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はてなキーワード: 屁理屈とは

2017-12-16

anond:20171216013915

だって結論ヤクザが出て来るからダメですとか言うのが許されるんならどうとでも言えますやん

こんなのガキの屁理屈と何が違うのかわからないと思わん?

2017-12-14

ホントうるさいな

眼がデカいのも髪がピンクなのもデッサンにおいてちゃんとできてないって解釈可能なんだけど

単にお前が気に入らないって個人的感想に後から屁理屈つけようとすんなよ気持ち悪い

なんでキチガイ理論武装したがろうとすんのかな感情モンキーであることを認めた方が支持されんのに

anond:20171214004139

歪んでるのはてめーだ

屁理屈こねやがって

2017-12-13

妻の食べ方がおいしくなさそう

先日、外食した時に、魚料理をひとくち食べて、首を傾げ始めた。

それなりに良いレストランだったので、何か問題があったのではないかと、店員さんが来てくれた。

「いえ、おいしいです」と妻。


店員さんが離れた後、なんで首を傾げてたのかを尋ねると、

「何の魚なのかな、と思って」だそうだ。



まずかったのならともかく、美味しかったのにその態度は失礼だよ、と諭すと、

こっちは客でお金を払っているのだから、どう食べようと自由だ、

会話の内容に首を傾げたのかもしれないのに、いちいち気にするのがお節介だ、

生きてれば首くらい傾げる

とごね始めた。

なお、普段の妻はこのような考えは持っておらず、言い負かされそうになるとキレて屁理屈を言い出す。

キレられると面倒なので、この話題は早々に切り上げた。



でも、今になって、自分の捉え方がおかしいのか、気になってきた。

飲食店で お客さんが首を傾げていたら、

店員が おいしくなかったんじゃないか、と心配するのは普通だよね?

2017-12-11

似非科学に関して青春時代の思い出を交えた個人的考察

 似非科学というのはいつの時代もなくならないものだ。パッと思いつく例だけでも、血液型性格診断ゲーム脳環境ホルモン水素水マイナスイオン、等々、枚挙に暇がない。多くはマスコミによって支持され、テレビ番組特集が組まれ、その科学的根拠あいまいにも拘らず世間に流布されて浸透する。テレビ番組などはあたかもその説を「検証」しているかのような映像を作り、怪しい肩書専門家コメントを添える。視聴者の多くはなんとなく「科学的に証明されている説なんだ」と信じ込み、疑問を持つことなく受け入れてしまう。一億総白痴化社会の完成である最近ネット上で多くの意見を比べて読むことができるので、情報収集能力の高い人たちはそこまで騙されやすくないとは思うが、未だテレビ新聞が主な情報源である人たちにとっては、上述の似非科学が今でも信じていることが多い。特に血液型性格診断などは、宗教のように信じ込んでしまっている人も相当数いるだろう。

 私も子供の頃はこれらの似非化学に騙されやす人間だった。最近ほとんど見ないが、昔はテレビが娯楽の中心だったこともあり、夕食時などはよく見ていたものである特に捏造問題で打ち切られた「発掘あるある大事典」などは、親が好きだったこともあって毎週見ていた。その中で血液型性格診断特集を何度か行っていたことは、今でも何となく覚えている。番組の中で「数名の幼稚園児を血液型別に分類してその行動を観察する」という検証が行われており、ものの見事にその血液型の特徴が行動として現れていた。見ていた私は「やっぱり血液型性格には関係があるんだなー」とぼんやりと納得していたが、今になって思い返してみれば数名の幼稚園児の行動で結論を出すのは早急すぎるし、番組が「○型かつ××な性格」の幼稚園児を数名集めることな造作もないことだし、そもそも集められた幼稚園児の血液型が本当に表示通りだと証明する根拠は何も無い。極めつけはあの「あるある」である。そういえば「あるある」マイナスイオン特集も何度かやっていた記憶がある。まあ、放送内容の真偽を検証するのは今となっては不可能に近いことだからやめておくにしても、心理学会において血液型性格判断の真偽は何度も検証されており、いずれも関連性を肯定するものがないことから、かの理論が出鱈目であることは疑いようがないだろう。

 しかし、科学価値は小指の爪の垢ほどもない血液型性格診断であるが、この似非化学が私に教えてくれたことが二つある。それは「人間客観的事実よりも自分が信じたいものを信じる」ということと「何かを信じ込んでいる人間を説得しようという試みは大抵徒労に終わる」ということだ。付け足すなら、当時私はまだ純粋ティーンエイジャーだったので、「大人は平気でうそをつく」ということも学んだと言えよう。

 私が初めて血液型性格診断反証する意見に触れたのは、中学二年生のことだったと記憶している。当時別段読書が好きでもない(むしろ嫌い)だった私が、たまたま休み時間図書館に立ち寄り、ふと目に留まった一冊の本を手に取ったのがきっかけだった。それは村上宣寛という方の著書『「心理テスト」はウソでした。受けたみんなが馬鹿を見た』(2005、日経ビジネス)という本である。新作であったこの本は本棚の上に表紙が見えるように立てられており、そのセンセーショナルタイトルに興味を惹かれたのを覚えている。

 10年以上前に読んだものであるためにうろ覚えな部分もあるが、本の内容は大きく2つに分かれていた。前半が血液型性格診断への反論、後半はまた別の心理テストへの反論が主であった(後半の内容は忘れた)。本文の中で、今日血液型性格診断の源流である能見正比古氏の著書をけちょんけちょんに貶し、また血液型性格診断のような「占い」を人に信じ込ませるための心理テクニックであるバーナム効果」についても詳しく説明があったと記憶している。

 当然、本の内容は著者の考えであり、本の内容が絶対的事実であるとは(今となっては)思わない。しかしこの本の内容は、血液型性格診断科学的根拠のある学説だと何となく思い込んでいた私にとっては、とても衝撃的な物であった。血液型性格診断のものというより、これまで固定観念的に信じ込んでいた常識が、脆くも崩れ去った瞬間で、まさしく目から鱗であった。活字嫌いな私が、数日図書館に通って本を読んだのは、(マンガ喫茶を除けば)後にも先にもこの時だけであろう。「借りて読めよ」と言われるかもしれないが、当時の学校図書館ルールで、新作は借りれなかったのである

 新しい知識を得たら人に言いふらしたくなるのが能のないアホウドリの常である。当時は全盛期こそ過ぎたものの、血液型性格診断世間一般根付いており、それを否定する論調は(少なくとも大手メディアでは)ほとんど存在していなかった。要するに「他の誰も知らないことを自分けが知っている」ような状況だったのだ。腕のケガだと偽って毎日手に包帯を巻いて通学していたリアル中二病の私にとって、これほどドヤれる材料は無い。とは言え、何の脈絡もなく血液型性格診断の話をするのも変である。友人との会話の中で血液型の話が出てくるのを待ち、出てきた瞬間にこれでもかと否定する。それによって「頭が良い奴」と思われて皆からちやほやされる。正に完璧計画だった。

 ところが、実際に反論してみたところ、いずれもあまり芳しくない結果に終わってしまった。どや顔血液型性格診断否定しても、「でも何となく合ってる気がするし…」と、決まって歯切れの悪い反応しか返って来ないのである挙句教師からも「屁理屈ばっかりこねるな」と言われる始末。今となってはどちらが屁理屈なんだと思わざるを得ないが、確かに思い返してみれば、血液型の話でわいわい盛り上がっている時に、キモいデブどや顔否定して来たら、場が白けてしまうのは明白だろう。要するに私の敗因は、イケメンではなかったこである

 冗談はさておくにしても、それ以降、私は血液型性格診断の話が出てきた時、余程仲の良い間柄でなければ、ニコニコして受け流すようにした。まさに2017年現在でも血液型性格診断肯定論者の方が言うところの、「否定する奴はモテない」という説を支持する対応であった。情けないとは思うが、当時ただでさえ友達が少なく、これ以上周りから孤立するようなことは避けたかった私を責めることなど出来るだろうか。ちなみに今は目上の人でなければそれとなく否定している。相変わらずチキンであった。まあ、事実事実として、TPOに合った会話合わせというのは必要だと思っている。

 そこで私が学んだことが、先の「人間客観的事実よりも自分が信じたいものを信じる」「何かを信じ込んでいる人間を説得しようという試みは大抵徒労に終わる」の二つだ。血液型性格診断を信じている人に、上述の心理学会の話や、バーナム効果の話をしても、決まって返ってくる言葉は「でも何となく当たってる気がする」「私の周りでは当たっている」と言ったものだ。査読のある学術誌に投稿された数千人規模の調査結果よりも、自分の身の周りの数名の事例を優先するのである。当然その事例には得てして強い確証バイアスが掛かっているのだが、本人はそれに気付くことができない。「客観的事実よりも自分が信じたいことを信じる」典型である

 これは、似非化学に限らず社会の中のあらゆる現象に対して言えることである。例えば昨今、「若者の○○離れ」という言葉をよく耳にする。○○の中には、テレビ新聞、車、バイク、酒、読書など、ありとあらゆるものが入り得る。そして、その原因は大抵若者帰着させることが多い。「最近の若者は人との関係希薄から酒を飲みながらのコミュニケーションをしないのだ」とか、「世間政治に対して無関心だからテレビ新聞を見ないのだ」とか、とりあえず若者悪者にするような結論が多いが、決して「社会の変化によってニーズも変容し、製品価値相対的に下がった、すなわち製品自体時代の変化に追いつけなくなったのだ」といったような、自らに責任帰着させることは決して言わない。やはり自分が信じたいことしか信じていないのである

 また、血液型性格診断を信じている人の共通点として、否定しようとすればするほど攻撃的になって反論するというものがある。先の中学生の時の教師がその典型例だろう。理論的な反論が出来なくなると「屁理屈をこねるな」と論点をずらして逃げるのである。「否定する奴はモテない」というのも同様で、血液型性格診断の真偽について反論しているのに、「モテるモテない」の話にすり替えさら相手を「お前は場の空気の読めないモテない人間だ」と罵倒しているのである。そうなってしまうと、もはや冷静な会話は成り立たない。こちらがいくら事実を述べても、返って来るのは罵倒だけであり、最終的に相手が逃げてしまうのである。そこに残るのは無駄時間の浪費と徒労感だけで、何ら生産性のない労力を費やされることになる。

 こちらもやはり社会全般で言えることだ。例えば「若者犯罪ゲームアニメによる影響だ」などの持論を展開する人に、「若年層の犯罪率は年々下がり続けており、反対にゲームアニメ市場は伸び続けている。」と反論しても、恐らくその後は謂れなき若者批判罵倒くらいしか返って来ないだろう。論理的反論を受け入れられない人間にとっては、実は事実などどうでも良く、会話を勝ち負けを決める手段としてしか考えていない。そして自分が負けるのが嫌だから最後子供のような罵倒に終始し、逃げてしまうのである。こういった手合いは、「自分の非を素直に認められない」ことも共通点と言えるだろう。人間であれば誰しも少なから負けず嫌いな側面は持っているが、この手の人間特にその傾向が強い(と何の統計的データもなく私の主観でそう思っている)。

 似非科学のような嘘を信じ込んでいる人は、宗教信者に近い。もちろん宗教否定している訳ではない。宗教というものは、「事実か否かを証明する術がない」にもかかわらず、「否定は許されない」というのが特徴である。これ自体別に悪いことではなく、「鰯の頭も信心から」と言うように、それを信じることによって本人の精神的支えとなるのであれば、それで良いと個人的には思っている。客観的証明できなかったとしても、個人の中で信じていれば問題はないのである。ただし行き過ぎると他者に対する不寛容に繋がり、戦争弾圧に容易に発展してしまうため、注意は必要である仏陀キリストと「顔を描いてはいけないあの人」の誰が一番偉いかというような論争は、決して行ってはならないのである(仏陀キリストが同じアパートの一室で生活しているマンガはあるが)。

 「宗教」と「似非科学」の明確な違いは、前者は「事実かどうかわからない(事実であることに重きを置いていない)」のに対し、後者はそれが「明確な嘘」だということである。明確な嘘を流布すれば、社会に対して損害が生まれる。血液型性格診断であれば、近年問題になっている「ブラハラ」なる差別を生じる。ゲーム脳であれば、本来何も悪くないゲーム会社風評被害を受ける。水素水であれば、医学的根拠のないただの水を健康に良いと信じ込んで高額な値段で買わされる消費者が現れる。そして、損をする人の裏側では、他者を騙して得をする悪人存在しているのである。大抵は嘘っぱちの本を書いた奴とその取り巻きだ。

 だからこそ似非化学は撲滅しなければならないし、似非化学の考案者やそれを流布するメディア批判されなければならない。日本表現の自由保障されているから何を言おうと自由であるが、それはあくま公序良俗に反しないことが前提であり、嘘によって不正利益を得るのは詐欺である表現に対して批判を行う自由もあるのだから客観的に見て明らかに事実と異なる論説に対しては、毅然とした態度で批判すべきである

 そして、一般消費者である我々は、常にその情報事実であるか否かを見極める努力が求められる。媒体を問わずメディアは平気で嘘をつく。他人に言われたままのことを信じる人間は、その情報が誤りであった場合他人責任を求めがちである。何が正しいか自分判断し、自分責任において選択する力こそが、情報化社会を生き抜くために必要スキルと言えるのではないだろうか。

 似非科学流行は、社会におけるメディアリテラシー成熟度合いの指標と言えるかもしれない。

2017-12-06

anond:20171206130918

うるせーな嫌いなのにいちいち屁理屈をつけるな

嫌いだから嫌いでしかねーだろてめーのは

外国大学受験内輪ネタ

たとえば

日本でもいい大学に入るためには

文系科目では日本史とか古典文学とか

日本固有の内輪ネタが入ってくるけど

真の国際人は自分の国の文化について知らなければならないとか本当かどうかよくわからない屁理屈もみるし

世界史についても解釈国内教授のものに偏っていたりする

数学理系科目とかでも出題傾向が工業向けに特化したものだとか批判されてることもある

イギリスとかも学識エリートになるにはこういう内輪受けの学習内容が求められるのかな?

どうでもいいけど

2017-12-01

「甘え」と「言い訳」の意味がわからない

外国人日本語学習中だというのではない。

ずっと日本で育ったけどこの二つの意味が未だにわからない。

辞書を引いてみても俺の知りたい意味は乗っていない。

例えばさっき「再投稿は甘え」という増田を見た。「甘え」が良くない意味で使われているのだなということはわかる。「鬱は甘え」とかの「甘え」と同じだろう。この「甘え」は人を非難するとこに使われるのだと思っているが、例えば「鬱になるのは悪いことだ」とか「再投稿するのは悪いことだ」というのはニュアンスが違う気がする。もっと限定的意味合いがあるはずだと思う。単に「悪い」と言っているのとは違うはず。

言い訳」に関しても「そんなの言い訳だ」といえば、言い訳をした人を非難する言い方だと思うが、辞書に載っている意味どおりに「弁明」と解釈すると、非難にならない。どうも、「その弁明は適切ではない」と言いたいのではないかという気がするけど、そういう時は「言い訳になってない」という言葉が使われる気がする。

子供の頃こういうことを親に聞こうと思ったことがあるような気がするけど、「屁理屈はやめなさい」と言われている情景が頭をよぎった。

そういえば「屁理屈」も意味がわからない言葉の一つだった。

誰か教えて。

2017-11-28

anond:20171128195959

まあおまえみたいに屁理屈こねるやつは言葉ではなく鈍器で殺すのが正解だよね

人の言葉なんて屁理屈こねれば封殺可能

差別をやめろ?

じゃあお前は差別してる人を差別するなよ?

人の好きなものを叩くな?

俺が好きな人の好きなものを叩く行為を叩かないでくれるかな

完★全★論★破★封★殺★完★了

2017-11-27

久々にダークナイト見たんだけど「ビギンズで『殺さないけど助けないよ』って屁理屈かましてそれを良しとしたのがテーマジョーカーの命すら救わなきゃいけない事と整合性取れなくなってる」ってのと

「この世界中クリエイターに影響を与えたラストシーンの後に待ってるのはライジングニートみたいなブルースなんだな」って部分以外は最高に緻密な映画だったのでダークナイト以外要らない感あるな

anond:20170920014600

若者の総意は「天皇死ね

→ お前の主観だろ

反天連デモに反対するのは右翼高齢者子供しかいない

普通社会人なら、デモ集団に関わろうとは思わない

日本人の大体が渡来人家系といわれているが、天皇一族渡来人家系

→ それは本当?すり替わったとかい陰謀論のこと? 生物学的な遺伝のことを言ってるなら、何も問題ないだろ

ネトウヨはおろか普通右派からですら嫌われている。日本人家系ですらないから。

→ お前の主観だろ

しろ普通左翼天皇制賛成

→ お前の主観だろ

国内外各地で「天皇制は変えるべきだ」という声が相次いでいる。

女系天皇や退位の議論ではなくて? 違うなら、お前の主観

天皇制の維持には何兆円もの予算が使われている。文化財軍事費屁理屈つけて費用などを削減するこの国で天皇制が維持できるとは思えない。

→ 累積で言ってる? 2文目は何言ってるかわからん

極端な左翼どころか、普通の日本人ですらこの有様なのに、天皇制を守ろうとか言っている連中って正気なの?

→ 守ろうって何?上から目線すぎないか

2017-11-23

anond:20171123220733

いや、昔と今を同一にしてはいけないというか、そもそも戦略が変わっている

インテリぶって理屈屁理屈を混ぜて比較反論しにくい論調で、影響力のある知識人干渉するのが昔の左

『どうせ一般人理解出来る脳味噌なんて無い』という蔑みのスタンスでもって、「政府埋蔵金がどう」とか「戦争法案がどう」とか、それっぽい雰囲気はあるが理屈が伴っていない言葉を並べて、雰囲気と勢いで彼らが言う所の頭の軽い一般人を巻き込んでゴリ押ししようとするのが今の左

anond:20171123210603

この話題リー、偏ったり強行的な意見も多いけど

でも真面目に話はしてるのな、と思ってみてたら

あとは、エロ本に出てくるのは若い美人ばかりであり、容姿差別や年齢差別問題あるかな

の一文で、

「ああ、結局自分が気にくわない部分を消したいだけ、自分が有利になるよう屁理屈付けてただけか」

って分かっちゃってがっくりきた

気に入らない人間が困窮する様は屁理屈でもなんでも使って自己責任ということにしたくてたまらないクズのみなさんおはようございます

2017-11-22

anond:20171122153010

じゃあもう子供がどうとかみたいな屁理屈放り出して気持ちいか排除しろって言いなよ

anond:20171122084508

それは単なる「物はいいよう」。つまり屁理屈

日本語訳として出来が悪いものは、素直に出来が悪いと認めようよ。

2017-11-20

anond:20171120162517

使えない道具はガラクタだし、使えない知性はゴミ

屁理屈かどうかは、常識範疇の話だからなー。常識のない奴に説いてもわからんだろうな。

anond:20171120161049

反論できないからって「屁理屈」で一蹴しようとするのは「知性」って呼ぶの?

anond:20171120151709

いやいやいや、

自分の存続に資さなものを知性と呼ぶのは、普通に屁理屈でしょ。

anond:20171120143724

屁理屈だと思ってるあたりがなあ。

もしかして本当に「自分にはこの仕事しかないと思ってるから解雇されると不安になる」みたいな心理しか想定してないんじゃないか

一般人が抱く「不安」というものを心の底から理解してないのではないかと思わされる。

いや別におまえはそれでいいんだよ。

感情を切り捨ててメカニカルに生きていけばさ。

でも一般人はそうじゃないんだから、そうじゃない一般人に向けてAIの脅威を語るのは至極妥当なんだよね。

ゴールドマンサックストレーダーですらプログラムとの競争に負けて解雇される時代だよ。

たとえ次なる仕事への備えを十全に確保していたとしても不安を捨てろというのはまず無理だよね。

anond:20171120125508

そうやって屁理屈ばかりこねたって意味ないぞガキ

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