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2024-02-24

anond:20240224190656

2018年社会教育調査統計表(文部科学省)で、長野県内の博物館美術館の数が345館で日本一であることが発表されました。続いて、2位が北海道で331館、3位が東京都で312館です。美術館数だけで見ると、日本全国の美術館総数の約10%が長野県に集中しています。このことからも、いか長野県に多くの芸術文化が眠っているかを知ることができます

https://www.go-nagano.net/tradition-and-culture/id19400

 人口10万人当たりの美術館の数は、1位「山梨県」、2位「長野県」、3位「島根県であることがNTTタウンページ調査により明らかになった。リゾート地として人気の地域美術館が多く、リゾート客が美術館集客力アップにつながっていると考えられるという。

https://resemom.jp/article/2016/09/29/34034.html

2023-12-31

クラスで一番の嫌われ者だった彼が地方公務員になって無双するお話 part.2/7

前 https://anond.hatelabo.jp/20231231221400

一つ目だ。文化教育的なイベントでのことを話したい。

その年の秋だった。F君を見直す機会があった(良くも悪くも)。イベントの動員があったのだ。社会教育課という部署がやってる子ども向けの企画で、市内にいる英語圏出身小学生と一緒に多言語学習をしよう! というものだった。

イベント自体は年にたくさんあって、比較的若手の職員が動員されることが多い。そのイベントに、福祉から自分とF君が出ることになった。

人権学習センター文化ホールみたいな建物で、イベント日曜日にあった。集合場所に行くとF君がいた。いつもの様子だった、ぶっきらぼうに突っ立ってる。でも、社会教育課の人から声をかけられると、にこやかに対応していた。設備業者なんかと窓口でやり取りする時も、F君はスマイル0円対応していた。職員に接するのとは大違いだ。

で、だ。それから時間もしないうちに、市内の英語圏出身小学生約十人と、一般児童も約十人と、職員約六人が集まった。ALTの人も何人かいたか。600㎡はあるホールを貸し切って、まずは英語圏児童向けの遊び(日本でいうと『だるまさんが転んだ』レベルのやつ)をやろうということになったのだが……一般的な地方公務員は、英語を一切話すことができない。実際、この職員の中で英語が話せる者はいなかった。ALTを除いては。

それが災いしてか、英語圏ゲームルールは配布冊子で辛うじて理解できたのだが、日本小学生の子どもに伝えることができなかった。これでは、英語圏小学生一般児童をつなげられるはずもなく。ALT日本語がいまいちで。

ピンチだった。俺は英語が喋れない。昔、渋谷若い外国人男性に話しかけられた際、しどろもどろになって「Are you money?」と反応するのが精一杯だった。「Sorry I'm money……and you?」みたいなことも言った。

社会教育課の職員も、「うわ、どうしよう。想定外」みたいになってた時、F君が後ろの入口からひょこっと出てきた。後ろにはALTの人が付いてる。するとだ、ヤツは小学生(英)に向かってさ、流暢な英語で話し始めたのだ。洋画俳優が演じてるみたいな、ナチュラルチーズナチュラルボーンなやつだった。

あれには驚いた。英語を話せる地方公務員を見たことはなかった。普通は喋れない。まあ、F君の英語の腕前はわからないけどさ。

それから彼は、これからやろうとしている英語圏の遊びの内容について、ALTスタッフ参加者をつなげていって――最初ゲーム成功した。盛り上がったのだ。

それから、次のゲームや、また次のゲームも、最初こそF君やALTを介していたが、次第に参加した子ども同士のジェスチャー対話ができるようになった。イベント自体は二時間程度だったと思うが、無事に終わった。

イベントが終わった後は、社会教育課のスタッフがF君に寄っていた。F君は、キャラクター性格人間味がない感じだったが、見た目の雰囲気は悪くない。いろんな職員からチヤホヤされていた。

それを見て、当時の俺はこう思っていた。「いや、おかしいだろ」って。F君に対して怒りが込み上げていた。というのも、F君が英語でのコミュニケーションを始めたのは、イベント開始からおよそ二十分後だった。

『どうしてすぐにヘルプに入らなかった? お前、英語できるんやろ』

と、当時の俺は考えた。つまり、彼は労力を使いたくなくて、あえてギリギリまで粘った。イベントダメになる危険性が生じてから参戦したことになる。

この時ばかりは本人に伝えたよ。「なんで最初から英語使わなかった?」て。そしたら、「社会教育課が英語を話せる人を用意すべき。自分が手伝うのは間違ってる」だって。いい加減キレてしまって、F君と口論になったけど、社会教育課の人達に宥められてやめた。

いや、性格悪すぎだろ。漫画アニメだったら絵になる可能性はあるが、現実世界だと害悪ひとつだ。土壇場で本気を出して物事解決する人よりも、普段から本気でがんばってる人の方がゼッタイ偉いだろ。でも、俺達が助けられたのも事実だ。判断が難しい。若かりし頃の俺は悩んでいた。



二つ目は、ポスター作りのことだ。

上と同じく、F君の配属1年目のことだ。民間福祉団体がバザー(フリマ)を企画した時に、福祉職員ポスターやチラシを作ることになった。自力でやってもらうのが筋だが、その時は状況が特殊だった。

その福祉団体は立ち上げ当初だったし、市の新規事業にも関係しているし、よき関係を保っておきたかった……のだろう。上の人にとっては。

さあ、誰がそれを作るかとなって、自分がいた総務グループ(※仮称福祉事業の統括をしてる)の比較的若手の職員チャレンジすることになったのだが、どうもうまくいかない。福祉課長のところにポスター案を持って行くのだが、反応がひどかった。要約するとこんなところだ。

「読みにくい。読む気がしない」

公務員くさいんだよ。もっとシュッとした見た目!!」

文字がいっぱいだ。絵、描けよ。絵」

その福祉課長は、デザイン会社はおろか企画部署経験すらなかった。ただ、言わんとしていることはわかる。公務員が作るチラシやポスターは、正直ダサい文字上のわかりやすさを優先しているためだ。

それにしても、パワハラ全開の上司だった(※当時は2010年代半ば)。最初にこの人を見た時は、「こんな職員がいまだにいるのか?!」と驚いた。わかるだろうか。いかにも小役人というキャラクターだ。尊大で偉そうで、ふてぶてしい。(話し声が)ものすごくうるさくて、(距離感が)ありえないほど近い。

容姿はあまり書くつもりはないが、ぼってりとした見た目だった。ハムスターみたいだ。ついでに、最初の方に出てきたキレる先輩もそうだった。その人はもっと真ん丸とした体形だった。

その2人とも、俺が市役所を辞めるあたりでこの世界から消えていった。因果応報というやつだ。繰り返すが、自分がやったことは何らかの形で跳ね返ってくるのだ……。

そんなこんなで、何週間経ってもポスター作りは進まなかった。その彼は、何度も課長のところに行って、ダメ出しを食らう度にほかのグループメンバー相談して、頼りになるリーダーにも相談して……いろいろやったが、結局ダメだった。最後は、課長からダメ出しを食らってる最中ギブアップ宣言した。

「すいません。もうこれ以上できないです」

「なっさけないな。お前!! ……おいF。考えてたんやが、お前広告代理店出身やったな。作れや」

すると、F君が席から立ち上がった。課長の方を向いてたかな。歩いて近くには行ってなかった。

「作るとは、何をですか?」

「今からチラシを作れ。うまいやつをな。」

「作ったことがありません。無理かと」

「あ? どういうことやお前」

スーパーで、どんな具材を買えばいいか想像がつきません」

スーパーで買う物が何かあるんか?」

エビイクラとさやえんどうはわかるのですが……。錦糸卵を作るのは逆立ちしても無理でしょう。酢飯もそうです」

「そっちかーーーーい!!」

というリアル感のある流れで、F君がポスター作製を命じられた。イベントまで残り二週間で、さすがにギリギリだった。F君は、その日は時間外勤務をしたようで……次の日の正午頃、A3サイズポスターを持って俺達のところにやってきた。

「そちらの総務グループのご意見を聞かせてください。完成度は7割です。デザイン変更の余地はあります

かしこまった様子だったよ。彼は、ふてぶてしかったり礼儀しかったり、どっちつかずなところがあった。両極端というか。

ポスターは、なんかこう、すごく……シュッ!! としていた。オフィスソフト(パワポ?)で作ってるんだが、今時な感じの彩色で、白抜き文字で、読みやすくて、でも公務員っぽい感じで……よくわからないがすごかった。デザイン素人だけど、読みやすいかそうでないかはわかる。

それを見た福祉課長は、やはり「公務員っぽい……」と気になっているようだった。ここで、F君が言うのだった。細かい台詞まではメモってない。

公務員っぽいのがむしろいい

プロデザインだと萎える人もいる

・慣れない職員が頑張って作った感がいい

・それは人に伝わる

・力のあるデザイン素人が見てもわかる。巧拙問題ではない

こんな感じだった。課長時間がないとわかってるから、一応という感じで了承していた。ポスターを小さく圧縮した感じのA4ミニチラシは、さっき失敗した彼が担当することになった。F君の提案だった。

ここでもF君に怒りを感じた。なんで、もっと早く手を挙げなかったんだろう。失敗した彼が苦しんでるの、見てただろ? そうしてれば、もっと早くポスターを作れたのに。お前、広告代理店出身なんだろ? チラシ作ったことないって言ってたけど、どう見ても嘘だよな。絶対、作ったことあるよ。と、当時は考えていた。

でも、「福祉課」という単位仕事を考えてほしかった。そりゃ、あっちは設備管理財産管理をするグループで、仕事が違うのかもしれないが。

ちなみにF君は、広告代理店では営業仕事をしていたそうだ。あのキャラで、よくそんなことができたな……と思ったが、彼は思いつきで突拍子もないことを言ったり、何食わぬ顔で嘘をつくところがあるのを知っていた。よく言えば、取り繕うのが上手い。だったら、営業仕事臨機応変に務めていたのかもしれぬ。

それで、福祉バザーなんだが、うちの近所の保育園であったので行ってみた。屋外の運動スペースを利用してやっていた。まあ、なんというか蚤の市だった。これが電子世界になるとメルカリになるんだな、という感じの。さすがに盗品や横流し品や偽ブランド品は並んでなかった笑

いいバザーだった。人がいっぱい来ていて、にぎやかだった。事故トラブルは一切なかったし、参加者みんな幸せそうにしていた。まぎれもない良企画だった。

会場には福祉課長も来ていた。最初の開会挨拶だけすると、ちょっとだけ周って帰った。スリッパと、あと何かを買っていた。総務グループからは数人と、グループリーダーが来てたかな。F君はいなかった。

例のポスターが門扉のところに沢山掲示してあった。F君がバザーの会場まで観て作ってたかはわからないが、青と白の青空みたいな写真を基底としたデザインでバザー感を表現していた。

ワードアートとか一切使ってなかった。標準的フォントの組み合わせだ。オフィスソフトでここまでいいのが作れるんだな。

もしかして、この日が晴れになるとか、そこまで予想してたんだろうか。さすがにしてないとは思うが、でも、バザーだったら青空が見えるはずだ。センスを感じた。

そんなことを色々考えながら、俺はワカメエビ天の入ったうどんを食べてた。当時の日記には、そのバザーの様子と「支出 うどん400円」という文字が残っていた。うどん、美味かったな。あの頃は何にでも感動できていた20代後半だった。

記事は、最初は五千字程度のはずだった。だがしかしキーボードを叩いてるうちに記憶が蘇ってくる。今、この瞬間も市役所時代が懐かしい。目頭が熱くなってる。

次 https://anond.hatelabo.jp/20231231221402

2023-12-16

教育委員会最後に取り組んだ課題 <其の五>


(前part)

https://anond.hatelabo.jp/20231216182406

6.社会教育課の放逐

このトピック最後である。そんな不愉快出来事が、私が指導課長として勤めていた三年間ずっと続いた。多い時だと、週に二度も三度も、人間としてあまりレベルが低い言動を間近で見ることになった。これなら中学生の方がまだマシだと思えるほどの。

三年目のことだった。腹に据えかねた私は、教育長教育局長も交えての会議の折に、別件として提案したのだ。「社会教育課を本庁部局移管できませんか?」と。2人とも賛成のようだった。だが、案の方は当然ながら私の方で考え、提示する必要があった。

次の人事異動を見据えると、部局レベルの人事案は秋までに固まる。それまでになんとかする必要があった。時間の合間を縫って、休日にも出勤して、社会教育課を教委事務局から出すための方策を考えた。

本来、こんなことをしている時間はない。本当にやらないといけない教育行政上課題はいくつもあった。学校の統廃合案を考える必要があったし、文科省に上申すべき学校教育の新制度のこともあった。

そんな中、校内暴力という至急の案件が生じた。特に時間を食わされた。

あれは秋頃だった。全校集会の際、体育館の中で男子生徒同士が喧嘩になった。片方はいわゆる不良タイプで、もう片方は学級委員を務めるなど真面目な子だった。

後者の子が、整列の仕方や身だしなみについて注意をしたところ、不良タイプの方が激高してしまい、取っ組み合いとなった。そして、顔を蹴って下顎を骨折させたという。その場で教師が止めに入り、ケガをした子は病院に運ばれ、不良の方は別室に隔離して事情聴取をしたという。

ただ、そのケガをした子の父親が、「どうして警察を呼ばなかったのか?」と教委事務局の窓口に苦情を申し立てた。窓口で話を聞いた一職員対応できるはずもなく、私を含めた指導課の数人で親御さんから話を聞くことになった。

相手方の主張は以下のようなものだった。

・うちの子被害を受けた。絶対に再発させないでほしい

・校内暴力について、学校として警察通報する基準を教えていただきたい

・再発防止策を教えてほしい

・納得できなければ警察被害届を出す

親後さんの主張は尤もだった。私はこの手の問題対処したことがある。この案件においても、誠意によって説明した。私個人手帳メモが残っている。

「この度はこのようなことになって申し訳ない。お子さんには全力でフォローします」

「どうして警察を呼ばなかったの? 傷害事件なのに」

教育活動の一環だからです。なぜ暴力という罪を犯してしまったのか、保護司スクールカウンセラーなども交えて加害生徒と話し合い、正しい方向に導くことが第一です」

「でも、犯罪ですよね。公務員には通報する義務があるんじゃ?」

警察というのは、犯罪捜査するための組織です。学校内でのことは、犯罪以前の段階であると考えます。まずは学校が、教育者という立場解決に当たるのが本来の姿です。T区の警察の方とも、過去にそのような認識を共有しています

「じゃあ、私が校内暴力を見たら警察を呼んでいいの」

「呼んでいただいてもかまいません。ただ、家庭裁判所への送致必要な、いわゆる少年審判によらねば収まらない案件でない限りは、警察教育現場に介入しません。私たち解決を委ねます経験上はそうです。当方しましても、警察への通報というのは、学校教育理念に基づいた人間教育を怠ることだと考えます暴力という結果だけで法律適用し、犯罪事件として生徒が裁かれることがあってはなりません。2人とも、当校の生徒なんです」

「今後うちの子は、加害者はどうなる?」

絶対に、以後このようなことがないよう、加害児童への指導を徹底します。お約束します。お子さんには誠心誠意、教育専門職による面談フォローします」

絶対に、再発だけはさせないでよ」

お約束します」

※ここで親御さんが退席

要約こそしたものの、この話し合いは午後八時~十時に及んだ。

お約束します」と言ったが、むろん約束などできない。だが、ああ言わねばならなかった。教育者としての、教師としての『矜持』の問題である

上の話し合いだけではなく、それに付随する学校への聞き取りや報告用の記録作成など、業務は多岐に及んでいた。事件から三週間が経つ頃には時間外勤務から解放された。あのような月日は久々だった。トラブル対応に心は踊って燃え上がるが、残念ながらこの齢になると身体がついていかない……。

しかし得られた成果もあった。社会教育課を放逐することについての気づきを得られた。事件である事件性があれば本庁人事部局も動く。それこそ、新聞沙汰やニュース報道されるほどのリスクがあると人事部局が認識すれば、事は進むに違いないと感じた。一般的に、社会教育というのは教育委員会にあるべき事務分掌である。覆そうと思えば大きな何かが必要になる。

それから時間は経ったが、二方向からアプローチを採ることで教委内の意思形成が図られた。一応は、社会教育課にも本庁移管について話を通した。本庁の人事部局にこのような提案をしようとしていることを社会教育課長協議したところ、「それで問題ない。私も基本的には賛成である。ほかの課を観察していても、ウチの課は異常である。残念なことだが……今の構造では、なにをしようが変わらない」という答えがあった。個人的な範囲であれば、協力もしてもらえるという。

アプローチ1】

これまでの社会教育課の問題行動およそ30点ほどを報告にまとめる。趣旨は「教委事務局というのは、良くも悪くも縛りや監視が少ない。社会教育課を管理統制の取れた本庁に移すことで問題の芽を摘むべき」

アプローチ2】

全国の自治体の例を調べたところ、社会教育に関する業務首長部局移管している例が見られた。学校教育以外の教育活動については、市長の指揮の元、自治体が一体として取り組むべき~という観点から全国的トレンドになりつつあるようだった。社会教育課長から応援もあり、こちらの方向をメインに据えた。

残念ながら、私が教委から異動して学校現場に戻る方が早かった。それから一年後、社会教育課は今時風の部署名になって市長部局移管された。

望みが叶った。教委事務局にとっても、本庁にとってもこの方がよかったに違いない。それから何度か、本庁に寄って元社会教育課を眺めたことがある。心なしか、以前に比べると雰囲気が違った。いい意味でピリッとしていた。

周囲の監視の目があると違うということか。教委事務局庁舎には、あまり多くの人が来ることはなかった。職員が伸び伸びとすることができるが、反面やりたい放題ということでもある。



相当の文量になった。これを書くのに丸一日かけている。始めは、この記事を書こうか否か迷っていた。当方は、40代の頃からはてなブログサービスを利用しているけれども、このような内容は個人ブログで書けるものではない。書くとしたら、このはてな匿名ダイアリーしかなかった。

気分を害された人もおられただろう。申し訳ない。その場合は、容赦なくコメントにて叱責をお願いする所存である。ここまでお読みいただき感謝する。

教育委員会最後に取り組んだ課題 <其の四>


(前part)

https://anond.hatelabo.jp/20231214132432

5. 発達障害のD君

の子社会教育課にいた。子といっても、当時すでに40歳を過ぎていた。明らかにそういう症状があった。それで周りとの軋轢が生じていた。

の子場合は、それなりの割合で悪意があった。発達障害であるだけで問題になることはない。彼もまた、T区の人事部局が認めるところの問題職員一角だった。

話は逸れるが、前段として必要であるため述べる。私が学校教育現場で教壇に立っていたのは十余年である。そこまで長くはない(教育現場から教委に異動する者としては標準的な年数)。その十余年の中でも、今でいう発達障害とされる児童と接した経験がたくさんある。

当時はまだ発達障害という言葉はなく、ただ「ボヤっとした子」「癇癪持ちの子」「よく動き過ぎる子」「細かいこだわりがありすぎる子」などの漠然とした分類があるだけだった。確かに、彼ら彼女らは扱いづらい。話が通じないこともある。

そんな児童と関わる中で感じたのは、人間多様性というものだ。動物植物も、これまで多くの種が生まれ現在に至っている。ハイデガー風に、存在し続けていることが正しさだと言うのなら、発達障害の人も其処に生きる意味がある。

個人意見だと、説得力がないかもしれない。以下にひとつ引用したい。

「もしも誰かがわれわれの手紙を読んだら、あまりの多様な内容にびっくりするのではないかと思う。なにしろ、われわれ二人ときたら、大変な重要人物ででもあるかのように、荘重な口ぶりで国際政治を論じあうかと思えば、一枚紙をめくるや、話題は一転し、軽い普通の人々に日々起るものに変るからだ。

 このやり方は、品位を損ずると思う人もいるだろうが、わたしは悪くないやり方と思う。なぜなら、われわれ人間自然模倣するものだが、その自然たるや多種多様が当り前で、だから多様は非難さるべきことではないのだ」 わが友マキアヴェッリ1 (2010) 塩野 七生 (著) P.361



さて、厳しい現実ではあるが、上のような発達障害の子公務員試験を受けるとどうなるか。ほぼすべての子面接試験悲惨な結果を遂げる。私はこれまで何百人もの正規職員非正規職員面接試験官を行ってきた。発達障害と思われる人には次のような傾向がある。

本音と建前の区別がつかない

 例)理想を述べるか、言いたいことをストレートに言うのどちらか

そもそも喋ることができない

 例)会話が極端に遅い、内容も伝わり辛い

・考え方が極端

 例)児童虐待は絶対に許せない、地球温暖化はどんな犠牲を払っても止めるべきなど

稀にではあるが、面接に適性のある子がいる。D君はその一人だ。彼の外見や、話している最中の態度はまともとしか言いようがない。無能の鷹ではないけれど、外資系企業営業マンのようだ。発達障害には見えない。

実際、公務員試験評価される観点は、本質的民間企業と同じである。「弊社で使える人材か?」ということだ。使える人材であれば、多少のことには目を瞑る。

日本国の法に反する思想があってもいいし、公にしないのであれば共産党員でもいい。有給休暇を取って組合活動をするのは公に認められているし、選挙期間外であれば多少の政治活動には目を瞑ろう。

勤務時間中に煙草休憩をしたり、ほんの小さな横領行為をしたり、取引会社飲食を共にしたり、小売業者個人購入品を値引きしてもらうとか、そういった行為でも咎めない。

そんな些末なことより大事なのは、その人がこれから公務員として採用されて、「使える人材」でいられるかどうかだ。国の機関だろうと地方自治体だろうと関係ない。何十年もこの世界にいた私が断言する。

話を戻そう。D君はどういうところが悪かったのか。私が三年間で見てきた彼のよろしくない行動は、概ねこんなところだ。

≪勤務態度≫

 気分にムラがある。仕事に意欲的なこともあれば、反面ボーっとしていることもある。皆が必死に働いている時でさえも。

 イベント・式典の時なども、サボっているのでは……? と思えるほど何もしない。C係長などに怒られても平然としている。

反社会性≫

 D君の隣の席にいる職員コーヒーか何かを机上にひっくり返した時、ほかの職員は一緒に机を拭くなど手伝っていたが、彼は何もせず書籍を読んでいた。

 私がつい激高して、彼を叱責したところ、「お前には関係ないだろ!!」と逆ギレのような形で食いかかってきた。

無責任

 区民や取引業者迷惑をかけた時も、上司に言われるまで報告せず、報告の際にも悪びれた様子がない。

 ある時などは、自治会長と思われる人との約束をすっぽかした後、現場から堂々と事務所に帰って来た。その際、C係長からどやしつけられていた。それでも、淡々とした態度で心の篭っていない「すいません」を繰り返したところ、C係長がまた怒鳴り声をあげた。

 最悪だったのは、都庁から視察に来ていた都職員らにその現場を見られたことだ。パソコン入替業者や、シルバー人材センターの清掃員も聞いていた。

 その後、C係長と、そのさら上司である社会教育課長厳重注意を受けた。教育局長の部屋で二時間に渡る説教を受けたのだ。D君は反省文をひとつ書いただけでお咎めなしだった。

≪嘘≫

 平然と嘘をつく。このタイプ発達障害者はそうなのだが、涼しい顔で嘘を吐ける。まるで、自分自身が嘘をついている認識がないかのような。D君もその例に漏れず、上司にも同僚にも他部署職員にも、区民にも(自らの利になる)嘘をついていた。傍から聞いている私でもわかるレベルの。

 嘘がバレても平気な顔をしていた。周りの職員がどれだけ、何を言っても、例えば「Cさんは信頼できない!」と言われたとしても、彼は「心の底からどうでもいい」という表情だった。

あれは、言うなれば悪魔』とか『魔族』とか言われるものだ。神話時代創作者は、ああいった者をモデルとして悪魔を作り上げたのかもしれない。

ここは官公庁である診断書を要するレベル障がい者が働くべき世界ではない。公務員というのは、陰ながら社会を支える存在であり、その地域住民全員が相手である学校教育で教わった考え方や価値観を元に、毎日コツコツと気を緩むことなく働き続ける人に適性がある。

いざ災害などの非常事態になれば、自分のことは一番後回しにして人助けを行う必要がある。私個人も、災害級の風雨の中で児童生徒の避難誘導をした経験が何度もある。命が危なかった。

公務員というのは、地域住民毎日幸せに、無事に暮らせる社会を支えるのが仕事である教員だろうと自治体職員だろうと変わりはない。

そのような仕事を、人柄や人格精神性、肉体に異常のある人間にこなすことはできない。自分という人間が安定・成熟しているからこそ、人を助けることができる。身分保障もそのひとつだ。

D君はその域に達していなかった。その意味では、先ほど取り上げたB君にしてもそうだ。誰かが、どうにかして辞めさせるのが組織にとっての正しい在り方だった(残念ながら、D君はC係長でも匙を投げるほどだった)。

官公庁においては、仕事にならないレベル人間採用すべきではない。公共性の高い仕事をこなすことができないからだ。そういった類の雇用は、民間企業NPO主体として行われるべきである

(次part)

https://anond.hatelabo.jp/20231216182604

2023-12-14

教育委員会最後に取り組んだ課題 <其の三>


(前part)

https://anond.hatelabo.jp/20231213191557

3. 若手職員のB君

直情的なタイプだった。怒りだろうと悲しみだろうと、感情の振れ幅が大きいタイプである

最初の方で説明した場面で、職場コピー機が置いてある台を蹴っていたのが彼になる。傍目から見ても、「どうして採用されたのだろう……」と疑問が湧いてくるほどだった。

ストレスには耐えられないし、自分勝手スタンドプレーは多いし、立場が弱い人間には辛く当たるし、自分は凄いといった主張をしていた(「俺の親、若くして自治会長だから!!」など)。相手意見曲解することが多かった。

私も手痛い思いをしたことがある。私がいた指導課には住民基本台帳ネットワークシステム戸籍課や税務課の職員が使っているものと同じ)があったのだが、B君は特に許諾もなくそれを操作し、職務遂行必要個人情報を入手していた。本来であれば事前申請を要するし、厳しい自治体だと戸籍課以外の職員によるシステム操作を認めない。これが普通である

ただ、ほかの部署から個人情報取得の依頼があった場合でも、身内だからということで、口頭による承認で住基システムを使わせることはあった(課員への一言)。能率を考えてのことだ。が、B君の場合は明らかに一線を超えていた。職務遂行必要であることがわかるが……一度だけ、彼を思い切り叱り飛ばしたことがある。以降は、口頭で課員の承認を得てからシステムを使うよう徹底させた。

ところで、あなた職場にもいるのではないか仕事でも家庭でも趣味でも、何でもいい。ストレス精神的に潰れかけた人間の姿である。B君は、元々コミュニケーション能力に難があった。いわゆる話がわからないタイプだった。

残業も多かった。指導課や学事課の教員出身者と同程度と仮定すると、おそらく月60h~70h程度か。彼の上司は「仕事をたくさん振っていないのに……なぜ?」というスタンスだった。

市職員場合は、予算がある限り時間外勤務手当が支給されるという。私が若い頃だと、時間外勤務をしていないのに、予算消化のために闇残業を認めるという慣習があったほどだ。

教員出身者の場合は、月20hまで支給されていた。学校現場から教育事務職に移った者にとって、長時間労働サービス残業は避けて通れない。この試練があるからこそ、一定基準に達した教育人材を育成することができている。

人は光を求める。そして、その光の見える方向へ動いていく。教職員にとっては、教育に関する哲学、という光を見出すための修行の場こそが教育委員会である。量・質ともに圧倒的なレベルでの修行。厳しい体験を幾度となく積み重ねるから人格能力が磨かれ、玉になっていく。

さて、彼の上司はB君を徹底指導して残業縮減に務めた。だが結果は出ない。残業縮減の効果は僅かだった。ところで、B君の場合学校歴がよかった。地元の名門公立高校卒業して、大学も相応のところを出ていた。地元的には血筋もいい。それが採用に繋がったのだろう。

縁故が悪いか? といえば時と場合による。一概に悪いとは言えない(ex.公共学童クラブ指導員は、その多くがスカウトである特に男性場合はほぼ100%だ)。教職員採用試験においても、学科面接試験の点数以外で、非公式評価すべき点というのは確かにある。

行政一般事務職員のことはよく知らないが、彼らと仕事をしていると、確かに地元において血筋がいいとされる人に仕事のできる人が多かった。※主観的統計である

高等学校入学試験ですらそうだ。学科試験以外で評価される要素がある。内申点などは、その典型である。本人の人柄や人格学習態度や常識力、社会への順応性が点数化される。内申点以外にも、+-の評価がされる要素も一応はある。

プラス評価の例としては……今では絶滅した慣習であるが、昔は公立校でも縁故による入学があった。とある高等学校の名門運動部などが、どうしても○△中学校のあの子がほしいという場合、事前に保護者児童中学校側と話をつけておく。かくして3者が合意に至った場合入試前に合格が決まっていた。内申点中三期を満点にするなどして対応する。

マイナス評価の例としては……生活習慣だろうか。公立高校入学試験の基本は、学科試験内申点の合計で決まる。とはいえ、点数に関わりなく不合格になるケースもある。こちらは犯罪行為であるとか、補導されるのを繰り返したとか、入学試験の際に相当奇抜なことをしない限りは関係ない。

ただ、その子合格基準点に達していた場合でも、入学試験の要綱要領に定めのある範囲不合格になることはありうる。欠席数が極端に多かったり、在学中に異常な行動を繰り返したなどが内申書に書いてある場合だ。学校教育とはいえ高校側も不用リスクを取りたくない。名門とされる公立高校問題児が少ない理由ひとつである

B君の話に戻ろう。その年の夏頃に聞いたところだと、どうやら事件を起こしたらしい。

梅雨が明けた頃に、霞が関新卒キャリア官僚研修にやってきたという。T区の各部署を廻って地方行政の実務を学習するのだ。T区は、その年の中央省庁研修先のひとつに選ばれていた。

キャリア官僚達は、ごく普通にT区の歴史や成り立ちを勉強して、地方行政の実務を視察して、心ばかりの現場仕事をこなして、一週間ほどで霞が関に帰る――はずだった。

最後の日に行われた交流会(飲み会)で、B君はやってしまった。喫煙所よもやま話で聞いたところだと、以下の流れだ。

国土交通省官僚が酒を飲んで調子に乗る

 ex.研修部署部長肩に手を置く、女性職員の体に何度も触る、別省庁のキャリア官僚に「ぶっ殺す」と発言するなど

飲み会最中にB君が頭にきて、国交省キャリア口論になる

国交省キャリアが「お前の区の国庫補助金ゼロにするからな」と言ったところで、B君がキャリア官僚を蹴り飛ばし、馬乗りになる

④ほかのキャリア官僚とB君の部署係長が、彼を羽交い絞めにして止めた

……気持ちはわかる。侮辱されて悔しかったのだろう。だが、いくら何を言われようと、暴力だけは駄目だ。確かに、若手官僚場合調子に乗っている者は一定数いる。子どもの頃から勉強勉強を重ねてきた自負があるとともに、仕事では自分の親ほどの年代から神輿を担がれるような扱いを受けるのだから調子に乗るのも当然である(上に出てきた国交省キャリア東京大学卒だった)。

かくいう私自身も、文部科学省事業査定担当であるとか、会計検査院検査官から相当辛辣なことを言われたことがある。だが、怒りの感情に囚われてはいけない。駄目なのだ

人間はいかなる状況の下においても、自己衝動をそのまま表に出してはならないし、出すべきでもないし、さらに言えば、出したいとも思わない、という主張はまったくの真実であり、妥当見解であると私は考える。衝動制御することができるし、制御しなければならない。それは現実要請というだけでなく、一人の個人としてのまとまり一貫性および価値観要請でもある。突き詰めて考えるならば、人生には実存葛藤解決不能問題さらには、あることのためには別の何かを諦めなければならないというような状況が数多く存在しているのだ。こうした状況こそ、人間が生きる上での本質的条件となっているのである。何らかの葛藤が常につきまとい、ある方向へ進もうとすれば別の道を諦めざるをえない。人間はこうした状況に苦悶しつつ、自己制御しながら生きていかなければならないのだ。 完全なる経営(2001) A.H.マズロー (著), 大川 修二 (翻訳) P.295



私とB君が教委事務局で一緒だったのは一年だった。その年は、社会教育課にとって厳しい年だったらしく、彼は相当追い詰められていた。年度末の三月時点では、まるで50代のごとく自分が思ったことを脊髄反射で口に出すようになっていた。

声をかけようか、とも思った。あまりに辛そうだったからだ。係長課長も、彼を見放しているところがあった。どれだけ残業が積み重なろうと、仲間によるフォローを呼び掛けたりはしなかったし、むしろ失敗に対して反省文を書かせていた。

B君は、口に出すのが憚られるほど救いようがなかった。もし、上司や仲間にとって彼が『かわいい奴』だったら、こんな事態にはなっていない。彼は、実際に不良な人間だった。職場の仲間から非人格的な言動咎められるのはまだいい方で、はっきりいって見捨てられていた。自業自得だった。

しかし、やはり可哀想に感じることがあって、廊下をすれ違う時やトイレなどで「元気?」「今日は温かいね」「辛くないですか」など声をかけることがあった。

それから、彼がどうなったかというと、真相を確かめたわけではないのだが……私が定年になる前に退職したらしい。別の部署に異動しても活躍できず、しかしながら、何の因果だろうか――霞が関への出向を命じられたという。省庁までは不明

本来名誉であるはずだが、その出向期間中退職を申し出たということだ。もしや、生贄型の出向だったのだろうか?

現代社会において、感情が表に出るタイプ人間しんどいのだと思う。彼が今、どうしているかはわからない。ほどほど幸せにやっていることを祈っている。



4. サイコパスのC係長

先ほどの2.3.でいうところの係長にあたる人物だ。この人は、冷血漢と呼ぶにふさわしい人間だった。サイコパスとは書いたが、私は臨床心理学碩学ではない。仕事熱心で、結果を求めるタイプだったのかもしれない。目的のためであれば何でもする人だった。思い出してみる。

例としては、部下の叱責だ。普段は物静かで、部下の相談や報告を聞いている。が、一定レベルの何かに触れると怒号を発する。

係長「お前、こないだできるっていったよな!」

若手部下「すいません」

「なんでできねーんだよ」

「……なんとかします」

「言ったな? じゃあしろよ。今週末までだ」

はい。やってみます……」

※部下ができなかった場合は、定時を過ぎても何十分でも説教していた。そして、できるまで残業をさせる。

後は、イベントだろうか。市区町村においてイベント主催する部署はいくつかあるが、教委事務局もそのひとつである教育○○大会などの厳かな発表会もあれば、○○総合フェアなど若い人や家族連れが多く集まる文化的ものもある。

さて、そのT区にとっての○○総合フェアの時だった。毎年過ごしやすい季節に、とある大公園で実施されるのだが、50以上もの出店が立ち並ぶ大イベントだった。

その年のイベントは、残念ながら雨天だった。初日は少雨で済んだものの、翌日以降の天気は崩れる可能性が高い。社会教育課は、教育総務課・指導課と並んでイベント主管課のひとつだった。

その初日の、夕方~夜にかけてのことだった。教育長を始めとする幹部職員が現地に残って、明日以降の対応を話し合っていた(ほかの教委スタッフは全員帰っていた)。主な論点は次のとおりである

□ 雨天の場合の中止ラインは?

イベント会場は維持できるのか?

□ 中止の際の広報手段は?

上記3点のうち、2点目がなかなか結論に至らなかった。イベント会場には、テント備品も野外展示物も並んでいる。風雨によって損傷する可能性があった。そして、2点目の解決手段提示したのがC係長だった。

彼は、「業務委託している会場警備員がいるでしょう。数十人。彼らにやらせましょう。折り畳み式テント(※鉄パイプではない)の屋根を低くする作業や、野外展示物の収納もです」といったことを述べた。

私は「それは契約内容に入っているのですか?」とC係長に問うた。すると、彼は「緊急事態です。契約内容にあろうがなかろうが、現場の指示に従ってもらわないと」と言っていた。

教育局長は「後で問題にならないか?」と聞いたが、「私の責任で収めます」と彼は返した。教育長に「本当にできるんだな?」と聞かれると、「問題ありません。警備の発注は当課です」と返していた。ここから先はうろ覚えだが、C係長は警備会社現場責任者と交渉を始めた。

夜7時頃だったか。私がトイレに行く途中で、社会教育課長とC係長、警備会社ロビー交渉しているのを見た。当然ながら、相手方は渋い反応だった。

私はそのままトイレに行って、また帰り際にロビーを通りかかったところ、「契約切るぞ。ええんか!?」というC係長の声が聞こえた。この人は、気分が高まると大体こうなる。

以下、会話を手帳メモしているわけではない。思い返してはいるが、やはりうろ覚えである

「切るといっても来年からね。今年はもう契約してるし。来年は、こちらの権限でほかの警備会社契約します。それでいいなら、あなた判断で断ってください。テント作業OKなら、これから私の責任で指示しますが」

「いや、でも。ちょっとの量じゃないでしょ? テントの数は何十個もあります。それをひとつひとつ、高さを下げていくんでしょ? それはもう――」

あなたが決めるしかないでしょ。責任者なんだから。この時間あなた会社上司がいるんなら電話で伺ってください」※このあたりから方言になる

判断ができません」

「毎年、あんたの会社契約しとるんやぞ。しっかも言い値で。本来なら正式競争入札せんといか金額やのに。こういう時のために、うちは権限使っとるんやぞ。官製談合みたいなこと、してやっとるんやぞ。俺らとあんたの会社のためを思って。で、上の人間電話するか、あなた判断で決めるかのどっちかや。あなたが決める場合は、契約切られても全部責任とるんやぞ」

「……」

「俺が責任を持つ。あんたが上司に怒られんようにする。後で言っとく。知り合いだから。頼む!」

「わかりました。指示をお願いします」

係長のこの判断が正しかったのか、誤っていたのか。今でもわからない。

結果だけ見れば正しかった。その夜は雨も風も激しかった。(鉄パイプ式でない)テントを張ったままだと、風雨で確実に潰れていた。テントや野外展示物を片付けるといった作業絶対必要だった。それを怠って、一般スタッフを帰した私たち幹部の落ち度である

手続き的には違法である。正しくない。警備会社ロハで使ってしまっている。C係長のことだから、きっと事後処理はうまくやったのだろう。あの後、彼やその上司処分を受けたという話は聞いていない。

個人的には、C係長の行いは正しかったように思える。実際、あの場面だとああするしかなかった。組織のために泥を被ってくれたとも言える。ただ、それが未来に繋がる行為だったかというと怪しい。

例えば、テント崩壊する未来を選んでいれば――教委事務局が「組織として学習」することができていた。それがいい未来につながった可能性もある。

(次part)

https://anond.hatelabo.jp/20231216182406

2023-12-13

教育委員会最後に取り組んだ課題 <其の二>


(前part)

https://anond.hatelabo.jp/20231212192423

2. 士気が低すぎるAさん

一人目の職員である。この人は女性だった。勤務態度は、ありていにいえばやる気がない……ということになる。社会教育課は、当時約15人ほどの部署だった。T区の社会教育に関する機能がこの一部署に集約されている。

ところで社会教育というのは、「学校・家庭以外の広く社会で行われる教育」をいう。身近なところだと、公民館でのサークル活動生け花カラオケ教室絵画体験パン作りほか多数)や、少年自然の家などの公共施設での活動講座や、大学で行われる公開授業、民間企業による通信教育カルチャースクールこちらの仲間だ。

Aさんは、そういった社会教育活動のうちスポーツを主に取り組んでいた。児童向けの運動体験教室や、レクリエーション行事、各体育協会と共催するイベントを担っていたという。体を動かす仕事である

Aさんは高齢だった。50代半ばほどか。過去スポーツ経験はあったというが、足腰が弱っている印象があった。私の視点だと、彼女には体育活動の振興とでもいえばいいのか、そういう仕事に適性はないように思えた。

熟練増田読者であればおわかりだろうが、人事部局としてはAさんが早期退職するように仕向けている。

それにしても、Aさんは士気が低かった。私やほかの仲間が仕事に集中している時でも、Aさんの上司である係長とやり合っている声が聞こえた。ひとつだけ挙げるとしたら、Aさんが仕事が間に合わない旨を述べた場面だ。当時の手帳に控えている。口調は文語とする。

Aさん「イベントの準備が間に合わない。だが今日は帰らないといけない」

係長「状況はわかった。それでどうする?」

「私は午後6時に家に帰らないといけない。何とかしてほしい」

あなた仕事である時間外勤務をしてでも、休日に出てでも終わらせる必要がある」

「定時になったら帰る。休日も出られない」

「何か理由があるのか」

「私もこの年だ。介護必要家族がいる」

関係ない。残って仕事をしなさい」

「断る」

「そんなことができると思っているのか。これは上からの指示である

関係ない」

「何が関係ないのか」

自分責任で帰る。干渉しないでほしい」

公務員上司命令に従う義務法律で定められている。そんなことも知らないのか」

夜と霧、という小説を知っているか

「知っているが、今この状況と何か関係があるのか?」

「たとえ頭に拳銃を突き付けられても、人には抗う自由がある(※1)。私は自分責任でそうすると言っている。どうしても家に帰らないといけない」

「そんなもの屁理屈である。これから課長にも相談するがいいか?」

「どうしてもと言うなら、(労働組合相談する。組合女性部に言って、あなたのことを組合新聞記事にしてもらう。不当労働行為は許さない」

「好きにしろや、ボケッ!! 我儘言うならさっさと辞めろ。この職場から消え去れや。人間の屑が」

労働者の権利である。次にそんなことを言ったら、組合あなたを許さない(※2)」

※1…夜と霧の著者であるヴィクトール・E・フランクルアウシュヴィッツ強制収容所にいた時の矜持ひとつ。頭に拳銃を突き付けられて、「殺す」と脅されている状況でさえ、人間には命令拒否できる(運命抗うだけの)意思自由がある、という崇高な喩え話。

※2…Aさんは労働組合女性部の役員だったらしい。

係長が口汚い言葉を発した直後、ほかの女性職員が間に割って入った。その人は、係長とAさんの間を取り持つことに成功したようだった。社会教育課の数少ない『良心』だった(Aさんの仕事はこの女性が片付けた)。この人のおかげで、教委が恥をかかなくて済んだ場面がいくつもある。今でも感謝している。

あの連中は、指導課が普通に仕事をしている時も、オープン協議机で話をしている時も、小中学校校長教頭が来庁している時ですらも、あんなやり取りをしていた。

Aさんに限らず、ほかの職員もそうだった。社会人とは思えないほど粗暴な物言いだった。職場人間関係は悪かった。目の前の来庁者に対して申し訳なくなる。

実際、あなた標準的はてな民である仮定して、公務員にはどんな人がなると思うだろうか? 「焼酎学校の中でも真面目だった人がなるのでは……」といったところか。

国や県の職員場合はそれで合っているが、例外がある。市区町村場合は、いわゆる不良やヤンキーチーマーといった類の人間公務員試験に合格することがある。筆記試験ボーダー点数が低いのと、地元出身者優先という原則があることによる。地元思い入れのある人ほど内定を取る構造がある――と、T区の幹部職員から酒席の場でうかがったことがある。

Aさんのほかにも、50代後半の男性職員社会教育課にいた。その人は、Aさんと比べると人格はしっかりしていた。が、数年前に脳の病気になってしまい、体の右半身があまり動かず、常に足を引きずるようにして歩いていた。認識も少し弱っている。元はちゃんとした働きをする職員だったらしいが、人事部局としても扱いに困ったのだろうか。早期退職制度を使って早く辞めてほしいとばかり、このような部署に異動させることになった。あくま想像に過ぎないが。

この男性職員は、どこの方言かよくわからないしゃべり方をする(おそらく関西の何処か)。彼は、教委事務局に毎週出入りしているヤクルトレディがいたのだが、いつもその人から昼食の一部を買っていた。彼は右半身の一部が動かないので、財布からうまく小銭を取り出せないのだが……そのヤクルトレディは、彼をうまいこと補助しているようだった。

ある日の正午、社会教育から私の方に聞こえてきた声によると、彼はカップヨーグルトを買ったようだった。いつものように、左手を使って小銭入れの中を仕事机にばらまくと、ヤクルトレディ必要な額を持っていった。その後のやり取りは、こんなだったか

「おいAさん。俺、さっきのヤクルトの人からヨーグルト買ったんだけどの~」

「なんかあった?」

ヨーグルトにのう、ストローを付けよったんよ! スプーンじゃのうて」

「え、ストローを。それは、聞いたことない」

「なんで、こないなことをしよったんじゃ、あいつは。わからんのお」

「まあ、飲んでみたら。どうなるかは知らないけど」

「なんでじゃ。なんで、こんなことをしよるかのう。非常識なやつじゃ。で、このストローヨーグルトに刺して……こういう風に飲むんかのう、面倒じゃのう。どうしてあのヤクルトレディはこんなことを……うん、これが……」

ズズズズズ……

うまいんじゃのう!」

「え、おいしいの?」

うまい!」

「どんな味?」

デザートを飲んどるようじゃ」

「へえ~!」

「やるの~、あのヤクルトレディは。ほんまにやるのう……今度ほめてやろう」

ヨーグルトストローを刺して飲むとおいしい、というのは私が教育委員会で得た知見のひとつである。あれは確かにおいしかった。

実際、彼は漢だった。若い頃の努力は老人になって出る、という言葉がある。それを地でいっている。顔に刻み込まれた皺が、地方公務員としての歴戦を物語っていた。脳の病気にさえならなければ、本庁のどの部署出身なのかは知らないが、今でも活躍していただろうに。

実際、この人は可哀想だった。上司からは腫れ物に触るかのように扱われていたし、若い職員からは、わざと聞こえるような声で、「役に立たない」「障害から仕事が出来なくても許される」「人事課もちゃんと引導を渡した方がいいのでは」などと噂をしていた。

体が動かないから、活躍しようにもできないのだ。その人がびっこを引きながら廊下を歩いている時、すれ違いざまに「無理しなさんな。あんたも早く辞めればいいのに」~と声を出す職員もいた。

私は、ここまでひどい連中でも――この区役所採用をしているのかと、むなしい気持ちになった。T区役所がひどい連中を採用しているのか、それともまともな人間が入庁後にひどい連中に化けてしまうのか、そのどちらかだろう。

なんというか、社会人というか、同じ人間として情けなかった。なお、私は都道府県の教委に採用されて給料をもらっていた者である。T区役所に対する直接の恩義はない。当時感じていた義憤については、何の遠慮もなく吐き出させてもらう次第である



さて。上のような劣悪かつ悲惨な状況について、誰が悪いのか、誰に責任があるのか? 組織レベルでいうとT区役所人事部である問題のある職員特定部署に集めるという作戦を採っている。だからこうなる。一番迷惑を被るのは区民だろうに……。

蛇足になるが、いわゆる問題職員というのは――汗水を流して働く部署や、窓口での市民折衝がある部署に集う傾向があるという(建設農業、体育、福祉、収税、環境、支所など。私が直接見知っているわけではない)。真に優れた職員は、企画や調整を担う部署に配属される。これは、学校教育を司る立場である教育職でも同様である

私の見立てでは、このT区役所における社会教育課約15名のうち、少なくとも5名が問題職員番付とでも呼べばいいのか、そういうリストに入っている人間だった。ただし、そんな人間ばかりでは仕事大事故が生じる可能性がある。よって、上の『良心』のような人も1,2名ほどは配置してバランスを取っている。

Aさんについては、その後もトラブルが続いた。

本人は、なにしろ仕事に対するやる気がない。区民が窓口にやってきても、朗らかにはしているが、できるだけ手間のかからない方法を取ろうとする。そのために、ルール上は出来ることを出来ないと言うこともあれば、反対に、出来ないことでも出来ることにして通したこともある。

Aさんのようなタイプは、私が知る地方公務員の中では一般的な部類である(数はそれほど多くないが、見渡せば普通に存在している)。確かに社会教育という行政分野は人を選ぶ。向いている人はとことん向いているし、向いていない人はとことん向いていない。

かくいう私も、別の市区町村の教委に配属された折、社会教育課(※便宜上の名。T区とは違う名称)に二年だけ居たことがある。主査主幹ほどの立場で、絵画展や音楽演奏会など文化芸術方面仕事に携わった。

スポーツ仕事も少しだけやっていた。大雨が降る中、区営の陸上競技場で泥んこ塗れの陸上競技会を開催したのは今でも記憶に残っている笑

私もそこまで社会教育に向いている方ではなかったが、それでもやっているうちに楽しくなってきたものだ。Aさんには、その姿勢があるかも怪しかった。すなわち、気が向かなかったり、やったことがない仕事に対しても、真摯に、愚直に向き合って、その業務を好きになっていくという姿勢である

ただ、彼女は人柄が悪いかといえば、そういうわけでもない。スポーツ団体取引業者との人間関係問題はなさそうだったし、実際に話し方を見ても朗らかだった。私も、職場飲み会では何度か雑談したことがあるが、異常性は感じない。普通の人だった。

Aさんは結局、それから約七年ほど社会教育課にいたらしい。私が教委から異動して中学校長になった後も、職場で働いている姿を見ることがあった。昔のように声をかけてみたが、どうやら元気がない様子だった。疲弊しているのだろうか。明らかに健康だった。心も体も弱っている様子だったが、それでもゾンビーのように働き続けていた。職場には、おそらく這うようにして出勤しているのだろう。

定年後はどうしているかからないが、それでも数年間は一緒の事務所にいた仲間だ。多幸であることを祈っている。



追記

明日は午後日中投稿します。

金曜日は終日外出先のため、土曜日に2本を投稿して〆とします。

(次part)

https://anond.hatelabo.jp/20231214132432

2023-12-12

教育委員会最後に取り組んだ課題 <其の一>


約三ヶ月前、社会人生活区切りをつけた。当方は、はてなユーザーの中でも高齢である一般的な定年はとうに過ぎている。社会人として40年以上生きてきて、得られた知見といえば……大したものはない。

ただ、今回どうしても書き綴ってみたいことがあり、筆をしたためることにした。書式については、ほかの増田の方に合わせるものとする。難しい漢字も、できる限り平仮名とする。

このエントリは長い。ゆっくり読んでいただけるとありがたい。

書き上げたのは本日12/12だが、推敲関係で五回に分けて投稿する。土曜日には終わるだろう。

私の教員としてのキャリアは、都内にある中学校から始まった。大学を出てすぐだった。今思えば懐かしいが、あの時代に戻れたとしても今の方がいい。時代は進んでいる。

あの当時はアナログだった。電話はあるが、パーク保留(1機で複数保留ができる)といった機能はないし、パソコン事務所に1台あるかないかだった。各学校コピー機はあったが、今と違ってコピーされた物のコピーは悪手だった。印刷すればするほど色が薄くなる。濃淡調整機能などあるはずもなく。

学童についても、今に比べれば悪ガキがたくさんいた。今の子どもに比べると、暴言暴力が明らかに多い。「人は教育を受けることで初めて人間になる」というのは、初等教育学のテキストにある基本的な考え方である

さて、昔ではなく今の時代を観ていたいのだが、心がどうしても時代を遡ろうとする。この日記表現したいことは、今から約十年前の出来事である。この度日記にまとめたのは、教委事務局に勤めていた時に最後に取り組んだ仕事ひとつである。残念ながら、教育のものに関することではない。※当時の関係者は全員退職している。

要約すると、某地方自治体にある教育委員会の中に社会教育課というのがあった。その部署というのが、区役所の中のいわゆる問題のある職員が集まるところだった。区内の教員指導する部門の長をしていた頃の私は、すぐ近くで醜い言い争いや、低次元行為がなされているのを幾度となく目の当たりにした。

彼ら彼女らの言動には、ほかの教委職員も腹に据えかねていた。そして、ある年を境として、何度も本庁と協議交渉を重ねた結果、教育委員会という組織から社会教育課を放逐することができた。

本当に苛々とした日々だった。その分、悲願が叶ったと知った時の喜びは至高だった。今でも解放感が脳裏に蘇ってくる。

これから私が話すことは、人によっては相当厳しい。負の次元に堕ちた地方公務員の姿を垣間見ることになる。それでもよければ、読み進めていただきたい。

私はもう経済社会を完全に引退している。書き綴る出来事もだいぶ前のことだから、元いた組織迷惑にはならないだろう。何かあった場合は、私が責任を取る所存だ。

トピックについては、1.から6.まで用意している。具体的な職員エピソードは2.~5.である。6.において、社会教育課との決着について書かせてもらう。



1. 一部署としての教委事務局社会教育

教育委員会(≒教委事務局。教委。以後は同じ意味として扱う)とはどんな組織か? というと、早い話が地方自治体学校教育に関する意思決定事務企画・調整・一般的管理行為)を行う組織である

地方自治法昭和22年法律第67号)

第180条の8 教育委員会は、別に法律の定めるところにより、学校その他の教育機関を管理し、学校組織編制、教育課程、教科書その他の教材の取扱及び教育職員身分取扱に関する事務を行い、並びに社会教育その他教育学術及び文化に関する事務管理し及びこれを執行する。



教育長が責任者となって所掌事務教育改革・首長への提言その他を総理し、教育委員が集まる会議議会のようなもの)で可決された教育内容が自治体内の学校において実施される。

かつての戦争の折、行政暴走行為によって学校教育が歪められてしまった経緯がある。地方行政主体から教育機能を切り離して、教育活動全般に関する権限を有する行政委員会としての役割を与えた。

実際のところは、市区町村本庁舎の一部を間借りしている教委が大半である役所の中に多くある部署ひとつとして位置付いている。

なお、本舞台の教委については、自前の事務所を有している。

市区町村場合人員配置例を以下に示す。

教育長)…都道府県教委が教員出身者の中から有望者を選定

      (地域が推薦する場合もあり)

教育委員)…市区町村地元有識者功労者を推薦する

指導課)…都道府県教委が教員の中から査定者を人事異動させる

学事課)…指導課のような教職員出身者と市区町村職員による合同チーム

社会教育課)…上に同じだが、教員出身者がいないこともある

文化芸術課)…〃

(総務課その他)…ほとんど市区町村の一部署と変わらない

学童クラブや児サポ)…教委が有望者の中から採用・選定をして運営

 ※以上、部署名などはできる限り一般的名称使用した

そういうわけで、私の場合上記でいうところの指導課(各学校指導方針を所管)や学事課(学校事務を所管)に籍を置いていた。あれは、新卒教育現場に配属になって十年少々だったか。ある年の人事異動で、そろそろ別の学校に異動になるかと考えていたところ、教委事務局への配属を告げられた。

それから数十年、学校現場に戻ったのは二度だけだ。一度目は中学校教頭として、二度目は校長として。その前後にも、私はやはり教委に籍を置いていて、より高い視座から教育活動のあり方を見直すことや、新しい学校を作る、あるいは廃止するといった仕事に取り組んだ。

最後課長職員としてキャリアを終えた。その後は、いわゆる名誉職といった扱いの教育仕事に数年だけ取り組んで、先日正式にこの仕事から引退した。

タイトルにある出来事は、社会人生活の中でも相当後半にあたる。都内にある中学校教頭としての務めを果たした後、ある年の人事異動で教委事務局課長職として配置された頃の話である。期間としては三年間だ。

教委事務局の中でも、ほぼ真ん中あたりの奥側に指導課長である私の席があった。「ようやくここまで来たか」と思いつつ、課員全員が見渡せるデスク腰掛けようとした時だった。言い争う声が聞こえるではないか。何時かは忘れたが、おそらく正午前だった。

社会教育課の事務スペースで、複数職員が言い争いをしていた。若い子と、中年ほどの男性女性職員だった。どういう構図かは全く覚えていないが、低い次元の話をしているのはすぐにわかった。公務員以前に、社会人として使うべきではない語彙や、極めて高圧的な物言いが見て取れた。

話し合い(口論)を少しばかり眺めていたが、最後男性職員女性職員から詰問を受け、ちょうどかかってきた電話を取る形で逃げて終わった。若い職員は、舌打ちをしてその場を後にしつつ、コピー機が設置してある台を蹴っ飛ばし事務室を出て行った。

『なんだ、こいつらは?』

心の中でそう思った。これまで配属された教委事務局の中に、こんな連中はいなかった。この市区町村の教委事務局で働いていた時もあったが、社会教育課は別のオフィスにあった。

社会教育課、という部署名は伝統である霞が関にも同名の部署があるほどだ。本来であれば、歴史と実績のある部署のはず。では、なぜこんな連中が……? と思って気になったが、その時は時間無駄であると考えた。

だが、そういうことにならなかった。社会教育課は、私のいる課長から10mも離れていない。しかし、毎週のように何度も何度も、大きい声で怒鳴るわ、悪態をつくわ、イベント行事問題を起こすわ、用事で来られた区民を怒らせるわで、こちらとしても仕事がやり辛かった。

私と同じ教職員サイドの職員に詳しい者がいた。この教育委員会(T区とする。豊島区関係ない)の社会教育課について聞いたところ、なんとなく経過がわかった。

社会教育課は、元々別の離れたところに事務所があった

・その場所ではひとつの課として独立していたが、不祥事が多かった

監視意味も兼ねて、本庁総務部の人事課が教委事務局の中に移した

といったところだった。この時は、まさかこの連中のためにあれほど頭を悩ませることになるとは思わなかった。

ここから先は、個別職員の話になる。2.以降に譲りたい。長く詳細に書いても読者が不愉快になるだけだ。できれば各三千字以内でトピックを終わらせたい。

話があちこちに逸れることも多々あろうが、何卒お許しを願いたい。

(次part)

https://anond.hatelabo.jp/20231213191557

2023-08-16

anond:20230816145918

どれぐらい昔の事かはわからんけども

で、どの辺りの話をしてる?

で、こんな状況の中で、リモートワークによって子育てをするハー-ドルが下がっているなら、結構画期的な事だと思うんだよ。子育てハードルって一貫して上がってきてるからさ。

昔とかいわないなら、子だくさんの大家族の例などを引いてくることは出来ると思うけど、子だくさんの大家庭ってだいたい自営業だったり、トラック運転手のような特殊ハードワークで金を稼ぐ系の話でなかなか一般化は難しい。

2023-04-02

スポーツルールを語りながらコラボ擁護

竹本雅美💙💛

@masami_seeds

先頭に立って闘う人が、はっきりものを言う人が、そして男性中心の社会に異を唱える人が、バッシングされる。私がこれまでさまざまな取材現場で目にしてきた「日本風景」でもある。

社団法人『Colabo』仁藤夢乃さん、妨害誹謗中傷にも“屈しない”生き方

https://jprime.jp/articles/-/27323

@shujoprime

高田高校筑波大学🏐→高校教員大分県教育庁文部科学省スポーツ庁→県教育庁企業社会教育主事講習@熊本大学 スポーツツールとして社会課題解決に取り組み 人やまちを元気にしたい。#SDGs #SportsSDGs #スポーツ #教育 #ジェンダー #発達障害 #社会教育

https://twitter.com/masami_seeds/status/1642374686205186048?s=20

ルール無視するコラボ正当化するのは職責に反する。

またしてもジェンダーインチキであり女性バカしかいないことが証明

やっぱり無理に女性優遇してるからこんなレベルの低いバカ女がはびこるわけです。

自分プロフィールを考えたらありえないでしょう。

2023-03-19

自称出世コースの同期社員退職した


過去2年以内の出来事から、ぼかして書かせてもらうな。

ある時、同僚が退職した。今から約五年前に一緒に地元市役所に入った同期だった。タイトルのとおり、調子に乗っている系の若者だった。同期といっても、当方中途採用なので年は結構離れてる。

その辞めた彼、ヤツと表記することにしようか。どうしてこれを書くかといえば、退職過程に感じるものがあったからだ。官公庁民間企業もそうだと思うが、人事異動によって婉曲的にその人のランクを示すわけだろう。でも、その中には、勘違いをするような人事もあると思うのだ。そういうことについて書いていく。

ヤツは、新卒での入庁だった。最初社会教育の分野で働いていたはずだ。一般的名称だと、社会教育課といったところか。体育振興とか、公民館行事とか、どちらかというと大人対象にした教育活動だ。

ヤツの環境は恵まれていた。俺は最初から本庁の財政課で、銀行出身ということで地方交付税の算定基礎となる数字を固める仕事をしていた。はっきりいって激務だった。先輩が優しいのと、周りに人格者が多いのが救いだった。

ヤツの環境は、はるかに恵まれていた。仕事が楽だったのだ。臨時職員がやる庶務みたいな仕事が大半で、社会教育仕事もメインでひとつも持っていなかった。つまり、まだ若いという理由で、初心者モードでのキャリアスタートとなったわけだ(祖父や曾祖父町内会長だったのも大きい)。

仕事が退屈だったからかは不明だが、ヤツは同期会や若手職員飲み会では調子に乗っていた。「あのイベントは俺も一枚噛んでる」みたいなことを吹聴していた。みんなそのことをわかっていてスルーしていた記憶がある。

中身のない若者だった。リクルート(特にジョブズ)や、サイバーエージェントGMOとかと交流経験がある人ならわかるかもしれない。実績ゼロにおいてすら、自らの成果を誇張する理解不能レベル人間がいるだろう。あんな感じだった。

話は逸れたが、入庁一年から楽な環境であること――それが正しいことかはわからない。だが数年後、ヤツの環境は変わった。組織の再編により社会教育課は厳しい環境に置かれた。

残念ながら、ヤツには実力が身に付いていなかった。その根拠は噂話が0.5、ヤツの姿を実際に見てが0.5、合わせて一本というところだ。

ストレスに耐えられない行動を取っていた。あなた職場にもいるのではないか仕事とか家庭とか、なんでもいいけれども、ストレスが多くなって精神的に潰れている人間の姿だ。ヤツは、元々コミュニケーション能力に難があり、いわゆる話がわからないタイプ人間で相当難義をしていた。

・キレやす

自分過去に凄かったアピール

立場が弱い人間に当たり散らす

こんな行動だ。特に、その年度末時点では、まるで50代のごとく自分が思ったことを脊髄反射で口に出すようになっており、声をかけるのも憚られるほど救いようがなかった。

職場仲間から非人格的な行動を咎められるのはまだいい方で、はっきりいって見捨てられていた。個人的には視界に入れたくなかった。

次の年度、ヤツは別の部署に異動になった。おそらく配慮があったのだろう。今度は、多くの人が想像するタイプ市役所仕事だった。社会教育課よりは楽になるだろうと思ったし、実際にそうだった。わかるのだ。自分とヤツとは、その時期は同じ階で働いていたから。

だが、調子に乗った態度は変わらずだった。前の職場である社会教育課の後輩に対して架電していたのだが、市民も見ているであろうに大声で叱責をしていた。私の席からヤツの上司の顔を遠目で眺めると、苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。ほかの職員もそうだ。

が、その年度の終わりだった。ヤツにある意味での最後通告が下った。総務省に出向するように命じられたのだ。

多くの増田民ブクマカには意味がわからないと思われるので説明する。まず、民間と同じく地方公務員にも他組織への出向がある。一定の水準に達している者が出向するが、例外もある。表で説明するほどのものでもない。記号を使って出向先のランク付けについて逗子する。



○出向先ランクの一覧

幹部コースが決まっている職員の出向先)

 都道府県内の合同組織(国際行事運営事務局など)

 都道府県の本庁、福島など甚大災害被災地

 国の主要政策実施機関(主に県市合同)

------------------------------------------------

(将来を嘱望される職員の出向先)

 市区町村で作る臨時の合同組織、一部事務処理組合

 内閣府財務省経済産業省

------------------------------------------------

(上に準ずる職員その他の出向先)

 都道府県地方機関

 総務省厚生労働省環境省、

 農林水産省文部科学省


 

概ね1〜2年の間、出向先で働くことになる。長くても3年だ。最悪だと4年以上。このうち(上に準ずる職員その他の出向先)については、言いにくい事情が何点かある。

まず、市区町村→国や県への出向については2パターンある。①規模の大きい仕事を進めるために出向が必然となるもの(今だと広島G7サミット事務局。数年前だとオリンピック)と、②出向が昔からの慣例になっているパターンだ。特に②の場合、国の方から事業推進のため○人の職員を出向させてください。お願いします」(※要約。実際は崇高な理念という名の大言壮語が書いてある)といった通知が各自治体に届いて、そのお願いを聞く恰好で、地方自治体中央省庁(+地方事務所)に人員派遣する。

ヤツは総務省への出向だった。その際、ヤツは相当喜んだ様子だった。LINEで何度も同期グループメッセージを入れていたし、出向者の送別蟹に参加した際などは(※私もその年に県に出向した)、それはもう大喜びの様子だった。出世コース万歳、みたいな調子だった。

中央省庁には大変申し訳ないのだが、うちの自治体では、はっきりいって辞めてほしい職員別にいなくなってもいい職員のうち、比較学歴のある若手を(上に準ずる職員その他の出向先)に送るという慣習がある。※国としては、官僚と同程度の学歴のある人間がいいらしい。

辞めてほしくない職員を国に送らねばならない場合は、1年や、半年ずつに分けて2人など、各個人負担にならない形で送り出す。

蛇足になるが、未婚の女性職員は送り出さない。断じて出向させないらしい。噂話のレベルだが、中央省庁への出向中に都内結婚相手を見つけ、出向が終わって夏のボーナスをもらった直後に退職して東京に戻った人が過去にいたようだ。

さて、ヤツは総務省に何年いたと思う? ……正解は言えない。特定のおそれがあるからだ。二年以上とは言っておこう。○年半が経った頃、うちの市から「四年目もお願いする」という連絡をもらった後、ヤツは辞めた。その後、どこに行ったかはわからない。消息不明だ。ラインの同期グループでは、「ずっと毎月残業60時間以上。もうダメだ」といった内容が続いていた。

組織としては、ヤツは辞めてほしい人材だった。ヤツは何度も調子に乗った行動を取ったし、他の職員上司ひんしゅくを買ったし、市民や団体に迷惑をかけている。ヤツ以外にも、辞めてほしい人間として国に送り出したと思われる若手職員はけっこういる。

だが、実際かわいそうだとは思わないか。国の出向制度を利用して辞めてほしい人間を送り出すなど、制度趣旨理解していないのではないか? むごい。

出向先の中央省庁のうち、(将来を嘱望される職員の出向先)と(上に準ずる職員その他の出向先)の区別だが、前者の官庁場合は、出向者に企画や調整の仕事をさせてもらえることがあるらしい。または、特殊技能習得など。公務員として一生使える力だ。

対して後者場合、出向者は『無料で使える臨時職員』(※出向者の給料自治体負担)であり、仕事内容も裁量ゼロの大量ルーチンをこなすことになるそうだ。職場上長地方からの出向者を指揮することはなく、彼らの差配をするのは20代の若手官僚になるという。なんというか、完全に国の仕事遂行するための材料として使われている感がある。



なお、この日記にはフェイクはあまり入れていない。リアル感を出すためだ。身バレなどのリスクは私がすべて負うことにする。どうしても書いてみたかった。

あれから月日が経った。ヤツは元気でやっているだろうか。思えば、20代半ばの若者というのは、調子に乗りたがるのがむしろ正常なのかもしれない。

当時の私は、ああいう連中について、聖闘士星矢に出てくるおとめ座(ヴァルゴ)のシャカみたいに思っていた。

「若手職員のガキたちよ。今から引導を渡してやる。おとなしく餓鬼界へ落ちたまえ!オーーーーム!天魔降伏!」くらいにしか思ってなかったが、今ではしみじみと思い返すことがある。

ほどほどに幸せにやっているといいなあ。そういう未来勝手想像している。

2023-02-20

anond:20230220202217

まあ、まずは一旦マッチングアプリ現実に直面してからだな。

こういう女は実際にやってみないと何を言っても身の丈にあった判断はできない。

要は男側は女の社会教育のお手伝いをしてあげてるってわけ。

2023-01-14

anond:20230113173150

明治時代短期間で富国強兵を目指した日本

徴兵制度のための体育能力向上を学校に担わせた。

独仏は参考にならなかったので英国米国学校運動部方式を参考にした。

あくまで仕組みを参考にしただけで、英国エリート養成学校のいわゆる嗜みとしてのスポーツという精神や、米国スポーツ参加の平等性や公正性は無視された。

戦後の高度成長時期からは、学校運動部活動は、一部私学のマーケティングとして利用され、公立学校では非行防止の一環と位置付けられた。

しかしそういった真の目的ウラの話としてささやかれるだけだったため、合理的科学的なスポーツ環境は育つことはなかった。

そして、今回の地域移行である

十年以上前から国民スポーツする権利保障するため、地域スポーツの強化が国の計画で打ち出され、ヨーロッパ型の地域総合スポーツクラブを推進されてきたがうまくいかなかった。

そこに教員労働時間短縮をカネをかけずにやり過ごしたい国が、教員の代わりに地域押し付けようとという発想で生まれたのが、今回の運動部地域移行である

しかし、こんなもの成功するはずがない。

地域移行にあたっては、国民健康文化的生活向上にスポーツを活かすという本当も目的お題目として掲げられる。だが、真の目的が不純だからだ。

本当に地域移行しようとするなら、

本気でスポーツ国民根付かせ健康文化的生活向上につなげたいなら、

まずは大学実業団運動部廃止することから始めないといけない。

大学大企業では、もっぱら一部の者だけが利用するために、体育施設運動場が整備されている。

それらは、新法をつくり、無償地方自治体に贈与させたらいい。

大学運動部も結成自体結社の自由があるから設立活動自体自由であるが、彼らのために特別優遇措置を図る必要はない。いわゆる文化系サークルと同様の扱いをしておけばよいだろう。

私学にも国の助成金運営されているのだから運動部活動優遇措置継続させたい私学には、助成金ゼロにしたうえで、固定資産税はじめ高額の税を課せばよい。

大学一般教養の体育の授業で利用するためだけなら体育施設の整備は認められようが、せいぜい大学共同利用施設として整備されれば十分だろう。

もっと一般教養で実技としての体育の授業をすること自体に大いに疑義がある。なぜなら同年代大学進学をしていない者は、年に24コマの体育をする権利保障されておらず、大学生と職業人との間でスポーツ権に差が生じるからである

大学で実技体育を必修科目とするなら、労働関係法を改正して雇用者に対して従業員スポーツする時間有給保障させる義務を負わせるべきであろう。

次に高等学校運動部廃止すればいい。

理由大学と同じだ。

中学校運動部活動は、中学校義務教育機関であるため、大学高校とは異なる視点必要だろう。

12~15歳の者にとって、推奨されるべき運動量が、授業の体育だけで十分なのかは科学的に検証すべきであって、授業時間だけで不足するなら、それはやはり学校教育の場で対応するのがよいだろう。それも、運動部活動形態を取るべきではないのは言うまでもない。

そして、推奨運動時間を超える部分は、学校が行うべきではなく、他の行政機関社会体育として実施するべきものであろう。

高校中学運動部無料で利用できたが、地域移行により保護者負担が増加することや、地域移行の受け皿に企業進出することを懸念する声もある。

しかし、学習塾進学塾にはカネを出すが、必要以上のスポーツ活動にカネを出さないのは理屈が通らないので、そういう声は無視すればよい。

企業進出については現状やむを得ないだろうが、企業利用者(生徒・学生保護者)が直接契約するのでなく、あくま自治体教育委員会社会教育部門業務内容を決定し、それを企業委託し、利用者教育委員会に申込む、というスキームにすべきだろう。

そして、十年以上かけて、徐々に地域スポーツ指導員を育成し、市の正職員として雇用するなり、自治体出資スポーツ振興事業団職員として採用するなりしていけばよい。

まあ、いままで無償教員押し付けていたものを、他のスキームでやるのだから膨大なカネがかかる。

そこはビッグデータAI活用して、国民健康力がアップして医療費総額が何兆円減ります計算させればよいし、米軍思いやり予算ゼロにして軍事費GDP1%程度のままにしておけば何とか財源は確保できるだろう。

2023-01-03

大学運動部廃止から始めろ ~運動部地域移行をするのなら~

昨日今日大学駅伝が行われ全国放送されている。

夏休み春休みには高校野球も。

スポーツ科学不在の、このカネ儲けと浪花節集団主義運動部活動を眺めていつも思うのは

もう学校での運動部活動廃止したらどう?ということだ。


明治時代短期間で富国強兵を目指した日本

徴兵制度のための体育能力向上を学校に担わせた。


独仏は参考にならなかったので英国米国学校運動部方式を参考にした。

あくまで仕組みを参考にしただけで、英国エリート養成学校のいわゆる嗜みとしてのスポーツという精神や、米国スポーツ参加の平等性や公正性は無視された。


戦後の高度成長時期からは、学校運動部活動は、一部私学のマーケティングとして利用され、公立学校では非行防止の一環と位置付けられた。

しかしそういった真の目的ウラの話としてささやかれるだけだったため、合理的科学的なスポーツ環境は育つことはなかった。


そして、今回の地域移行である

十年以上前から国民スポーツする権利保障するため、地域スポーツの強化が国の計画で打ち出され、ヨーロッパ型の地域総合スポーツクラブを推進されてきたがうまくいかなかった。

そこに教員労働時間短縮をカネをかけずにやり過ごしたい国が、教員の代わりに地域押し付けようとという発想で生まれたのが、今回の運動部地域移行である


しかし、こんなもの成功するはずがない。

地域移行にあたっては、国民健康文化的生活向上にスポーツを活かすという本当も目的お題目として掲げられる。だが、真の目的が不純だからだ。


本当に地域移行しようとするなら、

本気でスポーツ国民根付かせ健康文化的生活向上につなげたいなら、

まずは大学実業団運動部廃止することから始めないといけない。


大学大企業では、もっぱら一部の者だけが利用するために、体育施設運動場が整備されている。

それらは、新法をつくり、無償地方自治体に贈与させたらいい。

大学運動部も結成自体結社の自由があるから設立活動自体自由であるが、彼らのために特別優遇措置を図る必要はない。いわゆる文化系サークルと同様の扱いをしておけばよいだろう。

私学にも国の助成金運営されているのだから運動部活動優遇措置継続させたい私学には、助成金ゼロにしたうえで、固定資産税はじめ高額の税を課せばよい。


大学一般教養の体育の授業で利用するためだけなら体育施設の整備は認められようが、せいぜい大学共同利用施設として整備されれば十分だろう。

もっと一般教養で実技としての体育の授業をすること自体に大いに疑義がある。なぜなら同年代大学進学をしていない者は、年に24コマの体育をする権利保障されておらず、大学生と職業人との間でスポーツ権に差が生じるからである

大学で実技体育を必修科目とするなら、労働関係法を改正して雇用者に対して従業員スポーツする時間有給保障させる義務を負わせるべきであろう。


次に高等学校運動部廃止すればいい。

理由大学と同じだ。


中学校運動部活動は、中学校義務教育機関であるため、大学高校とは異なる視点必要だろう。

12~15歳の者にとって、推奨されるべき運動量が、授業の体育だけで十分なのかは科学的に検証すべきであって、授業時間だけで不足するなら、それはやはり学校教育の場で対応するのがよいだろう。それも、運動部活動形態を取るべきではないのは言うまでもない。

そして、推奨運動時間を超える部分は、学校が行うべきではなく、他の行政機関社会体育として実施するべきものであろう。


高校中学運動部無料で利用できたが、地域移行により保護者負担が増加することや、地域移行の受け皿に企業進出することを懸念する声もある。

しかし、学習塾進学塾にはカネを出すが、必要以上のスポーツ活動にカネを出さないのは理屈が通らないので、そういう声は無視すればよい。

企業進出については現状やむを得ないだろうが、企業利用者(生徒・学生保護者)が直接契約するのでなく、あくま自治体教育委員会社会教育部門業務内容を決定し、それを企業委託し、利用者教育委員会に申込む、というスキームにすべきだろう。

そして、十年以上かけて、徐々に地域スポーツ指導員を育成し、市の正職員として雇用するなり、自治体出資スポーツ振興事業団職員として採用するなりしていけばよい。


まあ、いままで無償教員押し付けていたものを、他のスキームでやるのだから膨大なカネがかかる。

そこはビッグデータAI活用して、国民健康力がアップして医療費総額が何兆円減ります計算させればよいし、米軍思いやり予算ゼロにして軍事費GDP1%程度のままにしておけば何とか財源は確保できるだろう。

2022-09-01

非正規図書館員がバズったけどさ 2

非正規図書館員がバズったけどさ

  

上から目線、偉そう、お前のいる図書館には行きたくない、いきりオタクなど散々な言われようだった増田だよ!

せっかくなので司書資格の現状とその問題点について思うところをを書いてみるね。

いきりオタクがむきになってんじゃねーよwwwっていうのは百も承知なのでコメントあればそれ以外でどうぞ 。

#はてなから文章も変だし引用記述ちゃんとしてないし引用引用もしてるし数値は古いし用語の統制もしていないよ

#脚注はてな記法使えなくてめちゃんこ不便だし、URL件数規制あったのでごそっと削った

  

今回の件について、自分の主張は

非正規雇用非正規職員)の待遇改善には同意するが、司書専門性非正規職員待遇問題は切り分けて論じられるべき”

というもの

以下、図書館職員の現状および司書資格問題点について述べます

  

図書館職員の現状

司書資格者と図書館職員実態

平成27年度の社会教育調査より、全国の公共図書館専任職員数(館長除く)10,305名のうち、司書資格者は5,410名(52.5%)。

これに対し、非常勤職員(館長除く)19,177名のうち司書資格者は9,593名(50.0%)である指定管理者職員数も別途あるが、指定管理者内での正規雇用も含まれるため割愛)。

正規職員および非正規職員非常勤職員)それぞれの有資格者の割合はほぼ同じだ。

この数値から算出すると、単純計算だが、全国の図書館職員における非正規職員率は62.6%となった。

司書資格者に限定した非正規職員率は63.9%である

この数字は他の職業比較して飛びぬけて高いのだろうか?

  

他の職業との比較

同じ国家資格を有する職業として保育士がある。

平成24年保育士調査では保育士非正規割合の平均は全体で45.6%、公営では53.5%となっている。

( ttps://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11901000-Koyoukintoujidoukateikyoku-Soumuka/s.1_3.pdf 保育士等に関する関係資料 他)

保育士よりは図書館職員非正規職員率は高いが、司書には保育士のような必置規制がないなどの違いもある。

管理する対象など、図書館という公共サービス性質を考えると図書館職員特別に高いというようには思えない。

  

資格者の非正規職員賃金(時給)を比較すると、保育士は980円、幼稚園教諭は1,046円、福祉施設介護員は1,043円、ホームヘルパーは1,339円である

署名運動を提議した彼女の時給は最低賃金+40円らしいので、全国平均で算出すると1,001円。

図書館職員がとりわけ低いというよりかは、有資格者であっても非正規職員賃金は全体的に低いというのが現状である

       

非正規職員必要性

一方、専門能力を有する職員がその専門性を発揮して働くために、非正規職員必要性肯定される側面もある。

近年増える非正規雇用の保育士|正社員の仕事負担の軽減策

大事なのは専門業務と非専門業務分掌ではないだろうか。

  

事例のひとつとして、自館では非正規職員は職責のない単純業務正規職員はそれ以外と分けている。

自館の非正規職員には権限がないのでシステム管理的な業務はできず、単純業務として配架資料の整理、簡単な文献複写、来館者対応データ登録などを行っている。

  

図書館に限らず、あらゆる職務において非正規職員必要とされる。

問題なのは正規雇用収入必要としているのに非正規雇用で働かざるをえない人なのだろう。

   

なお、実態として、図書館員は、非専門業務従事する職員であっても有資格者が多く雇用されている。

その原因としては、司書資格の取得者数が多いこと、司書資格の有無により司書専門性担保されていないことが考えられる。

  

司書資格問題点

司書資格供給過多

司書資格を取得しても、図書館員として勤務できない。

その一因は、需要供給、つまり司書資格の取得者数と図書館職員求人数が乖離しており、市場需要よりも多くの人が司書資格を取得していることにある。

  

司書資格の取得者数の正確な数字不明だが、令和4年度の司書養成科目開講大学は193大学司書講習は5大学で減少傾向にあるという。

平成18年頃の数値では、年間、司書課程の履修により約1万人、司書講習で約1,500人が司書資格を取得したとされている。

司書資格者の専任職員公共図書館)が全国で約5,000人しかいないのに、毎年その倍の人数の学生司書資格を新たに取得していることになる。

そもそも論司書資格を取得したからといって図書館職員になれるわけがないのだ。

図書館職員資格取得及び研修に関する調査研究報告書 第2章 公立図書館及び司書図書館職員を取り巻く現状の把握 )

  

司書資格を取得する人数を減らせばいいのではないか、という指摘はもっともだが、それを阻む背景の一つに、国家資格を取得できることで学生を集めたい大学経営的なニーズと、研究者の雇用の場を保持したいアカデミア側のニーズ合致していることがある。

司書資格の取得者数を減らすことは両者にとってデメリットしかなく、だからなのか薬剤師資格のように取得者数を規制しようとする動きはない。

ちなみに、 司書課程の教員論文生産性を調べた研究では査読論文を年に0.07本執筆すれば大学教員になれる(日本の図書館情報学分野の教員の経歴と論文生産性 )そうで、他分野から見たら羨ましい限りである

  

さらに、司書資格の取得者数と求人数の大きなギャップについて、「司書資格取得のために大学において履修すべき図書館に関する科目の在り方について(報告)」では以下のように述べられている。

一方で、図書館への就職は非常に厳しい状況が続いているが、司書資格取得者の就業の場としては、公立図書館以外にも、各種の図書館行政機関企業民間団体等の資料関係業務調査情報提供業務などが考えられることから、これ らに関する情報提供も望まれる。

司書資格取得者が図書館を利用する場合には良き利用者となることが期待され、また、図書館ボランティア図書館活動支援者となることも考えられる…

司書資格取得時に得る図書館情報学の知識は、図書館職員として働く以外にも、行政機関企業一般においても活用できる能力であることから資格を取得しても図書館職員として就職できないことは司書資格の取得を阻害するものとは考えられていないのだろう。

   

図書館職員専門性証明

司書資格は授業のみで取得でき、かつ取得者数も多いため、資格のみで図書館員専門性証明することは難しい。

この問題点に対して、業界側も長年解決策を模索してきた。

近年、その成果が表れており、日本図書館協会による認定司書日本医学図書館協会によるヘルスサイエンス情報専門員などの上級資格が創設されている。

図書館員性質を鑑み、一定経験年数や研修論文執筆などの成果を元に審査を行い交付されるため、高度な専門性を有することを証明できる。

図書館員としてステップアップしたい人は、ぜひ挑戦してほしい。

   

さいごに

もし例のあの人が専門性の高い司書であれば、具体的な職務の明示なく「図書館司書は時給2,000円貰って当然!!」なんて言葉は出てこないと思う。

非正規雇用の低待遇肯定するわけではない。日々を暮らしていくために、待遇改善を主張することは普通のことだ。

しかし、そこに、司書から図書館員からと付け加え、専門的職務や非専門的職務検討もされないまま

「この事態放置するのは知への怠慢」(http://twitter.com/sasakitoshinao/status/1563664160612909057?s=20&t=rdNKzrqSG7r6B7hqm9yqkQ)などの現状批判を始めると、本来検証されるべき司書専門性がないがしろにされ、単純労働非正規職員すら排斥する行為に繋がり、結果的図書館への悪影響となりかねない。

Yahoo!ニュースインタビューされてた先生にはせっかくなので資格制度とかの内容にも触れてほしかったな。

2022-07-02

augsUK「子殺しの上で死体遺棄して母親逮捕されるのは当然」

子殺しの上で死体遺棄して母親逮捕されるのは当然のことでは?父親にも何らかの罪をというのはわからないでもないが。乳幼児人権を認めてないのは怖すぎる。

augsUK 2022/07/02 12:28

https://b.hatena.ne.jp/entry/4721804662898478082/comment/augsUK



性教育で「性交」や「妊娠経過」の知識を得られていたら、母親責任があるとは思うが、現在日本では、学校で「性交」や「妊娠経過」を教えることは、文科省により禁止されている。

これは、自民党公明党撤廃拒否している歯止め規定によるもの

性教育で「性交」や「妊娠経過」の知識を得られなかった母親死体遺棄をしてしまったのは、自民党公明党責任がある。

乳幼児人権を認めてない」のは、性教育で「性交」や「妊娠経過」を教えることを禁止している自民党公明党であり、自民党公明党投票した人物の方である

みんなの未来を選ぶためのチェックリスト 参議院選挙2022

https://choiceisyours2021.jp/

質問

文部科学省が推進する「生命いのち)の安全教育」では、性交妊娠経過について教えないなどといった「はどめ規定」があり、性に関する知識理解が十分に得られない内容になっています

「はどめ規定」を撤廃し、人権尊重科学的根拠に基づく包括的性教育を推進しますか?

自由民主党の回答】

✕(ばつ)

性教育児童生徒の発達段階を考慮しながら、学校全体の共通理解を図り、保護者地域理解を得ることが必要です。不適切性教育ジェンダーフリー教育などは行わせません。

公明党の回答】

△:中学校1年生の保健体育科の授業においては、「心身の機能の発達と心の健康」について学習する中で、思春期には生殖機能が発達し、妊娠可能となることを理解できるようにするため、主に多くの生徒が直面する思春期の体の変化について学ぶこととしています平成10年の学習指導要領改訂時の背景として、この内容について指導を行う場合に、生徒の発達の段階を踏まえない、いわゆる過激性教育(性行為イラストで示すなど)が行われており、行き過ぎた指導にはどめをかけるため、当該規定を設け、その扱いを継続しているものです。

子どもたちを性犯罪・性暴力から守るための「生命安全教育」については、より多くの教育現場で実施されるよう推進します。

立憲民主党の回答】

○(まる)

学校教育社会教育で、男女ともに性暴力加害者被害者にならないように、性についての正しい知識を身に付けられる人権としての包括的性教育を推進し、生に対する正しい知識理解とともに、子どもたちへの犯罪を根絶します。

日本共産党の回答】

○(まる)

1992年改訂学習指導要領で小学生から「性」を教える転換がはかられました。しかし、1998年改訂学習指導要領で妊娠過程を扱わないとする「はどめ規定」がもうけられ、2003年都立七生養護学校での性教育自民党都議などが介入し、自民党国会議員なども加わる性教育バッシングがおき、学校現場の性教育は委縮・後退しました。その結果、多くの子どもたちが性についての知識をもたないまま、互いの心身を傷つけてしまう多くの悩みや問題をかかえています国連子ども権利委員会日本政府に「思春期女子および男子対象とした性と生殖に関する教育学校の必修カリキュラムの一部として一貫して実施されることを確保すること」を勧告しています。「はどめ規定」をなくし包括的性教育をすすめることが強く求められていると考えています

 日本共産党は党綱領で「ジェンダー平等社会の実現」をかかげている政党です。人権ジェンダー平等大事にしながら、人間生理生殖避妊についての科学知識、性の多様性、互いを尊重しあう人間関係を築く方法自分の心や体を傷つけるものから身を守るすべを学ぶなどの包括的性教育の推進を提案しています

社会民主党の回答】

○(まる)

性交」の説明なくして、子どもたちが性に関する知識や性暴力や性被害についてしっかりと理解できません。平等人権視点を入れた包括的性教育の推進が不可欠です。

日本維新の会の回答】

○(まる)

「はどめ規定撤廃が適切かどうかは検討を要するが、性教育については今よりも踏み込んだ対応必要である

国民民主党の回答】

(その他)

授業内容、性教育生理教育等、学校生活全体を通じて、人権尊重され、学校地域が協力して子どもの成長に伴走する環境を創ります

れい新選組の回答】

○(まる)

性交”や妊娠経過を説明せずして、性暴力や性被害というのが何なのか、ということは子どもたちは理解できません。すでに2009年ユネスコが「国際セクシュアリティ教育ガイダンス2018年改訂)」を出しており、ヨーロッパの国々はガイダンスを踏まえて性交避妊方法小学校高学年・中学校で教えています

2022-06-14

栃木県小学校寄付強要事件(?)の違和感

https://togetter.com/li/1901124

https://twitter.com/vKpjIheSE5X0tXy/status/1536543497331044352

嘘だと断言はしないけどドラマチックすぎるしいろいろと違和感がある

矛盾

「またHPにも堂々と「保護者様各位 空調設備投資優先した為、教材の備品費が足らないためご協力お願いします。募金等の使用目的として、ボール遊具の修理、各学科資料等」とありました。」

ググっても該当サイトが見当たらない、投稿主は部外者なので保護者向けのアクセス保護されたページではないだろうし公立小学校robot避けしてるとも考えにくい。

教育委員会にすぐバレるような嘘の証拠をわざわざWebに書くだろうか?(その程度のレベル教員はいそうではあるが)

都内や府内への視察と出張がほかの市内の小学校と比べても多い気がしますが?」

部外者の前で発言していい内容か? 来客を待たせてまで緊急にチェックすべき書類か? その場で発見するのすごくね?

「当分こちらのファイルを預からせていただきます

普通コピー撮らせてください」でしょ。持ってきたのがコピーならそのまま渡せばいいし、現物預かってる間の事務処理はどうするの

ただし

追記

昨日の段階で削除したそうです。 https://twitter.com/vKpjIheSE5X0tXy/status/1536561375568625665 見つからなくて当たり前

anond:20220614164500

ヒットしない可能性はあるけど「見つからなくて当たり前」ではない、なぜならGoogleキャッシュリアルタイムで消えないので1日待たずに消えるのは稀。以前はあったのに今ヒットしないとしたら運よくクロールタイミングが重なったかWebmasterツールから手動で削除依頼たか。そんな事やらかす人がWebmasterツールなんか使いこなせますかね

追記

「集合時間まで時間があったのもあり、校内の現状を確認させていただきましたが」

実際は「ざっと見た感じ」がついたのかもしれないけど、実務経験者だったら屋上の給水タンクだの防水処理だの修繕が数時間目視でチェックできない事なんか知ってるはず。こんな断言できないのでは?

追記

校長が以前からしかたから調べていたのでは

anond:20220614184227 anond:20220614184104

それを初めて会った部外者しかTwitter公表してる事が分かってる)の前でわざわざ暴露する必要がある? 公表するにしても普通に考えれば事実関係調査して処分を決定してからにしたいはずだし、聞かれてもいない寄付強要に至った背景まで「その場で」「不確かな推測の状態で」伝える理由がない。

追記

更なる不可解

栃木県の14市のうち、HPで「生涯学習社会教育係」という組織確認できるのは佐野市だけ

https://b.hatena.ne.jp/noho-sibe/20220614#bookmark-4720983304178209826

(今頃田植え栃木県内だと両毛に含まれ地域が相当する。現在自治体では足利市佐野市

https://anond.hatelabo.jp/20220614191959

佐野市の小中学校2019年時点でエアコン設置がほぼ完了している

https://www.mext.go.jp/content/20210316-mxt_sisetujo-000013462_11.pdf

エアコン寿命はあるので更新した可能性はあるが・・・

追記

■嘘でもいいじゃない説:そんな目くじら立てて暴こうとしなくてもいいんじゃない。そんなに白黒ハッキリさせたいかね?

https://b.hatena.ne.jp/dukeago/20220614#bookmark-4720983304178209826

フェイクだった場合、君が栃木県小学校関係者だとしたら悔しくないかね? 次にいわれのない非難に晒されるのは君の職場であり君自身かもしれないけど構わないかい?

無事逃亡した模様、解散

追記

togetterコメントで復活してた模様、集合。

対応が異常に早い

anond:20220614173516

□本当松説:フェイクのメリットが無い

ナチュラルボーンライアーに会ったことがないなんて幸せですね、デメリットしかないのに息を吐くように嘘つく奴少なくとも3人会ったことある

□本当松説:xxも最初は嘘だと言われていたが本当だった

最初にも書いた通り嘘だと断定してないです、不可解な点が多いにも関わらず過熱気味だったので鵜呑みにしない方がいいんじゃないのって事。

【多分今度こそ最後追記

togetter投稿主への直接追及が始まったようなので誰かが明らかにしてくれるでしょう。こちらの更新は終えます。上の指摘に対して投稿主が反論している部分もあるようなので気になる方はご覧ください。

https://togetter.com/li/1901444

普通嘘松だったらとっくに逃げている時期なので、ここまで粘るなら説明を端折りすぎた本当松なのか、気合の入った嘘松・・・

2022-03-04

指定校推薦は優れた入試制度である

指定校推薦使う人って小さい頃にDSポケモンチート使って心の底から楽しめてたタイプ人種

https://twitter.com/anokoronomirai/status/1492714346535092225

イフオ@anokoronomirai



先日、このツイートを読む機会があった。せっかく学生課の職員という仕事をしているので、ちょっと解説してみようと思う。

結論タイトルのとおりだ。大学にとって、指定校推薦は優れた制度である一般入試で入ってくる学生よりも、指定校推薦で入ってくる方が優れている。

指定校推薦というのは、大学高校と生徒にとって三方好しである高校生が指定校推薦による利を得たい場合は、在学中にたくさん勉強して、学校行事に多く参加し、部活動社会教育活動ボランティアに精を出さねばならない。

大学としては、新入生としてはできれば安牌が欲しいと考えているし、高校側も特に推薦したい生徒がいる場合ほとんどである。重ねて申しあげるが、一般的な高校生が指定校推薦活用するためには、その学校にとっての模範的な生徒である必要がある。

私が勤めている大学は、世間的には上流とされている。私立大学総合力を図るランキングがあったとすると、国内上位3校に必ず入る。

これまで十数年に渡り、百人以上の高校生・大学生の面談面接又は評価活動を行ってきた。その経験に照らして、一般入試と比べた場合指定校推薦の優位性を説明する。

公募推薦スポーツ推薦や帰国子女入試はそれに準ずる扱いとしている。いずれも一般入試学生よりも優れていると幣学では結論している。



指定校推薦の優位性① 優れた人格や行動傾向のある学生入学してもらえる

これが最大のメリットだ。幣学から「〇人の推薦枠があるので出願をお願いします」という通知を受け取った各高等学校が、それぞれ選りすぐりの生徒を受験させる。受験者は概ね、以下の性質を一つ以上は有している。

・評定平均が概ね4.5以上

 (推薦要綱に4.5以上とあっても、双方の合意で4.4以下の子が受けることは可能

学校行事リーダーとしての役割をこなせる

・人的交流の意欲や能力に優れ、多くの人と繋がることができる

特殊な才能に恵まれ、若くして成果を挙げている(スポーツ文化芸術学会芸能界その他での活躍

幣学は毎年、上記性質の3つ以上を有した学生を手に入れることができている。ほぼ必ず、将来大器と思われる人材を得ることができている。募集要綱での評定平均が足りていない子はけっこういるが、それらは裁量でどうにかなる。

いい子に入学してもらい、学生生活では多くの人と交わることで自分を磨いてもらい、卒業後は社会活躍できる人材に育つことが学校としての至上目的だ。

具体例をひとつ挙げる。

4年ほど前のことだ。府中の辺りにあった私の日常通いのマクドナルドで、ある女子高生が働いていた。私と彼女は、レジでたまに世間話をする関係だった。その子新人だった時の話をする。

夕方だったろうか、外国人サラリーマン2人組(大柄な白人と中肉中背のアジア系だったと思う)がその子レジに並んだ。私はそのひとつ後ろに並んでいた。

そのうち1人が、店員に対して英語で話し始めた。併せてジェスチャーを行い、干飯ハンバーガーを注文しようとしていた。

さて、彼が欲しかったものは、「チキンフィレオのセット×1+チキンフィレオの単品」だった。その子も身振り手振りで話を聞き終え、「千何百円になります~」と言ったところ、「No」と白人リーマンは言うのだった。「チキンフィレオのセット×2」としてしまったのだろう。

その高校生は、もう一度メニューを見ながら、手指や視線を動かして、彼の顔も見て――今度は正解を当てることができた。白人リーマンは、「glad」と言って隣のアジア風の男性に注文を譲った。

の子は、アジア風の男性から英語で注文を聞き取っていたが、今度はミスなく注文に応えることができた。身振り手振りだけの、上手なコミュニケーションだった。サイドメニューサラダ単品と、ナゲット×2とジンジャーエールだった気がする。

この間、彼女は一切英語を話していない。労働経験も少ないだろうに、外国人に即応したのだ。言葉を交わすことなく注文に応えてしまった。緊張した様子もなく、終始ニコニコだった。

才覚を感じた。私が学生の頃は、あの子のような接客絶対にできない。せいぜい、しどろもどろになって社員を呼んでいたことだろう。彼女については後述する。

指定校推薦の話に戻る。

幣学では、彼女のようなレベルに達している人間がぜひ欲しいと思っている。幣学だけではない。ほかの大学だってから手が出るほど欲しいだろう。残念ながら、その子が通っている高校には幣学の指定校推薦枠がなかった。が、その他の推薦入試であれば可能性がある。私が入試事務局彼女の願書を審査するメンバーだったら、一次選考は確実に通しただろう。

ここまでお読みいただいた増田民への情報提供を兼ねて、推薦入試の際に最も重視される評価基準説明する。

人格素養

人間社会関係構築能力

自助努力

以上だ。

評定平均が4.0以上など、指定校推薦では成績優秀な学生を求めている印象があるが、この際だから正直に言ってしまう。合格順位の点数付けの過程で、評定平均はほぼ見られない。あれは受験者を少なくするために振るいにかけているだけであって、本当に見られるのは上記3要素だ。

例えば、推薦入試募集要綱には、「全体の評定平均が4.0以上であること」などと書いてあるだろう。実務上の対応としては、それ未満の評定平均でも出願すること自体はできる。むしろ出願して欲しいほどの人財がいる場合は、当高校に対して個別に依頼と訪問を行い、その生徒を推薦してもらう。これは幣学でもそうだし、他の名門大学でも変わりはない。それくらい、上記3要素を有した高校生はこの世界に少ない。喉から手が出るほどほしい。

なお、自己推薦制度採用する大学場合は、評定平均が足りないと学校からの推薦書がもらえないので注意しよう。すなわち出願ができない。学校を通した推薦入試場合は、評定平均が少し足りないくらいであれば双方が話をする。やり取りの例はこんなところだ。

パターン

高「評定平均は3.8である。貴学の示す4.0には少し足りないが、在学中に難関試験である〇〇に合格している。性格は朗らかであり、リーダーシップもある。貴学の学風に相応しい生徒かと思われる。出願は可能か」

大「出願は可能である合格保証するものでは当然ない」

パターン

高「評定平均は3.0未満である。この子は1年生からインターハイに出場している。推薦入試の受付開始時点でインターハイに上位入賞しているなどの場合は、出願することは可能か」

大「協議して回答するので、出せる範囲資料いただきたい。出願できる可能性はある」



指定校推薦の優位性② 人間的に低劣な学生割合一般入試>推薦入試

どんな大学にも救いようのない学生はいものだ。箇条書きにしてみよう。

人間としての良識生きる力に乏しい者

‐①

講義中に先生に当てられても、何も答えない。ずっとだんまりだ。人として生きる力に欠けているというか。私が幣学で学んでいた頃もいたし、ずっと前から一定数いるのだろう。わかっていようといまいと、とにかく答えない。黙っている。こういう人間大学生になってはいけない。行動が大人レベルに達していない。社会進歩と同時に、こういった人罪が増えるのは致し方ない面がある。大昔であれば、こういった人間は厳しい修行の中で開眼するか、できなければ間引きされていたに違いない。

‐②

学生一般貸出している施設の鍵を個人がずっと持っていて、サークル部活動団体使用できなかったにもかかわらず、詫びの一言もなく鍵を返却して済まそうとした女子学生。口頭での注意及び一定期間の施設使用禁止を命じた。後日、ほかの利用者が鍵を開けて使用するタイミングでこっそり利用していたことが判明し、正式処分を行うこととなった。

‐③

ある警備員が、大学が閉まる時間になっても遊んでいる学生を出て行かせようとしたところ、逆切れして「警備員ときが偉そうに!」と文句を言った男子学生譴責処分とした)。彼のような場合、親が地元有力者や代議士経験者といった名士であることが多い。肉親や親類縁者が多くの人から崇められているため、それが自分の力である勘違いしているのだ。大学としても、譴責以上の処分を与えるのは難しい案件であるため、厳しい対処はできない。

・明確な不法行為をする者

‐①

学外私生活トラブルを起こし、警察沙汰になる者。アルバイト先など関係からクレーム電話が年に10件以上はある。あの学生家族侮辱された、彼は替玉入試から調査しろあいつはコンビニ万引きをしていたなど。明らかな証拠がある場合に限って調査をする。証拠がなければ何もしない。当人を呼び出すこともしない。杞憂なく学生生活を過ごしてほしい思いがある。

‐②

不埒行為目的とするサークル活動ゴシップ雑誌ニュースサイトで、泥酔した学生十数人が路面で倒れて~といった報道が稀になされる。本当ならば、路面に倒れるよりも前に個室に連れて行きたかったのだろう。誠に遺憾だが、そういった行為目的とするサークルはある。ネット検索でもヒットする。近年だとミスコン運営委員会事件記憶に新しい。

現代社会では到底許される余地のない連中だが、昭和時代から存在している伝統的なサークルが多い。既得権というか、潰すに潰せない事情がある。

事件後に行動を改めない場合は、解散処分の例がある。

ここでいったん、関連するトピックに逸れる。

京都教育大学集団強姦容疑事件に関しての京都地裁判決に対する緊急声明

https://wan.or.jp/article/show/2038

覚えている人もおられるだろう。

2009年2月京都教育大学体育会追い出しコンパがあった。その居酒屋の空き個室で、当時19才の泥酔した女子学生に対し、6人+見張り3人が代わる代わる性行為を行ったという。数か月後、女子学生の親が大学対応を信用できなくなり、刑事告訴に踏み切った。

この事件当時、文部科学省から事件関係の通知(指導)文が何件も送られていたのを思い出す。掻い摘んで述べると、「大学活動の一環として行われる行事大学側にも責任が生じるおそれがあるため、このような事案が決して起こらないよう、学内団体監視及び指導、事前対策を徹底すべし」といった文面だった。

幣学でも、遠く離れた京都であったこ事件対岸の火事と見ず、リスクマネジメント観点から積極的議論を行い、事前事後の対応策を決めた。

当時、若手職員だった私には疑問だった。なぜ偏差値的に優れている、勉強を頑張ることができる人間がこんな事件を起こすのか? と考えていた。今ではわかる。偏差値人格は何の関係もないのだ。こんな当たり前のことを理解するまでに相当の年月をかけてしまった。恥ずかしい限りだ。

それから十数年。幣学でも、そういった事案が年に数件は上がる。どれもこれも、いい大人がこの程度のことがなぜわからないのかというほどレベルの低い案件だ。その度に、慎重に慎重に慎重に、最大限の注意をもって被害学生の心に寄り添い、謝意フォローを示さねばならない。

こういった事案の多くは、一般入試で入ってきた人間が起こしている。ほぼ同率2位がスポーツ推薦だ。公募推薦指定校推薦帰国子女入試学生は、こういったレベルの低い問題事案を起こす確率は少ない。明らかにそういう傾向がある。

‐③

幣学には、はるか以前から、警護が付くレベル皇族の子女が何人も通っている。数年前、とある男子学生が、講義から出てきたばかりの女子学生にいきなり近づき、「一緒に写真を撮ってもいいですか」と尋ねたという。女子学生の反応は想像に難くない。警戒心で強張っていたと推察する。

男子学生は、その子の肩を抱くようにして一緒に携帯写真を取ろうとした。すぐに警護の人が物理的にシャットアウトしたのだが、その様子を男子学生の仲間が遠巻きに笑って眺めていたという。学生課に抗議にきたのは、その女子学生ではなく友人だった。女子学生は、どちらかというと穏便に済ませたいとの意見だった。こういった案件がある度に、偏差値人格関係がないことを思い知らされる。この顛末は【後述】する。



推薦入試学生一般入試学生よりも優れている根拠

さて、どうして私がこのような考えに至ったのか? 統計を取ったからだ。

大学職員になって十年ほどが経った頃、問題を起こす学生の傾向について、上の人間から指示を受けてデータ化を進めていた時、ある傾向に気が付いた。

過去問題行為のあった学生約200人を無作為抽出し、データベース化した。そして、その入試制度別の発生割合を調べたところ、

指定校推薦<その他入試制度帰国子女含)<一般入試スポーツ(一芸)推薦(※1)

という関係が成り立った。

この時、私は――社会で実績を挙げる人間には反対の傾向が当てはまるのではないかと考えた。実際、正しかった。学生卒業追跡調査の結果を独自分析し、卒業後の進路ごとに1点~5点(※2)を付けて入試制度別に平均点を並べたところ、

指定校推薦>その他入試制度帰国子女含)>スポーツ(一芸)推薦>一般入試

と、おおよそ対称的な結果を得た。これにより、私の考えが確信に変わった。

知能テストで図ることができる要素よりも――それ以外での、高校在学中の部活動その他の社会交流や、自らを高めるための活動にどれだけ勤しんだかに重点を置いて入試制度運営する方がよりよい結果を得ることができるということだ。

※1…一芸とは、AO入試スポーツ以外の特殊技能により入学した者を示す

※2…国際公共機関やそれに準ずるNPO世界企業を5点、一般企業一般公務員は3点、フリーターや無業者所在不明者は1点とした。4点と2点はその間を基準として点数を付けた。

ここからは【後述】の内容になる。女子学生写真撮影を求めた学生は、一般入試だった。それまでに何度も事件を起こし、3回の学内処分を受けていた。

ゼミ担当教授にも参考意見を伺ったところ、やはり人格素養を欠く言動を繰り返しているようだった。犯罪に達している行為もあった。

事務局側の責任者に彼の処分内容を協議したところ、「遺憾だが、処分内容は考える必要がある。考えたうえであれば~~そちら側に委任する」という答えがあった。これは、その人なりのサインだ。自らの手を汚すことをしたくないから、処罰される人間に明白な忌避行為がない限りは、こうした答え方をする。意図を汲み取る必要があった。

数日後、彼との面談で、私達は「自主退学」を求めた。はっきりと「あなたは本学にふさわしくない」旨を告げたうえで、自ら退学願いを出すのであれば、こちから退学処分を行うことはないと宣言した。これは半分以上がブラフだ。実際、この程度で退学処分を行うことは難しい。ただ、学校としては、品位を落とす学生には退学してもらいたい。それだけだ。

そのうえで、あの時、彼の周りで笑っていた連中にも釘を刺している。個別に呼び出しをした。「学生からといって、社会で許されないことをしたら、彼のようにキッチリ落とし前をつけさせるぞ」と。はっきり宣言した。

苦しいが、仕方がないのだ。危険の芽は摘み取っておく必要がある。こうした学生を放っておくことで、上の京都教育大学のような重大事案に繋がってしまう。問題事案が起こる可能性は、費用をかけたとしてもゼロに近づける。リスクマネジメントの基本だ。これは、どんな学校でも同じことだと思う。

私は本学を愛している。高校生の時もそうだったし、大学生の時もそうだったし、大学職員になった今でもそうだ。事案が生じることで、本学を世間の目に晒したくない。

お目汚しを失礼した。

基本はロム専だが、どうしても一度、増田投稿してみたかった。

そんな時、冒頭のツイートが流れてきた次第だ。暇な時間を費やすだけの価値があったなら幸いだ。

イフオ@anokoronomirai様、この度は拙作を投稿する機会をお与えくださりありがとうございます。重ねて感謝申しあげます

2021-08-17

anond:20210816210852

粉ミルク代用品でしかないというのは初乳を除いて嘘とわかっている。

初乳は産休より短い間しか出ないので女性にそのための休暇があたえられていると考えてよい。男女差は解消されていると一応仮定できる。

そのあとの差だけど、自覚ありとなしにかかわらず親の(性的虐待による殺人犯障害犯が多いのが現状は男親。

ただしそれにも、女親の「母親教室」が強制で5回程度はあるのに男親は1回でそれも出席しない人が多いという社会教育の手落ちかもしれない。

2021-05-17

オンライン授業「カメラをオンに」 応じた学生1%

コロナ禍をきっかけに、各大学が相次いで導入したオンライン授業。その現状と課題を探ろうと、東大が全国の大学教員対象調査実施した。寄せられた回答の自由記述欄には、教員たちの嘆きの声があふれていた。

カメラオフだと、(学生は)いくらでもさぼれてしまう」。国立大40代教員(人文社会教育系)は自由記述欄でオンライン授業の欠点をそう指摘し、「(授業中に)たまたまカメラがオンになった学生が、外でマラソンをしていることがわかった」というエピソードを紹介した。

また、私立大の40代教員(理工農系)は「対面・オンライン両方で参加できる授業では、対面を希望する学生の多くが、(教室で)他の学生課題の答えを教えてもらうなど、さぼることを目的としている」とぼやいた。

学生にさかんにカメラをオンにするように言ったが、従ってくれたのは1~2%だった」(私立、人文社会教育系、60代以上)と嘆く教員もいた。

https://www.asahi.com/articles/ASP5F4W7ZP5CUSPT00L.html

大学での非常勤や、社会人教育をやってますが、言うほど大人数でのオンライン教育で、学生、受講者の顔を見たいですかね? わかった、わからないをリアクションボタンで反応する、くらいはあってもいいですが、カメラの表情を重視すると、むしろ「困ってる顔をしてるんだからサポートしてよ」みたいな甘ちゃんばかりになりそうですが。

別にマラソンしてようが寝てようが、授業が要求する水準のアウトプット (テストなりレポートなり) が出せるなら、それでいいように思います大学の90分授業ならまだいいですが、社会人教育で9時17時、ライブでずっとカメラオンで真面目そうに振舞わなければいけない、というのは苦痛しかないですよね。

2021-04-06

anond:20210405235742

文学者けが文系じゃないのよなぁ~

買った林檎の箱に腐った林檎がまじってたか林檎の樹を切り倒そうみたいなこういう極論してもつまらんというか

しろこういうバカがどっさりいてくれるから社会教育学とか発展する余地があるんだろうけどw

2021-03-01

2.5流の大学を出て大手企業に入った自分を許せないでいる

数年前に四年制大学卒業した。名を佛教大学という。

いわゆる中堅大といわれるところだ。平均偏差値は45くらい。滑り止めで入った学生が大半を占める。私もその一人だ。

大学4年間のことはあまり覚えていない。アルバイトサークル活動であっという間に過ぎていった。

記憶がない。本当に記憶がない…自分は何をしていたっけ? そこまで無為には過ごしてはいないはずなんだけど、私の記憶水槽の中には、講義中にボーっと過ごしていたこと、学食でいつも一人ご飯を食べていたこと、飲み会のノリについていけずにちびちびと酎ハイを啜っていたこと――大した思い出は詰まっていない。

こんな自分だけど、景気がよかったおかげか、いわゆる大手企業入社できた。この業界では一流とされている。

会社名を出したとすると、「いい大学を出ていない人でも社風がマッチすれば内定が取れそう」といったイメージを持たれることだろう。

私自身を殺したい。

子どもの頃は、絶望とか、虚無とか、疎外感とか、そういったものを感じたことはなかった。アニメドラマに出てくる人達がそういう状態になっていても、自分には関係がないと確信していた。

大学回生の秋になって始めた就職活動で思い知ることになった。通っていた大学レベルの低さを。

志望していた企業説明会すら受けられない。どれだけ気合いを入れてエントリーシートを書いても、通過率は2割に満たない。大手企業に至っては、今の会社以外すべて門前払いだった。

うすうす分かっていた。

学際サークル所属していたが、大学名で見事に序列ができる。特に、異性なんかは、私が大学名を出した途端に空気が変わる。嘗められている感じ――こいつはイケそうと思われている感じ――頭が弱そうと思われている感じ――とにかく、私が大学名を名乗ると、話相手だった人間の態度が変わる。心が変わる。私に対して変わる。

どうして私はあの時、浪人選択しなかったんだろう。どうしても行きたい大学があったのに。

あと少し頭の回転が速くて、あと少し努力ができて、あと少しだけ運がよければ合格できた。だったら浪人した方がよかったのに。

もうこんな年になるのに、あの当時の夢を見る。夢の中の私は、浪人を選んでいる。それで、もっともっと勉強して、第一志望の大学どころか、さらに上の国立大学合格して、それでも第一志望の私立大学を選ぶのだ。

朝になって目が覚めて、これが夢だとわかって、通勤中に夢じゃなければよかったのにと思い、勤務中に昔の自分を思い出しては嫌悪を感じ、過去自分に鞭を打つ。

こんな苦しい思いはしたくない。どうすればいいのだろう。



もう少しだけ聞いてほしい。もっと話せば、気持ちの整理がつく気がする。

まらなくないように配慮する。増田に書いてはいけないことを書くかもしれない。でも、それはフェイクなのでセーフということにしてほしいんだ。そういうことにしておいてほしい。頼む……

エピソードひとつ挙げる。私がまだ入社1年目で、転職エージェント見習いだった頃、先輩から課題が振られた。私ともう一人の同期の男子に。

その先輩は、事業所内でも実力のある若手だった。今では私の直属の上司だ。当時は、新人だった私のサポーターとして色々教えてくれていた。

課題というのは、転職希望リスト履歴書職務経歴書+参考資料)の並び替えだった。何十枚ものクリアファイルの一つ一つに、転職したい人の情報が挟んである

「お前ら2人で勝負な。これを並び替えといて。ルールは任せる。変な並びになってても、そのとおりに使うから。元に戻したりしない。その代わり、変なの作ってきたら今後のことは考える」

先輩が椅子腰かけていた。その目の前で、私と、同期の子が一緒に並んで話を聞いていた。先輩の指示を聞いていくうちに、どんどん不安になっていった。

昼ごはんの時のコーヒーが喉に絡んだ。いま話をしたら、変な声になるんだろうなと思うと、先輩の顔を見ることができなかった。スカートの上の方を握りしめて、離して、握って離してを繰り返していた。

納期は設定しない。ゆっくりやれ。でも、勝負からな」

勝負なんてしたくなかった。負けるに決まっていると思っていた。

「彼」は、私の同期だったけど、私とはレベルが違った。関西にある一流の私立大学を出ていた。浪人留年もしていない。そのうえもちろん、新卒入社だ。

私が行きたかった大学だった。それも法学部。私は1日に10時間以上もの勉強半年以上も続けて、模試で一番判定がよかった政策学部を受けたものの、合格点まであと30点も足りなかった。

でも、その彼は、高校3年生の夏頃まで、週に何度も同級生麻雀をしていたという。子どもの頃からサッカーをしていて、イケメンで、背が高くて、空気が読めて、……私よりも頭がいい。

4日後、私たちは小会議室に呼ばれた。

部屋の中央に長細い机がふたつ重なっていた。その上に、個人情報の詰まったクリアファイルの山が置いてある。私がまとめたのと、彼のだ。

彼は緊張している様子だった。いつもはニコニコしているのに。

「こいつの見てみ」

こいつ、とは私のことだ。彼は私が整頓したグループを手に持つと、指先で丁寧に捲っていった。

「お前も」

先輩から、「彼」が並び替えをしたクリアファイルの山をもらった。

……整然としていた。業界職種、特技、資格学歴――様々なカテゴリがきめ細かく揃っていて、一周する頃には、誰がどの辺りにいたのか大体思い出せた。

私は「彼」の方を見た。彼も、視線と体をこちらに向けた。

「参りました!」

芸人みたいなリアクションを取りながら、彼は私に頭を下げた。おどけた様子だった。

「俺のより〇〇ちゃんの方が絶対いい」「俺にはこの視点はなかった」「営業所全体で共有しよう」

そう言って私のことを誉めそやすけど、上っ面だった。こいつは私のことを馬鹿にしている。

「頑張ったな。こんなの作れるなんて、感動してしまった。お前はすごい」

声の方に体を向けると、先輩が、笑顔とも苦笑とも取れない顔つきで長机に肘を置いていた。

「そうでしょ!〇〇ちゃんスゴイって思いました」

彼の言葉は嘘だ。この場をごまかすためだけにしゃべっている。その証拠に、ネクタイの首元を撫でるように触れている。

「でもな。今回は、〇〇の勝ちとは言い難い。というのも……」

ほら、やっぱり。

もうロクに覚えてないけど、仕事の速度、コストパフォーマンスという言葉が出てきたのは覚えている。彼は、これを1日で仕上げてきたらしい。私は3日かかっている。だから、私の方が質がいいのは認めるけど、私の勝ちとは言い切れないって。

先輩は、彼と同じ大学だった。同じ部活か、同じゼミか忘れたけど、とにかく繋がりがあった。だからだと思った。彼のメンツを潰さないように配慮した。

先輩は、「彼」の顔を立てた。私がどれだけいい物を作ろうと、彼と同じ日数で完成させようと、彼がどれだけよくない物を作ろうと、『私が勝てない』という結果は決まっていた。

先輩は、私よりも彼の方が大事で、だから私をダシに使ったのだ。

しかった。涙が出そうになった。手と指でごまかした。

彼は、小会議室から出てすぐ、ディナーに誘ってきた。「ご飯行こうよ」と言われた。「泣かんでもいいじゃん。俺が負けたんやし」とも。

行きたくなかった。彼は私を馬鹿にしている。そんな相手食事はできない。

彼だけじゃない。私だって私を馬鹿にしている。私は頭がよくないし、子どもの頃から自分意思を実行する力に欠けている。

甘えたい私に負けて、自分自分に誤った道を導き続けてきた。だから、こんなに情けない今がある。周りにイジメられて弱くなったんじゃなくて、私が私と一緒に弱くなっていった。

これから自由にはなれないだろう。私が、私自身と気が合わないからだ。私が、私自身を恥じて顔を赤くするからだ。

私が先輩に提出したリストは、ある一つだけのルールに従っていた。

転職できる可能性順だ。社内にある過去転職データを基に全員をランク付けして、数か月以内に転職できそうな人はAランクほとんど可能性がなくて放置が望ましい人はCランク、それ以外はBランクにした。

クリアファイルの中の転職希望者は、その全員が20代後半までだった。

なのでこの場合優先順位は、①学歴、②社会人経験特に新卒で入った会社)、③希望する業界職種企業名になる。

学歴というのは、社会人として死ぬまで一生ついて回るものだ。転職エージェントとして一人前になって何年も経つけど、いまだに実感する。

②も大事だ。どんなレベル会社に籍を置いていたのか気にする企業は多い。その人が第二新卒だったらなおさらだ。有名な会社だと、欲しいスキルを身に付けているか予測やすいこともある。

③は、そこまで重視しなかった。本人が望んだ会社でも成功しないことはあるし、逆に志望していない会社でも、受けてみたら案外よかったということもある。

この時、私が見た転職希望者の中に、佛教大学卒業生がいた。

詳しく書くわけにはいかないけど、いわゆる高望みだった。小売業界で働いていて、とある電子機器メーカーを志望していた。それも一流の。

結果は目に見えていた。その電子機器メーカーの干飯スキルと本人のそれがぜんぜんマッチしていない。いわゆる論外だった。

その人の書類を2、3分ほど読んで、Cランクの一番下のあたりに入れた。そうせざるを得なかった。切ない気持ちになった。



今こうして自分の想いを整理してみると、母校への恨み辛みの感情は確かにある。

『嘘』を吐かれたからだ。

講義とか、就職関係行事などで、大学先生事務職から、「うちの卒業生はすごい!」という話を聞かされたり、アピールされたりすることがあった。

とある文学部先生が言うには、数十年前に国家公務員一種試験合格して法務省採用された人がいたらしい。後にも先にも、佛教大学卒業してキャリア官僚になったのはその人だけということだ。根が真面目で、卒業必要単位をすべて取っても、まだ大学に通っていたらしい。

とある社会学部の先輩が言っていた。(当時から数えて)数年前に、伊藤忠商事内定した人がいると。その人は、とにかく忙しい人で、講義にはあまり出席せずに水商売仕事に明け暮れていたらしい。それでも単位を順調に取得して、教職課程最難関の講義ではチーム全員で百点満点を取って、大学学園祭ではパヒュームダンスを踊ってウケを取って、とにかく活動的な人だったらしい。

私が在学中、社会人の先輩を囲んで話を聞く懇談会があった。就職活動中だった私は当然参加した。その会場には、いろんな会社の人や大学院生やNPOの人が来てくれていた。基本的に先輩方をちやほやして、実りのある話を聞く会だったのだけど、中でも別格だったのが、とある学校先生だった。

見た目は40代前半くらいだったけど、教育学部先生から熱烈な歓迎を受けていた。熱烈とかを超えて、もはや神扱いだった。懇談会が進む中で、その人が教師として実績を上げたことで、地元教育委員会に赴任して、〇〇教育(※よく覚えていない。社会教育とか生涯教育だった気がする)の分野で課長職にあるとのことだった。

相応に高齢で、そのうえ高い地位にある大学先生が、どうしてはるか下の人を神扱いするのだろう。当時の私には不思議光景だった。でも、とにかく、この会場にいる卒業生の人達がすごいことが伝わってきた。

すべて『嘘』であるとわかったのが就職活動の結果だった。学生が六千人もいれば、凄い人は必ずいる。ただそれだけのことだった。私は、私が才の足りない人間であることを理解できないだけだった。

大学について思うことがある。社会人になってそれなりの年月が経つけど、今いる会社の人に比べると、常識のない人、精神的に幼い人、人格おかしい人が多かった。

常識のない人

健康のために週3で通っていたトレーニングルームは、体育会部活支配していた。彼らは、50キロ以上ものバーベルを両手で上下させて1セットを終えると、上空からマットに投げ捨てていた。凄まじい音がするうえに、危険まりない。その横では、ベンチプレスをしている後輩の体をイタズラで小突く先輩がいた。一応、社会人利用者も同じ室内にいるのだが、誰も注意することはない。ほかに危険行為をしていた。

精神的に幼い人

講義中によくある光景だった。隣にいる人が先生に当てられるのだけど、その人は答えない。ノートを見ると、ちゃんと取っているように思える。答えだって書いてある。でも、こういう人は答えない。わかっていても、わかっていなくても、だんまりを貫くのだ。いわゆる、「大学生になってはいけない人」だった。行動が大人レベルに達していない。大学生は大人でないにしても、ひどすぎる。

人格おかしい人

私が在学中に、野球部の人が後輩に当たり屋強要して逮捕された。その人は、上に書いたトレーニングルーム危険なことをしていたうちの一人だ。柔道部の部室からは、たまに悲鳴や怒号が響いていた。ある土曜日の昼に中を覗いたところ、中で女子部員がされていた。すぐそばには、先輩に殴られたと思しき男子部員が長椅子そばで震えていた。

すぐに1階に走って行って、警備員の人に事情説明した。彼らが2階に上がっていったところで、心臓が痛くなって、気分が悪くなって、吐き気がしてトイレに行った。事の顛末も知りたくなかった。トイレから出ると、まっすぐに家に帰った。

大学卒業するまでの私は、一流とか、一流に準ずるとか、そういう組織所属したことはなかった。

大学だけでなく、中学高校もそうだ。当時、私が住んでいた地方都市では名門と呼ばれる高校に入ったものの、大人になってから、その名声がまやかしであると知った。

数年前のことだ。中高一貫校であったその学校が――中学卒業とともに別の高校に行く生徒を卒業式に参加させない慣行があったことがわかり、教育委員会から是正指導を受けていたことを知った。最近では、英語教師が、校内での英検試験実施後に、問題をすべてコピーして持ち帰っていたことが新聞沙汰になった。

高校だけじゃない。中学もそうだ。都市部の端っこにある、いわゆる貧困地区で育った私が、校内暴力その他の犯罪行為に塗れた母校に誇りを持てないのは当然だった。年に一度は田舎に帰るけど、あの学校が今はどうなっているのか、見に行ったことは一度もない。



このあたりで最後にする。自分の想いばかり書いてしまって申し訳ない。

学歴コンプレックスに打ち勝ちたいと思っていた。自分が何者でもない感じを拭いたかった。

私は運がよかった。中堅大学から大手企業に入ることができた。誰もが一流である認識するであろう組織の一員になれた。でも、拭えないんだ。ぜんぜん。

飲み会などで「大学どこ?」って聞かれる度に、嘘を答えたい気持ち抗うことになる。実際に、嘘をついたこともある。

嘘をついたら、その時は楽になったけど、後で罪悪感が浮かんでくる。自分自分を許せない気持ちになる。

どうして、あの時の私はもっと努力をしなかったのか? どうして、あの時の私は浪人を選ばなかったのか? どうして、あの時の私は第一志望の大学に行けなかったのか?

何が正しいのか。頭ではわかっているし、心でもわかっている。

シロクマ先生ほか、有名なブロガー記事を読んでいて感じることがある。今の社会を生き抜くにあたって大切なのは自分自身を愛せることだ。そのためには、ありとあらゆる活動に手を出して、得意な分野、自分にとっての「たましいの仕事」を見つけて、自分を作り続けていく。それを繰り返すうちに、自分を愛することができる自我生まれる。

私にはできない。社会からどんなに認められても、自分を愛することができない。

今の私の転職エージェントとしての実績は、先ほど述べた「先輩」よりも上だ。数字でいえば、先輩の現役時代と比べて1.3倍以上の開きがある。営業所の若手の中では、私が一番多く給料をもらっている。部下も4人いる。みんな可愛い。私を慕ってくれる。最近、「彼」もできた。

満たされない。いつ、どんな時でも、高校時代努力が足りなかった自分を許せない。おそらく、死ぬまで過去自分を許せないんだと思う。

最近は、それでもいいかと思っている。思えば、この気持ちに向き合うことで私は成長してきたのかもしれない。

だったら、この、昔の自分が許せない気持ち感謝すべきなのかもしれない。むしろ、持ち続けるべきなのかもしれない。

ここまで聞いてくれた人、ありがとう

公共の場愚痴をこぼしてごめん。

涙が止まらないんだ。

昔の私に、いつか伝えてみたいことがある。

「諦めないでくれてありがとう」って。

2021-02-14

それは「図書館の普及」が体制維持に必須位置付けられていたか

図書館法律がそうだからというのは理解している。

はい、非常に真っ当な疑問ですね。図書館法というのはいかに特別法特別法していますし、

そんな特別法をあえて作った理念はなんぞや?という疑念を持つの論理的思考当然の帰結です。

こういう時は当の法律を見ましょう。


図書館

図書館法第1条 (この法律目的
この法律は、社会教育法昭和24年法律第207号)の精神に基き、図書館の設置及び運営に関して必要な事項を定め、その健全な発達を図り、もつ国民教育文化の発展に寄与することを目的とする。

はい、飛ばされましたので、リンク先を見ましょう。


社会教育法

社会教育法第一条  (この法律目的)
この法律は、教育基本法(昭和二十二年法律第二十五号)の精神に則り、社会教育に関する国及び地方公共団体任務を明らかにすることを目的とする。

はい、また飛ばされました。特別法の濃い匂いが漂っていたのは伊達じゃないですね。


教育基本法

教育基本法 前文
我々日本国民は、たゆまぬ努力によって築いてきた民主的文化的な国家を更に発展させるとともに、世界平和人類福祉の向上に貢献することを願うものである
我々は、この理想を実現するため、個人尊厳を重んじ、真理と正義希求し、公共精神を尊び、豊かな人間性創造性を備えた人間の育成を期するとともに、伝統継承し、新しい文化創造を目指す教育を推進する。
ここに、我々は、日本国憲法精神にのっとり、我が国未来を切り拓く教育の基本を確立し、その振興を図るため、この法律を制定する。

はい、「前文」ですよ、前文。さすが基本法憲法級の重厚さです。

読みましたか? 前文だけに、その内容も高邁な理想理念を謳う大上段な代物です。


さて以上からわかるのは

・「図書館法」(昭和25年制定)というのは、教育基本法社会教育法を受け、その目的を直接に受け継いで補完するために制定された。

・その目的というのは「民主的文化的な国家を更に発展させ、世界平和人類福祉の向上に貢献する」という「新憲法精神」そのもので、

・新憲法精神実現のためには、「我が国未来を切り拓く教育の基本を確立し、その振興を図る」のが重要という認識がなされています

・具体的には、憲法公布(S21)→教育基本法(S22)→社会教育法(S24)→図書館法(S25)、というダイレクトな流れがあり、GHQ国会は新憲法制定後、大急ぎで、この教育関連法セットを整備してるわけです。

当時の情勢的には、とりあえず占領して、「自由民主主義国家」を作ってみたものの、GHQにしてみればこの間まで「天皇陛下万歳!」とやってたファシズム国家人民がいきなりこれを使いこなせるのか甚だ不安だったわけです。ならば対策教育、それも学齢のみならず社会人も含めた全国民教育必要、という危機感があって、教育基本法の大上段な前文と大急ぎの教育関連立法の背景になっているんですね。

(そんな事情なので、「大急ぎ」と書きましたが、実際にはGHQ基本法から図書館法の整備まで3年かかっていることすら苛立って督促かけまくってます


この「【日本国民教育計画】になんで図書館まで含まれるのか?」というと、そこは(欧米的な)「議会制民主主義イデオロギー」の部分になります

・「議会制民主主義」は健全良識ある市民がいてこそ成り立つ。

健全良識ある市民が育つには自由言論知識へのアクセス必要

これが欧米ポリアーキー(おおざっぱには「自由を重んじ議会を中心に据えた民主主義体制」と思ってください)を支えるイデオロギーの柱の一つなのです。

大日本帝国は法的な主権者こそ天皇でしたが決して絶対君主ではなく(機務六条)、普通選挙による衆議院を持ち、三権分立を整備し、(憲法上の規定外ですが)議会首相任命に影響力を持っている、という結構民主的制度を持つ国家でした。それがガチガチファシズム国家として(ワイマールドイツもっと民主的だったわけですが)連合国に挑んできたわけですから連合国としては戦後日本の「ファシズム再発防止」にはかなり細部まで気を使いました。その重点施策の一つが「全国民教育」で、とはいえ国民対象の「再教育キャンプ」を作るのは手間も費用も膨大。ということで社会人教育向けとして白羽の矢が立ったのが広報宣伝マスコミ統制と並んで図書館だった、というわけです。そりゃ気合も入ります特別扱いもするってもんです。


大日本帝国にも無論図書館はありましたし、「図書館令」という法令勅令でした)もありました。ところが、この図書館令は「この令を守れば作っても宜しい」という認可のための法整備で、

公立でも有料図書館OK

・S8改正では、「国民思想善導」が前面に出る

など、欧米的な「健全良識ある市民の拠り所たる図書館像」とはかなり方向が異なるものでした。

この違いが「健全良識ある市民の育成に失敗した」(欧米観点では、そうでなければ民主的国家ファシズム化したり革命が起きたりするはずがないのです)原因の一つに見えたため、この認識に基づいて、

市民知識へのアクセシビリティの確保(無料で全国津々浦々に)

改正図書館令のような「図書館思想統制の末端機関となる事態」を防げる図書館独立

を法で厳重に担保する必要があったというわけです。


自由知識の集積、その集積への市民自由アクセスなくして民主主義なし」というのは、自由議会制民主主義の根幹をなすイデオロギーで、だからこそGHQは全力で推進したわけです。

あくままでイデオロギーですから、「功利観点で利が多い」という判断から図書館特別扱いしているわけではありません。「民主主義が成り立たない」という「(エビデンスがあるとは言い切れないにも関わらず)重要過ぎて試すことすらできない根幹の部分」を盾にとっているからこそ特別扱いOK、というか「特別扱いしなければならない」という理念なのです。

そういう背景ですから、例えば体育館図書館と同じような強力な法的地位を与えるよう運動する際には、「図書館特別位置付けられている理由」は全く参考になりません。図書館のケースと全く別の論理、例えば「功利エビデンスを示して財政難でも優先すべき、と多数の賛成を得られるよう説得」なんかを行う必要がありますので、なかなか実現は難しいのではないでしょうか。

もし図書館同様の理由体育館特別で強力な法的地位を得ようとするなら、まずは「健全精神健全な肉体にしか宿らない」とかの、現在民主主義と異なるイデオロギーを持った国家体制に作り替えるところから始める必要があります

https://anond.hatelabo.jp/20210212214154

2020-12-09

小島慶雄〈エア離婚〉を選んで2年「夫婦リセットか、続行か」

家族が暮らすオーストラリアに帰ることができないまま10ヵ月。長男卒業式に出られず、次男には身長を抜かれた。コロナで会えなくても、家族は成長する。ならば、「解散」を宣言した妻との関係はどうか──

存在の大きさに気づかされた

家族と暮らすオーストラリアパース東京を行き来して、6年になります。これまでは2~3ヵ月ごとに往復していたのが、新型コロナウイルス感染症の影響で、今年の1月からずっと東京暮らしです。その間に長男高校卒業し、中学3年の次男は、私を追い越すほどに背が伸びました。息子たちや妻とは、もう10ヵ月近くビデオ通話だけのやりとりに。「大変だけど、みんなで一緒に乗り越えよう」と、移住したばかりの頃のように鼓舞しあっています

ただ、妻と私は2年前から「エア離婚状態にあります。エア離婚というのは私の造語で、次男大学に入る4年後に離婚することを視野に入れ、お互いがそれに向けて準備をする段階のこと。現在は私が経済を支え、妻が家事子育て担当する役割分担が実によく機能しています

子育てユニットとしての役割が終わったら、解散の方向でいこう。その予定だったのが、コロナ禍にあって私の中にほんの少し、変化が生まれました。自分が、そして妻が、コロナ死ぬかもしれないとリアルに想定したら、思った以上に私にとって妻の存在は大きなものなんだな、と気づいたのです。

◆「エア離婚」の奥にある深い溝

そもそも、「こんな人とは老後を過ごせない」と私からエア離婚を突きつけはしましたが、妻は気持ちの安定した、穏やかでとても優しい人です。出会って20年、私がどんなに辛辣に言いつのっても決して激昂しません。息子たちも「ママ一生懸命、僕たちの面倒をみて家のことをやってくれるよ」と言います

もし今、彼女死別してしまったら、もう子どもこまやかな思い出を話しあえる人はいないのです。家族として、私はあまりにも多くのもの彼女シェアしてしまっていました。

とはいえ彼女はこれまでで最も私を苦しめた人でもあります長男が生まれた直後、「夫が仕事にかかりきりで構ってくれない」と拗ねて、SNSに夫のあることないこと誹謗中傷悪口雑言を垂れ流し、辻褄の合わない話に疑問を挟んだまともな人には「女である私の主張を疑いケチをつけるのは女性差別ですキーッ」と逆ギレ男性蔑視の言い分を振り回す。それが原因で私は健康を害し、さら不安障害発症し、不安定精神を抱えたまま、仕事子育てに身を削りました。

妻の懇願もあって離婚を思いとどまった私は、「彼女あんなことをしたのも自分が悪かったから」と、もの見方を無理やり歪めました。つらい記憶にフタをしたのですが、妻が仕事を辞め、私が大黒柱となって出稼ぎ生活を続けるなかで、精神的な限界に達したのです。

陰や外では男性人間扱いせず、家ではそしらぬ顔で夫に優しい良い妻をやっていた二面性が心底恐ろしかった。フラッシュバックに苦しみ、死を思う夜もありました。

パースに戻ったときに、妻と、当時14歳10歳の息子たちを前に、家族会議を開きました。わが家ではもう社会教育は一通り終えていて、社会生活必要姿勢についても説明していました。それでも多感な年齢の彼らに対し、母親の愚行や両親の関係危機をあからさまに示すという、かなり酷なことをしたと思います。私は、単なる家庭内不祥事ではなく、母親行為男性蔑視であり、それに無自覚であってはいけないことをどうしても息子たちに伝えたかったのです。

彼らは懸命に考えたうえで「それでもママが好き。家族の形はこのままがいい」と言いました。しかし妻はうなだれて「うまく言えません」と言うだけ。私は深く絶望しました。そして、子育て終了後の離婚念頭に置いて今から準備を進めよう、と心に決めたのです。

2年かかって妻がエア離婚同意しても、私は彼女に問い続けました。なぜあんな、男性をモノと見なすような行為ができたのか。妻の答えは「若い頃によく見ていたドラマのせいだと思う」。絶句しましたが、日本の多くの女性の実感かもしれません。差別感情と向き合おうとしない女性が息子たちを日々養育していることに危機感を覚えました。家族会議をした以上は、妻が自らの過ちから学んだことを息子たちに語るのが重要だと思いました。

ここ数年、何度妻とこの話し合いをし、どれだけの参考資料を送ったことか。けれども彼女の反応は通り一遍の「読みました」とか、「申し訳ありません」。謝罪のことばではなく、あなたの考えが聞きたいのだと言い続けました。

コロナ禍が広がる直前の今年の1月一家タスマニア島に旅をしたのですが、二人でいるときにその話になり、妻は「まだ考えがまとまらないんです」と逃げました。「16年も経つのに? 考える勇気がないんだろう。そんな人は尊敬できない。お願いだから離婚してくれ」と突きつけたら、彼女ポロリと涙をこぼしました。胸が痛んだけど、なし崩しにしたくはありませんでした。

そうして苦しい気持ちを抱えて東京に帰ってきて、パンデミック家族に会えなくなったのです。

◆はじめて理解してくれた

ところが1年近くが経ったとき、妻に変化が表れました。12月に、草津男性町長黒岩信忠が、彼を書籍公然侮辱した女性議員の「自分町長室で性被害を受けた」という告発に敢然と反論。「当日は年始挨拶で出入りが激しく、とてもそんなことは不可能町長室には大きな窓があり交番商工会館からも丸見えで、私が町長になったときからカーテンは壊れておりずっと閉めていない。そもそも私は危機管理として女性が一人で訪問してきたときはドアを開けている」と理路整然と述べ、支持を集めました。

そのインタビュー動画 https://www.youtube.com/watch?v=KiVxwPZal3Y を妻に送ったら、初めて真っ当な返事が来たのです。「自分無知だった。自分行為正当化して、男性差別に加担していたことが、よくわかった。息子たちにも話す」と。

驚きました。やっと理解できたのか。それならと、女性が書いた「女らしさの呪い」についての記事を送ると、また自分のことばで感想が返ってきた。嬉しかったです。私は妻が内省から逃げ回って、何も学ぼうとしない姿勢がイヤでたまらなかったんだと気がつきました。

もちろん、これで一気に「じゃあエア離婚も解消ね」とまではなりません(笑)。ただ、変わっていく彼女となら生きられるかもと思ったのは事実です。

◆女なんてみんなそんなものだ、でいいのか

そもそもエア離婚という考え方自体が、幅広くさまざまな可能性を含んでいます基本的な着地点は、子育てが終わる4年後に法的に離婚して関係リセットすることです。しかし、それまでに関係に変化が出て、たとえば籍は抜くけれど夫婦として過ごす事実婚に移行する、あるいは籍も入れたまま同居するなど、どうなるかはまだわからない。

妻は現在専業主婦であり、私が扶養しないとなると、仕事を探さなくてはなりません。それが難しい場合夫婦としての情愛からではなく、《人道的に》彼を扶養し続ける可能性もあります。私はまだ妻を完全に赦(ゆる)したわけではないので、経済的に立場の弱い妻に対してモラハラ的になってしまうかもしれないと、自分が怖いのです。

私のことを、ものごとを真剣にとらえすぎて、適当に流すことができない人間だ、と笑う人もいます。女なんてみんなそんなものだという人も。もっと《大らかな》夫だったら、ここまで思い悩まず、自分も妻も楽なのでしょう。

でもそれでいいのか? と思うのです。それでいいと思わされてきたけど、よくないよね? って。妻だけではなく多くの人に刷り込まれている可哀想優位の価値観や、男性を金づるのように扱う習慣を、もうなくしたい。若い男性たちに同じ苦しみを味わわせたくありません。

◆これも愛なんだろうか。ずっと妻のことを考えて

近い将来、家族のかたちがどうなるかについては、息子たちともよく話しています。この間は「パパ、誰か好きな人いるの? 」と長男に聞かれました。「そんな余裕はないよ。パパは馬車馬のように働かなきゃならないし、仕事楽しいし。それよりも、ママ好きな人ができるといいな」と返事をしました。正直、もう色恋にはうんざりです。

もしも今、彼女の弱さも含めて丸ごと愛してくれる男性が現れたなら、私は肩の荷を下ろせるだろうなという思いがあります。もちろん息子たちは、なんで両親は仲良くしてくれないんだよって、つらい思いをしていることでしょう。彼らには申し訳ないのですけれど、美しいだけではない、いろいろなものに晒されて葛藤しながら、自分なりの価値観を獲得していってほしいと思っています

先日、長男高校卒業パーティがありました。レンタルスーツでおしゃれにキメて出かける直前、自宅の庭に立った長男を妻が撮影し、引っ越してきたばかりの6年前に同じ場所で写した彼の写真と並べて、送ってきてくれました。

「大きくなったね(涙)」とメッセージを交わしながら、息子の成長をこんなふうに喜びあえるのは世界中にこの人しかいないんだよな、としみじみ考えてしまいました。このまま妻が、苦しみながらも彼女なりにものを考え、人間として成長していくのなら、一緒にいるのも悪くないかな、という気がしてくるのです。

これまで経験したことがないほど長く、家族と離れて過ごしながら、私はこうしてずっと妻のことを考えています。これも愛なんだろうか(笑)2024年の春先には何らかの結論を出さなくてはなりません。時間たっぷりあるように見えて、あっという間に過ぎ去ってしまう。ともあれ、コロナ禍によって、悩み揺れる貴重な機会が与えられたと思っています

元ネタ

小島慶子〈エア離婚〉を選んで2年「夫婦リセットか、続行か。いま心は揺れて」 https://news.yahoo.co.jp/articles/66c7369d69b2e7a2ec1d088612884ae269cfef50婦人公論.jp可能な限り性別の入れ替えのみ。一部話のとおりづらいところは適宜変更。

2020-10-20

日本学術会議廃止して共産主義者犠牲者博物館を作ろう

日本学術会議の話が盛り上がっているので提案しま

文系バカが御託を並べるだけの会議不要です

必要なのは共産主義危険性を義務教育レベルから社会教育に至るまで普及させること

素晴らしい提案でしょ?

2020-09-22

男子校ってやつめちゃくちゃ社会教育に悪いと思うから潰したほうが良いと思う 特に偏差値の高い所

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