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2021-03-14

fff -フォルティッシッシモ-』〜歓喜に歌え!〜 第10-12

anond:20210314001312

ネタバレ

10ボヘミア地方プリッツ庭園 実況

ゲーテ(歌)「ようこそボヘミアへ」

謎の女(歌)「ようこそボヘミアへ」*単純な輪唱でなく

!謎の女は通訳役だったの⁈天才すぎる上田先生。謎の女無駄に歌うまいなぁ。ふた言ほど通訳した後はハミングに切り替えて実際は通訳していることを表現しつつ、劇中のゲーテベートーヴェン普通に会話をする。

この発音自分が知ってる発音と違うー。

ゲーテ「ほんとうにあなたの歌うべきことを歌っていますか」「まだ見つけていない真実がある。そんな気がします」

実際はベタ褒めだったようだけど、なるほど。

有名なエピソードきました。劇中では皇帝皇后カール大公ドル大公メッテルニヒもいたけれど、史実で目にしたのは皇后マリア・ルドヴィカとその取り巻き

皇后史実では1807年に2番目の妻マリア・テレジアが亡くなって、1808年にマリア・ルドヴィカになっているけど、劇中では千風さんが通しで演じている。だからこそ配役の名前も「オーストリア皇后」でぼかしてるんだな。

謎の女「過激なことを言わないで」

ゲーテ「(ベートーヴェンがまだ拷問も投獄もされていないのは)ナポレオンのおかげだ」

青木やよひ氏の著書によると、ゲーテベートーヴェンを直接諌めるようなことはしていなかった。

ベートーヴェン「奴は、負けない」

ナポレオンを完全に否定しきれていないというのは、かげはらさんの記事と同じ。

ベートーヴェンあなたには、失望しました」

実際はその後和解してた模様。

1812、1814。

葬送行進曲は、若干不吉さを増すオリジナルパートが加えられているか

流刑地はセントヘレナ島百日天下は飛ばされてる。

10場まとめ

11場 実況

A ウィーン会議

百日天下飛ばされたけどウィーン会議きたなあ1814年、退団の煌羽さんがメッテルニヒだしな。

青木やよひ氏の著書では、ゲーテナポレオン後継者メッテルニヒ見出したとも言われるらしいが、イェナ大学監督官の職を固辞。それは事実上監視であることを察知したからでは、と書かれている。これや。

メッテルニヒ音楽はただ美しく、民衆を慰めよ」

あぁ、上田先生京大講義パンとサーカス」だ…。

ふむ、ベートーヴェンの2歳下。彼の窮状を救うようメッテルニヒに訴えたという話を見かけたからそれ絡みかなあとも思ったけど、単純に宮廷側。(なおサリエリ も、ベートーヴェンの《ウェリントンの戦い》1813の演奏会打楽器だかで出演という話もあったけど、単純に宮廷側の模様。)実際ロッシーニウィーン会議はいなかった、かな。ウィーンロッシーニ人気が吹き荒れるのはウィーン会議後か。

テレマン会議は踊る

されど進まず。

実際は何曲か作曲して大活躍だった模様。

監視社会。

史実ではゲーテはテプリッツの時点でベートーヴェンの耳のことを知っていたよう。

メッテルニヒ「彼らはただ腹を満たし、あたたかいベッドで眠りたい。そのためなら革命大義も唱え、それでも不満なら変節して皇帝を支持する。彼らにとっては、革命でも、皇帝でも、音楽でもいいのだ、楽になれたら。さあ曲を書きたまえ、国民が日々の憂さを忘れるような」

痛烈。

謎の女「イギリスへ行きましょうよ」

お?

ベートーヴェン「なぜお前が俺の心配をする?」

うん。家政婦と通訳するうちに情が湧いたのかな。

ベートーヴェン疫病神。失せろ!」

ああ、才能から疫病神に戻ってしまった。

ウィーン会議で《運命》か!

「ほんとうに、聞こえてないのか」

「彼は終わりですな」

映画『不滅の恋』ではピアノ協奏曲第5番が崩壊し、アンナマリー・エルデーディが助けるシーンがあるけど、曲がなんだったにせよこんなことあったのかな。

去っちゃうのー⁈最後まで援助してたルドル大公も。とことん追い込むやつね。

B 過去の幻影

夢白さん美しい。耳が聞こえない怖さを感じたシーンはこっちだったかな。

11場まとめ

12ブロイニング家の居間 実況

おう、帰るんか。ほんとは一回も帰ってないらしいけど。

3拍子かと思ったら4拍子。オリジナルか。

  • レオノーレお産で死亡

おおーー、うーん、これもとことんベートーヴェンを追い込む設定か。実際はベートーヴェンより後に亡くなってる。じゃあさっきベートーヴェンに話しかけたエレオノーレは過去の幻影というよりも天国に行く前だったか

さな炎の健気さ、好き。

プリッツから戻った1812年の秋から6年ほど、"傑作の森"期を抜けたベートーヴェンはまた孤独期に入る。《ウェリントンの戦い》やウィーン会議での成功も彼にとってはなんでもなかった模様。交響曲については1812年7番、8番ときて、次の9番1824年完成までは10年以上開く。

不滅の恋人Aとの破局ナポレオン失脚、急激に悪化する耳(1812年時点ではまだ道具に頼らずとも会話ができていた)、パトロンたちが亡くなり経済的に困窮。甥カール親権問題なども。これが劇中では、ナポレオン失脚は同じとして、ゲーテとの決別、難聴を暴かれ演奏会で失敗、ルドル大公も去り(パトロンがいなくなるという点では一致)、そしてロールヘンの死(不滅の恋人との破局にあたるか)、になってる。

12場まとめ

最後の(最初の?)よりどころであった救済の記憶大事な人も失う。

2021-02-22

都民はこんなに恵まれているのに…

https://togetter.com/li/1670782

こんなに都民絶対的に有利なのに、音楽世界で国際メジャーをなかなか取れないのはどういうことなのだろうか。ヴァイオリンはほぼ不可能ピアノ不可能ではないが2位が精一杯らしい。

東京は、確かにオーケストラ演奏会はいっぱいあるのだが、その演目があまりにも似通っていて個性が全くない。ここら辺は地方田舎と変わらない点だったりする。

留学10年組に金を文化庁が出し続け、勝ちを拾えないようになってくると、そのうち東京から音楽が消えるだろうね。

2021-02-21

20年前の吹奏楽コンクールで何もせず突っ立てた俺が今では家で楽器

20年前、中学2年生のときに参加した秋の吹奏楽コンクール夏休みをつぶして練習をしていた彼女たちを横目に見ながら、ステージの上で俺は何もせずに突っ立っていた。割り当てられた楽器トライアングル特定パートで音を鳴らすだけだった予定だが、誰かのミスで俺の楽器ステージに用意されることなく終わった。別にトライアングルを準備しなかった誰かを怨んじゃいないし、たぶん本当にただのミスだったんだと思う。悪いのは夏休み中に一回も練習に参加しないどころか、辞める意思を伝えなかった俺だと思う。

うちの家族音楽一家だ。俺が小5のときに死んだ父親フルートの奏者で、同期の友人を集めて社会人サークルを作ってときどき演奏会をしていた。姉も姉でピアノが得意でときどき、受験勉強の合間に演奏をしていた。妹もサックスの奏者で運転免許教習のためにと渡した金で自分用のサックスを買ってた。母親別に音楽はしなかったが、彼女たちを育てるのにリソースを費やしていた。そんな家族だったから俺も音楽が好きで、得意できっと才能もあるのだろうと思っていた。

俺が楽器に触っていた一番古い記憶幼稚園のころにピアノを習っていた記憶だ。音大卒業したばかりの若い女性の先生を家に呼んで姉と俺が習っていた。彼女の教え方は結構自由な感じで、俺は楽譜無視して勝手ペダルを押してみたり、習ってもない黒鍵を押して変な音を出したが彼女は「じゃあ、アレンジしてみようか」って言って楽譜の改変を許してくれたし、そんな優しい対応をしてくれる大人の女性に気恥ずかしさを感じた記憶がある。

それに対して母親はどちらかというと教科書的に楽譜を覚えさせようとする人で、幼稚園から帰ってピアノ自主練する時間になるとひたすら楽譜の同じフレーズを繰り返させられた。ちょっとでも間違えると「あと10回繰り返しなさい」という具合。これが原因でピアノが嫌いになってしまって先生を呼んでの個人レッスンも辞めてしまった(辞めた時の具体的な流れはもう覚えていない)。

そんな俺だったが小5のとき父親が死んだ。彼が残したフルートを見て「これを俺も吹けるようになりたい」と思った。そんなことを思いはしたものの、具体的に行動は起こさず、塾やら剣道やら(これも嫌いだった)中学受験に失敗したりしているうちに進学先の中学校に吹奏楽部があることを知ってそこに入部した。思えばこれが間違いだった。

俺の入部した吹奏楽部は俺以外全員女子顧問まさかの俺の父親の知り合いで、そこに男子が参加したものから舞い上がっていたように思う。最初に割り当てられた楽器チューバだった。いわく、低音でバンドの全員を支えろとのこと。チューバ奏者には申し訳ないのだが、これが全く楽しくない。低音を鳴らしても自分が何を演奏しているのか分からない。顧問部員モチベーションをあげるためなのか、自分趣味なのか分からないがみんな知っているポップス歌謡曲演奏させたが、メロディを奏でるメンバーが聞いたことのあるフレーズ演奏しているのに対して低音が演奏している音は一体何の役に立つのか全く分からなかった。定期的に同じ音を鳴らすこの行為になんの意味があるのか分からなかった。ついでに俺は残念ながら肺活量が低くてチューバを満足に吹くことができなかった。その後、顧問命令アルトサックスへ、そして最後コントラバス転向。もはや管楽器ですらなくなり、この辺で完全に俺のやる気は消失して部活をさぼるようになっていた。

で、中学2年生の夏休み。俺は部活に行くと言って家を出てから友達の家へ行って連邦VSジオンで遊んでいたものの、あるタイミング顧問がその友達の家に乗り込んできて俺は拉致されてしまった。与えられた楽器トライアングル夏休み明けのコンクール部員全員で参加して今の3年生を送り出すんだから、お前も参加しろとのこと。無理やりワンフレーズだけのパート練習させられて、そして迎えた本番で事故は起きた。トライアングルが無い。

理由は分からない。楽器を運ぶ担当の1年生からも下に見られていた俺は、楽器の用意をしてもらえなかったのかもしれない。それか、俺が自分責任で運ぶように指示されていたのかもしれない。分からないが、ステージ上で何もせずに突っ立っていた記憶だけは残っている。指揮棒を振る顧問の困った顔、演奏が終わった後でほかの部員から向けられた視線。すべてが苦痛で俺は逃げるように会場を後にした。顧問はさすがに哀れんだのかそれとも呆れたのか、それ以降俺を部活に連れていくことはなくそのまま俺の存在自然消滅した。

そんなことがあって、何年もの月日は経過したが幸いなことに音楽自体を嫌いになることはなかった。どちらかというとDreamcast勢だった俺はクレイジータクシーソニックアドベンチャー洋楽に触れて、バンド存在を知って低音が奏でる面白さをそこで初めて知った。と言って、特に具体的な行動を起こすでもなく大学に行ってからギターヒーローとかドラムマニアときどき遊ぶ程度。あとはオーケストラマーチングジャズなんかをときどき思い出しては聞く程度だった。だけど心の中で、音楽をもう一度やってみたいと思う気持ちだけはちょっとずつ育っていっていた。

結婚して子供もできて、その子供が8か月になったころの2020からコロナの影響を強く感じるようになった。仕事はそれ以前から完全リモートだったので特に支障はなかったのだが、趣味温泉旅行制限されたのはつらい。そんな中でおこもり需要の一つとして注目されたのが楽器だったわけ。俺もその例にもれずヤマハが発売しているヴェノーヴァを購入してみた。生まれて初めて自分お金で買った楽器。これがめちゃくちゃ面白い。

練習はだいたい朝子供保育園に送る前と夕方保育園から帰ったあとの夕食までの時間。だいたいどっちも20分くらいだから1日のうち40分くらい。しか最近寒いから朝の練習はしない日もある。練習と言っても昔のように間違えたフレーズをなんども繰り返すわけじゃない。最初こそ音を鳴らす練習や指の運びの練習はしたけど、一通りそれっぽく音が出せるようになったら後は自由だ。楽譜を買ってきて自分が好きな曲を自分が満足するまで吹けばそれでいい。アニメ特撮が好きなので「ドラえもんのうた」とか「ウルトラマンのうた」とかを一通り吹いて、サビだけ吹けるようにしておしまい最近コンビニで曲ごとに譜面印刷できるので、気になる曲だけ印刷してくれば1枚400円くらいで収まる。飽きたらまた別の曲をやるし、ときどき思い出して前にやった曲を吹いてみて自分の中の変化に目を向けると、ちょっとは上手になったかな?と思って自己満足する。それだけでいい。

子供の時にやっていたバイエルをひたすら反復する練習は何だったのか。中学とき面白さが全く分からなかった低音をひたすら鳴らしていたのは何だったのか。そんなことやる必要なんてなかった。自分が好きな曲を適当に吹いてひとまず満足して、そしてまた戻ってきて高みを目指したり目指さなかったりすればいい。そう言う物だったんだな。

今にして思えば父親が俺に音楽を教えてきたことは無かった。たぶん、彼は今の俺と同じことが分かってて練習強要するんじゃなくてやりたくなったらやればいいくらいのスタンスだったのだと思う。俺もそういう気持ち子供に接して行きたい。

次はスタートゥインクル プリキュアのTwinkle Stars演奏したい。

2021-02-11

音楽を体系的に語れるのが羨ましい!

クラシック音楽最近話題だけど、クラッシック畑の人々の音楽の語り方は本当にカッコいい

○○派とか□□以前とかxx世紀とか、そういうワードポンポン出てくる

さすがクラッシュク、古典というだけあって、やっぱ蓄積ってもんが違うのかもしれない

いや、でもクラッシュクーだけじゃなくて、ジャズとかロックでもそういう語り方してる人はいるんだよな

コルトレーンナンチャラの絡みが云々、このバンドUKの影響を強く受けていて云々……

たぶん、どんなジャンルだろうとその気になれば体系的にツラツラ語ることはできるんだろうなと思う

クラッシュバンディクー畑の人が特にその傾向が強いだけだ 

俺もアレができるようになりたい……と思いつつ、全然できる気がせん

リバティーンズザ・ストロークスフォロワーで、Reptiliaをカバーしたのがバンドとしてはじめての活動だったらしい!みたいな、瑣末な知識しかない

ストロークスガレージロックリバイバルバンドだ!っていうのはストロークスファンとして知ってるが、他のガレージロックリバイバルバンドは知らんし、そもそもリバイバルじゃないガレージロックのことも全然知らん

最近iTunesのおかげで聴く曲の幅が広がったけど、ひとつバンドへの掘り下げは浅くなってしまった

アルバムを通しで聞くのはよほど気に入ったやつだけ……なのはからそうだけど、一度も通しで聴きすらしないことが増えた

気に入った単曲のつまみ食いばかりしていて、繋がりみたいなものを把握できてない

つか、クラッシュバンディクー趣味の人たちってどうしてるんだろう?

アルバム(?)を通しで聴く、みたいな営為クラッシュ万ディクーでやると相当キツイイメージある

個人的に好きな歌モノ、ペルゴレーシさんのStabat Materなんかも、三曲聴くと眠りの世界に誘われてしま

そもそもクラッシュ万事休す、というか管弦楽曲、生で聴いてすら眠くなるからなあ

昔相当うまいオーケストラ演奏会行ったとき、かなり感動し、もっと聴きたい!と思いながら寝るという謎の体験をした

あれどうやったら集中しつづけられるんだ?

いや、まあその辺は語り方には関係いか

とにかく、体系的に語りたいんですよね

なんとかできねえかなあ

2021-02-03

anond:20210203082652

ワイは修士号もってるが、美術館演奏会も行ったことないし何が楽しいのかもわからんぞ。同じ会社の同僚見てりゃ、学歴なんて関係ないとわかるはずだが

学歴コンプというか学の無さがコンプレックス

高卒の26歳、年収は約一千万

長らく、学歴ある人は転職先も豊富で、理系だと資格も持ってて引く手数多で、生きる選択肢があって良いなと思ってた。

自分は、たまたま待遇会社に入ったものの、ここを離れるとたちまち年収300万にも届かない仕事しか選べない訳で、金があっても自由はない。

 

実際のところ、医者弁護士でもない限りこの若さでここまで稼げる奴、更に収入も増えていく未来が見えてる奴もそうそう居ないらしくて、じゃあ何にコンプがあるかとすれば、それは学の無さだった。

例えば美術館に行ったり、ジャズ演奏会に行っても、ぼんやりと「良いなぁ」と思うくらい。

嘘。美術館は「何これ」だし、コンサートも好みの曲以外は眠くなるだけ。

 

学さえあれば、分かる様な、そういうことが俺には分からない。

多くの富裕層や稼いでる人たちが「素晴らしい」と思うものが俺には一切共感ができない。学が無いから。

別に大学で習う訳じゃないだろうよ、でもさ、知識階層に触れてさ、文化的事柄さわりを知ったり、色々な切っ掛けに触れる機会に俺は触れなかったんだ。若い時にさ。それがスゲェコンプレックス。

コロナだってさ、そういう「分かる人には分かる」みたいな娯楽がどうせ溢れてるんだろ。俺は知らないだけでさ。知っても分からないだけでさ。

もうさ、なんつーかさ、そういうのが今後一生続くんだと思うとさ、死にたくなってくる。

2021-01-25

コンサートホールがない街だと・・・

今をさかのぼること30年以上前コンサートホールもなければピアノを床置きする公民館すら確保できない町があった。

そのような街には、普通クラシック音楽家は誰も来ない。

しかし、昭和時代はまだ大衆への啓蒙事業がかすかに残っていた。

平成期に入ると、ホールミュージックスペースが立て続けに私の故郷からバスで25分のところに合計3つできたため、事業絶滅した。令和の今は、イオンですら特設ステージでうらやましい。

昭和時代はそんなものがなかったので、中学校体育館で、当然入場無料だ。まだ入場無料演奏会が珍しくなかったのである

その演奏会は、ピアノでもオーケストラでもなく、編成がピアノ5重奏だった。

演目モーツァルトピアノ重奏曲K478、休憩後にドヴォルジャークアメリカB.179だったように記憶している。

おそらく、私の故郷から電車に乗って2時間ほどのオーケストラメンバーがやってきたと思っているが、少々違っているかもしれない。ピアノ5重奏興行をしている団体ではなかった。

体育館演奏会は、田舎地方では全く珍しくなかった。福井県越前市では、バリーシュナイダーが素晴らしいドビュッシー体育館演奏したそうである

浜松国際ピアノコンクールのように、予選落ちのコンテスタント小学校体育館へ来てもらうということは、浜松市だけがやっているだろう。しかし、これは労音とともに生きた中村紘子の発案で、普通ピアニストはそんなことはしない。

昭和期の田舎だと、シェーンベルクはおろか、ワーグナーでも現代音楽扱いで、ほとんど演奏の機会がなかったように感じている。ドヴォルジャークが受けたのは彼の音楽原則2管編成で、比較事故につながらないからだろう。

ドナウエッシンゲン現代音楽祭にすら日本作曲家が乗り込んでいたというのに、田舎ではドヴォルジャークが最新の作曲家だったのである

2021-01-24

コロナ音楽

彼に会ったのは、人手が足りないからと友人に駆り出された室内楽イベントだった。

私は普段アマチュアオーケストラの片隅でビオラを弾いているが、コロナ禍でオーケストラ練習は軒並み中止に追い込まれている。

N響による検証では、管楽器でも一定距離以上の飛沫が飛ばないことは分かったが、練習会場が閉鎖されがちなのでどちらにせよ練習できない。)

そんな中、友人が所属するオーケストラでは、弦楽四重奏五重奏の数曲を演奏する催しをするという。

予定曲に対して参加希望者が微妙に足りないということで、私にお声がかかった。昨年9月頃の話だ。

初回練習日に会場につくと、私と一緒の組で演奏するメンバーを友人が紹介してくれた。

チェロ奏者は、理系研究職に就いているという彼であった。

巷のステレオタイプ研究職のイメージよろしく眼鏡をかけており、外見にあまり気を遣っていないようだった。

リハーサルが進むごとに、心の機微をよく理解し、優しいことが分かった。そして音は自然で伸びやか。タイプだ。

ただ、こちらも三十余年を生きており、人並みの自制心は持っている。

数回のリハーサルを経て、本番を迎えた。

ベートーヴェン激情のなかを私たちは進む。

目を合わせる。息を一緒に吸い、一緒に音を出す。彼が問いかける。私は答える。音楽が少し走り出す。私たちは目くばせをして合わせる。

音楽の根幹が「空間を共有し、呼吸を合わせる」ことにあると再確認する。

コロナ禍で半年以上コミュニケーション自体が激減していたところ、彼との無言の会話は劇薬だった。

本番が終わった後、ご飯に行けるはずもなく、話しながら一緒に帰った。遅くなりがちなところ上手くいってよかったです。でも最後ちょっとばらけちゃいましたね。

話している最中、目を逸らさずに見てくるので動揺した。反則なのでやめないか。瞬間、私は演奏中の光景を思い出して赤面する。

そんなこんなで私はあっさりノックアウトされた。

それから特に用事もないまま時間けが過ぎていく。コロナ前ならご飯に誘ったんだろうがこのご時世だ。

音楽に関しても練習ゼロ生活に元通り。

友人に探りを入れたが、二年ほど前に「今は仕事正念場なので恋愛とか結婚とかは考えられない」と言っているのを聞いたという。

かく言う私も、このまま仕事がうまくいけば、半年後に今の居住地を離れる。こんな宙ぶらりんな状態でどうこうするのは申し訳ない。

第一必死仕事をしている人に「私のためにあなた時間をください」と伝える勇気は今の自分にはない。

研究職が今が正念場なのも本当で、考えれば考えるほど、今はそっとするべきという結論になる。私の勝手邪魔をしてしまうのも悪いしな。

友人の団体には、演奏会の助っ人枠にいつでも呼んでくれと伝えてはあるものの、冬に続き、夏の演奏会も無くなる公算が高そうだ。

というわけで、残念だけど、どうしようもない。

9月のあの一日は白昼夢だったのではないかとすら思える。

とりあえず、はよコロナ収まってくれ。

2021-01-20

自粛する卵たちへ

今年卵から孵化して関東圏で医療従事者をしているひよこです。

大学時代オーケストラサークルバイオリンを弾いていた。無理矢理習わされていたので小さい頃は嫌々練習していたが、小学生の時にのだめを読んで衝撃を受け中学からオーケストラ部に入部、以降ずっと続けてきた趣味大学に入った後も当然続けるつもりでいて、期待しながら入学するもうちの大学は単科で人が少ないかオーケストラサークルっていっても30人もいないような有り様。まぁそれでも年に一度、定期演奏会ときには賛助をかき集めOBOGを大勢呼び、なんとか人数を揃えて、ベートベンとかチャイコフスキーとか、大作曲家交響曲をやっていた。私の卒業の年も、私たちの学年がやりたがった派手な大編成曲を、当時の幹部たちがあの手この手で人を集め楽器を集め、なんとか演奏させてくれた。いい後輩たちに恵まれたな、としみじみ感じながら引退した。

人の少ないこの弱小サークルにとって、定演にどれくらいのOBOGが乗ってくれるかというのはかなりクリティカル問題だったので、卒業した後の定演にも当然参加するつもりでいた。可愛い後輩たちが、1年かけて作り上げてきた曲を舞台で堂々演奏し、華々しく引退する様子をみるのを楽しみにしていた。


が、このコロナ禍。

定演は毎年4月開催。2020年4月定演が飛んだのは、緊急事態宣言最中だったし、致し方ないと思った。2021年定演は無事にやれますようにと願っていた。世話になったあの幹部学年の子達が引退する演奏会だし、あの子たちが演奏のために積み重ねてきた努力のことを知っていたから。例えばバイオリンの後輩2人は、どちらも大学から初心者だったけれども、熱心でセンスのある子たちで、めきめきと成長をみせていて、大学から楽器をはじめた彼女らが、最後舞台でどんな演奏を聴かしてくれるのか本当に楽しみにしていた。初心者でもやればここまで来れんのよ、ってのを見せてくれるだろうと思っていた。

去年の6月くらいに、次の定演ではベートベンの5番をやります、って連絡が来て、とてもわくわくした。初心者が多いけど、先に言及した2人のように真面目でセンスがあってかつ堅実な曲を好む傾向のある学年だったから、最後の曲に運命を選んだのは、なんだかとてもしっくりきた。似合うな、と思った。

ベートベンの5番という、言うまでもない、最高の名曲を、仲間たちと1年間かけてじっくり創り上げることの価値。大変なことだし、そもそも彼らには学業という本業があって、その片手間に取り組むことであるので、テストサークルに挟まれて大いにストレスを感じることもちろんあるけれども、やっぱり楽しくて面白くて、一生の思い出になることだ。彼女たちに、私が最後の1年で経験したことを、同じように経験して欲しかった。


2021年定演は諦めます、という連絡は思いの外早く、夏頃に来た。

まぁ、予測していたことだった。感染者の数は、なんとなく減っていたような頃合いだったけれど、彼女らが今まで通りのサークル活動が再開できる目処は一向に立ちそうになかった。

理由はふたつ。

医療従事者の卵であり、実習の過程患者に接する。

定期演奏会を開催するためには、学外者である賛助やOBOGをかき集めて80人規模で練習することが必要不可欠である

学内者に限れば、そこはやっぱりみんな医療従事者あるいはその卵なので、感染対策に気を配るそれなりの生活をしている。ところが学外者となるとわからない。学外者が拾ってきた感染症をサークル活動のなかで学生が貰って、それを病院患者医療従事者たちにばら撒く、なんてことはあってはならない。

このコロナ禍が落ち着くまでは、彼女らは涙を呑んで、自分たちもいつか立つはずだと思っていた晴れ舞台を見送るしかない。

悔しいのは、例えば、都内なんかでは、早ければ5月くらいか活動を再開していたオーケストラがあることだ。どこよりもこの感染症が蔓延っているのは東京なのに、肝心なこの地の住人たちはさっさと自分たちの娯楽を再開してるのだ。


なんで彼らはよくて彼女たちは駄目なの?



僕らは医療者だから彼女らは医療者になるから

僕らは人の命を救う職に就く。

人の命に絶対価値を認め、病む人に手を差し伸べる職業に。


あのね。

君らがあの舞台運命の音を鳴らせていたらどんなに良かっただろうと思う。君たちも、今もずっと思っているだろう。そして今後一生思っていくんだろう。あのときあの演奏会をやれていればよかったのにって、この先ところどころで思い出すんだろう。

それなのに、泣く泣く中止を決定した君たちの決意に、私は敬服する。

まり、「何としても命を救おう」という、医療者としての決意です。



君たちの今回のこの決断が救う命が必ずある。君たちのこの行動自粛が救う命が必ずある。そしてそれは、誰にも感知されない、感謝もされないものだ。「起こらなかったこと」には、誰も感謝なんかしないんだ。

それでも、君たちが救ったんだ。



まだ卵だけれども、医療者としての確固たる信念を湛える君たちへ。

いつか、この災いが終結した世界で、また一緒に音楽をやりましょう。

anond:20210120151343

ここ数年ゲーム音楽オーケストラ演奏会は、もう何の苦もなく受け入れられてるからね。

仕方ないよね。

あんピアノリダクションしてもいいような音楽でも、需要はあるということ。

2021-01-15

キュレーターとは,現代美術文脈において展覧会企画運営等を総合的に指揮する人のことである。どんな作品を取り扱うのか,どんなタイトル展覧会にするのか,展示の順はどうするのか,ライティングは?解説は?チラシに掲載するキャッチフレーズは?等々。

今日クラシックにおける自主企画演奏会は,多くの場合プレイヤーがやりたい演目をやる」ということになっている。もちろんそこにコンセプトやテーマがあったりする場合もあるのだが,美術作品とお客さんをキュレーターという専門家架橋している美術市場と異なり,クラシック市場にはキュレーションを専門に勉強している人がいない。現状コンサートマネジメント演奏家がやっているわけだが,あまりに画一化しすぎているのではないかクラシック音楽にも,お客さんと作品キュレーション架橋する発想があってもいいのではないか。そのあたりのことが気になってのツイートだった。

ということで,このnoteではこの件についてもう少しだけ深堀してみようと思う。久々の投稿ですが,お付き合いください。

目次

1.現状は相変わらず「上手い人一強」の世界

2.運営さん,ゲームバランスの調整まだですか?

3.キュレーション差別化手段になりうる

4.プレイヤーキュレーターorプレイヤークリエイター

5.まとめ

1.現状は相変わらず「上手い人一強」の世界

繰り返しになるが,現状のクラシック自主企画コンサートは「演奏家がやりたい演目披露する場」として機能している。これ自体が悪いわけではないし,演奏家独りよがりだと批判するつもりもない。もちろん演奏家選曲プログラムノートに苦心しているし,そこには確かに工夫の痕跡がある。

でもね,正直クラシックコンサート演目って似たり寄ったりじゃないですか。

コンサートに「一度も聞いたことのない楽曲」が含まれていることは稀だし,大体定番曲が並んでたまに新曲初演があるくらい。クラシックサックスなんかはまさにそうだ。クラシック音楽が「過去音楽再現する」文化である以上,演目の重複は避けられない。まぁこれは仕方のないことではある。

ただそうすると,当然誰しもが「同じ曲を聴くなら上手い人の演奏聴きたいよね」と思うようになる。つまり技術で劣る演奏家演奏会に行く理由がなくなってしまうのである

このnoteでも何度も言っていることだが,クラシック音楽特に文化的に醸成された良さや美しさの基準」が強烈に機能するジャンルで,「この人あんま上手くないけど個性的で好き!」とか「この若手は下手だけどトッププロにはない魅力があるなぁ」みたいな評価が生じにくい。また,特にクラシックサックスのように難しい近現代曲が必須レパートリーになっているジャンルは,必須とされる技術レベル結構高い。例えば音色がめちゃくちゃ魅力的だったとしても「指が回らない人は使えない」「スラップタンギングできない人はコンクールの一次予選の課題曲が吹けない」みたいな悲しい評価が下される。

結果的に,クラシック演奏家市場では「楽器の上手さ」が保障されているプレイヤーしか人が集まらない状況が生まれやすいのである。これは,ブルーハーツ東京事変がどちらもCDになって成功できるポピュラー音楽とは事情が全く違う。ブルーハーツみたいなパンクロックって,演奏したり作曲したりするのに必要西洋音楽技術結構低いんですよ。川谷絵音東京事変King Gnuの曲とは複雑さが全然違うわけです。それでもブルーハーツとかモンゴル800とかが世間に認められてCDを出しているという事実は,「ポップスクラシックに比べて多角的評価されている」ということの証左だろう。個人的にはとても健全だと思う。一方のクラシック演奏家市場は,「楽器の上手さ」がほぼ唯一の評価観点として強烈に幅を利かせているのである

2.運営さん,ゲームバランスの調整まだですか?

プロ世界なんてそんなもんだよ」というかもしれない。でも,僕はこの「楽器の上手さというパラメーターが最強の世界」が気にくわないんですよね。

例えばこれが「クラシック演奏家育成」をテーマとするソーシャルゲームだったら,と思って考えてみてほしい。

このゲームでは,プレイヤー最初ガチャで引いたキャラを「一流のクラシック演奏家」に育て上げることが目標とされている。当然キャラクターには「楽器の上手さ」というパラメーター以外にも「音楽史についての知識」とか「自身活動への俯瞰的視座」とか「個性的音色」とかのパラメータもあるわけで,キャラによっては「音楽史についての知識」が先天的に強い,みたいなやつもいる。当然プレイヤーもその辺をコツコツ育てたりするわけだ。なのに,「音大卒業」というチュートリアルイベント以降,ゲームで勝っているのは「楽器の上手さ」のパラメータに全振りしてキャラ育成をしたプレイヤーのみ。もっといろんな勝ち方があるとおもってたよ…最初キャラガチャで「音楽史についての知識」が強いキャラを引いた人はどうしたらいいの…運営しっかりしてくれよ…

まともなゲーム運営なら「これだと勝ち筋がひとつしかないゲームになってしまうな。よし,他のパラメータを育成した人が勝てるようなイベントを投下するか!」などといった対応がなされるはずだ。しかし,このゲームにおいて運営がそのような神対応をすることはない。いつになったら修正はいるの?まだなの??もう勝てそうにないし…リセマラするかゲームやめるかどっちかだな…。

…まぁでも現実世界にはゲーム運営はいないし当然リセマラもできない。だれもゲームバランスの調整をしてくれないのだ。結果的に,「楽器の上手さ」が一定値を超えていない人は今後も仕事がないし,今仕事がある人でさえもそれを上回るパラメータをもった若手が現れた瞬間に仕事を取られる世界になっている。多様性とは程遠い市場が出来上がってしまっているのである

3.キュレーション差別化手段になりうる

そこで,「せめて僕の周りにいる音楽家には幸せになってほしい(そして一生楽しい飲み会に付き合ってほしい)」と考えている僕は,「演奏会プログラミングやプログラムノート等に拘りまくってお客さんの聴取経験を素敵なものデザインできれば,技術トッププロに勝てない演奏家にもファンがつくのでは?これってつまりキュレーションでは?」と考えた。

モナリザ」みたいな超有名絵画を目当てに美術館に行く場合を除き,僕たちは「特定の絵」を見にいくというより「その展覧会デザインされている体験」に価値を感じて美術館に足を運ぶ。例えば僕は以前「ベルギー奇想展」という展覧会にいったのだが,一つ一つの絵のクオリティというよりも,複数の絵の鑑賞を通して得られたその展覧会全体の印象のようなものに興味を覚えた。「作品価値」ではなく「作品群を総体として経験することの価値」に感動したのである。まさにキュレーションの賜物だったのだろう。

また,「ベルギー奇想展」というタイトルやチラシに載せられていたペストマスクみたいなデザインキャラクターにも強烈に惹かれた。頻繁に美術館にいくタイプではない僕でさえ,「行ってみたい」と思えたのである。そして,この辺のこと全てを把握し,「美術館での体験」をデザインする人がキュレーターなのである(と僕は思っているんですがあってますかね。もしかしたら広報にはそこまでコミットしないキュレーターもいるのかもしれない)。

一方,クラシック音楽演奏会はどうだろうか。そこに「体験デザイン」という発想が見て取れる場合は少ない。もちろん選曲や曲順にこだわりが詰め込まれていることはわかっている。それでも,普段美術館に行かない僕に足を運ばせたような,「作品群を総体として経験することの価値」を際立たせるようなコンサートってなかなかないんじゃないかな。少なくとも,多くのプレイヤーは,「コンテンツ演奏楽曲)のクオリティ,そのほかはあくま付属品」だと考えているし,むしろ演奏クオリティのみでガチンコ勝負することが美徳だとされている感さえある。でも先ほども指摘したように,この土俵で戦って勝てるのは「楽器の上手さ」というパラメータが抜きん出ている人だけだ。

キュレーター自分作品を作れない。その代わりに,個別作品の羅列に「作品群を総体として経験することの価値」を付与する。演奏家も,キュレーターのように体験デザインすることができれば,お客さんを呼べるのではないか,というのが冒頭で引用したツイート意図だった。つまり,「楽器の上手さ」以外のパラメータを活かせる場はありますよ,ということだ。

具体的には,音楽史や楽曲分析に関わるパラメータを磨いてきた人は,それを用いてMCや曲目解説選曲で魅せることができるだろう。その場合,チラシやSNS広報のあり方も抜本的に考え直さなければならない。このへんについては別途記事を書こうかな。とにかく,僕は「楽器の上手さ」のパラメータが高い上位5%の演奏家しか生き残れない現状を打破する手段として,キュレーションの発想を生かさない手はない,と考えている。

4.プレイヤーキュレーターorプレイヤークリエイター

はいっても,「そんなことできねーよ」という声も聞こえてきそうだ。キュレーションそれ自体仕事にする人がいるんだから,「作品に対する俯瞰的視座をもって聴取体験デザインする」とかめちゃくちゃ高度じゃん。自分たちは演奏家なんだよ,演奏以外やりたくねぇ!

…まぁもちろん気持ちはわかるんですが,今の僕が「楽器の上手さ」のパラメータで勝てない人にできるアドバイスは,①プレイヤーキュレーターになれ,もしくは②プレイヤークリエイターになれ,くらいしか思いつかないのが現状だ。すいません。

クラシック演奏家って特殊立場なんですよね。CDスピーカーがなかった昔のヨーロッパなら,演奏家はまさに一家に一台欲しい人材だったはずだ。演奏家がいないと音楽聴くことすらできなかったのである。そのような時代背景とパトロンがいてこそ演奏家という仕事は成立していた。でも現代ではbluetoothスピーカーとAppleMusicがあればいくらでも自宅で音楽を聴けてしまう。馬車や人力車自家用車にとって変わられたように,そして今後タクシー運転手自動運転にとって変わられるように,中途半端演奏家オーディオ機器および音源の中の一流プレイヤーにとって変わられるだろう。個人的には,オーディオ機器音楽サブスクリプションサービスの発達は,演奏家という職種に対する破壊イノベーションだと思っている。

からこそ,演奏家は「他者作品再現」以外の価値を作らなければならないのだ。

こういうと,「演奏家だって生演奏という価値を生み出している!!」という反論が聞こえてきそうだ。もちろんわかってます。僕はクラシック音楽愛好家なので,生演奏に魅力を感じています。でも「生演奏は素晴らしいのでサブスクで聴かずに演奏会に来てください!」という売り方をしたとしても,多くの人は,「わざわざホールまでいって中の上くらいの生演奏聴くより,自宅のスピーカートッププロ演奏聴く方が楽だよな…」と考えるのではないだろうか。コンサートホールまで往復2時間かかるし,演奏会って夜ご飯時間丸かぶりだし,拍手するタイミングとかマナーとかよくわからないし…だったら家で聞けばいいや,「楽器の上手さ」ならこのCD中の人の方が上でしょ?…これが一般人残酷本音のような気がする。だからこそ,「作品群の連続体験デザインする」というキュレーターとしてのスキルを磨いてはどうか,という提案をしているというわけだ。

また,オリジナル作品を作れる演奏家も強いと思う。むしろこっちの方がわかりやす価値提示でき,周りと差別化できるような気もする。「他者作品再現」や「生演奏」以外の価値を生み出す上で手っ取り早いのは作品を作ってしまうことだ。もちろん,他の作曲専業の人々と張り合うような作品を作るのは難しいしむしろ得策ではないので,毎回演奏するアンコーピースだけ作るとか,曲間に即興演奏を入れるとか,そんなことから始めてもいいかもしれない。

ちなみに,「自分作品を持った方がいい」と言っているクラシックサックス演奏家出身の僕自身作品を作っていないのはなんか説得力がないと思ったので,最近気が向いた時に曲を作っています

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2021-01-12

かつて好きだった人について

※人によっては不快気持ちになるかもしれません ご了承の上お読みください。

初めてその人を見た時私はその人の髪色の所為でその人の存在自体自分の居る場所に妙に不釣り合いなように感じたことを覚えている。

動画サイトで後ろ姿しかたことのないその人は、動画で受ける印象よりも少し若く見えた。髪の毛が短くなっているからだろうか、服の着こなしといいその人は自分に似合う物をそれなりに考えて着てるみたいだった。第一声は「意外と背が高いね」だった気がする。ちょっと立ってみて、と言われて立った私は緊張で少し震えていたと思う。何か吹いてみて、と言われて吹いたのは先輩から事前に渡されていた軽い小曲集の1つだったがそれすらもろくに吹けなかったので内心ものすごく緊張しながら吹き終えた事だけを覚えている。

好きなんだろうか、と思ったのは暑い盛りの夏が終わった時でその頃には私は部活にそれなりに馴染んできていて、それなりに楽器も吹けるようになっていた。

朝練に出るため川沿いを自転車で走っていたときに見えるまだ出たばかりのまばゆい太陽を眺めながらあの人もこの太陽を見ているのだろうか、とかそんなことをふと考えた。もっともその人はいつも練習時間遅刻してくるのだけれど。朝早く起きているのかすら怪しい。でも、そんなところがその人の私から見た好ましいところだった。

先輩方のお別れ会、というものを空き教室でやったことがあり、そのときもその人は遅刻してきた。

お別れ会を進めようにも来ないのだから進めることが出来ない。私たちはその時間の間にペットボトルジュースを何本か開け、持ち寄ったお菓子を紙皿にぶちまけて食べていた。行儀が悪い。

遅れてきたその人を見てようやく揃った、と全員が安堵した。その人を含め1、2年生で合唱なるもの披露したときその人は少し泣いている様に見えた。指揮を振るときしかめったにつけない薄いフレーム眼鏡を少し持ち上げて目頭を軽く指でなぞる仕草は皆が前を向いていたときにこっそり横目で見ていた私だけが気づいていたのだと信じたい。

その泣き方は別れに何度も立ち会ってきたけれどそれにまだ慣れきっていないといった感じだった。

私はその人にも別れの歌がよく聴こえるように一層口を大きく開けて歌った。その日の歌は毎年聴いてる合唱の中で一番良かった、と言われた。それを聞いて私は、来年になったらまたおんなじ事をこの人は言うのだろうと思った。


楽器屋の壁にある演奏会ポスターが貼ってあるのを見つけた。そのポスターにはその人の名前も載っていてその演奏会に出るのだ、という事に気がついた。塾の帰り道、コンビニに寄ってチケットを買った。学生なので安く済んで良かったと思った。

年が明けて、学期始めの前日にスカイツリーのよく見える街までその演奏会を聴きに行った。中は混んでいて客の大半は知り合いの伝手で来ているらしかった。楽器を吹いて参加する事もできるらしく、学生らしき人が楽器を持参してパンフレットの裏に載った譜面を吹いていた。でも、ステージの上を目を凝らしてみてもその人の姿はそこには無かった。

演奏会が終わりホールから出て行こうとするとその人は出口の辺りに居た。一般参加者の人にだけ配布されたバッチか何かを回収する係らしかった。あとでその人のSNSを見ると演奏会のあった日に「ありがとうございました」というメッセージ舞台裏から撮ったらしい写真が添付されていた。その人は理事で、演奏には参加していなかった。


冬が明け、春になり私には後輩が出来た。今まで2人しか居なかったので後輩が出来るのは素直に嬉しかった。三年の先輩はいないので実質私たちが一番年上だった。

新入生がその人の前で演奏する時期がまたやってきた。去年の自分を見ているようでとても初々しかった、それと同時にもうそこには戻れないさみしさを感じた。もうあの頃には戻れないのだ。泣いたって叫んだって私はもう前に進まなきゃいけなくて、あの子達はきっと自分よりももっと上手くなってそのうち私も追い越されてしまうんだろう、と思った。それが羨ましくて私は新入生の演奏聴くように言われたが練習がしたい、といって断った。後輩に興味の無い人間だとあの人は思ったかもしれない。それでもあの人は頭の片隅でほんの少し思っただけでそのことについては1秒後には忘れているのだろう。

夏になりコンクールの時期がやってきた。コンクールにはそれなりに力を入れている学校で上位大会にもよく出場している学校だった。コンクール以外でも全国大会に参加したことのある、知る人は知る中堅の強豪校だった。

コンクールの結果はとしによってもまちまちだったが私たちの前の代までは連続地区と県は必ず抜けていた。最も中学の時は最後の年しか県を越えた事は無かったので中学と似たようなものだと思った。オーディションは学年問わずほぼ全員強制参加だ。オーディションを真ん中くらいの微妙順位で抜けた私にはなぜかソロが回ってきた。その前のソロコンの順位たまたま一桁台だったからかもしれない、まぐれで良かっただけの順位を当てにされても、と思ったがなんとかその人の期待に応えよう、と思って私はそれなりに全力を尽くした、つもりだった。

結果は予選落ちで、このくらいひどい成績を取ったのは史上2回目らしい、しかもその前は15,6年ほど前のことだ。

コンクール予選の音源を聴いてみたがそこまで特に大きなミスを感じなかった。音圧で耳がおかしくなっていたのかもしれない、とおもったけれど舞台裏で聴いていた友人にはべつに地区落ちするような音楽じゃない、と言われた。スタンドで飲んだタピオカを飲みながらちょっぴり泣いた。帰りの電車でも泣いて、家に帰ってからも2階の自室へつながる階段を上る気力すら湧かなくて、気がついたら床に突っ伏して泣いていた。涙と鼻水がフローリングに滴った。

次の日の反省会ほぼほぼ全員大泣きした後、心機一転音楽室の大掃除をした。空は真っ青で、雲は学校の前にある会社よりも遠くの方に見えた。窓越しにその人と目が合ったとき私は片膝立ちで窓の外をぼんやりと眺めていた。サボっていると思われたんじゃないかと思ってそのイメージ払拭するかのように窓を濡れ布巾の乾いた布巾で一生懸命拭き上げた。一緒に掃除していた後輩に「先輩、落ちないでくださいよー」と言われて自分が窓の縁から落っこちそうになっているのに気がついた。

窓の外側からその人の車が見えたことだけ、私ははっきりと覚えている。

これで終わりです

2021-01-10

成人式

https://anond.hatelabo.jp/20210110230859

なんでそんなものに出席したいのかわからない。

成人式は式の案内が別の住所に届いたらしいので勉強に忙しい私はやってないし、卒業旅行だってやってないし、地元演奏会を開いてくれたのは友達の有志だった。

普通の人ならやってくれることを、やってもらえたためしはない。

普通の人には絶対に手の届かないことばかりをやってきたが、これは今の私もそうである

なんで地元イベントの出席ごときで分断が生じると考えるのか理解できない。

さっさと国際社会のつながりを得たほうが得だと思う。

成人の日のころ、恋心なんてものは完全に消えてなくなり、ロマンティシズムや強い感情表現否定した曲ばかり書いていた。

そのころ特に愛着を持って聞いていた曲は、ファーニホウのEtudes Transcendantalesだったように記憶している。

これはちゃん楽譜を読んで、比率の分割とかわかって聞いていないと、何の意味もない。しかし、20歳ボンクラは次々と流れるように歌う微分音を聴いて悦に浸っていた。

日本Giorgio Magnanensiが紹介された時代だ。当時はマニエリスム流行っており、私は流行ものに弱いので、この種の傾向を好んで聴いていた。

私は流行に弱い。

どうやらほとんどの男性作曲家流行に強く、誰が何といおうが突っぱねる人が多いらしいが、私は逆である

Magnanensiの傑作弦楽四重奏曲第2番も、時代象徴した音楽だと思っている。大量に素材が消費されるだけの作風ってのが流行った。

ハヤ・チェルノヴィンはこの種の傾向の欠陥に気づいていたらしく、生徒の作品を見て「飴を渡し続ける作品ダメ!鞭もちょっとはね」と返したとか。

2020-12-19

知的水準劣化すれば社会は分断されないか無問題漫画のような話だが本当の話である

最近は、textを扱うどこのサーヴィスでも「お金があればこれができた」と「お金があればここに行けた」のオンパレードである日本も本格的にこの文句が踊るようになってきた。大学入試に関する限り、あと30年ほどはこの文句はどうやっても消えることはないだろう。

明治維新によって、日本にもヴァイオリンピアノ演奏会が始まりつつあった時も、聴衆のほとんどはこのように感じていたのだといわれている。しかし、当時の日本人は、西洋との格差を感じつつも、西洋文化をかつての中国のように否定はしなかった。明治を抜けて、大正昭和時代になってさえも、首都圏に限ってはゴドフスキープロコフィエフ来日した。アンリ・ジル=マルシェックスも来日し、ストラヴィンスキー日本初演して帰っていったことは梶井基次郎の「器楽幻覚」でわかる。海外との絶望的な生活水準格差を感じつつも、「格差を感じるのでこの作曲家は嫌だ」ということを日本人は言わなかった。追いつけ追い越せなので文句は言えなかった。「名人芸披露したところでは客が拍手をした」としっかり、プロコフィエフ日記に書いており、日記に何でも付けた彼のことだからまるっきり嘘ではないだろう。

令和はどうだろう。

田舎地方ですらもピアノ電子オルガンによる教育が浸透し、ポップカルチャーの中のピアノニコ動ですらもキーワードになり、挙句の果てにはどこの大学にもピアノクラブがある。ジナステラピアノソナタ第1番は東大生によって日本初演され、リゲティ練習曲集第2巻は元京大生の手によって日本初演された。昭和田舎サルゴリラ動物園で騒いでいた時よりも、平成から令和期にかけての状況は良いではないかという主張をする者さえいる。しかし、今の東京藝大ですらもレベッカサンダースやオクサナ・オメルチュクを招聘できるほどの体力はコロナ禍で残されていないだろう。

アカデミアの中核が、「格差を感じるのでこの作曲家は嫌だ」と言い出しているのである

はっきりと、「お金があればこれができた」と「お金があればここに行けた」が飛び交うのは名古屋だといわれている。何の同人イベントを行っても成功しない名古屋名古屋人は受験勉強には強くても、ほかがさっぱり、というのが平成常識であったが、令和になったら変わるのだろうか?愛知平成期にオーケストラを4つも持っていたが、戸島美喜夫にオーケストラ曲を委嘱することはほとんどなかった。単に、個人怨嗟で終息するのなら問題がないのだが、同調圧力とでもいうのだろうか、市民のまとまった声になるのだといわれている。

かつてストラヴィンスキーメシアンブーレーズCIA支援していた(グリフィスのModern Music And Afterを参照のこと)昭和期の日本では、海外からようこそいらっしゃいましたという敬意で満たされていた、と、されていた。事実は実は違っていた。招聘して喜んでいたのは首都圏身の回りだけで、田舎地方はそのような情報すら一切入手できなかった。田舎では、ピアノを床に置くスペースで演奏会を行う風習すらない。つまりベートーヴェンの「熱情」すら生で聞く演奏会がない。地方ではラヴェルスペイン詩曲すら聞けない。これが1980年代日本であった。

2020年代日本は、主に田舎地方居住者によって、格差証言されることが増えた。まだまだクラシック音楽現代音楽を専攻する人間に向かって「金の無駄遣いだ」と言葉暴力を用いる偏見は残っているが、奨学金で600万円も借金する学習障碍者が増えたおかげで、音楽アカデミアに集う人間への攻撃は減った。もう、音楽アカデミアで勉強する人間よりも、ほかの人間のほうが金を使うことは珍しくなくなった。中学勉強で躓くと、地方ならあっという間に私大文系コースだろう。そちらのほうの教育が高額になってしまうのである

こうして、底辺教育費で底上げされ、アカデミアへの偏見は全体としてへっているというのに、アカデミア自らが「格差を感じる」ので大物の招聘が少なくなっているのである。かつてはジャンカルロ・カルディーニだろうが、ヘルベルト・ヘンクだろうが、ティニー・ヴィルツだろうが昭和日本では交流会と称して招聘ができたのである。ところが、1990年代からなぜか変わってきた。「インフルエンザ休みます」というファックスを送付したのはハンス=ユルゲン・フォン・ボーゼであった。各種イベントに「非来日」という書き添えが加えられることが多くなったのである日本経済難を指摘する音楽評論家は多いが、ただ単に個人招聘することくらい地方自治体でもできる。地方自治体が、「もう知的進化することを放棄」したのが目立って増えたのが1990年代であった。

知的格差自己責任になってしまったのである1980年代昭和時代まではこうではなかった。知的格差を埋める人材山本直純芥川也寸志のようにいた。田舎地方教育は相変わらず公立に丸投げで、大卒組と非大卒組でしっかりと会話が分かれていた。「お金があればこれができた」という声があっても一瞬で黙殺できた。女性はまだ一方的男性に殴られ、中傷されていた。殴られた現場を見ているので間違いがないのである東京黙殺すれば、それが常識にすらなったといえば言いすぎであろうか?

東京地盤沈下は進んでいた。杉浦の解析入門を一行も理解できない東大生が増えたのは1990年代であったと聞いている。このことは、当時東から遠く離れた私の耳にまで風のうわさで入ってきたので、結構有名なことだったのだろうか。1990年代東京はもうどうしてよいか、さっぱりわからなかったのではないか知的格差を埋めるために行った政策も、ほとんど功を奏さなかった。作曲コンクールもかつては30分も自由に書けて3管編成で30段以上で攻めることができたのに、少しづ演奏時間オーケストラの規模の縮小が始まっていた。「お金がないので、この編成で我慢しといてね」とアカデミア自らが言う羽目にまでなった。

そのうち、NHK電子音楽スタジオというものがなくなった。ドイツアカデミー・シュロースソリチュードマスタークラスがつぶれた。今、知的格差を埋める国家プロジェクトといえばIrcamのCursus1か2ではないだろうか。「あとは自分でやっといてください」と教育者が放言するのである。これも、誰かが言った現場を目撃した。ネット時代なら、この男は失職したのかもしれない。

私はそのような教育者の怠慢があっても、なんともなく一冊づつフルスコア図書館文字通り「積んで」勉強したのでノーダメージなのだが、私のような人間がほかにいるのだろうか?他の人間憎悪と怒りで満たされ、やる気をなくすのではないか教育者が、これに気が付いたのはここ数年であろう。性差という観点から考慮すると、女性への人権向上が始まったと同時に、日本国内ではアカデミアの怠慢が始まっている。これは女性の手によってアカデミアのレヴェルが下げられたのではない。なんと、女性気持ち悪がられるのを男性が恐れ、知の最先端放棄しているのが東京なのである

最先端ピアニスト作曲家って誰なんだろう。そういう会話はもう日本では行うことは不可能である。できるのはドイツオランダくらいかアカデミアの中核にいる男性を、赤の他人女性が難なく受け入れるということはきわめて難しい。首都圏人同士だと、女性から難なく受け入れたケースがあるのは知っているが、これが首都圏地方人だとそうではないことがほとんどのはずである首都圏の人にとって、首都圏以外の人間アカデミアに乗り込んでくるのは、本音では嫌だろう。それと同じことが男女関係にも及ぶ。アカデミアに触れた男性赤の他人女性が受け入れるということなどあるのだろうか、という問題は、今後切実になってくると思われる。これは男女を逆にしても成立する。田舎地方では「アカデミアに触れた男性は、一般女性と会話が合わないので気持ち悪い」「アカデミアに触れた女性は、一般男性と会話が合わないので気持ち悪い」というのが真相ではないのか?

そんなことはないという日本人は多いだろう。しかし、少子化と出生数が裏付けている。後進諸国ではアカデミアと大衆が切り離されているので、日本韓国のようなタイプの急激な人口減などという問題には遭遇していない。しかし、日本を含む多くのヨーロッパの国々は「お金があればこれができた」と「お金があればここに行けた」が盛大に飛び交って少子化しているのであるフォーミュラ1アレクサンダー・アルボンは、莫大な資金援助で一年半だけレッドブルに乗ることができた。リオ・ハリヤントですらマノー半年乗れた。「お金があるのでこいつはドライブできる」という声はタイ人インドネシア人からは聞かれない。タイは確かに少子化したが、まだまだアカデミアと大衆は交わらない。交わらない国家から刺激的な作曲家が次々と出てくるのは、性の限界を示している。交わった国家けが衰退しているのである

2020-12-03

anond:20201202225911

楽器趣味でもゲーム音楽とかの既存曲の演奏会お金とるやつはちゃんJASRACとかと交渉して権利関係クリアしてるし、権利処理難しいやつは完全持ち出しで無料開催したりしてるよね。

お手製の料理アクセサリ売ったりするのは一次創作と変わらないし、それで既存キャラクター使ったグッズ作って売ってる人はやっぱり問題になってるじゃん。

なのになんで二次創作の本とかゲームとかは著作権者に対して権利使用料も払わず大手を振ってやってるのかはほんと不思議だ。

2020-11-28

電車乗ってたらおばさん連中が乗ってきて子供が鬼滅の曲で演奏会するとかで練習してる話をしてた

の子供は鬼滅見てないけど流行ってるから練習するんだと

それで鬼滅見ないとって話をしてた

流行っているから見る層もいるのを知った

とはいえ女子供に人体バラバラリョナ漫画を見せるべきか?と疑問に思う

バトル漫画が元々好きなら良いが流行ってるからと読んでも肌に合わなきゃ互いに不幸になるのに

2020-11-25

minata卓、回せるやつまとめ(CoC7編①)

COC7で現状ある程度読み込んでいて、回せるものになります。初回しまだなのもあるよ。

COC6のシナリオもいくつかありますが、こちらはminataによって7版へコンバートしてあります

ソロタイマンシナリオhttps://anond.hatelabo.jp/20201125114727

2PL固定→https://anond.hatelabo.jp/20201125115125

CAGE】 とーりゃ様

夜の12時すぎ、探索者たちは焦げ臭さとけたたましいサイレンで飛び起きた。どうやら同アパートの一室で火事が起きたらしい。

幸い一晩で火は消し止められ被害は拡大しなかったが、発火元の部屋は酷い有様で、住民1人が病院救急搬送された。

警察署事情聴取を受けいざ帰ろうとしたあなた達は、路地の影からこちらをじっと見つめる一匹の猫に出会うだろう。それは、キィとアパートの住人から呼ばれていた野良猫だった。

プレイ人数 2~3
想定プレイ時間 3~4時間
形式 半シティ
ロスト率 低い(ほぼ無し)
推奨技能特になし。強いて言うなら目星
舞台現代日本
探索者について 継続新規わずアパートに住んでいられるくらいの信用は持ってきてください。

孵化する潜水艇】とーりゃ様

「手を伸ばせば触れ合う距離で、極限の生還劇を」

探索者たちは有人潜水艇ovoの乗組員として、深海世界に溺れ往く

光の届かない、今や月より遠い地球の底で。

キミは何を得て、何を置き去りにするのか。

探索者たちは日本初の、民間研究所が開発した有人潜水艇「ovo(オーウォ)」に搭乗することとなった。

探索者たちは深海への探求心を胸に、潜水艇へ歩を進める。もはや月より遠い場所となった、光の届かぬ深海世界へ向かうため。

プレイ人数 2~3人(推奨2人)
想定プレイ時間 4~5時間
形式クローズド
ロスト率 中。
推奨技能目星
舞台現代日本
探索者について 継続新規わず潜水艇に興味があり、有人試験募集に参加していること。

孤独密室】朔(あべべん・四季咲)様

目が覚めると、探索者たちは見知らぬ部屋にいる。

どうしてここに居るのか、なぜ他の人々と一緒なのか、記憶が抜け落ちていてさっぱりわからない。

部屋はある程度の調度品が誂えられているものの、どこか生活感が感じられず…何より外に出るためのドアがない。

状況の全く見えぬまま、探索者たちは手探りに脱出を試みていくのだが──。

プレイ人数 2~5人
想定プレイ時間 4時間程度(RPによる)
形式クローズド
ロスト率 最高。生きて帰れると思わないこと。PvPあり。
推奨技能目星・聞き耳・図書館
舞台特に指定なし。好きな年代から連れてきてください。
探索者について (ロスト率的な意味で)新規推奨。

白夜の歌】朔(あべべん・四季咲)様

夏の壱岐島は明るく、緑と生命に満ちている。数か月の間に砂丘と呼ぶことのできるほどに拡大してしまった南海岸を調査するため、探索者たちはこの島を訪れる。

その調査さなか、探索者たちは生きとし生けるものほとんどが死に絶え、あるいは生きているものも歪められ、砂に侵された白き砂漠へと迷い込むこととなる。

プレイ人数 3~5人
想定プレイ時間 4~5時間程度(RPにより7時間程度まで伸びる)
形式クローズド
ロスト率 低め
推奨技能芸術音楽系、乗馬医学or応急手当、コンピューター目星図書館歴史電気修理、戦闘技能
舞台現代日本
探索者について 新規推奨。職業指定はない。どのような理由であれ、調査に関わろうとする者であること。

狂気山脈邪神の山嶺~】まだら牛様

ニュージーランド航空南極飛行観光旅客ジェット機が謎の失踪を遂げた。

南極調査隊の必死調査の末、旅客機の無線信号が途絶えた先には、未知の巨大な山脈が立ちはだかっていた。

前人未到のその山脈は、最高高度が海抜1万300メートルにも達する、エレベストを超える世界最高峰であることが明らかになった。

誰が呼んだか、”狂気山脈”。

そのあまり暴力的山脈に、今、無謀にも挑もうとする者がいる。果たして、神々の頂の上で、探索者たちが出会ものとは。

プレイ人数 3人固定
想定プレイ時間 5~6時間程度(RPにより8時間程度まで伸びる)
形式クローズド
ロスト率 中。
推奨技能シナリオオリジナル職業登山家』の職業技能
舞台現代
探索者について 新規推奨。職業登山家』推奨。HO有り。登山家作成ルールは立卓時に配布いたします。

【無謀の代償】古閑未善(基本的に物置き)様

猫を飼っている、あるいは何らかの形で猫と強い縁を持っている探索者たちは、ある日不思議な夢の中で目覚める。

神殿に呼ばれた探索者たちは、何かを封印するためにこの神殿に呼ばれたようだ。

果たして探索者たちは無事に封印を完遂することが出来るのだろうか?

プレイ人数 2~4人、ソロでも可能ではある
想定プレイ時間 5~6時間程度
形式クローズド
ロスト率 中。
推奨技能目星図書館(PL自身が考えて謎を解いていく場面が多い)
舞台年代指定特になし
探索者について 継続新規わず。猫を飼っていれば特に指定はない

【沼男は誰だ?】ma34様

日本首都東京郊外にある街で、「血の池事件」と呼ばれる怪異が数か月前から発生していた。

あなたたちはその街でいつもと変わらない日常を過ごしていた。その日常の裏で恐ろしき事件が発生しているともしれず……

プレイ人数 3~4人
想定プレイ時間 8~10時間程度(RPによる)
形式ティ
ロスト率 高。
推奨技能回避幸運。あとDEX
舞台現代日本東京郊外のある街。
探索者について 継続新規わず。公開HOに推奨職業があるが基本的事件に関われそうであれば特に指定はない。

延命病院内山靖二郎

あなたたちは友人の誘いを受けて、避暑地の別荘に旅行に出かける。

しかし、楽しいはずの旅行中、その友人はどこか悩みのある様であった・

どうやら彼の悩みの原因は、愛する妻の心変わりのようだ。これまで、互いに深く愛し合っていたはずの妻が、最近になって突然自分を憎むようになってしまったという。

プレイ人数 3~4人
想定プレイ時間7~8時間程度(RPによる)
形式 ほぼクローズド
ロスト率 中。
推奨技能医学
舞台現代日本避暑地
探索者について 継続新規わず指定職業特になし。NPCと知り合いであることが望ましい。

代理殺人は覚めないうちに】ジャック

西暦2020年12月某日。

夜風が冷たく吹きすさぶ頃。あなたは人を殺すことで報酬を得ている。

世に言われる「殺し屋」だ。

仕事を終えて後始末をしている最中あなたのもとに一件の電話がかかってくる。

三人の男の殺害を命じられたあなたは、依頼人の待つ【黒嵜町(くろさきちょう)】に歩みを進めるだろう。

プレイ人数 4人推奨
想定プレイ時間 8~15時間程度(RPによる)
形式 シーン変遷による時間経過型。半シティ
ロスト率 中。
推奨技能拳銃拷問
舞台2020年日本の黒嵜町と呼ばれる街。
探索者について HO有り。特殊技能があるため基本的には新規探索者推奨。

脱獄乙女の嗜み】Light Distribution様

HO:1 あなたお嬢様である

HO:2 あなたお嬢様である

HO:3 あなたお嬢様である

身代金目的誘拐されたお嬢様一行。

有能な執事も、家柄という権力も奪われた今、日頃の学業と鍛錬で身に付けた知恵と技を使い、誘拐犯のアジトから脱出を目指す。

プレイ人数 3人固定
想定プレイ時間 4~6時間程度
形式クローズド
ロスト率 低い
推奨技能HOによる職業指定あり
舞台現代のどこか。
探索者について 公開・秘匿HO有り。特殊探索者作成ルール職業指定あり。新規限定

【狂調律】ナサノハナ

HO1/貴方打楽器奏者だ

HO2/貴方トランペット奏者だ

HO3/貴方フルート奏者だ

HO4/貴方バイオリン奏者だ

人生を分ける演奏会 がやってきた」

共通HO /全員職業ミュージシャンである

作成時【芸術演奏】でとること

演奏技能は最大60 %までしかとることができない。導入の都合上、全員が幼馴染の集まりである必要がある。年齢の上限については問わない)

プレイ人数 4人固定(公開HO有り)
想定プレイ時間4~5時間程度
形式クローズド
ロスト率 可能性有
推奨技能図書館目星回避編曲技能
準推奨技能戦闘技能精神分析
舞台現代日本
探索者について 公開・秘匿HO有り。特殊探索者作成ルール職業指定あり。新規限定

【月面世界天体

2069年7月7日 探索者達は地球から月へと臨む。

又は月で変わらぬ日常を送る。

これから何が起こるかも知らずに。

プレイ人数 4~6人固定
想定プレイ時間6~8時間程度
形式クローズド
ロスト率 中。PvP可能性あり。
推奨技能目星、聞き耳、図書館知識技能天文学生物学医学等、自由に取っていい)
準推奨技能戦闘技能機械修理、コンピュータ
舞台 2069年。月。
探索者について 基本的新規のみ。月面研究員2人固定。それ以外は指定なし。特殊作成ルール有 ※そのキャラクターらしい技能を取ってくるのが一番楽しめます

人類讃歌】天体

月へと飛び立つ宇宙船世界終焉など知らずに進みゆく。

時を同じくして始まった物語が有ったことを、君たちは証明しなければならない。

さあ、始めよう、終焉が確定した未来へ向かう物語を。

プレイ人数 4~6人固定
想定プレイ時間18~24時間
形式ティ探索
ロスト率 高。途中退場有り
推奨技能目星・聞き耳・図書館戦闘技能運命
推奨職業警察』『病院関係者』『大学生』各1人以上。作成ルール・設定有り
舞台 2069年の東京都の架空の区
探索者について 新規のみ。指定職業PC以外は物語当日である7月7日の午前8時に病院に来るという理由があればOK

※PL会議を行う場合は必ず宣言をして頂くことになります。無かった場合、全てPC発言として捉えますのでご了承ください。特殊な処理を行うシナリオになります

【Project No.46】天体

2018年8月11日平成最後の夏。暑さが続く夏の日がとっぷりと落ちた頃、探索者はプラネタリウムへと向かう。

日が落ちて大分時間が経つのにも関わらず、じっとりとした暑さは健在であり、探索者の頬を汗が伝う。

実は探索者は今回、『大人子供天体観測を楽しもうツアー』というものを予約しており、このプラネタリウムへと足を運んでいる。

あなた達はここで、世界の命運をかける出来事に巻き込まれていくことになるだろう。

プレイ人数 2~4人
想定プレイ時間5~6時間
形式クローズド
ロスト率 低い
推奨技能目星
準推奨技能交渉技能、隠密、聞き耳、科学天文学
誰かひとりは絶対持っていてほしい 運転(四輪)
舞台現代日本平成最後の夏。
探索者について 継続新規わず。探索者の年齢は18歳以上であること。

蹂躙するは我が手にて】みやした様

HO1 A国の 政治的指導者

HO2 B国の将軍

HO3 C国の参謀総長

HO4 D国の技術研究所所長

2XXX年、第三次世界大戦は各国の共倒れという形で終結した。

荒廃と衰退しか生まぬ散々たる結末に世界は憤怒し、この戦争責任を主要国の4人に押し付けた。

__それが貴方たち探索者だ。

【公開ハンドアウト

共通HO貴方死刑囚である第三次世界大戦終結後、国際機関である "国際同盟 "に捕らえられ、 戦争責任を負う戦犯者 として 本日処刑される予定だ。(セッション開始直前に「秘匿HO」配布有り)

プレイ人数 4人固定(HO有り)
想定プレイ時間6時間程度
形式クローズド
ロスト率 低い。
推奨技能HO推奨技能
準推奨技能目星図書館精神分析戦闘技能
舞台 2XXX年、第三次世界大戦
探索者について 基本的に推奨技能関係新規のみ。公開HOあり。協力型。(セッション開始直前に「秘匿HO」配布有り)

【静寂の箱舟】雛缶様

真実とは、何でしょうか?

それは簡単です。

"疑う者のいない嘘こそが一番の真実である "

探索者達はある時、見知らぬ部屋で目を覚ます事になる。

白い部屋、よく分からないカプセル近未来的な壁。

そして自らが此処最近記憶がない事に気付く。

プレイ人数 2~4人
想定プレイ時間時間程度
形式クローズド
ロスト率 あり。死ぬとき死ぬ
推奨技能目星
準推奨技能 聞き耳、医学心理学
舞台現代日本
探索者について 継続新規わず

2020-11-15

阪哲朗さん指揮の山響演奏会

彼は京都出身だが、父親は阪敏朗、新庄市沖の町出身で私と小中高校同級生である

京都大学卒業後、物理学者として活躍したが、先年、惜しくも故人となった。

息子の阪哲朗さんは世界で最も権威あるブザンソン指揮者コンクールで優勝(小沢征爾と同じ)、その後ヨーロッパ日本活躍、今や最も期待されている若手指揮者である

父親に似た端正な顔立ちと、明解な指揮は特に女性に人気がある。今やヨン様よりバンである

2020-10-19

anond:20201019203809

マジで言ってる?元増田を苦しめる実質の座高制限舞台観劇の上でルールになっているなら、チケット売る側が「座高cmの方は他のお客様の観覧のご迷惑になりますので入場できません」とか「後部△列のみご購入いただけます」とかきちんと明文化して措置をとらないとだめだよ。

例えばだけどオーケストラ等の演奏会だと「コート類は会場内に持ち込み禁止」ってルールがあるけどこれのためにクロークも用意されてるからね。

2020-09-08

anond:20200908084318

失敗を恐れてるんじゃなくて、態度や言動にすごく慎重、恐れると慎重は全く違う

最近の子は割と賢くて大人をよく見てる。すごくいい子だし、大人の期待することをそのまま提供してくれるけど変わったことは絶対にしない

吹奏楽で言うなら、観覧者100人規模の演奏会にみんなで参加するより、部員たちだけでひっそりと演奏して楽しむ方を選びたいって感じで

2020-07-20

名古屋ブルーノートギブアップ・・・

うちの地元も老舗のライブハウスがあってクラファンで頑張ってるけど多分今年中には死ぬ運命なんだよね

密にならざるおえない小規模な演奏会場は一旦ほとんど全部リセットされちゃうだろうな

2020-05-28

目立たず大人しくしておく増田巣膜お手敷く品十津ただ目(回文

おはようございます

天気が良いのにどこにも出掛けられないって

なんか恨めしいわね。

周りの人も相当ストレス溜まってるみたいで、

なんかバチバチしてるわ。

おっかないったらありゃしないわ。

コロナ関連でイライラ応募はしてないけど募らせてる人多いんじゃないかしら。

警戒よね。

うそう、

郵便局も平静をそろそろ取り戻そうとしている感じで、

やっと閉店時間が通常通りに戻ったみたいで、

あとは本局の24時間営業が再開されれば完璧よ。

私は私はと言うと、

これは暇なのか暇じゃ無いのか

よく分からない、

開けて見るまで猫が生きているかどうかも分からない状況みたいな感じで

私も分からないわ。

こういう時は

取り乱さず大人しくしておくに限るわ!

あ!

うそ6月の私が楽しみにしていた演奏会の公演が9月に延期になってしまって、

しかも平日に振替になったから、

いまから平日の調整をしなくちゃいけないわ!って

今思い出したわ。

とりあえず

大人しくしておくわ。

うふふ。


今日朝ご飯

油揚げ味噌汁作ったので、

珍しくノットパン食のご飯とお味噌汁セットでした。

ご飯最近発芽玄米ばかり食べてるせいかからないけど、

腹持ちがいいような気がします。

デトックスウォーター

レモン果汁にプラスピンクグレープフルーツ炭酸で割った、

景気づけにどう?って感じのを

ごぎゅっとキメてみたわ。

朝もだんだん暑くなってきて、

梅雨だって言うのに、

まったくよね。


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2020-02-06

クラシック音楽に詳しくなりたい

何度か演奏会に行ったのだけど、できれば作曲者の生涯や曲の背景などの解説付きで聴きたい。

そういうコンテンツってないんだろうか。

2020-01-27

一般楽団に入ってみた

地域ジャンル、規模は特定を避けるために伏せる。

一般楽団あるあるの話を書く

打楽器がボロい、もしくは個人所有

だいたいの楽団の団員募集では「団保有打楽器があります」と書いてあるが、実態はこうである特にマリンバは高確率個人保有楽器を借りている。学校部活と違い、団費だけで運営しないといけないから仕方ないのだが。

楽器保管は狭いレンタルボックス

10m四方もないレンタルボックス楽器などと資材をとにかく詰め込む。何度もやると収納上手になる。

練習場所抽選次第

だいたい公民館練習場所になるが、良い公民館が取れるかどうかは抽選次第である抽選に外れたら別の公民館抽選に申し込む。だから練習場所が安定しない。

男性場合、車がないと厳しい

車で楽器運搬というタスク練習の度に発生するし、練習場所は安定しない。従って車がないと厳しい。比較高齢(30才以上)なのに無免や車無しの男性は高確率で嫌がられる(女性はそうでもない)

休団者が多い

結婚妊娠を契機に長期休団するケースが多い。現役団員数と同じくらいの休団数なんてのはザラだ

演奏会で金が飛ぶ

団体や内容にもよるが、だいたい2~3万円の追加負担が求められる。団費とは別。高い

プロ奏者の収入を支えている

その演奏会負担や団費の大半は、団体指導者への謝礼や演奏会ゲストに呼ぶプロ奏者への謝礼に充てられる。つまり一般団体の団員がプロ奏者の収入を支えているのだ。

で、まとめ

学校部活ってよく出来てるね。学校お金楽器が買え、毎日同じ音楽室で練習出来、楽器の保管場所にも困らない。運搬は先生業者がやってくれる。

一般だとそれらを全部自分達でやらないといけない。いま、部活学校から切り離す動きがあるけど、こういう一般団体の苦労を学生とその親に課すだけになるよ。

2019-10-26

SSWおじさんってのを見て思い出した

クラシック世界でも近い人いるんだよ

中学生とか高校生くらいで、ソロ演奏会開くぐらいになってるプレイヤーはそこそこいる。

ピアノヴァイオリンが多いけど、その他の器楽とか、たまに声楽も。

こういうコンサートだと花束とかの贈りもの別に普通。毎回通ってると確実に覚えられる。

ポップスとかアイドル世界に比べてすごく狭い世界なのと、将来プロとしてやっていける人の門の狭さもあるので、毎回聴いて応援してくれる存在というのは有難がられる。

そのうち楽屋にも出入りするようになったりとか。

ちょっと花開いてCD出したり上のステップに行ったりすると「無名の頃から応援してくれた人」の格が上がるっていう構造は同じ。

知り合いにもいた。純粋にそういう無名プレイヤーコンサートに行くのが趣味だったのか、それとも別の目的だったのかはわからないけど、対象若い女の子ばっかりだったなあ。

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