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はてなキーワード: 瓦礫とは

2020-05-24

anond:20200403084145

彼は自殺なんてしないよ。

もし自殺するような良心が残っているならこれまでに何度もそのポイントはあっただろし。

死ぬぐらいなら仕事をやめればいい。

やめても裕福に暮らせる資産はあるだろうし、年金ももらえる年なんだし。

そもそも指導者批判ぐらいで自殺するタマじゃないだろう。

ものすごい批判が起きて、辞任した指導者や、国外逃亡した指導者はいれど、批判の一つで思いつめて自殺した指導者っていなくない?

ヒトラーだって、敵軍が首都にまで乗り込んできて絶対絶命になるまで、しぶとく生きていたわけだし。

国民が何人死のうとも、首都瓦礫の山になろうとも、ね。

2020-05-10

来たれ大地震

5/11大地震が来るぞ!と騒いでいる人たちがいる

まあ根拠イルミナティカードだし人工地震云々とマジで言ってるぽいので頭の弱い可哀想な人々の妄言ではあるんだけど、それはそれとしてちょっと期待してしま

東京大地震が直撃してほしいという気持ちは前からずっとあって、今はそれに一番いいタイミングだと思うから

上京してステキ暮らしを送っている皆さんや、東京まれ東京育ちで潤沢な文化資本に浸って育ちながらそれを当たり前だと思っているクソ東京人ども みんな瓦礫に埋まって死んでほしい

大企業人員を失いまくりコロナで弱ったところにとどめを刺される形でバタバタ倒れてほしい

政治家たちも死にまくって、暗闘ごと綺麗に消えてほしい

全部リセットだ リセットリセット

全員死にやがれ

2020-05-09

anond:20200509003952

テーブルは頑丈で助かったけど四方瓦礫に阻まれて身動きが取れないまま死ぬ想像をしちゃう

2020-04-05

翻訳

知恵袋質問した質問なのですが字数制限がきたのでここに載せます

Negli ultimi anni, mi sono sempre preoccupata di procurare delle candele che illuminassero l'angolo di strada su cui affacciava la finestra della camera da letto di mia sorella, il punto in cui sorgeva il cumulo di macerie in cui mio padre iniziò da subito a scavare e da cui il suo corpo, abbracciato dal piumone e dai soccorritori, in gran parte amici, dopo 13 ore, tornò alla luce. Era giorno, dopo 13 ore, e faceva anche caldo. Eppure, il buio di quella notte e di quella strada resta inciso nella mia memoria, insieme a tanti altri particolari che spesso ho condiviso, senza che le parole mai bastassero né riuscissero ad essere definitive. Quest'anno, a causa di quel che tutti stiamo vivendo, non potrò illuminare quel pezzetto di strada, né dare spazio a quel gesto simbolico che mi dà serenità. Va bene così.

Illuminele mie finestre con le candeline che sempre ho in casa e alla cui luce spesso mi cullo e, nel farlo, mi farò aiutare da quel figlio adorato che ha per la zia pensieri di affetto che riescono sempre a stupirci, nella loro disarmante spontaneità.

Come Comitato dei familiari delle vittime abbiamo chiesto a chiunque possa e ne senta il desiderio, di accendere una luce o una candela, nella notte tra il 5 e il 6 aprile: in ricordo dei nostri cari ma anche di tutti i connazionali deceduti nelle ultime settimane , a causa del Covid-19. Un pensiero di vicinanza che non possiamo non esprimere in occasione di un dolore che per noi si rinnova immutato ma che per qualcuno è soltanto all'inizio.

So che tanti di voi mi saranno vicini con il pensiero, so che tanti di voi mi stringeranno e mi aiuteranno a fare luce, nel buio.

Vi ringrazio. Con il cuore.

6 Aprile 2016, via XX settembre 123.

5 vittime: Anna, Claudia, Katia, Piervincenzo, Rosina

[Ph. Giovanni Max Mangione]

近年、姉の寝室の窓が見える通りの角を照らすろうそくの取り方にいつも気を使っていました。瓦礫の山があり、父はすぐに掘り始めました。 そして、羽毛布団と救助者に抱かれた彼の体は、13時間後、ほとんどが友人で、明かりに戻りました。 13時間後はもう昼間であり、暑かったです。 それでも、その夜とその道の暗闇は、私がよく共有している他の多くの詳細とともに、はっきりとした言葉が足りなかったり、管理できなかったりして、私の記憶に刻まれたままです。 今年は私たち全員が経験していることのせいで、その道路の一部を照らすことも、静寂をもたらすその象徴的な行動に場所を与えることもできなくなります。 わかりました。

はいつも家に置いてあるキャンドルで窓を照らします。そしてその光の中で私はしばしば揺りかごを立てます。そうすることで、私はいつも私たちを驚かせることに成功した彼の叔母への愛情の考えを持っている愛する息子によって助けられます

犠牲者家族委員会として、私たち4月5日から6日までの夜にライトまたはキャンドルをつけることを望んでいる人や感じている人に尋ねました。私たち愛する人だけでなく、過去数週間で亡くなったすべての同胞たちを思い出して 、新型コロナウイルスのために。 苦しみの時に表現し損なうことのない親近感は、私たちにとっては変わりませんが、誰かにとってはまだ始まったばかりです。

あなた方の多くがその考えをもって私の近くにいることを知っていますあなた方の多くが私を抱きしめ、私が暗闇の中で光を当てるのを助けることを知っています

感謝します。 心を込めて。

2016年4月6日、XX Settembre 123(住所)。

犠牲者5名:アンナクラウディア、カティア、ピエルビンセンツォ、ロジーナ

[写真: ジョバンマックスマンジョーネ]

Facebookから転載しています2009年ラクイラでの地震に関する文章です。

2020-02-01

anond:20200201181353

そりゃこんなのがバズってたら流石に日和ると思う。

2019-12-20

精神障害悪党のように捏造して、身内を切り捨てる自分正当化するな。

しばらく津波に流された後、私は運良く瓦礫の山の上に流れ着きました。その時、足下から私の名前を呼ぶ声が聞こえ、かき分けて見てみると、釘や木が刺さり足は折れ、変わり果てた母の姿がありました。

右足が挟まって抜けず、瓦礫をよけようと頑張りましたが、私1人にはどうにもならないほどの重さ、大きさでした。母のことを助けたいけれど、ここに居たら私も流されて死んでしまう。「行かないで」という母に私は「ありがとう、大好きだよ」と伝え、近くにあった小学校へと泳いで渡り一夜を明かしました。

そんな体験から今日で4年。あっという間で、そして、とても長い4年間でした。家族を想って泣いた日は数え切れないほどあったし、15歳だった私には受け入れられないような悲しみがたくさんありました。全てが今もまだ夢のようです。

https://logmi.jp/business/articles/43361

迷惑じゃなくて感謝しかない母親であっても、いざ自分ピンチになれば俺もお前も結局は肉親を見捨てて逃げるのだ

相手が悪くなくても、自分ピンチになれば切り捨てる。

それが俺もお前も日本人の全員

自尊心を満たすために、切り捨てる対象悪党でっちあげるのは卑劣

anond:20191219023538

2019-10-27

仕事頑張って終わらせてもこきたないおじさんだしトボトボ家帰ってまた朝出てくるのつらい。いっそもうつらいのとか痛いのとか感じないロボットかなんかになって壊れるまで働いて廃棄されたい。瓦礫の山で雨に打たれて錆つきながら寂しさも何も感じず空を見つめてたい。

2019-10-21

anond:20191021211409

「おめェもボスになったんだろぉ?この瓦礫の山でよぉ」

2019-10-20

こういうの

主人公「よかった。無事だったんだな。」

友人「ああ。どうにかな。」

主人公「所で妹のハナコはどうした?」

友人「ハナコは…瓦礫にはさまれて動けなくなって…置いてきてしまった…」

主人公「…お前、誰だ?」

友人「え?」

主人公自分の命より大切な妹をお前が置いてくるなんてあり得ない」

友人「…お前に何がわかる!それが妹の意思だったんだ!あの状況じゃそれ以外にどうしようなかった!」

主人公「…そうか、つらいことを思い出させて済まなかったな」

友人「ああ、それじゃ早く行こうぜ。ここは危ない」

ズブッ(剣が胸から突き出る)

友人「な、んで?」

主人公「友人に、『妹』なんかいねえよ偽物野郎

こういうの好き

2019-10-18

anond:20191018103948

瓦礫で脳天叩き割って、台風で飛ばされてきたのにたまたま当たったことにする

2019-10-17

台風地震が同時に来なくてよかった

伊勢湾級の超大型台風関東上陸している時に南海トラフ巨大地震が起きたら、大雨による洪水津波が合わさって大惨事だったし、土砂災害も大雨で地盤がゆるくなったところを地震で揺らされるナイスな合わせ技でとんでもないことになっていたし、地震で倒壊した建物瓦礫などが暴風によって宙に舞っていた。

家を壊されて埋まるか溺れるか切り刻まれるか選べって話だ。選べないが。

台風地震が示し合わせて片方ずつやってきてくれるなんてことはないから、可能性としては同時に起きることはあり得る。同時に来なかったのは我々が幸運だっただけに過ぎない。

地震呼応して富士・浅間・箱根その他関東近辺の火山が一斉に大噴火するとさらヤバイ

こんな過酷環境自分は生き残れる気がしない。

もし日本を滅ぼして新しい国家を作りたい人がいたら絶好のチャンスだね。

2019-10-09

anond:20191009223507

全部読んでから書いた。2011年ならその言葉には価値があったと思う。今は違う。

瓦礫は片付いた。かさ上げはもうすぐ終わる。仮設ももうすぐ消える。原発付近道路はもう車両通行できる。電車だって走ってる。

「今この瞬間どうしようもないことに対する罵声」よりも「どうしようもなかったことに今も立ち向かう人々」に目を向けるべきなのに彼らはそうしていないように見える。見たいものを見たいようにしか見てないように見える。それはオナニーに見える。

anond:20191009091749

瓦礫の中で不安や怒り、やるせなさを抱えながら叫ぶ「被爆最高!」や「放射能最高!」は、どういった文脈にあるのか、少しは考えてみたらどうか?

お前らにさんざん忌避され差別されたからこそ自虐としてそう叫ばざるを得ない状態に追い込まれたっていう文脈だよね

クズじゃん

まーたネトウヨ完全敗北なのか

被爆最高!放射能最高!」はヘイトではない。

表現不自由展のこの件。

https://b.hatena.ne.jp/entry/blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1994497.html

チンポム作品が今更炎上させられてる。正直怒りに震えている。これを反日作品と呼ぶのは、あまりミスリードが過ぎる。

相変わらずの痛ニューには、作品文脈解説するものはなく、ひたすら切り取りと扇動のみ。キャプション読まなかったのか?展示の仕方が不適切!とか言ってるやつは、日本語読めないのかな。

本人のインタビューからチンポムのこの「気合100連発」という作品文脈を紹介する。

これぐらいは、自分達で調べてほしいのだけど、そんな能力のない人間ばかりのようだから

http://realkyoto.jp/article/talk_takayama-ushiro/

https://www.barks.jp/news/?id=1000072504

2011年福島第一原発事故からすぐのときに、原発から50kmのところの相馬市被災した男の子たち6人と映像を撮った。

震災後に現地で出会った、自らも被災者でありながらボランティアも立ち入ることが出来ない地域瓦礫撤去を続ける若者たち

Chim↑Pomの4人を含めて10人で円陣組んで、アドリブガンガン気合いを入れあっていく。スクリプトはなし。言うことはばらばらで、何を言ってもいい。地元の子たちも盛り上がって、徐々にポジティブになっていく。「車欲しい」とか「彼女欲しい」とかボケ始め、最後は「放射能最高!」と叫びだしたんです。僕らはその明るさに衝撃を受けました。

>この作品自体は、反原発とか推進とか、政治的立場はまったく取ってない。ただ、被災当時の若者たちエネルギーをそのまま単純に映し出した作品

まり、この 「被曝最高!放射能最高!」は被曝を恐れず復興に尽力する当事者達の、まさにその瓦礫の中での発言なのだ

映像を見ればわかるけど、最初は「復興頑張るぞ!」から始まってるし、「お母さんありがとう!」とか、「日本最高!」とか、「友達だぞ!」とか、「自衛隊の人ありがとう!」とか、写されてるのは全くもって普通田舎若者である。そんな被災者の若者達が、瓦礫の中で不安や怒り、やるせなさを抱えながら叫ぶ「被曝最高!」や「放射能最高!」は、どういった文脈にあるのか、少しは考えてみたらどうか?

こんなのは少しでもまともな感性があれば、フランクルのいわゆる「逆説志向だって分かるだろうに。つまり自分の力ではどうにもならない逆境積極的に立ち向かう、明るさや強さの表れなんだよ。そういうエネルギー作品にしてるの。

批判するにしても、それぐらいは前提としてくれよ。

何が「反日」だよ。何が「人間じゃない」だよ。何が「ただただ気持ち悪い」だよ。

頼むよほんと。

追記

当人たちが動画最後には「放射能最高じゃないよ」「ふざけんな」と発言してるが、痛ニューリンクされてる短縮版ではカットされてるとのこと。

2019-09-13

anond:20190911130333

ラップ。止血や、断水時にお皿の上に被せて使う。

使い捨てラテックスなどの手袋

マスク瓦礫になった街を歩くときしていないと、喉や肺がやられるよ。

2019-08-30

字下げっち愛好会

アルジャーノンに花束を、の書評で「エレベーターのようにぐんぐんと打ち上がって、頂点に達して真っ直ぐに落ちていくような、勢いのある話だった」って言うのがあって好きだったんだけど

字下げっちの文章には同じものを感じるよね。

かつては拳を振り上げ熱狂したもの熱狂した同志、熱狂した場所があったのに、今は誰もいない。踏み潰された草地と、忘れ去られた立て看板とがあるだけ。まるで、何にも残らなかった戦争みたいで好き。

今日特にいい。そこそこ文の意味も通るし(そのせいでちょっかいかけられてるけど)、何より失われたものの輝きを上手く描けている。警察教授など、明確な抗えぬ悪者が出てくるのも好きよ。被曝跡地で燃え尽きた家の瓦礫の陰に、溶けて輝くガラス瓶の埃を拭うような美しさがあるわ。

たまに正常側に針が振れてる時の字下げっちの文章垣間見える理路整然としたもののも、かつての栄誉の面影が見えるからいいよね。

もうすっかり、歪みきってしまっても、昔はそこにあったと思うとエモーショナルよね〜。

2019-07-31

グラブル1秒も遊んだことがないけどグラブルは好き

課金と長時間プレイ以外何もできない連中が、攻略サイト情報丸コピした同じようなビルドを手に寄り集まって、必死ボスをペチペチして倒すことで得られる連帯感に必死にしがみつく姿がとても愛おしい。

プレイヤースキル要求が高まりすぎた多くのネットゲームが失ってしまった姿がここにはまだ残っている。

求められるのはたった3つ。

課金して強いキャラを引く

古戦場から逃げない

グラブルこそが自分QoLを支えていると確信する

かつて多くのMO/MMOが掲げていた理想郷約束された祝福の地がまだここにある。

とっくに滅んだと思っていた。

パズドラ文明の慈悲と好奇心により瓦礫の中から蘇ったはずのROですら失っていたもの、古のネトゲがまだこの世界で生きている。

架空世界有象無象の住人となる権利と、人生の大切な時間等価交換

そのレートはちゃんと生きられた人間からすればあまりにもアコギで、生きることに失敗した人間からすれば恐ろしく割が良い。

こんな世界がまだ残っているんだ。

ジャングルの奥で、伝説の中に消えていったはずの部族文明に取り残されたままで手つかずのまま生き残っていたのを発見したような感動。

グラブル、大好きだ。

絶対プレイしないけど。

2019-06-24

存在しない猫

いもしない猫の妄想をする。

子猫をもらい、飼い始める妄想大地震で家がなくなり、猫を探すが見つからない。這々の体になった頃、パニックになった猫が、かつて家があった瓦礫の下から這い出てくる。抱きしめて泣く。猫の名を呼びながら。ここでもうボロボロ涙が出るし、初めてうちへやってきた日の写真を猫と一緒に見る妄想なんかも、最高に泣ける。

存在しない猫は、最期廊下の隅で死ぬのだ。ありもしない家の、廊下の隅で。

そんな妄想がやめられない。疲れてんのかな

2019-05-08

anond:20190508150451

津波って水の壁が色んな瓦礫と一緒にぶつかってくる状態で、泳ぎでなんとかなるもんじゃないぞ

助かったのは、津波が来る前に高いところに避難できたか、しがみついて耐えられる建造物があったか

2019-04-09

anond:20190409045845

人間動物迷惑をかける点ですが、フウチョウたちが「確かにヒトのおかげで助かったケモノもいるが、ヒトが不用意に近づいたばかりに、迷惑するケモノもいたかもしれんぞ」と明確に問いかけてるんですよね。これに対するアンサーは必要であり「テーマとして昇華していない程度の示唆」で終わらせるのは無理があります

しかに。フレンズの選定や居心地の悪さ、フウチョウの問いかけも含めると、制作意図があったのは反論しようがないです。ならば、それをテーマに絡めることを諦めたというのはどうでしょう。ここ最近の界隈の雰囲気を見ると、けもフレ1でさえ信者とまで言われるほどの熱心なファンに「へーきへーきフレンズで得意なこと違うから」「のけものはいない」のような世界観を教える事はできなかったわけじゃないですか。結果論ですが、船長ワカバが休んでれば赤い木の騒動なんて起こらなかったのに、それを作ってるたつき監督自身が過労気味なわけじゃないですか。物語を使って視聴者特定の行動を促すというのは実は無理なのではないでしょうか。おっしゃったアイデアにあったようにキュルルちゃん人類の罪を贖罪してしまえば、見ている方はスッキリした気分になってしまって何か教訓を得ることはないということです。制作サイドに人間が歪めた動物について考えてほしいという善意があって、それをエンタメ物語に乗せて実現させるための方法として、示唆で止めておく手段を選んだ。いかがでしょう。

俺は、ビーストは死んでないと思います。そこにけもフレ2の作劇の方針がみてとれる気がするのです。個人的にはビースト周りのドラマはなかなかに心揺すられました。パークの重鎮のかばんさんさえ”アイツ”よわばりする厄介者イエイヌを追い詰めサーバル撃退されたけど、スケッチブックの集合絵に入れてあげた。「解りあえなかったとしても、解ろうとするのは別にいいじゃん」、ボートに現れたビーストから逃げることを促されてもこのまま行くと言い切る。キュルルちゃんの思いが言葉だけじゃなく行動になるまでに固まる。それでビーストが大暴れするので気持ちいいわけです。このドラマ普通に決着させようとすると、うーんたとえば、瓦礫の中にビーストを探したが見つからず、足跡がパークに続いてくのを見て「いつかまた会おう」とひとりごちる、とかになるでしょうか。でもそうせずに瓦礫に埋もれて消える描写にした。ホテルメンバーの救済のために尺が足らなかったのかもしれませんが、俺は刮目してみていたので気づいていました。ホテル屋上のあの位置は頭上に障害物はなく、瓦礫に埋もれたのはカメラのほうだと。つまり誤解させる演出になっているわけです。多くの視聴者初見で、ああビースト死んだのか可愛そうやな、とおもってSNS悲鳴を流します。それで解析班が動いて「ビースト死んでなかった!」という記事ホットになる。木村監督は交代時に、けもフレ1の魅力は散りばめられた伏線、のようなことをおっしゃってたと思いますネット考察版が動くことを期待して放映後に爆発する仕掛けを組んだというわけです。エンタメ作劇的には王道ではないでしょうが、このような狙いがあったのでは。

俺はけもフレ1・2・ケムリクサすべてで、伏線や回収、世界観の開示などを目を皿のようにしてさがし、それに理屈をつけるような見方をしています。それで楽しめていますけもフレ2では話の途中に掛け合い漫才みたいなのが頻繁に入ってくるので、その部分もニコニコながら見ていました。確かにドラマとして登場人物紆余曲折が一つのテーマ収束していく様はあまりけもフレ2にはないですが、その部分に多くを期待しない鑑賞スタイルには合っているような気がします。

何話か見返したのですが「キュルルの手がかりの絵が尽きた」ことが描かれたシーン

一話の最後スケッチブックをめくり千切られたページを目にするシーンがあります。状況的にあそこでは手がかりを見つけるために捲っていたのであのページが最後になることはキュルルちゃんは判っていたと思いますホテルでリョコウバトに集合絵を渡すときに、観覧車の次のページに集合絵を描いていて、その次が白紙であることが一瞬見えます

キュルル自体の魅力が損なわれ、作品自体への評価が下がります

キュルルちゃん立場から見て、イエイヌ価値観尊重してああ言ってあげる、というのは悲劇トリガーには観念的にはなっていますが、無責任・悪意のある行動には思えないです。カラカルが介抱していて危機的状況から開放されて安心しているという状況です。みため年齢的に見ても致し方ないかと。キュルルちゃんは魅力的なキャラクターとして描かれていてそれは成功していると思っています。この扱いで好感度が下がる合理的理由はないでしょう。

強敵との戦いをどう盛り上げるか、逆転を、どう印象づけるかの工夫がありますフレンズセルリアンとの戦いは、あまりそうした工夫がなく、盛り上がらなかったです。それなら誰かが「野生解放!」と叫んだほうがわかりやすいでしょう。

けもフレ1では仲間に呼びかけるために、野生解放宣言していますけもフレ2の該当の戦闘ではそのタイミングで一対一だったので言う必要がなかったのもあると思います。突然漫画演出になるのはリアリティが下がって興ざめするので、盛り上がるためだけに叫ぶのは良い方針ではないと存じますしかし確かにセルリアンとの戦闘けもフレ2全体で退屈な仕上がりになっている印象は否めないです。制作なりに「優しい世界」を目指した結果ではと考えています戦闘けもフレ1に比してもピンチ感は少なくなりました。見返したときに緊張感が高くならないようにあえて戦闘テンションを抑えたということです。最終戦での野生解放が叫ばれなかったのを考えていたんですが、する必要がなかったというのが答えだと思いますホテルメンバーが囲まれたのがおそらく最大の危機的状況ですが、そのときにおいてもホテルに現れるペパプを妄想していました。いよいよとなれば解放する気だったのでしょうが、ペパプ本物が登場して救われる流れになります

最終話評価は、それまでの1~11話の評価と切り離せないものですので。視聴者に信用されるために、制作者側は信用を積み重ねる必要がありますが、そこがうまくいってないわけです。

セルリアン集合シーンはけもフレ1の名シーンほどの決めカットではないです。先に申し上げたとおり、あの状況ではああいう絵にしざるを得ない、共通性を見出すのは無理矢理のこじつけですよ。信用がないと言うより、悪意があると信用されていた、というほうが実態に近いと思います監督交代騒動のツケを支払わせるために問題表現を探したというこです。たしか結果的には新体制が信頼を積み上げることに失敗した、というのは同意します。しかしその責任制作側にあったとまでは言い切れないです。ところで、けもフレ1でたつき監督が序盤で信頼を積み上げるような何かをしていたか、というのはずっと考えていました。一話で退屈と断じて切り捨てたという視聴者はよくいるし、伏線-回収のループを重ねていけば意味のあるシーンを作れる作家だとわからせることができるけど、そういうのってしてましたっけ?

キュルルのおうちが、見付からなかったことに、消化不良があります。次に、キュルルが「おうち」を諦めるに至る過程曖昧なので、ドラマが盛り上がりません。

けもフレ2では現実的な厳しさを書いたのではないでしょうか。けもフレ1へのアンチテーゼというか、ご都合主義的ではない、よりリアル世界観フレンズ同士の親切心を浮き立たせたかった。一話を見てパーク内にキュルルちゃんのおうちがあるような気はしないわけです。家族の元に帰ってENDは想定しにくい。案の定見つからない。イエイヌは救われない。ビーストはどうしようもない。でもそれぞれに現実的な進展が与えられるわけです。エンタメ文法でみるとドラマとしては盛り上がりに欠けるでしょうがスッキリとしない視聴感がビターな感じはあると思いますケムリクサでの最終話EDの、りりが救われた風の描写は俺に、感動したけどこれ結局お話に過ぎなかったんだな、という思いを与え、肩透かしでした。

ところで、けもフレ1のテーマは何だったのでしょう。かばちゃん成長物語と捉えると、1話では彼女は頼りないですが、11・12話で存在感を見せつけたという感じであまり変化がない。ミライさんのフレンズ生存理由になったり細かい伏線の繋がりは合ったのはわかります。それぞれの話でドラマが見事だったのも異論ないです。でも全体としてのドラマどうでしょうケムリクサは逆に全体としての物語性が強いです。けもフレ2は両方のフレーバーを持っている。その話での起承転結と「おうちテーマ」のための全体の流れが合わせて練られている。イエイヌが”おうちにお帰り”といって拒絶されるのは全体のために必要だけど、イエイヌ回単体ではキュルルちゃんサーバルカラカルの在り方を見せられて自分との違いを見て挫折して去る、くらいでよいわけです。ただ各話においてフワッと見ているだけではドラマとして盛り上がりに欠ける、というのは改善余地は合ったかもしれませんね。

批評として使うなら、定義必要になるでしょう。

いえ、今はまだ固まっていない段階です。その正体をつかめない段階で用語意味を固定してしまうと先へ進むことができなくなるでしょう。必要ときにその都度「この作品のこの部分は優しい世界か?」「優しい世界とはなんだ?」を繰り返して意味を掘り進めていくべきです。

スギスを狙ったのなら、作品の出来とは別にマーケティングミスです。そういうのは事前に告知して心の準備をさせるのが良いかと。

絵柄が大きく変わっていることは初見でわかりますSNSで憤慨しているファン監督交代騒動は耳にしていたはずです。ファン必要以上にセンシティブになり、前と寸分違わず同じもの要求した、そのように見ていますけもフレ2も最初からスギスしていたわけでなく、センちゃんアルマーさんの実態ジャングルメンバーなど、段階を追っての開示になっているとは思います(話がずれるかもしれませんが、「危険きわまりない溝ができています!」は、好き嫌い分かれるネタを初っ端から突っ込んできたな、と思いました)。

付録

スギスした作品はギスギスした作品で楽しめる人も、癒やし系作品の続編として出されると「思ったのと違う」ってなりますよね。ラーメン屋いったらサンドイッチが出てきたみたいなもんで。

面白いので http://blog.livedoor.jp/fukukan2009/archives/52307013.html 及びその次の記事より引用します。

別の場所コメントでは「カレーを頼んだのにXXXが出てきた」といっている人もいました。俺は「カレーハヤシライスビーフシチュー」くらいの印象です。

2019-03-15

マクロスフロンティア劇場版を見た(前)

anond:20180903115144 の続き。

NHKで全マクロス投票(https://www.nhk.or.jp/anime/macross/)が開始されましたね。えっご存知ない?そんなあなたはこんな文章を読む暇があるなら今すぐ回れ右して魂の一票を投じましょう。ちなみに増田複数票なら初代とプラスも入れるのにと作品フロンティアキャラクターは真っ先にシェリル投票してその後に悩み抜いた末、もっとも印象的だった人たちであるカムジン文化の負の側面を体現してみせた)と熱気バサラ歌の力のみで世界を救った)に投票しました。

以下ネタバレ全開の感想。なお、三角関係の項が相当気持ち悪いので注意。

追記。視聴環境バンダイチャンネル劇場版マクロスFイツワリノウタヒメ〜(HDクオリティ)」(https://www.b-ch.com/titles/3414/)の7日間視聴コース。540円なり。

劇場版マクロスFイツワリノウタヒメ

ストーリー

冒頭の新曲ライブでいきなり劇場版クオリティを見せつけられたのだが、正直前半はTVからの流用が多かったので、間違い探しをしている気分だった。しかしそのせいで新規カットは圧倒的にシェリル関連であることに気がついてしまった。後半に入ったら新しい映像ほとんどになったのだが、TV版と展開の違いは無かった。一番大きなTV版の違いはアルトに託したシェリルイヤリングが無くならなかったことかな。イヤリングシェリルの手元に一つアルトの手元に一つ……つまり……。

個人的には人間関係を積み上げる日常パートも好きなのだが、劇場版でやっている暇ないよな。ちなみに一番好きなシーンは、自由落下中にシェリルの髪が風圧で直毛になるところと、オズマガウォーク変形で地上回避をやってみせるところと、事故アルトにのしかかられたシェリルが焦って思いっきりグーパンチアルトに叩き込むところ。

バルキリー

VF-25は相変わらず超かっこいい。そしてTV版の感想で不満点として挙げた待望の地上戦が最高の演出で追加された!フロンティアの街という市街地舞台重力異常というフレーバーを加えたことで、ビルの合間を漂う瓦礫回避しながらバジュラを撃墜するというものすごく映える状況が生まれた。高速で移動をするバルキリーが浮遊する瓦礫をマニューバやガウォーク変形で回避しながらピンポイント射撃を行い再びファイターで加速する。すなわちバルキリー様式美。そしてその高速機動を行うバルキリー追従するカメラワーク。最高アンド堪能である

前回のマクロスプラス感想で、現代戦闘機マニューバはプラスゼロで濃密に描かれているので、それらを超えるドッグファイトを描くのは難しいのではないかと書いてしまったが、完全に誤りだった。疑ったことを深く反省する。シチュエーションさえ違えば十分に新鮮なドッグファイトを作れるのだ!それから戦闘中に操縦桿やペダル操作をしている部分を描写するのはリアルさを感じてグッド。

三角関係

まず最初にこれだけは書いておく。 (祝)シェリルさまがメインヒロイン! いやもうデート日常パート新規カット追加や、劇場版でのランカシェリルポジション変更(ランカは初対面から後輩に、シェリルトップアイドルから怪しいトップアイドルへ)、失われなかったイヤリングにより名実ともにメインヒロインと言って良いだろう。特にシェリルデートパート新規に書き起こされたのに対して、ランカは歌の道へ歩む大事きっかであるアルト紙飛行機幻視に変更された。TV版と同じくランカがフォルマで what 'bout my star を歌い出すきっかけとなるのはアルト紙飛行機なのだが、劇場版ではアルト紙飛行機飛ばしていない。だからランカの見た紙飛行機は空へと溶け込み、(今後を暗示して悲しいが)幻想だったことが分かるのだ。

TV版では、シェリルランカの歌うことに対する気持ちというのは、シェリルはただ一つだけの自己表現手段であり、ランカはみんなに歌を届けたいと思っていたけど実はアルトに聞いてほしいというものだった。TV版でランカ三角関係一角を占めていたのは、この気持ちが育つ段階があったからに思う。だからランカが以前からアルトに淡い気持ちを抱いていたという劇場版の変更は、ランカフラグしか見えなかったよ。劇場版関係性の中でアルトランカを引っ付けようとするなら、シェリル強制退場するしかないよなーなんて思っていたら……サヨナラノツバサへ続く。

新曲を含め劇場版でも好きな曲はいっぱいある。OPから鮮烈なビートを叩きつけてくる「what 'bout my star」、を耐えたと思ったらいきなりの新曲アンドグリグリ動く劇場版クオリティ3Dモデル言葉も出なかった「ユニバーサルバニー」、悲しすぎるニンジン再びの「スターライト納豆」とランカの変形(とキメ顔)含めてメロディアス名曲であるダイナム超合金」、雪降るシティに寄り添うような歌声の「そうだよ。」などなど語りたいことは大量にある(そうだよ。の歌詞、サヨナラの伏線だったのかな)。

しかしながら劇場版増田が一番好きな曲は「pink monsoon」。この曲はアルトシェリルデート流れるロウな曲調かつ大人っぽい歌詞の曲なのだが、個人的にこの曲以上にフロンティア街角流れるのにふさわしい曲は無いと思っている(次点でwhat 'bout my star)。シェリル・ノームがトップアイドルアルトランカ学校バイト毎日過ごしている、そんな平和な街の日常テレビラジオからこの曲が流れている。そんな感覚を呼び起こすような曲だ。pink monsoonを聞いていたら、マクロスフロンティアという作品が好きな理由には魅力的なキャラクターや歌があるけれど、坂と路面電車、街中のSFガジェット中華飯娘々やゼントラモール、そんな近未来感とノスタルジーに溢れたフロンティアの街そのものがすごく好きなんだなって思った。魅力的なフロンティアがあるからこそキャラクターたちも生きてくるのだな、と。

ところで「pink monsoon」の歌詞があまりにも曲調にマッチしているから、作詞家Gabriela Robinって誰なのか気になって調べたら、菅野よう子さんの変名だと知った。菅野さん、作曲センスだけでも才気爆発しているのに加えてアレンジまで手がける超人だと思っていたら、さら歌詞まで書けるのか。もしかして菅野よう子さんって天才では?

それから音楽演出で感心したことがあったのでメモ。後半の「ライオン」の時に気がついたのだが、歌ありの曲は全て劇中に音源があり、しか音源状態が音に反映されている。例えば「ライオン」であれば、ランカセリフを喋るのはシェリルが歌っている間で、シェリルが喋るのはその逆。そして二人が喋るときは間奏など歌詞が無い時。また、サヨナラノツバサになるけど、ビルの壁スクリーンからダイアモンドクレバス」が流れる時はスピーカー品質が良くないので音が割れる(ひび割れた歌がギャラクシー非情作戦象徴するという演出効果)。気にする人はそれほど多くないかもしれないが、このような劇中歌整合性に対する細かい演出は非常に好感が持てる。歌が作品の柱というだけのこだわりであると思う。というか自前の歌でストーリーを回せてしまうのって冷静に考えたらすごいな。

サヨナラノツバサまで入らなかったので次:anond:20190315022241

2019-03-11

anond:20190311231559

マスクして瓦礫の街を歩くとね、目的地についたらマスクグレイになってたんだよ。

映画のセットかなって感じ。

2019-03-05

津波

津波は波と書くけど、サーフィンの波のようなものが来る訳ではなかった。

すごいスピード土地全体の水位が海の方から上がって行く感覚

怖いのは水で溺れる事じゃ無い。

海岸から巻き込んできた瓦礫や倒木、ガラス鉄板トタンコンクリが、ものすごい勢いで動きながら自分にぶつかって来る事。シュレッダーみたいになっていた。

身が引き裂かれる。刺さる。恐怖。

映画ドラマアニメーション。どれも。津波はただのBIGWAVEとして描いてある。

「さっきのシーン、巻き込んだ車や街頭、雑多なもの質量が足されてないし、津波ってこんな風に来ないよね。足元に水が来たと思ったら目の前に瓦礫や残骸の塊が押し寄せるのが津波だよね。」

と思いながら、パニック映画を冷ややかに見る。

さっきまで動いていた車が津波に流されたのを見たときのショックと涙は忘れない。運転手は生きてないだろう。

忘れてはいけない。

2019-01-26

復讐する勇気がほしい

3年近く経った今でも、憎くてたまらない奴がいる。

電子レンジの待ち時間やら、掃除機をかけているときやら、そういうときにふっと、どうすれば家族迷惑をかけずにスマートそいつ復讐できるか考えを巡らせている自分がいる。

できることなら殺したい。たとえば災害時にそいつ瓦礫の下敷きになって身動き取れなくなっていたら、周りにそいつ以外誰もいなかったら、自ら手を下すまでは行かずとも、自分では絶対助けないし、そいつが救助されにくい状況を作るぐらいはすると思う。

できることなら死んでほしい。レイプでも手足欠損でも顔面火傷でもなんでも、そいつに生き地獄に落ちてほしい。

そう思っているのに、実際には私は何もできない。

今日はどうしてもどうしても我慢できなくて、そいつ職場口コミに星1つつけて消されない程度の悪評を書いて投稿した。投稿完了した瞬間、胸がすっとしたのと同時に、罪悪感と、自分投稿したのがばれたらどうしようという不安と、幼稚な言葉で幼稚な真似をしてしまった後悔に襲われて、すぐに消してしまった。

そんなに簡単個人特定されるはずもないのに、どうしてこうも小心者なんだろう。自分ゴミ箱蹴っ飛ばして散らかしたゴミ自分で集める悲しさがなんとも言えない。

職場を辞めてすぐに、そいつの連絡先は削除していた。それを使って復讐ができそうだなと当時から思っていたのだが、実行しそうで怖くてその選択肢を消してしまった。今は後悔する気持ちと、やっぱり消しておいてよかったという気持ちが半々だ。

きっと一生憎み続けるんだろうが、一生復讐はできないままなんだろうなあ。せめてあいつが私より先に勝手に、できれば孤独に死んでくれることを願う。

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