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2018-01-20

失恋した。結婚する

夏くらいから密かに憧れていた人に失恋した。

会社の同僚。別部署でほぼ接点はないんだけど、二ヶ月に一回くらい仕事を頼まれる機会があった。好きになったきっかけとか覚えてないんだけど、たぶんものすごくタイプだったんだと思う。穏やかで多くは語らないけど、とても物腰の丁寧な人。たぶん。たぶん、とつけたのは、それほど彼のことを知らないからだ。ほぼ業務上のことしか話したことは無いけど、一度だけ二人で雑談をする機会があった。はにかみながら私の仕事に興味を持って質問してくれたり、仕事ぶりを褒めてくれたりしたので、私はそれはそれは舞い上がった。あと業務メールちょっと親しげだったこととかもあって、勘違いだろうなと思いながらも完全に期待していた。目で追う毎日。彼の部署の近くを通る時も社食で見かける時もすごくすごく意識していたし妄想の中で私は彼とたくさん話す機会に恵まれていた。自分でも気持ち悪いなと思うくらい仕事中も彼のことしか考えられないみたいな、いわゆる恋に落ちていました。

遡ること春先、私は学生の頃から付き合っている彼氏プロポーズをされている。嬉しくて泣きながらプロポーズを受けた。とても申し分の無い人だ。性格価値観もほどよく合うし一緒にいてとても楽だ。この人を一生大切にすると心に決めている。不満点をあげるとすれば、まあ、2年以上のセックスレスくらいだ。

指輪を決めたり式場を決めたり両家の顔合わせをしたり、結婚に向けての準備がどんどんどんどん進んでいく。私の気持ちはどんどんどんどん職場の憧れの彼に向かってゆく。心と身体が別の方向に進んでいって車裂きの刑みたいに引き裂かれるような感覚だった。進んでゆく結婚の準備に、心が全く追いつかない。恋人とは遠距離恋愛だったので準備のために二ヶ月に一度ほど会うのだけど、彼は私を求めてくれない。部屋から彼を送り出した後、わんわん泣いた。あー、女として求められないって悲しいんだな。この人と結婚したら私は一生セックスを諦めなきゃいけないのかな。一度でいいから、職場のあの人に触れられてみたいな。

もっと知りたい触れたい話したい抱かれてみたい寝たい寝たい寝たい寝たい寝たい寝たい寝たい寝たい

もう自分失望しか無かった。こんなに自分のことしか考えられない人間だったんだな。さらに最低なことに、私はこの婚約を覆すつもりは無かった。恋人恋人家族自分家族共通の友人が知ったらきっと軽蔑されるだろう。婚約を報告した段階でもう色んな人を巻き込みすぎているし、恋人のことはとても好きだし、周りの人間もとてもとても大切だった。それでも憧れの彼に、近づきたくて仕方がなかった。

から私は、彼とは意識的距離を取るようにした。業務メールの終わりに親しげな文章が入っていても無視ビジネスライク対応しかしない。極力目で追わないようにする…これはあまりできなかったけど。

元々接点があまりいから、接触しないようにするのは簡単だった。そうやって自分から距離を作って三ヶ月くらいかな、だんだん彼のことを考える時間も減っていった。妄想の頻度も減っていって、もう平気かもと思えてきた。結婚に対しても前向きな気持ちが戻ってきた。良かった、これで良かった私の判断は間違っていない。


そんな余裕を取り戻していた矢先、彼と仕事をする機会が降って来た。突然のことで気持ちの準備をする暇もなくどきどきしながら打ち合わせに向かった。あー自分心音が大きいな。気づかれませんように。

久々に間近で彼を前にして気づいたことがあった。



左手の薬指に、指輪を、している。



頭を棍棒で殴られたような、あまりにも衝撃が大きすぎて、ただただ混乱した。は?既婚者?今まで指輪してなかったよね…?ああ、最近入籍でもしたのかな。年頃だものね。そっかぁ。女性経験のあまり無さそうな大人しい顔をして、帰ったら奥さんを抱いているのか。そっかそっかぁ………

その場は頑張って普通対応をしたけれど、打ち合わせが終わってから一瞬で仕事が手につかなくなった。また脳内で彼のことしか考えられない状態が逆戻りだ。なんでだろう。胸が、とても、痛い。

ああ、私、失恋したんだ。

私に興味を持ってくれたと思ったのも、親しげなメール文章も、全部全部勘違いだったのか。って、こうやって書き出してみるとまじで仕事仲間としてしか接してないな。なんでこんな些末な出来事でこうも盛り上がれたんだろう。これが独り相撲ってやつ?あんなに妄想して一人でマリッジブルーになんてなったりしちゃってさぁ…そもそもあの人の意識の中に私はいなかったんだ。あーきもいきもいきもいきもいきもいきもいきもいきもいきもいきもいきもいきもい私って、本当に気持ち悪いな。

そういうわけで久しぶりの失恋が応えていて、ふとした瞬間に暗い気持ちが襲ってくる。胸の奥がツンと痛む。1ヶ月後には入籍を控えている。うん。これで良かった。何も無かった。私の心の中以外では。もし夫に先立たれたり、止むを得ない理由離婚することになった時、あの人も独り身になっていたりとか、無いかな。無理そうだな。そしたら来世で一緒になれたりしないかな。一度で良かった。一度触れて、失望して、嫌いになったりしたかった。妄想の中の憧れの人は、いつだって完璧だった。寿退職したらもう会うこともないだろうからあなた完璧なまま私の中に残り続ける。

とかなんとかポエムチックなことを散々言ってるけれど、そのうちきっとなんで好きだったんだろう?って思うんだろうな。恋愛なんてそんなものだ。恋はいだって盛大な勘違いから始まるんだ。あの時万が一、彼が私に好意を抱いてアプローチしてくれることがあったら本当に危なかったな。これから先も誰かに心を持っていかれそうになる機会は何度かあるんだろう。私に限らず、夫にもそんなことがあるかもしれない。そんな時にこの経験を思い出すんだろう。どうかこれから先も、目先の欲求に捕らわれて道を誤ることの無いように。


きっとそれが、正しい結婚っていうものなんだろう。

2018-01-12

まりにも好みの男の話

恋を消費する若い女なので、ときどき所謂ワンナイトラブやらかししまう。叩くなら叩いてくれ。ぜんぜん平気、私の身体も心も、誰に何をされようと私だけのものから

12月某日、私は私より美しい女友達と2人で渋谷に繰り出していた。友人は黒髪のロングヘアに柳眉で明らかな美女なのだが、性格がほどほどに悪い。奥渋の居酒屋焼酎水割りを飲みながら、友人は「別のお店に移動しよう、お兄さんにおごってもらえるような所がいい」と言い放った。美女なのでサマになっており、彼女と一緒なら私もおごってもらえることは確実だったので、「いいよ」と返事をした。

声をかけられたのは、お店を出てから3分後。美女の脅威を思い知る。声をかけてきた男性は、私たちよりざっと20以上は年上かと思われる2人組だった。彼らの顔は友人を見るなりパッと華やぎ、私に視線を移してちょっと暗くなった。

「2人、何してるの」「この人、テレビマンなんだよ」「タクシー代出すから、どっかで飲もうよ」

想定していたよりだいぶお兄さんだなと思ったものの、私と友人は彼らについて行くことに決めた。すると、後ろから背の高い男が寄ってきて、男性グループに合流した。3人組だったらしい。後から来た男はおそらく2人よりずっと後輩で、1軒目の飲み屋で切ったと思われる領収書を最年長の男に手渡していた。

この、後から来た男というのが、とにかく、すごく、あまりにも、私の好みにぴったりだった。「生理的に無理」という言い回しがあるが、この人はその逆だ。この時点で、私は彼の見た目しか知らない。それでも直観的に、「この人に抱かれたい」と強く思う何かが彼にはあった。俗にいうイケメンとか、芸能人の誰かに似ているとか、そういう感じではない。とにかく見た目がべらぼうに好みだったのだ。

私たちは近くにあったバーに入り、5人でテーブルを囲んだ。ゴミのような慣習に則り、最年長の先輩を私と友人が囲む。あまりにも好みの男は私の対角線に座った。初対面の男女5人の飲み会は、初対面の男女5人の飲み会らしく滞りなく進んだ。最年長の男性は、自分が手がけた大きな仕事や、友達だという芸能人名前を教えてくれた。私はテレビを持っていないので、その芸能人を詳しく知らなかった。次に年配の男性は、AV男優をやっていますと言った。へー、と答えた。あまりにも好みの男は、「コイツ医者だよ」と他己紹介されていた。安心できる嘘だったが、あまりにも好みの男を前にすると、何の仕事をやっているかとか、どんなに有名な友達いるかとか、ギャグセンスあるかないかとか、そういうあれこれはすごく些末なことに感じられた。

1時間ほど飲んだあと、年長の男が「場所を変えよう」と言い出した。目的地はすぐそばだったが、タクシーで行くことになった。普通タクシー大人5人は同時に乗れない。友人は年配組2人にがっちり囲まれており、私とあまりにも好みの男は渋谷の街に取り残された。とくに美人ではない私の処理係になってしまったであろう彼に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。あまりにも好みの男は、僕たちは歩きましょうか、と提案してきた。私とあまりにも好みの男は、2人で黙って街を歩いた。彼は身長が180センチを優に超え、どちらかといえば痩せ形だった。顔つきは若かったが肌はところどころざらついていて、年齢は30代も半ばを過ぎた頃に思われた。細い目に長いまつげがびっしりと伸び、少し離れてみると瞳の中がほとんど真っ黒に見える。まっすぐな眉は目とほとんど同じ太さで、高い鼻梁のわりに口は目立たなかった。あまりにも好みの男は、大きな犬のようだと思った。セント・バーナードとかボルゾイとかシェパードとか、ああいった類の大きくて豊かな毛並みの犬。中森明菜の歌に「ストライド長い脚先」の男と「そのあとを駆けるシェパード」というのが出て来るが、その2つを融合させたような感じだ。このまま彼を誘って道玄坂ホテルにでも消えたい気分だったが、タクシー拉致された友人が心配だったので3人が待っている店へと急いで向かった。あまりにも好みの男とはほんの少しだけ会話をした。大学では何を専攻してたんですか。僕は社会学科でした。ああそうですか。医学部じゃないんですね。

無事に3人と合流し、初対面の男女5人の飲み会は、初対面の男女5人の飲み会らしく滞りなく終わった。泥酔した最年長者は友人に万札を握らせ、私のことはいないものとして扱った。残りの男性2人は便宜的に私たち2人のどちらとも連絡先を交換した。私は友人と2人でタクシーに乗った。タクシーの中で友人に、「2軒目に歩いてくるとき、あの背が高い人と何話したの」と聞かれた。「ほとんど話さなかったよ」と答えた。あまりにも好みの男があまりにも好みであることは友人には最後まで黙っていた。

次の日、あまりにも好みの男から便宜的に連絡があった。あたりさわりのない文章で、昨日はありがとうとか、先輩が酔っててごめんねとか、また飲もうねとか書いてあった。2秒で便宜的な返事をした。こちらこそありがとう、楽しかったです。よければ、今度2人で飲み直さない。はい、いいですよ。来週末は予定どうかな。金曜の夜ならOKです。

あっけないほどすぐに、私はあまりにも好みの男とデートすることに成功した。自分が消費されてかけていることにはうすうす気づいていた。あまりにも好みの男は、中目黒にある人気のイタリアンを予約してくれていた。このイタリアンは、あまりにも好みの男が自分以外の誰かと来た店であることにはうすうす気づいていた。私たちチーズ生ハムを食べ、白ワインをまる1本あけた。私がお手洗いに立つタイミングであまりにも好みの男がお会計を済ませてくれたことにはうすうす気づいていた。私たちは少し離れて歩いて、あまりにも好みの男が常連だという会員制のバーへ向かった。これがあまりにも好みの男の常とう手段であることにはうすうす気づいていた。バーの深いソファで、私はあまりにも好みの男に手を握られ、身をすくめた。とうとう捉えられたのだ。私は逃げられなかったし、逃げなかったし、逃げる気は毛頭なかった。恵比寿ラブホテルに向かいながら、自分が消費されてしまうことにちっとも気づかないふりをした。あまりにも好みの男と寝ころんだシーツは、不思議と真昼の草原にいるような気分にさせた。自分がまだほんの子どもで、セント・バーナードとかボルゾイとかシェパードとか、ああいった類の大きくて豊かな毛並みの犬とじゃれているように感じた。私は、真昼の草原のうえで、大きくて豊かな毛並みの犬にささやいた。おねがい避妊してください。

翌朝は冷たい空気の日だった。起き抜けに、私はもう一度抱かれた。2度目のセックスとき、私は真夜中の草原にいるような気分になった。草原で一夜を過ごすつもりがなかった私は、ポケットの中の口紅しか化粧品を持っておらず、眉毛も描かずに外に出た。駅前にはゴミ袋がたくさん落ちていた。私は地下鉄に乗らなければいけない。気をつけて帰ってね。うん。また連絡するからね。うそでしょ。うそじゃないよ。

地下鉄の駅へ向かう階段を降りながら振り返ると、私をさっき抱いた男がこっちを見て手を振っていた。私はもう一度驚いた。この、私をさっき抱いた男というのが、とにかく、すごく、あまりにも、私の好みにぴったりだったのだ。私はこれから60年ぐらい生きて、その間に何人かの男とセックスをするだろう。でも、ホテルシーツ草原に感じさせる男はもう現れないような気がする。

私は、彼の名前漢字でどう書くか知らない。

2017-10-17

anond:20171017013803

小林よしのり右翼左翼かなど些末な問題である

重要なのは小林よしのり自分の考えと異なる人間を許さず

批判ではなく否定する人間だということだ

自分の敵にも敵なりの論理があるということを理解しようとせず

全てを自己論理一刀両断する人間だということだ。

敵は悪魔であっていくら罵倒しても構わないとする人間だ。


要するにリベラルによくいるタイプ人間だ。

2017-08-31

メンヘラは一回氏ね

15歳の頃から鬱病希死念慮を抱くようになり、自傷過食嘔吐を繰り返して、果てにはアルコール中毒になり今年肝臓腎臓が悪くなりすぎて、意識を失い心肺停止状態になり緊急搬送。2週間意識がなかった。

目を覚ましたとき病院ICUにいた。そんな状態になるまでよく生活できてたなという点だけど、私の住んでる地域では精神科に通院している記録があると、一般病院ほとんど入院を受け入れてくれなかった。私のカルテには摂食障害アルコール依存症不安障害男性依存境界性人格障害自傷癖などの病名が記されていた。受け入れ拒否も、当たり前といえば当たり前だと思う。(さすがに緊急搬送は受け入れてもらえた)

私の家庭は両親ともにまったく毒親でもなく、たまに「普通の家庭なのになんでそんななの?」と聞かれることもあったが、目を覚ましてから特に家族によくしてもらった。その献身的な姿や意識が戻ったことに心底喜んでくれている姿は、今までの蛮行のすべてを恥じ入るには十分だった。

目を覚ましてからしばらくは自力で歩くこともままならなかったけど、自分の体がどんどん回復していくことが嬉しかった。

今まで、生きていることがずっと辛かった。世界のどこにも自分がいることが許される場所なんてないと思ってた。犯罪行為などこそ関わったことはなかったものの、色々と恥の多い人生を送ってきた。楽に息が出来る場所を探すのに必死だった。

何をやっても誰といても見つからいから、半ば自暴自棄に生きてきたので、学歴も職歴もなく、現実的な話、今の私は要素で見れば「死の淵から蘇ったもの」ではあるけれど、今までの「最低な自分」と何か変わったことがあるかと言われれば、何もない。

それでも「一回死ぬ」。この経験に、今までの何もかもの価値観をぶっ壊してもらえた。

生命には意義がある。それはどうかな?と思うけど、少なくとも自分は生きててもそんなに悪しき存在ではないのでは?とポジティブに物を考えるようになった。

今まで、何をしてもされても言われても、変われたことなんて一度もなかった。もがき苦しんでた。でも、死んでしまったら、もがくことすら出来ないんだ、当たり前の事だけど、今まで飲み込めなかったことをすんなり理解した。

メンヘラは一回死ね」は極論だと思う。真剣に死に取り組んでしまったら、そのまま戻ってこれない可能性の方が高い。

最近メンヘラヒロインだのやみかわいいだの、心の闇に着目して文化として取り入れる傾向が強くなってる世の中。それだけ、罹患者が多いのだろうし、昔よりは精神病もつ人が迫害されない世界なのかもしれない。

でも、問題はそこじゃないと私は思う。精神病他者と共有する問題じゃない。それを生み出した自分との格闘の日々なんだ。

自分が変わらないことには何も変わらない。辛いままの人生が続く。

でも、そんな辛い人生でも、輝いていた時間は少なくても、確実にあったはず。その光をありがたく思うことが出来れば、世界は明るい。

そんなことにすら気付けなかった。一回死んで、何もかもをなくして、はじめて些末なことの有り難みを知った。

これから、私は生きていき、辛いことや悲しいことを今まで以上に味わうかもしれない。でも、死んでたら?

そうなっていたら味わえなかった痛みだと思うと、それもまた愛おしく思える。

自殺幇助目的なのではない。何をしても変われなかった人間が、たった一回死んだだけで、変わることが出来た。私はできなかったけど、聡い人ならいくらでも、死ぬまではいかなくとも自分を楽にしてあげることは可能だと思う。

人は変わるよ。大丈夫だよ。今の辛さがすべてだと思わないでいてほしい。

2017-08-21

人は死ぬ間際になると手のひらを見つめることが多くなると

 どこかで聞いたことがある。

 ここ数日、ふと気づくとそれとなく手のひらをみつめている自分がいる。その度にネガティブイメージを振り払い、何か楽しいことを考えようとするがうまくいかない。抱える問題は様々ではあるが、冷静に考えれば些末なものだという客観的かつ観察者的視点も持ち合わせている。持ち合わせてはいるが、うまく心をコントロールすることができない。コントロールする方法も、この三十年ほどの人生の中である程度は身に着けて来たつもりだったが、そもそもコントロールする気にもなれない。自分がこんなにも精神弱者だと思わなかった。死ぬつもりはないが、生きることにそれほど執着できない。

 寝て、起きて、食べたいものを食べ、会いたい人に会い、行きたいところに行く。経済的制限はあれど、ある程度自由に選ぶことのできる選択肢が目の前にあるのに、そのどれもが億劫に感じられて予定がなければ日がなスマホを触っている。頭ではこんなことをしている場合ではないとわかっていても身体がついてこない。言わずもがな心はどこかに置き忘れてきた。社会における自分を鑑みたときのとりとめのない不安感、言いようのない焦燥感孤独感、それから諦めの思考脳みその大半が支配されているらしい。とにかく金を稼がなければならないと思っても具体的な行動に出ることができない。どうにかスマホ副業のためのアルバイト検索なんかをしてもそこで集中が切れてしまう。

何をしていてもこの不安気持ちが付きまとい、目の前のことに集中できない、或いは熱中したフリをしている自分がいる。掃除洗濯家事・炊事にすら手をつけられず、シャワーを浴びることや、食事をするといった生活の根源を成すことですらハードルが高く感じられる。ましてや書類に目を通したり、友人に連絡を返すといった高度なことにはその一切に手をつけられないと来ている。最近玄関の鍵を閉めることや靴をそろえることにもその都度気合いを入れる必要があり、電気を消す気力もなく明るいままの部屋で眠っていることが多い。エアコンリモコン操作すら気力を消耗する。

 どうにか出勤はしているが、サボり癖がついているため、いか仕事をしているフリをするかに長けて来た。この文章も勤務中に書いている。二週間に一度くらいのペースで体調不良による遅刻を重ね、職場での信用もガタ落ちだ。悪循環にハマっていることは頭ではわかっている。頭では重々承知の上だが、心がついて来ない。個人的には、頭と心を繋いでいるのが身体だと思っているか身体を動かすようにしているのだが、以前ほど効果を発揮しなくなった。

 水は低いところに流れるというが、たどり着いた先はに沈殿したものたちの中から夢や希望を救いだすのは至難の技だ。そんなことをしている間に世の中は自分を置いて先に先に進んでいく。何のために生まれ何をして喜ぶのか。立て直す方法はわかっているようでわかっていないのかもしれない。単純だった個々の問題が複雑に絡まり合って、思考支配されているようだ。

 最近幽霊妖怪の類が在るとすれば、それに憑りつかれているというのはこういう感覚なのかもなとも思う。気力を取戻し、“憑き物の取れたような”状態に戻りたいものだ。

2017-08-09

https://anond.hatelabo.jp/20170809125034

そうだろうけど、そこは制度論でしかないというか些末なとこで。

対立構造の起こる原因の面白さと火元、出火原因とか、受け止められ方のオモシロさと今様さには、特に影響しないとこ。

2017-08-01

ピアキャスってあったじゃん

そこで放送って単語出したらなぜかスッゲー叩かれたんだよね

放送じゃなくて配信だよバーカって

わざわざ些末な言葉意味にこだわってしか罵倒するのってもしやニコ生に対抗意識から

なにわともあれ増田民って云って叩かれるのもそれと似たようなもんかな

2017-07-11

https://anond.hatelabo.jp/20170711013607

「本題と些末な部分の区別もつけられないんだな」そっくりそのままお返しするわw

「本題と些末な部分の区別もつけられないんだな」キリッ

2017-07-02

当選したとき候補者が一緒に万歳するようになったのって、いつからだろ?

あの、当選確実が出たとき

昔って、周りが万歳しているなかで、候補者本人は深々とお辞儀してる映像をよく見た気がするんだけど、

気が付いたら、たいてい、一緒に万歳してるよね? お辞儀している人いる?

まあ、些末なことなんだけどさ。

「一緒になってはしゃいでる」よりも、「ご支援ありがとうございました」って感じで頭下げてるほうが個人的には好感度高いんだけど、そういうのってやっぱり古いんかな。

2017-06-29

ていうか、「最終的に正しい結果が得られるなら、その過程で生じる問題なんて些末なこと」なんて朝日新聞の重役が慰安婦ねつ造謝罪の時にも発言していた、左の基本概念だろ

そして、テロリスト根本にもそういう思想がある

2017-06-16

https://anond.hatelabo.jp/20170616153358

大企業定義を何にするかにもよるけれど、仮に、一部上場企業を大きな企業としよう。

そのうちの一体、何社にあのざまと言わしめるような事態が起きている?

ほとんどの大きな企業健全運営されて、時代の変化にもしっかりと対応しているぞ?

東芝シャープがというが結局それって家電業界に限られていやしないか


それに比べてベンチャーはどうなんだ?

100社あったら、5年後に残るのは10社もないんじゃないか

些末なベンチャーなど潰れてもニュースにすらならないから、ベンチャー不安定性に実感がわかないだけではないか

…なんて思うので、最初はある程度の規模の会社への就職を目指す方がお勧め

2017-06-07

真面目すぎる後輩

美人でしっかり者で、多少仕事の量が多くても文句ひとつわずに頑張る子…ではあるんだけど、正直相手をしていて疲れるときがある。うちの職場のものにあまりルール化が徹底していないぐだぐだな部分がいっぱいあるうえに、皆が皆、この職場の全ての仕事精通しているわけではないので、多少筋が通らなかろうが、人によってやり方がバラバラなところがあっても、多少目をつぶってほしいんだけど…。私はこの職場の勤務は長い方だけど、結構担当してきた内容が偏っているので、全部を知っているわけではないし、「この仕事はこういう風にやるのが正しい!」とか断言できない。また、そういうことを判断できる立場にもない。

うちの職場ってそういうルーズさ、ぐだぐださが何となく認められてきちゃったところが私には気楽でいいんだけど、何でもきちんきちんとルール化してやらないと気が済まないタイプの子には非常に気持ちが悪いようで…。「この仕事はこうやってこうやって、この書類が出てきたらこのように処理するのが正しい」みたいな手順を示してほしいらしい。まぁ確かにそういう仕事存在するし、書類の日付のつじつまが合わないと「この書類ってどうよ???」とはなるんだけど、そんなに細かく手間をかけても誰も気にしない仕事もあるわけで…。

とりあえず大金が動く仕事とか、比較的外部からのチェックにさらされやす業務はきちんとすべきだろうけど、あんまり些末なことまで気にして、上司や周りの人間全然気づかないミスをわざわざ「間違いに気づいたので差し替えました」とか持ってこられると、「そこまでしなくていいよ」「あなた仕事多いんだからそんな細かいのでエネルギー使わなくていい」と言いたくなる。その緻密さで忙しい時期に突入すると、何時間残業しても終わらないよ?

別に彼女が間違ってるわけでもなければ手を抜いてるわけでもないので、非常に文句を言いにくいんだけど、「これは○○するのが正しいんですか?それとも…」と日々問い詰められると非常に疲れる。明らかに片方が正しくてもう片方が間違っているなら答えやすいし、彼女自分で正解にたどり着けるんだろうけど、どっちに転んでも大勢に影響ないものは良きに計らっていただきたい。その子と同期でわりとルーズなところがあり、ミスしても「○○を入れ間違えただけじゃないですか~」と平然と言い放つ子がいるんだけど、心の底からその二人の性格を足して二で割りたい。

2017-06-06

メシ食っててふと気づいたんだが

本筋の言いたい事を全部言ってあまりに暇だったか

クライム行為者はクリミナルだよってくっそどうでも良い些末な突っ込みをしたら

「何で俺だけそんな風にちゃんと論破するんだ」(ってことだよな?)って言われるってことは

 

もしかしてお前ら(の少なくとも一部)ってネットのくだらない罵りあいに毒され過ぎて

マジで揚げ足取りが正しい反論の仕方だとでも思ってる?

 

さっきも「侮辱」を「屈辱」とか言ってるアレな子がいたけど

これ突っ込むべきところだった?

2017-04-23

ドッペルゲンガーを生み出してしまった

某SNSで、身バレ予防のためにちょくちょく架空個人情報を織り混ぜている

たとえば、行ったこともない場所ニュース引用しながら「もう何年も帰ってないなあ」とコメントしてみたり、俺が生まれるよりも前の出来事を懐かしんでみせたり、持ってないものを壊れてしまったと言ってみたり、大して興味のないアイドルグループファン自称してみたり、といった具合

最近些末なことでネットである人と口論になったのだが、相手がいきなり「お前、○○だろ?」と言い出してぽかんとしてしまった

もちろん○○は俺の本名とは全く違うし、相手が続けて指摘した職業家族構成も全く違うものだった

しかし妙に具体的なので気になって調べてみたら、今まで俺がでっち上げ個人情報に偶然にもピタリ合致する人物実在していることが判明した

エキサイトした相手は「お前の家が××付近なのは知ってるんだぞ。そのうち直接出向いて、付近の家の表札をしらみつぶしに調べあげてやる」などと言い出してきた

なんということだ、俺は意図せずして○○氏のドッペルゲンガーを生み出してしまっていたのだ

2017-04-10

http://anond.hatelabo.jp/20170409214837

自分は脚が太いのでパンツスーツだとみっともないから、スカートだった。

自分が似合うと思う方でいいじゃん。

そんな些末なことに気を取られてると受かるものも受からないよ。

2017-04-05

http://anond.hatelabo.jp/20170405152548

お前みたいな基礎的な素養視野がせっまい奴に本を教えても到底理解できないだろうからまずは小1の教科書から読み直せ。

今の知能状態で高尚な本読んだって些末なところで揚げ足とった意見しか持てないからな。

2017-03-29

記憶ゆるふわ

籠池さんが堂々としてるから真実を語ってるに違いないって思う人がある程度いるっぽいことに驚いた。

籠池さんって、なんか自分で考えたり思い出したり言ったりしてるうちに、なかったことも本気であったと思って言えるタイプの人に見えるんだよなあ。

というのも自分がそういうタイプから

記憶が割と常に曖昧で、自分が感じた感情記憶とかすら容易に書き換えられる。

すぐ記憶が混濁したり、なかったことをあったと思ったり、逆だったりして迷惑けがち。

ゴミ出しをちゃんと済ませたつもりになって気分よく暮らしてて、でもなんか溜まるのはやいなあって思ってたら、

ゴミの中の日付を辿ってみると2週間近くゴミを出してなかったことが発覚したりとかはかわいい方。

10歳ごろに、なぜか自分誕生日全然違う日として人に話していたとかって話もある。

当時の連絡帳にまで書いてあったか誕生日詐称事件があったのは恐らく事実

周囲には「役場から訂正のお知らせがきてさー」と言っていたらしい。意味が分からない。

多分そういう夢をある日見て、それっきりそれが事実だと思い込んでいたようだ。

そして事実だと思い込んでいるからわざわざ確認することもないので、機会があって人に話すまで表沙汰にならない。

親がいくら母子手帳とかで訂正しようとしても「紙が来たはず」「紙をどこへやった」「なぜ隠すのか」「何か都合の悪いことがあるのか」と話にならなかったらしい。

あとめっちゃ感謝して恩人だと思ってた人にかけてもらった言葉を、後年にあの時あの場所でこう言われて嬉しかったと伝えたら、

別にそんなこと言った覚えないけど……っていうかその当時親しかったっけ?って言われたりとか。

周囲の証言によると、別の人と勘違いしたとかではなく、自分がその言葉をかけられるきっかけになった出来事自体

くそんな事実がなかったというのが少なくともこの世界線では事実らしい。

その言葉に助けられた気持ちも、その後何度もその言葉を思い出して頑張ったのもそれはそれで多分事実なので、いまだに釈然としない。

まさに「その彼女というのは……」案件っぽくもある。

シンプルに夢で見たことを現実混同するパターンもよく起こる。

寝起きの感覚で気付くだろうと言われるのだけれど、夢を見て起きたというよりは「ねつ造された過去記憶を埋め込まれ状態で目覚めた」という感じなので、

特に違和感のようなものを感じないから疑わないし、周辺の記憶曖昧な点があっても記憶もやもやしているのはいものことだから自分ではその記憶が夢なのかどうか区別が一切つかない。

そのときの様子もあの時こういう会話があった!こういう様子だった!と妙に詳細に語ったりする。まあ、大抵全部夢なんだけど。

記憶が鮮明すぎて「あれ?この俺がこんなに昨日の事を細かく覚えてるのは逆におかしくないか?」という疑念から夢だと気付けることもたまにあるけど、それはそれでちょっとかなしい。

こんな調子なので、事故を見ても5分後にはどういう状況だったか説明が二転三転してそうだし、はっきりいって証言能力的なものは限りなくゼロに近いと思う。

そんな機会はないんだけど、ウソ言ったら偽証罪に問われますと言われて喚問されたりしたら、正直に思い出せませんを連発するか、

事前準備で振り返っているうちに自分の中のエピソードが固まって、第三者からは頓珍漢なことを真実と信じて堂々と喋るかのどちらかになってしまいそうだ。

さすがに今は基本的自分記憶は信用ならないと気付いているので、トラブル回避のために

ソース自分記憶だけのことは全てあったかもしれないし、なかったかもしれないこととして処理する」クセがついているけど、おかげで自分人生なのにどこか他人事のような感覚が抜けない。

また気を付けていても、そんな出来事があったら忘れるわけがなさそうな重要なことや、逆にどっちでもいいような些末なことでは事実確認を怠ってしまって勘違いを起こしやすい。

つい先日も「そういえば世界ふしぎ発見で野々村さんが眼帯してたね」と言ったら「何言ってんの?」と返された。

野々村さんには悪いが、ものすごくどうでもいいし、そこで嘘をつくメリット自分には一切ないことなのに、嘘をついてしまっているのがとても怖い。

しかもたちの悪いことに、言ってるうちは本気で信じてるし、一人だけ別な世界線に紛れ込んだような気分になる。

言った言わないで水掛け論になるのが本当に最悪なので、電話が本当に苦手。連絡はメールLINEの記録が残る形でお願いしている。

基本的には物証がない場合自分に不利な方向に進むことを前提に、他人良心に期待せずに生きるクセもついてしまった。

何かの契約の場面とかではボイスレコーダーマジで必須

定形の強い言葉を使う時や、正確性が求められる場面では、本当にその記憶事実かどうか、

その発言担保する物証が確保できているかどうかをなるべく自己点検してから口を開くようにしているのだが、

その結果自分の中で発言にゴーサインが出る機会がものすごく減って、元来かなりおしゃべりなのに、今は周囲のほとんどの人に物凄く寡黙な人だと思われていてギャップちょっとつらい。

勘違いとは関係ないけど、色々曖昧なのでデジャヴもよく起こる。

「あれ、前もこれとそっくりなことなかった?」「ないと思うけど?」「あ、じゃあこの記憶は夢(?)なのか。」みたいな。

ただ、デジャヴを感じたシーンのちょっと先まで記憶の通りに進んだりすることがちょいちょいあるので、

麻雀リーヅモ一発七対子成功率が妙に高くて気持ち悪がられたり、下校中の前方にすごくデジャヴを感じるおじさんを見かけて、

「多分今あの交差点にいるおじさんだと思うけど、あの辺に黒っぽい財布落ちてる気がするから後で拾って交番行かなきゃ」

みたいなことを友人に言ってたら、おじさんのいたあたりに着いたらホントに財布が落ちてる。みたいなことは何度もあった。

なんとなく「ここに行けばある」と妙な確信を持ってその場所に向かって、財布とか定期とかカードとかを拾って交番に届けることが毎年5回くらいある。

まあ、変にカンがいいことがある程度のことだから、だから何ってこともないのだけれど。

2017-03-22

[]よくある質問

真面目に答えず、出来る限り嘘と虚構を織り交ぜて答えていきたい。

Q.キリスト教の人は手に杭を打ち付けますか。

例えば君がアイドル好きだとしよう。

でもだからといって、君自身がそのアイドルの服を着たいわけではないだろ?

まりは、そういうことだ。

……え、着るのか。

ひょっとして、アイドル界における暗黒時代って奴がきているのだろうか……。

Q.あなたの回答は屁理屈ばかりだ。それでは答えになっていない。

私が学生の頃、英語テストをしていたときの話だ。

確か「店員に服のサイズを尋ねてください」みたいな問題文だった。

私はその問題文にあった隙を突いて、「この店の舞台英語圏じゃないし、店員外国の人じゃないから、日本語で答えてもいいですよね」みたいなことを書いて、英語ではなく日本語で答えを書いてやったのだ。

察しの通り、私はもとから真面目に答えるつもりがなかった。

だが、英語先生は、その問題で貰える点数のうち半分をくれた。

理屈は分かりましたが、これは英語テストなので英語で答えてください」といった丁寧な補足を答案用紙に書いて、だ。

私はその時思った。

「え、点数くれるんだ」、と。

今回学ぶべき教訓は、「屁理屈理屈の内である」ということだ。

詭弁は人を救いはしないが、だからといって役に立たないわけではない。

そして理屈であれば、理解ある人間はそれを無碍にしない。

あの時の思い出は、私の今を構成している大事な一部だ。

……念のため言っておくが、君が学ぶべきは私の屁理屈の方ではなくて、先生理解しようと歩み寄る方のことだからな。

まり、回答をした時点で私の役目は終わっている。

から、君が私の回答を意味があるかどうか判断するのは、あくまで君の問題だ。

そして、君にとって意味あるかないかということは、私にとって些末なことに過ぎない。

2017-03-20

安倍ちゃんの支持率低下ってニュースについたコメント

「森友なんていう下らない問題いつまでもグダグダしてるからだ(森友問題些末なことだよ派)」

「今まで見過ごされてきた政府問題点が明るみに出てきたからだ(森友問題は重大事件だよ派)」

の両方があって、理屈と膏薬はどこにでもくっつくんだなって思った

2017-03-08

SIerは分かってない

SI業界現場をいくつか見て思いました。

SIerヤバい現場は「何をしているのか理解してない」というレベルで分かってない気がします。

大手SIerプロパーは日々Excelと格闘しています

人月計算や協力会社の単金計算に余念がありません。

この方々に

「このシステムはどんな目的に使われているのか?」

「このシステムはどんなプログラミング言語で作られているの?」

「この値はどうやって算出しているの?」

と聞くと

「わからない」「担当者に聞いてくれ」「ユーザーに聞いてくれ」

と言います

確かにプログラミング技術クライアント業務に詳しくない人なのかもしれません。

でもシステムってプログラミングって自分理解していないと作れないものなんですよ。

プログラミングは俺の仕事じゃない」「ユーザー業務ユーザが一番詳しい」

そうかもしれませんが、システムを作るあなた方が理解してないものコントロールもチェックもできないんですよ。当り前じゃないですか。

確認テストも協力会社の方にお願いするんですか?では協力会社仕様を伝えるのは誰ですか?

ユーザーから質問を「担当者確認します」と言って自分からは答えられない状況が続いているのにおかしいとは思いませんか?

プログラミング仕様も分からない、呼ぶ協力会社は単金だけを見て決めるんですか?優秀かどうかはどうやって判断するんですか?

スケジュール管理数字だけを見てできると思っていませんか?その根拠はなんですか?

SIer技術的にレガシー揶揄されます

Git知らないDocker知らないm9(^Д^)プギャーと

でもそんなことは些末なことで、導入してすぐ解決みたいな話ではないように思えます

それに毎日遅くまで働いて、休日は妻子のために家族サービスとなれば自己研鑽時間なんてなかなか取れないでしょう。

でも作ろうとしてるものが何なのか理解する時間会社の中でできると思うんです。

忙しいのは理解しています。稼働調整、スケジュール調整も大事仕事です。

でも1日5分でも良いから興味を持ってもらえませんか?

お客さんと雑談

「ちなみに現場の人ってこのシステムどうやって使ってるんですかねー?」

とか

プログラミングしている方に

「この処理はJavaScriptで書くのが良いのはどうして?」

とかなんでも良いんです。

自分が今作っているもの理解しようとしませんか?

「そんなことをしても仕事が増えるだけで、得にはならない」

「上から命令から黙ってやるだけ」

という意見もわかります。でも自分理解しないといつまで経ってもコントロールできる立場にはなりませんよ。

ラダー効果が云々という話も聞き飽きたかと思いますが、もうちょっと視野が広がると糞な職場がほんの少し変わる気がしませんか?

というわけでお父さんたちお仕事頑張って!

2017-03-05

http://anond.hatelabo.jp/20170304221255

から、あれを「型どおりの反抗、型どおりの和解、型どおりの成長」としか見れていない人は、

あれをそう捉えなかった人の目に映っていた高解像度の微細な捉え方をすべて無下にしている、そういう傲慢さがあるわけだよ。

あなたがそう思ったことは勝手だし、ファンの人が受けた衝撃や感動の「種」になっていたさまざまなウンチクには永遠に辿り着かないし、そんな「種」の存在があることも想像すら及ばないだろう。

そういう人がいることはそれでいいけれども、だからと言って作品矮小化するなと言いたい。

自分より心から楽しんでいる人がいて、ついでに世間的にもヒットしているのなら、「自分には合わなかった」と思うだけでよい。

「見たけど下らなかった」みたいな事をあえて言う下劣感性の人が、ネットには多すぎるから辟易しているんだよ。

特にアイドルものなんかはジャンル自体への偏見もある上に、一部のファン気持ちさゆイジメられやすい。

からそういうキモオタなんかを揶揄したい人間が、作品にその矛先を向けることも多々あるように感じる。

まるで「自分はまともだぞ」「自分もっといい趣味してるぞ」「自分はそんなチャチなものどうかと思う」と言って、

自己肯定のために作品を貶めているように。

けれども、どんな作品ファンにも必ず、自分より優れた知性を備えた人がいる。いい歳のいい肩書もった人がファンだったりもする。

例えばあなた海外ドラマを高く評価していて、アニメヌルいと思っていたとしても、その両方にあなたより精通していて、そのどちらも高いレベルで楽しみ評価している人がいる。

あなたに無い着眼点でみる人、例えばまどマギ仏教文脈で語る僧侶や、ラブライブマネジメント文法で語る人などもいる。

とてつもない熱量で、自分では気づきもしなかった考察ブログで重ねている人がいる。

鳥肌を立てながら、そこまで考えて作られていたんだと気づき敬意を表する、そんな純粋さが馬鹿にされてはいけない。

そういう人の存在無視して、一括りにファン自分より感性下劣であり、作品も見下してしまってもいいだろうというような傲慢判断をする人は、

自己顕示欲支配されている以外になんと表せばいいか

そういう視点でつけるケチは、結局いつも表面的な部分しか捉えていないことを銘記してほしい。

ロックバンドオマージュをするのが陳腐からと言って、別に作品としてはその部分でいかに新しい表現をするかを競っているわけではない。

あの回の迷走の仕方はなんでもよく、あれを通して何を伝えたかったのか、そこに注目してみてあげるのが作品に寄り添う普通見方だろう。

ネットには、瑣末な描写言動や辻褄に「あーハイハイ」「なんでやねん」となって気を取られてしまい、総体的評価をフェアに出来なくなっている人が多く見受けられる。

妙な「事情通」ぶった自負があるせいか、へんなところに神経質になって気を取られ続けているため、素直にみていれば感動に繋がるはずの布石を取りこぼしている。

あるいは、元から上から目線で鑑賞していて素直に楽しむ気が元からないせいで、些末なツッコミに躍起になるのかもしれない。

ともあれ、物事が「いかに深いか」を十分に言語化して語ることはものすごく難しいんだよ。前提知識が多く多岐に渡るし途方もなく長文になる。

対照的に、物事が「いかに浅いか」を語って揶揄するのは簡単だし、そういうネガティブ情報感染力も高い。

から自分が良いと思えなかったものにも、自分には捉えられなかった「深さ」があるのだろうなと斟酌して、静かに離れていく美徳を身に着けて欲しい。

それは結局、デフォルト他人尊敬するという良き人格に繋がっていく。

逆にそれができないで、何かをこき下ろすことに快感を感じる性質卒業できないままだと、いずれ何にも感動できなくなって脳が凝り固まってしまうだろう。

間違っても、今後はそんな「『○○でござい』なんて言ってて本当にいいの?」みたいに他人を冷笑する考え方に陥らないでほしい。

ネットを見ているとそういう不遜な思考回路にあふれているから、ネットを離れない限り難しいかもしれないけれども。

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