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2019-08-15

N国党立花氏がブッ壊すモノとマツコ氏について

長くなったので文章の結びを先に記す。

  

立花氏はNHKを本当に壊そうとは思っていないだろう。彼はNHKを彼の中にある公共放送としてあるべき姿に変えようとしているのだ。今は「ぶっ壊す!スクランブルだ!」と言っているがこれは小泉・橋下を下敷きにしているだけの立花劇場の一部であって、「ぶっ壊す」や「スクランブル」の本質NHKの大幅な値下げと集金人という徴収体制破壊なのだろう。ではどうやって実現するのかと言うと、彼が自身動画で度々主張している事ではあるが

  

NHK上層部人事権総理大臣に握られているので政権与党忖度せざるを得ない問題

広告会社NHK癒着による世界スポーツイベント放映権が高騰している理由

NHKの元職員広告会社等の関連企業天下りしている問題

その他様々な内部不正枕営業等々

  

まりNHKを取り巻く政治と金と女の問題を正せば結果はついてくるというのが立花氏の狙いなのだと思う。でもまだ彼はこの話をテレビではしたがらない。「それは『かしこ』(関西で賢い人って意味かな?)の話ですわ」とケラケラと笑いながら「ぶっ壊す!」とはぐらかす。

  

もっとも今の状況でマスコミでそんなことを言おうなら尚更相手にされるはずがないので、現在勢力の拡大に努めているのだろう。立花氏は金と交際関係オープンにしているが、それ故に揚げ足をとる過熱取材が始まる前に路線を変更して、政治家然としてとして振舞った方が安全だと思うが、そうなると没個性となり確実に露出が減ってしまうので難しい所だ。

  

ここから開始

  

数年前より立花氏を見て来た者からすると、最近立花氏は無名バンドが1発当ててメジャーになっていくような寂しさもあるが、私は支援者でも支持者でもないので純粋に興味の対象として見ている。自分と違う考えをしている人の意見を聞くのは楽しい。ちなみに私がNHKに興味を持ったきっかけは、学生時代古本屋で見つけた本多勝一の本であったが今回は関係ないので語らない。

  

さてマツコ氏は今までタレントとして優れたバランス感覚武器に、世間的に叩きやく反論の出来ないモノを叩き、本当の権力者弱者とされる世論上の強者には言い淀んで明言を避ける芸風で人気を博してきたのだが、今回は立花氏に対して対応を間違えた感がある。

  

今回のN国党の躍進について一部のマスコミが「有権者がふざけて投票した、冷やかしで投票した」からだと批判しているが、立花氏は約100万票を集めた政党代表であり国会議員であり、今まで一部は他の党にマニュフェストとして存在はしたが軽んじられていた民意を掘り起こした当事者でもある。

  

そんな彼の支持層批判する事は選挙のたびに「政治を変える為に投票に行け」と呼びかけながら、いざ意図しない結果が出てしまうと「馬鹿投票に行くな」等と手のひらを反す一部のダブスタ野郎と同じなのだ

  

『例えふざけてようが1票は1票なのである馬鹿の1票は価値が低いと言うのであれば、それは人権問題だ。』

そもそも宗教的気持ちが悪いのがダメなのであれば、もっと先に叩くべき政党があるだろ』

『既に権力を持ってしまった相手は叩けないのか?』

『それともNHKとは個人所属事務所利害関係にあるから叩けないのか?』

テレビ大金を稼ぐ事によって権力側になってしまった』

  

と、容易に扇動できる話題に(世論迎合する形で弱い相手しか叩かない)毒舌キャラで噛みついてしまったのが今回のマツコ氏の失敗なのである。今までのマツコ氏なら野党議員に対しては「でも国会議員でしょ?私、怖くて何も言えないわ」とお茶を濁しそうなものだが、立花なら勝てると踏んだのだろう。散々マツコ氏を弱い相手しか叩けないと書いてはいるが別に彼を侮辱しているわけでもないし、毒舌タレントやそれを有難がるマスコミに一石投じてやろうなんて思ってはいない。そういう人間からテレビで引っ張りだこなのである。彼らはタレントとしてビジネスマンとして素晴らしい。何でもかんでも噛みつく人間だと危なくてテレビに出られない。

  

幸いな事に立花氏は投票した有権者謝罪して欲しいと言っているので、マツコ氏は有権者にの形式上コメントを出して「でも立花は嫌いだ」と明言したらいい。相手にもこういう逃げ道をちゃんと用意している所が立花氏らしいというか、誘導するのが上手いなと思う一方。当のマツコやテレビ局は見え透いた手に気づいていてもプライドが許さないのだろう。

  

立花氏は過激言動やエネルギッシュな行動力を持った厄介おじさんであるが、謝罪した人物に対しては振り上げた腕をすぐに降ろす浪花節おじさんでもあるので、早く終わらせた方がいい。

  

マジで番組内で「有権者馬鹿にするつもりはなかったのよ。気分を悪くしたらごめんなさいね。でも立花さんの事はあまりきじゃないわ」と言えば終わる。それだけの話だ。

  

そもそも謝罪等しなくても番組に呼んでマツコと話せば、彼のトーク術で立花氏はある程度満足して帰って行くと思われるので、今回の問題は先に手を上げておきながら反論の機会も与えずにその上コメントをなかなか出さなかった番組側にも問題を拗らせた原因はある。タレントを都合よく使うだけではなく、問題が起きたらきちんとケアする事も必要なのではないか

  

もっとも、問題を長期化させN国党の露出が増えれば増える程、立花氏の思い通りだ。「悪名が轟いた所で」という人もいるだろうが、N国は露出が増えれば勝ちだと本気で思っている。今現在政見放送に出演し選挙活動を行う事を目的県知事選立候補している。まず自分達を知ってもらえないと戦えないと腹をくくっているのだ。

先日もN国党が選挙妨害を受けたとして、逃走する妨害者を私人逮捕した動画ネット上で物議を呼んだが、たぶんN国はもっと話題になって欲しいと、出来ればニュース番組で取り上げて欲しいと思っているだろう。

  

そして彼らは数週間で終わる選挙供託金やその他の選挙費用を失うより、例え民事裁判が長期化して負けても売名や広告収入が増えた方がコスパが良いと思っているだろう。政治には金が必要だというのをハッキリと言えるのが立花である。そういう意味では広告収入NHK裁判を行っている人のサポートに充てると早々に宣言した立花氏はやっぱり上手い。金を必要以上にもって形上の強者にならないように心がけてる。

  

今後アンチ立花氏による広告剥がし運動が激化するのは想像に難しくないが、考え無しで立花氏が動く事は考えづらいのでその点も何か策があるのだろう。

  

一方、今回の件で立花氏に失望したという声もあるが、この人は以前からこうである。N国を知っている人からすると常識であるし、支持している人からも「もうちょっと大人対応をして欲しい」という声は根強くあるが「我々は命をかけているのだ」と聞く耳を貸さない。

  

そもそも立花氏をはじめN国の党員は今まで時間を持て余した無敵の人からストーキングされたり脅迫電話を受けたり選挙妨害日常的に受けてきたので、さっさと物理(刑罰のある法)で殴る方が早いと攻撃力に極振りしてきた歴史が今の彼らを形作っているのだろう。

  

今まではそれでよかった。なぜなら彼らはメディアから完全に無視された存在だったからだ。でも今後はそうもいかない。一度潮目が変わればどんな些細な言動や行動も致命傷になりえる。ここは金持ち政治家がカップラーメンの値段を知らないだけでブッ叩かれる国なのだ

  

また立花氏については何度も「元交際相手立候補させている」という批判が行われてるが、立花氏は「当時のN国なんていう無名で変な政党から立候補してくれるのなんて、彼女しかいないですよ」とカラッと笑いながら答えているが、今後はそうもいかいかもしれない。今後は立花氏の過激言動と合わせて、氏があえてクリーンである証明としてオープンにしている金と女性話題をおどろおどろしく報道されていくのではないかと思う。

  

立花氏も今はまだ意に反する報道等に対して抗議活動を行う事が出来ているが、これが全メディアに飛び火してしまったら立花氏やN国党のリソースでは対応しきれない事は明らかである。そうなってしまえばいよいよ「NHK問題はどうしたのか!スキャンダラス話題ばかりだ」と批判が加速していくだろう。そうなると最初に書いた問題が日の目を見ずに消えていくことになる。

  

とここまで書いた所で、既に私も立花氏に夢中になっていることに改めて気がつかされた。

立花孝志は怖い男である

2019-07-24

吉本パワハラ問題の前にやるべきことと、マスコミが報じるべきこと

やるべきはコンプライアンス問題解決

反社会的とのつながりについて明らかにすること

それらの土壌になったもの反省すること。のはず

でもこれらを無視して人情話、浪花節世界報道が傾いているのに違和感を感じる。

今回分かったことは、芸人事務所搾取関係

芸人が闇営業にいそしむことと、低賃金パワハラ構造には関係があるのは明らかで、

そのことが、反社会的勢力などにも営業をかける人脈やツテが育つ土壌になったというのは既に報道されている。

これらは、吉本にはそれらを制御するシステムがないことも意味する。

しかし、もっと大事役者報道から抜け落ちてる。

テレビ局である

これらの搾取構造吉本という女衒を通して安いギャラの芸人を使うテレビ局が頂点という事になるからだ。

しかし当のテレビ局吉本を形だけ非難するポーズを取っているが、テレビ局自身問題としては扱っていない。

しろ松本人志討論会のように、個人個人意見を語らせるということばかり目立つ。でもこれらに何の意味があるのだろう。

今までこの搾取構造に対して。本当に、テレビは何も知らなくて、寝耳に水というなら仕方ない事なのかもしれないが

そんなことがあるのだろうか。

実に白々しく感じる。

2018-12-07

政治の話だけど、政治的ではない話

別に野党をクサすつもりはないが。

否決されることが明白なのに、ポーズのためだけに野党から提出される不信任決議

これを止めるだけでも、野党は相当に議席が伸びると思う。

だって、どう見てもバカ所業じゃんねー。否決されるためだけに採決を行うとかさー。

そういう浪花節っぽい精神論が支持された時代もあったのかも知れないけど、今の国民もっと現実的だよ。

合理性判断できないバカ政治を任せたいなんて、誰も思わないって。

何で、止められないんだろうねぇ。

2018-08-08

翁長知事の死

本日沖縄県知事として尽力された翁長知事本日永眠されました。67歳でした。

沖縄県民として思ったことを書きます

バリバリ自民党県連の幹部からオール沖縄リーダー

もともと翁長知事沖縄自民党幹部中の幹部で、翁長知事の前の知事である仲井間知事の選対本部長として仲井間県政の立役者として活躍した実績もあり、翁長知事個人的キャリアとしては、このまま自民党系の那覇市長であった方が安泰だったのかなぁと思います

しかし、そんな翁長知事が安泰のキャリアを捨てて、不倶戴天共産党と手を組んで、オール沖縄地元経済界も巻き込んで作り上げたのは、当時びっくりしました。その結果、難攻不落と言われた自公政権を打ち破ったことは、歴史が一つ動いたような気持ちを抱きました。

辺野古の埋め立て反対と国との全面戦争

県民の期待を背に誕生した翁長知事ですが、在任中はひたすら国との闘いでした。

辺野古の埋め立て基地に関する法廷闘争はもちろん、知事としての権限法律範囲内で最大限使い、工事を遅らせるように努力しました。

そもそも、新基地反対を掲げて、大差で当選したことから県民の総意としては基地反対が立証されていますので、その声に答えて基地建設工事抵抗するのは当たり前です。

しかし、本土マスメディアは冷ややかに受け止めるものもあり、中には翁長知事政策と何も関係がない「カツラ疑惑を書き立てるものもありました。沖縄県民基地反対のデモ運動炎天下のなかしていても、あれは大陸系のコミンテルンの手先、日当が支給されているといった怪情報が流されていました。あー、やっぱり基地問題は、日本問題ではなく、結局沖縄問題という認識が、本土認識なのか、そんな気もしました。

そんな逆風の中でも翁長知事は、ひたすら先頭に立って、基地反対の運動を繰り広げてきました。

基地が無い方が儲かる沖縄経済

翁長知事基地反対運動をしたのは、純粋沖縄県民としての気持ちだけでなく、基地が無い方が経済効果が高いという事実があったからです。実際基地がいなくなってできた空白地には、大型ショッピングセンターといった商業施設が生まれ基地でもたらされた利益以上に高い利益を生み出すことができました。

このような現実が、沖縄経済からも支持を集めて、オール沖縄体制が生まれたわけですが、この理想主義としての基地反対、現実主義としての経済振興といった2つの視点を持っていた知事方向性はやはり間違っていなかったと思います

しかし、そんな知事はもういません。

今年は野中広務氏が去り、翁長知事も去った

話が少し脇にそれますが、今年は長年沖縄問題に関心を抱いてくれた野中広務氏が永眠されました。

野中広務氏も、自民党幹事長も務めた人物ですが、やはり根っこにあるのが、平和主義でした。そんな平和主義のバックにあるのが、1945年太平洋戦争です。

あの戦争では、沖縄県では20万人の死者を出した残酷ものでした。

しかし、そんな過去を無かったように忘れて、基地問題沖縄県の問題矮小化しているのが、現政権です。

翁長知事こそ、保守政治家だったといえます。同様に、日本代表する保守政治家である野中広務氏が去ったことは、今年は何かしらの意味があるように感じます

保守という言葉が、現在排外主義弱肉強食のような意味にすり替わり、弱気を助け、強気を挫くといった浪花節は無くなってしまいました。

次の知事がどうなるかわかりませんが、翁長知事の死はオール沖縄にとって大きな打撃であることは間違いありません。

とりとめもなく書きましたが、最後に言わせてください。

翁長知事、お疲れさまでした。

沖縄未来を本気に考えて、病に侵されながらも身を削って頑張って頂きまして、本当にありがとうございました

2018-07-28

anond:20180728201828

日本人浪花節が好きやねん

別にいても何の意味も無くても一緒にあの辛い局面を共にしたというのが大事やねん

2018-06-29

anond:20180629203924

感情が動くみたいな意味

感動するとかそういう大きいのでもいいんだけど、

もうちょっと分類されてない「熱っぽく語る」とか「畳み掛けるように」とか

浪花節もそんな感じだね。作品のものは理詰めの産物なんだけど、それを演奏なり表現なりするときに、

自分感情を動かしながら行うみたいな感じ。

言葉では伝えにくいなっ

2018-06-25

anond:20180625211636

この期に及んでハリルハリル言ってる奴らの気がしれない

勝つ可能性が1%でも上がるなら直前だろうが解任されるのが代表監督って仕事だろうに

シビア勝負世界浪花節を持ち込まないでほしい

2017-09-26

結局ジャップ国では一人で苦労して作りましたみたいな浪花節物語必要なんだよ

属人性を排して標準化とかは不可能なんだ

2017-08-13

日本企業のこの感じ、言語化できない

偏差値40代の糞野郎なので頭悪いです。日本語なのは勘弁

でも頭のいいひとにこの感じを言語化してほしい

その1:若い企業存在感の無さってなんなの?

日本企業問題だらけだってのはその通りだとおもうんですけど

いわゆる老害ってやつが多くて身動きができない感じ、まだその価値観ビジネスしてるんですかって感じ

東芝三菱への評価がまさしくそうだし、立ち直ったといわれる日立ソニーもなんだかパッとしないしNEC富士通なんかもそうだ

でも本当の問題は何なのかって

それらをぶっ潰す日本企業が出てこないことでしょ?

アメリカじゃgoogleamazonfacebookがあるわけ

若いじゃん?設立20年あたりでしょ?若い

テスラgoproインスタグラム若い

その2:リア充感の無さはなんなの?

あのね、アメリカ会社って技術者なのにリア充感あるよね

日本技術者ってvalveのあのデブみたいな感じじゃん

サービスからしてもニコニコ動画気持ち悪さってなんなの?

そんで日本リア充感っていったらなんでamebaみたいな感じになるの?

そういうリア充じゃねーよって思うんだけど

その3:テック感の無さってなんなの?

あとねアメリカにはテック企業テック企業感あるよね技術者が偉いみたいな

日本amazonが生まれてても結局楽天みたいなかんじで終わってるとおもうわけ

実際楽天がそうだもん

とても俗人的っていうか、芸能的っていうか、浪花節的っていうか

なんなんだろうね、日本企業日本企業

はてなでもそうじゃん、しょうもない感じ

任天堂ってすごい日本企業だなっておもうのよ

アップルと似てるよね、OSからハードまで作るところがね

でも独自言語を開発するわけでもなく、開発ツールを公開することもなく(NOAがなんか頑張ってたみたいだけど)

アップルアメリカ企業の中では比較クローズドな感じあるけど、公開するところは公開するよね

悪い意味中小企業脳だよね任天堂

もしはてブがバズったら信者がそこがいいみたいな精神コメント書くだろうけど

その4:そこ外部に頼むの?感

大事な部分をよその企業に頼む間抜けな感じなんなの?

任天堂がそうなんだけど、結局DeNAに頼むんかいっていうのが俺的には間抜けなのよ

ソニーもさ、せっかくのPSNもっと生かせばいいのに

なにをちまよったのかplaystation musicspotify聞けますとかやり始めたのよね。

ありえなくない?いかサービスを軽視してるかってのが分かるよね

PSNがせっかく普及してもいつまでたっても場末感外苑感あるよね、おまけって感じ

googleとかamazonとかだったら中心に据えてるとおもうんだけど

いつまでハード屋のロジックでやるんだろう

それぞれバラバラな話だと思うでしょうか

僕的には共通の話なんですよ

TOPのおまえ、本当に自分で自社サービス使ってるか?って感じなんですよ

お前本当にいいと思ってやってるか?本当に自信もってリリースしてるか?理解できてるか?

日本企業のこの感じなんなんでしょうね

日立馬鹿みたいに子会社が多いのとか、社長に聞いてみたいね

本当にお前、子会社がどういう技術持っててどういう仕事できるか把握してるんだろうなって

コレクターみたいにして寝かせてるんじゃないだろうなって

株持ち合ってホリエモンみたいなのから買収されないようにしようぜみたいな感じ出すのとか


とにかくなんか共通する何か何のよ

理解してないひとが偉そうにしてるっていう

理解できないから偉そうにできるのかもしれない

理解できてしまったら恥ずかしくて上に立てない

スポーツチームもって遊んでなんかいられないよ

会議とかやるセンスなんなの?

焼きそば焼かせることは炎上したけど、あのレベル問題ほかにもあるよね

日本企業のこの感じなんなんだろう

CM有名人つかうセンスって何なんだろう

ああああああああああああダサいおっさんセンス、若くない!なにもかもが若くない!電通臭がする!

お父さん犬とかいらねええ!三太郎かいらねえええええ!



結局こんな企業にかてない日本若者がザコすぎるってのもそう!

2017-05-19

田代 陣基(たしろ つらもと、延宝6年(1678年) - 寛延元年(1748年))は、江戸時代武士佐賀藩士。通称左衛門。『葉隠』の筆記者口述山本常朝、その師であった湛然和尚石田一鼎等と共に「葉隠の四哲」の一人に数えられている。

略歴[編集]

延宝6年(1678年)、田代左衛門宗澄の子として生まれた。 元禄9年(1696年)19歳の時より鍋島藩3代藩主鍋島綱茂、4代吉茂のもとで祐筆役として仕えたが、宝永6年(1709年)に御役御免となった。

宝永7年(1710年)、山本常朝の庵を訪れ、同じく失意の中にあった常朝と語らい合う内に常朝の言葉口述筆記を始め、7年後の享保元年(1716年)に『葉隠』として完成させた。

5代藩主宗茂時代の享保16年(1731年)54歳で再び祐筆役となる。 寛延元年(1748年)71歳で没し、佐賀市田代の瑞龍庵に葬られた。

墓所[編集]

瑞龍庵で葬られた際の墓碑には「松盟軒期酔之墓」と刻まれていたが、後、墓所存在は忘れ去られた。(その法名から浪花節語りの墓と考えられていた。) 昭和13年に再発見され、昭和19年に有志により瑞龍庵に顕彰碑が建立された。その碑文には「田代陳基先生葉隠纂述記念之碑」と刻まれている。「陣」は「陳」の俗字で戦乱の際などに使われるものであるため、田代陣基への思いを込め本来の字を使用した。

2017-03-16

http://anond.hatelabo.jp/20170316151300

そんな多いか

かなりオタクなつもりだがガンダムヘルシングぐらいしか思い浮かば

実写のあんたが言ってるような長台詞は「演説」ではないとおもう「浪花節」っていうんだたぶん

2016-12-11

大企業銀行などでVCがどんどん設立されているところに思うこと

大企業VC銀行VCは、リスクマネー供給という名の、頭でっかちサラリーマン悪趣味的に行っている投資活動を行っている集団

今、大企業銀行などでベンチャーキャピタルVC)が続々と設立されており、ベンチャースタートアップへのリスクマネー供給は加熱してきているように思われる。

ベンチャーキャピタルとは何か、はこちらを参照:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%83%B3%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%94%E3%82%BF%E3%83%AB

しかし、結論から言うと大半のVC(CVC銀行VC)の実態は「リスクマネー供給という名の、頭でっかちサラリーマン悪趣味的に行っている投資活動である」ことを断言しよう。

その理由を詳細にわけて説明していこう。ちなみに筆者は、VCから資金調達を実際にしている一スタートアップ起業家であることを注記しておく。従って、客観的に論じているつもりであっても、これはあくま起業家から見た目線に過ぎないことにご留意いただきたい。

VCを作ることに命をかけていない、だから熱量も全体として薄い

まず大企業銀行は、なぜいまVC設立するのか。

1つは、自社でやれることに限界を感じていること。

一言で言うと、ほとんどの大企業新規事業は失敗する。あれだけ、ヒト、モノ、カネが揃っている大企業であっても、特にIT業界であるベンチャースタートアップスピード感に(大企業の仕組み上)勝てないかである

もちろん、DMM.comのような大企業であっても新規事業を片っ端からどんどん仕掛けて、成功、失敗を繰り返す会社もある。

しかし、そのように自社内のリソースを使ってPDCAを高速に回して成功、失敗を繰り返すことはほとんどの大企業の仕組み上(稟議等)難しい上、上場企業であればIRというガバナンス問題からも自社内で積極的に動いてリスクを取ることが難しいからだ。だから、自社内でそれができるDMM.comのような会社は、そもそもベンチャー投資など滅多にしない。ベンチャースタートアップ投資などしなくても、自社内で同じことができるからである

から大企業はそれをVCという形でベンチャー投資をすることにより、なるべくリスクを抑えた上でイノベーションを起こさせ、シナジーという名の”囲い込み”を行うのである

もう1つは、「ベンチャーキャピタル」というワード自体バズワードであること。

これは、例えば中期経営計画等を発表している会社資料を見るとよくあることであるが、会社として更に大きくしていくためには当然ながら何かしらに投資をする必要があるわけで、その中で最もわかりやすいのがベンチャー投資をすることによりシナジーを高めていく、というストーリ自体が今トレンドなのである。故に、中経を発表している企業には、よくアクセンチュアボスコンといったコンサル会社からベンチャーキャピタルモデルで展開しましょう!」とコンサルティングを受け、ベンチャー投資に右も左もわからない状態でとりあえずVCを作ったりするわけである

他にもいくつか理由はあるが、こういったところから大企業VC銀行VCがどんどんできていくわけである

こういう理由で作られたVCというのは、だいたい子会社としてVC運用会社設立、自社のお金運用して投資活動を行っていくわけであるが、そもそもVCとして本気でベンチャー投資をしていくつもりがないのは、上記のような理由を見ると明白であるだろう。自社でこれ以上事業投資して大きなリターンを狙うことができない状況だからこそ、ベンチャー投資というブラックボックスに外見上依存するしかないのである

故に、とりあえずVCとして活動しておけば、それで一旦OKで目的の大半は達成されるのである

サラリーマンであるからこそ、リスクを取らない

独立系VCというのは、ベンチャーキャピタルという業種で「起業」しているのである。例えば、IVPやインキュベイトファンド、East Ventures、ANRI、等といったVCは、全て「ベンチャーキャピタル業を行っていく」という目的の元、有志たちが事業として立ち上げて、人様からお金を預かって運用しているので、彼ら自身ベンチャーキャピタル業でスタートアップしている、一種起業家でもあるわけである

故にベンチャーキャピタル業として行っていく熱量は、大企業銀行VCにおけるそれとはかなり違うことが明白だろう。なぜ独立系VC熱量半端ないかというと、理由簡単で、VCとして結果を出せないと、会社の売上や自分たちの成果にダイレクトに響いてしまうからである。従って、彼らが掛ける熱量というのは、スタートアップ起業家のそれと同等もしくはそれ以上くらい、本気なのである

しかし、大企業系のVC銀行系のVCはどうだろう。サラリーマンであるが故に、目先の自分評価ばかりを気にしているので、大きなリスクなんて取れないし、ベンチャーキャピタル自体が最悪失敗しても、「残念でしたね」となって親会社本体に戻れるので、大きなリスクなんて尚更取る必要もないのである。だから、わざわざ大きなリスクを取ってまで投資する意義なんてそもそもないし、自分たちで目利きもできないので他社が出しているところに相乗りだけで出すVCほとんどなのである

はっきり言って、リードとしてリスクも張らず、相乗りしかさないようなVCは、リスクマネーじゃないのでさっさと滅びたほうがいい。起業家にとっては、話す時間ですら無駄になることも多いし、余計に疲弊してしまうのである

頭でっかちな人は、「未来バリエーション」の想像ができない

ベンチャーキャピタル業を始めます!と言った際、言ったものはいものの、誰が査定してバリエーションやその他諸条件と言ったタームシートを決めるのか、という問題が今度は発生する。普通なら、ベンチャーキャピタリストとして経験したことのある人材採用したいところであるが、ベンチャーキャピタリスト自体がそもそもまだ少ないので、引き抜きをしてまで採用するのは難しい。従って、ゴールドマン・サックスモルガン・スタンレーといった投資銀行M&Aやらを経験したことのある人材を引き抜いて来て、彼らをベンチャーキャピタリストとして即戦力になってもらうわけである

当然、知識的な面では彼らのスキルベンチャー投資のそれに十分資するものであろう。未上場株のバリエーション査定も、難なくこなすことができる。しかし、彼らのようなエリートくん達が査定する際に最も問題となるのが、「彼らは会社現在価値査定することはできても、未来に対しての価値査定できない」ことである理由は明白で、彼らはエクセル上ではじき出される数字のみを信用し、事業自体実態事業を行う起業家経営陣という人の部分では成長性を判断しないのである。それはある意味、前職の職業エクセル上の数字(結果、ファクト)のみで査定すること自体は正しいことでもあるが、ベンチャー投資エクセル上の世界とはまったく別物なわけであって、浪花節的に起業家を信じて投資しないと、ベンチャー投資なぞ絶対できるはずもない。エクセル上の数字のみで信用できる会社は、それはもうベンチャースタートアップでもない、ただの中小企業であるベンチャースタートアップはまだ華が開いていない状態からこそ、水をやって信じ続けて、華が開くのを待つの投資家の役目なのではないだろうか。

日本VCがこうある以上、日本からは新しいイノベーションは起きづらい

故に、優良はベンチャースタートアップ投資が至らないケースも多々あるし、投資したベンチャースタートアップがうまくいかないことも多い。

これが、私が「リスクマネー供給という名の、頭でっかちサラリーマン悪趣味的に行っている投資活動である」と断言する理由である。もちろん、全ての大企業CVC銀行VCがこれだとは限らないが、ほとんど大半のVCがこういう現状である

これでは、日本からは残念ながらアメリカのような新しいイノベーションはより起きづらくなるだろう。リスクマネーという名の、悪趣味投資であるのだから

生半可な気持ちVCなんて始めるくらいであれば、最初から無い方がましである。頭でっかりなサラリーマン悪趣味的に行う投資活動は、今すぐやめたほうがいい。

2016-04-16

左翼が、緊急時に冷酷に感じられるほどドライなのは

もともと人権擁護や弱者救済などの主張も、

同情や憐憫で訴えてるわけじゃないからだよ。

左翼は「国家とはこうあるべきだ」という理屈から行動してるわけ。

逆に、右翼感情的に、浪花節で動くから

緊急時には熱血で、ウェットに行動する。

超法規的措置も辞さずにとにかく助けろ!」みたいなね。

そこんとこを理解してないと、

「日頃、平和理想を口にする者ほど、同胞の命に関心が薄い」

なんてことを言ってしまうんだなあ。

2015-10-25

未だに誤解されている可哀想松岡洋右さんについて

 ICJとかユネスコの件でまたぞろ「松岡洋右の再来か!!!!」と腐れ外交官代名詞みたいな扱いを受けている松岡洋右さん。

 しかし、彼はゴリゴリ右派はいえ、「なるべくなら国連脱退したくない派」でした。連盟を脱退し、国際秩序へ挑戦状をつきつけるヤバさは認識していたのです。

 国連を説得できないなら脱退しろ、と言ってきたのは本国政府のほうで、

 アメリカ遊学した経験を持つ松岡さんにとっては「無茶振りにもほどがあるだろ」だったらしいですが、

 そこはホモシャチクンスである日本人であるかなしさ、負け戦とわかっていながら国連へ赴きます

 で、一縷未満の望みに賭けて国連で大演説を行うわけですが、そもそもの満州国擁護からして無理筋もいいところなのですから

 いくら弁舌さわやかな松岡さんも無理なものは無理。無茶振りやっといて、やっぱりダメした、からの暴発。このへん古きよき日本惨敗パターンをなぞってますね(rf. 沖縄戦)。

 彼も「全権」と名前はついてるとはいえ、実態としては本国使い走り大臣でもなければ現役の外務官でもない。「A(無理な命令)ができないならB(脱退)をやれ」という指示に従うしかありません。ここで本国に楯突いたらそれこそ独断です。

 しょうがないので命令通り、脱退します。

 (無茶振りはいえ)使命を果たせず、日本孤立化への道に導いてしまった松岡挫折感は相当なものでした。

 

 ところがメディア国民松岡を「英雄」に祭り上げます

 彼が肩を落として議場を退場する様子を「堂々退場す」と書き立てたのは新聞でした。

 国民帰国した松岡を旗振って出迎えます外交的には大失敗を犯した人物を立派な外交官として歓迎したのです。

国益」と「浪花節」を取り違える国民性はこのころから変わっていません。

 落ち込んで帰ってきた松岡さんでしたが、英雄として出迎えくれる国民を見てすっかり気をよくします。その後、右派から更に針を倒してファシスト的な方向へ進みます

 国連脱退により軍部のおぼえよろしきを得ていたこともあって、40年には外務大臣就任

 香港工作など平行していわゆる三国同盟を推進するものの、そのドイツとの同盟が仇となって日米関係悪化。ついには真珠湾へと至ります

 ところが、何をどうしたらそういう思考になるのかしりませんが、松岡さんはまさかアメリカ戦争になるとは考えていなかったらしい。日米が開戦すると男松岡は「陛下国民申し訳のしようがない」と泣きながら辞任。アメリカとの国力差を認識していたのはアメリカ帰りらしい慧眼でしたが、いかんせんその他が無能すぎました。その後、終戦までの四年はあんまりぱっとしない生活を送ります

 

 終戦後A級戦犯として裁かれ、本人も死刑になる気まんまんで望みますが、ここでも彼らしいヘタレぶりを発揮。持病の結核悪化し、法廷から「まあとりあえず裁判とか後でいいから病院いけよ」と病院送りにされ、そのまま不帰の人となります享年66歳。最後まで、なんだか咬み合わない人でした。

 

2015-04-02

企業文化というやつ

ちょっと前の話。

外資系コンサル会社で5年間勤務するも、その勤務時間に疲れて日系事業企業転職

が、日系特有義理人情浪花節文化に気疲れしてしまい、わずか2年で外資系コンサル企業へ再転職することにした。

…。

新卒個人主義/自己責任/短期成果主義の、いわゆる「日本人から見た外資系企業文化を叩き込まれたのが悪かったのか、

古い日系企業に多いと言われる、全体主義的で、みんなでゆったり浮き沈みするような、そんな労働環境が受け付けなかった。

なんでみんな横並びな状況で笑顔でいられるの?

無能人間が高齢なだけで上司になっている状況に革命を起こさないでいられるのはなぜ?

みんなすごいよ、僕には無理だよ。ぼくが異端なの?みんなが普通なの?それが組織のあるべき姿なの?そんな組織設計社会が良くなるの?

そんな問題意識を元に修論書いて、今博士後期。

夢は無能人間が高齢なだけで上司になっている状況を撲滅することです。

2014-07-19

朝日のクソ記事

http://www.asahi.com/articles/DA3S11251769.html

ワールドカップはおろか、サッカーに関する記事のなかでこれほどまでに無知蒙昧、盲目的外れのくせに上から目線な記事は初めて読んだ。

全文を読む為には登録しなきゃいけないところをみると炎上商法か?

以下、興味ある方向けに全文をコピペします。こんなクソ記事読むために登録なんて誰がするか、誰がさせるかクソ朝日

=====

サッカーワールドカップW杯ブラジル大会が終了した。熱戦続きだったが、「なぜ、開催国ブラジルドイツに7点も奪われたのか」「なぜ、日本代表はまったく精彩を欠いていたのか」など、さまざまな謎も残った。映画評論と共に、斬新な視点からスポーツ評論でも知られる蓮實重彦さんに、謎解きをお願いした。

 ――今回のW杯特に決勝トーナメントに入ってからは、一部の試合を除き、なかなか点の入らない展開が目立ちました。素人が見てもワクワクするような試合もっとやって欲しかった、という思いもあります

 「国民や国の期待を背負うと、どれほどスポーツスポーツ以外のものに変化していくか。それを見せつけられた何とも陰惨なW杯でした。サッカーとは本来ゲーム』であり、運動することの爽快感や驚きが原点のはずですが、W杯は命懸けの『真剣勝負』に見えてしまう。お互いもう少しリラックスしなければ、やっている選手おもしろいはずがないし、見ている側も楽しめない」

 ――なぜ、真剣勝負だとつまらない試合になるのですか。

 「『ゲーム』ではなくなるからです。ましてや負けないための真剣勝負など、見ていて興奮するはずもない。前回2010年の南アフリカW杯で、日本代表岡田武史監督大会直前、徹底的に防御を重視した『負けないサッカー』へと泥縄的に方針転換しました。確かにそれで1次リーグ突破できましたが、『1点でも奪おう』というサッカー本来精神からは、ほど遠いコンセプトだった。今回3位になったオランダ代表は、まあ前線ファンペルシーやロッベンいるからでしょうが、5バックというさらに防御重視の戦術で、まるで『岡田ジャパンのなれの果て』のようにさえ見えました」

 「勝ち上がるのを最優先すれば、どうしても『岡田化』が進む。今後はさらに防御重視の傾向が強まるでしょう。しかし、サッカーはどちらかが防御に徹すると、ゲーム自体が成立しなくなる。日本ギリシャ戦はその典型です。運動の快さを放棄してまで、国が期待する勝利にこだわる。そんな『スポーツの死』には付き合いたくない。W杯はそろそろ限界だ、とつくづく思いました」

 「国を背負うとどこか血生臭さも出てきます。その一例が、コロンビア選手ブラジルネイマール背中にひざを入れ、骨折させた場面です。故意かどうかという問題ではなく、国のために死にものぐるいでプレーすると、ああいうことが起きてしまう。他にもずいぶん負傷して血を流している選手がいました。観客の皆さんは、あの血生臭さにもう慣れてしまったのでしょうが

――日本代表はどうでしたか

 「ザッケローニ監督は、日本サッカーのためにある程度までうまくやったと思います岡田監督とは違い、前々代表監督イビチャ・オシムが作った流れを壊さなかった。私はオシムが率いていた時代ジェフ市原(現・千葉)の、攻守にわたり選手たちがダイナミックに動くプレーを見て、日本でもサッカーが見られるんだという喜びを感じました。ザッケローニにも『みんなが走り、気持ちよくサッカーをしないと意味がない』という姿勢があった」

 「問題はそれを十分に実現できなかった選手の方です。私は前回の日本代表について、岡田監督の急な戦術変更にもかかわらず、選手たちの『運動する知性』が想像以上に高かった、と評しました。選手たちが無言のうちに素晴らしい連係を達成したり、味方をも欺くようなはっとさせる動きを発想したりする知性のことです。前回は、松井大輔からそういうトリッキーな動き方を感じたのですが、今回はみんながまじめすぎた。少なくとも大久保は、もっと不まじめでもよかったのではないか。市原オシムに鍛えられた前代表阿部勇樹のように、『失点のリスクをつぶす責任はオレが負うから、君たちは好きにやれ』という人もいなかった。知的な面では退化していた、と言わざるを得ない。それでも、岡田サッカーで勝つよりも、ああいう負け方の方が日本未来にはよいことだと思います

 ――本田の「目標は優勝」という言葉とは、かけ離れた結果でした。

 「本田の発言の真意は分かりませんが、多分『そうでも言わなければやってられない』という思いがあったのではないか。『オレたちはどこまで伸びられるのか』ということを意識的に試そうとしている選手が、彼以外にはあまり見あたらなかった。そんな仲間たちを鼓舞しなくてはいけない、と思ったのでしょう。ただ、本田自身も、勝利へのこだわりが動きの柔軟さを奪っていたような気がします。それでも1点を取り、1点をアシストした。彼が日本代表の最低限の名誉を守りました」

 ――誰もが国を背負い、勝利にこだわりすぎたW杯だった、と。

 「サッカーの魅力は『うそのように思いがけないことが、ピッチで起こる瞬間を目撃すること』ですが、今回それを味わわせてくれたのは、オランダスペイン戦におけるファンペルシーのヘディングシュートだけでした。決勝戦でのドイツゲッツェシュートは確かにみごとでしたが、ああいう場面で輝くのは真のスターでなくてはならず、まだスター予備軍のゲッツェが決めても、私たちを驚かせることはできません」

 「1カ月も大会を続けていれば、その間に必ず愉快でおちゃめな選手が出てくるものですが、今回はそれも不在でした。唯一、相手選手にかみついたウルグアイスアレスには一種のかわいげを感じましたが、おちゃめと言えるかどうか。02年の日韓W杯で、ブラジルロナウドが前髪だけ三角形にそり残した奇抜な髪形でプレーし、優勝トロフィーさらってしまった。そういう『変な人がおちゃめをしながら勝つ』という楽しさもなく、みんなが必要以上に本気になってしまった」

 「一方で『見たことを一刻も早く忘れたい』という瞬間が多すぎました。世界最高GKの1人、スペインカシリャスオランダ戦で5失点した。彼があんなによれよれで崩れてしまう、という場面は決して見たくなかった。ポルトガルの対ドイツ戦での惨敗にも目を背けたくなりましたが、極め付きはやはり準決勝ドイツブラジル戦です」

――ブラジルが7失点。目を疑いました。

 「あれはもうサッカーではない。ドイツが7点も取ってしまったことは、果たして成功なのか。もちろん、勝利したという点では成功なのですが、『サッカーサッカーではないものにしてしまった』という点においては、醜い失敗だったとしか思えません。誰かがドイツ代表精神分析をやらなくてはいけない。どこまで点が取れるのか、面白いからやってみよう、というぐらいの気持ちになっていたと思うのですが、どう見ても7点も取ってはいけない。何かが壊れるし、人の道から外れているとしか思えない」

 「サッカーから運動の喜びを奪うW杯という枠組みが、選手たちの精神ゲームのものを、いかに異様なものにしてしまっているか。それを象徴する試合でした。サッカーは死んだ、と思いました。前回のW杯でも、国を背負うことの問題は至る所に現れていましたが、それでも決勝、準決勝は緊張感のあるいい試合でした。それが今回のW杯では、なくなった。次回のW杯まで私が生きているかどうか分かりませんが、確実なのは『もう、徹夜をしてまでは絶対に見ない』ということです」

    ■     ■

 ――W杯サッカーの喜びを取り戻すことは可能でしょうか。

 「実は今回のW杯では、二十数年ぶりに心から応援するチームがありました。ボスニア・ヘルツェゴビナ代表です。1914年に同国の首都サラエボで起きたオーストリア皇太子暗殺事件が、第1次世界大戦の引き金になった。それから100年。20年近く前まで殺し合っていた三つの民族が、オシムの尽力で一つのチームを作り、W杯に参加した。これはもう、応援するしかない」

 「最初の対アルゼンチン戦で、敗れはしましたが、イビシェビッチがチーム初得点を決めた時には、わがことのように泣きましたね。最後イラン戦で初勝利した時にはまさに『オシムサッカー』という感じの躍動感にあふれた闘いぶりで、その華々しさにまたも涙しました。この年になって真夜中に何をやっているんだろう、とも思いましたが」

 ――蓮實さんは、スポーツ世界に、スポーツ外の浪花節的な物語を持ち込むことを嫌っていたのではなかったですか。

 「いや、これは私個人ではなく、人類問題なのです。サラエボ事件100年ですよ! そこから来ている代表民族対立を乗り越え、W杯で初勝利した。その奇跡を、日本関係の深いオシムが実現させたことを、心から祝福するべきなのです。そしてボスニア・ヘルツェゴビナオシム流のサッカーさら継承し、将来のW杯で魅力あふれる運動感をピッチに行き渡らせる。これは私のロマンチックな願望です。そうなれば、W杯をまた熱心に見ることになるかもしれませんね」

 (聞き手・太田啓之、金重秀幸)

    *

 はすみしげひこ 1936年生まれ。東京大教授教養学部長、総長歴任。著書「『ボヴァリー夫人』論」「表層批評宣言」「スポーツ批評宣言」など多数。

2012-03-28

http://anond.hatelabo.jp/20120328111710

俺もやってみた。

bbabbだった。

性格

バランス感覚の優れた性格です。世渡り名人と云った風が有り、万事に波風を立てない術を心得て居ると云うべきでしょう。合理的で冷静な分析判断に長けて居り、人間としての面白味に欠ける点が有ると云えばあるかもしれません。貴方の場合には、羽目を外す必要の有る場合でも、良く考えて見ると馬鹿馬鹿しくなって、諧謔(おどけ)たり、イイ子ぶったり、居丈高になったり、と云う芸を見せられないタイプなのです。言わばそれが、貴方の長所でも有れば、短所でも有る訳で、一時、流行語になった「役者やのう…」と云う言葉には、殆ど縁の無いタイプと云う事になります

恋愛結婚

恋人配偶者を選ぶ場合、先ず自分と相手の釣り合いを第一に考えるタイプです。環境釣り合い、性格釣り合い、容姿釣り合い、を慎重に考えて是非を決めるでしょう。そういう様な訳ですから結婚の失敗は、比較的少ないタイプです。結婚後は当分の間、甘さと優しさを先ず前面に押し出して行く方が良いでしょう。

職業適性

一般的な職業には何にでも適性が有ります警察官刑務官カウンセラー宗教家、等特殊な仕事には向いていません。又、芸能、芸術文芸などの分野についても、はてな?、と首を傾けざるを得ないような所が有ります。とにかく、一般的で常識的な職業に、最も適性のある事は疑い有りません。

対人関係

特別な注意を払わなくても円滑な人間関係を保って行く事には、不自由を感じないタイプです。但し、それはあくまでも、極く一般的な乾いた人間関係を作り、持続して行く為の、と云う注釈付で有って、それ以上の深い人間関係については、むしろ苦手とするタイプかも知れません。云うなれば、演歌浪花節に出て来るような人間関係には、余り縁の無いタイプなのです。

2010-12-24

あるクリスマス日の出来事です。 が、賑わっている

http://www.twitlonger.com/show/7k0gjq

ブコメでは肯定的に受け取るひと、否定的に受け取るひとに分かれているが、

つの視点の違いは

肯定的=夢や気持ちを大切にするストーリーに感動(浪花節子供が主人公)
否定的=商行為における特別サービスの考え方への違和感

と私は受け取った。

私の場合は、どっちの意見もそれぞれ理解できるが、否定派に分があると考える

おもちゃ屋のストーリーは販売側と顧客側、つまり商行為が発生しているので商法において関係が定義されている。その関係がありつつ、特別な事例(感動話のクレーム)によって販売側の組織の一人の独断らしき判断によって達成された物語である。個人同士の感動を表した物語であるが、そこには企業組織、果ては社会に対する未来への道が閉ざされた、一時避難的サービスを行っただけの話である

何が言いたいかというと、よく耳にする感動系の話として

リッツカールトンの従業員はいくらいくらまでの自由に使える経費を与えられていて、顧客誕生日に特別な計らいを行って感動を与えた。

ディズニーリゾートで、お子様を亡くした夫婦が、亡くなったお子様の食事を注文し、店員もそれをサポートして感動を与えた。

などある。

これらと、今回のおもちゃ屋のストーリーとの違いは「組織の仕組み」かどうか?なのだ。

組織の仕組み」は一時的なサービスはな戦略的に仕組まれたものなので、継続と安定が望めるのである。つまり感動が未来へ繋がるのだ。

一方、今回のおもちゃ屋のストーリーは、いち担当者が機転を利かせたものにすぎない。なので刹那主義的な感動にしかならない。

いやらしい書き方をすれば、このおもちゃ屋のストーリーには、裏で泣き寝入りした家族子供)もいるだろうという事が見えてしまっている。不良品を購入させてしまった顧客への不公平が生じているのだ。ひとりの担当者浪花節は、他の困っている顧客へのサービスにつながっているのか?が表現されいていないことが「違和感」に繋がる。

この商行為の販売側と顧客側という枠組みで、個人の浪花節を語ることが、このストーリー問題点なのであり、この物語構造的な矛盾が違和感を生んでいるのだ。

少なくとも、組織浪花節なら、すっきりしたかもしれない。もしくは商行為という関係にない家族内部での感動の話だったなら、すっきりしたかもしれない。

このような、安っぽい話を読んで感動した人なら、オー・ヘンリーの「賢者の贈り物」を読めば人生が変わるかもしれない。

2010-11-09

ばあちゃんが新興宗教にはまった!

爺ちゃんは、15年前に65歳で死んだ。その時ばあちゃんは怒っていた。爺ちゃんは大酒飲みでばあちゃんに迷惑をかけてばかりだったけれど、退職してからその悪い癖はだいぶ落ち着いて、しかも人より多く年金がもらえる仕事だったし、退職金も多かったから、やっとこれから夫婦水入らずの穏やかな余生を送れると、婆ちゃんがほっとした矢先だったのだ。爺ちゃんとばあちゃんは喧嘩はよくするけれど、浪花節的にとても仲の良い夫婦で、風呂も毎日一緒に入って背中を流し合っていたそうだ。なのにばあちゃんはイキナ一人ぼっちになってしまった。ばあちゃんの娘、つまりわたしの母さんはそのときすでに死んでいたし、息子は東京へ行ったまま結婚し、恐ろしい鬼嫁の元、連絡もよこさなかった。そこからばあちゃんは狂い始めた。昔から信心深かったばあちゃんは、毎朝ながながとお念仏をとなえるようになった。お嬢さん育ちのばあちゃんは人を疑うことを知らなかったから、変な健康食品水晶や絵を買わされた。数年後には立派な家が建つほどあったお金は全部なくなっていた。それからばあちゃんはたくさんの動物を飼い始めた。犬、猫、小鳥、亀。猫は一時期、30匹ほどになっていて、ばあちゃんは毎朝4時に起きてエサやりと掃除をしていた。餌は缶詰と鰹節とご飯をごちゃまぜにしたものだった。ときどきばあちゃん家に遊びに行っても、エサやりが忙しいから帰ってと言われることもあった。わたしの父に金の無心すること数知れず、サラ金にもたくさん借りていて、何度も自己破産をすすめたけれど強情っ張りで言うことを聞かず、それも父がたてかえた。そんなダメすぎるばあちゃんだけれど、なぜか憎めない人の良さがあって、友達はたくさんいて、ばあちゃんに金をあげたり、ご飯を作って持っていってあげたりしてくれていた。というそんなギリギリの生活が15年も続いている。

そして、ペット大分へって、ばあちゃんも昔ほどの元気がなくなり、もちろん金は年金以外にないという状態の今日このごろ、ばあちゃんが新興宗教にはまった。ばあちゃんの部屋にその宗教戒律のようなものが書かれた紙が貼られているのを見たときは、少し心配して、その戒律がびっしりと繰り返し書かれたノート発見したときは凄く心配した。でも、その宗教にはまってから、ばあちゃんはすごく元気になって、目が輝きだしたのだ。いきいきとして楽しそうだ。3人くらいのオバサンが勧誘してきたそうだが、暇なときはあの汚いばあちゃん家に上がって、お茶をのんで愛の話や世界の話をしているそうだ。その宗教ネット検索してもあまりヒットしないところを見ると、かなり小規模な団体らしい。よくよく考えれば、新興宗教にはまると悪い理由っていうのは、全部ばあちゃんに当てはまらないような気がする。まず、ばあちゃんには毟り取られるような金はもうない。ブラックリスト入りだからどの金貸しも金を貸してくれない。家は持ち家だけど、わたしも父もその家をもらうつもりは毛頭ない。だから資産を毟り取られる心配はない。新興宗教にはまって潰れてしまうと困るような素晴らしい将来も、ばあちゃんにはもうない。あとは死ぬまで年金でほそぼそと数年生きるだけだ。勧誘おばさんたちも、金なし、亭主なし、未来なしらしく、皆やさしくて、ばあちゃんにたかるようなこともなく、たいていは茶菓子をもってきてくれたり、ファミレス蕎麦屋で奢ってくれたりするらしい。寂しくて、救われたくて、そんな仲間がそっと集まって語り合うのだ。

孫の顔も息子の顔もほとんど見られない、亭主も死んだ金のない独りぼっち独居老人が、一つの宗教希望見出して、誰にも迷惑をかけず、社会の最底辺にある仲間とささやかな茶会をして、生き返ったように目を輝かせている。来世は救われると信じて、毎日一所懸命戒律を守って、お祈りしている。ばあちゃんに、宗教の原始的姿を見たような気がした。

良いことだと胸を張っては言えないけれど、なんか、それでいいんじゃないかと思う。死ぬまでそっと見守りたい。

2010-08-12

カルトを抜けるということ

 別に、具体的に特定のどこかを想定した話じゃない、というエクスキューズをとりあえず書いた上で、と。

 洗脳の恐ろしさとかサンクコストとかはもちろんやっかいなんだけど、も一つやっかいなのが「人間関係」なのよね。当然ながら組織内のメンバー同士の間には身内同士で改めて布教するわけはないんで普通に人付き合いが成立してるし、友情も同志愛もあるし、入ってくる年齢層や階層なんかによっては、男女のカップルが成立してるケースもあって、そういう状況である日「目が醒めた。俺は抜ける」と発言するとどうなるか、はまぁ想像に難くはないところ。

 そういう横のつながりもあるし、さらにやっかいなのが縦。まずは自分をその道に引きずり込んだ「先輩会員」。往々にしてその人には日頃から組織の活動以外の局面でも世話になってるの。なので、「俺が抜ける」イコール「先輩の顔に泥を塗る」なのよね。客観的に外から見ればその先輩って「俺」を騙してカルトに引き込んだ「詐欺加害者」なんだが、義理人情浪花節文化圏で育つと、なかなかそうは割り切れないのよね。

 で、先輩が問題なら当然に後輩も問題。この場合の後輩とは「俺が騙して引き込んだ犠牲者」なのだ。いやもう、その責任について真面目に考えはじめると、いまでも夜中に飛び起きるね。

2008-11-12

DQNの形式美

http://d.hatena.ne.jp/shibuyan730/20081111/1226428535

面白い。面白いけど、俺にはどちらかというと一方的にDQNオタク文化を吸収しているように思える。オタクDQN文化を吸収した例ってある?

たとえば、それまでエロ抱き枕でニヤニヤゴロゴロしていた集団が、だんだん鉢巻占めて長ランでオラーっとかやっている例はどのくらいあるんだろう。言葉を変えると、オタクの硬派化、オタク体育会系化ってのはどのくらいあるんだろう。長島は面白い例だが、あれを傾向といえるかどうかは、俺にはよくわからない。彼のほかに頂点には上れなかったけど、体をとことん鍛え上げたオタクピラミッドがあるの?そうならばオタク体育会系化しているけど。

単発ではアニメに詳しい格闘家とかいたじゃん。

なんとなくだが、単にDQNが形式美を失いつつあるんじゃないかと思う。まっとうに暮らしているやつはこういうことを言うと、なに言ってんだと思うだろうが、暴走族にも鉄の団結と厳しい上下関係がある。乗り回している車とか単車は、一般人が目を背けるような改造であっても、連中なりに「しぶい」「かっけー」という基準があった。単にお行儀のよさに対するアンチでめちゃめちゃやってるだけと考えると、少なくともDQN文化という見方からは降りる必要がある。彼らは彼らの美意識規範を持っている(社会的に容認できないが)。そういう意味で、文化を論じたい筋からは彼らはカウンターカルチャーだろうが、彼ら自身にとって「カウンター」という言葉は無用だ。

話がそれた。

アニメ暴走族に関しては、単に暴走族としての美意識が崩壊しつつあるんじゃないかと思う。というか、集団的な美意識を構成員に押し付けられなくなった。「萌え??」とか「アニメ」とかいっているやつを、「馬鹿じゃねーの、恥ずいことしてんじゃねーよ」と恫喝できる鉄の組織を維持できなくなった。なぜなら、DQNに限らず日本人全部が美意識を失いつつあるから。

大阪の引きずり回し殺人の父親のコメントが印象的だった。どう見ても犬猫以下の生活が報じられていた男の親と思えないくらい、常識的なお詫びを言っている。言わされたというより、本人の内側から自然にそういっている。たぶん会社ではきちんとした社会人だったんだろう。でも、わが子にはペット程度のしつけしかできなかった。

日本中上から下までそんな感じだろう。だめなことはだめ、文句を言わずに黙って言うことを聞けという最低限のしつけさえされていないペットが街にあふれている。暴走族が例外だと思ったら大間違いだ。彼らだって若い連中をそういった層から入れざるを得ない日が来る。そんな連中が、びしっと筋の通った浪花節価値観、美意識を受け入れられるか。言い換えると厳しさを受け入れられるか。あまったるい、萌える快楽だけの世界へとゆっくりと降下していくだけだ。

つーわけで、一部暴走族に発生している(とうわさで聞く)痛車化は、DQNカルチャーオタクカルチャーの融合とかではないと俺は思う。どちらかというと、お米にエロゲー原画化に絵を描かせて売る、美意識のなさ、常識のわきまえなさ、痛さに近い。

つまり、一億総痛い人化の一例に過ぎない。

2006-12-22

紅白白組予習

空白は検索能力に限界があって見つからなかったモノです。

秋  川  雅  史 (初)

千の風になって

http://www.youtube.com/watch?v=ix2ln17bnpA

Aqua Timez (初)

「決意の朝に」

http://www.youtube.com/watch?v=5IjEmvFmJLA

五  木 ひ ろ し (36)

高瀬舟」

 

w??inds. (5)

ブギウギ66」

http://www.youtube.com/watch?v=ZlQaXO4K880

ORANGE RANGE (2)

チャンピオーネ

http://www.youtube.com/watch?v=RYKuymZllHU

北  島  三  郎 (43)

「まつり」

 

北  山 た け し (2)

「男の拳」

 

ゴ ス ペ ラ ー ズ (6)

ふるさと

民謡

コ ブ ク ロ (2)

「風」

http://www.youtube.com/watch?v=r2YEax8nDA4

さ だ  ま さ し (18)

案山子

 

SEAMO (初)

マタアイマショウ紅白ミックス」

http://www.youtube.com/watch?v=lcMD86pmkCQ

ス ガ  シ カ オ (初)

「Progress」

http://www.youtube.com/watch?v=O8Fu1hv1POc

ス キ マ ス イ ッ チ (2)

ボクノート

http://www.youtube.com/watch?v=9rW36_TX7A4

S M A P (14)

「ありがとう」

http://www.youtube.com/watch?v=2rQjgzenKAQ

DJ OZMA (初)

アゲ♂アゲ♂EVERY☆騎士

http://www.youtube.com/watch?v=A277Pdo7cLw

TOKIO (13)

宙船(そらふね)」

http://www.youtube.com/watch?v=8ZD9BMbYr0M

徳  永  英  明 (初)

「壊れかけのRadio」

http://www.youtube.com/watch?v=J_Lq5R8rG4s

鳥  羽  一  郎 (19)

「兄弟船」

http://www.youtube.com/watch?v=SW4h9yecfrQ

氷  川 き よ し (7)

一剣

http://www.youtube.com/watch?v=ma86ZnIFndg

布  施   明 (22)

イマジン

http://www.youtube.com/watch?v=zj8LR25HeJAジョン・レノン

細  川 た か し (32)

浪花節だよ人生は」

http://www.youtube.com/watch?v=jtk55xSxre0

堀  内  孝  雄 (17)

「愛しき日々」

 

ポルノグラフィティ (5)

ハネウマライダー

http://www.youtube.com/watch?v=HRUmPMjCo7E

前  川    清 (16)

長崎は今日も雨だった

 

美  川  憲  一 (23)

さそり座の女2006」

http://www.youtube.com/watch?v=vj8Nymzkvms(Ayuready 21)

森    進  一 (39)

「おふくろさん」

http://www.youtube.com/watch?v=3vkob1tyEEo

W a T (2)

「5センチ。」

http://www.youtube.com/watch?v=HAOjWWOwdhE

 
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