「待遇改善」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 待遇改善とは

2017-06-24

https://anond.hatelabo.jp/20170624200420

こういう分かった風な口聞くはてサ多いけど、就職率や正社員採用率が改善していて、ブラック企業対策教師待遇改善教育無償化にも動き出していて、女性社会参画をごり推ししてる現実とかをガン無視するのはどうしてなの

2017-06-20

保育士疲れた、辞めたい。

保育士四年目。

年収300万円以下、貯金なし。


一番大きいところのはずなのに、今年度からの国の政策のはずの処遇待遇改善手当2%が出ていない。

保育士何人雇ってたっけ?

そのお金は一体どこに消えたの?

なんで国はちゃんと給与として反映されてるか確認してくれないの?

結局、上の人が儲かるだけで、私たちには一円還元されてない。



子どものためなら、クソみたいな給料でも、自分の身を削ってボロボロになるまで働かなきゃいけないんですか。

私たちあなたたちの駒なんですか。


明日も早番だから寝なくちゃ。

もう死にたい

2017-06-16

https://anond.hatelabo.jp/20170616212535

加計学園>「獣医特区」は妥当? 農水省需要減指摘

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170604-00000066-mai-soci

畜産業底上げに繋がるとは思えないんだよ

不足人員 感染症水際対策 種種の畜産事業者待遇改善 

どれをとっても学校開設では後手じゃん

これって公共的な判断とは言えないんじゃないか

つー引っ掛かりが取れない

2017-06-05

既婚、子持ちだけどさ

結婚してあえて子供作らなくて、共働き年収で裕福な生活している夫婦は正直羨ましいよ。DINKsだっけ?

子供が居ると経済もそうだけど、精神負担は重くのしかかるし、時間も取られて自由はだいぶ減るからね。そりゃ、結婚しないかしてても子供作らない夫婦見てたらイラついたって良いじゃない

ぶっちゃけ子供やすとかより、子供を育てても未婚やDINKsと同等の生活レベル保てれれば「結婚しろ」「子供産め」とかの会話出ないよ。今の子供出来たらどう頑張っても生活レベルガタ落ち、職場復帰も難しいじゃ聖人君子じゃない限り腐るよ。

保育所やす保育士給料待遇改善費用は未婚者やDINKsから徴収して、結果子育て世代生活レベルを引き上げる。みたいじゃないと一生続く議論だよ

2017-05-26

社会調査社会破壊してはいけないなら職業威信スコアはどうなのか

地方私立大学とき研究しか同人小説程度でこの大騒ぎ。

お偉いさんを多数迎え、社会調査により大勢職業人生破壊し続ける巨悪・職業威信調査と比べたら屁のようなものだ。

前回のSSM調査では権力者を集めすぎて失敗ぎみになったからよかったものの、次回の調査ではどうなってしまうのか。

道路工事員の待遇改善は止まり、清掃員の地位向上の働きかけはなくなってしまうことだろう。

そして、調査する側は今回のように言うのだ。「状況を明らかにしただけだ。手続き上は何の問題もない。」と。

この職業コミュニティ破壊をとめるためには一刻も早く自称社会学者なる社会破壊活動者の活動をとめる必要がある。

同人小説の件を契機にして、研究調査と称しコミュニティ破壊を続ける”ならず者”を団結により粉砕しよう。

2017-05-25

獣医師だけど加計学園問題に関して思うこと

小動物臨床獣医師

加計学園のことは獣医師会の会報を読んで知ってはいたが、こんなに大きく取り上げられて驚いている。

総理が絡んでいなければ、殆どの人は興味が無かった事のように思う。

実際、加計学園に決まった時騒いでいたのは獣医師だけだった。

加計問題について、個人的感想を書いてみようと思う。

1獣医学部を新設するお金があるなら、既存国立獣医学科の充実に使って欲しい

現状、国立の1つ1つの獣医学科は小規模で、単独では最低限必要な講座がない所が多い。例えば私の出身大学では寄生虫学講座が無かった。医学部では考えられないと思う。統合案が出た事もあったが地域の反対等もあり実現しなかった。現在では不足する教官を補うため、共同学科を設置している。単純に考えればそれぞれの大学教官を増やせば良いだけのように思うが、要するに予算がないためこんな事になっている。そんな中で、新設がトントン拍子に認められるのはおかしい。今回の件は予算云々ではなく許認可の問題だという人があるが、大学ができれば毎年補助金が流れることになる。

2そんなに獣医師増やしてどうするの

加計学園獣医学部の定員は160人とのことだが、これはかなりの数である現在獣医師国家試験合格者数は概ね1000人であるから、かなりのボリュームである。さて、この160人はどんな仕事に就く事になるか?既存獣医学科の卒業生のうち、約半数が小動物、2割が官公庁、1割が製薬、1割が大動物、その他1割という内訳である現在の状況のままだと、充足していると言われる小動物獣医師がどんどん増えることになる。不足しているとされる大動物官公庁は充足されるのかもしれないが、そのために全体の分母を増やすのはおかしい。そもそも、毎年160人(全員合格するわけではないのでもう少し少ないと思うが)ずつ増える獣医師仕事が本当にあるのだろうか。

それと、全体の数については農水が予測を出しているが、獣医師の需給はほぼ均衡するとの結果だったはずで、これを踏まえれば獣医学部を設置すべき!との判断おかしい。四国では足りないとのデータがこの文書に出てくるが、それをもって新規設立すべし!というのは短絡的にすぎると思う。偏在が問題であって総数が問題なのではないのだから

http://www.maff.go.jp/j/study/other/jui_jukyu/pdf/report.pdf

3獣医師待遇改善が先では

市や県に勤める獣医師は不足している。これは、全体の数が足りないからというより、待遇問題が大きいと思う。例えば俸給表を見ればわかるが、獣医師給料医師歯科医師よりだいぶ安い(半分いかない)。同じ水準にするべきとは思わないが、もう少し上がってもいいのではとも思う。

https://seo.lin.gr.jp/nichiju/suf/topics/2010/20100830_02.pdf

4今治必然性がない

そもそも今治市土地って、住宅用に造成したけど使えなくて、大学誘致しようとして色々断られて、加計学園獣医学部だったらいいよって言ったのが始まり土地活用地域おこし獣医利用するのやめて欲しい。

(四国はそれほど〜は削除しました。ただ、乳牛、肉牛、養豚鶏卵ブロイラー生産、どれをみても極めて盛んとは思えられず、飼育頭数は減っている。。)

5動物の数は減っている

少し調べればわかるが、畜産で大きなボリュームを占める乳牛、肉牛の数は減っている。豚や鳥は横ばいのようである。犬は何年か前に減少に転じた。猫は横ばい。

動物が減ってるのに獣医師を増やしてどうするのか、賛成派の人に教えて欲しい。新しいライフサイエンス需要とは何か、どこが年間何人雇用を増やすのか。

色々書いたが、もし新しい獣医学部が出来ても獣医師数の供給過多にならない可能性もある。獣医師国家試験合格者を農水が絞るかもしれないかである

頂いたコメントの中に、四国の肉牛生産が全国平均を大幅に上回るとの内容があったが、どこの調査を見ているのかわからない。、

2017-05-22

[]国家戦略特区制度を作ったのは第二次安倍政権です

国会ウォッチャーです。

 どうもブコメを眺めていると、国家戦略特区制度民主党時代にも存在して、加計学園獣医学部を推進に切り替えたのは民主党政権時代だ、という認識の人がたくさんいるようです。最初、なぜ制度見直し民主党政権時代にやらなかったのかとか言ってるときは、わかってない人もいるんだな、という認識でしたが、どうもたくさんいるらしい。

ベガーギワクガーと言ってるはてサは、第一安倍政権特区許可しなかった理由を思いついたら教えてくれ。ついでに玉木雄一郎獣医師から献金も調べてくれると助かる。

民主党政権下主導の元導入された政策に対し自称ウォッチャーがどうコメントするかワクテカしてみてる

ちょっと検索しても、「そもそも今治教育特区にしたのは民主党」とか、「民主党政権時代方針転換した」というような論説がたくさん見つかりました。どうやらその辺のブログでそう思い込んだ方々がたくさんおられるようです。前者は完全な事実誤認で、今治しまなみ教育関連で構造改革特区になったのは、平成18年度で、対象事業小学校設置に係る校舎土地自己所有規制の緩和なので、まったく獣医学部関係ありません、これは余談。民主党政権時代方針転換というのは、構造改革特区提案に対する回答が、CからFになったということでいいのかと思うのですが、これはCは対応不可、Fが提案の実現に向けて提案内容を満たす措置検討を行う、ということになっています。これについては後述。

国家戦略特別区域法の成立は平成25年12月

都合の悪いことは民主党時代に決まったことにしたい人たちは簡単に時空を捻じ曲げるのですが、国家戦略特別区域法の成立は民主党政権時ではなく、第二次安倍政権平成25年12月です。ですので、問題がある制度ならなんで民主党政権時代廃止しなかったんだという主張も、第一安倍政権にやらなかったのはなぜ、というのも当然もう時空が捻じ曲がってるので、ご確認どうぞ。それまでの加計学園提案はすべて構造改革特区です。国家戦略特区意思決定は、これまでの構造改革特区と違い、形式上総理の専決になっています。以下は平成25年10月法案提出時の予算委員会質疑です。

塩崎恭久

 「総理が、私が直接担当する場所、これが実は上側の、特区諮問会議、こう書いてあります総理を長とすると書いてあります。ここで物事を決める。そのときに、関係大臣を入れる入れない、きょうも朝の新聞ちょっと一部出ていましたが、話がありますが、ここにあるように、もともと、関係大臣必要ときに来てくれ、こういうことでやっていたんですね。

 さらに、実はもっと大事なのは、三者統合本部とここに書いてあります。今は統合推進本部という名前法律をつくられているようでありますけれども、この問題については、私ども自民党の中で議論したときには大議論になりました。

 みんなが大変な批判をしたのは何かというと、この三者統合本部で、特区担当大臣地方代表、そして民間規制改革を唱えている代表、この三者で物事を決めていくということになっていたにもかかわらず、ここに、総理は入れるわ、関係大臣、つまり抵抗大臣になるかわからない人を入れるという案だったんですね、最初。それで、我々の自民党の中での議論で、それはとんでもないということになったわけであります

 そこのところで私ども今非常に心配しているのは、そうはいいながら、この統合推進本部、下の方で、三者でやるところですが、そこにやはり担当大臣をお呼びになるのではないのかというふうに我々まだ懸念をしているわけでございまして、ぜひここは、関係大臣の話を聞くのは総理のおられる諮問会議で十分なわけですから、この下の統合本部は、まあせいぜい事務方に来てもらって、いろいろな議論をする、詰まった議論をする。その上で、ここはここで決めて、それを特区諮問会議に上げて、そこで必要ときには総理が御判断されて、担当大臣を呼んで、関係大臣を交えて物事を決めるという形が私はあるべき姿ではないのかなということで、こういう意見自民党の中でも多いわけであります

 この点について、総理見解をお聞きしたい。これは、つまり、みずからドリルとなって、自分の場でやろうということで今つくりつつある国家戦略特区での法案でありますので、総理のかたい決意を聞かせていただければというふうに思います。」

安倍晋三

国家戦略特区ごとに設ける統合推進本部は、国家戦略特区担当大臣そして関係地方公共団体の長及び民間事業者の三者により組織する方向で検討しております

 御懸念関係大臣についてでありますが、ちなみに、安倍内閣には抵抗大臣というもの存在をしないということは申し上げておきたいと思いますが、この関係大臣については、三者の協議により、具体的な事業の推進等のため、必要場合には協議への参加を認めます。当然これは、見識、専門的な知識を有する所掌する大臣が入って、その所掌する立場から意見開陳することは必要だろうと思います。そうした議論をするのは、これは妨げないわけであります。むしろそれは必要なんだろうと思いますが、意見を述べる機会を与えることとしますが、大切なのは意思決定でありまして、この意思決定には加えない方向で検討をしております

 いずれにせよ、規制改革突破口として機能が十分発揮されるように制度設計を行ってまいります。」

これが国家戦略特区の特徴。要は、ごちゃごちゃ反対する省庁の代弁者になるような大臣意思決定プロセスから外す、とこう宣言されている通り、国家戦略特区総理意思で進むものですので、当然、最終的な説明責任総理にあるわけです。これに対して、構造改革特区意思決定プロセスはどうなっているかをみます

構造改革特区意思決定プロセス

 私個人としては構造改革特区が特段優れた制度だと思っているわけではないのですが、いちおう構造改革特区制度概要を考えますと、これは小泉政権時代に導入されたもので、ヒントは中国経済特区ということですが、沿革はまぁどうでもいいでしょう。

 構造改革特区では、まず地方自治体が、民間実施主体などと連携するなりして、構造改革特区計画策定し、それを内閣総理大臣認定する、というプロセスですが、構造改革特別区域法の第4条において、関係省庁の長の同意必要とされています。つまり総理1人の意志では決められず、関係省庁の長、つまり大臣同意しなくてはなりません。また同意しない場合には、その理由を回答することになっています加計学園提案が当初Cだったことに対する文科省意見は以下のようなものです。獣医師要請は、国全体での需給をもって考えるべきであること、さらに、地域偏在に対して、獣医学部の有無があまり関係していないこと(獣医学部があれば産業獣医師不足になっていないかというとそうではない)、四国獣医師への意識調査で、四国教育を受けても四国に定着しないと思う、という意見が最多であること、他の県では、産業獣医師公務員獣医師待遇改善などで、受験者の増加や早期退職の減少がみられたことなから、現状で行える対策をまずとってみては、という指摘です。この最後のところが基本線だと思うんですが、なぜ産業獣医師の不足に対して、待遇改善という話にならないのかはなはだ不思議です。駒崎さんが保育氏の待遇改善を求めているのは承知しているのでだまってましたが、保育士だっていっしょで有資格者の多くが働いてないみたいな現状があるときに、はたして試験回数を増やす、という対策がどの程度有効なんだい?とは思わざるを得ないのですが。話がそれました。

 それから文科省の回答が民主党政権時代平成22年にCからFに変わりました。この理由は、一義的には口蹄疫流行があったからです。口蹄疫流行を受けて、平成22年6月18日に「新成長戦略」が閣議決定されていますが、その中で、感染症対策に取り組むライフサイエンス分野の充実がうたわれているため、「提案内容を満たす措置検討」する、ということになっているのです。これが菅官房長官が前政権閣議決定された、といったことです。このFになったあと、今治市から、「獣医師の育成という文言は新成長戦略には出てこないけど、具体的にはどういう内容なのか」と再度聞いているように、別に獣医学部の新設が閣議決定されたわけではありません。

玉木雄一郎議員高井崇志議員らは意思決定権があるの?

なぜ野党議員利害関係者とされているのかがわかりませんが、彼らが獣医師会らの献金要請によって獣医学部の新設に反対したり、あるいは地元から要請によって、新設に賛成したり、それは当然いろいろあるでしょう。利害関係者の代弁者という側面は国会議員にはあります利益相反の申請必要とされる事例でも明らかなように、利害関係者は一切関わるな、ということではなく、利害関係にある人だということを明らかにしておくことで、説明を求めることになるというものです。福島のぶゆき議員が言っていましたが、逆差別があったとすれば、それも当然問題です。ですから意思決定過程がわかる資料を早急に法令にのっとって公開していただければと、考えているところです。

 ちなみに玉木議員日本獣医師政治連盟から100万円の寄付を受けていた、ということですが、それで玉木議員は、獣医学部の新設に対して、影響力を行使できる立場だったのでしょうか。また高井議員も同様ですが、彼は獣医学部の新設の推進ができる立場だったのでしょうか。とうぜん、野党の一議員に過ぎない彼らもまったくの無力ではないでしょうが日本獣医師政治連盟から50万円の献金を受けている獣医師問題議員連盟鬼木誠議員、30万円の献金を受けている下村博文当時の文部科学大臣、100万円の献金を受けている林芳正当時の農林水産大臣、50万円+18万円の派閥パーティ券セミナー参加料を買ってもらってる麻生太郎財務大臣らと比べてどれだけの影響力があったのでしょうね、という不毛な話になるので、およしになったほうがよろしいかと。要は誰がどのように、空白地域縛りや平成30年4月開校縛りをいれてきたのか、という経過がわかる資料を、ちゃんと提出していただければ、野党は即座にだまりますよ。

 追記

 小池晃議員の質疑よかったですね。文科省意見対応した、原案の段階では、やはり「空白地に限る」文言はなかったんですね。真偽不明のものには答えない、としか言えない状態でしたが、誰がこの文言を入れることを決めたのか、大事問題で、違法性の話じゃないらしいので、どうぞ正々堂々と是非是非本物の方を提出していただければ、疑いが晴れるのではないでしょうか。だいたい今日読売で前次官とされる告発者も腹が決まってるだろうし、名前を出して公開してくるんじゃないですかね。

2017-05-08

保育士に見合った給料

私の母が今年、保育士定年退職した

日ごろから保育士待遇改善話題になっていたのでGW中に帰省した時に母と話していたら

民間保育園認定こども園などで保育士に支払われる給料は安すぎる」

と教えてくれた。

在職中は不満をこぼさなかっただけに意外だった、その流れで「保育士に見合った給料はいくらなの?」と聞いてみた。

「月給50万以上が妥当子供の命を預かる仕事なのに今の保育士給料は安すぎる」

と言った・・・・これが元とは言え保育士本音である

現実的な話として保育士給料を月給50万以上に最低ラインを設定したら、保育料が倍近くに跳ね上がり保育士は喜んでも子供を預ける親と民間企業が黙っていないだろう。

家なき子名言で「同情するなら金をくれ」と言う言葉があるが、今の給料に見合わない労働を強いられている労働者の事を考えると重い言葉である

2017-04-15

私は公共交通社会の現状に苦しむ人の救世主である

 交通社会に囚われのみなさん。

 私は、現在ネット上で文筆・出版作家活動している、高山直人という者です。

 私の仕事仲間の書籍が飛ぶように売れるのを横目で見ながら、昨日はひたすら2ちゃんねるに専念していました。

 それでは、本題に入りたいと思います

 交通社会に囚われの身となっているみなさんが公共交通の現状に怒りを感じているのはよく知っています

 本当の意味での交通弱者は仕方ありませんが、そうでない方々の大人まで巻き込ませるというのは理屈に合いません。この国の公共交通おかしなことばかりです。

 実は私も、2014年まで鉄道定期を持っていた人間です。ここ日本大都市圏鉄道は、民営企業ばかりだと聞いています。私はJR私鉄で、この国の公共交通のろくでもなさを、みなさんに比べるとわずか6年でしたが、身をもって体験しました。

 満員の車内の中や駅や居酒屋でいろんな方々の話を聞いた上で、私は、公共交通に対するの不信率は、40パーセントくらいはあるなと感じています。つまりみなさんの中にも、5人に2人くらいは、公共交通についてよく思っていない方もいると思います。この国の公共交通制度は本当にろくでもない。

 もちろん、自動車オートバイ…、中には自転車すら嫌いな日本人の方々の方が多いでしょう。

 しかし、そういう方々に対しても、現在社会処遇のあり方はやはりろくでもない。

 何も知らないマスコミバカ連中や、何の苦労もなく支配層の道を歩んできた連中どもは、日本人車社会侮辱しすぎているなどとデタラメを垂れ流していますしかし私は、自らの身をもって車社会をだしにしたいじめ体験し、その実態を知っています

 日本公共交通特に鉄道は、たしかに諸外国と比べて、死亡事故などの問題は少ない。もちろん多少はある。

 日本公共交通の独特のつらさは、別のところにあります

 それは、日本的商業精神時代錯誤で、縄張り競争にやたらうるさく、拝金主義的な日本独特の商業精神に、一般国民24時間、365日、えんえんと付き合わされるというつらさです。

 近所の町に出かけるのに、1000円かかることもざらです。

 外国公共交通などが公によって保護されていたり、道路交通の整備で、大都市でも、オートバイなら通勤できるというのに、なんという非効率でしょうか。

 似たような問題は、他にもたくさんあるはずです。それはみなさんの方がよくご存知でしょう。

 私はわずか8年ですみましたが、こんなろくでもない社会に、10年も20年も、30年も40年も付き合わされるみなさんは、本当に大変だと思います

 私は今、ネット上で多数の電子書籍を発表していますが、成功するかしないか二の次でやっています

 それよりも、私はこのように、言いたいことを自由に言うために発表した次第です。最近は、紙媒体での出版でこんなふうに社会問題を提起したりすると、すぐにクレーマーがやってきて、過激だなんだと屁理屈をこねて、表現修正をさせられたり、下手すると絶版させられてしまますしかし、電子媒体ならこんなふうにやりたい放題、言いたい放題です。私はこれをやるために電子書籍をやっているんだ。

 こら公共交通ども。日本人民度が低いのにつけこんで、てめえらの遊牧民根性を温存させるんじゃない。運動の暁には立場逆転させてやるからな。

 てめえら公共交通は、公に全部くれてやる。とくに都市私鉄は全て公営化だ。私が万が一都会の長になったときは、今のと違って、公共性配慮するが、その際に見て見ぬふりをした鉄道ファンどもに対して、非難活動をやる。てめえらがどんなにろくでもないことしてきたか、わが身でもって体験させてやるからな。

 それがいやなら、今日からでも彼らの待遇改善公共交通に奔走しろ。少しは利用者の身になって生きろこの野郎

 最後に、公共交通社会に囚われている都会人のみなさん。テロ通り魔迷惑行為といったいじめだけはやめてください。私は2008年まで社会人ですらなかったので詳しくは知りませんが、とくに列車内での性犯罪は今でもすさまじいと聞いています。みなさん。敵は運営側です。利用者同士はお互いにいたわり合って、助け合って過ごしてください。

 それから公共交通ども。公共交通にはそういう深刻な問題もあるんだよ。てめえらも気づいてるだろうが。

気づいてて放置してんのは大問題だぞ。ことなかれの根性を少しは改めろこの野郎

 今のままのろくでもない現実を続けるなら、ほんとに造反運動起こして都会の道路自転車バイク自動車バスの海にするぞ。

 以上、元満員電車ユーザー左翼ジャーナリスト高山直人の第一声でした。

 都会人のみなさん、一日も早い出世を祈っています。体に気をつけて、がんばってください。

 公共交通どもは、深く反省するように。

2017-03-29

anond:20170329102617

安倍圧政ってなんだろう

シールズみたいに権力がーー!!と騒いでるバカ集団いたけど

別に圧政敷いてないよね

今回の予算案見た?

給付型奨学金保育士待遇改善費用も盛り込まれて、

安倍さんっていちいちシールズの声拾い上げては動いてるのwww

ヘイトスピーチ法案だって安倍さんがやったんだけどさ

相変わらず「安倍圧政」って騒ぐよねぇ

変な人達だなって観察しながら思ってる

2017-03-10

くだんのリベラル私的メモ

この問題はいろいろな意見があって面白かった。メモ的整理

大別

1直接の批判リベラル視点からの)

2この批判に対する批判

トランプ否定的にとらえた上でのトランプ支持者と断し、今後の日本を憂う

コメ主を救うべき対象としてみようという考え方

(前提として脱線トランプは本当にそういった人々からしか支持されていなのか。トランプの良い面は全く見ないようにしているかのように見える。)

htnmiki 良い悪いとは別に、この問いを無視することはトランプ誕生に繋がるよね。衣食足りて礼節を知る、貧すれば鈍する理屈じゃない

→このコメント問題を正しく捉えようと言っている。

同時にこのコメ主が貧して鈍じたとも言っているようにもとれる。

解決策を提示はしておらず、トランプ当選ネガティブと捉えている。

rgbv お前らが結婚もできず子どもも作れず必死に働いてるのは外国人がいるせいなの?追い出したらトントン拍子に結婚できて子ども授かって給料うなぎ上りになんの??日本死ねって叫んだ方が健全なんじゃないの???

リベラル感情面だと思った。

リベラルバカが嫌いだ。バカ特に合理的でないことや非論理的な事など。

コメ主の言ってることはただの逆恨みだ!と言っているが、嫌いという感情によって批判しているため、他のコメントによって感情によって批判したことを批判されている。

また、バカを掘り下げて精神貧困や、貧困によって引き起こされる問題と捉えることによって庇護対象として組み込もうというコメントもみられる。

yunitaro 典型的認知の歪み。貧困から家庭を持てないならそれは経済政策の失敗であり行政責任。責めるべきは政府であって外国人ではないし、明後日の方向へ抗議をしているか行政も変わらない

リベラルからみたら全くもって正しい理屈だが、その実、対象者精神的or知性的貧困者)の思考に即していないことを指摘されている

「責めるべきは政府であって」政府をどう責めるべきなのかを補足してコメ主と語り合ってほしい

→これに対する批判

netonlinejob ブコメの「経済政策の失敗であり行政責任」とか言い出したら、外国人排斥政策を支持する政治家が台頭するだけだと何故わからないのだろう? 認知の歪みという指摘は逆ではない

政治転嫁した場合、己が(リベラルからしたら間違った考えをもっている人間)がそもそも自分の考えが間違っているという前提に立たないだろうという当たり前の示唆。実際に思考実験するとおそらく正しい。

自己責任論 ※重要キーワード キモくて金のないおっさん

lcwin この意見自己責任論とせずにうまく寛容とリベラリズムに沿ってゆるく導く発言をすることが今求められていることかもしれないんだよなあ。本当に難しい。

hanyan0401 「結婚出産もしようと思えばできる」という自己責任論に、弱者男性、いわゆる「キモくて金のないおっさん」が、「金のないフィリピン国籍妊婦」ほどには弱者として顧みられないという現実垣間見ました。

augsUK ここに自己責任論なんだ。救うべき対象の選別をする権利が欲しい人が一定数いるなあ。さらに、救われない対象を叩くことを楽しむ人が主流派になってる。

→この人のを自己責任として切り捨てるのはちがうのではないかというリベラル内省垣間見られる。では自己責任とは、何が自己責任なのか。コメ主が置かれている現状がってことなのだろうか。おそらく違う。リベラル自己責任として切り捨てるのは「知性のなさ」だ。自分は頭がいいと思っていて、バカ自分改善されるべきものという思想根底にあるのかもしれない。

キモくて金のないおっさん擁護

kirifuu これを自己責任で切り捨てるのが今の日本現実からなぁ。セーフティネットと言っても難しいのだけど、あざ笑ったり叩いたりするような発言ではあるまいよ。

kasugano ここに自己責任論が出てくるの本当に地獄だよな。異性獲得弱者のオッサン相手になら何言ってもいいと思ってる連中がワラワラと湧いてくる

awkad まさに「キモくて金のないおっさん問題キモくて金のないおっさんは誰も哀れまないし、救われない。「自己責任だろ」を浴びせ続けられる。そしてどんどん歪んで沈んでいく

shira0211tama 問題切り分けるべきが正論かもだけど切り分けると自己責任論で各個撃破されるんじゃ? これだけ他を引っ張って来ないと辛いと言えないし、これだけ引っ張ってもボコボコにされる闇

dongdeng 弱者の味方を自称するリベラルがなぜキモい金のないおっさんに寄り添わないのかわからなかったが、人気のブコメを見ると差別を行なってる仮想敵に無条件に見下せるおっさんを置いてるからなのかなと思った

→確かに、、、どうやらリベラルどもには、救うべき対象者は、経済的に貧している人間であって、知性的、あるいは精神的に貧困している人間は救う対象にはなりにくいようだ。それはリベラルアイデンティティベースにの批判」があるからかもしれない。そしてその批判対象知性的貧困をするのが手っ取り早いからだろう。

自己責任論に対する批判

CelestialFire 努力すれば結婚できるなら誰も困らないんだけどな。普段自己責任論を心底嫌ってるくせして、「キモくて金のないおっさん」には平気な顔して自己責任論を押し付けてくるリベラルダブスタはいい加減うんざり

cloq 貧乏自己責任論者の頬を金でひっぱたいて黙らせろ案件

sds-page 無自覚自己責任論者

→結果、こういうダブスタと言われるような批判さらされる。

danaca この人を叩いてるはてブ民を見ていると、はてブ民は弱者の味方ではない事がよくわかるよね。はてブ民は「助けたいと思える綺麗で気持ち悪くない弱者」を助けたいだけで、決して弱者の味方ではない。

→ここでいう「気持ち悪くない」というところがやはりダブスタと言われる所以だろうし、リベラル内包する自己矛盾かもしれない。

そもそもコメ主はなぜ「キモくて金のないおっさん」なのか

(先に断っておくが、彼はとても偉いと僕は思っている。これだけ批判されているのを認知しておいて、自分コメントを消していないのだから

dj_superaids 結婚もできず子どもも作れず、と必死に働いてるの相関関係理解できなかった。かわいそうだな、とは思った。

→この指摘のとおり本来相関はない。だが文章の読み方を逆にしてある補語を補うと、「必死に働いているのに、結婚子供を持てるほど稼ぐことができない貧困にある」

という彼の中では実際に因果が生じているのかもしれない。

しかし、ここまでは金銭的な貧困だ。

しかし、フィリピン人批判することと結びつけることで、知性的精神的な貧困になった。なぜコメ主はそのような結びつけをしたのか。

kirifuu 結局救われる優先度の最下層に自分がいるって自覚がこの発言を生んでるんだろう。この発言を叩くのは簡単だがそれは割と社会として末期的だと思うね。

→このコメントの言うとおりだとすると、他の層が見えていない問題。これだと根深

T_Tachibana 主 語 が で か い 。 金が無い事と結婚出来ない子供が作れない事はイコールじゃないって本当は気がついてるんでしょ。

crapman 一切同意できないがこの叫び理由を考える必要はある。世代別の保有資産を見てもわかるけど、日本若者世代世界一相対的に金がない。世代間で分配が進んでないという叫び。だがフィリピーナにあたるのはよくない

→本当だとしたら興味深い話だ。

totoronoki あの人を救ったら次はおれの番だ、じゃないんだよな。他人が救われても自分絶対他人の手によって救われないという確信があるから露悪的になれる。

→なるほど。その確信はどこから来るのか。なぜ来るのか。

baikoku_sensei 弱者同士は連帯せず、自らの待遇改善より他人改善を妬むのが現状。全体の格差是正より「俺たちを優遇しろ」の声を拾い上げ、扇動して支持を集めたのがヒトラーやらトランプなので、感情論を持ち込むべきではない

→慧眼なのに感情論を持ち込むべきではない、という結論ではなぁ。わかり合うためにはどうすべきかを提示してほしかった

tGsQqV この発言をした人が困っていることと、この外国人女性が困ることにまるで因果がない。 例えば、自分が別の理由で本当に困ったとき他人から難癖つけられて適切な手当てを受けられられなったら…なんて考えないの?

→実に正しくリベラルチックな考え方に見えた。

mamezou_plus2 子供作って生活保護受給すれば良いじゃん?何故出来る事をしないのに僻むのか?結婚も子作りもやろうと思えばできるよ?幸せかどうかや自分基準を満たしてるかは別として。

→それは違うんじゃないか社会構成する一員として、自覚をもってる面があって、それだからこそのフィリピン人への妬みだとか恨みになってるわけで、それを取っ払えばいいじゃん?って言っちゃう社会崩壊するわけだから、彼の我慢社会の安定に資するところであることは評価しなきゃ

そもそもそういった自覚人間社会的動物として成り立つようになったDNAに刻まれている感情でもあるようだし。

・・・なんか気になるコメント抜粋しながら書いてたら、支離滅裂になってきた。整理になってねーな・・・・いったん寝るか

2017-02-20

一日ネットをしないだけでわかったこと

昨日はネットサーフィンどころかtwitterほとんどせずに、日がなずっとゲームをしていた。

以下は一日ネットをしないだけでわかったことに関する記述です。

(本文の総字数は2000字程度です。)

性格が歪まない

ゲームだけしているだなんて性格が歪むんじゃなかろうかと思われがちだが、

ネット漬けになるよりゲーム漬けの方が案外性格は歪まない。

ネット漬けになっていると、摂取する情報日常生活に生きている人間に対する悪口嫌悪感ばかりに

なってしまう。その結果、ネットを離れて現実社会に繰り出してみても、

日常生活における人間の何気ない行動にあらぬ疑心暗鬼喚起してしまい、性格が歪む。

しかゲームだけをしていると摂取する情報の量が大幅に減少するだけであるから

世情には疎くなるが性格はさほど歪まない。

●神経質なことを考えずに済む

性格が歪む」の項に少し重複する部分もあるが、ネットをしないと

神経質なことを必要以上に考えずに済むという効用がある。

インターネットにのさばっている情報は、思いの外ネガティブ情報が多い。

(専ら、ネガティブ思考傾向を持つ人間ネガティブ情報アクセスやすくなるという

心理学研究結果の存在についても見聞きした覚えがある。僕自身ネガティブ思考傾向を

持っている人間なので、ネットサーフィンをしている最中ネガティブ情報アクセスやす

なってしまっているだけなのかもしれない……。)

ネットをしないでいるとネガティブ情報アクセスする機会が減少する。

その結果として、神経質的な、いやもっといえば神経症的なことを考えずに済む。

●目の前の物事に対する捉え方がシンプルになる

ネットをしないでいると、目の前の物事に対する捉え方がシンプルになるという効用がある。

端的にいうなら、ネットをしないでいる目の前に起きている物事に対して穿った見方をしなくなるという効用がある。

例え話をするのは難しい。最近の例でいえば、働き方改革に関するニュースネット情報を介さずに

接すると、働き方改革政府主導の単なる労働者待遇改善施策しかみえなってくる。

だけど働き方改革に関するニュースネット情報を介して接すると、

働き方改革企業長時間労働を深刻化させるような政府主導施策しかみえなくなってくる。

(もちろん、シンプルな捉え方とネットを介した捉え方という二つの捉え方の内、どちらか一方が

正しいという話ではない。どちらの捉え方にも良い点と悪い点もあるし、そもそも目の前の情報

対する捉え方に優劣があるというわけではないと僕は考えています)

自分欲求に素直になれる

ネットをしないでいると、自分欲求に素直になれる。

ネットをしていると、「〇〇をしている奴は△△な性格だ!」「■■をしている奴は教養がない!」という

ある種の性格・行動のステレオタイプに関する情報に接する機会が多い。(もしかしたら

これは僕の性格ゆえかもしれない!)

だけど、インターネットを離れて現実世界を見回してみると、実に多様な性格人間がいるものだと

関心させられるくらいであるし、同時に人間にはパターンにあてはめることができないくらいの

行動性向存在しているということに度々気付かされる。

からネットでいうように、「〇〇をしている奴は△△な性格だ!」とか、「■■をしている奴は教養がない!」だなんて

人間ステレオタイピングだなんてできるはずがない。各々の人間個体ごとに違った行動性向を持っているし、

そもそもの話、個体ごとに違った行動性向を持っている人間という社会的動物を、ステレオタイピングできるはずがない。

から、「〇〇をしている奴は△△な性格だ!」なんて本来的にはわかるはずもない。

〇〇をしていても△△じゃない性格人間も世の中には腐るほどいるし、〇〇をしていても▽▽な性格の奴も

世の中には腐るほどいる。

「〇〇をしている奴は△△な性格だ!」「■■をしている奴は教養がない!」という決めつけの色が強い

ネット情報に接する機会を減少させることで、

「〇〇をしている自分は△△な性格なのかもしれない…」だとか「■■をしている僕は周りから教養がない奴と思われえるかもしれない…」

だとかを必要以上に考えなくて済む、という理屈だ。

その結果として、「〇〇をしたい」とか「■■をしたい」といった自分の内側からわいてくる感情を、「あっ、自分はやっぱり〇〇やしたいんだな」とか

「■■をしている自分教養がないと思われるかもしれないけど、でもやっぱり■■が好きなんだ」というように

シンプルに処理することができる。

欲求も含めて、自分の内側からわいてくる感情シンプルに処理できるようになると、感情処理にかかる精神コスト

削減することができるため、日常生活を送る上で精神衛生健全に保つことが容易になるのではないかと考えられる。

■まとめ

以上をまとめると、ネットをしないでいると日常生活における4つの効用を得ることができることがわかった。

性格が歪まない

●神経質なことを考えずに済む

●目の前の物事に対する捉え方がシンプルになる

自分欲求に素直になれる

最後

駄文は以上です。本文の総字数は2000字程度になっています

今回の匿名日記は1時間で書きました。1時間で2000字だなんて正気の沙汰じゃない……!と思っていましたが、

案外書けるものなんですね。正直びっくりです。

最後になりますが、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

皆様のより快適な精神衛生精神衛生に良いネットライフを心よりお祈り申し上げます

2017-01-05

戸田奈津子尊敬されるための唯一の方法

インタビュー字幕翻訳者戸田奈津子さん「エッ?と思う字幕は、どこかおかしいの」

https://www.buzzfeed.com/eimiyamamitsu/interview-with-natsuko-toda?utm_term=.bhpJ8y62dK#.pf3GDwzR2e

 

を読んだ。全体的には一方的自己弁護を垂れ流すだけの提灯記事だが、インタビューという性質上これは仕方のないことなのだろう。この記事の良い点は、戸田奈津子という人の見当違いな自己顕示欲を浮き彫りにしているところだ。

 

「叩く扉もなかった」字幕翻訳という仕事に、その道の第一人者に直接食らいつくようにして取り組んでいった前半生は感動的でさえあるし尊敬もしよう。しかし一人前として仕事を任され、一定の地歩を固めつつあった頃には、質的研鑽よりも量的なアピールに重きを置く仕事ぶりだったことがよく分かる。

 

それは時代というか当時の映画産業要請でもあって、戸田個人責任を帰すことも出来ないだろうが、何度も立ち止まるチャンスが有ったにも関わらず、過剰な自信に満ちた「職人魂」みたいなもの自分を虚飾したい一心で、本質的には作品奉仕するべき字幕翻訳者のあり方を歪めた自己像を描出し、直そうともしなかった。それがこのインタビュー記事表現されている「字幕翻訳女王」の実態だ。彼女はことあるごとに「文字数自由だし調べ物にもゆっくり時間をかけられる文芸翻訳とはわけが違うのよ」式の言い訳師匠発言の一部を都合よく切り取ったものだ)をして、質を犠牲にしてることを棚に上げて早業自慢を繰り返すが、この記事もまさにその例を一歩も出ていない。ほとんど馬鹿の一つ覚えだ。

 

せっかく日本一名の売れた字幕翻訳者になったんだから個人の早業を自慢するよりも、字幕質的向上のために制作・配給側が用意する時間予算の拡充をアピールするのが筋なんじゃないのか? と私などは思うのだが、そんなことは自己否定になりかねないのでできない。映画や観客より自分大事からだ。徹底して裏方仕事に向いてない性格なのに(だからこそ喰らいついていけたとも言えるが)、なぜか字幕翻訳者なっちゃった人で、その上根っからダンピング体質なんである。広く「第一人者」と呼ばれるものの最悪の事例として歴史に記録されるに値する人物だろう。

 

戸田字幕の具体的な問題点については、今ではある種のネットミームと化していて、山のように検証を綴ったページがヒットするので、ここでいちいちあげつらうことはしないが、この記事を読んでそれらガッカリ字幕根本的な原因を確信できた気がする。戸田奈津子自身映画作品に対する理解力が低いのだ……というのはあまりにも失礼なので、観客(想定読者)の理解力を低く見積もりすぎ、と留保つきで言うべきなのかもしれないが、とにかく画面に映っているもの脚本に対する読解力が低い翻訳をしてしまっている。軍事用語や「指輪物語」の専門用語に通じてないせいで勝手流に造語ちゃうみたいなことは、専門の監修者をつければ(それさえ不服のようですが)済むことだが、理解が浅いまま手癖で字幕をつける悪癖についてはせめて直そうとする姿を見せてほしいと思う。

 

どんな作品であれ受け手によって読み出せる情報量は変わるものだが、戸田字幕はその理解力の設定が最小限になってるみたいな字幕なのだ。そんなとこを端折ってしまったら、まるで子供の頃に見た「大人映画」のように途中で筋が追えなくなるだろうな、と思うことさえある。一通りセリフが聞き取れるとか、背景知識も揃っているような人間が見ると「エッ?」となるような訳を乱発してしまっているのである。これは映画字幕という表現媒体のものの制約なのだろうか? 単に投下すべきコスト時間人員)をケチってるだけじゃないのか? なにしろ理解力が乏しいゆえにかえって回りくどい表現をして、大切な字数を浪費している例さえあるのだ。単にこなした本数が多いから下振れが記録されているだけと擁護することも出来るが、それを言うとかえって早業自慢の露悪性が強調されるというものである

 

そして戸田字幕に感じる理解力の低さ、雑さの遠因が、このインタビューでは明らかにされている。ただの映画ファンとして、「作品ファン」としての経験を積まずに映画を見まくった原体験が、映画を十分理解せずに、ざっくりと筋がわかれば(たまにそれにも失敗する)いい、という仕事を次々とこなすことを良しとする「映画字幕女王」を産んだのだ。それは映画というもの立ち位置が変わってしまった現在には全くそぐわない態度であると私は思う。

 

多くの人が週末には何かしらの映画を見て、学生なんかは金の続く限り映画館に入り浸って、それ自体が楽しみで、何度かに一回面白いものがあったら儲けもの、といった時代はとっくに過ぎ去った。多少荒っぽい仕事があっても、「まぁそんなこともある」と納得してすぐにまた映画館に足を運んでくれる観客は絶滅危惧種と言っていい状況で、「とりあえず筋の追えるものを今週中に」みたいな品質でつけられた字幕を使う理由ほとんどないと言って良いんじゃあるまいか。なにもタコツボ化したマニアけが字幕翻訳者理解不足を責めているのではない。字幕スクリプト情報量100%伝えろという不可能要求しているのでもない(そんなことを言ったら、原語が完全に理解できても伝わらない部分は常にある)。娯楽が多様化する中で、金と時間を使うに値する丁寧な仕事競争できているか問題なのだ

 

そもそも多くの映画は長い時間をかけて作られるものだ。製作に着手してから数年かかることはザラだし、驚くべき短期間で撮影が終わったというような作品でも、原作を読み込んで脚本化するのに何十年もかけていることだってある。そしてそれを待つファンも何十年越しで待っていることだってある。それだけの労力と期待を集めて公開される作品最後工程に、パッと見の印象を伝えるので精一杯みたいな字幕がついていて良いのだろうか? 日本人英語力の向上には役立つかもしれないが、自分で聞き取れるようになったからといって問題が無くなるわけではない。「自分は内容がわかっても、あまりにも作品無理解字幕がつけられていることに耐えられない」という作品ファン心理考慮せずに仕事を続けることは、今や娯楽の王座から落ちて、比較的嗜好性の強いものになった洋画ファンには悪印象しか与えない。それに洋画ファンだけの問題でもない。どんなジャンル仕事であっても、雑な仕事というのはそれに初めて触れる者に「なんとなく面白くないな」という印象を与えてしまものである。それを防ぐために必要なのは、十分な準備期間と作業時間を用意することによって得られる翻訳者の深い作品理解だ。翻訳者に十分な時間リソースが与えられ、一つの作品に使える労力を拡大することのほうが誰にとっても良いことなのではないか? すべての原因を「文字数の制約」や「納期の短さ」に帰することが出来るという甘ったれた足かせを自慢できればそれでいいのか?

 

戸田字幕映画理解力の低さが、意図的に設定されているものではないと疑う理由がもう一つある。戸田字幕翻訳単独作業である理由として、「セリフ言い回しリズム統一するのに余計な時間がかか」るということを挙げている。そんなことを言っていたら、作中でセリフ言い回しリズムを敢えて変えることで、登場人物心理的変化や場面転換を表現する映画原理的に字幕に乗らないことになる。これほど馬鹿な話はない。「こいつは最終的に悪ものになるやつだから最初は丁寧にしゃべってても荒い口調で統一しとくのが親切」みたいな字幕が付けられた映画を、誰が見たいだろうか? 一つ一つの映画作品性質をよく理解しないまま、ちぎっては投げみたいな仕事を続けてきたせいで、どんな映画も同じような構図に当てはまるよう訳すのが当たり前になってしまっているからこそ、セリフ統一感があることが「透明な字幕」の必要条件だという勘違いを起こしてしまうのだろう。映画が転調したときには字幕も転調するのが「透明な字幕」で、そのためには複数視点必要になることだってある。脚本演出意図を読み違ったまま、理解をし損なうことは避けられないからだ。いつまでも「一人の字幕翻訳者が短い期間で理解できた範囲」としての映画字幕が作られ続ける状況を肯定することは、この人の取るべき道ではない。それは決して映画のためにはならない。

 

ロード・オブ・ザ・リング」の第二作以降は、原作翻訳者スクリプトの全訳を事前に行った上で、それを参照して戸田字幕作成し、改めてチェックを受けるという体制が敷かれたようだ(インタビューではその経緯をまるっきり無視していて、結果的に監修者の仕事を貶める傍若無人ぶりが表れている)が、これに似たことが常識的に行われるように働きかけしているんですよ、といった風のアピールをするほうが、「第一人者」としての尊敬を集めるのではなかろうかと私は思う。

  

現在洋画の年間公開本数は80年代末以来の第二のピークを迎えている一方、戸田仕事は当時の1/5近くまで減っている。文芸関係に限って言えば50歳ごろに確立した仕事のペースを守っている80歳なんていくらでもいるので、年齢のせいばかりでもないだろう。その事自体戸田翻訳者待遇改善に取り組んだことの証左だと弁護することも出来るかもしれないし、実際にセリフ聞き取りながら見て「ここをこうやってまとめるのか、上手いなぁ」と思える翻訳者が増えてはいるので、まぁ戸田奈津子問題ある訳というのも、そろそろ過去の話だよね……と最近は思っていたのだが、私はこのインタビューを読んで気が変わってしまった。やはり早いとこ全面的に後進に道を譲って、ご自身字幕翻訳質的向上のために翻訳者待遇改善する言論を起こされるなどしたらいかがだろうか。それが名の売れたものの使命と思ってはもらえまいか。いい年してよいしょインタビューに答えて、自分の大ポカで迷惑をかけた監修者の名誉を傷つけるような非道言い訳を垂れ流している場合ではない。

 

さら早業自慢を封じられるのは、自己認識からすれば転向に映るかもしれない。ひょっとしたら一気に老け込んじゃうかもしれない。しかし、昔よりずっと観客同士の横のつながりが強くかつ広範囲で、作品についての情報も手に入れやすい今だからこそ、字幕翻訳要求される水準が上がっていることを認識し、それに適切に対応するように送り手たちに働きかけをする姿は、映画ファンの心に強い印象を残すはずだ。個人的な快刀乱麻の仕事ぶりを自慢するのはもうやめて、業界全体で作品の質に貢献する、充実した作業環境を残せるよう声を上げる好機なのではないか。それでこそ「字幕翻訳女王」としての尊敬を集められるのではないか。今のままではせいぜい良くて「時代の徒花」といったところである

2016-12-16

待遇改善できなかった労働組合解散しろという人

津波意味なかったし不便な堤防はなくそうと言うタイプなんだろうか

2016-12-01

週間文春「ユニクロ潜入一年」を読んで

今週の文春。

連載なので、具体的に某ファストファッション企業の売り場から見える実態と闇の深さの考察は次号を読まねばならず、

今週は導入部分といったところか。

しかし、今回触れられていたバーゲンと呼ばれる催事間中販売員店舗業務従事する労働者過酷労働環境プレッシャーは、

いくら初めから納得の上で課せられた「仕事」とはいえ、読んでいて本当に胸が痛くなる。

自分にも身に覚えがあるからだ。

自分10年間、某大手アパレル店長をしていた。

アパレル流通においてSPAの中で店舗対面販売部門は、その売り上げを通信販売・無店舗型のインターネット取引に取って代わられつつある。

販売員を長時間拘束し、人件費家賃含め諸経費がかかりすぎる店舗経営というのは、これから縮小の一途をたどるのは明白だ。

売り場は、今、時代に即したやり方でもっとスピーディー情報伝達体系を模索して変化しなければ生き残れない。

しかし、記事を読む限り、そして同業他社の様々な人たちから聞く限り、

いまだに売り場というのは原始的かつ高圧的なトップダウン形態支配されている。

ブランド名商品力だけでは響かぬ、移り気で流動的なお客様が購入に至る過程において、

接客販売」というのは、

商品の力だけでは補えぬ「知識」「信頼」「安心」を生み、ブランドファンを増やすという点において、非常に重要仕事だ。

広告ネームバリュー商品力だけでは補えない、人と商品との「出会い」と「絆」は、

しろ今こそ実店舗経営は他社との明確な差別化を訴求するための、強力な武器になりうると思う。

売り場は、そこに行った者にしか味わえぬ強烈な「体験」がある。

販売員お客様個性に合わせて演出し、魔法をかけ、喜びと優越感を体感してもらう。

だが、その売り場に今となっては「数字」「雑用」「クレーム処理」ばかりが、しわ寄せのように押し寄せる。

働いている人々のポジション賃金も、本社に属する者より低く安い。

過去には現場重視の会社も多々あったが、この不況でグッと数が減った。

年齢が上がり売り場に立てなくなった古参販売員の他業種への流出も、具体的な受け皿がないままダダ漏れ状態

数字キッチリ取れるほどの販売力、心地よいサービス提供する接客力というのは、数ヶ月〜1年ではなかなか身につかない。

しか販売離職率は上がり、キャリアの浅いバイト派遣ばかりで、接客スキルの質の著しい低下も、最近はとても目に付く。

「売り場重視」「働きやす環境」を謳う何社かも、比較すれば他の業界に比べ圧倒的に賃金福利厚生共に水準には全く届かない。

今回のこの連載が、業界においての接客に携わる人たちの労働待遇改善地位向上の動きにつながりますように…と、

応援意味も込めて文春を購入した次第。

2016-11-25

経営者労働基準法対象外からどうしたというのか

最低限の基準が高すぎると思い込んで怒るタイプ社長自身生活を切詰められるので基準自体はどうでもいいと思ってるが、そのことを元に従業員文句を言える権利があると思っている。

社長待遇が週休1日時給800円相当を切っており事業に失敗しているのにそれを認められない。

従業員が同規模他社と比べて待遇改善を求めてくると怒り狂った後、メンヘラになる。いつも中小社長が首をくくっているとか言い出す。しかし、実際に首をくくっている原因は金融機関に対する借金である

そして、従業員待遇の最低基準を満たすことしか頭になくなり、上積みがないので社員はみんな辞めるしかなくなる。それでも事業は止められない失敗個人事業主のてきあがりである

2016-10-17

http://anond.hatelabo.jp/20161017212353

その待遇改善を迫るべき上司、その上司上司、突き詰めてスタジオ社長に至るまで全員がブラック待遇なので改善絶対的にムリという地獄

ブラックを抜け出すには技術を磨いて独立するしかないという地獄。今度は起業という別のリスクを負うし、人を雇うと本人もブラックに後戻りらしいけどねw

2016-10-05

学校教員という職業過酷すぎる

学校教員という職業過酷すぎる。

これでは、確固たる意志を持った人以外は、

優秀な人材学校教員を志すことはないだろう。

僕は教育学部に4年間通って痛感した。

僕は小学校のころの担任にあこがれて、そのまま単純に小学校教員を志した。

偏差値65くらいの高校に行って、偏差値55くらいの大学入学した。

学力だけで言えば、これくらいの学力レベルで、「小学校先生」という職には就ける。

小学校先生に一番必要ものって何だと思う?

4年前の僕は最低限の学力と、そして、子どもが好きなこと・教えるのが好きなことだと思っていた。

でも、今の僕がこの問いに答えるなら、「適度に手を抜く能力」だと答えるだろう。

僕の二つ上の先輩が、ある時こう言った。

一年目の労働時間を時給換算したら850円を切ったよ。」

小学校教員という職業は、無数に仕事がある。

日々の「勉強を教える」という仕事のほかに、保護者対応地域の人との連携

学校全体の仕事教員内で振り分ける)、研修、その他諸々。

あと、「休み時間」はあくまでも小学生にとっての休み時間であって、

教員仕事をしている。給食時間も、教員から見れば指導時間だ。

それから、やっぱり保護者対応がきつすぎる。

「うちの子、授業を理解してないみたいなんです。今から自宅に来て家庭教師をしていただけませんか?」

「うちの子迷子なんです!探してください!」(深夜)

こんなのは日常茶飯事。

子ども同士がケンカをしたら、子どもたちにはきちんと対応した上で、

子ども帰宅する前に各家庭に連絡を入れてフォローする。

もし子どもケンカ自体に気付けなかったら即アウト。

最初PTA懇談会で目をつけられたら終わり。

新任の男性教職員比較的気に入られることが多いけど、

女性特に「若くてかわいい」と、まあ大抵、保護者リーダー格に睨まれる。

そして嫌がらせ集団いじめられて本気で退職に追いやられる。

そんなの他の仕事でも同じだ!って言われるだろうね。

僕もそう思う。教員けがきつい仕事ではないだろう。

でも、この現状では本当に先生になりたい人以外の

優秀な人材は他の職業を選ぶと思う。

これから未来を支える子供たちを教育する職業は、

なるべく優秀な人材指導したほうがいいと思わないかい?

そんなわけで、これから日本を支える子供たちを育てる大切な職業である教員の、待遇改善を求めます



ちなみに僕は春から地元県庁に勤めます

2016-08-03

少子化ってそんなに絶対悪なのか?

少子化って世間では(とくにWebでは)絶対悪であり、日本終末論みたいに語られているわけだが、本当にそこまで言うほど絶対悪なのか?

どうもこの件に対する議論は「少子化絶対悪なのは皆さんもご存知の通りなのですが~」みたいな雰囲気で始まり議論参加者もそこに同意してるかのように扱われるので、「少子化絶対悪なのかどうか?」という部分が棚上げされている感がある。

内容の分析もいい加減で、例えば「高齢化社会」というのは「総人口に占めるおおむね65歳以上の老年人口が増大した社会のこと。」なわけなんだけど、これと少子化イコールで結ばれるのは間違いだ。もちろん少子化高齢化社会助長している場合もあるんだけど、平均寿命の延長化なんかも関係している。つまり、「高齢化社会議論においての別の問題点、たとえば平均寿命とか定年の問題とか老人の定義であるとかのテーマが「少子化が悪い!」という声でかき消されてるんじゃないかと感じる。

介護テーマ議論も一緒で「介護職の給与が低い」という問題点があったとしても、「これから老人が増えるのに介護人口増えないなんて少子化が悪い!」みたいなごまかし方をすれば、介護給与なんて増えなくなるだろう。

消費人口議論も全く同じで、総消費をあげたければ給料を二倍に(実装部分で言えば最低賃金を大幅に上げれば)物価上昇を伴いつつGDPは拡大するはずなのだが、「少子化国内需要が壊滅!」という終末論ばかり目につくような気がする。

各論レベルで切り分けて考えていくと「少子化は確かに原因のひとつなのだが、別の原因から、あるいは別の解決方法解決したほうが低コスト解決できる」問題ばかりなんじゃなかろうか? 例えばの話で言えば、介護人員解決なんて短期的には現場待遇改善をすべきだろうし、中期的にはロボット活用のほうが圧倒的に低コストであるように思う(生産人口もおおむね同じだ)。そもそも、少子化問題解決に非常に大きなコストがかかる問題だと考えられる。

もちろん「少子化は実は善だったのだ!」なんていうわけではなく、当面不都合ではあるんだけれど、「そのほかの問題を放り出して莫大なコストをどぶに捨ててまで解決すべきこと」であるような気がしないし、いろんな記事や本を読んでみても、そこまでしなければならないという納得のいく説明を見つけることが出来なかった。

Web世論的には、「少子化=老人社会経済沈没日本壊滅」的な自虐世界観で生きている人々を散見するんだけれど、彼らはどういう洗脳を受けているんだろう? 日本より人口密度の低い国も人口が少ない国もたくさんあるのに。

2016-07-29

小池百合子がかける集団催眠

小池百合子がかける集団催眠 都民はどこに連れて行かれるのか?

翌25日、武蔵小金井駅前。「ゆりグリーン」を身につけた聴衆が目につく。序盤戦の頃と比べると明らかに緑が増えた。3人の子どもと共に緑色の衣類を身にまとって小池演説を聞きに来た母親もいた。

首都直下型地震対策待機児童問題・・・小池政策を具体的に述べた。体制批判はいっさい口にしなかった。

 

府中市男性(70代)は「(小池は)考えが穏健だと思う」。

小池核武装論者で外国人参政権に反対するタカ派なのである核武装については彼女HPなどで必要性を説いていた。「核ミサイルの配備」まで飛び出した日本会議との鼎談は有名であるHPからは削除しているようだが、ウェブ魚拓が残っている)

外国人参政権については、街頭演説で「反対」と宣言しているのだ。(ただし序盤まで)

 

70代の女性待機児童問題について「(解消するには)給料をあげるしかない。小池さんならすぐできる」。

小池は「空き家を利用する」「都の公園の一部を保育所にする」などと言っているだけで、保育士待遇改善言及していない。皆、だまされているのだ。

 

改革派、実行の人、政策・・・小池は作り上げたイメージをしっかり有権者の頭に刷り込んだようだ。メディア出身だけのことはある。

集団催眠にかけられた東京都民は一体どこへ連れていかれるのだろうか?

 

http://tanakaryusaku.jp/2016/07/00014122

例の事件きっかけに。僕は少しだけ考える。<感情労働視点から

わたし精神科看護師をしています

相模原市事件を受けて、様々な意見が出ていて、いろいろと考えさせられています

とくに「重度の障害を持つ方に対するケアワーカーの陰性感情」についての議論には、様々な方向から風が吹き荒れているようにも感じました。

そこで私は、今回の事件を受けて「感情労働」とケアワーカーメンタルヘルスについて、少し整理してみようと思いました。

(様々な論点があると思います犯人病理などについては僕には分かりかねる部分が多すぎるので言及は避けます

感情労働(Emotional Labour)とは 1983 年アメリカ社会学者A.R.ホックシールドにより提唱された概念です。[1]

この概念は非常に有名ですので、ご存じの方も多いと思います

 

肉体労働はその肉体での労働を対価として賃金が発生します。

頭脳労働ではその頭脳での労働を対価として賃金が発生します。

感情労働は――肉体労働頭脳労働と同様にーーその「感情」が賃金と引き替えに売られるのです。

感情が「交換価値」を有していると考える訳です。

言い換えれば、感情労働を行う労働者は「上手にその感情管理し、それを提供し、自らの感情と引き換えに雇用者から賃金を得ている」とも言えるでしょう。

この感情労働を行う労働者としてホックシールドは,客室乗務員さら教師看護師なども例として取り上げていました。

さて、私自身も経験がありますが、重度の障害を持つ方に対し、長期間日常生活ケアを行っていると「穴を掘っては埋める」作業毎日しているような気持ちになることがあります

そんなとき患者(あるいは利用者場合もありますが、ここでは患者統一して表記します)に対して陰性感情がムクムクと湧いてきます

これは、患者自身が強烈なストレスや混乱の中にいて、言い様のない攻撃性を援助者に向けていることとも関連します。

患者が抱えるストレスや混乱と同じような感情看護者は感じてしまうのです。

「なんで、言うことを聞かないんだ!」「どうして、噛みつくの!」「何度言ったらわかるの!」と心のなかで大きな声で叫んだことは数えきれないほどです。

ケアする人とされる人の間にはーーもちろん、その関係に限ったことではありませんがーー「感情対称性」があります

(逆に考えれば、「自分自身感情から患者の感じていることを推察することができる」ともいえます。)

こうした無意識プロセス理解をすることは自身感情コントロールするために役に立ちます

しかしながら、このことに一人で気がつくことは、かなり困難であると私は考えます

感情労働概念や、感情対称性について、ストレスマネジメントについての十分な教育や、あるいはスーパーバイザーを交えたデブリーフィングセッションを行っていく必要があると思うのです。でも、現実には、そうしたことはケアワーカーの間では殆ど行われていません。

積み重ねられた陰性感情は、罪悪感や攻撃性、無力感に変化していきます学習された無力感自尊感情の低下や自己効力感の低下も引き起こします

そして、それらはある日、まるで波が引くようにものすごい力で『反転』することがあるのです。

また、前述までと矛盾するようですが、近年の研究では「感情労働は一概にメンタルヘルスに対して悪影響となるものではなく、顧客スタッフとの相互関係から職場にとって良い影響も与えうる」ともいわれるようになってきています。その肯定的な側面として達成感の向上や患者とのつながり感覚を強めること、職務満足感を高めることなどが述べられているのです。

感情労働はそれそのものが罪な訳ではない」と私は考えます

「よくコントロールされること」「よいものとして認知されるようにすること」が大切なのだと私は思うのです。

介護労働者待遇改善などの労働衛生管理については各所で述べられている通りだと私も思います

しかし、ケアワーカーメンタルヘルスに関しては金銭面だけでは解決できないものもあると私は考えているのです。

私は、今回の事件のもの犯人に対して、ある種の憎らしさや強烈な嫌悪感を感じています

当然、許されることではありません。

ただ、私は同時に、どうして今回のような凶行に至ったのかにとても興味があるのです。

同じような事件を繰り返さないために。

自分自身が、同僚が、家族が、被害者加害者にならないようにするために。

社会としてどうしていくべきか。

医療システムはどうあるべきか。ケアはどうあるべきか。

ケアワーカーメンタルヘルスに関してはどう捉えたらよいのか。

わたしたちがコントロールできることとコントロール出来ないことはなにか。

リエゾンなどに携わる専門職が率先し、十分な議論を行い、実施可能な具体策を挙げていけるといいなあと僕は思ったり考えたりしています

武井麻子先生は『感情看護』[2]の中で、Winnicottを引用しています。(P.263)

最後にそれをご紹介したいと思います

ウィニコットは、無慈悲にも自分を怒らせる赤ん坊ケアする母親について、このようなことをいっています

 母親赤ん坊を憎むことを、それをどうこうすることな容認できなければならない。母親赤ん坊に対して憎しみを表現することはできない。[中略]母親に関して最も注目すべきことは、自分赤ん坊によって大いに傷つけられながら、子ども報復しないで大いに憎むことができる能力、そして後日にあるかもしれない報酬を待つ彼女能力である

 同じようなことが看護師にもいえるのではないでしょうか。自分を傷つける者(それは患者であるかもしれませんし、そうでないかもしれません)を憎むことを看護師容認しなければならないのです。」

<参考文献>

[1] A. R. Hochschild, 室伏亜希石川准, 管理される心―感情商品になるとき. 2000.

[2] 武井麻子, 感情看護―人とのかかわりを職業とすることの意味 (シリーズ ケアをひらく). 2001.

[3] パム・スミス, 武井麻子と前田泰樹, 感情労働としての看護. 2000.

[4]Huynh, T., Alderson, M., Thompson, M. (2008)Emotional labour underlying caring: An evolutionary concept analysis. Journal of Advanced Nursing, 64(2), pp.195-208

[5]Benner,P.&wrubel,J.難波卓志訳,現象学人間論看護,医学書院,1989.

2016-07-26

殺人事件を契機に待遇改善とかバカか ※追記しました

知的障害者施設介護職員です。

例の事件について待遇改善をと言ってるブコメが幾つかあり人気にもなっていましたが、一番腹立たしく思いました。

待遇改善はもちろん望んでいることだけれど、こんな犠牲の上で待遇改善されて誰が喜べんるんですか?

こんな事で改善されても後ろめたさしかないわ。

今回のは事件です。

介護職員待遇改善を訴えて行動したわけでも活動したわけでもなく、また待遇改善必要事故でもなく、ただの凄惨殺人事件でありただの悪です。

犯人動機が何であれ、どんな人物であれ、こんな事で待遇改善されるような社会にしてはいけない。

から切にそう思います

追記)

様々な意見を頂戴し、有り難く思います

私の言い分は事件に対して何も残らないわけではなく、事件に対しての対策や、根本的な問題の追求やその対処はやって然るべきですが、待遇改善と言った所まで犯罪を契機として為すべきなのかと言うところです。

何名か書いて下さっていますが、世の中を良くするためと言う大義名分犠牲を払うような犯罪に与えたくないんです。

待遇改善真剣に取り組んで訴える人がいる中で、犯罪を犯せばポンと改善されてしまったと言う世の中にしたくない。

そんな事言っても現状そうだからと言う意見は実に現実的かも知れませんが、今後も待遇改善などを名分とした凶悪犯罪が起きるかも知れない。

そう思うと現状に甘んじていてはいけない、譲れないものは譲れないという気持ちです。

理想論かも知れませんが、私は待遇改善は現職や周りの人間が為していく向上的なものであり、犯罪など悪性の事象が為せる事ではないと言う社会を目指すべきだと思い意見を述べました。

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