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はてなキーワード: オーケストラとは

2021-05-04

NHKFM横浜大好き

アーティストの生歌聞けたり、オーケストラ聞けたり、浪曲聞けたり素敵すぎる。

町田市民だとNHKFM横浜聞いてたら一日退屈しない。

2021-04-27

anond:20210427181044

Educational Attainment in the United States: 2018. U.S. Census Bureau だからまちがいないよ。

国のとってる統計からね。

https://www.census.gov/data/tables/2018/demo/education-attainment/cps-detailed-tables.html


アメリカ人には「準学士大学にする」インチキを平気でする人がいる。

しかし、国はこれを認めておらず「大卒39%で、コミュニティカレッジ+入り直し学部学生28%で、高卒以下33%」としっかり全部測っている。

小学校中退ガチ

入りなおすようなのはコミュニティカレッジレヴェルの知能しかない。

まともにストレート大学に行けるのが39%しかいない。

からCovid-19の感染も早かった。


data.worldbank.orgは捏造してるね。

こういう捏造はなかなかばれないからできると思ってるんだろう。

だいたい、かつては高卒国会議員普通にいたのだから大卒の数がそんなに多くないことはわかるはず。

絶対音感のないオーケストラメンバーすらいたのだからね。


まり韓国2000年代のどこかでアメリカの進学率を超えた。

日本2000年位にアメリカを超え、中国2018年アメリカを超えた。


アメリカの停滞は教育にあるんだよ。

2021-04-17

anond:20210417094715

長過ぎワロタ。top3以降分割。

3. 川の流れのように ~不死鳥パートII / 美空ひばり

日本音楽昭和時代歌謡曲で長らく停滞し、さらには日本音楽史の盲腸ともいえる演歌派生して腐りかけていたわけだが、そういう否定的見方しかできない俺みたいな聴き手さえ、ひれ伏してしま歌唱力というものがたしかにある。美空ひばり(と、ちあきなおみ)だ。正直、全然好みではない。オーケストラアレンジとかダサすぎて吐き気がしてくる。自分で金を払って聴こうとは思わない。だがそういう趣味嗜好の問題など押しつぶすパワーがある。認めないわけにはいかない。

この曲はまた美空ひばりの遺作であり、昭和から平成に移り変わるまさにそのときに発売されており、昭和を看取るという象徴的な意味でもここにランク付けしておきたかった。

2. Atomic Heart / Mr.Children

歌も楽器も上手いやつがバンドを率いて自分で書いた曲を自分で歌い、ミュージックシーンのど真ん中で拍手と歓声を浴びて、レコードを何万枚も売る。当たり前の光景に思えるかもしれない。

しかミスチル以前にも売れていたロックミュージシャンはいくらでもいた。けれど、どこかしら闇の世界の話だった。スタジオの闇、ライブハウスの闇。桜井和寿小林武史ロックバンドという存在を光の中に引きずり出した。ミスチル成功をもって日本音楽業界はバンドを中心に回り始めたのだ。このアルバム聴くとき、俺は桜井和寿顔面の良さに感謝せずにはいられない。あれだけのイケメンが楽才も備えていて本当によかった。クレオパトラの鼻が低かったら~の話ではないが、もし彼が並以下の顔面なら日本音楽史は今とはずいぶん違ったものになっていたに違いない。

1. First Love / 宇多田ヒカル

最後は売り上げ、だ。一番売れたんだから一番良い。

馬鹿にするな、と思うだろうか?しかし考えてもみてほしい。もう何度でも繰り返すが日本人は音楽センスが壊滅的にない国民だ。これほどまでに、どんな下手くそが歌っても気にしない国は他にないだろう。TSUNAMIほどの名曲中の名曲ですら、ド下手くそSMAPに売り上げで抜かれる国である

でもFirst Loveは700万枚売れた。ぶっちぎりの1位だ。もちろん宇多田ヒカル可愛い女子高生という最強の付加価値をもって売り出されたから、700万のうちのかなりの割合はそれに依るものだろうが、だからといって音楽価値が色あせるわけじゃない。このどうしようもない音楽後進国で、宇多田ヒカルという奇跡の様な才能が世に出た瞬間を、史上最大の売り上げという形で祝福できた。俺は音楽を愛する日本人として、この不思議事実を誇って良いと思う。このアルバムを1位にしないのであれば、そもそも日本なんていう狭くて歪んだ範囲限定してランク付けする意味なんてないとさえいえる。

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

※なんで○○入ってないの?に対する補足を書きました↓

https://anond.hatelabo.jp/20210421102653

2021-03-30

anond:20210330100033

新劇エヴァ音楽が金かかってるだけでダメ

アレンジは豪華になった、有名シンガーともタイアップした

でも音楽演出は旧劇の方が冴えていた

例えばエヴァ2号機vs量産機戦でG線上のアリアを流す演出

新劇なら大音量オーケストラアレンジで平凡な演出をしていただろう

2021-03-27

anond:20210327174809

音が少ないと心に響くってのは賛成なんだけど、分かってないのは子どもじゃなくて制作者のほうだと思う。ゲーム音楽に限らず、ポップミュージックもそうだと思うんだけど、すげー無駄な音が多いっていうか、余計なオーケストラアレンジとか入ってて白ける感じとか。

まぁだからこそ、シンプルさの制約が生み出したゲーム音楽の良さが際立つとも言えるか。

2021-03-23

anond:20210323170139

いや、それはないと思うよ。

かに、いい年になって感動するのはだめだと思う。

けれども、9歳とか10歳の時に、プロフェッショナルを見て、なんか感じてってのはあるんじゃないの?

そういうの一切なくプロになれるわけ?

例えば、テレンス・タオ子供の時にポールエルデシュ数学遊びをやってたわけでしょ。

あいうのも感動だと思うんだけどダメ


かにテレビを見て感動するようなのはあんまりプロフェッショナルにはなってないね

ただし、ラジオを聴いて、ぶったまげてプロになったのはいるよ。

マニュエル・イダルゴは、ラジオから流れたラッヘンマンオーケストラ曲を聴いて人生が変わったそうだ。実際、師匠ラッヘンマンに変えた。


はてブをつかっていたhagexは人の上に立てなかったということなのだろうか。

そのような解釈可能ではある。

2021-03-22

注目エントリこち

九、ジョバンニの切符きっぷ

「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオ観測所です。」

 窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟むねばかり立って、その一つの屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイア黄玉パースの大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸とつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環わとができました。それがまただんだん横へ外それて、前のレンズの形を逆に繰くり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。

「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕とりとりが云いかけたとき

切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌ちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。

「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さなねずみいろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着ポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳たたんだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧ていねいにそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。

「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。

何だかわかりません。」もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。

「よろしゅうございます南十字サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。

 カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。

「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想げんそう第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈はずでさあ、あなた方大したもんですね。」

何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又また畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。

「もうじき鷲わしの停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較みくらべて云いました。

 ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一一考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら自分があの光る天の川河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。ほんとうにあなたほしいものは一体何ですか、と訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えて振ふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕る支度したくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖とがった帽子も見えませんでした。

「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラぼんやりそう云っていました。

「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」

「ああ、僕もそう思っているよ。」

「僕はあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。

何だか苹果りんごの匂においがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラ不思議そうにあたりを見まわしました。

「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。

 そしたら俄にわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣となりには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。

「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛かあいらしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕うでにすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。

「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召めされているのです。」黒服青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いいました。けれどもなぜかまた額に深く皺しわを刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座すわらせました。

 それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなおにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。

「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に云いました。青年は何とも云えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。

「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたし大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」

「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」

「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」

 泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟にまた云いました。

わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」青年男の子ぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰なぐさめながら、自分だんだん顔いろがかがやいて来ました。

あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。

「いえ、氷山にぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発たったのです。私は大学はいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常に深かったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈いのって呉くれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押おしのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気きょうきのようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟かくごしてこの人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰たれが投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑すべってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのときにわかに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦うずに入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没なくなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕こいですばやく船からはなれていましたから。」

 そこらからさないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱くなりました。

(ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍こおりつく潮水や、烈はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。

「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠とうげの上り下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」

 燈台守がなぐさめていました。

「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」

 青年が祈るようにそう答えました。

 そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡ねむっていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。

 ごとごとごとごと汽車きらびやか燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっとうからときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。

いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。

「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。

「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」

 青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。

「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」

 ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラ

ありがとう、」と云いました。すると青年自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。

 燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。

「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」

 青年はつくづく見ながら云いました。

「この辺ではもちろん農業はいしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束くそくになって居おります農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」

 にわか男の子がぱっちり眼をあいて云いました。

「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」

「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。

ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」

 姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。

 二人はりんごを大切にポケットしまいました。

 川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。

 青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。

 だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。

「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子叫びました。

からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なくしかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。

「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。

 向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。

 そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音もも汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。

「あ孔雀くじゃくが居るよ。」

「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。

 ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。

「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。

「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず

カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。

 川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗おろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラ指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまり鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わずからからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。

「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。

「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。

「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。

「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。

「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。

わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。

(どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(あ Permalink | 記事への反応(0) | 22:20

2021-03-17

N=1でいいじゃん。もう。議論も速いし。

ブゾーニの予備もだめ。トスカニーニの予備もだめ。

https://www.busoni-mahler.eu/competition/en/candidates/

https://www.concorsotoscanini.it/en/admitted-candidates/

日本勢どっこも使えねーじゃん。

何してんの?

マークアンドレオーケストラ曲が一曲演奏できない国家からこうなるんだよ。

2021-03-10

日本人反知性主義者ばかりだねえ。黄色人種遺伝子エラーかなんか?

高等教育に興味がないことはそんなに悪いことなのかな

https://archive.is/6rKVk

これ!これなんだよ。

高等教育に興味がないことはそんなに悪いことなのか、ってやつ。

1980年代は、「高等教育に興味がなくてもかまわない。田舎者は油にまみれて仕事をして、黙って子供を産め」って。

2020年代になってどうなっちゃいました?

ひっくりかえっちゃったじゃないですか。

ひっくりかえったことの責任田舎者はとらないし、地方人もとらない。

とらないままなら、剥き出しの差別が襲い掛かる。

https://www.asahi.com/articles/ASP3B3125P39PIHB00Y.html

これが自由民主主義だ。自由民主主義が不良とヤンキーを大量に生産し、下着の色をチェックする教師すら生んだ。

それが悪いことだったのなら、自由民主主義はもういらない。

全体道徳主義にとって代わってもらっても、なんの問題もない。

法律では、男女差別はなくならない。男女差別をなくすのは法律ではなく、道徳だ。

東京オーケストラは50歳を回ったジーメンス系の作曲家を全部やれ。

これが「全体主義」だ。

民主主義で得られたクオリティが低いのなら、それはいかなる理由があろうが擁護されない。

2021-03-07

anond:20210307164652

現代音楽一般市民画知らない知識

こういうの多いよね。

作家名前を知っているだけの非常に薄っぺら知識

アンドレ結構楽譜は見てるね。個人的演奏したことはないんだけど、1990年代に知った。ペーター時代からあんまり読まなくなったな。でもリコルディとカルス時代はよく見てたね。(一時期カルスが現代音楽出版をやろうとして挫折した)

他の人はあなたの知らない知識を当然のように知っているんですよ

それなら私より賢いんだから、賢い人がこれだけ日本にいるのなら、アンドレなんて朝飯前ですよね。日本人の弟子だっているアンドレの曲をどうして日本オーケストラ演奏できないのでしょうか。コメントを求めます

イプシロンデルタはAnalysis by Its History utm123とかにあったので、記憶に残っている。(私は数学専攻ではありません)

anond:20210307102919

村上春樹が言っているのは、自分商売道具である言葉について、わざわざ質の低いものが溢れているとこに行きたくない、ということだな。

これは職業作家ならそう思って当然じゃない?という気がする。三つ星シェフマックハンバーガー食べないとか、一流オーケストラメンバーが街中の雑音を嫌うとか、そういうもんじゃない。

anond:20210306180859

みんなもあなたの知らない何かを知ってるんですよ。知ってました?

知っているのだったらマークアンドレオーケストラ曲は、さっさともう1990年代日本演奏されていないとダメなんですが。

アンドレはもうちょっとで60歳ですよ。

2021-03-06

40年も一緒だとさすがにまずい。

https://note.com/kusuburuboku/n/n5b14e3a67df0

根幹にあるのは自分はこんなに頑張ってきた、という認めてほしい思いか。それとも無知からくる想像力の欠如か。


東京ブーレーズシュトックハウゼンノーノオーケストラ曲は頻繁に演奏できない。実は、ノーノプロメテオ日本東京では演奏がなされていない。


私の生まれ故郷からバスで数十分行くと、もうなくなってしまったホールがあった。そのホールですらドビュッシーラヴェルフォーレオーケストラピアノのための曲の一切が上演できなかった時代が、40年前だ。


その時代大人たちは「ここではそんな曲は聴けない。だからあきらめろ」といった。誰一人として、異を唱える大人はいなかった。


その代わり、研ナオココンサートがあった。


40年たっても「格差はついて当たり前、だからあきらめろ」という人間が多いことに、危機感を持っている。


成長がない。


まり日本人は自分がとにかく絶対で、上も下も、関係がない人種なんだ。


からイオンもなければファミレスもなく、公民館すら車で30分のところに住まわされている子供が、大学受験で下から上を逆流する。この手の逆流組は2030年代にはもうすぐ2割を超えるだろう。にもかかわらず、多くの日本人は知ってて知らないふりをしている。


日本GDPがなかなか上がらないのも、大学受験のための経費だけとは全く言えない時代に入りそうだ。とにかく、親の知能に引きずられているために、高学歴であろうが硬直化している。


バスで数十分行った先にできた新しいホールでは、あきらめろといった大人は死に、もうラヴェルドビュッシーフォーレオーケストラ曲を演奏できるようになった。しかし、フォーレピアノオーケストラのための曲は、まだ聴くことができない。


もしも、遠い将来、地元に貢献できることは何か?といわれれば、「フォーレ幻想曲バラードを、2曲ともやりましょう」と即答するだろう。

anond:20210305135043

オーケストラとか知らねぇけど、いい曲なのにみんな聴かないなんてもったいないじゃなくて、この曲も知らないなんて文化的素養に欠けるみたいな意見を言ってる時点でお前はその曲そのものを楽しんでるんじゃなくて、貴族自分の「格」を誇示するかのような目的で曲を嗜んでるんだよ。

あと、お前は自分が偉いと思ってるみいだけど、実際には裸の王様みたいなもんだよ。誰も興味を持たない黴びたクラシック楽曲知識で身を纏ってもその魂には何の価値もない空っぽ人間なんだよ。

せいぜい親に恵まれて、高級な楽器を買ってもらったり、留学に行けたり仕事がなくても生きていける貯蓄や不動産があることに感謝してネットで人を不快にさせないよう慎ましく生きとけバーカ。

2021-03-05

anond:20210305135030

諸々の事情名前を覚え直してもらう必要があるとか)で旧姓で仕方なく活動してる

オーケストラでは普通にある。

anond:20210305135043

東京フィルオーケストラには入らないんだ?

そんな知識披露の場は増田ではなく、5chで披露すべきだよw

東京にすら文化教養がないということ

https://togetter.com/li/918117

増田民は長い文章を読むのが苦手なので、どのようにまとめるのかは悩んだ。少々長くなるかもしれない。

今の2020年代東京レベッカサンダースマートン・イレシュやカタリーナ・ローゼンベルガーやマークアンドレ演奏するオーケストラはない。(追記:2029年くらいにはだれか一人くらいは大丈夫かもというのはあります)

かつての東京はなんとかメシアンストラヴィンスキーとデ・パブロとタバシュニクは1980年代演奏できたようである。(追記:ミュライユではありませんでした)

どうして、こうなってしまったのか。それは東京文化教養が、もともと何もないかである

東京文化教養がないので、地方田舎は「ない人たちの追っかけ」になる。「知られてしまえば先を越される」ため、田舎にはメシアン楽譜はなにもない。ストラヴィンスキーすらない。地方だと、メシアンの名著は置いてくれるようだったが、全部ではない。東京にはそのすべてがある。

まり、「知られてしまえば先を越されるのが嫌」なので、東京の人たちはわざと地方田舎に本を置かないように工作をしていたというわけである。これを否定する人は多いが、本当の話である

単に西洋文化の盗人に過ぎない昭和東京の人たちは、「田舎より10年、地方より5年」進んでいることをえらいことだと思っていた。40年前なら情報統制を行えば、いとも簡単に引っかかったのである

ところが、スマートフォンの出現で、誰も引っかからなくなってしまった。

かつて高価な洋書だったものが、今では立派にパブリック・ドメインである。かつての東京芸大パブリックドメイン程度のことしか教えていなかったが、それでも授業が成立するほどにまで日本人全体が馬鹿だった。ところが、かたっぱしからなんでもpdfで落ちてくるのなら、もう芸大存在不要だ。

こうして、学部からヨーロッパ留学する日本女子日本男子より性成熟が早いおかげで勉強もはかどり、日本男子より先に国際作曲賞を取って帰ってくる。常に「先」であることに注目していただきたい。決して後ではない。これが性差である。賞獲りは日本女子のほうがうまい。曲も面白い

馬鹿がよく「改善策を出せ」と言うが、改善策は実はもうある。それは民主主義をやめることであるミャスコフスキー交響曲は27曲もあるが、あれは「地方学生オーケストラの体力づくり」のために書かれた作品である。指揮法の教材としても使える。実際コンクールに21番が出題されたこともある。こうまでしないと、文化の基礎力は育たないのである

しかし、ベクトル整数共通テストから出題されなくなった2025年に、この思想理解できる人は少なくなっていることだろう。「サンダース女性で初めてジーメンスの賞をとったんだからポリコレ女子はとったことに敬意を示して一曲くらいレディースオーケストラ日本初演しろ!」と言われたら、ここの増田民はどのように答えるのだろうか。おそらく、「ムカつく」という意見でいっぱいになるだろう。

ムカついている間は、永遠に地方田舎は衰退し、そのうちゴーストタウンもできて、東京文化も今後30年間はたいして変わり映えしないだろう。無職転生も、立派に日活ロマンポルノの焼き直しである東京人は創造から遠ざかっている。


レベッカサンダースマートン・イレシュやカタリーナ・ローゼンベルガーやマークアンドレ。さて。これら4人のオーケストラ曲をこのエントリを読んだ時点で知っている増田民は何人?

2021-02-22

都民はこんなに恵まれているのに…

https://togetter.com/li/1670782

こんなに都民絶対的に有利なのに、音楽世界で国際メジャーをなかなか取れないのはどういうことなのだろうか。ヴァイオリンはほぼ不可能ピアノ不可能ではないが2位が精一杯らしい。

東京は、確かにオーケストラ演奏会はいっぱいあるのだが、その演目があまりにも似通っていて個性が全くない。ここら辺は地方田舎と変わらない点だったりする。

留学10年組に金を文化庁が出し続け、勝ちを拾えないようになってくると、そのうち東京から音楽が消えるだろうね。

2021-02-21

20年前の吹奏楽コンクールで何もせず突っ立てた俺が今では家で楽器

20年前、中学2年生のときに参加した秋の吹奏楽コンクール夏休みをつぶして練習をしていた彼女たちを横目に見ながら、ステージの上で俺は何もせずに突っ立っていた。割り当てられた楽器トライアングル特定パートで音を鳴らすだけだった予定だが、誰かのミスで俺の楽器ステージに用意されることなく終わった。別にトライアングルを準備しなかった誰かを怨んじゃいないし、たぶん本当にただのミスだったんだと思う。悪いのは夏休み中に一回も練習に参加しないどころか、辞める意思を伝えなかった俺だと思う。

うちの家族音楽一家だ。俺が小5のときに死んだ父親フルートの奏者で、同期の友人を集めて社会人サークルを作ってときどき演奏会をしていた。姉も姉でピアノが得意でときどき、受験勉強の合間に演奏をしていた。妹もサックスの奏者で運転免許教習のためにと渡した金で自分用のサックスを買ってた。母親別に音楽はしなかったが、彼女たちを育てるのにリソースを費やしていた。そんな家族だったから俺も音楽が好きで、得意できっと才能もあるのだろうと思っていた。

俺が楽器に触っていた一番古い記憶幼稚園のころにピアノを習っていた記憶だ。音大卒業したばかりの若い女性の先生を家に呼んで姉と俺が習っていた。彼女の教え方は結構自由な感じで、俺は楽譜無視して勝手ペダルを押してみたり、習ってもない黒鍵を押して変な音を出したが彼女は「じゃあ、アレンジしてみようか」って言って楽譜の改変を許してくれたし、そんな優しい対応をしてくれる大人の女性に気恥ずかしさを感じた記憶がある。

それに対して母親はどちらかというと教科書的に楽譜を覚えさせようとする人で、幼稚園から帰ってピアノ自主練する時間になるとひたすら楽譜の同じフレーズを繰り返させられた。ちょっとでも間違えると「あと10回繰り返しなさい」という具合。これが原因でピアノが嫌いになってしまって先生を呼んでの個人レッスンも辞めてしまった(辞めた時の具体的な流れはもう覚えていない)。

そんな俺だったが小5のとき父親が死んだ。彼が残したフルートを見て「これを俺も吹けるようになりたい」と思った。そんなことを思いはしたものの、具体的に行動は起こさず、塾やら剣道やら(これも嫌いだった)中学受験に失敗したりしているうちに進学先の中学校に吹奏楽部があることを知ってそこに入部した。思えばこれが間違いだった。

俺の入部した吹奏楽部は俺以外全員女子顧問まさかの俺の父親の知り合いで、そこに男子が参加したものから舞い上がっていたように思う。最初に割り当てられた楽器チューバだった。いわく、低音でバンドの全員を支えろとのこと。チューバ奏者には申し訳ないのだが、これが全く楽しくない。低音を鳴らしても自分が何を演奏しているのか分からない。顧問部員モチベーションをあげるためなのか、自分趣味なのか分からないがみんな知っているポップス歌謡曲演奏させたが、メロディを奏でるメンバーが聞いたことのあるフレーズ演奏しているのに対して低音が演奏している音は一体何の役に立つのか全く分からなかった。定期的に同じ音を鳴らすこの行為になんの意味があるのか分からなかった。ついでに俺は残念ながら肺活量が低くてチューバを満足に吹くことができなかった。その後、顧問命令アルトサックスへ、そして最後コントラバス転向。もはや管楽器ですらなくなり、この辺で完全に俺のやる気は消失して部活をさぼるようになっていた。

で、中学2年生の夏休み。俺は部活に行くと言って家を出てから友達の家へ行って連邦VSジオンで遊んでいたものの、あるタイミング顧問がその友達の家に乗り込んできて俺は拉致されてしまった。与えられた楽器トライアングル夏休み明けのコンクール部員全員で参加して今の3年生を送り出すんだから、お前も参加しろとのこと。無理やりワンフレーズだけのパート練習させられて、そして迎えた本番で事故は起きた。トライアングルが無い。

理由は分からない。楽器を運ぶ担当の1年生からも下に見られていた俺は、楽器の用意をしてもらえなかったのかもしれない。それか、俺が自分責任で運ぶように指示されていたのかもしれない。分からないが、ステージ上で何もせずに突っ立っていた記憶だけは残っている。指揮棒を振る顧問の困った顔、演奏が終わった後でほかの部員から向けられた視線。すべてが苦痛で俺は逃げるように会場を後にした。顧問はさすがに哀れんだのかそれとも呆れたのか、それ以降俺を部活に連れていくことはなくそのまま俺の存在自然消滅した。

そんなことがあって、何年もの月日は経過したが幸いなことに音楽自体を嫌いになることはなかった。どちらかというとDreamcast勢だった俺はクレイジータクシーソニックアドベンチャー洋楽に触れて、バンド存在を知って低音が奏でる面白さをそこで初めて知った。と言って、特に具体的な行動を起こすでもなく大学に行ってからギターヒーローとかドラムマニアときどき遊ぶ程度。あとはオーケストラマーチングジャズなんかをときどき思い出しては聞く程度だった。だけど心の中で、音楽をもう一度やってみたいと思う気持ちだけはちょっとずつ育っていっていた。

結婚して子供もできて、その子供が8か月になったころの2020からコロナの影響を強く感じるようになった。仕事はそれ以前から完全リモートだったので特に支障はなかったのだが、趣味温泉旅行制限されたのはつらい。そんな中でおこもり需要の一つとして注目されたのが楽器だったわけ。俺もその例にもれずヤマハが発売しているヴェノーヴァを購入してみた。生まれて初めて自分お金で買った楽器。これがめちゃくちゃ面白い。

練習はだいたい朝子供保育園に送る前と夕方保育園から帰ったあとの夕食までの時間。だいたいどっちも20分くらいだから1日のうち40分くらい。しか最近寒いから朝の練習はしない日もある。練習と言っても昔のように間違えたフレーズをなんども繰り返すわけじゃない。最初こそ音を鳴らす練習や指の運びの練習はしたけど、一通りそれっぽく音が出せるようになったら後は自由だ。楽譜を買ってきて自分が好きな曲を自分が満足するまで吹けばそれでいい。アニメ特撮が好きなので「ドラえもんのうた」とか「ウルトラマンのうた」とかを一通り吹いて、サビだけ吹けるようにしておしまい最近コンビニで曲ごとに譜面印刷できるので、気になる曲だけ印刷してくれば1枚400円くらいで収まる。飽きたらまた別の曲をやるし、ときどき思い出して前にやった曲を吹いてみて自分の中の変化に目を向けると、ちょっとは上手になったかな?と思って自己満足する。それだけでいい。

子供の時にやっていたバイエルをひたすら反復する練習は何だったのか。中学とき面白さが全く分からなかった低音をひたすら鳴らしていたのは何だったのか。そんなことやる必要なんてなかった。自分が好きな曲を適当に吹いてひとまず満足して、そしてまた戻ってきて高みを目指したり目指さなかったりすればいい。そう言う物だったんだな。

今にして思えば父親が俺に音楽を教えてきたことは無かった。たぶん、彼は今の俺と同じことが分かってて練習強要するんじゃなくてやりたくなったらやればいいくらいのスタンスだったのだと思う。俺もそういう気持ち子供に接して行きたい。

次はスタートゥインクル プリキュアのTwinkle Stars演奏したい。

anond:20210221005219

それ以外の技術ってなんなの?

  例えば、他の楽器ピアノとかオーケストラとか)との掛け合いとか、ルバートアゴーギク一貫性とか、広い意味での様式感とか。

そもそもクラシック音楽だって楽譜どおりに機械的演奏してるわけじゃないんだし。(例えば同じ音符が三つ並んでいるところを単に三つ均等に弾くかというとそうでもないので。)

2021-02-17

ゲーム音楽を流さないで欲しい

敵を斬ったり殴ったりする効果音や川の流れとかの効果音ならいいんだけど

音楽があると途端にあー俺今ゲームやってるのかって気分になっていまいちのめり込めない

最近ゲームはそれを意識してるのか音楽を消せる設定ができることがあるけどそれが出来ないと強制的音楽聴く羽目になるので全部の音を消すこともある

ホラーゲームなんかでいちいち怖そうな音楽が流れてくる時があるが

作曲家は頑張ったんだろうなぁとかそっちを意識してしてしまって怖さがない

意識すると誰かが見えない位置からピアノやらギターやら演奏してるかと思うと吹くんだよ

誰だよこんな人が死んでるとき不謹慎音楽演奏しやがってとかさ

なんで戦ってる時にドラムを思いっきり叩いているんだうるせえよとか

まぁそういう風に感じるんだよ

特にリアリティ思考が高いゲームだと音楽が鳴ると違和感が激しい

ラスボス戦にオーケストラ演奏が始まるものならお前ら演奏してねえで戦うの手伝ってくれよ!

みたいに思う

まぁこんな俺みたいな輩はあまりいないとは思うが

ゲーム音楽は必ずしも必要ではないんじゃないか

あとツッコミいれたいこと

ホラーでよくキャーとか悲鳴あるじゃん

悲鳴って余裕があるからあげられるんだよな

まぁその後に死ぬことが多いけどさ

悲鳴をあげる余裕すらなくみんないつのまにか消えて死んでいたとかいうほうが重みがあると思う

そもそも私生活音楽聴く機会ってお店しかないんだよな

会社音楽なんて聞かないし

通勤時間中には聞くかもしれないけど

まぁとにかく現実に近いゲームを作るならせめて音楽を消せる設定はつけて欲しい

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