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はてなキーワード: ネガティブとは

2018-06-24

anond:20180624153027

「頑張れ」だけだと突き放された、努力が足りない指摘だとネガティブに感じ取りそうだけどな鬱の人は

「お前ならできる」みたいな肯定ワードを付け加えてくれる配慮ができる人ってなかなか居ないんだよね

2018-06-22

anond:20180620191142

34歳未婚女性のことをボロクソに言う人が結構居て驚いた。

最近、34歳の女性結婚したので、どうしても他人事とは思えない。

私は29歳の理系研究職で、年収はおよそ600万円。顔は良くも悪くも普通で、背丈は175cmくらいある。

海外出張中の深夜テンションで少し書きなぐりたい。

妻と出会たことは私にとって本当に幸運だったと思うし、妻のことが日々愛しくてたまらない。

少し前までは、「死」というものが怖くてたまらなかったけれど、妻が先日「わたしたち最期は一緒のお墓に入れるんだね」って嬉しそうに言ったとき、目の前がぱっと明るくなったような気がした。

もし何かの手違いで、万一うまく埋葬してもらえなかったとしても、それでも死後の世界ではずっとふたりで一緒に居られるような気がして、すごく魂が救われたような心境だ。

私はこれまで微分方程式積分幾何複素関数行列代数などとばかり向き合った青春を過ごしてきて、恋愛事とは縁遠い世界に居た。

それでも結婚願望はあり、いい人が居れば紹介してほしいと知人 (既婚女性) に頼んでいたところ、紹介してもらえたのが妻だった。

妻は初め、私の正確な年齢を知らなかったらしく (紹介者がはぐらかしていたらしい)、数回目のデートで私が5歳年下だと知り、仰け反って驚いていた。

私は出会ってこのかた妻の年齢を悪く思ったことは一度も無いし、むしろ、妻の言動の端々から感じられる知性や、心の余裕、10年以上のキャリアで積み上げてきた専門職としての価値観などは、歳を重ねることで磨かれてきた魅力なのではないかと思う。

「魅力に劣る34歳女性存在する」は確かにであるが、「任意の34歳女性は魅力に劣る」は明らかにである

34歳であることは、女性が魅力的であることの必要条件でも十分条件でもない。

 

なお、私の妻は下記のような人物である

anond:20180620191655

"それなりのお相手"を紹介しているという、そのままの意味では?

筆者は、紹介相手マイナス面ばかりをあげつらっているが、それ以外の点は別になんともないむしろ良かったのかも知れないし、こういうネガティブ減点法の人にはレベルの高い男性だって願い下げでしょう。

anond:20180622031650

娘もこんなこと言われ続けなきゃ父親にあまりしかけはせんでも嫌いにはならなかっただろうになあ…

元増田の家庭の父の真意はしらないが、例えば

父親真意を推察し補足して『鼻が上むいてんなぁ(俺の子からだな。似てきてるなあ。)』『太ってきてないか(食べ過ぎてないか健康にさわったら心配だ)』(なにか話しかけたいけどなに言えばいいかわからんなぁどうしよう)的な感じだろうと予測して父親本心を娘さんに諭したのだとしても

肝心の()部分を伝えずに顔会わせる度に外見の話(しかネガティブワード連続)に終止続され続けると、繰り返されれば繰り返されるほどにその大事真意の部分が見えなくなって、子供の方は『私の外見ダメなんだ…』って部分しか聞こえなくなるよ。

いう通り未熟で、親が子供を育てる時の心や本心、成長に接するときの戸惑いなんてまだ知らないんだから

元増田が何歳か知らないが、まあまだ年若いとして、たとえ外の友人や彼氏に誉められたとしても親にそれ言われ続けたらフツーにしんどいだろうし

友人関係の輪が変わる思春期入りたてなら、その後人と関わる時その発言デメリットになれどメリットには絶対ならん。いい友人関係を築けて、なんだ私これそんなに気することじゃなかった!なんだあの父親wwうけるwwって思えるようになればいいけどさ。

変なやつに心ない言葉を言われたとき絶対向こうが悪い状態でも、娘本人が『やっぱり私ってそうなんだ』って自己否定の念を強めるための土台を毎日こつこつ作りあげてるようなもんだ。

なんか言われてもそっか~あはは~って流す、元々ポジティブって言うか能天気な子なら気にしないと思うが、そうじゃない子の方が多いと思うし元増田が実際そうだし、子供は未熟云々の前に自分発言が娘の人生にどういう影響を及ぼすか、本心に親としての愛があるなら、娘の成長を促す義務を感じてるなら、一辺娘の人格と突き合わせて有りか無しかジャッジしてからにして欲しい。

まあ元増田は娘だったけど息子でも一緒よな。男親が息子に容姿の話いちいち持ち出すかはしらんしうちはしてないが。男同士だと元増田が言われたようなこと(お前最近出川哲郎に体型似てきたなとか顔面クレーターすごいなとか)言われ続けても息子は流せるもんなのかな。

2018-06-20

今日飲み会

話題がほぼ会社上司文句

ちゃんと話したことのない人を勝手な印象で語る

事実確認もせずに下世話な噂話をする

・総じてネガティブ話題ばかりで建設的なことはひとつも話さな

ふだんあまりさな部署飲み会に顔を出したら、1次会、2次会とずっとこんな調子だったのでひどく嫌な気分になった。

3次会は抜けてきたけど、あの調子だと自分のことも裏で悪く言われているんだろうなという印象。

部署全体がああい空気なのが信じられない。今の会社が4社目になるけど、ここまで捻くれた集団は初めてでびっくりした。業界にもよるんだろうか。

あの場にいたことに後悔しかなくて、まだ胸がもやもや、ずーんと重い感覚今日の誘いに乗らなければよかった。

anond:20180620170149

別にネガティブ感情だろうがなんだろうが心が動けば琴線に触れた扱いでええやろが!

言語依存タイプの人との会話が疲れる

割と文章は書くほうなのだ

話の取っ掛かりとか記録とかの意味合いで書くことが多い

言語それ即ち意志表明、判断表明、指示依頼命令連絡

というやり取りはしっくりこない

明確に出来ないが納得も出来ない

かといって抱え込んで居ても仕方ないので口に出す

あくまで会話のトリガーなんだけども

人によって、そうは取って貰えない

言語依存表現するタイプに多い傾向のようだ

最初はかっちり決めず、収束したらもう一度言葉にするのだけど

これを最初から出せ、決まるまでは言うな、言うなら明確にしろ

・・・とやられると、かなりしんどい

どうしたもんかなぁ。

頭の中には全体像はあるんだけどね

言葉でそれを描写しようとすると

その途中の言葉につられて反論がくる

表現ネガティブだとか、その言い方だと云々とか

(俺は別にネガティブ表現をしている気はない)

分かる、そうなんだと思う、よく分かる

それなら、素直にとか、そういうのやめてほしい

素直に言えば誤解を招くから言葉選んでんじゃん

人と接するのってどうするんだっけ

困ったなぁ

anond:20180620134610

あらら迷っている人の気も知らないで

決め手に欠けるから迷っているのに

ネガティブ意見ばかり聞くと萎えるな

36歳、とあるおっさんゲイの悩み

人嫌いでなるべく対人関係を避けて生きてきた。誰かといるとすぐに疲れる。会話が続かない。同期入社との繋がりもゼロ。懇親会などは積極的トイレに籠る。LINESNSもやらない。連絡帳には5人もいない。人脈なんていらない。できるだけ変化のない、数少ない部署メンバーと、当たり障りのない会話だけでいい。人とつるむ良さがわからない。外食だって、一人で食べないと味も何もわからない。いっとき話題パンケーキ屋に一人で何度も並んだりもしたけど、果たしてまわりで延々しゃべってる女子どもはちゃんと味わっているのかと。味わって食ってとっとと帰れと。別に生きるのが苦痛なわけではないけど、趣味もなく、長生きしたい理由もなく、いずれ親が死んで、安楽死の仕組みも整備されたら適当タイミング死ねればよかった。

そんなおれでも、何年も学生社会人として同じコミュニティにいれば、徐々に慣れて、たいてい誰か一人を好きになってしまう。中学高校大学も。そうなったら地獄だ。おれはいったん好きになったらとことん重く、だんだんドロドロとした感情制御できなくなって、大抵距離感が重すぎてどこかで相手に引かれてしまう。それまでの関係から相手が心身に相談に乗ってくれるケースもあるけれど、そうすると余計にそこに依存する。ずぶずぶ沼にはまる。病ませたことさえある。それもあって、社会人になってからはより一層、人とはある程度の距離を置くようになった。

そんな感じで社会人生活を7年くらいやってきて、今の職場にやってきた。職場に来て数年、今度は気づいたら職場上司をまた好きになってしまっていた。例によって重い言動迷惑をかけて、なんだかんだあって、一定距離を置いて落ち着いた。ますます、今後これ以上人との距離を縮めないでおこうと思った。

思ったのだけど、今度はある後輩が、すっ、とその中に入ってきた。まったく理解できないのだけど、こんなダメ人間を(仕事の面で)尊敬してくれているらしい。なんだかんだで仕事内容とかで話すきっかけが増えて、気づいたら心を許してしまっていた。その後輩が今度職場を去ることになり、春先に引継ぎもかねてサシでの一週間出張を終えるころには、学生ぶりに敬語を使わず呼び捨てでよべる相手になっていた。その後輩は俺のタイプと全く真逆ということもあるのか、幸い男として見てしまうこともなく、とにかく一緒にいるのが気楽で、楽しくて、超ネガティブなおれでも、だべってるときちょっと明るくなれた。出張先ではカフェパンケーキなんぞつまみつついろんな雑談もした。なるほどみんなやってんのはこういうことか、そりゃ楽しいわな、とわかってしまった。過去、好きになった人と一緒にいる時間幸せだったり嬉しかったりはしたけど、それはつらさや悲しさと表裏一体で、楽だったり楽しかったりすることは全然なくて、この年になって友達の良さを思い出してしまった。高校の時にも一人だけそんなヤツがいたな、と。

たぶんおれは人嫌いなんじゃなくて、極端に人に興味を持ちにくいだけなんだろう。興味を持てないから、日常を過ごすコミュニティ以外で新たに人脈を作るなんてのは苦痛で仕方ない。そんなハードルを超えて気を許せて、かつ男として見てしまトラップ回避できて、完全に気楽に接せる相手は、36年で2人。高校の3年間と、仲良くなった後輩がもうすぐ去るまでの半年間。まあ、たぶんもう次はないだろう。残りの期間を一日一日、いい思い出になるよう噛み締めて過ごそう。そう思ってた。

ただ、残り日数がどんどん減っていくにつれ、だんだん精神的余裕がなくなってきた。あと29日、28日、とカウントしてしまう。キモい。こんないいヤツが俺なんかとだべってていいのかとか聞いてしまう。重い。

そんな中、今度はおれが別件で一人でしばらく出張することになった。なんでこのタイミングなんだ、と思った。自分でも引くくらい落ち込んで、なんとかして回避する手段はないか自分でも引くくらいドス黒い感情が湧いてきた。

なんてこった。もはや男として見てしまうかどうかすら関係なかった。おれはどういう関係性であれ、いったん気を許してしまうと、結局とことん重くなってしまうんだ。こういうのが、これまで対人関係を避けてきたツケなんだろう。きっとおれは人間的に高校くらいから何一歩成長してない。そしてこの年齢じゃ、もはやこの性根はそうそう変わんねえだろう。つんでる。

今回の後輩を最後に、今度こそ、人を近づけないようにしようとまた決心する。もはや何度目の決心なんだか、と自分でも呆れるが、もうお互い、というより、こんな人間楽しい時間を与えてくれた人たちを俺自ら不幸にさせるのは本当にこりごりだ。

そう決心すればするほど、余計に後輩のいる残り期間が貴重に感じてしまう。でも最後くらい、これ以上後輩に重さを感じさせたくない。あと何回あるわかんねーけど、これまで通り、どーでもいい雑談でぐだぐだしてる時間を楽しみたい。いや、そもそも楽しみたいのはおれだけで、もはや若干引かれてるのかもしれない。なにが、どこまでがふつうの対人関係なのか、友達って何なのか、先輩後輩って何なのか、距離感がよくわからなくなってくる。こんなことを考えたりこんなところに書いたりしている時点で、すでにだいぶ深みにはまっている気もする。おれはあと一ヶ月ちょい、ちゃんと乗り切れるのか。

つれぇ。

2018-06-19

自分社会不適合者だと気づいた

フルタイムで働けないうつ病持ち。でも生活のため仕事に行く。いけるように市販薬100錠入1瓶(どれとは言わない)を過量服薬して出勤する。内臓はぼろぼろで土日は動けない。最近薬物依存なんじゃないかと思う。薬の反動で飯食えないし動けない。ODなんかして馬鹿じゃないかと言われるのわかってるけど、なんとかして行かないと生活ができないじゃない。だから生きるためのODなんだと思ってしまう、この認識が間違っているのはわかっている。

とにかくこのままじゃいけないと思ってここ一ヶ月ほど薬を飲まないようにしている。仕事は行けたり行けなかったりする。それがつらい。だってODしていたら仕事ができてお金が手に入って生きていけるのだから。なんとか生活を守りたくてODしてることは誰にも言ってない。社会にこんなかたちでしか適合することができない社会不適合者なんだとやっと気づいた。これから10年〜20年、ずっと老い未来までどうやって生きていけばいい。薬を止めろ医者相談しろ、言ってることはわかるけどそうすると仕事に行けなくなってお金がなくなるの。誰かがお金出してくれるの?お金がなくなったら死ぬしかないんだよ。頼る親も不仲だし、親も病気持ちだし、頼るのが薬しかない。生活保護受けろって言われるだろうけど、生活保護に対する社会ネガティブイメージを抱えて生きるくらいなら死ぬ。こんな生活嫌だ。死にたい

2018-06-18

twitter歴7年にして向いてないことに気づいた

ツイッターに苦しめられている方へこの記事が届いてほしい。

私は2011年から7年間、休まずツイートを続けてきた。当時中学生だったので青春時代は全てツイッターに費やした。

初めこそ誰にも迷惑かけないようなたわいないことを投稿していた。

それが高校生になると「私はいらない子」のようなネガティブツイートしまくるようになった。

大学に入ってからアカウント作成、削除、作成、削除…の繰り返し。

エアリプ他人攻撃し始めた。

自分ツイートが伸びないのが嫌だった。構ってほしいことを遠回しに呟いているのにスルーされることに腹が立った。

自分よりフォロワーが多いみんなに嫉妬した。

フォロワーでない友人が自分以外の友人をフォローしていて憎かった。

ツイッターに常に張り付いていたのでストーカー気質になってしまい、フォロワーツイートを全てチェック、フォロワーフォロワーもチェック、とにかくチェックチェック…で1日が終わる。それでもフォロワーの事は全て知らないと気が済まなかった。

彼氏ツイッターで繋がってから元カノも発覚。それから元カノを憎んでいる全く知らないアカウントリストに入れ、その人たちのツイートを見ながら自分の中でも元カノへの憎しみを募らせた。

元カノの削除済みのアカウントも突き止め、友人とのやりとりも出来る限り全て見てスクショした。彼氏リプライも出てきた。

喧嘩の原因は全て私のツイッターでの行いだった。

喜怒哀楽すらもツイッター支配されている生活だった。

自分とは違う意見ツイートに腹を立て、仲が良いはずの友人とはエアリプ喧嘩をした。何1ついい事はなかった。

そんな自分に嫌気がさした。

全ての情報源であったツイッターをやめれば楽になれると思った。


そして、他人迷惑をかけないために先日ツイッターをやめた。

誰とも絡まないアカウントを所持するという方法もあるが、ネットストーカー気質のある私には検索窓が恐怖でしかない。

ついでにインスタグラムアプリも消した。

死ぬほど気が楽だ。

ツイッター世界が好きで結局何度もアカウント復活を繰り返してきたが、本当は大嫌いだと分かってからツイッターなんて見なくても平気だった。

あなたツイッターをやめても周囲の人は全く気にも留めない。

ツイッター人格に影響していると気付いたら、今がやめどきです。

anond:20180617102911

自分から進んでこの本を読む人たちは、だいたい親との関係で苦しんで「死にたい」と思っている人たちだから

ネガティブ感想が多いのは当然なんだよな。

「毒になる親」には攻撃的な態度を取ってしまう人のケースも書いてあるんだけど、日常でそういう態度をとっている

人がこの本に手を伸ばすかつったら、俺は違うと思うんだ。

から自分普通の人だと認識している人もこの本を読んだ方がいい。

自分過去を振り返ることができるし、いつか自分が親になったときの助けにもなるし、あるいは身近な人が親になったとき

その人を助けることができるかもしれない本だよ。

死ぬ宣言」した人に優しくできるか

ごめんなんだけど、俺は出来ない。

匿名日記だろうと、リアルだろうと

死にたい」「これから死ぬ」そういわれても

「お、おう。悩みあるなら聞くけど?」くらいしか言えん。

俺の機嫌が悪いときに言ってきたら「おぉ、すまん帰るわ」って話をぶった切るかもしらん。

「死なないで」とは言わないし、言えん。

正直なことを言えば、他人からどうでも良い。

ただ、目の前で死なれたら寝覚め悪いから。

正直、「死ぬ」って言っている奴に

自分で決めた奴に何を言ったところで「所詮他人事」だろ?

俺が他人事だと思うように、相手他人事で言ってる!って思われるだろ。

時間無駄かなと思うわ。

結局、自分自分に折り合いつけて、行動してもらうしかないんだわ。

ネガティブな奴に何をどういったところで変わらないように

自分を変えるのは自分しか居ないんだから、放っておくのが一番かなと思うわ。

2018-06-17

行為最上級承認ではない

人それぞれ心の扉を開く鍵は違っていて、だからsex相手を完全に受け入れたとは限らない。

かに行為ハードル一般的に高いけれど、そんな価値観を持っている人ばかりではないし、

挨拶をするのと同じ認識自分の体を差し出す人もいる。

自分が言いたいのは、そういう浅ましい行為(ネガティブに聞こえるが)を目標にしていてはダメということだ。

自分に悪いところがあったら教えてください!というあなたへ

原因のほとんどが容姿だったら本人には言いづらいんだよね。

容姿差別なんて!というのは綺麗事で、他の皆がきちんと身なりを整えているのに、あなたけが常識的に考えてあなたの年齢では着ないような幼稚な服装をしているので、あなたがいるだけで私達が一気に「変な集団」に見られる原因になるんです。それを分かっていただきたい。

あなた自分から距離を置いていると思っている人達は、初めてオフあなたと会った時にほぼもれなく「ゲッ」と思ってます

人は見た目が9割というのは伊達ではなくて、第一印象で受けたマイナスイメージは尾を引いて、あなた日常的に繰り出すネガティブグチグチ不幸自慢ツイートで「あ、この人見た目だけじゃなく中身も無理」と思われて、どんどん人が離れて行くんですよ。

私達はオタクであることはあなたと変わりません。

何が違うかといえば、一般社会生活する者として「見た目からしてオタク」にならないように努力をしているんです。

私達は一般人を装いながらオタクをしていますオフで集まる時にあなたがいると、あなた存在ひとつで私達の努力が壊れます

あなた構成するものあなた個性かもしれないけれど、私達には合いません。ごめんなさい。

なぜVTuberオタクは「きめえ」のか

VTuberというコンテンツファンに対してこの上なく失礼なことを申し上げています

こういう人が目についた、という話であって特定視聴者及び配信者がどうこうということではありません。







VTuber(面倒なので以降はVと表記します)のオタクキモくないですか?

そもそもオタク自体キモいもんだろというのは置いといて、なんか異質な感じがありません?

Vというコンテンツが嫌いな人間にとってはそんなものに傾倒してる時点で「きめえ」でしょうが好きな人から見ても「きめえ」と思うことが多々あります

自分はVのオタクなので、配信動画コメントだったりTwitterだったりで同じ趣味人間を見ることが多々あります

そんな中で自分を棚に上げて「きめえ」と思ったことを挙げていきます

・Vのファンというロールプレイ

Vには中の人(声優スタッフ)がいる訳ですけど、そのV自体バーチャル上に実在していて、声優存在は無いものとする(中の人公表してるものも一応ありますが)場合が多いと思います

声優キャラクターというRPをするけど、オタク側も都合の良いファンというRPをする。この点が傍から見てて「きめえ」のかなと感じています

認知レス乞食しがち

これらを求めるのは全然普通だとは思うんですけどネガティブツイートで同情誘ったりとか「俺にだけ反応無い…」みたいなツイートしたりしてVの気を引こうとするの相当キツくないですか?

・Vと絡むクリエイター嫉妬する

一介の無名オタクより影響力ある人間に媚びるのは当たり前だし、数秒で書けるツイート時間かけて描いた絵を載せたツイートでは価値が違いすぎる。

誰にでも平等に接するアピールときながらクリエイターにばっかり媚びるとかだったら面白くないけど。

セクハラする

本人公認のやつ以外普通に捕まってくれ。


改めて書き出してみると二次元オタク三次元オタクの悪いところが合わさってる感じを受けました。

オタクキモいかも知れませんがVというコンテンツにまだ飽きは来てないのでもうしばらく楽しみたいと思います

最後になりましたが読んで不快になった方は申し訳ありません。

2018-06-16

日本の二大宗教勢力努力教」「ポジティブ教

努力教

「望ましい結果が得られるかも大切だが、まずそれを目指したことを認めよう」

「一度や二度で結果が出なくとも、やり続けることが大切である

という当たり前の話を拡大解釈幸福度を高めた集団

一見まともなようで、良く聞くと極論であることが多い

過程は大切なのは当然だが、結果も大切なのである

というか、ダメだった場合の尻拭いを自分でするからこそ過程が輝くのである

自分責任を取ってやり続けている人間が「過程も大切なんだよ」というから説得力がある

ダメでも責任を取らなくてよい」

ダメで元々なんだから責を問うてはいけない」

などという考えが透けて見える、というかその通りのことを言うため

周りの人間だんだん距離を置き、フェードアウトしていく

ポジティブ教

前向きに物事に取り組む姿勢と、ネガティブ事実から目を逸らすことを混同

肯定的に考えていれば勝手幸福度が上がると考える宗教

問題解決はせず温存され、逃げ続けた事実に延々と小突き回される

過去責任逃れをして他人を酷く傷付けた人だとか

酷い虐待現場にあり受け入れるには大きすぎる事実を背負った人だとか

そういう人々が、一時的ポジティブ避難所として用いることがあるが

これはポジティブ教とは区別して考えるべきであろう

問題は、それを年単位継続し、また他人布教することである

こうなってくるとその迷惑度はかなりのものとなってくる

ポジティブ教はとにかく群れる。現実を省みず人の意見を聞かない

ネガティブな人ですね~魂のレベルの高い私たちとは違いますね~

過去に遭遇したサンプルを分析する限り、このような思考をしている

こういう人種と身近に関わることが何度もあった

教職、援助職、弱者救済グループスタッフだとかに多く見られる

彼ら自身が恵まれない立場にいるためにこの教えが響くようだが

彼らが救われているようには見えず、傍目には説得力はあまりない

アイカツ!シリーズ5thフェスティバル!!」について思うこと

 あの日武道館で『輝きのエチュード』を聴きながら、左隣りの人も右隣の人も、嗚咽を漏らして泣いていました。私も泣いていて、まともにサイリウムを振ることすらできませんでした。会場中から鼻をすする音が聞こえてきました。でも、こんな企画をやられてしまうと、あの武道館は一体何だったんだろうと、そう思わざるを得ません。

 別に「卒業」したはずの歌唱担当が『アイカツ』のイベントに登壇することに文句を言いたいわけではありません。「あなたたちは卒業したので来ないでください。歌は全部声優が歌います」なんてことになったら、それこそひどい話です。だからそういうことではなくて、「5周年」にかこつけてイベントを乱発すること自体問題だと思うわけです(というかもうすぐ6周年じゃないですか?)。「思い出は未来の中に」ではなかったのか。「同じ光のなかこれからも 迷わないでわたし歩いていける」と、あの日誰もがそう思ったのではなかったのか。「心に集めるたくさんの永遠」とは、「いやあアイカツは素晴らしいね尊いいつまでも終わらないね」と定期的に執拗確認しないと消えてしまうような「永遠」だったのだろうか。これではまるで、星宮いちごアメリカ行きを無理矢理引き止めているみたいではないか。なんでも弁当スターライト学園も全部放ったらかしにして、無理矢理マスカレードステージに立たせているようなものではないか。霧矢あおいが、光石織姫が、星宮りんごが、一体そんなことをするだろうか。大げさかもしれませんが、そう考えてしまます

 東日本大震災が起きたあの日を契機に、『アイカツ』は「皆で一緒に笑いながら身近な幸せを改めて感じ、明日を信じる力、未来への夢を持てる作品」を目指してきました。「こんなことが起きたら、いままで話したような作品はできないね」と。

——その後、ゲームおよびアニメ企画は、どうなったのでしょう?

加藤陽一)大きな転機になったのが、東日本大震災です。コンセプトを固めている最中2011年3月に、東日本大震災が発生しました。地震が起きた瞬間、僕は東京浅草バンダイ本社で『アイカツ!』の会議に出席していたんです。地震電車が止まったので、車で来ていた僕が3人に声をかけて、皆を送っていくことになりました。TV原発津波ニュースを見ながら進むうち、都心で車も動かなくなっちゃって。結局浅草を出て、皆を送って23区内の家に帰るまで12時間位かかりました。そのとき一緒にいたのが、アニメアイカツ!』の若鍋竜太プロデューサー企画スタッフです。車に缶詰状態で、8時間から10時間ぐらい、地震の影響を目の当たりにしながら、皆で『アイカツ!』のことを話しました。まるで合宿みたいな濃い時間でした。「こんなことが起きたら、いままで話したような作品はできないね」という話もその場で出て。それを受けて書き直した企画書の内容が、そのときの僕らの思いを込めたものだったんです。

——どんなふうに変わったのでしょうか?

 ネガティブ出来事も起こりえるレトロスポ根路線は消えてなくなり、代わりに、「皆で一緒に笑いながら身近な幸せを改めて感じ、明日を信じる力、未来への夢を持てる作品」が必要だろうということになったんです。「トップアイドルを目指すスポ根サクセスストーリー」の部分はそのままに、「温かくて前向きな気持ちになれる作品を作ろう」と、企画ブラッシュアップしていきました。この段階の企画書に書いてあることは。現在のところほぼすべてが、作品内で実現しています。あの震災が、『アイカツ!』という作品にとっての転機だったと思いますね。

アイカツオフィシャルコンプリートブック』(学研パブリッシング2014年、130頁)

 そして『アイカツ』はたくさんの人を「温かくて前向きな気持ち」にし、たくさんの人が前へと進みました。「今日が生まれかわるセンセイション」、「いつだって、ここから、あたらしい夢 どこにだって行けるよ!」。『アイカツ』を観たたくさんの人が「素敵な明日」を迎え、「未来向きの今」から未来へと全力で走り出したはずです。『アイカツスターズ』もそうです。あれだけの作品を前にして、前作とは別の方向へと舵を切るなど、並大抵の覚悟ではできません。巴山萌菜さんもそうです。私は詳しい動向を追ってはいませんが、TVドラマ『賭ケグルイ』のOPを歌っていたようですし、ワンマンライブもやっていたと思いますSTAR☆ANIS/AIKATSU☆STARS!から卒業し、自分の決めた道で頑張っています

 それが、何故こうなるのでしょうか。別にイベントをやるなとは言いません。「卒業」した歌唱担当を呼ぶなとももちろん言いません。ただ、何故今なのか。10周年や20周年まで待てないのか。これではまるで、私たちに「明日を信じる力、未来への夢」なんかないのだと言わんばかりではないか。全く「未来向き」じゃない、完全に過去を向いている。私にビジネスの知見はありませんが、商業的に考えてもこんなやり方では長生きできないと思います

 昨年9月、甘粕試金氏によって『この幼形成熟の世紀に』と題された原稿が公開されました。当時それを読んだ私は「言いたいことはわかるし何も間違ってないと思うけど、アイカツファンダムはそんな人ばっかりじゃないのになあ」とかなんとか思っていました。でも、どうやらもうそんなことを言ってはいられないみたいです。

アイカツ!』が放送終了して新シリーズアイカツスターズ!』が始まった今『アイドル活動!』よもう一度とばかりに『アイカツメロディ!』が来ることの意味は、先述の原稿の論旨で言えば「和声」的解決意味することになり、『アイカツ!』も円環的時間気持ちよさによって欲望生産する作品だったという結論にならざるをえなくなる。それを証し立てるきっかけになったのが「シリーズ5周年記念企画」の楽曲だったという事実は、フランチャイズ圏内にある作品ファンク的時間を持つことの不可能性をも証明してしまったのではないか。このことに私はほとんど嘔吐せんばかりになってしまったわけです。

「なんで和声的ならダメなの? 気持ちよければ良いじゃん」という問いに答えるには、それだけで一つのまとまった原稿必要になるのでここでは書きません。フランチャイズに話を絞りましょう。ここ数年で最も忘れがたいフランチャイズ批判高橋ヨシキさんが『ローグ・ワン』を前にして発表した「幼年期の終わり 〜さようならスターウォーズ』〜」を部分的引用しま

観客が耽溺し続けること自体を難ずる権利はぼくにはありません。〔中略〕それでも、観客を「耽溺させることを目的に」商品を作り、供給することは邪悪なことではないかとぼくは思うのです。

〔中略〕

なぜなら、それは観客を消費者へと変え、幼児化させ、駄々っ子のように振る舞うことを是とするものであり、その駄々っ子の口に好物を際限なく突っ込み続けることで、彼らを判断能力を失った中毒患者へと変える行為からです。

〔中略〕

「前へ!」というのは、ルーカスだけでなく、どのようなクリエイターにとってもいちばん重要姿勢だとぼくは信じています。その先に何があるか分からなくても、あるいはそれがどういう評価を下されるにせよ、とにかく 「前へ!」。これはクリエイターに課せられた祝福でもあり呪いでもあるのですが、「前へ!」という大前提は旧三部作でも、またプリクエルでも(プリクエルは実は後退していたわけではないとぼくは思っています。何度も言いますがコンセプトに対してエクセキューションが貧しかったのがまずかった)、そして部分的ではあれど『フォース覚醒』にも共通していました。前へ!

〔中略〕

ところが『ローグ・ワン』は「もはや前に進む必要などない」という、ルーカスフィルム/ディズニー宣言のように、ぼくには見えました。なぜ前に進む必要がないのか? なぜならそれを誰も望んでいないからです。誰も、 というのは『スター・ウォーズ世界に耽溺することに慣れきった観客のことです(ぼくも含みます

〔中略〕

興行的に、『スター・ウォーズ』が「前へ」進む必要がないことを『ローグ・ワン』は証明してしまったのです。

Crazy Culture Guide Vol,30-30,5(http://www.mag2.com/m/0001673228.html

 SWシリーズにまったく思い入れを抱いていないうえに『ローグ・ワン』も(ドニー・イェンドン・キホーテ役をやっている映画なのだし)楽しく観ることができてしまった私は、当時「はぁ、そういうものなのかなぁ」程度にしか読めなかったのですが、少なからず前のめりに接してきた『アイカツ!』5周年企画に際して、これらの文章は「あっ、この状況を言ってたのか!」という今更の得心とともに蘇ってきました。「前へ」進む必要がないこと、それは「和声」的時間に閉じること、フランチャイズの体系に閉じること、円環的時間=手回しオルガンの歌に耽溺しきることを意味してはいいかベケットらを念頭に置いて「終わる必要がない」作品だと言うとき、それは「終わりが永遠に引き伸ばされる」作品偽装された姿を言っていはしないか。それこそがフランチャイズの罠であり病ではないのか。という疑惧と危惧が一斉に襲ってきたわけです。これは単に「前に書いた文章矛盾しちゃった」から狼狽えているのではありません。「あれっ、自分は《これ前にも聴いたことあるわ、良いわ〜、知ってるわ〜、延々と続けられる正当な伝統、良いわ〜》みたいなことに気持ちよくなりたくてこの作品を支持してたのか? そもそもこれってそういう気持ちよさを是とする作品だったか?」という、本質的な足場が揺るがされたことに原因があります。それも公式の「5周年記念企画」によって。

甘粕試金『この幼形成熟の世紀に』(http://petrushkajp.blog.fc2.com/blog-entry-165.html

 

アイカツシリーズ5thフェスティバル!!」を楽しめる人を悪だとは一切思わないですし、主催者ダメだとも思いません。もちろん、私が正しいとも一切思っていません。私も何かの手違いでチケットを手に入れたら、それはそれでそれなりに楽しめるんじゃないかと思います。そりゃあ声優歌唱担当が揃ったら嬉しいです。生アフレコなんてしたら最高です。そりゃそうです。ただ、あの日「車に缶詰状態」で「合宿みたいな濃い時間」を過ごし、それを受けて書き直した企画書は、そこに込められた思いは、「皆で一緒に笑いながら身近な幸せを改めて感じ、明日を信じる力、未来への夢を持てる作品」とは、こういう類のものだったのか。木村監督プロットを書いた「大スターいちごまつり」のMCの「みんなの今日が、明日が、少しでも素敵になったらいいな」とは、「いつでも何度でも集まって際限なく盛り上がれる。いつまでも終わりを引き伸ばせる。ずっとここにいられる」という意味だったのだろうか。『アイカツ』が3年半、『アイカツスターズ』が2年かけて描いてきたことは、そういうことだったのだろうか。どうしたって、そう頭を悩ませずにはいられないわけです。そして、“「終わる必要がない」作品だと言うとき、それは「終わりが永遠に引き伸ばされる」作品偽装された姿を言っていはしないか。”。このことは、常に考えるべき問題であると思います

 でも、ツイッターを見ている限り「歌唱担当戻ってくるなら純粋に楽しめばいいじゃん」「そんなにヒリつくことじゃなくない?」という人が多数派を占めているようです。だから私がおかしいのかもしれません。「めんどくさいオタク」なだけなのかもしれません。なので、「アイカツシリーズ5thフェスティバル!!」に行かれる方には、純粋に楽しんで来て欲しいと思っています皮肉でも嫌味でもなく、本当にただ純粋に、楽しい時間を過ごしてきて欲しいと思いますアイカツファンの方々——あるいは演者スタッフの方が読んでいないとも限りません——、お気を悪くされた方がいたら、本当に申し訳ありません。拗らせたアイカツファン戯言だと思って、どうかご容赦ください。

論理を飛躍させて相手を傷付けにかからないで

私は基本的に楽観思考だ。○○が起こるかもしれない、と考えはしても不安には感じない。なぜなら、不安に感じても仕方ないからだ。

ある友人(知人?)にそういうスタンスを示した時、「あー、だからあの時あんな失敗したんだね、ちゃんと考えられないんだね」と過去の過ちを持ち出しながらネガティブフィードバックをもらった。

「過ちがあったことは事実だけど、後半は論理の飛躍のように感じる」とフィードバック返しするも、「負け惜しみwww」と言われ、「そうかもしれないね」とクロージングしたものの、モヤッとしたものが残っているので投稿

自分が優位に立つ目的であえて非論理的振る舞うことはテクニックとして否定はしないけれど、気分のいいものでは無い。

anond:20180616143514

ネット上のネガティブ書き込みなんて若者限定しても割合的に10人に1人くらいしかやってないっしょ

そんなのアテにするなんて視野ます

多くのリア充にとってはネットなんて情報収集や友人知人への連絡に使うくらいだろうし

2018-06-15

婚約しました

先日、彼女と無事婚約しました。

まれて初めてできた彼女が、人生最後彼女になります

3年以上も付き合ってきたので、婚約たからと言って何か変わるものではないと思っていました。

でも、いざプロポーズをしてみると、見える世界全然違うものになりました。

恋人から婚約者、そして家族へと変化していく。

何とも言えない気恥ずかしさと幸福感に包まれました。

結婚はなにかとネガティブに語られることの多いご時世ですが、

新しい生活を迎えることに純粋にワクワクしています

何のひねりもないただの報告文となりましたが、最後に好きなゼクシィキャッチコピーを貼っておきます

結婚しなくても幸せになれるこの時代に、私はあなた結婚したいのです」

2018-06-14

口が臭い人にとっての善きサマリア人

http://blog.lalamiamor.net/entry/2018/06/13/115748

上を読んで、なんだか暗い気持ちになったというか、途中で苦しくてやめてしまった。

こういう問題はあらゆる病気障害に起こって、例えば私は歯が異常に柔いらしくひどい虫歯に年中なるんだけども(前の虫歯が次の虫歯引き起こし治療が間に合わない)そんな軽い問題すら、それによって起こる金銭的な問題を誰かが保証してくれるわけでないし、それをもってして私を怠惰人間判断する人がいるという障害を生み出す。すくなくともこんな状態で誰かといちゃいちゃするつもりもないので恋人はできないし、口臭を気にする人とは話すことも許されない。私のポケットにはミントタブレット口臭予防薬が常備されている。すべての歯をセラミックに直すとしても、そのお金をどこから捻出するのか。私は私の口臭を気にしないような、ぶっとんだ人たちと仕事をするしかなく、今はそれを受け入れて何とかしのいでいるけれど、それに耐えられる精神力を持たなかったときは、本当に儲からないような仕事しかできなかった。実は、この口臭というのは、うまくごまかす方法があって、それはタバコを吸うということだった。タバコの強いにおいに紛れれば私の口臭は誰も気にしないという算段で、これが実際あたったわけだが、こんな話はどうでもよい。

まりは、障害に対する解決策はあるのだという話で、これが語ってしまえばごまかしだとしても、運用上は確かにうまくいったりするのである。で、それを実現するのに、ひとりで何とかなればよいが、そうでないときは、他人の助けを得なければならない。この助けというのは全力でなくてよい。

たとえば私の場合口臭を気にしないという態度でいてくれればいいのだ。実のところにおいの問題は例えばインド人のヘアオイル臭もつながってくる問題で、相手臭いを気にしないというだけで海外文化理解もつながる行為である。あるいは体質的にげっぷが出やすくなっているだとか、そういう人にも助けになる。それくらいでいいのだ。もちろんどうしても気になるのならそれでいい。そうであれば、嫌な顔をしない、というのでもいいのだ。それもむつかしければ、そういう人にネガティブ感情を抱かないというのでもいい。それも無理であるのなら、ただ近寄らないでほしい。

よきサマリア人のたとえはよくできていて、教えの内容としてもわかりやすいし、みんながうっすら幸せになる。簡単に言えば、あなたは救える範囲で救えばよいのだということで、その範囲自身で決めてよいのだ。しかしこれは、ある人にとっては厳しい教えになるかもしれない。逆に言ってしまえば自分でできる範囲を認めなければならないからだ。それは弱さや責任を認めるということである

例えばカップル路上で痴話げんかを起こしていて、それが暴力につながりそうな場合あなたはどうするべきか、力の強いであろう方を殴って倒す?警察通報する?それとも見なかったことにする?いずれもあなたの置かれている状況においてできる範囲であれば問題ない。しかし、その結果は誰もしらない。その結果殺人罪起訴れることになろうと、カップルのどちらかが死のうと、あなたはできる限りのことをしたのだ。それ自身を何人たりとも責めるべきではない。

より言ってしまえば、善きサマリア人により善くなるよう求めるというのは、みんなが大好きな言葉で言えば呪いである

口臭の話にもどって申し訳ないが、口臭に関する知識を得たとしても、本人の口臭改善しないし、ある人の臭いに対しての嫌悪感は薄れない。それはわたし納豆をどんなもの理解しても苦手なのと同じだ。口臭が出る人間がいるのであれば、当然口臭が嫌いな人間もいるのである。それは認めなければならない。もっと必要なのは口の工事をするためのお金で、お金を与える非営利団体があったり、そこに寄付する人があればよいのだ。多くの人は、なんとなくな気持ちで100円を寄付すればそれでうまく回るはずである。でもそれはむつかしい。世の中にはなんとなくで100円寄付するほど余裕のある人間は少ないからだ。しかし、それすらしょうがないことなのだ。

口臭の例えがピンとこないのであればホモオダホモ問題だってそうだ。ああいう、ゲイ記号化は問題だといっても、実際そういうゲイがいたときに、それはホモオダホモオ的ゲイ否定につながる。あれについては、単純にああいゲイでない人もいるのに、そういうステレオタイプ適用されるのが不快であるという表明で十分だったのである。つまり必要なのはホモオダホモオ的ゲイ以外のゲイについて知るガイダンスだった。いや、その考えすら疑う余地はあって、もっと単純に私はそういうゲイではないという表明かもしれないし、私はホモオダホモオ的見た目であるゲイではないという表明かもしれない。いやいや、それすら疑う余地があって、もっともっと簡単に「なんかちがう」という言葉だけですんだのかもしれない。私たちは常に傲慢の気がある。いやいやいや、その傲慢の気という考えも、より善きサマリア人を求める姿勢なのかもしれない。いやはや、これはずいぶん苦しい考えで、善きサマリア人のたとえにもどれば、実際はここまで悩んで発話する必要はないのだと思う。すでに私たちは苦しいのだから

とにかくできる範囲でいいのだ。一神教の話を持ち出してなんだが、捨てる神あれば拾う神ありだ。私たちは結果にコミットしなくてよい。神である必要はない。できれば拾う人でありたいという気持ちで十分なのだだってそれで機能する社会というシステムがあるのだから

私たち社会には所属しているが、私自身が社会ではない。その社会だって枠組みでしかない。

私たちは、個人で人を助け、それが無理ならば、社会というシステムに乗っかって人を助け、それが無理ならば、なんだろう、もっと大きな仕組みに従って助ければよい。それが善意であるし、その姿勢大事なのだと思う。むしろ問題なのは、善きサマリア人に対してもっともっとと求めてしま気持ちだったりする。その気持ちはわかる。わかるのだが、できるのであれば、その気持ちしまっておくほうが、きっと苦しみは少ない。

から私たちは、望むべき助けがある場合に、他人を責めるのでなく。助けるっていいね!提案すべきなのだしかし、この文章も押しつけがましく。その実行は本当にむつかしいこととしか言いようがない。

ちなみに重くなってしまうかもと思って表明しなかったが、私は発達障害バイセクシャルパニック障害もちで何より口が臭いプライドが高く臆病で死ぬこともできない間抜けで、今もゴミだらけの部屋の隅っこで体育座りをしてキーボードを打っている。それでも、誰かに助けてもらったり、親切にしてもらうことがあるから、こんな安い、なんの助けにならない文章を書いているのだと思う。これが私の醜くつたない処世術なのだ

2018-06-13

性格が悪くなってしまった

ある人と話した後、信じられないぐらい消耗していることに気づいた

本当は優しく接したいのに

過去半年以上毎日愚痴サンドバッグにされたこ

話の内容がすべてネガティブで聞くたびに疲れること

なんの話をしても必ず自分の話に持っていかれること

が積み重なってしまって

その人が話すたびに「また愚痴を聞かされるのだろうか」「また自分の話にもっていってしまうのだろうか」

そんな思いが渦を巻いて話すことが本当に怖い

何も話したくない

声も聞きたくない

無意識に耳をシャットダウンしていて、シャットダウンすることに注力して

たった10分の会話でもそのあと1時間ぐらいはなにもできないぐらいに疲弊する

距離を置きたいのに仕事上置くこともできず冷たくあたってしま

そんな態度にその人も怯えてしまい、周りも私がその人をいじめているような雰囲気になっている

冷たい態度をとってしまっているのでそれがいじめているといえば否定できない

ももう心が限界でどうしたらいいのかわからない

こんなに性格が悪くなってしまってこの先どうしたらいいのだろう

犯罪ストレスの多い社会問題

「女はこうあるべき」「男はこうあるべき」という価値観押し付け

そして自分の「私はこうあるべき」という考えに押しつぶされてストレスで死にそうになる。

満員電車で知らないやつと体を触れ合わせ押し合ったり、仕事学校で怒られたり。

そういった奴が爆発するんだ。

基本的に「私はこういう人間だ、周りが悪い」と言ってる奴が爆発する。

周りと比べるやつが常に爆発している。

友人にネガティブ体現したような奴が居る。

何においても「でも」「だって」「私なんか」「いや」話しているとイライラする。

自分には出来ないことがある」と言いつつ、人の意見を一切受け入れず行動しようともしないんだ。

結局は今の状況に甘えているだけなんだよ。

周りと比べるより前に、自分自身と戦ってから周りと比べろよ。

自分の心が痛くてどうして良いかからいからって他人を傷つけてはダメだ。

2018-06-12

anond:20180522002009

元増田です。

カウンセリング行ってきました。


基本的にはうんうんと聞いてもらって、通り一遍アドバイスをもらって。

具体的な解決策は何もなかったんだけど、少し楽になった気がします。

単に話をしたかった、というのが大きかったのかもしれない。

気楽に話せる知人などいないし、いたとしてもネガティブまみれの会話などしたくないし。


そう考えたら、ここに書き込んで見てもらえることって凄いことだと思い至って。

閲覧数人だとしても、現実ではカウンセリング行くまでは0だったわけで。

ましてはトラバをしてくれた方には本当に感謝です。

見てくれた方。何か少しでも考えてくれた方。

どうもありがとうございます


天気が良かった休日に、散歩してみました。見知った街が新鮮でした。

業務時間削減する努力します。

そして仕事以外の何かの場を探してみます


辛くなったら、また書きます

バカにされても良いです。こんな状況なんだと、表に出したいだけなので。

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