「些末な」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 些末なとは

2019-06-15

anond:20190615130627

ビックリするガイジがリアルタイムで現れたわ

・「も」と言うことは男女両方であるはずなのに男については触れられていないのなら反論されて当たり前では?

社会の中の加害を論じるとき加害者は常に男性であり女性を無コにおくような言説(元増田エントリを書くときにちょうど複数バズってた)への反論だろう。


ていうかそもそもタイトルに「も」と入ってるのが最大の「男女どっちもである」という書き手の主張の表明なのに「女だけのように言った」という反論はたまげるわ。

おまえは本当にガイジだから自覚して。俺は元増田と違って女に迷惑かけられた経験よりお前のような人間未満のガイジにストレスかけられる経験の方がずっと多いので、男女問題ではなくお前のような国語ガイ問題主題にしている。


健常者同士ならまとまる話もお前みたいな自覚なきガイジが弁えずに入っていくせいでまとまらなくなるし、話してる人たちのストレスもはね上がるんだよ。

俺に言わせればちょっと人の顔をいじめるやつなんかよりおまえみたいなバカこそが社会の最大の害虫なんだ。

「も」にこだわるね。

タイトルにもあり、また文の趣旨のものである「女も」を読み飛ばしたようなとんちんかんレスをした国語力欠陥児は自分低能を恥じるべきで、「こだわるね」とは逆ギレも甚だしい。

お前らガイジが読み落としたのは断じて当該文の中の些末な要素ではない。

いい加減にしてくれ。その低能しまうかロボトミーでも受けて静かにしてくれ。ロボトミー受けても知能はたいして変わらないか大丈夫だよおまえみたいなのは。人の迷惑にならなくなるだけ改善になる。

2019-06-13

anond:20190613155317

言葉が単純すぎたからこじれちゃったかな。

経済的価値を追求するために(つまりお金を稼ぐために)生きてるの?って主旨ね。

俺はどんな形であれ人は人の中で生きようとするものだし、それ自体人間人間であるための普遍的価値が全て詰まっていると思うね。

貨幣が生まれる前の人間社会を思うと、人間人間たらしめるものお金を稼ぐとか労働するとかじゃない。

人の中で生きようと、何らかに参画しようとすることに人間意味本質がある。

職場というコミュニティに加わるのに諸事情あって失敗した人でも、家族ネット上や近隣のコミュニティや、それこそギークハウスみたいな、そういう所で生きられるならそれでいい。

その営みが経済的価値社会価値を生むものかどうか、なんてのは些末なことにすぎない。あればいいが、あくま副次的ものだ。

でもひきこもりを「何も生み出してない」などといって人の中で生きづらくさせようと目論む人間は、他人から人間性を奪い去ろうとする人間だと思うから見過ごせない。

人はほっておいても何かしだすものなのに、「ひきこもり」というレッテル呪縛によって孤立させ殺そうとしているも同然なんだよ。

2019-06-04

anond:20190604223140

おれ博士なんだけど,やっぱ就職で詰んでクソ田舎地元に帰って嫌々ながら小さい会社に入ったんだ。

そりゃもうアホが大半だし業務フローチンパンめいてるんだけど,だからこそエクセルとかワードとかの些末な

技術がSugeeeeeeeeeeeって言われるんだわ。

会社にはそういう小手先技術で腕前を示して居場所キープしつつ,俺やあんたのスペシャルな部分は職場以外で発揮するしかないんじゃねえの。

2019-05-22

anond:20190522205842

「おっひょい」たしかに全くそのとおり(っていうか以前自分もくぁwせdrって叫べって書いた増田自分だぞ)

ついでにハエゴキブリを叩くようにひっぱたくのもいいぞ

大きく動くことでまわりも自動的に「なになに?」って巻き込まれてくれるから

痴漢の大きな鼻息のつくる固有結界些末な日常行為におきかえてぶっ壊せればこっちの勝ちや

2019-05-14

anond:20190514105349

言った側すら真実であると主張してないことは虚偽だと思うんですが・・・

(被控訴人の主張)

これは、開始されていた海水注入に対し、控訴人が激怒したことを受け、官邸から東原電力に電話が入り海水注入が中断されたという事実を指摘するものであって、控訴人が自ら中断を指示したという事実ではなく、控訴人の言動をに起因して海水注人が中断されたという事実摘示するものである。そして、本件記事本文の「やっと始まった海水注入を止めたのは、何と菅総理その人だったのです。」との記載は、前記の控訴人の言動に対する批判としての意見ないし論評の表明である

なお、控訴人は、本件記事摘示事実がすべて真実性の証明対象となる重要な部分に当たるかのような主張をするが失当である表現の自由国民政治参加に不可欠の権利であり、公共的な争点に関する国民の間における討論は抑制されてはならない。公共的な争点に関する討論の中でも、公権力行使に関与する公務員政治家職務行為に関する討論や批判については、国民公権力チェックという観点からよりいっそう厚く保護される必要があり、真実性立証の対象となる摘示事実重要な部分について、より一層慎重かつ限定的判断されなければならない。公務員政治家職務行為に関する記事における摘示事実重要な部分とは、一般読者の普通の注意と読み方を基準に読み取られる当該記事趣旨に鑑みて、事の中核的要素に限定されると解すべきである

その振る舞いの中で控訴人が「俺は聞いていない」と発言たかどうかは些末な事柄であり、中核的要素ではない。また、海水注入を中断させかねない振る舞いの存在のものが本件記事の中核的要素であって、控訴人がそのような振る舞いをするに至った縁由(控訴人が海水注入の報告を聞いたかどうか)は中核的要素ではない。さらに、控訴人の政治的責任を追及するという本件記事趣旨からすれば、海水注入を中断させかねない事態が生じたことこそが本件記事の中核的要素であって、現に海水注入が中断したかどうかは中核的要素ではない。

2019-05-12

夢見りあむ1位やめてね

以下お気持ち表明文につき。暇な人はどうぞ

総選挙積極的活動してる方、総選挙が好きな方はご退場推奨

本田P及び本田応援してる方はご退場推奨

夢見りあむちゃん2位か3位以下で我慢してくんね?

という話なのだが、まず最初に言っておきたいのは夢見りあむ嫌いじゃないよ、むしろ好きな方だよ

ということです

なんならCGになってもいい、でも今年は待って欲しい

今年は本田未央1位がいい。何故なら私は本田アンチ()だからである

本田さん自身は嫌いじゃない。本田さんに対する私の評価は好きでも嫌いでもなく普通くらい

でも本田さんって色々あって現状一番優遇されてるキャラじゃね、と思っている自分が居る。勿論偏見ではあるが

ここら辺詳らかに語っても偏見の塊を露わにするだけなので省くが、要するに本田さんを取り巻く状況が嫌いな訳です

一言で言えば「本田邪魔」と

なので、本田さんがさっさと1位取って来年から圏外にでもご退場願いたいのでありまする(まあ圏外じゃなくて圏内もしくは属性別15位以内には残ることもあるんじゃないかなとは思うけど)

本田さんが1位とって翌年また上位に居座ってたりしたら非常に悔しいですね。「それなら去年りあむ一位でも変わんないじゃん、りあむ一位が良かったよ」と手の平を返すことになる。きつい

そういう結果が"本田アンチ()である私"を一番ボコボコに出来るので本田P各位は頑張ればいいんじゃないかな!かな!

ともかく、この記事のまとめとしては「邪魔本田を一位にするのにりあむが邪魔」というだけの話。単純明快

から

と思った方にはい別になんでもないですって返すくらいにはどうでもいい話ですね

貴方の貴重な時間を奪ってしま申し訳ない

こんな記事読むより担当推しのいいところ探した方が有意義なんじゃないかなと思います

じゃあなんでこの記事を書いたかって事なんですが、前々から総選挙について思ってた事を吐き出したかったって部分が大きいです

ここから蛇足ですが、つらつらと総選挙について思ってる事を書こうかなと思います

題して、「総選挙ってつまらなくないですか」という話です

何がつまらないってのは後述しますが、簡単に言うと運営のやり方が面白くないって所ですかね

毎年ひねりがない。出来レース()。何かしらギミック追加しろ。こんだけキャラいて選ぶのは1キャラだけかい中間発表だけかよ云々

楽曲選挙やった年は良いんじゃないかなと思ったけど、結局こいかぜ一位とかいうつまらない結果に落ち着いたのでトントンです

楓さんがパンデミックアローンとかみんなのきもちとか歌った方が面白いだろ!!!!派なので。それはさて置き

ユーザー側の動きは結構面白いとは思います

りあむさんに対して物語あるとかないとかどうでもよくないですかねあれ笑。いやそういう意見があっても別にいいとは思いますが笑。人間ですもんね、色々思いますよそりゃ。良い悪いは置いといてね

各々の担当または推しキャラにとっての一番の壁ってりあむさんよりも本田さんの方だと思います。P各位には本田さんもしくは自分担当or推しの一個上の順位キャラを憎むくらいの勢いでやって欲しいですけれども

まぁ、「わかりやすいヒットマーク」がある所に向かってる人達って大したことないというか、単細胞かよお前らと思わなくもない(ブーメラン)

キャラが何かしら出てくる度に荒れてるようじゃね(不必要マウント)

運営に対して不満がある時にツイッター運営アカウントクソリプする方々とか、自らの頭の悪さをわざわざ不特定多数の見えるところで露呈させてて面白いですよね(航空力学を利用して作られた真っ直ぐ飛んで真っ直ぐ返ってくるブーメラン)

いや、バンダイメールフォームとか見えない所で文句垂れろよそのほうが賢いぞってね(賢いか?)

私も年に2、3回は文句垂れ文送って遊んでます楽しいですよ

それはさて置き、総選挙って色んな側面を持ってると思います

一つ目は、運営が集金するための企画としての面

金がないとやってけないですから

声無しPは声をつけたい、担当総選挙曲を歌わせたい等のユーザー物欲煽りつつ、キャラ達をアイドルとして自分達の手で輝かせられる場を設けてユーザーを満足させる

これによってどれくらい稼げたかとかは詳しく調べてないのでわかりませんが、盛り上がりから見るになんとなく企画としては上手く行ってるんじゃないすかね。知らんけど

毎年こういうお祭りがありますよ~ってテコ入れとして導入してる部分もあるのかな~なんて想像してみたり

二つ目は、ユーザーコミュニケーションツールとしての面

好きなキャラ布教したい人は、乗るしかないこのビッグウェーブ(企画)にと言わんばかりにワイワイキャッキャしていますね。楽しそうで何よりです

他にもこの企画形容するにあたって様々な言葉があるとは思いますが、自分にとってわかりやすい大きな部分としてはこのあたりで

さて、総選挙のどこがつまらないって話に戻ります

そもそもの話、私は人気投票というコンテンツのものが嫌いなんですよね

総選挙自体は"選挙"なので、人気投票のものではなく、もっと様々な要素が絡んで来るとは思いますけど。それにしたって色々絡み過ぎだろうとは感じます。声付かせよう選挙みたいな部分とかね。それでも最後は結局空気感で決まる所とか、嫌な所を言い出したらキリないですけど

誰が一位なり上位なりだろうと自分の好きなキャラは変わりませんし、誰々の頑張りに対して感心することもありません

楽しいのは圏内に来てるキャラを好きな方々だけでしょ、なんて身も蓋もない感想を抱いたりもしま

ワイワイガヤガヤ荒れたり荒れなかったり、総選挙に対して思い入れがあるだけマシですよ。それ自体がくだらないと思ってる私にとってはどれも些末な事ですから

そんな中でも"面白い"と思わせてくれるユーザーさんについては凄いなと思わざるを得ません。すごい、拍手。でもそれはその人が面白いってだけで選挙自体面白さが変わることはありません。運営頑張れよぅほんとに、俺をもっとしませてくれ

面白ユーザーさんがいてもそこで「じゃあ俺も皆を楽しませよう」とか、「俺も好きな子の良いところを面白可笑しく広めたい」とかちょっとは思わなくもないですが、やりたいとは思いません。自分に自信が無いですし

他の人とコミュニケーション取りたいって柄でもありませんから、このビッグウェーブに乗ることもできない

結論、つまら

となるわけです

運営がつまらない、私がつまらない。この二点です。わかりやすいですね

あとは運営アンチ寄りの声無しPあたりがうるさいかなーくらいですが、そこの部分は割と小さいのでここではほっときます

じゃあ総選挙に成り代わる面白コンテンツが欲しいなって思うわけですが、これがなかなか思いつかない

デレステって音ゲーだし音ゲー大会でもやるかぁ?でも自分音ゲー上手いわけでもないしなぁ

楽曲選挙が惜しい線まで行ったし、もっと色々なパターン選挙でもやるかぁ? でもやっぱりよくわからなかったりつまらん結果になって運営ユーザー両方にダメージが残ったら嫌だしなぁ

面白コンテンツを作るのって難しいんですね

最後に、「プロデューサー、及び担当を名乗る事の烏滸がましさ」について少し触れたいかなと

結局自分消費者側なんだからデレマス公式に関わっているクリエイター陣には及ぶべくもないんです。及びたい訳でもありませんが

でも"プロデューサー"ってなんこう、いかにも私コンテンツ作る側ですよ~みたいな雰囲気があって嫌なんですよ。担当って言葉もなんとなくこのアイドルのために色々してやってますよ感が出ちゃってると思ってしまうんですよね

運営側がゲーム内外で"プロデューサー" 及び "担当"って言葉推してる以上、気にしすぎだとは思います

そんなわけで皆さんが総選挙でワイワイやってる中私は隅っこでふんふんほーん鼻ほじしつつウジウジジメジメやってたいと思います

ジメジメキノコ~(輝子並感

そういえば、ゲーム内で勝手に手に入る総選挙の票を持て余してたんですけど、ある方に直接頼まれたのでその人の担当であるキャラに票を入れときました

来年も誰かにまれたらそこに入れようかな~なんて思いつつ、言いたい事は粗方書き記したのでこの記事を締めたいと思います

ここまで長々とお読みくださってありがとうございました

記事内に何回隠れたブーメラン飛ばしたかとか数えて楽しんでいただけたら幸いです。暇潰しになれたのなら更に嬉しい

この記事に不備等がありましたらご指摘いただけるとありがたいです

終わり

2019-04-13

anond:20190413193451

その通り。

正直コンテクスト重要なのであって、些末な統計なんてどうでもいいんだよ。

厚労省統計不正リベラル派が批判してたのを見て、勝手に「統計の変なところを指摘すれば奴らの弱みを握れるだろう」と勘違いしちゃった手合いも多いみたいだけどね。

2019-03-25

anond:20190321172542

それ、些末な用事で即に呼び出されて仕事プライベートの境目がなくなるフラグ

住み込み店員歴5年の男:談)

2019-02-18

anond:20190218041111

犯罪に利用される恐れがあるから利益があってはならない」ってのも変な理屈だな。

融通を利かしたり、利益を与えることによる社会への益も当然あるというのにさ。


個人的には臓器も髄液も血液も直接或いは間接的売買にすればいいと思うがね。国に対してだけど。

(ここでいう「間接的」とは「提供した者は提供優先度を高くする」的な意味合い


で、中間業者不正をはたらいたらならば、どんな些末な不正でも詳らかにし、

関係者全員を千代田区霞が関一丁目のビルから吊るせばいいと思うの。文字通り。

一罰百戒を徹底しよう。

本来利益を得るべき提供者が、「善意」の名のもとに搾取される状況が正しいとは到底思えない。

ちな横

2019-02-16

2019年流行語が分かった

うんち

 

おめがリオちゃんも大好きだから、これは間違いない。

みんなもっとカジュアルにうんちを楽しむようになる予感がビンビンするね。

注意点を挙げると、うんこではなく、うんちだ。

いや、それは些末な問題かもしれない。うんこミュージアムの例もあるし。

とにかく、うん(ち|こ)が醸し出すほんわかした雰囲気重要なのだ

 

うんちが来る予測は、いろんなものを柔らかく表現してきた近年の流れにも合致する。

イラつくことを、おこと表現したり。

そこから推測するに、次に標的になるのは糞の表現だ。

「クソだな!」「クッソうまい」みたいな刺々しい表現が、うんちによってキュートアトモスフィアを纏う形でオーバーライドされる日は近い。

ただ、うんち増田レベル蔑視的な使い方をするのは個人的にはちょっとどうかと思う。

2019-01-21

いま声をあげたら、何か変わりますか?

今朝、通勤中にこのニュースを読みました。

被害実態暴行脅迫調査へ 刑法改正受け法務省

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190121-00000003-asahi-soci

誰にも何も言ったことないですが、わたし小学2年生の下校中、大人男性から嫌なことをされたことがあります

まりよく覚えていませんが、男は、「ちょっと困ってることがあるんだ。」とかわたしに声をかけて、わたしを薄暗いアパート階段に連れて行き、下着から出した局部を触るように言いました。

何かおかしいかもしれない、と頭のどこかで思いながら、「でも、困ってると言っているし」と、わたしは男の言う通りにしました。数分経つと、男は「ありがとう」と言って、わたしを残してどこかに立ち去りました。そのあと、わたしは「あ、手を洗わないとな」と思ったことだけ覚えています不思議と、怖くはありませんでした。

そのときは、その行為が許されるべきでないことも、男が犯罪者だということも、分かるはずがなかったので、家に帰っても、親に何か言うことはありませんでした。なんとなく、言ってはならないことだとさえ思っていたかもしれません。数年経って、あれは異常なことだったと気がついてからも、「でも、よけいな心配をかけるだけだし」と思い、なるべく思い出さないようにしました。

あれから20年経って、わたしには1歳の娘がいます。夫にもこのことを言ったことはありません。心配をかけるだけだからです。でも、娘がもし同じような目に遭ったとき、ぜったいにだれかに言ってほしいと思いますだってわたしはあのことを、性犯罪関連のニューステレビ流れるたび、そのようなシーンが出てくる映画を観るたび、思い出します。すくなくとも月に二度は思い出します。20年経っても。怖かったわけではないです。直接的に傷つけられたわけでもないです。ふつう恋愛もできました。でも、黒くどんよりとした小さいしこりが、べったりと、いつまでもへばりついている気がします。人はこれを、尊厳を傷つけられたとか形容するかもしれません。あれを経験して、良いことなど一つもありませんでした。教訓もありません。

この文章を読んで、「いや、小学2年生なんて、それくらい断る分別あるでしょ」とか、些末な揚げ足取りをする人がいたら、それはとても悲しいことです。わたしには、なにも分かりませんでした。今だって、何をしたらいいかからないのに、あの頃のわたしが、何をできたのでしょうか。事実、そのような怒られ方をするかもしれない、という思いもまた、わたしの口をつぐませてきました。

何年も前にあった性被害を、今さら言ったところで、なにが変わるわけでもない。と、わたしは思い続けてきました。性犯罪について強く憤るさまを見せると、「つらい過去があったの?」とだれかに詮索され、あのことを誰かに言わなきゃいけなくなるかもしれないから、と、あまりそういう運動には、リアクションせずにいました。同じように思い続けている人も、おそらく大勢いるような気がします。でも、もしかしたら、何か変わることはありますか?当時のことを告発する、とかそういうわけではなく、未来の子どもが、同じ目に遭わないように、わたしには何かできますか。わたしがここにこの文章を書いたのは、もしかたらみなさんが、間接的にでも、声が無駄にならない方法を、知っているかもしれないと思ったからです。

2019-01-18

anond:20190118022637

え、なんでそれで「数字としては十分」なの?全然足りないと思う。

本人としては、なまじお金持ってると思っちゃってるから些末な無駄遣いが多くなって、余計にお金なくなるんじゃないかな。

2018-12-15

東大生であることは罪なのか

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/note.mu/hamamari/n/nbbd358cc6cc4

 

彼女頭が悪いから」の件。

件の本は読んでいないのでいろいろ言うのは良くないとわかってはいるのだが。

 

もう何年も前に卒業したとはいえ、私も東大の中にいた当事者である

今の現役世代の子たちがどんな感じか、というか世代関係なく自分以外の東大生が実際のところどう思っているかなんてわからないが、東大生であったひとりとして、この記事ブコメを読んで考えたことを書きたい。

 

オタク」と同じように、また最近では「おっさん」もそんな感じがあるが、日本社会では「東大生」という属性が、叩いても良いサンドバッグとしてしばしば消費される。

そしてそこには、一般の人にわかやすく消費しやすい、”売れる”東大生像というのが存在する。

プライドが高く人を見下し、実家お金持ちでなんの苦労も知らず、勉強ばかりしていたか他者気持ちがわからず、ダサくて恋愛経験が乏しく、頭でっかち現実社会では役に立たない。消費者たちはそんなステレオタイプをいじって嘲笑って殴って、溜飲を下げる。

当の東大生が私たちはそんなんじゃないと反発しても、「顔真っ赤ww 図星www」と返されるだけ。東大生というだけでいい思いをしているのだからちょっとくらい叩いても構わないと思われているのだろう。

 

どうして挫折した/していないにそんなにこだわるのかというブコメがあったが、それは「これだから挫折を知らないお坊ちゃんお嬢ちゃんは」という”挫折マウンティング”でしょっちゅう殴られるからだ(そもそも例の本もそれの亜種のようなものだろうと思う)。挫折したことくらいあると反論しても、お前のような恵まれ身分挫折なんて挫折のうちに入らないと言われる。どうしたらいいんだよ。

ステレオタイプではない東大生像を発信すればいい」なんて、建設的な提案をしたつもりかもしれないが、サンドバッグが欲しいだけの人々は、そんな"等身大東大生"なんて面白くもないものにはたぶん見向きもしないだろう。楽しく叩き続けるためには、東大生は「頭はいいかもしれないけど人間的に不足した奴ら」でいなければならないのだ。

 

思うに、東大生は多かれ少なかれ、その氾濫した強すぎるイメージによって、まともな対話交流の道が始まる前から絶たれるという経験を重ねている。

から私はやむを得ず嘘さえついて出身大学を隠したこともあるし、「いやぁ、一応東大なんですけど、私なんかまぐれで入ったようなもんなんで」と精一杯申し訳なさそうにできるよう、自己紹介のたびに身構える。

そしてこれらの自己防衛策は同時に、頑張って勉強して志望校に入ったという自負や、東大で得た大切な友人たちを含む母校への愛着や、そういった自分の一部を確実にえぐる効果を持っている。

 

私は、東大生たちが例の本にこんなに反発を示したのは、そこにいつものサンドバッグに都合のいいイマジナリー東大生」を嗅ぎとったからではないかと思っている。

三鷹寮はそんなに広くないとか、大学の男女比が間違っているとか、そんなのは小説趣旨には関係ない些末な点だと思われるかもしれない。でもこういう点がいい加減に描かれているということから私たちが受け取るメッセージは、「現実のお前らのことはどうでもいい」ということに他ならない。

実際の東大生がどんな人々かよく知らないし知る気もない、ただみんなが持っている”東大生を叩きたい欲求”を利用して本を売りたい。意地悪な見方をすればそういうふうに聞こえる。

そしてこの本は、「東大の方向けではなく、一般書籍として」書かれた。私たちを苦しめるステレオタイプを、ますます広めて強化してくれたというわけだ。

 

実際に東大生が起こした性犯罪に、犯人の「東大生としてのプライド」が関わっていたというのは見逃してはならないポイントだし、掘り下げる価値のあるとても重要な題材だと思う。

でもそのプライドは、少なくとも私の感覚からすれば、「自分エリートから偏差値の低いやつには何をしたって許される」といったある意味わかりやすいツルッツルなものではなく、「東大生なのにこの程度のこともわからないのか」と「これだから東大生はつまらない」の間で行き場を奪われて、ねじ曲がり窒息しそうになった自尊心である

それが無意識の他大女性蔑視と結びついて暴力的な形で吹き出したのだとしたら。

間違いなく醜悪な話になるだろうし、自分差別意識や加害性を掘り返されて死にたくもなるだろうが、私はそっちのほうが読みたいと思う。

 

重ねるが、他の東大生や、ましてや事件加害者たちがどう思っていたかなんて私にはわからない。世間からの抑圧についても、もしかしたら私が女性であるから強く感じているのかもしれず、男子事情はまた違う可能性もある。だからこれは本当に、ひねくれ気味のいち元東大生の感想しかない。

 

ただ、「お前は頭が悪いから人間として価値がない」と切断処理される悲しみがわかるなら、「お前は東大から人間性に問題がある」と切断処理される痛みにも気づいてほしい。

 

 

 

あー、こんな長文書くと、やっぱ「そういう自意識過剰なとこやぞwww」って言われんだろうなぁ。

2018-11-30

anond:20181130122635

エログロ「程度」の些末な表現なんてそもそも表現の自由なんてものを持ち出すまでもなく普通にOKじゃん

っていう主旨やろ

2018-11-12

anond:20181112131244

右も左もこういうくだらないネタしか盛り上がれないというところでは一貫してるんだからダブスタだろうがトリスタだろうが些末なことでしかない。キズナアイ話題が終息しかかってたのに、またこれだ。人生の1/3くらいをワイドショーネタで浪費してる人達思想なんてどうでもいいんじゃないかな?

2018-10-19

横山由季子「ブロックバスター展は善か、悪か」を批判する

 美術手帖で連載中の「シリーズ:これから美術館を考える」の第6回、横山由季子(金沢21世紀美術館学芸員)による「シリーズ:これからの美術館を考える(6) ブロックバスター展は善か、悪か|MAGAZINE | 美術手帖」。一読して何が言いたいのか理解し難かったが、それもそのはず、書いている本人が考えがまとまらないと言っているのだった。

まとまらない考え、逡巡をそのまま書いてしまいましたが、現状を共有することで、今後の共催展、ブロックバスター展について考えるきっかけになれば幸いです。

https://twitter.com/blanche1002/status/1051094298815430659

 「考えまとめてから話せ、バカ」で済む話ではあるけど、一部好意的に受け止められている様子もあり、少しこだわってみたい。

 まず、かなり気に食わないことの一つに、ブロックバスター展について「善か、悪か」と問うている点がある。「善悪」というのは倫理道徳的価値判断であり、展覧会評価をするにあたってはなじまない言葉である。「是非」でよかったはずだ。にもかかわらず、横山は敢えて「善悪」という強い言葉を用いた。その理由は推測することも可能だが、不要から止めておく。ただ、私自身は「善か、悪か」という問いに答える気にはならないし、また応じて「ブロックバスター展は悪だ」と言っている人がいたら異様だと思う。些末な問題ではある。しかし、筆者の立ち位置や考え方が無意識に出ているように見受けられる所、注意を要する点である

 次。筆者はタイトルで「ブロックバスター展は」と議論対象提示する。そして文中で「ブロックバスター展」の定義を明確に行う。ここまではまったく素晴らしい。だが、なぜか横山は文中でブロックバスター展以外についても語り出してしまう。こんなわずか短い文章にもかかわらず、その対象を固定することすらできない。大丈夫なのか、この人?

 実際に対象になっているのはブロックバスター展と共催展である。前者も後者の一部だが、このうち60~70万人ほどを動員したものを指すと定義している。もちろんそれ以上動員した場合も含まれるのだろう。また、共催展以外でこの規模の動員は不可能と考えられる。すなわち、60万人以上の動員を記録した展覧会ブロックバスター展だと言っていい。明確だ。

共催展のなかでも、とりわけ規模が大きく大量動員が見込まれものは「ブロックバスター展」と呼ばれる。ブロックバスター展の基準について100万人以上の動員としている記述もあるが、近年ではさすがにそこまでの来場者を集めた例はないので、ここでは60〜70万人規模の展覧会ととらえることにしたい。広報会議メディア担当者と話していても、60万人あたりがひとつ分水嶺になっているような感覚がある。

 共催展一般共通するものであるならば、わざわざ分ける必要はない。だが、60万を越える規模になると、単に量の違いではなく、質の差が出るようだ。「60万人あたりがひとつ分水嶺になっているような感覚」というのはそういうことだろう。ならば、「ブロックバスター展」と呼び分けることに意味が出るわけだ。

 しかし、結局筆者が俎上に乗せるのは共催展一般であって、ブロックバスター特有問題についての指摘はわずしかない。筆者は読者にブロックバスター展のみに絞って考えて欲しいのか、それを含めた共催展一般について考えて欲しいのか不明である。というよりも、筆者自身の中で、その程度のことすら整理できていないのではないかと思われる。

 そんな筆者横山が共催展やブロックバスター展の「現状」についてどのように認識しているか批判的に捉えているか文章引用しつつ細かく見ていこう。

ブロックバスター展はその華やかな話題性によって、普段美術館に足を運ばないような人が展覧会を訪れるきっかけをつくり、美術裾野を広げているという側面もある。そのいっぽうで、やはり集客のために打ち出される広報の数々は「イベント」としての側面を強調するものであり、一過性の消費で終わってしまうのではないかという危惧がつきまとう。

 一過性の消費の何が悪いのかさっぱり分からん人生は短い割に、世界はあまりにも豊かだ。誰しもが、美術とがっぷり四つに組んでいる暇があるわけではない。すべてのことに入れ込むことはできないわけだ。学芸員成るほど美術真剣に取り組んでる横山も、例えば音楽とか、芝居とか、映画とか、ほかのジャンルに関しては一過性の消費で済ませていたりするわけでしょ? 美術に対してそういう態度をとる人たちを批判する権利なんかないわな。

そして現場学芸員は、採算性と学術性を両立させるという大きな矛盾に直面することになる。

 ブロックバスター展やそれに準ずる共催展に足を運ぶ人の多くは、作品を見に来ているのね。有名作に心踊り、傑作に胸を打たれに来てる。学術性とか、正直無くても構わないとすら思っている。

最近ではメディア側も展覧会事業にこれまでになく採算性を求める傾向にあり、10万人を動員する小規模の企画を年に何本も実施するよりも、大量動員が見込めるブロックバスター展を1本開いたほうが、労力的にも資金的にも報われるという事情もあるだろう。

 共催展の数を減らして、ブロックバスター展に集約していると読めるけど、事実なのか?

あくまでも組織としては採算性が優先されることになる

 当たり前なのでは。

ここで、そこまでの費用をかけてまで、海外作品を借りてくる必要があるのかという問いが生じるだろう。国内美術館にも豊かなコレクションがあり、それだけでも十分に展覧会は成り立つ。実際に、近年では国内の所蔵品を中心に見ごたえのある展覧会が多く企画されている。

 ブロックバスター展や美術館展など、学術性の低い展覧会批判する人って、だいたい欧米によく行っていて、そこで十分に作品を見ている人なんだよね。だから、そういった展覧会が名作や有名作を持ってきているということ自体意味を見いだせないわけだ。でも例えば、今後10年間、海外所蔵の作品を見ることを一切禁じるって言われたら、我慢できるの? できないでしょ。できないなら「国内美術館にも豊かなコレクションがあり」とか言って欲しくないよね。子供仕事で忙しい人、貧乏人、障害者、老人。誰しもが気軽に海外に行けるわけではない。そういうところにブロックバスター展の意味の一つがあると思うんだよな。弱者に優しいという点を鑑みれば、筆者の問いかけに「ブロックバスター展は善である」と答えることも可能かもしれない。

共催展の広報において差し迫った課題は、いかにして若者展覧会に足を運んでもらうかということである。とりわけブロックバスター展を支えているのは、バブル期以降の大型展に足を運んできた50代以上の世代であり、メディア側も確実な集客を見込んで、この年齢層に的を絞った広報戦略を立てることが多い。しかしながら、このような目先の集客ばかりを求める広報が続くようであれば、美術館展覧会未来はそう長くはないであろう。

 若者じゃないから分からないけど、どっちかというとやはりブロックバスター展の方が若者リーチしていて、それより規模の小さい共催展に問題がある気がするけどなあ。今なら例えばフェルメール展とルーベンス展。

近代美術の延長線上に現代美術位置づけ、両者を結びつける作業は、やはり美術館が担うべきものである。そして、村上隆草間彌生などの知名度と人気を誇るごく一部の作家を除いて、メディア現代美術展に出資することは考えにくい。美術館が主導して近代美術現代美術をつなぐ展覧会企画したり、現代美術一般へと浸透させる持続的なプログラムを行うための体制づくりや予算が求められる。

 これはブロックバスター展や共催展の問題じゃないよね。美術館学芸員が怠けていたからこういう状況になったんじゃないの? 「国内美術館にも豊かなコレクションがあり、それだけでも十分に展覧会は成り立つ」んでしょ。美術館主催粛々とやってればいいのでは。

数十万人の来場者を想定したブロックバスター展の場合、あまり大胆な切り口を提示することは難しく、個展であれば年代主題ごとに画業をたどるようなオーソドックス構成となりがちだ。先行研究調査をふまえた新たな視点を、カタログ論文作品解説のなかで示すことはできても、展覧会構成全体に反映するにはいくつものハードルがある。とりわけオルセー美術館ルーヴル美術館からまとめて作品を借りる場合は、これらの美術館学芸員が監修を務めることが多く、そのことによって企画自由度が低くなるという側面もあるだろう。

 そういう学術性は不要なんだって。単にいい作品を持ってくればいいの。学術性を発揮したいのであれば美術館主催の展示でやればいい。それでは自分能力が十分に生かされないと感じるなら本場の美術館就職してください。あと、日本学芸員よりオルセーやルーヴルの学芸員の方が信用できるから、その場合は口出さなくていいよ。

オルセー美術館には各所蔵作家の膨大な資料が集められており(ルノワールだけでざっと50箱以上はあり、フランス語だけでなく、英語イタリア語ドイツ語スペイン語、そして日本語や中国語韓国語資料網羅されている)、それを日々リアルタイム更新していくドキュメンタリストたちがいる。学芸員は彼らの協力を得て調査研究に勤しみ、その成果が展覧会に反映される。この蓄積こそが、オルセー美術館の、さらには今日における世界的なフランス近代美術の人気の礎なのである。これは一朝一夕に実現されるものではなく、長期的な視点に基づいた、たゆまぬ歴史化の作業の賜物といえよう。

 日本フランス絵画についてオルセーと張り合う必要なんかないよ。自国美術研究環境が貧弱なこと(いろいろ話を聞くに相応の事実だろう)については悲しむべきことだけど、西洋美術基本的に横のものを縦にしてればいい。もちろん立派な研究をなしとげれば敬意を表するが、俺達のブロックバスター展を研究発表の場として利用してくれるな。

 私はブロックバスター展やそれに準ずる規模の共催展を楽しんでいるのだ。それを学芸員風情の浅薄な考えや安っぽい使命感によってぶち壊さないで欲しい。日本に居ながらにして傑作や有名作を鑑賞することができる。これだけでブロックバスター展は素晴らしいものなんだ。ということを学芸員玄人気取りに理解してもらいたいのだが、なかなか難しいのかもしれない。

2018-09-09

そういえば

某SNSで。

新婚の知り合いが。

いつもはLOVE2で、可愛いお子の写真UPや

可愛く着飾ってお食事会やお出かけの話題が多い人だったのに

あるときご主人への家事でのトラブル些細な不満を書いてて。(ものすごく些末な事)

それを、彼女の奥さま仲間が一斉にご主人を攻撃してて。

そりゃご主人が悪い、あなたは正しいって。

私は半分くらいはノロケかなと思って読んでいたのに

奥さま方は、彼女の味方ヨ、と言いながら

なんとなく、だけど、仲睦まじい、幸せそうな2人の不仲を望んでいるような気がふっとしてしま

(今思えばしょうもない軽いノリだったのかも知れない)

彼女つぶやきを、半年ほど非表示にしてしまった事があった。

私は未婚だけど嫌なことはそれなり以上にある。

怒ったり、失望したり、そういう負の感情を抑え込んでいたし

今もそうしているだけに(嫌なことの前で足踏みをしていると毒にやられる気がする)

「良くない事での共感つぶやき」を「必要悪」だとか「ちょっとしたガス抜き」と判るのに

ときどきこういう高度なノロケがあるのね!」と元気な時はいなせるのに。出来ないときは。

しんどいなぁ、可愛いイメージの人なのに、こんなこと考えてるって結構きつい」

批判したくなってしまい、その自分に傷つく。

そんなときは、そこから離れる。

2018-09-02

PCデポ記事についてヨッピーさんにあれこれ聞いた話(前編)

ヨッピーさんから、入れると言った注釈が入っていないと指摘を受けたので、続きを書きました。

https://anond.hatelabo.jp/20180903013101


独り言にて(ツイッター:@hitorigoto4me)」です。

2016年PCデポ炎上話題には一家言あります

ちょっと縁があり、2016年PCデポ炎上の引き金になったヨッピーさんの記事への突っ込みを、筆者であるヨッピーさん本人にする機会がありました。

この文章はその記録です。

まず、ご協力頂いたヨッピーさんとケンヂさん、PCデポ広報のご担当の方に感謝の意を表したいと思います

ケンヂさんにはヨッピーさんからの問い合わせに対応して頂き、広報の方には個別案件のため回答できないという返答を頂きました。)

念の為書いておくのですが、私は本件について完全な第三者であり、この文章で行なっているのは本件についての批評であり、誰かを責めたり傷つけたりする意図はありません。

また誰かに何らかの行動を求めるものでもありません。

今回、私がヨッピーさんに求めたのは裏取りの協力だけ(断られましたが)で、記事修正等は求めていません。

元の記事はこれです。

PCデポ 高額解除料問題 大炎上の経緯とその背景

https://news.yahoo.co.jp/byline/yoppy/20160823-00061403/

多分みんな忘れていると思うので、この文章を読む前でも後でもいいですが、記事を読んでおくといいと思います

記事に倣って、この文章では登場人物肩書きがある人は肩書き、ない人は「さん」付けで書きます

ケンヂさんのお父さんは短く「お父さん」とします。

さて、非常に長い話なので、最初インデックスを付けておきます

誰に宛てた文章でもないのですが、多少は読みやすくしておこうと思います

1.概要ポイント
2.経緯
3.疑問
4.ケンヂさんのツイート
5.新展開と新情報
6.まとめ1
7.「書いていない事」について
8.まとめ2


あと、ヨッピーさんリスペクトで改めて言っておきます

死ぬほど長いです。

1.概要ポイント

簡単自己紹介しておきますが、私はただの匿名ツイッターユーザーです。

リアルとは切り離しているので、フォローフォロワーに知り合いはいません。

PCデポ炎上ウォッチしていたら少し深入りしてしまった感じです。

ちなみに、ウォッチを始めたのはヨッピーさんの数日前くらいです。

すごくざっくりまとめますと、私の持っている問いは「8/20認知症のお父さんを連れて行くという決定をしたのは誰だ」というものです。

8/20とは、ケンヂさんとお父さん、ヨッピーさんがPCデポ幕張インター店に契約書類を受け取りに行った時の事です。

あらましはヨッピーさんの記事を読んで頂くとして、PCデポ側が「連れて来い」と言ったのであれば色々おかしいんじゃないの、という話になりますし、ケンヂさんが連れて行く事を選択したのであれば、その事についてPCデポを責めるのはおかしいんじゃないのか、という事になります

で、その意思決定に関わる部分が記事ではカットされており、「PCデポ要望」とだけ書かれています

本当にそうなんでしょうか?

本当にPCデポ側の要請だったとして、なんでケンヂさんは断らなかったんでしょうか?

人によっては些末な事と思うでしょう。

しかし、これは公平さという視点において、重要な事です。

元々ヨッピーさんはケンヂさん側の人間として関わっているので、その時点で公平ではないわけですが、記事においては公平であってほしいものです。

いつものオモシロ記事ではなく、一企業を名指しで批判しようという記事なのですから

さて、ヨッピーさんとやり取りをした結果、私の得た結論は「よく分からない」です。

記事には書いてありませんが、実は8/20アポを取る時に揉めており、揉めている時の詳細なやり取りが分かりませんでした。

口論の末に「連れて来い」という話になったようなのですが、それでは何も分からないじゃないか、というのが素直な感想です。

そして揉めた理由100%ケンヂさん側にあるため、それを全部カットしてあるのはどうなのよ、と思うわけです。

また、ケンヂさんは自身本人確認を頑なに拒否しています

するとPCデポ側としてはお父さんに本人確認するしかないわけで、それってPCデポのせいなの?となるわけです。

加えて、ヨッピーさんは前日に揉めた事すら知らずに記事を書いたそうです。

経緯を知らずにPCデポ側を責める論調記事を書くというのはアンフェアですし、正確でもないですから不適切です。

社長との面談を直前で断られたこと、高齢者父親老人ホームから連れ出さなければいけなかったこと、最初身分証提示を求められたこと、T部長の態度などなどがケンヂさんを硬化させてしまった原因なのかなと思っております。」

このくだりは、よく言えば印象操作言葉を選ばなければ、デマですね。

事実関係を整理すると、PCデポはそのえげつないサポート契約について批判されるのは当然としても、ケンヂさんの件については同情的にもなってしまうのです。

2.経緯

あらましは記事で、と書いておいて何ですが、記事に書かれていない事を含めて8/20にお店に行くまでの経緯を整理しておきます

8/20は、本来ケンヂさんとPCデポ野島社長和解を目指して面談を行うはずの日でした。

8/17野島社長からケンヂさんに直接電話があり、ケンヂさんとケンヂさんの「協力者」に会うという約束をしていたためです。

この時野島社長はお父さん本人との面談希望したそうですが、認知症のため不可能だとケンヂさんが答え、その結果ケンヂさんとの面談がセットされた、という流れです。

しかし、前日の8/19にテレビ朝日の「羽鳥慎一モーニングショー」でこの話題が取り上げられ、これについて、PCデポのT部長ケンヂさんにクレームを入れました。

8/20面談まで、マスコミ対応や本件に関する情報発信はしないという約束だったためです。

ただ、これはT部長勇み足っぽく、番組ではケンヂさんのインタビューコメントなどはなかったと記憶しています

ケンヂさんもツイッターで「その時は取材を受けておりません」と発言しています

ともあれ、このタイミングで、ケンヂさんは社長との面談に「フリーライター」を連れて行くと伝えました。

T部長はこれに難色を示し、社長との面談がお流れとなりました。

同日(8/19)、その後改めてケンヂさんはT部長電話でやり取りをしました(ここは記事に書かれていません)。

この内容が、お父さんの契約に関する書類を渡してほしいというものでした。

揉めつつも翌8/20幕張インター店で受け渡しをする事になり、実際に行ったわけです。

そして8/20店頭で起こった事はヨッピーさんの記事の通りです。

T部長はお父さんの身分証を求め、持っていないという事で口頭確認をし、お父さんは答えられませんでした。

結局一度老人ホームに戻り、お父さんの身分証を取ってきて再開し、和解する事なく話は終わったのです。

3.疑問

さて、ここで発生する疑問は5つあります

・本当にお父さんを連れて行く必要はあったのか?
ケンヂさんはお父さんの代理になれたのでは?
・T部長本人確認をするのは当たり前では?
ケンヂさんはなぜお父さんの身分証を持って行かなかったのか?
・お父さんの身分証を求められた時、代わりにケンヂさんの身分証を見せれば話を進められたのでは?

基本的な話として、疑問を挟む余地なく、契約に関わる業務本人確認必要です。

そして大抵の場合本人確認には身分証を使います

少し厳密なところだと身分証が2点必要だとか、申告した所属先に確認電話が行くとかもありますね。

今回の場合、お父さんは本人確認のために連れて行かれています

しかし、お父さんが認知症を患っている事は双方分かっています

そのため、息子であるケンヂさんを代理に立てる事の合理性はお互い理解していたと思われます

ではなぜ、お父さんを連れて行く必要があったのでしょうか。

ヨッピーさんの記事では、「PCデポ要望」となっています

え、本当に?というのが私の率直な感想でした。

お父さんが認知症を患っている事は知っていたのですからPCデポ側は代理を認めるのが当然だと思ったからです。

認知症のお父さんでは本人確認に通常より手間がかかる事が予想され、連れてきてもらうのもケンヂさんに大きな負担になります

ケンヂさん一人の方がスムーズに事が運ぶのは想像に難くありません。

ではなぜ、PCデポ(T部長)はそれを求めたのでしょうか?

不思議な事に、記事内において、ケンヂさんは自分代理になる事を主張していません。

ケンヂさんにとって、自身代理として認められれば、お父さんを連れ出さなくてよいという代え難いメリットがあります

なぜ、お父さんを連れてこいという要求をすんなり受け入れてしまったのでしょうか?

なぜ、お父さんの身分証を求められた際、自分身分証で代わりにするよう求めなかったのでしょうか?

冷静に考えると、もっとシンプル物事は進められたはずなんですが、考えうる限り最悪の展開が現実となったように見受けられます

そりゃあ、背景と経緯が気になります

4.ケンヂさんのツイート

この謎のヒントが2016/9/16のケンヂさんのツイートにありました。

重要なので引用します。

身分証提示は当然という指摘に対して)

「私一人で来るなら身分証明書を、本人が来るならいらないとの話でした。で、本人を連れていったのです。」

(当日、車の免許証を持っていたのでは、という指摘に対して)

「もちろん私は免許証を持ってましたが、提示拒否いたしました。当時、ネット上でたくさんの誹謗中傷を受けており(デポ内部から情報漏洩と思われるものも含め)、自分個人情報を渡したくなかったのです。本人が来ればいらないとの事でしたので、連れて行った次第。」

この内容は、ケンヂさんは自分一人で行く選択肢があったのを認識していた事を示しています

「連れて行った次第」とあるので、示唆どころの話ではなく、ダイレクトに示しています

あれ、「PCデポ要望」ではなかったのでしょうか?

もっとも、このツイートにはケンヂさんが身分証提示したくないと考えた理由も示されており、理由自体は多くの人にとって一定の理解が得られるものではないかと思います

一方で、「お父さんを連れ出す事」と天秤にかけた際、自分の都合を優先した事に変わりはありません。

であれば、店頭に連れて行った事によってお父さんが受けた屈辱は、ケンヂさんは自らの判断の結果として受け入れるべきではないかと思いました。

そしてこのような背景があるのであれば、きちんと記事に反映するべきだったのではないかと考えました。

また記事には「契約者は父親であるため、関係書類を渡すにはケンヂさんの身分証ではなく、父親身分証必要とのことです」とありましたが、このツイートによれば、ケンヂさんの身分証提示拒否したのはPCデポ側ではなくケンヂさん自身です。

ケンヂさん本人がそう言っているのだから、これは記事が間違っているのではないか、と考えたのが今からおよそ23ヶ月前の事です。

当時はヨッピーさんに直接何か言うつもりはなく、ただアンフェアな中で物事が進んだのだなあ、という感想を持っただけでした。

5.新展開と新情報

そうこうしているうちに2年ほどが過ぎ、PCデポウォッチしている間に色々ありましたが、本題とは関係のない話ばかりなので割愛します。

2018/7/17ヨッピーさんが過去記事を振り返る記事を書いていました。

そこでPCデポ記事を取り上げていたので、私はその記事ツイッターシェアすると共に、前項の事をヨッピーさんは知っていたのだろうか、という内容をツイートしました。

7/24のことです。

そこにヨッピーさんが反応したのが今回のきっかけです。

最初ツイッターでのやり取りでしたが、途中からメールに切り替わっています

ちなみにその時のヨッピーさんのコメントに「だいぶ事実誤認がありますな」というものがあったのですが、何が事実誤認だったのかは、未だに示されていません。

投稿前に下書きをヨッピーさんに見せたところ、この部分について訂正がありましたので、文末に載せてあります

さて、ヨッピーさんとやり取りをする中で、色々と新情報が出てきました。

特に大きなものはこの2点です。

1.ヨッピーさんは先のケンヂさんのツイート(とその内容)について知らなかった
2.8/19に、ケンヂさんとT部長電話契約書類を取りに行くためのやり取りをしている

1については、あれ、ケンヂさんの一番近くで見ていたのに、なんで知らないの?

事情を知らないで記事を書いたの?

という感想を抱きました。

ただまあ、本人が知らなかったと言っている以上、それ以上のコメントはありません。

2についてがこの文章メインディッシュです。

結局、お父さんを連れて行くようになったのはなぜなのか、連れて行ってなお、身分証提示で揉めたのはなぜなのか。

一番シンプルな、ケンヂさんが一人で店頭に行って書類を受け取ってくるという展開が作れなかったのはなぜなのか。

その辺りの謎が全部ここに詰まっているわけです。

これについてはヨッピーさんも知らなかった、ないし覚えていなかった事で、ヨッピーさんがケンヂさんに改めてコンタクトを取り、コメントを貰って判明しました。

ヨッピーさんはPCデポにはコンタクトを取っていません。PCデポには私がリクエストし、当然断られました)。

ケンヂさんの主張は以下の通りです。

公平さのためにヨッピーさんの要約を引用します。

------------------------------------

1.PCデポケンヂさんに来店時にケンヂさんの身分証提示するよう求めた
2.「以前に解約した時は必要なかったのに今更なんだ」と口論になり、ケンヂさんが身分証提示拒否した
3.ケンヂさんが話の流れで「そもそも身分証を持参したら父親を連れて行く必要はないのか」と確認
4.PCデポ(T部長)が「どちらにせよ書類父親本人にしか渡せない」とケンヂさんに伝える
5.渋々ケンヂさんが父親本人同伴で店舗に行く事を了承

------------------------------------

※3については、メールではケンヂさんが自分身分証を見せれば書類を受け取れるのか、と確認したという話で、「父親を連れて行く必要はないのか」と確認したという話はありませんでした。

順番に整理しますと、まず、T部長は来店時に身分証提示するようケンヂさんに求めました。

これは本人確認のためなので、当然です。

ところが、ケンヂさんは前回、前々回に解約した時には必要なかったのに、なぜ今回必要なのかと怒り、口論になったのです。

これは要するに本人確認をせずに契約書類を渡せという事ですので、明らかに不当な要求です。

ここでT部長はお父さんを連れてくるようには言っておらず、本人確認のためにケンヂさんに身分証を持って来るよう求めている点も見逃せません。

「以前に解約した時は必要なかったのに」というのも重要事実で、過去の解約時、ケンヂさんは身分証提示していないという事が分かります

PCデポ本人確認をしないで解約に応じているんですね。

契約事務手続きをやった事のある人なら分かると思いますが、本来あり得ない事です。

さて、口論になった後、なぜかT部長ケンヂさんの身分証提示されても書類は渡せないと言い出しています

最初身分証を求めたのは、ケンヂさんに書類を渡すつもりだったからに他なりません(そうでなければ本人確認する必要がないため)。

いきなり主張が180度転換しています

なぜかは分かりません。

最終的に、ケンヂさんの「父親本人が居れば書類を引き渡すということですね。身分証もいらないんですね」という確認にT部長同意し、やり取りが終わっています(この台詞は上の要約にはありませんが、ヨッピーさんからメールにあったものです)。

ケンヂさんが以前のツイートと全く違う証言をしているのが分かります

ケンヂさんは「私一人で来るなら身分証明書を、本人が来るならいらないとの話でした。で、本人を連れていったのです。」と自分が連れて行く判断をしたとツイートしていました。

しかし、今回はT部長要求に渋々従ったのだ、という話になっています

後編(https://anond.hatelabo.jp/20180902034446)に続きます

2018-08-31

anond:20180831231733

目的の品物が、適正な値段で購入できればいいので、こだわらなくていいと思います

すっごく些末なことに思えるんですが。

2018-08-28

早稲田大学現代文コースセクシャルハラスメント報告書がひどい

 今年の6月頃、早稲田大学文学学術院で起きたセクシャルハラスメントが初めてメディアで取り上げられた。

https://president.jp/articles/-/25434

 被害者現代文コースという修士課程学生だった女性で、加害者は同コース教授であった渡部直己渡部被害者女性に「俺の女になれ」と迫ったり、じろじろ体を眺めたり、授業中高圧的な態度で接したり、指導をするという名目研究室に呼び出して密室で二人きりになるなど、深刻なセクハラ行為を行っていた。

 プレジデントオンライン掲載された上記記事きっかけに、SNSメディア等でこの事件は大きく広まることとなった。大学調査委員会を設置し、渡部早稲田大学退職した。一見収束に向かっているように見えるかもしれないが、渡部一人の退職でこの事件を終わらせてはいけない。加害者は、渡部一人ではないのだ。

 事件拡散されるきっかけとなったプレジデントオンライン記事にも明記されている通り、被害者女性に対し、渡部セクハラ行為を口外しないよう口止めし人物がいる。その人物渡部と同じコース所属する水谷八也教授である。また、被害者女性からセクハラ被害について相談を受けていた女性教員に口外しないよう圧力をかけた人物もいる。その人物市川真人准教授である。 

 今般早稲田大学被害者女性関係者からヒアリングした証言をもとに報告書作成した。しかしその内容は、被害者や当時の学生達の証言無視し、水谷市川教授側の証言一方的採用した杜撰ものだった。

プライバシー観点から報告書の実物をここに掲載することは出来ないが、以下、問題と思われる点を箇条書きで記す。

被害者や当時の学生などの証言を軽視し、教授側の発言を重視している

 渡部によるセクシャルハラスメントに悩んでいた被害者は、友人同席のもと、当時現代文コース主任を務めていた水谷と三人で面会を行った。また、精神的に落ち込んでいた被害者に代わり、友人は水谷と二人で二回目の面会も行った。

 被害者及び友人の申立書によると、水谷は「この件を口外しないでほしい」「口外すると現代文コースの存続に関わる問題に繋がるから」「被害者自身にも隙があり、渡部勘違いしてしまうのもうなずける」といった趣旨発言をしているにも関わらず、水谷本人が否定していることだけを根拠に、報告書では被害者及び友人の主張を認定していない。

 

教授発言採用する根拠不透明

 前項の通り、この報告書では一貫して教授側の発言に重きが置かれている。たとえ当時の在学生らの複数目撃証言が集まっていたとしても、教授本人が否定をすれば、報告書は在学生らの目撃証言認定しない。一体報告書は何を根拠教授側の発言重要視してるのだろうか。教授側の否認が在学生らの証言よりも信憑性の高いものであるという根拠は、どこにあるのか、

 また、報告書では「本委員会認識している資料からは、同発言(※教授側の問題発言)の存在認定することはできなかった」という言い回しも登場する。しかしこの「本委員会認識している資料等」とは何なのか。在学生らの証言よりも信じるに足る「資料なのだろうか。言わずもがな、本報告書において、その「資料」が明らかにされることはない。

報告書全体が冗長かつ分かりにくい文章構成されている 

 この報告書非情冗長で、一読しただけでは意味が取りづらい文章構成されている。その狙いは明らかに問題の核心や責任所在を誤魔化すことにある。先述した被害者水谷の面会時における水谷の笑い方など、取るに足らない些末な事柄を詳述しているにも関わらず、被害者や友人に口止めを迫る場面など、事態の核心は「認定できない」の一点張りである

 水谷セクシャルハラスメント被害実態認識していながら、「大したことじゃないか第三者機関には口外しないでほしい」と被害者沈黙させようとしたことは、被害者関係者などの証言が一致するところだが、報告書はその点を深追いすることはしない。ささいな問題をおおげさに取り上げたり、論点をすり変えたりして、読者を拒むような悪文で責任逃れをしている。

 早稲田大学作成した報告書は、明らかに公正さを欠いている。水谷市川を始めとする今回の事件隠蔽に関わった教授陣に不自然なほど有利な記述ばかりだからだ。

 また上記の他にも、合意なく女性学生の腰を抱いて体を密着させるなどのセクハラ行為を行っていた青山南に関する記述なども、本報告書には含まれている。青山セクハラ行為に対しても、在学生らによる複数目撃証言が集まっているにも関わらず、青山本人が行為否定しているというだけで、報告書青山セクハラ行為認定していない。

 これが調査と言えるだろうか? 

 

 どんな加害行為を行ったところで、教授が「やっていない」と主張すれば黒が白になる。そんなことがまかり通っていいはずがない。教授学生の間には、絶対的権力関係がある。その力の差を利用して学生が反抗できない状況に追い込んだ上で、このような加害行為に及ぶとはなんと卑劣なのか。

 そして、被害を受けた学生よりも加害者側の教授学校体制を守ろうとする早稲田大学対応にも大きな問題がある。セクハラ隠蔽に携わった全ての教員が自らの責任を認めるまで声を上げ続けたい。

2018-08-04

このクズが。

仕事をしていれば、そりゃ色々ある。楽しいこともあれば、気が滅入ることもある。

相手商売なので、面白い人と接することもあるが、ろくでもない奴の相手をすることも少なくない。

今日は、特にひどい客につかまってしまった。超A級。

時間は守らない、必要書類は持ってこない、自分で調べようとしない、こちらの説明も十分に理解できない。

それでいてどうでもよい些末なことには病的なレベルで細かく、こちらの回答を待つことには我慢できず、態度は横柄。

要は、いい年して、甘ったれのガキなのだ

こういうやつには、誰かが「それじゃ社会人として未熟だよ」と諭してあげるべきなのだろうが、それは私の役割ではない。

本当は、「このクズが。帰れ。」と言いたいところだけど、仕事から心を無にして、微笑を浮かべて、淡々対応する。

それでも、こちらにはストレスたまるわけで、不条理だな、と思う。

「こういう対応も含めての給料なんだ」と自分に言い聞かせるけれど、客は神様じゃない、とも思う。

会社にとって顧客が大切なのは当然だが、労働者だって会社にとって大切な存在だろう。

0.1%のクズ客によって社員ダメージを受けるのは受容できない、という風に考えても良さそうなものだが。

2018-07-31

酷評されてるオタにち!を公式で公開されてる部分だけ読んできた

https://comic-walker.com/contents/detail/KDCW_CW01200411010000_68/ こちらが閲覧した連載ページ。


連載開始ページ

文字が多く、一コマ目で会社員説明しているのにパーカー説得力がなく(在宅なのかも不明)二コマ目ではデカデカ文字が陣取り背景は謎の家?街並み?

PCを打っていた自画像が三コマ目でいきなり移動しようとしている?後ろを向いている?どちらにせよ意味不明すぎる行動。ここまで背景の描き込みがなく真っ白のためどこで何をどうしているのかがサッパリ

説明も「会社員仕事してさぎょいぷして美味しいもの食べてる私の日常をお送りします」的な小学生説明レベル解説力と漫画家として引き込む力のなさ。読んでるこちからすれば「は?」か「で?」という感想しか出てこない。だってそこまでのコマ会社員要素、オタ要素、食べ物、友人・イプ相手が一切出てきていないんだもん。作者の姿だけ。

オチ四コマ目はそれでは はじまりはじまり~の言葉とともに唐突に簡略化される作者像。なんでオチでいきなり力抜くの?三コマ目までとことんラクしておいて最後作画放棄してるのには「マンガかくのいやなのかな?」という感想しか湧いてこなかった。

次ページには登場人物紹介があるが

自分だけはしっかり描いてあるものの前ページと同じダルダルパーカー色違い)代わり映えしないのにびっくり。二コマ目には主要キャラであろう友人をあろうことか一括りにして挙句の果てには無個性ハゲ

コマ目には何も写っていないモニター。さぎょいぷ相手らしい。(しかフォロワーがイプ相手意味不明普通友人とやらないの?それともフォロワー呼びするぐらいその人を友人と感じていない?)四コマ目には愛猫がちょこっと出てくると書いてある。

ここまで見てまともに描いてあるのは作者の自画像だけで作者以外のマンガを盛り立てる魅力的な登場人物は誰もいないことに気付いてしまう。どんなオタクエッセイでも「自分」と「周囲」で沸かせていくはずなのにこの漫画では作者のみでこの世界を作っていくつもりなのか?と思ったら後々わかるけど本当にそうだった。

1話

ハゲトレーナースカート一見お嬢様とわからないお嬢様が登場する。

猫用ウォーターボウルとフィンガーボウルの見分けが付かない、クイックルワイパーを知らない、19時以降の外出には付き人がつくという本当に漫画しか見かけないレベルガチお嬢様らしい。

そんなお嬢様を信じられないことに一コマ目で作者は「オタ友」と呼んでいる。なんのオタクだよ。ガチファビュラスセレブオタク趣味も嗜む叶姉妹ももっと常識あるしどんなジャンルが好きかわかるぞ。

どう考えてもこんな世間知らずのお花畑がオタとは考え難く、学生時代にやったアイタタエピソードで許せるような話。

お嬢様の歳がいくつかは知らないけど普段生活で19時以降付き人必要なぐらい大事にされているのに19時以降まで一般会社員の作者宅に居てお嬢様の家庭から連絡もなく付き人の迎えも待機もなく駅まで送って解決というガチお嬢様とはなんなのか考えさせられるマンガ。このお嬢様ってオタでメンヘラ虚言癖のなんちゃってお姫様☆彡じゃないの?作者騙されてない?

お嬢様には首を傾げる点も多いがクイックルワイパー試したいって言った人にシート付けるの教えずにやらせて「いやシートつけなきゃそりゃ取れないよ」っていう作者もどうかと思った。付けて渡さないのは意地が悪いと思うし相手の行動見てなかったの?試したいってことは未経験なのは予想つくし床に傷がつくから早めに教えるかやる姿見て地面にシートなしの棒付ける前に止めるもんだと思うけど。

2話

唐突に出てくるピンクだか紫の髪の色の人。男か女かわからんマジで誰。なんでいきなり漫画に出てきて当たり前のように一緒に生活してんの?つかこいつ友人?私は2話と思って見てたけど実は20話?と思ってタイトル見ても2話。嘘やん

そして明るい髪色の作者と同じ顔した人。コイツも誰?作者と思おうにも前ページではブラウンきのこっぽいボブ頭だし唐突に髪が伸びて髪色変えてイメチェンしたの?やっぱこれ20???という事にしか頭が行かない。

内容で笑おうにも白ハゲ友人という前提ぶっ壊されていきなり顔アリ出されて頭が追いつかない。冷静に読んでもいい歳した大人ゴミに出した袋わざわざもって帰ってきてシール剥がすのみみっちくね?という感想しかわかない。つか前話でガチお嬢様出してこの落差。髪もなく顔もない手も指も服装適当な「オタ友達」のはずのお嬢様名前説明もないのに髪も顔もあり服装ちゃんと考えられてる誰だかわからん人。なんだこれ。友人格付け差別?オタ友なら曲がりにも友人と公言してるわけだし公開したあたりで付き合いとして読んじゃうよね?あとで喧嘩にならない?


32話

途中の3~31読んでないのでここからは友人像があるかどうかは置いておく。(再登場の可能性もあるので)

コマ目。可愛い女の子と作者が隣り合わせで金言の話してる。そこで何しながら話してるかは不明場所不明。そしてまだ着てる長袖パーカー季節感#とは それにしてもどこだかわからん場所唐突に話始まるなこれ。

コマ目。えっ、缶の上塞ぐように持って飲み物飲むの?独特すぎない?口どこについててどこから飲んでるの。そして作者の謎飲みの絵と大量のセリフに押し出されて消える友人(推定)。オチまでもうセリフ以外出番がない。四コマ目でタイトル回収してたけどそれまでの話必要か?って感じだった。文字ばっかで一コマ目以外見所ないし。

33

女医に昔言われた女性は痛みに鈍感は本当だったと思い出す(真っ白な空間で片足空気椅子しながら)。これだけ。

あぁ、これがAmazonレビューで見た「右足と左足を交互に前に出したら歩けた。レベルの「あるある話」」ってやつかとレビュアーさんの的確さに脱帽。皿洗ってたら割って片付け終わって後ろみたら血が点々と落ちてた。女医の話回想、治療ってのを四コマ無理に割って五コマでやってるけど一コマ丸々使ってる白ハゲ女医説明シーンを四コマ目の片足空気椅子の真っ白な部分に入れれば省けば四コマでいけたじゃんこれ。それとも四コマ目の背景のレイヤー消したまま提出して作者も編集も気付かず掲載したの?というかチェックしてんの?やばすぎない?

34話

運がいいのか悪いのか今日更新された話。

モニターに語りかけてる。おそらくこれが登場人物にあるさぎょいぷ相手フォロワーさんってやつだろう。フォロワーさんっていうさん付けで呼ぶぐらい友人とはいいがたい他人位置づけにいるはずなのにやけに砕けてる口調。いぷ相手も気兼ねない親友か親兄弟レベルの口の利き方。普通Twitterフォロワー関係程度でイプして「何がだよ、わからねぇ」とか口汚い話し方するか?そういう些末なことにしか頭行かないぐらい内容がなかった。あるあるとは言い難いし、

急性胃腸炎がすごく痛かったので深夜に救急車呼びました。たらい回しにされたものの手術してその日に歩いて帰りました。『マジかよ』

これだけ。

正直面白味のあるオチじゃないしTwitterリプライでやれっていう内容だし見たこっちは「あぁ・・・うん・・・お大事に?」という感想以下の感想しかかばない。というかさぎょいぷっていうんならモニターに語りかけてないで手を動かせよ(いぷ相手風)


こんな感じで一事が万事説明不足・書き込み不足で読者の共感理解が得られずフィクションの色がかなり強くなりコミックエッセイとしてはとても読めたものではないし、若干盛ったオタ日記漫画としても大前提である「作者がどの種類(腐女子アニメ好き女子乙女など)でどの程度のめり込んでいるオタク」なのかが全く不明瞭。

万が一そういった類の女性オタクでなく「PCオタク鉄道オタク」的な意味合いで使っているとしても自分で「オタクです」としか説明していないし、どういうオタクの人でも持っているそのジャンルへの熱狂さは見えない。全体的にこれが好き、これに熱中してるみたいなものがない。

そして登場人物の所でも書いたけど作者だけで世界が完結してるせいでその他が全部嘘にしか見えない。どこで会話しているか、誰と会話しているか、会話している相手はどんな人か(性格がわからいからどういう魅力があるかもわからない)、ぜーーーーんぶわからないし作者主観で完結させる話ばかりで友人もズレた方向で特殊な人や作者に語りかけるだけの役割ばかりでこんな友人いるよね、アラサーってこんな感じ・あるあるだよねみたいな共感もできないからイマジナリーフレンドとイマジナリー同人生活してるとしか思えない。

あと白ハゲってTwitterではだいたい自分代理だったり自分語り用のその他大勢として扱う印象だしこの作者的にはオタ友ってそんな風にどうでもいい人と思ってるんだなって感じるからやめた方がいいと思う。イプ相手もまた然り。副題の~オタクアラサー女子のどうでもいい日常~のどうでもいいって自分相手日常漫画書くのもどうでもいい気持ちで書いてるってことに思えてくる。

全体的に見てキラキラしてるオタクバズる事に憧れる普通の子Twitterでよく見る用語やよく聞くあるある意味とかやり方を調べず並べて頭がよくてサバサバしてるけど緩い自分主人公のオタ生活マンガ学芸会頒布したのかなってのがこの作品に抱いた私の感想

作者はそのままのいろんな話題を持ってるすごい自分を見てもらいたいっていう気分なんだろうけど、ふわっとしてて掘り下げることも説明もできない病院食より味の薄い設定、年中パーカーズボンボブヘアー無気力顔という手抜き自画像服装などで季節感とか出して目新しい変化をつけて読者を飽きさせないという工夫もなく、自分の友人やフォロワーネタにするのに白ハゲ手抜きで使い捨てる、背景や構図が思いつかないか文字や素材で無理やり埋める、気が向いた時だけなんの説明もなくきちっと描いた謎のキャラを出せばいいだなんて誰が見ても作者は手を抜くことが第一努力嫌い、適当で怠慢であることが伺い知れる。


絵が上手い下手以前の話でこれを商業で売るのはとんでもない暴挙だと思う。そりゃAmazonで☆1が100%でどこからでも酷評されるわ。

2018-07-08

から本を読んでいて

自分の中で些末な情報と本筋の区別が余りないことに気づいた。

読み終わった後大事な筋が頭にどうも残っていないのではないかと疑問に感じた。

本を読むとき情報を入れるとき)にどんなレベル情報もそのまま受け取ってしまっている。

まり重み付け(優先度)が付いていないから数日も経てば、読んだ内容が霧の様に失せてしまう。

自分の中で曖昧知識曖昧なままにしているのではないか。噛み砕いて理解し、その構造を把握するまで至っていないのではないか

だとすると今まで無駄時間を過ごしてきたことになる。いやさ曖昧知識何となく脳に眠っているだろうが効率の悪い情報収拾をしていたのだなとおもう。

そのこと自体自分能力の不足だから仕方ないことだが、これから情報入力の際気をつけなければならないと思った。

せめて要約ぐらいは意識して行ったほうがいいのだろう。これが自然にできる人と出来ない人では同じ読書体験でも大きな差が出るだろうな。

活字全ての構造が明快でわかりやすければそんなことはないだろうが、読みづらい文章は幾らでもある。

そう言う文を駄文として一切近づかない姿勢もあるのだろうが、私はそうはとても思えない。

2018-06-28

https://anond.hatelabo.jp/20180628103430

俺が思ってたことをばしっと書いてて痛快。

タイトルの「クソサヨ」に絡んでる奴らは些末なことに引っかかり過ぎだわ。論点はそこじゃねぇだろ。

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん