう疲れてしまった。胸のうちに宿った失望から目をそらすことに、ほとほとうんざりしちまった。

 サーキットを嫌いになったんじゃない。テーマパークが再建されないことが嫌なんじゃない。世界が停滞してしまたことに耐えきれないんだ。

 僕は今まで黙ってきたよ。きっと僕はhollow ataraxiaの時にあんたを裏切ってしまった、あんたを失望させたファンの一人だから

 あんたに失望しても、あんたを変えてしまったのは僕たち自身だと思って目をそらし続けていた。だけどもう限界だ。

 決めたんだ。僕はもうあんたの作った世界から出ていくよ。歪みに歪んだまま発展を止めた世界になんて留まる価値を見いだせない。

 僕はあんたと同じ荒野に出て、自分世界だけを描いて、あんたが自分世界を捨てたことが間違っていたって証明してやるよ。

 傲慢だと、愚劣だと、そう思いたいなら思えばいい。今はあんたの足元にも及ばない小人でも、いつかあんたより高く飛んで見せる。

 それじゃあサヨナラだ。落ちぶれたマイヒーローあんたは地面に縛られたままサーキットで一生を終えるといい。

                                             貴方の描く世界が好きだった者より

 

2019-04-12

上司に追い出された

上司に追い出しをされた結果、とあるIT企業休職して1年近くになる。

個人的に色々思うことがあるので、増田名物の社名リークはしない)

なんども不幸なコミュニケーション上の事故だったと思って反省をしたが、何度考えても、経緯と結果のどちらに軸を置いて判断しても追い出されたという結論しかならない。自分の言行を過度に暴力的であったと仮定して、自分から見た事実の一切を全て自分に都合の悪いように解釈してようやく不幸な事故だったと結論するしかできない。

予め断りを入れておくが、本件は関係する人によって全く異なった見方になるだろうのは間違いない。人によっては、自分が以下で述べる内容について「よくもいけしゃあしゃあ厚顔無恥言葉を述べるものだ」と思うだろう。しかし、私は私としてこのように感じた、という趣旨で書く。なにせ1年以上前ことなので記憶曖昧なので、細部について自分に都合のいいように誇張が入っている点はご容赦願いたい。

経緯

事の起こりははっきりしていないが、休職する1年以上前

当時、自分と当時の直接のチームリーダーにして上司(Aさん)は同じプロジェクトに取り組むことになっていた。

しかし、

などがあり、あまりにもこれは酷いと人事方面に上訴し、自分7月からは当時のサブリーダーのBさんの下に入ることになったものの、最終的なレポートライン上にはAさんは存在したままだった。

また、Aさんは常に新規商材の開発・開拓希望していたが、自分オペレーションの整理が主業務であり、観点の違いか意見対立することが多々あった。その過程で、自分も非常に強い意見を言ってしまたことに関しては後述の点から後悔している。しかし、少なくとも自分と若干名のチームメンバーとの後に話した認識では、正論ではあるもの言葉遣いについて問題があるようなケースはそれほど多くなかったと聞いている。

他にも

などなど推挙に暇がないが、会社的にはもはや自分は一切の弁明を許されていない模様であったことと、言った結果として何かが覆ることは一切ないのと、言っても無駄しか思えなくなったために言っていないことも多い。何より思い出すだけで心理状況が本当に沈んでしまうので心底厳しいものがある。

その後、特に私に対しては明確な注意も仲裁もないままに半年以上が経過した。

結果

  • 私が元々の事業から異動することになった
    • Aさんが体調を崩し、二度と戻ってこれないかもしれない以上、懲罰として異動させざるを得ないとの説明付きで。
    • 異動先には私の椅子はなく、そこで求められたのはいわゆる「仕事を探す仕事」であった。
    • 懲罰人事であったので、私には一切の弁明の機会はなかった。人事との面談中、私が発言した記憶にない「私の発言」を幾つも聞かされた
  • 二度と戻ってこれないはずのAさんは、私の異動した1週間後に意気揚々と復帰してきた。その後も意気揚々キャリアを歩んでいるらしい
  • 私は、異動後、精神的な不調に苛まれるようになり、休職することに。思考力も言語機能も一時期全てがダウンし、寝て起きる以外で1日を過ごすことができなかった

結果に着目した場合、(健康面に関しては、期間の有無が重篤度合いを示す訳ではないので、このような言い方は非常に慎重を期するが)Aさんに健康面を理由に罪をなすりつけられて追い出されたなとしか思えない。

経緯に着目した場合そもそも一度人事的な抗議を行ったものの、私は終ぞAさんの手駒から離れることはできなかった。結局はどう頑張っても対立軸にしかなかった上、私の言行に問題があるとしても、それについて一切の仲裁も何もなく「いざ問題が起きたので異動させます」というのは、異動が確定するまで泳がされたという印象しかない。

反省

何点かある

  • 問題を早期に上司上司に上訴しなかったこと. 理由は色々あるのだけれども,一番は上訴した結果,自分が悪いことにされて追い出されるのではないかというのが怖かったのが一番大きい。
    • 何れにせよ結果的には追い出されたので, 早めに上訴した方が相互の傷は浅かったはずだ。
  • 相手に言質を与えるような言動をしてしまたこと。自分過去感情的発言が色々な人を不本意ながら傷つけてしまった事は結果として非常に良くなかった。これについて不快な思いをした各位にはお詫びしたい
    • 同時に、それは自分を追い落とそうとする人々に対して格好の餌を与える結果にしかならず、自分にとっても不利益を被るものしかなかった。

今後

正直、体調・復職ともに戻れるかはわからない。

戻ったところで、自分は「人を追い込んだ上に自爆して、会社の籍だけ貪る」悪人という評価のままなだろう。

そしてAさんは順調に出世を続けている。今後、Aさんが会社の中では正義であり続けるのだろう。

自分はどうだろうか。戻ったところで、どのような椅子が渡されるのかはわからないし、同僚と話すのが怖い。同僚に何を話しても「お前がこの意見に反対したことで、私の人格否定された思いだ」などと言われてしまえば、また懲罰が下ることになると思うと、もう何も言えるとは思えない。そもそも自分が取り組んでいた仕事も全て追い出しの前後キャンセルさせられた。もう何かが残っているとは思えない。

諦めて辞めるべきなのかもしれないが、しかし、転職先を考えるほどの気力はない。

2019-04-07

新卒入社したヤフー退職した

在籍期間は約2年。これは組織所属する期間として短いものかもしれない。

たった2年である。されど2年。鬱憤が溜まるには十分すぎる時間であった。

嘘つき

新卒採用ページの初年度年収は嘘である個人的に一番不満のあった点なので最初に触れておきたい。

ヤフー新卒採用ページを見ると以下のように書かれている(修士場合)。

約468万円(基準給与242,000円/月+25時間相当分の固定時間外手当47,266円/月+賞与等)

私の「初年度」という言葉に対する解釈4月〜翌年3月12ヶ月間」が正しいのであれば、この内容は誤っていることになる。

実態から言うと、初年度年収は468万ではなく410万あたりなのだ

重箱の隅をつつくような指摘と捉えられるかもしれないが、私としては見逃し難い点であったので深掘りしていく。

これが誤りだと主張するに足る最も大きなものとして、初年度の社員は年2回ある賞与のうち1度しかもらえない事が挙げられる。

ヤフーでは4月10月賞与月であり、それぞれ基本給の約2.5ヶ月分の賞与評価によって多少変動するが初年度の変動はなし)となる。

ただ、新卒社員4月にもらうことはない(仮に6・12タイプだとしても、通常6月にもらえるのはいわゆる寸志だろう)。

まり

(242,000 + 47,266 ) × 12 + 242,000 × 2.5 × 1 = 4,076,192

約410万円である

いかがなものだろうか。個人的に60万前後の差額は無視してよいものではないと思う。

ではここで、上文に書かれている「賞与等」の解釈を変え、残業時間考慮している路線を考えてみる。

対象職種エンジニア

条件として、最初の4〜6月は全体研修残業が許されていないため、7月から3月の9ヶ月でできる残業時間対象となる。

また、残業時間が45時間を越えていいのは年6回まで、かつ上限は80時間である

加えて、初年度の1年間での昇給基本的になかったので、1時間あたりの残業代は固定とする。

これを踏まえた上で計算してみる。

「25時間相当分の固定時間外手当47,266円/月」とあるので、残業1900円/時となる。

80時間残業半年間続け、残りの3ヶ月は45時間残業をしたとする。

1900 × ((80 - 25) × 6 + (45 - 25) × 3) = 741,000 円/9ヶ月

これを先程の4,076,192円に加えると、4,817,192円である

なんと、468万を超えた。失敬。

新卒採用ページの初年度年収は嘘である。」と冒頭で言ってしまったが、嘘つきは私のほうだった。


さて、これを読んでどう感じただろう。

こんなことはよくある、で済ませていいものとは思わない。

実現可能から誤りではない、というのは誠実さを欠いている。

(「残業80時間を年6回なら別に苦ではない、むしろこの業界なら当たり前では」といった類のコメントは一旦跳ね除けさせてほしい)

それに45時間を1度でも超えれば上長から指摘を受けるし、6回も超える事例が実際にあるのかと言われれば極めて少数派である

給与企業を選ぶ上で重要ポイントの一つだ。

このような書き方がされていれば新卒1年目にもらえる下限年収のように感じても不思議ではない。少なくとも私はそう感じていた。

これはいつだったか転職ドラフト炎上していたときと同じ流れだ。

[転職ドラフト経由でY社の内定貰ったけど](https://anond.hatelabo.jp/20160925170021)

正しい情報ミスリードなく伝えるのが企業としての在り方ではないだろうか。

THE 虚無研修

はい拍手!」「パチパチパチパチ」

社会に解き放たれて最初に見た異様な光景である

最初の2週間はビジネスエンジニアデザイナーの3職種合同で様々な研修を受ける。研修の内容は多岐にわたり、当然ビジネスマナー研修もあった。

研修中初期はPCを開くことを許可されておらず、みんな紙にメモをとっていた。自分メモをとらなかった。

6人で1つの机にまとめられ、座学の合間にやたらと個人ワーク・グループワークを要求される。特にグループワークが苦で苦で仕方がなかった。

グループワークは、都度いくつかのグループが話し合った内容を発表するよう当てられる。

話し終えると「はい拍手!」と司会役を務める人事の方が声をかける。そして拍手

約300人が回答者に向かって一斉に拍手するのだ。時代錯誤も甚だしい。

この研修を通して、付箋とペンに対してアレルギー反応を示すようになった人も多いと思われる。

グループワーク確定アイテムは勘弁願いたい。

人事の方の話し方もさながら小中学校教師を想起させる。

今年度でもその形式が続いているのであれば退職希望者を増やすだけなので早急にやめたほうがいい。

そして、全職種合同の研修を終えた後はエンジニアのみに用意された研修が続く。

内容は外部講師によるLinux研修Java研修・チーム開発と

ヤフーの用意したチーム開発、である

先に言っておくと外部講師による研修は残念すぎた。不要不毛。不服。

まずはじめにWindows PCを貸与され、それで戦うことを強要される。

一方で、ヤフーでの業務に使う貸与PCエンジニアならMacのみである。なんということだろう。

そして外部講師企画のチーム開発は「雑に集めたメンバーハッカソン」というタイトルが正しい(ここでもまだWindowsのまま)。

LinuxJava研修で学んだ内容を活かせる場面は決して多くなく、チーム内の優秀な人がひたすらにリードする形式だった。

チームによってはリードされる側は「なんかすごいのが出来上がっていく(が仕組みはよくわからない)」、リードする側は「この時間意味があるのだろうか」と誰得雰囲気が出来上がる。

その後、チーム開発研修についてもフィードバックする機会があったのだが、

とある同僚は

チームメンバーgitの使い方を教えないといけない場面があった。gitコマンドに初めて触れるような人をエンジニアとして採用するのはどうなんだ

というコメントを残していた。

なかなかに攻めているなと思ったものの、振り返ってみれば全くそのとおりである

gitコマンド触ったことない=初心者、が必ずしも成り立つわけではないがWeb業界エンジニアにはある程度当てはまるのではないだろうか。

そして未経験者を採用するメリットはよくわからない。

ここで、研修から採用についての言及シフトする。

同僚のコメントも受け、採用サイドに苦言を呈するのであればクックパッドの方の言葉をそのままお借りしたい。

クックパッドでは、新卒であってもプログラミング経験者は基本的エンジニアとしては採用しません。

なぜか?というと、学生のうちにプログラミングソフトウェア、あるいはサービスを作る事に興味を持ち、それを仕事にしたいと思っているのに、手を動かさな理由はないんですよね。

[クックパッド 星氏「新卒でも技術力を重視、尖ったエンジニアエキスパート枠として採用」《新卒エンジニア育成カイギ その5》 |](https://blog.codecamp.jp/engineer-training-cookpad-part1)

ここから主観的意見が強くなることを先に断っておく。

また、ヤフーが「世界通用する tech company を目指す」と謳っていることも踏まえる。

今でも不思議しかたないのは、私の知る極めて優秀な後輩2名がエンジニアとの面談に行く前に落とされてしまたことだ(1人は今GAFAにいる)。

もちろん、面接での受け答えがうまくいかなかったのかもしれないが、それならそれで持っている技術の良し悪しをはかる以前に「面接うまい人材」が重視されていることにほかならない。

技術さえあれば、コミュニケーションがとれなくていいと言っているわけではない。

一方で、面接で落ちたからと言ってコミュニケーションがとれていない、とも思わないが。

ことエンジニア採用に関して言えば、GitHubやホワイトボードコーディングで見られる技術に関する蓄積や瞬発力、

リサーチャー寄り(機械学習エンジニアなど)であれば関連領域論文実績等に比重を置いてもよいと思う。

もちろん、採用する側が手を抜いているわけでないことは重々承知している。

ヤフー含め、多くの企業採用に苦戦していることを鑑みると、採用のものがとても困難なプロセスであることは明らかである

加えて、GitHub等を見たとしても応募者の技術力を正確に測ることは難しい。

ただ「世界通用する tech company を目指す」 のであれば、まず人材技術力ありきではないだろうか。

ヤフーにはヤフー採用戦略があり、一個人が偉そうに言えるものではないので(十分語り尽くしているけれど)このあたりで大人しくする。

研修の虚無さについて書いているつもりが、いつの間にか採用云々についてヒートアップしてしまった。

無理やりまとめるならば、研修採用において間違った方向に舵が切られていると感じた次第である

悪名高きバリュ評価

人事評価永遠課題である

誰もが納得する適切な評価なんてもの不可能

ただ多くの人が納得のいかない評価制度直ちに改善されるべきであり、決して惰性で運用されてはならない。

ここではこの4月廃止されることになったバリュ評価に触れる

採用ページからバリュ評価に対する言及が消えていることは確認済み)。

廃止されたからこそ、この場を借りて言いたい放題言わせてほしい。

一言で言えば、ヤフーもつ5つのバリューに沿って360評価を行うものである

Japanese Traditional Big Company の実施する年功序列よりは億倍まともだし、360評価といえば聞こえはいいが、

このバリュ評価がきちんと機能していたかと言われれば疑問符が浮かび上がる。

まずはじめに、個人的にはバリューの内容自体が謎であった。

バリューはリンク先のピラミッド最下段にある5つの項目だ。

[Yahoo! JAPANミッションビジョンバリュー - ヤフー株式会社](https://about.yahoo.co.jp/info/mission/)

謎だ。

それぞれ自分なりの解釈を交えると以下のようになる。



やはりわからない。

重複しているようにも感じるし、「やりぬく」あたりはもう一つのパフォーマンス評価説明割愛)が担っているようにも感じる。

各々によって解釈も異なるはずである(もし社員認識が合っていたのであれば今すぐに全力で謝罪する)。

ゆえにこれに即した評価結果も際どいものであった。

評価された側も結局よくわからないのだ。

加えて、昇給額の上限がある程度決まっており、いくら成果を出そうと結局のところ全社的にはそこまで大きな差がつかないようになっていた。

本当にとびきり優秀でなければ従来の枠組みを越えることはない。

余談だが、給与を上げる方法はやはり転職である

先輩社員も口をそろえて言っていた。

給料を大きく上げるなら転職したほうが早い、そして数年経ったら戻ってこればいい、と(実際、自分場合は550万 → 700万前後転職となった)。

これはおそらくヤフーに限った話ではなく、転職による給与ハックがWeb界隈全体に蔓延っていることに起因するので仕方ないともいえる。

閑話休題

いろいろな経緯のもと、この4月より廃止となったバリュ評価

今ではパフォーマンス評価のみになったが、やはり評価に対する不満の声はいくらでも聞こえてくる。いくらかマシになったのかもしれないがやはり難しい。

人事評価永遠課題なのである

部署ガチャ外せば待つの地獄


幸い、自分はこれに該当せず外野からコメントになる。

世はAI時代。院卒の新入社員は、多くがデータサイエンス部署なるものを志望していた。

学部卒でも志望している人は少数ながらいた。

しかし蓋を開けてみると、ほとんどはデータサイエンスに全く関係ない部署に配属となった。

データサイエンス部署に限って言えば、一番必要なのは東大もしくは京大を出ているか、そうでなければ運である

配属先のハズレを引いた場合、待っているのは市場価値の大暴落

こればかりは巨大な企業なら日常茶飯事かもしれないが、現実を受け止めるには時間がかかるものである

人気アトラクションエレベータ

最後に、社外の人から見れば些細なこと、しかし多くの社員が日々思っていることであろう不満で締めてみたい。

何を隠そう、名物エレベータ行列である

毎朝絶えること無く形成される長蛇の列、まさに地獄絵図。阿鼻叫喚とも言える。

悲惨な状況を表す言葉ならいずれも当てはまるだろう。

ヤフーでの出勤の定義は「執務エリアに入り社内Wi-Fi下で打刻アプリを起動しボタンを押下」である

これを10:00までに行わないといけないのだが、入り口エレベータまわりでは9:40あたりから徐々に変化が現れる。

気づけば、建物に入ってから執務エリアに着くまで10分以上要することになる。

まり、この行列の待ち時間計算に入れて通勤しないといけないのだ。

スマホでも眺めながら行列が少しずつ進むのを待つ。

これを毎日経験するのは気が滅入る。ただでさえ電車通勤疲弊しているというのに。

もっと余裕をもって出勤すればいいのでは、という声もあるだろう。ごもっとである

しかし、時間をずらせばずらすほど電車密度は増加してしまう。

これもできるのであれば避けたいし、個人的にはエレベータ行列の方が鉄の箱にすし詰めされるよりマシであった。

あくま相対的な話ではあるが。

では、徒歩圏内に住むというのはどうだろう。

これも金銭面で相当にきつかった。

仮に自転車圏内だとしても、私の求めた最低限の生活風呂トイレに行きたいときにいける)を送るには80,000円を軽く超える。

家賃手取り月給の1/3程度が目安とよく言われているが、就職を期に上京してきた自分金銭感覚からすると家賃に80,000円を払う決断最後までできなかった。

そして近くに住んでいたとしても、電車通勤から解放されるされるだけで、早く出ないのであれば結局エレベータ行列に悩まされることになる。

少し主観的意見(というか言い訳)が長くなってしまった。

ということで、この燦々たる状況に対する企業側の動きにも触れておきたい。

結論から言うと、行列に対する直接的なアプローチは何一つ無かった。

どこかのチャンネル(≠slack)で議論されていたりもしたが「待ち時間に何か楽しめるものがあればいい」というのもあり、まったくもって根本解決していないなとなった。

うまくたとえられているかからないが、「料理が不味い」ときに「美味しく感じられるよう空腹にさせてやる」というものが近い。

唯一の救いは、月5回まで利用できるリモートワーク制度である

が、ヤフーリモートフレンドリーであってリモートファーストではないし、みんながみんなリモートワークに慣れ親しんでいるわけでもない。

加えて、エンジニアデザイナー職だろうとマネジメント業務を担い始めた途端にリモートワークは難しくなる。銀の弾丸ではないのだ。

話が発散しているが、エレベータ行列が極めて悲惨ものであった、言いたいことはただそれだけである

もちろん悪いところばかりではない

当然である。がポジティブな面は調べてもらえればいくらでも出てくるので割愛する。

様々な制度メディアで幾度となく取り上げられているし、給与についてもvorkersや有価証券報告書をみればだいたいわかる。

株価はさておき、業績だって順調。

優秀な社員もたくさんいるし、サービスの規模的にもやりがいを感じられる場面は多いはずだ。

そして、悪いところをずっと放置し続けるような企業でもない(と信じている)。

まとめ

結局、自身備忘録みたいなものになってしまった。

まとめるにも思い思いに書きなぐっただけなので特にメッセージもない。

とある社員が不満を述べながら辞めていった、そのくらいで受け取ってもらえれば幸いである。

2019-03-29

anond:20190329115015

名古屋ってガセばっかりで本当の名物が無いよな ブスくらい?

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん