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はてなキーワード: OVAとは

2024-07-21

anond:20240721151522

ジャイアントロボの本編の原資獲得のために作られたOVAのうちのひとつで中身がらんどう噂がある敵側キャラのコ・エンシャクが居酒屋正義側と呑み比べ勝負となりどんどんジョッキを空けてゆくのだが裾から全部ぜーんぶ漏らしててあーあってなるオチおもいだした😩

2024-06-30

アイドルマスターシャイニーカラーズのアニメについて

12話全部見た

端的に言うとこのアニメは記録的ク◯アニメ

何がク◯なのかの備忘録

なお前提として増田キャラは全員知っている

ただし原作ノアニメだとしても原作知識はないものとして視聴する習慣である

一貫したストーリーがない

ふつうアイドルアニメというのは

結成→最終話までの大目標設定→それまでの小目標の設定と解決最終話大目標が解決

という流れを取ることが多いが本作はW.I.N.G.(6-7話)といい事務所合同ライブ(11-12話)といい全部いきなり沸いてくる

それ自体別にどうでもいいがおかげで2-5話が各ユニットの顔見せ以外になんの意味もない

だが1話事務所に16人目として入った櫻木真乃が8話以降のストーリーの軸である合同ライブセンターを務めるというストーリーの流れがあるので

そこまでに視聴者が櫻木真乃の成長とかを感じられるお話がなければならないが、そういったもの存在しない

いきなりプロデューサーから降ってきたセンター提示されて

それを8話以降全員がなんかよくわからない理由付けで特に問題もなく受け入れる

人間と会話が描けてない

このアニメキャラごとにダンスの上手い下手を描いたりするのはやっているのだが

それはそれとして根本的に人間が描けていない

月岡恋鐘は売れっ子アイドルグループアンティーカのリーダーだが283プロに入る前に他事務所オーディションで落ちまくっていたこととか

杜野凛世は呉服屋の娘なので着物を常用し戦場カメラマンみたいな口調のわりに陽キャであることとか

大崎甜花は大崎甘奈の姉で基本ニート気質だが要所要所でやるべきことができないわけではないこととか

このアニメではそういうキャラの見た目からはわからない個性をまともに描写していない

なぜかというとこのアニメでは各話でノルマ的に全員がセリフを最低1つは貰うという平等主義が徹底されているので

逆に言うと焦点が当たるキャラがおらず、各キャラの人となりが一切深堀りされない

このため1話提示されたキャラからどのキャラも一切成長しない

せいぜい風野灯織が同じユニットメンバー名字で呼んでいたのが名前で呼ぶようになるなど最初距離感があったが打ち解けられたことと

園田智代子が実はチョコレートキャラで売っていることくらいしかこアニメ視聴者キャラ個性を見出さないだろう

カレー板チョコをぶちこむくだりで魔法でも使ったかのように一撃で割り砕くことでわかる個性というのも嫌だし

カレーに入れた分量も大概なのでちょこ先輩がそういう変人であると見えてしまうのも嫌なものである

それでマズかったらまだひと下りだねで済むのだが美味しく終わるのも不愉快

ちなみに主人公の櫻木真乃は鳩を飼っていてアウトドア系だがこのアニメ内でそれが分かった人はいるのだろうか

モブの描き方も謎で通行人とか他事務所ライバルであるモブアイドルとかも表現されない

「客の集まったイベントにいる書き割りみたいなモブ」か「シナリオ進行上必要キャラとしてのモブ」がごく少数いるだけ

ダンスに細かいキャラ差をつけるのに全員集合シーンでは等間隔に整列するのも面白い

いか平等主義ノルマがすべてに先んじているかがわかる

くだらないハードルご都合主義解決

2-5話までは各ユニット回ということで

仕事が回ってくる」→「なにか問題が起きる」→「解決

という普通なら色々あるであろうテンプレの流れを踏襲するがこれが絶望的につまらない

2話の撮影PV撮影で雨が降ってきたから外の撮影ができない→頼み込んで雨中撮影とか

(室内カット撮影してるヒマがあったら天気予報見て前撮りしろ)

3話のフラワーフェスティバルだかでつまらなさそうにしている男の子→花をプレゼントして解決とか

(その男の子相手してる間の他メンバーの場繋ぎとかを描け)

4話のヒーローショーがダブルブッキングでできない→プロデューサー含めて6人で即興ヒーローショーとか

(服屋に衣装を買いに行く以外の「解決に要した工夫」はなく魔法のようにヒーローショーが完成する)

5話のイルミネーションスターズ初ライブフォーメーション(そういうダンス)をするかしないか→する

(まずフォーメーションが何なのかの説明もないし、しなかったらどうなるかも提示されないし、すると決断してどう努力たかもロクに描写しない)

という他のアニメならまず許されないだろう解決案が採用される

4話がマシとか言われるけど相対的にマシなだけで普通アニメだったらダメダメである

ちなみに5話のイルミネーションスターズは多分初ライブだと思うのだが、客入りはあるしサイリウムも統制されている

こんなに簡単な話ならお隣の事務所本田アイドル辞めるとか言わないのでは

たここまでの区間では絶対ユニット同士の越境をしてはならないという鉄の掟でもあるのか

せっかくのアニメ化なのにキャラ同士の新たな関係性の提示とかも一切なされない

このアニメは何のために存在するのだろうという気分になる

後半ではそもそもハードルが設定されることもなくなり合同ライブに向けて仕事練習して終わりという筋になり

そこでは越境はあるにはあるが「すごいねー」「そっちもすごいねー」的な上っ面会話しかなされない

キャラ個性を活かせ

ライブをしない

正確に言うと2-5話では各ユニットライブシーンはあるがそれはとりあえず措く

このアニメでは6-7話にてW.I.N.G.という大会的なものがあり、4ユニットすべてが出場する

ここで何をとち狂ったかこのアニメはそのシーンを全カットし「出場前の特集番組に出ました」→「全ユニット敗退」

というアイドルアニメ史上に類例のない大技を発動し描写放棄する

W.I.N.G.はどういう大会でどういうことが求められているのかはこのアニメからはなんと一切わからない

ストーリーライン上まったく必要のない大会が設定された上にさらにそれに勝手に敗退する異常事態が発生

ゲーム本編ではW.I.N.G.ひとつのヤマなのだ

アニメ上は存在する必要がないのに全員敗退し全員勝手に悲しみ

視聴者は全員唖然とする

ゲームで同じ描写したらバグだと思われるだろうよ

そして11-12話は事務所合同ライブなのでさすがに描写するだろうと思っていたが

ここでも平等主義ノルマが発動する

11話は「ライブ会場の紹介→リハーサル→本番8曲」までやるのだがもちろん詰め込めるわけがない

ここでこのアニメはまずライブ会場の紹介からリハーサルまで全部止め絵で描写放棄

4ユニット*各ユニット2曲の8曲をAメロ途中でカットする

そうして余った時間にこれまでロクな絡みもなかった他ユニット舞台袖でなんか分かったようなことを言ったり

ここまできて未だに人格個性が見えてこないプロデューサーが眺めているのであろう描写が入ったりする

12話はさすがに新譜(なんと1曲しかないのだが…)があるだけありちゃんと通しでダンスするのでまだマシだろうと思ったら

キャラ1話だかで見たカットが途中で割り込んでくる

キャラ感情移入するための努力放棄しているのにこの演出をされるととてもイライラするというのはこのアニメを見て得た収穫

あとライブ後も似たような描写平等に割り当てられている

2期はあと7人増えるはずだが2期も平等に割り振るつもりなのですか?

カメラワーク

このアニメ3Dアニメなので多少の無理も効くだろうと思ったらライブシーンである

接写しすぎているせいで手や顔が見切れるだの

カメラが後ろから写しているため全員尻しか見えないだの

ダンスを見せようという努力と真っ向から反するカメラワークをぶちかましてくる

かいことはできるのに基本ができないのがこのアニメの全体的特徴

その他

楽曲とか3Dモデルのものについては特に記憶にも残らなかった

シナリオがひどすぎて気にする気にもならなかったとも言う

総評

ファン向けのOVAならともかく(だとしても嫌だが)

公共電波ミリしら人間も見るであろうことを考えれば絶望的にひどい

このアニメ擁護する様々な言辞が弄されているが究極的には台本カスすぎる

その点をすっ飛ばし空気感擁護している

12話すべて見た理由12話すべて見たという事実を獲得したかっただけだが

それだけだとあまりに寂しいのでここまで書いた

2期も多分見るが、たぶんなにも変わらないだろうという事実確認するために見るつもり

2024-06-29

で、「ルックバック」どうだった?

すっかり忘れてたけど今週の金曜から劇場公開らしいよ。

俺もすっかり忘れてて昨日近所の映画館スケジュール確認してて見つけたんだよね。

 

個人的には怖いほど藤本絵に似せてんなぁ……ってことと、

最近アニメ映画にしては地味だな

って感想だった。

アニメ劇場公開版だと恐ろしくクオリティが上がっていて、そんなものばかり見てたせいで「これが映画クオリティなんだ」ってラインを上げすぎてたな。

配信ova用とかなら十分だけど映画館で見るにはちょっとキツい。後なんか背景とか演出にそこまで派手さが無い。「花とアリス殺人事件」みたいな映画

徹頭徹尾藤本タツキに寄せようとして、派手なこと何もしてない。

チェンソーマンがある程度線を単純化して、派手さ優先してたのとは逆だね。

まあ、そこまで好きな漫画ではなかったが、映画及第点ではないだろうか。特にアニメチェンソーマン嫌いは持ち上げるだろうな。前半のシーンは良かった。後半になるとそこまででもないんだけど。というか、やっぱり、漫画家にならなかった藤野のシーンが割と謎な気がする。原作では何かの奇跡世界分岐したのか?みたいな解釈も出来たけど、アニメだとその後の寒々しいシーンが凄くて、「ああ、京本助かったんだ」みたいな希望を「でもそうはならなかったんだよ」と叩きつけてきてて辛かったな。

 

個人的には「さよなら絵梨」の方が好きなんで、もしこれ興行収入良かったら続けてアニメ化してくれたらいいな

 

あともう気になったのが、作中の藤野最中を見てこれからの決意みたいなのが見て取れたんだけど、

現実藤本タツキは何で未だにチェンソーマン第二部をクソ詰まんないままダラダラ続けてるんだろう。

まあ、大半そんなんどうでも良いだろ現実とごっちゃにすんなって言うだろうけど、流石にあれ見た後だと二部は迷走してんなって言いたくなってしまう。

何やってんだよ藤本タツキ

もしかして二部終了後の読み切りのための仕込みなのか?

2024-06-23

作品がオシャレになると面白くなくなる説

2024-06-17

観ていないと話にならないガンダム作品

ランク外(殿堂というかプライスレスという意味で)

初代TVシリーズ。見なくてもよい

SSS

逆襲のシャア。いつのころから蚊、CCAとか呼ばれだしたなぁ

SS

Z、SEED

 Zすっとばして逆シャアちょっと厳しいという声がある(あまり同意できないが宇宙世紀集大成としての逆シャアのため

 SEED映画やったか

S

08、00800083

 当時のOVAなど見てたら強い。あと宇宙世紀映画F91

A

 他映像作品全部

B

 SDガンダム、他映像以外作品ガイアギア除く)

2024-06-10

anond:20240610184210

映画じゃなくてOVAを先行で映画館にかけてただけだろ

2024-06-02

超時空世紀オーガス エンディング(心はジプシー)の替え歌

dアニメストアの新着を見ていたら、超時空世紀オーガス配信開始されてました。

https://animestore.docomo.ne.jp/animestore/ci_pc?workId=27125

おー、モームにまた会える!と思って1話を見たら、まだ出演していなくて、お話終わってエンディングへ。

その時、暗い記憶を思い出してしまったのでした。

エンディングの「心はジプシー」は名曲なのですが、当時のロリコンブームもあって、どっかのアニメ雑誌替え歌掲載されて、これが結構辛辣な物でした。

当時の記憶が蘇って、あんまり最後は楽しめず・・・

早く、モーム出てきておくれ。

そんなわけで、検索しても出てこないので、記憶を頼りに歌詞掲載して供養としたいと思います

 

--

 

 “I'am ロリコン” 暗い青春

 大人の女に捨てられて

 踊り明かす瞳の中にお前の

 明日を見た

 

 クラリス(*1)の為に涙 (Hey,うーうーロリコン〜)

 ななこ(*2)の為には愛 (Hey,うーうーロリコン〜)

 

--

 

  

補足

*1 言わずと知れたルパン三世 カリオストロの城」のヒロイン。当時の一般的ロリキャラ代表でした。

*2 同時期にアニメ化された、吾妻ひでお原作ななこSOS」のヒロインです。イメージシングルの「愛のロリータ」は初めて聞いたとき、こんな曲出してよいの?と思った想い出。

 

その他、キャラ名を変えて、いろいろバリエーションがあったと思いました。

 

追伸

OVA版も配信してくれないかなぁ〜

2024-05-19

anond:20240518201148

今かるくググったら「ドラゴンボールZ この世で一番強いヤツ」1990年 これでピッコロ洗脳されて悟空と戦うらしい。

ただこれはピッコロだけらしいから他にもみんな洗脳された、となると別の話になると思う

本編じゃなくてOVAオリジナル劇場版なのは確実

本編だと、洗脳じゃないけどギニュー悟空がいれかわって悟空姿のギニュークリリンたちをだますところは、おれはこどものときアニメをみていてこわすぎて、もうこれでドラゴンボールはおわったと思ってアニメをみるのをやめたくらいだった

2024-05-18

性の目覚めがギエピーだった件について

初めて増田を書いています

このこと、ずっと誰かに話したかったけど誰にも話せず、匿名のここを使います

私は今20代半ばの女です。

当時は「それ」を性的感覚とは思わなかったが、大人になってから「多分あれが自分の性の目覚めだったな」と思う出来事を、男女問わず小中学生の頃に多くの人が体験しているのではないでしょうか。

私の場合、それが所謂「ギエピー」つまり久保先生が描かれているポケモン漫画だったという話です。

私の家には、兄がいたこともあってコロコロコミック少年漫画が多くあり、私も幼少期楽しく読んでおりました。

恐らく、小学5年生くらいのことだった気がします、単行本1巻を読んでいた時のことです。

漫画が手元にないので記憶を辿りながら書いておりますが、恐らく1巻の中で最後に載っている話に、レッドピッピ達が、急に荒れた天気の雨宿りのために、ちょうど近くにあった不気味なお屋敷に立ち寄ります。(ググったところ、第7話っぽいです)

そこにはブルーという名前少年が住んでおり、とても暗い性格で、ブルー関係のもので部屋が埋め尽くされています。(その中にブルーレット置くだけがあったのだけはなぜか鮮明に覚えています。)

そして、不気味なお屋敷イメージ通り、そこでレッドピッピ達はゴースなど、ゴーストタイプのポケモン達と戦うことになります

私の性の目覚めとなったのは、次のシーンです。

ゴーストタイプのポケモン達は、エスパーを使ってピッピ達を操り、洗脳状態します。

ピッピの目は正気を失い虚ろになり、ゴーストタイプのポケモンが「自分攻撃しろ」と指示すると、「はいッピ」と言ってピッピ自分の頬を殴ります

正気に戻れ!」と声をかけるレッドに対しても攻撃をしようとしたりするなど、完全にゴーストタイプのポケモンの言いなりになっています

信じられないかもしれませんが、ここなのです。

このシーンを初めて読んだ小学5年生の私は、なんだか胸がドキドキし、体がムズムズし、同時にフワフワ気持ち良い心地になりました。

なんだかイケないことをしている気分になり、リビングソファから漫画を持ったままトイレに移動し、該当のシーンのみを何回も何回も繰り返し読んでいました。

決して性的なシーンではないはずなのですが、「味方だった人が、敵に洗脳され、言いなりになり、味方である自分のことすら分からなくなり、攻撃してくる」というシチュエーションに興奮したのだと思います

このシーンを読みながら自分の体を触ったりすることは一切なかったのですが、今思うと絶対に確実にあれが私の性の目覚めでした。

エロ漫画などでも「洗脳」というジャンル存在しているかと思いますが、なんせ私が好きなのは上記のような「味方が洗脳される」シチュエーションのため、エロ漫画等の洗脳は、それほど刺さらなかったりします。(人の性癖って複雑で難しいですね。)

多分自分より他人洗脳されているのが好きなので、恋人洗脳されるような、NTRの方が近しいかもしれません。

ここまで読んでくれてありがとうございます

かに話したくて話せなかった、私の性の目覚めの話でした。

ちなみに、同じ小学校高学年の時期に、ドラゴンボールも大好きで、よくTSUTAYAとかでドラゴンボール映画OVA?か何かもよく親に借りてもらって見ていたのですが、

その中でも上記ギエピーと同じような興奮を感じたシーンがあったと記憶しているのですが、いくらネットをググっても特定できず、何年も探しています

リゾート地みたいなところで、悟空やその仲間たちがトランプとかしながらワイワイ遊んでいるのですが、敵が襲来し、多くの仲間が洗脳され、悟空達を攻撃してくる、というシーンがあった気がするのです…。

しかすると性の目覚め直後に見た夢かもしれず、そんなもの存在していない可能性があるのですが、もし知っている方がいたら教えていただけますと幸いです!

追記

読み辛いのはすみません

これを特殊性癖とは思っておらず、ただ性の目覚めがギエピーっていうのはなかなか他にいないのでは?と思ったので、それをを主に伝えたかったです。

こういう性の目覚めだったから、こういう性癖になりました、という話です。

ドラゴンボールの件について、これを書いたあと更に調べたのですが、もしかするとドラゴンボールGTのベビー編の部分かもしれないです。あらすじとかを読めば読むほどぴったりな気がします。

2024-05-12

anond:20240512163038

2500万部「パタリロ花とゆめ国王男性テレビアニメ化、劇場アニメ化舞台実写映画

2160万部「動物のお医者さん花とゆめ獣医学部学生男性テレビドラマ

1800万部「赤ちゃんと僕花とゆめ長男テレビアニメ

1800万部「あさきゆめみしmini光源氏

1700万部「夏目友人帳LaLa ※15~17才少年テレビアニメ化(7期)、劇場アニメ化(2作)

1200万部「BANANA FISH別冊少女コミックイケメン天才不良少年テレビアニメ化、舞台

1100万部「っポイ!LaLa男子中学生テレビドラマ

1000万部「天使禁猟区花とゆめ高校生少年ドラマCDOVA

800万部「八雲立つLaLa美少年教員志望男子大学生ドラマCDOVA

800万部「エロイカより愛をこめて月刊プリンセス男色美術窃盗犯、男性

610万部「となりの怪物くんデザート男子高校生テレビアニメ化、実写映画

600万部「僕は妹に恋をする少女コミックOVA化、ドラマ化、実写映画

500万部「学園ベビーシッターズLaLa少年テレビアニメ

500万部「エイリアン通りLaLa美少年

500万部「風と木の詩」 週刊少女コミックBLOVA

400万部「ここはグリーン・ウッド花とゆめ男子高校生OVA化、テレビドラマ

350万部「オトメン別冊花とゆめ男子高校生テレビドラマ

300万部「日出処の天子LaLa聖徳太子

300万部「闇の末裔花とゆめ死神男/テレビアニメ

200万部「恋に無駄口」花とゆめ男子高校生テレビドラマ

180万部「消えた初恋別冊マーガレット男子高校生テレビドラマ

150万部「3D彼女デザート高校生男子テレビアニメ

 

 

1800万部「ミステリと言う勿れ」月刊フラワーズ男子大学生テレビドラマ化、実写映画

1200万部「X-エックス-」 月刊ASUKA男子高校生テレビアニメ化、劇場アニメ化ラジオドラマ

2024-04-29

anond:20240429114552

サイバーフォーミュラOVAで延々と続いたな

そういえばOVA文化?って無くなったの?

2024-04-20

ドル売りしてるVって大変だな…

特に10から20代の設定で売ってる女性Vが平成初期のライダー作品を知ってたりするとすぐに「年齢詐称」、「BBA」とかって荒れるけど、年齢不詳のまま活動しているゲームアニメ好きが売りのVがガチ目の無印種の思い出語りしててもコメント欄は穏やかなもんだしな…。

そもそもサブスク過去作品簡単に見られるんだから、古めの作品を知ってることがBBAに直結しない。私だって20代だけどOVA銀英伝とか、宇宙世紀ガンダムとか聖闘士星矢とかサムライトルーパーとか完走しているし、アニメ特撮好きなら古い作品精通してても何ら不思議ではないはずなんだけど、Vの追っかけにそこまで考えろってのはちょっと残酷か…。

HIGHSPEED Étoile(ハイスピードエトワール)3話

こういうのいわゆる日常回っていうの?

次回もそんな感じになりそうだな

シミュレーターとはいえ主人公ブレーキに足を置いてない

第3戦が飛ばされた

第4戦も結果のみ

ワンクールからサイバーフォーミュラーのOVA形式

レース飛ばすのはいいんだけど

第4戦で予選落ちしてるやつが最終回までにキングに挑めるのか?

(全何戦なのか知らないけど)

絵はキレイだけど美少女がたくさん出てくるだけで

レース部分はザルっぽいのが気がかりだ

無限MUGENしっかり監修してくれ

あと見落としてたんだけど

ブースト正式名称忘れた)使うとき

リアウイングが下がるのに感動した

2024-04-11

anond:20240411072907

動画工房って80年代OVA元請け1つだけやってたのは知らんかった。

原作者絶対」はどこまで通用するのか

近年、原作者自殺という最悪な結末を迎えた「セクシー田中さん」や、つい先日にも「スナックバス江」がアニメ放送中にあてつけるように原作者による自主制作アニメが公開されるなど、原作者制作サイドの関係性の問題が取り沙汰されています

これらの問題により「原作を改変してはならない」「原作者の意にそぐわない映像化はしてはならない」という声も大きくなっています

ジョージ森川先生も「原作者の声は絶対だ」と主張しています


以下は、はるか昔にあった漫画原作によるアニメ制作時に起こった実話です。

作品名スタジオ名は伏せさせていただきます

もう何十年も前、当時のある人気漫画OVAとして制作されました。

その漫画は今でも根強いカルト的人気を誇るSFコメディ漫画でした。

その漫画原作アニメ化するスタジオは、長い下積みを重ねてこれが初の元請け作品になりました。

原作者SFマインドに造詣が深く、絵も非常に達者で女の子の絵柄も可愛く、今もなお高い評価を獲得している有り体に言えば「天才漫画家でした。

そして、天才ゆえに性格もまた非常に難のある人間でした。

酔った勢いで気に入らない関係者に殴りかかったという話もある武闘派な人でした。

新旧のアニメーションにも造詣が深く、アニメ雑誌にもコラム連載を持っていました。

そんな原作者作品アニメするにあたって、やはり原作者アニメ制作にも介入してきました。

監督は◯◯◯◯(巨匠クラス)にしろアニメ化のテイストはこういうふうにしろ、ああしろ、こうしろ・・・

かなりの我儘とも言える多大な注文をスタジオに強いてきたのです。

スタジオもせっかくの初元請けなので強く出ることもできず、原作者の我儘な数多いの要望を聞き入れながら、なんとかアニメは完成させました。

関係者による完成試写会原作者も出席し、上映開始。

上映中、原作者はまだ途中にも関わらず退席し、そのまま帰ってしまいました。

後日、アニメ誌の連載の中で自作アニメ化を徹底的にこき下ろしました。


そんな作品が売れるはずもなく、失敗作の烙印を押されてスタジオも大打撃を受けました。

誤解の無いように言いますと、そのアニメは決して出来が悪いわけでもなく、単体として見ればとても丁寧に作られた良作でした。

しか原作ファンからしてみれば「?」と疑問符がでるようなものであったのも確かです。

原作の魅力であったシニカルで毒のあるユーモアは鳴りを潜め、低年齢層が見るような童話テイストに仕上がっていました。

しかしこれは原作者要求通りに作った結果であって、アニメ制作側には原作者に恨まれる筋合いはまったくありません。

にも関わらず原作者は何が気に食わなかったのか公の場でアニメ化を糾弾したのです。

スタジオ原作レイプの汚名を着せられ、次に元請け制作のチャンスが巡ってくるまで実に20もの時間を要しました。

ここで重要なのは原作者要望」はアニメ制作サイドは全て叶えてきたにも関わらず、その原作者被害者ムーブかました事です。

原作者絶対」なら、こういう横暴にも制作側は耐えなければならないのでしょうか。

原作者絶対」にも、限度というものがあるのではないでしょうか。

今後、原作者権限ますます強まる風潮になってなるでしょうが、こういう無限定な我儘までをも許してよいとはとても思えません。

今一度、原作者制作サイドの関係性を考えて、このような原作者制作サイドを奴隷玩具のように扱うような事が今後起こらないことを祈ります


後日談として、

そのアニメを作ったスタジオは今ではクオリティ定評のある中堅スタジオに成長し、アニメファンからの支持も厚いスタジオになりました。

制作したアニメ社会現象的なヒットを飛ばし、去年の紅白では主題歌が歌われていました。


原作者は今でも現役で活動していますが、これ以降二度とその原作者作品アニメ化される事はありませんでした。

2024-03-30

働き始めてから、毎週毎週定時にテレビの前にいるのはしんどくなったし、気になる引きで1週間待たされてもしんどいので、完結してから一気見するスタイルに切り替えた。結果、まどマギからこっちで完走したアニメは一つもなく、もはやたまり過ぎて消化する気力もない。dアニメストアOVA銀英伝を5日で踏破できたあの頃が懐かしい…。

2024-03-08

anond:20240307141035

「16bitセンセーション」であつかう時代ぐらいから考えなさい。

OVA」でテレビでできる限界を超えたら、いつの間にかテレビ限界も引き上げられていった時代の流れを体感してきたよ。

2024-02-23

テレ玉でやってるガンダムのポケ戦を観たんだけど

絵が綺麗で驚いた

画質の話じゃなくてね

とても30年以上前に作られた作品とは思えんかった

当時のOVA気合い入ってるの多いけど

その中でもこれはたまげた

2024-02-05

anond:20240205122529

イリヤ原作20年語り継げるいい作品だと思う

OVAはまあまあのできだったけど、ノベルゲーとかコミカライズは手を出してないな

でも今なら再アニメ化NETFLIXとかで可能かもね

漫画閾値さがってるし

2024-02-03

20年経ってガンダムSEEDという作品を供養することができた

ガンダムSeedシリーズおそよ20年ぶりの新作となる劇場版SEED Freedomを鑑賞し、自分の中でガンダムSeedという作品を供養できたので記念に置いておこうと思う。

特に宣伝というわけではない。

ガンダムSeedとの出会い高校生の頃だった。

子供の頃からガンダムが好きだった自分はワクワクしながら開始を待っていたが、蓋を開けてみると酷い出来に落胆した。

設定やMS、一部キャラの溢れる魅力と、それでも補いきれない程酷いシナリオと世の中に対する解像度の低さが目立った。

1クール目は面白いが2クール目以降は見るのが辛かった。あの頃自分と共に視聴していた顔も知らない2ch実況スレのみんなにはこの場を借りてお礼を言いたい。彼らがいなければ完走は不可能だった。

しかし従来のガンダムとは異なる客層を呼び込むことに成功し、爆発的な人気となったが、その内容に伴い多くのファンアンチを生み出した。当時のネットはまさに阿鼻叫喚様相だった。

ガンダムSeed Destiny出会った時、自分大学生になっていた。

今度こそは失敗を取り返してくれるはずだ。ワクワクしながら開始を待っていたが、蓋を開けてみると輪をかけて酷い出来に大きく落胆した。

設定やMS、一部キャラの魅力と、それでも補いきれない程酷いシナリオと 世の中に対する解像度の低さ が目立った。 1クール目は面白いが2クール目以降は見るのが辛かった。あの頃自分と共に視聴していた顔も知らない2ch実況スレのみんなにはこの場を借りてお礼を言いたい。彼らがいなければ完走は不可能だった。

続編であるDestinyの酷さはここでは語り尽くすことはできない。大勢の方が語っているはずなので割愛するが、アニメ雑誌インタビュー声優が出演作品をボロクソ言ったりしていたアニメはあまりないだろう。

ともかくこの魅力的な要素を持ちながらそれを活かしきれなかったSeedシリーズは、多くのファン絶望や怒り、憎しみ、無念、悔恨などを与え、感情が渦巻き、ネット上でまともに語ることは不可能であった。

その後ゲームコミカライズノベライズなど様々な媒体で、救済が図られ、ファンは喜んだり記憶を呼び起こされて怒ったりしていた。

前作で生み出された多数のファンアンチDestinyという作品を消化することができず、行き場を失った悪霊となって20年感彷徨うことになった。

ところで私は幼少期に放送していた新世紀GPXサイバーフォーミュラというレースアニメが大好きだった。

近所のレンタルビデオ屋に通い詰め、続編のOVAも完走していた。このサイバーフォーミュラという作品Seedには共通点がある。監督脚本家が同じなのだ

福田監督とその妻である両澤千晶である。(星山氏や電童については脱線するため割愛する)

極めて似通っていて欲しくない共通点もある。上手くいかないことを周囲に当たり散らしていた主人公悟りを開き、良いものとして描かれていく。展開もどうにもスッキリしない。はっきり言ってしまえば失速していく。

これは両澤千晶が本格的に脚本に関わりだしてから起こっていると当時から感じていた。

この両澤千晶という人物自分にとっては敵だったのだ。

今にして思えばそんな1人の介入で質が下がったのなら監督責任なのだが当時はとにかく嫁が悪いのではと考えていた。

近年の監督SNSでの振る舞いなどを見てやはりこいつのせいだったかと思い直したりしていた。

それから20年の間、親しい友人とSeedネタにし続けることで楽しんでいた。いや、都度思い出してマジギレしていたかもしれない。その間映画の話も出たり消えたりしており自分の中では無かったことになっていた。

この20年の間に私生活は大きく変わっていた。就職し、転職し、家庭も持っていた。今さらそんなことを言われても困るぞ。

Seed関連での大きな変化といえば脚本家両澤千晶が亡くなっていたことだった。私にとってアークエネミーだった人物が亡くなってしまたことに大きな喪失感を覚えた。

当時プライベートな場でとはいえ汚い言葉罵倒し怒りをぶつけていた人間が亡くなってしまった事実申し訳なさや後悔のような感情もあった。

どこ目線だと思われるだろうが、責任のようなものを感じていたかもしれない。

この間ガンダムシリーズは作り続けられており、全て視聴していた。

ユニコーンを楽しんだり00やAGEに怒ったりしていたが、Destinyときほど熱くなることはなかった。何を見せられてもあらゆる意味であれほど酷い作品には出会えなかった。悪い意味で忘れられない作品になっていた。

そんな中両澤氏の訃報を聞き、Seedという作品永遠に消化できないものとして残ってしまったという感覚しこりのようなものがあった。

昨年のことだった。唐突劇場版の公開が発表された。

私は困惑し、20年来の怒りを思い出し、また困惑し、さら困惑していた。

なぜ今?本当にやるのか?そんなことがありえるのか?どうして墓から掘り起こすのだ?えぇ……?

多分観ちゃうんだろうなという予感はありつつもとても向き合えないと感じていた。

Seedシリーズ主題歌担当し、自身声優として出演していたTMRevolutionの西川貴教氏は20年間劇場版を待っていることを公言し続けていた。

そんな西川ニキは劇場版発表後、自身Twitterでこれは我々の「業」です。と発言していた。

業。そう。業だ。さすが当事者だ。解像度が高い。

自分も業と向き合うべきだ。そう考えた私は20年ぶりに無印からDestinyまでを通して100話見てみることにした。

やはりクソだった。20年ぶりに怒りが湧いてきた。巻き込んだ初見家族もキレていた。

しかリマスターは業が足りない。絵が綺麗になっているじゃないかアスランハゲてないしクルクル回りながらビームもあまり撃たない。ストフリが汚れているじゃないか。そんな歴史改変は許してはいけない。

それはさておき20年来の友人と自然な流れで観に行くことになったが、

直前になってもどういう気持ちで向かえばいいのかわからない。

20年間溜まり続けていたおこりのようなもの、あるいは悪霊、地縛霊のようなものが覆い被さっているような気分だった。

この映画告別式なのか、送別会なのか、同窓会なのか

何を着ていけばいいのか?喪服なのか?タキシードなのか?私服でいいのか?ネクタイは何色?

結論から述べると、全裸正座が正解だった。

ネクタイ西川ニキリスペクトオレンジベター

斯くして、Freedomを鑑賞した私はすっかり浄化された。憑いていた悪霊成仏し、20熟成させたヴィンテージワインを開け、みんなと笑いあうことができた。面白かった。いや、楽しかった。みんなで見た走馬灯のような映画だった。

あのシンが活躍し、ヒーローになった。

キラ人間に戻り、ラクス人間になり、アスランネタになり、ヒーローになった。

特にシン・アスカというキャラクターが躍動することで私は救われた気持ちになった。20年間の無念がようやく報われた、そんな気がしたのだ。

映画終盤、唐突クロスアンジュが始まり西川ニキのMeteorをバックにフリーダムが神になった瞬間、私はもうこれで良い、と強く思った。

Destiny終了後すぐにこれをやられていたらキレていたかもしれない。でもこれは20年という時間が与えてくれた最高の贈り物だった。

気づけば劇場で涙を流していた。

監督夫妻が生み出し、2人に壊されたと思っていたSeedという作品ファンに、俺たちに、みんなに返してくれた。

劇場を出るファンたちはみんな笑顔で楽しそうに映画を振り返っていた。いや、アスランの話をしていた。明日はシンの話をしているだろう。

みんなが笑ってSeedの話ができるまで20年も必要だったのだ。

今まではお前はSeedが好きなんだろうと言われたら即座に強く否定していた。でも今なら本当は好きだったのかもしれないと思えるようになった。

監督気持ちの整理に時間必要だったのかもしれない。この映画監督から奥方への追悼であり、想いを綴った恋文だったのかもしれない。

いや、許さんが。

20年経っても変わらずseedの話ができる友人たち、私の業に付き合ってくれた家族ありがとう

ありがとう監督。奥様によろしく伝えて欲しい。

20年経ってガンダムSEEDという作品を供養することができた

ガンダムSeedシリーズおそよ20年ぶりの新作となる劇場版SEED Freedomを鑑賞し、自分の中でガンダムSeedという作品を供養できたので記念に置いておこうと思う。

特に宣伝というわけではない。

ガンダムSeedとの出会い高校生の頃だった。

子供の頃からガンダムが好きだった自分はワクワクしながら開始を待っていたが、蓋を開けてみると酷い出来に落胆した。

設定やMS、一部キャラの溢れる魅力と、それでも補いきれない程酷いシナリオと世の中に対する解像度の低さが目立った。

1クール目は面白いが2クール目以降は見るのが辛かった。あの頃自分と共に視聴していた顔も知らない2ch実況スレのみんなにはこの場を借りてお礼を言いたい。彼らがいなければ完走は不可能だった。

しかし従来のガンダムとは異なる客層を呼び込むことに成功し、爆発的な人気となったが、その内容に伴い多くのファンアンチを生み出した。当時のネットはまさに阿鼻叫喚様相だった。

ガンダムSeed Destiny出会った時、自分大学生になっていた。

今度こそは失敗を取り返してくれるはずだ。ワクワクしながら開始を待っていたが、蓋を開けてみると輪をかけて酷い出来に大きく落胆した。

設定やMS、一部キャラの魅力と、それでも補いきれない程酷いシナリオと 世の中に対する解像度の低さ が目立った。 1クール目は面白いが2クール目以降は見るのが辛かった。あの頃自分と共に視聴していた顔も知らない2ch実況スレのみんなにはこの場を借りてお礼を言いたい。彼らがいなければ完走は不可能だった。

続編であるDestinyの酷さはここでは語り尽くすことはできない。大勢の方が語っているはずなので割愛するが、アニメ雑誌インタビュー声優が出演作品をボロクソ言ったりしていたアニメはあまりないだろう。

ともかくこの魅力的な要素を持ちながらそれを活かしきれなかったSeedシリーズは、多くのファン絶望や怒り、憎しみ、無念、悔恨などを与え、感情が渦巻き、ネット上でまともに語ることは不可能であった。

その後ゲームコミカライズノベライズなど様々な媒体で、救済が図られ、ファンは喜んだり記憶を呼び起こされて怒ったりしていた。

前作で生み出された多数のファンアンチDestinyという作品を消化することができず、行き場を失った悪霊となって20年感彷徨うことになった。

ところで私は幼少期に放送していた新世紀GPXサイバーフォーミュラというレースアニメが大好きだった。

近所のレンタルビデオ屋に通い詰め、続編のOVAも完走していた。このサイバーフォーミュラという作品Seedには共通点がある。監督脚本家が同じなのだ

福田監督とその妻である両澤千晶である。(星山氏や電童については脱線するため割愛する)

極めて似通っていて欲しくない共通点もある。上手くいかないことを周囲に当たり散らしていた主人公悟りを開き、良いものとして描かれていく。展開もどうにもスッキリしない。はっきり言ってしまえば失速していく。

これは両澤千晶が本格的に脚本に関わりだしてから起こっていると当時から感じていた。

この両澤千晶という人物自分にとっては敵だったのだ。

今にして思えばそんな1人の介入で質が下がったのなら監督責任なのだが当時はとにかく嫁が悪いのではと考えていた。

近年の監督SNSでの振る舞いなどを見てやはりこいつのせいだったかと思い直したりしていた。

それから20年の間、親しい友人とSeedネタにし続けることで楽しんでいた。いや、都度思い出してマジギレしていたかもしれない。その間映画の話も出たり消えたりしており自分の中では無かったことになっていた。

この20年の間に私生活は大きく変わっていた。就職し、転職し、家庭も持っていた。今さらそんなことを言われても困るぞ。

Seed関連での大きな変化といえば脚本家両澤千晶が亡くなっていたことだった。私にとってアークエネミーだった人物が亡くなってしまたことに大きな喪失感を覚えた。

当時プライベートな場でとはいえ汚い言葉罵倒し怒りをぶつけていた人間が亡くなってしまった事実申し訳なさや後悔のような感情もあった。

どこ目線だと思われるだろうが、責任のようなものを感じていたかもしれない。

この間ガンダムシリーズは作り続けられており、全て視聴していた。

ユニコーンを楽しんだり00やAGEに怒ったりしていたが、Destinyときほど熱くなることはなかった。何を見せられてもあらゆる意味であれほど酷い作品には出会えなかった。悪い意味で忘れられない作品になっていた。

そんな中両澤氏の訃報を聞き、Seedという作品永遠に消化できないものとして残ってしまったという感覚しこりのようなものがあった。

昨年のことだった。唐突劇場版の公開が発表された。

私は困惑し、20年来の怒りを思い出し、また困惑し、さら困惑していた。

なぜ今?本当にやるのか?そんなことがありえるのか?どうして墓から掘り起こすのだ?えぇ……?

多分観ちゃうんだろうなという予感はありつつもとても向き合えないと感じていた。

Seedシリーズ主題歌担当し、自身声優として出演していたTMRevolutionの西川貴教氏は20年間劇場版を待っていることを公言し続けていた。

そんな西川ニキは劇場版発表後、自身Twitterでこれは我々の「業」です。と発言していた。

業。そう。業だ。さすが当事者だ。解像度が高い。

自分も業と向き合うべきだ。そう考えた私は20年ぶりに無印からDestinyまでを通して100話見てみることにした。

やはりクソだった。20年ぶりに怒りが湧いてきた。巻き込んだ初見家族もキレていた。

しかリマスターは業が足りない。絵が綺麗になっているじゃないかアスランハゲてないしクルクル回りながらビームもあまり撃たない。ストフリが汚れているじゃないか。そんな歴史改変は許してはいけない。

それはさておき20年来の友人と自然な流れで観に行くことになったが、

直前になってもどういう気持ちで向かえばいいのかわからない。

20年間溜まり続けていたおこりのようなもの、あるいは悪霊、地縛霊のようなものが覆い被さっているような気分だった。

この映画告別式なのか、送別会なのか、同窓会なのか

何を着ていけばいいのか?喪服なのか?タキシードなのか?私服でいいのか?ネクタイは何色?

結論から述べると、全裸正座が正解だった。

ネクタイ西川ニキリスペクトオレンジベター

斯くして、Freedomを鑑賞した私はすっかり浄化された。憑いていた悪霊成仏し、20熟成させたヴィンテージワインを開け、みんなと笑いあうことができた。面白かった。いや、楽しかった。みんなで見た走馬灯のような映画だった。

あのシンが活躍し、ヒーローになった。

キラ人間に戻り、ラクス人間になり、アスランネタになり、ヒーローになった。

特にシン・アスカというキャラクターが躍動することで私は救われた気持ちになった。20年間の無念がようやく報われた、そんな気がしたのだ。

映画終盤、唐突クロスアンジュが始まり西川ニキのMeteorをバックにフリーダムが神になった瞬間、私はもうこれで良い、と強く思った。

Destiny終了後すぐにこれをやられていたらキレていたかもしれない。でもこれは20年という時間が与えてくれた最高の贈り物だった。

気づけば劇場で涙を流していた。

監督夫妻が生み出し、2人に壊されたと思っていたSeedという作品ファンに、俺たちに、みんなに返してくれた。

劇場を出るファンたちはみんな笑顔で楽しそうに映画を振り返っていた。いや、アスランの話をしていた。明日はシンの話をしているだろう。

みんなが笑ってSeedの話ができるまで20年も必要だったのだ。

今まではお前はSeedが好きなんだろうと言われたら即座に強く否定していた。でも今なら本当は好きだったのかもしれないと思えるようになった。

監督気持ちの整理に時間必要だったのかもしれない。この映画監督から奥方への追悼であり、想いを綴った恋文だったのかもしれない。

いや、許さんが。

20年経っても変わらずseedの話ができる友人たち、私の業に付き合ってくれた家族ありがとう

ありがとう監督。奥様によろしく伝えて欲しい。

20年経ってガンダムSEEDという作品を供養することができた

ガンダムSeedシリーズおそよ20年ぶりの新作となる劇場版SEED Freedomを鑑賞し、自分の中でガンダムSeedという作品を供養できたので記念に置いておこうと思う。

特に宣伝というわけではない。

ガンダムSeedとの出会い高校生の頃だった。

子供の頃からガンダムが好きだった自分はワクワクしながら開始を待っていたが、蓋を開けてみると酷い出来に落胆した。

設定やMS、一部キャラの溢れる魅力と、それでも補いきれない程酷いシナリオと世の中に対する解像度の低さが目立った。

1クール目は面白いが2クール目以降は見るのが辛かった。あの頃自分と共に視聴していた顔も知らない2ch実況スレのみんなにはこの場を借りてお礼を言いたい。彼らがいなければ完走は不可能だった。

しかし従来のガンダムとは異なる客層を呼び込むことに成功し、爆発的な人気となったが、その内容に伴い多くのファンアンチを生み出した。当時のネットはまさに阿鼻叫喚様相だった。

ガンダムSeed Destiny出会った時、自分大学生になっていた。

今度こそは失敗を取り返してくれるはずだ。ワクワクしながら開始を待っていたが、蓋を開けてみると輪をかけて酷い出来に大きく落胆した。

設定やMS、一部キャラの魅力と、それでも補いきれない程酷いシナリオと 世の中に対する解像度の低さ が目立った。 1クール目は面白いが2クール目以降は見るのが辛かった。あの頃自分と共に視聴していた顔も知らない2ch実況スレのみんなにはこの場を借りてお礼を言いたい。彼らがいなければ完走は不可能だった。

続編であるDestinyの酷さはここでは語り尽くすことはできない。大勢の方が語っているはずなので割愛するが、アニメ雑誌インタビュー声優が出演作品をボロクソ言ったりしていたアニメはあまりないだろう。

ともかくこの魅力的な要素を持ちながらそれを活かしきれなかったSeedシリーズは、多くのファン絶望や怒り、憎しみ、無念、悔恨などを与え、感情が渦巻き、ネット上でまともに語ることは不可能であった。

その後ゲームコミカライズノベライズなど様々な媒体で、救済が図られ、ファンは喜んだり記憶を呼び起こされて怒ったりしていた。

前作で生み出された多数のファンアンチDestinyという作品を消化することができず、行き場を失った悪霊となって20年感彷徨うことになった。

ところで私は幼少期に放送していた新世紀GPXサイバーフォーミュラというレースアニメが大好きだった。

近所のレンタルビデオ屋に通い詰め、続編のOVAも完走していた。このサイバーフォーミュラという作品Seedには共通点がある。監督脚本家が同じなのだ

福田監督とその妻である両澤千晶である。(星山氏や電童については脱線するため割愛する)

極めて似通っていて欲しくない共通点もある。上手くいかないことを周囲に当たり散らしていた主人公悟りを開き、良いものとして描かれていく。展開もどうにもスッキリしない。はっきり言ってしまえば失速していく。

これは両澤千晶が本格的に脚本に関わりだしてから起こっていると当時から感じていた。

この両澤千晶という人物自分にとっては敵だったのだ。

今にして思えばそんな1人の介入で質が下がったのなら監督責任なのだが当時はとにかく嫁が悪いのではと考えていた。

近年の監督SNSでの振る舞いなどを見てやはりこいつのせいだったかと思い直したりしていた。

それから20年の間、親しい友人とSeedネタにし続けることで楽しんでいた。いや、都度思い出してマジギレしていたかもしれない。その間映画の話も出たり消えたりしており自分の中では無かったことになっていた。

この20年の間に私生活は大きく変わっていた。就職し、転職し、家庭も持っていた。今さらそんなことを言われても困るぞ。

Seed関連での大きな変化といえば脚本家両澤千晶が亡くなっていたことだった。私にとってアークエネミーだった人物が亡くなってしまたことに大きな喪失感を覚えた。

当時プライベートな場でとはいえ汚い言葉罵倒し怒りをぶつけていた人間が亡くなってしまった事実申し訳なさや後悔のような感情もあった。

どこ目線だと思われるだろうが、責任のようなものを感じていたかもしれない。

この間ガンダムシリーズは作り続けられており、全て視聴していた。

ユニコーンを楽しんだり00やAGEに怒ったりしていたが、Destinyときほど熱くなることはなかった。何を見せられてもあらゆる意味であれほど酷い作品には出会えなかった。悪い意味で忘れられない作品になっていた。

そんな中両澤氏の訃報を聞き、Seedという作品永遠に消化できないものとして残ってしまったという感覚しこりのようなものがあった。

昨年のことだった。唐突劇場版の公開が発表された。

私は困惑し、20年来の怒りを思い出し、また困惑し、さら困惑していた。

なぜ今?本当にやるのか?そんなことがありえるのか?どうして墓から掘り起こすのだ?えぇ……?

多分観ちゃうんだろうなという予感はありつつもとても向き合えないと感じていた。

Seedシリーズ主題歌担当し、自身声優として出演していたTMRevolutionの西川貴教氏は20年間劇場版を待っていることを公言し続けていた。

そんな西川ニキは劇場版発表後、自身Twitterでこれは我々の「業」です。と発言していた。

業。そう。業だ。さすが当事者だ。解像度が高い。

自分も業と向き合うべきだ。そう考えた私は20年ぶりに無印からDestinyまでを通して100話見てみることにした。

やはりクソだった。20年ぶりに怒りが湧いてきた。巻き込んだ初見家族もキレていた。

しかリマスターは業が足りない。絵が綺麗になっているじゃないかアスランハゲてないしクルクル回りながらビームもあまり撃たない。ストフリが汚れているじゃないか。そんな歴史改変は許してはいけない。

それはさておき20年来の友人と自然な流れで観に行くことになったが、

直前になってもどういう気持ちで向かえばいいのかわからない。

20年間溜まり続けていたおこりのようなもの、あるいは悪霊、地縛霊のようなものが覆い被さっているような気分だった。

この映画告別式なのか、送別会なのか、同窓会なのか

何を着ていけばいいのか?喪服なのか?タキシードなのか?私服でいいのか?ネクタイは何色?

結論から述べると、全裸正座が正解だった。

ネクタイ西川ニキリスペクトオレンジベター

斯くして、Freedomを鑑賞した私はすっかり浄化された。憑いていた悪霊成仏し、20熟成させたヴィンテージワインを開け、みんなと笑いあうことができた。面白かった。いや、楽しかった。みんなで見た走馬灯のような映画だった。

あのシンが活躍し、ヒーローになった。

キラ人間に戻り、ラクス人間になり、アスランネタになり、ヒーローになった。

特にシン・アスカというキャラクターが躍動することで私は救われた気持ちになった。20年間の無念がようやく報われた、そんな気がしたのだ。

映画終盤、唐突クロスアンジュが始まり西川ニキのMeteorをバックにフリーダムが神になった瞬間、私はもうこれで良い、と強く思った。

Destiny終了後すぐにこれをやられていたらキレていたかもしれない。でもこれは20年という時間が与えてくれた最高の贈り物だった。

気づけば劇場で涙を流していた。

監督夫妻が生み出し、2人に壊されたと思っていたSeedという作品ファンに、俺たちに、みんなに返してくれた。

劇場を出るファンたちはみんな笑顔で楽しそうに映画を振り返っていた。いや、アスランの話をしていた。明日はシンの話をしているだろう。

みんなが笑ってSeedの話ができるまで20年も必要だったのだ。

今まではお前はSeedが好きなんだろうと言われたら即座に強く否定していた。でも今なら本当は好きだったのかもしれないと思えるようになった。

監督気持ちの整理に時間必要だったのかもしれない。この映画監督から奥方への追悼であり、想いを綴った恋文だったのかもしれない。

いや、許さんが。

20年経っても変わらずseedの話ができる友人たち、私の業に付き合ってくれた家族ありがとう

ありがとう監督。奥様によろしく伝えて欲しい。

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